特許異議申立
2024-700172
アニールド石英ガラスクロスとその製造方法
- 審判番号
- 2024-700172
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2020-104456
- 登録番号
- 7332540
- 請求日
- 2024年02月26日
- 審決日
- 2025年05月02日
- 公報発行日
- 2025年06月27日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】信越化学工業株式会社
- 【権利者代理人】好宮 幹夫
- 【権利者代理人】小林 俊弘
- 【権利者代理人】大塚 徹
- 【異議申立人】河原田 隆
- 審判長/審判官
- 審判長 田口 傑
- 審判官 稲葉 大紀
- 審判官 神山 茂樹
- 分類
- P1651.113-Y (D03D) / P1651.121-Y (D03D) / P1651.536-Y (D03D) / P1651.537-Y (D03D)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第2項、特許法第36条第6項第2号、特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第4項第1号、特許法第29条第1項第3号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7332540号発明「アニールド石英ガラスクロスとその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7332540号の請求項1~5に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7332540号の請求項1~5に係る特許についての出願は、令和2年6月17日にされた出願であって、令和5年8月15日にその特許権の設定登録がされ、同年8月23日に特許掲載公報が発行された。その後、その特許について、令和6年2月26日に特許異議申立人河原田隆(以下「申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、当審は、令和6年8月27日付けで取消理由を通知した。特許権者は、その指定期間内である同年10月25日に意見書の提出を行った。
第2 本件発明
本件請求項1~5に係る発明(以下「本件発明1」等と、また、まとめて「本件発明」という。)は、特許請求の範囲の請求項1~5に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
石英ガラスクロスに熱処理が施されたアニールド石英ガラスクロスであって、
SiO2含有量が99.5質量%以上で、誘電率測定用SPDR誘電体共振器を用いて測定した10GHzでの誘電正接が0.0010未満であり、引張強さがクロス重量(g/m2)当たり1.0N/25mm以上であり、
アルカリ金属含有量の総和が10ppm以下、BおよびPのそれぞれの含有量が1ppm以下、UおよびThの含有量がそれぞれ0.1ppb以下のものであることを特徴とするアニールド石英ガラスクロス。
【請求項2】
前記誘電正接が0.0008以下であることを特徴とする請求項1に記載のアニールド石英ガラスクロス。
【請求項3】
前記引張強さがクロス重量(g/m2)当たり1.2N/25mm以上であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のアニールド石英ガラスクロス。
【請求項4】
シラノール基(Si-OH)濃度が300ppm以下のものであることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか一項に記載のアニールド石英ガラスクロス。
【請求項5】
JIS K 5600-5-1の塗料一般試験方法の耐屈曲性に準拠して、直径2.5mm以上のマンドレルで石英ガラスクロスを折り曲げるか、または180度折りたたんだときに、破断及び折り曲げ痕がないものであることを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか一項に記載のアニールド石英ガラスクロス。」
第3 取消理由通知の概要
本件発明1~5に対して、当審において特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。
取消理由1(明確性要件)
本件請求項1~5に係る特許は、その特許請求の範囲の記載が以下の点で特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消すべきものである。
誘電正接の測定値について
本件発明1においては、誘電正接の測定について、「誘電率測定用SPDR誘電体共振器を用いて測定した10GHzでの誘電正接が0.0010未満」であるとの特定がされている。
しかしながら、ガラスクロスは、フィルム等のような連続体ではなくガラス糸同士の間に空気が存在するため、当該誘電正接の測定値がガラスクロスと空気の複合体としての値なのか、あるいは、空気を含まないガラスクロスのみの値なのかが不明である。また、その他の本件明細書の記載を考慮しても、当該誘電正接の測定値がガラスクロスと空気の複合体としての値なのか、あるいは、空気を含まないガラスクロスのみの値なのかは不明である。
したがって、本件発明1の構成要件「誘電率測定用SPDR誘電体共振器を用いて測定した10GHzでの誘電正接が0.0010未満」の記載は、発明の技術的範囲が第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確である。
取消理由2(引用文献1を主引例とする進歩性)
本件特許の請求項1~4に係る発明は、下記引用文献1に記載された発明及び引用文献2に記載された事項に基いて、その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1~4に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
取消理由3(引用文献3を主引例とする進歩性)
本件特許の請求項1~4に係る発明は、下記引用文献3に記載された発明、引用文献1に記載された発明、引用文献1に記載された事項及び引用文献2に記載された事項に基いて、その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1~4に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
取消理由4(引用文献4を主引例とする進歩性)
本件特許の請求項1~4に係る発明は、下記引用文献4に記載された発明、引用文献2に記載された事項及び引用文献4に記載された事項に基いて、その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1~4に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
記
<引用文献等一覧>
引用文献1 特開2004-353132号公報(申立人が提出した甲第4号証)
引用文献2 特開平5-170483号公報(申立人が提出した甲第10号証)
引用文献3 特開平3-119140号公報(申立人が提出した甲第5号証)
引用文献4 特開2009-263569号公報(申立人が提出した甲第9号証)
第4 取消理由に対する当審の判断
1 取消理由1(明確性要件)について
特許権者からの意見書で、ガラスクロス糸同士の間に空気が存在するガラスクロスの誘電正接の測定値がガラスクロスと空気との複合体としての値であることが技術常識等より明らかである旨主張されたことにより、本件特許請求の範囲の記載が第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえないものとなった。
2 取消理由2(引用文献1を主引例とする進歩性)について
(1) 引用文献1の記載
引用文献1には、以下の記載がある(下線は当審が付した。「・・・」は省略を示す。以下同様。)。
「【請求項1】
繊維径が0.1μm以上80μm以下、繊維長が5mm以上の石英ガラス繊維を、用いる石英ガラス繊維の95%以上を用いて形成され、バルク密度が10kg/m3以上400kg/m3以下、厚さが0.05mm以上20mm以下であることを特徴とする石英ガラス不織布。
・・・
【請求項3】
1MHzから10GHzにおける誘電率が3.8以下、10GHzにおける誘電正接が2×10-4以下であることを特徴とする請求項1または2記載の石英ガラス不織布。
【請求項4】
引張り強度が1N以上であることを特徴とする請求項1~3のいずれかに記載の石英ガラス不織布。
・・・
【請求項9】
不純物としてのアルカリ金属とアルカリ土類金属の総和が、30ppm以下である請求項1~8のいずれかに記載の石英ガラス不織布。」
「【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、主に高周波回路に必要な低誘電率、低誘電正接であるプリント基板に用いられる石英ガラス繊維を用いた不織布に関する。
・・・
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、プリント基板に用いられるこれらDガラス、NEガラスおよび石英ガラスは、一般的に用いられているEガラスと比較して値段が高いため、一部の高周波回路に限定されて使用されるにとどまっていた。また、ガラスの中で特に誘電率および誘電正接の小さな石英ガラス繊維は、高価であることに加え、Eガラスに比べてプリント基板にした時の加工性が悪いという問題があった。
【0006】
本発明は、このような従来の問題を解決するものであり、石英ガラス繊維を用いた加工性の優れた不織布およびこの不織布を安価に製造することのできる製造方法および装置を提供することを目的とする。」
「【0009】
また、本発明の石英ガラス不織布は、1MHzから10GHzにおける誘電率が3.8以下、10GHzにおける誘電正接が2×10-1以下であることが好ましい。これらの数値が上記した範囲外であると、プリント基板とした時の高周波特性が低下する。
【0010】
また、本発明の石英ガラス不織布は、引張り強度が1N以上であることが好ましい。この数値がこの値以外であると、プリント基板とした時の破断強度や耐久性が低下する。」
「【0020】
【表2】
[図:0001423467000001.jpg]
」
「【0024】
繊維径9μmの石英ガラス長繊維200本をヤーンとし、それを縦糸44本/25mm、横糸32本/25mmの平織りのガラスクロス(サンプル8)を作成した。」
「【0031】
【発明の効果】
以上のように、本発明によれば、安価で加工性に優れた低誘電率、低誘電正接を有するプリント基板用の石英ガラス不織布を容易に得ることができる。」
(2) 引用文献1に記載された発明
上記(1)より、引用文献1には、以下の発明(以下「引用発明1」という。)が記載されていると認められる。
[引用発明1]
「繊維径が0.1μm以上80μm以下、繊維長が5mm以上の石英ガラス繊維を、用いる石英ガラス繊維の95%以上を用いて形成され、バルク密度が10kg/m3以上400kg/m3以下、厚さが0.05mm以上20mm以下である石英ガラス不織布であって、
1MHzから10GHzにおける誘電率が3.8以下、10GHzにおける誘電正接が2×10-4以下、引張り強度が1N以上、不純物としてのアルカリ金属とアルカリ土類金属の総和が、30ppm以下である、石英ガラス不織布。」
(3) 本件発明1について
ア 対比
本件発明1と引用発明1を対比する。
引用発明1の「石英ガラス不織布」と、本件発明1の「石英ガラスクロスに熱処理が施されたアニールド石英ガラスクロス」とは「石英ガラスより得られる布」である限りにおいて一致する。
引用発明1の「不純物としてのアルカリ金属とアルカリ土類金属の総和が、30ppm以下」であることと、本件発明1の「アルカリ金属含有量の総和が10ppm以下、BおよびPのそれぞれの含有量が1ppm以下、UおよびThの含有量がそれぞれ0.1ppb以下のものであること」は、「特定の不純物の上限値を規定した」態様の限りにおいて一致する。
以上のことから、本件発明1と引用発明1との一致点及び相違点は、次のとおりである。
[一致点1]
「石英ガラスより得られる布であって、特定の不純物の上限値を規定した石英ガラスより得られる布。」
[相違点1-1]
石英ガラスより得られる布に関し、本件発明1では、「熱処理が施されたアニールド石英ガラスクロス」であるのに対して、「熱処理が施されたアニールド」であるか不明であり、かつ、「石英ガラス不織布」である点。
[相違点1-2]
SiO2含有量に関し、本件発明1では、「99.5質量%以上」であるのに対して、引用発明1では、そのような構成を有するか不明な点。
[相違点1-3]
誘電正接に関し、本件発明1では、「誘電率測定用SPDR誘電体共振器を用いて測定した10GHzでの誘電正接が0.0010未満」であるのに対して、引用発明1では「10GHzにおける誘電正接が2×10-4以下」であるものの、当該誘電正接が「誘電率測定用SPDR誘電体共振器を用いて測定した」ものかどうか不明な点。
[相違点1-4]
引張強さに関し、本件発明1では、「クロス重量(g/m2)当たり1.0N/25mm以上」であるのに対し、引用発明1では、「1N以上」であるものの、「クロス重量(g/m2)当たり」などの単位が不明な点。
[相違点1-5]
特定の不純物の上限値を規定した態様に関し、本件発明1では、「アルカリ金属含有量の総和が10ppm以下、BおよびPのそれぞれの含有量が1ppm以下、UおよびThの含有量がそれぞれ0.1ppb以下」であるのに対して、引用発明1では、「アルカリ金属とアルカリ土類金属の総和が、30ppm以下」である点。
イ 判断
相違点1-1の石英ガラス不織布について検討する。
引用発明1は、高周波回路に必要な低誘電率、低誘電正接であるプリント基板に用いられる石英ガラス繊維を用いた不織布に関するものであって、ガラスの中で特に誘電率および誘電正接の小さな石英ガラス繊維は、高価であることに加え、Eガラスに比べてプリント基板にした時の加工性が悪いという問題があったところ、このような従来の問題を解決するものであり、石英ガラス繊維を用いた加工性の優れた不織布およびこの不織布を安価に製造することのできる製造方法および装置を提供することを課題とするものである(引用文献1の【0001】、【0005】、【0006】参照)。
そうすると、引用発明1において、石英ガラス繊維を用いた加工性の優れた不織布を用いることを必須の要件としているところ、これを織物である石英ガラスクロスに置き換えるという動機付けがあるとはいえないから、引用発明1において、相違点1-1に係る本件発明1の構成とすることは当業者にとって容易ではない。
したがって、その他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、引用発明1に基いて当業者が容易に発明をすることができたものということができない。
(4)本件発明2~4について
本件発明2~4は、本件発明1の発明特定事項を全て含み、更に限定するものであるから、本件発明1と同様の理由から、引用発明1に基いて当業者が容易に発明をすることができたものということができない。
3 取消理由3(引用文献3を主引例とする進歩性)について
(1)引用文献3の記載
引用文献3には、以下の記載がある。
「2.特許請求の範囲
1.二酸化珪素の含有量が98重量%以上で、比重1.8~2.0、引張強度20~82kg/mm2、弾性率1,000~8,200kg/mm2である珪酸繊維を製織し、その表面をシランカップリング剤で処理したガラスクロス。」(特許請求の範囲)
「発明が解決しようとする課題
本発明は上記問題を解決するもので、従来の補強材を基材として用いた低誘電特性積層板と比較して非常に優れた低誘電特性を有し、かつその他の物理、化学的性質も従来の補強材と比べて遜色ない積層板用ガラスクロスを提供することを目的とするものである。
課題を解決するための手段
この課題を解決するために本発明は、二酸化珪素の含有量が98重量%以上で、比重1.8~2.0、引張強度20~82kg/mm2、弾性率1,000~8,200kg/mmである珪酸繊維を製織し、その表面をシランカップリング剤で処理したものである。
作用
この構成により、繊維中の二酸化珪素の含有量が多いために誘電率、誘電正接ともに優れた低誘電特性を有し、安価で、強度も充分で、耐薬品性もある。また、比重が軽く、取り扱いが有利である。さらに、表面がシランカップリング剤で処理されているため、プリント配線基板用補強材として樹脂との接着性を高め、耐熱性も高める。
実施例
以下、本発明の実施例について、図面に基づいて説明する。
即ち、本発明実施例のガラスクロスは、二酸化珪素の含有量が98重量%以上で、比重1.8~2.0、引張強度20~82kg/mm2、弾性率1,000~8,200kg/mmである珪酸繊維を製織し、その表面をシランカップリング剤で処理したものである。
さらに詳しくは前記珪酸繊維はソーダ水ガラスを乾式紡糸し、水分を発散させて固化させた後、酸や塩の水溶液でその繊維からソーダ分を抽出除去し、場合によってはその後高温で焼却することにより繊維中の水分を除去し、ミクロボアを消滅させたものである。繊維中の二酸化珪素の含有量が多いために、1MHzでの誘電率約3.7~3.9、誘電正接約0.0001~0.0003と、低誘電特性ではクオーツ繊維と同等の性能を有し、しかもクオーツ繊維に比べて安価である。また、繊維中の二酸化珪素の含有量が多いため、酸やアルカリ、塩などの薬品に対し強い。また、通常のガラス繊維クロスに比べて比重が軽いので、取り扱いが有利である。
このクロスから、熱処理などの適当な手段により表面に付着している紡糸バインダーや製織用糊剤を除去し、しかる後にシランカップリング剤溶液に浸漬し、乾燥することでガラスの表面にシランカップリング剤を結合、架橋せしめプリント配線基板用補強材として樹脂との接着性を高め、耐熱性を高める。」(2頁右上欄9行~右下欄18行)
「さらに上記説明において、二酸化珪素の含有量を98重量%以上としたのは、98重量%より少ないと含有する不純物のために低誘電特性が悪くなるからである。」(3頁左上欄16行~19行)
「〔具体実施例〕
珪酸繊維としてAKZO(ENKA AG)で開発された水ガラス由来の繊維を用いてクロスを製織した。用いたヤーンの単糸本数241本、単糸径平均9.6μm、番手は35.7テックスであった。ヤーンの物性は二酸化珪素の含有率99.6%以上、比重2.0、引張強度52.0kg/mm2、弾性率5,500kg/mm2であった。
製織用糊剤としてポリビニルアルコール系の糊剤を用いてヤーンに付着し、乾燥せしめた。糊剤付きヤーンをレピア織機にて製繊した。このクロスをバッチ式焼却炉中で400℃で熱処理し、繊維表面の紡糸バインダーや糊剤を焼却除去した。この熱処理したクロスをアミノシランカップリング剤(SZ6032、東レシリコーン製)溶液中に浸漬した。クロスの液を絞り140℃で加熱乾燥することにより、シランカップリング剤で処理したクロスを得た。」(3頁右上欄17行~左下欄14行)
(2)引用文献3に記載された発明
上記(1)より、引用文献3には、以下の発明(以下「引用発明3」という。)が記載されていると認められる。
[引用発明3]
「珪酸繊維はソーダ水ガラスを乾式紡糸し、水分を発散させて固化させた後、酸や塩の水溶液でその繊維からソーダ分を抽出除去し、その後、高温で焼却することにより繊維中の水分を除去したものであり、繊維中の二酸化珪素の含有量が多いために、1MHzでの誘電正接約0.0001~0.0003であり、ヤーンの物性は二酸化珪素の含有率99.6%以上、比重2.0、引張強度52.0kg/mm2 であり、糊剤付きヤーンをレピア織機にて製織し、このクロスをバッチ式焼却炉中で400℃で熱処理し、繊維表面の紡糸バインダーや糊剤を焼却除去した後、シランカップリング剤で処理して得た、ガラスクロス。」
(3)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と引用発明3を対比する。
引用発明3の「このクロスをバッチ式焼却炉中で400℃で熱処理し、繊維表面の紡糸バインダーや糊剤を焼却除去したガラスクロス」と本件発明1の「石英ガラスクロスに熱処理が施されたアニールド石英ガラスクロス」とは、「ガラスクロスに熱処理が施されたアニールドガラスクロス」である限りにおいて一致する。
引用発明3の「ヤーンの物性は二酸化珪素の含有率99.6%以上」である態様は、本件発明1の「SiO2含有量が99.5質量%以上」である態様を満たす。
以上のことから、本件発明1と引用発明3との一致点及び相違点は、次のとおりである。
[一致点3]
「ガラスクロスに熱処理が施されたアニールドガラスクロスであって、SiO2含有量が99.5質量%以上であるアニールドガラスクロス。」
[相違点3-1]
アニールドガラスクロスに関し、本件発明1では、アニールド「石英」ガラスクロスであるのに対し、引用発明3では、「石英」かどうかが不明な点。
[相違点3-2]
誘電正接に関し、本件発明1では、「誘電率測定用SPDR誘電体共振器を用いて測定した10GHzでの誘電正接が0.0010未満」であるのに対して、引用発明3では「1MHzでの誘電正接約0.0001~0.0003」である点。
[相違点3-3]
引張強さに関し、本件発明1では、「クロス重量(g/m2)当たり1.0N/25mm以上」であるのに対し、引用発明3では、「引張強度52.0kg/mm2」である点。
[相違点3-4]
本件発明1では、「アルカリ金属含有量の総和が10ppm以下、BおよびPのそれぞれの含有量が1ppm以下、UおよびThの含有量がそれぞれ0.1ppb以下」であるのに対して、引用発明3では、そのような構成を有しているか不明な点。
イ 判断
相違点3-1について検討する。
石英ガラスの比重が約2.2であることは技術常識であるところ、引用発明3の珪酸繊維のヤーンの二酸化珪素の含有率99.6%以上であるが、比重は2.0である。よって、引用発明3のガラスクロスは石英ガラスクロスとはいえない。
そして、引用発明3を認定した引用文献3の「繊維中の二酸化珪素の含有量が多いために、1MHzでの誘電率約3.7~3.9、誘電正接的0.0001~0.0003と、低誘電特性ではクオーツ繊維と同等の性能を有し、しかもクオーツ繊維に比べて安価である。」(2頁右下欄3行~7行)の記載を参酌すると、クオーツ繊維に比べて安価であるとしている引用発明3の珪酸繊維のガラスクロスを石英ガラスクロスとする動機付けがあるとはいえないから、引用発明3において、相違点3-1に係る本件発明1の構成とすることは当業者にとって容易ではない。
したがって、その他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、引用発明3に基いて当業者が容易に発明をすることができたものということができない。
(4)本件発明2~4について
本件発明2~4は、本件発明1の発明特定事項を全て含み、更に限定するものであるから、本件発明1と同様の理由から、引用発明3に基いて当業者が容易に発明をすることができたものということができない。
4 取消理由4(引用文献4を主引例とする進歩性)について
(1)引用文献4の記載
引用文献4には、以下の記載がある。
「【0001】
本発明は、高周波信号に対応するための誘電損失の小さな多層配線板、配線板ならびにそれを製造するために用いるプリプレグ、多層プリント板などの積層板に関する。」
「【0018】
以下、本発明を詳細に説明する。
配線板材料分野において、絶縁層を低誘電正接化するためには、樹脂材料の誘電正接の低減とともに基材となるクロス材料の誘電正接も低減する必要がある。従来知られているクロス材料の中では石英ガラスクロスの誘電正接が10GHzにおいて0.001未満と最も優れている。しかし、石英ガラスクロスは、石英ガラス繊維の生産性の低さから生産量が少なく高価であること、ドリル加工性が低く加工性に課題があることなどの理由から民生分野では普及していない。本発明は、石英ガラス繊維を主成分とする石英糸を用いて作製される、石英ガラス繊維の密集度が疎の石英ガラスクロスと、硬化後の誘電正接が0.003以下である熱硬化性樹脂組成物とを複合化した厚さ30~60μmの薄葉タイプのプリプレグを用いることによって、絶縁層1層当たりの石英ガラス繊維使用量を低減し、穴あけ加工性の改善と単位面積当たりの樹脂、クロス材料使用量およびコストの低減、絶縁層の誘電正接の低減を両立するものである。ここで「石英ガラス繊維の密集度が疎である」とは、石英糸が個々の石英ガラス繊維に解けた場合に、石英糸間の空間に石英ガラス繊維が均一に分配され、全体としてより薄い石英ガラス繊維の層を形成し得る程度に、石英糸を構成する石英ガラス繊維の本数が低減された状態をいう。本手法によれば、石英ガラス繊維の直径を著しく低減することなく、石英ガラスクロスおよびプリプレグ、その硬化物で構成する積層板の層厚を低減することができる。石英ガラス繊維径の低減によるプリプレグの薄層化は、細線石英ガラス繊維が切断しやすいことに起因して、クロスの生産性、品質に課題が残る。」
「【0050】
・・・
石英ガラスクロス:3種類の信越石英(株)製石英ガラスクロスを用いた。各石英ガラスクロスにおける石英ガラス繊維のフィラメント径、石英糸中の石英ガラス繊維の本数、および縦糸・横糸の織り密度は表1のように設定した。
【0051】
【表1】
[図:0001423467000002.jpg]
【0052】
(3)石英ガラスクロスの表面処理
石英ガラスクロスを0.5重量%のKBM-503メタノール溶液に1時間浸し、次いで石英ガラスクロスをメタノール溶液から取り出し、大気中で100℃/30分間加熱して乾燥し、表面処理を実施した。
・・・
【0054】
・・・
(8)比誘電率および誘電正接の測定
空洞共振法(8722ES型ネットワークアナライザー、アジレント・テクノロジー(株)製;空洞共振器、(株)関東電子応用開発製)によって、10GHzの値を測定した。銅張積層板から作製される試料は銅をエッチング除去した後、1.0×80mmの大きさに切り出して作製した。樹脂板から作製される試料は、樹脂板から1.0×1.5×80mmのサイズに切り出して作製した。
【0058】
【表2】
[図:0001423467000003.jpg]
【0059】
(実施例3~5)
実施例3~5は、石英ガラスクロスNo.2を用い、樹脂組成物の含有率を変えたプリプレグを用いた例である。測定結果を表3に示す。樹脂組成物の含有率の低下にともない積層板の熱膨張係数が低減し、誘電正接の値も小さくなることが確認された。これにより本発明のプリプレグを用いた積層板、配線板、多層配線板は高周波特性と低熱膨張性がともに優れていることが判明した。
【0060】
【表3】
[図:0001423467000004.jpg]
」
(2)引用文献4に記載された発明
上記(1)より、特に、実施例3に着目すると、引用文献4には、以下の発明(以下「引用発明4」という。)が記載されていると認められる。
[引用発明4]
「石英ガラスクロスNo.2を0.5重量%のKBM-503メタノール溶液に1時間浸し、次いで石英ガラスクロスをメタノール溶液から取り出し、大気中で100℃/30分間加熱して乾燥し、表面処理を実施した積層板の空洞共振法(8722ES型ネットワークアナライザー、アジレント・テクノロジー(株)製;空洞共振器、(株)関東電子応用開発製)による10GHzでの誘電正接が0.0009である石英ガラスクロスNo.2。」
(2) 本件発明1について
ア 対比
本件発明1と引用発明4を対比する。
引用発明4の「石英ガラスクロス」は「大気中で100℃/30分間加熱して乾燥し」たものであるから、本件発明1の「石英ガラスクロスに熱処理が施されたアニールド石英ガラスクロス」に相当する。
以上のことから、本件発明1と引用発明4との一致点及び相違点は、次のとおりである。
[一致点4]
「石英ガラスクロスに熱処理が施されたアニールド石英ガラスクロス。」
[相違点4-1]
SiO2含有量に関し、本件発明1では、「99.5質量%以上」であるのに対して、引用発明4では、そのような構成を有するか不明な点。
[相違点4-2]
誘電正接に関し、本件発明1では、「アニールド石英ガラスクロス」の「誘電率測定用SPDR誘電体共振器を用いて測定した10GHzでの誘電正接が0.0010未満」であるのに対して、引用発明4では「積層板の空洞共振法(8722ES型ネットワークアナライザー、アジレント・テクノロジー(株)製;空洞共振器、(株)関東電子応用開発製)による10GHzでの誘電正接が0.0009である石英ガラスクロスNo.2」である点。
[相違点4-3]
引張強さに関し、本件発明1では、「クロス重量(g/m2)当たり1.0N/25mm以上」であるのに対して、引用発明4ではそのような構成を有するか不明な点。
[相違点4-4]
本件発明1では、「アルカリ金属含有量の総和が10ppm以下、BおよびPのそれぞれの含有量が1ppm以下、UおよびThの含有量がそれぞれ0.1ppb以下」であるのに対して、引用発明4ではそのような構成を有するか不明な点。
イ 判断
(ア)相違点4-3について
事案に鑑み、まず、相違点4-3について検討する。
引用発明4の石英ガラスクロスの引張強さについては、引用文献4の【0004】に、「低誘電率、低誘電正接である樹脂組成物と、ガラスクロスを複合化することにより、誘電特性、強度等の機械特性、熱膨張等の熱特性がともに優れた配線板向けの絶縁材料を得ることができる。」と記載されているものの、「クロス重量(g/m2)当たり1.0N/25mm以上」とすることについて、記載も示唆もない。
また、上記事項は、本件出願前において周知技術であるともいえないから、引用発明4において、相違点4-3に係る発明の構成とすることは当業者にとって容易ではない。
したがって、その他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、引用発明4に基いて当業者が容易に発明をすることができたものということができない。
(4)本件発明2~4について
本件発明2~4は、本件発明1の発明特定事項を全て含み、更に限定するものであるから、本件発明1と同様の理由から、引用発明4に基いて当業者が容易に発明をすることができたものということができない。
第5 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
1 特許異議申立理由の内容
申立人は、特許異議申立書において、以下の(1)~(5)を主張する。
(1)明確性要件違反
本件特許の特許請求の範囲に記載された発明は、特許を受けようとする発明が明確でないため、特許法第36条第6項第2号の要件を満たさない。
(2)サポート要件違反
本件特許の特許請求の範囲に記載された発明は、発明の詳細な説明に記載したものではないため、特許法第36条第6項第1号の要件を満たさない。
(3)実施可能要件違反
本件特許の発明の詳細な説明は、請求項に係る発明について当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものでないため、特許法第36条第4項第1号の要件を満たさない。
(4)新規性欠如
本件特許の請求項1~3に係る発明は、甲第4号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
(5)進歩性欠如
本件特許の請求項1~4に係る発明は、甲第4号証に記載された発明、甲第10号証に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
2 特許異議申立理由についての判断
(1)明確性要件違反について
ア 特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載のみならず、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。以下検討する。
イ 本件発明1~5について、特許請求の範囲の記載は明確である。
よって、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない。
ウ 申立人の主張について
(ア)申立人は、次のa、bを主張する。
a 本件発明において、「アニールド石英ガラスクロスとは、石英ガラスクロスに500℃以上1500℃以下の熱処理が施されたものをいい、後述するように石英ガラスクロスそのものに対して特に熱処理を加えたものであ」るとされ(本件明細書【0039】)、単に熱処理が施されるというものではなく、「いわゆる溶融法石英ガラスや、ゾルゲル法シリカを高温処理して得た石英ガラスのようなガラスクロス自体の製造工程において高温処理されたものとは明確に異なるもの」とされる(【0039】)ところ、「石英ガラスクロスに500℃以上1500℃以下の熱処理が施されたもの」と「溶融法石英ガラスや、ゾルゲル法シリカを高温処理して得た石英ガラスのようなガラスクロス自体の製造工程において高温処理されたもの」とを物としてどのように区別するか説明されていないため、明確性要件を満たさない。(特許異議申立書22~23頁)
b 本件発明1は「石英ガラスクロスに熱処理が施されたアニールド石英ガラスクロス」を対象とするものであり、熱処理を経たという製法が規定されているが、特許が物の発明にされている場合、「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られるところ、「石英ガラスクロスに500℃以上1500℃以下の熱処理が施された」ものであることを、その構造又は特性により直接特定することが不可能であるか又はおよそ実際的でないという事情があるとは認められない。(特許異議申立書23~24頁)
(イ)主張についての検討
a 上記aの主張について
本件発明1の「石英ガラスクロスに熱処理が施されたアニールド石英ガラスクロス」という記載についてみると、この記載自体は理解可能であり、不明確な点は認められない。そして、「石英ガラスクロスに熱処理が施されたアニールド石英ガラスクロス」と「溶融法石英ガラスや、ゾルゲル法シリカを高温処理して得た石英ガラスのようなガラスクロス自体の製造工程において高温処理されたもの」とは、本件発明1の「誘電率測定用SPDR誘電体共振器を用いて測定した10GHzでの誘電正接が0.0010未満であ」ることを充足するか否かという点において、前者は充足、後者は非充足であるということにより区別されるものと理解できる。
したがって、申立人の上記主張は、採用することはできない。
b 上記bの主張について
本件発明1の「石英ガラスクロスに熱処理が施されたアニールド石英ガラスクロス」は、石英ガラスクロスが熱処理された状態を示す物に過ぎないため、請求人が主張する熱処理を経たという製法が規定されている場合に該当しない。
したがって、申立人の上記主張は、採用することはできない。
エ 小括
以上によれば、特許異議申立理由の「(1)明確性要件違反」は成り立たない。
(2)サポート要件違反について
ア 特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。以下検討する。
イ 本件発明の解決しようとする課題は、「誘電正接が低く、引張強さにも優れたアニールド石英ガラスクロスを提供すること」である(【0011】)。
そして、発明の詳細な説明の記載によると、本件発明のアニールド石英ガラスクロスは、「SiO2含有量が99.5質量%以上で、10GHzでの誘電正接が0.0010未満であり、引張強さがクロス重量(g/m2)当たり1.0N/25mm以上、即ち引張強さはクロス重量(g/m2)×1.0N/25mm以上のもの」であり(【0012】)、「このようなアニールド石英ガラスクロスであれば、誘電正接が低く、かつ、引張強さにも優れるものであ」(【0013】)るとされている。
これについて、本件発明の実施例1~6は、石英ガラスクロス(SQ1)、石英ガラスクロス(SQ2)、石英ガラスクロス(SQ3)を500℃以上1500℃以下で加熱後、エッチング処理したものであり(【0092】~【0105】)、その結果、10GHzでの誘電正接の最大値は0.0007(実施例2の2-6)であり、エッチング処理後のクロス重量(g/m2)当たりの引張強さ(1.0N/25mm)の最小値は1.02(実施例2の2-6、実施例3の3-6)であることから「本発明のアニールド石英ガラスクロスであれば、誘電正接が低く、引張強さにも優れている」(【0105】)ことが確認できるものである。
そうすると、これらの構成を備える本件発明は、上記の課題を解決すると認識できるものである。すなわち、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものといえる。
ウ 申立人の主張について
(ア)申立人は、次のa~cを主張する。
a 本件発明1は、アニールド石英ガラスクロスを組成要件(「SiO2含有量が99.5質量%以上」、「アルカリ金属含有量の総和が10ppm以下」、「BおよびPのそれぞれの含有量が1ppm以下」、「UおよびThの含有量がそれぞれ0.1ppb以下」)と物性要件(「誘電率測定用SPDR誘電体共振器を用いて測定した10GHzでの誘電正接が0.0010未満」、「引張強さがクロス重量(g/m2)当たり1.0N/25mm以上」)により特定するものであるが、このような場合、サポート要件に適合するものといえるためには、組成要件で特定されるもの(本件ではアニールド石英ガラスクロス)が高い蓋然性を持って物性要件を満たし得ることを発明の詳細な説明の記載などから当業者が認識できることが必要であるとされる。
しかしながら、組成要件が実施例1(石英ガラスクロス(SQ1))と同じである比較例1、2は物性要件を満たしていないので、本件発明1の組成要件で特定されるアニールド石英ガラスクロスが、高い蓋然性をもって本件発明1の物性要件を満たし得るとはいえないから本件発明1にかかる特許請求の範囲の記載は、サポート要件を満たさない(特許異議申立書27~29頁)。
b 本件発明は、バルク密度又は比重は誘電正接及び引張強さに影響を与え、これらバルク密度又は比重が異なれば、誘電正接及び引張強さが異なるとの自論に基づくものであるが、バルク密度又は比重あるいはそれに類するような構成については一切規定されていないため、本件発明の課題を解決し得ないバルク密度又は比重の範囲を明らかに含むといえる(特許異議申立書29~30頁)。
c SiO2含有量が99.5質量%の場合、SiO2でない0.5質量%(5000ppm)という値は、アルカリ金属、BおよびP、UおよびThの合計量がおよそ11ppmであることを考慮すると、SiO2含有量が99.5質量%である場合には、4989ppmもの不明成分が含まれることとなり、当該不明成分は本件発明の課題の解決に十分に負の影響を及ぼすものと考えられるところ、当業者からすれば、SiO2含有量が99.5質量%付近においては、本件発明の課題を解決しないと考えるのが自然であり、本件発明の実施例等を鑑みたとしても、特許発明の範囲を「SiO2含有量が99.5質量%以上」にまで拡張ないし一般化することはできない(特許異議申立書30頁)。
(イ)主張についての検討
a 上記aの主張について
本件発明1は、組成要件と物性要件の両方を満たすアニールド石英ガラスクロスを特定するものであるから、その前提において誤りがあるといわざるを得ない。
また、上記イで説示したように、本件発明は、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものといえる。そして、このことは、申立人が指摘するような比較例が存在するとしても、変わるものではない。
よって、申立人の上記主張は、採用することはできない。
b 上記bの主張について
本件発明は、バルク密度や比重の範囲を特定することにより発明の課題を解決するものではない。また、上記のとおり、そのような特定がなくても課題を解決できているものである。
よって、申立人の上記主張は、採用することはできない。
c 上記cの主張について
本件の発明の詳細な説明には、「上記アニールド石英ガラスクロスは、SiO2の含有量が99.5質量%以上のものであり、これよりSiO2の含有量が少ないと、加熱処理をしても石英並みの低誘電正接が得られない。」(【0039】)と記載されており、石英並みの低誘電正接を得るためのSiO2の最低限の含有量が99.5質量%であると理解でき、そのような技術思想に従って適切に設定することにより課題を解決できるといえる。また、本件発明は、SiO2等の組成の他に、誘電正接に関し、「誘電率測定用SPDR誘電体共振器を用いて測定した10GHzでの誘電正接が0.0010未満」とし、当該特定事項は、課題解決に関する指標を直接的に特定したものであり、これにより、本件発明は、課題を解決し得る範囲を超えないように限定されているといえる。
さらに申立人は、SiO2含有量が99.5質量%付近である場合に、本件発明の課題を解決しないことを証拠をもって示しているものでもない。
よって、申立人の上記主張は、採用することはできない。
エ 小括
以上によれば、特許異議申立理由の「(2)サポート要件違反」は成り立たない。
(3)実施可能要件違反について
ア 発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を満たすというためには、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、当業者が過度の試行錯誤を要することなく、その発明を実施することができる程度の記載があることを要する。
イ 上記(2)イにおいて示したように、本件明細書には、課題、解決手段及び実施例が記載されているから、本件の発明の詳細な説明は実施可能要件を満たすものである。
ウ 申立人の主張について
(ア)申立人は、次を主張する。
業界の技術常識として、「石英ガラス」とは、ほぼSiO2だけからできたものであり、金属不純物の量は極めて少ないものである。したがって、甲4のように「石英ガラス」といえば、特に断るまでもなく当然に、「SiO2含有量が99.5質量%以上」、「アルカリ金属含有量の総和が10ppm以下」、「BおよびPのそれぞれの含有量が1ppm以下」、「UおよびThの含有量がそれぞれ0.1ppb以下」を満たすものである。そのため、上記技術常識を前提に新規性、進歩性において、「石英ガラス」の用語を上記組成を満たすものとして扱うが、これに対して否定するのであれば、技術常識の範疇外となる石英ガラスとなるが、この製造方法が開示されていないため、実施可能要件違反になる。(特許異議申立書32頁~33頁)
(イ)主張についての検討
申立人が主張する技術常識は、石英ガラスそのものを対象としているものであるが、本件発明は、石英ガラスから作られるアニールド石英ガラスクロスであるから、その前提が異なるものである。
そして、「アルカリ金属含有量の総和が10ppm以下」等の主張に関して検討するに、本件明細書に「エッチング処理後、上記したロール状態で、あるいは石英ガラスクロスを連続的にロールから解きほぐし引き出しながらアルカリ金属などの不純物を除去するため、更に純水やイオン交換水などの洗浄槽で室温~100℃で洗浄する。アルカリ電解水をエッチング液として使用した場合は洗浄工程を省いてもよい。」(【0073】)と記載されているように、アニールド石英ガラスクロスの製造過程で付着したアルカリ金属などの不純物を除去する工程等により、「アルカリ金属含有量の総和が10ppm以下」を実現しているものであり、このような処理をしない場合もあり得るのだから、申立人が主張する「当然に、「アルカリ金属含有量の総和が10ppm以下」を満たすもの」とはいえない。
よって、申立人の上記主張は、採用することはできない。
エ 小括
以上によれば、特許異議申立理由の「(3)実施可能要件違反」は成り立たない。
(4)新規性欠如及び進歩性欠如について
ア 本件発明1について
申立人は、異議申立書(39~45頁)にて、甲第4号証から不織布ではなく、ガラスクロス(サンプル8)(【0024】)を引用発明として認定し、本件発明1の新規性及び進歩性の欠如を主張している。
しかしながら、ガラスクロス(サンプル8)を引用発明と認定しても、新規性に関し、相違点1-1のうちガラスクロス(サンプル8)が「熱処理が施されたアニールド」ガラスクロスか否かが不明である点及び相違点1-2~相違点1―5が存在することから、本件発明1は新規性を有するものである。
また、進歩性に関し、特に相違点1-4については、甲第4号証では、クロス重量(g/m2)当たりの引張強さは不明である。
この点について、甲第10号証には、引張強度が高い繊維を得るためにゲル繊維の焼成の際に張力を印加して得られた(【0022】)、OH含有量が重量で1000ppm以下であって、引張強度が50kg/mm2以上のシリカガラス繊維からなる繊維強化プラスチック用ガラス繊維(【請求項1】)が開示されているところ、OH含有量の低減による誘電正接の低下と引張強度の両立について記載されているといえる。しかしながら、甲第10号証の【請求項1】は、シリカガラス繊維の強度を特定するものであって、石英ガラスクロスのクロス重量(g/m2)当たりの強度を特定するものではない。また、引張強度の強化に関し、甲第4号証のガラスクロス(サンプル8)の作成に使われる石英ガラス長繊維は、ゲル繊維から作成されるものであるか不明であるから、甲第10号証に記載の強度を組合わせる動機もない。
よって、申立人が主張する引用発明に、甲第10号証の上記構成を適用し、相違点1-4に係る本件発明1の構成とすることは、当業者にとって容易ではない。
したがって、その他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲第4号証に記載された申立人が主張する引用発明及び甲第10号証に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
イ 本件発明2~4について
本件発明2~4は、本件発明1の発明特定事項を全て含み、更に限定するものであるから、上記アで説示したのと同様に、申立人が主張する引用発明ではなく、甲第4号証に記載された申立人が主張する引用発明及び甲第10号証に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
ウ 小括
以上によれば、特許異議申立理由の「(4)新規性欠如」及び「(5)進歩性欠如」は成り立たない。
第6 むすび
以上のとおりであるから、本件発明1~5に係る特許は、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載された特許異議申立理由によっては取り消すことができず、また、他に本件発明1~5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
審決本文(J-PlatPat)
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2024-700172