特許異議申立
2022-700870
電磁波吸収体
- 審判番号
- 2022-700870
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2018-528828
- 登録番号
- 7030694
- 請求日
- 2022年09月06日
- 審決日
- 2023年06月07日
- 公報発行日
- 2023年09月29日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】マクセル株式会社
- 【権利者代理人】弁理士法人池内アンドパートナーズ
- 【異議申立人】金田 綾香
- 審判長/審判官
- 審判長 恩田 春香
- 審判官 柴垣 俊男
- 審判官 瀧内 健夫
- 分類
- P1651.121-YAA(H05K) / P1651.536-YAA(H05K)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第120条の5第2項、特許法第120条の5第9項、特許法第126条第7項、特許法第29条第2項、特許法第113条第4号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7030694号発明「電磁波吸収体」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7030694号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり訂正後の請求項〔1~8〕について訂正することを認める。
特許第7030694号の請求項1~8に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7030694号の請求項1~8に係る特許についての出願は、2017年(平成29年) 7月19日(優先権主張 平成28年 7月22日)を国際出願日とする出願であって、令和 4年 2月25日にその特許権の設定登録がされ、令和 4年 3月 7日に特許掲載公報が発行された。
本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。
令和 4年 9月 6日 :特許異議申立人金田綾香(以下、「申立人金田」という。)による特許異議の申立て
令和 5年 1月11日付け:取消理由通知
令和 5年 3月13日 :特許権者による意見書の提出及び訂正の請求(以下、「本件訂正請求」という。)
令和 5年 4月26日 :申立人金田による意見書の提出
第2 訂正の適否についての判断
1 訂正の内容
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に、「前記電磁波吸収体が吸収する電磁波の周波数特性が複数個のピークを有し、」という要件を付加する訂正を行う(請求項1の記載を直接又は間接的に引用する請求項2~8も同様に訂正する。)。
(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2において、「前記電磁波吸収体が吸収する電磁波の周波数特性が複数個のピークを有し、前記周波数特性の前記ピークの個数が、積層された前記磁性体層の層数と等しい、」と記載されているのを、「前記周波数特性の前記ピークの個数が、積層された前記磁性体層の層数と等しい、」に訂正する。
(3)一群の請求項及び独立特許要件について
本件訂正請求は、一群の請求項[1~8]に対して請求されたものである。
また、本件特許異議申立事件においては、訂正前の請求項1~8が特許異議申立の請求の対象とされているので、訂正前の請求項1~8に係る訂正事項1~2に関して、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第7項の独立特許要件は課されない。
2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1について
ア 訂正の目的の適否
訂正事項1は、訂正前の請求項1の電磁波吸収体について「前記電磁波吸収体が吸収する電磁波の周波数特性が複数個のピークを有し、」と、発明を特定するための事項を直列的に付加するものである。
よって、訂正事項1は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ 新規事項の有無
訂正事項1は、訂正前の請求項2に記載されていた「前記電磁波吸収体が吸収する電磁波の周波数特性が複数個のピークを有し、」との記載、あるいは願書に添付した明細書の段落【0126】に基づくものである。
よって、訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であるから、特許法第120の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合する。
ウ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項1は、訂正前の発明特定事項の「電磁波吸収体」の構成を減縮するものであり、カテゴリーや対象、目的を変更するものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しないから、特許法第120の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合する。
(2)訂正事項2について
訂正事項2は、訂正前の請求項2に記載されていた「前記電磁波吸収体が吸収する電磁波の周波数特性が複数個のピークを有し、」という構成が、訂正事項1により請求項1に付加されたことにより、上記構成が重複することを避けるためのものである。
よって、訂正事項2は、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる明瞭でない記載の釈明を目的とするものであり、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であるから、特許法第120の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合し、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しないから、特許法第120の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合する。
3 小括
上記のとおり、訂正事項1~2に係る訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1、3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~8〕について訂正することを認める。
第3 本件訂正請求による訂正後の本件発明
本件訂正請求により訂正された訂正後の請求項1~8に係る発明(以下、順に「本件発明1」~「本件発明8」という。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1~8に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。(下線は、訂正特許請求の範囲の記載のとおり。)
「【請求項1】
ミリ波帯以上の高周波数で磁気共鳴する磁性酸化鉄が含まれた磁性体層が複数層積層されて電磁波吸収層を構成する電磁波吸収体であって、
前記磁性体層は、いずれも粒子状の前記磁性酸化鉄が樹脂製のバインダー中に分散された状態で配置され、
少なくとも一つの前記磁性体層に含まれる前記磁性酸化鉄の異方性磁界(HA)の値が、他の一つの前記磁性体層に含まれる前記磁性酸化鉄の異方性磁界の値と異なり、
前記電磁波吸収体が吸収する電磁波の周波数特性が複数個のピークを有し、
複数積層された前記磁性体層のうち、隣り合う2つの層のインピーダンスの絶対値の差が350Ω以下であることを特徴とする電磁波吸収体。
【請求項2】
前記周波数特性の前記ピークの個数が、積層された前記磁性体層の層数と等しい、請求項1に記載の電磁波吸収体。
【請求項3】
前記磁性体層の入力インピーダンスが、隣接する他の前記磁性体層の入力インピーダンスに対して整合されているとともに、
電磁波の入射面側の最表層に配置された前記磁性体層の入力インピーダンスが、真空中のインピーダンスに対して整合されている、請求項1または2に記載の電磁波吸収体。
【請求項4】
電磁波の入射面側から電磁波の進行方向に沿って、前記磁性体層の入力インピーダンスの値が順次大きな値となっている、請求項1~3のいずれかに記載の電磁波吸収体。
【請求項5】
前記磁性体層が、可撓性を有するシート状に形成されている請求項1~4のいずれかに記載の電磁波吸収体。
【請求項6】
前記磁性酸化鉄が、イプシロン酸化鉄である請求項1~5のいずれかに記載の電磁波吸収体。
【請求項7】
前記電磁波吸収層の、電磁波の入射面側ではない面に、金属板、金属箔、または、金属蒸着膜からなる反射層が積層されている、請求項1~6のいずれかに記載の電磁波吸収体。
【請求項8】
樹脂製の基材上に、前記反射層と前記電磁波吸収層とが順次積層され、
前記基材の前記電磁波吸収層が配置されている側とは反対側の面に接着層が形成されている、請求項7に記載の電磁波吸収体。」
第4 取消理由通知に記載した取消理由について
1 取消理由の概要
訂正前の請求項1~8に係る特許について、当審が令和 5年 1月11日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。
本件特許の請求項1~5に係る発明は、甲第1号証に記載された発明に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、本件特許の請求項6、7に係る発明は、甲第1号証に記載された発明及び甲第6号証に記載された発明に基いて、本件特許出願前に、当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件特許の請求項8に係る発明は、甲第1号証に記載された発明及び甲第6、7号証に記載された発明に基いて、本件特許出願前に、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1~8に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである。
2 甲号証の記載と甲号証に記載された発明
(1)甲第1号証の記載、甲第1号証に記載された発明
ア 甲第1号証の記載
取消理由通知において引用した甲第1号証(申立人金田提出の甲第1号証:特開昭57-180206号公報)には、以下の事項が記載されている。(下線は、当審において付した。以下、同じ。)
「第1図は電波反射コンダクタ1の表面上にある複合n層電波吸収コーテイングを示す略図である。C1から、コンダクタ表面に隣接する最内層Cnまでの層は、異つたマイクロ波周波数におけるフエリ磁性共鳴を示す異つたフエリ磁性体材料から成る。」
(第4ページ左下欄第7行~同ページ同欄第12行)
「前述のごとく、共鳴吸収が生じるフエリ磁性共鳴周波数は、材料の磁気異方性を変えることにより変化され得、これはM-型のバリウムフエライトの場合には結晶格子中の鉄(Fe2+)イオンの置換により行なわれる。」
(第5ページ左下欄第1行~同ページ同欄第5行)
「再び第1図にもどり、所望の広い帯域の吸収特性を達成するために、C1からCnまでの層は、異つた置換を行なわれたBaCoxTixFe12-2xO19組成から製作され、各層が異つた周波数域に吸収ピークを有し、これらの周波数域が所望の吸収帯域をカバーすべく積載配列される。」
(第5ページ右下欄第6行~同ページ同欄第11行)
「以下の方法により異つた組成をつくり得る。粉末状のBaCO3,Co3O4,TiO2及びFe2O3の化学量論的配分を各組成物に対して重量測定する。
該粉末を、ステンレススチール製のボールを使用した湿式ホールミルにより水中で約2時間均一になるべく混合し、次に粉末を粗い篩を通してミルから流し出す。
次にこのスラリを沈殿させ、余分な水を排出し、粉末を約100℃で乾燥する。乾燥した粉末を次に150μmの篩にかけ、結合剤として働くべく、5重量%の水を点滴で添加する。次に材料を1000kgcm-2で押圧し、90℃で乾燥し、その後酸素抽気を使用して1000℃で10時間反応させる。
反応式は以下のとおりである:
BaCO3+xTiO2+(x/3)Co3O4+(6-x)Fe2O3→
BaCoxTixFe12-2xO19+CO2+(X/6)O2
(合議体注:矢印の上に「1000℃」)
冷却後、反応した材料を破砕し、10分間エツジフオロア(edge follower)中で粉砕し、4時間水中で湿式ミル処理する。次に余分な水を排出し、粉末を90℃で乾燥する。次に溶液としてポリビニルアルコール(PVA)を粉末に添加し、エツジフオロアを使用して粉砕混入し、一般的には5重量%の組成にする。」
(第5ページ右下欄第15行~第6ページ右上欄第3行)
「周囲媒質が空気である場合、コーテイング外面における完全なインピーダンス整合が達成されるのは、最外層C1のμ′r/ε′r比を1とそれにおけるtanδμ≒tanδε(合議体注:「≒」は「~」を2つ上下に並べたもの。)に等しくさせることによつてのみ可能であるが、これは実際上、これらの材料では簡単に達成され得ない。しかしながら低いμ′r及びε′rを有するポリビニルアルコール又はエポキシ樹脂のような適当な結合材を使用してこの層の磁気材料を“希釈”することにより、この界面におけるインピーダンス不連続の大きさを実貿上減らすことは可能である。次に、最外層C1と第2層C2との間の界面、及び残りの層の夫々の間の界面におけるインピーダンス不連続の大きさを減らすべく、これらの層における結合剤の割合を最内層に向かつて漸進的に減らすことにより、連続層の透磁率及び誘電率を最内層に向かつて漸進的に増大させることができる。
これによりインピーダンスの漸進的変化が達成される。
一方において漸進的インピーダンス変化を達成し、且つ所与のコーテイング全厚に対して吸収の程度を最大にするためには、外側の層を、相対的に吸収の良い内側の層より薄くすることが有利であり、これは第3図に示されたように、最外層から最内層に向かつて層の厚さを漸進的に増大させることにより達成される。」
(第6ページ左下欄第10行~同ページ右下欄第18行)
「電波反射面1へのコーテイングの適用はいかなる適当な手段によつても実行され得る。
例えば、適当な磁性化合物をゴムマトリツクスのような適当な結合剤を混合することにより、各層を別々の可撓性シートとして形成し、次に適当な接着剤を使用して連続層を表面1に接着する。」
(第7ページ右上欄第16行~同ページ左下欄第3行)
「更に、本発明は以上説明した特定の磁気材料の使用に限定されない。
所望の周波数域において増大した吸収特性を生じしめる狭い帯域の磁気共鳴を示す適当な材料ならいかなるものも使用され得る。・・・20GHz以上の使用に適した置換された化合物の類は例えばSrO.xAl2O3.(6-x)Fe2O3であり、この場合xが0から1.35まで変化することにより共鳴吸収周波数が58から111GHzまで変化する。」
(第9ページ右上欄第20行~同ページ左下欄第17行)
「Fig.1
[図:0001401648000001.jpg]
」
「Fig.3
[図:0001401648000002.jpg]
」
「Fig.4
[図:0001401648000003.jpg]
」
イ 甲第1号証の記載事項
上記記載から、甲第1号証には、次の技術的事項が記載されている。
(ア)電波反射コンダクタ1の表面上にある複合n層電波吸収コーティングであって、C1から、コンダクタ表面に隣接する最内層Cnまでの層は、異なった周波数における磁性共鳴を示す磁性体材料から成ること(第4ページ左下欄第7行~同ページ同欄第12行)。
(イ)共鳴吸収が生じるフェリ磁性共鳴周波数は、材料の磁気異方性を変えることにより変化され得、これはM-型のバリウムフェライトの場合には結晶格子中の鉄(Fe2+)イオンの置換により行なわれること(第5ページ左下欄第1行~同ページ同欄第5行)。
(ウ)C1からCnまでの層は、異なった置換を行なわれたバリウムフェライトから製作され、各層が異なった周波数域に吸収ピークを有すること(第5ページ右下欄第6行~同ページ同欄第11行)。
(エ)ポリビニルアルコール(PVA)をバリウムフェライト粉末に添加し、粉砕混入することで、各コーティング層の異なった組成をつくること。(第5ページ右下欄第15行~第6ページ右上欄第3行)
(オ)周囲媒質が空気である場合、ポリビニルアルコール又はエポキシ樹脂のような適当な結合材を使用してこの層(すなわち、最外層C1)の磁気材料を“希釈”することにより、この界面(すなわち、空気と最外層C1との界面)におけるインピーダンス不連続の大きさを実質上減らすことは可能であり、最外層C1と第2層C2との間の界面、及び残りの層の夫々の間の界面におけるインピーダンス不連続の大きさを減らすべく、これらの層における結合剤の割合を最内層に向かって漸進的に減らすことにより、連続層の透磁率及び誘電率を最内層に向かって漸進的に増大させることでインピーダンスの漸進的変化を達成すること(第6ページ左下欄第10行~同ページ右下欄第18行)
(カ)各層を別々の可撓性シートとして形成すること(第7ページ右上欄第16行~同ページ左下欄第3行)。
(キ)磁気材料としては、所望の周波数域において増大した吸収特性を生じしめる狭い帯域の磁気共鳴を示す適当な材料ならいかなるものも使用され得、20GHz以上の使用に適した置換された化合物として、xが0から1.35まで変化することにより共鳴吸収周波数が58から111GHzまで変化するSrO.xAl2O3.(6-x)Fe2O3を磁気材料として用いること(第9ページ右上欄第18行~同ページ左下欄第15行)。
ウ 甲第1号証に記載された発明
前記イの記載事項から、甲第1号証には次の発明(以下、「甲1発明」と
いう。)が記載されていると認められる。
「電波反射コンダクタ1の表面上にある複合n層電波吸収コーティングであって、
C1から、コンダクタ表面に隣接する最内層Cnまでの層は、異なった周波数における磁性共鳴を示す磁性体材料から成り、
共鳴吸収が生じるフェリ磁性共鳴周波数は、材料の磁気異方性を変えることにより変化され得、これはM-型のバリウムフェライトの場合には結晶格子中の鉄(Fe2+)イオンの置換により行なわれ、
C1からCnまでの層は、異なった置換を行なわれたバリウムフェライトから製作され、各層が異なった周波数域に吸収ピークを有し、
ポリビニルアルコール(PVA)をバリウムフェライト粉末に添加し、粉砕混入することで、各コーティング層の異なった組成をつくり、
周囲媒質が空気である場合、ポリビニルアルコール又はエポキシ樹脂のような適当な結合材を使用してこの層(すなわち、最外層C1)の磁気材料を“希釈”することにより、この界面(すなわち、空気と最外層C1との界面)におけるインピーダンス不連続の大きさを実質上減らすことは可能であり、最外層C1と第2層C2との間の界面、及び残りの層の夫々の間の界面におけるインピーダンス不連続の大きさを減らすべく、これらの層における結合剤の割合を最内層に向かって漸進的に減らすことにより、連続層の透磁率及び誘電率を最内層に向かって漸進的に増大させることでインピーダンスの漸進的変化を達成し、
各層を別々の可撓性シートとして形成し、
磁気材料としては、所望の周波数域において増大した吸収特性を生じしめる狭い帯域の磁気共鳴を示す適当な材料ならいかなるものも使用され得、20GHz以上の使用に適した置換された化合物として、xが0から1.35まで変化することにより共鳴吸収周波数が58から111GHzまで変化するSrO.xAl2O3.(6-x)Fe2O3を磁気材料として用いる複合n層電波吸収コーティング。」
3 当審の判断
ア 本件発明1について
(ア)対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
a 甲1発明は、「電波反射コンダクタ1の表面上にある複合n層電波吸収コーティングであって」、「C1から、コンダクタ表面に隣接する最内層Cnまでの層は、異なった周波数における磁性共鳴を示す磁性体材料から成り」、「共鳴吸収が生じるフェリ磁性共鳴周波数は、材料の磁気異方性を変えることにより変化され得、これはM-型のバリウムフェライトの場合には結晶格子中の鉄(Fe2+)イオンの置換により行なわれ」、「C1からCnまでの層は、置換を行なわれたバリウムフェライトから製作され、各層が異なった周波数域に吸収ピークを有」するものであるところ、「磁気材料としては、所望の周波数域において増大した吸収特性を生じしめる狭い帯域の磁気共鳴を示す適当な材料ならいかなるものも使用され得、20GHz以上の使用に適した置換された化合物として、xが0から1.35まで変化することにより共鳴吸収周波数が58から111GHzまで変化するSrO.xAl2O3.(6-x)Fe2O3を磁気材料として用いる」もの(ここで、「SrO.xAl2O3.(6-x)Fe2O3」は鉄(Fe2+)イオンの一部をアルミニウムイオンで置換したストロンチウムフェライトであるが、以下、単に「ストロンチウムフェライト」という。)、すなわち、バリウムフェライトに替えてストロンチウムフェライトを用いるものである。
したがって、甲1発明は「電波反射コンダクタ1の表面上にある複合n層電波吸収コーティングであって、C1から、コンダクタ表面に隣接する最内層Cnまでの層は、周波数における磁性共鳴を示す磁性体材料から成り、共鳴吸収が生じるフェリ磁性共鳴周波数は、材料の磁気異方性を変えることにより変化され得、これはストロンチウムフェライトの場合には結晶格子中の鉄(Fe2+)イオンの置換により行なわれ、C1からCnまでの層は、置換を行なわれたストロンチウムフェライトから製作され、各層が異なった周波数域に吸収ピークを有する」といえる。
ここで、ストロンチウムフェライトは「共鳴吸収周波数が58から111GHzまで変化する」ものであるところ、本件明細書の【0007】には、「ミリ波帯域(30~300ギガヘルツ)」と記載されているから、「58から111GHz」は、ミリ波帯である。
そして、バリウムフェライト及びストロンチウムフェライトが「磁性酸化鉄」であることは明らかであり、甲1発明の「C1からCnまでの層」の各層、「C1からCnまでの層」の全体(「複合n層」)及び「電波吸収コーティング」は、本件発明1の「磁性体層」、「電磁波吸収層」及び「電磁波吸収体」に相当するから、本件発明1と甲1発明とは、「ミリ波帯以上の高周波数で磁気共鳴する磁性酸化鉄が含まれた磁性体層が複数層積層されて電磁波吸収層を構成する電磁波吸収体」である点で共通する。
b 甲1発明は、「ポリビニルアルコール(PVA)をバリウムフェライト粉末に添加することで、各コーティング層の異なった組成をつく」るもの、すなわち、「ポリビニルアルコール)」を「磁性酸化鉄」の「粉末」に添加し、粉砕混入することで、各コーティング層を得るものである。
そして、甲1発明における「ポリビニルアルコール」及び「粉末」は、本件発明1の「樹脂製のバインダー」及び「粒子」に相当し、「粉砕混入」により「磁性酸化鉄」は「ポリビニルアルコール」中に「分散」されるから、本件発明1と甲1発明とは、「前記磁性体層は、いずれも粒子状の前記磁性酸化鉄が樹脂製のバインダー中に分散された状態で配置され」ている点で一致する。
c 甲1発明は、「共鳴吸収周波数が58から111GHzまで変化するSrO.xAl2O3.(6-x)Fe2O3を磁気材料とする」ものである。そして、本件明細書の【0034】に「ミリ波帯域、すなわち、波長がmm単位である電磁波の周波数である数十から数百ギガヘルツという高い周波数帯域、さらには、それ以上の3テラヘルツまでのより高い周波数帯域で磁気共鳴を起こす磁性酸化鉄は、ジャイロ磁気共鳴型の磁性体である」と記載されていることから、甲1発明の「SrO.xAl2O3.(6-x)Fe2O3」は、ジャイロ磁気共鳴型の磁性体といえる。
また、甲1発明は、「C1から、コンダクタ表面に隣接する最内層Cnまでの層は、異なった周波数における磁性共鳴を示す磁性体材料から成」るものであるから、C1からCnまでの各層が異なる磁気共鳴周波数を有するといえる。そして、本件明細書の【0037】に「ジャイロ磁気共鳴型の磁性体では、異方性磁界(HA)の値と自然磁気共鳴周波数frとの間に比例関係が成り立つ」と記載されていることから、甲1発明は、C1からCnまでの各層が異なる異方性磁界(HA)の値を有するといえる。
したがって、本件発明1と甲1発明とは、「少なくとも一つの前記磁性体層に含まれる前記磁性酸化鉄の異方性磁界(HA)の値が、他の一つの前記磁性体層に含まれる前記磁性酸化鉄の異方性磁界の値と異な」る点で一致する。
d 以上のa~cによれば、本件発明1と甲1発明の一致点及び相違点は、次のとおりである。
<一致点>
「ミリ波帯以上の高周波数で磁気共鳴する磁性酸化鉄が含まれた磁性体層が複数層積層されて電磁波吸収層を構成する電磁波吸収体であって、
前記磁性体層は、いずれも粒子状の前記磁性酸化鉄が樹脂製のバインダー中に分散された状態で配置され、
少なくとも一つの前記磁性体層に含まれる前記磁性酸化鉄の異方性磁界(HA)の値が、他の一つの前記磁性体層に含まれる前記磁性酸化鉄の異方性磁界の値と異なることを特徴とする電磁波吸収体。」
<相違点1>
本件発明1は、「前記電磁波吸収体が吸収する電磁波の周波数特性が複数個のピークを有し」ているのに対し、甲1発明では、電波吸収コーティングが吸収する電磁波の周波数特性が複数個のピークを有することは特定されていない点。
<相違点2>
本件発明1では、「複数積層された前記磁性体層のうち、隣り合う2つの層のインピーダンスの絶対値の差が350Ω以下である」のに対し、甲1発明では、インピーダンスの絶対値の差について特定されていない点。
(イ)判断
a 相違点1について検討する。
b 甲第1号証のFig.4には、電波吸収コーティングの、反射されるエネルギの割合が実線で示されているところ、反射されないエネルギは電波吸収体に吸収されているといえる。そうすると、甲第1号証のFig.4において反射されるエネルギの割合が低い周波数帯域は、電波吸収体に吸収されるエネルギの割合が高い周波数帯域であり、甲第1号証のFig.4において実線の傾きがマイナスからプラスに変化する部分は、「吸収する電磁波の周波数特性のピーク」といえるから、甲第1号証のFig.4に示される電波吸収コーティングは、吸収する電磁波の周波数特性が複数個のピークを有するといえる。
c しかしながら、甲1発明は、「共鳴吸収周波数が58から111GHzまで変化するSrO.xAl2O3.(6-x)Fe2O3を磁気材料として用いる複合n層電波吸収コーティング」である。ここで、甲第1号証のFig.4において各層C1~C5の透磁率(破線1~5)がそれぞれピークを示す周波数帯域は6~14GHzであるから、上記「共鳴吸収周波数が58から111GHzまで変化する」磁気材料を用いた複合n層電波吸収コーティングにおいて反射されるエネルギの割合を示す図ではない。そうすると、甲第1号証には、上記「共鳴吸収周波数が58から111GHzまで変化する」磁気材料を用いた際に複合n層電波吸収コーティングがどのような周波数特性を示すか開示されておらず、かつ、かかる複合n層電波吸収コーティングにおいて、吸収する電磁波の周波数特性が複数のピークを有することが技術常識であると認めるに足る証拠もないことから、甲1発明は、本件発明1の「吸収する電磁波の周波数特性のピーク」に相当する構成を備えるとはいえない。
d また、甲第1号証には「本発明に基ずき電波反射面上での入射電波の反射を減少させるか、又は除去するのに適した電波吸収コーテイングは、複数の異つたフエリ磁性体材料から成り、各材料は特定の狭い周波数域において増大した透磁率、及びこのため増大した吸収性を生じしめるフエリ磁性共鳴を生起し、これらの材料は異つた狭い周波数域におけるフエリ磁性共鳴を有し、これにより互いに協働して拡張された周波数域にわたる電波に対するコーテイング吸収剤として働く。」(第3ページ左上欄第18行~同ページ右上欄第5行)と記載されていることから、甲1発明は、各層が狭い周波数帯域の電波を吸収することで、装置全体として広い周波数帯域の電波を吸収しているといえる。そうすると、甲1発明は、広い周波数帯域において電波を吸収することを目的としていることから、上記相違点1に係る「前記電磁波吸収体が吸収する電磁波の周波数特性が複数個のピーク」を有する構成を甲1発明に採用すると、甲1発明の目的が達成されないことは明らかである。そうすると、甲1発明に相違点1に係る本件発明1の構成を採用することは阻害要因があるといえる。
f したがって、相違点1に係る本件発明1の構成は、甲1発明に基づいて当業者が容易に想到し得た事項とはいえない。
g よって、相違点2について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(ウ)申立人の意見について
a 申立人金田は令和 4年 4月26日付け意見書で次の主張をした。
「甲第1号証の図4には、周波数が約1.3GHzのとき、及び約8GHzのときにそれぞれ吸収ピークを有する、つまり「吸収する電磁波の周波数特性が複数個のピークを有」する電磁波コーティングが開示されている。以上より、甲第1号証の開示内容に基づいて、訂正後請求項1の構成に容易に想到し得る。」(意見書2ページ7行~同ページ12行)
b 申立人の主張を検討する。
(a)上記(イ)cに示したとおり、甲第1号証には共鳴吸収周波数が58から111GHzまで変化する磁気材料を用いた際に複合n層電波吸収コーティングがどのような周波数特性を示すか開示されていないことから、甲1発明は、本件発明1の「吸収する電磁波の周波数特性のピーク」に相当する構成を備えるとはいえない。
(b)また、本件発明1は「ミリ波帯以上の高周波数で磁気共鳴する磁性酸化鉄が含まれた磁性体層が複数層積層されて電磁波吸収層を構成する電磁波吸収体」である。ここで、上記第4の3(3)ア(ア)aで示したように、ミリ波帯は30~300GHzであるから、本件発明1が吸収する電磁波の周波数帯は30~300GHzであることは自明である。したがって、「電磁波吸収体が吸収する電磁波の周波数特性が複数個のピークを有し」ている周波数帯は30~300GHzであるといえる。
ここで、上記(イ)bに示したように、甲第1号証のFig.4において、実線の傾きがマイナスからプラスに変化する部分は、「吸収する電磁波の周波数特性のピーク」といえる。また、傾きがマイナスからプラスに変化する部分は、約1.3GHz及び約8GHzの複数箇所に存在する。
しかしながら、甲第1号証には、30~300GHzにおいて傾きがマイナスからプラスに変化する部分が複数存在することは記載されていない。
c 小括
したがって、申立人の主張は採用できない。
イ 本件発明2~8について
本件発明2~8は、上記相違点1に係る本件発明1の構成と同一の構成を備えるものであるから、本件発明1と同じ理由により、甲第1号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
第5 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
1 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由
申立人金田は、本件発明1~8は、発明の詳細な説明に記載したものではないという次の主張をした。
「電磁波の周波数をどのように特定しているのか、即ち、「隣り合う2つの層のインピーダンスの絶対値の差が350Ω以下であること」を特定するために必要な「隣り合う2つの層のインピーダンスの」各値をどのようにして求めているのかを、当業者は本件明細書及び本件図面の各記載内容から理解することはできない。
よって、本件発明はサポート要件を充足しておらず、特許法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。」(特許異議申立書28ページ8行~同ページ14行)
2 当審の判断
本件特許の発明の詳細な説明には、「隣り合う2つの層のインピーダンスの絶対値の差が350Ω以下である」電磁波吸収体が記載されているから、申立人金田が主張するようなサポート要件違反は存在しない。
なお、上記主張の要旨は、「インピーダンスの求め方が本件明細書等の記載から理解できない」というものであるから、上記主張は実施可能要件に関する主張であるともいえるが、上記第4の3(3)ア(ウ)b(a)に示したとおり、本件発明1が吸収する電磁波の周波数帯は30~300GHzであることを考慮すると、当該周波数帯に基づきインピーダンスを求めることは自明であるといえ、当該周波数帯に基づきインピーダンスを求める際に過度の試行錯誤が必要であるといえる根拠もないことから、当業者が実施することができる程度に発明の詳細な説明が記載されているといえる。
3 小括
したがって、本件発明1は発明の詳細な説明に記載されたものであり、また当業者が実施することができる程度に発明の詳細な説明が記載されているから、取消理由通知において採用しなかった上記特許異議申立理由は理由がない。
第6 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件発明1~8に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1~8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2022-700870