特許異議申立
2024-701011
焼鈍分離剤用の酸化マグネシウム、その製造方法、及びそれを用いた方向性電磁鋼板の製造方法
- 審判番号
- 2024-701011
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2023-202179
- 登録番号
- 7470245
- 請求日
- 2024年10月15日
- 審決日
- 2025年05月19日
- 公報発行日
- 2025年08月29日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】セトラスホールディングス株式会社
- 【権利者代理人】青木 篤
- 【権利者代理人】三橋 真二
- 【権利者代理人】小野田 浩之
- 【権利者代理人】奥野 剛規
- 【権利者代理人】藤本 健治
- 【異議申立人】合同会社 SAS
- 審判長/審判官
- 審判長 井上 猛
- 審判官 酒井 英夫
- 審判官 佐藤 陽一
- 分類
- P1651.113-YAA(C01F) / P1651.121-YAA(C01F) / P1651.536-YAA(C01F) / P1651.537-YAA(C01F)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法120条の8第1項特許法135条
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第6項第2号、特許法第36条第4項第1号、特許法第120条の5第9項、特許法第120条の5第2項、特許法第29条第2項、特許法第120条の8第1項、特許法第120条の5第5項、特許法第29条第1項第3号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7470245号発明「焼鈍分離剤用の酸化マグネシウム、その製造方法、及びそれを用いた方向性電磁鋼板の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7470245号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項3について訂正することを認める。
特許第7470245号の請求項1、2、4に係る特許を維持する。
特許第7470245号の請求項3に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7470245号(以下「本件特許」という。)の請求項1~4に係る特許についての出願は、令和 5年11月29日の出願(特願2023-202179号。以下「本願」という。)であって、令和 6年 4月 9日にその特許権の設定登録がなされ、同年 4月17日にその特許掲載公報が発行されたものである。
その後、令和 6年10月15日に、請求項1~4(全請求項)に係る特許に対し、特許異議申立人である合同会社SAS(以下「申立人」という。)により特許異議の申立てがされた。
本件特許異議の申立てにおける手続の経緯は、以下のとおりである。
令和 6年10月15日 :特許異議の申立て
令和 7年 1月24日付け:取消理由通知
2月28日 :特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
3月11日付け:手続補正指令(方式)
4月 9日 :特許権者による手続補正書(方式)の提出
なお、下記第2で述べるとおり、令和 7年 4月 9日提出の手続補正書(方式)により補正された、令和 7年 2月28日提出の訂正請求書(以下「本件訂正請求書」という。)による訂正は、実質的に一部の請求項の削除のみであり、本件特許異議の申立てについての実質的な判断に影響を与えるものではなく、特許法第120条の5第5項ただし書に規定される、「特許異議申立人に意見書を提出する機会を与える必要がないと認められる特別の事情があるとき」といえるから、申立人に意見書を提出する機会を与えないこととした。
第2 訂正請求について
1 請求の趣旨
令和 7年 2月28日になされた訂正請求(以下「本件訂正請求」という。)の請求の趣旨は、特許第7470245号の特許請求の範囲を、本件訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項3について訂正することを求める、というものである。
2 訂正の内容
本件訂正請求に係る訂正(以下「本件訂正」という。)の内容は、以下のとおりである。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項3を削除する。
3 訂正の適否についての当審における判断
(1)訂正事項1に係る訂正について
ア 訂正の目的の適否について
訂正事項1に係る訂正は、特許請求の範囲の請求項3を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正であり、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものである。
イ 新規事項の追加の有無について
訂正事項1に係る訂正は、特許請求の範囲の請求項3を削除する訂正であるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合する。
ウ 特許請求の範囲の拡張又は変更の存否について
上記アのとおり、訂正事項1に係る訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正であるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合する。
(2)独立特許要件について
本件においては、本件訂正前の請求項1~4について特許異議の申立てがされているので、訂正事項1に係る訂正後の請求項3に係る発明については、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する同法第126条第7項の独立特許要件は課されない。
4 訂正請求についてのまとめ
以上のとおり、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、本件特許の特許請求の範囲を本件訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項3について訂正することを認める。
第3 本件発明
本件訂正は、上記第2で検討したとおり適法なものであるから、本件特許の請求項1~4に係る発明は、訂正特許請求の範囲の請求項1~4に記載された事項により特定される、次のとおりのものである(以下、請求項1~4に係る発明を、それぞれ「本件発明1」~「本件発明4」といい、これらを総称して「本件発明」という。また、本願の願書に添付した明細書を「本件明細書」という。)。
「【請求項1】
ホウ素及びナトリウムを含み、
前記ホウ素の含有量は、980~1500ppmであり、
前記ホウ素の濃度の変動係数は、0.50以下であり、
前記ナトリウムの含有量は、8~200ppmであり、
前記ナトリウムの濃度の変動係数は、0.25以下である、
焼鈍分離剤用の酸化マグネシウム。
【請求項2】
さらにCl、Mn、Fe、Cuから選択される少なくとも1種以上の元素を含む、
請求項1に記載の焼鈍分離剤用の酸化マグネシウム。
【請求項3】(削除)
【請求項4】
方向性電磁鋼板の製造方法であって、
焼鈍分離剤用の酸化マグネシウムを含むスラリーを、脱炭焼鈍された鋼板に塗布する塗布工程と、
前記スラリーを塗布された前記鋼板を焼鈍する焼鈍工程と、
を備え、
前記酸化マグネシウムはホウ素及びナトリウムを含み、
前記ホウ素の含有量は、980~1500ppmであり、
前記ホウ素の濃度の変動係数は、0.50以下であり、
前記ナトリウムの含有量は、8~200ppmであり、
前記ナトリウムの濃度の変動係数は、0.25以下である、
方向性電磁鋼板の製造方法。」
第4 特許異議の申立ての理由及び取消理由の概要
1 特許異議の申立ての理由の概要
申立人は、証拠方法として、後記する甲第1号証~甲第5号証を提出し、以下の理由により、本件訂正前の請求項1~4に係る特許は取り消されるべきものであると主張している。
(1)申立理由1-1(明確性要件;取消理由として不採用)
本件訂正前の請求項1、3、4には、「ホウ素の濃度の変動係数」、「ナトリウムの濃度の変動係数」との発明特定事項が記載されている。
そして、本件明細書の段落【0060】の記載によれば、この「変動係数」は、測定対象の酸化マグネシウムをペレットに成形し、その表面から深さ約5μmまで、深さ方向に250点の測定点において、D-SIMSを用いて微量元素濃度を測定し、その250点の測定濃度から、平均値(μ)及び標準偏差(σ)を求めた上、標準偏差(σ)/平均値(μ)にて算出されるものである。
ここで、この微量元素濃度の測定においては、深さ方向に約0.02μmごとに、表面から深さ約5μmまで測定することは規定されているものの、平面方向においては、どのような範囲での濃度が測定されているかは規定されていない。よって、平面方向のばらつきは一切考慮していない。また、深さ方向も表面から約5μmまでしか測定していないが、その範囲で微量元素の濃度のばらつきが収まっている理由もない。
そして、測定箇所によって平均値(μ)が影響を受けることは、D-SIMSを用いて測定されたホウ素及びナトリウムの濃度の平均値(μ)から換算される含有量と、発光分光分析装置(ICP)によって測定された含有量とが大きく異なっていることからも推測できる。
さらに、SIMSによる測定は細かな条件設定が必要であることが技術常識であるし、少なくとも、SIMSによる定量分析では、一次イオンの選択が重要であるにもかかわらず、本件明細書には、D-SIMSの測定において照射する一次イオンビームの種類が記載されていない。一次イオンビームの種類が異なれば、その測定値も異なり、当然、変動係数も異なってくることは明らかである。
以上のように、具体的な測定条件によって、値が大きく変動してしまう指標を用いた場合、ある酸化マグネシウムが、本件発明の範囲にあるか否かを特定することは困難である。
また、本件明細書には、酸化マグネシウム中の微量元素の変動係数の算出方法しか記載がなく、水酸化マグネシウム中の微量元素の変動係数がどのように算出するかも不明である。
よって、本件訂正前の請求項1~4に係る発明について、特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号に適合するものではないから、同発明に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
(2)申立理由1-2(明確性要件;取消理由として不採用)
本件訂正前の請求項3には、「乱流が生じている状態」との発明特定事項が記載されている。
他方、本件明細書には、「乱流が生じている状態」について、どのような状態を意味するのかについて、一切説明がされていない。
ここで、技術常識からは、単に乱流と言っただけでは、「乱れを含む流れ」を意味するにすぎず、技術的に十分に特定がなされているとは言い難く、通常であれば、レノルズ数を規定するなどして乱流を技術的に定義する必要があると考えられる。
しかしながら、本件明細書には、「乱流が生じている状態」についての定義の記載もなく、さらに、レノルズ数も、レノルズ数を計算するための情報(管の直径、平均速度、動粘性率など)も全く記載されていないから、「乱流が生じている状態」との記載は不明確である。
よって、本件訂正前の請求項3に係る発明について、特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号に適合するものではないから、同発明に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
(3)申立理由2-1(サポート要件;取消理由として不採用)
上記(1)のとおり、変動係数は、理論上測定条件によって大きく変動する値であるといえるから、仮に測定された「変動係数」に基づき、本件訂正前の請求項1~4に係る発明の範囲にある酸化マグネシウム、その製造方法等に含まれるとされたものであったとしても、実際には、本件発明の課題を解決し得ない酸化マグネシウム、その製造方法等が含まれることが理論上予測される。
よって、本件訂正前の請求項1~4に係る発明は、発明の詳細な説明の記載により、当業者が当該発明の課題が解決できると認識できる範囲を超えるものであるといえ、サポート要件を充足しない。
また、上記(2)のとおり、本件明細書には、「乱流が生じている状態」についての定義がなく技術的に十分に特定されていないものであることから、仮に「乱流が生じている状態」と判断した方法であっても、実際には、不十分な乱流状態であって、本件発明の課題を解決し得ない焼鈍分離剤用酸化マグネシウムの製造方法も含まれていることが予測される。この点においても、本件訂正前の請求項3に係る発明は、サポート要件を充足しない。
よって、本件訂正前の請求項3に係る発明について、特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に適合するものではないから、同発明に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
(4)申立理由2-2(サポート要件;取消理由として不採用)
本件訂正前の請求項1に係る発明において、「変動係数」が低いことは、本件発明が達成すべき課題そのものであり、本件訂正前の請求項1に係る発明において、上記「変動係数」以外の具体的な課題の解決手段は記載されていないから、当業者は、本件訂正前の請求項1に係る発明が本件訂正前の請求項に係る発明の課題を解決できることを認識することはできない。よって、本件訂正前の請求項1に係るはサポート要件を充足しない。
また、本件訂正前の請求項2に係る発明も、さらにある特定の微量元素を含むことをさらに特定したのみであるから、同様の理由により、サポート要件を充足しない。
また、本件訂正前の請求項4に係る発明もまた本件発明が達成すべき課題そのものであるといえるので、訂正前の請求項4に係る発明はサポート要件を充足しない。
よって、本件訂正前の請求項1、2、4に係る発明について、特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に適合するものではないから、同発明に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
(5)申立理由2-3(サポート要件;取消理由として採用)
本件訂正前の請求項3に係る発明は、酸化マグネシウムの製造方法において、その反応工程において形成される水酸化マグネシウムについて、「前記水酸化マグネシウム中の前記ホウ素の濃度の変動係数」、「前記水酸化マグネシウム中の前記ナトリウムの濃度の変動係数」と特定している。
ここで、本件明細書には、酸化マグネシウムにおけるホウ素及びナトリウムの濃度の変動係数については記載があるものの、水酸化マグネシウムにおけるホウ素及びナトリウムの濃度の変動係数については一切記載がない。また、酸化マグネシウムにおける「変動係数」と水酸化マグネシウムにおける「変動係数」が同じであるかも不明である。
してみると、「前記水酸化マグネシウム中の前記ホウ素の濃度の変動係数」、「前記水酸化マグネシウム中の前記ナトリウムの濃度の変動係数」との発明特定事項は、発明の詳細な説明において、記載も示唆もされていない事項であって、本件訂正前の請求項3に係る発明は、サポート要件を充足しない。
よって、本件訂正前の請求項3に係る発明について、特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に適合するものではないから、同発明に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
(6)申立理由3-1(実施可能要件;取消理由として不採用)
本件訂正前の請求項に係る発明における「変動係数」は、当該技術分野において一般的に使用されるパラメータではなく、本件訂正前の請求項に係る発明の発明者が設定した独自のパラメータである。このような独自のパラメータを満たす発明を実施することは当業者であっても困難であるため、本件明細書には特に詳細に実施方法(特に、製造方法)を説明することが必要であるといえる。
しかしながら、本件明細書には、そのパラメータを満たすために、いかなる具体的な製造条件が必要であるかについては、一切記載がない。しかも、「変動係数」自体、どのような製造条件により影響を受け得るものであるかついてさえも一切の記載がないため、所望のホウ素およびナトリウムの濃度の変動係数を有する酸化マグネシウムを得るためには、あらゆる製造条件について検討が必要となる。このため、本件訂正前の請求項に係る発明を実施するにあたって、具体的な製造条件を設定するために、当業者に期待する程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験が必要とされる。
よって、本件訂正前の請求項1~4に係る発明について、発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に適合するものではないから、同発明に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
(7)申立理由3-2(実施可能要件;取消理由として不採用)
上記(4)のとおり、本件訂正前の請求項1に係る発明において、「変動係数」が低いことは、本件訂正前の請求項に係る発明が達成すべき課題そのものであるから、訂正前の請求項1に係る発明は、この特性を満たす焼鈍分離剤をすべて包含する非常に広範な権利範囲である。
ここで、本件明細書の実施例には、特定の製造方法によって本件訂正前の請求項に係る発明の焼鈍分離剤用酸化マグネシウムを製造したことの記載があるものの、上記(6)のとおり、本件明細書に「変動係数」をどのように調整し得るかの手掛かりは一切ないことから、本件訂正前の請求項1に包含される非常の広範な範囲のほとんどの部分は当業者が実施することはできないといえ、本件訂正前の請求項1に係る発明は、実施可能要件を充足しない。また、本件訂正前の請求項1を引用する本件訂正前の請求項2に係る発明も実施可能要件を充足しない。また、本件訂正前の請求項3、4に係る発明についても同様である。
よって、本件訂正前の請求項1~4に係る発明について、発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に適合するものではないから、同発明に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
(8)申立理由4(新規性;取消理由として不採用)、申立理由5(進歩性;取消理由として不採用)
本件訂正前の請求項1、4に係る発明は、甲第1号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであるか、甲第1号証に記載された発明に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
(9)申立理由5(進歩性;取消理由として不採用)
本件訂正前の請求項2に係る発明は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、訂正前の請求項3に係る発明は、甲第1号証に記載された発明及び甲第3号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
(10)証拠方法
甲第1号証:特開2019-173172号公報
甲第2号証:特開平6-101059号公報
甲第3号証:特開2018-131378号公報
甲第4号証:山下弘巳、外2名編、「固体表面キャラクタリゼーション 機能性材料・ナノマテリアルのためのスペクトロスコピー」、株式会社講談社、2022年 3月28日、p.151-155
甲第5号証:久保亮五、外3名編、「岩波 理化学辞典 第4版」、株式会社岩波書店、1994年 7月18日、p.1342-1343
2 令和 7年 1月24日付けで通知した取消理由の概要
(1)取消理由1
上記1(5)の申立理由2-3(サポート要件)と同旨
第5 当合議体の判断
以下に述べるように、特許異議申立書に記載した申立ての理由及び当審において通知した取消理由によっては、本件特許の請求項1、2、4に係る特許を取り消すことはできない。また、請求項3が本件訂正により削除されたことにより、申立人による請求項3に係る特許異議の申立てについては、申立ての対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。
1 申立理由1-1(明確性要件)
(1)ア 申立人は、「本件発明1には、「ホウ素の濃度の変動係数」、「ナトリウムの濃度の変動係数」との発明特定事項が記載されている。
そして、本件明細書の段落【0060】の記載によれば、この「変動係数」は、測定対象の酸化マグネシウムをペレットに成形し、その表面から深さ約5μmまで、深さ方向に250点の測定点において、D-SIMSを用いて微量元素濃度を測定し、その250点の測定濃度から、平均値(μ)及び標準偏差(σ)を求めた上、標準偏差(σ)/平均値(μ)にて算出されるものである。
ここで、この微量元素濃度の測定においては、深さ方向に約0.02μmごとに、表面から深さ約5μmまで測定することは規定されているものの、平面方向においては、どのような範囲での濃度が測定されているかは規定されておらず、平面方向のばらつきは一切考慮していない。平面上のどのような範囲で測定するかによって、平均値(μ)及び標準偏差(σ)が大きく変動することが予測されるから、このような測定から算出された「変動係数」が、どこまで酸化マグネシウム中の微量元素の濃度のばらつきを反映しているのかは不明である。
また、深さ方向も表面から約5μmまでしか測定していないが、その範囲で微量元素の濃度のばらつきが収まっている理由もなく、同じ酸化マグネシウムであっても、測定試料(実際のペレット)によって、「変動係数」が大きく異なることがあり得る。」
イ 「そして、測定箇所によって平均値(μ)が影響を受けることは、実施例において、D-SIMSを用いて測定されたホウ素及びナトリウムの濃度の平均値(μ)から換算される含有量と、発光分光分析装置(ICP)によって測定された含有量とが大きく異なっていることからも推測できる。」
ウ 「さらに、SIMSによる測定は細かな条件設定が必要であることが技術常識であるし、少なくとも、SIMSによる定量分析では、一次イオンの選択が重要であるにもかかわらず、本件明細書には、D-SIMSの測定において照射する一次イオンビームの種類が記載されていない。一次イオンビームの種類が異なれば、その測定値も異なり、当然、変動係数も異なってくることは明らかである。」
エ 「以上のように、具体的な測定条件によって、値が大きく変動してしまう指標を用いた場合、ある酸化マグネシウムが、本件発明の範囲にあるか否かを特定することは困難である。また、本件発明2~4についても同様である。」
オ 「なお、本件発明3においては、水酸化マグネシウム中のホウ素又はナトリウムの濃度の変動係数が記載されている。他方、本件明細書の段落【0060】には、酸化マグネシウム中の微量元素の変動係数の測定方法しか記載がなく、水酸化マグネシウム中の微量元素の変動係数がどのように測定されるかの記載はない。また「変動係数」は、当該技術分野において一般的に用いられているパラメータでないことから、具体的な測定方法や定義なしでは当業者が理解できないパラメータである。これらのことからすれば、この点においても、本件発明3の記載は不明確である。
よって、本件発明1~4について、特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号に適合するものではないから、同発明に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。」旨主張する。
(2)以下、検討する。
ア(ア)本件明細書の以下の記載がある。
「【0060】
1.微量元素の濃度と、その平均値、標準偏差及び変動係数
微量元素の濃度、その平均値、標準偏差及び変動係数については以下の方法で求めた。
(1)測定対象の酸化マグネシウム(粉体)を準備した。
(2)その酸化マグネシウムを、縦4mm×横4mmのペレットに成形して、試料とした。
(3)試料を、アルバック・ファイ社製のD-SIMS(Dynamic Secondary Ion Mass Spectrometry)PHI ADEPT-1010にセットする。そして、一次加速電圧が5.0kVの条件で、試料の表面から深さ約5μmまで、深さ方向に250点の測定点での微量元素の濃度を測定した。
(4)測定された250点の微量元素の濃度に基づいて、微量元素の濃度の平均値(μ)及び標準偏差(σ)を求めた。
(5)変動係数を、標準偏差(σ)/平均値(μ)により算出した。
なお、D-SIMSの各測定点での微量元素の濃度は、粒子一個一個の微量元素の濃度とは必ずしも言えない。測定点が5μm/250=0.02μm毎に存在し、その測定間隔は概ね酸化マグネシウムの粒子径よりも小さい。したがって、各測定点での微量元素の濃度は、粒子一個一個よりも詳細な微量元素の濃度に近似できる。」
「【0064】
(1)試料について
実施例1、実施例2、比較例1及び比較例2の試料は以下のようにして製造された。」
(イ)上記記載によれば、微量元素の濃度の測定に用いられたペレットは、実施例1、実施例2、比較例1及び比較例2に記載されるそれぞれの製造方法によって製造された酸化マグネシウムの粉末を無作為に成形したものであると解される。
そうであれば、ペレット内の酸化マグネシウムの分布はその方向によらずほぼ均質であるから、ペレットの平面方向、深さ方向等、どの方向の微量元素の濃度を測定しても、微量元素の濃度のばらつきはほぼ同等であるといえるため、測定する方向や範囲によって平均値(μ)、標準偏差(σ)及び変動係数が大きく変動するとはいえない。また、実際にそのようなことを示す具体的な根拠も見当たらない。
したがって、上記のようなペレットを測定試料とすることを前提とすれば、深さ方向に約0.02μmごとに表面から深さ約5μmまで測定するだけでも、各実施例及び比較例の酸化マグネシウム中の微量元素の濃度のばらつきを評価することができるといえる。また、同じ酸化マグネシウムであっても、測定試料(実際のペレット)によって、「変動係数」が大きく異なるとはいえない。
イ また、本件明細書の表1には、D-SIMSを用いて測定されたホウ素及びナトリウムの濃度の平均値(μ)から換算される含有量と、発光分光分析装置(ICP)によって測定された含有量とが異なっていることが示されているが、同一の試料の微量元素の濃度をD-SIMS及びICPで測定したときに、D-SIMSを用いて測定された微量元素の濃度の平均値(μ)から換算される含有量と、ICPによって測定された含有量とが同一になるかは不明であり、両者の相違が測定箇所(測定方向)の違いによって生じたのかは不明である。
したがって、測定試料における実際の測定箇所によって、平均値(μ)の値が影響を受けているとはいえない。
ウ さらに、SIMSによる測定において、細かな条件設定が必要であることが技術常識であり、少なくとも、SIMSによる定量分析では、一次イオンの選択が重要なのであれば、当業者は、測定対象であるホウ素及びナトリウムの濃度を測定するのに最適な一次イオンを選択するはずであり、他の測定条件についても、当業者であれば、測定対象に応じて適正化するものといえる。
エ 以上のとおりであるから、申立人の上記(1)の主張はいずれも採用できない。
また、上記第2のとおり、本件特許の請求項3が本件訂正により削除されたから、本件訂正前の請求項3に係る発明に対する、申立理由1-1(明確性要件)については、判断を要しない。
(3)したがって、本件発明1、2、4について、特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が明確であるから、申立理由1-1(明確性要件)によっては、本件特許の請求項1、2、4に係る特許を取り消すことはできない。
2 申立理由1-2(明確性要件)
(1)申立人は、「本件発明3には、「乱流が生じている状態」との発明特定事項が記載されている。
他方、本件明細書には、「乱流が生じている状態」について、どのような状態を意味するのかについて、一切説明がされていない。
ここで、技術常識からは、単に乱流と言っただけでは、「乱れを含む流れ」を意味するにすぎず、技術的に十分に特定がなされているとは言い難く、通常であれば、レノルズ数を規定するなどして乱流を技術的に定義する必要があると考えられる。
しかしながら、本件明細書には、「乱流が生じている状態」についての定義の記載もなく、さらに、レノルズ数も、レノルズ数を計算するための情報(管の直径、平均速度、動粘性率など)も全く記載されていないから、「乱流が生じている状態」との記載は不明確である。
よって、本件発明3について、特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号に適合するものではないから、同発明に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。」旨主張する。
(2)一方、上記第2のとおり、本件特許の請求項3が本件訂正により削除されたから、本件訂正前の請求項3に係る発明に対する、申立理由1-2(明確性要件)については、判断を要しない。
3 申立理由2-1(サポート要件)
(1)申立人は、「上記1のとおり、変動係数は、理論上測定条件によって大きく変動する値であるといえるから、仮に測定された「変動係数」に基づき、本件発明1~4の範囲にある酸化マグネシウム、その製造方法等に含まれるとされたものであったとしても、実際には、本件発明の課題を解決し得ない酸化マグネシウム、その製造方法等が含まれることが理論上予測される。
よって、本件発明1~4は、発明の詳細な説明の記載により、当業者が当該発明の課題が解決できると認識できる範囲を超えるものであるといえ、サポート要件を充足しない。
また、上記2のとおり、本件明細書には、「乱流が生じている状態」についての定義がなく技術的に十分に特定されていないものであることから、仮に「乱流が生じている状態」と判断した方法であっても、実際には、不十分な乱流状態であって、本件発明の課題を解決し得ない焼鈍分離剤用酸化マグネシウムの製造方法も含まれていることが予測される。この点においても、本件発明3は、サポート要件を充足しない。
よって、本件発明1~4について、特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に適合するものではないから、同発明に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。」旨主張する。
(2)しかしながら、上記1で述べたとおり、本件発明1、2、4について、特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が明確であるから、申立人の上記(1)の主張は、その前提を欠くものであり採用できない。
また、上記第2のとおり、本件特許の請求項3が本件訂正により削除されたから、本件訂正前の請求項3に係る発明に対する、申立理由2-1(サポート要件)については、判断を要しない。
(3)したがって、本件発明1、2、4について、特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであるから、申立理由2-1(サポート要件)によっては、本件特許の請求項1、2、4に係る特許を取り消すことはできない。
4 申立理由2-2(サポート要件)
(1)申立人は、「本件発明1の課題は、酸化マグネシウム中の微量元素の濃度のばらつきが特定の範囲に抑制された焼鈍分離剤用の酸化マグネシウムを提供することであると理解される。
ここで、本件明細書によれば、「変動係数」は、酸化マグネシウム中のホウ素又はナトリウムの含有量の濃度のばらつきを反映したものであると説明されており、「変動係数」が低いことは、本件発明が達成すべき課題そのものである。
一方、本件発明1において、上記「変動係数」以外の具体的な課題の解決手段は記載されておらず(ホウ素、ナトリウムの含有量は当該課題の解決手段になり得ない)、当業者は、本件発明1が、本件発明の課題を解決できることを認識することはできないから、本件発明1はサポート要件を充足しない。
よって、本件発明1、2、4について、特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に適合するものではないから、同発明に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。」旨主張する。
(2)以下、検討する。
本件発明1が解決しようとする課題は、酸化マグネシウム中の微量元素の濃度のばらつきが抑制された焼鈍分離剤用の酸化マグネシウムを提供することである(本件明細書の段落【0005】)ところ、本件明細書の段落【0014】~【0027】の焼鈍分離剤用酸化マグネシウムに関する記載、段落【0063】~【0079】の実施例の記載によれば、ホウ素及びナトリウムの各濃度の変動係数を含む、請求項1に記載される発明特定事項を有する本件発明1に係る焼鈍分離剤用の酸化マグネシウムが、酸化マグネシウム中の微量元素の濃度のばらつきが抑制された焼鈍分離剤用の酸化マグネシウムであると理解できるから、当業者は、発明の詳細な説明の記載により、本件発明1が、本件発明の課題を解決できると認識できる。また、請求項1の記載を引用する本件発明2、本件発明1と同様の発明特定事項を有する本件発明4についても同様である。
以上のとおりであるから、申立人の上記(1)の主張は採用できない。
(3)したがって、本件発明1、2、4について、特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであるから、申立理由2-2(サポート要件)によっては、本件特許の請求項1、2、4に係る特許を取り消すことはできない。
5 申立理由2-3(サポート要件)、取消理由1(サポート要件)
(1)取消理由通知において、概略以下のとおり指摘した。
本件訂正前の請求項3に係る発明は、酸化マグネシウムの製造方法において、その反応工程において形成される水酸化マグネシウムについて、「前記水酸化マグネシウム中の前記ホウ素の含有量」、「前記水酸化マグネシウム中の前記ホウ素の濃度の変動係数」、「前記水酸化マグネシウム中の前記ナトリウムの含有量」及び「前記水酸化マグネシウム中の前記ナトリウムの濃度の変動係数」との発明特定事項を有するものである。
一方、本件明細書には、酸化マグネシウムにおけるホウ素の含有量及びホウ素の濃度の変動係数、酸化マグネシウムにおけるナトリウムの含有量及びナトリウムの濃度の変動係数については記載があるものの、水酸化マグネシウムにおけるホウ素の含有量及びホウ素の濃度の変動係数、水酸化マグネシウムにおけるナトリウムの含有量及びナトリウムの濃度の変動係数については記載がない。
また、酸化マグネシウムにおけるホウ素、ナトリウムの含有量及びホウ素、ナトリウムの濃度の変動係数と水酸化マグネシウムにおけるホウ素、ナトリウムの含有量及びホウ素、ナトリウムの濃度の変動係数とが同じであるかも不明である。
そうすると、「前記水酸化マグネシウム中の前記ホウ素の含有量」、「前記水酸化マグネシウム中の前記ホウ素の濃度の変動係数」、「前記水酸化マグネシウム中の前記ナトリウムの含有量」及び「前記水酸化マグネシウム中の前記ナトリウムの濃度の変動係数」との発明特定事項は、発明の詳細な説明において、記載も示唆もされていない事項であるから、本件訂正前の請求項3に係る発明について、特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものでない。
(2)一方、上記第2のとおり、本件特許の請求項3が本件訂正により削除されたから、本件訂正前の請求項3に係る発明に対する、申立理由2-3(サポート要件)、取消理由1(サポート要件)については、判断を要しない。
6 申立理由3-1(実施可能要件)
(1)ア 申立人は、「本件発明における「変動係数」は、当該技術分野において一般的に使用されるパラメータではなく、本件特許の発明者が設定した独自のパラメータである。このような独自のパラメータを満たす発明を実施することは当業者であっても困難であるため、本件明細書には特に詳細に実施方法(特に、製造方法)を説明することが必要であるといえる。
しかしながら、本件明細書には、そのパラメータを満たすために、いかなる具体的な製造条件が必要であるかについては、一切記載がない。しかも、「変動係数」自体、どのような製造条件により影響を受け得るものであるかついてさえも一切の記載がないため、所望のホウ素及びナトリウムの濃度の変動係数を有する酸化マグネシウムを得るためには、あらゆる製造条件について検討が必要となる。このため、本件特許を実施するにあたって、具体的な製造条件を設定するために、当業者に期待する程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験が必要とされる。
イ なお、本件明細書に開示される三つの方法のうち、第一の方法、第二の方法については、反応工程では、撹拌により乱流が生じている状態で反応させるとある(段落【0033】、【0034】)。そして、攪拌させながら反応させることで元素濃度のばらつきが抑制されることは通常の技術常識から予測されることから、攪拌条件を調整すれば、「変動係数」を調整し得るとも考えられる。
しかしながら、本件明細書の実施例1と実施例2とを比較すると、実施例1の攪拌回転数は450rpm、実施例2の撹拌回転数は600rpmであり、実施例2は実施例1よりも強い乱流状態で反応が行われているにもかかわらず、実施例2のホウ素及びナトリウムの濃度の変動係数は、実施例1よりも大きい値となっている。また、実施例2と比較例1とを比較すると、実施例2の攪拌回転数は600rpm、比較例1の撹拌回転数は450rpmであり、実施例2は比較例1よりも強い乱流状態で反応が行われているにもかかわらず、実施例2のホウ素の濃度の変動係数は、比較例1よりも大きい値となっている。さらに、いずれの実施例及び比較例においても、ホウ素原料とナトリウム原料を添加するタイミングが同じであるにもかかわらず、ホウ素とナトリウムとで、その変動係数は異なるものとなっている。
これらからすれば、単に攪拌条件の調整のみで、「変動係数」を調整し得るわけでないことがわかる。
ウ さらに、第三の方法は、微量元素の原料の粉末と水酸化マグネシウムの粉末とを混合して焼成する方法であることからして、そもそも粉末状態において混合するのみでも、それを焼成すれば「変動係数」を調整可能であることが本件明細書から示唆されている。すなわち、焼成条件によっても「変動係数」(元素濃度のばらつき)は変化するということであるから、反応工程において十分に撹拌して反応させたとしても、焼成条件によっては、「変動係数」が本件発明の範囲にならない可能性も十分にある。そして、焼成条件により「変動係数」を調整できることは、当技術分野における技術常識としてよく知られているというような事実は一切なく、どのように焼成条件を調整すればよいかは当業者であっても全く分からない。
これらのことは、本件発明1と同様の発明特定事項を有する本件発明2~4についても同様である。
よって、本件発明1~4について、発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に適合するものではないから、同発明に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。」旨主張する。
(2)以下、検討する。
ア 本件明細書の段落【0028】~【0050】には、焼鈍分離剤用の酸化マグネシウムの製造方法に関する記載があり、段落【0033】~【0035】には、3種類の方法で、本件発明の酸化マグネシウムを得ることができることが記載されている。
また、段落【0063】~【0079】の実施例には、具体的な製造条件を明示した上で、本件発明の酸化マグネシウムを製造したことも記載されている。
イ そうすると、本件明細書に、本件発明の「変動係数」を満たす発明を実施する方法(製造方法)や、具体的な製造条件が記載されていることは明らかであるから、当業者であれば、期待する程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験を要することなく、本件発明1、2、4を実施できることが理解できるものといえる。
また、上記第2のとおり、本件特許の請求項3が本件訂正により削除されたから、本件訂正前の請求項3に係る発明に対する、申立理由3-1(実施可能要件)については、判断を要しない。
そして、申立人の上記(1)イの主張は、撹拌回転数が大きければ、乱流状態が強くなることを前提としていると解されるが、乱流状態の強さ(レイノルズ数(Re)=d2・n・ρ/μ(d:翼径、n:回転数、ρ:液密度、μ:粘度))が、攪拌の回転数のみで決まるものではないことは技術常識であり(住友重機械プロセス機器株式会社のウェブページ、「撹拌講座 初級コース その6 動力変化で流れが見えますか(後編)」(https://www.shi-pe.shi.co.jp/products/mixing/lecture/basic006/)参照。)、また、実施例1、2及び比較例1は、攪拌回転数以外にも、水酸化マグネシウムスラリーを得るための手順や条件も異なっているから、撹拌回転数の大小と、変動係数の大小とが異なることに技術的な矛盾があるとはいえない。
また、上記(1)ウの主張は、焼成条件によって、「変動係数」が本件発明の範囲にならない可能性を述べたに過ぎず、具体的な根拠を示すものではない。仮に、焼成条件によって「変動係数」が変化することがあったとしても、本件明細書の段落【0038】~【0043】には、どのように焼成条件を調整すればよいかが記載されているから、当業者であれば、期待する程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験を要することなく、「変動係数」を所定の範囲に調整できるといえる。
以上のとおりであるから、申立人の上記(1)の主張は採用できない。
(3)したがって、本件発明1、2、4について、本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものといえるから、申立理由3-1(実施可能要件)によっては、本件特許の請求項1、2、4に係る特許を取り消すことはできない。
7 申立理由3-2(実施可能要件)
(1)申立人は、「「本件発明1における「ホウ素の涙度の変動係数は、0.50以下」、「ナトリウムの濃度の変動係数は、0.25以下」との構成要件は、前述のとおり、本件発明が達成すべき課題そのものであり、本件発明の課題である「酸化マグネシウム中の微量元素の濃度のばらつきが特定の範囲に抑制された」について数値化しただけの表現である。そのため、本件発明1は、この望ましい特性を満たす焼鈍分離剤をすべて包含する非常に広範な権利範囲である。
ここで、本件明細書の実施例には、特定の製造方法によって本件発明の焼鈍分離剤用酸化マグネシウムを製造したことの記載があるものの、上記のとおり、本件明細書に「変動係数」をどのように調整し得るかの手掛かりは一切ないことから、本件発明1に包含される非常の広範な範囲のほとんどの部分は当業者が実施することはできないといえ、本件発明1は、実施可能要件を充足しない。また、本件発明1を引用する本件発明2も実施可能要件を充足しない。
このことは、本件発明1と同様の発明特定事項を有する本件発明3、4についても同様である。
よって、本件発明1~4について、発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に適合するものではないから、同発明に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。」旨主張する。
(2)以下、検討する。
上記6(2)アで述べたとおり、本件明細書の段落【0028】~【0050】には、焼鈍分離剤用の酸化マグネシウムの製造方法に関する記載があり、段落【0033】~【0035】には、3種類の方法で、本件発明の酸化マグネシウムを得ることができることが記載されている。
また、段落【0063】~【0079】の実施例には、具体的な製造条件を明示した上で、本件発明の酸化マグネシウムを製造したことも記載されている。
イ そうすると、本件明細書に、本件発明の「変動係数」を満たす発明を実施する方法(製造方法)や、具体的な製造条件が記載されていることは明らかであるから、当業者であれば、期待する程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験を要することなく、本件発明1、2、4を実施できることが理解できるものといえる。
また、上記第2のとおり、本件特許の請求項3が本件訂正により削除されたから、本件訂正前の請求項3に係る発明に対する、申立理由3-2(実施可能要件)については、判断を要しない。
8 申立理由4(新規性)、申立理由5(進歩性)
(1)甲第1号証に記載された発明
甲第1号証には、「焼鈍分離剤用の酸化マグネシウム及び方向性電磁鋼板の製造方法」(発明の名称)に関する記載があり、その請求項1、段落【0041】~【0044】の記載を前提に、特に、比較例1の酸化マグネシウムに着目すると、次の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。
<甲1発明>
ホウ素を1000質量ppm、ナトリウムを86質量ppm、塩素を50質量ppm、硫黄をSO3換算で1.10質量%含有し、かつホウ素とナトリウムと塩素と硫黄のモル比(Cl+S)/(B+Na)が1.44である焼鈍分離剤用の酸化マグネシウム。
(2)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
(ア)甲1発明における、「焼鈍分離剤用の酸化マグネシウム」は、本件発明1における、「焼鈍分離剤用の酸化マグネシウム」に相当する。
(イ)本件明細書の「酸化マグネシウムに含まれるホウ素の含有量は0.05~0.15質量%であることが好ましい。」(段落【0041】)との記載によれば、本件発明1の「焼鈍分離剤用の酸化マグネシウム」における、「ホウ素」及び「ナトリウム」の割合は、質量割合であると解されるから、甲1発明の「焼鈍分離剤用の酸化マグネシウム」が、「ホウ素を1000質量ppm、ナトリウムを86質量ppm」「含有」することは、本件発明1の「焼鈍分離剤用の酸化マグネシウム」が、「ホウ素及びナトリウムを含み、前記ホウ素の含有量は、980~1500ppmであり、」「前記ナトリウムの含有量は、8~200ppmである」ことに相当する。
(ウ)そうすると、本件発明1と甲1発明とは、
「ホウ素及びナトリウムを含み、
前記ホウ素の含有量は、980~1500ppmであり、
前記ナトリウムの含有量は、8~200ppmである、
焼鈍分離剤用の酸化マグネシウム。」である点で一致し、以下の点で相違する。
<相違点1>
本件発明1の焼鈍分離剤用の酸化マグネシウムは、「ホウ素の濃度の変動係数は、0.50以下であり、」「ナトリウムの濃度の変動係数は、0.25以下である」のに対し、甲1発明の焼鈍分離剤用の酸化マグネシウムは、「ホウ素の濃度の変動係数」及び「ナトリウムの濃度の変動係数」が不明である点。
イ 判断
(ア)相違点1について
a 相違点1が実質的な相違点であるかについて
甲第1号証には、焼鈍分離剤用の酸化マグネシウム中の「ホウ素の濃度の変動係数」及び「ナトリウムの濃度の変動係数」の具体的な値が記載されていないから、甲1発明の焼鈍分離剤用の酸化マグネシウム中の「ホウ素の濃度の変動係数」及び「ナトリウムの濃度の変動係数」の値は不明である。また、技術常識を考慮しても、甲1発明の焼鈍分離剤用酸化マグネシウム中の「ホウ素の濃度の変動係数は、0.50以下であり、」「ナトリウムの濃度の変動係数は、0.25以下である」かも不明である。
よって、相違点1は、実質的な相違点である。
b 相違点1の容易想到性について
甲第1号証には、焼鈍分離剤用の酸化マグネシウム中の「ホウ素の濃度の変動係数」及び「ナトリウムの濃度の変動係数」に係る事項が何ら記載されていないから、甲1発明において、焼鈍分離剤用の酸化マグネシウム中の「ホウ素の濃度の変動係数」の値を、「0.50以下」、「ナトリウムの濃度の変動係数」の値を、「0.25以下」とすることが、当業者が容易に想到し得ることであるとはいえない。
c 小括
よって、本件発明1は、甲1発明であるとはいえず、また、甲1発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
d 申立人の主張について
(a)申立人は、「甲1-1発明の焼鈍分離剤用酸化マグネシウムは、塩化マグネシウム水溶液と水酸化カルシウム分散液を混合した上、その混合液にホウ酸、塩化ナトリウム等を添加し、4枚ばねの攪拌羽を使用して600rpmで攪拌しながら反応させて水酸化マグネシウムを得てこれを焼成することで製造されている(段落【0041】)。
一方、本件明細書には、本件発明の酸化マグネシウムの製造方法として、目的とする微量元素の原料と水酸化マグネシウム原料とを同時にアルカリ原料に添加するバッチ反応にて水酸化マグネシウムを合成し、その水酸化マグネシウムを焼成して酸化マグネシウムを得る方法があげられており(段落【0028】)、反応工程では、撹拌により乱流が生じている状態で反応させるとある。これは、明らかに甲1-1発明の製造方法と同様の方法ということができる。
そして、本件発明において、「変動係数」は、酸化マグネシウム中のホウ素又はナトリウムの含有量の濃度のばらつきを反映したものであると説明されており(段落【0017】、【0023】)、また、通常、攪拌させながら反応させることで元素濃度のばらつきが抑制されることは技術常識と言えるが、この点、甲1-1発明では、「4枚ばねの攪拌羽を使用して600rpmで攪拌しながら反応」させており、例えば、本件明細書の実施例1及び2と比較しても、より攪拌した状態において反応させている。
以上を考慮すれば、甲1-1発明の酸化マグネシウムにおいて、ホウ素及びナトリウムの濃度の変動係数は、本件発明で規定された数値範囲にある蓋然性が高いと言える。」旨主張する。
(b)しかしながら、上記6(2)イで述べたとおり、乱流が生じている状態であるか否かは、レイノルズ数を求めることにより判別できるところ、甲第1号証には、撹拌羽の翼径が記載されておらず、レイノルズ数を求めることができないから、甲1発明における撹拌が、乱流が生じている状態であるかは不明である。
そうすると、甲第1号証の記載の、塩化マグネシウム水溶液と水酸化カルシウム分散液を混合した上、その混合液にホウ酸、塩化ナトリウム等を添加し、4枚ばねの攪拌羽を使用して600rpmで攪拌しながら反応させて水酸化マグネシウムを得てこれを焼成することで製造された酸化マグネシウムは、「ホウ素の濃度の変動係数は、0.50以下であり、」「ナトリウムの濃度の変動係数は、0.25以下であ」るである蓋然性が高いとはいえない。
よって、申立人の上記主張は採用できない。
ウ 小括
以上のとおり、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明であるとはいえない。また、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(3)本件発明2について
甲第2号証には、「高反応性マグネシアを製造するにあたり、原料調整から最終粉砕工程を経て製造されるマグネシアにおいて、Mg,Ca,Ba,Cu,Fe,Zn,Mn,Zr,Co,Ni,Al,Sn,Vの中から選ばれる塩素化合物の1種又は2種以上をClとして0.005~0.060%含有するように調整」することが記載されている(請求項1)。
一方、本件発明2は、本件発明1の記載を引用するものであり、本件発明1の発明特定事項をすべて備えるものであるが、上記のとおり、本件発明1が、甲第1号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上、甲第2号証の記載を考慮しても、本件発明2についても同様に、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(4)本件発明4について
ア 対比・判断
本件発明4と甲1発明とを対比すると、両者は、少なくとも上記相違点1で相違する。
上記相違点1について検討すると、上記(2)イで述べた理由と同様の理由により、相違点1は、実質的な相違点であり、また、甲1発明において、焼鈍分離剤用の酸化マグネシウム中の「ホウ素の濃度の変動係数」の値を、「0.50以下」、「ナトリウムの濃度の変動係数」の値を、「0.25以下」とすることが、当業者が容易に想到し得ることであるとはいえない。
イ 小括
以上のとおり、本件発明4は、甲第1号証に記載された発明であるとはいえない。また、本件発明4は、甲第1号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
また、上記第2のとおり、本件特許の請求項3が本件訂正により削除されたから、本件訂正前の請求項3に係る発明に対する、申立理由5(進歩性)については、判断を要しない。
(5)まとめ
したがって、申立理由4(新規性)、申立理由5(進歩性)によっては、本件特許の請求項1、2、4に係る特許を取り消すことはできない。
第6 むすび
以上のとおりであるから、特許異議申立書に記載した申立ての理由及び当審において通知した取消理由によっては、本件特許の請求項1、2、4に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1、2、4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
そして、請求項3が本件訂正により削除されたことにより、申立人による請求項3に係る特許異議の申立てについては、申立ての対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。
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2024-701011