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特許異議申立

2023-701169

高温高サイクル疲労特性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼板およびその製造方法ならびに排気部品

審判番号
2023-701169
法域
特許
審判種別
異議申立(異議の決定)
出願番号
特願2019-043973
登録番号
7270419
請求日
2023年11月06日
審決日
2024年03月18日
公報発行日
2024年04月26日
結論
維持
当事者
  • 【権利者】日鉄ステンレス株式会社
  • 【権利者代理人】青木 篤
  • 【権利者代理人】三橋 真二
  • 【権利者代理人】福地 律生
  • 【権利者代理人】齋藤 学
  • 【権利者代理人】小林 良博
  • 【異議申立人】松崎 隆
審判長/審判官
  • 審判長 池渕 立
  • 審判官 井上 猛
  • 審判官 山口 大志
分類
P1651.537-Y (C22C) / P1651.113-Y (C22C) / P1651.121-Y (C22C)
条文(本文から自動抽出・参考)
特許法第29条、特許法第113条、特許法第36条
データ出所
審決公報(XML)

事件の表示

特許第7270419号発明「高温高サイクル疲労特性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼板およびその製造方法ならびに排気部品」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。

結論

結 論 特許第7270419号の請求項1~6に係る特許を維持する。

理由

理 由 第1 手続の経緯 特許第7270419号(請求項の数6。以下、「本件特許」という。)は、平成31年3月11日を出願日とする出願(特願2019-43973号)に係るものであって、令和5年4月27日に設定登録されたものである(特許掲載公報の発行日は、令和5年5月10日である。)。 その後、令和5年11月6日に、本件特許の請求項1~6に係る特許に対して、特許異議申立人である松崎隆(以下、「申立人」という。)により、特許異議の申立てがされた。 第2 本件発明 本件特許の請求項1~6に係る発明は、本件特許の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1~6に記載された事項により特定される以下のとおりのものである(以下、それぞれ「本件発明1」等という。また、本件特許の願書に添付した明細書を「本件明細書」という。)。 【請求項1】 質量%で、 C:0.002~0.300%、 Si:0.010~4.000%、 Mn:0.05~10.00%、 P:0.001~0.050%、 S:0.0001~0.0100%、 Ni:2.00~25.00%、 Cr:15.00~30.00%、 N:0.002~0.500%、 Al:0.001~1.000%、 Cu:0.01~4.00%、 Mo:0.010~3.000%、 V:0.010~1.000%、 を含有し、残部がFe及び不純物からなり、かつ 1140(C)+48(Si)+58(Mo)+711(N)≧200を満足することを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼板。 ここで括弧内は各元素の固溶量(質量%)である。 【請求項2】 さらに、質量%で Nb:0.005~0.300%、 Ti:0.005~0.300%、 B:0.0002~0.0050%、 Ca:0.0005~0.0100%、 W:0.05~3.00%、 Zr:0.05~0.30%、 Sn:0.01~0.50%、 Co:0.03~0.30% Mg:0.0002~0.0100%、 Sb:0.005~0.500%、 REM:0.001~0.200%、 Ga:0.0002~0.3000%、 Ta:0.001~1.000%、 Hf:0.001~1.000%、 から選択される1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板。 【請求項3】 500℃における平面曲げ疲労試験の疲労限界値が200MPa以上であることを特徴とする請求項1または2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板。 【請求項4】 請求項1または2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法であって、冷延板の焼鈍温度を1150~1250℃、保持時間を1~120sec、1150℃から500℃までの冷却速度を30℃/sec以上とすることを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法。 【請求項5】 排気部品に使用される請求項1~3のいずれか1項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板。 【請求項6】 請求項1~3のいずれか1項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板から成る排気部品。 第3 特許異議の申立ての理由の概要 本件特許の請求項1~6に係る特許は、下記1~4のとおり、特許法113条2号及び4号に該当する。証拠方法は、甲第1号証~甲第3号証(以下、単に「甲1」等という。下記5を参照。)である。 1 申立理由1(サポート要件) 本件発明1、2、5、6については、特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に適合するものではないから、本件特許の請求項1、2、5、6に係る特許は、同法113条4号に該当する。 2 申立理由2(新規性) 本件発明1~6は、甲1に記載された発明であり、特許法29条1項3号に該当し、特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1~6に係る特許は、同法113条2号に該当する。 3 申立理由3-1(進歩性) 本件発明1~6は、甲1に記載された発明に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1~6に係る特許は、同法113条2号に該当する。 4 申立理由3-2(進歩性) 本件発明1~3、5、6は、甲2に記載された発明並びに甲1及び甲3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1~3、5、6に係る特許は、同法113条2号に該当する。 5 証拠方法 ・甲1 特開2017-88928号公報 ・甲2 特開平9-279315号公報 ・甲3 濱野修次他4名、「高窒素含有オーステナイト系ステンレス鋼の高温特性」、大同特殊鋼技報 電気製鋼、電気製鋼研究会、2004年4月、第75巻、第2号、p.77-84 第4 当審の判断 以下に述べるように、特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては、本件特許の請求項1~6に係る特許を取り消すことはできない。 1 申立理由1(サポート要件) (1)本件発明1について ア 本件明細書の記載(【0001】~【0004】、【0007】)によれば、本件発明1が解決しようとする課題は、「500℃近傍における高サイクル疲労強度を向上したオーステナイト系ステンレス鋼板を提供すること」であると認められる。 イ 本件明細書の記載及び図面(【0012】~【0014】、【0016】~【0030】、【0044】~【0047】、【0054】~【0057】、表1、表2、図1)によれば、上記アの課題は、オーステナイト系ステンレス鋼板において、「質量%で、C:0.002~0.300%、Si:0.010~4.000%、Mn:0.05~10.00%、P:0.001~0.050%、S:0.0001~0.0100%、Ni:2.00~25.00%、Cr:15.00~30.00%、N:0.002~0.500%、Al:0.001~1.000%、Cu:0.01~4.00%、Mo:0.010~3.000%、V:0.010~1.000%、を含有し、残部がFe及び不純物からなり」、「1140(C)+48(Si)+58(Mo)+711(N)≧200を満足する」(括弧内は各元素の固溶量(質量%))との要件を備えることによって、解決できることが理解できる。 ウ 以上のとおり、本件明細書の記載を総合すれば、上記イの要件を備えた本件発明1は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって、当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により上記アの課題を解決できると認識できる範囲のものということができる。 したがって、本件発明1については、特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものである。 (2)本件発明2、5について ア 本件発明2、5が解決しようとする課題は、上記(1)アと同様であり、当該課題は、上記(1)イの要件を備えることによって、解決できるものである。 イ 本件発明2、5は、本件発明1を直接又は間接的に引用するものであり、本件発明1の発明特定事項を全て備えるものであるところ、本件明細書には、「さらに、質量%で、Nb:0.005~0.300%、Ti:0.005~0.300%、B:0.0002~0.0050%、Ca:0.0005~0.0100%、W:0.05~3.00%、Zr:0.05~0.30%、Sn:0.01~0.50%、Co:0.03~0.30%、Mg:0.0002~0.0100%、Sb:0.005~0.500%、REM:0.001~0.200%、Ga:0.0002~0.3000%、Ta:0.001~1.000%、Hf:0.001~1.000%、から選択される1種または2種以上を含有する」こと(【0013】、【0030】~【0043】)、「排気部品に使用される」こと(【0013】、【0053】)との各要件についても記載されている。 ウ そうすると、上記(1)イの要件及び上記イの要件を備えた本件発明2、5についても、特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものである。 (3)本件発明6について ア 本件明細書の記載(【0001】~【0004】、【0007】)によれば、本件発明6が解決しようとする課題は、「500℃近傍における高サイクル疲労強度を向上したオーステナイト系ステンレス鋼板からなる排気部品を提供すること」であると認められる。 イ 本件明細書の記載及び図面【0012】~【0014】、【0016】~【0030】、【0044】~【0047】、【0053】~【0057】、表1、表2、図1)によれば、上記アの課題は、オーステナイト系ステンレス鋼板からなる排気部品において、上記(1)イの要件を備えることによって、解決できることが理解できる。 ウ 本件発明6は、本件発明1を直接又は間接的に引用するものであり、本件発明1の発明特定事項を全て備えるものであるところ、本件明細書には、本件発明1~3のいずれかの「オーステナイト系ステンレス鋼板からなる排気部品」(【0013】)との要件についても記載されている。 エ そうすると、上記(1)イの要件及び上記ウの要件を備えた本件発明6についても、特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものである。 (4)申立人の主張について 申立人は、本件明細書の記載(【0012】、【0050】)によれば、本件発明の課題は、500℃近傍における高サイクル疲労による疲労破壊の防止、抑制であり、この課題を解決するために、鋼成分と比較的安価な固溶元素を調整するとしているが、一方で、鋼成分と固溶元素を調整したとしても、再結晶及び粒成長が不十分であれば、疲労強度が得られないとも述べているから、鋼成分と固溶元素を調整することを規定するのみである本件発明1、2、5、6については、再結晶及び粒成長が不十分で、疲労強度が得られない態様も含むことになり、課題を解決するための手段が反映されていないと主張する。 しかしながら、本件明細書の記載(特に【0012】~【0014】、【0044】~【0047】)によれば、鋼成分と比較的安価な固溶元素を調整すること(具体的には、上記(1)イの要件を備えること)によって、仮に再結晶及び粒成長が十分でなかったとしても、500℃近傍における高サイクル疲労強度を一定程度は向上できることが理解できる。 よって、申立人の主張は採用できない。 (5)まとめ したがって、申立理由1(サポート要件)によっては、本件特許の請求項1、2、5、6に係る特許を取り消すことはできない。 2 申立理由2(新規性)、申立理由3-1(進歩性) (1)甲1に記載された発明 甲1の記載(請求項1~7、【0001】、【0007】、【0008】、【0010】、【0041】~【0051】、表1~4)によれば、特に、請求項1、3の記載を前提として、鋼No.A7を用いた実施例7、鋼No.B3を用いた比較例8、鋼No.A3を用いた実施例3(【0046】、表1~4)にそれぞれ着目すると、甲1には、以下の発明が記載されていると認められる。 「質量%で、C:0.032%、Si:3.12%、Mn:0.95%、P:0.016%、S:0.0009%、Ni:13.50%、Cr:19.1%、N:0.045%、Al:0.012%、Cu:0.15%、Mo:0.05%、V:0.18%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、断面硬度Hvが178であり、結晶粒度番号が7.7である、オーステナイト系ステンレス鋼板。」(以下、「甲1発明1」という。) 「質量%で、C:0.026%、Si:3.13%、Mn:5.84%、P:0.020%、S:0.0012%、Ni:13.56%、Cr:19.2%、N:0.035%、Al:0.013%、Cu:0.25%、Mo:0.58%、V:0.11%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、断面硬度Hvが186であり、結晶粒度番号が9.0である、オーステナイト系ステンレス鋼板。」(以下、「甲1発明2」という。) 「質量%で、C:0.098%、Si:1.91%、Mn:1.42%、P:0.031%、S:0.0005%、Ni:12.10%、Cr:24.1%、N:0.240%、Al:0.040%、Cu:0.20%、Mo:0.58%、V:0.11%、Ca:0.006%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、断面硬度Hvが186であり、結晶粒度番号が7.3である、オーステナイト系ステンレス鋼板。」(以下、「甲1発明3」という。) (2)本件発明1について ア 対比 本件発明1と甲1発明1、2とを対比する。 本件発明1に係るオーステナイト系ステンレス鋼板の成分組成と、甲1発明1、2に係るオーステナイト系ステンレス鋼板の成分組成とは、いずれも、C、Si、Mn、P、S、Ni、Cr、N、Al、Cu、Mo、Vを含有し、残部がFe及び不純物からなる点で共通し、これら各成分の含有量も、後者が前者に包含されるので、一致する。 以上によれば、本件発明1と甲1発明1、2とは、 「質量%で、C:0.002~0.300%、Si:0.010~4.000%、Mn:0.05~10.00%、P:0.001~0.050%、S:0.0001~0.0100%、Ni:2.00~25.00%、Cr:15.00~30.00%、N:0.002~0.500%、Al:0.001~1.000%、Cu:0.01~4.00%、Mo:0.010~3.000%、V:0.010~1.000%、を含有し、残部がFe及び不純物からなるオーステナイト系ステンレス鋼板。」 の点で一致し、以下の点で相違する。 ・相違点1-1 本件発明1では、「1140(C)+48(Si)+58(Mo)+711(N)≧200を満足する」、「ここで括弧内は各元素の固溶量(質量%)である。」のに対して、甲1発明1、2では、「1140(C)+48(Si)+58(Mo)+711(N)≧200を満足する」、「ここで括弧内は各元素の固溶量(質量%)である。」かどうか不明である点。 イ 相違点1-1の検討 (ア)まず、相違点1-1が実質的な相違点であるか否かについて検討する。 a 甲1には、甲1発明1、2に係るオーステナイト系ステンレス鋼板が、「1140(C)+48(Si)+58(Mo)+711(N)≧200」(括弧内は各元素の固溶量(質量%))(以下、「本件不等式」という。)を満足することについては、何ら記載されていない。また、甲1発明1、2に係るオーステナイト系ステンレス鋼板において、本件不等式を満足することが技術常識であるともいえない。 そうすると、甲1発明1、2に係るオーステナイト系ステンレス鋼板が本件不等式を満足するかどうかは、不明である。 b(a)この点、申立人は、甲1発明1、2(実施例7、比較例8)は、本件発明1と鋼成分が一致し、製造方法も一致するから、本件不等式を満足すると主張するので、以下、検討する。 (b)本件明細書には、本件発明1に係るオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法に関し、概ね、以下の記載がある。 ・本発明の鋼板の製造方法は、製鋼-熱間圧延-焼鈍・酸洗-冷間圧延-焼鈍・酸洗よりなる(【0048】)。 ・冷間圧延後の焼鈍では、焼鈍温度を1150~1250℃とし(【0049】)、保持時間を1~120secとし(【0050】)、加熱・保持後の冷却では、1150℃から500℃までの冷却速度を30℃/sec以上とする(【0051】)。 ・製造工程における他の条件は、適宜選択することができる(【0052】)。 (c)一方、甲1には、甲1発明1、2に係るオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法に関し、概ね、以下の記載がある。 ・鋼を溶製しスラブに鋳造し、熱延、熱延板焼鈍・酸洗、その後に冷延、最終焼鈍・酸洗を施した(【0046】)。 ・甲1発明1(実施例7)については、熱延板焼鈍の加熱温度を1180℃とし、400℃までの冷却速度を63℃/secとし、冷延における圧下率を16%とし、冷延板の最終焼鈍の加熱温度を1180℃とし、400℃までの冷却速度を36℃/secとした(表3)。 ・甲1発明2(比較例8)については、熱延板焼鈍の加熱温度を1150℃とし、400℃までの冷却速度を31℃/secとし、冷延における圧下率を10%とし、冷延板の最終焼鈍の加熱温度を1150℃とし、400℃までの冷却速度を41℃/secとした(表3)。 (d)本件明細書の上記(b)の記載によれば、本件発明1に係るオーステナイト系ステンレス鋼板は、本件発明1の成分組成を満たすオーステナイト系ステンレス鋼を対象として、製鋼-熱間圧延-焼鈍・酸洗-冷間圧延-焼鈍・酸洗よりなる製造方法において、冷間圧延後の焼鈍では、焼鈍温度を1150~1250℃とし、保持時間を1~120secとし、加熱・保持後の冷却では、1150℃から500℃までの冷却速度を30℃/sec以上とし、また、製造工程における他の条件については適宜選択することによって、製造することが可能となるものと解される。 一方、甲1の上記(c)の記載によれば、甲1発明1、2に係るオーステナイト系ステンレス鋼板は、甲1発明1、2の成分組成を満たすオーステナイト系ステンレス鋼を対象として、熱延、熱延板焼鈍・酸洗、その後に冷延、最終焼鈍・酸洗を施す製造方法によって製造されるものであり、その全体の工程は、本件発明1に係るオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法と共通するものである。また、甲1発明1、2に係るオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法における冷延板の最終焼鈍の加熱温度(1180℃、1150℃)や、400℃までの冷却速度(36℃/sec、41℃/sec)についても、本件発明1に係るオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法における冷間圧延後の焼鈍の焼鈍温度(1150~1250℃)や、1150℃から500℃までの冷却速度(30℃/sec以上)を満たすものといえる。 しかしながら、甲1発明1、2に係るオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法における冷延板の最終焼鈍の保持時間については不明であるから、冷間圧延後の焼鈍の保持時間の点で、本件発明1に係るオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法と一致するとはいえない。 よって、申立人の上記(a)の主張は、前提を欠くものであり、採用できない。 (e)仮に、冷間圧延後の焼鈍の保持時間の点で両者が実質的に相違しないと解したとしても、オーステナイト系ステンレス鋼板におけるC、Si、Mo、Nの各固溶量は、技術常識に照らして、冷間圧延後の焼鈍の各条件(焼鈍温度、保持時間、加熱・保持後の冷却速度)のみならず、焼鈍までに施された各種の加工や熱処理の履歴や各条件のほか、オーステナイト系ステンレス鋼の成分組成によっても影響を受けると解される。 そうすると、上記(d)のとおり、本件発明1の成分組成を満たすオーステナイト系ステンレス鋼を対象として、製鋼-熱間圧延-焼鈍・酸洗-冷間圧延-焼鈍・酸洗よりなる製造方法において、冷間圧延後の焼鈍では、焼鈍温度を1150~1250℃とし、保持時間を1~120secとし、加熱・保持後の冷却では、1150℃から500℃までの冷却速度を30℃/sec以上としさえすれば、必ず、本件不等式を満足するオーステナイト系ステンレス鋼板を製造することができるかどうかは、不明である(現に、本件明細書における比較例No.B13~B19は、上記(d)のとおり製造しているにもかかわらず、製造されたオーステナイト系ステンレス鋼板は、本件不等式を満足するものではない。)。 以上によれば、本件発明1と甲1発明1、2が、成分組成の点で一致し、その製造方法の点でも、その全体の工程が共通し、仮に、冷間圧延後の焼鈍の各条件(焼鈍温度、保持時間、加熱・保持後の冷却速度)の点でも一致すると解したとしても、甲1発明1、2に係るオーステナイト系ステンレス鋼板が、実際に、本件不等式を満足するかどうかは不明というほかない。 よって、仮に、冷間圧延後の焼鈍の保持時間の点で、本件発明1と甲1発明1、2が実質的に相違しないと解したとしても、申立人の上記(a)の主張は採用できない。 c また、申立人は、「500℃における平面曲げ疲労試験の疲労限界値が200MPa以上」であることは、自動車排気系部品に一般的に必要な数値にすぎないところ、本件不等式は、本件明細書の図1において、「500℃における平面曲げ疲労試験の疲労限界値が200MPa以上」に対応するように、C、Si、Mo、Nの各固溶量の関係を規定したものであるから、相違点1-1は実質的な相違点ではないと主張する。 しかしながら、図1に示されるような、「1140(C)+48(Si)+58(Mo)+711(N)」の値と500℃における平面曲げ疲労試験の疲労限界値との関係は、本件特許の出願前に知られていたものではなく、また、甲1発明1、2に係るオーステナイト系ステンレス鋼板が、実際に、「500℃における平面曲げ疲労試験の疲労限界値が200MPa以上」であるかどうかも不明であるから、甲1発明1、2に係るオーステナイト系ステンレス鋼板が本件不等式を満足するかどうかは、不明である。 よって、申立人の主張は採用できない。 d 以上によれば、相違点1-1は実質的な相違点である。 したがって、本件発明1は、甲1に記載された発明であるとはいえない。 (イ)次に、相違点1-1の容易想到性について検討する。 a 上記(ア)で述べたとおり、甲1には、甲1発明1、2に係るオーステナイト系ステンレス鋼板が本件不等式を満足することについては、何ら記載されておらず、また、甲1発明1、2に係るオーステナイト系ステンレス鋼板において、本件不等式を満足することが技術常識であるともいえない。甲1には、甲1発明1、2において、本件不等式を満足するようにすることを動機付ける記載は見当たらない。 b この点、申立人は、上記(ア)cと同様、「500℃における平面曲げ疲労試験の疲労限界値が200MPa以上」であることは、自動車排気系部品に一般的に必要な数値にすぎないところ、本件不等式は、本件明細書の図1において、「500℃における平面曲げ疲労試験の疲労限界値が200MPa以上」に対応するように、C、Si、Mo、Nの各固溶量の関係を規定したものであるから、相違点1-1は単なる数値範囲の最適化であると主張するが、上記(ア)cで述べたのと同様の理由により、単なる数値範囲の最適化であるとはいえない。 c 以上によれば、甲1発明1、2において、本件不等式を満足するようにすることは、当業者が容易に想到することができたとはいえない。 したがって、本件発明1は、甲1に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 ウ 小括 以上のとおり、本件発明1は、甲1に記載された発明であるとはいえず、また、甲1に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 (3)本件発明2について ア 対比 本件発明2と甲1発明3とを対比すると、上記(2)アと同様に、両者は、 「質量%で、C:0.002~0.300%、Si:0.010~4.000%、Mn:0.05~10.00%、P:0.001~0.050%、S:0.0001~0.0100%、Ni:2.00~25.00%、Cr:15.00~30.00%、N:0.002~0.500%、Al:0.001~1.000%、Cu:0.01~4.00%、Mo:0.010~3.000%、V:0.010~1.000%、を含有し、 さらに、質量%で、Nb:0.005~0.300%、Ti:0.005~0.300%、B:0.0002~0.0050%、Ca:0.0005~0.0100%、W:0.05~3.00%、Zr:0.05~0.30%、Sn:0.01~0.50%、Co:0.03~0.30%、Mg:0.0002~0.0100%、Sb:0.005~0.500%、REM:0.001~0.200%、Ga:0.0002~0.3000%、Ta:0.001~1.000%、Hf:0.001~1.000%、から選択される1種または2種以上を含有し、残部がFe及び不純物からなるオーステナイト系ステンレス鋼板。」 の点で一致し、以下の点で相違する。 ・相違点1-1’ 本件発明2では、「1140(C)+48(Si)+58(Mo)+711(N)≧200を満足する」、「ここで括弧内は各元素の固溶量(質量%)である。」のに対して、甲1発明3では、「1140(C)+48(Si)+58(Mo)+711(N)≧200を満足する」、「ここで括弧内は各元素の固溶量(質量%)である。」かどうか不明である点。 イ 相違点1-1’の検討 相違点1-1’は、相違点1-1と同様の相違点であるところ、上記(2)イで本件発明1について述べたことは、本件発明2についても同様に当てはまるものであり、また、上記(2)イで甲1発明1、2について述べたことは、甲1発明3についても同様に当てはまるものである。そうすると、上記(2)イで相違点1-1について述べたのと同様の理由により、相違点1-1’は、実質的な相違点であり、また、当業者が容易に想到することができたものとはいえない。 ウ 小括 以上のとおり、本件発明2は、甲1に記載された発明であるとはいえず、また、甲1に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 (4)本件発明3~6について 本件発明3~6は、本件発明1又は2を直接又は間接的に引用するものであり、本件発明1又は2の発明特定事項を全て備えるものであるが、上記(2)、(3)で述べたとおり、本件発明1、2が、甲1に記載された発明であるとはいえず、また、甲1に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上、本件発明3~6についても同様に、甲1に記載された発明であるとはいえず、また、甲1に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 (5)まとめ 以上のとおり、本件発明1~6は、甲1に記載された発明であるとはいえない。 また、本件発明1~6は、甲1に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 したがって、申立理由2(新規性)、申立理由3-1(進歩性)によっては、本件特許の請求項1~6に係る特許を取り消すことはできない。 3 申立理由3-2(進歩性) (1)甲2に記載された発明 甲2の記載(請求項1、2、【0004】、【0006】、【0024】~【0029】、表1、表2、図1)によれば、特に、請求項1、2の記載を前提として、発明鋼5の薄板材、発明鋼1の薄板材(【0024】、表1、表2)にそれぞれ着目すると、甲2には、以下の発明が記載されていると認められる。 「重量%で、C:0.02%、Si:0.19%、Mn:1.47%、S:0.001%、Cu:0.03%、Ni:10.1%、Cr:23.0%、Mo:0.9%、N:0.42%、Al:0.014%、V:0.30%、残部実質的にFeからなる組成を有するメタルガスケット用オーステナイト系ステンレス鋼薄板材。」(以下、「甲2発明1」という。) 「重量%で、C:0.02%、Si:0.20%、Mn:5.98%、S:0.005%、Cu:0.01%、Ni:10.1%、Cr:23.0%、Mo:2.0%、N:0.50%、Al:0.017%、V:0.06%、Nb+Ta:0.05%、残部実質的にFeからなる組成を有するメタルガスケット用オーステナイト系ステンレス鋼薄板材。」(以下、「甲2発明2」という。) (2)本件発明1について ア 対比 本件発明1と甲2発明1とを対比する。 鋼が不純物を含有し、不純物としてPを含有することは、技術常識であることを踏まえると、本件発明1に係るオーステナイト系ステンレス鋼板の成分組成と、甲2発明1に係るオーステナイト系ステンレス鋼薄板材の成分組成とは、いずれも、C、Si、Mn、P、S、Ni、Cr、N、Al、Cu、Mo、Vを含有し、残部がFe及び不純物からなる点で共通し、Pを除いた各成分の含有量も、後者が前者に包含されるので、一致する。 以上によれば、本件発明1と甲2発明1とは、 「質量%で、C:0.002~0.300%、Si:0.010~4.000%、Mn:0.05~10.00%、P、S:0.0001~0.0100%、Ni:2.00~25.00%、Cr:15.00~30.00%、N:0.002~0.500%、Al:0.001~1.000%、Cu:0.01~4.00%、Mo:0.010~3.000%、V:0.010~1.000%、を含有し、残部がFe及び不純物からなるオーステナイト系ステンレス鋼板。」 の点で一致し、以下の点で相違する。 ・相違点2-1 本件発明1では、「1140(C)+48(Si)+58(Mo)+711(N)≧200を満足する」、「ここで括弧内は各元素の固溶量(質量%)である。」のに対して、甲2発明1では、「1140(C)+48(Si)+58(Mo)+711(N)≧200を満足する」、「ここで括弧内は各元素の固溶量(質量%)である。」かどうか不明である点。 ・相違点2-2 Pの含有量が、本件発明1では、「0.001~0.050%」であるのに対して、甲2発明1では、不明である点。 イ 相違点2-1の検討 (ア)まず、相違点2-1が実質的な相違点であるか否かについて検討する。 a 甲2には、甲2発明1に係るオーステナイト系ステンレス鋼薄板材が、「1140(C)+48(Si)+58(Mo)+711(N)≧200」(括弧内は各元素の固溶量(質量%))(前述のとおり、「本件不等式」という。)を満足することについては、何ら記載されていない。また、甲2発明1に係るオーステナイト系ステンレス鋼薄板材において、本件不等式を満足することが技術常識であるともいえない。 そうすると、甲2発明1に係るオーステナイト系ステンレス鋼薄板材が本件不等式を満足するかどうかは、不明である。 b この点、申立人は、甲2には、「この冷間圧延材を、排気系ガスケットの様に高温に曝される雰囲気で使用すると、時効により窒化物が析出するため硬度が向上し、高温強度、耐ヘタリ性が向上させることを特徴とする。」(【0022】)との記載があり、時効により窒化物が析出することから、冷間圧延後では窒化物は析出せず、比較的固溶量が大となっていることが示されているところ、甲3には、甲2の発明鋼1に対応した合金成分を有するDSN9鋼について、「今回、時効硬化の認められた873Kで400h時効した素材の析出物を同定するため電解抽出を試みたが、析出物は検出されていない。この理由としてDSN9の冷間加工後の873Kの時効硬化には析出が関与しない可能性と、析出物が微細過ぎて検出されない可能性が挙げられる。特にM23C6型炭窒化物に関しては、磯部らの実験合金よりもCが低くNが高いため、DSN9では析出しづらい合金系であると考えられる。」と記載されているように、少なくとも発明鋼1では、本件明細書【0047】のような抽出残渣法を採用するなら、析出物は析出しておらず、比較的固溶量が大となっており、甲3の内容を踏まえると、甲2発明1(発明鋼5)が析出物を析出させていないなら、「1140(C)+48(Si)+58(Mo)+711(N)」の値は、発明鋼5で383(=1140×0.02+48×0.19+58×0.9+711×0.42)となり、本件不等式を満たすと主張する。 しかしながら、甲2の上記記載によれば、甲2発明1に係るオーステナイト系ステンレス鋼薄板材が、冷間圧延後の時効により窒化物が析出するとしても、そうであるからといって、冷間圧延後かつ時効前の段階で、窒化物が全く析出していないかどうかは不明である。甲2発明1に係るオーステナイト系ステンレス鋼薄板材において、実際に、どの程度の量のC、Si、Mo、Nが析出せずに固溶したままで存在しているのかは、不明である。 また、甲3のTable1によれば、DSN9鋼は、Si、S、Al、Cu、Vを含有するかどうか不明であり、また、含有するとしてもその含有量が不明である。そうすると、DSN9鋼が、甲2の各発明鋼に対応した合金組成を有するかどうかは不明であり、DSN9鋼と甲2の各発明鋼との関係は不明であるから、甲2発明1に係るオーステナイト系ステンレス鋼薄板材について、DSN9鋼に関する甲3の記載を根拠として、冷間圧延後かつ時効前の段階で、窒化物が析出していないとはいえない。 よって、申立人の主張は採用できない。 c 以上によれば、相違点2-1は実質的な相違点である。 (イ)次に、相違点2-1の容易想到性について検討する。 a 上記(ア)で述べたとおり、甲2には、甲2発明1に係るオーステナイト系ステンレス鋼薄板材が本件不等式を満足することについては、何ら記載されておらず、また、甲2発明1に係るオーステナイト系ステンレス鋼薄板材において、本件不等式を満足することが技術常識であるともいえない。甲2のほか、甲1、甲3にも、甲2発明1において、本件不等式を満足するようにすることを動機付ける記載は見当たらない。 b この点、申立人は、上記2(2)イ(ア)c、上記2(2)イ(イ)bと同様、甲1を参照すると、本件不等式は、本件明細書の図1において、「500℃における平面曲げ疲労試験の疲労限界値が200MPa以上」に対応するように、C、Si、Mo、Nの各固溶量の関係を規定したものであるから、相違点2-1は実質的な相違点ではないか、単なる数値範囲の最適化であると主張するが、上記2(2)イ(ア)c、上記2(2)イ(イ)bで述べたのと同様の理由により、申立人の主張は採用できない。 c 以上によれば、甲2発明1において、本件不等式を満足するようにすることは、当業者が容易に想到することができたとはいえない。 ウ 小括 以上のとおり、相違点2-2について検討するまでもなく、本件発明1は、甲2に記載された発明並びに甲1及び甲3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 (3)本件発明2について ア 対比 本件発明2と甲2発明2とを対比すると、上記(2)アと同様に、両者は、 「質量%で、C:0.002~0.300%、Si:0.010~4.000%、Mn:0.05~10.00%、P、S:0.0001~0.0100%、Ni:2.00~25.00%、Cr:15.00~30.00%、N:0.002~0.500%、Al:0.001~1.000%、Cu:0.01~4.00%、Mo:0.010~3.000%、V:0.010~1.000%、を含有し、 さらに、質量%で、他の元素を含有し、残部がFe及び不純物からなるオーステナイト系ステンレス鋼板。」 の点で一致し、以下の点で相違する。 ・相違点2-1’ 本件発明2では、「1140(C)+48(Si)+58(Mo)+711(N)≧200を満足する」、「ここで括弧内は各元素の固溶量(質量%)である。」のに対して、甲2発明2では、「1140(C)+48(Si)+58(Mo)+711(N)≧200を満足する」、「ここで括弧内は各元素の固溶量(質量%)である。」かどうか不明である点。 ・相違点2-2’ Pの含有量が、本件発明2では、「0.001~0.050%」であるのに対して、甲2発明2では、不明である点。 ・相違点2-3 他の元素が、本件発明1では、「Nb:0.005~0.300%、Ti:0.005~0.300%、B:0.0002~0.0050%、Ca:0.0005~0.0100%、W:0.05~3.00%、Zr:0.05~0.30%、Sn:0.01~0.50%、Co:0.03~0.30%、Mg:0.0002~0.0100%、Sb:0.005~0.500%、REM:0.001~0.200%、Ga:0.0002~0.3000%、Ta:0.001~1.000%、Hf:0.001~1.000%、から選択される1種または2種以上」であるのに対して、甲2発明2では、「Nb+Ta:0.05%」である点。 イ 相違点2-1’の検討 相違点2-1’は、相違点2-1と同様の相違点であるところ、上記(2)イで甲2発明1について述べたことは、甲2発明2についても同様に当てはまるものである。そうすると、上記(2)イで相違点2-1について述べたのと同様の理由により、相違点2-1’は、実質的な相違点であり、また、当業者が容易に想到することができたものとはいえない。 ウ 小括 以上のとおり、相違点2-2’、相違点2-3について検討するまでもなく、本件発明2は、甲2に記載された発明並びに甲1及び甲3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 (4)本件発明3、5、6について 本件発明3、5、6は、本件発明1又は2を直接又は間接的に引用するものであり、本件発明1又は2の発明特定事項を全て備えるものであるが、上記(2)、(3)で述べたとおり、本件発明1、2が、甲2に記載された発明並びに甲1及び甲3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上、本件発明3、5、6についても同様に、甲2に記載された発明並びに甲1及び甲3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 (5)まとめ 以上のとおり、本件発明1~3、5、6は、甲2に記載された発明並びに甲1及び甲3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 したがって、申立理由3-2(進歩性)によっては、本件特許の請求項1~3、5、6に係る特許を取り消すことはできない。 第5 むすび 以上のとおり、特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては、本件特許の請求項1~6に係る特許を取り消すことはできない。 また、他に本件特許の請求項1~6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。

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2023-701169

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