特許異議申立
2024-700622
緩衝器および緩衝器の製造方法
- 審判番号
- 2024-700622
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2020-143519
- 登録番号
- 7409998
- 請求日
- 2024年07月04日
- 審決日
- 2025年01月08日
- 公報発行日
- 2025年03月28日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】日立Astemo株式会社
- 【権利者代理人】ポレール弁理士法人
- 【異議申立人】森 貴子
- 審判長/審判官
- 審判長 平城 俊雅
- 審判官 中屋 裕一郎
- 審判官 尾崎 和寛
- 分類
- P1651.536-Y (F16F) / P1651.537-Y (F16F)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第4項第1号、特許法第36条第6項第2号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7409998号発明「緩衝器および緩衝器の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7409998号の請求項1~6に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7409998号の請求項1~6に係る特許についての出願は、令和2年8月27日に出願され、令和5年12月25日にその特許権の設定登録がされ、令和6年1月9日に特許掲載公報が発行された。本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。
令和6年 7月 4日 :特許異議申立人 森 貴子(以下、「申立人」という。)による請求項1~6係る特許に対する特許異議の申立て
令和6年 9月13日付け:取消理由通知書
令和6年11月18日 :特許権者による意見書の提出
令和6年12月19日 :申立人による上申書の提出
第2 本件発明
本件特許の請求項1~6に係る発明(以下「本件発明1」~「本件発明6」という。)は、本件特許の特許請求の範囲の請求項1~6に記載された次のとおりのものである。
【請求項1】
作動油が封入されたシリンダと、
前記シリンダの内部を移動可能なピストンロッドと、
前記シリンダに固定され、前記ピストンロッドと摺動するオイルシールと、を備え、
前記ピストンロッドの表面に6価クロムを含まない3価クロムめっき浴から得られたクロムを主成分とする硬質層を有し、
前記硬質層は、結晶質と非晶質の両方を含み、
X線回折測定において「2θ:30~140°、結晶質の半値幅:<3°、非晶質の半値幅:≧3°」としたときに下記(式1)から算出した結晶化率が5~26%であり、
結晶化率(ピーク積分強度比%)=(結晶質/(結晶質+非晶質))×100…(式1)
かつ、前記クロム以外の添加物 の含有量が2.3質量%以上4.3質量%以下であることを特徴とする緩衝器。
【請求項2】
前記添加物は、水素、炭素、窒素および酸素のうちの少なくとも1つの元素を含むことを特徴とする請求項1に記載の緩衝器。
【請求項3】
前記添加物は、硫黄成分を含んでいないことを特徴とする請求項2に記載の緩衝器。
【請求項4】
前記硬質層のビッカース固さHVが800HV以上 であることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の緩衝器。
【請求項5】
前記硬質層の表面粗さRzが0.6μm以下であることを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の緩衝器。
【請求項6】
作動油が封入されたシリンダと、
前記シリンダの内部を移動可能なピストンロッドと、
前記シリンダに固定され、前記ピストンロッドと摺動するオイルシールと、を備える緩衝器の製造方法において、
前記ピストンロッドの表面に3価のクロムを主成分とする硬質層からなるめっき膜を形成するめっき工程を有し、
前記硬質層は、結晶質と非晶質の両方を含み、
X線回折測定において「2θ:30~140°、結晶質の半値幅:<3°、非晶質の半値幅:≧3°」としたときに下記(式1)から算出した結晶化率が5~26%であり、
結晶化率(ピーク積分強度比%)=(結晶質/(結晶質+非晶質))×100…(式1)
かつ、前記クロム以外の添加物の含有量が2.3質量%以上4.3質量%以下であり、
前記めっき工程は、6価クロム塩を含まず、3価クロム塩、カルボン酸、pH緩衝剤および伝導塩を含み、かつ、pH≦0.1であるめっき浴中において、陰極電流密度を100A/dm2以上として実施することを特徴とする緩衝器の製造方法。
第3 取消理由通知書に記載した取消理由の概要
当審において、請求項1~6に係る特許に対して通知した取消理由の概要は、次のとおりである。
理由1.(サポート要件) 本件特許に係る出願は、特許請求の範囲の記載が以下の点で不備のため、以下の請求項に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
1.本件発明1について
本件発明1に含まれる、3価クロムめっき浴から得られたクロムを主成分とする硬質層に「クロム以外の添加物」として「硫黄」を含む発明は、出願時の技術常識に照らして本件発明が解決しようとする課題を解決できると当業者が認識できる範囲のものであるということはできない。
したがって、本件発明1は、当業者が本件発明が解決しようとする課題を解決できると認識できる範囲を超えるものであり、発明の詳細な説明に記載されたものでない。
2.本件発明2、4及び5について
請求項2、4及び5は、請求項1の記載を直接的又は間接的に引用しており、上記1.と同様に、本件発明2、4及び5は、当業者が本件発明が解決しようとする課題を解決できると認識できる範囲を超えるものであり、発明の詳細な説明に記載されたものでない。
3.本件発明6について
請求項6には、めっき工程で形成される3価のクロムを主成分とする硬質層の「クロム以外の添加物」を具体的に特定する記載がないため、本件発明6は、めっき工程で形成される3価のクロムを主成分とする硬質層の「クロム以外の添加物」として「硫黄」を含んだ発明も含んでいる。
そうすると、上記1.と同様に、本件発明6は、当業者が本件発明が解決しようとする課題を解決できると認識できる範囲を超えるものであり、発明の詳細な説明に記載されたものでない。
第4 当審の判断
1.本件発明1について
本件発明が解決しようとする課題は、「人体および環境への影響が懸念される6価クロムを使用せず、3価クロムを用いて、高硬度と低摩擦力とを高いレベルで両立する緩衝器および緩衝器の製造方法を提供すること」(本件特許明細書の段落【0006】)である。
当該課題に対し、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、「[本発明の基本思想]」として、次の記載がある(下線は当審が付したもの。)。
「【0015】
一方、硬質6価クロムめっき膜の代替技術として検討されている3価クロムめっき膜は、めっき浴成分として、めっき浴の析出安定性や皮膜硬度を向上させるために、3価クロム化合物以外に、錯化剤、伝導性塩、pH緩衝剤および結晶化剤などの種々の添加剤が含まれる。そのため、結晶質である6価クロムめっき膜とは異なり、めっき膜中にクロム以外の炭素、窒素、酸素および水素など多くの添加物を含むため、基本的には非晶質となる。このため、3価クロムめっき膜は、6価クロムめっき膜と比較して、めっき後の研磨加工によって平滑性を向上させることが困難であり、摩擦力に関しては硬質6価クロムめっき膜より高くなることが判明した。
【0016】
本発明者は、3価クロムめっき膜において、高硬度と低摩擦力とを高いレベルで両立することを目指し、鋭意研究を重ねてきた。その結果、硬質3価クロムめっき膜において、非晶質成分と結晶質成分の割合を調整し、クロム以外の添加物を含むことで、めっき膜の表面粗さおよび摩擦力を低減し、緩衝器に好適なめっき膜を得られることを見出した。本発明は、該知見に基づくものである。」
また、結晶化率と添加物量の関係について、次の記載がある。
「【0024】
[硬質3価クロムめっき膜の結晶化率]
硬質3価クロムめっき膜の下記式で求められる結晶化率は、5~26%であることが好ましい。めっき膜の添加物含有量と相関性が見られ、添加物含有量の増加に伴い結晶化率は低下する傾向が確認された。この原因は、添加物が結晶性を低下させるためと推察される。・・・(略)・・・」
これらの記載から、本件発明の基本思想は、従来の3価クロムめっき膜では多くの添加物を含むため基本的には非晶質となっていたところ、平滑性を向上させ、かつ、摩擦力を低下させるために、3価クロムめっき膜が結晶質と非晶質の両方を含むようにすること、そのために従来は多く含まれていた添加物の量を調整することであると認められる。
そして、この基本思想を実現する具体的な条件について、本件特許明細書の発明の詳細な説明において、「したがって、本発明の硬質3価クロムめっき膜の添加物含有量は、2.3質量%以上4.3質量%以下とすることが好ましい。」(本件特許明細書の段落【0023】)、「硬質3価クロムめっき膜の下記式で求められる結晶化率は、5~26%であることが好ましい。」(本件特許明細書の段落【0024】)と特定している。さらに、本件特許明細書の段落【0032】~【0048】から、この添加物含有量の条件を満たす硬質3価クロムめっき膜が、結晶質と非晶質の両方を含むものとなり、従来の硬質3価クロム膜(本件明細書段落【0043】【表1】の「比較例2」)よりも表面粗さが小さく(平滑性が向上。)、摩擦力も低くできることが確認できる。
以上のことから、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されている本件発明が解決しようとする課題に対する解決手段は、硬質3価クロムめっき膜の添加物含有量を2.3質量%以上4.3質量%以下に調整することで、結晶化率が5~26%である結晶質と非晶質の両方を含む硬質3価クロムめっき膜を得ることであると認められる。
他方で、本件特許明細書の段落【0044】には、「また、本発明の硬質3価クロムめっき膜の添加物成分は、硬質6価クロムめっき膜と従来の硬質3価クロムめっき膜とは異なり、硫黄成分を含んでいないことが判明した」との記載がある。この記載に関し、本件特許明細書の段落【0043】【表1】において、硫黄を含まない硬質3価クロムめっき膜(実施例1~3)が、結晶質と非晶質の両方を含み、表面粗さが小さく、摩擦力も低くできるのに対し、硫黄を含む硬質3価クロムめっき膜(比較例1)が結晶質を含まず、非晶質のみとなり、表面粗さが大きく、摩擦力も高い点が示されている。
しかし、比較例1は、添加物の含有量が21.4質量%であり、そもそも「2.3質量%以上4.3質量%以下」という、本件発明が解決しようとする課題に対する解決手段として特定されている添加物含有量から大きく外れている。そして、本件特許明細書の段落【0024】には「めっき膜の添加物含有量と相関性が見られ、添加物含有量の増加に伴い結晶化率は低下する傾向が確認された」との記載があり、段落【0052】には「この結果から、結晶化率は添加物含有量の増加に伴い低下し、添加物含有量が約5質量%を超えると非晶質となることが判明した。」との記載があるところ、これらの記載は、結晶化率が低下する原因、すなわち非晶質となる原因として、添加物の種類ではなく、添加物の量に着目している。以上のような事項を踏まえれば、比較例1が結晶質を含まず、非晶質のみとなっていることに関し、添加物として硫黄を含んでいることが、その直接的な原因であるとまでは言えない。すなわち、添加物として硫黄を含まないようにすることが、結晶質と非晶質の両方を含む硬質3価クロムめっき膜を得る上での必須の事項であるとまでは言えない。
そうすると、上記本件特許明細書の段落【0044】の記載は、実施例1~3と公知の従来技術をベースにして作製した硬質3価めっき膜(比較例2)の性状を調査したところ、結果的に「硫黄成分を含んでいないことが判明した」とことを記述しているに過ぎないと解するのが妥当であり、この記載が、本件発明が解決しようとする課題に対する解決手段として、添加物として硫黄を含まないことが必須の事項であることを述べるものであると解することはできない。
したがって、上述のとおり、本件特許明細書の発明の詳細な記載されている本件発明が解決しようとする課題に対する解決手段は、硬質3価クロムめっき膜の添加物含有量を2.3質量%以上4.3質量%以下に調整することで、結晶化率が5~26%である結晶質と非晶質の両方を含む硬質3価クロムめっき膜を得ることであると認められる。
これに対し、本件発明1は上記「第2」のとおりである。
よって、本件発明1は、発明の詳細な説明の記載において本件発明が解決しようとする課題を解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものではなく、発明の詳細な説明に記載されたものである。
本件発明1は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしている。
なお、特許権者が令和6年11月18日に提出した意見書で述べている「結果的に「・・・硫黄成分を含んでいないことが判明した」ものであり」との主張に対して、申立人は、令和6年12月19日に提出した上申書において、結果的に判明したものかどうかはサポート要件の判断には関係がなく、「特許請求の範囲の記載がサポート要件を満たすか否かの判断は、請求項に係る発明と、発明の詳細な説明に発明として記載されたものとを対比、検討してなされる。」べきであって、発明の詳細な説明の記載から客観的に判断されるべきであり、本件特許明細書の【0044】段落では、「本実施形態の硬質3価クロムめっき膜の添加物成分は」のような発明の限定を避ける記載ではなく、「本発明の硬質3価クロムめっき膜の添加物成分は、・・・硫黄成分を含んでいないことが判明した。」と本発明の説明として明示されているとし、本件特許明細書の【0044】の記載からは、本発明は硫黄成分を含んでいないとしか理解しようがない旨、主張している。
しかしながら、上記の当審の判断は、本件発明が解決しようとする課題を特定した上で、発明の詳細な説明の全体の記載から当該課題を解決するための手段を特定し、本件発明1が、発明の詳細な説明の全体の記載から当該課題を解決できると当業者が認識できる範囲のものとなっているか否かを客観的に判断したものであり、段落【0044】の記載によってその判断が左右されるものではない。
したがって、申立人の上記主張を採用することはできない。
2.本件発明2及び4~6について
本件発明2及び4~6は上記「第2」のとおりであり、本件発明2、4及び5は本件発明1を引用するものであり、「クロム以外の添加物」が「硫黄」を含まないとの特定がなく、本件発明6も本件発明1と同様に「クロム以外の添加物」が「硫黄」を含まないとの特定がない。
しかしながら、上記1.で述べたとおり、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されている、本件発明が解決しようとする課題に対する解決手段は、硬質3価クロムめっき膜の添加物含有量を2.3質量%以上4.3質量%以下に調整することで、結晶化率が5~26%である結晶質と非晶質の両方を含む硬質3価クロムめっき膜を得ることであると認められ、添加物として硫黄を含まないことが本件発明が解決しようとする課題に対する解決手段の必須の事項であるとまでは言えない。
したがって、上記1.と同様に、本件発明2及び4~6は、発明の詳細な説明の記載において本件発明が解決しようとする課題を解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものではなく、発明の詳細な説明に記載されたものである。
よって、本件発明2及び4~6は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしている。
第5 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
1.異議申立理由の概要
取消理由通知において採用しなかった異議申立理由として、申立人は、特許異議申立書において、以下の異議申立理由を主張している。
(1)本件発明1について
ア.特許法第36条第6項第1号
本件発明1は、次の点で特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
(ア)発明の詳細の説明には、「硬質層は、熱処理されていない状態で結晶質と非晶質の両方を含み、結晶化率が5~26%」である発明が記載されているのみであり、「硬質層は、熱処理後の状態で結晶質と非晶質の両方を含み、結晶化率が5~26%」である発明は一切記載されていない。したがって、「硬質層は、熱処理後の状態で結晶質と非晶質の両方を含み、結晶化率が5~26%」である構成を含む本件発明1~6は、発明の詳細な説明において「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えるものである。
(イ)出願時の技術常識に照らしても、本件特許発明1に記載の「前記クロム以外の添加物」まで、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載された「水素、炭素、窒素および酸素」を拡張ないし一般化できるとはいえない。
イ.特許法第36条第4項第1号
熱処理後の状態で結晶化率が5~26%となるように実施しようとした場合に、出願時の技術常識に照らしても、どのようにしてそれを実現するかを理解できない。本件特許明細書の発明の詳細な説明は、本件発明1について、当業者が実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえないため、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
ウ.特許法第36条第6項第2号
本件発明1の「結晶化率が5~26%」は、熱処理されていない状態と熱処理後の状態との双方を含み、いずれの状態での数値かが不明であるため、本件発明1の範囲を明確に把握することができない。よって、本件発明1は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。
(2)本件発明2~5について
本件発明2、4、5の発明は本件発明1に従属し、本件発明3は間接的に本件発明1に従属する。よって、本件発明2~5も、本件発明1と同様の理由により、特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第4項第1号、及び特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たさない。
(3)本件発明6について
本件発明6は、製造方法に関する独立型請求項に関する発明であるが、本件発明1と同様に、「前記硬質層は、結晶質と非晶質の両方を含み、X線回折測定において「2θ:30~140°、結晶質の半値幅:<3°、非晶質の半値幅:、非晶質の半値幅≧3°」としたときに下記(式1)から算出した結晶化率が5~26%であり、結晶化率(ピーク積分強度比%)=(結晶質/(結晶質+非晶質))×100 …(式1)」との構成を有する。つまり、本件発明6は、本件発明1と同様に、「前記硬質層は、結晶質と非晶質の両方を含み、結晶化率が5~26%」を有する。よって、本件発明6も、本件発明1と同様の理由により、特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第4項第1号、及び特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たさない。
2.当審の判断
上記1.の異議申立理由に対する当審の判断は以下のとおりである。
(1)本件発明1について
ア.特許法第36条第6項第1号
(ア)本件発明1が熱処理後の状態の硬質層を含むことに関して
請求項1には、「3価クロムめっき浴から得られたクロムを主成分とする硬質層」が熱処理されたものか否かの特定はないから、本件発明1は、申立人が主張するように、“熱処理されていない状態”で「結晶質と非晶質の両方を含み」、「結晶化率が5~26%」である「3価クロムめっき浴から得られたクロムを主成分とする硬質層」を含んでいる。
これに対し、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されたている本件発明が解決しようとする課題の解決手段は、硬質3価クロムめっき膜の添加物含有量を2.3質量%以上4.3質量%以下に調整することで、結晶化率が5~26%である結晶質と非晶質の両方を含む硬質3価クロムめっき膜を得ることである。そして、本件明細書の段落【0032】~【0048】(特に、段落【0043】【表1】」)には、結晶化率がゼロ%の非晶質の比較例2では、表面粗さが大きく、摩擦力も高いのに対して、結晶化率が「5~26%」にある結晶質と非晶質の両方を含むものが表面粗さを小さく、摩擦力も低くできることが示されている。かかる記載から、表面粗さを小さくし、摩擦力を低くする上では、熱処理がされる前の状態か、熱処理後の状態かが重要なのではなく、結晶質と非晶質の両方を含む硬質3価クロムめっき膜を得ることができるか否かが重要であることが当業者には理解でき、そして、熱処理がされる前の状態か、熱処理後の状態かにかかわらず、結晶化率が「5~26%」にある結晶質と非晶質の両方を含む硬質3価クロムめっき膜を得ることができれば本件発明が解決しようとする課題を解決し得るであろうことを、当業者であれば認識できると認められる。
申立人は、「実施例1~3に記載の結晶化率5、10、26%は、熱処理されていない状態の数値である。」「本件特許の発明の詳細な説明の上記記載から、添加物含有量が約5質量%を超えると硬質3価クロムめっき膜は非晶質となり、添加物含有量5質量%以下の範囲では、結晶化率と添加物含有量に相関性があり、結晶化率5~26%は、添加物含有量が2.3~4.3質量%に対応する数値であって、熱処理されていない状態の数値であることがわかる」と主張するが(異議申立書第8頁第25行~第9頁第6行)、そうだとしても、そのことは、熱処理をした後に結晶化率が「5~26%」である結晶質と非晶質の両方を含むものが、熱処理をしたことが原因となって、表面粗さを小さくできず、摩擦力も低くできなくなることを意味しない。
また、申立人は、「[0043]段落の表1の実施例3(結晶化率26%)は、上述したとおり、 熱処理が施されていない例であるが、この実施例3において[0025]段落に記載の熱処理を施すと、結晶化率は本件特許発明1に記載の上限値である26%を超えることは明らかであるためこのことからも、熱処理が本件特許発明1の技術的範囲に含まれる構成として解釈することはできない」と主張するが(異議申立書第9頁第14~19行)、結晶化率が26%を超えるものはそもそも本件発明1に含まれない。他方で、例えば、本件特許明細書の段落【0043】【表1】の実施例1(結晶化率5%)については、結晶化率が26%を超えない範囲で熱処理する余地があるところ、この実施例1を結晶化率が26%を超えない範囲で適度に熱処理することで高硬度化を図りつつ(本件特許明細書の段落【0025】)、同時に本件発明が解決しようとする課題を解決できることを、当業者であれば認識できる。
したがって、申立人が主張するように、本件発明1は、“熱処理されていない状態”で「結晶質と非晶質の両方を含み」、「結晶化率が5~26%」である「3価クロムめっき浴から得られたクロムを主成分とする硬質層」を含んでいるとはいえ、本件発明1は、発明の詳細な説明の記載により当業者が本件発明が解決しようとする課題を解決できると認識できる範囲を超えるものではない。
よって、本件発明1は、発明の詳細な説明に記載されたものである。
(イ)本件発明1の「前記クロム以外の添加物」に関して
本件発明1においては、「前記クロム以外の添加物」に関し、それらが具体的に何であるかは特定されていない。
申立人は、発明の詳細な説明には、「前記クロム以外の添加物」が「水素、炭素、窒素および酸素」であるとの記載はあるが、添加物としてなぜ「水素、炭素、窒素および酸素」が効果的なのか等の作用機序に関する記載は一切ないところ、出願時の技術常識に照らしても、発明の詳細な説明に記載された「水素、炭素、窒素および酸素」以外の添加物でも、本件発明の上記課題を解決できることは当業者であっても理解できないから、本件発明1の「前記クロム以外の添加物」まで、拡張ないし一般化できるとはいえないと主張する(異議申立書第12頁第12行~第13頁第10行)。
上記第4 1.でも述べたとおり、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されている本件発明が解決しようとする課題の解決手段は、硬質3価クロムめっき膜の添加物含有量を2.3質量%以上4.3質量%以下に調整することで、結晶化率が5~26%である結晶質と非晶質の両方を含む硬質3価クロムめっき膜を得ることである。
そして、本件特許明細書の「[本発明の基本思想]」に係る【0015】及び【0016】の記載や、結晶化率と添加物量の関係に関する段落【0024】の記載から、「クロム以外の添加物」に関する重要な事項は、結晶質と非晶質の両方を含む硬質3価クロムめっき膜を得るため条件である「クロム以外の添加物」の“量”であって、その「クロム以外の添加物」の“種類”ではないことは、当業者であれば認識できるし、「クロム以外の添加物」として「水素、炭素、窒素および酸素」以外のものを含んでいたとしても、その添加物含有量を2.3質量%以上4.3質量%以下に調整し、結晶化率が5~26%である結晶質と非晶質の両方を含む硬質3価クロムめっき膜を得ることができれば、本件発明が解決しようとする課題を解決し得るであろうと、当業者であれば認識できる。
また、本件特許明細書の段落【0024】には、「硬質3価クロムめっき膜は、添加物として、水素、炭素、窒素および酸素などを含む。これらは、めっき浴に含まれるカルボン酸塩、pH緩衝剤および伝導塩などの有機成分に由来と推察される。」と記載されている。当該分野の技術常識を踏まえれば、当業者であれば、めっき浴に含まれる有機成分に由来するものとしてどのようなものがあり得るかは理解することはでき、当業者であれば、「クロム以外の添加物」を「水素、炭素、窒素および酸素」以外のものとすることも可能であるといえる。
したがって、本件発明1は、「クロム以外の添加物」として「水素、炭素、窒素および酸素」以外のものを含んだものを包含するとはいえ、本件発明1は、発明の詳細な説明の記載により当業者が本件発明が解決しようとする課題を解決できると認識できる範囲を超えるものではない。
よって、本件発明1は、発明の詳細な説明に記載されたものである。
イ.特許法第36条第4項第1号
本件発明1は、クロム以外の含有量を2.3質量%以上4.3質量%以下に調整することで、結晶化率が5~26%である結晶質と非晶質の両方を含むようにした3価クロムを主成分とする硬質層であるが、このクロム以外の含有量を調整することに関し、本件特許明細書の発明の詳細な説明には「また、添加物含有量は、めっき処理条件で異なり、特にpHと電流密度条件に大きく寄与していることが確認された」(段落【0022】)との記載があり、めっき浴のpHと電流密度条件が重要であることが理解できる。
そして、本件特許明細書の段落【0028】には、「めっき浴のpHは、強酸性が良好であり、pH0.1以下が好適である。pH4.0以上の場合は、結晶質と非晶質の両方を含んだめっき膜を得ることができない。電流密度としては、高い方が良好であり100A/dm2以上が好ましい。電流密度50A/dm2以下の場合は、pH0.1としても結晶質と非晶質の両方を含んだめっき膜を得ることができない。この原因は、上述したが結晶化率は電流密度(還元速度)とpH(錯体形成)が影響するためと推察する。」とあり、めっき浴のpHと電流密度条件が示されている。
その他、めっき浴に含むべき具体的な成分(段落【0027】)や温度その他の条件(段落【0029】)も本件特許明細書の発明の詳細な説明には記載されている。
さらには、本件特許明細書の段落【0032】及び【0033】には、実施例1~3の作成手順が示されている。
したがって、当業者であれば、これらの本件特許明細書における発明の詳細な説明の記載により、過度な試行錯誤を要することなく、めっき浴のpHや電流密度条件を含めた諸条件を設定することで、クロム以外の含有量を2.3質量%以上4.3質量%以下に調整し、結晶化率が5~26%である結晶質と非晶質の両方を含むようにした3価クロムを主成分とする硬質層を製造することができると認められる。
よって、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、本件発明1を当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものである。
申立人は、発明の詳細な説明の段落【0043】【表1】には実施例3として、結晶化率が26%である例が記載されているが、この結晶化率26%は熱処理されていない状態の数値であって、実施例3において熱処理を施すと、結晶化率は本件発明1に記載の上限値である26%を超えることは明らかであり、熱処理後の状態で結晶化率が5~26%となるように実施しようとした場合に、出願時の技術常識に照らしても、どのようにしてそれを実現するかを理解できない旨、主張している(異議申立書第14頁第5~16行)。
しかしながら、結晶化率が5~26%である結晶質と非晶質の両方を含むようにした3価クロムを主成分とする硬質層を得るためにまず重要となる条件は、クロム以外の含有量を2.3質量%以上4.3質量%以下に調整すること、そのためにめっき浴のpHと電流密度を適切に設定することであり、熱処理するか否かや、熱処理をどの程度するかではない。また、申立人は、実施例3熱処理を施すと結晶化率が26%を超えるというが、そのようなものはそもそも本件発明1に含まれるものではない。他方で、例えば、本件特許明細書の段落【0043】【表1】の実施例1(結晶化率5%)であれば、結晶化率が26%を超えない範囲で熱処理する余地があり、熱処理したとしても、その熱処理の程度によっては、結晶化率を26%よりも小さくおさえた結晶質と非晶質の両方を含む3価クロムを主成分とする硬質層を得ることが可能であることは、当業者であれば理解できる。
したがって、申立人の上記主張は採用することはできない。
ウ.特許法第36条第6項第2号
本件発明1は、6価クロムを含まない3価クロムめっき浴から得られたクロムを主成分とする硬質層が結晶質と非晶質の両方を含み、その「結晶化率が5~26%であり」、また、硬質層が含む「前記クロム以外の添加物の含有量が2.3質量%以上4.3質量%以下」であると特定されており、これの特定事項は明確である。そして、硬質層の「結晶化率」及び「前記クロム以外の添加物の含有量」はいずれも当業者であれば測定可能なものであり、第三者は、ピストンロッドの表面に6価クロムを含まない3価クロムめっき浴から得られたクロムを主成分とする硬質層を有する緩衝器が本件発明1の範囲に含まれるか否かを判断することは可能である。
したがって、本件発明1は明確である。
申立人は、本件発明1は、熱処理されていない状態と熱処理後の状態との双方を含むが、本件発明1は、熱処理に大きく影響する結晶化率を発明の構成とする以上、「結晶化率が5~26%」が熱処理の前後のいずれの数値であるかを明確にする必要があり、そうしないと、第三者の実施品が本件発明1の技術的範囲に入るか否かを理解できないため、第三者に不利益が生じると主張する(異議申立書第14頁第13行~第15頁第8行)。
しかし、結晶化率に熱処理が大きく影響するからといって、そのことが、本件発明1の発明特定事項が不明確になる理由にはならない。本件発明1は、熱処理された状態か否かは特定されていないものの、硬質層が熱処理された状態のものか、熱処理されていない状態のものかに関わらず、最終製品である緩衝器として、硬質層の結晶化率が5~26%のものが本件発明1に含まれるという点は明確である。そして、本願発明1は明確であるから、第三者に不利益が生じるものではない。
したがって、申立人の上記主張は採用することはできない。
エ.小括
以上のとおり、本件発明1について、いずれの申立人の主張も採用することはできず、本件発明1は、特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第4項第1号、及び特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしている。
(2)本件発明2~5について
申立人は、本件発明2~5も、本件発明1と同様の理由により、特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第4項第1号、及び特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たさないと主張する。
しかし、本件発明1については上記(1)のとおりである。
したがって、本件発明1と同様に、本件発明2~5も、特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第4項第1号、及び特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしている。
(3)本件発明6について
申立人は、本件発明6も、本件発明1と同様の理由により、特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第4項第1号、及び特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たさないと主張する。
しかし、本件発明1については上記(1)のとおりである。
したがって、本件発明1と同様に、本件発明6も、特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第4項第1号、及び特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしている。
第6 むすび
したがって、本件発明1~6に係る特許は取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、取り消すことはできない。
また、他に本件発明1~6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
審決本文(J-PlatPat)
J-PlatPatの審決検索トップを開きます。番号入力で「審判番号」を選び、下の番号を貼り付けて検索してください。
J-PlatPat 審決検索を開く
2024-700622