特許異議申立
2024-700297
焼鈍分離剤用酸化マグネシウム及び方向性電磁鋼板
- 審判番号
- 2024-700297
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2023-539262
- 登録番号
- 7360572
- 請求日
- 2024年04月01日
- 審決日
- 2024年08月30日
- 公報発行日
- 2024年10月25日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】タテホ化学工業株式会社
- 【権利者代理人】弁理士法人 津国
- 【異議申立人】前田 洋志
- 審判長/審判官
- 審判長 井上 猛
- 審判官 佐藤 陽一
- 審判官 池渕 立
- 分類
- P1651.113-Y (C23C) / P1651.121-Y (C23C) / P1651.536-Y (C23C) / P1651.537-Y (C23C)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第1項第3号、特許法第29条第2項、特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第4項第1号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7360572号発明「焼鈍分離剤用酸化マグネシウム及び方向性電磁鋼板」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7360572号の請求項1~6に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7360572号(以下「本件特許」という。)の請求項1~6に係る特許についての出願は、2023年(令和 5年) 3月30日(優先権主張 令和 4年 3月31日)を国際出願日とする出願(特願2023-539262号。以下「本願」という。)であって、令和 5年10月 3日にその特許権の設定登録がなされ、同年10月12日にその特許掲載公報が発行されたものである。
その後、令和 6年 4月 1日に、請求項1~6(全請求項)に係る特許に対し、特許異議申立人である前田 洋志(以下「申立人」という。)により特許異議の申立てがされた。
第2 本件発明
本件特許の請求項1~6に係る発明は、本願の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1~6に記載された事項により特定される、次のとおりのものである(以下、請求項1~6に係る発明を、それぞれ「本件発明1」~「本件発明6」という。また、これらを総称して「本件発明」という。)。
「【請求項1】
BET比表面積が12.0m2/g以上30.0m2/g以下であって、水銀圧入式細孔分布測定による細孔のモード径が0.1μm以上0.4μm未満であり、細孔のモード容積が1.3cm3/g以上である焼鈍分離剤用酸化マグネシウム。
【請求項2】
CAA40%が50秒以上170秒以下であり、Clの含有量が500ppm以下、体積基準の累積50%粒子径(D50)が0.5μm以上7.0μm以下である、請求項1に記載の焼鈍分離剤用酸化マグネシウム。
【請求項3】
Zn、Zr、Ni、Co、Mnの合計含有量が200ppm以上10000ppm以下である、請求項1または2に記載の焼鈍分離剤用酸化マグネシウム。
【請求項4】
Znの含有量が200ppm以上10000ppm以下である、請求項1または2に記載の焼鈍分離剤用酸化マグネシウム。
【請求項5】
請求項1または2に記載の焼鈍分離剤用酸化マグネシウムを含む焼鈍分離剤。
【請求項6】
鋼板表面にSiO2被膜を形成する工程と、
請求項5に記載の焼鈍分離剤をSiO2被膜の表面に塗布し、焼鈍することにより、鋼板表面にフォルステライト被膜を形成する工程と
を含む、方向性電磁鋼板の製造方法。」
第3 特許異議の申立ての理由の概要
申立人は、証拠方法として、後記する甲第1号証~甲第23号証を提出し、以下の申立理由1~4により、本件特許の請求項1~6に係る特許は取り消されるべきものである旨主張している。
1 申立理由1(新規性、進歩性)
本件発明1、2、5、6は、甲第1号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであるか、甲第1号証に記載された発明及び甲第3~20号証に記載された事項に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
2 申立理由2(新規性、進歩性)
本件発明1、2、5、6は、甲第2号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであるか、甲第2号証に記載された発明及び甲第3~20号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
3 申立理由3(サポート要件)
Znを含有しない比較例1(Zn<1ppm)は、BET比表面積、細孔のモード径、CAA40%、Clの含有量及び体積基準の累積50%粒子径(D50)が、いずれも、本件発明1、2で規定する範囲内である。しかも、比較例1の細孔のモード容積(1.27cm3/g)は、小数第2位を四捨五入すれば、本件発明1で規定する(1.3cm3/g以上)の範囲内となり、また、この範囲の下限値に近接しているにもかかわらず、被膜外観及び密着性は、どちらも「×」となっている。そうすると、本件発明において、酸化マグネシウムにおけるZnの含有は、所期する効果を発揮させるために多大な影響を与えることが明らかである。このため、酸化マグネシウムにおけるZnの含有を規定していない本件発明1、2、5、6は、本願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の発明の詳細な説明において、「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えている。
また、Znの含有により、どのような機序(現象)によって所期する効果が得られるのかについては全く不明であり、更には、Znと、それ以外の元素(Zr、Ni、Co、Mn)との共通性も不明であり、何らの立証もされていない。このため、酸化マグネシウムに含有される元素がZnに限定されていない本件発明3は、本件明細書の発明の詳細な説明において、「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えている。
さらに、比較例1(Zn<1ppm)と実施例1(Zn:718ppm)とのZn含有量(および、それによる効果の差)を考慮すると、Zn含有量が下限値「200ppm」近辺である場合に、所期する効果が得られるか全く不明であり、本件明細書を見ても、その点に関して、何ら立証はされていない。このため、Zn含有量が「200ppm以上」であることを規定した本件発明4は、本件明細書の発明の詳細な説明において、「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えている。
よって、本件発明1~6について、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に適合するものではないから、同発明に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
4 申立理由4(実施可能要件)
本件明細書において、所期する効果が得られることが具体的に実証されているのは、Zn含有量が718ppm以上である場合のみである。そうすると、実施例1のように所定量以上のZnを添加することなしに、「公知の方法」を組み合わせて所期する効果が得られるかについては全く不明であり、そのような「焼鈍分離剤用酸化マグネシウム」を得るためには、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤等が必要となる。このため、本件明細書の発明の詳細な説明は、Zn含有量が718ppm未満である部分を含む本件発明1~6について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていない。
よって、本件発明1~6について、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に適合するものではないから、同発明に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
5 証拠方法
・甲第1号証:国際公開第01/83848号
・甲第2号証:国際公開第02/34965号
・甲第3号証:「細孔分布の表現法」、[online]、株式会社島津製作所、[令和6年3月8日検索]、インターネット
<URL:https://www.an.shimadzu.co.jp/service-support/technical-support/analysis-basics/powder/lecture/practice/p02/lesson06/index.html>
・甲第4号証:国際公開第2013/051270号
・甲第5号証:特開昭55-50433号公報
・甲第6号証:特開昭62-156227号公報
・甲第7号証:特開平5-295423号公報
・甲第8号証:特開平6-101059号公報
・甲第9号証:特開平6-212249号公報
・甲第10号証:特開平9-71811号公報
・甲第11号証:特開平10-88242号公報
・甲第12号証:特開平10-88243号公報
・甲第13号証:特開平10-88244号公報
・甲第14号証:特開2001-303258号公報
・甲第15号証:特開2002-275534号公報
・甲第16号証:特開2004-162112号公報
・甲第17号証:特開2005-171387号公報
・甲第18号証:特開2014-193790号公報
・甲第19号証:特開2017-179459号公報
・甲第20号証:特開2019-173172号公報
・甲第21号証:特願2023-549890号(サポート要件に関する事例1)の国際公開(国際公開第2023/190621号)
・甲第22号証:特願2023-549890号(サポート要件に関する事例1)の審査段階における拒絶理由通知書(起案日:令和 5年10月 3日)
・甲第23号証:特願2023-549890号(サポート要件に関する事例1)の審査段階における手続補正書(提出日:令和 5年11月14日)
第4 当審の判断
以下に述べるように、特許異議申立書に記載した申立ての理由によっては、本件特許の請求項1~6に係る特許を取り消すことはできない。
1 申立理由1(新規性、進歩性)
(1)甲第1号証に記載された発明
甲第1号証には、第3ページ第26行~第4ページ第18行及び図1、特に、図1に係る記載に着目すると、次の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。
<甲1発明>
下記図1中の曲線Aで示される水銀圧入式細孔分布測定から求めた累積細孔容積曲線を示す、酸化マグネシウムを主成分とする粒子集合体。
[図:0001415315000001.jpg]
(2)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
(ア)甲1発明における「酸化マグネシウムを主成分とする粒子集合体」は、本件発明1における「酸化マグネシウム」に相当する。
(イ)そうすると、本件発明1と甲1発明とは、
「酸化マグネシウム」である点で一致し、以下の点で相違する。
<相違点1-1>
本件発明1は、「BET比表面積が12.0m2/g以上30.0m2/g以下」であるのに対し、甲1発明は、「BET比表面積」が「12.0m2/g以上30.0m2/g以下」の範囲内であるのか不明である点。
<相違点1-2>
本件発明1は、「水銀圧入式細孔分布測定による細孔のモード径が0.1μm以上0.4μm未満」であるのに対し、甲1発明は、「水銀圧入式細孔分布測定による細孔のモード径」が「0.1μm以上0.4μm未満」の範囲内であるのか不明である点。
<相違点1-3>
本件発明1は、「水銀圧入式細孔分布測定による細孔のモード容積が1.3cm3/g以上」であるのに対し、甲1発明は、「水銀圧入式細孔分布測定による細孔のモード容積」が「1.3cm3/g以上」の範囲内であるのか不明である点。
<相違点1-4>
本件発明1は、「焼鈍分離剤用」の酸化マグネシウムであるのに対し、甲1発明は、その用途が不明である点。
イ 判断
(ア)事案に鑑み、まず、相違点1-2、相違点1-3を検討する。
a 相違点1-2、相違点1-3が実質的な相違点であるかについて
甲第1号証には、酸化マグネシウム粒子集合体の「水銀圧入式細孔分布測定による細孔のモード径」(以下「モード径」という。)及び「水銀圧入式細孔分布測定による細孔のモード容積」(以下「モード容積」という。)の具体的な値が記載されていないから、甲1発明の粒子集合体における、モード径及びモード容積の値は不明である。また、技術常識を考慮しても、甲1発明の粒子集合体のモード径の値が「0.1μm以上0.4μm未満」であるかは不明であり、また、モード容積の値が「1.3cm3/g以上」であるかも不明である。
よって、相違点1-2、相違点1-3は、実質的な相違点である。
b 相違点1-2、相違点1-3の容易想到性について
甲第1号証において、図1は、酸化マグネシウム粒子集合体の第一変曲点径、粒子間空隙量及び粒子内空隙量を導出するに当たり、導出に用いられる粒子集合体の累積細孔容積曲線を、一例として示した図である(第4ページ第7~18行)。
そして、上記のとおり、甲第1号証には、累積細孔容積曲線から、第一変曲点径、粒子間空隙量及び粒子内空隙量を導出することは記載されているものの、甲1発明の粒子集合体のモード径及びモード容積については、何ら記載されていないから、甲1発明の粒子集合体において、モード径の値を「0.1μm以上0.4μm未満」、モード容積の値を「1.3cm3/g以上」とすることが動機付けられるとはいえない。これは、甲第3号証に、積算細孔容積分布曲線をLog微分細孔容積分布曲線に変換できることが記載され、Log微分細孔容積分布曲線から、モード径及びモード容積を読み取ることができるとしても変わるものではない。
したがって、甲1発明において、相違点1-2、相違点1-3に係る特定事項を備えようとすることは、当業者が容易に想到し得ることであるとはいえない。
c 申立人の主張について
申立人は、特許異議申立書において、甲第1号証の図1の累積細孔容積曲線Aを変換して、log微分細孔容積分布曲線を求め、その曲線から、モード径及びモード容積を読み取ると、それぞれ、「約0.18μm」、「約1.84cm3/g」となるから、甲1発明の粒子集合体は、本件発明1の「モード径が0.1μm以上0.4μm未満」及び「モード容積が1.3cm3/g以上」との条件を満足する旨を主張する(特許異議申立書第42~43ページの(イ-4))。
しかしながら、特許異議申立書第43ページのlog微分細孔容積分布曲線は、甲第3号証のFig.3のLog微分細孔容積分布曲線に比べて、不自然にノイズを多く含む鋸歯状の曲線であり、正確なものとはいえないから、この曲線から読み取ったモード径及びモード容積の値は適正なものとはいえない。
すなわち、本件明細書の【0019】及び甲第3号証には、累積細孔容積曲線をlog微分細孔容積分布曲線に変換できる旨の記載はあるものの、上記bで述べたとおり、甲第1号証の図1は、酸化マグネシウム粒子集合体の第一変曲点径、粒子間空隙量及び粒子内空隙量を導出するに当たり、導出に用いられる粒子集合体の累積細孔容積曲線を、一例として示した図である。そして、甲第1号証の図1は、第一変曲点等の導出過程が理解できる程度の解像度で示した図に過ぎず、粒子集合体の累積細孔容積曲線をlog微分細孔容積分布曲線に変換できる程度に正確に表したものとはいえないから、変換されたlog微分細孔容積分布曲線も正確なものとはいえない。
そもそも、特許異議申立書には、第43ページのグラフにおけるlog微分細孔容積分布曲線の導出過程の詳細が何ら記載されておらず、当該log微分細孔容積分布曲線が、本件明細書の【0019】の記載に従って、甲第1号証の図1の累積細孔容積曲線Aを適正に変換したものかどうかは不明であるから、このグラフに示された、モード径が「約0.18μm」、モード容積が「約1.84cm3/g」との値が妥当なものとはいえない。例えば、第43ページのグラフにおける累積細孔容積曲線は、甲第1号証の図1の累積細孔容積曲線Aを上下方向に引き延ばす等の加工が施されたものであるが、仮に、log微分細孔容積分布曲線が加工を施した累積細孔容積曲線を変換したものであれば、元の甲第1号証の図1の累積細孔容積曲線Aを適正に変換した曲線であるとはいえず、ここから読み取ったモード径及びモード容積の値は適正なものとはいえない。
上記のとおりであるから、申立人の主張は採用できない。
(イ)次に、相違点1-1を検討する。
a 相違点1-1が実質的な相違点であるかについて
甲第1号証には、酸化マグネシウム粒子集合体の「BET比表面積」の具体的な値が記載されていないから、甲1発明の粒子集合体における、BET比表面積の値は不明である。また、技術常識を考慮しても、甲1発明の粒子集合体のBET比表面積の値が「12.0m2/g以上30.0m2/g以下」であるかは不明である。
よって、相違点1-1は、実質的な相違点である。
b 相違点1-1の容易想到性について
甲第4~6、13~19号証には、酸化マグネシウムのBET比表面積又は比表面積を特定の範囲に制御することが記載されている。また、甲第4~6、13~15、17~19号証には、当該比表面積の範囲が酸化マグネシウムの反応性やフォルステライトの生成を考慮して定められたことも記載されている。
そして、これらの甲号証に記載されるBET比表面積の範囲は甲号証ごとに異なるものの、本件発明1に包含される範囲として、12~25m2/g(甲第19号証)のものが知られているから(甲第13、17号証は、「比表面積」が「BET比表面積」であるのか不明である。)、甲1発明の粒子集合体において、酸化マグネシウムの反応性やフォルステライトの生成を考慮して、BET比表面積を適正化することに、動機付けがあると解する余地がある。
ここで、甲第1号証に記載された酸化マグネシウム粒子集合体の製造方法(第7ページ第28行~第8ページ第19行、第10ページ第17行~第13ページ第1行、実施例1~3を参照。)を前提として、甲1発明の粒子集合体のBET比表面積を適正化したときに、甲1発明の累積細孔容積曲線Aが、甲第1号証における「第一変曲点径が0.30×10-6m以下」、「粒子間空隙量が1.40×10-3~2.20×10-3m3/kg」、「粒子内空隙量が0.55×10-3~0.80×10-3m3/kg」(請求の範囲等を参照。)との各条件を満たさなくなる程度に変化して別の曲線となってしまうとすると、甲1発明を含む甲第1号証に記載された発明の前提を欠くことになる。
そこで、甲第1号証の記載を検討すると、甲第1号証の記載から、甲1発明の累積細孔容積曲線Aが上記の各条件を満たさなくなる程度に変化することなく維持したままで、甲1発明の粒子集合体のBET比表面積を適正化できるかどうかは不明であるから、そのようなことが不明なままで、甲1発明の粒子集合体において、BET比表面積を適正化することが動機付けられるとはいえない。
一方、甲第3~20号証には、甲1発明の累積細孔容積曲線Aが上記の各条件を満たさなくなる程度に変化することなく維持したままで、甲1発明の粒子集合体のBET比表面積を適正化できることが何ら記載されておらず、また、そのようなことが技術常識であるともいえない。
そうすると、甲第3~20号証の記載や技術常識を考慮しても、どのようにすれば、甲第1号証に記載された酸化マグネシウム粒子集合体の製造方法を前提として、甲1発明の累積細孔容積曲線Aが上記の各条件を満たさなくなる程度に変化することなく維持したままで、甲1発明の粒子集合体のBET比表面積を適正化できるかは不明であるから、甲1発明の粒子集合体において、BET比表面積を「12.0m2/g以上30.0m2/g以下」と適正化することは、当業者が容易に想到し得ることとはいえない。
したがって、甲1発明において、相違点1-1に係る特定事項を備えようとすることは、当業者が容易に想到し得ることであるとはいえない。
c 申立人の主張について
申立人は、特許異議申立書において、本件発明1のBET比表面積の範囲と、甲第4~6、14、15、17~19号証に記載されるBET比表面積の範囲は、ほぼ同程度であり重複し、上下限の限定理由も同様であり、一方、これら甲号証の公開日を踏まえると、甲第1号証の優先日前後において、BET比表面積の好適な数値範囲は、各甲号証のものと実質的には変わらず同等であるから、「均一で十分な厚みを有する」フォルステライト被膜を得ている甲第1号証(第17ページ第15~19行、表4)においても、当然、フォルステライト被膜を得るために用いた酸化マグネシウム粒子集合体のBET比表面積は、適正な範囲となっているはずであり、甲1発明のBET比表面積は、本件発明1の範囲を満たしている蓋然性が高い旨を主張する(特許異議申立書第51~52ページの(ウ-5-4))。
しかしながら、フォルステライト被膜の被膜特性は、BET比表面積のみで決まるわけではないから(甲第1号証の実施例)、甲第1号証において、均一で十分な厚みのフォルステライト被膜が得られるからといって、甲1発明の粒子集合体におけるBET比表面積が、本件発明1の範囲を満たしているとはいえない。
上記のとおりであるから、申立人の主張は採用できない。
(ウ)小括
以上のとおり、相違点1-4について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明であるとはいえず、また、本件発明1は、甲1発明及び甲第3~20号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
ウ 小括
したがって、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明であるとはいえない。また、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明及び甲第3~20号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(3)本件発明2、5、6について
本件発明2、5、6は、本件発明1の記載を直接又は間接的に引用するものであり、本件発明1の発明特定事項をすべて備えるものであるが、上記(2)で述べたとおり、本件発明1が、甲第1号証に記載された発明であるとはいえず、また、甲第1号証に記載された発明及び甲第3~20号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上、本件発明2、5、6についても同様に、甲第1号証に記載された発明であるとはいえず、また、甲第1号証に記載された発明及び甲第3~20号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(4)まとめ
したがって、申立理由1(新規性、進歩性)によっては、本件特許の請求項1、2、5、6に係る特許を取り消すことはできない。
2 申立理由2(新規性、進歩性)
(1)甲第2号証に記載された発明
甲第2号証には、第3ページ第8行~第4ページ第28行及び第1図、特に、第1図に係る記載に着目すると、次の発明(以下「甲2発明」という。)が記載されていると認められる。
<甲2発明>
下記第1図中の曲線Aで示される水銀圧入式細孔分布測定から求めた累積細孔容積曲線を示す、酸化マグネシウムを主成分とする粒子集合体。
[図:0001415315000002.jpg]
(2)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲2発明とを対比する。
(ア)甲2発明における「酸化マグネシウムを主成分とする粒子集合体」は、本件発明1における「酸化マグネシウム」に相当する。
(イ)そうすると、本件発明1と甲2発明とは、
「酸化マグネシウム」である点で一致し、以下の点で相違する。
<相違点2-1>
本件発明1は、「BET比表面積が12.0m2/g以上30.0m2/g以下」であるのに対し、甲2発明は、「BET比表面積」が「12.0m2/g以上30.0m2/g以下」の範囲内であるのか不明である点。
<相違点2-2>
本件発明1は、「水銀圧入式細孔分布測定による細孔のモード径が0.1μm以上0.4μm未満」であるのに対し、甲2発明は、「水銀圧入式細孔分布測定による細孔のモード径」が「0.1μm以上0.4μm未満」の範囲内であるのか不明である点。
<相違点2-3>
本件発明1は、「水銀圧入式細孔分布測定による細孔のモード容積が1.3cm3/g以上」であるのに対し、甲2発明は、「水銀圧入式細孔分布測定による細孔のモード容積」が「1.3cm3/g以上」の範囲内であるのか不明である点。
<相違点2-4>
本件発明1は、「焼鈍分離剤用」の酸化マグネシウムであるのに対し、甲2発明は、その用途が不明である点。
イ 判断
上記相違点2-1~相違点2~4は、上記1(2)ア(イ)の相違点1-1~相違点1~4と同様のものであるところ、上記1(2)イ(ア)、(イ)で甲第1号証について述べたことは、甲第2号証についても同様に当てはまるから、上記1(2)イ(ア)、(イ)で、相違点1-1~相違点1~3について検討したのと同様に理由により、相違点2-4について検討するまでもなく、本件発明1は、甲2発明であるとはいえず、また、本件発明1は、甲2発明及び甲第3~20号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
ウ 小括
したがって、本件発明1は、甲第2号証に記載された発明であるとはいえない。また、本件発明1は、甲第2号証に記載された発明及び甲第3~20号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(3)本件発明2、5、6について
本件発明2、5、6は、本件発明1の記載を直接又は間接的に引用するものであり、本件発明1の発明特定事項をすべて備えるものであるが、上記(2)で述べたとおり、本件発明1が、甲第2号証に記載された発明であるとはいえず、また、甲第2号証に記載された発明及び甲第3~20号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上、本件発明2、5、6についても同様に、甲第2号証に記載された発明であるとはいえず、また、甲第2号証に記載された発明及び甲第3~20号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(4)まとめ
したがって、申立理由2(新規性、進歩性)によっては、本件特許の請求項1、2、5、6に係る特許を取り消すことはできない。
3 申立理由3(サポート要件)
(1)ア 本件発明が解決しようとする課題は、「鋼板の表面に被膜の外観、被膜の密着性に優れたフォルステライト被膜を形成することができる焼鈍分離剤用酸化マグネシウムを提供すること」、「上記の焼鈍分離剤用酸化マグネシウムを用いた方向性電磁鋼板の製造方法を提案すること」(段落【0009】)であると認められる。
イ 一方、本件明細書の発明の詳細な説明には、以下の記載がある。
(ア)「【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために、これまで着目されてこなかった焼鈍分離剤用酸化マグネシウム粒子のマクロポア(概ね100nm以上)領域に着目して研究を行うこととし、とくにマクロな細孔を厳密に評価可能な方法である水銀圧入式細孔分布測定を用いて詳細な検討を行った結果、酸化マグネシウムの中でも、細孔のモード径及びモード容積を一定の範囲に調整した酸化マグネシウムが、被膜の外観、被膜の密着性に優れた方向性電磁鋼板を得るのにより適した酸化マグネシウムであることを見出し、本発明に至った」
(イ)「【0021】
水銀圧入式細孔分布測定による細孔のモード径が0.1μm以上0.4μm未満であり、細孔のモード容積が1.3cm3/g以上である酸化マグネシウムは、鋼板の表面に、被膜の外観、被膜の密着性に優れたフォルステライト被膜を形成することができる。一方、水銀圧入式細孔分布測定による細孔のモード径が0.1μm以上0.4μm未満であり、細孔のモード容積が1.3cm3/g未満である酸化マグネシウムは、鋼板の表面に、被膜の外観、被膜の密着性に優れたフォルステライト被膜を形成することができない。
【0022】
このように、酸化マグネシウム粒子の細孔のモード径及びモード容積が酸化マグネシウムの性能に与えることの詳細なメカニズムは、まだ明確に解明されてはないが、本発明者らは次のように考えている。まず、水銀圧入式細孔分布測定による細孔直径約0.1~0.4μmの範囲(すなわち本発明の細孔のモード径の範囲)は、酸化マグネシウムの一次粒子が凝集した二次粒子内の空隙の径に相当すると考えられる。そして、モード容積の値が大きいことは、細孔直径の分布が狭く、揃っていることを示すと考えられる。ここで、焼鈍分離剤用酸化マグネシウムは、その使用時に添加剤等とともに水に懸濁し、スラリー化して焼鈍分離剤とし、これを鋼板に塗布、乾燥したのち、最終仕上焼鈍をおこなうのであるが、スラリー化時において、酸化マグネシウムは水中に一定の時間留まり、一部の水和が進行する。また、焼鈍中には、焼鈍分離剤は、水分やCO2などを放出し、塗布時より体積が減少する。このとき、本発明の焼鈍分離剤用酸化マグネシウムは、細孔のモード容積が1.3cm3/g以上であり、二次粒子内の空隙が狭い範囲で揃っていると考えられるため、スラリー化時における水中での二次粒子凝集のほぐれや水和の進行の度合いが一様となる。このため、スラリー塗布時の均一性が保たれ、また、焼鈍中における水分やCO2などの放出による体積減少の影響のバラつきも低減される。その結果、焼鈍分離剤中の全ての酸化マグネシウム粒子が均質に被膜形成反応に寄与することできることから、均一な被膜が形成されるものと推測される。なお、細孔のモード径が小さすぎると二次粒子の凝集が強く、細孔のモード径が大きすぎると一次粒子間の隙間が大きすぎることから、細孔直径は0.1μm以上0.4μm未満の範囲にあるべきである。」
ウ 上記イに摘記した記載や、実施例において、モード径が0.1μm以上0.4μm未満であり、モード容積が1.3cm3/g以上の酸化マグネシウム(実施例1~5)を用いて形成したフォルステライト被膜の被膜外観及び密着性が優れ、モード容積が1.3cm3/g未満である酸化マグネシウム(比較例1)を用いて形成したフォルステライト被膜の被膜の外観及び密着性が劣っていることが示されていることからみて、本件発明が解決しようとする課題は、「焼鈍分離剤用酸化マグネシウム」の「水銀圧入式細孔分布測定による細孔のモード径が0.1μm以上0.4μm未満であり、細孔のモード容積が1.3cm3/g以上である」ことで解決できるといえる。
エ そして、本件発明1は、「水銀圧入式細孔分布測定による細孔のモード径が0.1μm以上0.4μm未満であり、細孔のモード容積が1.3cm3/g以上である焼鈍分離剤用酸化マグネシウム」との発明特定事項を備え、本件発明2~6は、本件発明1の記載を直接又は間接的に引用するものであって、本件発明1の発明特定事項をすべて備えるものであるから、本件発明1~6は、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえる。
オ よって、本件特許の特許請求の範囲の記載は、本件発明1~6について、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものである。
(2)ア 申立人は、特許異議申立書の第62~69ページの「エ 記載不備の理由(サポート要件)」において、概略、所定量のZnを含有しない本件発明1~6は、本件明細書の発明の詳細な説明において、当該発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えている旨主張する。
イ しかしながら、上記(1)で述べたとおり、本件発明1~6は、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるから、申立人の上記主張は採用できない。
ウ なお、申立人は、本件発明3及び4について個別にサポート要件違反を主張するが、当該主張は上記(1)の判断を左右するものではない。
(3)まとめ
以上のとおり、申立理由3(サポート要件)によっては、本件特許の請求項1~6に係る特許を取り消すことはできない。
4 申立理由4(実施可能要件)
(1)ア 申立人は、特許異議申立書の第69~70ページの「オ 記載不備の理由(実施可能要件)」において、概略、本件明細書において、所期する効果が得られることが具体的に実証されているのは、Zn含有量が718ppm以上である場合のみである。そうすると、実施例1のように所定量以上のZnを添加することなしに、「公知の方法」を組み合わせて所期する効果が得られるかについては全く不明であり、そのような「焼鈍分離剤用酸化マグネシウム」を得るためには、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤等が必要となる。このため、本件明細書の発明の詳細な説明は、Zn含有量が718ppm未満である部分を含む本件発明1~6について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていない旨主張する。
イ 以下、検討する。
(ア)本件明細書の発明の詳細な説明には、以下の記載がある。
「【0023】
本発明の焼鈍分離剤用酸化マグネシウムにおいて、酸化マグネシウムの細孔のモード径は、公知の方法により調整でき、例えば、水酸化マグネシウムの焼成温度及び時間を制御すること、酸化マグネシウムの粉砕、粉砕後のモード径を測定しての複数回粉砕、分級機を内蔵した粉砕機を用いた粉砕、さらに粉砕後のモード径を測定し、複数回焼成を行うことなどによっても調整することができる。
【0024】
細孔のモード容積は、種々の方法で調整することができ、例えば前駆体水酸化マグネシウムの二次粒子径の調整、前駆体水酸化マグネシウムの焼成条件の調整、金属元素の添加、酸化マグネシウムの粉砕、粉砕後のモード容積を測定しての複数回粉砕、分級機を内蔵した粉砕機を用いた粉砕、または複数の酸化マグネシウム粉末を混合することによりモード容積を調整するなどの方法があるが、これらに限定されない。例えば、焼鈍分離剤用酸化マグネシウムに金属元素としてZn、Zr、Ni、Co、Mnを所定の範囲で含有させ焼成することによって調整を行うことができ、典型的には、一定量のZn、Zr、Ni、Co、Mnを添加することによってモード容積を大きくするように調整できる。中でも、Znを好ましく用いることでモード容積の調整を安定的に行うことができ、典型的には一定量のZnを添加することによってモード容積の値を増加させるように調整できる。」
「【0036】
酸化マグネシウムのBET比表面積、CAA40%及びD50は、公知の方法により調整でき、例えば、次のような方法により行うことができる。すなわち、水酸化マグネシウムの製造工程中の反応温度及びアルカリ源の濃度を調整することにより、水酸化マグネシウムの一次粒子径及び二次粒子径を制御し、酸化マグネシウムのBET比表面積、CAA40%及びD50を調整することができる。また、粒子径を制御した水酸化マグネシウムの焼成温度及び時間を制御することによっても、酸化マグネシウムのBET比表面積、CAA40%及びD50を調整することができる。また、BET比表面積、CAA40%及びD50の調整方法として、粉砕後のBET比表面積、CAA40%及びD50を測定し、複数回焼成を行うことでも調整することができる。更に、焼成した酸化マグネシウムを、ジョークラッシャー、ジャイレトリークラッシャー、コーンクラッシャー、インパクトクラッシャー、ロールクラッシャー、カッターミル、スタンプミル、リングミル、ローラーミル、ジェットミル、ハンマーミル、ピンミル、回転ミル、振動ミル、遊星ミル、ボールミル等の粉砕機を使用して粉砕することによっても、酸化マグネシウムの粉砕後のBET比表面積、CAA40%及びD50を調整することができる。また、BET比表面積、CAA40%及びD50の調整方法として、粉砕後のBET比表面積、CAA40%及びD50を測定し、複数回粉砕を行うことでも調整することができる。また、分級機を内蔵した粉砕機を用いても酸化マグネシウムのBET比表面積、CAA40%及びD50を調整することができる。また、複数の酸化マグネシウム粉末を組み合わせて、それらを混合することによっても、BET比表面積、CAA40%及びD50の調整することができる。」
「【0050】
<実施例1>
濃度2.0mol/Lのマグネシウムイオンを含む苦汁に、水酸化カルシウムスラリーを、反応後の水酸化マグネシウム濃度が1.2mol/Lになるように添加し、混合液を得た。混合液を600rpmで攪拌しながら323Kにて7.0時間反応させた。その後、フィルタープレスで濾過し、水洗し、乾燥して水酸化マグネシウムを得た。この水酸化マグネシウムに、塩化亜鉛(関東化学製、試薬特級)を焼成後の酸化マグネシウム中のZnが720ppmとなるように混合した後、ロータリーキルンにより1173Kで0.5時間焼成したのち粉砕し、実施例1の酸化マグネシウム粉末を得た。なお、焼成は、酸化マグネシウムのCAA40%が70~90秒の範囲となる条件で行った。」
(イ)上記のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明1、2で特定される、BET比表面積等の各種の特性等が、水酸化マグネシウムの製造工程中の反応温度及びアルカリ源の濃度を調整することや、水酸化マグネシウムの焼成温度及び時間を制御することで調整することができることが記載され、また、実施例において、具体的な条件を明示した上で、本件発明1~6が実施できることが記載されている。そして、本件発明1~6は、Znの含有を許容するものである。
そうすると、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件発明1~6について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである。
(ウ)なお、申立人は、所定量以上のZnを添加することなしに、「公知の方法」を組み合わせて所期する効果(被膜外観、密着性)が得られるかは不明であり、そのような「焼鈍分離剤用酸化マグネシウム」を得るためには、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤等が必要となる旨を主張するが、そもそも、実施可能要件で問題とされるのは、物の発明については、請求項に記載された発明特定事項を備えた物を製造することができるかどうか等であるから、申立人の主張は、その前提において失当である。
ウ 以上のとおりであるから、申立人の主張は採用できない。
(3)まとめ
以上のとおり、申立理由4(実施可能要件)によっては、本件特許の請求項1~6に係る特許を取り消すことはできない。
第5 むすび
以上のとおりであるから、特許異議申立書に記載した申立ての理由によっては、本件特許の請求項1~6に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1~6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2024-700297