特許異議申立
2025-700115
ダイシング用基体フィルム
- 審判番号
- 2025-700115
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2023-038751
- 登録番号
- 7526844
- 請求日
- 2025年01月27日
- 審決日
- 2025年03月24日
- 公報発行日
- 2025年04月25日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】グンゼ株式会社
- 【権利者代理人】藤原 賢司
- 【権利者代理人】北原 悠樹
- 【異議申立人】天野 麻美
- 審判長/審判官
- 審判長 小宮 慎司
- 審判官 松永 稔
- 審判官 大橋 達也
- 分類
- P1652.536-Y (H01L) / P1652.537-Y (H01L)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条第4項第1号、特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第6項第2号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7526844号発明「ダイシング用基体フィルム」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7526844号の請求項1、3、4に係る特許を維持する。
理由
理 由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7526844号の請求項1~4に係る特許(以下「本件特許」という。)についての出願は、平成29年12月18日(優先権主張 平成29年1月30日)に出願された特願2017-242168号の一部を、令和4年1月11日に新たな特許出願(特願2022-002026号)とし、令和5年3月13日にその一部をさらに新たな特許出願としたものであって、令和6年7月24日にその特許権の設定登録がされ、同年8月1日に特許掲載公報が発行された。
そして、令和7年1月27日に、その請求項1、3、4に係る特許に対し、特許異議申立人 天野 麻美(以下「申立人」という。)により特許異議の申立てがされた。
その後、申立人は、令和7年2月14日付け手続補正指令書(方式)に対して、令和7年2月28日提出の手続補正書(方式)により特許異議申立書を補正した。
以下、令和7年2月28日提出の手続補正書(方式)により補正された特許異議申立書を「申立書」という。
第2 本件発明
特許第7526844号の請求項1、3、4に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」、「本件特許3」、「本件発明4」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1、3、4に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
表層/中間層/裏層の順に積層された構成を含むダイシング用基体フィルムであって、
表層及び裏層の各々はポリエチレン系樹脂を含む樹脂組成物からなり、
中間層はアイオノマー樹脂を含む樹脂組成物からなり、
15mm幅でチャック間距離が40mmになるように加工された前記ダイシング用基体フィルムのサンプルが、オートグラフによって-15±2℃の環境下で200mm/minの引張速度でMD方向及びTD方向に夫々引っ張られた場合に、前記MD方向及び前記TD方向の夫々における伸び率は100%以上であり、
前記サンプルが、前記オートグラフによって-15±2℃の環境下で200mm/minの引張速度でMD方向及びTD方向に夫々200%伸ばされ、設定温度が80℃とされた恒湿器によって5秒間加熱された場合における前記サンプルの回復率は70%以上であり、
前記回復率は、下記式(1)に従って算出され、
回復率(%)={(120-L)/80}×100 ・・・(1)
式(1)において、Lは、前記恒湿器によって加熱された後の前記サンプルにおける標線間隔を示す、
ダイシング用基体フィルム。」
「【請求項3】
前記ポリエチレン系樹脂が、分岐鎖状低密度ポリエチレン(LDPE)、直鎖状低密度ポリエチレン(LLDPE)、エチレン-酢酸ビニル共重合体(EVA)、エチレン-メチルアクリレート共重合体(EMA)、エチレン-エチルアクリレート共重合体、エチレン-ブチルアクリレート共重合体、エチレン-メチルメタクリレート共重合体(EMMA)、エチレン-メタクリル酸共重合体(EMAA)、及びアイオノマー樹脂からなる群から選ばれる少なくとも1種の樹脂である、請求項1又は請求項2に記載のダイシング用基体フィルム。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のダイシング用基体フィルムの表層側に、粘着剤層とダイボンド層とをこの順に設けたダイシングフィルム。」
第3 申立理由の概要
申立書に記載された申立理由の概要は次のとおりである。
1 申立理由1(実施可能要件違反)
本件特許の願書に添付した明細書(以下「明細書」という。)の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないから、本件特許は、同法第113条第4号により取消されるべきものである。
2 申立理由2(サポート要件)
本件発明1、3、4は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないから、本件の請求項1、3、4に係る特許は、同法第113条第4号により取消されるべきものである。
3 申立理由3(明確性違反)
本件発明1、3、4は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていないから、本件の請求項1、3、4に係る特許は、同法第113条第4号により取消されるべきものである。
[証拠]
甲第1号証: 実験成績証明書(令和7年1月21日、申立人作成)
甲第2号証: 特開平7-230972号公報
甲第3号証: 特開平5-156219号公報
甲第4号証: 特開2007-53325号公報
甲第5号証: 特許第5879299号公報
第4 申立理由の検討
1 申立理由1(実施可能要件違反)
(1) 明細書の記載
明細書には次の記載がある。
「【背景技術】
【0002】
半導体チップを製造する方法として、半導体ウェハを予め大面積で製造し、次いでその半導体ウェハをチップ状にダイシング(切断分離)し、最後にダイシングされたチップをピックアッップする方法がある。半導体ウェハの切断方法として、近年、レーザー加工装置を用い、半導体ウェハに接触することなく半導体ウェハを切断するステルスダイシングが知られている。
【0003】
ステルスダイシングによる半導体ウェハの切断性を向上させる方法として、-15~5℃の低温条件下でエキスパンドを実施することによって、ダイシングテープ上に設けたダイボンドフィルムの伸びを抑制し、且つ応力を増加させる方法で、半導体ウェハとダイボンドフィルムとが一括して良好に切断されるウェハ加工用テープが知られている(特許文献1及び2)。
・・・(中略)・・・
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、使用済みのダイシングフィルムのラックへの回収が、より迅速にかつ簡便に行えるダイシング用基体フィルムを提供することを目的とする。本発明は、熱による復元性が高く、ラック回収性に優れたダイシング用基体フィルムを提供することを目的とする。
【0006】
本発明は、更に、低温条件下でエキスパンドを実施した場合であっても、均一に伸張するダイシング用基体フィルムを提供することを目的とする。
・・・(中略)・・・
【0009】
また、例えば-20~10℃の低温条件下でエキスパンドを実施した場合であっても、ダイシングフィルムが均一に伸張し、半導体ウェハが良好に切断することが求められている。
・・・(中略)・・・
【0030】
エチレン-酢酸ビニル共重合体(EVA)の190℃におけるメルトフローレート(MFR)は、10g/10分程度以下が好ましく、6g/10分程度以下がより好ましい。上記MFRを10g/10分以下に設定することにより、中間層との粘度差を抑制できるため、安定した製膜が可能となる。また、EVAのMFRは、樹脂の押出しを容易にするため、0.1g/10分程度以上が好ましく、0.3g/10分程度以上がより好ましい。
【0031】
EVAの密度は、0.9~0.96g/cm3程度が好ましく、0.92~0.94g/cm3程度がより好ましい。
【0032】
PEの中でも、低密度ポリエチレン(LDPE)としては、例えば、メタロセン触媒により重合された低密度ポリエチレン、ラジカル開始剤を用いて高圧ラジカル重合により製造される高圧法低密度ポリエチレン(HP-LDPE)、遷移金属触媒を用いて配位イオン重合により製造される直鎖状低密度ポリエチレン(LLDPE)等を用いることができる。
【0033】
LDPEの190℃におけるメルトフローレート(MFR)は、10g/10分程度以下が好ましく、6g/10分程度以下がより好ましい。上記MFRを10g/10分以下に設定することにより、中間層との粘度差を抑制できるため、安定した製膜が可能となる。また、LDPEのMFRは、樹脂の押出しを容易にするため、0.1g/10分程度以上が好ましく、0.3g/10分程度以上がより好ましい。
【0034】
LDPEの密度は、0.9~0.94g/cm3程度が好ましく、0.91~0.93g/cm3程度がより好ましい。
【0035】
LLDPEの190℃におけるメルトフローレート(MFR)は、10g/10分程度以下が好ましく、6g/10分程度以下がより好ましい。上記MFRを10g/10分以下に設定することにより、中間層との粘度差を抑制できるため、安定した製膜が可能となる。また、LLDPEのMFRは、樹脂の押出しを容易にするため、0.1g/10分程度以上が好ましく、0.3g/10分程度以上がより好ましい。
【0036】
LLDPEの密度は、0.9~0.94g/cm3程度が好ましく、0.91~0.93g/cm3程度がより好ましい。
【0037】
表層に含まれるポリエチレン系樹脂として、アイオノマー樹脂を用いることが好ましい。
【0038】
アイオノマー樹脂は、オレフィンと不飽和カルボン酸とを構成単位とする共重合体である。オレフィンとしてはエチレン、プロピレン等が挙げられ、該不飽和カルボン酸として、(メタ)アクリル酸、(メタ)アクリル酸プロピル、(メタ)アクリル酸ブチル、(メタ)アクリル酸ヘキシル、(メタ)アクリル酸オクチル等のメタクリル酸アルキルエステルを好ましく用いることができる。
【0039】
アイオノマー樹脂は、エチレンと、前記(メタ)アクリル酸を構成単位とする二元共重合体や、エチレン、前記(メタ)アクリル酸及び前記(メタ)アクリル酸アルキルエステルを構成単位とする三元共重合体が挙げられる。アイオノマー樹脂として、二元共重合体系アイオノマー樹脂、又は三元共重合体系アイオノマー樹脂中のカルボン酸の少なくとも一部を金属イオンで中和したものを好ましく用いることができる。
【0040】
ここで用いられる金属イオンは、二価の金属イオン、三価の金属イオン等が挙げられる。二価の金属イオンとしてはMg2+、Ca2+、Ba2+、Ni2+、Zn2+、Fe2+、Co2+、Sn2+、Pb2+、Mn2+等が挙げられ、三価の金属イオンとしてはAl3+、Fe3+、Cr3+等が挙げられる。
【0041】
アイオノマー樹脂の190℃におけるメルトフローレート(MFR)は、16g/10分程度以下が好ましく、10g/10分程度以下がより好ましい。上記MFRを16g/10分以下に設定することにより、中間層との粘度さを抑制できるため、安定した製膜が可能となる。また、アイオノマー樹脂のMFRは、押出を容易にするため、0.5g/10分程度以上が好ましく、0.9g/10分程度以上がより好ましい。
【0042】
アイオノマー樹脂の密度としては、0.9~0.98g/m3程度が好ましく、0.94~0.96g/m3程度がより好ましい。
・・・(中略)・・・
【実施例】
【0126】
以下に、本発明を、実施例を用いてより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0127】
(1)ダイシング用基体フィルムの原料
表1にダイシング用基体フィルムの原料を示した。
【0128】
【表1】
[図:0001421412000001.jpg]
【0129】
[略称の説明]
PE:ポリエチレン系樹脂
非晶性PO:非晶性ポリオレフィン
SEBS:スチレン-ブタジエン共重合体水素添加物
(スチレン-エチレン-ブチレン-スチレン共重合体)
LDPE:分岐状低密度ポリエチレン
VA含量:酢酸ビニル含有割合
St含量:スチレン含有割合
(ビニル芳香族炭化水素系樹脂中のビニル芳香族炭化水素(St)成分の含有量)
Bd含量:ブタジエン含有割合
IO:アイオノマー樹脂
【0130】
(2)表層/中間層/裏層のダイシング用基体フィルムの製造
表2及び3に記載の表層/中間層/裏層となるように、各成分及び組成で樹脂組成物を配合し、ダイシング用基体フィルムを作製した。
【0131】
各層を構成する樹脂組成物を、220℃に調整された夫々の押出機に投入し表層/中間層/裏層の順序になるように、220℃のTダイスにより押出し、積層し、30℃の冷却水が循環するチルロール上に共押出しせしめて、フラット状の3層フィルムを得た。
【0132】
【表2】(省略)
【表3】
[図:0001421412000002.jpg]
表4に、表層/中間層/裏層のダイシング用基体フィルムの比較例を記載した。
【表4】
[図:0001421412000003.jpg]
・・・(中略)・・・
【0136】
(4)ダイシング用基体フィルムの評価
(4-1)低温エキスパンド性(Ex性)
<評価方法>
(引張伸度の測定)
フィルムのMD方向(フィルム成形の押出方向)及びTD方向(フィルム成形により成形されたフィルムの幅方向)について、200mm/minの引張速度で、15mm幅でチャック間距離が40mmになるように加工したフィルムサンプルを用いて、フィルムの引張伸度測定を行った。
・・・(中略)・・・
【0139】
<評価基準>
(ア)低温エキスパンド性(低温Ex性)
○:引張試験を行った際に、伸び率が100%以上あるもの。
×:引張試験を行った際に、フィルム伸び率が100%未満のもの。
・・・(中略)・・・
【0143】
(4-2)ヒートシュリンク性(HS性)
条件1-引張試験:株式会社島津製作所製「オートグラフAG-500NX TRAPEZIUM X」を用いて、-15±2℃環境下で、200mm/minの引張速度で、15mm幅でチャック間距離が40mmになるように加工したフィルムサンプルを、MD方向及びTD方向に、夫々200%伸ばした。
【0144】
条件2-収縮試験:三菱重工冷熱株式会社製「恒湿器TBP105DA」を用いて、設定温度80℃にて5秒間サンプルを加熱させた。
【0145】
<評価方法>
長さ100mm(標線間隔40mm+つかみシロ(上下に30mmずつ))、幅15mmの大きさのフィルム短冊サンプルを作成し、上記条件1にて伸長させた。
【0146】
200%伸長させた状態にて30秒間保持し、30秒経過(測定終了)後に、チャックを開放し、サンプルを上記条件2にて収縮させた。
【0147】
収縮後の標線間隔L[mm]を測定し、下記計算式にて、回復率を算出した。
【0148】
回復率[%]={(120-L)/80}×100
MD方向及びTD方向共に、回復率を測定し、これをヒートシュリンク性(HS性)と表した。
【0149】
<評価基準>
(ア)ヒートシュリンク性(HS性)
○:ヒートシュリンクにより、回復率が70%以上ある。回復率は、90~110%であることがより好ましい。
×:ヒートシュリンクにより、回復率が70%未満である。
【0150】
MD及びTD方向の回復率が、前記範囲にあることで、ダイシング用基体フィルムは、80℃環境下で、良好なヒートシュリンク性(HS性)を発揮する。
・・・(省略)・・・
【0153】
【表7】(省略)
【表8】
[図:0001421412000004.jpg]
・・・(中略)・・・
【0155】
本発明のダイシング用基体フィルムは、低温条件下でエキスパンドを実施した場合であっても、ダイシングフィルムが均一に伸張した。
【0156】
【表11】
[図:0001421412000005.jpg]
【0157】
比較例のダイシング用基体フィルムは、低温でのエキスパンドができず、それ以後の評価は実施していない。」
(2) 当審の判断
物の発明について実施をすることができるとは、その物を作れ、かつ、その物を使用できることである。
そして、明細書の段落0126~0153の記載において、表3、及び表8には、実施例8~10として、「表層/中間層/裏層の順に積層された構成を含むダイシング用基体フィルムであって、 表層及び裏層の各々はポリエチレン系樹脂を含む樹脂組成物からなり、中間層はアイオノマー樹脂を含む樹脂組成物からなり」、「15mm幅でチャック間距離が40mmになるように加工された前記ダイシング用基体フィルムのサンプル」について、「前記サンプルが、前記オートグラフによって-15±2℃の環境下で200mm/minの引張速度でMD方向及びTD方向に夫々200%伸ばされ、設定温度が80℃とされた恒湿器によって5秒間加熱された場合における前記サンプルの回復率は70%以上であり、
前記回復率は、下記式(1)に従って算出され、
回復率(%)={(120-L)/80}×100 ・・・(1) 式(1)において、Lは、前記恒湿器によって加熱された後の前記サンプルにおける標線間隔を示す」である「ダイシング用基体フィルム」が、開示されているといえる。
ここで、本件発明1の回復率についての「15mm幅でチャック間距離が40mmになるように加工された前記ダイシング用基体フィルムのサンプル」について、「前記サンプルが、前記オートグラフによって-15±2℃の環境下で200mm/minの引張速度でMD方向及びTD方向に夫々200%伸ばされ、設定温度が80℃とされた恒湿器によって5秒間加熱された場合における前記サンプルの回復率は70%以上であり、
前記回復率は、下記式(1)に従って算出され、
回復率(%)={(120-L)/80}×100 ・・・(1)
式(1)において、Lは、前記恒湿器によって加熱された後の前記サンプルにおける標線間隔を示す」との条件を満たすものは、伸び率についての「オートグラフによって-15±2℃の環境下で200mm/minの引張速度でMD方向及びTD方向に夫々引っ張られた場合に、前記MD方向及び前記TD方向の夫々における伸び率は100%以上であり」との条件も満たすから、実施例8~10は、本件発明1の実施例といえる。
そして、明細書の段落0127~0131には、実施例8~10に係るダイシング用基体フィルムの製造方法が記載されているから、明細書の発明の詳細な説明は、本件発明1に係る「ダイシング用基体フィルム」を作れるように記載されているといえ、また、作った「ダイシング用基体フィルム」が使用できることは明らかである。
また、本件発明1の構成を全て含む、本件発明3、4についても同様である。
そうすると、明細書の発明の詳細な説明は、本件発明1、3、4を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たす。
(3) 申立人の主張
ア 申立書「3.(4)イ(ア)」(4ページ下から8行~16ページ下から10行)
申立人は、甲第2号証の比較例4で用いた基材フィルムを追試した実験I、甲第3号証の実施例4で用いた基材フィルムを追試した実験II、甲第4号証の作成例2で用いた基材フィルム1Bを追試した実験IIIについての実験成績証明書である甲第1号証に基づいて、「本件特許明細書に記載の原料を用いて、本件特許明細書に記載の製法で基材フィルムを製造したにもかかわらず、本件特許発明の基体フィルムを得ることができなかった。従って、当業者は、どのようにすれば、本件特許発明を製造できるか、不明であり、本件特許発明は実施可能要件を満たしていない。」(申立書16ページ下から14行~下から10行)と主張する。
しかしながら、上記(2)のとおり、本件発明1、3、4は、実施例8~10についての明細書の記載に基づいて、当業者が実施することができるところ、実験I~IIIで用いた樹脂材料の低密度ポリエチレン、アイオノマー樹脂、エチレン-酢酸ビニル共重合体のMFRと密度が全て明細書の段落0030、0031、0033、0034、0041、0042に最も好ましいと記載される範囲内の値であるとしても、甲第1号証は、明細書に記載された実施例8~10を追試したものではないから、甲第1号証に基づいて、実施可能要件を満たしていないということはできない。
したがって、申立人の主張は採用できない。
イ 申立書「3.(4)イ(イ)」(16ページ下から9行~17ページ5行)
申立人は、「(イ)本件特許発明の実施例は、実施例8、9、10のみであり(段落0132の表3)、これら実施例で使用されているアイオノマー樹脂は、IO-1,IO-2,IO-3である。本件特許明細書には、IO-1,IO-2,IO-3のMFR、密度、金属イオンは記載されている(段落0128の表1)が 具体的な共重合体の構造が記載されていない。
甲第2号証は、実施例4と比較例4で、アイオノマー樹脂の構造により基体の特性が変わることが教示されている(以下に示す段落0006、実施例4と比較例4)。当業者は、MFRと密度だけでは、共重合体の構造を特定できず、本件特許発明の実施例の追試すらできない。さらに、上述したように、本件特許発明は伸び率と回復率を特定したパラメータ発明である。当業者は、実施例に基づき、どの程度の構成の範囲において所望の伸び率と回復率が得られるか、予想して本件特許発明を実施するのに、その元となる実施例で使用されたアイオノマー樹脂の構造が分からなければ、実施例以外の本件特許発明を実施できない。即ち、当業者は、本件特許発明の実施例及び実施例以外の発明を実施できない。」(申立書16ページ下から9行~下から5行)と主張する。
しかしながら、上記(2)のとおり、明細書には、本件発明1、3、4に対応する実施例8~10が記載されており、これによって、当業者が本件発明1、3、4を実施できるから、申立人の主張は、採用できない。
ウ 申立書「3.(4)イ(ウ)」(18ページ下から9行~最下行)
申立人は、「(ウ)本件特許明細書段落0038、0039には「アイオノマー樹脂は、オレフィンと不飽和カルボン酸とを構成単位とする共重合体である。」及び「アイオノマー樹脂として、二元共重合体系アイオノマー樹脂、又は三元共重合体系アイオノマー樹脂中のカルボン酸の少なくとも一部を金属イオンで中和したものを好ましく用いることができる。」と記載されているので、アイオノマー樹脂は金属イオンで中和されていないものも含むと読める。しかし、本件特許発明の実施例には、金属イオンで中和されているものしか使用されてなく、当業者は、アイオノマー樹脂としてどのような「金属イオンで中和されていない共重合体」を使用すればよいか、分からず、本件特許発明を実施できない。」と主張する。
しかしながら、アイオノマーは、「イオノマー[ionomer] アイオノマーともいう。エチレンとアクリル酸(またはメタクリル酸)の共重合体を金属イオンによって架橋(橋かけ)したもの。」(化学大事典151ページ、株式会社 東京化学同人、1989年10月20日発行)であって、申立書19ページ下から5行~下から4行で申立人が主張するとおり、「アイオノマー樹脂とは金属イオンで中和されているものであることが、技術常識である」ことを踏まえると、本件発明1の「アイオノマー樹脂」は、「金属イオンで中和されていないものも含む」とはいえないから、申立人の主張は採用できない。
エ 「申立書3.(4)イ(エ)」(19ページ1~6行)
申立人は、「(エ)本件特許明細書において、「低温」とは、段落0003によれば-15~5℃ であり、段落0009によれば-20~10℃である。
本件特許発明実施例において、伸び率の測定方法が段落0135~0138に記載されているが、測定対象が「低温エキスパンド性」と記載されているだけで、具体的に低温の温度が記載されてなく、当業者は、基体フィルムの伸び率を測定できない。」と主張する。
しかしながら、本件発明1の伸び率は「オートグラフによって-15±2℃の環境下」で測定することを発明特定事項とするものであるから、申立人の主張は採用できない。
2 申立理由2(サポート要件)について
(1) 当審の判断
特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
ここで、明細書の段落0005には、「使用済みのダイシングフィルムのラックへの回収が、より迅速にかつ簡便に行えるダイシング用基体フィルムを提供することを目的」とした「熱による復元性が高く、ラック回収性に優れたダイシング用基体フィルムを提供する」との発明の課題が記載されているところ、本件発明1の式(1)に従って算出される「前記サンプルの回復率は70%以上であり」との構成により、当業者は、本件発明1が上記発明の課題を解決できると認識できるから、本件発明1は、サポート要件に適合する。
本件発明1の構成を全て含む、本件発明3、4についても同様である。
(2) 申立書「3.(4)ウ」(19ページ8~15行)
申立人は、「(ア)上記ア(イ)で述べたように、本件特許発明の実施例は具体的に開示されていないので、本件特許発明は明細書の開示にサポートされていない。
また、上記ア(ウ)で述べたように、本件特許発明に用いる「金属イオンで中和されていない共重合体であるアイオノマー樹脂」は、実施例で用いられてなく、具体的に開示されていないので、本件特許発明は明細書の開示にサポートされていない 。
(イ)本件特許発明の構成要件Eの測定温度が、明細書に記載されてなく、本件特許発明は明細書に記載されてなくサポートされていない。」と主張する。
しかしながら、上記1(2)のとおり、明細書には、本件発明1の実施例として、実施例8~10が開示されており、また、上記1(3)ウのとおり、本件発明1は、「金属イオンで中和されていない共重合体であるアイオノマー樹脂」を用いるものではない。
また、明細書の段落0006には、「低温条件下でエキスパンドを実施した場合であっても、均一に伸張するダイシング用基体フィルムを提供する」との発明の課題も記載され、段落0003、0009には、エキスパンドを行う際の低温条件が-15~5℃、-20~10℃と記載されている。
そして、上記低温条件に概ね含まれる-15±2℃を測定温度をとして伸び率を測定したものによって、当業者は、本件発明1、3、4が上記発明の課題を解決し得ると認識し得る。
したがって、申立人の主張は、いずれも採用できない。
3 申立理由3(明確性要件)
特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載のみならず、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
申立人は、申立書19ページ下から9行~下から3行で「本件特許明細書段落0038から、本件特許発明に用いるアイオノマー樹脂は金属イオンで中和されていないものも含むと読める。そうであれば、以下に示す甲第2号証の実施例2や、甲第3号証の補正後の比較例1も、本件特許発明の伸び率と回復率を満たせば、本件特許発明に含まれることになる。しかし、アイオノマー樹脂とは金属イオンで中和されているものであることが、技術常識であるので、アイオノマー樹脂の定義が不明確であり、本件特許発明が不明確である。」と主張する。
しかしながら、上記1(3)ウのとおり、本件発明1の「アイオノマー樹脂」は、「金属イオンで中和されていないものも含む」ものではなく、不明確でないから、申立人の主張は採用できない。
第5 むすび
以上のとおりであるから、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1、3、4に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1、3、4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2025-700115