特許異議申立
2024-700231
ゴム複合物
- 審判番号
- 2024-700231
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2022-169471
- 登録番号
- 7346692
- 請求日
- 2024年03月12日
- 審決日
- 2025年07月24日
- 公報発行日
- 2025年10月31日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】株式会社スギノマシン
- 【権利者代理人】伊藤 高志
- 【異議申立人】森山 涼子
- 【異議申立人】関 秀平
- 審判長/審判官
- 審判長 細井 龍史
- 審判官 小出 直也
- 審判官 藤井 勲
- 分類
- P1651.113-YAA(C08L) / P1651.121-YAA(C08L) / P1651.536-YAA(C08L) / P1651.537-YAA(C08L)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第120条の5第2項、特許法第36条第6項第1号、特許法第29条第2項、特許法第120条の5第7項、特許法第120条の5第9項、特許法第36条第6項第2号、特許法第36条第4項第1号、特許法第29条第1項第3号、特許法第120条の8第1項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7346692号発明「ゴム複合物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7346692号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~7〕について訂正することを認める。
特許第7346692号の請求項1、3~7に係る特許を維持する。
特許第7346692号の請求項2に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7346692号(以下、「本件特許」という。)の請求項1~7に係る特許についての出願は、令和4年10月21日を出願日とする出願(特願2022-169471号)であって、令和5年9月8日に特許権の設定登録(請求項の数7)がされ、同年同月19日に特許掲載公報が発行されたものである。
その後、その特許に対し、令和6年3月12日に、特許異議申立人である森山 涼子(以下、「申立人A」という。)により特許異議の申立て(対象請求項:請求項1~7)がされ、同年同月18日に、特許異議申立人である関 秀平(以下、「申立人B」という。)により特許異議の申立て(対象請求項:請求項1~7)がされたものである。
その後の本件特許異議申立事件の主な手続の経緯は、次のとおりである。
令和6年 7月12日付け 取消理由通知
同年 8月26日 応対記録(特許権者:初回応対日)
同年 9月26日提出 訂正請求書及び意見書(特許権者)
同年10月 3日 手続補正書(方式)(特許権者)
同年 同月11日付け 通知書(申立人A及び同B宛て)
同年11月15日提出 意見書(申立人B)
令和7年 1月30日付け 取消理由通知(決定の予告)
同年 2月28日 応対記録(特許権者:初回応対日)
同年 4月 4日提出 訂正請求書及び意見書(特許権者)
同年 同月14日付け 通知書(申立人A及び同B宛て)
同年 5月15日提出 意見書(申立人B)
令和6年10月3日の手続補正書(方式)は、訂正請求書の「7 請求の理由」における誤記を補正したものである。
また、令和7年4月4日に提出された訂正請求書により、令和6年9月26日に提出された訂正請求書による訂正の請求は、特許法第120条の5第7項の規定により、取り下げられたものとみなす。
なお、申立人Aに対して、令和6年10月11日及び令和7年4月14日付け通知書により、訂正請求があった旨の通知をしたが、申立人Aからの応答はなかった。
第2 訂正の適否
1 請求の趣旨
令和7年4月4日付け訂正請求(以下「本件訂正請求」という。)による訂正(以下「本件訂正」という。)の請求の趣旨は、特許第7346692号の特許請求の範囲を、本訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1~7について訂正することを求める、というものである。
2 訂正の内容
本件訂正の内容は、以下のとおりである(当審注:下線は訂正箇所を示し、当審で付した。以下同様。)。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に、
「ゴム成分と、バイオマスナノファイバーとを含み、
前記バイオマスナノファイバーの粘度平均重合度が600以上であり、累積50%繊維径(D50)が2~100nmであり、
前記ゴム成分100質量部に対して、前記バイオマスナノファイバーを0.3~4.5質量部含有し、
前記バイオマスナノファイバーが、キチンナノファイバー、キトサンナノファイバー、及びセルロースナノファイバーのいずれかであるゴム複合物。」とあるのを、
「ゴム成分と、バイオマスナノファイバーとを含み、
前記バイオマスナノファイバーの粘度平均重合度が650±10又は850±10であり、累積50%繊維径(D50)が2~100nmであり、
前記ゴム成分100質量部に対して、前記バイオマスナノファイバーを0.3~4.5質量部含有し、
前記バイオマスナノファイバーが、キチンナノファイバー、キトサンナノファイバー、及びセルロースナノファイバーのいずれかであり、
前記バイオマスナノファイバーの累積50%繊維径(D50)と、累積10%繊維径(D10)と、累積90%繊維経(D90)とが下記式Aで表される関係を有するゴム複合物。
式A:(D90-D10)/D50≦2.5」に訂正する。
請求項1の記載を引用する請求項3~7も同様に訂正する。
(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2を削除する。
(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項3に、「請求項2」とあるのを、「請求項1」に訂正する。
(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項4に、「請求項1~3のいずれか1項」とあるのを、「請求項1又は3」に訂正する。
(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項5に、「請求項1~3のいずれか1項」とあるのを、「請求項1又は3」に訂正する。
(6)訂正事項6
特許請求の範囲の請求項6に、「架橋後の引張試験において、100%モジュラスが1.0~2.5MPaである請求項1~3のいずれか1項に記載のゴム複合物。」とあるのを、「ゴム複合物が架橋している架橋ゴム複合物の場合、その引張試験において、100%モジュラスが1.0~2.5MPaである請求項1又は3に記載のゴム複合物。」に訂正する。
(7)訂正事項7
特許請求の範囲の請求項7に、「架橋後の引張試験において、300%モジュラスが2.5~11.5MPaである請求項1~3のいずれか1項に記載のゴム複合物。」とあるのを、「ゴム複合物が架橋している架橋ゴム複合物の場合、その引張試験において、300%モジュラスが2.5~11.5MPaである請求項1又は3に記載のゴム複合物。」に訂正する。
(8)一群の請求項について
本件訂正前の請求項1~7について、請求項2~7は、それぞれ請求項1を直接又は間接的に引用するものであって、訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。
そうすると、本件訂正前の請求項1~7に対応する訂正後の請求項〔1~7〕は、一群の請求項である。
3 訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1について
訂正事項1は、本件訂正前の請求項1において、バイオマスナノファイバーの粘度平均重合度を限定し、さらにバイオマスナノファイバーの累積繊維径D10、D50、D90の関係を式A(当審注:「式A」は省略する。)を用いて限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。
そして、バイオマスナノファイバーの粘度平均重合度は本件明細書の段落【0040】に記載され、式Aについては、本件訂正前の請求項2、本件明細書の段落【0029】に記載されたものであるから、本件特許の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)に記載された事項の範囲内においてされたものである。
また、訂正事項1に係る訂正が、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではない。
(2)訂正事項2について
訂正事項2は、本件訂正前の請求項2を削除するものであるから、「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。
そして、訂正事項2は、本件訂正前の請求項2を削除するものであるから、本件明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではない。
また、訂正事項2に係る訂正が、実質上の特許請求の範囲の拡張又は変更する訂正ではない。
(3)訂正事項3について
訂正事項3は、本件訂正前の請求項3が、本件訂正前の請求項2を引用していたところ、訂正事項1により、本件訂正前の請求項2に係る発明特定事項が本件訂正前の請求項1に追加され、かつ、訂正事項2により本件訂正前の請求項2が削除されたことにあわせて、引用する請求項の整合性をとったものであるから、「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。
そして、訂正事項3は、本件訂正前の引用する請求項の整合性をとったものであるから、本件明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではない。
また、訂正事項3に係る訂正が、実質上の特許請求の範囲の拡張又は変更する訂正ではない。
(4)訂正事項4、5について
訂正事項4、5は、本件訂正前の請求項4、5が、本件訂正前の請求項2を引用していたところ、訂正事項2により本件訂正前の請求項2が削除されたため、本件訂正前の請求項4、5において、本件訂正前の請求項2を引用する記載を削除したものであるから、「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。
そして、訂正事項4、5は、訂正事項2により削除された本件訂正前の請求項2を引用する記載を削除したものであるから、本件明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではない。
また、訂正事項4、5に係る訂正が、実質上の特許請求の範囲の拡張又は変更する訂正ではない。
(5)訂正事項6、7について
訂正事項6、7は、本件訂正前の請求項6、7において、「架橋後の引張試験において、」であったものから、「ゴム複合物が架橋している架橋ゴム複合物の場合、その引張試験において、」と訂正し、さらに、本件訂正前の請求項6、7が、本件訂正前の請求項2を引用していたところ、訂正事項2により本件訂正前の請求項2が削除されたため、本件訂正前の請求項6、7において、本件訂正前の請求項2を引用する記載を削除したものである
前者については、本件訂正前の請求項6、7が引用する本件訂正前の請求項1に係る「ゴム複合物」が、架橋前のゴム複合物又は架橋後のゴム複合物のいずれかの場合を含むものであったところ、令和6年7月12日付け取消理由通知書における取消理由3(明確性要件違反)に対応して、本件訂正前の請求項6、7における「架橋物の引張試験」を「ゴム複合物が架橋している架橋ゴム複合物」の場合の引張試験であることに限定するものであるから、「特許請求の範囲の減縮」及び特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものである。
そして、後者については、本件訂正前の請求項6、7において、本件訂正前の請求項2を引用する記載を削除したものであるから、「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。
訂正事項6、7の前者について、本件明細書には、「未加硫のNR/CNFシートを得た。」のち(【0055】)、「このシートを、金型にはさみ、150℃で10分間プレス加硫することにより、厚さ2mmの加硫NR/CNFシート(ゴム複合物)を得」、引張強度試験を測定したこと(【0056】)が記載されている。
そして、後者は、訂正事項2により削除された本件訂正前の請求項2を引用する記載を削除したものである。
してみると、本件明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではない。
また、訂正事項6、7に係る訂正が、実質上の特許請求の範囲の拡張又は変更する訂正ではない。
4 独立特許要件について
訂正前の請求項1~7の全てについて特許異議の申立てがなされているので、特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項に規定する要件(いわゆる独立特許要件)は課されない。
5 本件訂正についてのまとめ
以上のとおり、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1及び3号に掲げる事項を目的とするものであり、同法同条第9項において準用する同法第126条第5及び6項の規定に適合するものであるから、本件訂正を認める。
第3 訂正後の特許請求の範囲の記載
本件訂正請求により訂正された請求項1~7に係る発明(以下、順に「本件発明1」等といい、まとめて「本件発明」ともいう。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1~7に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。
「【請求項1】
ゴム成分と、バイオマスナノファイバーとを含み、
前記バイオマスナノファイバーの粘度平均重合度が650±10又は850±10であり、累積50%繊維径(D50)が2~100nmであり、
前記ゴム成分100質量部に対して、前記バイオマスナノファイバーを0.3~4.5質量部含有し、
前記バイオマスナノファイバーが、キチンナノファイバー、キトサンナノファイバー、及びセルロースナノファイバーのいずれかであり、
前記バイオマスナノファイバーの累積50%繊維径(D50)と、累積10%繊維径(D10)と、累積90%繊維径(D90)とが下記式Aで表される関係を有するゴム複合物。
式A:(D90-D10)/D50≦2.5
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
前記バイオマスナノファイバーの累積50%繊維径(D50)と、前記累積10%繊維径(D10)とが下記式Bで表される関係を有する請求項1に記載のゴム複合物。
式B:0.3≦D10/D50≦0.7
【請求項4】
前記バイオマスナノファイバーの最頻径が2~20nmである請求項1又は3に記載のゴム複合物。
【請求項5】
前記バイオマスナノファイバーが機械解繊バイオマスナノファイバーである請求項1又は3に記載のゴム複合物。
【請求項6】
ゴム複合物が架橋している架橋ゴム複合物の場合、その引張試験において、100%モジュラスが1.0~2.5MPaである請求項1又は3に記載のゴム複合物。
【請求項7】
ゴム複合物が架橋している架橋ゴム複合物の場合、その引張試験において、300%モジュラスが2.5~11.5MPaである請求項1又は3に記載のゴム複合物。」
第4 特許異議申立書の申立理由、当審が通知した取消理由及び証拠方法
1 申立人Aが提出した特許異議申立書(以下「申立書」ということがある。)の申立理由
令和6年3月12日に申立人Aが提出した申立書に記載した申立理由の概要は以下のとおりである。
(1)申立理由A1(明確性要件違反)
本件特許の請求項1~7に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていないから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
理由の概要は以下のとおり。
請求項6には、「架橋後の引張試験において、」との特定があるところ、「架橋後」とは何を架橋した後を意味しているのか不明である。
仮に、請求項6が引用する「請求項1~3のいずれか1項に記載のゴム複合物」が「架橋後」のものを意図している場合、請求項6の「架橋後の」なる記載は、請求項1~3の「ゴム組成物」と請求項6の「ゴム組成物」との関係を不明確にしている。
仮に、請求項6で「ゴム複合物」を更に引用することを意図している場合、「ゴム複合物」を架橋する際の条件が、請求項6にも本件明細書にも開示されていないし、架橋されたゴムの物性は架橋時の温度、時間等により異なることが技術常識であるから、請求項6に規定される100%モジュラスが一義的に定まらない。
そして、請求項7は請求項6と同様の特定を有することから、上述と同様のことがいえる。
したがって、請求項6及び、請求項6及び7が引用する請求項1~3、請求項1~3を引用する請求項4及び5に係る発明、すなわち本件特許発明1~7は不明確である。
(2)申立理由A2(サポート要件違反)
本件特許の請求項1~7に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。
理由の概要は以下のとおり。
ア 本件明細書の段落【0009】の記載から、本件発明の課題は、「カーボンブラックを用いなくても、良好なゴム物性を発揮しうるゴム複合体を提供すること」であると認められ、同【0015】の記載から、「良好なゴム物性」とは、「補強材を含まないゴムに対して、例えば、高い破断強度を有することをいう。」と認められる。
イ バイオマスナノファイバーの重合度について
本件発明1では、「バイオマスナノファイバーの粘度平均重合度が600以上であ」ることが特定されているが、上限は特定されていない。
そして、本件明細書の実施例において、ゴム成分として天然ゴム(NR)ラテックス、バイオマスナノファイバーとして重合度の異なるCNFをゴム成分として、架橋したゴム複合物に対して破断強度を測定しているところ、表1及び表2を見ると、重合度が650(実施例4~6)、800(実施例7~9)、850(実施例10~13)と高くなるにつれて、破断強度が小さくなっていくことが理解できる。
そうすると、CNFの重合度が850を超えてさらに高くなれば、CNFを含有しない比較例の破断強度を下回る蓋然性が高い。
しかも、上記実施例では、特定の天然ゴム(NR)ラテックスと、表1に示される特定のCNFを、特定の量で用いた場合のみであるから、ゴム成分及びバイオマスナノファイバーが実施例のものと異なる場合、表2に示される破断強度と同等のものが実現できるか不明である。
してみると、バイオマスナノファイバーの重合度が600以上でありさえすれば本件発明の課題を解決できるという裏付けはされていないし、当業者の技術常識でもない。
ウ バイオマスナノファイバーの累積50%繊維径(D50)について
本件発明1では、「2~100nm」であることが特定されている。
本件明細書の実施例では、表1において、CNFのD50として、8.87nm、7.34nm、9.65nm、7.62nmが示されているのみであり、2~100nmという範囲に比べて著しく低い、ごく限られた範囲を例示するに過ぎないものである。
本件明細書の段落【0025】には、「累積50%繊維径(D50)が100nmを超えると、繊維のアスペクト比が小さくなり、ゴムへの添加時にゴムの破断伸びおよび破断強度のいずれかまたは両方が低下してしまう可能性がある。」ことが記載されているが、D50が2nm近辺、又は100nm近辺である場合のゴム複合物の破断強度は、本件明細書の実施例で何ら検証されていないし、D50が2~100nmであれば所望の破断強度が得られることが当業者の技術常識であるともいえず、破断伸びは実施例に記載されていない。
エ キチンナノファイバー及びキトサンナノファイバーについて
実施例及び本件明細書に具体的な説明がないため、粘度平均重合度が600以上であり、累積50%繊維径(D50)が2~100nmであるキチンナノファイバー又はキトサンナノファイバーが、本件出願時点でどのように入手又は製造できたのか不明である。
仮に、入手又は製造できたとしても、このキチンナノファイバー又はキトサンナノファイバーを用いたゴム複合物が、本件発明の課題を達成するのか、本件明細書を見ても不明であり、当業者の技術常識から自明に予測できるともいえない。
(3)申立理由A3(実施可能要件違反)
本件特許の請求項1~7に係る特許は、明細書の発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。
理由の概要は以下のとおり。
ア バイオマスナノファイバーの重合度について
本件発明1では「600以上」であることが特定されているが、上限値は特定されていない。
本件明細書の実施例では、「良好なゴム物性」の指標である「破断強度」の値が具体的に記載されているが、特定の天然ゴム(NR)ラテックスとともに、特定のCNFを、特定の量で用いた場合のみであって、表1にはCNFの重合度として、200、650、800、850が記載されているところ、バイオマスナノファイバーの重合度が「600以上」であれば、重合度がたとえ著しく高くても「良好なゴム物性」を実現できるとはいえないから、本件明細書の実施例の例示のみで、本件発明に包含される多様なバイオマスナノファイバーの全てに及ぶまで、本件発明の課題を達成することが当該技術分野において自明の事項とはいえず、本件発明の実施には、当業者の過度な試行錯誤を要する。
イ バイオマスナノファイバーの累積50%繊維径(D50)について
本件明細書の実施例では、特定の天然ゴム(NR)ラテックスとともに、特定のCNFを、特定の量で用いた場合のみであって、表1にはCNFのD50として、8.87nm、7.34nm、9.65nm、7.62nmが記載されているところ、CNFのD50が2~100nmという範囲と比べて著しく狭い、ごく限られた範囲を例示するに過ぎないものであり、D50が2nm近辺、又は100nm近辺である場合の場合のゴム複合物の破断強度が、本件明細書の実施例では検証されていないし、D50が2~100nmであれば所望の破断強度が得られることが当業者の技術常識でもないから、本件明細書の実施例の例示のみで、本件発明に包含される多様なバイオマスナノファイバーの全てに及ぶまで、本件発明の課題を達成することが当該技術分野において自明の事項とはいえず、本件発明の実施には、当業者の過度な試行錯誤を要する。
ウ キチンナノファイバー及びキトサンナノファイバーについて
本件発明1には、「キチンナノファイバー、キトサンナノファイバー、及びセルロースナノファイバーのいずれかである」ことが特定されているが、本件明細書の実施例では、「良好なゴム物性」の指標である「破断強度」の値が具体的に記載されているが、特定の天然ゴム(NR)ラテックスとともに、特定のCNFを、特定の量で用いた場合のみであって、キチンナノファイバー、キトサンナノファイバーについては、実施例はおろか、本件明細書中に具体的な説明が一切なく、粘度平均重合度が600以上であり、累積50%繊維径(D50)が2~100nmであるキチンナノファイバー、又はキトサンナノファイバーが、本件出願時にどのように入手又は製造できたのか不明である。
仮に入手又は製造できたとしても、このキチンナノファイバー又はキトサンナノファイバーを用いたゴム複合物が、本件発明の課題とする「良好なゴム物性」を実現できるのか、本件明細書を参照しても不明であり、当業者の技術常識から自明に予測できるともいえないから、本件明細書の実施例の例示のみで、本件発明に包含される多様なバイオマスナノファイバーの全てに及ぶまで、本件発明の課題を達成することが当該技術分野において自明の事項とはいえず、本件発明の実施には、当業者の過度な試行錯誤を要する。
2 申立人Bが提出した申立書の申立理由
令和6年3月18日に申立人Bが提出した申立書に記載した申立理由の概要及び証拠方法は以下のとおりである。
(1)申立理由B(甲第1号証を主引例とする進歩性欠如)
本件特許の請求項1~7に係る発明は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2~7号証に基づいて、本件特許の出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件の請求項1~7に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
(2)証拠方法
ア 申立書に添付した証拠
・甲第1号証:特開2021-80449号公報
・甲第2号証:特許第6784867号公報
・甲第3号証:「nanoforest」、中越パルプ工業株式会社、2018年9月発行
(https://www.cpc-cenf.com/nanoforest.pdf)
・甲第4号証:大滝俊一、““竹”から生まれた新素材!中越パルプ「ナノセルロース」の可能性“、2015年1月28日、会社四季報ONLINE(https://shikiho.toyokeizai.net/news/0/59128)
・甲第5号証:特開2022-67609号公報
・甲第6号証:齋藤継之、“TEMPO酸化セルロースナノファイバーの構造解析に関する研究”、SEN'I GAKKAISHI(繊維と工業)、2010年、Vol.66、No.7、p240~242
(https://www.jstage.jst.go.jp/article/fiber/66/7/66_7_P_240/_pdf/-char/ja)
・甲第7号証:坪井国雄、“ナノセルロース(セルロースナノファイバー)利用のすすめ~竹を原料としたナノセルロースの可能性~”、平成28年9月9日、第100回記念 エコ塾
(https://k-rip.gr.jp/wp/wp-content/uploads/2018/01/654b01b9575b8deca1c71b96edcc635d.pdf)
以下、甲第1号証~甲第7号証を、それぞれ「甲1」~「甲7」という。
イ 令和6年11月15日提出の意見書に添付した証拠方法
・参考資料1:矢野浩之ら監修、【分冊版】セルロースナノファイバー研究と実用化の最前線、株式会社エヌ・ティー・エス、2021年11月発行、p.565~571
以下、参考資料1を、「参1」という。
3 特許権者が令和6年9月26日提出の意見書に添付した証拠方法
・乙第1号証:杉本華幸ら、“キチナーゼによる結晶性キチンのプロセッシブ(連続的)な分解機構の解明”、応用糖質科学、2014、第4巻、第2号、p.107~112
・乙第2号証:千手諒一ら、“リグニン及びパルプに関する研究”、パルブ紙工業雑誌、昭和28年6月20日、第7巻、第3号、p.166~170
・乙第3号証:前田良輔ら、“赤エビ由来キチンの精製とキチンブチレートの合成および評価”、北九州工業高等専門学校研究報告書、2022年1月、p.45~48
以下、乙第1号証~乙第3号証を、それぞれ「乙1」~「乙3」という。
4 当審において職権調査により発見した証拠方法
・(株)スギノマシン BiNFi-sのホームページ(https://www.sugino.com/products/biomass-nanofiber/lineup/)における「BiNFi-sスラリー(水分散体)」(以下「BiNFi-sのホームページ」という。)
5 当審において通知した令和7年1月30日付け取消理由(決定の予告)
取消理由(決定の予告)の概要は以下のとおりである。
(1)取消理由1(新規性欠如)
本件発明1、3~5、7に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった参1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであるから、これらの請求項に係る発明の特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。
(2)取消理由2(進歩性欠如)
本件発明1、3~7に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった参1に記載された発明に基いて本件特許の出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、これらの請求項に係る発明の特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。
第5 当審の判断
以下に述べるように、取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由及び申立書に記載した申立理由によっては、本件発明1、3~7に係る特許を取り消すことはできない。
そして、本件特許の請求項2は、上記訂正請求書による訂正の請求により削除され、当該請求項に係る特許に対する申立人による特許異議の申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。
1 取消理由1(新規性欠如)及び取消理由2(進歩性欠如)
取消理由1及び取消理由2は、参1に基づくものであるから、併せて検討する。
(1)参1に記載された事項及び参1に記載された発明
ア 参1に記載された事項
参1には、以下の事項が記載されている。
(ア)「
[図:0001427922000001.jpg]
」(第565頁)
(イ)「
[図:0001427922000002.jpg]
」(第569頁~第570頁)
(ウ)「
[図:0001427922000003.jpg]
」(第571頁)
イ 参1に記載された発明
上記ア(イ)の「4.天然ゴムラテックスとセルロースナノファイバーの複合化」において、CNF(セルロースナノファイバー)の応用事例として紹介された天然ゴム(NR)の複合化効果に係る記載事項によると、天然ゴム(NR)ラテックスに添加するCNFの含有量は、乾燥質量比でNR100%に対するBFの含有量で表されること、CNFとして極長繊維CNF(IMa)を用いることが記載され、図6(左側)には、該極長繊維CNF(IMa)を2.5phrの添加量でNRラテックスに含有させたNRラテックス/CNF複合ウェットマスターバッチのフローカーブが示されている。
ここで、参1には、「BF」との記載があるところ、上記ア(ア)には、「CNFを含む、天然由来の原料を用いたバイオマスナノファイバーを「BiNFi-s」の商品名で販売している。」ことが記載されていること、上記ア(イ)には、「天然ゴム(NR)ラテックス」に「5wt%CNF(セルロースナノファイバー)水分散体」を「乾燥後5phr」となるように添加することを、「乾燥重量比でNRが100%に対してBFが5%になるように添加」することと言い換えていることから、参1に記載された「BF」は、「バイオマスナノファイバー」の英語表記(Biomass Nano Fiber)からとった略称であると解され、「CNF(セルロースナノファイバー)」のことであると認められる。
そうすると、参1には次の発明が記載されていると認める。
「天然ゴム(NR)ラテックス(ハイアンモニアタイプ、固形分約60%)に2.5phr(per hundred rubber)、つまり乾燥質量比でNRが100%に対して極長繊維CNF(IMa)が2.5%になるように添加し、自転公転式撹拌脱泡機を用いて混合して、CNFがNRラテックス中に均一に分散したウェットマスターバッチを製造して、これを乾燥させることでNR/CNFマスターバッチを製造し、その後、2本ロールを用いて、加硫系配合剤などと混練し、ホットプレスを用いて成形及び加硫することで製造されたNR/CNF複合体。」(以下、「参1発明」という。)
(2)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と参1発明を対比する。
(ア)参1発明の「天然ゴム(NR)」、「極長繊維CNF(IMa)」は、本件発明1の「ゴム成分」、「バイオマスナノファイバー」にそれぞれ相当する。
そして、参1発明の「天然ゴム(NR)」及び「極長繊維CNF(IMa)」を含む「NR/CNFマスターバッチ」、該「NR/CNFマスターバッチ」を加硫してなる「NR/CNF複合体」は、加硫前後の「NR/CNFの複合物」であるから、いずれも本件発明1の「ゴム複合物」に相当する。
(イ)参1発明の「極長繊維CNF(IMa)」は、本件発明1の「バイオマスナノファイバーが、キチンナノファイバー、キトサンナノファイバー、及びセルロースナノファイバーのいずれかであ」ることに相当する。
(ウ)参1発明の「天然ゴム(NR)ラテックス(ハイアンモニアタイプ、固形分約60%)に2.5phr(per hundred rubber)、つまり乾燥質量比でNRが100%に対して極長繊維CNF(IMa)が2.5%になるように添加」することは、「NR」100部に対して「極長繊維CNF(IMa)」を2.5部含有するものであるから、本件発明1の「ゴム成分100質量部に対して」、「バイオマスナノファイバーを0.3~4.5質量部含有」することに相当する。
以上から、本件発明1と参1発明とは、
「ゴム成分と、バイオマスナノファイバーとを含み、
前記ゴム成分100質量部に対して、前記バイオマスナノファイバーを0.3~4.5質量部含有し、
前記バイオマスナノファイバーが、キチンナノファイバー、キトサンナノファイバー、及びセルロースナノファイバーのいずれかである、ゴム複合物。」
である点で一致し、以下の点で相違する。
<相違点1>
本件発明1は、「前記バイオマスナノファイバーの粘度平均重合度が650±10又は850±10であり、累積50%繊維径(D50)が2~100nmであり」、「前記バイオマスナノファイバーの累積50%繊維径(D50)と、累積10%繊維径(D10)と、累積90%繊維径(D90)とが下記式A(当審注:「式A」は省略する。)で表される関係を有する」特定を備えるのに対し、参1発明はそのような特定を備えるのか不明である点
イ 判断
(ア)参1に基づく新規性の検討
上記相違点1のうち、「バイオマスナノファイバーの粘度平均重合度」に着目して検討する。
上記(1)ア(ア)には、「第1節 ウォータージェット法」と題して、「株式会社スギノマシン 小倉孝太」(当審注:本件特許の特許権者、発明者である。)が記載した論文であって、「そこで当社では、ウォータージェットを活用したCNF製造用湿式微細化装置を開発し、その解繊手法を「ウォータージェット法」と名付け、幅広くCNFを開発・製造してきた。また、CNFを含む、天然由来の原料を用いたバイオマスナノファイバーを「BiNFi-s」の商品名で販売している1)。」ことが記載され、上記(1)ア(ウ)には、上記「1)」として「(株)スギノマシン BiNFi-sのホームページ」のアドレスが記載されている。
そして、上記(1)ア(イ)には、NRラテックスにCNFを均一に分散させる際に、極長繊維CNF(IMa)を添加すること、加硫したNR/CNF複合体の「CNF」として「IMa」を使用したことが記載されており、該極長繊維CNFである「IMa」は、上記第4 4に示した「BiNFi-sのホームページ」によると、「BiNFi-sスラリー(水分散体)」の表において、「原料」が「セルロース」である欄に「BiNFi-s」の品番「IMa-100□□(□□は濃度)」として記載されている(以下にホームページの一部抜粋)。
「
[図:0001427922000004.jpg]
」
上記(1)ア(イ)には、5%CNF(セルロースナノファイバー)水分散体を用いることが記載されていることから、参1発明における、「極長繊維CNF(IMa)」は、上記表の、原料がセルロースである「IMa-10005」に該当するといえ、繊維長が極長、平均繊維径が10~50nm、重合度が「800」であることを把握できる。
ここで、参1発明の「重合度」が「粘度平均重合度」を意図してるのか不明であるし、当該「重合度」が「粘度平均重合度」であるとしても、両者は数値が異なるものである。
そうすると、参1発明の「極長繊維CNF(IMa)」の重合度が「800」であることは、本件発明1の「バイオマスナノファイバーの粘度平均重合度が650±10又は850±10であ」ることと相違する。
したがって、相違点1は実質的な相違点である。
よって、本件発明1は参1発明であるとはいえない。
(イ)参1に基づく進歩性の検討
a 本件発明の技術的意義について
本件明細書には、「良好なゴム物性」とは、補強材を含まないゴムに対して、例えば、高い破断強度を有すること(【0015】)と記載されていることから、本件発明が解決しようとする課題は、カーボンブラックを用いなくても、良好なゴム物性、すなわち高い破断強度を発揮し得るゴム複合体を提供すること(【0009】)であると認められる。
本件明細書には、当該課題を解決するための観点として、バイオマスナノファイバーの重合度に関しては、大きい方がモジュラス100%時、モジュラス300%時の補強効果が大きく、バイオマスナノファイバーの重合度は150~900であることが好ましいこと(【0023】)、バイオマスナノファイバーの累積50%繊維径(D50)に関しては、2~100nmであることが好ましいこと(【0025】)、バイオマスナノファイバーの累積50%径(D50)と、累積10%の繊維径(D10)と、累積90%の繊維径(D90)との関係に関しては、式A:(D90-D10)/D50≦2.5を満たすことが好ましく、式Aを満たすことは、バイオマスナノファイバーの繊維径のばらつきが大きくなく、良好に揃っていることを示し、繊維径がそろったナノファイバーの方がより物性の安定化したゴム複合物を作製することができること(【0029】)が記載されている。
さらに、本件明細書には、特定の重合度及び繊維径を有するバイオマスナノファイバーをゴムに比較的少量含有させることで、カーボンブラックを含むゴム組成物と同程度の引張応力を有しながら、高い引張強度を発揮するゴム複合体が得られ(【0010】)、カーボンブラックを用いなくても、良好なゴム物性を発揮し得るゴム複合体を提供できること(【0012】)が記載されている。
そして、実施例4~6では、バイオマスナノファイバーの重合度が650、累積50%繊維径(D50)が7.34nm、式Aが1.89であるセルロースナノファイバーを用いて、また実施例10~13では、バイオマスナノファイバーの重合度が850、D50が7.62nm、式Aが2.01であるセルロースナノファイバーを用いて、破談強度に優れたゴム複合体を得たことが記載されている。
これらの記載によると、粘度平均重合度が特定範囲(650±10又は850±10)であり、D50が2~100nmであること、さらにD10、D50、D90が式Aで表される関係を有することにより、繊維径が均一で、かつ適切なアスペクト比を有するバイオマスナノファイバーが得られ、該バイオマスナノファイバーを含むことで、ゴム複合物に良好なゴム物性(破断強度)を供与していることが理解できる。
b 相違点1について
相違点1に係る構成が、参1発明並びに参1に記載された事項に基づいて、当業者にとって容易に想到し得るか否かを以下に検討する。
上記(1)ア(ウ)には、「極長繊維CNF(IMa)」のほか、「極短繊維CNF(FMa)」が記載されている。
さらに、上記(1)ア(ウ)では、5%CNF(セルロースナノファイバー)水分散体を用いているから、上記「極短繊維CNF(FMa)」は、上記(ア)に示した表の、原料がセルロースである「FMa-10005」に該当するといえ、繊維長が極短、平均繊維径が10~50nm、重合度が「200」であることを把握できる。
そうすると、参1に記載された「極短繊維CNF(FMa)」の重合度もまた、本件発明1の「バイオマスナノファイバーの粘度平均重合度が650±10又は850±10であ」ることに相違する。
一方、参1には、累積10%繊維径(D10)、累積90%繊維径(D90)について記載されていない上に、D10、D50、D90の関係を示す式Aについても記載されていない。
してみると、参1には、重合度、繊維径、繊維径分布の均一性の三要素すべてを同時に満たすことは記載も示唆もされていない。
したがって、参1発明を出発点として、参1に記載された事項を参照したとしても、相違点1に係る、粘度平均重合度、D50、式Aのすべてを満たす構成(すなわち、繊維径が均一で適切なアスペクト比を有するバイオマスナノファイバー)とすることは、当業者が容易に想到し得たものとはいえない。
また、相違点1に係る構成を有することにより、ゴム複合物において良好な引張強度などの物性が得られるという本件発明1の効果について、当業者が予測し得るものではない。
以上から、本件発明1は、参1に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものでない。
(3)本件発明3~7について
本件発明3~7は、本件発明1を直接又は間接的に引用するものであるから、上記(2)に示したのと同じ理由により、本件発明3~7は、参1発明、すなわち参1に記載された発明でないし、参1発明及び参1の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでない。
(4)小括
以上から、本件発明1、3~7は、参1に記載された発明でないし、参1に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものでない。
2 申立理由A1(明確性要件違反)について
請求項6及び7は、本件訂正により、「ゴム複合物が架橋している架橋ゴム複合物の場合、その引張試験において、」と訂正されたことにより、ゴム複合物として架橋後のものを引張試験することが明らかとなったから、架橋後のゴム複合体における100%モジュラス、300%モジュラスを測定することが理解できる。
したがって、請求項6及び7が明確でないという申立理由A1には理由がない。
3 申立理由A2(サポート要件違反)について
(1)特許法第36条第6項第1号(サポート要件)の判断手法
特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
(2)本件発明の課題
本件明細書には、「本発明は、カーボンブラックを用いなくても、良好なゴム物性を発揮し得るゴム複合体を提供することを目的とする」(【0009】)と記載され、また、「ここで、「良好なゴム物性」とは、補強材を含まないゴムに対して、例えば、高い破断強度を有することをいう」(【0015】)と記載されている。
そうすると、本件発明が解決しようとする課題は、カーボンブラックを用いなくても、高い破断強度を有するゴム複合体を提供することであると解される。
(3)本件発明1について
本件訂正により、本件発明1における「バイオマスナノファイバーの粘度平均重合度」が特定された。
本件明細書には、特定の重合度及び繊維径を有するバイオマスナノファイバーをゴムに比較的少量含有させることで、カーボンブラックを含むゴム組成物と同程度の引張応力を示しながら、高い引張強度を発揮するゴム複合体が得られることを見出したこと(【0010】)、バイオマスナノファイバーの重合度が大きいとモジュラス100%時、モジュラス300%時の補強効果が大きく、重合度が630~870であることが特に好ましいこと(【0023】)、バイオマスナノファイバーは機械解繊で製造された機械解繊バイオマスナノファイバーであること(【0032】)、機械解繊バイオマスナノファイバーである(株)スギノマシン製のBiNFi-sセルロース(FMa、WFo、IMa、これらの改良品等)を使用できること(【0037】)、モジュラス100%又は300%において好ましい物性値を得るバイオマスナノファイバーの重合度として、650±10、850±10などであること(【0040】、【0041】)が記載されている。
そして、実施例4~6では、重合度が650であるバイオマスナノファイバー、又は、実施例10~13では、重合度が850であるバイオマスナノファイバーを用いて破断強度に優れるゴム複合体が得られることが記載されている。
これらの記載によると、バイオマスナノファイバーの粘度平均重合度を特定の数値範囲とすることで、本件発明の課題を解決することが理解できる。
そうすると、本件明細書は、本件発明1が上記課題を解決できることを当業者が認識できるように記載されており、本件の請求項1に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たすといえる。
(4)本件発明3~7について
本件発明3~7は、本件発明1を直接又は間接的に引用するものであり、上記(3)に示したのと同様の理由により、本件明細書は、本件発明3~7が上記課題を解決できることを当業者が認識できるように記載されているといえる。
(5)申立人の主張について
ア 申立人Aの主張について
上記第4 1(2)イ~エに示した、申立人Aの申立書における主張について検討する。
(ア)バイオマスナノファイバーの重合度について
本件発明1は、本件訂正により、「バイオマスナノファイバーの粘度平均重合度が650±10又は850±10であ」ると訂正された。
本件明細書の実施例において、バイオマスナノファイバーの粘度平均重合度が650±10である実施例4~6及び粘度平均重合度が850±10である実施例10~13が、良好なゴム物性(破断強度)を示すことが記載されている。
そうすると、本件発明1のバイオマスナノファイバーの粘度平均重合度とすることで、本件発明の課題を解決することが理解できる。
(イ)バイオマスナノファイバーの累積50%繊維径(D50)について
本件明細書において、バイオマスナノファイバーのD50は、2~100μmであるが、繊維のアスペクト比を保つ観点から、2~80nmであることが好ましいこと、100nmを超えると、繊維のアスペクト比が小さくなり、ゴムへの添加時にゴムの破断伸び及び破断強度のいずれか又は両方が低下してしまう可能性のあること(【0025】)が記載され、実施例において、D50が7.34μmである実施例4~6及びD50が7.62μmである実施例10~13が、良好なゴム物性(破断強度)を示すことが記載されている。
そして、バイオマスナノファイバーが太ければ、細いものよりも破断強度が高くなる傾向にあり、反対に、細すぎるとバイオマスナノファイバー自体が切れやすく、実用に耐えない破断強度となる傾向にあることは技術常識である一方で、2nm付近で破断強度が急激に下がるような技術常識は見当たらない。
そうすると、実施例の記載及び技術常識に基づくと、本件発明1の記載の範囲であれば、当業者が、D50の全ての範囲において、実施例と同様の作用効果が得られ、発明の課題を解決し得るものと認識することができる。
さらに、破断伸びについては、上記(2)に示した本件発明の解決すべき課題ではないから、実施例において、破断伸びの評価をしていなかったとしても、本件発明の課題を解決できていないとはいえない。
また、本件発明1の記載の範囲内であって、実施例に示された数値以外の場合に、本件発明の課題を解決しないという具体的な証拠は提出されていない。
以上から、本件発明1のバイオマスナノファイバーのD50とすることで、本件発明の課題を解決することが理解できる。
(ウ)キチンナノファイバー及びキトサンナノファイバーについて
乙1には、重合度600程度の水溶性キトサンについて(第110頁左欄第22行~第28号)、乙2には、平均重合度が600程度のグリコールキトサンについて(第167頁左欄第31行~第35行)記載されている。
乙1、乙2は、本件出願時には公知になっている文献であることから、当該キチンナノファイバー、キトサンナノファイバーは、本件出願時に入手可能又は製造できたものといえる。
また、乙3の図1にキチン、キトサン、セルロースの化学構造が記載されており、これらは極性基(アセチルアミノ基、アミノ基、水酸基)の点で異なるものの、いずれも直鎖状の天然多糖類であることから、キチンナノファイバー、キトサンナノファイバーは、セルロースナノファイバーと同様の特性や物性を有すると認められる。
そうすると、本件明細書の実施例には、セルロースナノファイバーを含むゴム複合体が本件発明の課題を解決することが記載されているところ、セルロースナノファイバーに代えて、天然多糖類として同様の骨格を有するキチンナノファイバー又はキトサンナノファイバーを選択し、これらを含むゴム複合体にしたとしても、本件発明の実施例と同様に本件発明の課題を解決すると解される。
してみると、本件発明1のバイオマスナノファイバーがキチンナノファイバー又はキトサンナノファイバーであっても、本件発明の課題を解決するといえる。
イ 申立人Bの令和7年5月15日提出の意見書について
申立人Bは、令和7年5月15日提出の意見書において、(ア)粘度平均重合度が極めて狭い範囲に限定されたキチンナノファイバー、キトサンナノファイバーについて、具体的にどのように調製又は入手するかについて本件明細書には記載されていないこと、(イ)累積10%繊維径(D10)、累積90%繊維径(D90)について本件明細書の段落【0027】、【0028】に好ましい繊維径の数値範囲が記載され、これらの数値範囲以外の繊維径を取り得るか否か記載されていないが、D10≦D50≦D90の関係が成り立ち、D50は25nm以下と解せるが、実施例の表1に示されたD50(7.34nm又は7.63nm)以外のときに、例えば7.63nmより大きく、100nmの範囲において本件発明の課題を解決することができるのか不明であるし、式Aの範囲まで拡張ないし一般化できない旨主張している。
そこで、順に検討する。
(ア)上記ア(ウ)に示したとおり、キチンナノファイバー及びキトサンナノファイバーは、本件出願時に入手又は製造できるものである。
そして、本件明細書には、機械解繊バイオマスナノファイバーが、原料バイオマスをビーターやリファイナーで所定の長さとして、高圧ホモジナイザー、グラインダー、衝撃粉砕機、ビーズミル等を用いてフィブリル化又は微細化(機械粉砕)して得られるものであること(【0033】)が記載されていることから、キチンナノファイバー又はキトサンナノファイバーを調製する際に、ビーターやリファイナーを用いて所望の長さにできることが理解できる。
そうすると、本件明細書には、粘度平均重合度が極めて狭い範囲に限定されたキチンナノファイバー、キトサンナノファイバーについて記載されているに等しいといえる。
(イ)実施例の表1に示されたD50以外のときに本件発明の課題を解決することができることは、上記ア(イ)に示したとおりであるから、D50は全範囲において本件発明の課題を解決することができると認められる。
また、式Aは、本件訂正によって特定されたものであるところ、本件訂正前の本件発明は、式Aに係る特定がなくとも、本件発明の課題を解決していたものであるから、本件訂正により更に限定された本件発明は、訂正前と同様に、本件発明の課題を解決しているといえる。
さらに、式Aを満たすとバイオマスナノファイバーの繊維径のばらつきが大きくなく、良好に揃っていること(【0029】)を示すものであって、繊維径の均一性を示すものと認識できるから、D50の大小のみには依存しない。
そして、申立人Bは、本件発明の課題を解決できるか不明であると主張するが、式Aの範囲において、本件発明の課題を解決しないという具体的な証拠は提示されていない。
以上から、申立人Bの主張はいずれも妥当でない。
4 申立理由A3(実施可能要件違反)について
(1)実施可能要件の判断基準
上記第3のとおり、本件発明1、3~7は物の発明であるところ、発明の詳細な説明の記載が実施可能要件に適合するというためには、物の発明にあっては、当業者が発明の詳細な説明及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を生産でき、かつ、使用できる程度の記載があることを要する。
(2)実施可能要件の判断
本件明細書には、バイオマスナノファイバーの重合度(【0023】、【0040】、【0041】)、バイオマスナノファイバーの例示(【0024】)、バイオマスナノファイバーの累積50%繊維径(D50)、機械解繊バイオマスナノファイバーの例示(【0037】)、ゴム成分の例示(【0038】)、ゴム複合物の製造方法(【0044】)が記載され、実施例4~6、10~13において、破断強度に優れるゴム複合体を作成したことが記載されている。
そうすると、本件発明1、3~7について、発明の詳細な説明に、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び本件出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を生産でき、かつ、使用できる程度の記載があるといえる。
したがって、本件発明1、3~7に関して、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は実施可能要件を満たすものである。
(3)申立人の主張について
ア 申立人Aの主張について
上記第4 1(3)ア~ウに示した、申立人Aの申立書における主張について検討する。
(ア)バイオマスナノファイバーの重合度について
本件発明1は、本件訂正により、「バイオマスナノファイバーの粘度平均重合度が650±10又は850±10であ」ることに訂正されたことにより、該当するバイオマスナノファイバーは本件明細書の段落【0037】及び実施例に基づいて入手でき、本件明細書の段落【0044】や実施例にしたがってゴム複合物を製造できるから、バイオマスナノファイバーの重合度において、バイオマスナノファイバーの重合度を650±10又は850±10とすることは、当業者に過度の試行錯誤を要しない。
そうすると、本件発明1が実施可能要件違反であるという主張には理由がない。
また、本件発明1を直接又は間接的に引用する本件発明3~7においても同様である。
(イ)バイオマスナノファイバーの累積50%繊維径(D50)について
本件明細書には、バイオマスナノファイバーのD50について記載され(【0025】)、実施例4~6(D50:7.34nm)、10~13(D50:7.62nm)において、破断強度に優れるゴム複合体を作成している。
そして、上記(ア)に示したとおり、本件明細書の段落【0044】や実施例に記載された、バイオマスナノファイバーを含むゴム複合物を製造する方法により、D50が2~100nmの全範囲において、本件発明の実施ができるといえる。
そうすると、本件発明1、3~7について、発明の詳細な説明に、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び本件出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を生産でき、かつ、使用できる程度の記載があるといえる。
したがって、本件発明1、3~7に関して、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は実施可能要件を満たすものである。
(ウ)キチンナノファイバー及びキトサンナノファイバーについて
上記3(5)ア(ウ)に示したとおり、キチンナノファイバー及びキトサンナノファイバーは、本件出願時に入手又は製造できるものである。
そして、本件明細書には、機械解繊バイオマスナノファイバーが、原料バイオマスをビーターやリファイナーで所定の長さとして、高圧ホモジナイザー、グラインダー、衝撃粉砕機、ビーズミル等を用いてフィブリル化又は微細化(機械粉砕)して得られるものであること(【0033】)が記載されていることから、キチンナノファイバー又はキトサンナノファイバーを調製する際に、ビーターやリファイナーを用いて所望の長さにできることが理解できる。
そうすると、本件発明1、3~7について、発明の詳細な説明に、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び本件出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を生産でき、かつ、使用できる程度の記載があるといえる。
よって、本件発明1、3~7に関して、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は実施可能要件を満たすものである。
イ 申立人Bの令和7年5月15日提出の意見書について
申立人Bは、令和7年5月15日提出の意見書において、(ア)粘度平均重合度が極めて狭い範囲に限定されたキチンナノファイバー、キトサンナノファイバーについて、具体的にどのように調製又は入手するかについて本件明細書には記載されていないから、本発明の実施にあたって、キチンナノファイバー、キトサンナノファイバーの調製又は入手に当業者の過度な試行錯誤を要すること、(イ)累積10%繊維径(D10)、累積90%繊維径(D90)について本件明細書の段落【0027】、【0028】に好ましい繊維径の数値範囲が記載され、これらの数値範囲以外の繊維径を取り得るか否か記載されていないが、D10≦D50≦D90の関係が成り立ち、D50は25nm以下と解せるが、実施例の表1に示されたD50(7.34nm又は7.63nm)以外のときに、例えば7.63nmより大きく、100nmの範囲において、本件発明の実施には過度な試行錯誤を要する旨主張している。
そこで、順に検討する。
(ア)上記ア(ウ)に示したとおり、キチンナノファイバー及びキトサンナノファイバーは、本件出願時に入手又は製造できるし、粘度平均重合度を適宜調整できるものである。
そうすると、本件発明の実施には過度な試行錯誤を要するとまではいえない。
(イ)上記ア(イ)に示したとおり、バイオマスナノファイバーのD50が2~100nmであって、それを含むゴム複合物の製造方法は本件明細書に記載されていることから、本件発明の実施には、過度な試行錯誤を要するとまではいえない。
以上から、申立人Bの主張は妥当でない。
5 申立理由B(進歩性欠如)について
(1)甲1に記載された事項及び甲1に記載された発明
ア 甲1に記載された事項
甲1には、以下の事項が記載されている。
「【請求項1】
クロロプレンゴム100重量部に対し、セルロースナノファイバーを1.2~3.0重量部含むゴム組成物であって、前記ゴム組成物を加硫した加硫シートの100%引張応力(M100)の上昇幅がセルロースナノファイバーの添加量に対して、1.5MPa/重量部以上であることを特徴とする、ゴム組成物。
なお、M100の上昇幅は、セルロースナノファイバーを含む加硫シートのM100の値から、セルロースナノファイバーを含まない加硫シートのM100の値を差し引き、含まれるセルロースナノファイバーの量で除することにより算出される。」
「【0002】
クロロプレンゴムは、各種合成ゴムの中でも各物性のバランスが良好であるため幅広い用途に使用されている。末端の変性内容により、汎用のメルカプタン変性、動特性に優れる硫黄変性などがあり、後者はより力学物性に優れるが、近年の高性能化や使用環境の激化により、更なる高弾性化、耐熱性改善が要望されている。
【0003】
弾性の指標としては引張応力が挙げられ、通常カーボンブラックやシリカなどの補強材を配合することでこれらを向上することができるが、これらの粒状補強材は、その粒子径や比表面積により補強効果に限界がある。また、補強材の配合による補強では、加硫ゴムの硬さも同時に著しく上昇しゴム製品への加工性が低下するため、適切なゴムの硬さを維持するためには、補強効果に限界がある。
【0004】
一方で、繊維形状の補強材が提案されており、セルロースを配合したタイヤ等が提案されている(例えば、特許文献1)。しかし、疎水性のゴムに対し、親水性のセルロースは分散性が劣るため補強効果が低い。その対策として、ナノオーダーのセルロースと、それを分散するための分散剤や固定するためのシランカップリング剤を天然ゴムラテックスに配合したタイヤが提案されている(例えば、特許文献2、3)。しかし、これらの方法では分散剤等のゴムとセルロースを分散するための薬剤が別途必要であり、コストが高くなる。また、クロロプレンゴムへの検討はあまりされていないのが実情である。」
「【0007】
本発明はこの問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、低歪で優れた引張応力を示すクロロプレンゴム組成物及びその製造方法を提供するものである。」
「【0025】
セルロースナノファイバーは、木材に含まれるセルロースの繊維を平均繊維径数ナノ~数十ナノレベルまで解繊したものである。セルロースの解繊処理は主に機械的処理によるものと、化学処理により各種官能基を付与し、機械処理を併用することでセルロースナノファイバー同士の凝集を抑制し、より細いシングルナノレベルまで実施するものがある。
【0026】
本発明では、セルロースナノファイバーの1wt%水溶液の表面張力が60mN/m以下であるセルロースナノファイバーを用いることが好ましい。このようなセルロースナノファイバーとしては、化学処理を実施せず機械処理のみにより解繊し、両親媒性を有するセルロースナノファイバーが挙げられる。セルロースナノファイバーを化学処理せず、カルボン酸塩およびカルボン酸を有さないことで、ゴム中でのセルロースナノファイバーの分散状態が良好となり、得られる加硫ゴムの引張応力が向上し、ハンドリング性も良好となる。そのため、セルロースにはカルボン酸塩及びカルボン酸を含まないものを用いることが好ましい。両親媒性とは、セルロースナノファイバーが水との親和性が大きい親水部と小さい疎水部の両方を持ち合せていることで、特許第5419120号公報などに記載されているように、水懸濁試料を高速で対向衝突させることにより得ることが可能である。両親媒性を有することで、疎水性であるゴムとセルロースの親和性が高くなり、より少ない混合量で引張応力の大きな向上効果が得られる。」
「【0030】
セルロースナノファイバーの水分散体は、木材やパルプ等を機械処理にて所定の繊維径・繊維長に解繊したものである。」
「【0033】
セルロースナノファイバー分散ゴムラテックス混合液からの水の除去方法(乾燥方法)としては、加熱乾燥や、酸や塩による凝集および凍結乾燥があるが、乳化剤や凝固液および水分がゴムの内部に残存し、乾燥が困難となるため、凍結によりゴムを析出(凍結凝固)させ、余分な乳化剤等を水洗除去してから熱風乾燥する凍結乾燥法が最も効率的で乾燥も容易である。」
「【実施例】
【0038】
以下、本発明を実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。
【0039】
<メルカプタン変性クロロプレンゴムラテックスの作成>
単量体混合物としてクロロプレン100重量部に対してロジン酸カリウム3.5重量部、ナフタレンスルホン酸とホルムアルデヒドとの縮合物のナトリウム塩0.7重量部、水酸化ナトリウム0.25重量部及びn-ドデシルメルカプタン0.2重量部、水90重量部を含む乳化水溶液と混合攪拌し乳化させ、これに過硫酸カリウム0.04重量部、水5重量部からなる重合触媒をポンプにより一定速度で添加し重合を行なった。重合は重合転化率70%になるまで重合触媒を添加して行ない、ここにt-ブチルカテコール0.01重量部、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム0.02重量部、クロロプレン0.5重量部、水0.5重量部からなる重合停止剤を添加して重合を停止させた。減圧下でスチームストリッピングにより未反応のクロロプレンを除去回収し、メルカプタン変性クロロプレンゴムラテックスを得た。
【0040】
<セルロースナノファイバー含有ゴム組成物の作成>
クロロプレンゴムラテックスに、セルロースナノファイバーの水分散体を所定量添加し、オートホモミキサー(プライミックス社製:PRIMIX)にて2,000rpmで10分間混合しセルロースナノファイバー分散ゴムラテックス混合液を作成した。その後、15重量%希酢酸を用いてpHを6.5に調整し、ついで凍結凝固によりポリマーを析出させ、水洗した後、熱風乾燥させた。
【0041】
<表面張力測定>
セルロースナノファイバー水分散体の表面張力は、表面張力計(協和界面科学(株)社製:DY-300)にて測定した。
【0042】
<粘度測定>
セルロースナノファイバー分散液の粘度は、ビスメトロン粘度計(芝浦セムテック(株)社製:VD2)にて測定した。
【0043】
<セルロースナノファイバー含有量の測定>
セルロースナノファイバー含有ゴム組成物を200倍量のクロロホルムに24時間溶解させ、クロロプレンゴムを除去した。溶解液を100メッシュの金網でろ過して、100℃のオーブンで熱風乾燥させセルロースナノファイバーを得た。重量を測定しクロロプレンゴム組成物に含まれるセルロースナノファイバーの量を算出した。
【0044】
<ゴムコンパウンドの作製>
セルロースナノファイバー含有クロロプレンゴム組成物のクロロプレンゴム成分100重量部に対し、カーボンブラック(東海カーボン(株)製:シーストSO)40重量部、酸化マグネシウム(協和化学工業(株)製:キョーワマグ150)4重量部、ステアリン酸(日油(株)製:ビーズステアリン酸つばき)0.5重量部、老化防止剤(大内新興化学工業(株)製:サンノック)1重量部、可塑剤(日本サン石油(株)製:サンセン415)15重量部、酸化亜鉛(堺化学工業(株):2種)5重量部、エチレンチオウレア(三新化学工業(株)製:サンセラー22-C)1重量部をオープンロール混練機にて添加し、セルロースナノファイバー含有クロロプレンゴムコンパウンドを得た。
<加硫物の作成>
得られたゴムコンパウンドを160℃で15分プレス加硫し、加硫シートを作成した。
【0045】
<加硫物の硬度測定>
得られた加硫シートの硬さをJISK6253(2012)に従い、評価した。デュロメータにはタイプAを選択した。
【0046】
<加硫物の力学物性測定>
得られた加硫シートの100%引張応力(M100)をJIS-K-6251(2012年度版)に従い、引張速度500mm/分、23℃の条件にて評価した。
【0047】
実施例1
セルロースナノファイバーとして、中越パルプ工業(株)社製:ナノフォレストSを用いて、クロロプレンゴムラテックスにセルロースナノファイバーが固形換算したクロロプレンゴム100重量部に対し2.0重量部となるよう混合し、10分間上記の方法で撹拌してセルロースナノファイバー含有ゴムラテックス分散液を得た。分散液の粘度は540mPa・sであり、ハンドリングに問題はなく、凍結乾燥によりゴム組成物を得た。ナノフォレストSは、機械的解繊手段によって製造された両親媒性のセルロースナノファイバーであり、セルロースナノファイバーの水分散体の1wt%における表面張力は55mN/mであった。
【0048】
このゴム組成物を上記方法に従って加硫物を作製し、硬度および100%引張応力(M100)の測定を実施した。結果を表1に示す。表1から、硬度は73、M100は7.3MPaのためM100の上昇幅は3.8MPaで、セルロースナノファイバーの含有量は2.0重量部であるからセルロースナノファイバー1重量部あたりのM100上昇幅は1.9MPa/重量部であり、硬度に対するM100の値が高く良好な結果であった。
【0049】
実施例2
セルロースナノファイバーの混合量を、固形換算したクロロプレンゴム100重量部に対し2.8重量部となる量にした以外は実施例1と同様にしてセルロースナノファイバー含有ゴムラテックス分散液を得た。分散液の粘度は870mPa・sであり、ハンドリングに問題はなく、凍結乾燥によりゴム組成物を得た。このゴム組成物から加硫物を作製し、硬度およびM100の測定を実施した。実施例1と同様にセルロースナノファイバー1重量部あたりのM100上昇幅は1.9MPa/重量部であり、硬度に対するM100の値が高く良好な結果であった。
【0050】
実施例3
セルロースナノファイバーの混合量を、固形換算したクロロプレンゴム100重量部に対し1.5重量部となる量にした以外は実施例1と同様にしてセルロースナノファイバー含有ゴムラテックス分散液を得た。分散液の粘度は340mPa・sであり、ハンドリングに問題はなく、凍結乾燥によりゴム組成物を得た。このゴム組成物から加硫物を作製し、硬度およびM100の測定を実施した。実施例1と同様にセルロースナノファイバー1重量部あたりのM100上昇幅は1.8MPa/重量部であり、硬度に対するM100の値が高く良好な結果であった。
【0051】
比較例1
セルロースナノファイバーを混合しなかった以外は実施例1と同様にしてゴム組成物および加硫物を作製し、硬度およびM100の測定を実施した。硬度およびM100どちらも低い結果であった。
【0052】
比較例2
セルロースナノファイバーの混合量を、固形換算したクロロプレンゴム100重量部に対し0.9重量部となる量にした以外は実施例1と同様にしてセルロースナノファイバー含有ゴムラテックス分散液を得た。分散液の粘度は210mPa・sであり、ハンドリングに問題はなく、凍結乾燥によりゴム組成物を得た。このゴム組成物から加硫物を作製し、硬度およびM100の測定を実施した。セルロースナノファイバー1重量部あたりのM100上昇幅、硬度に対するM100の値はともに低かった。
【0053】
比較例3
セルロースナノファイバーの混合量を、固形換算したクロロプレンゴム100重量部に対し3.5重量部となる量にした以外は実施例1と同様にしてセルロースナノファイバー含有ゴムラテックス分散液を得たが、分散液の粘度は1210mPa・sであり、ハンドリング性が劣るためゴム組成物を得ることができなかった。
【0054】
比較例4
使用するセルロースナノファイバーをダイセルファインケム(株)社製:KY-100Gにした以外は実施例1と同様にしてセルロースナノファイバー分散含有ゴムラテックス液を得た。KY-100Gは機械的解繊手段によって製造された親水性のセルロースナノファイバーであり、セルロースナノファイバーの水分散体の1wt%における表面張力は70mN/mであった。分散液の粘度は390mPa・sであり、ハンドリングに問題はなく、凍結乾燥によりゴム組成物を得た。このゴム組成物から加硫物を作製し、硬度およびM100の測定を実施した。セルロースナノファイバー1重量部あたりのM100上昇幅、硬度に対するM100の値はともに低かった。
【0055】
【表1】
[図:0001427922000005.jpg]
」
イ 甲1に記載された発明
甲1の実施例1に着目すると、甲1には次の発明が記載されていると認める。
「機械的解繊手段によって製造された両親媒性のセルロースナノファイバーとして、中越パルプ工業(株)社製:ナノフォレストSを用いて、クロロプレンゴムラテックスにセルロースナノファイバーが固形換算したクロロプレンゴム100重量部に対し2.0重量部となるよう混合し、オートホモミキサー(プライミックス社製:PRIMIX)にて2,000rpmで10分間混合してセルロースナノファイバー含有ゴムラテックス分散液とし、凍結乾燥により得られたゴム組成物。」(以下、「甲1発明」という。)
(2)甲2に記載された事項
甲2には、以下の事項が記載されている。
「【0018】
本実施形態のセルロースナノ繊維は、「平均重合度」が300~700、「平均分子量」が60000~110000である。
「平均重合度」及び「平均分子量」について、銅エチレンジアミン溶液を用いた測定法等によって測定することができ、セルロースナノ繊維の物性として解繊処理を進めることで重合度及び分子量が低下することが確認されている。
「平均重合度」の測定方法(以下、測定方法A)について詳しく述べると、以下の通りである。
測定方法Aでは、セルロースナノ繊維0.15gを30mLの0.5M銅エチレンジアミン溶液に溶解させ、キャノン・フェンスケ動粘度管を用いて、セルロースナノ繊維・銅エチレンジアミン溶液の粘度ηを測定し、JIS規格(JIS P8215:1998)に基づいて極限粘度[η]を求めて、下記のMark-Houwink-Sakurada式から重合度DPを算出した。
重合度DP=[η]/Ka
Kとaは高分子と溶媒の種類によって決まる固有値であって、銅エチレンジアミン溶液に溶解したセルロースの場合としてK=0.952、a=1とした。
【0019】
なお、「平均重合度」を以下の測定方法Bによって測定した場合には、本実施形態のセルロースナノ繊維は、「平均重合度」が500~900、「平均分子量」が90000~140000となる。
測定方法Bでは、セルロースナノ繊維0.15gを30mLの0.5M銅エチレンジアミン溶液に溶解させ、キャノン・フェンスケ動粘度管を用いて、セルロースナノ繊維・銅エチレンジアミン溶液の粘度ηを測定し、0.5M銅エチレンジアミン溶液の粘度をη0として、下記のSchulz-Blaschke式から極限粘度[η]を求めて、下記のMark-Houwink-Sakurada式から重合度DPを算出した。
比粘度 ηsp=η/η0-1
極限粘度[η]=ηsp/{c(1+A×ηsp)}
η0は0.5M銅エチレンジアミン溶液の粘度であり、cはセルロースナノ繊維濃度(g/mL)であり、Aは溶液の種類によって決まる固有値であって0.5M銅エチレンジアミン溶液の場合にはA=0.28である。
重合度DP=[η]/Ka
Kとaは高分子と溶媒の種類によって決まる固有値であって、銅エチレンジアミン溶液に溶解したセルロースの場合としてK=0.57、a=1とした。」
「【実施例】
【0033】
以下、本発明における植物病原菌防除剤の実施例について詳しく説明する。なお、本発明は本実施例に限定されるものではない。
【0034】
<実施例1>
竹から精製されたセルロースナノ繊維(中越パルプ工業社製、nanоfоrest-S(竹漂白パルプ)、平均重合度530、平均分子量86000、波長400nm/600nmでの平均透過率51%/67%)を用いた。
当該セルロースナノ繊維を水で所定の濃度となるように希釈し、非イオン界面活性剤(ICI社Tween20相当品、和光純薬工業社製)を添加してセルロースナノ繊維分散液を調製した。当該分散液を植物病原菌防除剤として用いた。
なお、上記の平均重合度及び平均分子量は、測定方法Aによって測定されているところ、測定方法Bで測定した場合には、平均重合度751、平均分子量122000である。
【0035】
<実施例2>
竹から精製されたセルロースナノ繊維(中越パルプ工業社製、nanоfоrest-S(竹漂白パルプ)、結晶化度56、平均重合度430、平均分子量70000、波長400nm/600nmでの平均透過率61%/80%)を用いた。
当該セルロースナノ繊維を、実施例1と同様に調製してセルロースナノ繊維分散液を得た。当該分散液を植物病原菌防除剤として用いた。
なお、実施例1と比較して高解繊処理で得られ、繊維太さがより均一な分散液である。
なお、上記の平均重合度及び平均分子量は、測定方法Aによって測定されているところ、測定方法Bで測定した場合には、平均重合度644、平均分子量104000である。
【0036】
<実施例3>
針葉樹から精製されたセルロースナノ繊維(中越パルプ工業社製、nanоfоrest-S(針葉樹漂白パルプ)、平均重合度545、平均分子量88000、波長400nm/600nmでの平均透過率44%/63%)を用いた。
当該セルロースナノ繊維を、実施例1と同様に調製してセルロースナノ繊維分散液を得た。当該分散液を植物病原菌防除剤として用いた。
なお、上記の平均重合度及び平均分子量は、測定方法Aによって測定されているところ、測定方法Bで測定した場合には、平均重合度766、平均分子量124000である。
【0037】
<実施例4>
針葉樹から精製されたセルロースナノ繊維(中越パルプ工業社製、nanоfоrest-S(針葉樹漂白パルプ)、結晶化度64、平均重合度400、平均分子量65000、波長400nm/600nmでの平均透過率53%/75%)を用いた。
当該セルロースナノ繊維を、実施例1と同様に調製してセルロースナノ繊維分散液を得た。当該分散液を植物病原菌防除剤として用いた。
なお、実施例3と比較して高解繊処理で得られ、繊維太さがより均一な分散液である。
なお、上記の平均重合度及び平均分子量は、測定方法Aによって測定されているところ、測定方法Bで測定した場合には、平均重合度607、平均分子量98000である。
【0038】
<実施例5>
竹から精製されたセルロースナノ繊維(中越パルプ工業社製、nanоfоrest-S(竹漂白パルプ)、結晶化度61、平均重合度604、平均分子98000、波長400nm/600nmでの平均透過率57%/74%)を用いた。
当該セルロースナノ繊維を、実施例1と同様に調製してセルロースナノ繊維分散液を得た。当該分散液を植物病原菌防除剤として用いた。
なお、実施例1と比較して極低解繊処理で得られた分散液である。
なお、上記の平均重合度及び平均分子量は、測定方法Aによって測定されているところ、測定方法Bで測定した場合には、平均重合度820、平均分子量133000である。
【0039】
<実施例6>
針葉樹から精製されたセルロースナノ繊維(中越パルプ工業社製、nanоfоrest-S(針葉樹漂白パルプ)、結晶化度63、平均重合度510、平均分子量83000、波長400nm/600nmでの平均透過率48%/65%)を用いた。
当該セルロースナノ繊維を、実施例1と同様に調製してセルロースナノ繊維分散液を得た。当該分散液を植物病原菌防除剤として用いた。
なお、実施例3と比較して極低解繊処理で得られた分散液である。
なお、上記の平均重合度及び平均分子量は、測定方法Aによって測定されているところ、測定方法Bで測定した場合には、平均重合度730、平均分子量118000である。
【0040】
<試験1:キャベツ植物に対する病原菌防除効果>
実施例1~4の植物病原菌防除剤を用いて、キャベツ植物に対する病原菌防除効果を確認する試験を以下の手順で行った。
本試験では、「試験植物」として園芸用培土(片倉コープアグリ社製、げんきくんセル専用培土コープN-150)にて生育させたキャベツ植物(品種:金系201号)を用いた。また、「植物病原菌」としてキャベツ黒斑細菌病菌を用いた。
また、下記表1に示すように、セルロースナノ繊維が0.01質量%、0.03質量%、0.1質量%、界面活性剤が0.01質量%の含有量となるように実施例1~4の植物病原菌防除剤を調製した。
【表1】
[図:0001427922000006.jpg]
」
(3)甲3に記載された事項
甲3には、以下の事項が記載されている。
「
[図:0001427922000007.jpg]
[図:0001427922000008.jpg]
[図:0001427922000009.jpg]
[図:0001427922000010.jpg]
」(第8頁~第11頁)
(4)甲4に記載された事項
甲4には、以下の事項が記載されている。
「
[図:0001427922000011.jpg]
」(1/4)
「
[図:0001427922000012.jpg]
」(2/4)
(5)甲7に記載された事項
甲7には、以下の事項が記載されている。
「
[図:0001427922000013.jpg]
」(第16頁)
(6)本件発明1について
ア 対比
(ア)甲1発明の「ゴム組成物」における「クロロプレンゴム」は、本件発明1の「ゴム成分」に相当する。
(イ)甲1発明の「ゴム組成物」における「セルロースナノファイバー(中越パルプ工業(株)社製:ナノフォレストS)」は、本件発明1の「バイオマスナノファイバー」であって、該「バイオマスファイバーが、セルロースナノファイバーである」ことに相当する。
(ウ)甲1発明の「ゴム組成物」において、固形分換算で「クロロプレンゴム100重量部に対し2.0重量部となるように混合」することは、本件発明1の「前記ゴム成分100質量部に対して、前記バイオナノマスファイバーを0.3~4.5質量部含有」することに相当する。
(エ)甲1発明の「ゴム組成物」は、本件発明1の「ゴム複合物」に相当する。
以上から、本件発明1と甲1発明とは、
「ゴム成分と、バイオマスナノファイバーとを含み、
前記ゴム成分100質量部に対して、前記バイオマスナノファイバーを0.3~4.5質量部含有し、
前記バイオマスナノファイバーが、セルロースナノファイバーであるゴム複合物。」
である点で一致し、以下の点で相違する。
<相違点1’>
本件発明1では、「前記バイオマスナノファイバーの粘度平均重合度が650±10又は850±10であり、累積50%繊維径(D50)が2~100nmであり」、「前記バイオマスナノファイバーの累積50%繊維径(D50)と、累積10%繊維径(D10)と、累積90%繊維径(D90)とが下記式A(当審注:「式A」は省略する。)で表される関係を有する」のに対し、甲1発明では不明である点
イ 判断
(ア)本件発明の技術的意義について
上記1(2)イ(イ)aに示したとおり、粘度平均重合度が特定範囲(650±10又は850±10)であり、累積50%繊維径(D50)が2~100nmであること、さらにD10、D50、D90が式Aで表される関係を有することにより、繊維径が均一で、かつ適切なアスペクト比を有するバイオマスナノファイバーが得られ、該バイオマスナノファイバーを含むことで、ゴム複合物に良好なゴム物性(破断強度)を供与していることが理解できる。
(イ)相違点1’について
相違点1’に係る構成が、甲1発明並びに甲2~甲7に記載された事項に基づいて、当業者にとって容易に想到し得るか否かを以下に検討する。
甲1には、セルロースナノファイバーが木材由来のセルロースを数ナノ~数十ナノメートルまで解繊したものであること(【0025】)、及び中越パルプ工業(株)製「ナノフォレストS」を用いた実施例が記載されているが、粘度平均重合度、D10、D50、D90、繊維径分布の均一性についての具体的な記載はない。
甲2には、複数の重合度を有するナノフォレストSの実施例が示されており、その実施例2には重合度644の製品が記載されているものの、繊維径分布に関する定量的な情報(D50等)やその均一性については記載されていない。
甲3は、「nanoforest」の製品カタログであり、「nanoforest-S」として竹、針葉樹、広葉樹漂白パルプが挙げられ、高解繊または低解繊であること(第10頁)、及びSPM画像により繊維幅20nm以下の繊維が多くを占めること(第11頁)が記載されているが、累積繊維径(D50等)や繊維径分布のばらつきに関する定量的な記載はない。
甲7は、中越パルプ工業(株)の文献であり、ACC(水中カウンターコリジョン)法による繊維幅の制御が可能であること、複数回解繊により繊維幅を小さくし、繊維幅の分布を狭くできることが記載され、例として、繊維幅が23.8±10.3nmの高解繊CNFが示されている(第16頁)が、粘度平均重合度やD50等の累積繊維径に関する記載は見当たらない。
また、甲4には、竹パルプから作製されたナノセルロースの写真をあげて、10nmより細い繊維が存在することが、甲5には、クロロプレンゴム、セルロースナノファイバーを含み、クロロプレンゴム100重量部に対し、セルロースナノファイバーを0.01~0.40重量部含むゴム組成物が、甲6には、図4をあげて、幅3~4nmで平均長が1.5μm以上TOCN(TEMPO酸化セルロースナノファイバー)を製造できたことが、それぞれ記載されているが、いずれも重合度や繊維径分布に関する記載はない。
そうすると、これらの文献には、重合度、繊維径、繊維径分布の均一性の三要素すべてを同時に満たすことは記載も示唆もされていない。
したがって、甲1発明を出発点として、甲2~甲7に記載された事項を参照したとしても、相違点1’に係る粘度平均重合度、D50、式Aのすべてを満たす構成(すなわち、繊維径が均一で適切なアスペクト比を有するバイオマスナノファイバー)とすることは、当業者が容易に想到し得たものとはいえない。
また、相違点1’に係る構成を有することにより、ゴム複合物において良好な引張強度などの物性が得られるという本件発明1の効果について、当業者が予測し得るものではない。
以上から、本件発明1は、甲1発明並びに甲1及び甲2、3、7の記載に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(6)本件発明3~7について
本件発明3~7は、本件発明1を直接又は間接的に引用するものであり、上記(5)で述べたのと同じ理由により、本件発明3~7は、甲1発明並びに甲1及び甲2、3、7の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(7)小括
以上から、本件特許の請求項1、3~7に係る発明は、甲1に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものでない。
6 まとめ
取消理由1及び取消理由2並びに申立理由A1~A3及び申立理由Bによっては、本件特許の請求項1、3~7に係る特許を取り消すことができない。
第6 むすび
以上のとおり、本件特許に対する訂正は適法であるから、これを認める。
本件特許の請求項2に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。
そして、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した申立理由によっては、本件特許の請求項1、3~7に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1、3~7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2024-700231