特許異議申立
2023-701049
ショベル
- 審判番号
- 2023-701049
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2019-224939
- 登録番号
- 7250670
- 請求日
- 2023年10月02日
- 審決日
- 2025年09月18日
- 公報発行日
- 2025年12月26日
- 結論
- 請求成立(取消)
- 当事者
- 【権利者】住友建機株式会社
- 【権利者代理人】伊東 忠重
- 【権利者代理人】伊東 忠彦
- 【異議申立人】佐藤 公美
- 【異議申立人】高橋 詔男
- 審判長/審判官
- 審判長 居島 一仁
- 審判官 西田 秀彦
- 審判官 土屋 真理子
- 分類
- P1651.537-ZB (E02F) / P1651.113-ZB (E02F) / P1651.121-ZB (E02F)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第120条の5第9項、特許法第120条の5第2項、特許法第36条、特許法第113条、特許法第29条第2項、特許法第29条、特許法第44条、特許法第120条の5第7項、特許法第120条の5第4項、特許法第126条第5項、特許法第29条第1項第3号、特許法第29条第1項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7250670号発明「ショベル」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7250670号の請求項1~7に係る特許を取り消す。
理由
理 由
第1 手続の経緯
1 出願分割の経緯の概略
特許第7250670号(以下「本件特許」という。)に係る出願は、令和元年12月12日にされた特許法44条1項の規定による特許出願であって、平成25年3月6日に出願した特願2013-44534号を最先の出願とする、いわゆる第3世代の分割出願であるところ、出願の分割の経緯は、次のとおりである。なお、括弧内は当該出願の提出日を示す。
最先の出願:特願2013- 44534号(平成25年 3月 6日)
第1世代 :特願2017-150739号(平成29年 8月 3日)
第2世代 :特願2018-191259号(平成30年10月 9日)
本件 :特願2019-224939号(令和 元年12月12日)
2 本件異議申立てにおける手続経緯
特許第7250670号の請求項1~7に係る特許についての出願は、令和5年3月24日にその特許権の設定登録がされ、同年4月3日に特許掲載公報が発行された。
その後の本件特許異議の申立ての概要は、次のとおりである。
令和5年10月 2日 :特許異議申立人佐藤 公美(以下「申立人A」
という。)による請求項1~7に係る特許に対
する特許異議の申立て
令和5年10月 3日 :特許異議申立人高橋 詔男(以下「申立人B」
という。)による請求項1~7に係る特許に対
する特許異議の申立て
令和6年 1月15日付け:取消理由通知書
同年 3月18日 :特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
同年 5月31日付け:訂正拒絶理由通知書
同年 7月 8日 :特許権者による意見書、手続補正書(方式)
及び訂正請求書の提出
同年 7月29日 :手続補正書(方式)の提出
同年 9月 4日 :手続補正書(方式)の提出
同年12月26日付け:取消理由通知書(決定の予告)
令和7年 3月25日 :特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
同年 6月19日付け:訂正拒絶理由通知書
同年 7月24日 :特許権者による意見書及び手続補正書の提出
なお、令和6年3月18日提出の訂正請求書による訂正の請求は、令和7年3月25日に新たな訂正の請求がされたことにより、取り下げられたものとみなす(特許法120条の5第7項)。
第2 訂正の適否
1 令和7年3月25日提出の訂正請求書による訂正の内容
令和7年3月25日提出の訂正請求書(以下「本件訂正請求書」という。)による訂正の内容は以下のとおりである(下線部は訂正箇所を示す。)。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に、
「下部走行体と、該下部走行体に旋回自在に搭載される上部旋回体と、該上部旋回体の前方中央部に備えられる掘削アタッチメントを含んで構成されるショベルであって、
前記ショベルに備えられ、前記ショベルの周辺の所定範囲内の人を検知する人検知手段と、
前記ショベルに搭載され、前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定する判定手段と、を有し、
ショベルのエンジンを始動させる前においては、操作レバーをオペレーターが操作しても対応する油圧アクチュエータが動作しない状態、及び、操作レバーをオペレーターが操作すると対応する油圧アクチュエータが動作する状態、の何れであっても、前記判定手段は、前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定する、
ショベル。」
と記載されているのを、
「 下部走行体と、該下部走行体に旋回自在に搭載される上部旋回体と、該上部旋回体の前方中央部に備えられる掘削アタッチメントを含んで構成されるショベルであって、
前記ショベルに備えられ、前記ショベルの周辺の所定範囲内の人を検知する人検知手段と、
前記ショベルに搭載され、前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定する判定手段と、を有し、
前記ショベルのエンジンを始動させる前においては、操作レバーをオペレーターが操作しても対応する油圧アクチュエータが動作しない状態、及び、操作レバーをオペレーターが操作すると対応する油圧アクチュエータが動作する状態、並びに、前記ショベルのエンジンを始動させた後においては、操作レバーをオペレーターが操作すると対応する油圧アクチュエータが動作する状態、の何れであっても、電源がオンであれば、前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定できるように構成されている前記判定手段は、前記ショベルのエンジンを始動させる前においては、操作レバーをオペレーターが操作しても対応する油圧アクチュエータが動作しない状態、及び、操作レバーをオペレーターが操作すると対応する油圧アクチュエータが動作する状態、の何れであっても、前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定する、
ショベル。」に訂正する。
(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項3を削除する。
(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項4を削除する。
(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項5に「請求項1乃至4の何れかに記載のショベル。」と記載されているのを、「請求項1又は2に記載のショベル。」に訂正する。
(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項6に「請求項1乃至5の何れかに記載のショベル。」と記載されているのを、「請求項1、2、又は5に記載のショベル。」に訂正する。
(6)訂正事項6
特許請求の範囲の請求項7に「請求項1乃至6の何れかに記載のショベル。」と記載されているのを、「請求項1、2、5又は6に記載のショベル。」に訂正する。
(7)訂正事項7
願書に添付した明細書の段落【0015】に記載された「図1に示したエンジン3は、上部旋回体63内部のいずれかの箇所に設置される。また、キースイッチ4は、キャビン64内のオペレーター(操作者)の操作可能な位置に設置される。キースイッチ4の選択位置はスタート、オン、オフの三つであり、選択位置がスタートである場合に、周知の始動回路に基づいて、コントローラ5に始動信号が出力される。」を「図1に示したエンジン3は、上部旋回体63内部のいずれかの箇所に設置される。また、キースイッチ4は、キャビン64内のオペレーター(操作者)の操作可能な位置に設置される。キースイッチ4の選択位置はスタート、オン、オフの三つであり、選択位置がスタートである場合に、周知の始動回路に基づいて、コントローラ5にて始動信号が出力される。」に訂正する。
(8)訂正の単位について
訂正前の請求項1~7について、請求項2~7はそれぞれ請求項1を引用しているものであって、訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。よって、訂正前の請求項1~7に対応する訂正後の請求項1~7は、特許法120条の5第4項に規定する一群の請求項である。
2 訂正拒絶理由の概要
令和7年6月19日付け訂正拒絶理由通知の概要は、以下のとおりである。
特許請求の範囲の請求項1に係る訂正事項1による訂正は、特許法120条の5第9項において準用する同法126条5項の規定に適合するものではない。
また、明細書に係る訂正事項7による訂正は、特許法120条の5第2項ただし書各号に掲げる事項を目的とするものではなく、また、特許法120条の5第9項において準用する同法126条5項の規定に適合するものではない。
以上のとおりであるから、一群の請求項である請求項1~7についてする本件訂正を認めることはできない。
3 令和7年7月24日提出の手続補正書による手続補正について
(1)手続補正の内容
本件訂正に関し、手続の経緯は、上記第1の2において記載されたとおりであり、令和7年7月24日提出の手続補正書による手続補正(以下、単に「手続補正」という。)は、令和7年3月25日提出の訂正請求書、訂正特許請求の範囲および訂正明細書の全文を、該手続補正書に添付した訂正請求書、訂正特許請求の範囲および訂正明細書のとおり補正するものである。
そして、訂正拒絶理由通知を通知した訂正事項1及び7について、なされた手続補正を確認したところ、その内容は以下のとおりである。
ア 訂正事項1について
訂正請求書の「7 請求の理由」「(2) 訂正事項」中の「ア 訂正事項1」における訂正事項1の内容及び訂正特許請求の範囲については、手続補正により補正された箇所はない。
イ 訂正事項7について
手続補正前及び後の訂正請求書の「7 請求の理由」「(2) 訂正事項」中の「ア 訂正事項7」によって訂正しようとする、願書に添付した明細書の段落【0015】の訂正後の内容は以下のとおりである。
(ア)手続補正前
「図1に示したエンジン3は、上部旋回体63内部のいずれかの箇所に設置される。また、キースイッチ4は、キャビン64内のオペレーター(操作者)の操作可能な位置に設置される。キースイッチ4の選択位置はスタート、オン、オフの三つであり、選択位置がスタートである場合に、周知の始動回路に基づいて、コントローラ5にて始動信号が出力される。」
(イ)手続補正後
「図1に示したエンジン3は、上部旋回体63内部のいずれかの箇所に設置される。また、キースイッチ4は、キャビン64内のオペレーター(操作者)の操作可能な位置に設置される。キースイッチ4の選択位置はスタート、オン、オフの三つである。」
(2)手続補正の適否についての当審の判断
ア 判断の基準
訂正拒絶理由通知に対しては、訂正事項の削除、軽微な瑕疵の補正等、訂正請求書の要旨を変更しないものであれば補正することができる。しかし、新たな訂正事項を加えることや、訂正事項を変更することは、訂正の要旨を変更するものである。(審判便覧67―05.3の4.(3)イ参照)。
そこで、以下、訂正事項7に関する手続補正が、訂正請求書の要旨を変更しないものであって補正をすることができるものであるか否かについて、検討する。
イ 訂正事項7について
手続補正前後の訂正事項7による訂正の内容は、上記(1)イ(ア)及び(イ)のとおりであり、訂正事項7に関する手続補正は、実質的に訂正請求時の訂正事項の内容を変更するものであって、訂正事項の削除、軽微な瑕疵の補正ではない。そうすると、訂正事項7に関する手続補正は、訂正請求書の要旨を変更するものである。
ウ 令和7年7月24日提出の意見書による特許権者の主張について
令和7年7月24日提出の意見書の「5 意見の内容」中の「(2)訂正拒絶理由について」「(2-1)訂正事項7について」の欄において、訂正事項7の目的の適法性について意見を述べているが、手続補正が認められるべき理由については、何らの主張もない。
よって、特許権者の主張は、上記イの判断を左右するものではない。
エ 手続補正の適否の判断のまとめ
以上のとおり、特許法120条の5第9項で準用する同法131条の2第1項の規定により、手続補正を認めない。
4 訂正についての当審の判断
(1)訂正の内容について
上記3のとおり、手続補正は認められないから、本件訂正請求書による訂正(以下「本件訂正」という。)の内容は、上記1(1)~(7)に記載されたとおりのものである。
(2)訂正事項7について
事案に鑑み、まず、訂正事項7について検討する。
ア 訂正の目的について
訂正事項7に係る訂正の目的について、特許権者は、特許法120条の5第2項ただし書3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである旨主張する(訂正請求書7(3)イ(キ)a)ので、まず、訂正事項7に係る訂正が明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当するかについて検討する。
(ア)「明瞭でない記載の釈明」とは、設定登録時の明細書、特許請求の範囲又は図面中のそれ自体意味の不明瞭な記載、又は、設定登録時の明細書、特許請求の範囲又は図面中の他の記載との関係で不合理を生じているために不明瞭となっている記載等、明細書、特許請求の範囲又は図面に生じている記載上の不備を訂正し、その本来の意を明らかにすることをいう。
(イ)上記(ア)の判断基準に基づいて訂正事項7について検討する。以下、願書に添付した明細書を「本件明細書」といい、図面及び特許請求の範囲と併せて「本件明細書等」という場合がある。本件明細書等については、一部を下記第3の2に摘記した。
a 本件明細書の訂正前の段落【0015】の「キースイッチ4の選択位置はスタート、オン、オフの三つであり、選択位置がスタートである場合に、周知の始動回路に基づいて、コントローラ5に始動信号が出力される」が「それ自体意味の不明瞭な記載」であるか
段落【0015】の記載は、発明を実施するための形態のうちの実施例1に関するものであり、図1に示したエンジン3及びキースイッチ4を説明している。そして、段落【0015】の「また、キースイッチ4は、キャビン64内のオペレーター(操作者)の操作可能な位置に設置される。キースイッチ4の選択位置はスタート、オン、オフの三つであり、選択位置がスタートである場合に、周知の始動回路に基づいて、コントローラ5に始動信号が出力される。」との記載から、コントローラ5に始動信号を出力することに関与するのはキースイッチ4であり、コントローラ5は、段落【0015】に記載のとおり「始動信号が出力される」対象であると理解できる。
よって、「コントローラ5に始動信号が出力される。」との記載は明瞭であり、それ自体意味の不明瞭な記載ではない。
b 他の記載との関係で不合理を生じているために不明瞭となっている記載であるか
(a)段落【0017】には、「本実施例1のショベルの始動許可装置1においては、上述したキースイッチ4の選択位置がスタートとされ、かつ、以下に述べる実施例1の許可条件が成立した場合に、始動手段5bがエンジン3に対して始動指令を出力する。」と記載されている。
該記載において「キースイッチ4の選択位置がスタートとされ」るか否かという、エンジン3始動の成否を、実施例1の許可条件とともに判断するための信号が段落【0015】の「始動信号」であり、コントローラ5はキースイッチ4から受け取ったこの信号を実施例1の許可条件とともに判断し、成立の場合に「始動手段5b」が「エンジン3に対して」出力するのが段落【0017】の「始動指令」であると理解できる。
よって、段落【0015】の始動信号と段落【0017】の始動指令は、出力先が異なる別の信号(指令)であると理解でき、記載は整合している。
(b)段落【0021】には、「コントローラ5の始動手段5bは、キースイッチ4の選択位置がスタートであって、本実施例1の判定手段5cによる許可条件を満たす場合に、エンジン3を始動する始動信号をエンジン3に対して出力する。」との記載されている。
この記載においても、上記aと同様、「キースイッチ4の選択位置がスタート」であるとのエンジン3始動の成否の条件を判断するための信号が段落【0015】の「始動信号」であり、この信号をコントローラ5が受け取った上で、所定の許可条件を満たす場合に、「コントローラ5の始動手段5b」が「エンジン3に対して」段落【0021】の「エンジン3を始動する始動信号」を出力していると理解できる。
よって、段落【0015】の始動信号と段落【0021】の始動信号は、出力先が異なる別の信号であると理解でき、記載は整合している。
(c)段落【0025】及び【0026】は、段落【0023】の「以下に本実施例1のショベルの始動許可装置1の制御内容について図4に示すフローチャートを用いて詳細に説明する。」から続く記載であり、段落【0025】には「ステップS4において、コントローラ5の許可手段5dはエンジン3の始動を許可する。この許可に基づいて、コントローラ5の始動手段5bは、エンジン3に対して始動信号を出力し、エンジン3が始動される。」と記載され、【0026】は、「この不許可に基づいて、コントローラ5の始動手段5bは、ステップS1において、キースイッチ4の選択位置がオペレーターによりスタートとされた条件でも、始動信号をエンジン3に対して出力しない。」と記載される。
そして、ステップS4は、ステップS1(キースイッチの選択位置スタート?)においてキースイッチの選択位置がスタートであるか否かが判定され、その判定結果が「Yes」の場合にステップS2(人検知)に進んで「コントローラ5の人検知手段5aは、三つのカメラ2からの入力画像を上述した所定の画像処理を行って、所定範囲CL、CR、CBのいずれかに位置する人を検出」(段落【0024】)し、その後、ステップS3において、コントローラ5の判定手段5cが、人検知手段5aにより人が検出されて「人有り?」の状態であるか否かを判定」(段落【0024】)し、このステップS3の判定手段5cの判断を受けて行われるものである。
そうすると、段落【0025】、【0026】についても、段落【0015】の始動信号、すなわち、「キースイッチ4の選択位置がスタート」であるとのエンジン3始動の成否を判断するための信号はコントローラ5が受け取るものであり、「キースイッチ4の選択位置がスタート」であるとともに所定の許可条件が成立した際に「コントローラ5の始動手段5b」が「エンジン3に対して」出力する信号が段落【0025】、【0026】の「始動信号」であると理解できる。
よって、段落【0015】の始動信号と段落【0025】、【0026】の始動信号は、出力先が異なる別の信号(指令)であると理解でき、記載は整合している。
(d)上記aにおいて説示したように、段落【0015】は、「キースイッチ4の選択位置がスタート」であるとのエンジン3始動の成否を判断するための信号であって始動回路に基づいて「コントローラ5」に出力されるものである。また、段落【0017】の「始動指令」、段落【0021】の「エンジン3を始動する始動信号」、段落【0025】、【0026】の「始動信号」は、上記(a)~(c)に詳述したように、いずれも、「キースイッチ4の選択位置がスタート」であるとともに所定の許可条件が成立した際に「コントローラ5の始動手段5b」が「エンジン3に対して」出力するものであって、同じ内容の信号を指すものであるとともに、「キースイッチ4の選択位置がスタート」であることを示す段落【0015】の「始動信号」とは異なるものである。
そして、段落【0015】に記載の、「キースイッチ4」の「選択位置がスタートである」ことを示す信号と、段落【0021】、【0025】等に記載された「キースイッチ4の選択位置がスタート」であるとともに所定の許可条件が成立した際に「コントローラ5の始動手段5b」が「エンジン3に対して」出力するエンジン3を始動する信号とが、「始動信号」という同じ言葉によって表現されているとしても、異なる状況出力される、出力先が異なる信号であることは明らかであり、明細書、特許請求の範囲又は図面中の他の記載との関係で不合理を生じているために不明瞭となっているとはいえない。
c 以上のとおりであるから、本件明細書の訂正前の段落【0015】の「キースイッチ4の選択位置はスタート、オン、オフの三つであり、選択位置がスタートである場合に、周知の始動回路に基づいて、コントローラ5に始動信号が出力される。」は、それ自体が明瞭な記載であり、また、明細書、特許請求の範囲又は図面中の他の記載との関係で不合理を生じているために不明瞭となっているものでもないから、明細書に記載上の不備が生じているものではない。
(ウ)特許権者の主張について
a 特許権者の主張
特許権者は、令和7年3月25日付け意見書及び令和7年7月24日付け意見書において、概略以下の意見を述べる。なお、訂正請求書においては、訂正事項7に係る訂正が、明瞭でない記載の釈明を目的とするものであることについて、特段の説明はない。
(a)令和7年3月25日付け意見書(5(3)中の(3-1)欄)
段落[0015]の記載「図1に示したエンジン3は、上部旋回体63内部のいずれかの箇所に設置される。また、キースイッチ4は、キャビン64内のオペレーター(操作者)の操作可能な位置に設置される。キースイッチ4の選択位置はスタート、オン、オフの三つであり、選択位置がスタートである場合に、周知の始動回路に基づいて、コントローラ5に始動信号が出力される。」では、「始動信号」を出力する主体が不明となっています。
また、段落[0021]では「始動信号」が「エンジン3を始動する始動信号」であることが明記され、且つ、段落[0021]、段落[0025]、及び段落[0026]では、「始動信号」を出力する主体が「コントローラ5」であることが明記されている一方で、段落[0015]においてのみ「コントローラ5」が「始動信号」を受けるとも解釈できるようになっています。
すなわち、段落[0015]の記載を字義通り解釈してしまうと、本件の明細書は、詳細不明の主体から「始動信号」を受け取った「コントローラ5」が「始動信号」を「エンジン3」に出力する構成を記載していることになってしまいます。
なお、明細書において60箇所以上に出てくる「始動」は、一貫して「エンジン3」の「始動」を意味する言葉として用いられており、「コントローラ5」の始動を意味する言葉ではないことは明らかであると考えます。
したがって、段落[0015]の記載は、「始動信号」を出力する主体が不明である点、及び、「始動信号」が「コントローラ5」を始動させるための信号であるか「エンジン3」を始動させるための信号であるかが不明であるという点で、「設定登録時の明細書等中のそれ自体意味の不明瞭な記載」及び「設定登録時の明細書等中の他の記載との関係で不合理を生じているために不明瞭となっている記載」であり(審判便覧38-03参照)、段落[0015]の記載「コントローラ5に始動信号が出力される。」を「コントローラ5にて始動信号が出力される。」に訂正して「始動信号」を出力する主体が「コントローラ5」であることを明確にすることは、明細書等に生じている記載上の不備を訂正し、その本来の意を明らかにすることとなるため、「明瞭でない記載の釈明」を目的としていることは明らかであると考えます。
(b)令和7年7月24日付け意見書(5(2)中の(2-1)欄)
段落【0015】の「始動信号」は、コントローラ5を始動する信号であるか否か(コントローラ5以外のものを始動する信号であるか)が不明瞭となっており、それ自体が不明瞭な記載であると考えます。
また、段落【0015】の「始動信号」を「コントローラ5を始動する信号」であると解釈した場合、段落【0016】及び段落【0021】の記載との関係で不合理が生じると考えます。段落【0016】は、キースイッチ4の選択位置がスタートになる前にコントローラ5が既に始動していることを開示しているためです。また、段落【0021】は、「始動信号」が「エンジン3を始動する」信号であることを開示しているためです。
b 主張の検討
(a)について、段落【0015】の記載の記載「コントローラ5に始動信号が出力される。」が明細書、特許請求の範囲又は図面中の他の記載との関係で不合理を生じているために不明瞭となっているものでないことは、上記(イ)において説示したとおりである。
(b)について、「キースイッチ4の選択位置がスタート」であるとのエンジン3始動の成否の条件を判断するための信号が段落【0015】の「始動信号」であり、この信号をコントローラ5が受け取った上で、所定の許可条件を満たす場合に、「コントローラ5の始動手段5b」が「エンジン3に対して」出力しているのが段落【0021】の「エンジン3を始動する始動信号」であると理解できるから、段落【0015】の「始動信号」が、コントローラ5を始動する信号ではないことは明らかであり、「始動信号」それ自体が不明瞭な記載ではない。
また、上記のとおり、段落【0015】の「始動信号」は、コントローラ5を始動する信号ではないから、段落【0016】及び段落【0021】の記載との関係で不合理は生じない。
以上のとおりであるから、上記特許権者の主張は採用できない。
(エ)特許請求の範囲の減縮、誤記の訂正、請求項間の引用関係の解消のいずれかに該当するかについて
訂正前における明細書段落【0015】の「コントローラ5に始動信号が出力される。」を訂正後の「コントローラ5にて始動信号が出力される。」に訂正する訂正が、特許請求の範囲の減縮(特許法120条の5第2項ただし書1号)、誤記の訂正(同2号)、請求項間の引用関係の解消(同4号)のいずれにも該当しないことは明らかである。
(オ)小括
以上のとおりであるから、訂正事項7に係る訂正は、特許法120条の5第2項ただし書各号所定のいずれの目的にも該当しない。
イ 新規事項の有無について
(ア)上記ア(イ)において検討したように、段落【0015】の「キースイッチ4の選択位置はスタート、オン、オフの三つであり、選択位置がスタートである場合に、周知の始動回路に基づいて、コントローラ5に始動信号が出力される。」との記載における「選択位置がスタートである場合に、周知の始動回路に基づいて、コントローラ5に」「出力される」始動信号は、段落【0021】、【0025】等において、「キースイッチ4の選択位置がスタートであって、本実施例1の判定手段5cによる許可条件を満たす場合」に出力される「コントローラ5の始動手段5bがエンジン3に対し出力するエンジン3を始動する」始動信号とは異なるものであり、「選択位置がスタートである」場合に「コントローラにて始動信号が出力される」ことは、本件明細書等には記載も示唆もされていない。
よって、段落【0015】の「キースイッチ4の選択位置はスタート、オン、オフの三つであり、選択位置がスタートである場合に、周知の始動回路に基づいて、コントローラ5にて始動信号が出力される。」を「キースイッチ4の選択位置はスタート、オン、オフの三つであり、選択位置がスタートである場合に、周知の始動回路に基づいて、コントローラ5にて始動信号が出力される。」とする訂正は、本件明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものである。
(イ)小括
したがって、訂正事項7に係る訂正は、本件明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものであり、本件明細書等に記載した事項の範囲内の訂正ではなく、特許法120条の5第9項で準用する同法126条5項の規定に適合するものではない。
(3)訂正事項1の新規事項の有無について
ア 訂正事項1に係る、訂正前の請求項1の「前記判定手段」を「前記ショベルのエンジンを始動させる前においては、操作レバーをオペレーターが操作しても対応する油圧アクチュエータが動作しない状態、及び、操作レバーをオペレーターが操作すると対応する油圧アクチュエータが動作する状態、並びに、前記ショベルのエンジンを始動させた後においては、操作レバーをオペレーターが操作すると対応する油圧アクチュエータが動作する状態、の何れであっても、電源がオンであれば、前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定できるように構成されている」ものとする訂正は、以下に示すように、本件明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものである。
イ 本件明細書等における「ショベル」の記載について
(ア)本件発明1~7の「ショベル」に関し、その特許請求の範囲における発明特定事項(下記第3の1)のほか、本件明細書【0001】~【0007】に、技術分野、背景技術、発明が解決しようとする課題、課題を解決するための手段及び発明の効果が記載されている。(下記第3の2(1)~(4))
(イ)また、本件明細書【0009】~【0043】には、「発明を実施するための形態」として実施例1及び実施例2が記載されているところ、「発明を実施するための形態」に記載された実施例1(下記第3の2(6)イ)及び実施例2(下記第3の2(6)ウ)はいずれも「始動許可装置」を有するショベルである。
ウ 本件明細書等における「判定手段」の記載について
(ア) a 本件発明1(下記第3の1)及び「課題を解決するための手段」欄(下記第3の2(3))には、「判定手段」について、「ショベルのエンジンを始動させる前においては、操作レバーをオペレーターが操作しても対応する油圧アクチュエータが動作しない状態、及び、操作レバーをオペレーターが操作すると対応する油圧アクチュエータが動作する状態、の何れであっても、前記判定手段は、前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定する」と記載されている。
しかし、この記載には、「前記判定手段は、前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定する」ことと「電源オンであれば」との条件との関係は記載も示唆もされておらず、「ショベルのエンジンを始動させる前においては、操作レバーをオペレーターが操作しても対応する油圧アクチュエータが動作しない状態、及び、操作レバーをオペレーターが操作すると対応する油圧アクチュエータが動作する状態」に加えて「前記ショベルのエンジンを始動させた後においては、操作レバーをオペレーターが操作すると対応する油圧アクチュエータが動作する状態」の「何れであっても、電源がオンであれば、前記判定手段は、前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定する」ことは記載も示唆もされていない。
b 上記aを含む、「判定手段」について、「始動許可装置」を「構成する」ものと特定されていないもの(下記第3の1、第3の2(1)~(4))の記載の中には、訂正事項1に係る前記判定手段を「前記ショベルのエンジンを始動させる前においては、操作レバーをオペレーターが操作しても対応する油圧アクチュエータが動作しない状態、及び、操作レバーをオペレーターが操作すると対応する油圧アクチュエータが動作する状態、並びに、前記ショベルのエンジンを始動させた後においては、操作レバーをオペレーターが操作すると対応する油圧アクチュエータが動作する状態、の何れであっても、電源がオンであれば、前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定できるように構成されている」ものとする訂正について記載ないし示唆はない。
(イ)「発明を実施するための形態」(下記第3の2(6))中においては、判定手段(判定手段5c)について、「本実施例1のショベルは、始動許可装置1を有し、図1に示すように、カメラ2と、エンジン3をキースイッチ4の選択位置(スタート、オン、オフ)に基づいて制御するコントローラ5とを含んで構成される。」(下記第3の2(6)イ【0010】)、「コントローラ5は、一時記憶領域としてRAMを利用しながら対応する処理をCPUに実行させることで、人検知手段5a、始動手段5b、判定手段5c、許可手段5dを構成する。」(下記第3の2(6)イ【0012】)等と記載されており、判定手段(判定手段5c)は、「始動許可装置」が「含んで構成される」「コントローラ5」を「人検知手段5a」、「始動手段5b」及び「許可手段5d」とともに「構成する」ものである。以下、「発明を実施するための形態」等における記載内容(下記第3の2(5)~(8))について検討する。
a 本件明細書において「判定手段」について記載されているのは、上記段落【0012】のほか、段落【0021】~【0026】、【0037】~【0039】及び【0047】である。また、【図1】の「本発明に係る実施例1のショベルの始動許可装置1のカメラ2を含む概略構成を示す模式ブロック図」及び【図6】の「実施例2のショベルの始動許可装置11のカメラ2を含む概略構成を示す模式ブロック図」には、「人検知手段5a、始動手段5b、判定手段5c、許可手段5d」が「コントローラ5」を構成することが理解可能に示され、【図4】の「実施例1のショベルの始動許可装置1のコントローラ5の制御内容の詳細を示すフローチャート」及び【図7】の「実施例2のショベルの始動許可装置11のコントローラ5の制御内容の詳細を示すフローチャート」において、ステップS3において、「人有り?」の状態であるか否かを判定することが図示されている。
b これらの記載からは、「判定手段5c」は、「ショベルの始動許可装置1」の「コントローラ5」の一部として、ステップS1において「キースイッチ4の選択位置」が「スタート」である場合(YES)に、コントローラ5の人検知手段5aが人を検出していること(ステップS2)を、ステップS3において、「人有り?」の状態であるか否かとして判定すると理解できる。
c そして、「判定手段が人を検知しているか否かを判定」するタイミングとして上記b以外の記載はなく、「判定手段」が「前記ショベルのエンジンを始動させる前においては、操作レバーをオペレーターが操作しても対応する油圧アクチュエータが動作しない状態、及び、操作レバーをオペレーターが操作すると対応する油圧アクチュエータが動作する状態、並びに、前記ショベルのエンジンを始動させた後においては、操作レバーをオペレーターが操作すると対応する油圧アクチュエータが動作する状態、の何れであっても、電源がオンであれば、前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定できるように構成されている」ことは記載も示唆もされていない。
d 上記cについて詳述すると、「キースイッチ4の選択位置」には、スタート、オン、オフがあり、キースイッチ4の選択位置がオンの場合は、電源がオンの状態となるところ(上記第3の2(6)イ、段落【0016】)、「判定手段」が、「判定手段が人を検知しているか否かを判定」するのは、「キースイッチ4の選択位置」が「スタート」であるときであるから、「電源がオンであれば」人を検知するものではない。
また、「判定手段5c」は、「ショベルの始動許可装置1」の「コントローラ5」の一部であって、「前記ショベルのエンジンを始動させた後においては、操作レバーをオペレーターが操作すると対応する油圧アクチュエータが動作する状態」に「電源がオンであれば、前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定できるように構成されている」ことについて記載も示唆もない。
さらに、油圧アクチュエータとの関連が記載されるのは実施例2(下記第3の2(6)ウ)のみであるところ、実施例2においては、「ステップS3において、コントローラ5の判定手段5cは、人検知手段5aにより人が検出されて「人有り?」の状態であるか否かを判定」し、その結果がNoであった場合にステップS6に進んで油圧ロック状態?を判定するものである。そうすると、「前記ショベルのエンジンを始動させる前においては、操作レバーをオペレーターが操作しても対応する油圧アクチュエータが動作しない状態、及び、操作レバーをオペレーターが操作すると対応する油圧アクチュエータが動作する状態、並びに、前記ショベルのエンジンを始動させた後においては、操作レバーをオペレーターが操作すると対応する油圧アクチュエータが動作する状態、の何れであっても、」という条件で「電源がオンであれば、前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定できるように構成されている」ことは記載も示唆もされていない。
(ウ)以上のとおり、「判定手段」が「前記ショベルのエンジンを始動させる前においては、操作レバーをオペレーターが操作しても対応する油圧アクチュエータが動作しない状態、及び、操作レバーをオペレーターが操作すると対応する油圧アクチュエータが動作する状態、並びに、前記ショベルのエンジンを始動させた後においては、操作レバーをオペレーターが操作すると対応する油圧アクチュエータが動作する状態、の何れであっても、電源がオンであれば、前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定できるように構成されている」ことは、本件明細書等に記載ないし示唆されておらず、また、自明ともいえない。よって、訂正事項1に係る訂正は、本件明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものであり、本件明細書等に記載した事項の範囲内の訂正ではない。
エ 特許権者の主張について
(ア) 特許権者の主張
特許権者は、訂正請求書、令和7年3月25日付け意見書及び令和7年7月24日付け意見書において、概略以下の主張をする。
a 訂正請求書(5頁下から2行~6頁下から5行)
訂正事項1は、明細書記載の実施形態に基づいて導き出される構成である。この実施形態に係る説明として、段落【0012】には、「コントローラ5は、一時記憶領域としてRAMを利用しながら対応する処理をCPUに実行させることで、人検知手段5a、始動手段5b、判定手段5c、許可手段5dを構成する。」との記載がなされ、段落【0016】には、「なお、キースイッチ4の選択位置がオフの場合は、エンジン3を停止する停止指令をコントローラ5がエンジン3に出力するとともに、ショベル60内の電源をオフとする。」との記載がなされていることから、すなわち、明細書には、エンジンが始動しているか否かにかかわらず、少なくとも電源をオフとするまでは(電源がオンであれば)、判定手段5cを構成するコントローラ5が動作可能(判定手段5cが各種判定を行うことが可能)であるとの記載がなされていることから、また、段落【0033】には、『「油圧ロック解除状態」においては、シャット弁はキャビン64内の操作レバーと油圧アクチュエータとの間の油圧回路を連通させる。つまり、操作レバーをオペレーターが操作した場合に対応する油圧アクチュエータは動作される。』との記載がなされていることから、すなわち、明細書には、エンジンを始動させた後においては、操作レバーをオペレーターが操作すると対応する油圧アクチュエータが動作するとの記載がなされていることから、当該訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項に適合するものである。
b 令和7年3月25日付け意見書(5(3)(3-2)中の(3-2-2)欄)
「判定手段5c」は、段落[0012]に記載されるように、「コントローラ5」が「一時記憶領域としてRAMを利用しながら対応する処理をCPUに実行させることで」構成されるもの、すなわち、ソフトウェア(プログラム)によって実現されるものであり、物理的なスイッチ等を手動操作することによって実現されるものではないため、また、「撮像により取得した入力画像をコントローラ5に対して出力する」カメラ2は、「キースイッチ4の選択位置」にかかわらず、常にコントローラ5に接続されており(段落[0020]参照)、ショベル60に搭載されたコントローラ5及びカメラ2は何れも、少なくともショベル60内の電源がオンとされたときに電源の供給を受けることができるため、「判定手段」は、電源がオンであれば、「人検知手段5aが人を検知するか否かを判定」できるものであると考えます。
すなわち、図4及び図7に示すように、「キースイッチ4の選択位置」が「スタート」となった後で「判定手段」が「人検知手段が人を検知しているか否かを判定」することは、ソフトウェア的に変更可能に設定される順番であり、「キースイッチ4の選択位置」が「スタート」となった後でコントローラ5に電源が供給されて判定手段5cが起動することを意味するものではなく、「キースイッチ4の選択位置」が「スタート」以外(例えば「オン」)になった後でコントローラ5への電源供給が中止されて判定手段5cが停止することを意味するものでもありません。
言い換えれば、人検知手段による人がいるかいないかの判定は、「キースイッチ4の選択位置」とは無関係に継続的に実行されており、図4及び図7に示す例は、「キースイッチ4の選択位置」が「スタート」となった後でその判定結果を利用することを一例として開示するのみであり、「キースイッチ4の選択位置」が「スタート」となるまで人検知手段による人がいるかいないかの判定が禁止されることを意味するものではありません。
また、本件明細書に開示された構成において、「キースイッチ4の選択位置」が「スタート」になるまでは「コントローラ5」及び「カメラ2」に電源を供給せず「人検知手段5a」による検知を実現できないようにすることは、技術的に無意味であり、「速やかにエンジン3の始動を行うことができる」といった効果(段落[0029]及び段落[0042]参照)の実現を妨げるばかりでなく、「より確実に周辺の作業員の安全を確保することができる」ようにするといった目的(段落[0005]参照)の実現をも妨げることになると考えます。
c 令和7年7月24日付け意見書(5(2)中の(2-2)欄)
審判合議体殿は、「キースイッチがスタートのとき」が「電源がオンのとき」ではないと認定されてると考えます。しかしながら、段落【0016】の記載から、キースイッチ4の選択位置がスタートの場合に電源がオンとなっていることは明らかであると考えます。キースイッチ4の選択位置の推移は、オフ→オン→スタート→オン→オフ→オン→・・・となることが開示され、オンを経由せずにオフからスタートになることは開示されていないためです。
また、図4のステップS1では、段落【0023】に記載されているように、「コントローラ5の判定手段5cは、キースイッチ4の選択位置がスタートであるか否かを判定し」ていますが、キースイッチ4の選択位置が物理的に切り替わった時点とキースイッチ4の選択位置が電気的に判定された時点との間には時間差があり、ステップS1の時点でキースイッチ4の選択位置がスタートであると判定されていたとしても、ステップS3の時点でキースイッチ4の実際の選択位置がオンになっているといった状況が発生する場合があります。この場合、ショベルは、キースイッチ4の実際の選択位置がオンのときであっても、ステップS3を実行します。電源がオンであれば、判定手段5cは動作するためです。
(イ)特許権者の主張の検討
a 本件明細書の段落【0010】の「本実施例1のショベルは、始動許可装置1を有し、図1に示すように、カメラ2と、エンジン3をキースイッチ4の選択位置(スタート、オン、オフ)に基づいて制御するコントローラ5とを含んで構成される。」との記載及び段落【0012】の「コントローラ5は、一時記憶領域としてRAMを利用しながら対応する処理をCPUに実行させることで、人検知手段5a、始動手段5b、判定手段5c、許可手段5dを構成する。」との記載から、「判定手段5c」は、「ショベル」の「有」する「始動許可装置1」が「含んで構成される」「エンジン3をキースイッチ4の選択位置(スタート、オン、オフ)に基づいて制御するコントローラ5」の一部であって、「コントローラ5」が「一時記憶領域としてRAMを利用しながら対応する処理をCPUに実行させることで」「構成する」手段であることが理解できる。
そして、段落【0017】の「本実施例1のショベルの始動許可装置1においては、上述したキースイッチ4の選択位置がスタートとされ、かつ、以下に述べる実施例1の許可条件が成立した場合に、始動手段5bがエンジン3に対して始動指令を出力する。」との記載及び段落【0021】の「本実施例1の許可条件は以下の通りである。つまり、コントローラ5の判定手段5cは、キースイッチ4の選択位置がスタートである場合に、人検知手段5aが人を検知するか否かを判定し、この判定手段5cが否定と判定する場合にエンジン3の始動手段5bによる始動を許可する。」との記載から、「判定手段5c」は、「キースイッチ4の選択位置がスタートである場合に、人検知手段5aが人を検知するか否かを判定」するものであると理解できるから、段落【0012】及び【0016】を根拠とし、「明細書には、エンジンが始動しているか否かにかかわらず、少なくとも電源をオフとするまでは(電源がオンであれば)、判定手段5cを構成するコントローラ5が動作可能(判定手段5cが各種判定を行うことが可能)であるとの記載がなされている」との理由で、「判定手段5c」が「電源がオンであれば、前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定できるように構成されている」といえるものではない。
また、段落【0033】は、油圧ロックレバー6を「油圧ロック解除状態」とした際の一般的な説明であって、段落【0012】、【0016】及び【0033】の記載から「前記判定手段」が「操作レバーをオペレーターが操作すると対応する油圧アクチュエータが動作する状態」「であっても、電源がオンであれば、前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定できるように構成されている」といえるものではない。
b 上記aに説示したとおり、本件明細書に記載された「ショベルの始動許可装置1」は、「キースイッチ4の選択位置がスタートとされ」、かつ、その他の許可条件が成立した場合に、「始動手段5bがエンジン3に対して始動指令を出力する」ものであるところ、「判定手段5c」は、「ショベルの始動許可装置1」の「コントローラ5」の一部であり、「キースイッチ4の選択位置」が、「スタート、オン、オフの三つ」であるものにおいて、「選択位置がスタートである場合」に、「人検知手段5aが人を検知するか否かを判定」するものであるから、「電源がオンであれば」、「人検知手段が人を検知しているか否かを判定できるように構成されている」ものではない。特許権者の「人検知手段による人がいるかいないかの判定は、「キースイッチ4の選択位置」とは無関係に継続的に実行されて」いるとの主張も失当である。
c 上述のとおり、本件明細書に記載された「ショベルの始動許可装置1」は、「キースイッチ4の選択位置がスタートとされ」、かつ、その他の許可条件が成立した場合に、「始動手段5bがエンジン3に対して始動指令を出力する」ものであるところ、「判定手段5c」は、「ショベルの始動許可装置1」の「コントローラ5」の一部であり、「キースイッチ4の選択位置」が、「スタート、オン、オフの三つ」であるものにおいて、「選択位置がスタートである場合」に、「人検知手段5aが人を検知するか否かを判定」するものであるから、「電源がオンであれば」という条件で「人検知手段が人を検知しているか否かを判定できるように構成されている」ものではないと判断したものであって、「キースイッチがスタートのとき」に「電源がオン」か否かについて論じているものではない。また、本件明細書は、(段落【0016】)キースイッチ4が「キースイッチ4の選択位置が・・・オフを経由している場合は、エンジン3は停止したままショベル60内の電源はオンとされる」ものであるところ、「選択位置がスタートである場合」を経由しないで「電源がオン」とされている場合に、上述の「ショベルの始動許可装置1」の「コントローラ5」の一部である「判定手段5c」が、「人検知手段5aが人を検知するか否かを判定」することについて、本件明細書等には記載も示唆もないから、「選択位置がスタートである場合」を経由しないで「電源がオン」とされている場合を含む「電源がオンであれば」、「人検知手段が人を検知するか否かを判定」できるように構成されている判定手段は、本件明細書等に記載ないし示唆されたものではない。
以上のとおりであるから、特許権者の主張を採用することはできない。
オ したがって、訂正事項1に係る訂正は、特許法120条の5第9項で準用する同法126条5項の規定に適合するものではない。
(4)訂正についての当審の判断のまとめ
以上のとおり、特許請求の範囲の請求項1に係る訂正事項1による訂正及び明細書に係る訂正事項7による訂正は、認めることができず、一群の請求項〔1-7〕についてする本件訂正を認めることはできない。
第3 本件特許について
1 本件発明
上記第2のとおり、本件訂正は認められないから、本件特許に係る発明は、願書に添付した特許請求の範囲の請求項1~請求項7に記載された以下のとおりのものである。
「【請求項1】
下部走行体と、該下部走行体に旋回自在に搭載される上部旋回体と、該上部旋回体の前方中央部に備えられる掘削アタッチメントを含んで構成されるショベルであって、
前記ショベルに備えられ、前記ショベルの周辺の所定範囲内の人を検知する人検知手段と、
前記ショベルに搭載され、前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定する判定手段と、を有し、
ショベルのエンジンを始動させる前においては、操作レバーをオペレーターが操作しても対応する油圧アクチュエータが動作しない状態、及び、操作レバーをオペレーターが操作すると対応する油圧アクチュエータが動作する状態、の何れであっても、前記判定手段は、前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定する、
ショベル。
【請求項2】
前記油圧アクチュエータは、掘削用、旋回用、及び前後進用の油圧アクチュエータである、
請求項1記載のショベル。
【請求項3】
前記判定手段は、前記人検知手段が人を検知していると判定した場合、掘削、旋回、及び前後進の動作を禁止する、
請求項1又は2に記載のショベル。
【請求項4】
前記判定手段は、電源がオンのときに、前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定する、
請求項1乃至3の何れかに記載のショベル。
【請求項5】
前記人検知手段の検知範囲の左側の境界と右側の境界との間の角度は、180度未満である、
請求項1乃至4の何れかに記載のショベル。
【請求項6】
前記判定手段は、パターンマッチングによる手法、立体物検出の手法の何れかにより前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定する、
請求項1乃至5の何れかに記載のショベル。
【請求項7】
前記人検知手段はステレオカメラであり、前記上部旋回体に複数個搭載される、
請求項1乃至6の何れかに記載のショベル。」
以下、各請求項に係る発明を、その項番号により「本件発明1」等といい、請求項1~6に係る発明をまとめて「本件発明」という。
2 本件明細書等の記載
本件明細書等には、以下の記載がある。
(1)技術分野
「【0001】
本発明は、安全性を確保するショベルに関する。」
(2)背景技術及び発明が解決しようとする課題
「【背景技術】
【0002】
ショベル等の建設機械として例えば特許文献1に記載のものがある。この技術においては、機械と周囲の作業員等の障害物との接触を防止するため、障害物との距離や建設機械の切削や旋回などの動作に対応させて危険である場合に警報を行うことが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2010-198519号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところが、上述した特許文献1に記載の従来技術においては、建設機械の周辺の作業員の安全を確保する技術については開示されていない。
【0005】
本発明においては、より確実に周辺の作業員の安全を確保することができるショベルを提供することを目的とする。」
(3)課題を解決するための手段
「【0006】
本発明の実施形態に係るショベルは、下部走行体と、該下部走行体に旋回自在に搭載される上部旋回体と、該上部旋回体の前方中央部に備えられる掘削アタッチメントを含んで構成されるショベルであって、前記ショベルに備えられ、前記ショベルの周辺の所定範囲内の人を検知する人検知手段と、前記ショベルに搭載され、前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定する判定手段と、を有し、ショベルのエンジンを始動させる前においては、操作レバーをオペレーターが操作しても対応する油圧アクチュエータが動作しない状態、及び、操作レバーをオペレーターが操作すると対応する油圧アクチュエータが動作する状態、の何れであっても、前記判定手段は、前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定する。」
(4)発明の効果
「【0007】
上述の手段により、より確実に周辺の作業員の安全を確保することができるショベルを提供することができる。」
(5)図面の簡単な説明
「【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本発明に係る実施例1のショベルの始動許可装置1のカメラ2を含む概略構成を示す模式ブロック図である。
【図2】実施例1のショベルの始動許可装置1が適用されるショベル60の一実施形態について示す模式図である。
【図3】実施例1のショベルの始動許可装置1のカメラ2の設置位置と検出範囲の一実施形態について示す模式図である。
【図4】実施例1のショベルの始動許可装置1のコントローラ5の制御内容の詳細を示すフローチャートである。
【図5】本発明に係る実施例2のショベルの始動許可装置11の含む油圧ロックレバー6の概略構成を示す模式図である。
【図6】実施例2のショベルの始動許可装置11のカメラ2を含む概略構成を示す模式ブロック図である。
【図7】実施例2のショベルの始動許可装置11のコントローラ5の制御内容の詳細を示すフローチャートである。」
(6)発明を実施するための形態
ア 「【0009】
以下、本発明を実施するための形態について、添付図面を参照しながら説明する。」
イ 実施例1
「【0010】
本実施例1のショベルは、始動許可装置1を有し、図1に示すように、カメラ2と、エンジン3をキースイッチ4の選択位置(スタート、オン、オフ)に基づいて制御するコントローラ5とを含んで構成される。
【0011】
コントローラ5は、CPU(Central Processing Unit)、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)、NVRAM(Non-Volatile Random Access Memory)及びこれらを相互に接続するデータバスと入出力インターフェース等を備えたコンピュータである。
【0012】
本実施例1のコントローラ5は、例えば、本発明の始動許可方法を実行するプログラムをROMやNVRAMに記憶している。コントローラ5は、一時記憶領域としてRAMを利用しながら対応する処理をCPUに実行させることで、人検知手段5a、始動手段5b、判定手段5c、許可手段5dを構成する。
【0013】
本実施例1のショベルの始動許可装置1は、図2に示すように、ショベル60(建設機械)に適用される。ショベル60は、クローラ式の下部走行体61の上に、旋回機構62を介して、上部旋回体63を旋回軸PVの周りで旋回自在に搭載している。
【0014】
また、上部旋回体63は、その前方左側部にキャビン(運転室)64を備え、その前方中央部に掘削アタッチメントE(ブーム、アーム、バケット)を備えている。さらに、上部旋回体63は、その左側面、右側面及び後面にそれぞれ対応する上述したカメラ2(カメラ2L、カメラ2R、カメラ2B)を備えている。
【0015】
図1に示したエンジン3は、上部旋回体63内部のいずれかの箇所に設置される。また、キースイッチ4は、キャビン64内のオペレーター(操作者)の操作可能な位置に設置される。キースイッチ4の選択位置はスタート、オン、オフの三つであり、選択位置がスタートである場合に、周知の始動回路に基づいて、コントローラ5に始動信号が出力される。
【0016】
なお、キースイッチ4の選択位置がオフの場合は、エンジン3を停止する停止指令をコントローラ5がエンジン3に出力するとともに、ショベル60内の電源をオフとする。また、キースイッチ4の選択位置がオンの場合は、スタートを経由している場合は、エンジン3の駆動が継続され、オフを経由している場合は、エンジン3は停止したままショベル60内の電源はオンとされる。なお、本実施例1のキースイッチ4は一例であり、上述した三つの選択位置の他に選択位置(例えば、エンジン3のグロープラグ予熱位置やアクセサリ電源位置等)を備えるものであってもよい。
【0017】
本実施例1のショベルの始動許可装置1においては、上述したキースイッチ4の選択位置がスタートとされ、かつ、以下に述べる実施例1の許可条件が成立した場合に、始動手段5bがエンジン3に対して始動指令を出力する。エンジン3はこの始動指令に基づいて始動されて、エンジン3の駆動軸に連結された図示しない油圧ポンプが駆動される。
【0018】
この図示しない油圧ポンプは、ショベル60が含む周知の油圧回路においてパイロット圧を生成している。キャビン64内の運転室に備えられる複数の操作レバー(操作部)がオペレーターにより操作されると、対応する複数の切削用、旋回用、前後進用の油圧アクチュエータのそれぞれにパイロット圧が送り込まれて動作される。つまり、ショベル60における掘削、旋回、前後進の動作が適宜、オペレーターにより選択される。
【0019】
カメラ2は、図1に示したように、ショベル60の周囲を映し出す入力画像を取得するための装置である。ここで、カメラ2は単眼タイプであり、例えばCCD(Charge Coupled Device)やCMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor)等の撮像素子を備える。実施例1におけるカメラ2は、図3に示すオペレーターの死角となりやすい所定範囲CL、CR、CBをそれぞれ撮像する。
【0020】
カメラ2Lは左側面の一点鎖線で示す扇形状の所定範囲CLを撮像し、カメラ2Rは右側面の一点鎖線で示す扇形状の所定範囲CRを撮像し、カメラ2Bは後面の一点鎖線で示す扇形状の所定範囲CBを撮像する。なお、カメラ2の設置箇所は上述した三箇所に限られるものではなく、オペレーターの死角となる範囲をカバーできるものであればよい。例えばカメラ2は、上部旋回体63の右側面及び後面のみ、又は前面と右側面、後面と左側面の全てに取り付けられていてもよい。カメラ2は、撮像により取得した入力画像をコントローラ5に対して出力する。
【0021】
コントローラ5の人検知手段5aは、三つのカメラ2からの入力画像について、周知の画像処理により例えばオプティカルフローを求めて、ショベル60周辺の所定範囲CL、CR、CB内の人を検知する。コントローラ5の始動手段5bは、キースイッチ4の選択位置がスタートであって、本実施例1の判定手段5cによる許可条件を満たす場合に、エンジン3を始動する始動信号をエンジン3に対して出力する。」
【0022】
本実施例1の許可条件は以下の通りである。つまり、コントローラ5の判定手段5cは、キースイッチ4の選択位置がスタートである場合に、人検知手段5aが人を検知するか否かを判定し、この判定手段5cが否定と判定する場合にエンジン3の始動手段5bによる始動を許可する。
【0023】
以下に本実施例1のショベルの始動許可装置1の制御内容について図4に示すフローチャートを用いて詳細に説明する。ステップS1に示すように、コントローラ5の判定手段5cは、キースイッチ4の選択位置がスタートであるか否かを判定し、肯定であればステップS2にすすみ、否定であればENDにすすむ。
【0024】
ステップS2において、コントローラ5の人検知手段5aは、三つのカメラ2からの入力画像を上述した所定の画像処理を行って、所定範囲CL、CR、CBのいずれかに位置する人を検出する。つづいて、ステップS3において、コントローラ5の判定手段5cは、人検知手段5aにより人が検出されて「人有り?」の状態であるか否かを判定する。
【0025】
ステップS3において、判定手段5cにより否定と判定される場合、つまり、所定範囲CL、CR、CBに人がいない場合には、ステップS4にすすむ。ステップS4において、コントローラ5の許可手段5dはエンジン3の始動を許可する。この許可に基づいて、コントローラ5の始動手段5bは、エンジン3に対して始動信号を出力し、エンジン3が始動される。
【0026】
ステップS3において、判定手段5cにより肯定と判定される場合、すなわち、所定範囲CL、CR、CBに人がいる場合には、ステップS5にすすんで、コントローラ5の許可手段5dは、エンジン3の始動を不許可とする。この不許可に基づいて、コントローラ5の始動手段5bは、ステップS1において、キースイッチ4の選択位置がオペレーターによりスタートとされた条件でも、始動信号をエンジン3に対して出力しない。図4に示したフローチャートはコントローラ5の制御周期毎に繰り返し実行されて、本発明のショベルの始動許可方法が実行される。
【0027】
上述した本実施例1に示したショベルの始動許可装置1は、ショベル60の周辺の所定範囲CL、CR、CBにおいて人が存在する場合には、キースイッチ4の選択位置がオペレーターによりスタートとされた条件でも、エンジン3の始動を不許可とすることができる。
【0028】
つまり本実施例1は、キースイッチ4の選択位置がスタートであって人がショベル60の周辺に存在する条件を、エンジン3の始動の不許可条件とすることができる。これとともに本実施例1は、キースイッチ4の選択位置がスタートであって人がショベル60の周辺に存在しない条件を、エンジン3の始動の許可条件とすることができる。
【0029】
本実施例1は、この不許可条件と許可条件の切り分けにより、ショベル60に人が存在する場合にはエンジン3の始動を禁止して、人特に作業者の安全を確保することができる。特にオペレーターがキャビン64に乗り込む前の周囲の目視確認と乗り込んだ後の警笛による警報を失念した場合でも、本実施例1によれば安全を確保できる。これとともに、本実施例1は、ショベル60の周辺に人が存在しない場合には、キースイッチ4の選択位置がスタートであることに基づいて速やかにエンジン3の始動を行うことができる。」
ウ 実施例2
【0030】
上述した実施例1の許可条件については、オペレーターの実際の操作手順に併せて適宜変更することが可能である。以下それについての本実施例2のショベルの始動許可装置11について述べる。既述した実施例1で示したショベルの始動許可装置1と共通する構成については同一の符号を付し、以下、相違点を主に説明する。
【0031】
通常、ショベル60等の建設機械のエンジン3の始動の前には、オペレーターはキャビン64に乗り込む前に周囲を目視確認し、キャビン64に乗り込んだ後、警笛を鳴らして周囲に人がいる場合には退避を促してからエンジン3を始動させる。
【0032】
ここで図5に示すように、キャビン64内の座席Sの左方には通常、油圧ロックレバー6が設置されている。この油圧ロックレバー6を手前側に引き図5中「L」で示す位置まで移動させると「油圧ロック状態」が選択される。「油圧ロック状態」においては、ショベル60内の油圧回路内に設けられたシャット弁が、キャビン64内の操作レバーと油圧アクチュエータとの間の油圧回路を遮断する。つまり、操作レバーをオペレーターが操作しても対応する油圧アクチュエータが動作しない。
【0033】
油圧ロックレバー6を前方側に倒して図5中「U」で示す位置まで移動させると「油圧ロック解除状態」が選択される。「油圧ロック解除状態」においては、シャット弁はキャビン64内の操作レバーと油圧アクチュエータとの間の油圧回路を連通させる。つまり、操作レバーをオペレーターが操作した場合に対応する油圧アクチュエータは動作される。
【0034】
ここでオペレーターがキャビン64に乗り込むときには、図5に示す油圧ロックレバー6は位置「L」に位置している。オペレーター自身がキャビン64に乗り込み、座席Sに座ったときに、油圧ロックレバー6を位置「L」そのままとして「油圧ロック状態」を保持した後、キースイッチ4の選択位置を操作して、適宜エンジン3の始動を行う。始動を行った後は、油圧ロックレバー6を位置「U」とし「油圧ロック解除状態」として、操作レバーによる油圧アクチュエータの動作を可能とする。
【0035】
そこで本実施例2のショベルの始動許可装置11では、図5に示すように、油圧ロックレバー6が「油圧ロック状態」か「油圧ロック解除状態」のいずれであるかを、例えばポテンショメータなどの位置検出スイッチを用いてコントローラ5に入力する構成とする。
【0036】
コントローラ5の許可手段5dは、実施例1で述べたものと同様の所定範囲CL、CR、CBに人がおらず、キースイッチ4の選択位置がスタートとされ、かつ、油圧ロックレバー6が「油圧ロック状態」である許可条件にて、エンジン3の始動を許可する。
【0037】
つまり本実施例2のショベルの始動許可装置11が含むコントローラ5の制御内容は、図7に示すように、図4に示したフローチャートに比べて、ステップS6が追加される。ステップS3にて、判定手段5cにより所定範囲CL、CR、CBに人がいないと判定され、かつ、ステップS6において、油圧ロックレバー6が「油圧ロック状態」である場合に、ステップS4にすすんで、許可手段5dにより、エンジン3の始動が許可される。
【0038】
ステップS3において、判定手段5cにより、所定範囲CL、CR、CBに人がいないと判定され、ステップS6にて、油圧ロックレバー6が「油圧ロック状態」でないと判定される場合には、ステップS5にすすむ。ステップS5において、許可手段5dが、エンジン3の始動を不許可とする。
【0039】
なお、本実施例2においても、ステップS3において、所定範囲CL、CR、CBに人がいると判定手段5cにより判定される場合には、ステップS5にすすんで、許可手段5dにより、エンジン3の始動は不許可とされる。図7に示したフローチャートもコントローラ5の制御周期毎に繰り返し実行され、本発明のショベルの始動許可方法が実行される。
【0040】
上述した本実施例2に示したショベルの始動許可装置11においても、建設機械であるショベル60の周辺の所定範囲CL、CR、CBにおいて、人が存在する場合には、キースイッチ4の選択位置がオペレーターによりスタートとされた条件でも、エンジン3の始動を不許可とすることができる。
【0041】
さらに本実施例2は、キースイッチ4の選択位置がスタートであって人がショベル60の周辺に存在する場合、又は、人がショベル60に存在せずかつ油圧ロックレバー6が「油圧ロック状態」でない場合の双方を、エンジン3の始動の不許可条件とする。また、本実施例2は、キースイッチ4の選択位置がスタートであって人がショベル60の周辺に存在せず、かつ、油圧ロックレバー6が「油圧ロック状態」である場合を、エンジン3の始動の許可条件とする。
【0042】
本実施例2は、この不許可条件と許可条件の切り分けにより、ショベル60の周辺に人が存在する場合にはエンジン3の始動を禁止して、人特に作業者の安全を確保することができる。これとともに、本実施例2は、ショベル60の周辺に人が存在しない場合には、油圧ロックレバー6が「油圧ロック状態」であることを追加条件として、キースイッチ4の選択位置がスタートであることに基づいて速やかにエンジン3の始動を行うことができる。
【0043】
本実施例2では特に、万一オペレーターが操作レバーに触れた状態で、キースイッチ4の選択位置をスタートとした場合でも、意図しないショベル60の掘削、旋回、前後進の動作を禁止できる。加えて、本実施例2ではエンジン3の始動直後の、ショベル60の掘削、旋回、前後進の急激な動作を禁止できる。これにより本実施例2では、周囲の人の安全を確保できる。」
エ 実施例の変更例
「【0044】
以上本発明の好ましい実施例について詳細に説明したが、本発明は上述した実施例に制限されることなく、本発明の範囲を逸脱することなく、上述した実施例に種々の変形および置換を加えることができる。
【0045】
例えば上述した実施例では、所定範囲の入力画像から人検知手段5aが人を検知するにあたり画像処理を用いることを例示したが人を検知する手法はこれに限られない。つまり、パターンマッチングによる手法や、ステレオカメラを用いた立体物検出の手法を用いることも可能である。また、アクティブ型の赤外線センサやパッシブ型の赤外線センサ(例えば焦電型赤外線センサ)を用いてもよく、レーザレーダや超音波センサを用いてもよい。」
(7)産業上の利用可能性
「【0046】
本発明のショベルの始動許可装置、ショベルの始動許可方法は、ショベルの周辺の所定範囲に人が検知される場合には、エンジンの始動を不許可とすることで、特に作業員の安全を確実に確保することができる。このため、種々の建設機械に適用して好適なものである。」
(8)図1~図7
【図1】
「
[図:0001429964000001.jpg]
」
【図2】
「
[図:0001429964000002.jpg]
」
【図3】
「
[図:0001429964000003.jpg]
」
【図4】
「
[図:0001429964000004.jpg]
」
【図5】
「
[図:0001429964000005.jpg]
」
【図6】
「
[図:0001429964000006.jpg]
」
【図7】
「
[図:0001429964000007.jpg]
」
第4 特許権者に通知した取消理由及び引用文献について
請求項1~7に係る特許に対して、当審において令和6年12月26日付け取消理由通知書(決定の予告)において特許権者に通知した取消理由の概要及び引用した文献は、次のとおりである。
1 サポート要件
請求項1~7に係る特許は、特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものであり、請求項1~7に係る特許は取り消されるべきものである。
2 新規性
本件特許の請求項1~7に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当する。よって、請求項1~7に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものであるから、取り消されるべきものである。
3 進歩性
本件特許の請求項1~7に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものである。よって、請求項1~7に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、取り消されるべきものである。
4 引用文献
引用文献1:特開2014-173258号公報
(申立人Aが提出した甲第1号証)
引用文献2:特開平5-93431号公報
(申立人Bが提出した甲第5号証)
第5 当審の判断
1 理由1.サポート要件
(1)判断基準
特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載を対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
(2)課題
本件発明は、より確実に周辺の作業員の安全を確保することができるショベルを提供することを目的とする。(段落【0005】)
(3)発明の詳細な説明に記載された課題解決手段について
発明の詳細な説明には、実施例2として「油圧ロックレバー6」が設置された「ショベル」におけるエンジン始動許可装置に関し、以下の事項が示されている。
油圧ロックレバー6が設置されており、油圧ロックレバー6の位置によって「油圧ロック状態」と「油圧ロック解除状態」が選択され、「油圧ロック状態」においては、ショベル60内の油圧回路内に設けられたシャット弁が、キャビン64内の操作レバーと油圧アクチュエータとの間の油圧回路を遮断することとなり、操作レバーをオペレーターが操作しても対応する油圧アクチュエータが動作しないが、「油圧ロック解除状態」においては、シャット弁はキャビン64内の操作レバーと油圧アクチュエータとの間の油圧回路を連通させることとなり、操作レバーをオペレーターが操作した場合に対応する油圧アクチュエータは動作される「ショベル」において、(段落【0032】~【0034】)
油圧ロックレバー6が「油圧ロック状態」か「油圧ロック解除状態」のいずれであるかがコントローラ5に入力され、(段落【0035】)
キースイッチ4の選択位置がスタートとされ、許可条件が成立した場合にエンジン3が始動されるものであり、(段落【0017】、【0030】)
ショベルの始動許可装置11のコントローラ5の許可手段5dは、キースイッチ4の選択位置がスタートであって、人検知手段5aがショベルの周辺の所定範囲CL、CR、CBに位置する人を検出しているか否かを判定手段5cが判定し、否定と判定される場合(ショベル60の周辺に人が存在しない場合)、かつ、油圧ロックレバー6が「油圧ロック状態」である場合である許可条件にて、エンジン3の始動を許可する(段落【0024】、【0025】、【0035】~【0037】、【0041】)ことにより、
ショベル60の周辺に人が存在する場合にはエンジン3の始動を禁止して、人特に作業者の安全を確保することができるとともに、ショベル60の周辺に人が存在しない場合には、油圧ロックレバー6が「油圧ロック状態」であることを追加条件として、キースイッチ4の選択位置がスタートであることに基づいて速やかにエンジン3の始動を行うことができる(段落【0042】)ようにしたものであること。
そうすると、発明の詳細な説明に記載された課題解決手段は、
コントローラ5の許可手段5dが、
キースイッチ4の選択位置がスタートとされ、
人検知手段5aの検出結果による人の有無の判定、及び、油圧ロック状態か油圧ロック解除状態かの判定が、「否定(ショベル60の周辺に人が存在しない)」、かつ、「油圧ロック状態」である場合に、
エンジン3の始動を許可する、
ことであり、これにより、「より確実に周辺の作業員の安全を確保する」ものとなっているものと理解できる。
この解釈は、「本発明のショベルの始動許可装置、ショベルの始動許可方法は、ショベルの周辺の所定範囲に人が検知される場合には、エンジンの始動を不許可とすることで、特に作業員の安全を確実に確保することができる。・・・」(段落【0046】)との記載、「・・・本実施例2は、ショベル60の周辺に人が存在しない場合には、油圧ロックレバー6が「油圧ロック状態」であることを追加条件として、キースイッチ4の選択位置がスタートであることに基づいて速やかにエンジン3の始動を行うことができる。」(段落【0042】)との記載とも整合する。
(4)サポート要件の判断
以下、本件発明に課題解決手段が反映され、当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるかについて、検討する。
ア 本件発明1について
(ア)「ショベルのエンジンを始動させる前においては、操作レバーをオペレーターが操作しても対応する油圧アクチュエータが動作しない状態、及び、操作レバーをオペレーターが操作すると対応する油圧アクチュエータが動作する状態、の何れであっても、前記判定手段は、前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定する」ことについて
a 本件の課題は「より確実に周辺の作業員の安全を確保することができるショベルを提供する」ことであるところ、安全を確保するためには、単に危険な場所にいる「人を検知する」こと等により安全が確保できない状態を察知し把握するのみでは足りず、ショベルの危険な動きを抑制する制御や作業員への危険状態の報知等、安全を確保するための具体的な対応が必要である。
b そして、発明の詳細な説明をみると、発明の詳細な説明に記載された課題解決手段(上記(3))においては、「キースイッチ4の選択位置がスタート」とされ、「ショベルの周辺の人の有無」及び「油圧ロック状態/油圧ロック解除状態」という2つの条件について「否定」及び「油圧ロック状態」という所定の許可条件を充足したときに「エンジンの始動を許可」するものであり、すなわち、2つの条件のいずれか一方の条件を満たさない場合には「エンジンの始動」が「不許可」となってショベルの危険な動きが抑制されることにより当該課題が解決されていると認められる。なお、本件明細書等において記載される上記「具体的な対応」は、「キースイッチ4の選択位置がスタート」とされ、所定の許可条件を充足したときに「エンジンの始動を許可」する(それ以外はエンジンの始動を不許可とする)ことのみである。
c 一方、本件発明1の上記摘記した記載をみると(なお、「操作レバーをオペレーターが操作しても対応する油圧アクチュエータが動作しない状態」及び「操作レバーをオペレーターが操作すると対応する油圧アクチュエータが動作する状態」は、ここでは、本件明細書段落【0032】及び【0033】を参酌して、「油圧ロック状態」及び「油圧ロック解除状態」に対応するものとして検討し、下記(ウ)においてこの記載自体について言及する。また、「キースイッチ4の選択位置がスタート」とされる許可条件については、下記(イ)において言及する。)、本件発明1は、「油圧ロック状態」と「油圧ロック解除状態」のいずれの場合であっても「前記判定手段は、前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定する」ことを特定するものであるが、以下の点で発明の詳細な説明に記載された課題解決手段が反映されておらず、当該発明の課題を解決できると認識できない。
(a)第一に、本件発明1には、「エンジンの始動を許可」する「許可条件」について、反映されていない。
発明の詳細な説明に記載された課題解決手段は、上記bにおいて指摘したように、「ショベルの周辺の人の有無」及び「油圧ロック状態/油圧ロック解除状態」という2つの条件が、それぞれ「否定」及び「油圧ロック状態」となるとの所定の許可条件を両方充足したときに「エンジンの始動を許可」し、2つの条件のいずれか一方の条件を満たさない場合には「エンジンの始動」を「不許可」とするものである。
すなわち、本件明細書等の図7(上記第3の2(8))に示されるように、ステップ6の「油圧ロック状態?」において「油圧ロック状態」か「油圧ロック解除状態」が判別され、「油圧ロック状態」肯定(Yes)の場合はエンジン始動許可、「油圧ロック解除状態」否定(No)の場合はエンジン始動不許可となることが、その前段(ステップ3)で行われる人の検知の判定とあわせて許可条件として判定され、「エンジンの始動を許可」するための所定の許可条件(「否定」及び「油圧ロック状態」)を充足するかの判定がされるものである。
それに対し、本件発明1は、本件明細書等の図7における前段(ステップ3)の人の検知の判定が「油圧ロック状態」でも「油圧ロック解除状態」でも行われることを特定するに留まるものであって、「油圧ロック状態」であるか「油圧ロック解除状態」であるかの判定すらしておらず、そのため、「油圧ロック状態」であるか「油圧ロック解除状態」によってエンジン始動の許可/不許可を判定する条件として特定されるものとなっていない。
そして、本件発明1は、「油圧ロック状態/油圧ロック解除状態」が判定されるものではないため、「ショベルの周辺の人の有無」及び「油圧ロック状態/油圧ロック解除状態」という2つの条件について「否定」及び「油圧ロック状態」という所定の許可条件を特定できる構成が反映されておらず、それによってショベルの危険な動きを抑制する等の安全を確保するための具体的な対応をとることができるものではないから、「より確実に周辺の作業員の安全を確保することができるショベルを提供する」との課題を解決できると認識できない。
(b)第二に、本件発明1は、ショベルの危険な動きを抑制する制御等、安全を確保するための具体的な対応についての構成を欠く。発明の詳細な説明に記載された課題解決手段は、上記bにおいて指摘したように、「キースイッチ4の選択位置がスタート」とされ、所定の許可条件を充足したときのみに「エンジンの始動を許可」するということであるが、本件発明1は、エンジンの始動の許可/不許可の判断を離れて、油圧ロック状態/油圧ロック解除状態に関する状態がどのような場合に人を検知しているか否かの判定を行うかを特定するのみである。そして、上記aにおいて指摘したように、周辺の作業員の安全を確保するためには、単に安全が確保できない状態を察知し把握するのみでは足りず、ショベルの危険な動きを抑制する制御等、安全を確保するための具体的な対応が必要であるから、本件発明1は「より確実に周辺の作業員の安全を確保する」との発明の課題を解決できると認識できるものではない。
(c)以上検討したように、本件発明1は、発明の詳細な説明に記載された課題解決手段における、許可条件として必要な「油圧ロック状態/油圧ロック解除状態」の判定について反映されておらず、また、発明の詳細な説明に記載された課題解決手段における「周辺の作業員の安全を確保する」という課題の解決に必要な具体的対応について反映されていないため、課題を解決できるものではない。
(イ)「ショベルのエンジンを始動させる前」について
a ショベルの有する始動許可装置1は、エンジン3をキースイッチ4の選択位置(スタート、オン、オフ)に基づいて制御するコントローラ5とを含んで構成され、(段落【0010】)キースイッチ4の選択位置がスタートである場合に、周知の始動回路に基づいて、コントローラ5に始動信号が出力され、選択位置がオフの場合は、エンジン3を停止する停止指令をコントローラ5がエンジン3に出力するとともに、ショベル60内の電源をオフとし、キースイッチ4の選択位置がオンの場合は、スタートを経由している場合は、エンジン3の駆動が継続され、オフを経由している場合は、エンジン3は停止したままショベル60内の電源はオンとされる(段落【0015】、【0016】)ものであるから、本件発明1で特定された「ショベルのエンジンを始動させる前」には、発明の詳細な説明の「キースイッチ4の選択位置」との関係で、少なくとも以下の3つの状態が想定される。
(ケース1)キースイッチ4の選択位置がオフの状態
(ケース2)キースイッチ4の選択位置がオフを経由してオンとされた状態
(ケース3)キースイッチ4の選択位置がスタートとされた場合において、未だエンジンが始動する前の状態
b(a)発明の詳細な説明に記載された課題解決手段において、「前記判定手段」が「人検知手段が人を検知しているか否かを判定する」のは、「キースイッチ4の選択位置」が「スタート」とされたときであるから、本件発明1と対比した際には(ケース3)の「キースイッチ4の選択位置がスタートとされた場合において、未だエンジンが始動する前の状態」は、本件発明1の「ショベルのエンジンを始動させる前」の一時点を表すものであるとはいえる。
(b)しかし、「ショベルのエンジンを始動させる前」のうち、(ケース1)「キースイッチ4の選択位置がオフの状態」及び(ケース2)「キースイッチ4の選択位置がオフを経由してオンとされた状態」において「前記判定手段は、前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定する」ことは、発明の詳細な説明に記載されたものではない。
また、「キースイッチ4の選択位置がオフの状態」及び「キースイッチ4の選択位置がオフを経由してオンとされた状態」はショベルのエンジンが動作する前であってショベルは動かないため、作業員との接触等の課題がそもそも生じず、「より確実に周辺の作業員の安全を確保する」との課題解決の前提となるものではないから、当該構成は、発明の課題を解決できると認識できるものでもない。
(ウ)「操作レバーをオペレーターが操作しても対応する油圧アクチュエータが動作しない状態」及び「操作レバーをオペレーターが操作すると対応する油圧アクチュエータが動作する状態」について
a 発明の詳細な説明に記載された課題解決手段は、油圧ロックレバー6が「油圧ロック状態」であるときをエンジン始動の許可条件とするものである。また、「油圧ロック状態」及び「油圧ロック解除状態」について、発明の詳細な説明には、「油圧ロック状態」においては、ショベル60内の油圧回路内に設けられたシャット弁が、キャビン64内の操作レバーと油圧アクチュエータとの間の油圧回路を遮断することとなり、操作レバーをオペレーターが操作しても対応する油圧アクチュエータが動作しないが、「油圧ロック解除状態」においては、シャット弁はキャビン64内の操作レバーと油圧アクチュエータとの間の油圧回路を連通させることとなり、操作レバーをオペレーターが操作した場合に対応する油圧アクチュエータは動作される旨記載される。
b(a)しかし、本件発明1においては、「操作レバーをオペレーターが操作しても対応する油圧アクチュエータが動作しない」状態及び「操作レバーをオペレーターが操作した場合に対応する油圧アクチュエータは動作される」状態について、油圧ロックレバー6の油圧ロック状態/油圧ロック解除状態(ショベル60内の油圧回路内に設けられたシャット弁が、キャビン64内の操作レバーと油圧アクチュエータとの間の油圧回路を遮断している/していない状態)との関係が特定されず、また、エンジン始動の許可条件との関係も特定されないまま記載されている。
(b)そして、「操作レバーをオペレーターが操作しても対応する油圧アクチュエータが動作しない」状態及び「操作レバーをオペレーターが操作した場合に対応する油圧アクチュエータは動作される」状態は、「油圧ロック状態」及び「油圧ロック解除状態」と同じ状態を指すものではない。このことは、例えば、「ショベルのエンジンを始動させる前において」「シャット弁はキャビン64内の操作レバーと油圧アクチュエータとの間の油圧回路」を「連通させ」た「油圧ロック解除状態」とすることはできても、「ショベルのエンジンを始動させる前において」「操作レバーをオペレーターが操作した場合に対応する油圧アクチュエータは動作される」状態とすることはできないことからも明らかである。
(c)そうすると、油圧ロック状態/油圧ロック解除状態との関係を特定しない「操作レバーをオペレーターが操作しても対応する油圧アクチュエータが動作しない状態」及び「操作レバーをオペレーターが操作すると対応する油圧アクチュエータが動作する状態」との記載により、本件発明1は、「ショベルのエンジンを始動させる前」において「操作レバーをオペレーターが操作すると対応する油圧アクチュエータが動作する状態」となるような、発明の詳細な説明に記載されておらず、また、本件発明の課題を解決しないものをも含むものにまで拡張されている。
(d)このように、油圧ロック状態/油圧ロック解除状態との関係及びエンジン始動の許可条件との関係を特定しない「操作レバーをオペレーターが操作しても対応する油圧アクチュエータが動作しない状態」及び「操作レバーをオペレーターが操作すると対応する油圧アクチュエータが動作する状態」との記載により、本件発明1が、発明の詳細な説明に記載されておらず、発明の課題を解決できないものまでも含むものとなっていることは明らかである。
(エ)なお、本件明細書の段落【0006】には、【課題を解決するための手段】として本件発明1と同様の内容が記載されているが、本件発明1と同様のことが記載されるのみであって、本件発明1と同様に課題が解決できないものであるから、当該段落の記載によってサポート要件が充足されるものではない。
(オ)以上のとおりであるから、本件発明1には、本件発明に係る課題を解決できない発明が含まれており、発明の詳細な説明に記載されたものとはいえない。
イ 本件発明3について
(ア)本件発明3の「前記判定手段は、前記人検知手段が人を検知していると判定した場合、掘削、旋回、及び前後進の動作を禁止する」ことは、発明の詳細な説明に記載も示唆もされていない。
(イ)本件の発明の詳細な説明には、
「【0043】
本実施例2では特に、万一オペレーターが操作レバーに触れた状態で、キースイッチ4の選択位置をスタートとした場合でも、意図しないショベル60の掘削、旋回、前後進の動作を禁止できる。加えて、本実施例2ではエンジン3の始動直後の、ショベル60の掘削、旋回、前後進の急激な動作を禁止できる。これにより本実施例2では、周囲の人の安全を確保できる。」と記載されている。
(ウ)しかし、上記記載においては、「エンジン3の始動直後」の、「ショベル60の掘削、旋回、前後進」を禁止するものであって、本件発明1を引用する本件発明3のように「ショベルのエンジンを始動させる前において」禁止するものではない。また、「実施例2」において「掘削、旋回、及び前後進の動作を禁止する」のは、図7に示された始動許可装置11が含むコントローラ5の制御内容及び技術常識からすれば「油圧ロックレバー6」が「油圧ロック状態」であることの作用であると認められるから、「前記判定手段は、前記人検知手段が人を検知していると判定した」場合、この「判定」によって「掘削、旋回、及び前後進の動作を禁止する」ことが発明の詳細な説明に記載されたものではない。
(エ)さらに、本件明細書等において「判定手段」による「人検知手段が人を検知している」か否かの「判定」の結果は、「エンジン始動の許可条件」として使用されることのみが記載されるものであり、それ以外のことは記載されていないから、「前記判定手段は、前記人検知手段が人を検知していると判定した場合、掘削、旋回、及び前後進の動作を禁止する」ことが記載ないし示唆されているとはいえない。
ウ 本件発明4について
(ア)本件発明4には、「前記判定手段は、電源がオンのときに、前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定する」と記載されている。
(イ)しかし、キースイッチ4の選択位置がオフを経由してオンとされた状態には、ショベル60内の電源はオンとされるところ(段落【0016】)、上記アにおいても検討したように、キースイッチ4の選択位置がオフを経由してオンとされて電源がオンとなった状態において「前記判定手段は、電源がオンのときに、前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定する」ことは、発明の詳細な説明に記載されたものではなく、また、それによって発明の課題が解決される前提となるものでもないから、本件発明4の上記構成は、それにより、発明の課題を解決できると認識できるものではない。
エ 本件発明2、5~7について
本件発明2、5~7についても、上記ア~ウに示した本件発明1、2、4の構成を有するから、同様の取消理由を有する。
(5)サポート要件についての小括
本件発明1~7に係る特許は、特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法113条4号に該当し、取り消されるべきものである。
2 理由2.新規性、理由3.進歩性
(1)分割の適否
ア 原出願の記載
(ア)原出願の当初明細書等の記載
本件特許の原出願である特願2018-191259号(以下「原出願」という。)の願書に最初に添付した明細書(以下「当初明細書」といい、特許請求の範囲、図面とあわせて「当初明細書等」という。)には、段落【0006】を除いて上記第3の2(1)、(2)、(4)~(7)に示した本件明細書と同様の内容が記載され、当初明細書等の図1~7には、上記第3の2(8)に示した本件特許の図1~7と同様の図が示されている。
当初明細書等の特許請求の範囲及び当初明細書の段落【0006】は以下のとおりである。
「【請求項1】
下部走行体と、該下部走行体に旋回自在に搭載される上部旋回体と、該上部旋回体の前方中央部に備えられる掘削アタッチメントを含んで構成されるショベルであって、
前記上部旋回体に備えられ、前記ショベルの周辺の所定範囲内の障害物を検知する検知手段と、
油圧アクチュエータが動かされる前に、前記検知手段が障害物を検知したか否かを所定の制御周期毎に判定するコントローラと、を有する、
ショベル。
【請求項2】
前記コントローラは、前記検知手段が障害物を検知した場合、操作レバーをオペレーターが操作しても対応する油圧アクチュエータを動作させない、
請求項1記載のショベル。
【請求項3】
前記コントローラは、前記検知手段の出力に基づいて前記所定範囲内に人有りの状態であるか否かを判定する、
請求項1又は2に記載のショベル。
【請求項4】
前記コントローラは、前記油圧アクチュエータと該油圧アクチュエータを操作する操作部との間が油圧ロック状態であるか否かに応じて、エンジンを始動させるか否かを決める、
請求項1乃至3の何れかに記載のショベル。
【請求項5】
前記検知手段は、前記上部旋回体に設けられるステレオカメラに基づいて障害物を検知し、
前記ステレオカメラは、前記上部旋回体に2つ以上設けられる、
請求項1乃至4の何れかに記載のショベル。
【請求項6】
前記ステレオカメラは、前記上部旋回体の上面より上に設けられる、
請求項5に記載のショベル。
【請求項7】
前記ショベルの周囲への警笛を備える、
請求項1乃至6のいずれかに記載のショベル。」
「【0006】 本発明の実施形態に係るショベルは、下部走行体と、該下部走行体に旋回自在に搭載される上部旋回体と、該上部旋回体の前方中央部に備えられる掘削アタッチメントを含んで構成されるショベルであって、前記上部旋回体に備えられ、前記ショベルの周辺の所定範囲内の障害物を検知する検知手段と、油圧アクチュエータが動かされる前に、前記検知手段が障害物を検知したか否かを所定の制御周期毎に判定するコントローラと、を有する。」
(イ)原出願の分割直前の明細書等の記載
原出願の令和元年12月12日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲及び明細書段落【0006】の記載(以下、令和元年12月12日付け手続補正書により補正された明細書、特許請求の範囲及び図面を「分割直前明細書等」という。)は以下のとおりである。なお、図面の補正はされていない。
「 【請求項1】
下部走行体と、該下部走行体に旋回自在に搭載される上部旋回体と、該上部旋回体の前方中央部に備えられる掘削アタッチメントを含んで構成されるショベルであって、
前記上部旋回体に備えられ、前記ショベルの周辺の所定範囲内の障害物を検知する検知手段と、
全ての油圧アクチュエータが動作していない状態で、前記検知手段が障害物を検知したか否かを判定するコントローラと、を有する、
ショベル。
【請求項2】
前記検知手段が障害物を検知した場合、操作レバーをオペレーターが操作しても対応する油圧アクチュエータが動作しない、
請求項1記載のショベル。
【請求項3】
前記コントローラは、前記検知手段の出力に基づいて前記所定範囲内に人有りの状態であるか否かを判定する、
請求項1又は2に記載のショベル。
【請求項4】
前記コントローラは、前記油圧アクチュエータと該油圧アクチュエータを操作する操作部との間の油圧回路が遮断されているか否かに応じて、エンジンの始動の許否を判定する、
請求項1乃至3の何れかに記載のショベル。
【請求項5】
前記検知手段は、前記上部旋回体に設けられるステレオカメラに基づいて障害物を検知し、
前記ステレオカメラは、前記上部旋回体に2つ以上設けられる、
請求項1乃至4の何れかに記載のショベル。
【請求項6】
前記ステレオカメラは、前記上部旋回体の上面に設けられる、
請求項5に記載のショベル。
【請求項7】
前記ショベルの周囲への警笛を備える、
請求項1乃至6のいずれかに記載のショベル。」
「【0006】
本発明の実施形態に係るショベルは、下部走行体と、該下部走行体に旋回自在に搭載される上部旋回体と、該上部旋回体の前方中央部に備えられる掘削アタッチメントを含んで構成されるショベルであって、前記上部旋回体に備えられ、前記ショベルの周辺の所定範囲内の障害物を検知する検知手段と、全ての油圧アクチュエータが動作していない状態で、前記検知手段が障害物を検知したか否かを判定するコントローラと、を有する。」
イ 分割の適法性について
上記アより、本件発明1~7について、原出願の当初明細書等及び分割直前明細書等と対比すると、上記第3の1において、本件明細書との関係でサポート要件違反を検討したことと同様のことがいえる。
すなわち、本件発明1~7における、
「ショベルのエンジンを始動させる前」のうち、(ケース1)「キースイッチ4の選択位置がオフの状態」及び(ケース2)「キースイッチ4の選択位置がオフを経由してオンとされた状態」において「前記判定手段は、前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定する」ことは、原出願の当初明細書等及び分割直前明細書等のいずれにも記載も示唆もされておらず、当該事項が技術常識であるともいえない。
また、本件発明1~7は、「操作レバーをオペレーターが操作しても対応する油圧アクチュエータが動作しない状態」及び「操作レバーをオペレーターが操作すると対応する油圧アクチュエータが動作する状態」が、油圧ロックレバー6の油圧ロック状態/油圧ロック解除状態(ショベル60内の油圧回路内に設けられたシャット弁が、キャビン64内の操作レバーと油圧アクチュエータとの間の油圧回路を遮断している/していない状態)との関係が特定されず、また、エンジン始動の許可条件との関係も特定されないまま記載されている結果、「操作レバーをオペレーターが操作すると対応する油圧アクチュエータが動作する状態」において、「前記判定手段は、前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定する」ものをも含む範囲に拡張されたものとなった。
しかし、上記のような例を含む、油圧ロックレバー6の油圧ロック状態/油圧ロック解除状態との関係等を有しない「操作レバーをオペレーターが操作しても対応する油圧アクチュエータが動作しない状態」及び「操作レバーをオペレーターが操作すると対応する油圧アクチュエータが動作する状態」については、原出願の当初明細書等及び分割直前明細書等に記載も示唆もされておらず、当該事項が技術常識であるともいえない。
したがって、本件発明1~7は、原出願の一部を新たな特許出願としたものではなく、本件特許出願は原出願の時にしたものとみなすことができない。
以上のとおりであるから、本件特許の出願日は、現実の出願日である令和元年12月12日である。
(2)引用文献について
引用文献1:特開2014-173258号公報
(申立人Aが提出した甲第1号証)
引用文献2:特開平5-93431号公報
(申立人Bが提出した甲第5号証)
ア 引用文献1
上記(1)において検討したとおり、本件特許の出願日は、現実の出願日である令和元年12月12日であり、本件特許の分割出願に係る最先の出願の公開公報である特開2014-173258号公報は、令和元年12月12日において公知の刊行物である。
(ア)記載事項
引用文献1には、本件明細書の実施例1、実施例2と略同内容が記載され、また、本件図面の図1~7と同じ図が示されている。
そして、図3からは、カメラ2L、2R、2Bが撮像する上部旋回体63の左側面、右側面及び後面の所定範囲CL、CR、CBの扇形の中心角が180度未満であることが看取される。
また、図7からは、S3の「人有り?」のステップの後、「人有り?」の結果がNoの場合にS6の「油圧ロック状態?」のステップに進み、「油圧ロック状態?」の結果がYesの場合にS4の「エンジン始動許可」のステップに進むことが理解できる。
(イ)引用発明1
上記(ア)より、引用文献1には、次の発明(以下、「引用発明1」という。)が記載されていると認められる。
(引用発明1)
下部走行体61と、該下部走行体61の上に旋回自在に搭載される上部旋回体63と、該上部旋回体63の前方中央部に備えられる掘削アタッチメントEと、
それぞれが油圧ポンプからのパイロット圧を油圧回路が送り込むことで動作する切削用、旋回用、及び前後進用の油圧アクチュエータを含み、
上部旋回体63は、その左側面、右側面及び後面に中心角が180度未満である扇形状の所定範囲(CL、CR、CB)を撮像するカメラ2(カメラ2L、カメラ2R、カメラ2B)を備え、
建設機械(ショベル)の始動許可装置11は、カメラ2と、エンジン3をキースイッチ4の選択位置(スタート、オン、オフ)に基づいて制御するコントローラ5とを含んで構成され、コントローラ5は人検知手段5a、始動手段5b、判定手段5c、許可手段5dを構成し、人検知手段5aは、カメラ2からの入力画像に画像処理を行い、前記ショベル60の周辺の所定範囲内の人を検知し、判定手段5cは、人検知手段5aが人を検知するか否かを判定し、
始動許可装置11が含むコントローラ5の制御内容は、
キースイッチ4の選択位置がスタートであるか否かの判定において肯定と判定された後において、
判定手段5cにより所定範囲CL、CR、CBに人がいるか否かが判定され、
判定手段5cにより否定と判定されると、その後、油圧ロックレバー6が「油圧ロック状態」であるか否かが判定され、
油圧ロックレバー6が「油圧ロック状態」であると判定される場合には、許可手段5dにより、エンジン3の始動が許可され、油圧ロックレバー6が「油圧ロック状態」でないと判定される場合にはエンジン3の始動を不許可とするものであり、
「油圧ロック状態」においては、ショベル60内の油圧回路内に設けられたシャット弁が、キャビン64内の操作レバーと油圧アクチュエータとの間の油圧回路を遮断するので、操作レバーをオペレーターが操作しても対応する油圧アクチュエータが動作しない状態となり、「油圧ロック解除状態」においては、シャット弁はキャビン64内の操作レバーと油圧アクチュエータとの間の油圧回路を連通させるので、操作レバーをオペレーターが操作した場合に対応する油圧アクチュエータは動作される状態となり、
人を検知する手法は、パターンマッチングによる手法や、ステレオカメラを用いた立体物検出の手法を用いることも可能である、
ショベル。
イ 引用文献2
(ア)記載事項
引用文献2には、以下の事項が記載されている。(下線は当審において付した。)
a 「【0003】例えば、図3は上記後者に属する例であるが、図における移動性の障害物は作業員21である場合を示し、22はその頭部に取り付けられた発信器、23は車両系建設機械の代表例としてのブルドーザで、これに発信器24、24、・・・が取付けてある。図4はエンジン停止手段を示すブロック図であり、燃料カットソレノイド25に通電している状態を示し、該ソレノイド25は始動スイッチ26、リレー27の常閉接点28aを介して電源29の正極に接続されている。受信器24は、コントローラ30に接続しており、コントローラ30の出力側は、リレー27のリレーコイル28bに接続している。
【0004】以上のような構成で、始動スイッチ26をONにすると電源29の電流は、始動スイッチ26、リレー27の常閉接点28aを介してソレノイド25に通電される。ソレノイド25に通電すると図示していない燃料コントロールリンケージを介し、燃料ガバナをフリーにして燃料噴射ポンプから燃料がエンジンに流れる状態になる。このような状態で図3に示す作業員21がブルドーザ23の近傍にいると、作業員21が携帯する発信器22の発信する信号を受信器24が受信し、受信器24の信号はコントローラ30に入力され増幅されて、リレー27のリレーコイル28bに通電され、その結果、常閉接点28aはOFFとなり、ソレノイド25には電流は流れず、燃料噴射ポンプから燃料が流れずエンジンは停止するようになっている。上記の例に示す従来の技術においては、受信器24が障害物の存在を検知して信号を発すると、コントローラ30はエンジンを停止させる役目を果たすので、ブルドーザ23は、その操作レバー20の操作の有無に関係なく走行および作業装置の作動を共に停止させてしまう。」
b 図3、図4は、以下のとおり。
【図3】
「
[図:0001429964000008.jpg]
」
【図4】
「
[図:0001429964000009.jpg]
」
(イ)引用文献2記載技術
引用文献2には、以下の技術(以下「引用文献2記載技術」という。)が記載されていると認められる。
(引用文献2記載技術)
車両系建設機械の例としてのブルドーザ23において、
該ソレノイド25は始動スイッチ26、リレー27の常閉接点28aを介して電源29の正極に接続されており、受信器24は、コントローラ30に接続しており、コントローラ30の出力側は、リレー27のリレーコイル28bに接続している構成で、
始動スイッチ26をONにすると電源29の電流は、始動スイッチ26、リレー27の常閉接点28aを介してソレノイド25に通電され、燃料噴射ポンプから燃料がエンジンに流れる状態になるが、
作業員21がブルドーザ23の近傍にいると、作業員21が携帯する発信器22の発信する信号を受信器24が受信し、受信器24の信号はコントローラ30に入力され増幅されて、リレー27のリレーコイル28bに通電され、その結果、常閉接点28aはOFFとなり、ソレノイド25には電流は流れず、燃料噴射ポンプから燃料が流れずエンジンは停止するようになっているものであり、
受信器24が障害物の存在を検知して信号を発すると、コントローラ30はエンジンを停止させる役目を果たすので、ブルドーザ23は、その操作レバー20の操作の有無に関係なく走行および作業装置の作動を共に停止させる技術。
(3)本件発明1
ア 対比、判断
本件発明1と引用発明1とを対比する。
(ア)引用発明1の「下部走行体61と、該下部走行体61の上に旋回自在に搭載される上部旋回体63と、該上部旋回体63の前方中央部に備えられる掘削アタッチメントEと」を備える「ショベル」は、本件発明1の、「下部走行体と、該下部走行体に旋回自在に搭載される上部旋回体と、該上部旋回体の前方中央部に備えられる掘削アタッチメントを含んで構成されるショベル」に相当する。
(イ)引用発明1の「ショベル」の「始動許可装置11」が含む「コントローラ5」の構成する「前記ショベル60の周辺の所定範囲内の人を検知」する「人検知手段5a」は、本件発明1の「前記ショベルに備えられ、前記ショベルの周辺の所定範囲内の人を検知する人検知手段」に相当する。
(ウ)引用発明1の「ショベル」の「始動許可装置11」が含む「コントローラ5」の構成する「人検知手段5aが人を検知するか否かを判定」する「判定手段5c」は、本件発明1の「前記ショベルに搭載され、前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定する判定手段」に相当する。
(エ)引用発明1の「始動許可装置11が含むコントローラ5の制御」において「キースイッチ4の選択位置がスタートであるか否かの判定において肯定と判定された後」であって、「エンジン3の始動が許可」される前は、本件発明1の「ショベルのエンジンを始動させる前」に相当する。
(オ)引用発明1は「判定手段5cにより所定範囲CL、CR、CBに人がいるか否かが判定され、判定手段5cにより否定と判定されると、その後、油圧ロックレバー6が「油圧ロック状態」であるか否かが判定され」るものであるから、「判定手段」による「人検知手段が人を検知しているか否か」の「判定」は、当然に「油圧ロック状態」か「油圧ロック解除状態」かに関わらず行われる。
そして、引用発明1は「油圧ロック状態」においては「操作レバーをオペレーターが操作しても対応する油圧アクチュエータが動作しない状態」となり、「油圧ロック解除状態」においては「操作レバーをオペレーターが操作した場合に対応する油圧アクチュエータは動作される状態」となるものであるから、引用発明1は、本件発明1の「操作レバーをオペレーターが操作しても対応する油圧アクチュエータが動作しない状態、及び、操作レバーをオペレーターが操作すると対応する油圧アクチュエータが動作する状態、の何れであっても、前記判定手段は、前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定する」との構成を備える。
(カ)引用発明1において「判定手段5cにより所定範囲CL、CR、CBに人がいるか否かが判定され、判定手段5cにより否定と判定されると、その後、油圧ロックレバー6が「油圧ロック状態」であるか否かが判定され」る時点は、「キースイッチ4の選択位置がスタートであるか否かの判定において肯定と判定された後」であり、「判定手段5c」による人がいるかの判断の「否定」の判定とその後の油圧ロックレバー6が「油圧ロック状態」であることの判定の後に「エンジン3の始動が許可」されるものであるから、上記(エ)及び(オ)の対比を踏まえると、引用発明1は、本件発明1の「ショベルのエンジンを始動させる前においては、操作レバーをオペレーターが操作しても対応する油圧アクチュエータが動作しない状態、及び、操作レバーをオペレーターが操作すると対応する油圧アクチュエータが動作する状態、の何れであっても、前記判定手段は、前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定する、」との構成を備える。
(キ)上記(ア)~(カ)より、本件発明1と引用発明1とは、「下部走行体と、該下部走行体に旋回自在に搭載される上部旋回体と、該上部旋回体の前方中央部に備えられる掘削アタッチメントを含んで構成されるショベルであって、
前記ショベルに備えられ、前記ショベルの周辺の所定範囲内の人を検知する人検知手段と、
前記ショベルに搭載され、前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定する判定手段と、を有し、
ショベルのエンジンを始動させる前においては、操作レバーをオペレーターが操作しても対応する油圧アクチュエータが動作しない状態、及び、操作レバーをオペレーターが操作すると対応する油圧アクチュエータが動作する状態、の何れであっても、前記判定手段は、前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定する、
ショベル。」の点で一致するといえ、相違点はない。
仮に相違点があったとしても、設計事項程度のことである。
イ 小括
本件発明1は、引用文献1に記載された発明である。
本件発明1は、引用発明1に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(4)本件発明2
ア 対比、判断
本件発明2と引用発明1とを対比する。
(ア)引用発明1の「油圧アクチュエータ」が「切削用、旋回用、及び前後進用の油圧アクチュエータ」であることは、本件発明2の「前記油圧アクチュエータは、掘削用、旋回用、及び前後進用の油圧アクチュエータである」ことに相当する。
(イ)よって、本件発明2と引用発明1とは、上記(3)ア(キ)の一致点に加え、「前記油圧アクチュエータは、掘削用、旋回用、及び前後進用の油圧アクチュエータである」点で一致し、相違点はない。
仮に相違点があったとしても、設計事項程度のことである。
イ 小括
本件発明2は、引用文献1に記載された発明である。
本件発明2は、引用発明1に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(5)本件発明3
ア 対比
本件発明3と引用発明1とを対比すると、上記(3)ア(キ)の一致点において一致し、以下の点で相違する。
(相違点)
本件発明3は、「前記判定手段は、前記人検知手段が人を検知していると判定した場合、掘削、旋回、及び前後進の動作を禁止する」のに対し、引用発明1はそのように特定されない点。
イ 判断
(ア)上記1(4)イにおいてサポート要件について検討したとおり、「前記判定手段」が「前記人検知手段が人を検知していると判定した」場合に「掘削、旋回、及び前後進の動作を禁止する」ことは、発明の詳細な説明に記載されたものではないと認められるが、仮に発明の詳細な説明に記載されたものであるのならば、本件明細書等と原出願の当初明細書等との記載内容は略同一であるから、上記相違点は実質的な相違点ではなく、本件発明3は引用文献1に記載された発明である。
(イ) a 引用文献2記載技術の「受信機24」は「作業員21が携帯する発信器22の発信する信号」を「受信」するものであるから、本件発明1の「人検知手段」に相当する。
b 本件発明3の「前記人検知手段が人を検知していると判定した場合、掘削、旋回、及び前後進の動作を禁止する」「判定手段」と引用文献2記載技術の「受信機24」が「作業員21が携帯する発信器22の発信する信号」を「受信」した際に「受信器24が障害物の存在を検知して信号を発する」と「エンジンを停止させる役目を果たす」ことで「その操作レバー20の操作の有無に関係なく走行および作業装置の作動を共に停止させる」「コントローラ30」は、「前記人検知手段が人を検知していると判定した場合、作業装置の作動及び前後進の動作を禁止する」「判定手段」において共通する。
c 引用発明1において、よりショベルの周辺の作業員の安全を確保できるように引用文献2記載技術の構成を採用し、その際に、作業装置の作動としてショベルの「掘削」、「旋回」の動作を禁止するものとし、「前記ショベルに搭載され、前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定する判定手段」が、前記ショベルに備えられ、前記ショベルの周辺の所定範囲内の人を検知する人検知手段」が「人を検知していると判定した場合、掘削、旋回、及び前後進の動作を禁止する」ものとすることは、当業者が容易になし得たことである。
ウ 小括
本件発明3は、引用文献1に記載された発明である。
本件発明3は、引用発明1及び引用文献2記載技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
(6)本件発明4
ア 対比、判断
本件発明4と引用発明1とを対比する。
(ア)引用発明1の「始動許可装置11が含むコントローラ5の制御」において「キースイッチ4の選択位置がスタートであるか否かの判定で肯定の判定がされた後において、判定手段5cにより所定範囲CL、CR、CBに人がいないと判定され」るものであるから、「キースイッチ4の選択位置がスタートであるか否かの判定で肯定の判定がされた後」は「電源がオンのとき」に相当するといえる。そうすると、引用発明1の「キースイッチ4の選択位置がスタートであるか否かの判定で肯定の判定がされた後において、判定手段5cにより所定範囲CL、CR、CBに人がいないと判定され」ることは、本件発明4の「前記判定手段は、電源がオンのときに、前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定する」ことに相当する。
(イ)よって、本件発明4と引用発明1とは、上記(3)ア(キ)の一致点に加え、「前記判定手段は、電源がオンのときに、前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定する」点で一致し、相違点はない。
仮に相違点があったとしても、設計事項程度のことである。
イ 小括
本件発明4は、引用文献1に記載された発明である。
本件発明4は、引用発明1に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(7)本件発明5
ア 対比、判断
本件発明5と引用発明1とを対比する。
(ア)引用発明1の「カメラ2(カメラ2L、カメラ2R、カメラ2B)」が「撮像する」「扇形状の所定範囲(CL、CR、CB)」の「中心角が180度未満」であることは、本件発明5の「前記人検知手段の検知範囲の左側の境界と右側の境界との間の角度は、180度未満である」ことに相当する。
(イ)よって、本件発明5と引用発明1とは、上記(3)ア(キ)の一致点に加え、「前記人検知手段の検知範囲の左側の境界と右側の境界との間の角度は、180度未満である」点で一致し、相違点はない。
仮に相違点があったとしても、設計事項程度のことである。
イ 小括
本件発明5は、引用文献1に記載された発明である。
本件発明5は、引用発明1に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(8)本件発明6
ア 対比、判断
本件発明6と引用発明1とを対比する。
(ア)引用発明1において「人を検知する手法」として「パターンマッチングによる手法や、ステレオカメラを用いた立体物検出の手法を用いる」ことは、本件発明6の「前記判定手段は、パターンマッチングによる手法、立体物検出の手法の何れかにより前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定する」ことに相当する。
(イ)よって、本件発明6と引用発明1とは、上記(3)ア(キ)の一致点に加え、「前記判定手段は、パターンマッチングによる手法、立体物検出の手法の何れかにより前記人検知手段が人を検知しているか否かを判定する」点で一致し、相違点はない。
仮に相違点があったとしても、設計事項程度のことである。
イ 小括
本件発明6は、引用文献1に記載された発明である。
本件発明6は、引用発明1に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(9)本件発明7
ア 対比、判断
本件発明7と引用発明1とを対比する。
(ア)引用発明1において人を検知するのに用いられる「ステレオカメラ」は、本件発明7の「前記人検知手段はステレオカメラであ」ることに相当する。
(イ)引用発明1において「上部旋回体63」が「カメラ2(カメラ2L、カメラ2R、カメラ2B)」を備えることは、本件発明7の「前記上部旋回体に複数個搭載される」点に相当する。
(ウ)よって、本件発明7と引用発明1とは、上記(3)ア(キ)の一致点に加え、「前記人検知手段はステレオカメラであり、前記上部旋回体に複数個搭載される」点で一致し、相違点はない。
仮に相違点があったとしても、設計事項程度のことである。
イ 小括
本件発明7は、引用文献1に記載された発明である。
本件発明7は、引用発明1に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(10)新規性、進歩性についての小括
本件発明1~7に係る特許は、特許法29条1項及び同条2項の規定に違反してされたものであるから、特許法113条2号に該当し、取り消されるべきものである。
第6 むすび
以上のとおり、本件発明1~7に係る特許は、特許法36条6項1号の要件を満たさないものについてされたものである。
したがって、本件発明1~7に係る特許は、特許法113条4号に該当し、取り消されるべきものである。
本件発明1~7は、引用文献1に記載された発明であるから、本件発明1~7に係る特許は、特許法29条1項の規定に違反してされたものである。
したがって、本件発明1~7に係る特許は、特許法113条2号に該当し、取り消されるべきものである。
また、本件発明1、2、4~7は、引用発明1に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件発明3は、引用発明1及び引用文献2記載技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
したがって、本件発明1~7に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、特許法第113条第2号に該当するから、取り消されるべきものである。
よって、結論のとおり決定する。
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2023-701049