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特許異議申立

2025-700674

窒化ケイ素焼結体、絶縁回路基板、および半導体装置

審判番号
2025-700674
法域
特許
審判種別
異議申立(異議の決定)
出願番号
特願2023-134348
登録番号
7610660
請求日
2025年07月01日
審決日
2026年02月05日
公報発行日
2026年05月29日
結論
訂正認容
当事者
  • 【権利者】株式会社MARUWA
  • 【権利者代理人】弁理士法人広江アソシエイツ特許事務所
  • 【異議申立人】茂木 早苗
審判長/審判官
  • 審判長 深草 祐一
  • 審判官 増山 淳子
  • 審判官 田口 裕健
分類
P1651.537-YAA(C04B)
根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
特許法36条6項1号特許法36条6項2号特許法113条4号
条文(本文から自動抽出・参考)
特許法第36条第6項第1号、特許法第120条の5第9項、特許法第120条の5第2項、特許法第36条第6項第2号
データ出所
審決公報(XML)

事件の表示

特許第7610660号発明「窒化ケイ素焼結体、絶縁回路基板、および半導体装置」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。

結論

結 論 特許第7610660号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~17〕について訂正することを認める。 特許第7610660号の請求項1~17に係る特許を維持する。

理由

理 由 第1 手続の経緯 特許第7610660号の請求項1~17に係る特許についての出願は、令和5年8月22日の出願であり、令和6年12月24日にその特許権の設定登録がされ、令和7年1月8日に特許掲載公報が発行され、その後、令和7年7月1日に、その請求項1~17に係る特許を対象として特許異議申立人 茂木 早苗(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがなされたものである。 その後の主な経緯は以下のとおりである。 令和7年 8月19日付け 取消理由通知 同年10月15日 特許権者による意見書及び訂正請求書の提出 同年10月21日付け 通知書 なお、上記通知書により、申立人に、取消理由通知の写し、訂正請求書及びこれに添付された訂正した特許請求の範囲の副本、取消理由通知に対応する特許権者の意見書の副本を送付して、期間を指定して意見書を提出する機会を与えたが、申立人からは応答がなかった。 第2 訂正の適否 1 訂正の内容 令和7年10月15日提出の訂正請求書による訂正(以下、「本件訂正」という。)は、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~17〕について訂正することを求めるものであって、その具体的な訂正事項は以下のとおりである。 (1)訂正事項1 特許請求の範囲の請求項1に 「基板表面の」 と記載されているのを、 「主要な結晶相がβ型窒化ケイ素結晶粒であり、かつ、基板表面の」 に訂正する。請求項1を直接又は間接的に引用する請求項9~17についても同様に訂正する。 (2)訂正事項2 特許請求の範囲の請求項2に 「基板厚み方向を」 と記載されているのを、 「主要な結晶相がβ型窒化ケイ素結晶粒であり、かつ、基板表面のEBSD法によるβ型窒化ケイ素結晶粒の集合組織解析から得られた、各結晶粒の結晶方位の分布状態を示すテクスチャ指数Jが1.2~1.7である窒化ケイ素焼結体であって、 基板厚み方向を」 に訂正する。請求項2を直接又は間接的に引用する請求項9~17についても同様に訂正する。 (3)訂正事項3 特許請求の範囲の請求項3に 「基板厚み方向を」 と記載されているのを、 「主要な結晶相がβ型窒化ケイ素結晶粒であり、かつ、基板表面のEBSD法によるβ型窒化ケイ素結晶粒の集合組織解析から得られた、各結晶粒の結晶方位の分布状態を示すテクスチャ指数Jが1.2~1.7である窒化ケイ素焼結体であって、 基板厚み方向を」 に訂正する。請求項3を直接又は間接的に引用する請求項9~17についても同様に訂正する。 (4)訂正事項4 特許請求の範囲の請求項4に 「基板厚み方向を」 と記載されているのを、 「主要な結晶相がβ型窒化ケイ素結晶粒であり、かつ、基板表面のEBSD法によるβ型窒化ケイ素結晶粒の集合組織解析から得られた、各結晶粒の結晶方位の分布状態を示すテクスチャ指数Jが1.2~1.7である窒化ケイ素焼結体であって、 基板厚み方向を」 に訂正する。請求項4を直接又は間接的に引用する請求項9~17についても同様に訂正する。 (5)訂正事項5 特許請求の範囲の請求項5に 「基板厚み方向を」 と記載されているのを、 「主要な結晶相がβ型窒化ケイ素結晶粒であり、かつ、基板表面のEBSD法によるβ型窒化ケイ素結晶粒の集合組織解析から得られた、各結晶粒の結晶方位の分布状態を示すテクスチャ指数Jが1.2~1.7である窒化ケイ素焼結体であって、 基板厚み方向を」 に訂正する。請求項5を直接又は間接的に引用する請求項9~17についても同様に訂正する。 (6)訂正事項6 特許請求の範囲の請求項6に 「基板厚み方向を」 と記載されているのを、 「主要な結晶相がβ型窒化ケイ素結晶粒であり、かつ、基板表面のEBSD法によるβ型窒化ケイ素結晶粒の集合組織解析から得られた、各結晶粒の結晶方位の分布状態を示すテクスチャ指数Jが1.2~1.7である窒化ケイ素焼結体であって、 基板厚み方向を」 に訂正する。請求項6を直接又は間接的に引用する請求項9~17についても同様に訂正する。 (7)訂正事項7 特許請求の範囲の請求項7に 「基板厚み方向を」 と記載されているのを、 「主要な結晶相がβ型窒化ケイ素結晶粒であり、かつ、基板表面のEBSD法によるβ型窒化ケイ素結晶粒の集合組織解析から得られた、各結晶粒の結晶方位の分布状態を示すテクスチャ指数Jが1.2~1.7である窒化ケイ素焼結体であって、 基板厚み方向を」 に訂正する。請求項7を直接又は間接的に引用する請求項9~17についても同様に訂正する。 (8)訂正事項8 特許請求の範囲の請求項8に 「基板厚み方向を」 と記載されているのを、 「主要な結晶相がβ型窒化ケイ素結晶粒であり、かつ、基板表面のEBSD法によるβ型窒化ケイ素結晶粒の集合組織解析から得られた、各結晶粒の結晶方位の分布状態を示すテクスチャ指数Jが1.2~1.7である窒化ケイ素焼結体であって、 基板厚み方向を」 に訂正する。請求項8を直接又は間接的に引用する請求項9~17についても同様に訂正する。 2 訂正の目的の適否、新規事項の有無及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否 (1)訂正事項1について 訂正事項1は、本件明細書【0005】の「窒化ケイ素焼結体の主要な結晶相であるβ型窒化ケイ素結晶粒」との記載に基づき、本件訂正前の請求項1の「窒化ケイ素焼結体」を、上記「主要な結晶相」が「β型窒化ケイ素結晶粒」であるものに限定する訂正であるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内の訂正であり、かつ実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。 (2)訂正事項2~8について 訂正事項2~8は、本件明細書【0005】の「窒化ケイ素焼結体の主要な結晶相であるβ型窒化ケイ素結晶粒」との記載及びに【0008】の「本発明の一形態の窒化ケイ素焼結体は、基板表面のEBSD法によるβ型窒化ケイ素結晶粒の集合組織解析から得られた、各結晶粒の結晶方位の分布状態を示すテクスチャ指数Jが1.2~1.7であることを特徴とする」等の記載に基づき、本件訂正前の請求項2~8のそれぞれの「窒化ケイ素焼結体」を、上記「主要な結晶相」が「β型窒化ケイ素結晶粒」であるとともに、上記「テクスチャ指数J」が「1.2~1.7」であるものに限定する訂正であるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内の訂正であり、かつ実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。 3 一群の請求項 訂正前の請求項9~17は、請求項1~8のいずれか一項を直接又は間接的に引用するものであって、訂正事項1~8によって訂正される請求項1~8に連動して訂正されるものであるから、請求項1~17は一群の請求項である。そして、本件訂正は、当該一群の請求項を構成する請求項〔1~17〕について請求されているものである。 4 独立特許要件の適否 訂正事項1~8により訂正される請求項1~17は、特許異議の申立てがされている請求項であるから、訂正事項1~8に関して、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する同法第126条第7項の独立特許要件は課されない。 5 小括 本件訂正は、上述のとおり、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものに該当し、同条第4項の規定に従い、一群の請求項について訂正するものであり、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。 よって、訂正後の請求項〔1~17〕について訂正することを認める。 第3 本件発明 上記第2のとおり、本件訂正は認められるので、本件の請求項1~17に係る発明は、次のとおり特定されるものである。 「【請求項1】 主要な結晶相がβ型窒化ケイ素結晶粒であり、かつ、基板表面のEBSD法によるβ型窒化ケイ素結晶粒の集合組織解析から得られた、各結晶粒の結晶方位の分布状態を示すテクスチャ指数Jが1.2~1.7であることを特徴とする窒化ケイ素焼結体。 【請求項2】 主要な結晶相がβ型窒化ケイ素結晶粒であり、かつ、基板表面のEBSD法によるβ型窒化ケイ素結晶粒の集合組織解析から得られた、各結晶粒の結晶方位の分布状態を示すテクスチャ指数Jが1.2~1.7である窒化ケイ素焼結体であって、 基板厚み方向をND方向としたときに、基板表面のEBSD法によるβ型窒化ケイ素結晶粒の集合組織解析から得られた結晶方位分布をBungeの定義によるオイラー角(φ1,Φ,φ2)で表したときに、φ2=0°、Φ=0°、φ1=0~60°の範囲における密度プロファイルの最大値が1.0~1.6であり、且つ、φ2=0°、Φ=90°、φ1=0~180°の範囲における密度プロファイルの最大値が2.0~7.0であることを特徴とする窒化ケイ素焼結体。 【請求項3】 主要な結晶相がβ型窒化ケイ素結晶粒であり、かつ、基板表面のEBSD法によるβ型窒化ケイ素結晶粒の集合組織解析から得られた、各結晶粒の結晶方位の分布状態を示すテクスチャ指数Jが1.2~1.7である窒化ケイ素焼結体であって、 基板厚み方向をND方向としたときに、基板表面のEBSD法によるβ型窒化ケイ素結晶粒の集合組織解析から得られた極点図におけるβ型窒化ケイ素結晶粒の{1 0 -1 0}面のND方向からの傾きが70°以内となる結晶方位を有するβ型窒化ケイ素結晶粒の面積率が、全てのβ型窒化ケイ素結晶粒に対して90~98%であることを特徴とする窒化ケイ素焼結体。 【請求項4】 主要な結晶相がβ型窒化ケイ素結晶粒であり、かつ、基板表面のEBSD法によるβ型窒化ケイ素結晶粒の集合組織解析から得られた、各結晶粒の結晶方位の分布状態を示すテクスチャ指数Jが1.2~1.7である窒化ケイ素焼結体であって、 基板厚み方向をND方向としたときに、基板表面のEBSD法によるβ型窒化ケイ素結晶粒の集合組織解析から得られた極点図におけるβ型窒化ケイ素結晶粒の{1 0 -1 0}面のND方向からの傾きが60°以内となる結晶方位を有するβ型窒化ケイ素結晶粒の面積率が、全てのβ型窒化ケイ素結晶粒に対して80~94%であることを特徴とする窒化ケイ素焼結体。 【請求項5】 主要な結晶相がβ型窒化ケイ素結晶粒であり、かつ、基板表面のEBSD法によるβ型窒化ケイ素結晶粒の集合組織解析から得られた、各結晶粒の結晶方位の分布状態を示すテクスチャ指数Jが1.2~1.7である窒化ケイ素焼結体であって、 基板厚み方向をND方向としたときに、基板表面のEBSD法によるβ型窒化ケイ素結晶粒の集合組織解析から得られた極点図におけるβ型窒化ケイ素結晶粒の{1 0 -1 0}面のND方向からの傾きが50°以内となる結晶方位を有するβ型窒化ケイ素結晶粒の面積率が、全てのβ型窒化ケイ素結晶粒に対して65~85%であることを特徴とする窒化ケイ素焼結体。 【請求項6】 主要な結晶相がβ型窒化ケイ素結晶粒であり、かつ、基板表面のEBSD法によるβ型窒化ケイ素結晶粒の集合組織解析から得られた、各結晶粒の結晶方位の分布状態を示すテクスチャ指数Jが1.2~1.7である窒化ケイ素焼結体であって、 基板厚み方向をND方向としたときに、基板表面のEBSD法によるβ型窒化ケイ素結晶粒の集合組織解析から得られた極点図におけるβ型窒化ケイ素結晶粒の{1 0 -1 0}面のND方向からの傾きが40°以内となる結晶方位を有するβ型窒化ケイ素結晶粒の面積率が、全てのβ型窒化ケイ素結晶粒に対して50~75%であることを特徴とする窒化ケイ素焼結体。 【請求項7】 主要な結晶相がβ型窒化ケイ素結晶粒であり、かつ、基板表面のEBSD法によるβ型窒化ケイ素結晶粒の集合組織解析から得られた、各結晶粒の結晶方位の分布状態を示すテクスチャ指数Jが1.2~1.7である窒化ケイ素焼結体であって、 基板厚み方向をND方向としたときに、基板表面のEBSD法によるβ型窒化ケイ素結晶粒の集合組織解析から得られた極点図におけるβ型窒化ケイ素結晶粒の{1 0 -1 0}面のND方向からの傾きが30°以内となる結晶方位を有するβ型窒化ケイ素結晶粒の面積率が、全てのβ型窒化ケイ素結晶粒に対して30~52%であることを特徴とする窒化ケイ素焼結体。 【請求項8】 主要な結晶相がβ型窒化ケイ素結晶粒であり、かつ、基板表面のEBSD法によるβ型窒化ケイ素結晶粒の集合組織解析から得られた、各結晶粒の結晶方位の分布状態を示すテクスチャ指数Jが1.2~1.7である窒化ケイ素焼結体であって、 基板厚み方向をND方向としたときに、X線回折法による基板表面分析によって得られた、ND方向のβ型窒化ケイ素結晶粒のミラー指数(002)面に対応するX線回折ピークの積分強度I(002)と、ミラー指数(200)面に対応するX線回折ピークの積分強度I(200)との強度比I(002)/I(200)が0.05~0.2であることを特徴とする窒化ケイ素焼結体。 【請求項9】 前記窒化ケイ素焼結体は、基板厚み方向のND方向に対して直交する面内において、互いに直交するRD方向およびTD方向を有する基板であり、前記RD方向は、前記窒化ケイ素焼結体のグリーンシートの圧延方向として定められ、 前記RD方向の熱伝導率λxに対する、基板厚み方向の熱伝導率λzと前記RD方向の熱伝導率λxとの差の割合(|λz-λx|/λx)が、6%以下であることを特徴とする請求項1から8のいずれか一項に記載の窒化ケイ素焼結体。 【請求項10】 基板厚み方向の熱伝導率λzおよび前記RD方向の熱伝導率λxは、それぞれ70W/mK以上であることを特徴とする請求項9に記載の窒化ケイ素焼結体。 【請求項11】 基板厚み方向に対して直交する基板表面内における前記RD方向の曲げ強度σxおよび前記RD方向に直交する前記TD方向の曲げ強度σyが、それぞれ600MPa以上であり、且つ、前記曲げ強度σxに対する、前記曲げ強度σxと前記曲げ強度σyとの差の割合(|σy-σx|/σx)が、10%以下であることを特徴とする請求項10に記載の窒化ケイ素焼結体。 【請求項12】 前記窒化ケイ素焼結体は、基板厚み方向のND方向に対して直交する面内において、互いに直交するRD方向およびTD方向を有する基板であり、前記RD方向は、前記窒化ケイ素焼結体のグリーンシートの圧延方向として定められ、 基板厚み方向に対して直交する面内において、前記RD方向の熱伝導率λxに対する、前記RD方向の熱伝導率λxと前記TD方向の熱伝導率λyとの差の割合(|λx-λy|/λx)が、1.5%以下であることを特徴とする請求項1から8のいずれか一項に記載の窒化ケイ素焼結体。 【請求項13】 基板厚み方向に対して直交する面内における直交する2軸方向の曲げ強度が、それぞれ600MPa以上であり、且つ、前記2軸方向の曲げ強度の比率が、0.9~1.1であることを特徴とする請求項1から8のいずれか一項に記載の窒化ケイ素焼結体。 【請求項14】 前記窒化ケイ素焼結体は、基板厚み方向のND方向に対して直交する面内において、互いに直交するRD方向およびTD方向を有する基板であり、前記RD方向は、前記窒化ケイ素焼結体のグリーンシートの圧延方向として定められ、 前記2軸方向は、前記RD方向と、前記RD方向に対して直交するTD方向であることを特徴とする請求項13に記載の窒化ケイ素焼結体。 【請求項15】 前記窒化ケイ素焼結体は、原料配合比において、92.5~97重量%のSi3N4と、2.0~4.5重量%のY2O3と、1.0~3.0重量%のMgOとを含むことを特徴とする請求項1から8のいずれか一項に記載の窒化ケイ素焼結体。 【請求項16】 請求項1から8のいずれか一項に記載の前記窒化ケイ素焼結体と、前記窒化ケイ素焼結体の表面に接合された金属板と、を備えることを特徴とする絶縁回路基板。 【請求項17】 請求項16に記載の絶縁回路基板と、前記絶縁回路基板の金属板上に実装された半導体素子と、を備えることを特徴とする半導体装置。」 以下、この請求項1~17に係る発明及び特許を、請求項番号に沿って「本件発明1」、「本件特許1」などといい、まとめて「本件発明」、「本件特許」ということがある。 第4 申立人による特許異議の申立理由の概要 1 サポート要件違反(以下、「申立理由1」という。) 本件特許は、設定登録時の特許請求の範囲の記載が不備であるため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。 2 明確性要件違反(以下、「申立理由2」という。) 本件特許は、設定登録時の特許請求の範囲の記載が不備であるため、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。 第5 令和7年8月19日付けで通知した取消理由の概要 1 サポート要件違反(以下、「取消理由1」という。) 本件特許は、設定登録時の特許請求の範囲の記載が不備であるため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。 第6 当審の判断 当審は、以下に述べるとおり、上記第4の申立理由1、2及び上記第5の取消理由1のいずれの理由によっても、本件特許を取り消すことはできないと判断する。 1 申立理由1及び取消理由1(サポート要件違反)について (1)サポート要件の判断手法 特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明であって、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも、当業者が本件特許の出願時の技術常識に照らして当該発明の課題を解決できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。 以下、この観点により検討する。 (2)本件発明の課題 本件特許の発明の詳細な説明の【0005】によれば、「窒化ケイ素焼結体の主要な結晶相であるβ型窒化ケイ素結晶粒は、c軸方向に伸長した柱状結晶粒であ」り、「特定の方向へ結晶粒の配向が偏った結晶相分布を示すことが多」く、「窒化ケイ素焼結体の熱伝導率や曲げ強度等に特性異方性を生じさせる」ことが理解でき、さらに、「このような窒化ケイ素焼結体の特性異方性は、デバイスの用途によってはデバイス設計に影響を与えることから緩和されることが望ましい」という要請があったことが理解できる。 そして、【0006】、【0007】によれば、本件発明の課題は、上述の要請を踏まえて、「集合組織構造の制御」により「熱伝導率や曲げ強度などの特性異方性が緩和された窒化ケイ素焼結体」及び「当該窒化ケイ素焼結体を用いた絶縁回路基板、および半導体装置」を提供することであるといえる。 (3)本件発明の課題に対応する発明の詳細な説明の記載 ア 発明の詳細な説明の記載事項 上記「集合組織構造の制御」に関し、【0028】には、「β型窒化ケイ素の結晶粒をランダムに配向させるように制御したことで、熱伝導性および/または機械的強度の特性異方性の緩和を図った」旨、【0029】には、「基板表面のEBSD法によるβ型窒化ケイ素結晶粒の集合組織解析」結果において「ある特定範囲の集合組織構造を有する窒化ケイ素焼結体では熱伝導率や曲げ強度などの特性異方性が緩和されることを見出した」旨が記載されており、当該「β型窒化ケイ素結晶粒の集合組織」を制御する指標として、【0031】~【0034】には、下記<特性1>~<特性3>の集合組織特性が挙げられている。 <特性1> 「EBSD法で得られたEBSDマップに方位分布関数(Orientation Distribution Function,ODF)解析を行って」取得される「各結晶粒の結晶方位の分布状態を示すテクスチャ指数J」 ここで、当該「テクスチャ指数J」は、「試料のテクスチャ(集合組織、つまり、結晶が特定の方位に配列した状態)がどの程度強いかを示すものであって、結晶方位の分布状態が完全にランダムである場合に1を示し、全結晶方位が同じである場合(例えば、単結晶)に無限大の値を示す」ものであり、下記数式のとおり、「Bungeによる球面調和関数Tlmn(g)」を用いた級数展開式「関数f(g)」の「二乗平均値として定義される」ものである。 「【数1】 [図:0001435199000001.jpg] 」 「【数2】 [図:0001435199000002.jpg] 」 <特性2> 「EBSD法」で「得られた結晶方位を、Bungeの定義によるオイラー角(φ1、Φ、φ2)を座標軸とする3次元空間に直接プロット」した「オイラー空間」における、「{0 0 0 1} 面の分布」すなわち「φ2=0°、Φ=0°において、φ1=0°から60°のセクションで」の「方位分布」と、「{1 0 -1 0}面の分布」すなわち「φ2=0°、Φ=90°に おいて、φ1=0°から180°のセクションで」の「方位分布」 ここで、「φ2=0°、Φ=0°において、φ1=0°から60°のセクションで」の「方位分布」は、「β-Si3N4の長軸がND方向へ向いている粒子の割合」を評価でき、「φ2=0°、Φ=90°に おいて、φ1=0°から180°のセクションで」の「方位分布」は、「β-Si3N4の長軸が面内方向へ向いている粒子の割合」を評価できるものである。 <特性3> 「EBSD法」で得られた「極点図におけるβ型窒化ケイ素結晶粒の{1 0 -1 0}面のND方向から所定の角度範囲で傾いた結晶方位を有するβ型窒化ケイ素結晶粒の面積率」 そして、<特性1>~<特性3>の好適な数値範囲として、【0035】には、「テクスチャ指数Jが1.2~1.7」であることが記載され、【0036】には、「φ2=0°、Φ=0°、φ1=0~60°の範囲における密度プロファイル(MUD)の最大値が1.0~1.6」であり「且つ、φ2=0°、Φ=90°、φ 1=0~180°の範囲における密度プロファイルの最大値が2.0~7.0」であることが記載され、【0037】には、「β型窒化ケイ素結晶粒の{1 0 -1 0}面のND方向からの傾きが70°以内となる結晶方位を有するβ型窒化ケイ素結晶粒の面積率が、全てのβ型窒化ケイ素結晶粒に対して90~98%」であること等が記載されており、【0038】によれば、これらの特性を有することにより「β型窒化ケイ素結晶粒がランダムに配向した集合組織構造を備える」ことになるとされている。 また、【0042】には、「本実施形態の窒化ケイ素焼結体」すなわち上記集合組織構造を有する窒化ケイ素焼結体について、以下の結晶構造特性を解析したところ、以下の「強度比」が「0.05~0.2」であったことが記載されている。 <特性4> 「X線回折法による基板表面分析によって得られた、ND方向のβ型窒化ケイ素結晶粒のミラー指数(002)面に対応するX線回折ピークの積分強度I(002)と、ミラー指数(200)面に対応するX線回折ピークの積分強度I(200)との強度比I(002)/I(200)」 さらに、【0053】以降の【実施例】には、下記【表2】に示される窒化ケイ素焼結体を製造したことが記載されており、下記【表2】から、<特性1>~<特性4>が所定の数値範囲内となる焼結体は、熱伝導率の比λz/λx、λy/λxや曲げ強度の比σy/σxが1に近い、すなわち、熱伝導率や曲げ強度の異方性が小さいことが確認できる。 「【表2】 [図:0001435199000003.jpg] 」 イ 本件発明の課題を解決するための事項 (ア)まず、β型結晶粒が「c軸方向に伸長した柱状結晶粒」であることに起因する焼結体特性の異方性を、β型結晶粒の集合組織の制御によって抑制するにあたっては、β型結晶粒を全結晶方位についてランダムに配向させる(c軸方向について言えば、ND方向に偏っていないだけでなく、ND方向に垂直な面内でも特定方向に偏っていない)ことが求められるといえる。 (イ)次に、上記アの各特性が上記アのような結晶方位分布を意味するものであるか検討する。 <特性1> の「テクスチャ指数J」は、その定義式(「f(g)」により表される密度分布の全範囲についての二乗平均を計算する式)からみて、オイラー空間全体、すなわち全結晶方位についての分布状態を示しており、その数値が1に近ければ、全結晶方位についてランダムに配向していることになると把握される。 他方、<特性2>及び<特性3>は、特定の結晶方位についての集合組織構造に着目した指標であるところ、全結晶方位についてランダムに配向した構造であれば、<特性2>や<特性3>も所定の数値範囲内になり得るとはいえるが、逆に、特定の結晶方位についての指標である<特性2>や<特性3>が所定の数値範囲内であるからといって、必ず全結晶方位についてランダムに配向した構造になるとはいえない。また、<特性4>も、ND方向に向いた2つの面の存在比のみに着目した指標であるところ、やはり、<特性4>が所定の数値範囲内であるからといって、必ず全結晶方位についてランダムに配向した構造になるとはいえない。 さらに、上記【表2】に示される「実施例1」~「実施例8」の窒化ケイ素焼結体は、いずれも<特性1>が所定範囲内となるものである。 そうすると、「熱伝導率や曲げ強度などの特性異方性が緩和された窒化ケイ素焼結体」を得るための「集合組織構造の制御」としては、全結晶方位についての集合組織構造を示す<特性1>を所定の数値範囲内とすることが必須の要件であって、一部の結晶方位や結晶面に着目した<特性2>~<特性4>を所定の数値範囲内とすることは、付加的な要件であるといえる。 (ウ)加えて、上述のような「β型窒化ケイ素結晶粒の集合組織」の制御により、焼結体の「熱伝導率や曲げ強度などの特性異方性」を調整するためには、焼結体に存在する「主要な結晶相」をβ型窒化ケイ素結晶粒とすることで、β型結晶粒の集合組織構造が焼結体全体の特性を左右するものとしておくことが必然的に要求されるといえる。 (4)発明の詳細な説明の記載と特許請求の範囲の記載の対比 上記(3)イ(イ)のとおり、「集合組織構造の制御」により「熱伝導率や曲げ強度などの特性異方性が緩和された窒化ケイ素焼結体」を提供するという本件発明の課題を解決するためには、<特性1>すなわち「EBSD法で得られたEBSDマップに方位分布関数(Orientation Distribution Function,ODF)解析を行って」取得される「各結晶粒の結晶方位の分布状態を示すテクスチャ指数J」を「1.2~1.7」とすることが必須の要件であり、同(ウ)のとおり、窒化ケイ素焼結体の「主要な結晶相」がβ型窒化ケイ素結晶粒であることも必須の要件であるといえる。 一方、本件発明1~8には、上記「テクスチャ指数J」の要件及び「主要な結晶相」の要件が規定されているため、本件発明1~8及びそのいずれかを直接又は間接的に引用する本件発明9~17は、サポート要件を満たすものといえる。 (5)申立人の主張について 上述のとおり、本件発明はサポート要件を満たすものであるが、念のため、申立人の主張についても検討する。 ア 申立人の主要内容 申立人の主張内容は、要するに、以下のとおりのものである。 本件明細書に記載された実施例1~8の窒化ケイ素焼結体は、以下の設定登録時の請求項1~8に記載された条件の全てを満たし、比較例1~3の窒化ケイ素焼結体は、当該条件のいずれも満たさない。 しかし、上記請求項1に記載された「テクスチャ指数J」は、本件に関連する分野において、当該語句が記載された国内文献・外国文献を発見できず、本件特許権者によって設定された特有のパラメータであり、本件明細書【0031】~【0033】の記載を参照しても、「テクスチャ指数Jが1.2~1.7」であることのみをもって、具体的にどのような結晶方位の分布状態が特定されるのか、当業者が理解することは困難であり、それにより発明の課題が解決されると認識することは困難である。 また、上記請求項2~8に記載された「密度プロファイル」や「極点図」に係る規定も、本件の技術分野において慣用されているパラメータではない。 さらに、上記請求項1~8には、β型窒化ケイ素結晶粒の割合が記載されていないが、熱伝導率及び機械的強度の異方性には、α型結晶粒や粒界相の存在も影響するところ、β型結晶粒が微量しか含まれない場合に、その異方性を低減させたとしても、熱伝導率及び機械的強度の異方性低減という本件発明の課題が解決されないことは明らかである。 したがって、上記実施例が満たす条件の一部のみを特定し、さらに、β型結晶粒の割合が特定されていない設定登録時の請求項1~8に係る発明や、同請求項を引用する請求項15~17に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものでない。 イ 上記アの主張に対する判断 まず、本件発明では、「主要な結晶相がβ型窒化ケイ素結晶粒」であることが規定されているところ、本件発明は、主要な結晶相であるβ型結晶粒の異方性を低減させることで、熱伝導率及び機械的強度の異方性低減が可能なものであるといえる。 また、上記請求項に記載された<特性1>~<特性4>を分析するためのEBSD法、ODF解析、極点図分析、X線回折法といった手法は、結晶構造を解析するためのものとして広く知られており、各特性の意味は当業者であれば十分に理解できるものである。 そして、上記(3)イ(イ)でも述べたとおり、各特性の意味からすれば、全結晶方位についての集合組織構造を示す<特性1>を所定の数値範囲内とすることが必須の要件であって、一部の結晶方位や結晶面に着目した<特性2>~<特性4>を所定の数値範囲内とすることは、付加的な要件であるといえる。 したがって、申立人が主張するように、上記実施例にて確認された全ての条件が、課題解決に必要な手段であるとはいえない。 2 申立理由2(明確性要件違反)について (1)明確性要件の判断手法 特許請求の範囲の記載が明確性要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載だけでなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。 以下、この観点に立って、申立人が指摘する事項により本件発明が不明確となっているかを検討する。 (2)申立人の主張内容 設定登録時の請求項1~8では、窒化ケイ素焼結体におけるβ型窒化ケイ素粒の割合や、他の要素(α型窒化ケイ素結晶粒、粒界相など)の有無が明らかにされていないから、当該請求項1~8に係る発明及びそのいずれかを直接又は間接的に引用する請求項9~17に係る発明は、明確でない。 (3)明確性要件の判断 まず、そもそも、β型結晶粒の具体的な割合等の規定がないからといって、窒化ケイ素焼結体に係る物の発明が直ちに不明確となることはない。 また、本件発明では、「主要な結晶相がβ型窒化ケイ素結晶粒」であることが規定されており、β型結晶粒の具体的な割合や他の要素の有無までは規定されていないものの、本件明細書【0005】における、β型結晶粒の配向が偏りやすいために焼結体の特性異方性が生じさせる旨の記載や、【0023】等における、β型結晶粒の制御によって特性異方性を改善する旨の記載からすれば、上述とおり規定された本件発明は、焼結体の特性を決定するほどの割合でβ型結晶粒が存在するものであると理解することができる。 したがって、本件発明1~17は、明確であるといえる。 第7 むすび 上述のとおり、本件特許1~17は、特許法第36条第6項第1号及び第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるということはできず、同法第113条第4号に該当するものではないから、申立理由1、2、取消理由1によって、本件特許を取り消すことはできない。 また、他に本件特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。

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2025-700674

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