特許異議申立
2021-701028
蒸着マスクの製造方法、蒸着マスクを作製するために用いられる金属板およびその製造方法
- 審判番号
- 2021-701028
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2018-010979
- 登録番号
- 6866320
- 請求日
- 2021年10月28日
- 審決日
- 2022年08月12日
- 公報発行日
- 2022年11月25日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】大日本印刷株式会社
- 【権利者代理人】中村 行孝
- 【権利者代理人】宮嶋 学
- 【権利者代理人】堀田 幸裕
- 【権利者代理人】岡村 和郎
- 【権利者代理人】高田 泰彦
- 【権利者代理人】柏 延之
- 【権利者代理人】永井 浩之
- 【権利者代理人】朝倉 悟
- 【異議申立人】村戸 良至
- 審判長/審判官
- 審判長 日比野 隆治
- 審判官 原 賢一
- 審判官 後藤 政博
- 分類
- P1652.113-YAA(C23C) / P1652.121-YAA(C23C) / P1652.536-YAA(C23C) / P1652.537-YAA(C23C)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第1項第3号、特許法第29条第2項、特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第4項第1号、特許法第120条の5第3項、特許法第120条の5第2項、特許法第36条第6項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第6866320号発明「蒸着マスクの製造方法、蒸着マスクを作製するために用いられる金属板およびその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第6866320号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔11-14〕について訂正することを認める。
特許第6866320号の請求項11ないし14に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第6866320号の請求項1~14に係る特許についての出願は、平成28年2月5日(優先権主張 平成27年2月10日)を出願日とする特願2016-199397号の一部を新たな特許出願として平成30年1月25日に出願されたものであり、令和3年4月9日にその特許権の設定登録がされ、同年同月28日に特許掲載公報が発行され、その後、請求項11~14に係る特許について、同年10月28日に特許異議申立人村戸良至(以下、「異議申立人」という。)により特許異議の申立てがなされ、令和4年2月8日付けで取消理由が通知され、その指定期間内である同年4月11日に特許権者より意見書の提出及び訂正の請求があり、これに対し、異議申立人からは意見書の提出がなかったものである。
第2 訂正の適否
1 訂正事項
上記令和4年4月11日になされた訂正の請求は、特許法第120条の5第3項及び第4項の規定に従い、一群の請求項を構成する請求項11~14を訂正の単位として、本件特許請求の範囲を、上記訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項11~14について訂正することを求めるものであって、その訂正(以下、「本件訂正」という。)の具体的な訂正事項は次のとおりである。
特許請求の範囲の請求項11に「ニッケルを含む鉄合金からなる金属板」とあるのを、「ニッケルを30~54質量%含む鉄合金からなる金属板」に訂正する。
(請求項11を直接又は間接的に引用する請求項12~14も同様に訂正する。)
2 訂正の目的の適否、新規事項の有無及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)上記訂正事項は、訂正前の請求項11の鉄合金に含まれるニッケルの含有量を限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
(2)上記訂正事項は、本件明細書の【0036】の「例えば、蒸着マスク20を構成する金属板の材料として、30~54質量%のニッケルを含む鉄合金を用いることができる。」との記載に基づくものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正である。
(3)上記訂正事項は、訂正前の請求項11の鉄合金に含まれるニッケルの含有量を限定するものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
3 小括
本件訂正は、請求項11~14について訂正することを求めるものであるところ、上記2のとおり、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものに該当し、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものであるから、訂正後の請求項11~14について訂正することを認める。
第3 本件発明
上記第2のとおり、本件訂正は認容し得るものであるから、特許異議申立の対象である、本件訂正後の請求項11~14に係る発明(以下、各請求項に係る発明及び特許を項番に対応させて「本件発明11」、「本件特許11」などといい、併せて「本件発明」、「本件特許」ということがある。)の記載は、次のとおりである。
「【請求項11】
その第1面にドライフィルムからなる第1レジストパターンを形成し、複数の貫通孔を形成して蒸着マスクを製造するために用いられ、ニッケルを30~54質量%含む鉄合金からなる金属板であって、
前記金属板の第1面の組成分析を、X線光電子分光法を用いて実施した結果として得られる、ニッケル酸化物のピーク面積値とニッケル水酸化物のピーク面積値との和をA1とし、鉄酸化物のピーク面積値と鉄水酸化物のピーク面積値との和をA2とする場合、A1/A2が0.37以下であり、
前記金属板の第1面の組成分析をX線光電子分光法を用いて実施した結果として得られるグラフのうち、ニッケルの2p3/2軌道に基づいて得られる光電子の強度分布を示すグラフであるニッケルのトータルピークP_Niの面積から、ニッケル単体に関するピークP_Ni1の面積を減算することにより算出される面積であるS_Ni(REST)を、A1として用い、
前記金属板の第1面の組成分析をX線光電子分光法を用いて実施した結果として得られるグラフのうち、鉄の2p3/2軌道に基づいて得られる光電子の強度分布を示すグラフである鉄のトータルピークP_Feの面積から、鉄単体に関するピークP_Fe1の面積を減算することにより算出される面積であるS_Fe(REST)を、A2として用い、
前記ニッケルのトータルピークP_Niの面積は、前記ニッケルのトータルピークP_Niと、Shirley法に基づいて算出される前記ニッケルのトータルピークP_Niのバックグラウンド線BG_Niとによって囲まれた領域の面積であり、
前記ニッケル単体に関するピークP_Ni1の面積は、前記ニッケル単体に関するピークP_Ni1と前記バックグラウンド線BG_Niとによって囲まれた領域の面積であり、
前記鉄のトータルピークP_Feの面積は、前記鉄のトータルピークP_Feと、Shirley法に基づいて算出される前記鉄のトータルピークP_Feのバックグラウンド線BG_Feとによって囲まれた領域の面積であり、
前記鉄単体に関するピークP_Fe1の面積は、前記鉄単体に関するピークP_Fe1と前記バックグラウンド線BG_Feとによって囲まれた領域の面積であり、
X線光電子分光法を用いた前記金属板の前記第1面の組成分析において、前記金属板へ照射されるX線の、前記第1面に対する入射角が45度であり、前記金属板から放出される光電子の取り込み角が90度である、金属板。
【請求項12】
A1/A2が0.3以下である、請求項11に記載の金属板。
【請求項13】
前記金属板の厚みが、85μm以下である、請求項11又は12に記載の金属板。
【請求項14】
前記金属板は、前記金属板の前記第1面に貼り付けられた前記ドライフィルムを露光および現像して前記第1レジストパターンを形成し、前記金属板の前記第1面のうち前記第1レジストパターンによって覆われていない領域をエッチングして、前記蒸着マスクを製造するためのものである、請求項11乃至13のいずれか一項に記載の金属板。」
第4 令和4年2月8日付けで通知した取消理由及びこの取消理由において採用しなかった異議申立人による特許異議の申立理由の概要
1 令和4年2月8日付けで通知した取消理由の概要
標記取消理由は、特許法第36条第6項第1号所定の規定違反(サポート要件違反)に関するもの(以下、単に「取消理由」という。)であり、その具体的な指摘事項は、概略、以下のとおりである。
本件発明は、本件明細書の【0007】に記載される「有機EL表示装置の画素密度が高くなるにつれて、蒸着マスクの貫通孔の寸法や配列ピッチは小さくなる」ことに対して、高い解像度を有するレジストパターンを形成するためのレジスト膜を、高い密着力で形成することのできる金属板を得ることを発明の課題としている。
そして、レジストパターンとして用いる「ドライフィルム」は、インバー材などの鉄-ニッケル合金に対しては密着し難く(【0059】)、その密着性が、金属板表面のニッケル化合物の存在に左右され(【0064】)、レジストパターンに対する密着性が低い金属板は、レジストパターンに対する密着性が高い金属板に比べて、金属板の表面層にニッケル酸化物およびニッケル水酸化物がより多く存在していたことから、金属板表面の鉄酸化物および鉄水酸化物に対するニッケル酸化物およびニッケル水酸化物の比率が0.4以下とすれば、レジストパターンに対する金属板の密着性が十分に確保され(【0067】)、上記の発明の課題を、まずは、解決できることが当業者において理解できる。
一方で、上記発明の課題は、金属板表面においてニッケル酸化物およびニッケル水酸化物が多く存在する金属板において生じる課題であって、そもそも、ニッケルの含有量が少ない金属板は、金属板表面のニッケル酸化物およびニッケル水酸化物も少ないのであるから、上記発明の課題が生じないことになるし、鉄酸化物および鉄水酸化物に対するニッケル酸化物およびニッケル水酸化物の比率を0.4以下とする技術的な意義も存しない。
そうすると、本件明細書の記載に基づいて、当業者において上記発明の課題を解決できると認識できる範囲は、レジスト膜を形成する金属板についていうと、金属板の表面層にニッケル酸化物およびニッケル水酸化物が多く存在し得る鉄合金であり、さらに、「30~54質量%のニッケルを含む鉄合金」であるといえる。
しかしながら、後者の点について、本件発明11では、「ニッケルを含む鉄合金からなる金属板」とのみ特定され、ニッケル含有量が低い鉄合金も含み得るものとなっているから、本件発明は、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が本件発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできないし、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし本件発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるということもできない。
2 取消理由において採用しなかった異議申立人による特許異議の申立理由の概要
(1)特許法第29条第1項第3号所定の規定違反(新規性欠如)(申立理由1)
本件訂正前の請求項11~14に係る発明は、下記甲第1号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、その特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものである。
(2)特許法第29条第2項所定の規定違反(進歩性欠如)(申立理由2)
本件訂正前の請求項11~14に係る発明は、下記甲第1号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
記
甲第1号証:特許第5626491号公報
(3)特許法第36条第4項第1号所定の規定違反(実施可能要件違反)(異議申立書で予備的請求とされるものであるが、ここでは申立理由3として検討対象とする。)
本件発明11~14の金属板と、甲1発明の金属板の原材料及び製造方法は実質的に同一であるから、両者は同一であるといえるが、仮に、本件発明11~14の金属板が甲1発明の金属板と異なるものであれば、それを異なるものとするための条件や工程が本件明細書には開示されていないこととなる。
そうすると、本件発明11~14の金属板を製造しようとした場合に、当業者は、当業者が期待し得る程度を超える試行錯誤又は複雑高度な実験等をする必要があり、どの様に本件発明11~14を実施することができるのかを理解することができるとはいえないから、仮に、本件発明11~14の金属板が甲1発明の金属板と同ーでないのであれば、本件明細書の詳細な説明の記載は、本件発明11~14に対して、実施可能要件を満たしていない。
第5 当審の判断
1 取消理由(特許法第36条第6項第1号所定の規定違反(サポート要件違反))について
(1)取消理由についての判断
取消理由は、要するに、本件明細書の記載から本件発明の課題を解決できると当業者において認識できる範囲は、金属板が「30~54質量%のニッケルを含む鉄合金」の場合であるところ、本件発明は、「ニッケルを含む鉄合金からなる金属板」とのみ特定され、ニッケルの含有量に関する特定はないからサポート要件を満たしていない、というものである。
しかしながら、本件訂正により、本件発明は、「30~54質量%のニッケルを含む鉄合金」というニッケルの含有量に関する特定事項を有するものとされたので、上記の範囲のものとなったということができる。
したがって、本件発明(本件発明11~14)に係る請求項11~14の記載は、サポート要件を満たしているといえる。
(2)異議申立人の主張について
異議申立人は、特許異議申立書において、上記取消理由に関連し、本件明細書に記載される本件発明の課題を解決することができる金属板の範囲は、本件明細書の【表4】、【表7】、【0153】及び【0157】に具体的に記載される元素の組み合わせ及び組成に限定される旨を主張している。
しかしながら、上記第4の1で述べた本件発明の課題に対し、本件明細書の【0064】には、「第1レジストパターン65aと第1面21aとの間の密着力は、金属板21の第1面21aにおけるニッケル化合物の存在に左右される」と記載され、また、同【0067】には、「レジストパターンに対する密着性が低い金属板においては、レジストパターンに対する密着性が高い金属板に比べて、金属板の表面層にニッケル酸化物およびニッケル水酸化物がより多く存在していた。金属板の表面層に存在する化合物が、鉄酸化物、鉄水酸化物、ニッケル酸化物およびニッケル水酸化物であることを考えると、「金属板の表面層にニッケル酸化物およびニッケル水酸化物が多く存在する」という状況は、「金属板の表面層において、鉄酸化物および鉄水酸化物に対するニッケル酸化物およびニッケル水酸化物の比率が高い」という状況に言い換えることができる。また、後述する実施例に示すように、様々な金属板に関してレジストパターンに対する密着性を評価したところ、鉄酸化物および鉄水酸化物に対するニッケル酸化物およびニッケル水酸化物の比率が0.4以下であれば、レジストパターンに対する金属板の密着性が十分に確保されており、一方、上述の比率が0.4を超えると、レジストパターンに対する金属板の密着性が不十分になっていた。」と記載されている。
これらの記載によれば、レジストパターンに対する金属板の密着性が低い原因として、金属板の表面層にニッケル酸化物およびニッケル水酸化物が多く存在していることが明らかにされているから、上記の発明の課題の前提として、金属板表面においてニッケル酸化物およびニッケル水酸化物が相当量存在する必要はあるものの、上記の発明の課題を解決するために重要となる事項は、金属板の表面層のニッケル酸化物およびニッケル水酸化物の含有量を減らすこと、すなわち、鉄酸化物および鉄水酸化物に対するニッケル酸化物およびニッケル水酸化物の比率を0.4以下とすることであり、これによれば、レジストパターンに対する金属板の密着性が十分に確保することを、当業者において理解することができる。
そうすると、本件発明の課題を解決できると当業者において認識できる金属板は、本件明細書の【表4】、【表7】、【0153】及び【0157】に具体的に記載される元素の組み合わせ及び組成に限定されるものではないと解するのが相当であるから、上記異議申立人の主張は、採用することはできない。
(3)小括
以上のとおりであるから、取消理由には、理由がない。
2 申立理由1(特許法第29条第1項第3号所定の規定違反(新規性欠如))及び申立理由2(特許法第29条第2項所定の規定違反(進歩性欠如))について
(1)甲1に記載の事項
ア 「【請求項5】
複数の貫通孔を形成して蒸着マスクを製造するために用いられる金属板であって、
前記マスクの前記貫通孔は、前記金属板をエッチングすることによって形成されるものであり、 前記金属板を、その一対の表面から5nm以内の距離に位置する一対の表面層と、前記一対の表面層の間に位置するバルク層と、に区画する場合、以下の条件(1),(2)が満たされており、
(1)前記一対の表面層のうち少なくとも一方の表面層に含まれる鉄、ニッケルおよびクロムの質量の合計を100質量%としたときに、前記少なくとも一方の表面層は、34~38質量%のニッケルと、0.1質量%以上のクロムと、残部の鉄と、を含む鉄合金からなること;および、
(2)前記バルク層に含まれる各構成元素の質量の合計を100質量%としたときに、前記バルク層は、34~38質量%のニッケルと、0.1質量%未満のクロムと、残部の鉄および不可避の不純物と、を含む鉄合金からなること;
前記金属板の一方の表面からの距離が5nmを超える部分に含まれる鉄、ニッケルおよびクロムの質量の合計を100質量%としたときに、X線光電子分光法を用いて前記金属板の前記一方の表面層およびその近傍における金属板の組成分析を実施した結果として得られる、前記金属板の一方の表面からの距離が5nmを超える部分におけるクロム濃度が、0.1質量%未満である、
金属板。」
イ 「【0006】
このような課題を解決するため、蒸着マスクを製造するために用いられる金属板の厚みを小さくすることが考えられる。なぜなら、金属板の厚みを小さくすることによって、蒸着マスクの貫通孔の壁面の高さを小さくすることができ、このことにより、蒸着材料のうち貫通孔の壁面に付着するものの比率を低くすることができるからである。厚みの小さな金属板を得るためには、母材を圧延して金属板を製造する際の圧延率を大きくすることになる。
【0007】
一方、金属板の厚みを小さくした場合、有機EL表示装置用の基板に対する蒸着マスクの貫通孔の位置の精度を決定する要因として、蒸着マスクと基板との間における密着の程度が無視できない要因になる。例えば、蒸着マスクの貫通孔の深さが25μmであり、そして、基板に対向する蒸着マスクの表面に厚み1μmの錆びが形成された場合について考える。この場合、錆びの厚みである1μmは、貫通孔の深さである25μmの4%に相当するので、貫通孔の深さに対して無視できない程度の値であると言える。このような錆びが生じた蒸着マスクを基板に密着させる場合、錆びの厚みの分だけ貫通孔が基板から遠ざかってしまい、この結果、基板に対する蒸着マスクの貫通孔の位置が有意にずれてしまうことになる。このため、基板上に付着する蒸着材料の寸法精度や位置精度が低下してしまうことが考えられる。また、蒸着マスクに生じた錆びによって基板に傷がついてしまうことも考えられる。従って、蒸着マスクの表面に錆びが生じることは、可能な限り抑制されることが好ましい。
【0008】
表面の錆びを抑制する方法としては、例えばステンレス鋼で採用されているように、空気中の酸素と結合して表面に不動態被膜を形成することができるクロムなどの元素を合金に添加することが考えられる。しかしながら、本件発明者らが鋭意研究を行ったところ、クロムの添加によって防錆性が改善される反面、クロムの添加に起因して蒸着マスクの寸法精度や位置精度が低下し得ることを見出した。このような課題は、上述の特許文献1においては認識されていないものである。
【0009】
本発明は、このような課題を考慮してなされたものであり、高い寸法精度および位置精度で形成された貫通孔を備え、かつ高い防錆性を有する蒸着マスクを製造するために用いられる金属板を提供することを目的とする。また本発明は、金属板の製造方法およびマスクの製造方法を提供することを目的とする。」
ウ 「【0055】
(金属板の製造方法)
・・・
【0056】
〔圧延工程〕
はじめに図8(a)に示すように、34~38質量%のニッケルを含む鉄合金から構成された母材55を準備し、この母材55を、一対の圧延ロール56a,56bを含む圧延装置56に向けて、矢印D1で示す搬送方向に沿って搬送する。一対の圧延ロール56a,56bの間に到達した母材55は、一対の圧延ロール56a,56bによって圧延され、この結果、母材55は、その厚みが低減されるとともに、搬送方向に沿って伸ばされる。これによって、厚みt0の長尺金属板64を得ることができる。図8(a)に示すように、長尺金属板64をコア61に巻き取ることによって巻き体62を形成してもよい。厚みt0の具体的な値は、好ましくは上述のように15~85μmの範囲内となっている。
・・・
【0058】
〔スリット工程〕
・・・
【0059】
〔アニール工程〕
その後、圧延によって長尺金属板64内に蓄積された残留応力を取り除くため、図8(b)に示すように、アニール装置57を用いて長尺金属板64をアニールする。アニール工程は、図8(b)に示すように、長尺金属板64を搬送方向(長手方向)に引っ張りながら実施されてもよい。すなわち、アニール工程は、いわゆるバッチ式の焼鈍ではなく、搬送しながらの連続焼鈍として実施されてもよい。アニール工程が実施される期間は、長尺金属板64の厚みや圧延率などに応じて適切に設定されるが、例えば500℃で60秒にわたってアニール工程が実施される。なお上記「60秒」は、アニール装置57中の500℃に加熱された空間を長尺金属板64が通過することに要する時間が60秒であることを意味している。
【0060】
アニール工程を実施することにより、残留歪がある程度除去された、厚みt0の長尺金属板64を得ることができる。なお厚みt0は通常、蒸着マスク20の周囲領域23内の最大厚みTbに等しくなる。
・・・
【0063】
〔切断工程〕
その後、長尺金属板64の幅方向における両端をそれぞれ所定範囲にわたって切り落とし、これによって、長尺金属板64の幅を所望の幅に調整する切断工程を実施する。このようにして、所望の厚みおよび幅を有する長尺金属板64を得ることができる。
【0064】
〔検査工程〕
その後、得られた長尺金属板64を構成する材料の組成を検査する検査工程を実施する。ここでは、図9に示すように、長尺金属板64を、その厚み方向において、長尺金属板64の一対の表面64a,64bからt2以内の距離に位置する一対の表面層(第1表面層64c,第2表面層64d)と、一対の表面層64c,64dの間に位置するバルク層64eと、に区画した上で、表面層64c,64dおよびバルク層64eに対してそれぞれ別個の手法を用いて組成の分析を実施する場合について説明する。これによって、表面層64c,64dおよびバルク層64eにおける組成をより精密に検査することが可能になる。なお、距離t2の具体的な値は、蒸着マスク20の形状や金属板21の材料に応じて適切に定められるが、例えば距離t2は5nmとなっている。
【0065】
表面層64c,64dの組成を検査する方法としては、X線光電子分光法(以下、XPS法とも称する)を用いることができる。・・・
一方、バルク層64eの組成を検査する方法としては、蛍光X線分析法(以下、XRF法とも称する)を用いることができる。・・・
【0066】
XPS法およびXRF法を用いて表面層64c,64dおよびバルク層64eの組成を測定した後、以下の条件(1),(2)をいずれも満たす長尺金属板64のみを、後述する蒸着マスク20の製造工程において使用するという、長尺金属板64の選別を実施する。
(1)表面層64c,64dのうち少なくとも一方の表面層に含まれる鉄、ニッケルおよびクロムの質量の合計を100質量%としたときに、少なくとも一方の表面層は、34~38質量%のニッケルと、0.1質量%以上のクロムと、残部の鉄と、を含む鉄合金からなること。
(2)バルク層64eに含まれる各構成元素の質量の合計を100質量%としたときに、バルク層64eは、34~38質量%のニッケルと、0.1質量%未満のクロムと、残部の鉄および不可避の不純物と、を含む鉄合金からなること。
・・・
【0070】
本件発明者らが鋭意研究を重ねたところ、アニール工程の際の雰囲気を適切にすることにより、上記の条件(1)、(2)を満たす長尺金属板64を得ることができた。具体的には、大気環境下よりも低い分圧で存在する酸素ガスと、窒素ガスなどの不活性ガスとを含む雰囲気下でアニール工程を実施することにより、上記の条件(1)、(2)を満たす長尺金属板64を得ることができた。この理由は特には限定されないが、例えば、ニッケル系鉄合金中におけるクロムが、アニール工程中に表面に向かって拡散することにより、上記の条件(1)、(2)を満たす組成分布が実現されたことが考えられる。
・・・
【0074】
(蒸着マスクの製造方法)
次に、上述のようにして選別された長尺金属板64を用いて蒸着マスク20を製造する方法について、主に図10~図19を参照して説明する。以下に説明する蒸着マスク20の製造方法では、図10に示すように、長尺金属板64が供給され、この長尺金属板64に貫通孔25が形成され、さらに長尺金属板64を断裁することによって枚葉状の金属板21からなる蒸着マスク20が得られる。
【0075】
より具体的には、蒸着マスク20の製造方法、帯状に延びる長尺の金属板64を供給する工程と、フォトリソグラフィー技術を用いたエッチングを長尺の金属板64に施して、長尺金属板64に第1面64aの側から第1凹部30を形成する工程と、フォトリソグラフィー技術を用いたエッチングを長尺金属板64に施して、長尺金属板64に第2面64bの側から第2凹部35を形成する工程と、を含んでいる。そして、長尺金属板64に形成された第1凹部30と第2凹部35とが互いに通じ合うことによって、長尺金属板64に貫通孔25が作製される。図11~図19に示された例では、第2凹部35の形成工程が、第1凹部30の形成工程の前に実施され、且つ、第2凹部35の形成工程と第1凹部30の形成工程の間に、作製された第2凹部35を封止する工程が、さらに設けられている。以下において、各工程の詳細を説明する。
・・・
【0078】
まず、図11に示すように、長尺金属板64の第1面64a上(図11の紙面における下側の面上)および第2面64b上にネガ型の感光性レジスト材料を含む塗布液を塗布して、レジスト膜65c、65dを形成する。」
エ 「【実施例】
【0096】
次に、本発明を実施例により更に具体的に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、以下の実施例の記載に限定されるものではない。
【0097】
(第1巻き体)
はじめに、34~38質量%のニッケルと、0.1質量%未満のクロムと、残部の鉄および不可避の不純物と、を含む鉄合金から構成された母材を準備した。次に、母材に対して上述の圧延工程、スリット工程、アニール工程および切断工程を実施することにより、長尺金属板が巻き取られた巻き体(第1巻き体)を製造した。
【0098】
具体的には、はじめに、第1熱間圧延工程および第1冷間圧延工程をこの順で行う第1圧延工程を実施し、次に、長尺金属板の幅方向における両端をそれぞれ3mm以上かつ5mm以下の範囲にわたって切り落とす第1スリット工程を実施した。その後、長尺金属板を構成する元素の結晶配列を変化させる温度以上の温度で、所定時間にわたって長尺金属板を連続焼鈍する第1アニール工程を実施した。さらに、第1アニール工程を経た長尺金属板に対して、第2冷間圧延工程を含む第2圧延工程を実施し、次に、長尺金属板の幅方向における両端をそれぞれ3mm以上かつ5mm以下の範囲にわたって切り落とす第2スリット工程を実施した。その後、長尺金属板を構成する元素の結晶配列を変化させる温度以上の温度で、所定時間にわたって長尺金属板を連続焼鈍する第2アニール工程を実施した。これによって、所望の厚みを有する、約600mm幅の長尺金属板64を得た。上述の第1アニール工程および第2アニール工程は、大気に対して少なくとも部分的に開放された空間において、窒素ガスを連続的に導入しながら実施した。その後、長尺金属板64の幅方向における両端をそれぞれ所定範囲にわたって切り落とし、これによって、長尺金属板64の幅を所望の幅、具体的には500mm幅に最終的に調整する切断工程を実施した。
【0099】
なお、冷間圧延工程は、圧延油を用いてクーリングしながら行った。冷間圧延工程の後には、長尺金属板を洗浄する洗浄工程を行った。洗浄工程の後には、上述のスリット工程を実施した。なお、長尺金属板の厚みは25μmとした。
【0100】
〔組成の分析〕
その後、シャーを用いて長尺金属板64を所定の範囲で、例えば30×30mmの範囲で切り出して第1試料を得た。次に、XPS法を用いて、第1試料の表面層の組成を分析した。また、XRF法を用いて、第1試料のバルク層の組成を分析した。」
(2)甲1に記載された発明
甲1の上記(1)アの記載によれば、甲1には、以下の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されているといえる。
「複数の貫通孔を形成して蒸着マスクを製造するために用いられる金属板であって、
前記マスクの前記貫通孔は、前記金属板をエッチングすることによって形成されるものであり、
前記金属板を、その一対の表面から5nm以内の距離に位置する一対の表面層と、前記一対の表面層の間に位置するバルク層と、に区画する場合、以下の条件(1),(2)が満たされており、
(1)前記一対の表面層のうち少なくとも一方の表面層に含まれる鉄、ニッケルおよびクロムの質量の合計を100質量%としたときに、前記少なくとも一方の表面層は、34~38質量%のニッケルと、0.1質量%以上のクロムと、残部の鉄と、を含む鉄合金からなること;および、
(2)前記バルク層に含まれる各構成元素の質量の合計を100質量%としたときに、前記バルク層は、34~38質量%のニッケルと、0.1質量%未満のクロムと、残部の鉄および不可避の不純物と、を含む鉄合金からなること;
前記金属板の一方の表面からの距離が5nmを超える部分に含まれる鉄、ニッケルおよびクロムの質量の合計を100質量%としたときに、X線光電子分光法を用いて前記金属板の前記一方の表面層およびその近傍における金属板の組成分析を実施した結果として得られる、前記金属板の一方の表面からの距離が5nmを超える部分におけるクロム濃度が、0.1質量%未満である、
金属板。」
(3)本件発明11について
ア 対比
本件発明11と甲1発明を対比する。
甲1発明の「複数の貫通孔を形成して蒸着マスクを製造するために用いられる金属板」は、本件発明11の「複数の貫通孔を形成して蒸着マスクを製造するために用いられ」る「金属板」に相当する。
また、甲1発明の金属板は、前記金属板を、その一対の表面から5nm以内の距離に位置する一対の表面層と、前記一対の表面層の間に位置するバルク層と、に区画する場合、(1)「前記少なくとも一方の表面層は、34~38質量%のニッケルと、0.1質量%以上のクロムと、残部の鉄と、を含む鉄合金からな」り、(2)「前記バルク層は、34~38質量%のニッケルと、0.1質量%未満のクロムと、残部の鉄および不可避の不純物と、を含む鉄合金からなる」ることから、金属板全体としては、「34~38質量%のニッケルと、クロムと、残部の鉄と、を含む鉄合金」であり、本件発明11の「ニッケルを30~54質量%含む鉄合金からなる」金属板に相当する。
そうすると、本件発明11と甲1発明は、「複数の貫通孔を形成して蒸着マスクを製造するために用いられ、ニッケルを30~54質量%含む鉄合金からなる金属板」の点で一致し、以下の点で相違しているといえる。
<相違点1>
金属板が、本件発明11では、その第1面にドライフィルムからなる第1レジストパターンを形成するものであるのに対し、甲1発明では、その様なものであるのか明らかでない点。
<相違点2>
金属板が、本件発明11では、「金属板の第1面の組成分析を、X線光電子分光法を用いて実施した結果として得られる、ニッケル酸化物のピーク面積値とニッケル水酸化物のピーク面積値との和をA1とし、鉄酸化物のピーク面積値と鉄水酸化物のピーク面積値との和をA2とする場合、A1/A2が0.37以下(A1及びA2の、測定方法の説明である「前記金属板の第1面の組成分析をX線光電子分光法を用いて実施した結果として得られるグラフのうち・・・X線光電子分光法を用いた前記金属板の前記第1面の組成分析において、前記金属板へ照射されるX線の、前記第1面に対する入射角が45度であり、前記金属板から放出される光電子の取り込み角が90度である」の記載を省略する。以下、同様)のものであるのに対し、甲1発明では、その様なものであるのか明らかでない点。
イ 相違点に関する判断
(ア)相違点1について
甲1の上記(1)ウの【0078】の記載によれば、甲1発明において、マスクに貫通孔を設ける際のレジストパターンの形成は、感光性レジスト材料を含む塗布液によることが記載されるのみで、甲1には、本件発明11のように、ドライフィルムからなるレジストパターンによることは記載されていない。
そうすると、上記相違点1は、実質的な相違点である。
また、甲1発明の課題は、以下のとおりである。
蒸着マスクを用いて蒸着材料を基板上に成膜する場合、蒸着マスクを製造するために用いられる金属板の厚みを小さくすることが考えられるが(甲1の上記(1)イの【0006】)、金属板の厚みを小さくした場合、基板上に付着する蒸着材料の寸法精度や位置精度が低下するため、蒸着マスクの表面に錆びが生じることは、可能な限り抑制されることが好ましいところ(同【0007】)、表面の錆びを抑制するには、空気中の酸素と結合して表面に不動態被膜を形成することができるクロムなどの元素を合金に添加することが考えられている。一方で、クロムの添加によって防錆性が改善される反面、クロムの添加に起因して蒸着マスクの寸法精度や位置精度が低下し得るという問題があるため(同【0008】)、甲1発明は、高い寸法精度および位置精度で形成された貫通孔を備え、かつ高い防錆性を有する蒸着マスクを製造するために用いられる金属板を提供することを目的とするものである(【0009】)。
以上の課題に照らすと、甲1発明は、金属板に、クロムなどの元素を合金に添加することを前提とし、その上で、クロムの添加に起因する蒸着マスクの寸法精度や位置精度の低下を防ぐことを主眼とするものであり、蒸着の際のレジストパターンの形態になんら着目するものではないから、甲1発明には、レジストパターンをドライフィルムとする動機付けはないものと解される。
してみると、上記相違点1に係る本件発明11の構成は、当業者が容易に想到し得たものではない。
(イ)相違点2について
a 甲1には、上記相違点2に係る本件発明11の構成に関する事項は記載されていない。
b(a) 異議申立人は、異議申立書の14頁7行~18頁8行において、上記相違点について、概略、次のように主張する。
「上記相違点2に係る本件発明11の構成は、金属板の第1面の組成分析における、ニッケル酸化物、ニッケル水酸化物、鉄酸化物、鉄水酸化物の関係を規定したものであるが、このような特徴は、原材料と、製造方法によって決まるものと解される。
そこで、本件発明11の金属板の原材料及び製造方法と、甲1発明の金属板の原材料及び製造方法を比較すると、本件発明11に係る金属板の原材料及び製造方法は、以下のとおりである。
11-a:ニッケルを含む鉄合金から構成された母材を準備する(【0072】)、11-b:圧延工程で、母材を一対の圧延ロールを含む圧延装憤に向け搬送し、圧延し、厚みt0の板材を得る(【0072】)、11-c:板材の幅方向における両端をそれぞれ3mm以上かつ5mm以下の範囲にわたって切り落とすスリット工程を実施してもよい(【0074】)、11-d:アニール工程で、板材を、たとえば、500℃で60秒以上アニールし(【0075】)、アニールエ程は、非還元雰囲気や不活性ガス雰囲気で実施される(【0076】)、11-e:圧延工程、スリット工程、アニール工程を複数回繰り返して長尺金属板を作製してもよい(【0078】)、11-f:長尺金属板の幅方向における両端をそれぞれ所定範囲にわたって切り落とし、長尺金属板の幅を所望の幅に調整する(【0079】)。
他方、甲1発明の金属板の原材料及び製造方法は、以下のとおりである。
甲1-a:34~38質量%のニッケルを含む鉄合金から構成された母材を準備する(【0056】)、甲1-b:圧延工程で、母材を一対の圧延ロールを含む圧延装置に向け搬送し、圧延し、厚みt0の板材を得る(【0056】)、甲1-c:板材の幅方向における両端をそれぞれ3mm以上かつ5mm以下の範囲にわたって切り落とすスリット工程を実施してもよい(【0058】)、甲1-d:アニールエ程で、板材を、たとえば、500℃で60秒以上アニールする(【0060】)、甲1-e:圧延工程、スリット工程、アニール工程を複数回繰り返して長尺金属板を作製してもよい(【0061】)、及び甲1-f:長尺金属板の輻方向における両端をそれぞれ所定範囲にわたって切り落とし、長尺金属板の幅を所望の幅に調整する(【0063】)。そして、アニール工程についてはさらに、「第1アニール工程および第2アニール工程は、大気に対して少なくとも部分的に開放された空間において、窒素ガスを連続的に導入しながら実施した。」と記載されているから(【0098】)、本件発明11に係る金属板と甲1発明の金属板は、原材料及び製造方法が一致している。
そうすると、甲1発明の金属板は、上記相違点2に係る本件発明1の構成の点で本件発明1の金属板と同じ金属板である。」
(b) そこで、念のため、上記の主張についても検討するに、確かに原材料が同じで、甲1発明の蒸着マスク用金属板を製造する工程及びその工程での具体的な各製造条件までが、本件発明11の金属板の原材料及び製造方法に一致しているのであれば、甲1発明の金属板も、上記相違点2に係る本件発明11の構成を有する金属板であると考える余地がある。
しかしながら、本件発明11に係る金属板及び甲1発明の金属板は共に、実際の製造に際しては、上記の11-a~11-f及び甲1-a~甲1-fの各工程において、さらに具体的な製造条件が設定されるところ、そのような具体的な製造条件についても両者が一致していると認めるに足りる証拠はない。
また、異議申立人が特に着目するアニール工程についてみると、本件明細書の【0075】及び【0076】に「〔アニール工程〕・・・アニール工程が実施される期間は、長尺金属板64の厚みや圧延率などに応じて適切に設定されるが、例えば500℃で60秒以上にわたってアニール工程が実施される。・・・好ましくは上述のアニール工程は、非還元雰囲気や不活性ガス雰囲気で実施される。ここで非還元雰囲気とは、水素などの還元性ガスを含まない雰囲気のことである。「還元性ガスを含まない」とは、水素などの還元性ガスの濃度が10%以下であることを意味している。また不活性ガス雰囲気とは、アルゴンガス、ヘリウムガス、窒素ガスなどの不活性ガスが90%以上存在する雰囲気のことである。非還元雰囲気や不活性ガス雰囲気でアニール工程を実施することにより、上述のニッケル水酸化物が長尺金属板64の第1面64aや第2面64bに生成されることを抑制することができる。」と記載される一方、甲1の上記(1)ウの【0059】には、「〔アニール工程〕・・・アニール工程が実施される期間は、長尺金属板64の厚みや圧延率などに応じて適切に設定されるが、例えば500℃で60秒にわたってアニール工程が実施される。」、同ウの【0070】には、「本件発明者らが鋭意研究を重ねたところ、アニール工程の際の雰囲気を適切にすることにより、上記の条件(1)、(2)を満たす長尺金属板64を得ることができた。具体的には、大気環境下よりも低い分圧で存在する酸素ガスと、窒素ガスなどの不活性ガスとを含む雰囲気下でアニール工程を実施することにより、上記の条件(1)、(2)を満たす長尺金属板64を得ることができた。」と記載されているので、本件明細書及び甲1に記載されるアニール工程は、非還元雰囲気や不活性ガス雰囲気での500℃、60秒の条件で重複していることが分かる。しかしながら、本件発明11に係る金属板について、本件明細書の【0087】には、「上述の条件(1)は、アニール温度やアニール時間などの、長尺金属板64を製造するための条件を最適化するために利用されてもよい。具体的には、様々なアニール温度やアニール時間で長尺金属板64を製造し、得られた各長尺金属板64の表面の組成を分析し、そして分析結果と条件(1)とを照らし合わせることによって、条件(1)を満たし得る適切な製造条件を設定する、という作業のために、条件(1)が利用されてもよい。」と記載されるように、アニール工程における具体的な製造条件は、条件(1)(A1/A2が0.4以下であること(【0082】))を考慮しながら、本件明細書に記載される概略的なアニール工程における製造条件をさらに最適化する必要があるといえるから、両者のアニール工程は、具体的な製造条件までが一致するということはできない。
さらに、本件発明11に係る金属板の製造工程は、本件明細書の【0082】に記載されるような上記条件(1)を満たす金属板のみを選別する工程を備えるものであるが、甲1に記載される製造方法には、このような選別工程は存在していない。
そうすると、本件発明11に係る金属板の製造方法と、甲1発明に係る金属板の製造方法が同じであるということはできないから、甲1発明に係る金属板が、本件発明11に係る金属板と同じ物であるということはできないため、上記主張を採用して、上記相違点2を実質的な相違点ではないとすることはできない。
c また、甲1発明は、上記(ア)で述べたとおり、クロムの添加に起因する蒸着マスクの寸法精度や位置精度の低下を防ぐことを主眼とするものであり、金属板表面のニッケル酸化物及びニッケル水酸化物の含有量に、何ら着目するものではないから、甲1発明には、金属板表面の鉄酸化物及び鉄水酸化物の含有量に対するニッケル酸化物及びニッケル水酸化物の含有量の比を制御することに対応する構成である、金属板の表面をX線光電子分光法を用いて得られる、ニッケル酸化物のピーク面積値とニッケル水酸化物のピーク面積値との和をA1とし、鉄酸化物のピーク面積値と鉄水酸化物のピーク面積値との和をA2とする場合、A1/A2が0.37以下とする動機付けはない。
そうすると、上記相違点2に係る本件発明11の構成は、当業者が容易に想到し得たものではない。
(ウ)以上のとおり、本件発明1は、甲1発明ではないし、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(4)本件発明11~14について
本件発明11を少なくとも引用する本件発明12~14は、本件発明11の発明特定事項を全て含むものであるから、上記(3)で述べたのと同様に、甲1発明ではないし、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(5)申立理由1及び申立理由2に関するまとめ
上記(3)及び(4)によれば、申立理由1及び申立理由2には、理由がない。
3 申立理由3(特許法第36条第4項第1号所定の規定違反(実施可能要件違反))について
異議申立人の主張は、本件発明11~14の金属板と、甲1発明の金属板の原材料及び製造方法が一致することを前提としているが、本件発明11~14の金属板の製造方法と甲1発明の金属板の製造方法とが必ずしも一致しないことは、上記2(3)イ(イ)b(b)で述べたとおりであるから、異議申立人の主張は、その前提において誤りがある。
そして、本件明細書には、本件発明1の金属板の概略的な製造方法が【0071】~【0087】に記載され、上記2(3)イ(イ)b(b)で述べたように、本件明細書に記載される条件(1)(A1/A2が0.4以下であること(【0082】))を考慮しながら概略的に記載された、アニール工程を含め各工程の製造条件をさらに最適化していくことは、製造工程を確立する上で当業者が通常行う条件設定の作業であるといえる。加えて、本件明細書に記載される金属板の製造工程は、【0082】に記載されるような上記条件(1)を満たす金属板のみを選別する工程を備えるものであるから、上記条件(1)を満たす金属板に対応する本件発明11~14の金属板を過度の試行錯誤を行わなければ製造することができないとはいえない。
そうすると、本件発明11~14の金属板を製造するのに、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤又は複雑高度な実験等をする必要があるとはいえず、当業者であれば、本件明細書の発明の詳細な説明の記載により、本件発明11~14を実施することができるというべきであるから、本件明細書の詳細な説明の記載は、本件発明11~14に対して、実施可能要件を満たしているといえる。
よって、申立理由3には、理由がない。
第6 むすび
上記第5で検討したとおり、本件特許11~14は、特許法第36条第6項及び第4項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとも、同法第29条のいずれの規定に違反してされたものであるともいうことはできず、同法第113条第2号又は第4号に該当するものではないから、上記取消理由及び申立理由では、本件特許11~14を取り消すことはできない。
また、他に本件特許11~14を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
審決本文(J-PlatPat)
J-PlatPatの審決検索トップを開きます。番号入力で「審判番号」を選び、下の番号を貼り付けて検索してください。
J-PlatPat 審決検索を開く
2021-701028