特許異議申立
2026-700048
回転電機、無方向性電磁鋼板、及び積層コア、並びに、回転電機の製造方法、及び積層コアの製造方法
- 審判番号
- 2026-700048
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2023-562419
- 登録番号
- 7709077
- 請求日
- 2026年01月15日
- 審決日
- 2026年04月15日
- 公報発行日
- 2026年05月29日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】日本製鉄株式会社
- 【権利者代理人】松沼 泰史
- 【権利者代理人】大浪 一徳
- 【権利者代理人】勝俣 智夫
- 【権利者代理人】山口 洋
- 【権利者代理人】堀田 耕一郎
- 【権利者代理人】山口 健吾
- 【権利者代理人】飯田 恭宏
- 【権利者代理人】井口 翔太
- 【異議申立人】前田 洋志
- 審判長/審判官
- 審判長 梶尾 誠哉
- 審判官 中野 浩昌
- 審判官 棚田 一也
- 分類
- P1651.537-Y (H02K)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第6項第2号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7709077号発明「回転電機、無方向性電磁鋼板、及び積層コア、並びに、回転電機の製造方法、及び積層コアの製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7709077号の請求項1~15に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許7709077号の請求項1~15に係る特許(以下「本件特許」という。)についての出願は、2022年(令和4年)11月18日(優先権主張 令和3年11月18日)を国際出願日とする出願であって、令和7年7月8日にその特許権の設定登録がされ、同年7月16日に特許掲載公報が発行された。その後、本件特許に対し、令和8年1月15日に特許異議申立人 前田 洋志(以下「申立人」という。)は、特許異議の申立てを行った。
第2 本件発明
特許7709077号の請求項1~15の特許に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」~「本件発明15」といい、まとめて「本件発明」という。)は、それぞれその特許請求の範囲の請求項1~15に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
ステータと、
ロータと、
前記ステータおよび前記ロータを収容する筐体と
を有し、
前記ステータが含む無方向性電磁鋼板の母材鋼板の{111}<211>方位強度であるAが、15未満であり、前記ロータが含む無方向性電磁鋼板の母材鋼板の{111}<211>方位強度であるBが、2~30であって、且つ前記Aと前記Bとが、B/A>1.0の関係を満たし、
前記ステータが含む前記無方向性電磁鋼板の前記母材鋼板の{411}<011>方位強度であるCが、2~50であり、前記ロータが含む前記無方向性電磁鋼板の前記母材鋼板の{411}<011>方位強度であるDが、1~40であって、且つ前記Cと前記Dとが、C/D>1.0の関係を満たし、
前記ロータが含む前記無方向性電磁鋼板および前記ステータが含む前記無方向性電磁鋼板の、前記母材鋼板が、それぞれ、
質量%で、
C:0.0100%以下、
Si:0.5000~4.0000%、
sol.Al:0.0001~1.0000%、
S:0.0100%以下、
N:0.0100%以下、
Mn、Ni、Co、Pt、Pb、Cu、およびAuからなる群から選ばれる1種または複数種:総計で0.1000~5.0000%、
Cr:0~2.0000%、
Sn:0~0.4000%、
Sb:0~0.4000%、
P:0~0.4000%、
Ti:0~0.1000%、
Nb:0~0.1000%、
Zr:0~0.1000%、
V :0~0.1000%、
を含み、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有する、
ことを特徴とする回転電機。
【請求項2】
前記ロータが含む前記無方向性電磁鋼板において、前記Bと{111}<011>方位強度であるEとが、B/E>1.0の関係を満たす
ことを特徴とする請求項1に記載の回転電機。
【請求項3】
前記ステータが含む前記無方向性電磁鋼板において、前記Cと{100}<011>方位強度であるFとが、C/F>1.0の関係を満たす
ことを特徴とする請求項1に記載の回転電機。
【請求項4】
前記ステータが含む前記無方向性電磁鋼板と前記ロータが含む前記無方向性電磁鋼板との、前記母材鋼板におけるSi含有量、Mn含有量及びsol.Al含有量の合計の差が0.20質量%以内であり、
前記ステータが含む前記無方向性電磁鋼板の平均結晶粒径が、前記ロータが含む前記無方向性電磁鋼板の平均結晶粒径よりも大きい、
ことを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載の回転電機。
【請求項5】
前記ステータが含む前記無方向性電磁鋼板の前記母材鋼板のSi含有量、Ti含有量、Nb含有量を、質量%で、それぞれSis、Tis、Nbsとし、前記ロータが含む前記無方向性電磁鋼板の前記母材鋼板のSi含有量、Ti含有量、Nb含有量を、それぞれSir、Tir、Nbrとしたとき、
Sis/Sir>1.0、Tir/Tis>1.0、Nbr/Nbs>1.0のいずれかを満足する、
ことを特徴とする、請求項1~3のいずれか1項に記載の回転電機。
【請求項6】
前記ステータが含む前記無方向性電磁鋼板の前記母材鋼板のNb含有量、Zr含有量、Ti含有量、V含有量、C含有量、N含有量を、質量%で、それぞれNbs、Zrs、Tis、Vs、Cs、Nsとしたとき、
0≧Nbs/93+Zrs/91+Tis/48+Vs/51-(Cs/12+Ns/14)を満足する、
ことを特徴とする、請求項1~3のいずれか1項に記載の回転電機。
【請求項7】
前記ロータが含む前記無方向性電磁鋼板の前記母材鋼板のNb含有量、Zr含有量、Ti含有量、V含有量、C含有量、N含有量を、質量%で、それぞれNbr、Zrr、Tir、Vr、Cr、Nrとしたとき、
0<Nbr/93+Zrr/91+Tir/48+Vr/51-(Cr/12+Nr/14)<5.0×10-3を満足する、
ことを特徴とする、請求項1~3のいずれか1項に記載の回転電機。
【請求項8】
母材鋼板と
前記母材鋼板の表面に形成された絶縁被膜と
を含み、
前記母材鋼板が、
質量%で、
C:0.0100%以下、
Si:0.5000~4.0000%、
sol.Al:0.0001~1.0000%、
S:0.0100%以下、
N:0.0100%以下、
Mn、Ni、Co、Pt、Pb、Cu、およびAuからなる群から選ばれる1種または複数種:総計で0.1000~5.0000%、
Cr:0~2.0000%、
Sn:0~0.4000%、
Sb:0~0.4000%、
P:0~0.4000%、
Ti:0~0.1000%、
Nb:0~0.1000%、
Zr:0~0.1000%、
V :0~0.1000%、
を含み、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有し、
前記母材鋼板において、
{111}<211>方位強度が、15未満であり、
{411}<011>方位強度が、2~50である、
無方向性電磁鋼板。
【請求項9】
母材鋼板と
前記母材鋼板の表面に形成された絶縁被膜と
を含み、
前記母材鋼板が、
質量%で、
C:0.0100%以下、
Si:0.5000~4.0000%、
sol.Al:0.0001~1.0000%、
S:0.0100%以下、
N:0.0100%以下、
Mn、Ni、Co、Pt、Pb、Cu、およびAuからなる群から選ばれる1種または複数種:総計で0.1000~5.0000%、
Cr:0~2.0000%、
Sn:0~0.4000%、
Sb:0~0.4000%、
P:0~0.4000%、
Ti:0~0.1000%、
Nb:0~0.1000%、
Zr:0~0.1000%、
V :0~0.1000%、
を含み、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有し、
前記母材鋼板において、
{111}<211>方位強度が、2~30であって、
{411}<011>方位強度が、1~40である、
無方向性電磁鋼板。
【請求項10】
請求項8に記載の無方向性電磁鋼板が積層されてなる積層コア。
【請求項11】
請求項9に記載の無方向性電磁鋼板が積層されてなる積層コア。
【請求項12】
前記ステータが含む前記無方向性電磁鋼板が、前記ロータが含む前記無方向性電磁鋼板に対し、さらに600℃以上で熱処理を行って得られた鋼板である、
ことを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載の回転電機。
【請求項13】
請求項8に記載の無方向性電磁鋼板を加工し、積層する工程を有する、
積層コアの製造方法。
【請求項14】
請求項9に記載の無方向性電磁鋼板を加工し、積層する工程を有する、
積層コアの製造方法。
【請求項15】
請求項10に記載の前記積層コアと、請求項11に記載の前記積層コアとを組み立てる工程を有する、
回転電機の製造方法。」
第3 申立理由の概要
1 特許異議の申立理由
異議申立書に記載した申立理由の概要は以下のとおりである。
(1)申立理由1(サポート要件)
本件特許の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
(2)申立理由2(明確性要件)
本件特許の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。
2 申立人が提出した証拠
申立人は、以下の甲第1号証~甲第18号証(以下、それぞれ「甲1」~「甲18」という。)を提出した。
甲1:特開2021-123768号公報
甲2:甲1に係る特許出願の審査過程で令和5年12月25日に提出された手続補正書
甲3:甲1に係る特許出願の審査過程における令和6年3月26日付け拒絶査定
甲4:特開2005-344156号公報
甲5:特開2013-44010号公報
甲6:特開2008-285721号公報
甲7:国際公開第2022/210895号
甲8:特開2018-12854号公報
甲9:特開2019-143214号公報
甲10:特開2021-134383号公報
甲11:特開2011-84761号公報
甲12:国際公開第2022/210870号
甲13:国際公開第2014/168136号
甲14:甲13に係る国際出願の国内移行後の審査過程における平成27年11月10日付け拒絶理由通知書
甲15:甲13に係る国際出願の国内移行後の審査過程で平成28年1月13日に提出された手続補正書
甲16:国際公開第2024/150730号
甲17:甲16に係る国際出願の国内移行後の審査過程における令和6年8月22日付け拒絶理由通知書
甲18:甲16に係る国際出願の国内移行後の審査過程で令和6年10月24日に提出された手続補正書
第4 当審の判断
1 申立理由1(サポート要件)について
(1) サポート要件の判断基準
特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
(2) 発明の詳細な説明の記載
本件特許の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の発明の詳細な説明には、以下の記載がある。
「【技術分野】
【0001】
本発明は回転電機、無方向性電磁鋼板及び積層コア並びに回転電機の製造方法及び積層コアの製造方法に関する。
本願は、2021年11月18日に、日本に出願された特願2021-187952号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
本明細書では、ステータ鉄心を構成している積層前の無方向性電磁鋼板をステータの鉄心素材、ロータ鉄心を構成している積層前の無方向性電磁鋼板をロータの鉄心素材と言い、ステータ鉄心とロータ鉄心とを組み合わせたものをモータ鉄心と言う場合がある。
【0003】
電磁鋼板、特に無方向性電磁鋼板は、回転電機の鉄心素材として用いられる。例えば、ハイブリッド自動車、燃料電池自動車、電気自動車等に搭載される駆動モータとして、回転電機が用いられている。今後の自動車駆動用モータには、低騒音化と高トルク化の両方が求められている。モータの騒音は主に磁気吸引力が不均一になることにより発生している。また、ロータの偏心等でステータとロータとの間のギャップが不均一になると、磁気吸引力も不均一となり、モータ騒音が大きくなる原因になる。
【0004】
特許文献1には、実機モータにおける効率を向上させると共に回転時の騒音を低減するのに有効な、磁気異方性が小さくかつ磁束密度の高い無方向性電磁鋼板が提案されている。モータでは、磁束がステータ部とロータ部とをエアギャップを通して流れ、この磁束の相互作用がロータにトルクを発生させる。ステータ材料である電磁鋼板の異方性が強い、つまり板面内方向の磁気特性差が大きければ大きいほどロータの回転位置におけるトルクにも差が生じる。この回転時のトルクの変動が回転むらを生じさせ、騒音に影響することが記載されている。
・・・
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、自動車駆動用モータに求められる低騒音化と高トルク化の両方を実現する回転電機、このような回転電機のロータ、ステータの素材として好適な無方向性電磁鋼板、及び回転電機のステータまたはロータに好適に用いられる、無方向性電磁鋼板が積層されてなる積層コア、並びにこれらの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
モータの騒音は主にステータとロータとの磁気吸引力が不均一になることにより発生している。ロータの偏心等でステータ・ロータ間のギャップが不均一になった際、磁気吸引力も不均一となり、騒音が大きくなる原因になる。
【0008】
無方向性電磁鋼板の{111}<uvw>方位は、板面内方向のヤング率(弾性変形域での伸びと応力の比例係数)の異方性が小さいことが判明している。
この知見を基に、本発明者らがさらに検討した結果、{111}<211>方位に富化した電磁鋼板(無方向性電磁鋼板)をPM(Permanent Magnet)モータのロータの鉄心素材として用いることで、ロータの回転中の遠心力に対するロータの鉄心素材の鋼板の伸び変形の異方性が抑制され、騒音を低減できることが判明した。一般的に、{111}<211>方位は磁化しにくいためモータの鉄心素材としての利用は避けられるが、永久磁石で磁化を担保しているPMモータのロータの鉄心素材については、{111}<211>方位に富化した電磁鋼板の適用は大きな不利とはならない。
一方で、モータトルクを生じさせる磁化を鉄心素材の磁化により担保するステータの鉄心素材としては、{111}<211>方位に富化した電磁鋼板を用いるには不利である。そこで、本発明者らは、ステータの鉄心素材には磁気特性の優れた{411}<011>方位に富化した電磁鋼板(無方向性電磁鋼板)を用いることとし、ロータの鉄心素材とステータの鉄心素材とに関してそれぞれ異なる方位に富化した電磁鋼板を用いることで、これらを素材として用いて得られた回転電機において、低騒音化と高トルク化の両立が可能となることを見出した。
ここで、{lmn}<uvw>は結晶の方位を表す。{lmn}は圧延面の法線方向に平行な方向のミラー指数を指し、<uvw>は電磁鋼板製造工程での圧延方向に平行な方向のミラー指数を指す。また、本発明は電磁鋼板の特性の板面内異方性に起因する回転トルク変動を制御するものであるため、圧延方向への集積方位強度も含めて規定した。」
「【0019】
本実施形態に係る回転電機において、ステータの鉄心素材である無方向性電磁鋼板の母材鋼板の{111}<211>方位強度(A)は、15未満の範囲である。{111}<211>方位強度(A)が15を超えると磁気特性が悪くなる。{111}<211>方位強度(A)の範囲は、好ましくは1~3である。
【0020】
本実施形態に係る回転電機において、ロータの鉄心素材である無方向性電磁鋼板の母材鋼板の{111}<211>方位強度(B)は、2~30の範囲である。{111}<211>方位強度(B)が2未満であると、ヤング率の板面内異方性が大きくなり、回転した際の騒音が大きくなる。一方、{111}<211>方位強度(B)が、30を超えると透磁率が小さくなるため、モータ効率が低下する。方位強度(B)の範囲は、好ましくは10~30である。
【0021】
本実施形態に係る回転電機において、ステータの鉄心素材である無方向性電磁鋼板と、ロータの鉄心素材である無方向性電磁鋼板とはそれぞれ、母材鋼板の{111}<211>方位強度が上記の範囲を有すると同時に、それぞれの方位強度であるA、Bが、B/A>1.0の関係を満たしていることが必要である。A、Bが、B/A>1.0の関係にある場合は、鉄心素材の磁気特性の影響を受けやすいステータの鉄心で発生する損失の低減と、回転に伴う遠心力による変形の影響を受けやすいロータの鉄心で発生する騒音の低減が両立でき、モータ特性が良好となる。好ましくは、B/A>1.1、より好ましくは、B/A>1.2である。
逆に、A、Bが、B/A≦1.0の関係にある場合は、遠心力に対する変形の点で不利となる電磁鋼板をロータ鉄心素材とし、磁気特性の点で不利となる電磁鋼板をステータ鉄心素材として適用していることとなり、モータ損失が大きくなる。
【0022】
さらに、本実施形態に係る回転電機では、ステータの鉄心素材である無方向性電磁鋼板の母材鋼板の{411}<011>方位強度(C)は、2~50の範囲である。方位強度(C)が2未満であると、磁気特性が劣化し、モータ特性が悪くなる。一方、{411}<011>方位強度(C)が50を超えると製造が困難となる。方位強度(C)の範囲は、好ましくは5~30である。
【0023】
本実施形態に係る回転電機では、ロータの鉄心素材である無方向性電磁鋼板の母材鋼板の{411}<011>方位強度(D)は、1~40である。{411}<011>方位強度(D)が40を超えるとヤング率の板面内異方性が強くなり、騒音が増加する。一方、方位強度(D)が1未満では、ロータ内部で発熱しやすくなり、永久磁石が減磁され、モータの特性が劣化する可能性がある。{411}<011>方位強度(D)の範囲は、好ましくは3~20である。
【0024】
本実施形態に係る回転電機では、ステータの鉄心素材、ロータの鉄心素材(無方向性電磁鋼板)はそれぞれ、母材鋼板が上述の{411}<011>方位強度範囲を有すると同時に、それぞれの方位強度である、C、Dが、C/D>1.0の関係を満たしていることが必要である。C、DがC/D>1.0の関係にある場合は、鉄心素材の磁気特性の影響を受けやすいステータの鉄心の磁気特性の向上と、回転に伴う遠心力による変形の影響を受けやすいロータの鉄心で発生する騒音の低減が両立できる。好ましくは、C/D>1.1、さらに好ましくは、C/D>1.2である。
逆に、C、DがC/D≦1.0の関係にある場合は、遠心力に対する変形の点で不利となる電磁鋼板をロータ鉄心素材とし、磁気特性の点で不利となる電磁鋼板をステータ鉄心素材として適用していることとなり、モータ損失が増加する。」
(3) 検討
上記(2)の記載によれば、本件発明は、「回転電機、無方向性電磁鋼板及び積層コア並びに回転電機の製造方法及び積層コアの製造方法に関」(【0001】)し、「自動車駆動用」「モータの騒音は主に磁気吸引力が不均一になることにより発生し」、「また、ロータの偏心等でステータとロータとの間のギャップが不均一になると、磁気吸引力も不均一となり、モータ騒音が大きくなる原因になる」(【0003】)ところ、「自動車駆動用モータに求められる低騒音化と高トルク化の両方を実現する」(【0006】)ことを発明が解決しようとする課題とするものである。
そして、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明では、
ア 回転電機におけるステータの鉄心素材である無方向性電磁鋼板については、磁気特性の観点から「母材鋼板の{111}<211>方位強度(A)は、15未満の範囲」(【0019】)、「母材鋼板の{411}<011>方位強度(C)は、2~50の範囲」(【0022】)とし、
イ 回転電機におけるロータの鉄心素材である無方向性電磁鋼板については、「母材鋼板の{111}<211>方位強度(B)は、2~30の範囲」(【0020】)、「母材鋼板の{411}<011>方位強度(D)は、1~40」(【0023】)とし、
ウ 前記ロータと前記ステータを備える回転電機については、「ステータの鉄心素材である無方向性電磁鋼板と、ロータの鉄心素材である無方向性電磁鋼板とはそれぞれ、母材鋼板の{111}<211>方位強度が上記の範囲を有すると同時に、それぞれの方位強度であるA、Bが、B/A>1.0の関係を満たし」(【0021】)、「ステータの鉄心素材、ロータの鉄心素材(無方向性電磁鋼板)はそれぞれ、母材鋼板が上述の{411}<011>方位強度範囲を有すると同時に、それぞれの方位強度である、C、Dが、C/D>1.0の関係を満たしている」(【0024】)
ことで、「低騒音化と高トルク化の両立が可能となる」(【0008】)という効果を奏する、すなわち、上記課題を解決するものである。
そうすると、特許請求の範囲において、上記ウの事項が特定されている本件発明1、上記アの事項が特定されている本件発明8、及び上記イの事項が特定される本件発明9は、当業者であれば、発明の詳細な説明に記載された、自動車駆動用モータに求められる低騒音化と高トルク化の両方を実現するという課題を解決できることを認識できる。
また、本件発明2~7、10~15は、本件発明1、8又は9の構成をすべて含むから、本件発明2~7、10~15についても同様である。
(4) 小括
したがって、本件発明は、発明の詳細な説明に記載された発明であり、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえるから、サポート要件を満たしている。
(5) 申立人の主張について
ア 申立人は、異議申立書の10頁中段~11頁上段において、本件発明1、8及び9では、「残部はFeおよび不純物からなる」と規定しているが、その一方で、「不純物」として種々の元素をかなりの量で含有することも許容されているところ、これらの元素を本件明細書の【0045】に記載された量で含有した鋼は、本件明細書の特に【実施例】をみても、具体的には何ら開示されていないから、サポート要件を満たさない旨主張する。
そこで検討するに、本件明細書の【0045】には、以下の記載がある。
「【0045】
上記以外の化学組成の残部はFe及び不純物である。本実施形態において不純物とは、原料から、または製造工程で混入し、本実施形態に係る回転電機の特性に明確な影響を与えない元素をいう。
不純物としては、上述した元素の他に、例えば、B、O、Mg、Ca、Nd、Bi、W、Mo、Nb、Yが例示される。これらの元素の含有量は、例えばそれぞれ0.10%以下であることが好ましい。また、不純物全体で合計5.00%以下であることが好ましく、1.00%以下であることがより好ましい。」
当該記載によれば、「不純物」とは、「原料から、または製造工程で混入し、本実施形態に係る回転電機の特性に明確な影響を与えない元素」であって、「B、O、Mg、Ca、Nd、Bi、W、Mo、Nb、Y」が例示され、「これらの元素の含有量」は、「それぞれ0.10%以下であること」、「不純物全体で合計5.00%以下であることが好ましく、1.00%以下であることがより好ましい」ことが理解できる。
そして、本件明細書の【0098】に、「本発明に係る回転電機は、ステータの鉄心素材とロータの鉄心素材として、それぞれ化学組成、熱間圧延条件、冷間圧延条件、焼鈍条件が適切に制御された異なる鋼板を適用することで、モータ損失と騒音で優れた特性を有するものとなる。」と記載されていることに鑑みると、上記【0045】の「回転電機の特性」とは、モータ損失と騒音についての特性のことであり、本件発明が課題とする低騒音化と高トルク化に関連する特性のことであることが理解できる。
そうすると、上記【0045】の記載によれば、「不純物」は「回転電機の特性に明確な影響を与えない」のであるから、本件明細書の実施例において、元素やその含有量について具体的に開示する必要性はないし、開示されていないことで、本件発明の「回転電機」や「無方向性電磁鋼板」が、当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かの判断に影響を及ぼすこともない。
したがって、申立人の主張は、サポート要件とは無関係の主張であって、採用できない。
イ 申立人は、異議申立書の32頁中段において、従来の出願である甲4~甲12では、任意に添加される各元素について、特許請求の範囲に記載された含有量をサポートする具体例が開示されているのに、本件明細書にはまったく開示されていないから、従来と比べて「不純物」の概念(含有量)の範囲を恣意的に拡張しており、何らサポートもされていない本件発明に対して特許が付与されるとすれば、著しく審査の衡平性を欠くものであり、看過されるべきではない旨主張する。
しかしながら、本件明細書の実施例において、元素やその含有量について具体的に開示されていないことが、サポート要件とは無関係の主張であることは、上記アのとおりである。
なお、申立人は、異議申立書において、従来の出願である甲4~甲12、甲1~甲3に基づく審査事例1、甲13~甲15に基づく審査事例2、甲16~甲18に基づく審査事例3を挙げ、本件特許の特許請求の範囲の記載がサポート要件を満たさないこと、また、後述する明確性要件を満たさないことを主張するが、サポート要件や明確性要件は、個々の案件についてそれぞれ判断されるものであり、他の出願や審査事例は、本件においてサポート要件や明確性要件が満たされるか否かの判断に影響を及ぼすものではない。
したがって、申立人の主張は、採用できない。
2 申立理由2(明確性要件)について
(1) 明確性要件の判断基準
特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載のみならず、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
(2) 検討
申立人は、異議申立書の30頁上段~中段において、従来の出願である甲4~甲12を挙げ、本件明細書においては、「不純物」について、その含有量の範囲が、従来よりも大きく拡張されているから、本件発明1、8及び9の鋼組成は、発明の範囲を著しく不明確とするものである旨主張する。
しかしながら、上記1(5)アのとおり、本件明細書において、「不純物」は「回転電機の特性に明確な影響を与えない」のであって、本件発明1、8及び9の「回転電機」や「無方向性電磁鋼板」に影響を及ぼすこともないから、本件発明1、8及び9において、「不純物」の含有量が、第三者に不測の不利益を及ぼすことはない。
そして、本件発明1、8及び9において、申立人の主張する「不純物」についての構成以外をみても、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確である構成はないから、本件発明1、8及び9は明確である。
また、本件発明2~7、10~15は、本件発明1、8又は9の構成をすべて含むから、本件発明2~7、10~15についても同様である。
(3) 小括
したがって、本件発明は、明確であって、明確性要件を満たしている。
第5 むすび
以上のとおり、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1~15に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1~15に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2026-700048