特許異議申立
2023-700940
鋼管用ねじ継手
- 審判番号
- 2023-700940
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2020-549976
- 登録番号
- 7237084
- 請求日
- 2023年09月08日
- 審決日
- 2026年03月11日
- 公報発行日
- 2026年06月26日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】日本製鉄株式会社
- 【権利者代理人】上羽 秀敏
- 【権利者代理人】田中 憲治
- 【権利者】バローレック・オイル・アンド・ガス・フランス
- 【権利者代理人】上羽 秀敏
- 【権利者代理人】田中 憲治
- 【異議申立人】吉田 敦子
- 審判長/審判官
- 審判長 水野 治彦
- 審判官 平瀬 知明
- 審判官 槙原 進
- 分類
- P1651.537-YAA(F16L) / P1651.851-YAA(F16L)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法120条の8第1項特許法135条
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条第6項第1号、特許法第120条の5第4項、特許法第120条の5第2項、特許法第29条第1項第3号、特許法第120条の8第1項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7237084号発明「鋼管用ねじ継手」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7237084号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~4〕について訂正することを認める。
特許第7237084号の請求項1~3に係る特許を維持する。
特許第7237084号の請求項4に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7237084号の請求項1~4に係る特許は、令和元年(2019年)7月24日(優先権主張 平成30年10月11日)を国際出願日とする出願であって、令和5年3月2日にその特許権の設定登録がされ、同年3月10日に特許掲載公報が発行された。本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。
令和5年 9月 8日 :特許異議申立人 吉田敦子(以下「申立人」という。)による請求項1~4に係る特許に対する特許異議の申立て
同年11月30日付け:取消理由通知
令和6年 2月26日 :特許権者による意見書の提出及び訂正の請求
同年 4月10日 :申立人による意見書の提出
同年 8月23日付け:取消理由通知(決定の予告)
同年11月26日 :特許権者による意見書の提出
令和7年 5月12日付け:審尋
同年 同月28日 :申立人による回答書の提出
第2 本件訂正の適否
1 訂正の内容
令和6年2月26日の訂正の請求による訂正(以下「本件訂正」という。)の内容は、訂正箇所に下線を付して示すと、以下のとおりである。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「前記雄ねじの荷重面間のピッチは、7.2mm~8.64mmである、鋼管用ねじ継手。」と記載されているのを、「前記雄ねじの荷重面間のピッチは、7.2mm~8.64mmであり、前記雄ねじ及び前記雌ねじは、完全ねじで構成される完全ねじ部を含み、前記完全ねじ部は、前記鋼管の軸方向において、40~60mmの長さを有する、鋼管用ねじ継手。」に訂正する(請求項1を引用する請求項2及び請求項3も同様に訂正する。)
(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項4を削除する。
2 訂正の適否
(1)訂正事項1
ア 訂正の目的
訂正事項1は、訂正前の請求項1における「雄ねじ及び雌ねじ」を、訂正前の請求項4の発明特定事項を直列に追加して限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ 願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてする訂正であること
訂正事項1は、訂正前の請求項1における「雄ねじ及び雌ねじ」を、訂正前の請求項4の発明特定事項を直列に追加して限定するものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下「特許明細書等」という。)に記載した事項の範囲内においてするものである。
ウ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと
訂正事項1は、訂正前の請求項1における「雄ねじ及び雌ねじ」を、訂正前の請求項4の発明特定事項を直列に追加して限定するものであって、カテゴリーや対象を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(2)訂正事項2
ア 訂正の目的
訂正事項2は、請求項4を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ 願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてする訂正であること
訂正事項2は、請求項4を削除するものであるから、特許明細書等に記載した事項の範囲内においてするものである。
ウ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと
訂正事項2は、請求項4を削除するものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(3)一群の請求項
訂正前の請求項1~4について、請求項2~4は、請求項1を直接的又は間接的に引用しているものであって、訂正事項によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。したがって、訂正前の請求項1~4に対応する訂正後の請求項1~4は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。
3 まとめ
したがって、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項に適合するから、特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~4〕について訂正することを認める。
第3 訂正後の本件発明
本件訂正により訂正された請求項1~4に係る発明(以下「本件発明1」~「本件発明4」という。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1~4に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。
「【請求項1】
鋼管用ねじ継手であって、
鋼管の一方の先端部に形成される管状のピンと、
前記ピンが挿入されて前記ピンと締結される管状のボックスとを備え、
前記ピンは、
前記ピンの先端部に設けられ、環状面を有するピンショルダと、
前記ピンの外周面に設けられ、楔型ねじで構成される雄ねじと、
前記ピンショルダと前記雄ねじとの間に設けられ、前記ピンの外周面に設けられるピンシールとを含み、
前記ボックスは、
前記ピンショルダに対応して前記ボックスの奥端部に設けられ、環状面を有するボックスショルダと、
前記雄ねじに対応して前記ボックスの内周面に設けられ、楔型ねじで構成される雌ねじと、
前記ピンシールに対応して前記ボックスの内周面に設けられるボックスシールとを含み、
前記ピン及び前記ボックスが締結されているとき、前記ピンショルダは前記ボックスショルダから離れており、
次の式(1)を満たし、
3%≦(LP-SP)/LP<6% (1)
式(1)中、LPは前記雄ねじの荷重面間のピッチであり、SPは前記雄ねじの挿入面間のピッチであり、
前記雄ねじの荷重面間のピッチは、7.2mm~8.64mmであり、
前記雄ねじ及び前記雌ねじは、完全ねじで構成される完全ねじ部を含み、
前記完全ねじ部は、前記鋼管の軸方向において、40~60mmの長さを有する、鋼管用ねじ継手。
【請求項2】
請求項1に記載の鋼管用ねじ継手であって、
次の式(2)を満たす、鋼管用ねじ継手。
4%≦(LP-SP)/LP<6% (2)
【請求項3】
請求項1又は2に記載の鋼管用ねじ継手であって、
次の式(3)を満たす、鋼管用ねじ継手。
-10度≦α≦-1度、かつ、-10度≦β≦-1度 (3)
式(3)中、αは前記雄ねじの荷重面のフランク角であり、βは前記雄ねじの挿入面のフランク角である。
【請求項4】
(削除) 」
第4 取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由について
1 取消理由の概要
訂正後の請求項1~3に係る特許に対して、当審において、令和6年8月23日に特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。
請求項1の「前記完全ねじ部は、前記鋼管の軸方向において、40~60mmの長さを有する」との数値範囲は、長さが40mmの場合に高いトルク性能を得られない場合を含み、長さが60mmの場合に高い引張性能が得られない場合を含むから、発明の詳細な説明において当業者が「発明の課題」を解決できると認識できる範囲を超えている。
したがって、請求項1及び請求項1を直接又は間接的に引用する請求項2及び請求項3に係る特許は、その特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。
2 当審の判断
(1)規範
特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
以下、この規範に沿って検討する。
(2)発明の詳細な説明に記載された事項
特許明細書等の発明の詳細な説明には、以下の事項が記載されている(下線は、当審による。)。
ア 技術分野及び背景技術
(ア)「【0001】
本開示は、鋼管用ねじ継手に関する。」
(イ)「【0004】
一般に、雄ねじが形成された管端部の継手部分は、雌ねじに挿入される要素を含むことから、「ピン」と称される。一方、雌ねじが形成された管端部の継手部分は、雄ねじを受け入れる要素を含むことから、「ボックス」と称される。これらのピン及びボックスは、管材の端部であるため、いずれも管状である。
【0005】
例えば大深度の油井に用いられるねじ継手に対しては、浅い部分では油井管の自重による大きな引張荷重が負荷され、深い部分では熱膨張による大きな圧縮荷重が負荷される。
【0006】
また、ねじ継手には、内部からの流体圧力(以下、「内圧」ともいう)及び外部からの流体圧力(以下、「外圧」ともいう)に対して密封性能が必要であり、深度が深いほど要求される密封性能も高くなる。このため、ねじ継手には、金属同士が接触するメタルシールが設けられる。メタルシールは、ピンの外周面に設けられるピンシールと、ボックスの内周面に設けられるボックスシールとから構成される。ピンシールの径はボックスシールの径よりもわずかに大きい。ピンシール及びボックスシールの径の差を干渉量という。ねじ継手が締結されてシール同士が密着すると、干渉量によりピンシールが縮径しかつボックスシールが拡径する。シールの各々が元の径に戻ろうとする弾性回復力により、シールに接触圧力が発生してシールが全周で密着し、密封性能が発揮される。」
(ウ)「【0008】
特表2012-512347号公報(特許文献4)もまた、楔形ねじを用いたねじ継手を開示する。雄ねじ領域の両端付近では、雄スタビングフランク間のリード及び雄ロードフランク間のリードはともに一定である。同様に、雌ねじ領域の両端付近でも、雌スタビングフランク間のリード及び雌ロードフランク間のリードはともに一定である。したがって、ねじ領域の両端付近では、ねじ山幅は一定である。ロードフランク間のリードとスタビングフランク間のリードとの間に差があることは認められるが、その差の具体的な数値は全く記載されていない。」
イ 開示の概要
(ア)「【0011】
楔形ねじの荷重面及び挿入面は負のフランク角を有するため、楔形ねじは締結時にかしめ合うことで高いトルク性能を発揮する。また、楔形ねじは、締結を容易にするために、ねじ山幅がピン又はボックスの先端に近づくに連れて狭くされることがある。言い換えれば、荷重面ピッチと挿入面ピッチとの間に差がある。このピッチ差は「デルタリード」と呼ばれる。デルタリードは、ピン及びボックスの先端付近のねじ山幅を決定する。
【0012】
ねじピッチの絶対値による影響を考慮し、デルタリードに代えて、「ウェッジ比(Wedge Ratio)」が用いられることもある。ウェッジ比は、デルタリードを荷重面ピッチで除したもので、荷重面ピッチに対するデルタリードの比率としてパーセンテージで表示される。
【0013】
ウェッジ比が大きいということは、ねじ山幅の減少率も大きいことを意味する。ウェッジ比が大きいと、ねじ山幅がピン及びボックスの先端付近で狭くなる。ねじ山幅が狭いと、大きな引張荷重がかかったとき、楔形ねじが耐えきれず、ねじ山そのものが破壊される可能性がある。そのため、ウェッジ比の設定には注意が必要である。以下、楔形ねじが引張荷重に耐えうる性能を「引張性能」という。
【0014】
上記特許文献4(特表2012-512347号公報)は、ウェッジ比の適正化を開示する。しかし、ウェッジ比が引張性能に加えてトルク性能及び密封性能に及ぼす影響を評価した文献は存在しない。」
(イ)「【0015】
本開示の目的は、高いトルク性能、高い引張性能及び高い密封性能を発揮できる鋼管用ねじ継手を提供することである。」
(ウ)「【0016】
本発明者らは、トルク性能及び引張性能をともに向上させる適正なウェッジ比について鋭意検討を重ねた結果、ウェッジ比を変化させることにより、高いトルク性能、高い引張性能及び高い密封性能を発揮できることを見出した。
【0017】
本開示に係る鋼管用ねじ継手は、管状のピンと、管状のボックスとを備える。管状のピンは、鋼管の一方の先端部に形成される。管状のボックスは、ピンが挿入されてピンと締結される。ピンは、ピンショルダと、雄ねじと、ピンシールとを含む。ピンショルダは、ピンの先端部に設けられ、環状面を有する。雄ねじは、ピンの外周面に設けられる。雄ねじは、楔型ねじで構成される。ピンシールは、ピンショルダと雄ねじとの間に設けられ、ピンの外周面に設けられる。ボックスは、ボックスショルダと、雌ねじと、ボックスシールとを含む。ボックスショルダは、ピンショルダに対応してボックスの奥端部に設けられ、環状面を有する。雌ねじは、雄ねじに対応してボックスの内周面に設けられる。雌ねじは、楔型ねじで構成される。ボックスシールは、ピンシールに対応してボックスの内周に設けられる。ピン及びボックスが締結されているとき、ピンショルダはボックスショルダから離れている。ねじ継手は、次の式(1)を満たす。
【0018】
3%≦(LP-SP)/LP≦7% (1)
【0019】
式(1)中、LPは雄ねじの荷重面間のピッチである。SPは雄ねじの挿入面間のピッチである。」
ウ 発明を実施するための形態
(ア)「【0021】
本実施の形態に係る鋼管用ねじ継手は、管状のピンと、管状のボックスとを備える。管状のピンは、鋼管の一方の先端部に形成される。管状のボックスは、ピンが挿入されてピンと締結される。ピンは、ピンショルダと、雄ねじと、ピンシールとを含む。ピンショルダは、ピンの先端部に設けられ、環状面を有する。雄ねじは、ピンの外周面に設けられる。雄ねじは、楔型ねじで構成される。ピンシールは、ピンショルダと雄ねじとの間に設けられ、ピンの外周面に設けられる。ボックスは、ボックスショルダと、雌ねじと、ボックスシールとを含む。ボックスショルダは、ピンショルダに対応してボックスの奥端部に設けられ、環状面を有する。雌ねじは、雄ねじ部に対応してボックスの内周面に設けられる。雌ねじは、楔型ねじで構成される。ボックスシールは、ピンシール面に対応してボックスの内周面に設けられる。ピン及びボックスが締結されているとき、ピンショルダはボックスショルダから離れている。ねじ継手は、次の式(1)を満たす。
【0022】
3%≦(LP-SP)/LP≦7% (1)
【0023】
式(1)中、LPは雄ねじの荷重面間のピッチである。SPは雄ねじの挿入面間のピッチである。
【0024】
好ましくは、上記ねじ継手は、次の式(2)を満たす。
【0025】
4%≦(LP-SP)/LP≦6% (2)
【0026】
上記ねじ継手は、次の式(3)を満たしていてもよい。
【0027】
-10度≦α≦-1度、かつ、-10度≦β≦-1度 (3)
【0028】
式(3)中、αは雄ねじの荷重面のフランク角、βは雄ねじの挿入面のフランク角である。」
(イ)「【0029】
雄ねじ及び雌ねじは、完全ねじで構成される完全ねじ部を含んでいてもよい。完全ねじ部は、鋼管の軸方向において、40~60mmの長さを有していてもよい。」
(ウ)「【0031】
図1を参照して、本実施形態に係る鋼管用ねじ継手1は、管状のピン10と、管状のボックス20とを備える。ピン10は、鋼管2の一方の先端部に形成される。ボックス20は、ピン10が挿入されてピン10と締結される。以下、鋼管2の先端部以外の部分を特に「鋼管本体」という場合がある。
【0032】
ピン10は、ピンショルダ12と、雄ねじ11と、ピンシール13とを含む。ピンショルダ12は、ピン10の先端部に設けられ、環状面を有する。雄ねじ11は、ピン10の外周面に螺旋状に形成される。雄ねじ11は、楔型ねじで構成される。ピンシール13は、ピンショルダ12と雄ねじ11との間に設けられ、ピン10の外周面に設けられる。ボックス20は、ボックスショルダ22と、雌ねじ21と、ボックスシール23とを含む。ボックスショルダ22は、ピンショルダ12に対応してボックス20の奥端部に設けられ、環状面を有する。雌ねじ21は、雄ねじ11に対応してボックス20の内周面に螺旋状に形成される。雌ねじ21は、楔型ねじで構成される。ボックスシール23は、ピンシール13に対応してボックス20の内周面に設けられる。ピン10及びボックス20が締結されているとき、ピンショルダ12はボックスショルダ22から離れている。
【0033】
また、ピン10及びボックス20が締結されているとき、雄ねじ11の挿入面及び荷重面がそれぞれ雌ねじ21の挿入面及び荷重面と接触し、かつ、ピンシール13がボックスシール23と接触する。ショルダ角は、管軸TAに対して90°である。ショルダ角は、ピンショルダ12及びボックスショルダ22の各々が管軸(鋼管2の軸)TAに垂直な面となす角度である。」
(エ)「【0034】
図2を参照して、雄ねじ11の荷重面111及び雌ねじ21の荷重面211は、フランク角αを有する。雄ねじ11の挿入面112及び雌ねじ21の挿入面212は、フランク角βを有する。フランク角αは、管軸(鋼管2の軸)TAに垂直な平面VPに対する荷重面111,211の角度である。フランク角βは、管軸TAに垂直な平面VPに対する挿入面112,212の角度である。荷重面111,211又は挿入面112,212が平面VPと平行な場合、フランク角は0度である。雄ねじ11の荷重面111が平面VPよりもピン10の先端側に傾倒している場合(言い換えれば、雌ねじ21の荷重面211が平面VPよりもボックス20の先端側に傾倒している場合)、荷重面111,211のフランク角αは正である。反対に、雄ねじ11の荷重面111が平面VPよりもピン10の鋼管本体側に傾倒している場合(言い換えれば、雌ねじ21の荷重面211が平面VPよりもボックス20の鋼管本体側に傾倒している場合)、荷重面111,211のフランク角αは負である。また、雄ねじ11の挿入面112が平面VPよりもピン10の鋼管本体側に傾倒している場合(言い換えれば、雌ねじ21の挿入面212が平面VPよりもボックス20の鋼管本体側に傾倒している場合)、挿入面112,212のフランク角は正である。反対に、雄ねじ11の挿入面112が平面VPよりもピン10の先端側に傾倒している場合(言い換えれば、雌ねじ21の挿入面212が平面VPよりもボックス20の先端側に傾倒している場合)、挿入面112,212のフランク角は負である。楔形ねじのフランク角α及びβはいずれも負である。」
(オ)「【0035】
特に限定されないが、雄ねじ11及び雌ねじ21は全て完全ねじで構成され、不完全ねじは存在しないのが好ましい。全てのねじ11,21を完全ねじで構成すれば、雄ねじ11と雌ねじ21の接触面積が増加し、トルク性能が向上する。完全ねじ部(完全ねじで構成される雄ねじ11及び雌ねじ21)の長さは、例えば40~60mmである。
【0036】
鋼管用ねじ継手1は、次の式(1)を満たす。
【0037】
3%≦(LP-SP)/LP≦7% (1)
【0038】
好ましくは、鋼管用ねじ継手1は、次の式(2)を満たす。
【0039】
4%≦(LP-SP)/LP≦6% (2)
【0040】
式(1)及び(2)中、LPは雄ねじ11の荷重面111間のピッチ(以下、「荷重面ピッチ」という。)である。SPは雄ねじ11の挿入面112間のピッチ(以下、「挿入面ピッチ」という。)である。(LP-SP)/LPはウェッジ比を表す。荷重面ピッチLPは、雌ねじ21の荷重面211間のピッチと等しい。挿入面ピッチSPは、雌ねじ21の挿入面212間のピッチと等しい。
【0041】
すなわち、ウェッジ比の上限は7%、好ましくは6%である。ウェッジ比の下限は3%、好ましくは4%である。」
(カ)「【0049】
本実施の形態は、雄ねじ11及び雌ねじ21を楔形ねじで構成し、かつ、そのウェッジ比を3~7%に設定しているため、高いトルク性能、高い引張性能及び高い密封性能を発揮することができる。」
エ 実施例
(ア)「【0052】
本実施の形態の効果を検証するため、有限要素法(FEM)によってトルク性能及び引張性能を評価した。評価対象を楔形ねじ継手とし、以下の鋼管を用いた。
【0053】
サイズ:9-5/8インチ(管本体外径:244.48mm、管本体内径:216.8mm)
材料:API規格の油井管材料L80(公称耐力YS=552MPa(80ksi))
ねじテーパ:1/12
ねじ長さ:50mm(ピン)、60mm(ボックス)
ねじ高さ:1.8mm
フランク角:-5度(荷重面及び挿入面の両方とも)
荷重面ピッチ:7.2mm、8.64mm、又は10.8mm
ウェッジ比:2~10%
挿入面ピッチ:ウェッジ比に応じて逆算
【0054】
評価対象のねじ継手は、図1に示されるように、雄ねじ11、ピンショルダ12、ピンシール13、雌ねじ21、ボックスショルダ22、及びボックスシール23で構成される。雄ねじ11及び雌ねじ21は全て楔形ねじかつほぼ完全ねじで構成される。
【0055】
表1は、解析に供試した27種類のねじ継手(サンプル)の寸法等を示す。
【表1】
[図:0001436128000001.jpg]
【0056】
解析の際には、図1に示されるねじ継手1をベースにして、雄ねじ11及び雌ねじ21の寸法を変更し、トルク性能及び引張性能を評価した。
【0057】
[トルク性能の評価]
トルク性能については、締結トルク線図において締結トルクが降伏し始める値MTV(Maximum Torque Value)を降伏トルクと定義し、その値で評価した。
【0058】
[引張性能の評価]
引張性能については、ねじ継手1が降伏する引張荷重と同等の荷重を締結されたねじ継手に負荷し、雄ねじ11及び雌ねじ21の中で最も先端側に位置するねじの荷重面111,211及び挿入面112,212の付け根部分に生じる相当塑性ひずみの最大値で評価した。本発明者らの実管試験からの経験上、相当塑性ひずみが0.08程度になると、ねじ山が破壊するリスクが高くなる。そのため、相当塑性ひずみの閾値を0.080として、これよりも低い値であれば引張性能に優れると評価した。ただし、さらに安全側に余裕を見て、相当塑性ひずみの閾値を0.070としてもよい。」
(イ)「【0059】
[密封性能の評価]
密封性能評価については、図4に示されるように、実体試験を模擬した複合荷重を負荷し、シール13,23に生じる接触面圧を算出した。シール接触面圧の分布から平均接触面圧及びピーク接触面圧を求め、荷重経路において接触面圧が最も低い値を最小接触面圧と定義し、その値で評価した。荷重条件の経路はISO13679で規定される荷重条件の経路に従い、軸力は継手の降伏楕円の95%の値を負荷し、圧力は継手の降伏楕円の47.5%の値を負荷した。」
(ウ)「【0060】
[解析結果]
図5~図7は、有限要素解析で得た降伏トルクの値を示す。横軸にウェッジ比、縦軸にそれに対応するMTVの値をプロットした。ねじピッチに関係なく、MTVはウェッジ比に応じて増加し、特に2~3%の領域で最も上昇した。図6で確認できる通り、ウェッジ比が9%付近でMTVが最大になり、その後、下降に転じた。
【0061】
トルク性能が増加した要因として以下の点が考えられる。ウェッジ比が高いと、ピン10の先端付近でねじ山幅が狭くなり、ねじ山幅が狭いピン10をねじ山幅が広いボックス20で締付けることにより、高い接触圧が発生したためと考えられる。
【0062】
図8~図10は、前述した通り、引張荷重を締結されたねじ継手1にかけたときに生じる相当塑性ひずみの最大値とウェッジ比との関係を示すグラフである。この相当塑性ひずみは、雄ねじ11及び雌ねじ21の中で最も先端側に位置するねじの荷重面111,211及び挿入面112,212の付け根部分に生じるものである。
【0063】
図8に示されるように、荷重面ピッチLP=7.2mmの場合、ウェッジ比が6%以上になると、雄ねじに生じる相当塑性ひずみの最大値が0.070を超え、ウェッジ比が8%になると、相当塑性ひずみの最大値が0.080を超えることが判明した。
【0064】
図9に示されるように、荷重面ピッチLP=8.64mmの場合、ウェッジ比が7%になると、雄ねじに生じる相当塑性ひずみが0.070を超え、9%になると、相当塑性ひずみの最大値が0.080を超えることが判明した。
【0065】
図10に示されるように、荷重面ピッチLP=10.8mmの場合、ウェッジ比が10%以上になると、雄ねじに生じる相当塑性ひずみの最大値が0.080を超え、ねじが破壊される可能性が高くなることが判明した。」
(エ)「【0066】
図11~図13は、前述した通り、複合荷重をねじ継手1に負荷した際に生じるシールのピーク接触圧及び平均接触圧の最小値とウェッジ比との関係を示すグラフである。図より、ウェッジ比を変化させてもシールの最小接触面圧はほとんど変化がなく、ウェッジ比の影響は軽微であることが判明した。」
(オ)「【0067】
上記結果より、トルク性能を向上するには、ウェッジ比は高いほど良い。しかし、前述の通り、ウェッジ比が高すぎると、ピン(雄ねじ)及び/又はボックス(雌ねじ)の先端付近のねじ山が破壊されるリスクが高くなるため、ウェッジ比は7%以下としておいたほうが良い。また、ねじ山幅の減少はねじ底幅の増加に等しく、ねじ切り時のパス数の増加、インサートの寿命の低下につながることから、製造の観点からも極端に高いウェッジ比も望ましくない。以上より、適切なウェッジ比は3~7%であった。」
オ 図面
(ア)図1~2
「
[図:0001436128000002.jpg]
」
「
[図:0001436128000003.jpg]
」
(イ)図5~7
「
[図:0001436128000004.jpg]
」
「
[図:0001436128000005.jpg]
」
「
[図:0001436128000006.jpg]
」
(ウ)図8~10
「
[図:0001436128000007.jpg]
」
「
[図:0001436128000008.jpg]
」
「
[図:0001436128000009.jpg]
」
(3)検討
ア 発明の詳細な説明に記載された発明について
(ア)発明の課題
上記(2)ア及びイによれば、次のとおりであると認められる。
すなわち、鋼管用ねじ継手は、大深度の油井に用いられ、浅い部分では油井管の自重による大きな引張荷重が負荷され、深い部分では熱膨張による大きな圧縮荷重が負荷される(段落【0005】)。
従来、ねじ継手には、内部及び外部からの流体圧力に対して密封性能が必要であり、深度が深いほど要求される密封性能が高くなるため、金属同士が接触するメタルシールが設けられている(段落【0006】)。また、先行技術文献は、高いトルク性能を得るようにするため、楔形ねじを用いたねじ継手を開示する(段落【0008】)。楔形ねじは、そのねじ山幅は、螺旋方向に沿って徐々に変化し、締結を容易にするために、ピン又はボックスの先端に近づくに連れて狭くされる(段落【0011】)。
ここで、楔形ねじは、ウェッジ比が大きいと(ねじ山幅の減少率が大きいと)、大きな引張荷重がかかったとき、ねじ山そのものが破壊される可能性がある(段落【0013】)。
しかしながら、ウェッジ比が引張性能(楔形ねじが引張荷重に耐え得る性能)に加えて、トルク性能及び密封性能に及ぼす影響を評価した、先行技術文献はない(段落【0013】、【0014】)。
したがって、楔形ねじを用いた鋼管用ねじ継手において、引張性能、トルク性能及び密封性能を考慮した適正なウェッジ比を開示する先行技術文献がないという問題点を踏まえて、「高いトルク性能、高い引張性能及び高い密封性能を発揮できる鋼管用ねじ継手を提供する」(段落【0015】)ことが、発明の課題であると認められる。
(イ)課題を解決するための手段(発明の課題を解決できると認識できる範囲)
上記(2)によれば、上記課題は、次の鋼管用ねじ継手により解決できると理解できる。
「管状のピンと管状のボックスとを備え、管状のピンは鋼管の一方の先端部に形成され、管状のボックスはピンが挿入されてピンと締結され、ピンは、ピンショルダと雄ねじとピンシールとを含み、ピンショルダは、ピンの先端部に設けられて環状面を有し、雄ねじはピンの外周面に設けられ、雄ねじは、楔型ねじで構成され、ピンシールは、ピンショルダと雄ねじとの間のピンの外周面に設けられ、ボックスは、ボックスショルダと雌ねじとボックスシールとを含み、ボックスショルダは、ピンショルダに対応してボックスの奥端部に設けられて環状面を有し、雌ねじは、雄ねじ部に対応してボックスの内周面に設けられ、雌ねじは、楔型ねじで構成され、ボックスシールは、ピンシール面に対応してボックスの内周面に設けられ、ピン及びボックスが締結されているとき、ピンショルダはボックスショルダから離れ、ねじ継手は、次の式(1)、好ましくは次の(2)を満たし、次の式(3)を満たしていてもよい、鋼管用ねじ継手。
3%≦(LP-SP)/LP≦7% (1)
4%≦(LP-SP)/LP≦6% (2)
(式(1)及び(2)中、LPは雄ねじの荷重面間のピッチであり、SPは雄ねじの挿入面間のピッチである。)
-10度≦α≦-1度、かつ、-10度≦β≦-1度 (3)
(式(3)中、αは雄ねじの荷重面のフランク角、βは雄ねじの挿入面のフランク角である。)」(段落【0017】~【0019】、【0021】~【0028】)
そして、当該鋼管用ねじ継ぎ手は、雄ねじ及び雌ねじが、例えば40~60mmの長さの完全ねじで構成される完全ねじ部で構成されることで、雄ねじと雌ねじの接触面積が増加し、トルク性能が向上するものである(段落【0029】、【0035】)。
また、段落【0058】、【0063】~【0065】から、荷重面ピッチLPが7.2mm及び8.64mmの場合、当該鋼管用ねじ継ぎ手は引張性能に優れるといえる。このことを踏まえると、荷重面ピッチLPが7.2mm~8.64mmの当該鋼管用ねじ継ぎ手は引張性能に優れるものと理解することができる。
そうすると、発明の詳細な説明には、課題を解決するための手段として、以下の発明(以下「発明の詳細な説明に記載された発明」という。)が記載されているといえる。
「管状のピンと管状のボックスとを備え、管状のピンは鋼管の一方の先端部に形成され、管状のボックスはピンが挿入されてピンと締結され、ピンは、ピンショルダと雄ねじとピンシールとを含み、ピンショルダは、ピンの先端部に設けられて環状面を有し、雄ねじはピンの外周面に設けられ、雄ねじは、楔型ねじで構成され、ピンシールは、ピンショルダと雄ねじとの間のピンの外周面に設けられ、ボックスは、ボックスショルダと雌ねじとボックスシールとを含み、ボックスショルダは、ピンショルダに対応してボックスの奥端部に設けられて環状面を有し、雌ねじは、雄ねじ部に対応してボックスの内周面に設けられ、雌ねじは、楔型ねじで構成され、ボックスシールは、ピンシール面に対応してボックスの内周面に設けられ、ピン及びボックスが締結されているとき、ピンショルダはボックスショルダから離れ、ねじ継手は、次の式(1)、好ましくは次の(2)を満たし、次の式(3)を満たしていてもよく、
荷重面ピッチLPが7.2mm~8.64mmであり、
雄ねじ及び雌ねじが、例えば40~60mmの長さの完全ねじで構成される完全ねじ部で構成される、鋼管用ねじ継手。
3%≦(LP-SP)/LP≦7% (1)
4%≦(LP-SP)/LP≦6% (2)
(式(1)及び(2)中、LPは雄ねじの荷重面間のピッチであり、SPは雄ねじの挿入面間のピッチである。)
-10度≦α≦-1度、かつ、-10度≦β≦-1度 (3)
(式(3)中、αは雄ねじの荷重面のフランク角、βは雄ねじの挿入面のフランク角である。)」
イ 発明の詳細な説明に記載された発明と特許請求の範囲に記載された発明との対比
上記アで説示した発明の詳細な説明に記載された発明と本件発明1とを対比すると、本件発明1は、「(LP-SP)/LP」の範囲が「3%≦(LP-SP)/LP<6%」である点を除く全ての事項において、発明の詳細な説明に記載された発明が備える事項を備えている。そして、「3%≦(LP-SP)/LP<6%」は、発明の詳細な説明に記載された発明の式(1)の範囲に含まれる。
したがって、本件発明1は、発明の詳細な説明に記載された発明であって、発明の課題を解決できると認識できる範囲のものといえる。
同様に、発明の詳細な説明に記載された発明と、請求項1を引用する請求項2及び3に係る本件発明2及び3を対比すると、本件発明2及び本件発明3に係る事項の全ては、発明の詳細な説明に記載された発明が備えているから、本件発明1と同様に、発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである。
(4)申立人の主張
申立人は、令和6年4月10日提出の意見書(以下「申立人意見書」という。)及び令和7年5月28日提出の回答書(以下「申立人回答書」という。)において、概ね、次の3点について主張している。
ア 本件発明1には、高いトルク性能を発揮できないねじ継手(完全ねじ部の長さが40mm、荷重面ピッチが8.64mmのもの)が含まれ、発明の課題が解決できることを当業者が認識できる範囲を超えているから、サポート要件を満たしていない。
すなわち、ねじ長さ40mmで、荷重面ピッチが8.64mmのねじ継手は、ウェッジ比が3%で、MTV値が47607ft.lbsであり、ウェッジ比が4%で、MTV値が49022ft.lbsであり、ウェッジ比が5%で、MTV値が49722ft.lbsである。これらのMTVの値は、小さすぎて図6に載らないだけでなく、比較例(本件発明の課題を解決することができないもの)である、ねじ長さ50mmで、荷重面ピッチが10.8mmのねじ継手の値より小さいから、MTVの絶対値が低く、高いトルク性能を発揮できるものではない。
イ 本件発明1には、高い引張性能を発揮できないねじ継手(完全ねじ部の長さが60mm、荷重面ピッチが7.2mmのもの)が含まれ、発明の課題が解決できることを当業者が認識できる範囲を超えているから、サポート要件を満たしていない。
すなわち、これらのねじ継手は、比較例である、完全ねじ部のねじ長さが50mm、荷重面ピッチが7.2mm、ウエッジ比が6%のねじ継手より、ねじ山幅がピン及びボックスの先端範囲で狭くなり、雄ねじに生じる相当塑性ひずみの最大値が0.070を超える蓋然性が高いから、高い引張性能を発揮できるものではない。
ウ 特許権者が、令和6年11月26日提出の意見書(以下「特許権者意見書」という。)の5(3)アにおいて、「すなわち、高いトルク性能を得るという観点において、MTV値は、その絶対値を対比するのではなく、完全ねじ長さ及び荷重面ピッチを同条件とし、ウェッジ比を変えて対比しなければならない。」と主張しているが、かかる主張は、本件特許に係る出願の手続における主張と異なるもので、禁反言であり、許されるべきではない。
具体的には、令和4年12月20日付け手続補正書で、請求項1を「前記雄ねじの荷重面間のピッチは、7.2mm~8.64mmである」と限定する補正をし、同時に提出した審判請求書で、MTV値の絶対値を対比して、荷重面ピッチLPが10.8mmである場合に比べて、7.2mm及び8.64mmである場合に高位になって、より高いトルク性能を得ることができると主張して、特許を取得している。
これらの主張を踏まえ、完全ねじ部の長さが40mm及び60mmのねじ継ぎ手について発明の課題が解決できるといえるか否かについて、発明の詳細な説明の記載及び技術常識を踏まえ、改めて検討する。
(5)申立人の主張に対する当審の検討
ア 「適正なウェッジ比」について
(ア)発明の詳細な説明に記載された発明の「ウェッジ比」について
発明の詳細な説明に記載された発明は、トルク性能及び引張性能ともに向上させる「適正なウェッジ比」について鋭意検討を重ねることでなされた発明と認められる(段落【0016】)。ここで、発明の詳細な説明において、「ウェッジ比」は、楔型ねじで構成された雄ねじと雌ねじ(段落【0049】)における、雄ねじの荷重面間のピッチ(荷重面ピッチ)LPと雄ねじの挿入面間のピッチ(挿入面ピッチ)SPとの関係について、(LP-SP)/LPで表される比として定められるもの(段落【0040】)とされている。
そこで、はじめに、発明の詳細な説明における「ウェッジ比」を「適正な」ものとすることの技術的意味を、「ウェッジ比」と「トルク性能」の関係及び「ウェッジ比」と「引張性能」の関係等の観点に基づき、検討する。
(イ)トルク性能との関係
楔型ねじは、その荷重面及び挿入面が負のフランク角を有するため、締結時にかしめ合うことで高いトルク性能を発揮する(段落【0011】、【0034】、図2)。
トルク性能は、締結トルクが降伏し始める値であるMTV(Maximum Torque Value)で評価され(段落【0057】)、有限要素法(FEM)を用いた検証(ねじ長さは、50mm、荷重面ピッチは、7.2mm、8.64mm及び10.8mm、ウェッジ比が2~10%の場合。段落【0052】、【0053】)(以下「本件検証」という。)によれば、MTVは、荷重面ピッチに関係なく、ウェッジ比に応じて増加し、特にウェッジ比が2~3%の領域で最も上昇するものといえる(段落【0060】、図5~7)。
(ウ)引張性能との関係
発明の詳細な説明における「引張性能」は、ウェッジ比が大きい時に大きい引張荷重がかかった場合にねじ山そのものが破壊されることを考慮して、ウェッジ比の設定の際に考慮される、楔型ねじが引張荷重に耐え得る性能といえる(段落【0013】)。
そして、引張性能は、最も先端側に位置するねじの荷重面及び挿入面の付け根部分に生じる、相当塑性ひずみの最大値で評価するところ、かかる相当塑性ひずみの最大値(以下「最大ひずみ値」という。)が0.08程度になると、ねじ山が破壊するリスクが高くなるため、相当塑性ひずみの閾値を0.08として、これよりも低い値であれば、引張性能に優れると評価し、安全側に余裕をみて、相当塑性ひずみの閾値を0.07としてもよいものである(段落【0058】)。
ここで、本件検証における、荷重面ピッチ、ウェッジ比及び最大ひずみ値の関係は、次のとおりである(段落【0062】~【0065】、図8~10)。
[荷重面ピッチが7.2mmの場合]
・ウェッジ比が6%になると、最大ひずみ値が0.07を超える。
・ウェッジ比が8%になると、最大ひずみ値が0.08を超える。
[荷重面ピッチが8.64mmの場合]
・ウェッジ比が7%になると、最大ひずみ値が0.07を超える。
・ウェッジ比が9%になると、最大ひずみ値が0.08を超える。
[荷重面ピッチが10.8mmの場合]
・ウェッジ比が10%になると、最大ひずみ値が0.08を超える。
(エ)「適正なウェッジ比」の技術的意味
以上によれば、発明の詳細な説明の記載から理解される「適正なウェッジ比」の技術的意味は、次のとおりと理解できる。
すなわち、トルク性能を向上するためには、ウェッジ比が高いほど良く(段落【0067】)、特にウェッジ比が2~3%の領域でMTVが最も上昇する(図5~図7)から、MTVが最も上昇する領域が含まれない3%がウェッジ比の下限となる。
そして、ウェッジ比が高すぎると、ピン及びボックスの先端付近のねじ山が破壊されるリスクが高くなるため、引張性能の観点から、最大ひずみ値が相当塑性ひずみの閾値(0.08)を超えないように(段落【0058】)、ウェッジ比の上限が7%となる(段落【0067】)。
さらに、段落【0063】、【0064】及び図8~図10をみると、雄ねじの荷重面ピッチが7.2mmと8.64mmの場合、ウェッジ比が6%未満では、相当塑性ひずみが0.07を超えないものと理解できる。
これらを踏まえ、ウェッジ比が3~7%、好ましくは4~6%のものを「適正なウェッジ比」とし、さらに、トルク性能が向上し、相当塑性ひずみの最大値が0.07を超えないウェッジ比の範囲として、3%以上6%未満としたものと解するのが自然である。
そして、当該「適正なウェッジ比」の技術的意味は、完全ねじ部の長さが50mmの時において該当することが明らかといえる。
イ 完全ねじ部の長さの数値範囲について(40mm及び60mmの場合)
上記アの「適正なウェッジ比」に関して、発明の詳細な説明の段落【0052】~【0067】に記載された本件検証は、完全ねじ部の長さが50mmの場合のものであり、完全ねじ部の長さが40mm及び60mmの場合におけるトルク性能及び引張性能の評価は、本件検証からは明らかでない。そこで、完全ねじ部の長さが40mm及び60mmの場合におけるトルク性能及び引張性能として発明の詳細な説明の記載から理解できる範囲について、その記載及び技術常識を踏まえ、以下検討する。
(ア)技術常識
[ねじ山の数とねじ山幅について]
特許権者意見書の「例えば、荷重面ピッチが7.2mmである場合、完全ねじ部のねじ長さが50mmでは、7つのねじ山が形成される(50mm/7.2mm=6.94)。」の記載(5ページ5~7行)から、次の技術常識を導くことができる。
・「完全ねじ部のねじ山の数は、ねじ長さを荷重面ピッチで割って算出されること。」(以下「技術常識ア」という。)
また、申立人意見書の「完全ねじ部のねじ長さが50mm、荷重面ピッチが7.2mm、ウェッジ比が6%のねじ継手(No.5)は、ねじ山が7になり、6箇所で6%ずつ、ねじ幅が減少していく(ねじ山幅減少率36%)」の記載(9ページ1~3行)、及び、特許権者意見書の「完全ねじ部のねじ長さが60mmである場合は、50mmである場合に比べて噛み合うねじ山の数が増加する」の記載(3ページ18~19行)から、次の技術常識を導くことができる。
・「完全ねじ部のねじ山幅は、ねじ山の数に応じてウェッジ比の比率ずつ減少していき、先端のねじ山幅は、ねじの長さが長いほどねじ山の数が増加するために小さいこと。」(以下「技術常識イ」という。)
[トルク性能に関して]
特許権者意見書の「1つのねじ山に生じるトルクが一定である場合、トルク性能は雄ねじ及び雌ねじの接触面積に比例する」の記載(5ページ8~10行)、及び、申立人回答書の「高いトルク性能を得ることができるのは、本実施例のようにねじ長さを一定とした場合に、縦断面における平均のねじ山数(≒接触面積)が「ねじ長さ÷荷重面ピッチ」におおよそ比例して増加し」の記載(2ページ3~5行)から、次の技術常識を導くことができる。
・「1つのねじ山に生じるトルクが一定である場合、完全ねじ部のトルク性能は、ねじ山の数(雄ねじ及び雌ねじの接触面積)に比例すること。」(以下「技術常識ウ」という。)
[引張性能に関して]
特許権者意見書の「引張性能に関して、完全ねじ部のねじ長さが40mmである場合、ねじ長さが50mmである場合に比べてねじ山の数は減少するものの、完全ねじ部の先端のねじ山幅が大きくなるため、50mmである場合と同様の引張性能を得ることができる」の記載(5ページ20~23行)から、次の技術常識を導くことができる。
・「引張性能は、ねじ山の数と先端のねじ山幅の大きさが影響し、ねじ山の数が多いほど、また、ねじ山幅が大きいほど、引張性能が高いこと。」(以下「技術常識エ」という。)
(イ)検討
[ねじ山の数とねじ山幅について]
技術常識アによれば、完全ねじ部のねじ山の数は、次のとおり算出される。なお、小数点以下は四捨五入した。
・完全ねじ部(長さ50mm)のねじ山の数(本件検証の評価対象)
[荷重面ピッチが7.2mmの場合] 約7(50mm/7.2mm)
[荷重面ピッチが8.64mmの場合] 約6(50mm/8.64mm)
[荷重面ピッチが10.8mmの場合] 約5(50mm/10.8mm)
・完全ねじ部(長さ40mm)のねじ山の数
[荷重面ピッチが7.2mmの場合] 約6(40mm/7.2mm)
[荷重面ピッチが8.64mmの場合] 約5(40mm/8.64mm)
[荷重面ピッチが10.8mmの場合] 約4(40mm/10.8mm)
・完全ねじ部(長さ60mm)のねじ山の数
[荷重面ピッチが7.2mmの場合] 約8(60mm/7.2mm)
[荷重面ピッチが8.64mmの場合] 約7(60mm/8.64mm)
[荷重面ピッチが10.8mmの場合] 約6(60mm/10.8mm)
そして、技術常識イによれば、完全ねじ部の先端におけるねじ山の幅は、ウェッジ比が一定の場合、長さ40mm、長さ50mm、長さ60mmの順に小さくなり、長さ60mmのねじ山の幅が最小であるといえる。
[トルク性能に関して]
完全ねじ部の長さが60mmの場合は、技術常識ウ及び上記の算出結果を踏まえると、長さ50mmの場合において、上記ア(エ)のとおり「高いトルク性能」を発揮することができるから、それよりねじ山の数が多く、雄ねじ及び雌ねじの接触面積が広い長さ60mmの場合も、長さが50mmの場合と同様に「高いトルク性能」を発揮するものと、当業者であれば理解できるといえる。
また、完全ねじ部の長さが40mmの場合は、技術常識ウ(トルク性能はねじ山の数に比例すること)に照らすと、ねじ山の数が同程度ならばトルク性能も同程度となると理解できるところ、上記の算出結果を踏まえると、少なくとも、荷重面ピッチが7.2mmと8.64mmの場合におけるねじ山の数(それぞれ約6と約5)は、高いトルク性能を示す長さ50mmのねじ山の数と同程度であるから、長さ50mmと同等の「高いトルク性能」を発揮できるものと、当業者であれば理解できるといえる。
そして、この理解は、技術常識イから、ウェッジ比が一定の下における理解であるから、40mm及び60mmにおいても、荷重面ピッチが7.2mm~8.64mmの場合、50mmと同じ範囲のウェッジ比であれば「高いトルク性能」を得られるものと、発明の詳細な説明の記載から当業者が理解し得るものである。
[引張性能に関して]
上記説示のとおり、ウェッジ比が一定の場合、ねじ山の数は、長さ40mm、長さ50mm、長さ60mmの順に大きくなる一方で、先端のねじ山幅は、長さ40mm、長さ50mm、長さ60mmの順に小さくなるから、「ねじ山の数が多いほど、また、ねじ山幅が大きいほど、引張性能が高い」という技術常識エを踏まえると、長さ40mm及び60mmの長さにおける引張性能は長さ50mmのそれと同様であると当業者であれば理解できるといえる。
そうすると、完全ねじ部の長さが50mmで雄ねじの荷重面間のピッチが7.2mm及び8.64mmにおいてウェッジ比が6%未満の鋼管用ねじ継手は、相当塑性ひずみが0.07を超えないのであるから、完全ねじ部の長さが40mmと60mmの鋼管用ねじ継手においても、雄ねじの荷重面間ピッチが7.2mm及び8.64mmの場合は、ウェッジ比が6%未満であれば相当塑性ひずみが0.07を超えないと当業者であれば理解できるといえる。
したがって、ねじ長さ40mm及び60mmの場合についても、ウェッジ比が6%未満では、50mmと同様に、「高い引張性能」を発揮できるものと、発明の詳細な説明から当業者が理解し得るものである。
ウ 小括
そうすると、申立人の主張に関わらず、発明の詳細な説明の記載及び技術常識を踏まえると、完全ねじ部の長さが40mm及び60mmの鋼管用ねじ継手も、ウェッジ比が3%以上6%未満であれば、完全ねじ部の長さが50mmの鋼管用継手と同様の「高いトルク性能」及び「高い引張性能」を備えるものと、当業者であれば理解できるといえる。
したがって、申立人の主張を採用することはできない。
(6)当審の判断のまとめ
以上のとおり、特許請求の範囲の請求項1~3の記載は、発明の詳細な説明に記載された発明であるから、特許法第36条第6項第1号に規定する要件に適合するものである。
第6 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
申立人は、特許異議申立書において、本件訂正前の請求項1~3に係る特許について、特許法第29条第1項第3号及び同条第2項違反とする理由を申し立てていたところ、本件訂正により、当該理由の申立てのない請求項4の発明特定事項によって、請求項1~3が限定されたことから、請求項1~3に係る特許について、かかる申立ての理由は、解消された。
第7 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、請求項1~3に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1~3に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
さらに、請求項4に係る特許は、本件訂正により申立ての対象が存在しないものとなったため、同特許についての特許異議の申立ては、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。
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2023-700940