特許異議申立
2023-700634
光学ガラス、プリフォーム及び光学素子
- 審判番号
- 2023-700634
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2016-234493
- 登録番号
- 7195040
- 請求日
- 2023年06月15日
- 審決日
- 2024年02月27日
- 公報発行日
- 2024年06月28日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】株式会社オハラ
- 【権利者代理人】右田 俊介
- 【権利者代理人】高橋 政治
- 【権利者代理人】水野 基樹
- 【異議申立人】森 一郎
- 審判長/審判官
- 審判長 宮澤 尚之
- 審判官 増山 淳子
- 審判官 立木 林
- 分類
- P1651.131-YAA(C03C) / P1651.112-YAA(C03C) / P1651.536-YAA(C03C) / P1651.537-YAA(C03C)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第120条の5第2項、特許法第29条第1項、特許法第36条第6項第1号、特許法第120条の5第4項、特許法第120条の5第9項、特許法第36条第4項第1号、特許法第29条第1項第3号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7195040号発明「光学ガラス、プリフォーム及び光学素子」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7195040号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~8〕について訂正することを認める。
特許第7195040号の請求項1~8に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7195040号(以下、「本件特許」という。)の請求項1~8
に係る特許についての出願は、平成28年12月1日(優先権主張 平成27年12月7日)を出願日とする特許出願であって、令和4年12月15日に特許権の設定登録がされ、同年同月23日に特許掲載公報が発行された。
その後、その全請求項に係る特許に対し、令和5年6月15日に特許異議申立人である森一郎(以下、「申立人」という)により、特許異議の申立てがされた。
本件特許異議申立事件における以降の手続の経緯は、次のとおりである。
令和5年 9月19日付け:取消理由通知
同年10月25日 :意見書の提出及び訂正の請求(特許権者)
なお、令和5年10月25日の訂正の請求に対して、申立人に期間を指定して意見書を提出する機会を設けたが、指定期間内に意見書は提出されなかった。
第2 訂正の適否についての判断
令和5年10月25日に特許権者より請求された訂正(以下「本件訂正」といい、この訂正の請求を「本件訂正請求」という。)は適法になされたものと判断する。
以下、その理由につき詳述する。
本件訂正請求は、本件特許請求の範囲を訂正することを求めるものであって、特許法第120条の5第4項の規定に従い、本件訂正前の一群の請求項を構成する請求項〔1~8〕を訂正の単位とするところ、その訂正の内容(訂正事項)は、次のとおりである(下線は訂正箇所)。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「Rn2O成分(式中、RnはLi、Na、Kからなる群より選択される1種以上)の質量和が5.0超~16.0%、RO成分(式中、RはMg、Ca、Sr、Baからなる群より選択される1種以上)の質量和が0~7.0%未満」と記載されているのを、「Rn2O成分(式中、RnはLi、Na、Kからなる群より選択される1種以上)の質量和が11.01~16.0%、RO成分(式中、RはMg、Ca、Sr、Baからなる群より選択される1種以上)の質量和が0~5.75%」に訂正する(請求項1の記載を直接的又は間接的に引用する請求項2~8も同様に訂正する)。
(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項3に「CaO成分0~6.0%」と記載されているのを、「CaO成分0~5.75%」に訂正する(請求項3の記載を直接的又は間接的に引用する請求項4~8も同様に訂正する)。
2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1について
訂正事項1は、訂正前の請求項1に対して、願書に添付された明細書(以下、「本件明細書」という。)に記載された実施例51のガラスが、質量%で「Li2Oを6.51%、Na2Oを4.50%、K2Oを0%」含有するものであること、すなわち、Rn2O成分(式中、RnはLi、Na、Kからなる群より選択される1種以上)の質量和が11.01(=6.51+4.50+0)%となるものであること、及び、実施例25のガラスが、質量%で「MgOを0%、CaOを5.75%、SrOを0%、BaOを0%」含有するものであること、すなわち、RO成分(式中、RはMg、Ca、Sr、Baからなる群より選択される1種以上)の質量和が5.75(=0+5.75+0+0)%となるものであることから、「Rn2O成分(式中、RnはLi、Na、Kからなる群より選択される1種以上)の質量和が11.01~16.0%」及び「RO成分(式中、RはMg、Ca、Sr、Baからなる群より選択される1種以上)の質量和が0~5.75%」に訂正することにより、訂正後の請求項1に係る発明における「Rn2O成分(式中、RnはLi、Na、Kからなる群より選択される1種以上)」及び「RO成分(式中、RnはLi、Na、Kからなる群より選択される1種以上)」の含有量を限定するものであり、これらにより新たな技術的事項が導入されるものとはいえない。訂正後の請求項1を引用する訂正後の請求項2~8についても、同様のことがいえる。
そうすると、訂正事項1は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、願書に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてされたものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(2)訂正事項2について
訂正事項2は、訂正前の請求項3に対して、本件明細書に記載された実施例25のガラスが質量%で「CaOを5.75%」含有するものであることから、「CaO成分0~5.75%」に訂正することにより、訂正後の請求項3に係る発明における「CaO成分」の含有量を限定するものであり、これにより新たな技術的事項が導入されるものとはいえない。訂正後の請求項3を引用する訂正後の請求項4~8についても、同様のことがいえる。
そうすると、訂正事項1は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、願書に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてされたものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(3)独立特許要件について
本件特許の訂正前の請求項1~8の全ての請求項について特許異議の申立てがされたものであるから、訂正事項1、2に関して、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する同法第126条第7項の独立特許要件は課されない。
3 小括
以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、本件特許の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~8〕について訂正することを認める。
第3 本件特許請求の範囲の記載
上記第2のとおり本件訂正請求は適法になされたものであるから、本件特許の特許請求の範囲の請求項1~8に係る発明(以下、各請求項に係る発明を、項番号に合わせて「本件発明1」などといい、まとめて「本件発明」という。)は、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1~8に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
「【請求項1】
酸化物換算組成の質量%で、
SiO2成分を15.0~50.0%、
Nb2O5成分を25.0~50.0%、
B2O3成分を1.0~5.53%、
Ta2O5成分を1.0%未満、
TiO2成分を10.0%未満、
K2O成分を8.0%未満、
Al2O3成分を1.0%未満含有し、
Rn2O成分(式中、RnはLi、Na、Kからなる群より選択される1種以上)の質量和が11.01~16.0%、
RO成分(式中、RはMg、Ca、Sr、Baからなる群より選択される1種以上)の質量和が0~5.75%、
Ln2O3成分(式中、LnはLa、Gd、Y、Ybからなる群より選択される1種以上)の質量和が0~10.0%未満、
屈折率(nd)が1.70~1.80であり、再加熱試験(イ)の前後において失透及び乳白が生じない光学ガラス。
〔再加熱試験(イ):試験片15mm×15mm×30mmを再加熱し、室温から150分で各試料の転移温度(Tg)より100℃~120℃高い温度まで昇温し、前記光学ガラスのガラス転移温度(Tg)よりも100℃~120℃高い温度で30分間保温し、その後常温まで自然冷却し、試験片の対向する2面を厚み10mmに研磨した後に目視観察する。〕
【請求項2】
酸化物換算組成の質量%で、
ZnO成分0~25.0%、
ZrO2成分0~20.0%、
である請求項1の光学ガラス。
【請求項3】
酸化物換算組成の質量%で、
WO3成分0~10.0%、
MgO成分0~5.0%未満、
CaO成分0~5.75%、
SrO成分0~4.0%未満、
BaO成分0~4.0%未満、
Li2O成分0~15.0%、
Na2O成分0~15.0%、
P2O5成分0~10.0%、
GeO2成分0~10.0%、
Ga2O3成分0~10.0%、
Bi2O3成分0~10.0%、
TeO2成分0~5.0%、及び
SnO2成分0~1.0%を含有し
Sb2O3成分0~1.0%
である請求項1又は2いずれか記載の光学ガラス。
【請求項4】
アッベ数(νd)が28~45である請求項1から3のいずれか記載の光学ガラス。
【請求項5】
分光透過率が80%を示す波長(λ80)が450nm以下であり、分光透過率が5%を示す波長(λ5)が365nm以下である請求項1から4のいずれか記載の光学ガラス。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか記載の光学ガラスからなる光学素子。
【請求項7】
請求項1から5のいずれか記載の光学ガラスからなる研磨加工用及び/又は精密プレス成形用のプリフォーム。
【請求項8】
請求項6又は7のいずれか記載の光学素子を備える光学機器。」
第4 取消理由通知書に記載した取消理由及び特許異議申立理由について 1 特許異議申立の概要
申立人が主張する特許異議申立理由は、概略、以下のとおりである。
ここで、申立人が提出した証拠方法は、次のものである。
甲第1号証:中国特許出願公開第104876440号明細書
甲第2号証:特開2007-169157号公報
甲第3号証:特開2009-179538号公報
甲第4号証:国際公開第2011/016566号
甲第5号証:特開2016-88759号公報
甲第6号証:特開2009-179522号公報
甲第7号証:実験成績証明書
甲第8号証:知的財産高等裁判所平成28年(行ケ)第10189号判決
甲第9号証:中国特許出願公開第105948482号公報
甲第10号証:特開平8-48538号公報
(1)申立理由1(甲第1号証を主たる証拠とした新規性・進歩性欠如)
設定登録時の請求項1~8に係る発明は、甲第1号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3項に該当する、又は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2~7号証に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条第1項及び第2項の規定に違反してされたものである。
(2)申立理由2(サポート要件違反)
請求項1の組成要件で特定される光学ガラスが高い蓋然性をもって請求項1に係る発明の物性要件を満たしうるものであることを当業者が認識し得ないから、請求項1に係る発明は発明の詳細な説明に記載された発明ではない。
よって、請求項1に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
(3)申立理由3(実施可能要件違反)
請求項1に係る発明の組成要件、及び、発明の詳細な説明に、屈折率に影響を及ぼす成分として、好ましい含有量が記載された成分についての組成を満たしても請求項1に係る発明の物性要件を満たさないガラス組成が存在するところ、請求項1に係る発明の組成要件及び物性要件を満たすものを実施しようとした場合に、当業者が過度の試行錯誤を行う必要があるから、発明の詳細な説明は、当業者が請求項1に係る発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されていない。
よって、請求項1に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
2 取消理由の概要
当審が特許権者に通知した、令和5年9月19日付けの取消理由の概要は、次のものである。
取消理由1(甲第1号証を主たる証拠とした新規性・進歩性欠如)
設定登録時の請求項1~8に係る発明は、甲第1号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当する、又は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2~7号証に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条第1項又は第2項の規定に違反してされたものである。
3 当審の判断
事案に鑑み、特許異議申立理由及び取消理由をまとめて検討する。
(1)各甲号証の記載事項
ア 甲第1号証の記載事項
甲第1号証には、「光学ガラス」(発明の名称の当審訳)に関して、次の事項が記載されている(なお、甲第1号証の記載事項は中国語であるが、ここでは当審の訳文で示す。)。
(ア)「技術分野
[0001] 本発明は、デジタルスチルカメラ、ビデオカメラ、光通信などに用いられる光学レンズに適した光学ガラスに関する。」
(イ)「[0077] 1. 着色度 λ80/λ5:
[0078] 光学研磨した厚さ10±0.1mmの平行なガラスサンプルを作成し、上記面に垂直な方向からガラスサンプルに強度Iinの光を入射し、透過光の強度 Ioutを測定し、強度比 Iout/Iin をガラスの外部透過率と呼ぶ。
[0079] 波長200~700nmの範囲において、外部透過率80%に相当する波長をλ80、外部透過率5%に相当する波長をλ5とする。」
(ウ)「[0095]
[図:0001411310000001.jpg]
」 イ 甲第2号証の記載事項
「【0001】
本発明は、光学ガラス、そのようなガラスの使用、光学素子もしくはそのような光学素子のプリフォーム(予備成形物)、そのような光学素子の製造方法及びそのような光学素子を含む光学部材又は光学部品に関する。」
ウ 甲第3号証の記載事項
「【0086】
本発明の光学ガラスは精密プレス成形用のプリフォーム材として使用することができる。」
エ 甲第4号証の記載事項
「[0097] [レンズプリフォーム及び光学素子]
作製された光学ガラスから、例えばリヒートプレス成形や精密プレス成形等の手段を用いて、ガラス成形体を作製することができる。すなわち、光学ガラスからモールドプレス成形用のレンズプリフォームを作製し、このレンズプリフォームに対してリヒートプレス成形を行った後で研磨加工を行ってガラス成形体を作製したり、例えば研磨加工を行って作製したレンズプリフォームに対して精密プレス成形を行ってガラス成形体を作製したりすることができる。」
オ 甲第5号証の記載事項
「【0074】
[プリフォーム及び光学素子]
作製された光学ガラスから、例えばリヒートプレス成形や精密プレス成形等のモールドプレス成形の手段を用いて、ガラス成形体を作製できる。すなわち、光学ガラスからモールドプレス成形用のプリフォームを作製し、このプリフォームに対してリヒートプレス成形を行った後で研磨加工を行ってガラス成形体を作製したり、例えば研磨加工を行って作製したプリフォームに対して精密プレス成形を行ってガラス成形体を作製したりできる。」
カ 甲第6号証の記載事項
「【0103】
(実施例8)
実施例6、実施例7で作製したレンズブランクをアニールして歪を除くとともに屈折率を所望値に合わせた後、研削、研磨して球面凸メニスカスレンズ、球面凹メニスカスレンズ、球面両凸レンズ、球面両凹レンズの各種レンズを作製した。このようにして上記各種ガラスからなるレンズを作製した。
【0104】
(実施例9)
実施例2で用意した熔融ガラスを流出し、鋳型に鋳込んでガラスブロックを作製し、このブロックを切断、研削、研磨して各種球面レンズ、プリズムを作製した。
【産業上の利用可能性】
【0105】
本発明の光学ガラスは、高分散特性を有し、高次の色収差補正に好適な光学ガラスであて、精密プレス成形用プリフォームなどのプレス成形用ガラス素材、光学素子ブランクおよび光学素子を作製するのに好適に用いられる。」
キ 甲第7号証の記載事項
「 2023 年 6 月 1 日実験成績証明書 森 一郎
実験の目的
CN104876440A(以下、CN公報と記す)の表1に記載されている実施例10、17、18、20、35、36及び比較例5のガラスをCN公報に記載されている方法で作製し、特許第7195040号に記載の方法で再加熱前後における失透、乳白が生じないことを確認することを目的とする。
実験の内容
表1にCN公報に記載されている上記7種のガラスの組成を質量%表示で示す。
[図:0001411310000002.jpg]
上記各ガラスが得られるよう高純度の酸化物、炭酸塩等の原料を秤量、十分混合し、100gの調合原料を用意した。次に調合原料を白金坩堝中に入れて表1に示す熔解温度で1時間加熱、熔解し、3時間撹拌、均質化した後、鋳型に流し込んで成形、徐冷して表1に示す7種の光学ガラスを得た。
これらのガラスを加工して1mm×15mm×30mmの試験片を作った。これら試験片を目視で観察したところ失透及び乳白は認められなかった。次に試験片を凹型耐火物上に載せて電気炉に入れ、再加熱温度まで再加熱し、その温度で30分保温した後、常温まで冷却して炉外に取り出し、内部で観察できるように対向する2面を厚さ10mmに研磨した後、研磨したガラス試料における失透及び乳白の有無を目視で観察した。
いずれのガラス試料とも目視で失透及び乳白は認められなかった。
なお、各ガラスの再加熱温度は表1に示す温度とした。
まとめ
CN公報に記載されている実施例10、17、18、20、35、36及び比較例5のガラスを再現し、各ガラスとも再加熱前後における失透、乳白が生じないことを確認した。」
(2)取消理由1及び申立理由1について
ア 甲第1号証に記載された発明
(ア)甲第1号証の上記(1)ア~ウに摘記した記載事項を、実施例10に注目して整理すると、甲第1号証には、次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。
「SiO2が36.5重量%、Nb2O5が37.4重量%、B2O3が5重量%、Li2Oが8重量%、Na2Oが0.2重量%、CaOが5重量%、ZrO2が7.9重量%からなる、屈折率(nd)が1.7415、アッベ数(νd)が33.2、外部透過率80%に相当する波長λ80が395nm、外部透過率5%に相当する波長λ5が330nmの光学ガラス。」
イ 本件発明1について
(ア)甲1発明との対比、判断
a 本件発明1と甲1発明を比較すると、甲1発明の「SiO2が36.5重量%」、「Nb2O5が37.4重量%」、「B2O3が5重量%」、「屈折率(nd)が1.7415」は、本件発明1の、「質量%で」「SiO2成分を15.0~50.0%」、「Nb2O5成分を25.0~50.0%」、「B2O3成分を1.0~5.53%」、「屈折率(nd)が1.70~1.80」に相当する。
また、甲1発明は、SiO2、Nb2O5、B2O3、Li2O、Na2O、CaO、ZrO2からなるもので、他成分の含有量は0%であるから、甲1発明は、本件発明1の「Ta2O5成分を1.0%未満、TiO2成分を10.0%未満、K2O成分を8.0%未満、Al2O3成分を1.0%未満」、「Ln2 O3成分(式中、LnはLa、Gd、Y、Ybからなる群より選択される1種以上)の質量和が0~10.0%未満」を充足する。そして、甲1発明の「CaOが5重量%」は、本件発明1の「RO成分(式中、RはMg、Ca、Sr、Baからなる群より選択される1種以上)の質量和が0~5.75%」に相当する。
そうすると、本件発明1と甲1発明は、
「酸化物換算組成の質量%で、
SiO2成分を15.0~50.0%、
Nb2O5成分を25.0~50.0%、
B2O3成分を1.0~5.53%、
Ta2O5成分を1.0%未満、
TiO2成分を10.0%未満、
K2O成分を8.0%未満、
Al2O3成分を1.0%未満含有し、
RO成分(式中、RはMg、Ca、Sr、Baからなる群より選択される1種以上)の質量和が0~5.75%、
Ln2O3成分(式中、LnはLa、Gd、Y、Ybからなる群より選択される1種以上)の質量和が0~10.0%未満、
屈折率(nd)が1.70~1.80の、光学ガラス」である点で一致し、以下の点で相違する。
<相違点1>
本件発明1ではRn2O成分(式中、RnはLi、Na、Kからなる群より選択される1種以上)の質量和が11.01~16.0%であるのに対し、甲1発明ではLi2Oが8重量%、Na2Oが0.2重量%である点。
<相違点2>
本件発明1では「再加熱試験(イ)の前後において失透及び乳白が生じない光学ガラス。
〔再加熱試験(イ):試験片15mm×15mm×30mmを再加熱し、室温から150分で各試料の転移温度(Tg)より100℃~120℃高い温度まで昇温し、前記光学ガラスのガラス転移温度(Tg)よりも100℃~120℃高い温度で30分間保温し、その後常温まで自然冷却し、試験片の対向する2面を厚み10mmに研磨した後に目視観察する。〕」であるのに対し、甲1発明では上記再加熱試験(イ)の前後において失透及び乳白が生じないか不明である点。
b 相違点の検討
上記相違点1について検討する。
甲1発明では、Li2Oが8重量%、Na2Oが0.2重量%、K2Oが0重量%であり、そのRn2O成分(式中、RnはLi、Na、Kからなる群より選択される1種以上)の質量和は8.2重量%となるため、相違点1は実質的なものである。
次に、相違点1に係る本件発明1の構成とすることの容易想到性について検討する。本件発明1が甲1発明から容易想到であるといえるためには 、甲1発明において、Rn2O成分(式中、RnはLi、Na、Kからなる群より選択される1種以上)の質量和を11.01~16.0%とするように組成を変更することが容易想到であるといえることが必要である。
しかし、甲第1号証には、Rn2O成分(式中、RnはLi、Na、Kからなる群より選択される1種以上)の質量和を特定の範囲に調整するという技術思想について記載も示唆もなく、甲第2~7号証についても同様である。
そうすると、甲第1号証及び甲第2~7号証には、「Rn2O成分(式中、RnはLi、Na、Kからなる群より選択される1種以上)の質量和が11.01~16.0%」を満たすように組成変更するという技術思想はないため、本件発明1は、この点において、容易想到の事項であるといえない。
c 小括
したがって、相違点2について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明ではないし、甲1発明及び甲第2~7号証記載の事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(イ)上記(ア)では、甲1発明を主たる引用発明として対比判断を行ったが、仮に、甲第1号証の実施例17、18、20、35、36、比較例5にそれぞれ基づいて甲第1号証記載の発明を認定しても、又は、甲第1号証の特許請求の範囲に基づいて甲第1号証記載の発明を認定しても、本件発明1とは、少なくとも上記相違点1で相違し、上記(ア)bに記載されたのと同様の理由で、本件発明1がそれらの発明から容易想到であるとはいえない。
(ウ)以上のとおりであるから、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明ではないし、甲第1号証に記載された発明及び甲第2~7号証記載の事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
ウ 本件発明2~8について
本件発明2~8は、本件発明1の全ての特定事項を含むものであるから、上記イで検討したのと同様の理由により、甲第1号証に記載された発明ではないし、甲第1~7号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものともいえない。
エ 取消理由1及び申立理由1についてのまとめ
以上のとおりであるから、取消理由1及び申立理由1には理由がない。
(2)申立理由2(サポート要件違反)について
ア サポート要件の判断手法
特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号所定のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを比較し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否か、また、発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らして当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断するのが相当である。
以下、この観点で検討を行う。
イ サポート要件適合性の判断
(ア)本件発明の課題について
本件特許明細書の発明の詳細な説明の【0005】~【0008】の記載からして、本件発明の課題は、屈折率(nd)及びアッベ数(νd)が所望の範囲内にありながら、ガラス内部に乳白・失透が生じない光学ガラスを、より安価に得ることであるといえる。
(イ)特許請求の範囲の記載について
特許請求の範囲の請求項1の記載は、上記第3に記載したとおりであって、本件発明1は、ガラス組成の範囲(組成要件)と、「屈折率(nd)が1.70~1.80であり、再加熱試験(イ)の前後において失透及び乳白が生じない」こと(物性要件)を特定した発明といえる。
(ウ)発明の詳細な説明の記載について
a 本件特許明細書の発明の詳細な説明の【0056】には、本件発明1の物性要件に関して、屈折率を、好ましくは1.70を下限とし、1.80を上限としてもよいことが記載されており、【0061】には、再加熱試験(イ)の前後においても失透及び乳白が生じないことが好ましいことが記載されている。
b 本件特許明細書の発明の詳細な説明の【0023】~【0054】には、ガラス成分について、各成分の役割や、各成分の含有量や質量和の好ましい範囲が記載され、
必須成分として、
SiO2成分は、失透を低減する成分であり、その含有量を15.0~50.0%とすること(【0024】)、
Nb2O5成分は、屈折率を高め、アッベ数を低くでき、コストを高める成分であり、その含有量を25.0~50.0%とすること(【0025】)、
任意成分として、
B2O3成分は、耐失透性を高める成分であり、その含有量を0超~20.0%とすること(【0026】)、
Ta2O5成分は、屈折率を高め、アッベ数を低くでき、コストを高める成分であり、その含有量を0超~1.0%未満とすること(【0040】)、
TiO2成分は、屈折率を高め、アッベ数を低くし、耐失透性を高める成分であり、その含有量を0超~15.0%とすること(【0030】)、
K2O成分は、ガラス成分の熔解性を高める成分であり、その含有量を0超~10.0%とすること(【0039】)、
Al2O3成分は、耐失透性を高める成分であり、その含有量を0超~10.0%(【0043】)とすること、
Rn2O成分(式中、RnはLi、Na、Kからなる群より選択される1種以上)は、ガラス成分の熔解性を高める成分であり、その質量和を0~30.0%とすること(【0050】)、
RO成分(式中、RはMg、Ca、Sr、Baからなる群より選択される1種以上)は、ガラス原料の熔解性を高め、失透を低減させる成分であり、その質量和を0~20.0%とすること(【0049】)、
Ln2O3成分(式中、LnはLa、Gd、Y、Ybからなる群より選択される1種以上)は、屈折率を高め、コストを高める成分であり、その質量和を0~15.0%とすること(【0036】、【0048】)、が記載されている。
c また、本件特許明細書の発明の詳細な説明の実施例欄(【0072】~【0079】)には、本件発明1の組成範囲を満たす実施例6、8~16、18~20、22~26、31~48、50~52として、
酸化物換算組成の質量%で、
SiO2成分を29.97~39.94%、
Nb2O5成分を33.14~42.30%、
B2O3成分を1.88~5.53%、
Ta2O5成分を0%、
TiO2成分を0~1.00%、
K2O成分を0~3.38%、
Al2O3成分を0%含有し、
Rn2O成分(式中、RnはLi、Na、Kからなる群より選択される1種以上)の質量和が11.01~15.06%、
RO成分(式中、RはMg、Ca、Sr、Baからなる群より選択される1種以上)の質量和が0~5.75%、
Ln2O3成分(式中、LnはLa、Gd、Y、Ybからなる群より選択される1種以上)の質量和が0~3.00%、
屈折率(nd)が1.731~1.757、アッベ数(νd)が 31.6~34.0であり、再加熱試験(イ)で失透しない光学ガラスが記載されている。
d 上記a及びbの記載事項によれば、光学ガラスが、(i)屈折率が1.70~1.80であって、再加熱試験(イ)の前後においても失透及び乳白が生じないとの物性を有することにより、屈折率が所望の範囲であって、ガラス内部に乳白・失透を生じない光学ガラスとなること、(ii)屈折率とアッベ数は相関する物性であるところ、必須成分であるSiO2成分の含有量を15.0~50.0%、Nb2O5成分の含有量を25.0~50.0%としつつ、屈折率を1.70~1.80とすることで、アッベ数は自ずと所定の範囲の値となり、アッベ数が所望の範囲の光学ガラスとなること、及び、(iii)高コスト化成分である、Nb2O5成分、Ta2O5成分、及び、Ln2O3成分の含有量を特定範囲とすることにより、安価な光学ガラスとなることを当業者であれば理解できるから、光学ガラスが、上記bのガラス組成の範囲であるとともに、上記aの物性を有することにより、屈折率(nd)及びアッベ数(νd)が所望の範囲内にありながら、ガラス内部に乳白・失透が生じない光学ガラスを、より安価に得る、という本件発明の課題を解決できるものと当業者が認識できる。
加えて、上記cの記載事項によれば、実施例6、8~16、18~20、22~26、31~48、50~52の光学ガラスは、屈折率(nd)及び再加熱試験(イ)の結果が上記aの物性を満たしているから、当該実施例を起点にして、上記bの各成分の役割や、各成分の含有量、質量和の好ましい組成範囲に関する記載をもとに、光学ガラス分野の当業者が通常行う試行錯誤により、当該組成範囲内において、上記物性を満たす具体的組成に到達可能であることも理解できる。
(エ)特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との対比・検討
本件発明1の組成要件は、上記第3のとおりのものであるところ、当該組成要件は、上記(ウ)bで検討した各成分の含有量及び質量和の範囲内であるし、また、本件発明1の物性要件は、上記(ウ)aで検討した物性であるから、本件発明1は、発明の詳細な説明に記載された発明であって、発明の詳細な説明の記載若しくは示唆又は出願時の技術常識に照らして本件発明の課題を解決できると認識できる範囲のものといえる。
ウ 申立人の主張について
上記第4の1(2)における申立人の主張は、請求項1の組成要件で特定された光学ガラスが高い蓋然性をもって請求項1に係る物性要件を満たすことを前提とするものであるが、サポート要件充足性の有無は、上記イで検討したとおり、発明の課題との関係において認定すべきものであるから、その前提が誤っているので、申立人の主張は採用できない。
エ 申立理由2についての結論
以上のとおりであるから、本件発明1は発明の詳細な説明に記載されたものであり、申立理由2は理由がない。
(3)申立理由3(実施可能要件違反)について
ア 実施可能要件違反についての検討
本件特許明細書の発明の詳細な説明には、上記(2)イ(ウ)cで検討したとおり、実施例6、8~16、18~20、22~26、31~48、50~52が記載されているし、また、上記(2)イ(ウ)bで検討したとおり、各成分の役割や、各成分の含有量や質量和の好ましい範囲が記載されているから、これらの記載に基づいて、当業者が、過度な試行錯誤を要することなく、本件発明1を実施することができるものといえる。したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明1を実施できる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。
イ 申立人の主張について
上記第4の1(3)における申立人の主張は、本件発明1は、組成要件のすべての範囲で物性要件を満たすことを前提とするものであるところ、本件発明1は、組成要件と物性要件の両方を満たすガラスを特定するものであり、その前提が誤っているので、申立人の主張は採用できない。
ウ 申立理由3についての結論
以上のとおりであるから、申立理由3は理由がない。
第4 むすび
以上のとおりであるから、請求項1~8に係る特許は、特許異議申立書に記載された特許異議申立理由、及び、取消理由通知書に記載した取消理由によっては、取り消すことができない。
また、他に請求項1~8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2023-700634