特許異議申立
2026-700276
バイポーラプレート(BPP)のためのドープDLC
- 審判番号
- 2026-700276
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2023-514780
- 登録番号
- 7747744
- 請求日
- 2026年03月31日
- 審決日
- 2026年08月07日
- 公報発行日
- 2026年09月25日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】アイエイチアイ イオンボンド アーゲー
- 【権利者代理人】弁護士法人クレオ国際法律特許事務所
- 【異議申立人】鈴木 憲治
- 審判長/審判官
- 審判長 井上 猛
- 審判官 川崎 良平
- 審判官 酒井 英夫
- 分類
- P1651.121-Y (C23C) / P1651.537-Y (C23C)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第6項第2号、特許法第29条第2項、特許法第113条第2号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7747744号発明「バイポーラプレート(BPP)のためのドープDLC」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7747744号の請求項1~20に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
本件の特許第7747744号(以下「本件特許」という。)の請求項1~20に係る特許についての出願(特願2023-514780号。以下「本願」という。)は、2021年(令和 3年) 9月 3日(パリ条約による優先権主張 外国庁受理 2020年 9月 3日 (EP)欧州特許庁)を国際出願日とする出願であって、令和 7年 9月22日にその特許権の設定登録がされ、同年10月 1日に特許掲載公報が発行されたものである。
本件は、その後、令和 8年 3月31日に、その請求項1~20(全請求項)に係る特許について、特許異議申立人である鈴木 憲治(以下「申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。
第2 本件発明
本件特許の特許請求の範囲の請求項1~20に係る発明は、本願の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1~20に記載された事項により特定される次のとおりのものである。なお、以下において、本件特許の特許請求の範囲の請求項1~20に係る発明を「本件発明1」~「本件発明20」といい、総称して「本件発明」という。また、本願の願書に添付した明細書及び図面を「本件明細書等」という。
「【請求項1】
金属基材と、前記金属基材上に設けられた非水素化遷移金属ドープダイヤモンドライクカーボン(DLC)の少なくとも1つの層とを含む、金属バイポーラプレートであって、前記非水素化遷移金属DLCは、元素の周期表の第4d族、第5d族及び第6d族から選択される少なくとも1つの遷移金属を含み、前記少なくとも1つの遷移金属の一部は、マトリックスとしての非水素化DLC中に前記少なくとも1つの遷移金属の炭化物の形態で存在し、
前記非水素化遷移金属ドープDLCは、35GPa以上の硬度を有し、前記硬度は、研磨された硬化基材上に堆積された前記非水素化遷移金属ドープDLCの膜で測定され、押込み深さは前記膜の厚さの10%未満であり、
前記少なくとも1つの遷移金属の前記炭化物の一部が、マトリックスとしての前記非水素化DLC中にアイランドとして存在する、金属バイポーラプレート。
【請求項2】
前記非水素化遷移金属ドープDLCは、40GPa以上の硬度を有する、請求項1に記載の金属バイポーラプレート。
【請求項3】
前記アイランドが、最大2nmのサイズを有する、請求項1に記載の金属バイポーラプレート。
【請求項4】
前記少なくとも1つの遷移金属の別の部分が、前記遷移金属の小滴として前記金属の形態で前記非水素化DLC中に存在する、請求項1~3のいずれか一項に記載の金属バイポーラプレート。
【請求項5】
前記金属滴が、1μm未満の直径を有する、請求項4に記載の金属バイポーラプレート。
【請求項6】
前記金属滴が、0.1~100nmの直径を有する、請求項4又は5に記載の金属バイポーラプレート。
【請求項7】
前記金属滴が、0.5~40nmの直径を有する、請求項4~6のいずれか一項に記載の金属バイポーラプレート。
【請求項8】
前記非水素化遷移金属ドープDLCは、0.1~5at.%の範囲内の前記少なくとも1つの遷移金属の含有量を有する、請求項1~7のいずれか一項に記載の金属バイポーラプレート。
【請求項9】
前記非水素化遷移金属ドープDLCの前記硬度は、40GPa~60GPaの範囲内である、請求項1~8のいずれか一項に記載の金属バイポーラプレート。
【請求項10】
前記非水素化遷移金属ドープDLCは、60%以上の炭素原子のsp3分率を有する、請求項1~8のいずれか一項に記載の金属バイポーラプレート。
【請求項11】
前記非水素化遷移金属ドープDLCの前記硬度は、60GPaより大きい、請求項10に記載の金属バイポーラプレート。
【請求項12】
前記非水素化遷移金属ドープDLCの前記少なくとも1つの層が、50nm~3μmの範囲の厚さを有する、請求項1~11のいずれか一項に記載の金属バイポーラプレート。
【請求項13】
燃料電池又はエレクトロライザーにおける請求項1~12のいずれか一項に記載の金属バイポーラプレートの使用。
【請求項14】
前記非水素化遷移金属ドープDLCが、0.3at.%~2.5at.%の範囲内の前記少なくとも1つの遷移金属の含有量を有する、請求項13に記載の使用。
【請求項15】
請求項1~12のいずれか一項に記載の金属バイポーラプレートを含むプロトン交換膜燃料電池又はエレクトロライザー。
【請求項16】
前記非水素化遷移金属ドープDLCの層が、50nm~1μmの厚さを有する、請求項15に記載のプロトン交換膜燃料電池又はエレクトロライザー。
【請求項17】
元素の周期表の第4d族、第5d族及び第6d族から選択される少なくとも1つの遷移金属を含む非水素化DLCのコーティングを堆積させる方法であって、前記方法が、カソードアーク放電堆積法であり、前記カソードアーク放電において、直流電流がパルス電流で重畳され、前記パルス電流が、10kHz~100kHzの範囲内のパルス周波数を有し、前記少なくとも1つの遷移金属でドープされた炭素ターゲットが、カソードアーク放電におけるターゲットとして使用され、前記ターゲットがカソードに直接接続され、前記パルス電流の各パルスが、前記カソードで測定して5V/μsを超える速度で電圧の上昇を誘発し、前記パルス電流の各パルスが、30μs未満のアクティブパルス幅を有する、方法。
【請求項18】
ピーク電流が200Aより大きい、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
前記コーティングが、請求項1~11のいずれか一項に記載の非水素化遷移金属ドープDLCのコーティングである、請求項17又は18に記載の方法。
【請求項20】
前記金属基材が、ステンレス鋼基材又はチタン基材である、請求項1~12のいずれか一項に記載の金属バイポーラプレート。」
第3 申立理由の概要
申立人は、証拠方法として下記4の甲第1~6号証(以下「甲1」~「甲6」という。)を提出し、以下の理由により、本件特許の請求項1~20に係る特許は取り消されるべきものであることを主張している。
1 申立理由1(進歩性)
本件発明1~16、20は、甲1に記載された発明、及び、甲2~6に記載された事項に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
2 申立理由2(サポート要件)
本件特許の特許請求の範囲の請求項1~20の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものとはいえないから、請求項1~20に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
3 申立理由3(明確性要件)
本件特許の特許請求の範囲の請求項1~20の記載は、特許を受けようとする発明が明確であるとはいえないから、請求項1~20に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
4 証拠方法
甲1:米国特許出願公開第2015/0037710号明細書
甲2:米国特許出願公開第2017/0121810号明細書
甲3:Natthaphong Konkhunthotら、“Improvement of thermal stability, adhesion strength and corrosion performance of diamond-like carbon films with titanium doping”、Applied Surface Science、Vol.469、2019年、p.471-486
甲4:米国特許出願公開第2021/0348279号明細書
甲5:国際公開第2015/045745号
甲6:特開2006-57674号公報
第4 当合議体の判断
当合議体は、以下に示すとおり、上記第3の申立理由1~3によっては、本件特許の請求項1~20に係る特許を取り消すことはできないと判断する。
1 申立理由1(進歩性)について
(1)甲1に記載された事項
本願の優先日前に公知となった甲1には、「COATING WITH CONDUCTIVE AND CORROSION RESISTANCE CHARACTERISTICS」(発明の名称、当合議体訳:「導電性および耐食性を有するコーティング」)に関し、以下の記載がある(なお、下線は当合議体が付したものである。また、「・・・」は記載の省略を表す。以下同様。)。
ア 「[0003] Fuel cells include bipolar plates which are conductive plates that are stacked together, with, typically a plate acting as an anode for one cell and a cathode for the next cell. The plates have a number of functions within the fuel cell stack which include separating the gasses between cells, providing a conductive medium, providing a flow field channel for the reaction gases and transferring heat out of the cell. The plates are required to be impermeable to gases, have good electrical conductivity, be resistant to corrosion and be relatively easy to manufacture in large quantities.」
(当合議体訳:「[0003] 燃料電池は、導電性プレートであるバイポーラプレートを用いて積層されている。このプレートは、典型的には、あるセルではアノードとして、隣接するセルではカソードとして機能する。燃料電池スタック内において、これらのプレートは、セル間のガスを遮断する、導電経路を提供する、反応ガスの流路(ガス流路)を形成する、そしてセルから熱を排出するといった、数多くの役割を担っている。そのため、プレートには、ガス不透過性、優れた導電性、耐食性を備えていること、そして比較的容易に大量生産できることが求められる。」)
イ 「[0006] It is known to provide a conductive carbon coating on the surface of articles and the aim of the present invention is to provide improvements to this form of coating in order to provide a coating which has beneficial effects in terms of both the electrical conductivity and other characteristics which allow the commercial implementation of the same and also allow the articles to be resistant to the adverse effects of the corrosive medium. Not only does the coating ensure the continued operation of the component or plate by maintaining a high level of conductivity over time, but by reducing the electrical resistance inherent at the surface of the component or plate to a value below that of the uncoated material, it can improve the overall power density capability of the device for operation at a desired voltage or current.
[0007] In a first aspect of the invention there is provided an article, said article including a base or plate formed of an electrically conductive material and a coating applied thereto to cover at least part of the external surface of the same, said coating including, at at least it's external face, a conductive, substantially carbon material layer and/or a noble metal layer and wherein, intermediate said external face and the base there is provided at least one intermediate layer of one or more electrically conductive material.」
(当合議体訳:「[0006] 物品の表面に導電性炭素コーティングを施すことは公知であるが、本発明の目的は、この種のコーティングを改良し、導電性および実用化を可能にするその他の特性の双方において優れた効果を発揮するとともに、腐食性媒体による悪影響に対する耐性も備えたコーティングを提供することにある。このコーティングは、高い導電性を経時的に維持することで構成部品やプレートの継続的な動作を保証するだけでなく、構成部品やプレートの表面に本来存在する電気抵抗をコーティング未処理の材料よりも低い値に低減させることにより、所望の電圧または電流で動作するデバイスの全体的な出力密度能力を向上させることも可能である。
[0007] 本発明の第1の態様によれば、導電性材料で形成された基部または板と、その外面の少なくとも一部を覆うように施されたコーティングとを備えた物品が提供される。このコーティングは、少なくともその外面において、導電性の実質的に炭素からなる材料の層および/または貴金属層を含み、かつ、当該外面と基部との間には、1種または複数種の導電性材料からなる少なくとも1つの中間層が設けられている。」)
ウ 「[0029] In a yet further aspect of the invention there is provided a bipolar plate for a fuel cell coated with a chemically stable and electrically conductive coating of a metal nitride, a metal carbide or a metal carbo-nitride, onto which is applied a coating formed of non-hydrogenated amorphous carbon nanolayers having a selected sp2/sp3 ratio.
[0030] In one embodiment the sp2/sp3 ratio is varied through the thickness of the said non-hydrogenated amorphous carbon coating.
[0031] Typically the bipolar plate is fabricated from any or any combination of a low carbon steel, austenitic steel low alloy steel, aluminium or aluminium alloy, titanium or titanium alloy and coated with a corrosive resistant first metal layer.
[0032] Typically the bipolar plate is coated with an electrically conductive transition metal nitride, such as CrN, TiN or ZrN.」
(当合議体訳:「[0029] 本発明のさらなる態様によれば、燃料電池用バイポーラプレートが提供される。このバイポーラプレートは、金属窒化物、金属炭化物、または金属炭窒化物からなる化学的に安定かつ導電性のコーティングで被覆されており、その上には、選択されたsp2/sp3比を有する非水素化アモルファスカーボンナノ層から形成されたコーティングが施されている。」)
[0030] 一実施形態において、前記非水素化アモルファス炭素コーティングの厚さ方向にわたって、sp2/sp3比が変化させられる。
[0031] 一般に、バイポーラプレートは、低炭素鋼、オーステナイト鋼、低合金鋼、アルミニウムもしくはアルミニウム合金、またはチタンもしくはチタン合金のいずれか、あるいはそれらの任意の組み合わせから作製され、耐食性を有する第1の金属層で被覆される。
[0032] 一般に、バイポーラプレートは、CrN、TiN、またはZrNなどの導電性遷移金属窒化物で被覆される。」
エ 「[0077] In a further embodiment of the invention there are provided further advantages to the coating in which Bipolar plates are coated with TiN in which further layers of Chromium plus carbon doped with chromium (<10 at %) or metal doped amorphous carbon coating are used.
[0078] In this example electrochemical testing for corrosion resistance is performed as corrosion resistance is an important factor in gauging the likely practical performance of bipolar plate materials. Potentiodynamic experiments were carried out using an Autolab PGSTAT302N potentiostat connected to a computer. The electrochemical cell was a Bio-logic 250 ml jacketed flat corrosion cell with a 1 cm2 sample area linked to a thermostatically controlled bath with a 1 cm2 sample area. The cell was placed in a Faraday cage to reduce electrical interference from surrounding equipment. A C10-P5 Thermo Scientific circulating water bath was used to maintain the temperature of the cell at 70℃.
[0079] A three electrode setup was used where the working electrode was an as-received AISI316L 0.1 mm foil which had been coated by the PVD equipment described above, and was cleaned with acetone and dried prior to immersion. A Mercury/Mercury Sulphate Electrode (MSE) was used as the reference electrode rather than a Saturated Calomel Electrode (SCE) to avoid any possible chlorine contamination. A platinum mesh was used as the counter electrode and had a considerably greater geometric surface area than that of the working electrode. The electrolyte used was 250 ml of 0.5M H2SO4.
[0080] The procedure involved bubbling the electrolyte with either air or hydrogen for 20 mins after which the delivery tube was withdrawn from the solution but left within the electrochemical cell to maintain the chosen atmosphere. The Open Circuit Potential (OCP) was then recorded for 40 mins. Following this, a potentiodynamic scan was then initiated recorded from 250 mV below the OCP value at a scan rate of 1 mVs-1 until the measured current density reached ~10-2 Acm-1.
[0081] The free corrosion potential (Ecorr) of TiN coating was less noble than the as-received stainless steel which was attributed to its natural affinity to oxidise. However, at higher potentials this presumed TiOx layer provided protection to the AISI316L foil. The Metal doped amorphous carbon coating chromium plus carbon doped with chromium coatings (labelled G-iC in the FIGS. 4 and 5 offer much more noble Ecorr values for the anode and cathode compared to AISI316L. TiN+C coatings offer both noble Ecorr values and lower current densities at higher potentials when tested with bubbled air as shown in FIG. 6 and bubbled hydrogen as shown in FIG. 7 to simulate PEMFC, cathode and anode environments respectively.」
(当合議体訳:「[0077] 本発明のさらなる実施形態において、バイポーラプレートにTiNをコーティングし、さらにクロム、およびクロムをドープした炭素(10原子%未満)の層、あるいは金属ドープ・アモルファス炭素コーティングを用いることで、コーティングにさらなる利点がもたらされる。
[0078] 本実施例では、バイポーラプレート材料の実際の使用時における性能を評価する上で耐食性が重要な要素であるため、耐食性に関する電気化学的試験を行った。コンピュータに接続されたAutolab PGSTAT302Nポテンショスタットを用いて、電位動的実験を実施した。電気化学セルには、Bio-logic製の250mLジャケット付きフラット型腐食セル(試料面積1cm2)を使用し、これを温度制御された恒温槽に接続した。周囲の機器からの電気的干渉を低減するため、セルはファラデーケージ内に設置した。セルの温度を70℃に維持するために、Thermo Scientific製の循環式水槽「C10-P5」を使用した。
[0079] 3電極系を用い、作用極には、前述のPVD装置でコーティングを施したAISI316L製0.1mm厚の箔(未加工状態のもの)を使用した。この作用極は、浸漬前にアセトンで洗浄し、乾燥させた。塩素による汚染の可能性を避けるため、参照電極には飽和カロメル電極(SCE)ではなく、水銀/硫酸水銀電極(MSE)を使用した。対極には白金メッシュを使用し、その幾何学的表面積は作用極のそれよりも十分に大きくした。電解液には、0.5MH2SO4を250mL使用した。
[0080] 試験手順として、まず電解液に空気または水素を20分間バブリングさせた。その後、ガス供給管を溶液から引き抜いたが、所定の雰囲気を維持するためにセル内には残した。続いて、開回路電位(OCP)を40分間記録した。その後、OCP値より250mV低い電位から、1mV/sの走査速度で電位動的走査を開始し、測定された電流密度が約10-2 A/cm2に達するまで測定を行った。
[0081] TiNコーティングの自然腐食電位(Ecorr)は、未処理のステンレス鋼よりも卑な値を示したが、これはTiNが本来酸化しやすい性質を持つことに起因する。しかし、より高い電位領域では、このTiOxと推定される層がAISI316L箔を保護する役割を果たした。金属(クロム)をドープしたアモルファスカーボンコーティング(図4および5において「G-iC」と表記)は、AISI316Lと比較して、アノードおよびカソードのいずれにおいても、より貴なEcorr値を示した。TiN+Cコーティングは、PEMFCのカソードおよびアノード環境をそれぞれ模擬した空気バブリング(図6)および水素バブリング(図7)下での試験において、貴なEcorr値と、高電位域での低い電流密度の双方を実現した。」
(2)甲1に記載された発明
ア 上記(1)ア、ウによれば、甲1には、燃料電池用バイポーラプレートは、耐食性を有する第1の金属層で被覆された低炭素鋼、オーステナイト鋼、低合金鋼、アルミニウムもしくはアルミニウム合金、またはチタンもしくはチタン合金のいずれか、あるいはそれらの任意の組み合わせから作製されたものであることが記載されており、該バイポーラプレートが板状の基材であることは明らかである。
イ 上記(1)エの[0077]によれば、甲1には、バイポーラプレートにTiNをコーティングし、さらにクロム、およびクロムをドープした炭素(10原子%未満)、あるいは金属ドープ・アモルファス炭素コーティングの層を形成することが記載されている。
また、[0081]をみるに、上記「クロムをドープした炭素(10原子%未満)、あるいは金属ドープ・アモルファス炭素コーティング」は「金属(クロム)をドープしたアモルファスカーボンコーティング」であることが明らかである。
ウ 以上によれば、甲1には、以下の発明が記載されていると認められる。
「耐食性を有する第1の金属層で被覆された低炭素鋼、オーステナイト鋼、低合金鋼、アルミニウムもしくはアルミニウム合金、またはチタンもしくはチタン合金のいずれか、あるいはそれらの任意の組み合わせから作製された板状の基体に、TiNをコーティングし、さらにクロム、および金属(クロム)をドープしたアモルファスカーボンコーティングを形成した燃料電池用バイポーラプレート。」(以下「甲1発明」という。)
(3)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
(ア)甲1発明の「耐食性を有する第1の金属層で被覆された低炭素鋼、オーステナイト鋼、低合金鋼、アルミニウムもしくはアルミニウム合金、またはチタンもしくはチタン合金のいずれか、あるいはそれらの任意の組み合わせ作製された板状の基体」は、本件発明1の「金属基材」に相当する。
(イ)上記(ア)のとおり、甲1発明の「バイポーラプレート」は、金属基材をベースとしたものであるから、本件発明1の「金属バイポーラプレート」に相当する。
(ウ)甲1発明の「クロム」は、遷移金属であり、本件明細書等の「本発明によるドープDLCは、少なくとも1つの遷移金属でドープされる。遷移金属は、元素の周期表の第4d族、第5d族及び第6d族から選択される。したがって、少なくとも1つの遷移金属は、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、ハフニウム(Hf)、バナジウム(V)、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)及びタングステン(W)からなる群から選択される。好ましくは、少なくとも1つの遷移金属は、クロム、モリブデン及びタングステンからなる群から選択される。」(【0005】、本件特許公報第10ページ第1~5行)なる記載も参酌するに、本件発明1の「第4d族、第5d族及び第6d族から選ばれる少なくとも1つの遷移金属」に相当する。
(エ)一般に、「ダイヤモンドライクカーボン」及び「DLC」は、「アモルファスカーボン」のうち、ダイヤモンドのsp3結合とグラファイトのsp2結合の両者を炭素原子の骨格構造とするものを指す語である。したがって、甲1発明の「アモルファスカーボン」と、本件発明1の「ダイヤモンドライクカーボン(DLC)」及び「DLC」は、「アモルファスカーボン」である限りにおいて共通する。
(オ)一般に「コーティング」により「層」が形成されるものであるから、上記(ウ)、(エ)も踏まえると、甲1発明の「金属(クロム)をドープしたアモルファスカーボンコーティング」は、本件発明1の「遷移金属ドープダイヤモンドライクカーボン(DLC)の少なくとも1つの層」と、「遷移金属ドープアモルファスカーボンの少なくとも1つの層」である限りにおいて共通する。
また、本件発明1の「遷移金属DLC」は、遷移金属をドープしたDLCを指していることは明らかであるから、甲1発明の「金属(クロム)をドープしたアモルファスカーボン」は、本件発明1の「遷移金属DLC」と、「遷移金属アモルファスカーボン」である限りにおいて共通する。
(カ)そうすると、本件発明1と甲1発明は、
「金属基材と、前記金属基材上に設けられた遷移金属ドープアモルファスカーボンの少なくとも1つの層とを含む、金属バイポーラプレートであって、前記遷移金属アモルファスカーボンは、元素の周期表の第4d族、第5d族及び第6d族から選択される少なくとも1つの遷移金属を含む、金属バイポーラプレート。」
である点で一致し、以下の点で相違する。
<相違点1>
遷移金属ドープアモルファスカーボン及び遷移金属アモルファスカーボンが、本件発明1では、「非水素化遷移金属ドープダイヤモンドライクカーボン(DLC)」及び「非水素化遷移金属DLC」であるのに対して、甲1発明では、「金属(クロム)をドープしたアモルファスカーボン」であって、「ダイヤモンドライクカーボン(DLC)」、「DLC」であるかは不明であり、「非水素化」のものであるかも不明である点。
<相違点2>
本件発明1は、「少なくとも1つの遷移金属の一部は、マトリックスとしての非水素化DLC中に前記少なくとも1つの遷移金属の炭化物の形態で存在し」、「少なくとも1つの遷移金属の前記炭化物の一部が、マトリックスとしての前記非水素化DLC中にアイランドとして存在」しているのに対し、甲1発明は、「金属(クロム)をドープしたアモルファスカーボン」中における遷移金属がどのように存在しているのかが不明である点。
<相違点3>
本件発明1は、「非水素化遷移金属ドープDLCは、35GPa以上の硬度を有し、前記硬度は、研磨された硬化基材上に堆積された前記非水素化遷移金属ドープDLCの膜で測定され、押込み深さは前記膜の厚さの10%未満であ」るのに対し、甲1発明は、「金属(クロム)をドープしたアモルファスカーボン」の硬度が不明である点。
イ 相違点についての判断
事案に鑑み、相違点3について検討する。
(ア)まず、相違点3が実質的なものであるかについて検討する。
甲1には、甲1発明の「金属(クロム)をドープしたアモルファスカーボン」の硬度を所定以上の値とすることについては何らの記載もされていないし、本願優先日当時の技術常識を鑑みても、当該「アモルファスカーボン」の、押込み深さを膜の厚さの10%未満として測定した硬度が当然に「35GPa以上」であると認めることもできない。
したがって、相違点3は実質的なものである。
(イ)次に、上記相違点3の容易想到性について検討する。
a 上記(ア)のとおり、甲1には、甲1発明の「金属(クロム)をドープしたアモルファスカーボン」の硬度を所定以上の値とすることについては何らの記載もされていない。また、本願優先日当時の技術常識を考慮しても、甲1発明において、相違点3に係る、「アモルファスカーボン」の、押込み深さを膜の厚さの10%未満として測定した硬度が35GPa以上」という発明特定事項を備えさせることが動機付けられるとはいえない。
b 本願の優先日前に公知となった甲2には、「SLIDING ELEMENT, INTERNAL COMBUSTION ENGINE AND PROCESS FOR OBTAINING SLIDING ELEMENT」(発明の名称、当合議体訳:「摺動部材、内燃機関、および摺動部材の製造方法」)に関し、以下の記載がある。
(a)「[0022] And, additionally, an object of the invention is to provide a sliding element having low friction for use in internal combustion engines comprising a ferrous base whereupon is applied a film comprising a connecting layer, a transitional layer, and a contact layer comprising DLC (diamond-like carbon) doped with a metal element, with a view to increasing the longevity of the sliding element through the improvement in the fatigue strength and the wear resistance and, concomitantly, to prevent the wear of the components of the engine which interact with the said sliding element.」
(当合議体訳「[0022]さらに、本発明の目的は、内燃機関に使用される低摩擦な摺動部材を提供することにある。この摺動部材は、鉄系基材上に、結合層、遷移層、および金属元素をドープしたDLC(ダイヤモンドライクカーボン)からなるコンタクト層を含む被膜を形成したものであり、疲労強度および耐摩耗性の向上による摺動部材の長寿命化を図るとともに、当該摺動部材と相互作用するエンジン構成部品の摩耗を防止することを意図している。」)
(b)「[0034] FIG. 1 shows a cross-section view of the sliding element 1 of the present invention. In a preferential, however not obligatory, manner the sliding element 1 of the present invention comprises a ferrous base material 2 such as, for example, stainless steel containing 10% to 17% chromium, carbon steel or cast iron. Upon this base material there may be applied a nitrided layer and/or it may even have a nitrided layer applied by PVD. Over the base material 2 there is directly applied a metal connecting layer 3 or, optionally, as occurs in solutions of the state of the art, the material base 2 receives a nitriding treatment or a PVD coating prior to receiving the connecting layer 3.
[0035] As principal characteristic, the metal connecting layer 3 comprises chromium, nickel or cobalt having a face centred cubic (fcc) structure wherein, in a preferential but not obligatory manner, there is applied a polycrystalline columnar layer of chromium having an fcc structure. In particular, the connecting layer has a thickness varying between 500 nm and 1000 nm.
[0036] Additionally, the present invention has as innovative characteristic the fact of applying upon the connecting layer 3 a transitional layer 4 composed, for example, of tungsten carbide (WC1-x), chromium carbide (CrC1-x) or niobium carbide (NbC1-x). This transitional layer 4 has as objective thereof to act as a cushion between the two adjacent layers. In other words, the transitional layer 4 acts in the sense of relieving the stresses between the metal structure of the connecting layer 3 and the contact layer 5, which has high internal stress.
・・・
[0038] In a manner differing from the solutions of the state of the art, which make use of variation of the internal stress (patents EP 2432913B1 and EP 2432915B1) during the deposition of the film of hydrogen-free carbon in order to achieve greater thicknesses of the film deposited, the present invention has a different concept as basis therefor. In this manner, the contact layer 5 comprises a film of hydrogen-free DLC (having as a maximum 2% hydrogen) in order to configure a structure having predominantly carbon bonds in the sp2 and sp3 form, wherein the deposition of the film of hydrogen-free DLC is doped with a metal of the transitional layer 4, wherein the quantity of the metal element is equal to or less than 5% atomically, to form a layer of DLC having low internal stresses. The thickness of the contact layer 5 varies between 3000 nm and 30000 nm.
[0039] In spite of being unexpected, the effect may be theoretically explained by the fact that the metal in the interior of the carbon structure acts as an abatement element, providing greater strength and maintaining at an excellent level the coefficient of friction and the wear resistance of the film of hydrogen-free carbon.
[0040] Moreover, in addition to a lower value of internal stress, there has also been observed a difference in the Young's modulus between the metal structure (approximately 180 GPa) and the connecting layer 3 (between 180 and 300 GPa) and the contact layer 5 (approximately 300 GPa) comprising DLC doped with metal. With the objective of preventing complications during mechanical loading, it is absolutely necessary for the transitional layer 4 to possess a Young's modulus intermediate between that of the connecting layer 3 and the contact layer 5.
[0041] As a result, the film 6 of the present invention, the dimension whereof varies between 4 and 25 microns, achieves reduction of the internal stresses and limits the propagation of fissures, resulting in an increase in the wear resistance and low friction of the film 6. With the objective of obtaining different structures within the film of tetragonal amorphous carbon (ta-C) doped with metal (a-C:Me), the contact layer 5 grows through the application of high deposition energy wherein the sp3 hybridisations of the tetrahedral configuration and the sp2 hybridisation are the predominant formations, explaining the high hardness of the coating. More particularly, the structure of the carbon of the contact layer 5 is predominantly composed of the sp2 structure, such that the ratio between the integrated intense D and G bands in the Raman spectrum lies between 0.2 and 1.0.
[0042] The control of the internal stresses occurs in an appropriate manner by virtue of the fact that it derives from the interfaces between the film 6 and the base material 2, and the doping of the contact layer 5 with the WC of the transitional layer 4 through a spraying process at low power.
[0043] The doped metal together with the contact layer 5 must be the same as utilised in the formation of the transitional layer 4. Consequently, for example, if a transitional layer 4 of tungsten nitride is utilised, the doped metal in the DLC shall also be tungsten.
[0044] In a possible preferential configuration, the quantity of metal utilised in the doping is a maximum of 5% by atomic weight. For such reason, the contact layer or DLC may be both nanostructured and amorphous, this being because the metal may be in solid solution in the structure of the DLC, resulting in the amorphous configuration, or it may be in small islands of the metal element, resulting in the nanostructure configuration.」
(当合議体訳「[0034] 図1は、本発明の摺動部材1の断面図を示している。必須ではない好ましい態様においては、本発明の摺動部材1は、例えば10~17%のクロムを含むステンレス鋼、炭素鋼、または鋳鉄といった鉄系基材2で構成される。この基材には窒化層が形成されていてもよく、あるいはPVDによって窒化層が形成されていてもよい。基材2上には金属接合層3が直接形成されるか、あるいは、従来技術の構成に見られるように、接合層3を形成する前に基材2に対して窒化処理またはPVDコーティングが施される場合もある。
[0035] 主要な特徴として、金属接続層3は、面心立方(fcc)構造を有するクロム、ニッケル、またはコバルトで構成され、必須ではないが好ましくはfcc構造を有するクロムの多結晶柱状層が適用される。特に、この接続層の厚さは500nmから1000nmの範囲である。
[0036] さらに、本発明の革新的な特徴は、接続層3上に、例えば炭化タングステン(WC1-x)、炭化クロム(CrC1-x)、または炭化ニオブ(NbC1-x)からなる遷移層4を適用する点にある。この遷移層4は、隣接する2つの層の間のクッションとして機能することを目的とする。言い換えれば、遷移層4は、接続層3の金属構造と、高い内部応力を有するコンタクト層5との間に生じる応力を緩和する役割を果たす。
・・・
[0038] より厚い膜を形成するために、水素を含まない炭素膜の成膜中に内部応力の変化を利用する従来技術の解決策(特許EP 2432913B1およびEP 2432915B1)とは異なり、本発明は異なる概念に基づいている。具体的には、コンタクト層5は、sp2およびsp3形態の炭素結合を主体とする構造を形成するために、水素を含まないDLC膜(水素含有量最大2%)で構成される。この水素を含まないDLC膜の成膜に際しては、遷移層4の金属をドーピングし(金属元素の量は原子比で5%以下)、内部応力の低いDLC層を形成する。コンタクト層5の厚さは、3000nmから30000nmの範囲である。
[0039] 予期せぬ結果ではあるものの、その効果は理論的には、炭素構造の内部にある金属が強化要素として機能し、強度を高めるとともに、水素フリー炭素膜の摩擦係数および耐摩耗性を優れたレベルに維持していると説明できる。
[0040] さらに、内部応力が低いことに加え、金属構造体(約180GPa)と、接続層3(180~300GPa)および金属をドープしたDLCからなるコンタクト層5(約300GPa)との間で、ヤング率の差も認められています。機械的負荷がかかる際の不具合を防止するためには、遷移層4が、接続層3とコンタクト層5の中間のヤング率を有することが不可欠である。
[0041] その結果、厚さが4~25ミクロンの範囲にある本発明の膜6は、内部応力の低減と亀裂伝播の抑制を実現し、それによって膜6の耐摩耗性の向上と低摩擦特性がもたらされる。金属をドープした四面体アモルファスカーボン(ta-C:Me)膜の内部に異なる構造を形成させることを目的として、高い成膜エネルギーを印加してコンタクト層5を成長させる。この際、四面体構造のsp3混成とsp2混成が支配的な構成となるため、コーティングの高い硬度が実現される。より具体的には、コンタクト層5の炭素構造はsp2構造が支配的であり、ラマンスペクトルにおけるDバンドおよびGバンドの積分強度の比は0.2~1.0の範囲にある。
[0042] 低出力での溶射プロセスにより、遷移層4のWCをコンタクト層5にドープすること、および膜6と基材2との間の界面に起因することから、内部応力の制御が適切に行われる。
[0043] ドープされる金属は、コンタクト層5と同様に、遷移層4の形成に用いられるものと同一でなければならない。したがって、例えば窒化タングステンの遷移層4が用いられる場合、DLCにドープされる金属もタングステンである必要がある。
[0044] 好ましい構成の一例として、ドーピングに用いられる金属の量は、原子量比で最大5%である。このような構成において、コンタクト層やDLCは、ナノ構造を持つ場合もあればアモルファス(非晶質)である場合もある。これは、金属がDLCの構造中に固溶してアモルファス構造を形成することもあれば、金属元素が微小な島状に存在してナノ構造を形成することもあるためである。」)
(c)「[0053] With the objective of maintaining the DLC structure with the recognised tribological performance thereof, and improving the durability of the film 6 through the increase in the thickness, the addition (doping) of the metal element is necessary. As a great advantage, the metal element (for example, tungsten) has no impact on the hardness of the layer of DLC, by virtue of not interfering in the formation of the sp2 carbon bonds, but does in relieving the internal stresses. Here, the metal is inserted into the layer deposited in the form of carbides, compounds with carbon. The tungsten is added at an appropriate alloying level, but below the levels exhibited by the ceramics, whilst maintaining the elastic properties of the metal constituents not based on the formation of carbides, which tend to be more tolerant to damage, but preventing typical defects found in the DLC coatings, such as low adherence to the substrate and limitations on building thick layers.」
(当合議体訳「[0053] 優れたトライボロジー特性を有するDLC構造を維持しつつ、膜厚を増大させて膜6の耐久性を向上させるためには、金属元素の添加(ドーピング)が必要となる。金属元素(例えばタングステン)を添加する大きな利点は、sp2炭素結合の形成を阻害しないためDLC層の硬度に影響を与えない一方で、内部応力を緩和できるという点にある。ここで、金属は炭素との化合物である炭化物の形態で堆積層中に組み込まれる。タングステンは適切な合金化レベルで添加されるが、その量はセラミックスに見られるようなレベルには達しない範囲に抑えられる。これにより、損傷に対して比較的高い耐性を示す金属成分由来の弾性特性を維持しつつ、基材への密着性の低さや厚膜化の困難さといったDLCコーティング特有の欠陥を防ぐことが可能となる。」)
(d)「1. A sliding element for internal combustion engines, comprising a ferrous base provided with a film applied upon a sliding surface, the film having, sequentially, a metal connecting layer, a transitional layer, and a contact layer, wherein: the transitional layer includes a carbide containing a metal element; the contact layer contains DLC (diamond-like carbon) doped with the metal element of the transitional layer, the DLC containing a maximum of 2% hydrogen by weight; and an atomic ratio between metal and carbon in the contact layer in terms of a ratio Me/C is equal to or less than 0.1.
・・・
9. A sliding element according to claim 1, wherein a hardness of the film varies between 2500 HV and 5000 HV.」(請求の範囲)
(当合議体訳「1.内燃機関用の摺動部材であって、摺動面に被膜が形成された鉄系基材を備え、前記被膜は、金属結合層、遷移層、およびコンタクト層を順に有し、前記遷移層は、金属元素を含む炭化物を含み、前記コンタクト層は、前記遷移層の金属元素がドープされたDLC(ダイヤモンドライクカーボン)を含み、該DLCは水素を重量比で最大2%含有し、かつ、前記コンタクト層における金属と炭素の原子比(Me/C)が0.1以下である、摺動部材。
・・・
9.前記被膜の硬度が2500HVから5000HVの範囲にある、請求項1に記載の摺動部材。」
(e)上記(a)~(d)によれば、甲2には、鉄系基材上に、結合層、遷移層、および前記遷移層に含まれるタングステン等の金属元素をドープした水素を含まないDLCからなるコンタクト層を含む被膜を形成した内燃機関用の摺動部材であって、被膜の硬度が2500HVから5000HVであるものが記載されている。
c(a)しかし、甲2に記載された事項は、内燃機関用の摺動部材に関するものであり、燃料電池用バイポーラプレートに関する甲1発明とは、属する技術分野が全く異なる。また、燃料電池用バイポーラプレートに施された被膜と、内燃機関用の摺動部材に施された被膜とでは、求められる特性が異なることも明らかであるから、甲1発明において、甲2に記載された事項を適用することが動機付けられるとはいえない。
(b)また、甲2において示された硬度はビッカース硬さであって、本件発明1における「押込み深さは前記膜の厚さの10%未満」で測定した硬度(本件明細書等の【0008】の「硬度」の項目に記載された、ISO14577による押し込み硬度HIT)とは異なるものである。
この点、ISO-14577-1 Annex Fによれば、上記押し込み硬度HIT1GPaが、理論上、ビッカース硬さで約94HVと換算されることが示されているが、HITをHVに代用してはならないことも併せて示されている。さらに、甲2に記載された2500HV~5000HVを上述のように換算しても、押し込み硬度HITで約26.6~53.2GPaとなり、相違点3に係る「35GPa以上」の範囲外の値も含むものとなることが明らかである。
したがって、仮に、甲1発明において、甲2に記載された事項を適用することが動機付けられたとしても、相違点3に係る事項を備えたものとはならないものである。
d(a)甲3、甲5も、燃料電池用バイポーラプレートとは全く異なる技術分野に関する事項について記載したものである上、被膜の硬度に関して記載したものではない。また、甲4は、公開日が2021年11月11日であり、本願の優先日前において公知となった証拠ではない。
(b)甲6には、「水素を含まない非晶質硬質炭素皮膜はHv1500から8000程度の硬度を有し、水素を含む非晶質硬質炭素皮膜に比べ耐摩耗性に優れる」(【0016】)との硬度に関する記載はある。
しかし、該記載は、甲1発明の燃料電池用バイポーラプレートとは全く異なる技術分野である、内燃機関用ピストンリング等の摺動部材についてのものである。
さらに、Hvで示される上記硬度は、ビッカース硬さと解されるが、該ビッカース硬さは、上記c(b)に示したとおり、本件発明1にて特定される「硬度」とは異なるものであるし、上記Hv1500から8000のビッカース硬さは、押し込み硬度HITに換算できたとしても、約16.0~85.1GPaとなり、相違点3に係る「35GPa以上」の範囲外の値も含むものとなることが明らかである。
(c)したがって、甲1発明において、甲3~6に記載された事項を適用することが動機付けられるとはいえないし、仮に、適用したとしても、相違点3に係る事項を備えたものとはならないものである。また、甲3~6の存在が、上記a~cの判断を左右するものでもない。
(ウ)以上によれば、甲1発明において、相違点3に係る発明特定事項を備えさせることが、当業者において容易になし得たものであるということはできない。
ウ 小括
以上のとおりであるから、相違点1、2について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1に記載された発明、及び、甲2~6に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(4)本件発明2~16、20について
本件特許の請求項2~16、20は、請求項1の記載を直接または間接的に引用するものであるから、本件発明2~16、20は、本件発明1の発明特定事項をすべて備えたものである。
そして、上記(3)のとおり、本件発明1が、甲1に記載された発明、及び、甲2~6に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上、同様に、本件発明2~16、20も、甲1に記載された発明、及び、甲2~6に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
2 申立理由2(サポート要件)
(1)上記第2のとおり、本件発明1は、
「金属基材と、前記金属基材上に設けられた非水素化遷移金属ドープダイヤモンドライクカーボン(DLC)の少なくとも1つの層とを含む、金属バイポーラプレートであって、前記非水素化遷移金属DLCは、元素の周期表の第4d族、第5d族及び第6d族から選択される少なくとも1つの遷移金属を含み、前記少なくとも1つの遷移金属の一部は、マトリックスとしての非水素化DLC中に前記少なくとも1つの遷移金属の炭化物の形態で存在し、
前記非水素化遷移金属ドープDLCは、35GPa以上の硬度を有し、前記硬度は、研磨された硬化基材上に堆積された前記非水素化遷移金属ドープDLCの膜で測定され、押込み深さは前記膜の厚さの10%未満であり、
前記少なくとも1つの遷移金属の前記炭化物の一部が、マトリックスとしての前記非水素化DLC中にアイランドとして存在する、金属バイポーラプレート。」である。
(2)一方、本件明細書等の発明の詳細な説明には、以下の記載がある。
ア 「どちらの場合も、BPPとGDLとの間のICRが低く、BPPの一方の側から他方の側への電流に対する電気抵抗が低いという第1の要件がある。第2の要件は、バイポーラプレートが腐食してICRの増加をもたらさないことである。第3の要件は、BPPが、PEM膜付近の触媒を汚染する可能性があるイオンを放出しないことである。場合によっては、放出されたイオンが腐食プロセスの生成物であり得るため、第2及び第3の要件が関連する。」(【0002】、本件特許公報第5ページ第37~42行)
イ 「したがって、文献から知られているBPPのコーティングにおける上記の問題を回避し、特にBPPの上記の3つの要件、すなわち、トラック及び列車に典型的な燃料電池のより長い寿命の下でエレクトロライザー又は燃料電池で使用された場合であっても、低ICR、腐食なし、及びイオンの放出がないことの全てを満たす代替的かつ更に改善されたコーティングに対する需要があった。従来技術を考慮すると、上で要約されたような過酷な動作条件下でエレクトロライザー又は燃料電池で使用される場合であっても、ICRを更に低減し、耐食性を更に改善する金属BPP用のコーティングが特に要求されていた。」(【0002】、本件特許公報第6ページ第26~32行)
ウ 「要約すると、業界では、燃料電池におけるBPPのコーティングとして優れた特性を有するコーティング材料、特に、より長い寿命及び動作中の過酷な条件並びにエレクトロライザーに上述の利点を提供するPEMFCを提供することに大きな関心が寄せられている。」(【0002】、本件特許公報第7ページ第18~21行)
エ 「非水素化遷移金属ドープDLC
本出願は、請求項1に定義されるような非水素化遷移金属ドープダイヤモンドライクカーボン(DLC)を提供することによってこれらの必要性を満たす。したがって、非水素化DLCは、元素周期表の第4d族、第5d族及び第6d族から選択される少なくとも1つの遷移金属を含み、少なくとも1つの遷移金属の一部は、マトリックスとしての非水素化DLC中に、少なくとも1つの遷移金属の炭化物の形態で存在する。非水素化遷移金属ドープDLCは、35GPa以上、好ましくは40GPa以上の硬度を有し、硬度は、膜の厚さの10%未満の押込み深さで、研磨された基材上に堆積された非水素化遷移金属ドープDLCの膜で測定されることを特徴とする。
・・・
硬度が35GPa未満である場合、コーティングは柔らかすぎ、燃料電池のBPPのコーティングとして使用される場合、特に動作中の高電圧等のより長い寿命及び厳しい動作条件では、弱く結合した、すなわちsp2結合した炭素原子が溶解し、コーティングから浸出し、拡散し、関連する望ましくないICRの増加を伴う。
例えば、本発明によるドープDLCの硬度は、40~60GPaの範囲内とすることができる。本発明によるドープDLCの硬度は、より好ましくは≧45GPaであり、これは浸出したsp2結合炭素及び外方拡散による触媒汚染によるICRの増加を回避するために更により有益である。
・・・
本発明によるドープDLCは、Z.Wang et al.及びK.Hou et al.等の文献から公知のBPPコーティングよりもはるかに高い硬度を有し、これは典型的には60%を超えるより高い割合のsp3結合によって引き起こされる。非水素化DLCでは、硬度はsp3分率、すなわちsp、sp2及びsp3ハイブリダイゼーション状態、すなわちsp、sp2及びsp3結合炭素の材料中の炭素原子の合計に関してsp3結合状態で存在する炭素原子の部分と相関する。本発明によるドープDLCは、典型的には60%以上、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上、最も好ましくは85%以上のsp3分率を有する。
その高いsp3分率のために、本発明によるドープDLCは、ta-C、すなわち四面体アモルファス炭素として表すことができる。sp3結合炭素の割合がより高いため、弱く結合した炭素は、本発明によるドープDLCがBPPのコーティングとして使用される場合、より長い寿命、例えば10,000時間を超える寿命、及び高電圧等の過酷な動作条件、例えばトラック又は列車用の燃料電池、及びエレクトロライザーで遭遇するようなものであっても溶解しない。」(【0005】、本件特許公報第8ページ第19行~第9ページ第16行)
オ 「本発明では、炭化物の形態の少なくとも1つの遷移金属は、マトリックスとしての非水素化DLC中に存在する、すなわち、好ましくは均一に分布している。TM炭化物相又はドメインのサイズは、特に限定されない。炭化物は、下端に原子状に分布したW-C単位として、上端にアイランド、特にnm範囲のサイズを有するもの、すなわち「ナノサイズのアイランド」として存在してもよい。本明細書で使用される場合、ナノメートル範囲、すなわちナノサイズは、0.1nm~100nmのサイズを含むように定義される。好ましい実施形態によれば、TM炭化物は、ナノサイズのアイランドまで、より好ましくは最大2nmのサイズを有するナノサイズのアイランドまで原子的に分布して存在する。更により好ましくは、少なくとも1つの遷移金属の炭化物は、約0.5nm~2nmのサイズのナノサイズのアイランドとして存在する。これは、特に本発明によるドープDLC中に共有結合した遷移金属が存在し、望ましい低いICRをもたらすことを確実にするために、BPPコーティングとしての厳しい要件を満たすために有益であることが証明された。同時に、少なくとも1つの遷移金属の炭化物の少なくとも一部が、最大2nmのサイズを有するナノサイズのアイランドとして存在することにより、所望の高硬度がもたらされる。言い換えれば、マトリックスとしての非水素化DLC中に最大2nmのサイズを有するアイランドとしての少なくとも1つの遷移金属の炭化物の存在は、低いICRと高い硬度とを組み合わせたDLCコーティングを達成することを可能にする。通常、非常に硬いta-Cコーティングは高いICRを有する。これは以下のように説明され得る。一方では、より高い割合のsp3結合炭素は、通常、DLCコーティングの硬度の改善をもたらす。他方、より高いsp3分率は、通常、DLCコーティングの導電率の低下、したがってより高いICRをもたらす。本発明において、遷移金属炭化物のアイランドのサイズは、透過型電子顕微鏡法(TEM)、特に明視野TEM(BFTEM)及び高角散乱環状暗視野STEM(HAADF-STEM、high angle annular dark field with spot for scanning TEM)によって決定することができる。
好ましい実施形態によれば、少なくとも1つの遷移金属の別(another)の部分、好ましくは他(the other)の部分は、金属滴の形態で存在する。該滴は、好ましくは1μm未満、好ましくは0.1~100nm、好ましくは0.5~40nmの直径を有する。本発明によるドープDLCのマトリックス中に分布し、したがって材料のコーティング中に埋め込まれたそのような小さいTM滴は、遊離遷移金属の特に有効な供給源を形成することができ、したがって、材料が燃料電池又はエレクトロライザーのBPP上のコーティングとして使用される場合、低ICRに更に寄与する。」(【0005】、本件特許公報第10ページ第40行~第11ページ第20行)
カ 「組成分析
コーティングの組成分析は、5keVの加速電圧、200nAの電流、及び試料当たり10個の試験プローブを用いて、電子プローブマイクロ分析EPMAによって行った。詳細に検討した組成を表1に示す。
[図:0001439241000001.jpg]
硬度
硬度は、押込み硬度HITであり、ダイヤモンド圧子を用いて、ISO14577(すなわち、2015年7月15日のISO14577-1:2015、2015年7月15日のISO14577-2:2015、及び2016年11月1日のISO14577-4:2016の英語版)に準拠した微小硬度計(Fischerscope H100)を用いて、平坦に研磨された硬化基材上でのナノ押込みによって測定されている。使用されるダイヤモンド圧子はビッカース形状を有する。すなわち、圧子は、水平面に対して22゜の平面を有する四角錐ベースの形状を有するダイヤモンドであり、言い換えれば、ダイヤモンドピラミッドの軸と一方の面(ビッカースピラミッド)との間の角度が68゜である正方形の底面を有する直交ピラミッドとして成形される。硬度はGPaで表される。・・・」(【0008】、本件特許公報第22ページ第13~42行)
キ 「BFTEM及びHAADF-STEMイメージングの組合わせは、W滴と炭素クラスタとの識別を可能にした。
80nm膜中にW滴が同定された。図4は、BFTEMで観察された1.4at.%のWでドープされたコーティングを示す。小さな黒点は、EDX分析によって確認されるようにW滴である。図4では、W滴サイズは2~40nmの範囲である。他のサンプルでは、100nmまでの小滴が観察された。
図5では、1.4at.%のWでドープされた同じサンプルのHAADF-STEM画像を示す。Wのサブnmクラスタが認識可能であった(HAADF-STEMでは、Wは白色として現れる)。HRTEMの焦点により、80nmの総膜厚ではなく、約20nmの厚さを有するスロットのみが観察されたことを理解されるべきである。厚いコーティング中のこのような粒子の正確な測定は不可能であるが、粗測定により~0.5nmのクラスタサイズが得られた。Wは格子間隔0.34nmのbcc構造を有する。WCは、通常、格子定数0.29及び0.28nmの六角形の分布を有する。したがって、クラスタは、10個までの範囲のかなり限られた数のW原子で構成される。
アイランド及び小滴が球形であると仮定して、金属滴中に見えるWの量及びWCアイランド中に見える量の半定量分析を行った。0.6at.%のWでドープされた本発明によるドープDLCのコーティングでは、50%のWがWCアイランドに起因し、50%のWが金属滴中にあることが分かった。1.4at.%のWがドープされた膜では、約30%のWがWCアイランドに起因し、70%が金属W滴に起因し得る。これは、小滴の量がターゲット中のWの割合と共に線形よりも増加するという予想と一致している。
ラマンスペクトルにおけるWCの非常に明確な存在は、僅か1.4at.%のWでもあり、より小さい結晶子はWCである。定量分析は、ほとんど「遊離」Wがないことを示した。
PEMFC及びエレクトロライザー中のBPP(ステンレス鋼の金属BPP)のためのコーティングとしての上記材料の優れた特性は、それらのICR及び腐食性能について試験することによって確認された。
界面接触抵抗(ICR)
PEM燃料電池又はPEMエレクトロライザー内には、電子の流れが阻害される2つの重要な接触点、すなわち触媒-ガス拡散層(GDL)及びGDL-BPP接触点がある。FCスタックでは、BPPが2つのGDLの間に配置されるため、BPPの接点の電気抵抗は、RGDL-BPP-GDLとして表される。・・・
・・・GDL材料は、Alfa Aesar製のTorayカーボンペーパ(TGP-H-60、19x19cm)であり、サンプルの下及び上に置くために1平方インチ(6.45cm2)片に切断される。電流が設定され、ICR式で使用される電気抵抗が計算される電位が測定される。報告された測定は、PEM燃料電池又はPEMエレクトロライザーの動作条件を表すために、1MPaで行われた。界面接触抵抗について許容可能であると考えられるのは、<10mΩ.cm2である。
ステンレス鋼上に堆積させたサンプルの測定されたICRを図6に示す。適度なWドーピングは、ICRを非常に魅力的な値に低下させるという明確な効果がある。
加速腐食試験
典型的には、試験サンプルは電解質中で酸化に供される。試験サンプルは、電気化学セルのアノードとして機能するため、「作用」電極と呼ばれる。・・・
80℃で電解質を用いて測定を行った。使用した電解質は、更に20ppmのCl及び10ppmのFを含むpH3(16.3mmol/l)の酸性度を有する水中H2SO4であった。
0.1mV/sの電位変化及び10mAの電流範囲で、-0.7~+0.7Vの電位範囲で動電位試験を行った。走査速度は1走査/秒であり、これは全てのサンプルについての全ての連続する動電位試験を通して同じままであった。
燃料電池運転中の腐食をシミュレートするために、Ag-AgClに対して0.6Vで24時間の動電位試験の後に定電位試験を行い、続いて腐食サンプルの電気化学的特性を決定し、それらを堆積したままのサンプルと比較するための別の動電位走査を行う。新しいサンプルごとに、新しい電解質が使用されている。カソード腐食電流は、0.1μ/cm2未満であると予想される。
遷移金属ドーピングなしのta-Cコーティング(参考用)及び本発明によるドープDLCのコーティング(Wドープ)の腐食電流を図7に示す。定電位試験後に腐食電流が増加した。ドーパントは、腐食電流を、US Department of Energyの目標である0.1μA/cm2よりも一桁低いレベルまで抑制する。
上記Wの例について示されるように、本発明による非水素化DLC(ta-C)中の遷移金属ドーパントは、腐食性能及び界面接触抵抗にプラスの効果を有した。通常、非常に硬いta-Cコーティングは、高い界面接触抵抗を有する。
見出された腐食電流に基づいて、燃料電池及びエレクトロライザーにおける動作条件下での本発明によるドープDLCのコーティングの寿命予想は10,000時間を超える。」(【0008】、本件特許公報第23ページ第23行~第25ページ16行)
ク 「
[図:0001439241000002.jpg]
」
ケ 「
[図:0001439241000003.jpg]
」
(3)サポート要件についての判断
ア 上記(2)ア~ウをみるに、本件発明1において解決すべき課題(以下、単に「課題」という。)は、ガス拡散層(GDL)との間の界面接触抵抗(ICR)が低く、腐食によるICRの増加をもたらさず、触媒を汚染する可能性があるイオンを放出しないバイポーラプレートを得ることと認められる。
イ そして、本件明細書等の発明の詳細な説明には、燃料電池のバイポーラプレートにおいて、硬度が35GPa未満のドープDLCコーティングは、柔らかすぎ、sp2結合した炭素原子が溶解し、コーティングから浸出し、拡散し、関連する望ましくないICRの増加を伴うこと、本件発明1の非水素化遷移金属ドープDLCは、その60%以上の高いsp3分率により、高い硬度を有することが記載されている((2)エ)。また、マトリックスとしての非水素化DLC中に、炭化物の形態の少なくとも1つの遷移金属が存在することで、低いICRをもたらすこと((2)オ)も記載されている。
さらに、上記(2)アによれば、バイポーラプレートが腐食してICRの増加をもたらし、該腐食により放出されたイオンにより触媒が汚染される可能性があることも理解されるし、上記(2)カ~ケをみるに、タングステンを所定量ドープした非水素化DLCをコーティングしたバイポーラプレートは、ICRが低く、腐食電流の増加も少ないことが、実施例をもって示されている。
ウ 上記イから、燃料電池のバイポーラプレートにおいて、非水素化遷移金属ドープDLCコーティングの硬度を35GPa以上とし、少なくとも1つの遷移金属を炭化物の形態で存在させることで腐食が抑制され、上記アの課題を解決できることが把握される。
そして、本件発明1は、非水素化遷移金属ドープダイヤモンドライクカーボン(DLC)の層の硬度が35GPa以上であり、少なくとも1つの遷移金属の一部が炭化物の形態で存在することを特定するものであるから、上記課題を解決するための手段が反映されたものである。
(4)申立人の主張について
ア 申立人は、本件明細書等において、実際に上記課題を解決し得ることが実証されているのは、遷移金属としてタングステン(W)をドープしたta-Cコーティングのみであり、他の遷移金属をドープした場合においても同様に35GPa以上の硬度を達成しつつ上記課題が解決できることは示されていないことを主張する(特許異議申立書、第49ページ下から4行~第50ページ下から7行)。
しかし、本件明細書等の発明の詳細な説明においては、上記(2)エをみるに、硬度が35GPa未満である場合、sp2結合した炭素原子が溶解し、その結果、ICRの増加を伴うことが記載されており、この記載によれば、sp3結合の割合の高いDLC(すなわち、ta-C)であれば、sp2結合が少なくなるため、硬度が高くICRの増加も抑制できると解される。そして、タングステン以外の遷移金属をドープしたDLCであっても、タングステンをドープしたDLCと同様に、sp2結合を少なくし、35GPa以上の硬度を付与できると解されるし、そのようなDLCは、ICRの増加が抑制されたものとなることも明らかである。
また、上記(2)オをみるに、本件明細書等の発明の詳細な説明には、ドープDLC中に、共有結合した遷移金属が存在することが低いICRをもたらすことが記載されている。そして、タングステン以外のTi等の遷移金属も、タングステンと類似した炭化物形成能を有することは、本願優先日時における技術常識から明らかであり、該遷移金属をDLC中にドープすれば、共有結合した遷移金属が形成され、タングステンをドープした場合と略同様な作用が得られると解される。
イ 申立人は、本件特許の実施例では、遷移金属が炭化物のアイランドと金属滴の両方の形態で存在する態様のみが実証されており、その量比もWCアイランド:金属W滴=50:50又は30:70の態様しか示されておらず、遷移金属が炭化物アイランドのみの形態で存在し金属滴を含まない態様や、実施例とは著しく異なる量比の態様においても上記課題が解決できることは示されていないことを主張する(特許異議申立書、第50ページ下から5行~第51ページ下から8行)。
しかし、上記アのとおり、本件明細書等の発明の詳細な説明には、ドープDLC中に共有結合した遷移金属が存在することが、低いICRをもたらすことが記載されているし、タングステン以外のTi等の遷移金属も、タングステンと類似した炭化物形成能を有することは明らかであり、該遷移金属をDLC中にドープすれば、共有結合した遷移金属が形成され、タングステンをドープした場合と略同様な作用が得られると解される。そして、金属滴が存在しない場合や実施例とは著しく異なる量比の態様であっても、共有結合した遷移金属が形成されることで、ある程度低いICRのDLCを得ることが可能であることは明らかである。
ウ よって、申立人の主張は採用することができない。
(5)以上によれば、本件発明1は、発明の詳細な説明において、上記(3)の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものとはいえない。この点は、本件発明2~20についても同様である。
(6)申立理由2(サポート要件)についてのまとめ
以上のとおり、本件特許の特許請求の範囲の請求項1~20の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものといえ、特許法第36条第6項第1号に適合するものであるから、申立理由2によっては、同請求項に係る特許を取り消すことはできない。
3 申立理由3(明確性要件)
(1)上記第2のとおり、本件特許の特許請求の範囲の請求項1には、
「金属基材と、前記金属基材上に設けられた非水素化遷移金属ドープダイヤモンドライクカーボン(DLC)の少なくとも1つの層とを含む、金属バイポーラプレートであって、前記非水素化遷移金属DLCは、元素の周期表の第4d族、第5d族及び第6d族から選択される少なくとも1つの遷移金属を含み、前記少なくとも1つの遷移金属の一部は、マトリックスとしての非水素化DLC中に前記少なくとも1つの遷移金属の炭化物の形態で存在し、
前記非水素化遷移金属ドープDLCは、35GPa以上の硬度を有し、前記硬度は、研磨された硬化基材上に堆積された前記非水素化遷移金属ドープDLCの膜で測定され、押込み深さは前記膜の厚さの10%未満であり、
前記少なくとも1つの遷移金属の前記炭化物の一部が、マトリックスとしての前記非水素化DLC中にアイランドとして存在する、金属バイポーラプレート。」
と記載されており、該記載により、本件発明1の「金属バイポーラプレート」が明確に特定されており、特許を受けようとする発明は明確である。請求項2~20の記載についても、同様である。
(2)申立人の主張について
ア 申立人は、請求項1に記載の「第4d族」、「第5d族」、「第6d族」は、一般的に用いられる族の表記法ではないことを主張する(特許異議申立書、第52ページ第2~8行)。
しかし、本件明細書等の「本発明によるドープDLCは、少なくとも1つの遷移金属でドープされる。遷移金属は、元素の周期表の第4d族、第5d族及び第6d族から選択される。したがって、少なくとも1つの遷移金属は、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、ハフニウム(Hf)、バナジウム(V)、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)及びタングステン(W)からなる群から選択される。」(【0005】、本件特許公報第10ページ第1~5行)なる記載をみるに、請求項1に記載の「第4d族、第5d族及び第6d族から選択される少なくとも1つの遷移金属」は、「チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、ハフニウム(Hf)、バナジウム(V)、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)及びタングステン(W)からなる群から選択される」ものであることは明らかである。
イ 申立人は、請求項1の「遷移金属の前記炭化物の一部が」「アイランドとして存在する」なる記載に関し、「アイランド」について、その大きさ、形状、結晶構造等の具体的な形態を何ら規定しておらず、原子レベルで分散したTM-C単位を含むのか、ナノサイズのクラスタのみを指すのか、又はより大きな結晶性ドメインをも含むのかが、明確ではないことを主張する。
しかし、請求項1に記載の「アイランド」は、その文言からみて、金属バイポーラプレートを何らかの手法で観察した際に見られる島状の炭化物の領域を指すものと認められる。そして、本件明細書等の「マトリックスとしての非水素化DLC中に、炭化物の形態で存在する遷移金属と滴として金属の形態で存在する遷移金属とを識別するために、明視野TEM(BFTEM)及び高角散乱環状暗視野STEM(HAADF-STEM、high angle annular dark field with spot for scanning TEM)を用いた透過型電子顕微鏡(TEM)試験を本発明で実施した。ラマンスペクトルと組み合わせたBFTEM及びHAADF-STEMの組合わせは、本発明による材料中の非水素化DLCマトリックス中に存在する2つの形態の遷移金属の間の区別を可能にする。更に、金属滴のサイズは、TEM、特に本発明のBFTEM及びHAADF-STEMによって決定することができた。」(【0005】、本件特許公報第11ページ第21~28行)なる記載や、「図10に、5at.%のWでドープされたサンプルのHAADF-STEM画像を示す。Wのサブnmクラスタが認識可能であった(HAADF-STEMでは、Wは白色として現れる)。HRTEMの焦点により、80nmの総膜厚ではなく、約20nmの厚さを有するスロットのみが観察され得たことに留意されるべきである。更に、ラマンスペクトルにおけるWCの存在は、上で詳述したように確認された。したがって、WのサブnmクラスタがWCであることは明らかである。」(【0008】、本件特許公報第25ページ第26~31行)なる記載をみるに、該「アイランド」は、BFTEM及びHAADF-STEMの組合わせによって識別されたものであることは明らかである。
ウ 申立人は、請求項3に記載された「アイランド」の「サイズ」について、アイランドが必ずしも球形ではないことを考慮すると、「サイズ」が長径を意味するのか、短径を意味するのか、平均粒径を意味するのか、 又はその他の寸法を意味するのかが明確でないことも主張する。
しかし、該請求項3には、「アイランドが、最大2nmのサイズを有する」と記載されている。そして、そのような最大2nm程度のサイズのものは、「10個までの範囲のかなり限られた数のW原子で構成される」(本件明細書等【0008】、本件特許公報第23ページ第36行)ものであり、BFTEM及びHAADF-STEMの組合わせによって識別しても、ほぼドットでしか認識することができないと解される。したがって、該「サイズ」がどのような基準で算出されたものであったとしても、その値にほぼ差異はなく、少なくとも第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとまではいえない。
エ よって、申立人の主張は採用することができない。
(3)申立理由3(明確性要件)についてのまとめ
以上のとおり、本件特許の特許請求の範囲の請求項1~20の記載は明確であり、特許法第36条第6項第2号に適合するものであるから、申立理由3によって、同請求項に係る特許を取り消すことはできない。
第5 むすび
以上のとおりであるから、申立人による特許異議の申立ての理由によっては、本件特許の請求項1~20に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1~20に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2026-700276