特許異議申立
2023-701063
高Mnオーステナイト系ステンレス鋼
- 審判番号
- 2023-701063
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2018-030927
- 登録番号
- 7262172
- 請求日
- 2023年10月05日
- 審決日
- 2024年03月25日
- 公報発行日
- 2024年04月26日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】日鉄ステンレス株式会社
- 【権利者代理人】松沼 泰史
- 【権利者代理人】大浪 一徳
- 【権利者代理人】勝俣 智夫
- 【権利者代理人】山口 洋
- 【権利者代理人】堀田 耕一郎
- 【権利者代理人】山口 健吾
- 【権利者代理人】飯田 恭宏
- 【権利者代理人】井口 翔太
- 【異議申立人】鈴木 憲治
- 審判長/審判官
- 審判長 粟野 正明
- 審判官 池渕 立
- 審判官 相澤 啓祐
- 分類
- P1651.121-Y (C22C)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第2項、特許法第113条第2号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7262172号発明「高Mnオーステナイト系ステンレス鋼」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7262172号の請求項1ないし11に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7262172号(以下、「本件特許」という。)の請求項1~11に係る特許についての出願(以下、「本願」という。)は、平成30年 2月23日の出願であって、令和 5年 4月13日に特許権の設定登録がされ、同年 4月21日に特許掲載公報が発行され、その後、同年10月 5日受付で、請求項1~11(全請求項)に係る特許に対し、特許異議申立人である鈴木憲治(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。
第2 本件特許発明
本件特許の特許請求の範囲の請求項1~11に係る発明(以下、「本件特許発明1~11」という。また、これらを総称して「本件特許発明」という。)は、本願の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1~11に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
質量%で、C:0.024~0.200%、Si:0.10~2.00%、Mn:6.0~20.0%、P:0.060%以下、S:0.0080%以下、Ni:4.0~12.0%、Cr:10.0~25.0%、N:0.010~0.100%、Al:0.30~4.0%、Ca:0.0100%以下、Mg:0.0100%以下、Cu:0~4.0%、Mo:0~2.0%、REM:0~0.010%、B:0~0.0080%、Ti:0~1.0%、Nb:0~1.0%、V:0~1.0%を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、
水素ガスおよび液体水素環境中で用いることを特徴とする高Mnオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項2】
質量%で、Cu:0.1~4.0%を含むことを特徴とする請求項1に記載の高Mnオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項3】
質量%で、Mo:0.1~2.0%を含むことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の高Mnオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項4】
質量%で、REM:0.010%以下、B:0.0080%以下を1種または2種含むことを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載の高Mnオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項5】
質量%で、Ti:1.0%以下、Nb:1.0%以下、V:1.0%以下を1種または2種以上含むことを特徴とする請求項1~4のいずれか一項に記載の高Mnオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項6】
質量%で、W:0.5%以下を含むことを特徴とする請求項1~5のいずれか一項に記載の高Mnオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項7】
質量%で、Co:1.0%以下を含むことを特徴とする請求項1~6のいずれか一項に記載の高Mnオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項8】
質量%で、Sn:0.1%以下、Sb:0.01%以下を1種または2種含むことを特徴とする請求項1~7のいずれか一項に記載の高Mnオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項9】
水素ガスおよび液体水素のタンク本体およびライナー、配管、バルブで用いることを特徴とする請求項1~8のいずれか一項に記載の高Mnオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項10】
水素ステーションの圧縮機および熱交換器で用いることを特徴とする請求項1~9のいずれか一項に記載の高Mnオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項11】
300℃、90MPa水素ガス中に72時間曝露し、鋼内に水素を含有させた鋼を水素曝露材とし、水素を含有させていない鋼を非水素曝露材とした場合、
-40℃の大気中での引張試験で得られた非水素曝露材の破断伸びに対する、-40℃の90MPaの水素ガス中での引張試験で得られた水素曝露材の破断伸びの比が、0.90以上となることを特徴とする請求項1~10のいずれか一項に記載の高Mnオーステナイト系ステンレス鋼。」
第3 申立理由の概要
申立人は、証拠方法として、いずれも本願の出願前に公知となった、下記甲第1~8号証を提出して、以下の申立理由1~2により、本件特許の請求項1~11に係る特許は取り消されるべきものである旨主張している。
1 申立理由1(進歩性)
本件特許発明1~11は、甲第1号証に記載された発明と、甲第3号証~甲第8号証に記載された事項に基いて、その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
したがって、本件特許発明1~11に係る特許は、特許法第113条第2号に該当し取り消されるべきものである。
2 申立理由2(進歩性)
本件特許発明1~3、9~11は、甲第2号証に記載された発明と、甲第3号証~甲第8号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
したがって、本件特許発明1~3、9~11に係る特許は、特許法第113条第2号に該当し取り消されるべきものである。
[証拠方法]
甲第1号証:特開2016-183396号公報
甲第2号証:特開2006-219743号公報
甲第3号証:特開2016-65314号公報
甲第4号証:特開2014-114471号公報
甲第5号証:特開平2-77563号公報
甲第6号証:特開2009-133001号公報
甲第7号証:特開2016-183412号公報
甲第8号証:C.San Marchi、外3名、On the physical differences between tensile testing of type 304 and 316 austenitic stainless steels with internal hydrogen and in external hydrogen、INTERNATIONAL JOURNAL OF HYDROGEN ENERGY、35、2010、p.9736-9745
(以下、甲第1号証~甲第8号証をそれぞれ「甲1」~「甲8」という。)
第4 当審の判断
上記申立理由1~2は、以下に示す理由により、いずれも採用できない。
1 甲号証の記載、及び甲号証に記載された発明
(1)甲1の記載、及び甲1に記載された発明
ア 甲1には、「極低透磁率ステンレス鋼線材、ならびに耐久性に優れる鋼線、異形線」(発明の名称)に関して、次の記載がある(なお、下線は当審が付与し、「…」は記載の省略を表す。以下同様。)。
(1ア)「【請求項1】
質量%で、
C:0.090~0.350%、
Mn:9.0~25.0%、
Ni:20.0%未満、
Cr:10.0~25.0%、
N:0.50%以下、
Si:3.0%以下、
Mo:3.0%以下、
Cu:3.0%以下を含有し、
更に、
Ti:0.5%以下、V :0.5%以下、Nb:0.5%以下の内、1種類以上を含有し、かつTi+V+Nb>0.01%とするとともに、
残部Feおよび不可避的不純物からなる化学成分を有し、
金属組織がオーステナイト相を主体とし、オーステナイト平均粒径が20.0μm以下であり、
下記(a)式で示されるオーステナイト相中のNieqが25.0以上、
下記(b)式で示されるTNが100以上、
下記(c)式で示されるSFEが110以下、
であることを特徴とする極低透磁率ステンレス鋼線材。
Nieq=Ni+Cu+15.9(C+N)+0.66Mn+0.32Si+0.47Cr+0.64Mo …(a)
TN=99.81-1.37Cr-3.14Ni+8.83Mn-12.68Si+4.48Mo-32.45C-33.86N …(b)
SFE=-53+6.2Ni+0.7Cr+3.2Mn+9.3Mo …(c)
但し、式中の元素記号は、当該元素の鋼中における含有質量%を意味する。
【請求項2】
更に質量%で、
Al:0.001~2.0%、
B :0.012%以下、
Co:2.5%以下、
W :2.5%以下、
Ta:2.5%以下、
Sn:2.5%以下の内、1種類以上を含有することを特徴とする請求項1記載の極低透磁率ステンレス鋼線材。
…
【請求項6】
請求項1~3の何れか一項に記載の極低透磁率ステンレス鋼線材を素材として製造された鋼線であって、
冷間加工による長手方向の残留応力が400MPa以下であることを特徴とする耐久性に優れる極低透磁率ステンレス鋼線。
【請求項7】
引張強さが1500~2500MPaであることを特徴とする請求項6に記載の耐久性に優れる極低透磁率ステンレス鋼線。」
(1イ)「【技術分野】
【0001】
本発明は、耐久性に優れる極低透磁率ステンレス鋼線、異形線、ならびにそれらに用いられる線材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、非磁性が要求されるブラジャーワイヤーやブラジャーホック等の衣類用製品は、非磁性ステンレスSUS304、SUS316を代表とするオーステナイト系ステンレス鋼線材、鋼線を素材として加工・成型され製造されてきた。
しかしながら、上記のようなオーステナイト系ステンレス鋼線材、鋼線から加工・成型、製造されたステンレス製品には冷間加工時に加工誘起マルテンサイト(加工誘起α’)が生成されており、極低透磁率が望まれる上記衣類用製品等の用途には不向きという欠点があった。また、上記衣類用製品等の中でも高強度や繰り返し応力が付与される部位に用いるオーステナイト系ステンレス鋼線材、鋼線には、極低透磁率を保ちつつ優れた耐久性が要求されている。
【0003】
上記課題に対して、Mn及びN、Ni当量の増加を図ることで、強加工しても磁性の増加を抑え、かつ高強度特性を有する非磁性ばね材の技術が検討されている(例えば、特許文献1)。」
(1ウ)「【発明が解決しようとする課題】
…
【0008】
このように、近年では、衣類用製品等の中でも繰り返し応力が付与され、高強度を必要とされる部位に用いるオーステナイト系ステンレス鋼線材、鋼線には、極低透磁率を保ちつつ優れた耐久性が要求されているが、両者を兼ね備えた線材、鋼線は未だ開発されていないのが現状である。それ故、これまでの非磁性ステンレス鋼線材、鋼線、異形線は、耐久性を要する部品として幅広く使用されておらず、さらに従来の非磁性用素材では極低透磁率化と耐久性の向上が不充分であった。
【0009】
本発明は、上記問題に鑑みなされたものであって、耐久性に優れる極低透磁率ステンレス鋼鋼線、異形線、ならびにそれらに用いられる線材を提供することを課題とする。」
(1エ)「【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らが検討した結果、ステンレス鋼線材の成分組成において、高Mn、低Ni化によって反強磁性化を図るとともに、Nb,V,Ti添加によって結晶粒微細化を図りうることを見出した。また、ネール温度TNと、γ安定度の指標であるNieqの最適化によって低透磁率化、そして積層欠陥エネルギーの生成指標であるSFEの最適化によって長手方向の残留応力、ならびにC断面の最大硬さと最小硬さの差を低減でき、耐久性の向上、低透磁率化を図り得ることを見出した。
そして、ステンレス鋼鋼線および異形線を製造するにあたり、上記の成分組成を有し、結晶粒の微細化が施された鋼線材を用いて製造することで、耐久性に優れかつ極低透磁率であるステンレス鋼鋼線および異形線を得ることができる。
本発明はこれら新たな知見によってなされたものであって、本発明の要旨は下記のとおりである。
【0011】
(1) 質量%で、
C:0.090~0.350%、
Mn:9.0~25.0%、
Ni:20.0%未満、
Cr:10.0~25.0%、
N:0.50%以下、
Si:3.0%以下、
Mo:3.0%以下、
Cu:3.0%以下を含有し、
更に
Ti:0.5%以下、V:0.5%以下、Nb:0.5%以下の内、1種類以上を含有し、かつTi+V+Nb>0.01%とするとともに、
残部Feおよび不可避的不純物からなる化学組成を有し、
金属組織がオーステナイト相を主体とし、オーステナイト平均粒径が20.0μm以下であり、
下記(a)式で示されるオーステナイト相中のNieqが25.0以上、
下記(b)式で示されるTNが100以上、
下記(c)式で示されるSFEが110以下、
であることを特徴とする極低透磁率ステンレス鋼線材。
Nieq=Ni+Cu+15.9(C+N)+0.66Mn+0.32Si+0.47Cr+0.64Mo …(a)
TN=99.81-1.37Cr-3.14Ni+8.83Mn-12.68Si+4.48Mo-32.45C-33.86N …(b)
SFE=-53+6.2Ni+0.7Cr+3.2Mn+9.3Mo …(c)
但し、式中の元素記号は、当該元素の鋼中における含有質量%を意味する。
(2) 更に質量%で、
Al:0.001~2.0%、
B :0.012%以下、
Co:2.5%以下、
W :2.5%以下、
Ta:2.5%以下、
Sn:2.5%以下の内、1種類以上を含有することを特徴とする上記(1)に記載の極低透磁率ステンレス鋼線材。
…」
(1オ)「【0016】
以下に、先ず、ステンレス鋼線材の成分組成の限定理由について説明する。なお、以下の説明における(%)は特に断りがない限り、質量(%)である。
【0017】
Cは、伸線加工後に高強度を得て、加工誘起α’を抑制するために、0.090%以上添加する。しかしながら、Cを0.350%を超えて添加すると、耐食性と靭性が低下傾向となるおそれがあるため、C量は0.350%以下とし、好ましくは0.150%以下とする。
【0018】
Mnは、後述するネール温度TNを高める元素であり、γを反強磁性化にする作用を有し、極低透磁率化に有効である。これらの効果を享受するためMn量は9.0%以上とする。好ましくは10.0%以上である。しかしながら、Mnを25.0%超えて添加すると鋳造時にデルタフェライト(δFe)を生成し、極低透磁率と耐久性を劣位にするため、上限を25.0%に限定する。好ましくは20.0%以下である。
【0019】
Niは、後述するNieqを高める元素であり、冷間加工による加工誘起α’の生成を抑制する元素であるが、ネール温度TNを下げる元素でもあるため、Ni量を20.0%以上添加すると透磁率を高める。そのため、Ni量は20.0%未満とし、好ましくは10.0%以下とする。Ni量の下限は特に限定しないが、Nieqを高める観点から、0.1%以上とすることが好ましい。
【0020】
Crは、耐食性を確保するため、10.0%以上添加する。好ましくはCr量を11.0%以上とする。しかしながら、Crを25.0%を超えて添加すると、鋳造時にδFeを生成し、極低透磁率と耐久性を劣位にするため、上限を25.0%にする。好ましくは、11.0~20.0%である。
【0021】
Nは、Nieqを高める元素であり、冷間加工による加工誘起α’の生成を抑制する。しかしながら、Nを0.50%を超えて添加すると、冷間加工時に割れるおそれがあるため、N量は0.50%以下とし、好ましくは0.40%以下とする。N量の下限は特に限定しないが、Nieqを高める観点から、0.25%以上とすることが好ましい。
【0022】
Siは、脱酸を行い、脱酸生成物を少なくして耐久性を確保するため0.05%以上添加することが好ましい。しかしながら、Siを3.0%を超えて添加するとその効果は飽和するばかりか伸線加工性と耐久性が悪くなり、また、鋼線、異形線の透磁率を高めるおそれがあるため、上限を3.0%未満にすることが好ましい。より好ましくは1.0%以下である。
【0023】
Moは、耐食性を向上させる効果を有するため、0.05%以上含有させることが好ましい。しかしながら、Moを3.0%を超えて含有すると、その効果は飽和するばかりか、逆に耐久性が劣化し、透磁率を高めるおそれがある。そのため、必要に応じて3.0%以下の範囲で含有させることが好ましい。より好ましくは、1.0%以下である。
【0024】
Cuは、冷間加工時の割れを防止するため、0.05%以上含有させることが好ましい。しかしながら、Cuを3.0%超えて含有すると、耐久性が低下するおそれがあることに加え、熱間加工性が劣位になる。そのため、必要に応じて3.0%以下の範囲で含有させることが好ましい。より好ましくは、1.0%以下である。
【0025】
Ti,V,Nbは、炭窒化物を形成して結晶粒径を微細にして、線材、鋼線の強度、耐久性を改善するとともに、加工誘起α’の生成を抑制するため、Ti:0.5%以下,V:0.5%以下,Nb:0.5%以下の内、1種類以上を含有させ、かつTi、V、Nbの合計含有量を0.01%超とする。しかしながら、これら各元素を各規定上限を超えて含有させると粗大介在物が生成し、線材、鋼線の耐久性が低下するおそれがある。これらのことから、各元素の好ましい範囲は、Ti:0.1%以下、V:0.1%以下、Nb:0.1%以下である。
前述の効果をより発揮させるためには、好ましくは、Ti,V,Nbは、Ti:0.05%以上、V:0.05%以上、Nb:0.05%以上とする。」
(1カ)「【0029】
Alは、脱酸を促進して介在物清浄度レベルを向上させ、線材、鋼線の耐久性を向上させるのに有効な元素であるため0.001%以上含有させることが好ましい。より好ましくは0.003%以上であり、さらに好ましくは0.005%以上である。しかしながら、Alを2.0%を超えて含有すると、その効果は飽和するばかりか、材料自体の耐久性が劣化することに加え、透磁率を高めるおそれがある。そのため、必要に応じて2.0%以下の範囲で含有させることが好ましい。より好ましくは、1.0%以下であり、更に好ましくは0.1%以下である。」
(1キ)「【0038】
次に、本実施形態に係る線材の金属組織について説明する。
本実施形態に係る線材の金属組織は、その大部分がオーステナイト相であり、残部は不可避的相からなる。このような線材の金属組織において、線材のγ粒径が20.0μm超えでは、耐久性が劣化することに加え、冷間加工時に加工誘起α’が生成し、透磁率を高めるおそれがある。そのため、線材のγ粒径の上限を20.0μmとする。好ましくは、10.0μm以下である。線材のγ粒径の下限値は特に限定せず、耐久性、低透磁率の観点からは小さければ小さいほど好ましいが、測定可能なサイズがおおよそ0.01μm程度であることから、0.01μm以上とする。
【0039】
γ粒径の測定にあたっては、線材の横断面を、例えばFE-SEM/EBSDで観察し、線材長手方向に直角となる直線L(μm)を引き、その直線L上に存在する大傾角粒の数Nを測定してγ粒の平均粒径を算出できる。本明細書では、この平均粒径を「γ粒径」と定義する。
【0040】
次に、Nieqについて説明する。
Nieqは、伸線後の加工誘起マルテンサイト量と成分の関係をそれぞれ調査して得られた指標であり、極低透磁率を安定的に確保するために制御する必要がある。
Nieqは、下記式(a)より求められる値であり、この値が25.0未満の場合、加工誘起α’量が生成しやすくなり、透磁率を高めてしまう。そのため、Nieqの下限を25.0に限定する。好ましくは、Nieqを30.0以上とする。
Nieq==Ni+Cu+15.9*(C+N)+0.66*Mn+0.32*Si+0.47*Cr+0.64*Mo … (a)」
(1ク)「【実施例】
【0054】
以下に本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、以下の実施例で用いた条件に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0055】
表1-1~表2-2に実施例の鋼の化学組成(鋼種A~CB)、Nieq、TN、SFE、γの粒径を示す。なお、表中の下線は本発明範囲から外れているものを示す。
…
【0057】
【表1-2】
[図:0001409140000001.jpg]
」
(1ケ)「【0059】
【表1-4】
[図:0001409140000002.jpg]
」
(1コ)「【0073】
なお、本実施例において、線材の粒径の測定方法は、線材の横断面をFE-SEM/EBSDで観察し、長手方向に直角となる直線L(μm)を引き、その直線上に存在した大傾角粒の数Nから下記(3)式を用いて算出した。
平均粒径(μm)=L/N ・・・ (3)
γの粒径が10.0μm以下の場合を(◎),10.0~20.0μmの場合を(○)、20.0μmを上回る場合を(×)として評価した。本発明例の線材の製品では、◎もしくは○であった。
【0074】
鋼線と異形線の引張強さは、JIS Z 2241の引張試験での引張強さにて評価した。引張強さが1500~2500MPaの範囲内である場合を(○)、1500MPaを下回る場合を(×)として評価した。
本発明例の鋼線と異形線の製品では、全て1500~2500MPa(○)であり、強度特性に優れていた。」
イ 甲1に記載された発明
(ア)甲1に記載された発明が解決しようとする課題は、上記(1イ)、(1ウ)によれば、「ブラジャーワイヤーやブラジャーホック等の衣類用製品に用いられる、耐久性に優れる極低透磁率ステンレス鋼鋼線、異形線、ならびにそれらに用いられる線材を提供すること」であると認められる(以下、「課題1」という。)。
(イ)上記課題1は、上記(1エ)の記載を参照すると、上記(1ア)の請求項1に記載の極低透磁率ステンレス鋼線材の発明によって解決し得るものであるところ、上記(1ク)の【表1-2】に記載された各鋼種によって製造された鋼線材は当該発明の実施例であり、これら鋼線材のうち、本件特許発明1と組成が近い鋼種AKによって製造された鋼線材に注目する。上記(1キ)の記載から、鋼種AKによる鋼線材の金属組織は、その大部分がオーステナイト相であり、上記(1ケ)、(1コ)の記載から、鋼種AKによる鋼線材における、オーステナイトの平均粒径は10.0μm以下(◎)であり、当該鋼線材を素材として製造された鋼線の引張強さは1500~2500MPaの範囲内(○)である。
したがって、甲1には次の極低透磁率ステンレス鋼線材の発明が記載されているものと認められる。(以下「甲1発明」という。)。
「 質量%で、
C:0.111%、
Si:1.82%、
Mn:11.14%、
Ni:5.45%、
Cr:14.94%、
N:0.27%、
Mo:0.86%、
Cu:0.96%を含有し、
更に、
V :0.05%、
Al:0.05%を含有し、
残部Feおよび不可避的不純物からなる化学成分を有し、
金属組織がオーステナイト相を主体とし、オーステナイト平均粒径が10.0μm以下であり、
衣類用製品に用いられる、極低透磁率ステンレス鋼線材。」
(2)甲2の記載、及び甲2に記載された発明
ア 甲2には、「耐応力腐食割れ性に優れた低Niオーステナイト系ステンレス鋼材」(発明の名称)に関して、次の記載がある。
(2ア)「【特許請求の範囲】
…
【請求項2】
質量%で、C:0.05%以下、Si:2.0~4.0%、Mn:3.0~7.0%、P:0.045%以下、S:0.005%以下、Cr:16.0~18.0%、Ni:3.0~5.0%、Cu:1.0~3.5%、N:0.1~0.3%、かつMo:1.5%以下およびAl:2.0%以下の1種または2種を含み、残部Feおよび不可避的不純物であって、下記(1)式で定義されるMd30≦-20の組成を有する耐応力腐食割れ性に優れた低Niオーステナイト系ステンレス鋼材。
Md30=551-462(C+N)-9.2Si-8.1Mn-29(Ni+Cu)-13.7Cr-18.5Mo …(1)」
(2イ)「【技術分野】
【0001】
本発明は、SUS430より良好な機械的性質および耐食性を有するとともに、オーステナイト系ステンレス鋼材で問題となる耐応力腐食割れ性がSUS304より優れ、かつ高価なNiを節減した低Ni高Mnオーステナイト系ステンレス鋼材に関するものである。」
(2ウ)「【発明が解決しようとする課題】
【0004】
Niを低減した高Mnオーステナイト系ステンレス鋼の最大の特徴はフェライト系ステンレス鋼の及ばない良好な加工性にある。しかし、耐食性はSUS430レベルであるため、Niを低減した高Mnオーステナイト系ステンレス鋼の適用は耐食性の要求レベルの低い用途で、マイルドな一般環境に限定される。
しかし、Niを低減した高Mnオーステナイト系ステンレス鋼は成形して用いられることが多く、高い残留応力が残存する場合が多い。したがって、一般環境ではあるが、いったん孔食や隙間腐食が生じると、これらを経由した応力腐食割れが発生する。また、溶接施工では、溶接時の加熱-冷却によって熱応力が発生するため、同様に応力腐食割れが問題となる。
Cr-Mn-N系オーステナイト系ステンレス鋼については耐応力腐食割れ性が検討された報告はほとんど見当たらず、市場での適用を阻害する理由の1つとなっていた。
【0005】
また、安定度の低いオーステナイト系ステンレス鋼は強加工を受けると加工誘起マルテンサイトが生成することがあり、その状態で腐食が進行すると腐食反応によって水素が発生するため、オーステナイト相を安定にする必要がある。
本発明は、上記の課題を解決して成形品および溶接施工品において耐応力腐食割れ性が改善された安価なCr-Mn-N系のオーステナイト系ステンレス鋼材を提供することを目的とするものである。」
(2エ)「【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、Cr-Mn-N系のオーステナイト系ステンレス鋼材の耐応力腐食割れ性の改善に取り組み、本系鋼において、CuおよびSiの添加が有効であること、Alを添加することでさらに耐応力腐食割れ性が改善されることを知見した。本発明はこのような知見に基づいて完成したものである。
【0007】
すなわち、上記目的は、質量%で、C:0.05%以下、Si:2.0~4.0%、Mn:3.0~7.0%、P:0.045%以下、S:0.005%以下、Cr:16.0~18.0%、Ni:3.0~5.0%、Cu:1.0~3.5%、N:0.1~0.3%であり、必要に応じてさらにMo:1.5%以下およびAl:2.0%以下の1種または2種を含み、残部Feおよび不可避的不純物であって、下記(1)式で定義されるMd30≦-20の組成を有する耐応力腐食割れ性に優れた低Niオーステナイト系ステンレス鋼材によって達成される。「鋼材」の中でも、特に成形品、溶接施工品が好適な対象となる。
Md30(℃)=551-462(C+N)-9.2Si-8.1Mn-29(Ni+Cu)-13.7Cr-18.5Mo …(1)
ここで、上記(1)式の元素記号の箇所には、質量%で表された各元素の含有量が代入される。」
(2オ)「【0010】
〔成分元素〕
Cは鋼中に不可避的に含まれる元素である。Cの含有量を低減すると鋼は軟質になり加工性が向上するとともに炭化物、窒化物の生成が少なくなり、溶接性および溶接部の耐食性が向上するが、強力なオーステナイト生成元素であるため、溶接部耐食性を阻害しない範囲の0.05%以下とする。
【0011】
Siは本発明鋼材においては重要な元素であって、脱酸作用のほか、Cuとの複合添加によって希薄塩化物環境での耐応力腐食割れ性を高めるものであり、これらの作用を有効に得るため2.0%以上添加する。耐応力腐食割れ性の観点からはSi含有量が多いほどその効果は大きくなるが、熱間加工性を阻害する、鋼を硬質にするなどの弊害が生じるのでSiは4.0%を上限とする。
…
【0020】
Nは本来不純物元素であるがオーステナイト相の安定化に有効な元素であり、0.1%以上の添加で耐孔食性を向上させる作用を有している。ただし、Nは耐応力腐食割れ性をわずかに阻害し、表面疵が発生しやすいなどの問題点があり、0.3%を上限とする。
【0021】
オーステナイト相が不安定なオーステナイト系ステンレス鋼材は加工を受けるとマルテンサイト変態が生じるため、腐食反応で発生する水素による脆化が懸念される。本発明の特徴である加工品で良好な耐食性を維持するために、加工誘起マルテンサイト生成の指標として知られている前記(1)式のMd30(℃)を-20以下に規制する。」
(2カ)「【0022】
〔実施例1〕
以下に、実施例をあげて本発明の作用効果を具体的に示す。表1に示す化学成分を有するステンレス鋼を溶製し、熱間圧延にて板厚3mmの熱延板を作成した。その後、板厚1mmにまで冷間圧延し、1050~1100℃で仕上げ焼鈍を施し、酸洗したのち試供材とした。
【0023】
【表1】
[図:0001409140000003.jpg]
【0024】
表1中、No.1~No.6は本発明鋼材であって、17.5Cr-4Ni-4.5Mnをベースとし、Niの低減を図ったもので、N、Cu、Si、必要に応じてさらにMo、Alを添加している。No.1とNo.2はSiの影響をみた鋼材、No.3とNo.4はMoの添加量を変えた鋼材、No.5とNo.6はAlを添加した鋼材である。
No.7~No.11の比較鋼材のうち、No.7~No.9は製造履歴が上記本発明鋼材と同じである。No.10とNo.11はJISに規定される商用鋼材である。これらの比較鋼材のうち、No.7鋼材はC量が本発明の組成範囲外であり、Md30も本発明の範囲より高い。No.8鋼材はSi量が本発明の組成範囲に満たなく、No.9鋼材はCu量が本発明の組成範囲に満たない。No.10鋼材はSUS304であり、No.11鋼材はSUS430である。
【0025】
前記のようにして製造した各鋼材について、孔食電位の測定、応力腐食割れ(以下、「SCC」ということがある。)発生の限界温度の測定および溶接部の粒界腐食試験を行った。
孔食電位の測定はJISG0577「ステンレス鋼の孔食電位測定方法」に準じて行った。
【0026】
SCC発生の限界温度の測定は、28mm×32mmと14mm×16mm、板厚1mmの板を2枚重ね、中央にスポット溶接を施して隙間試験片を作成した。ついで50ppmCl-水溶液に浸漬し、試験温度を変えて10日間の浸漬試験を行い、試験終了後、スポット溶接部をくりぬき隙間試験片を開いてSCC発生の有無を調べ、SCCが発生しない上限の温度をSCC発生の限界温度とした。なお、100℃を超える温度の試験はオートクレーブ容器で行った。
溶接部の粒界腐食試験はJISG0575「ステンレス鋼の硫酸・硫酸銅腐食試験方法」に準じて行った。溶接は、100mm×250mm、板厚1mmの板にTIG溶接を2度繰返して行い、腐食試験片を切り出した。
【0027】
表2に耐食性および機械的性質の試験結果を一覧にして示す。表2より本発明鋼材の孔食電位(単位:V vs.SCE)はSUS304(当審注:鋼No.10)に及ばないが、SUS430のそれより貴であって耐孔食性はSUS430(当審注:鋼No.11)より優れている。特に、No.4鋼材はSUS304に匹敵する耐孔食性を示した。
本発明鋼材の特徴は耐SCC性であり、いずれの鋼のSCC発生限界温度もSUS304のそれより高く、希薄塩化物水溶液環境では水の沸点を超えている。No.1鋼材とNo.2鋼材の比較からSi量の増加は耐SCC性の向上に有効である。さらに、No.5鋼材とNo.6鋼材のSCC発生限界温度はNo.2鋼材のそれより高く、Alの添加により耐SCC性は向上した。一方、No.4鋼材のSCC発生限界温度はNo.2鋼材に比べて低下しており、Moの添加による耐SCC性の低下が認められた。
溶接部の耐粒界腐食性をみると、本発明鋼材はいずれも粒界腐食が発生しておらず、溶接施工が可能であることがわかった。一方、比較例のNo.7鋼材はC量が0.08%と高く、溶接部で粒界腐食が生じた。
【0028】
【表2】
[図:0001409140000004.jpg]
【0029】
表2の機械的性質から明らかなように、本発明鋼材はNを0.1~0.3%の範囲で含有しているため、SUS304に比べて若干硬質になったが、50%前後の伸びが得られており、オーステナイト系ステンレス鋼材のもつ良好な成形性を有していることがわかった。」
イ 甲2に記載された発明
(ア)甲2に記載された発明が解決しようとする課題は、上記(2ウ)によれば、「成形品および溶接施工品において耐応力腐食割れ性が改善された安価なCr-Mn-N系のオーステナイト系ステンレス鋼材を提供すること」であると認められる(以下、「課題2」という。)。
(イ)上記課題2は、上記(2エ)の記載を参照すると、上記(2ア)の請求項2に記載の低Niオーステナイト系ステンレス鋼材の発明によって解決し得るものであるところ、上記(2カ)の【表1】に記載された本発明鋼の各鋼材は当該発明の実施例であり、これら鋼材のうち、本件特許発明1と組成が近い鋼No.6の鋼材に注目する。上記(2カ)の記載から、鋼No.6の鋼材は、孔食電位(単位:V vs.SCE)がSUS430(鋼No.11)より貴であり、SCC発生限界温度もSUS304(鋼No.10)より高くなっていることから、耐応力腐食割れ性が従来よりも改善されているものである。
したがって、甲2には次の耐応力腐食割れ性に優れた低Niオーステナイト系ステンレス鋼材の発明が記載されているものと認められる。(以下「甲2発明」という。)。
「 質量%で、
C:0.043%、
Si:3.32%、
Mn:6.50%、
P:0.032%、
S:0.001%、
Ni:4.10%、
Cr:17.57%、
Cu:2.88%、
N:0.226%、
Mo:0.01%、
Al:0.82%を含み、
残部Feおよび不可避的不純物であって、
耐応力腐食割れ性に優れた低Niオーステナイト系ステンレス鋼材。」
(3)甲3の記載
ア 甲3には、「高強度・高延性で優れた耐食性・耐熱性を有する耐高圧水素ガス貯蔵容器製造用の高窒素ステンレス鋼管の製造方法」(発明の名称)に関して、次の記載がある。
(3ア)「【0003】
さらにまた、オーステナイト系ステンレス鋼管は、高圧水素ガスによる脆化の誘発を防ぐ優れた特性を有していることなどから、電気自動車(EV)に続き、究極の環境対応車の本命とされている燃料電池自動車(燃料電池車、FCV)の要となる高圧水素ガス貯蔵容器用の素材として最も有望視されており、その高強度化はますます重要なものとなって来ている。」
(3イ)「【0022】
本発明によれば、炭素鋼においてオーステナイト結晶粒の成長抑制作用のあることが知られているアルミニウム(Al)、チタン(Ti)、バナジウム(V)、ジルコニウム(Zr)などの元素(例えば非特許文献1参照)のうちAl及びTiは当該ステンレス鋼管においてもその抑制作用が発現され、特にAlは、フェライト系ステンレス鋼管材料においてもその作用が認められる。このことは、フェライト系ステンレス鋼管にNの吸収・固相拡散処理法を適用する場合、同鋼管の表面部にオーステナイト組織が生成しているのに対して管断面の中心部付近はフェライトのまま組織であっても、オーステナイト組織の表面部ばかりでなく、中心部付近のフェライト組織の結晶粒の粗大化も防止できるという意味で極めて重要である。」
(3ウ)「【0029】
高圧水素ガス貯蔵容器用の材料として、使用時に高圧水素ガスとの接触による水素ガス脆化(hydrogen gas embrittlement, HGE)などの問題を起こさないものとしては、現在高ニッケル(Ni)濃度のオーステナイト系ステンレス鋼であるSUS316L材とアルミニウム(Al)合金のA6061-T6材の2種類に限られているが、両者のうちでもその強度レベル等を勘案すると、前者の高Ni濃度のオーステナイト系ステンレス鋼が最も有望なものと考えられる。
しかし、このような高Ni濃度のオーステナイト系ステンレス鋼でも、その強度面からみて十分な素材とは言えず、これにより高圧水素ガスの圧力に耐え得るその貯蔵容器をつくると、容器の壁厚(肉厚)の極端に厚い非常に重い重量のものとなるので、そのまま実用に適した材料とはなりにくい。
本発明によれば、前項に記載のように、例えば、SUS316L系の高Ni濃度のオーステナイト系ステンレス鋼(Fe-18Cr-12Ni-2.5Mo-0.02C〔質量%〕)の管材に窒素(N)の吸収・固相拡散処理、結晶粒の微細化処理等を施すと、同ステンレス鋼の管材に高強度でかつ高延性な極めて優れた特性を賦与することができる。」
(3エ)「【0033】
本発明参考例では、Fe-18Cr-12Ni-2.5Mo-0.02C(質量%)などの汎用のオーステナイト系ステンレス鋼管(外径26mm、肉厚3mm)に1070~1100℃にて前項に記載の窒素(N)の吸収・固相拡散処理及び焼なまし処理の両処理を行ってから、〔0010〕に記載のオーステナイト相の共析変態を利用した結晶粒微細化処理を施すと、特にその延性(伸び)が60%レベルまで大きく向上する。
次いで、同鋼管に室温にて20%の引抜加工を施すと、耐力(σ0.2)が従来材の約3倍、引張強さ(σB)が従来材の約2倍、伸び(δ)が60%レベルの高強度・高延性ですぐれた耐食性・耐熱性を有する高窒素系ステンレス鋼管を容易に製造することができる。
また、例えばアルミニウム(Al)のような金属元素を当該鋼管の母材に0.02~0.10%(質量)程度含有させると、その高温での処理過程での結晶粒成長の抑制作用が発現され、結晶粒の微細組織が保持されるので、これらの元素は結晶粒粗大化抑制元素として好適に用いることができる。」
(3オ)「【0059】
参考例6、表6からみて、本発明参考例によれば、アルミニウム(Al)無添加の試料(a)では、同鋼管の内面及び外面の表面部付近のオーステナイト組織中の結晶は500μmレベルの結晶粒径まで大きく成長しているが、Al添加の試料(b)では鋼管の内面の表面部(オーステナイト)及び外面の表面部(フェライト)付近の組織中の結晶の粒成長は大きく抑制され、その粒径は110~130μmレベルにとどまっていることが解る。
また、同表により、Alの粒成長抑制効果は、フェライト組織においても、オーステナイト組織の場合と同様にみられることが明らかである。」
(4)甲4の記載
ア 甲4には、「高圧水素用オーステナイト系ステンレス鋼」(発明の名称)に関して、次の記載がある。
(4ア)「【請求項1】
質量%で、C:0.06%以下、Si:1.0%以下、Mn:1.7%以下、P:0.040%以下、S:0.030%以下、Ni:8.0%以上13.5%以下、Cr:16.5%以上20.0%以下、N:0.05%以上0.09%以下を含むと共に、式1を満足し、
式1:3.7Ni+2.5Mn-1.6Cr-0.9Si+266N-33>0
残部がFeおよび不可避不純物からなることを特徴とする高圧水素用オーステナイト系ステンレス鋼。」
(4イ)「【0002】
たとえば、燃料電池自動車や燃料電池自動車の燃料を取り扱う水素ステーションには、水素を高圧ガス状態で貯留するタンク、バルブ、配管、配管継手等の高圧水素に接触する部品が多数必要である。かかる高圧水素ガスに接触する部品に用いる材料としては、高圧水素環境において優れた機械的強度、耐食性及び耐水素脆化を備えることが求められている。
【0003】
従来、高圧水素ガスに接触する部位に用いられるステンレス鋼としては、SUS316、SUS316L等のオーステナイト系ステンレス鋼が一般的である。SUS316L等は、機械的強度、耐食性及び耐水素脆化の特性に比較的優れたものであるが、未だ改善の余地がある。たとえば、特許文献1及び2に記載されたステンレス鋼は、SUS316L等をさらに改良しようとしたものである。」
(5)甲5の記載
ア 甲5には、「耐摩耗性に優れる高Mn非磁性ステンレス鋼」(発明の名称)に関して、次の記載がある。
(5ア)「2.特許請求の範囲
1. 重量比でC:0.03~0.15%、Mn:10~20%、Ni:2~8%、Cr:15~20%、V:0.05~0.8%、N:0.20~0.50%を含有し、更にSi:0.5~3.0%、Al:0.3~4.0%の一種以上を含有し、かつ次式で示される非磁性安定指数Nieqが13.5以上で、耐摩耗指数Kが10.5以上であり、
Nieq=Ni+0.38Mn+22C+13N-0.077Cr-0.54Si-1.5V-0.062Al
K=3C+5Si+0.2Mn+0.2Ni+5A1+7V+2N
残部Feならびに不可避的不純物からなり、結晶粒度が8以下であることを特徴とする耐摩耗性に優れる高Mn非磁性ステンレス鋼。」(第1頁左欄第4行~下から第4行)
(5イ)「(産業上の利用分野)
本発明は、VTRのガイドロール、シャフト又は各種電子機器等に使用する軸受け等のように非磁性および耐摩耗性が要求される材料、さらには押し板、自動車のメタルガスケット等のように高硬度が要求される材料として好適な耐摩耗性に優れる高Mn非磁性ステンレス鋼に関するものである。」(第1頁左欄下から第2行~右欄第5行)
(5ウ)「(従来の技術)
近年、磁気利用技術の発達に伴って非磁性鋼の応用分野が拡大しつつある。特に、最近発達の著しいVTR、オーディオ機器、電子機器等の磁気を回避する必要のある部品の使用量が増大している。そしてこのような部品には非磁性と同時に耐摩耗性が要求される。
従来、このような要求に対してSUS305、SUS316等のオーステナイト系ステンレス鋼が用いられてきた。しかし、これらは20%程度の冷間加工率までしかオーステナイト相すなわち非磁性が安定ではなく、またNi量が高いため高価であるという問題があった。一方、SUS205に代表されるNi低減型高Mnオーステナイト系ステンレス鋼は安価で、冷間加工を施しても非磁性が安定しており、高硬度が得られるため、この分野に適用されてきたが、耐摩耗性が十分でないという問題があった。」(第1頁右欄第6行~第2頁左上欄第2行)
(5エ)「(発明が解決しようとする課題)
本発明は、耐摩耗性に優れた高Mn非磁性ステンレス鋼を堤洪しようとするものである。」(第2頁左上欄下から第2行~右上欄第1行)
(5オ)「Vは高Mn鋼の結晶粒を微細化して強靭性を改善させるほか、Si、Alの酸化皮膜の形成を促進・強化し、耐摩耗性を向上させる効果があり、少なくとも0.05%必要である。しかし過度の含有は熱間加工性を害する他にコストの上昇を招いたり、耐摩耗性改善の効果も飽和するために、上限を0.8%とした。
NはMn、Niとともにオーステナイトの安定化効果が高いうえに固溶硬化、加工硬化作用が大きく、高強度、高硬度を得る上で有効な元素であり、その効果を発揮するために少なくとも0.20%必要である。しかし、過度に含有させると健全な鋼塊が得られないので0.5%を上限とした。
SiとAlは摩擦部において耐摩耗性に優れる皮膜を形成し、耐摩耗性を向上させる重要な元素であるためSi:0.5~3.0%、Al:0.3~4.0%の1種以上添加する必要がある。」(第2頁左下欄下から第6行~右下欄第11行)
(6)甲6の記載
ア 甲6には、「耐水素脆化特性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼」(発明の名称)に関して、次の記載がある。
(6ア)「【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.03~0.10%、
Si:0.20~1.00%、
Mn:0.50~2.00%、
P:0.050%以下、
S:0.030%以下、
Ni:7.0~12.0%、
Cr:16.0~20.0%、
Mo:1.0%以下、
N:0.10%以下、
O:0.01%以下
を含有し、かつ、
Ti:0.1~1.0%、
Nb:0.2~1.0%
の1種または2種を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなり、かつ、(Ti+Nb)/(C+N):3以上、および断面積1mm2における1μm以上のTi炭化物、Ti炭窒化物またはNb炭窒化物の内の1種または2種以上が20個以上存在することを特徴とする耐水素脆化特性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼。」
(6イ)「【技術分野】
【0001】
本発明は、水素ガスが使用される環境下でも脆化が起こり難い安価なオーステナイト系ステンレス鋼に関し、特に水素ガスが使用される環境下において使用されるバルブ、配管、継手、圧縮機、蓄圧機および計測機器などの部材に適用される安価なオーステナイト系ステンレス鋼に関するものである。」
(7)甲7の記載
ア 甲7には、「耐水素脆化特性に優れた高強度オーステナイト系ステンレス鋼およびその製造方法、ならびに高圧水素ガスおよび液体水素環境中で用いる水素用機器」(発明の名称)に関して、次の記載がある。
(7ア)「【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.2%以下、Si:0.2~1.5%、Mn:0.5~2.5%、P:0.06%以下、S:0.008%以下、Ni:10.0~20.0%、Cr:16.0~25.0%、Mo:3.5%以下、Cu:3.5%以下、N:0.01~0.50%、O:0.015%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物であり、
析出物の平均サイズが100nm以下であり、かつ析出物の量が質量%で0.001%以上1.0%以下であることを特徴とする耐水素脆化特性に優れた高強度オーステナイト系ステンレス鋼。」
(7イ)「【0004】
近年、燃料電池自動車の一般販売に先駆けて、水素ステーションの公的な試作・実証実験が進行している。例えば、大量の水素を液体水素として貯蔵でき、かつ液体水素を昇圧して70MPa以上の高圧水素ガスとして供給可能な水素ステーションが実証段階にある。また、水素ステーションにおいて、燃料電池自動車のタンクに充填する水素を-40℃程度の低温に予冷するプレクールと呼ばれる技術が実用化されている。
これらのことから、水素ステーションのディスペンサーに付随する液体水素用の貯蔵容器や水素ガス配管などに用いられる金属材料は、70MPaの高圧かつ低温の水素ガスに曝されることが想定される。」
(7ウ)「【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明のオーステナイト系ステンレス鋼は、40MPa超の高圧の水素ガス中で極めて優れた耐水素脆化特性と650MPa超の引張強さが得られる。このため、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼は、圧力が40MPaを超える水素ガスを貯蔵する高圧水素ガス用タンク、高圧水素用ガスタンクライナー、高圧水素ガス用熱交換器、高圧水素ガスおよび液体水素用配管の材料として適用可能である。」
(8)甲8の記載
ア 甲8には、「
[図:0001409140000005.jpg]
」(論文の表題、当審訳:304と316タイプのオーステナイト系ステンレス鋼に対する、内部水素を含む場合と外部水素環境に置かれた場合との引張試験の物理的な相違について)に関して、次の記載がある。
(8ア)「
[図:0001409140000006.jpg]
」(第9743頁左欄第2~8行。当審訳:外部水素と内部水素の水素含有量の違いは、明らかに特定の条件に依存します。たとえば、圧力140MPa(および温度573K)でのプレチャージによって、より大きな内部水素濃度(0.74at%[8])となって現れ、このことによりRAがこの研究で観察されたものよりも低下する可能性がある。)
2 申立理由1(甲1を主引例とする進歩性)について
(1)本件特許発明1と甲1発明との対比
ア 甲1発明の「質量%で」「C:0.111%」、「Si:1.82%」、「Mn:11.14%」、「Ni:5.45%」、「Cr:14.94%」、「Cu:0.96%」、「Mo:0.86%」、「V :0.05%」、「を含有し」、「残部Feおよび不可避的不純物からなる化学成分を有」することは、それぞれ、本件特許発明1の「質量%で」「C:0.024~0.200%」、「Si:0.10~2.00%」、「Mn:6.0~20.0%」、「Ni:4.0~12.0%」、「Cr:10.0~25.0%」、「Cu:0~4.0%」、「Mo:0~2.0%」、「V:0~1.0%」、「を含有し」、「残部がFeおよび不純物からな」ることに相当する。
イ 甲1発明の「金属組織がオーステナイト相を主体と」する「ステンレス鋼線材」は、本件特許発明1の「オーステナイト系ステンレス鋼」に相当する。
ウ 本件特許発明1において「オーステナイト系ステンレス鋼」が「高Mn」であるとは、「Mn:6.0~20.0%」を含有することであるから、上記ウの検討も踏まえると、甲1発明において、「金属組織がオーステナイト相を主体と」し、「Mn:11.14%」を含有する「ステンレス鋼線材」は、本件特許発明1の「高Mnオーステナイト系ステンレス鋼」に相当する。
エ 以上の検討によれば、本件特許発明1と甲1発明の一致点及び相違点は以下のとおりである。
(一致点)
「質量%で、C:0.024~0.200%、Si:0.10~2.00%、Mn:6.0~20.0%、Ni:4.0~12.0%、Cr:10.0~25.0%、Cu:0~4.0%、Mo:0~2.0%、V:0~1.0%を含有し、所定量のNとAlを含有し、残部がFeおよび不純物からなる、
高Mnオーステナイト系ステンレス鋼。」の点。
(相違点1)
本件特許発明1は「N:0.010~0.100%」を含有するのに対して、甲1発明は「N:0.27%」を含有する点。
(相違点2)
本件特許発明1は「Al:0.30~4.0%」を含有するのに対して、甲1発明は「Al:0.05%」を含有する点。
(相違点3)
本件特許発明1は「P:0.060%以下」、「S:0.0080%以下」、「Ca:0.0100%以下」、「Mg:0.0100%以下」、「REM:0~0.010%、B:0~0.0080%、Ti:0~1.0%、Nb:0~1.0%」を含有するのに対して、甲1発明は、P、S、Ca、Mg、REM、B、Ti、Nbの含有量が特定されていない点。
(相違点4)
本件特許発明1は「水素ガスおよび液体水素環境中で用いる」のに対して、甲1発明は「衣類用製品に用いられる」点。
(2)相違点についての検討
ア 相違点1について
甲1の上記(1オ)には、甲1のステンレス鋼線材に含まれるNの含有量について、「Nieqを高める観点から、0.25%以上とすることが好ましい」と記載されている(【0021】)。ここで、Nieqとは、伸線後の加工誘起マルテンサイト量と成分の関係をそれぞれ調査して得られた指標であり、この値が25.0未満の場合、加工誘起α’量が生成しやすくなって透磁率を高めてしまうので、Nieqの下限が25.0に限定されている(【0040】)ものである。
そうすると、上記1(1)イ(ア)で検討したように、甲1に記載された発明が解決しようとする課題は、ステンレス鋼鋼線を極低透磁率とすることを含んでいるところ、ステンレス鋼鋼線を極低透磁率とするためにNieqの値を25.0以上に高める必要があり、そのためにNの含有量は0.25%以上が好ましいとされているのであるから、甲1発明において、Nの含有量である0.27%に代えて、上記Nの下限値である0.25%よりも低い、0.010~0.100%の範囲内の値とすることには、ステンレス鋼鋼線が極低透磁率でなくなるおそれがあるから、阻害要因があるといえる。
したがって、甲1発明において、相違点1に係る本件特許発明1の特定事項とすることは、当業者が容易になし得たことであるとはいえない。
イ 相違点4について
甲1の上記(1オ)には、「Nを0.50%を超えて添加すると、冷間加工時に割れるおそれがあるため、N量は0.50%以下とし、・・・N量の下限は特に限定しない」とも記載されているので(【0021】)、上記アの検討にもかかわらず、甲1発明において、Nの含有量である0.27%に代えて、0.50%以下である、0.010~0.100%の範囲内の値とすることが許容されているとも考えられる。そこで、仮に、甲1発明において、Nの含有量である0.27%に代えて、0.50%以下である、0.010~0.100%の範囲内の値とすることが当業者にとって適宜なし得るとした場合に、相違点4に係る本件特許発明1の特定事項とすることが容易になし得ることであるかについて検討する。
甲1に記載された発明が解決しようとする課題(課題1)は、上記1(1)イ(ア)で検討したように、「ブラジャーワイヤーやブラジャーホック等の衣類用製品に用いられる、耐久性に優れる極低透磁率ステンレス鋼鋼線、異形線、ならびにそれらに用いられる線材を提供すること」であるから、甲1発明のステンレス鋼線材には、極低透磁率であることが望まれており、高強度や繰り返し応力が付与される部位である衣類用製品に用いられることが想定されているものである。したがって、甲1発明のステンレス鋼線材は、大気中で用いられるものであることを前提としているといえるから、本件特許発明1のように高圧かつ低温の水素ガスに曝される水素ステーションの水素容器や水素配管へ使用することへの動機付けは存在しないし、甲1発明のステンレス鋼線材を高圧かつ低温の水素ガス中で使用した場合に、優れた耐水素脆化特性を備えていることが予測可能であることを示すような本願出願時に公知である文献も存在しない。
したがって、甲1発明を衣類用製品に用いることに代えて、水素ガスおよび液体水素環境中で用いるようにすること、すなわち、相違点4に係る本件特許発明1の特定事項とすることは当業者が容易になし得たことであるということはできない。
ウ 相違点4についての申立人の意見について
申立人は、甲3、甲4、甲5の記載に基いて、甲1に記載された発明において、水素ガスおよび液体水素環境中で用いるようにすること、すなわち、相違点4に係る本件特許発明1の特定事項とすることは当業者が容易になし得たことであると主張しているが、以下(ア)~(ウ)に記載した理由により、この主張を採用することはできない。
(ア)甲3の記載に基づく検討
上記1(3)の甲3の摘記事項によれば、高圧水素ガスとの接触による水素ガス脆化の問題を起こさない材料として、高ニッケル(Ni)濃度のオーステナイト系ステンレス鋼であるSUS316L材が最も有望であるが、強度面からみて十分な素材とはいえないため、SUS316L系の高Ni濃度のオーステナイト系ステンレス鋼に、オーステナイト結晶粒の成長抑制作用のあることが知られているアルミニウム(Al)などの元素を含有させて、オーステナイト結晶粒の微細化処理等を施すと、同ステンレス鋼の管材に高強度でかつ高延性な極めて優れた特性を賦与することができることが記載されている(【0022】、【0029】)。
ここで、甲3において、高Ni濃度のオーステナイト系ステンレス鋼として例示されているSUS316Lにおけるニッケル濃度は、「12~15%」であり(JISG4305による)、高Ni濃度のオーステナイト系ステンレス鋼に含有させるAlの含有量は、「0.02~0.10%(質量)程度」である(【0033】)。
一方、甲1発明は、高Mn、低Ni化によって反強磁性化を図っているものであり(【0010】)、Ni含有量は5.45%、Al含有量は0.05%であるから、オーステナイト系ステンレス鋼ではあるものの、甲3でいうところの高Ni濃度のオーステナイト系ステンレス鋼には該当していないため、Alの含有量0.05%が「0.02~0.10%」の範囲に入っているとしても、甲1発明のステンレス鋼線材が、甲3でいうところの、高圧水素ガスとの接触による水素ガス脆化の問題を起こさない材料であって、高強度でかつ高延性な極めて優れた特性を賦与されたものに該当するとはいえない。
したがって、甲3の記載を参照したとしても、甲1発明のステンレス鋼線材を「水素ガスおよび液体水素環境中で用いる」ものとすることが、当業者にとって容易になし得たことであるとはいえない。
(イ)甲4の記載に基づく検討
上記1(4)の甲4の摘記事項によれば、高圧水素ガスに接触する部位に用いられるステンレス鋼としては、SUS316、SUS316L等のオーステナイト系ステンレス鋼が一般的であり、SUS316L等は、機械的強度、耐食性及び耐水素脆化の特性に比較的優れたものである(【0003】)。
ここで、甲4において、高圧水素ガスに接触する部位に用いられるステンレス鋼として例示されているSUS316及びSUS316Lにおけるニッケル濃度は、それぞれ、10~14%、12~15%である(JISG4305による )。
一方、甲1発明において、Ni含有量は5.45%であるから、甲1発明は甲4でいうところの高圧水素ガスに接触する部位に用いられるステンレス鋼に該当するものとはいえない。
したがって、甲4の記載を参照したとしても、甲1発明のステンレス鋼線材を「水素ガスおよび液体水素環境中で用いる」ものとすることが、当業者にとって容易になし得たことであるとはいえない。
(ウ)甲5の記載に基づく検討
上記1(5)の甲5の摘記事項によれば、甲5の請求項1に係る高Mn非磁性ステンレス鋼は、Si:0.5~3.0%、Al:0.3~4.0%の1種以上添加することによって耐摩耗性を向上させているものである。
一方、甲1発明の組成は、甲5の請求項1に係る発明の組成の範囲に入っているから、甲5でいうところの高Mn非磁性ステンレス鋼に該当しており、Si:1.82%、Al:0.05%を含有しているものであるから、耐摩耗性が向上しているものでもあり得るが、甲5には、そのようなステンレス鋼を「水素ガスおよび液体水素環境中で用いる」ことについては何ら記載も示唆もされていない。
したがって、甲5の記載を参照したとしても、甲1発明のステンレス鋼線材を「水素ガスおよび液体水素環境中で用いる」ものとすることが、当業者にとって容易になし得たことであるとはいえない。
(エ)甲6~8の記載に基づく検討
上記1(6)の甲6の摘記事項と上記1(7)の甲7の摘記事項を参照しても、これら甲号証のオーステナイト系ステンレス鋼の組成は甲1発明のステンレス鋼線材の組成とは相違しているから、甲1発明のステンレス鋼線材を「水素ガスおよび液体水素環境中で用いる」ものとすることが、当業者にとって容易になし得たことであるとはいえない。上記1(8)の甲8の記載を参照しても同様である。
エ 以上の検討によれば、甲1発明において、甲3~甲5の記載を参照したとしても、さらに甲6~甲8の記載を参照したとしても、相違点4に係る本件特許発明1の特定事項とすることが、当業者にとって容易になし得たことであるとはいえない。
(3)小括
以上のとおりであるから、相違点2、3について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1発明と甲3~8に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
また、本件特許発明1を引用することにより本件特許発明1の全ての特定事項を備えた本件特許発明2~5、9~11についても、同様の理由によって、甲1発明と甲3~8に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
さらに、本件特許発明1を引用するとともに、追加の元素の含有が特定されている本件特許発明6~8と、これら本件特許発明6~8を引用する本件特許発明9~11についても、甲1発明とは少なくとも相違点1、4の点で相違しているから、同様の理由によって、甲1発明と甲3~8に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
3 申立理由2(甲2を主引例とする進歩性)について
(1)本件特許発明1と甲2発明との対比
ア 甲2発明の「質量%で」「C:0.043%」、「Mn:6.50%」、「P:0.032%」、「S:0.001%」、「Ni:4.10%」、「Cr:17.57%」、「Al:0.82%」、「Cu:2.88%」、「Mo:0.01%」、「を含み」、「残部Feおよび不可避的不純物であ」ることは、それぞれ本件特許発明1の「質量%で」「C:0.024~0.200%」、「Mn:6.0~20.0%」、「P:0.060%以下」、「S:0.0080%以下」、「Ni:4.0~12.0%」、「Cr:10.0~25.0%」、「Al:0.30~4.0%」、「Cu:0~4.0%」、「Mo:0~2.0%」、「を含有し」、「残部がFeおよび不純物からな」ることに相当する。
イ 甲2発明の「オーステナイト系ステンレス鋼材」は、本件特許発明1の「オーステナイト系ステンレス鋼」に相当する。
ウ 本件特許発明1において「オーステナイト系ステンレス鋼」が「高Mn」であるとは、「Mn:6.0~20.0%」を含有することであるから、上記ウの検討も踏まえると、甲2発明において、「Mn:6.50%」を含有する「オーステナイト系ステンレス鋼材」は、本件特許発明1の「高Mnオーステナイト系ステンレス鋼」に相当する。
エ 以上の検討によれば、本件特許発明1と甲2発明の一致点及び相違点は以下のとおりである。
(一致点)
「質量%で、C:0.024~0.200%、Mn:6.0~20.0%、P:0.060%以下、S:0.0080%以下、Ni:4.0~12.0%、Cr:10.0~25.0%、Al:0.30~4.0%、Cu:0~4.0%、Mo:0~2.0%を含有し、所定量のSi、Nを含有し、残部がFeおよび不純物からなり、
高Mnオーステナイト系ステンレス鋼。」の点。
(相違点5)
本件特許発明1は「Si:0.10~2.00%」を含有するのに対して、甲1発明は「Si:3.32%」を含有する点。
(相違点6)
本件特許発明1は「N:0.010~0.100%」を含有するのに対して、甲1発明は「N:0.226%」を含有する点。
(相違点7)
本件特許発明1は「Ca:0.0100%以下」、「Mg:0.0100%以下」、「REM:0~0.010%、B:0~0.0080%、Ti:0~1.0%、Nb:0~1.0%、V:0~1.0%」を含有するのに対して、甲1発明は、Ca、Mg、REM、B、Ti、Nb、Vの含有量が特定されていない点。
(相違点8)
本件特許発明1は「水素ガスおよび液体水素環境中で用いる」のに対して、甲1発明はそのような特定がされていない点。
(2)相違点についての検討
事案に鑑み、相違点8について検討する。
ア 甲2に記載された発明が解決しようとする課題(課題2)は、上記1(2)イ(ア)で検討したとおり、「成形品および溶接施工品において耐応力腐食割れ性が改善された安価なCr-Mn-N系のオーステナイト系ステンレス鋼材を提供すること」であり、成形時に高い残留応力が残存するため、いったん孔食等が生じると応力腐食割れが発生し、また、溶接時の熱応力により同様に応力腐食割れが発生するという問題に対して耐応力腐食性を向上しようとするものである。
イ そして、甲2の実施例においては、上記耐応力腐食性を確認するために、板を2枚重ね中央にスポット溶接を施した隙間試験片を作成し、当該試験片を50ppmCl-水溶液に浸漬し、試験温度を少なくとも50~140℃の範囲(表2参照)で変えて、10日間の浸漬を行い、終了後にスポット溶接部をくりぬいてSCC発生の有無を調べている(【0026】)。つまり、甲2に記載された発明における耐応力腐食性とは、50ppmCl-水溶液という酸性溶液中において生じるような腐食を問題にしているのであって、高濃度の水素環境である、水素ガスおよび液体水素環境中で用いることを想定しているものではない。
ウ また、甲2には、上記(2オ)で摘記した段落【0021】に記載されているように、甲2に記載の発明は、不安定なオーステナイト相が変態によってマルテンサイト相となった場合に腐食反応で発生する水素による脆化が生じないように、加工誘起マルテンサイト生成の指標として知られている(1)式のMd30を-20以下に規制するものであるから(請求項2及び段落【0007】を参照。)、甲2発明自体は、腐食反応で生成するわずかな水素によって脆性が生じるおそれのあるものといえる。
エ したがって、甲2発明の低Niオーステナイト系ステンレス鋼材を水素ガスおよび液体水素環境中で用いるようにすること、すなわち、甲2発明において相違点8に係る本件特許発明1の特定事項とすることには阻害要因が存在する。
オ 相違点8についての申立人の意見について
申立人は、甲3、甲4、甲5の記載に基いて、甲2に記載された発明において、水素ガスおよび液体水素環境中で用いるようにすること、すなわち、相違点8に係る本件特許発明1の特定事項とすることは当業者が容易になし得たことであると主張しているので、この点について検討する。
甲3~5の記載事項は、上記2(2)ウに記載したとおりであるところ、これら甲号証には、高圧水素ガスに接触する部位に用いられるステンレス鋼として、SUS316、SUS316L等のオーステナイト系ステンレス鋼が一般的であることが記載されているが、SUS316及びSUS316Lにおけるニッケル濃度は、それぞれ、10~14%、12~15%である(JISG4305による)のに対して、甲2発明におけるNi含有量は4.10%であるから、甲2発明は上記甲号証でいうところの高圧水素ガスに用いられるステンレス鋼に該当するものとはいえない。
したがって、甲3~5の記載を参照したとしても、甲2発明の低Niオーステナイト系ステンレス鋼材を「水素ガスおよび液体水素環境中で用いる」ものとすることが、当業者にとって容易になし得たことであるとはいえないから、申立人の上記主張は採用できない。
また、甲6~甲8の記載事項を参照しても、同様に、甲2発明の低Niオーステナイト系ステンレス鋼材を「水素ガスおよび液体水素環境中で用いる」ものとすることが、当業者にとって容易になし得たことであるとはいえない。
カ 以上の検討によれば、甲2発明において、甲3~甲5の記載を参照したとしても、さらに甲6~甲8の記載を参照したとしても、相違点8に係る本件特許発明1の発明特定事項とすることが、当業者にとって容易になし得たことであるとはいえない。
(3)小括
以上のとおりであるから、相違点5~7について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲2発明と甲3~8に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
また、本件特許発明1を引用することにより本件特許発明1の全ての特定事項を備えた本件特許発明2~3、9~11についても、同様の理由によって、甲2発明と甲3~8に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
第5 結び
以上のとおりであるから、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1~請求項11に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1~請求項11に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2023-701063