特許異議申立
2023-700370
固体高分子形燃料電池用ガスケット部材、ガスケット部材付き電極-電解質膜積層体、及び固体高分子形燃料電池
- 審判番号
- 2023-700370
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2022-548019外部サイト(J-PlatPat)へ移動します
- 登録番号
- 7173419
- 請求日
- 2023年04月12日
- 審決日
- 2023年08月10日
- 公報発行日
- 2023年09月29日
- 結論
- 維持
- 分類
- P1651.121-Y (H01M) / P1651.536-Y (H01M)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第2項、特許法第36条第4項第1号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7173419号発明「固体高分子形燃料電池用ガスケット部材、ガスケット部材付き電極-電解質膜積層体、及び固体高分子形燃料電池」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7173419号の請求項1~12に係る特許を維持する。
理由
理 由
1 手続の経緯
特許第7173419号の請求項1~12に係る特許(以下、「本件特許」という。)についての出願は、2022年(令和4年)2月10日(優先権主張令和3年2月10日、日本国)を国際出願日とする出願であって、令和4年11月8日にその特許権の設定登録がなされ、同年11月16日に特許掲載公報が発行された。
本件は、その後、令和5年4月12日受取で特許異議申立人笠原佳代子(以下、「申立人」という。)より請求項1~12(全請求項)に係る特許に対してなされた特許異議申立事件である。
2 本件発明
本件特許の特許請求の範囲の請求項1~12に係る発明(以下、これらをそれぞれ「本件発明1」~「本件発明12」という。また、これらをまとめて「本件発明」という。)は、願書に添付された特許請求の範囲の請求項1~12に記載された、次の事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
少なくとも、基材層と、前記基材層の両面側に配置された接着層とを備える積層体から構成されており、
前記基材層は、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、及びポリフェニルスルホンからなる群より選択される少なくとも1種により形成されており、
前記積層体は、120℃の水中に300時間静置された後における破断伸度保持率が、60%以上である、固体高分子形燃料電池用ガスケット部材。
【請求項2】
前記基材層が、不織布である、請求項1に記載の固体高分子形燃料電池用ガスケット部材。
【請求項3】
前記基材層の表面の少なくとも一方側にアンカーコート層を備える、請求項1または2に記載の固体高分子形燃料電池用ガスケット部材。
【請求項4】
前記基材層の厚みが、20μm以上200μm以下である、請求項1~3のいずれか1項に記載の固体高分子形燃料電池用ガスケット部材。
【請求項5】
前記接着層の厚みが、10μm以上100μm以下である、請求項1~4のいずれか1項に記載の固体高分子形燃料電池用ガスケット部材。
【請求項6】
電解質膜の両面に触媒層及びガス拡散層が配置された電極-電解質膜積層体と、
前記電極-電解質膜積層体の外周縁部を覆うように配置された、枠状のガスケット部材と、
を備え、
前記ガスケット部材は、少なくとも、基材層と、前記基材層の両面側に配置された接着層とを備える積層体から構成されており、
前記基材層は、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、及びポリフェニルスルホンからなる群より選択される少なくとも1種により形成されており、
前記積層体は、120℃の水中に300時間静置された後における破断伸度保持率が、60%以上である、ガスケット部材付き電極-電解質膜積層体。
【請求項7】
前記基材層が、不織布である、請求項6に記載のガスケット部材付き電極-電解質膜積層体。
【請求項8】
前記基材層の表面の少なくとも一方側にアンカーコート層を備える、請求項6または7に記載のガスケット部材付き電極-電解質膜積層体。
【請求項9】
前記基材層の厚みが、20μm以上200μm以下である、請求項6~8のいずれか1項に記載のガスケット部材付き電極-電解質膜積層体。
【請求項10】
前記接着層の厚みが、10μm以上100μm以下である、請求項6~9のいずれか1項に記載のガスケット部材付き電極-電解質膜積層体。
【請求項11】
請求項6~10のいずれか1項に記載のガスケット部材付き電極-電解質膜積層体を備える、固体高分子形燃料電池。
【請求項12】
少なくとも、基材層と、前記基材層の両面側に配置された接着層とを備える積層体から構成された固体高分子形燃料電池用ガスケット部材の製造方法であって、
前記基材層は、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、及びポリフェニルスルホンからなる群より選択される少なくとも1種により形成されており、
前記基材層の両面側に、前記接着層を積層する工程を備えており、
前記積層体は、120℃の水中に300時間静置された後における破断伸度保持率が、60%以上である、固体高分子形燃料電池用ガスケット部材の製造方法。」
3 特許異議申立理由
申立人は、証拠方法として次の甲第1号証~甲第3号証(以下、それぞれ「甲1」~「甲3」という。)を提出し、以下の(1)、(2)の申立理由により、請求項1~12に係る特許を取り消すべきものである旨主張している。
(証拠方法)
甲1:特開2013-168329号公報
甲2:再表2018/235436号公報
甲3:特開2020-198199号公報
(1)申立理由1(進歩性)
本件特許の請求項1~12に係る発明は、本件特許の優先日前日本国内または外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲1~甲3に記載された発明に基いて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、その発明に係る特許は取り消されるべきものである。
(2)申立理由2(実施可能要件)
本件特許の願書に添付された明細書(以下、「本件明細書」という。)の発明の詳細な説明には、基材層がポリスルホンまたはポリエーテルスルホンである場合に、破断伸度保持率が60%以上とする手段が記載されていないから、本件特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、取り消されるべきものである。
4 各甲号証の記載事項及び甲1に記載された発明
(1)各甲号証の記載事項
ア 甲1の記載事項
甲1には、次の記載がある。なお、甲1に記載された発明の認定に関する箇所に、当審で下線を付した。
「【請求項1】
電解質膜補強部材に用いられるフィルムであって、
前記フィルムが、主に非晶性のポリエーテル樹脂で構成されている樹脂層を含むことを特徴とするフィルム。
【請求項2】
前記樹脂層は、ポリエーテルイミド樹脂、ポリエーテルサルフォン樹脂およびポリサルホン樹脂からなる群のうち、少なくとも1つ以上を含む請求項1に記載のフィルム。
・・・(略)・・・
【請求項6】
請求項1~4のいずれか1項に記載のフィルムと同じ材質であって、四角枠状に形成されている電解質膜補強部材。
【請求項7】
電解質膜の少なくとも一方の面に、請求項5または6に記載の電解質膜補強部材を備える補強部材付き電解質膜。
【請求項8】
請求項7に記載の補強部材付き電解質膜を用いて作製される燃料電池。」
「【技術分野】
【0001】
本発明は、フィルム、電解質膜補強部材、補強部材付き電解質膜および燃料電池に関する。」
「【0006】
本発明の目的は、耐加水分解性および寸法安定性に優れる電解質膜補強部材に用いられるフィルムを提供することである。」
「【0021】
耐加水分解性および寸法安定性を有する枠状の補強部材によって、電解質膜の周縁近傍が補強される。そのため、補強電解質膜は長期間にわたって機械的強度を維持することができる。」
「【0028】
<電解質膜補強部材用フィルム>
図1に示されるように、本発明の一実施形態に係るフィルム100は、樹脂層200を備える。」
「【0030】
前記樹脂層200は、ポリエーテルイミド樹脂、ポリエーテルサルフォン樹脂およびポリサルホン樹脂からなる群のうち、少なくとも1つ以上を含むことが好ましい。」
「【0033】
樹脂層200の厚みは、10μm~100μmであることが好ましい。さらに、20μm~75μmであることが好ましい。さらに、25μm~50μmであることが好ましい。前記フィルムがこの範囲にあることで、電解質膜を十分に補強し、かつ燃料電池の厚みを最小限に抑えることができる。
【0034】
<補強部材付き電解質膜>
図2に示されるように、補強部材付き電解質膜(以下、「補強電解質膜」という)400は、主に、電解質膜500と、電解質膜500を挟んで配置される1対の電解質膜補強部材101(以下、「補強部材101」という)とから構成される。補強電解質膜400は、補強部材101によって補強されている。
【0035】
電解質膜500は、プロトン(H+)伝導性が高く、電子絶縁性であり、かつ、ガス不透過性である公知の固体高分子電解質膜などが用いられる。電解質膜500の材料として、例えば、含フッ素高分子を骨格とし、スルホン酸基、カルボキシル基、リン酸基、ホスホン基などの基を有する樹脂が用いられる。
【0036】
電解質膜500の厚みは、電気抵抗に大きな影響を及ぼす要素である。そのため、電解質膜500の厚みは、電子絶縁性およびガス不透過性を損なわない限りにおいて、なるべく薄いものが求められている。電解質膜500は、例えば、1μm以上70μm以下の厚みで形成される。」
「【0038】
1対の補強部材101は、電解質膜500の周縁に沿って、電解質膜500の両面にそれぞれ接着される。この補強部材101によって、電解質膜500の周縁近傍が補強される。なお、補強電解質膜400の強度は低下するが、補強電解質膜400の製造コストを低減させるために、電解質膜500の片面にのみ、補強部材101が接着されてもよい。」
「【0040】
<燃料電池>
図3に示されるように、燃料電池600は、補強電解質膜400と、空気極700と、燃料極800と、セパレータ900とを備える。具体的に、燃料電池600は、空気極700および燃料極800で挟まれた補強電解質膜400を、一対のセパレータ900で挟んで形成される。セパレータ900は、空気極700および燃料極800に反応ガスを供給するためのものである。空気極700、燃料極800、およびセパレータ900は、公知のものが用いられる。」
「【0048】
<変形例>
(A)
図4に示されるように、フィルム100aでは、コーティング層300が、樹脂層200の片方の面に設けられてもよい。このコーティング層300は、フッ素樹脂を主成分とする電解質膜500との接着性を高める観点から設けられるものである。
【0049】
コーティング層300は、樹脂層200にコーティングされたフッ素樹脂からなる。・・・(略)・・・また、樹脂層200と接着する接着成分と、上記のフッ素樹脂との混合物であるプライマー剤が、コーティング層300の材料として用いられてもよい。」
「【0051】
フィルム100aは、フッ素樹脂がコーティングされた箇所、すなわち、コーティング層300で電解質膜500と接着することによって、電解質膜500に対する接着性が向上する。
【0052】
(B)
図5に示されるように、フィルム100bでは、コーティング層300が、樹脂層200の両方の面に設けられてもよい。」
「【図2】
[図:0001401690000001.jpg]
【図3】
[図:0001401690000002.jpg]
」
「【図5】
[図:0001401690000003.jpg]
」
イ 甲2の記載事項
甲2には、次の記載がある。
「【特許請求の範囲】
【請求項1】
生産方向の引張破断強度が115MPa以上、引張破断伸びが190%以下の剥離フィルムの一方の面に、厚さが250μm以下、厚み精度が15%以下の熱可塑性エンジニアリングプラスチックの層が積層された積層体。
【請求項2】
前記エンジニアリングプラスチックの層がポリエーテルエーテルケトン、ポリカーボネート、ポリアリレート、ポリアセタール、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルスルホン、ポリスルホン、ポリフェニレンスルホン、ポリエーテルイミド、ポリアミドイミド、ポリエーテルケトン、ポリベンゾイミダゾール、シクロオレフィンポリマー、液晶ポリマー及びこれらの変性体からなる群から選択される1種以上のポリマー又は前記の群から選択される2種以上のポリマーの混合物からなることを特徴とする請求項1に記載の積層体。
・・・(略)・・・
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の積層体の前記エンジニアリングプラスチックの層からなる薄膜フィルム。
・・・(略)・・・
【請求項13】
120℃×100%RHの環境下、96時間のプレッシャークッカー試験前後での引張伸度保持率が35%以上である請求項5に記載の薄膜フィルム。」
「【0046】
(実施例1)
熱可塑性エンジニアリングプラスチックであるポリエーテルエーテルケトン(PEEK)を径40mmの単軸押出機から押出し、二軸延伸ポリアミドフィルム(O‐Ny)に対して接触する温度が175℃となるように、ダイスの温度、樹脂吐出量、ライン速度、ダイス口とロール間の距離を調整し、金属ロールの温度を90℃に制御して積層体を得た。この積層体から二軸延伸ポリアミドフィルムを剥離し、厚みが50μmのエンジニアリングプラスチックフィルムを作製した。」
「【0048】
(実施例13)
熱可塑性エンジニアリングプラスチックであるポリフェニルスルホン(PPSU)を径40mmの単軸押出機から押出し、二軸延伸ポリアミドフィルム(O‐Ny)に対して接触する温度が190℃となるように、ダイスの温度、樹脂吐出量、ライン速度、ダイス口とロール間の距離を調整し、金属ロールの温度を115℃に制御して積層体を得た。この積層体から二軸延伸ポリアミドフィルムを剥離し、厚みが25μmのエンジニアリングプラスチックフィルムを作製した。
【0049】
(実施例14~23)
剥離フィルムの種類、熱可塑性エンジニアリングプラスチックの種類及び厚み、押出された溶融樹脂が剥離フィルムに接触する温度、及び積層体を冷却する金属ロール温度を表2に記載したように変更した以外は、実施例1と同様にしてエンジニアリングプラスチックフィルムを作製した。」
「【0060】
<耐加水分解性評価>
薄膜フィルム(積層体から剥離フィルムを剥がした熱可塑性エンジニアリングプラスチックフィルム)をA4サイズに切り出し、プレッシャークッカー試験機(アルプ社製 SPY-4016)を用いて、120℃、100%RHの環境下に96時間保持した。その後、23℃×50%RHの環境下で、JIS K 7127に準拠し、引張試験を実施し、伸度保持率が35%以上であれば、実使用上問題ないと判断した。
伸度保持率は下記式で算出した。
伸度保持率=[(プレッシャークッカー試験後の引張伸度)/(プレッシャークッカー試験前の引張伸度)]×100」
「【0066】
【表2】
[図:0001401690000004.jpg]
」
ウ 甲3の記載事項
甲3には、次の記載がある。
「【請求項1】
膜電極ガス拡散層接合体と、
前記膜電極ガス拡散層接合体の外周部に接合した絶縁性の枠部材と、
前記膜電極ガス拡散層接合体及び枠部材を挟持する第1及び第2セパレータと、を備え、
前記枠部材は、基材、前記第1セパレータに対向する前記基材の第1面に設けられており前記基材よりも弾性率が小さい第1弾性層、及び前記基材の前記第1面とは反対側の第2面に設けられており前記基材よりも弾性率が小さい第2弾性層、を含み、
前記第1面は、前記第1弾性層に被覆された第1被覆領域、及び前記第1被覆領域の面積よりも小さく前記第1弾性層から露出した第1露出領域、を含み、
前記第1露出領域は、前記外周部に接着剤層により接合されている、燃料電池。」
「【0027】
・・・(略)・・・弾性層52は弾性を有しており、ビード部24により弾性層52が圧縮され、ビード部24と弾性層52との間に作用する弾性層52の弾性復元力により、ビード部24と弾性層52とが密着する。これにより、ビード部24と弾性層52と間からかアノードガスが外部へ漏れることが抑制されている。・・・(略)・・・」
「【0029】
[枠部材50の構成]
枠部材50は、基材51、弾性層52及び53を含む。基材51は、厚みが略均一な薄いシート状であり、合成樹脂製であり、例えば、PET(ポリエチレンテレフタレート)、PBN(ポリブチレンナフタレート)、PPS(ポリフェニレンスルフィド)、PEI(ポリエーテルイミド)、PES(ポリエチレンサクシネート)、PPSU(ポリフェニレンスルホン)、PSU(ポリスルホン)、PP(ポリプロピレン)、UHPE(超高分子量ポリエチレン)、SPS(シンジオタクチックポリスチレン)、COC(シクロオレフィンコポリマー)の少なくとも何れかである。
【0030】
・・・(略)・・・弾性層52及び53は、接着成分を含有していないが、粘着成分は含有していてもよい。」
(2)甲1に記載された発明
ア 上記(1)のアより、甲1の図5に示された電解質膜補強部材用フィルム100bを用いた電解質膜補強部材101に注目すると、甲1(特に、【0006】、【0028】、【0030】、【0035】、【0048】、【0052】参照。)には次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。
「電解質膜補強部材用フィルム100bを用いた電解質膜補強部材101であって、
電解質膜補強部材用フィルム100bは、樹脂層200を備え、
樹脂層200は、ポリエーテルイミド樹脂、ポリエーテルサルフォン樹脂およびポリサルホン樹脂からなる群のうち、少なくとも1つ以上を含み、
電解質膜500は、固体高分子電解質膜が用いられ、
コーティング層300が、樹脂層200の両方の面に設けられ、
コーティング層300は、フッ素樹脂を主成分とする電解質膜500との接着性を高める観点から設けられるものである、
燃料電池の電解質膜補強部材101。」
イ また、上記(1)のアより、甲1(上記アの参照箇所に加え、【0034】、【0040】)には次の発明(以下、「甲1積層体発明」という。)が記載されていると認められる。
「主に、電解質膜500と、電解質膜500を挟んで配置される1対の甲1発明の電解質膜補強部材101とから構成される補強電解質膜400と、空気極700と、燃料極800とを備えた積層体。」
ウ さらに、上記(1)のアより、甲1(上記アの参照箇所参照。)には次の発明(以下、「甲1方法発明」という。)が記載されていると認められる。
「甲1発明の電解質膜補強部材101の製造方法。」
5 当審における検討
5-1 申立理由1(特許法第29条第2項)について
(1)本件発明1について
(1)-1 対比
ア 甲1発明の「樹脂層200」は、本件発明1の「基材層」に相当する。
イ 甲1発明の「コーティング層300」は、「フッ素樹脂を主成分とする電解質膜500との接着性を高める観点から設けられるものである」から、本件発明1の「接着層」に相当する。
ウ そうすると、甲1発明の「電解質膜補強部材用フィルム100bは、樹脂層200を備え、」「コーティング層300が、樹脂層200の両方の面に設けられ、コーティング層300は、フッ素樹脂を主成分とする電解質膜500との接着性を高める観点から設けられるものである」事項は、本件発明1の「少なくとも、基材層と、前記基材層の両面側に配置された接着層とを備える積層体から構成されて」いる事項に相当する。
エ 甲1発明の「電解質膜500は、固体高分子電解質膜が用いられ」る「燃料電池の電解質膜補強部材101」と、本件発明1の「固体高分子形燃料電池用ガスケット部材」とは、「固体高分子形燃料電池用の部材」で共通する。
オ 上記ア~エより、本件発明1と甲1発明とは、
「少なくとも、基材層と、前記基材層の両面側に配置された接着層とを備える積層体から構成されている、
固体高分子形燃料電池用の部材。」で一致し、次の点で相違する。
(相違点1)
「基材層」について、本件発明1は、「ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、及びポリフェニルスルホンからなる群より選択される少なくとも1種により形成されて」いるのに対し、甲1発明は、「ポリエーテルイミド樹脂、ポリエーテルサルフォン樹脂およびポリサルホン樹脂からなる群のうち、少なくとも1つ以上を含」む点。
(相違点2)
「固体高分子形燃料電池用の部材」が、本件発明1は、「ガスケット部材」であるのに対し、甲1発明は、「電解質膜補強部材101」である点。
(相違点3)
「積層体」の「120℃の水中に300時間静置された後における破断伸度保持率」が、本件発明1は、「60%以上である」のに対し、甲1発明は、当該破断伸度保持率が、不明である点。
(1)-2 相違点についての検討
ア 事案に鑑み、まず、相違点2について検討する。
イ 甲1発明の「電解質膜補強部材101」について、甲1には、ガスケット部材であることやガスケット部材の機能を有することについて、何ら記載されていない。
ウ また、甲1には、「電解質膜500の片面にのみ、補強部材101が接着されてもよい」(【0038】)と記載されており、電解質膜500の他の片面には補強部材101が接着される必要がないことが示されている。
エ そこで、「電解質膜補強部材101」がガスケットの機能を有すると仮定すると、上記片面ではガスケットの機能が存在するが、上記他の片面ではガスケットの機能が存在せず、ガスの密閉ができないことになり、不合理である。
オ したがって、固体高分子形燃料電池においてエネルギー効率を高くするために燃料ガスと酸化ガスの混合を避ける必要があるという技術常識を踏まえれば、甲1の図3の燃料電池600において、空気極側と燃料極側の両方においてガスの密閉が必要であることは自明であるが、「電解質膜補強部材101」がガスケットの機能を有するものであるということはできず、甲1の図3に記載の燃料電池において、図3には不図示の別部材によってガスケットの機能、すなわち、ガスの密閉機能が提供されるものと解される。
カ そうすると、甲1発明の「電解質膜補強部材101」には、ガスケット部材の機能、すなわち、ガスを密閉する機能はないと考えられる。
キ そして、甲1発明の「電解質膜補強部材101」は、単に電解質膜を補強する部材であって、上記ウの記載のとおり、「電解質膜500の片面にのみ、補強部材101が接着されてもよい」ものであるから、甲1発明の「電解質膜補強部材101」にガスケット部材の機能を付与する動機がない。
ク したがって、甲1発明において、相違点2に係る発明特定事項を得ることは、当業者が容易になし得たこととはいえないし、この結論は、甲2、甲3を参酌しても変わらない。
ケ よって、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明及び甲2、甲3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。
(2)本件発明2~5について
ア 本件発明2~5は、本件発明1の発明特定事項を全て含むものであるから、本件発明2~5と甲1発明とを対比すると、少なくとも、上記(1)の(1)-1で示した相違点2で相違する。
イ そうすると、上記(1)の(1)-2で検討した理由と同様の理由により、本件発明2~5は、甲1発明及び甲2、甲3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(3)本件発明6~11について
ア 本件発明6~11の「ガスケット部材付き電極-電解質膜積層体」は、本件発明1の「ガスケット部材」と同様のガスケット部材を含むものであり、甲1積層体発明は、「甲1発明の電解質膜補強部材101」を含むものであるから、本件発明6~11と甲1積層体発明とを対比すると、少なくとも、上記(1)の(1)-1で示した相違点2で相違する。
イ そうすると、上記(1)の(1)-2で検討した理由と同様の理由により、本件発明6~11は、甲1積層体発明及び甲2、甲3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。
(4)本件発明12について
ア 本件発明12の「ガスケット部材の製造方法」は、本件発明1の「ガスケット部材」と同様のガスケット部材を製造するものであり、甲1方法発明は、「甲1発明の電解質膜補強部材101」を含むものであるから、本件発明12と甲1方法発明とを対比すると、少なくとも、上記(1)の(1)-1で示した相違点2で相違する。
イ そうすると、上記(1)の(1)-2で検討した理由と同様の理由により、本件発明12は、甲1方法発明及び甲2、甲3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。
5-2 申立理由2(特許法第36条第4項第1号)について
(1)実施可能要件
ア 本件発明1~12は、上記2に示したとおりのものである。
イ そして、本件明細書の発明の詳細な説明には、次の記載がある。なお、下線は強調のため当審で付した。
「【0042】
本開示において、基材層1の厚みは、固体高分子形燃料電池のサイズなどによって適宜調整されるが、ガスケット部材10の高温環境における耐加水分解性を好適に高める観点から、好ましくは約20μm以上、より好ましくは約40μm以上、さらに好ましくは約50μm以上、さらに好ましくは100μm以上であり、また、好ましくは約200μm以下、より好ましくは約150μm以下、さらに好ましくは約100μm以下である。基材層1の厚みの好ましい範囲としては、20~200μm程度、20~150μm程度、20~100μm程度、40~200μm程度、40~150μm程度、40~100μm程度、100~200μm程度、100~150μm程度が挙げられる。
【0043】
基材層1が不織布の形態である場合、基材層1の目付は、固体高分子形燃料電池のサイズなどによって適宜調整されるが、ガスケット部材10の高温環境における耐加水分解性を好適に高める観点から、好ましくは約5g/m2以上、より好ましくは約10g/m2以上、さらに好ましくは約15g/m2以上であり、また、好ましくは約50g/m2以下、より好ましくは約40g/m2以下、さらに好ましくは約30g/m2以下である。基材層1が不織布の形態である場合、基材層1の目付の好ましい範囲としては、5~50g/m2程度、5~40g/m2程度、5~30g/m2程度、10~50g/m2程度、10~40g/m2程度、10~30g/m2程度、15~50g/m2程度、15~40g/m2程度、15~30g/m2程度が挙げられる。」
「【0045】
接着層2は、セパレータ25及び電解質膜21との接着性に優れた樹脂により形成することが好ましい。接着層2の形成に使用される樹脂としては、ポリオレフィン系樹脂、粘着剤(アクリル系樹脂、脂肪族ポリアミドなど)、熱硬化性樹脂(エポキシ樹脂、フェノール樹脂など)などが挙げられる。・・・(略)・・・
【0046】
ポリオレフィン系樹脂としては、基材層1について例示したものと同じものが例示される。これらの中でも、金属により構成されたセパレータ25との接着性に優れることから、接着層2は酸変性ポリオレフィン、イミン変性ポリオレフィン、カルボジイミド変性ポリオレフィンの少なくとも1つを含んでいることが好ましく、酸変性ポリオレフィンにより形成されていることがさらに好ましい。さらに、酸変性ポリオレフィンの中でも、酸変性ポリプロピレンが好ましい。本開示において、酸変性ポリオレフィンを用いることにより、基材層1と共に、ガスケット部材10の高温環境における耐加水分解性を好適に高め得る。」
「【0048】
接着層2の厚みは、それぞれ、固体高分子形燃料電池のサイズなどによって適宜調整されるが、ガスケット部材10の高温環境における耐加水分解性を好適に高める観点から、好ましくは約10μm以上、より好ましくは約15μm以上、さらに好ましくは約20μm以上であり、また、好ましくは約100μm以下、より好ましくは約80μm以下、さらに好ましくは約60μm以下である。接着層2の厚みの好ましい範囲としては、10~100μm程度、10~80μm程度、10~60μm程度、15~100μm程度、15~80μm程度、15~60μm程度、20~100μm程度、20~80μm程度、20~60μm程度が挙げられる。」
「【0055】
アンカーコート層3の厚みは、それぞれ、固体高分子形燃料電池のサイズなどによって適宜調整されるが、ガスケット部材10の高温環境における耐加水分解性を好適に高める観点から、好ましくは約0.02g/m2以上、より好ましくは0.05g/m2以上、さらに好ましくは約0.1g/m2以上、さらに好ましくは約0.3g/m2以上、さらに好ましくは約0.5g/m2以上であり、また、好ましくは約5g/m2以下、より好ましくは約4g/m2以下、さらに好ましくは約3g/m2以下である。アンカーコート層3の厚みの好ましい範囲としては、0.02~5g/m2程度、0.02~4g/m2程度、0.02~3g/m2程度、0.05~5g/m2程度、0.05~4g/m2程度、0.05~3g/m2程度、0.1~5g/m2程度、0.1~4g/m2程度、0.1~3g/m2程度、0.3~5g/m2程度、0.3~4g/m2程度、0.3~3g/m2程度、0.5~5g/m2程度、0.5~4g/m2程度、0.5~3g/m2程度が挙げられる。」
「【0067】
<固体高分子形燃料電池用ガスケット部材の製造>
(実施例1)
基材層として、ポリスルホン(PSU)フィルム(厚さ100μm、Tg180℃)を用意した。次に、基材層の両面に、イソシアネート基を有する化合物を含む樹脂組成物(ポリエステル樹脂およびヘキサメチレンジイソシアネート2液混合物)を塗布して、アンカーコート層(厚さ0.5g/m2)を形成した。さらに、両側のアンカーコート層の表面に、それぞれ、無水マレイン酸変性ポリプロピレン(PPa)を厚さ50μmとなるようにして溶融押出しすることにより、接着層を形成して、接着層(厚さ50μm)/アンカーコート層(厚さ0.5g/m2)/基材層(厚さ100μm)/アンカーコート層(厚さ0.5g/m2)/接着層(厚さ50μm)が順に積層された固体高分子形燃料電池用ガスケット部材(厚み200μm)を得た。
【0068】
(実施例2)
基材層として、ポリスルホン(PSU)フィルムの代わりに、ポリエーテルスルホン(PESU)フィルム(厚さ100μm、Tg220℃)を用いたこと以外は、実施例1と同様にして、接着層(厚さ50μm)/アンカーコート層(厚さ0.5g/m2)/基材層(厚さ100μm)/アンカーコート層(厚さ0.5g/m2)/接着層(厚さ50μm)が順に積層された固体高分子形燃料電池用ガスケット部材(厚み200μm)を得た。
【0069】
(実施例3)
基材層として、ポリスルホン(PSU)フィルムの代わりに、ポリフェニルスルホン(PPSU)フィルム(厚さ100μm、Tg220℃)を用いたこと以外は、実施例1と同様にして、接着層(厚さ50μm)/アンカーコート層(厚さ0.5g/m2)/基材層(厚さ100μm)/アンカーコート層(厚さ0.5g/m2)/接着層(厚さ50μm)が順に積層された固体高分子形燃料電池用ガスケット部材(厚み200μm)を得た。」
「【0075】
<破断伸度保持率(高温環境における耐加水分解性評価)>
実施例及び比較例で製造した固体高分子形燃料電池用ガスケット部材について、それぞれ、以下の測定条件によって、120℃の水中(耐熱・耐圧容器内)に300時間静置された後における破断伸度保持率(%)を測定した。結果を表1に示す。120℃の水に浸漬し300時間静置した後、サンプルの破断伸度を測定し、得られた測定値を前記耐久試験前の破断伸度(初期破断伸度)で除算し、破断伸度保持率を求める。破断伸度は、フィルムを幅(TD)15mm、長さ(MD)50mmの短冊状に裁断し、引張試験機を用いて、引張速度200mm/分、標線間距離を20mmの条件で引っ張ることにより破断するまでの伸度を測定した。試験環境は23℃とし、3回測定した平均値とする。
破壊伸度保持率(%)=耐久試験後の破断伸度÷耐久試験前の破断伸度(初期破断伸度)×100」
「【0078】
【表1】
[図:0001401690000005.jpg]
」
ウ 上記イの【0075】によれば、本件発明の「破断伸度保持率」は、「高温環境における耐加水分解性」を評価する指標であることが理解できる。
エ そして、上記イによれば、「基材層1の厚み」(【0042】)、「基材層1の目付」(【0043】)、「接着層2」の材料(【0045】、【0046】)、「接着層2の厚み」(【0048】)、及び、「アンカーコート層3の厚み」(【0055】)は、いずれも「高温環境における耐加水分解性」を高め得るパラメーターであることが理解できる。
オ 一方、上記イの実施例によれば、基材層として、実施例1では、ポリスルホン(PSU)フィルム(【0067】)、実施例2では、ポリエーテルスルホン(PESU)フィルム(【0068】)、実施例3では、ポリフェニルスルホン(PPSU)フィルム(【0068】)をそれぞれ用いて、固体高分子形燃料電池用ガスケット部材を形成している。
カ そして、固体高分子形燃料電池用ガスケット部材を120℃の水中に300時間静置した後における破断伸度保持率(以下、「本件破断伸度保持率」という。)について、それぞれ、実施例1では85%、実施例2では84%、実施例3では93%(【0078】の表1参照。)が得られており、これらの数値は請求項1、6、12に記載された範囲内である。
キ そうすると、本件破断伸度保持率が60%以上であることは、上記エのパラメーターを適宜選択することにより、当業者が何ら困難なく行い得ることであるといえる。
ク したがって、本件明細書の発明の詳細な説明は、請求項1、6、12及びそれらを引用する2~5、7~11に係る発明について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでないとはいえない。
(2)申立人の主張について
ア 申立人は特許異議申立書(第28頁第17行~第29頁第19行)において、甲2を参酌すると、ポリスルホンフィルム及びポリエーテルスルホンフィルムの本件破断伸度保持率は60%未満である蓋然性が高く、また、本件明細書には、ポリスルホンフィルム及びポリエーテルスルホンフィルムの製品名または製法が記載されていないから、本件発明1~12のうち、基材層がポリスルホンフィルムまたはポリエーテルスルホンフィルムに係る部分は、実施可能要件違反である旨主張をしている。
イ ここで、本件発明1は、「少なくとも、基材層と、前記基材層の両面側に配置された接着層とを備える積層体から構成されており、」「前記積層体は、120℃の水中に300時間静置された後における破断伸度保持率が、60%以上である、固体高分子形燃料電池用ガスケット部材」である。
ウ すなわち、本件破断伸度保持率が60%以上である対象は、少なくとも、基材層と接着層とを備える「固体高分子形燃料電池用ガスケット部材」である。
エ 一方、甲2の【0046】、【0049】及び表2(上記4の(1)のイ参照。)によれば、実施例18、実施例21~23において、120℃、100%RH、96時間の試験における引張伸度保持率が40%、51%であるのは、それぞれ、ポリスルホンフィルム単体、ポリエーテルスルホンフィルム単体である。
オ そうすると、上記ウ、エより、本件発明と甲2記載の事項とは、耐加水分解異性を評価する対象が異なっており、甲2において、ポリスルホンフィルム及びポリエーテルスルホンフィルムの120℃、100%RH、96時間の試験における引張伸度保持率が40%、51%であったとしても、本件発明の「基材層」が「ポリスルホン、ポリエーテルスルホン」である「固体高分子形燃料電池用ガスケット部材」が、直ちに同程度の破断伸度保持率であるとはいえない。
カ また、本件発明の「基材層」の材料以外のパラメーターにより、「高温環境における耐加水分解性」を高め得る、すなわち、破断伸度保持率を高め得ることは、上記(1)のエで述べたとおりである。
キ そして、上記イ~カの検討にかかわらず、仮に、「基材層」が「ポリスルホン、ポリエーテルスルホン」である場合に、本件破断伸度保持率を60%以上とすることが困難であったとしても、「基材層」が「ポリフェニルスルホン」の場合であれば、本件破断伸度保持率を60%以上とすることは何ら困難なく実施できることは明らかであるから、本件発明が実施可能要件違反であるとはいえない。
ク よって、申立人の意見は採用できない。
6 むすび
以上のとおり、本件の請求項1~12に係る特許は、特許異議申立書に記載された特許異議の申立ての理由によっては、取り消すことはできず、また、他に本件の請求項1~12に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
審決本文(J-PlatPat)
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2023-700370