特許異議申立
2025-700170
ラックアシストタイプ電動パワーステアリングのボールねじ部用グリース組成物
- 審判番号
- 2025-700170
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2020-062060
- 登録番号
- 7530731
- 請求日
- 2025年02月07日
- 審決日
- 2025年09月04日
- 公報発行日
- 2025年12月26日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】協同油脂株式会社
- 【権利者代理人】田中 伸一郎
- 【権利者代理人】須田 洋之
- 【権利者代理人】山崎 一夫
- 【権利者代理人】服部 博信
- 【権利者代理人】松田 七重
- 【異議申立人】鈴木 憲治
- 審判長/審判官
- 審判長 関根 裕
- 審判官 弘實 由美子
- 審判官 安藤 倫世
- 分類
- P1651.113-YAA(C10M) / P1651.121-YAA(C10M) / P1651.536-YAA(C10M) / P1651.537-YAA(C10M)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第120条の5第9項、特許法第36条第6項第1号、特許法第120条の5第2項、特許法第126条第7項、特許法第29条第1項第3号、特許法第29条第2項、特許法第36条第4項第1号、特許法第36条、特許法第2条
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7530731号発明「ラックアシストタイプ電動パワーステアリングのボールねじ部用グリース組成物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7530731号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~4〕、〔5〕について訂正することを認める。
特許第7530731号の請求項1~5に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7530731号(以下「本件特許」という。)の請求項1~5に係る特許は、令和2年3月31日の出願であって、令和6年7月31日に特許権の設定登録がされ(請求項の数5)、同年8月8日に特許掲載公報が発行された。その後の特許異議の申立ての手続の経緯は、次のとおりである。
令和7年 2月 7日 特許異議申立人 鈴木 憲治(以下「申立人」
という。)による全請求項に係る特許に対する
特許異議の申立て
同年 3月27日付け 取消理由通知書
同年 5月30日 意見書及び訂正請求書(特許権者)
同年 6月11日付け 訂正請求があった旨の通知書
同年 7月16日 意見書(申立人)
第2 訂正の適否
1 訂正の内容
令和7年5月30日に提出された訂正請求書による訂正(以下「本件訂正」ともいう。)の内容は、次の訂正事項1~2からなるものである。訂正箇所に下線を付した。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1において「前記増ちょう剤が、下記式(I)で表されるジウレア化合物であり」と記載されているのを、「前記増ちょう剤が、下記式(I)で表されるジウレア化合物のみからなり」と訂正する。(請求項1の記載を引用する請求項2~4についても同様に訂正する。)
(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項5において「前記増ちょう剤が、下記式(I)で表されるジウレア化合物であり」と記載されているのを、「前記増ちょう剤が、下記式(I)で表されるジウレア化合物のみからなり」と訂正する。
2 一群の請求項
本件訂正前の請求項1~4において、請求項2~4は、請求項1を直接引用するものであって、訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものであるから、訂正後の請求項1~4は一群の請求項である。
3 訂正の適否についての当審の判断
(1)訂正事項1
ア 訂正の目的
訂正事項1は、特許請求の範囲の請求項1において「前記増ちょう剤が、下記式(I)で表されるジウレア化合物であり」と記載されているのを、「前記増ちょう剤が、下記式(I)で表されるジウレア化合物のみからなり」と訂正するものである。
前記訂正事項は、訂正前の請求項1における「前記増ちょう剤が、下記式(I)で表されるジウレア化合物であり」との記載を、「前記増ちょう剤が、下記式(I)で表されるジウレア化合物のみからなり」と訂正することにより、グリース組成物に含まれる増ちょう剤が、式(I)で表されるジウレア化合物のみを含むことを明確にするものである。
したがって、訂正事項1は、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものであるといえる。
イ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項1は、上記のとおり、グリース組成物に含まれる増ちょう剤が、式(I)で表されるジウレア化合物のみを含むことを明確にするものであるから、技術的範囲を変更するものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項に適合するものであるといえる。
ウ 新規事項の有無
訂正事項1は、上記のとおり、グリース組成物に含まれる増ちょう剤が、式(I)で表されるジウレア化合物のみを含むことを明確にするものに過ぎないことに加えて、特許掲載公報の明細書段落[0018]においても、「増ちょう剤」として式(I)で表されるジウレア化合物を11質量%、基油としてPAOを84質量%、Caスルホネートを5質量%の計100質量%であるグリース組成物が、実施例1として記載されており、グリース組成物に含まれる増ちょう剤が式(I)で表されるジウレア化合物のみを含むことが具体的に開示されている。
したがって、訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項に適合するものであるといえる。
エ 独立特許要件
本件特許異議申立事件においては、訂正前の全ての請求項1~5について特許異議の申立てがなされているので、訂正事項1に関して、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第7項の独立特許要件は課されない。
(2)訂正事項2
ア 訂正の目的
訂正事項2は、特許請求の範囲の請求項5において「前記増ちょう剤が、下記式(I)で表されるジウレア化合物であり」と記載されているのを、「前記増ちょう剤が、下記式(I)で表されるジウレア化合物のみからなり」と訂正するものである。
前記訂正事項は、訂正前の請求項5における「前記増ちょう剤が、下記式(I)で表されるジウレア化合物であり」との記載を、「前記増ちょう剤が、下記式(I)で表されるジウレア化合物のみからなり」と訂正することにより、グリース組成物に含まれる増ちょう剤が、式(I)で表されるジウレア化合物のみを含むことを明確にするものである。
したがって、訂正事項2は、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものであるといえる。
イ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項2は、上記のとおり、グリース組成物に含まれる増ちょう剤が、式(I)で表されるジウレア化合物のみを含むことを明確にするものであるから、技術的範囲を変更するものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項に適合するものであるといえる。
ウ 新規事項の有無
訂正事項2は、上記のとおり、グリース組成物に含まれる増ちょう剤が、式(I)で表されるジウレア化合物のみを含むことを明確にするものに過ぎないことに加えて、特許掲載公報の明細書段落[0018]においても、「増ちょう剤」として式(I)で表されるジウレア化合物を11質量%、基油としてPAOを84質量%、Caスルホネートを5質量%の計100質量%であるグリース組成物が、実施例1として記載されており、グリース組成物に含まれる増ちょう剤が式(I)で表されるジウレア化合物のみを含むことが具体的に開示されている。
したがって、訂正事項2は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項に適合するものであるといえる。
エ 独立特許要件
本件特許異議申立事件においては、訂正前の全ての請求項1~5について特許異議の申立てがなされているので、訂正事項2に関して、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第7項の独立特許要件は課されない。
4 小括
以上のとおりであるから、本件特許請求の範囲を、本件訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~4〕、〔5〕について訂正することを認める。
第3 本件訂正発明
本件訂正は前記第2のとおり認められたので、本件特許の請求項1~5に係る発明は、令和7年5月30日の訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1~5に記載された事項により特定される次のとおりのもの(以下「本件訂正発明1」等、まとめて「本件訂正発明」ともいう。)である。
「【請求項1】
増ちょう剤と、
基油と、
Caスルホネート、脂肪酸、及びトリグリセリドからなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物を含有する、
ラックアシストタイプ電動パワーステアリングのボールねじ部用グリース組成物であって、
前記増ちょう剤が、下記式(I)で表わされるジウレア化合物のみからなり、
R1-NHCONH-R2-NHCONH-R3 (I)
(式中、R1及びR3は、互いに同一でも異なっていてもよく、炭素数8~20の直鎖アルキル基又はシクロヘキシル基であり、R2は、炭素数6~15の2価の芳香族炭化水素基である。)
前記基油の40℃における動粘度が4~100mm2/sであり、
前記基油が、ポリαオレフィンであり、
前記基油の含有量は、組成物の全質量を基準として80~91質量%であり、
組成物の混和ちょう度が265~385であり、
但し、非極性ワックス、極性ワックス、及び重量平均分子量が2万~30万の鎖状の炭化水素系ポリマーのいずれも含まない、前記グリース組成物。
【請求項2】
前記化合物が、塩基価350mgKOH/g以下のCaスルホネートである、請求項1記載のグリース組成物。
【請求項3】
前記化合物が、炭素数6~24の直鎖又は分岐の飽和又は不飽和脂肪酸である、請求項1記載のグリース組成物。
【請求項4】
前記化合物が、脂肪族部分が炭素数7~26の直鎖又は分岐の飽和又は不飽和脂肪酸であるトリグリセリドである請求項1記載のグリース組成物。
【請求項5】
増ちょう剤と、
基油と、
Caスルホネート、脂肪酸、及びトリグリセリドからなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物を含有する、
ラックアシストタイプ電動パワーステアリングのボールねじ部用グリース組成物であって、
ボールねじを構成する要素はいずれも鋼であり、
前記増ちょう剤が、下記式(I)で表わされるジウレア化合物のみからなり、
R1-NHCONH-R2-NHCONH-R3 (I)
(式中、R1及びR3は、互いに同一でも異なっていてもよく、炭素数8~20の直鎖アルキル基又はシクロヘキシル基であり、R2は、炭素数6~15の2価の芳香族炭化水素基である。)
前記基油の40℃における動粘度が4~100mm2/sであり、
前記基油が、ポリαオレフィンであり、
前記基油の含有鼠は、組成物の全質量を基準として80~91質量%であり、
組成物の混和ちょう度が265~385である、前記グリース組成物。」
第4 特許異議の申立ての理由、取消理由の概要及び甲号証等の記載
1 特許異議の申立ての理由
申立人は、後記(1)~(5)の申立理由を主張し、その証拠方法として後記3(1)の甲第1号証~甲第8号証(以下「甲1」等という。)を提出した。
また、申立人は、令和7年7月16日提出の意見書にて、後記3(3)の甲第9号証~甲第10号証(以下「甲9」等という。)を提出した。
甲1~甲10は、本件特許の優先日前に頒布された又は電気回線を通じて公衆に利用可能となったものである。
(1)申立理由1(甲1を主引例とした新規性欠如)
本件発明1、2および5は、後記3の甲1に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない発明であるから、これらの発明に係る特許は、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。
(2)申立理由2(甲2を主引例とした新規性欠如)
本件発明1、2および5は、後記3の甲2に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない発明であるから、これらの発明に係る特許は、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。
(3)申立理由3(甲2を主引例とした進歩性欠如)
本件発明1~5は、後記3の甲2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない発明であるから、これらの発明に係る特許は、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。
(4)申立理由4(サポート要件違反)
本件特許に係る出願は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たさないものであるから、それらの発明に係る特許は同法第113条第4号の規定により、取り消されるべきものである。
実施例において使用された硬化ヒマシ油以外のトリグリセリドについて、トルク変動抑制に関する課題が解決されるとは認識されない。
(5)申立理由5(実施可能要件違反)
本件特許に係る出願は、明細書の発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たさないものであるから、本件特許は同法第113条第4号の規定により、取り消されるべきものである。
実施例において使用された硬化ヒマシ油以外のトリグリセリドを使用する場合について、当業者が本件特許発明1~5を実施できる程度に明確且つ十分に説明されているとはいえない。
2 令和7年3月27日付けの取消理由の概要
令和7年3月27日付けの取消理由通知書で通知した取消理由は、「甲1を主引例とした進歩性欠如」と、前記1の申立理由のうち、申立理由3(甲2を主引例とした進歩性欠如)であり、当審において発見した証拠として次の追加文献9~11(以下「追9」等ともいう。)を追加した。
3 証拠方法
(1)特許異議申立書に添付されたもの
甲第1号証:特開2004-083798号公報
甲第2号証:特開2011-037975号公報
甲第3号証:特開2009-197162号公報
甲第4号証:特開2015-108067号公報
甲第5号証:特開2016-204623号公報
甲第6号証:国際公開第2018/061134号
甲第7号証:特開2016-050234号公報
甲第8号証:特開2003-321694号公報
(2)当審において追加したもの
追加文献9:特開2015-160493号公報(周知技術を示す文献、拒絶理由通知の引用文献9)
追加文献10:特開2006-306275号公報(周知技術を示す文献、拒絶理由通知の引用文献10)
追加文献11:特開2004-243945号公報(周知技術を示す文献)
(3)令和7年7月16日に提出された意見書において追加されたもの
甲第9号証:特開2006-306275号公報(追加文献10)
甲第10号証:トライボロジー辞典、(社)日本トライボロジー学会編、(株)養賢堂発行、2007年第2版発行、第232頁「フレッチング」の項
第5 取消理由についての当審の判断
1 刊行物等の記載について
甲第3号証、及び甲第5号証~甲第8号証は、合成炭化水素油とジウレア増ちょう剤とを含有するグリース組成物が周知技術であることを示す証拠であり、甲第3号証及び甲第5号証は所定の添加剤を含まず、甲第6号証~甲第8号証はワックスを含み、いずれもボールねじについての記載のない証拠であるので、これらの甲号証については、摘記を省略した。
(1)甲第1号証(以下、「甲1」という。)
1a「【請求項1】
基油と増ちょう剤とを含有するグリース組成物において、前記増ちょう剤をポリウレア10~90質量%と金属複合石けん90~10質量%とで構成したことを特徴とするグリース組成物。
【請求項2】
前記増ちょう剤の含有量を組成物全体の3~40質量%としたことを特徴とする請求項1に記載のグリース組成物。
【請求項3】
前記基油の40℃における動粘度を50~500mm2 /sとしたことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のグリース組成物。
【請求項4】
混和ちょう度を220~385としたことを特徴とする請求項1~3のいずれかに記載のグリース組成物。
【請求項5】
外面に軌道面を有する内方部材と、該内方部材の軌道面に対向する軌道面を有し前記内方部材の外方に配置された外方部材と、前記両軌道面間に転動自在に配設された複数の転動体と、を備える転動装置において、前記内方部材と前記外方部材との間に形成され前記転動体が配設された空隙部内に、請求項1~4のいずれかに記載のグリース組成物を充填したことを特徴とする転動装置。」
1b「【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、高速,高温下においても優れた性能を有し、転動装置の焼付き寿命を大幅に向上させることが可能なグリース組成物に関する。また、本発明は、高速,高温下においても優れた焼付き寿命を有する転動装置に係り、特に、自動車,鉄道車両,電動機,製鉄用機械,工作機械等に好適な転動装置に関する。」
1c「【0014】
さらに、本発明に係る請求項3のグリース組成物は、請求項1又は請求項2に記載のグリース組成物において、前記基油の40℃における動粘度を50~500mm2 /sとしたことを特徴とする。
動粘度が50mm2 /s未満であると、高温時に十分な厚さの油膜を形成しにくくなるので、グリース組成物を充填した転動装置の耐久性が不十分となるおそれがある。また、500mm2 /s超過であると、グリース組成物を充填した転動装置のトルクが大きくなって作動性に問題が生じる場合がある。これらの問題がより生じにくくするためには、基油の40℃における動粘度は100~400mm2 /sであることがより好ましい。
【0015】
さらに、本発明に係る請求項4のグリース組成物は、請求項1~3のいずれかに記載のグリース組成物において、混和ちょう度を220~385としたことを特徴とする。
混和ちょう度が220未満であると、硬すぎるためにグリース組成物を充填した転動装置の音響性能やトルク性能が低下する。また、385を超えると、転動装置からの発塵量が多くなる。
・・・
【0017】
このような構成の転動装置(特に、ころ軸受)は、ポリウレアと金属複合石けんとの両方を増ちょう剤として含有するグリース組成物が充填されているので、高速,高温下においても優れた焼付き寿命を有する。
本発明は、種々の転動装置に適用することができる。例えば、転がり軸受,ボールねじ,リニアガイド装置,直動ベアリング等である。」
1d「【0025】
〔金属複合石けんについて〕
本発明においてポリウレアとともに増ちょう剤として使用される金属複合石けんとしては、周期律表の1,2,及び13族の金属の化合物(例えば、金属水酸化物)と、少なくとも1個のヒドロキシル基を有する炭素数12~24の脂肪族モノカルボン酸と、炭素数2~12の脂肪族ジカルボン酸と、から合成されたものがあげられる。
【0026】
金属としては、例えば、リチウム,ナトリウム,バリウム,アルミニウム等があげられる。
また、脂肪族ヒドロキシモノカルボン酸としては、例えば、9 -ヒドロキシステアリン酸、10-ヒドロキシステアリン酸、12-ヒドロキシステアリン酸、9 ,10-ジヒドロキシステアリン酸等があげられる。この中では、12-ヒドロキシステアリン酸が最も好ましい。
【0027】
また、脂肪族ジカルボン酸としては、例えば、シュウ酸,マロン酸,コハク酸,グルタル酸,アジピン酸,ピメリン酸,スベリン酸,アゼライン酸,セバシン酸,ドデカン二酸等があげられ、この中ではアゼライン酸が最も好ましい。
なお、脂肪族ヒドロキシモノカルボン酸と脂肪族ジカルボン酸との量比は、両者の合計を100として脂肪族ジカルボン酸を20~40質量%とすることが重要である。この範囲外であると、グリース組成物の熱安定性が不十分となるおそれがある。
【0028】
〔基油について〕
本発明のグリース組成物の基油としては、鉱物系潤滑油や合成潤滑油を使用することができる。その種類は特に制限されるものではないが、鉱物系潤滑油としては、パラフィン系鉱物油,ナフテン系鉱物油,及びそれらの混合油を使用でき、また、合成潤滑油としては、合成炭化水素油,エーテル油,エステル油,及びフッ素油等を使用できる。
【0029】
具体的には、合成炭化水素油としてはポリα-オレフィン油等を、エーテル油としてはジアルキルジフェニルエーテル油,アルキルトリフェニルエーテル油,アルキルテトラフェニルエーテル油等を、エステル油としてはジエステル油,ネオペンチル型ポリオールエステル油,これらのコンプレックスエステル油,芳香族エステル油等を、フッ素油としてはパーフルオロエーテル油,フルオロシリコーン油,クロロトリフルオロエチレン油,フルオロフォスファゼン油等を使用することができる。これらの基油は、単独で用いてもよいし、2種以上を適宜組み合わせて用いてもよい。
【0030】
ただし、高速,高温下における潤滑性能及び耐久性を考慮すると、基油には合成潤滑油が含有されていることが好ましく、特にエステル油やエーテル油が好ましい。また、コストを考慮すると鉱油が含有されていることが好ましい。
〔添加剤について〕
本発明のグリース組成物には、各種性能をさらに向上させるため、所望により種々の添加剤を混合してもよい。例えば、酸化防止剤,防錆剤,極圧剤,油性向上剤,金属不活性化剤など、グリース組成物に一般的に使用される添加剤を、単独又は2種以上混合して用いることができる。
【0031】
酸化防止剤としては、例えば、アミン系,フェノール系,硫黄系,ジチオリン酸亜鉛等があげられる。
アミン系酸化防止剤の具体例としては、フェニル-1-ナフチルアミン,フェニル-2-ナフチルアミン,ジフェニルアミン,フェニレンジアミン,オレイルアミドアミン,フェノチアジン等があげられる。」
1e「【0033】
防錆剤としては、例えば、石油スルフォン酸,有機系スルフォン酸金属塩(金属はアルカリ金属,アルカリ土類金属等),エステル類等があげられる。
有機系スルフォン酸金属塩の具体例としては、ジノニルナフタレンスルホン酸や重質アルキルベンゼンスルホン酸の金属塩(カルシウムスルフォネート,バリウムスルフォネート,ナトリウムスルフォネートなど)等があげられる。・・・
【0035】
また、アルキルコハク酸エステル,アルケニルコハク酸エステル等のようなアルキルコハク酸誘導体,アルケニルコハク酸誘導体も、防錆剤として好ましく使用できる。
油性向上剤としては、例えば、オレイン酸,ステアリン酸等の脂肪酸、ラウリルアルコール,オレイルアルコール等のアルコール、ステアリルアミン,セチルアミン等のアミン、リン酸トリクレジル等のリン酸エステル、及び動植物油等があげられる。・・・
【0037】
【発明の実施の形態】
本発明に係るグリース組成物及び転動装置の実施の形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。
表1~表4に実施例及び比較例のグリース組成物の組成(数値の単位は質量%である)を示し、さらにその混和ちょう度と滴点を併せて示す。なお、混和ちょう度及び滴点の測定法は、それぞれJIS K2220 5.3とJIS K2220 5.4である。」
1f「【表3】
[図:0001430015000001.jpg]
【0041】
【表4】
[図:0001430015000002.jpg]
【0042】
各表から分かるように、実施例1~14のグリース組成物は、ポリウレアと金属複合石けんとの両方を増ちょう剤として含有するものである。これに対して、比較例1のグリース組成物は、金属複合石けんのみを増ちょう剤として含有しているものであり、比較例2のグリース組成物は、ポリウレアのみを増ちょう剤として含有しているものである。また、比較例3のグリース組成物は、使用した基油の動粘度が低いものであり、比較例4のグリース組成物は、混和ちょう度が大きすぎるものである。
【0043】
なお、各表中の金属複合石けんAとは、12-ヒドロキシステアリン酸とアゼライン酸とから合成されたリチウム複合石けんである。このとき12-ヒドロキシステアリン酸とアゼライン酸との量比は、75質量%:25質量%である。また、金属複合石けんBとは、12-ヒドロキシステアリン酸とアゼライン酸とから合成されたリチウム-カルシウム複合石けんである。このとき12-ヒドロキシステアリン酸とアゼライン酸との量比は80質量%:20質量%で、リチウムとカルシウムとの量比は50質量%:50質量%である。
【0044】
さらに、各表中のジウレアAとは、4,4’-ジフェニルメタンジイソシアネートとシクロヘキシルアミンとから合成されたウレア化合物である。また、ジウレアBとは、4,4’-ジフェニルメタンジイソシアネートとシクロヘキシルアミン,p-トルイジンとから合成されたウレア化合物である。なお、シクロヘキシルアミンとp-トルイジンとの質量比は80:20である。さらに、ジウレアCとは、4,4’-ジフェニルメタンジイソシアネートとシクロヘキシルアミン,p-トルイジンとから合成されたウレア化合物である。なお、シクロヘキシルアミンとp-トルイジンとの質量比は50:50である。
【0045】
さらにまた、各表中の鉱油Aとは、40℃における動粘度が98.3mm2 /sの鉱油であり、鉱油Bとは、40℃における動粘度が460mm2 /sの鉱油であり、鉱油Cとは、40℃における動粘度が33.1mm2 /sの鉱油である。そして、各表中のポリα-オレフィン油の40℃における動粘度は68.0mm2 /sであり、ポリオールエステル油の40℃における動粘度は68.3mm2 /sであり、アルキルジフェニルエーテル油の40℃における動粘度は97.0mm2 /sである。
【0046】
次に、これら18種のグリース組成物を充填した転がり軸受を用意して、その耐久性を評価した。
使用した転がり軸受は呼び番号30205の円すいころ軸受(内径25mm,外径52mm,幅16.25mm)であり、内輪1と、外輪2と、内輪1と外輪2との間に転動自在に配設された複数のころ3と、で構成されている(図1を参照)。そして、軸受内部には図示しないグリース組成物が充填されている。
【0047】
この円すいころ軸受にラジアル荷重980Nとアキシアル荷重980Nとを負荷し、外輪2の温度を150℃として、内輪1を8000min-1の回転速度で回転させた。そして、外輪2の温度が155℃に上昇するまでの時間、又は、軸受トルクが上昇しモータ過電流となるまでの時間を焼付き寿命とし、この焼付き寿命によって耐久性を評価した。なお、200時間経過しても焼付き寿命に至らなかった場合を合格とする。このようにして評価した円すいころ軸受の耐久性を、表1~表4に併せて示す。
【0048】
表1~表4から分かるように、ポリウレアと金属複合石けんとの両方を増ちょう剤として含有する実施例1~14のグリース組成物を充填した軸受は、一方のみしか含有していない比較例1及び比較例2のグリース組成物を充填した軸受と比べて、耐久性が格段に優れていた。
比較例3のグリース組成物は使用した基油の動粘度が低いので、実施例9のグリース組成物を充填した軸受と比べて耐久性が劣っていた。また、比較例4のグリース組成物は混和ちょう度が大きすぎるので、各実施例のグリース組成物を充填した軸受と比べて耐久性が劣っていた。
【0049】
次に、増ちょう剤におけるポリウレアと金属複合石けんとの比率について、図2を参照しながら考察する。図2は、実施例1~5のグリース組成物を充填した軸受の耐久性をグラフ化したものである。このグラフから、増ちょう剤におけるポリウレアの比率が10~90質量%であると耐久性が優れており、25~75質量%であると耐久性がさらに優れていることが分かる。
【0050】
次に、グリース組成物における増ちょう剤の含有量について検討した。すなわち、実施例3のグリース組成物において増ちょう剤の含有量を種々変更したグリース組成物を用意し、前述と同様の方法により耐久性を評価した。その結果を図3のグラフに示す。
このグラフから、増ちょう剤の含有量が10~30質量%であると軸受の耐久性が優れていることが分かる。
【0051】
なお、本実施形態は本発明の一例を示したものであって、本発明は本実施形態に限定されるものではない。
例えば、本実施形態においては、転動装置の例として円すいころ軸受をあげて説明したが、本発明は、他の種類の様々な転がり軸受に対して適用することができる。例えば、深溝玉軸受,アンギュラ玉軸受,自動調心玉軸受,円筒ころ軸受,針状ころ軸受,自動調心ころ軸受等のラジアル形の転がり軸受や、スラスト玉軸受,スラストころ軸受等のスラスト形の転がり軸受である。
【0052】
また、本発明は、転がり軸受に限らず、他の種類の様々な転動装置に対して適用することができる。例えば、ボールねじ,リニアガイド装置,直動ベアリング等である。」
(2)甲第2号証(以下、「甲2」という。)
2a「【請求項1】
基油、増ちょう剤及び添加剤を含有するグリース組成物において、
基油の40℃の動粘度が50~200mm2/sであり、
増ちょう剤が次の一般式(I)で表されるジウレア化合物を含有し、
一般式(I):R1-NHCONH-R2-NHCONH-R3
(式中、R2は炭素数6~15の2価の芳香族炭化水素基、R1およびR3は同一または異なる基であり、シクロヘキシル基、炭素数8~22の直鎖または分岐アルキル基を示す。)
添加剤が、ナフテン酸金属塩、炭素数6から10の脂肪酸と炭素数6から10の脂肪族アミンの塩、及び有機スルホン酸金属塩からなる群から選ばれる少なくとも1種であることを特徴とするグリース組成物。
【請求項2】
前記ナフテン酸金属塩がシクロペンタン酸亜鉛及びシクロヘキサン酸亜鉛からなる群から選ばれる少なくとも1種であり、前記アミン塩が炭素数6から10の直鎖脂肪酸と炭素数6から10の直鎖脂肪族アミンの塩であり、前記有機スルホン酸塩がジノニルナフタレンスルホン酸カルシウム塩、ジノニルナフタレンスルホン酸亜鉛塩、及びジノニルナフタレンスルホン酸バリウム塩からなる群から選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項1記載のグリース組成物。
【請求項3】
グリース組成物中、前記ナフテン酸金属塩の含有量が、0.5から5.0質量%、前記アミン塩の含有量が、1.5から5.0質量%、前記有機スルホン酸金属塩の含有量が、1.5から5.0質量%であることを特徴とする請求項1又は2記載のグリース組成物。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項記載のグリース組成物を封入してなる機械部品。」
2b「【0003】
実際の耐フレッチング性に優れるグリースは、自動車用ホイールベアリング用グリース技術分野において開発・検討されることが多い。例えば、増ちょう剤として芳香族ジウレアを用い、ちょう度を軟らかくしたものが、従来の増ちょう剤としてリチウム石けんを用いたグリースと比較して、耐フレッチング性が著しく改善されたなどの報告がある(非特許文献2)。
このように現実的には、増ちょう剤の種類を変更したり、ちょう度を軟らかくしてグリースの流入を良くする等の対応がとられてきた。
【0004】
しかし、芳香族ジウレアは、流動性に劣り、たとえば軸受に使用した場合、深溝玉軸受では長寿命を呈するものの、アンギュラ玉軸受では潤滑部への流入不足から潤滑寿命が短いという欠点を有し、使用できる軸受が限られる。このように、増ちょう剤の変更による改善は、得られたグリースが汎用性に欠けるという問題がある。
また、ちょう度を軟らかくすると、漏えいの問題が生じ、漏れが問題となる個所へは使用できない。したがって、これもグリースとして汎用性に欠けるものとなる。
しかし、これらはいずれも常温下で発生するフレッチングに対する対策であり、低温下で発生するフレッチングを防止出来るという報告は殆どない。
【0005】
更に、低温下では基油の粘度増加に伴い、グリースの流入性が低下するため、上記(3)グリースの供給による表面間の凝着を防止する能力が低下する。したがって、低温下での基油の粘度増加を起こさないために高価な合成油を主体とした基油を用いるという対策が考えられるが、充分な基油粘度上昇の抑制効果はなく、原料費の高騰を招いてしまうという欠点がある。」
2c「【0009】
本発明のグリース組成物は耐フレッチング性に優れている。このため、本発明のグリース組成物は種々の機械部品の潤滑に使用できる。対象とする機械部品は特に限定されないが、例えば、転がり軸受、ボールねじ、直動案内軸受、各種のギヤ、カム、および等速ジョイント、ジャーナル軸受(滑り軸受)、ピストン、ねじ、ロープ、チェーンなどが挙げられる。特に転がり軸受に好適である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明のグリース組成物に使用する基油は、40℃の動粘度が50~200mm2/sのものであれば特に制限されない。40℃の動粘度が50mm2/s未満では、油膜が薄くなる傾向があり充分な油膜厚さを確保出来ない場合があり、200mm2/sを超えると粘性抵抗が増加してしまう傾向がある。
コスト及び性能の観点から鉱油が最も好ましい。必要に応じて鉱油又は合成油を混合して使用することが可能である。
合成油としては、例えば、ジエステル、ポリオールエステルに代表されるエステル系合成油、ポリαオレフィン、ポリブテンに代表される合成炭化水素油、アルキルジフェニルエーテル、ポリプロピレングリコールに代表されるエーテル系合成油、シリコーン油など各種合成油が使用可能であり、これらは単独でも2種以上を混合して使用してもよい。
但し、コスト及び性能の観点から基油中の鉱油の含有量は、好ましくは70質量%以上、更に好ましくは80~100質量%、最も好ましくは100質量%である。
【0011】
本発明のグリース組成物に使用する増ちょう剤は、一般式(I)で表される特定のジウレア化合物を含有する。
本発明のグリース組成物中のジウレア化合物の含有量は、グリース組成物のちょう度が好ましくは235~325、さらに好ましくは280~325となる程度の量である。具体的には、グリース組成物全体に対して、好ましくは5~15質量%、更に好ましくは8~12質量%である。
5質量%未満では、グリースにせん断が加わった際、軟化し、グリースが機械部品から漏洩し易く、15質量%以上ではグリースの流入性が低下してしまうことがある。
一方、リチウム石けんなどの金属石けんを増ちょう剤としたグリースでは、充分な耐フレッチング性を付与することは出来ない。」
2d「【0013】
前記有機スルホン酸金属塩を構成する有機スルホン酸としては、潤滑油留分中の芳香族炭化水素成分のスルホン化によって得られる石油スルホネート、ジノニルナフタレンスルホン酸、重質アルキルベンゼンスルホン酸のような合成スルホン酸が挙げられる。
前記有機スルホン酸金属塩の金属としては、カルシウム,亜鉛,バリウム,ナトリウムなどが挙げられる。有機スルホン酸カルシウム塩は中性でも高塩基性塩でもよく、例えば、塩基価50~500mgKOH/g程度のカルシウム塩が用いられる。
好ましくは、ジノニルナフタレンスルホン酸の金属塩で、特に好ましくはジノニルナフタレンスルホン酸のカルシウム塩,亜鉛塩,バリウム塩である。」
2e「【0016】
本発明のグリース組成物には必要に応じて、上記ナフテン酸金属塩、アミン塩、有機スルホン酸金属塩以外の汎用の他の添加剤を添加しても良い。例えば、以下に示す添加剤が挙げられる。
・酸化防止剤
アミン類:フェニルαナフチルアミン、アルキル化フェニルαナフチルアミン、アルキル化ジフェニルアミンなど
フェノール類:2、6-ジ-tert-ブチル-p-クレゾール、ペンタエリスリチル・テトラキス[3-(3、5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート]、オクタデシル-3-(3、5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネートなどのヒンダードフェノールなど
キノリン系:2、2、4-トリメチル-1、2ジヒドロキノリン重合体など
・錆止め剤
カルボン酸およびその誘導体:アルケニルコハク酸無水物、アルケニルコハク酸エステル、アルケニルコハク酸ハーフエステル
カルボン酸塩:脂肪酸、二塩基酸、ラノリン脂肪酸、アルケニルコハク酸などの金属塩(Ca、Ba、Mg、Al、Zn、Naなど)又はアミン塩
不働態化剤:亜硝酸Na、モリブデン酸Naなど
エステル:ソルビタントリオレート、ソルビタンモノオレートなど
金属腐食防止剤:ベンゾトリアゾール又はその誘導体、酸化亜鉛など
・極圧剤
リン系化合物:トリクレジルホスフェート、トリ-2-エチルヘキシルホスフェートなど
硫黄系化合物:ジベンジルジサルファイド、各種ポリサルファイドなど
硫黄-リン系化合物:トリフェニルホスホロチオネート
有機金属系極圧剤:ジアルキルジチオリン酸のZn、Mo、Sb、Biなどの塩、ジアルキルジチオカルバミン酸のZn、Mo、Sb、Ni、Cu、Biなどの塩など
その他、無灰ジチオカーバメート、無灰ジチオホスフェートカーバメートなど
・固体潤滑剤:二硫化モリブデン、グラファイト、PTFE、MCAなど。」
2f「【0019】
<実施例1~14、比較例1~17>
基油中で原料イソシアネート1モルに対し原料アミン2モルの比率で所定量を反応させ、添加剤を所定量加え、3本ロールミルで規定のちょう度になるように調整した。
【0020】
<比較例18>
所定量の基油中で所定量のヒドロキシステアリン酸リチウムを混合加熱溶解し、冷却した後、添加剤を所定量加え、3本ロールミルで規定のちょう度になるように調整した。
【0021】
<試験方法>
・混和ちょう度:JIS K 2220.7
・Fafnir friction oxidation test(ADTM D 4170準拠)
・耐フレッチング性を評価する規格試験
下記試験スラスト軸受2組に試験グリースを塗布し、規定の揺動運転を行い、摩耗量(フレッチング摩耗による重量減)を求める。
[試験条件]
軸受 :ANDREWS W 5/8
荷重 :2450N(550lbf)(面圧:1861MPa)
揺動角 :0.21rad(12°)
揺動サイクル :25Hz
時間 :22h
温度 :25℃,-30℃
グリース封入量:軸受1組当たり1.0g
摩耗量 :軸受1組当たりのレース質量減(試験軸受レースの総質量減/2)
[判定]
◎:摩耗量2.0mg以下(耐フレッチング性:非常に大きい)
○:摩耗量2.0超5.0mg未満(耐フレッチング性:大きい)
△:摩耗量5.0超15.0mg未満(耐フレッチング性:少しあり)
×:摩耗量15.0mg以上(耐フレッチング性:なし)
防錆試験:ASTM D1743-73 軸受防錆試験
[判定]
○:錆なし
×:錆あり
結果を表1~5に示す。
【0022】
【表1】
[図:0001430015000003.jpg]
【0023】
【表2】
[図:0001430015000004.jpg]
【0024】
【表3】
[図:0001430015000005.jpg]
【0025】
【表4】
[図:0001430015000006.jpg]
【0026】
【表5】
[図:0001430015000007.jpg]
【0027】
※1;ジフェニルメタンジイソシアネート
※2;シクロペンタン酸亜鉛を主成分とするナフテン酸金属塩
※3;炭素数8の直鎖脂肪酸と炭素数8の直鎖脂肪族アミンの塩
※4;ジノニルナフタレンスルホン酸カルシウム
※5;ジノニルナフタレンスルホン酸亜鉛
※6;ジノニルナフタレンスルホン酸バリウム
※7;アルキルホスホロチオネート化合物とアミン系化合物の混合物 商品名HI TEC833(アフトンケミカル社製)
※8;炭酸カルシウム
※9;ステアリン酸亜鉛
※10;商品名MOLYVAN A(R.T.VANDERBILT社製)
※11;商品名LUBRIZOL 1395(日本ルーブリゾール社製)
ODA:オクタデシルアミン
CHA:シクロヘキシルアミン
OA:オクチルアミン
PAO:ポリ-α-オレフィン
尚、表中※2~※6,※8,※9の( )内グリース全量中の添加量:質量%は、添加剤の有効成分濃度を表す。
また、表中※7,※10,※11の( )内グリース全量中の添加量:質量%は、商品の添加濃度を表す。
【0028】
添加剤としてナフテン酸金属塩、炭素数6から10の脂肪酸と炭素数6から10の脂肪族アミンの塩、又は有機スルホン酸金属塩を添加した実施例1~14のグリース組成物は、ちょう度をやわらかくすることなしに、常温及び低温下において、摩耗量が少なく耐フレッチング性に優れ、防錆性にも優れている。
本発明の特定の添加剤を含まない比較例1、9及び10のグリース組成物は、常温及び低温下において、摩耗量が多く耐フレッチング性に劣り、かつ防錆性も劣っている。
本発明の特定の添加剤とは異なる添加剤を含む比較例2、4、11及び13のグリース組成物は、常温において、摩耗量が少ないが、低温下において摩耗量が多く耐フレッチング性に劣り、かつ防錆性も劣っている。
本発明の特定の添加剤とは異なる添加剤を含む比較例3、5、6、12、14、15のグリース組成物は、常温及び低温下において、摩耗量が多く耐フレッチング性に劣り、かつ防錆性も劣っている。
動粘度が低い基油を使用した比較例7及び16のグリース組成物は、常温において、摩耗量がやや少ないが、低温下において摩耗量が多く耐フレッチング性に劣り、かつ防錆性も劣っている。
増ちょう剤の含有量を少なくした比較例8及び17のグリース組成物は、混和ちょう度が高く、常温において、摩耗量がやや少ないが、低温下において摩耗量が多く耐フレッチング性に劣り、かつ防錆性も劣っている。
増ちょう剤としてリチウム石けんを使用した比較例18のグリース組成物は、防錆性は優れているが、常温及び低温下において、摩耗量が多く耐フレッチング性に劣っている。」
(3)甲第4号証(以下、「甲4」という。)
4a「【請求項1】
下記の成分(a)~(d)を含有する、等速ジョイント用グリース組成物:
(a)基油、
(b)ジウレア系増ちょう剤、
(c)ベンゾトリアゾール及び/又はその誘導体、及び
(d)リン酸エステル類及び/又はそのアミン塩。」
4b「【0012】
(a)基油
(a)成分の基油としては、パラフィン系又はナフテン系鉱油をはじめとするあらゆる基油を使用できる。鉱油以外の基油としては、ポリαオレフィン(PAO)、ポリブテン、アルキルナフタレン、アルキルベンゼン、エチレン-αオレフィンコオリゴマー等に代表される合成炭化水素油;ジエステル、ポリオールエステル、芳香族エステルなどのエステル系合成油;ポリアルキレングリコール、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、アルキルジフェニルエーテル等のエーテル系合成油;シリコーン油;及びフッ素化油などが挙げられる。
これらの基油は単独で用いることができ、又は各種の混合油としても用いることができる。
本発明において、基油は、好ましくは鉱油、合成炭化水素油、エステル系合成油、又はこれらの混合油である。更に好ましくは、鉱油である。特に好ましくはパラフィン系鉱油である。
基油動粘度は、通常使用される潤滑油粘度の範囲であれば使用可能である。40℃での動粘度は、好ましくは50~330mm2/s、より好ましくは80~200mm2/sである。100℃での動粘度は、好ましくは2~50mm2/s、より好ましくは4~20mm2/sである。
40℃及び100℃での基油動粘度が高すぎる場合、粘度指数によっては低温特性に影響する(例えば、低温環境により動粘度の上昇が生じ、内部撹拌抵抗が増加、負荷トルク異常が生じることがある)。また、油の潤滑において、油膜確保のパラメーターは基油動粘度に強く依存することから、40℃及び100℃での基油動粘度が低すぎる場合には、十分な油膜を形成できず、転がり疲労寿命が低下する可能性がある。」
4c「【0019】
本発明のグリース組成物には、上記(a)~(d)成分に加え、植物油脂、脂肪酸アミドワックス及びメラミンシアヌレート(MCA)からなる群から選ばれる少なくとも1種を加えてもよい。これらを加えることで、等速ジョイントの金属表面への油性剤吸着による表面保護膜の形成、もしくは固体潤滑剤による金属接触を防止する効果により、発熱を抑制する効果、すなわち耐発熱性が得られる。
植物油脂は、通常、油性剤としてグリースに使用されており、本発明に使用する植物油脂としては、大豆油、ナタネ油、ゴマ油、オリーブ油、アマニ油、ヒマシ油、パーム油等があげられる。
脂肪酸アミドワックスは、通常、油性剤としてグリースに使用されており、本発明に使用する脂肪酸アミドワックスとしては、ラウリン酸アミドワックス、ステアリン酸アミドワックス、オレイン酸アミドワックス等、及びそれらの混合物等があげられる。
メラミンシアヌレートは、メラミンと(イソ)シアヌル酸のほぼ1:1の有機付加体である固体潤滑剤であり、通常、固体潤滑剤としてグリースに使用される。
上記植物油脂、脂肪酸アミドワックス及びMCAからなる群から選ばれる少なくとも1種の添加剤の中において、植物油脂を含有するのが好ましく、植物油脂がヒマシ油であるのがより好ましい。
本発明のグリース組成物における、上記植物油脂、脂肪酸アミドワックス及びMCAからなる群から選ばれる少なくとも1種の添加剤の含有量は、組成物の全質量を基準として、好ましくは0.1~10質量%、より好ましくは0.1~5質量%、さらに好ましくは0.25~1質量%である。0.1質量%未満では効果が不十分な傾向があり、また10質量%を超えても、添加量に見合うだけのさらなる効果の向上は認められず、不経済である。」
(4)追加文献9(以下、「追9」という。)
9a「【請求項1】
鉄系金属材料によって形成され、ステアリングホイールの回転に伴い軸方向移動することで転舵輪の転舵に供する転舵軸と、
前記転舵軸の外周に相対回転自在に設けられた筒状のナットと、該ナットと前記転舵軸の間に形成されたボール循環溝と、該ボール循環溝内にて転動可能に介装された鉄系金属材料からなる複数のボールと、からなるボールねじ機構と、
前記転舵軸及び前記ボールねじ機構を収容するハウジングと、
前記ナットを回転駆動することで、前記ボールねじ機構を介して前記転舵軸に操舵力を付与する電動モータと、
前記電動モータの回転力を前記ナットに伝達する伝達機構と、
前記ボールねじ機構に塗布され、基油としての合成炭化水素油と増ちょう剤としてのカルシウムスルフォネート複合石鹸とを含有するグリスと、
を備えたことを特徴とするパワーステアリング装置。
【請求項2】
前記グリスは、滴点が290℃以上であることを特徴とする請求項1に記載のパワーステアリング装置。
【請求項3】
前記グリスは、混和ちょう度が310~340であることを特徴とする請求項1に記載のパワーステアリング装置。」
9b「【0001】
本発明は、例えばベルトを介して伝達されるモータの回転力でもってラック軸の移動をアシストするラックアシスト式の操舵装置として用いられるパワーステアリング装置に関する。
・・・
【0006】
特に、前記従来のパワーステアリング装置のように、転舵軸の外周部に減速機構として金属製のボールねじ機構を設けた場合、ブーツの破れ等によりハウジング内部に水分が侵入すると、該水分によってボールねじ機構に錆が発生し、これによって、運転者の操舵負荷が増大してしまうおそれがあった。
・・・
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、鉄系金属材料によって形成され、ステアリングホイールの回転に伴い軸方向移動することで転舵輪の転舵に供する転舵軸と、前記転舵軸の外周に相対回転自在に設けられた筒状のナットと、該ナットと前記転舵軸の間に形成されたボール循環溝と、該ボール循環溝内にて転動可能に介装された鉄系金属材料からなる複数のボールと、からなるボールねじ機構と、前記転舵軸及び前記ボールねじ機構を収容するハウジングと、前記ナットを回転駆動することで、前記ボールねじ機構を介して前記転舵軸に操舵力を付与する電動モータと、前記電動モータの回転力を前記ナットに伝達する伝達機構と、前記ボールねじ機構に塗布され、基油としての合成炭化水素油と増ちょう剤としてのカルシウムスルフォネート複合石鹸とを含有するグリスと、を備えたことを特徴としている。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、ボールねじ機構に塗布するグリスとして、カルシウムスルフォネート複合石鹸を含有するものを採用したことにより、該カルシウムスルフォネート複合石鹸を含有しないグリスを塗布していた従来の場合と比べて、ボールねじ機構の防錆性が飛躍的に向上し、これによって、ハウジングの内部に水分が侵入した際の錆の発生を抑制することができる。」
9c「【0019】
そして、前記両ボールねじ溝42a,42b及び前記内外輪24a,24b間には、それぞれ前記各ボール43,24cの転動に伴う摩擦の潤滑に供する所定のグリスGが塗布されている。このグリスGは、合成炭化水素油を主成分とする基油に、増ちょう剤としてカルシウムスルフォネート複合石鹸を加えてなるもので、滴点が290℃以上であり、かつ、混和ちょう度が330となるように構成されている。
【0020】
前記モータユニット30は、出力軸31aが突設された軸方向一端側が第2ギヤハウジング12に支持固定され、入力側プーリ21を回転駆動することにより前記伝達機構20を介してラック軸7に操舵アシスト力を発生させる電動モータ31と、該電動モータ31の他端側に付設され、操舵トルクや車両速度など所定のパラメータに応じて前記電動モータ31を駆動制御する電子コントローラ32と、が一体的に構成されたものである。
【0021】
以上のように構成された前記パワーステアリング装置によれば、前記ボールねじ機構40に塗布するグリスGとしてカルシウムスルフォネート複合石鹸を含有するものを採用したことにより、該カルシウムスルフォネート複合石鹸を含有しないグリスを塗布していた従来の場合と比べて、ボールねじ機構40やボールベアリング24の防錆性が飛躍的に向上し、これによって、ギヤハウジング10の内部に水分が侵入した際のボールねじ機構40やボールベアリング24における錆の発生を抑制することができる。
【0022】
その結果、鉄系金属材料によってボールねじ機構40の強度を確保しつつも、該ボールねじ機構40の錆によって運転者の操舵負荷が増大してしまう不具合を抑制することが可能となる。
【0023】
さらに、本実施形態のように、ラック軸7の外周部に設けられるボールねじ機構40の場合には、自動車のエンジンルーム内に配置されることになるため、エンジン(図示外)や電動モータ31から高熱の影響を受け易い状況下にあるところ、前記グリスGの滴点が290℃以上となっていることから、当該高温状況下においてもグリスGの粘性が維持され、ボールねじ機構40の滑らかな作動を確保することができる。
【0024】
加えて、前記グリスGの場合には混和ちょう度が330となっている、すなわちNLGI(National Luburicating Grease Institute)のちょう度番号における1号に相当する比較的軟らかい状態をなすものであるため、ボールねじ機構の滑らかな作動を確保できるのは勿論のこと、耐フレッチング性にも優れ、ボールねじ機構40の摩耗抑制にも供される。」
(5)追加文献10(以下、「追10」という。)
10a「【請求項1】
増ちょう剤として、
(a)平均分子量500~750の脂肪族ジウレア化合物で、その直鎖状炭化水素基の内10~70モル%が不飽和成分であり、且つ、原料となる1級アミンの全アミン価が200~400の範囲であるジウレア化合物、
(b)脂肪酸金属塩、
(c)一般式(I)~(II)に示される脂肪族アミドおよび脂肪族ビスアミドよりなる群から選ばれた少なくとも1種類以上のアミド化合物
R1CONH2 (I)
R1CONHR2NHCOR1 (II)
(但し、R1は炭素数15~17の飽和または不飽和のアルキル基を示し、R2はメチレン基またはエチレン基を示す。)
の混合物からなり、
(a)および(b)ならびに(c)の配合比率は
a/(b+c)=0.2~10の関係にあり、それぞれ
(1)(a)成分が1~10の配合比、
(2)(b)成分が0.5~2.5の配合比、
(3)(c)成分が0.5~2.5の配合比、
である混合増ちょう剤が全体量の2~30重量%、(d)基油として、流動点が-25℃以下で、且つ主成分が合成炭化水素油である潤滑基油、
(e)添加剤として、有機モリブデン錯体、ジチオカルバミン酸の有機亜鉛化合物、ジチオリン酸の有機亜鉛化合物からなる混合物を、全体量の1~7重量%配合した潤滑グリース組成物を用いたことを特徴とする転動装置。
【請求項2】
前記転動装置がボールねじ機構であることを特徴とする請求項1記載の転動装置。
【請求項3】
前記転動装置が転がり軸受けであることを特徴とする請求項1記載の転動装置。
【請求項4】
前記転がり軸受けがボールの転がりを利用した玉軸受けであることを特徴とする請求項3記載の転動装置。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載の転動装置を用いたことを特徴とする電動パワーステアリング装置。」
10b「【0001】
本発明は、転がり滑り摩擦面にて発生する不整な摩擦変動を大幅に縮減し、また広い温度範囲で低く安定したトルク特性を示し、更に、高温においても充分な油膜を維持できる長寿命の新規な増ちょう剤配合による潤滑グリース組成物を用いた転動装置およびこの転動装置を用いた電動パワーステアリング装置に関するものである。
【背景技術】
・・・
【0005】
・・・
したがって、これらの部品に使用されるグリースは、低温での安定した摩擦トルク特性を得られるものであることが必須である。」
10c「【0009】
・・・
本発明に係る電動パワーステアリング装置は、特許文献1に開示されている添付図の装置、即ちボールねじ機構37とベアリング33および34の転がり軸受けから構成されるラックアシスト式電動パワーステアリング装置であるが、本装置はラック軸に連結されたボールねじにて軸方向の動力をアシストするものである。このボールねじ機構は、工作機械等に装着されているボールねじ機構に近似している事から、従来この部位の潤滑グリースは、これらの工作機械で頻繁に用いられているリチウム系グリースが使用されていた。
また、ラックアシスト式電動パワーステアリング装置として、特許文献1に開示されているものは電動モーターをラック軸と同軸に配置したものであるが、電動モーターがラック軸と同軸でなく平行に配置されたタイプ(例えば特許文献13)、電動モーターとラック軸とが軸心を交差させるように配置されたタイプ(例えば特許文献14)もある。これらのタイプのものは、電動モーターとボールねじ機構(ボールねじナット)とが歯車機構やベルト等の伝動手段で連結されている。
しかしながら、自動車への装着率の要求が益々高まる中で、電動パワーステアリング装置のアシスト力の向上および耐久性ならびに安定した低トルク特性の向上等々、その他諸性能の目覚しい進歩の過程において、従来技術の潤滑グリースでは、高温から低温まで安定した操舵特性が十分に発揮できなくなったり、満足した耐久寿命が得られなくなったり、またより低い温度環境下での低トルク特性においても課題があった。
前記各電動パワーステアリング装置に用いられる「転がり軸受け」は、主に単列または複列の深溝玉軸受け(例えば特許文献15参照)である。
なお、本発明に係る「電動パワーステアリング装置」は、上記のものに限定されず、例えば特許文献13、特許文献14に記載されたようなものも採用できる。前者の場合、同公報記載のボールねじ機構2および各玉軸受けが「転がり軸受け」に相当し、特にナット部2aを支承する軸受け8、10が「ボールの転がりを利用した玉軸受け」に相当する。後者の場合は、同公報記載のボールねじ機構9(19、29)および各玉軸受けが「転がり軸受け」に相当し、特にナット部9a(19a、29a)を支承する軸受け10(20)が「ボールの転がりを利用した玉軸受け」に相当する。
また、転動装置は、ボールの転がりを利用した転動装置であり如何なる機構のボールねじ構造を有する転動装置も該当する。
本発明者らは、特に特許文献1に記載の電動式パワーステアリング装置の構成部品において、どの部位が人間に微妙な不快感を与えやすいかを徹底的に調査研究した結果、シールドベアリング33や34ならびに、ボールネジ溝15bとボールネジ溝38Aの間に介在するボールベアリング39との間の摺動部等のころがり滑り摩擦を生ずる構成部品において、不整な摩擦変動が起き易い事を見出し、またこの不整な摩擦変動は潤滑グリースの差異によって非常に大きく変化することを発見し、更なる研究を重ねた結果、本発明の潤滑グリース組成物がこれらの構成部品で発生する不整な摩擦変動を大幅に縮減でき、運転者に不快な感覚を全く与えない、極めて安定した潤滑グリース組成物であることを見出し本潤滑組成物を含む転動装置および電動式パワーステアリング装置を提供するに至った。」
(6)追加文献11(以下、「追11」という。)
11a「【0003】
そこで、これらの問題を解決するものとして、電動モータを動力源とする電動パワーステアリング装置(Electric Power Steering、以下EPSと記す)が近年注目されている。EPSには、電動モータの電源に車載バッテリを用いるために直接的なエンジンの駆動損失が無く、電動モータが操舵アシスト時にのみに起動されるために走行燃費の低下も抑えられる他、電子制御が極めて容易に行える等の特長がある。
・・・
【0005】
ラックアシスト型EPSでは、ラックシャフトに形成されたボールねじ軸の雄ねじ溝とボールナットに形成された雌ねじ溝とが多数個の循環ボール(鋼球)を介して係合しており、ラックシャフトと同軸あるいは別軸に配置された電動モータによってボールナットが回転駆動され、これによりラックシャフトが軸方向に移動する。別軸式ラックアシスト型EPSにおける電動モータとボールナットとの間の動力伝達方法としては、特許文献1に記載されたタイミングベルト式の他、特許文献2に記載されたギヤ式等が一般的である。
・・・
【0009】
本発明は、上述したような事情に鑑みてなされたものであって、操舵時における作動トルクを抑制しつつ、直進時におけるラトル音を著しく小さくすることができる、ボールねじ式ラックアシスト型の電動パワーステアリング装置を提供することを目的とする。
・・・
【0024】
ラックシャフト23には、雄ねじ溝51が形成される一方、ボールナット45には、雌ねじ溝53が形成され、雄ねじ溝51と雌ねじ溝53との間には、循環ボールたる多数個の鋼球55が介装されている。また、ボールナット45には、鋼球55を循環させるための循環こま(図示せず)が装着されている。
【0025】
ドリブンギヤ(ナットギヤ)39と、ボールナット45とは、共に、鋼製であるが、ドリブンギヤ(ナットギヤ)39の熱処理硬度は、ボールナット45の熱処理硬度より低く設定されており、シェービング加工による仕上げが容易となっている。また、ドリブンギヤ(ナットギヤ)39と、ボールナット45では、鋼の素材についても機械的強度やコスト等を勘案して最適な素材が選択されている。」
2 甲号証に記載された発明
(1)甲1に記載された発明
ア 甲1発明1
甲1には、甲1に記載のグリース組成物が、転動装置を適用対象とすることが記載されるから(摘記1a、1b、1e参照)、実施例12のグリース組成物として、
「・金属複合石けんAである、量比75質量%:25質量%の12-ヒドロキシステアリン酸とアゼライン酸とから合成されたリチウム複合石けんを、7.75質量%、
・ジウレアAである4,4’-ジフェニルメタンジイソシアネートとシクロヘキシルアミンとから合成されたウレア化合物を、7.75質量%、
・40℃における動粘度が68.0mm2 /sであるポリαオレフィン油を、82.5質量%
・アミン系酸化防止剤を1.0質量%、
・カルシウムスルフォネートを1.0質量%、
からなり、JIS K2220に従って測定した混和ちょう度が279である、転動装置用グリース組成物。」の発明が記載されていると認められる(摘記1f参照)。
(2)甲2に記載された発明
ア 甲2発明1
甲2には、甲2に記載のグリース組成物は、機械部品を適用対象とすることが記載されるから(摘記2c参照)、実施例5のグリース組成物として、
「・ジフェニルメタンジイソシアネート1モルに対しアミン2モルの比率で、モル比1:7のオクタデシルアミン:シクロヘキシルアミンを反応させたジウレア化合物である増ちょう剤を11質量%、
・40℃における動粘度が100mm2 /sの鉱油である基油を87.0質量%、
・ジノニルナフタレンスルホン酸カルシウムであるCaスルフォネートを2.0質量%、
からなり、JIS K2220に従って測定した混和ちょう度が300である、機械部品用グリース組成物」の発明が記載されていると認められる(摘記2f参照)。
イ 甲2発明2
上記アと同様、甲2には、実施例12のグリース組成物として、「・ジフェニルメタンジイソシアネート1モルに対し、オクチルアミンを2モルの比率で反応させたジウレア化合物である増ちょう剤を9質量%、
・40℃における動粘度が100mm2 /sの鉱油である基油を89.0質量%、
・ジノニルナフタレンスルホン酸カルシウムであるCaスルフォネートを2.0質量%、
からなり、JIS K2220に従って測定した混和ちょう度が300である、機械部品用グリース組成物」の発明が記載されていると認められる(摘記2f参照)。
3 対比・判断
(1)甲1発明1を主たる引用発明とする場合
ア 本件訂正発明1
(ア)甲1発明1との対比
本件訂正発明1と甲1発明1を対比する。
本件訂正発明1の「増ちょう剤」は、式(I)「R1-NHCONH-R2-NHCONH-R3」で表わされるジウレア化合物のみからなり、R1及びR3は、互いに同一でも異なっていてもよく、炭素数8~20の直鎖アルキル基又はシクロヘキシル基であり、R2は、炭素数6~15の2価の芳香族炭化水素基である。
甲1発明1のウレア化合物において、シクロヘキシルアミン由来の「シクロヘキシル」基は、本件訂正発明1の式(I)における「R1及びR3」に相当し、4,4’-ジフェニルメタンジイソシアネート由来の「4,4’-ジフェニルメタン」部分が、炭素数13の2価の芳香族炭化水素基であり、本件訂正発明1の式(I)における「R2」に相当する。
したがって、甲1発明1の「ジウレアAである4,4’-ジフェニルメタンジイソシアネートとシクロヘキシルアミンとから合成されたウレア化合物」は、本件訂正発明1の「増ちょう剤」に相当する。
甲1発明1の「ポリαオレフィン油」は、「40℃における動粘度が4~100mm2/s」の範囲にあり、含有量も、「組成物の全質量を基準として80~91質量%」の範囲にある。
甲1発明1の「カルシウムスルフォネート」は、本件訂正発明1の「Caスルホネート」に相当する。
甲1発明1の「金属複合石けんAである、量比75質量%:25質量%の12-ヒドロキシステアリン酸とアゼライン酸とから合成されたリチウム複合石けん」は、炭素数18の脂肪酸である「12-ヒドロキシステアリン酸」と、炭素数9の脂肪酸である「アゼライン酸」であるから、甲1発明1の「グリース組成物」は、「脂肪酸」を含有している。そして、甲1発明1の上記「「金属複合石けんAである、量比75質量%:25質量%の12-ヒドロキシステアリン酸とアゼライン酸とから合成されたリチウム複合石けん」は、増ちょう剤として、「グリース組成物」に含まれている(摘記1f参照)。
甲1発明1の「グリース組成物」の混和ちょう度は279である。
甲1発明1は、「アミン系酸化防止剤」を含有しているが、甲1の記載(摘記1d段落0031)、及び技術常識を考慮しても、これが「非極性ワックス、極性ワックス、及び重量平均分子量が2万~30万の鎖状の炭化水素系ポリマー」ではない。したがって、甲1発明1は、「非極性ワックス、極性ワックス、及び重量平均分子量が2万~30万の鎖状の炭化水素系ポリマー」のいずれも含まない。
また、甲1発明1の「転動装置用グリース組成物における転動装置」と、本件訂正発明1の「ラックアシストタイプ電動パワーステアリングのボールねじ」とは、ともに「部品」である点で共通する。
そうすると、本件訂正発明1と、甲1発明1とは、以下の<一致点>で一致し、<相違点1-1>、<相違点1-2>で相違する。
<一致点>
増ちょう剤と、
基油と、
Caスルホネート、脂肪酸、及びトリグリセリドからなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物を含有する、
部品用グリース組成物であって、
前記増ちょう剤が、下記式(I)で表わされるジウレア化合物を含み、
R1-NHCONH-R2-NHCONH-R3 (I)
(式中、R1及びR3は、互いに同一でも異なっていてもよく、炭素数8~20の直鎖アルキル基又はシクロヘキシル基であり、R2は、炭素数6~15の2価の芳香族炭化水素基である。)
前記基油の40℃における動粘度が4~100mm2/sであり、
前記基油が、ポリαオレフィンであり、
前記基油の含有量は、組成物の全質量を基準として80~91質量%であり、
組成物の混和ちょう度が265~385であり、
但し、非極性ワックス、極性ワックス、及び重量平均分子量が2万~30万の鎖状の炭化水素系ポリマーのいずれも含まない、前記グリース組成物。
<相違点1-1>
部品用グリース組成物が、本件訂正発明1は、「ラックアシストタイプ電動パワーステアリングのボールねじ部用」であるのに対し、甲1発明1はそのような特定がなく、「転動装置用」である点。
<相違点1-2>
本件訂正発明1は、部品用グリース組成物に含有される「増ちょう剤」が、「式(I)で表わされるジウレア化合物のみからなり」と特定されるのに対し、甲1発明1はそのような特定がなく、増ちょう剤である「金属複合石けんAである、量比75質量%:25質量%の12-ヒドロキシステアリン酸とアゼライン酸とから合成されたリチウム複合石けん」を、「式(I)で表わされるジウレア化合物」と共に含む点。
(イ)相違点についての検討
事案に鑑み、まず、<相違点1-2>について検討する。
甲1発明1のグリース組成物における増ちょう剤は、式(I)のジウレア化合物と、金属複合石けんAを必須の構成として含むものであり(摘記1a、1f参照)、増ちょう剤が式(I)で表されるジウレア化合物のみであっても、甲1における課題を解決することができるグリース組成物を提供できることは開示されていないから、甲1には、「増ちょう剤」を、式(I)で表されるジウレア化合物「のみ」とする動機付けとなる記載があるとはいえない。
また、甲2~甲10にも、甲1発明1における「増ちょう剤」について、「金属複合石けんAである、量比75質量%:25質量%の12-ヒドロキシステアリン酸とアゼライン酸とから合成されたリチウム複合石けん」を取り除き、「式(I)で表わされるジウレア化合物のみ」とすることを動機付ける記載はない。
(ウ)本件特許発明1の効果について
本件特許明細書の実施例からみて、本件特許発明1は、式(I)で表されるジウレア化合物のみからなる増ちょう剤により、ラックアシスト式電動パワーステアリングのボールねじ部におけるトルク変動を抑制し、かつ、広い速度域に亘って低トルクを実現できるという効果を奏するものである。
(エ)申立人の主張
申立人は、令和7年7月16日の意見書において、以下の趣旨の主張をしている。
「甲1には、比較例2のようにジウレアのみを含むグリース組成物もあれば、比較例1のように金属複合石けんのみを含むものもの記載されており」、「ジウレアが他の増ちょう剤と比べて劣っているということが一概に示されるものではない」こと、甲3や甲4において「ジウレア単独で合成炭化水素油との組み合わせで使用するグリース組成物が開示されている」ことから、甲1発明1は、増ちょう剤として、ジウレア化合物と金属複合石けんとを含むものであるが、甲1にはジウレア化合物と金属複合石けんとの組み合わせに代えてジウレア化合物のみとすることを回避するといえるまでの記載や示唆はなく、このような増ちょう剤の変更は適宜選択可能な設計事項である。
しかしながら、上記(イ)で検討したとおり、甲1発明1における「増ちょう剤」について、「金属複合石けんAである、量比75質量%:25質量%の12-ヒドロキシステアリン酸とアゼライン酸とから合成されたリチウム複合石けん」を取り除き、「式(I)で表わされるジウレア化合物のみ」とすることは、甲1~甲8の記載により動機付けられるものとはいえない。
甲1発明1における増ちょう剤として、ポリウレアと金属複合石けんの両方が必要であることは、甲1の実施例において、ポリウレアと金属複合石けんの一方しか添加されていない比較例1及び比較例2は本件発明の課題を解決できないこと、請求項1においてポリウレアと金属複合石けんの両方を含むことが特定されていること、及び、【0017】の「このような構成の転動装置(特に、ころ軸受)は、ポリウレアと金属複合石けんとの両方を増ちょう剤として含有するグリース組成物が充填されているので、高速,高温下においても優れた焼付き寿命を有する。」との記載からも明らかである。
(オ)小括
したがって、他の相違点について検討するまでもなく、本件訂正発明1は、甲1に記載された発明、並びに甲1、及び追9~11に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
イ 本件訂正発明2~5
本件訂正発明2~4は、本件訂正発明1の記載を引用する形式で記載されたものであって、前記ア(ア)の<相違点1-2>に係る特定事項を全て含むものである。
また、本件訂正発明5は、本件訂正発明1において、「ボールねじを構成する要素はいずれも鋼であり」と特定するものであり、「但し、非極性ワックス、極性ワックス、及び重量平均分子量が2万~30万の鎖状の炭化水素系ポリマーのいずれも含まない」との特定はなされていないが、前記(2)の<相違点1-2>に係る特定事項を全て含むものである。
そうすると、本件訂正発明2~5は、前記アと同じ理由により、甲1に記載された発明、並びに甲1、及び追9~11に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(2)甲2発明1または2を主たる引用発明とする場合
ア 本件訂正発明1
(ア)甲2発明1及び2との対比
本件訂正発明1と甲2発明1及び2を対比する。
本件訂正発明1の「増ちょう剤」は、式(I)「R1-NHCONH-R2-NHCONH-R3」で表わされるジウレア化合物のみからなり、R1及びR3は、互いに同一でも異なっていてもよく、炭素数8~20の直鎖アルキル基又はシクロヘキシル基であり、R2は、炭素数6~15の2価の芳香族炭化水素基である。
甲2発明1のジウレア化合物において、オクタデシルアミン由来の「オクタデシル」基は炭素数18の直鎖アルキル基であって、シクロヘキシルアミン由来のシクロヘキシル基と、それぞれ、本件訂正発明1の式(I)における「R1及びR3」に相当する。また、甲2発明1のジウレア化合物において、4,4’-ジフェニルメタンジイソシアネート由来の「4,4’-ジフェニルメタン」部分が、炭素数13の2価の芳香族炭化水素基であり、本件訂正発明1の式(I)における「R2」に相当する。
したがって、甲2発明1の「ジフェニルメタンジイソシアネート1モルに対しアミン2モルの比率で、モル比1:7のオクタデシルアミン:シクロヘキシルアミンを反応させたジウレア化合物」は、本件訂正発明1の「増ちょう剤」に相当する。
甲2発明2のジウレア化合物においても、オクチルアミン由来の「オクチル」基は炭素数8の直鎖アルキル基であって、本件訂正発明1の式(I)における「R1及びR3」に相当し、4,4’-ジフェニルメタンジイソシアネート由来の「4,4’-ジフェニルメタン」部分が、炭素数13の2価の芳香族炭化水素基であり、本件訂正発明1の式(I)における「R2」に相当する。
したがって、甲2発明2の「ジフェニルメタンジイソシアネート1モルに対し、オクチルアミンを2モルの比率で反応させたジウレア化合物」は、本件特許発明1の「増ちょう剤」に相当する。
甲2発明1、及び甲2発明2の「40℃における動粘度が100mm2 /s」の「鉱油」は、上記段落0022、及び0023のとおり(適示2f参照)、「基油」として、グリース組成物の全質量を基準として87.0質量%、及び89 .0質量%で、それぞれ含有されている。
甲2発明1、及び甲2発明2の「ジノニルナフタレンスルホン酸カルシウム」は上記のとおり、「Caスルフォネート」である。
そして、甲2発明1、及び甲2発明2の「グリース組成物」の混和ちょう度は300であり、「非極性ワックス、極性ワックス、及び重量平均分子量が2万~30万の鎖状の炭化水素系ポリマー」のいずれも含まれない。
また、甲2発明1及び2の「機械部品用グリース組成物における機械部品」と、本件訂正発明1の「ラックアシストタイプ電動パワーステアリングのボールねじ」とは、ともに「部品」である点で共通する。
そうすると、本件訂正発明1と、甲2発明1、または甲2発明2とは、以下の<一致点>で一致し、<相違点2-1>~<相違点2-2>で相違する。
<一致点>
増ちょう剤と、
基油と、
Caスルホネート、脂肪酸、及びトリグリセリドからなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物を含有する、
部品用グリース組成物であって、
前記増ちょう剤が、下記式(I)で表わされるジウレア化合物のみからなり、
R1-NHCONH-R2-NHCONH-R3 (I)
(式中、R1及びR3は、互いに同一でも異なっていてもよく、炭素数8~20の直鎖アルキル基又はシクロヘキシル基であり、R2は、炭素数6~15の2価の芳香族炭化水素基である。)
前記基油の40℃における動粘度が4~100mm2/sであり、
前記基油の含有量は、組成物の全質量を基準として80~91質量%であり、
組成物の混和ちょう度が265~385であり、
但し、非極性ワックス、極性ワックス、及び重量平均分子量が2万~30万の鎖状の炭化水素系ポリマーのいずれも含まない、前記グリース組成物。
<相違点2-1>
部品用グリース組成物が、本件訂正発明1は、「ラックアシストタイプ電動パワーステアリングのボールねじ部用」であるのに対し、甲2発明1、及び甲2発明2にはそのような特定がなく、「機械部品用」である点。
<相違点2-2>
基油が、本件訂正発明1は、ポリαオレフィンであるのに対し、甲2発明1、及び甲2発明2では鉱油であって、ポリαオレフィンではない点。
(イ)相違点についての検討
事案に鑑み、まず、<相違点2-2>について検討する。
甲2には、基油としては、「40℃の動粘度が50~200mm2/sのものであれば特に制限されず」、コスト及び性能の観点から基油として鉱油が用いられること、合成油として、ポリαオレフィン等に代表される合成炭化水素油が例示されている(摘記2c段落0010)。
また、グリース組成物の基油として、コスト抑制の観点からは鉱油が用いられる一方で、コスト以外の面では、物性等の制御の観点から合成油も用いられることが、例えば、甲1、及び甲2に記載されるように出願時当業者には認識されていたといえる(摘記1d段落0030、摘記2b段落0005、摘記2c段落0010)。
しかしながら、甲2において、ポリαオレフィンが基油として具体的に用いられているのは、所望の効果が奏されない比較例9の、Caスルホネートを含有しない例においてのみであり(摘記2f段落0025比較例9参照)、基油がポリαオレフィンであっても、甲2における課題を解決することができるグリース組成物を提供できることは開示されておらず、甲2には、「基油」を、ポリαオレフィンとすることを積極的に動機付ける記載があるとはいえない。
甲1、甲3~甲10にも、甲2発明1、又は甲2発明2における「基油」として、最も好ましいものとして記載される「鉱油」から、比較例に記載された「ポリαオレフィン」とすることを動機付ける記載はない。
(ウ)本件特許発明1の効果について
本件特許明細書の実施例からみて、本件特許発明1は、組成物の全質量を基準として80~91質量%の含有量である基油が、40℃における動粘度が4~100mm2/sのポリαオレフィンであることにより、ラックアシスト式電動パワーステアリングのボールねじ部におけるトルク変動を抑制し、かつ、広い速度域に亘って低トルクを実現できるという効果を奏するものである。
(エ)申立人の主張
申立人は、令和7年7月16日の意見書において、以下の趣旨の主張をしている。
甲2には、「基油として鉱油を含む比較例7、比較例8のグリース組成物に比べて摩耗量の評価が劣っている」比較例9において、ポリαオレフィンが基油として用いられているが(摘記2f段落0025比較例9参照)、甲2の段落0028の「特定の添加剤を含まない比較例1、9、10のグリース組成物」との記載から、「Caスルホネートを含まない例として記載されていることが明らか」であって、基油としてのポリαオレフィン油の効果を否定するものではなく、甲2において、ポリαオレフィンが用いられた例が比較例であることをもって、甲2発明1及び2において基油としてのポリαオレフィンの適用を回避するほどの理由が存在するとはいえない。
しかしながら、上記(イ)で検討したとおり、甲2発明1または2における「基油」として、コストの観点のみならず、性能の観点からも最も好ましいものとして記載される「鉱油」を、コストの観点から劣る合成油であって、甲2の比較例で用いられた「ポリαオレフィン」にあえて変更することは、甲1~甲8の記載により動機付けられるものとはいえない。
(オ)小括
したがって、他の相違点について検討するまでもなく、本件訂正発明1は、甲2に記載された発明、並びに甲1~2、及び追9~11に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
イ 本件訂正発明2~5
本件訂正発明2~4は、本件訂正発明1の記載を引用する形式で記載されたものであって、前記ア(ア)の<相違点2-2>に係る特定事項を全て含むものである。
また、本件訂正発明5は、本件訂正発明1において、「ボールねじを構成する要素はいずれも鋼であり」と特定するものであり、「但し、非極性ワックス、極性ワックス、及び重量平均分子量が2万~30万の鎖状の炭化水素系ポリマーのいずれも含まない」との特定はなされていないが、前記ア(ア)の<相違点2-2>に係る特定事項を全て含むものである。
そうすると、本件訂正発明2~5は、前記アと同じ理由により、甲2に記載された発明、並びに甲1~2、及び追9~11に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
第6 取消理由で採用しなかった申立理由についての当審の判断
1 申立理由1(甲1を主引例とした新規性欠如)
前記第5の3(1)のとおり、本件訂正発明1と甲1発明1を対比すると、相違点1-1及び相違点1-2で相違し、少なくとも相違点1-2は実質的な相違点である。
そうすると、本件訂正発明1は甲1発明1ではないから、前記第4の1(1)の申立理由1(甲1を主引例とした新規性欠如)には理由がない。
2 申立理由2(甲2を主引例とした新規性欠如)
前記第5の3(2)のとおり、本件訂正発明1と甲2発明1及び甲2発明2を対比すると、相違点2-1及び相違点2-2で相違し、少なくとも相違点2-2は実質的な相違点である。
そうすると、本件訂正発明1は甲2発明1又は甲2発明2ではないから、前記第4の1(2)の申立理由2(甲2を主引例とした新規性欠如)には理由がない。
3 申立理由4(サポート要件違反)
(1)前提
特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に規定する、いわゆるサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らして当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
(2)発明の課題
本件発明が解決しようとする課題は、本件明細書の【0004】の記載から、「ラックアシスト式電動パワーステアリング装置の操舵時の応答性や静粛性を向上させるようトルク変動を抑制し、かつ、広い速度範囲域でも低トルクである、ラックアシスト式電動パワーステアリングのボールねじ部用グリース組成物を提供すること」であると認められる。
(3)申立人の主張
「トリグリセリド」には多くの分子種が存在し、それぞれ異なる物理化学的性質を示すことが技術常識であるから、実施例において使用された硬化ヒマシ油以外のトリグリセリドについて、トルク変動抑制に関する課題が解決されるとは認識されない。
(4)判断
本件明細書の段落【0010】には、本件訂正発明の効果のメカニズムとして、「本願所定の添加剤を使用すると、ボールねじ表面に被膜を形成することができる。この形成された被膜が、トルク変動の抑制に寄与していると思われる。」との記載がある。
そうすると、上記記載より、必須の添加剤である「トリグリセリド」が、トルク変動抑制に対してどのように寄与するかについては理解できるから、「トリグリセリド」の「ボールねじ表面に被膜を形成することができる」という「物理化学的性質」により、本件訂正発明1は、上記発明の課題を解決できるものであることが一応理解できる。
そして、同段落【0014】~【0020】、【表1】~【表2】には、実施例として、本件発明の特定事項を満たすグリース組成物が、1mm/sと20mm/sの速度におけるトルクの平均値がいずれも12N未満であり、トルク変動抑制に優れることが具体的に示されている。
また、本件訂正発明1の範囲内のものが、トルク変動抑制に劣るものを含むという合理的な疑いもない。
してみれば、本件発明1は、発明の詳細な説明に記載された発明であり、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものといえる。
また、本件訂正発明1を直接又は間接的に引用する本件訂正発明2~4と、本件訂正発明1において、「ボールねじを構成する要素はいずれも鋼であり」と特定するものであり、「但し、非極性ワックス、極性ワックス、及び重量平均分子量が2万~30万の鎖状の炭化水素系ポリマーのいずれも含まない」との特定のない本件訂正発明5についても、同様の理由により、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものといえる。
よって、本件出願の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たさないものとはいえない。
(5)小括
以上で検討したとおり、本件訂正発明1~5は、発明の詳細な説明及び技術常識に基づいて、当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるから、前記第4の1(4)の申立理由4(サポート要件違反)には理由がない。
4 申立理由5(実施可能要件違反)
(1)前提
特許法36条4項1号は、明細書の発明の詳細な説明の記載は、「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したもの」でなければならないと定める。そして、物の発明における発明の実施とは、その物の生産、使用等をする行為をいうから(特許法2条3項1号)、同法36条4項1号の「その実施をすることができる」とは、その物を作ることができ、かつ、その物を使用できることであり、物の発明については、明細書にその物を生産する方法及び使用する方法についての具体的な記載が必要であるが、そのような記載がなくても、明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき、当業者がその物を作ることができ、かつ、その物を使用できるのであれば、上記の実施可能要件を満たすということができる。
(2)申立人の主張
「トリグリセリド」には多くの分子種が存在し、それぞれ異なる物理化学的性質を示すことが技術常識であるから、実施例において使用された硬化ヒマシ油以外のトリグリセリドを使用する場合に、出願時の技術常識を考慮しても、当業者が本件訂正発明を実施できる程度に本件明細書の発明の詳細な説明が記載されていない。
(3)判断
本件訂正発明1は、上記第3に記載のとおりの「ラックアシストタイプ電動パワーステアリングのボールねじ部用グリース組成物」という物の発明であるところ、「トリグリセリド」を含む群から選ばれる添加剤の種類にかかわらず、本件訂正発明1のグリース組成物を「ラックアシストタイプ電動パワーステアリングのボールねじ部用」としても一応使用できることは従来技術から明らかである。
そこで、本件明細書及び出願当時の技術常識に基づき、当業者が本件訂正発明1の「ラックアシストタイプ電動パワーステアリングのボールねじ部用グリース組成物」を作ることができるかについて以下検討すると、本件明細書の段落【0010】には、「トリグリセリドとしては、トリグリセリドを構成する脂肪酸残基の炭素数が好ましくは7~26、さらに好ましくは12~18のトリグリセリドが挙げられる。これらの2種以上の混合物でもよい。好ましい具体例としては、天然油脂より採取したひまし油や、硬化ひまし油が挙げられる。」と記載されている。
そして、同段落【0014】~【0020】、【表1】~【表2】には、実施例として、本件発明の特定事項であるトリグリセリドが硬化ひまし油であるグリース組成物が、具体的に示されている。
してみれば、本件明細書の記載及び技術常識に基づけば、本件訂正発明1の「トリグリセリド」を市販のもの等から入手して、グリース組成物中に含有させるなどして、本件訂正発明1のグリース組成物を容易に作ることができるといえる。
また、本件訂正発明1を直接又は間接的に引用する本件訂正発明2~4と、本件訂正発明1において、「ボールねじを構成する要素はいずれも鋼であり」と特定するものであり、「但し、非極性ワックス、極性ワックス、及び重量平均分子量が2万~30万の鎖状の炭化水素系ポリマーのいずれも含まない」との特定のない本件訂正発明5についても、同様である。
(4)小括
以上で検討したとおり、本件明細書の記載は、当業者が本件訂正発明1~5の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるから、前記第4の1(5)の申立理由5(実施可能要件違反)には理由がない。
第7 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知書に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載された特許異議申立ての理由によっては、本件訂正後の請求項1~5に係る特許を取り消すことはできない。
また、他にこれらの特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2025-700170