特許異議申立
2024-701198
少なくとも1つの基板上にクロム層またはクロム合金層を堆積するための制御された方法
- 審判番号
- 2024-701198
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2022-120486
- 登録番号
- 7502375
- 請求日
- 2024年12月13日
- 審決日
- 2025年09月29日
- 公報発行日
- 2025年10月31日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】アトテック ドイチュラント ゲー・エム・ベー・ハー ウント コー. カー・ゲー
- 【権利者代理人】アインゼル・フェリックス=ラインハルト
- 【権利者代理人】篠 良一
- 【権利者代理人】遠藤 太介
- 【異議申立人】安井 健治
- 【異議申立人】中川 賢治
- 審判長/審判官
- 審判長 粟野 正明
- 審判官 酒井 英夫
- 審判官 佐藤 陽一
- 分類
- P1651.113-Y (C25D) / P1651.121-Y (C25D) / P1651.537-Y (C25D)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第2項、特許法第29条第1項第3号、特許法第36条第6項第2号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7502375号発明「少なくとも1つの基板上にクロム層またはクロム合金層を堆積するための制御された方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7502375号の請求項1~9に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7502375号(以下「本件特許」という。)の請求項1~9に係る特許についての出願は、2018年(平成30年) 4月 4日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2017年 4月 4日(EP)欧州特許庁)を国際出願日とする特願2019-554659号の一部を令和 4年 7月28日に新たな外国語書面出願(特願2022-120486号。以下「本願」という。)としたものであって、令和 6年 6月10日にその特許権の設定登録がなされ、同年 6月18日にその特許掲載公報が発行されたものである。
その後、令和 6年12月13日に、請求項1~9(全請求項)に係る特許に対し、特許異議申立人である安井 健治(以下「申立人Y」という。)により特許異議の申立てがされ、同年12月17日に、請求項1~9(全請求項)に係る特許に対し、特許異議申立人である中川 賢治(以下「申立人N」という。)により特許異議の申立てがされた。
本件特許異議の申立てにおける手続の経緯は、以下のとおりである。
令和 6年12月13日 :申立人Yによる特許異議の申立て
12月17日 :申立人Nによる特許異議の申立て
令和 7年 3月28日付け:取消理由通知
7月 7日 :特許権者による意見書の提出
第2 本件発明
本件特許の請求項1~9に係る発明は、本願の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1~9に記載された事項により特定される、次のとおりのものである(以下、請求項1~9に係る発明を、それぞれ「本件発明1」~「本件発明9」といい、これらを総称して「本件発明」という。また、本願の願書に添付した明細書を「本件明細書」という。)。
「【請求項1】
堆積されたクロム合金層を含む鋼基板であって、
前記クロム合金層が、鋼基板上に直接堆積されているか、または、鋼基板がニッケルまたはニッケル合金層をさらに含み、クロム合金層がその上に堆積されており、
前記クロム合金層が、炭素と酸素を含み、
前記クロム合金層が、アルカリ金属を含まず、
前記クロム合金層が、5~200μmの範囲の平均層厚さを持ち、
前記クロム合金層が、0.6μm以下の平均表面粗さRaを有し、かつ、前記クロム合金層がアモルファスであり、X線回折により測定される、鋼基板。
【請求項2】
少なくとも700HV(0.05)のビッカース硬さを有する、請求項1に記載の堆積されたクロム合金層を含む鋼基板。
【請求項3】
クロム合金層の平均層厚さが、5μm~150μmの範囲を有する、請求項1または2に記載の堆積されたクロム合金層を含む鋼基板。
【請求項4】
前記クロム合金層が、平均層厚さ10μm、15μm、または20μmの下限を有する、請求項1~3のいずれかに記載の堆積されたクロム合金層を含む鋼基板。
【請求項5】
前記ニッケルまたはニッケル合金層が半光沢ニッケル層である、請求項1~4のいずれかに記載の堆積されたクロム合金層を含む鋼基板。
【請求項6】
前記クロム合金層は、クロム合金層の総重量を基準として、90重量パーセント以上のクロムを含む、請求項1~5のいずれかに記載の堆積されたクロム合金層を含む鋼基板。
【請求項7】
前記クロム合金層が、0.5μm以下の平均表面粗さRaを有する、請求項1~6のいずれかに記載の堆積されたクロム合金層を含む鋼基板。
【請求項8】
前記クロム合金層が硬質クロム合金層である、請求項1~7のいずれかに記載の堆積されたクロム合金層を含む鋼基板。
【請求項9】
前記鋼基板は、0.2μm未満の初期平均表面粗さRaを有する、請求項1~8のいずれかに記載の堆積されたクロム合金層を含む鋼基板。」
第3 特許異議の申立ての理由及び取消理由の概要
1 特許異議の申立ての理由の概要
(1)申立人Yは、証拠方法として、後記イの甲第1号証~甲第3号証(以下「甲第Y1号証」~「甲第Y3号証」という。)を提出し、以下の理由により、本件特許の請求項1~9に係る特許は取り消されるべきものであると主張している。
ア 申立理由Y1(進歩性)
本件発明1~9は、甲第Y1号証に記載された発明及び甲第Y2、Y3号証に記載された事項に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
イ 証拠方法
甲第Y1号証:特開2007-63654号公報
甲第Y2号証:特許第5570423号公報
甲第Y3号証:特許第4691029号公報
(2)申立人Nは、証拠方法として、後記ウの甲第1号証~甲第7号証(以下「甲第N1号証」~「甲第N7号証」という。)を提出し、以下の理由により、本件特許の請求項1~9に係る特許は取り消されるべきものであると主張している
ア 申立理由N1(新規性)
本件発明1~4は、甲第N1号証(補助的に甲第N2~N5号証)に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
イ 申立理由N2(進歩性)
本件発明1~9は、甲第N1号証に記載された発明及び甲第N2~N7号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
ウ 証拠方法
甲第N1号証:特表2010-540781号公報
甲第N2号証:森河務、外3名、「硫酸クロム(III)-カルボン酸塩浴からのCr-C合金めっき皮膜の作製」、表面技術、社団法人表面技術協会、1991年 1月 1日発行(2009年10月30日公開)、第42巻、第1号、p.95~99
<URL:https://doi.org/10.4139/sfj.42.95>
甲第N3号証:高谷松文、外2名、「硫酸第二クロム(III)-ギ酸カリウム浴からのクロムめっきのかたさ」、金属表面技術、社団法人金属表面技術協会、1986年 9月 1日発行(2009年10月30日公開)、第37巻、第10号、p.31~34
<URL:https://doi.org/10.4139/sfj1950.37.621>
甲第N4号証:中国特許出願公開第101469435号明細書及び抄訳文
甲第N5号証:中国特許出願公開第101078132号明細書及び抄訳文
甲第N6号証:国際公開第2006/043507号
甲第N7号証:国際公開第2013/154184号
2 令和 7年 3月28日付けで通知した取消理由の概要
(1)取消理由1(明確性)
本件特許の請求項1には、「前記クロム合金層が、アルカリ金属を含まず」との記載があるが、この記載からは、クロム合金層に、アルカリ金属が全く含まれないのか、一定量以下のアルカリ金属が含まれるのか、また、後者であることを前提とするとき、どの程度の量であれば許容されるのかが不明確である。また、請求項1の記載を直接又は間接的に引用する請求項2~9の記載についても同様である。
よって、本件発明1~9については、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第2号に適合するものではないから、同発明に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
第4 当審における判断
以下に述べるように、特許異議申立書に記載した申立理由及び当審において通知した取消理由によっては、本件特許の請求項1~9に係る特許を取り消すことはできない。
1 取消理由1(明確性)について
(1)特許権者が令和 7年 7月 7日に提出した意見書の主張によれば、クロム合金層の堆積に際し、アルカリ金属の標準電極電位が負で数値も大きく、アルカリ金属を水溶液からめっきできないため、クロム合金層は、堆積浴中のアルカリ金属濃度に関係なく、アルカリ金属を含有しないものと認められる。
そうすると、本件特許の請求項1における「前記クロム合金層が、アルカリ金属を含まず」の意味は明確である。また、請求項1の記載を直接又は間接的に引用する請求項2~9の記載についても同様である。
(2)取消理由1(明確性)のまとめ
以上のとおり、本件発明1~9について、特許請求の範囲の記載は明確である。
したがって、取消理由1(明確性)によっては、本件特許の請求項1~9に係る特許を取り消すことはできない。
2 申立理由Y1(進歩性)について
(1)甲第Y1号証に記載された発明
甲第Y1号証の請求項1、3~5には、段落【0049】~【0062】に記載される本発明金属板の製造方法の説明を踏まえると、以下の発明(以下「甲Y1発明」という。)が記載されていると認められる。
<甲Y1発明>
金属母材表面にクロム化合物で電気めっき処理を施して硬質クロムめっき層で被覆形成された金属板であって、該クロムめっき層が被膜硬度Hv1000~1800であり、ピンオンディング摩擦試験機で測定した120m走行後の平均摩擦係数Wが0.1~0.5μであり、
前記硬質クロムめっき層の表面粗さが、JIS-B0601:2001規定による算術平均粗さRaで0.3~5μmであり、
前記クロム化合物が炭化クロム合金(Cr23C6)を含有しており、
前記硬質クロムめっき層の厚みが10~200μmである低摩擦性、耐摩耗性を向上させた金属板。
(2)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲Y1発明とを対比する。
(ア)甲Y1発明における「金属母材表面にクロム化合物で電気めっき処理を施して硬質クロムめっき層で被覆形成された金属板」は、クロム化合物が電気めっき処理により金属母材表面に堆積されたものであり、また、当該クロム化合物が炭化クロム合金(Cr23C6)を含有するものであるから、甲Y1発明の「金属母材表面にクロム化合物で電気めっき処理を施して硬質クロムめっき層で被覆形成された金属板」と本件発明1の「堆積されたクロム合金層を含む鋼基板」とは、「堆積されたクロム合金層を含む」金属基板である点で共通する。
(イ)甲Y1発明の「硬質クロムめっき層」は、「金属母材表面」に「被覆形成され」ているから、甲Y1発明の「硬質クロムめっき層」と本件発明1の「クロム合金層」とは、金属「基板上に直接堆積されているか、または、」金属「基板がニッケルまたはニッケル合金層をさらに含み、クロム合金層がその上に堆積されて」いる点で共通する。
(ウ)甲Y1発明における「硬質クロムめっき層」は、「炭化クロム合金(Cr23C6)」を含有しているから、甲Y1発明の「硬質クロムめっき層」と本件発明1の「クロム合金層」とは、「前記クロム合金層が、炭素」を含む点で共通する。
(エ)甲Y1発明における「硬質クロムめっき層の厚みが10~200μm」であることは、甲Y1発明における「クロム合金層が、5~200μmの範囲の平均層厚さ」を持つことに相当する。
(オ)そうすると、本件発明1と甲Y1発明とは、
「堆積されたクロム合金層を含む金属基板であって、
前記クロム合金層が、金属基板上に直接堆積されているか、または、金属基板がニッケルまたはニッケル合金層をさらに含み、クロム合金層がその上に堆積されており、
前記クロム合金層が、炭素を含み、
前記クロム合金層が、5~200μmの範囲の平均層厚さを持つ、金属基板。」である点で一致するとともに、以下の点で相違する。
<相違点1-1>
基板の素材について、本件発明1の鋼基板は、「鋼」であるのに対し、甲Y1発明の金属板は、「金属」である点。
<相違点1-2>
本件発明1は、クロム合金層が「酸素」を含むのに対し、甲Y1発明は、硬質クロムめっき層が酸素を含むのか否かが不明である点。
<相違点1-3>
本件発明1は、クロム合金層が「アルカリ金属を含ま」ないのに対し、甲Y1発明は、硬質クロムめっき層が「アルカリ金属」を含むのか否かが不明である点。
<相違点1-4>
本件発明1は、クロム合金層が「0.6μm以下の平均表面粗さRaを有」するのに対し、甲Y1発明は、「表面粗さが、JIS-B0601:2001規定による算術平均粗さRaで0.3~5μm」である点。
<相違点1-5>
本件発明1は、クロム合金層が「アモルファスであり、X線回折により測定される」のに対し、甲Y1発明は、硬質クロムめっき層のX線回折により測定される結晶構造が「アモルファス」であるのか否かが不明である点。
イ 判断
(ア)事案に鑑み、相違点1-5について検討する。
a 相違点1-5が実質的な相違点であるかについて
(a)甲第Y1号証には、甲Y1発明における「硬質クロムめっき層」の結晶構造に関する直接的な記載がないから、甲Y1発明における「硬質クロムめっき層」が、「アモルファスであり、X線回折により測定される」ものであるかは明らかでない。
(b)ここで、甲第Y1号証には、甲Y1発明の金属板の製造方法に関し、以下の記載がある。
・「次に、本発明金属板の製造方法を説明するが、金属板の製造方法はこれに限定されるものではない。本発明製造方法によって得られる金属板は、次の(1)~(10)の製造工程によって製造される。すなわち、(1)研磨工程、(2)金属板の母材表面清浄工程、(3)アルカリ洗浄工程、(4)ブラストで粗面化する粗さ調整工程、(5)研磨工程、(6)水洗工程、(7)クロムめっき処理工程、(8)ショットピーニング(WPC)処理工程、(9)研磨工程、(10)表面洗浄工程を経て金属板が完成する。各工程の詳細を以下に説明する。」(段落【0049】)
・「前記(8)第8工程のショットピーニング処理により、ショット材を硬質クロムめっき層に噴射するに伴って発生する熱により、該硬質クロムめっき層の表面温度が上昇した硬質クロムめっき層を溶融させて、該硬質クロムめっき層の一部をクロムめっきにより発生した微細なクラックに基づく風孔に埋入して該風孔4を封孔して、前記硬質クロムめっき層の最表面を平滑化して、前記微細なクラックを減少、または消滅させる。」(段落【0060】)
(c)上記(b)のとおり、甲Y1発明の金属板の製造工程においては、第7工程の「クロムめっき処理工程」の後に、第8工程の「ショットピーニング処理工程」を有する。そして、第8工程の「ショットピーニング処理工程」では、「ショット材を硬質クロムめっき層に噴射するに伴って発生する熱により、該硬質クロムめっき層の表面温度が上昇した硬質クロムめっき層を溶融させて」いる。
クロム合金においては、通常、溶融・凝固工程によってアモルファス構造を得るために、凝固時に意図的な急冷が必要であることが技術常識であるところ、上記ショットピーニング処理工程では、溶融した硬質クロムめっき層の一部が微細なクラックに基づく風孔に埋入して該風孔を封孔する程度に保持され、その後常法で冷却されたと解されるから、甲Y1発明における「硬質クロムめっき層」に、アモルファスとはいえない結晶質部分を備えた構造が含まれると解するのが自然である。
(d)以上によれば、技術常識を考慮すると、甲Y1発明における「硬質クロムめっき層」が「アモルファスであり、X線回折により測定される」ものであるとはいえない。
よって、相違点1-5は、実質的な相違点である。
b 相違点1-5の容易想到性について
(a)甲第Y1号証には、甲Y1発明における「硬質クロムめっき層」の結晶構造に関する直接的な記載がないから、甲Y1発明における「硬質クロムめっき層」を、「アモルファスであり、X線回折により測定される」ものとすることが動機付けられるとはいえない。
よって、本件発明1は、甲Y1発明に基いて、当業者が容易に想到し得ることであるとはいえない。(b)この点、甲第Y2号証には、クロム合金堆積物がXRD非晶質であることが記載され(請求項3等)、甲第Y3号証には、三価クロムめっき液を用いて形成されたクロムめっき層が、実質的に非晶質構造を有していることが記載されている(段落【0054】)。
これら甲第Y2、Y3号証の記載を考慮すると、甲Y1発明の金属板の製造工程における、第7工程の「クロムめっき処理工程」で被覆形成された硬質クロムめっき層を、「アモルファスであり、X線回折により測定される」ものとすることに動機付けがあるといえる余地がある。
一方、甲Y1発明は、「硬質クロムめっきによって形成された硬質クロムめっき層に、微粒子ショットピーニング処理をすることにより、前記硬質クロムめっき層が保有する微細なクラックを減少、または消滅させ、本来の硬質クロムめっきではなし得なかった前記金属母材表面の低摩擦性、耐摩耗性を一層向上させた金属板」(段落【0011】)の発明であるから、甲Y1発明の金属板の製造工程における、第8工程の「ショットピーニング処理工程」以降を省略し、硬質クロムめっき層の結晶構造を、「アモルファスであり、X線回折により測定される」ものの状態に維持することが動機付けられるとはいえない。
そうすると、甲第Y2、Y3号証の記載を考慮しても、本件発明1は、甲Y1発明及び甲第Y2、Y3号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に想到し得ることであるとはいえない。
ウ 小括
以上のとおりであるから、相違点1-1~相違点1-4について検討するまでもなく、本件発明1は、甲第Y1号証に記載された発明及び甲第Y2、Y3号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(3)本件発明2~9について
本件発明2~9は、本件特許の請求項1の記載を直接又は間接的に引用するものであり、本件発明1の発明特定事項を全て備えるものであるが、上記(2)で述べたとおり、本件発明1が、甲第Y1号証に記載された発明及び甲第Y2、Y3号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上、本件発明2~9についても同様に、甲第Y1号証に記載された発明及び甲第Y2、Y3号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(4)申立理由Y1(進歩性)のまとめ
以上のとおり、本件発明1~9は、甲第Y1号証に記載された発明及び甲第Y2、Y3号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって、申立理由Y1(進歩性)によっては、本件特許の請求項1~9に係る特許を取り消すことはできない。
3 申立理由N1(新規性)、申立理由N2(進歩性)
(1)甲第N1号証に記載された発明
甲第N1号証の段落【0186】~【0212】には、一実施態様による高pH電析浴からの電析により、一連の鋼材試片を調製することが記載されており(【0187】、【0188】)、【0206】の表8、【0209】の表9、【0212】の表10に記載されるパネルのうち、特に、パネル番号65(試片65)に着目すると、甲第N1号証には、以下の発明(以下「甲N1発明」という。)が記載されていると認められる。
(当合議体注:表8、表9におけるパネルが結晶質であるか否かの結果の対比により、表8における「XRD x’tal?」は、0.00が「いいえ」であると認める。)
<甲N1発明>
電析による堆積物が堆積された鋼材試片であって、
堆積物の組成及び特性が、
EDSによる[S]含有量:1.49質量%、
PIXEによる[S]含有量:1.40質量%、
XRD x’tal?:0.00(いいえ)、
TEM x’tal?:1.00(はい)、
Taber摩擦:2.00mg/1000サイクル、
ナノ硬度(H):17.5GPa、
低下係数(Er):140GPa、
標準偏差粗さ(Rq):1μm、
ビッカース硬度:743、
Cr含有量:90.64質量%、
C含有量:4.47質量%、
O含有量:3.48質量%、
N含有量:0.33質量%、
S含有量:1.07質量%、である鋼材試片。
(2)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲N1発明とを対比する。
(ア)甲N1発明における堆積物は、鋼材試片上に電析により堆積されたものであるから、堆積物の析出形態は「層」であると解される。
そうすると、甲N1発明の、「堆積物」が「Cr含有量:90.64質量%、C含有量:4.47質量%、O含有量:3.48質量%、N含有量:0.33質量%、S含有量:1.07質量%」である「鋼材試片」は、本件発明1の「鋼基板」と、「堆積されたクロム合金層を含む鋼であって、前記クロム合金層が、炭素と酸素を含む、鋼。」の点で共通する。
(イ)甲N1発明における「堆積物」が、「XRD x’tal?:0.00(いいえ)」であることは、XRDで測定された結晶構造が結晶質でないことを意味するから、本件発明1における「クロム合金層」が「クロム合金層がアモルファスであり、X線回折により測定される」ことに相当する。
(ウ)そうすると、本件発明1と甲Y1発明とは、
「堆積されたクロム合金層を含む鋼であって、
前記クロム合金層が、炭素と酸素を含み、
前記クロム合金層がアモルファスであり、X線回折により測定される、鋼。」である点で一致するとともに、以下の点で相違する。
<相違点2-1>
基材の形状について、本件発明1の鋼基板は、「板」であるのに対し、甲N1発明の鋼材試片は、その形状が不明である点。
<相違点2-2>
本件発明1は、クロム合金層が、「鋼基板上に直接堆積されているか、または、鋼基板がニッケルまたはニッケル合金層をさらに含み、クロム合金層がその上に堆積されて」いるのに対し、甲N1発明は、堆積物が、鋼材試片上に直接堆積されているか、または、鋼材試片がニッケルまたはニッケル合金層をさらに含み、堆積物がその上に堆積されているのか否かが不明である点。
<相違点2-3>
本件発明1は、クロム合金層が「アルカリ金属を含ま」ないのに対し、甲N1発明は、堆積物が「アルカリ金属」を含むのか否かが不明である点。
<相違点2-4>
本件発明1は、クロム合金層が「5~200μmの範囲の平均層厚さを持」つのに対し、甲N1発明は、堆積物の厚さが不明である点。
<相違点2-5>
本件発明1は、クロム合金層が「0.6μm以下の平均表面粗さRaを有」するのに対し、甲N1発明は、「標準偏差粗さ(Rq):1μm」である点。
イ 判断
(ア)事案に鑑み、相違点2-5について検討する。
a 相違点2-5が実質的な相違点であるかについて
甲第N1号証には、甲N1発明の鋼材試片における堆積物の「平均表面粗さRa」が記載されていないから、堆積物の「平均表面粗さRa」は不明である。また、技術常識を考慮しても、堆積物の「平均表面粗さRa」が「0.6μm以下」であるかは不明である。なお、このことは、「Rq=1.25Ra」(1=1.25×0.8)の関係が成立しても変わらない。
よって、相違点2-5は、実質的な相違点である。
b 相違点2-5の容易想到性について
(a)甲第N1号証の表8には、標準偏差粗さ(Rq)が0.95~1.8(μm)であるパネル(堆積物)が記載されているが、堆積物の「平均表面粗さRa」ついては何ら記載されていないから、甲N1発明の鋼材試片における堆積物において、「平均表面粗さRa」を「0.6μm以下」とすることが動機付けられるとはいえない。
よって、本件発明1は、甲N1発明に基いて、当業者が容易に想到し得ることであるとはいえない。
c 申立人の主張について
(a)申立人Nは、特許異議申立書の第15~16ページの「相違点1について」において、「甲第1号証には、三価クロムイオン含有供給源として「3価クロムは、塩化クロムCrCl3、フッ化クロムCrF3、酸化クロムCr2O3、リン酸クロムCrPO4として、またはクロムヒドロキシ二塩化物溶液、塩化クロム溶液、または硫酸クロム溶液のような市販されている溶液(例えば、McGean Chemical CompanyまたはSentury Reagents製)」が記載されている(【0105】)。
また、甲第1号証には、pHを調整するための水酸化物供給源については記載がないが、電気めっきプロセスにおいてpHを調整するための水酸化物供給源としてNH4OHなどを添加することは、甲第2号証や甲第3号証に記載されているように通常普通に行われている周知の事項であるにすぎない。
してみれば、甲第1号証に記載された発明において電解めっき浴中にはアルカリ金属は含まれていないのであるから、析出したクロム合金層がアルカリ金属を含まないこととなる。」と主張し、当該主張を前提に、特許異議申立書の第16~17ページの「相違点2について」において、「前記クロム合金層が、0.6μm以下の平均表面粗さRaを有するという構成は、「クロム合金層がアルカリ金属を含まない」ようにしたことにより当然生じる結果を記載したものにすぎず、上記したように相違点1が実質的な相違点とは言えないし、また当業者が容易になし得ることであるから、相違点2にかかる構成は当然達成されているものであるし、当業者が容易になし得ることである。
また、甲第4号証や甲第5号証に記載されているように、三価クロムめっきのめっき層の表面粗さRaは0.1μm以下あるいは0.6μm以下であって、クロム合金層が0.6μm以下の平均表面粗さRaであるという構成は三価クロムめっきのめっき層の通常の表面粗さを記載したものにすぎない。」と主張する。
(b)しかしながら、甲N1発明の堆積物は、「Cr(OH)SO4・Na2SO4」を118.5g/L含む高pH電析浴を用いて電析されたものであるから(段落【0187】)、当該電析浴は、アルカリ金属カチオンを含むものである。
そうすると、仮に上記(a)における申立人Nの主張を前提とするとしても、アルカリ金属カチオンを含む電析浴を用いて製造された、甲N1発明の鋼材試片における堆積物の「平均表面粗さRa」が「0.6μm以下」となるかは不明である。
また、申立人Nの主張に従って、Cr源である「Cr(OH)SO4・Na2SO4」を「塩化クロムCrCl3」等に変更し、pH調整剤としてNH4OHを用いたときに、実際に、「平均表面粗さRa」が「0.6μm以下」となるかは不明である。また、このような変更を行ったとしても、堆積物のXRDで測定された結晶構造が非晶質となるかも不明である。
よって、いずれにしても、申立人Nの上記(a)の主張は採用できない。
ウ 小括
以上のとおりであるから、相違点2-1~相違点2-4について検討するまでもなく、また、イ(ア)cの甲第2~5号証(甲第N2~N5号証)の記載を考慮しても、本件発明1は、甲第N1号証(補助的に甲第N2~N5号証)に記載された発明であるとはいえない。また、本件発明1は、甲第N1号証に記載された発明及び甲第N2~N5号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(3)本件発明2~9について
ア 甲第N6号証には、「下地めっき層はNiめっきから形成されている」ことが記載されている(請求の範囲9)。また、甲第N7号証には、微小凹凸高さが「0.005μm以上0.10μm以下である表面性状を有する場合には、めっき剥離が起こらず良好なめっき密着性を得られた」ことが記載されている(段落[0039])。
イ 一方、本件発明2~4は、本件特許の請求項1の記載を直接又は間接的に引用するものであり、本件発明1の発明特定事項を全て備えるものであるが、上記(2)で述べたとおり、本件発明1が、甲第N1号証(補助的に甲第N2~N5号証)に記載された発明であるとはいえない以上、本件発明2~4についても同様に、甲第N1号証(補助的に甲第N2~N5号証)に記載された発明であるとはいえない。また、本件発明2~9は、本件特許の請求項1の記載を直接又は間接的に引用するものであり、本件発明1の発明特定事項を全て備えるものであるが、上記(2)で述べたとおり、本件発明1が、甲第N1号証に記載された発明及び甲第N2~N5号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上、上記アの甲第N6、N7号証の記載を考慮しても、本件発明2~9についても同様に、甲第N1号証に記載された発明及び甲第N2~N7号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(4)申立理由N1(新規性)、申立理由N2(進歩性)のまとめ
以上のとおり、本件発明1~4は、甲第N1号証(補助的に甲第N2~N5号証)に記載された発明であるとはいえない。また、本件発明1~9は、甲第N1号証に記載された発明及び甲第N2~N7号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって、申立理由N1(新規性)、申立理由N2(進歩性)によっては、本件特許の請求項1~9に係る特許を取り消すことはできない。
第5 むすび
以上のとおりであるから、特許異議申立書に記載した申立理由及び当審において通知した取消理由によっては、本件特許の請求項1~9に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1~9に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2024-701198