特許異議申立
2020-700753
硬化性樹脂含有シート、並びに、それを用いた構造体および配線板
- 審判番号
- 2020-700753
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2016-538237
- 登録番号
- 特許第6684712号(P6684712)
- 請求日
- 2020年10月01日
- 審決日
- 2021年07月02日
- 公報発行日
- 2021年10月29日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】太陽ホールディングス株式会社
- 【権利者代理人】本多 一郎
- 【権利者代理人】杉本 由美子
- 【異議申立人】特許業務法人朝日奈特許事務所
- 審判長/審判官
- 審判長 大島 祥吾
- 審判官 加藤 友也
- 審判官 岩田 健一
- 分類
- P1651.113-YAA(C08J) / P1651.121-YAA(C08J) / P1651.537-YAA(C08J)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法120条の8第1項特許法135条
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第120条の5第9項、特許法第36条第6項第2号、特許法第29条第1項第3号、特許法第120条の5第5項、特許法第120条の5第7項、特許法第120条の5第2項、特許法第120条の5第4項、特許法第29条第2項、特許法第120条の8第1項
- データ出所
- 審決公報(SGML)
事件の表示
特許第6684712号発明「硬化性樹脂含有シート、並びに、それを用いた構造体および配線板」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
【結 論】
特許第6684712号の特許請求の範囲及び明細書を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲及び訂正明細書のとおり、訂正後の請求項〔1ないし6〕について訂正することを認める。
特許第6684712号の請求項1、2、4ないし6に係る特許を維持する。
特許第6684712号の請求項3に係る特許異議の申立てを却下する。
理由
【理 由】
第1 手続の経緯
特許第6684712号(以下、「本件特許」という。)の請求項1ないし6に係る特許についての出願は、2015年(平成27年)7月2日(優先権主張 平成26年7月29日)を国際出願日とする出願であって、令和2年4月1日にその特許権の設定登録(請求項の数6)がされ、同年同月22日に特許掲載公報が発行され、その後、その特許に対し、同年10月1日に特許異議申立人 特許業務法人朝日奈特許事務所(以下、「特許異議申立人」という。)により特許異議の申立て(対象請求項:請求項1ないし6)がされ、令和3年1月8日付けで取消理由が通知され、同年3月15日に特許権者 太陽ホールディングス株式会社(以下、「特許権者」という。)から意見書が提出されるとともに訂正請求がされ、同年同月25日付けで訂正請求があった旨の通知(特許法第120条の5第5項)がされ、同年4月13日に特許異議申立人から意見書が提出され、同年5月17日付けで取消理由が通知され、同年6月9日に特許権者から意見書が提出されるとともに訂正請求がされたものである。
なお、令和3年3月15日にされた訂正請求は、特許法第120条の5第7項の規定により取り下げられたものとみなす。
また、すでに特許異議申立人に意見書の提出の機会が与えられており、下記第2 1のとおり、令和3年6月9日にされた訂正請求によって特許請求の範囲が相当程度減縮され、下記第5ないし7のとおり、提出された全ての証拠や意見等を踏まえて更に審理を進めたとしても特許を維持すべきとの結論となると合議体は判断したことから、特許異議申立人に再度の意見書の提出の機会は与えない。
第2 本件訂正について
1 訂正の内容
令和3年6月9日にされた訂正請求による訂正(以下、「本件訂正」という)の内容は、次のとおりである。なお、下線は訂正箇所を示すものである。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に、
「全芳香族ポリアミド繊維と異なる繊維基材と、
前記繊維基材中の繊維同士を固着する固着剤と、
前記繊維基材と固着剤とに接する樹脂と、を有し、
前記固着剤の貯蔵弾性率が、前記樹脂の貯蔵弾性率よりも高いことを特徴とする樹脂含有シート。」とあるのを、
「全芳香族ポリアミド繊維と異なる繊維基材と、
前記繊維基材に含浸されて該繊維基材中の繊維同士を固着する、固着剤組成物からなる固着剤と、
前記固着剤にて繊維同士を固着させた繊維基材に含浸されて該繊維基材と固着剤とに接する、樹脂組成物からなる樹脂と、を有するドライフィルムである硬化性樹脂含有シートであって、
前記固着剤組成物および前記樹脂組成物は、熱硬化性樹脂または光硬化性樹脂のいずれか1種以上を含み、
前記樹脂組成物の含浸率が、前記硬化性樹脂含有シート中の樹脂濃度として10~70体積%であり、
前記固着剤組成物の硬化膜の貯蔵弾性率が、前記樹脂組成物の硬化膜の貯蔵弾性率よりも高く、
前記繊維基材の繊維同士を前記固着剤組成物により固着させた後、該繊維同士を固着させた繊維基材に前記樹脂組成物を含浸して得られることを特徴とする硬化性樹脂含有シート。」に訂正する。
併せて、請求項1を直接又は間接的に引用する請求項2、4ないし6についても、請求項1を訂正したことに伴う訂正をする。
(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2に「前記固着剤のガラス転移温度が、前記樹脂のガラス転移温度または軟化温度よりも高い請求項1記載の樹脂含有シート。」とあるのを、「前記固着剤組成物の硬化膜のガラス転移温度が、前記樹脂組成物の硬化膜のガラス転移温度よりも高い請求項1記載の硬化性樹脂含有シート。」に訂正する。
(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項3を削除する。
(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項4に「前記繊維基材が織布または不織布を含む請求項1記載の樹脂含有シート。」とあるのを、「前記繊維基材が織布または不織布を含み、基板に熱密着、硬化して用いられる請求項1記載の硬化性樹脂含有シート。」に訂正する。
(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項5に「請求項1記載の樹脂含有シートを、基板に密着させて得られることを特徴とする構造休。」とあるのを、「請求項1記載の硬化性樹脂含有シートを、基板に密着させて得られることを特徴とする構造体。」に訂正する。
併せて、請求項5を直接引用する請求項6についても、請求項5を訂正したことに伴う訂正をする。
(6)訂正事項6
願書に添付した明細書の【発明の名称】に記載された「樹脂含有シート」 を、「硬化性樹脂含有シート」に訂正する。
2 訂正の目的、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内か否か及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1について
訂正事項1に係る請求項1の訂正のうち、
「前記繊維基材に含浸されて該繊維基材中の繊維同士を固着する、固着剤組成物からなる固着剤」との訂正は、「固着剤」に係る限定を追加するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、
「前記固着剤にて繊維同士を固着させた繊維基材に含浸されて該繊維基材と固着剤とに接する、樹脂組成物からなる樹脂」との訂正は、「樹脂」に係る限定を追加するものであり、
「ドライフィルムである硬化性樹脂含有シート」との訂正は、「樹脂含有シート」に係る限定を追加するものであり、
「前記固着剤組成物および前記樹脂組成物は、熱硬化性樹脂または光硬化性樹脂のいずれか1種以上を含み」との訂正は、「固着剤」及び「樹脂」に係る限定を追加するものであり、
「前記樹脂組成物の含浸率が、前記硬化性樹脂含有シートの樹脂濃度として10~70体積%であり」との訂正は、「樹脂含有シート」に係る限定を追加するものであり、
「前記固着剤組成物の硬化膜の貯蔵弾性率が、前記樹脂組成物の硬化膜の貯蔵弾性率よりも高く」との訂正は、「固着剤」および「樹脂」の「貯蔵弾性率」に係る限定を追加するものであり、
「前記繊維基材の繊維同士を前記固着剤組成物により固着させた後、該固着された繊維基材に前記樹脂組成物を含浸して得られる」との訂正は、「樹脂含有シート」に係る限定を追加するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
請求項1を直接又は間接的に引用する他の請求項も同様である。
(2)訂正事項2について
訂正事項2に係る請求項2の訂正のうち、
「前記固着剤組成物の硬化膜のガラス転移温度が、前記樹脂組成物の硬化膜のガラス転移温度よりも高い」との訂正は、「固着剤」および「樹脂」の「ガラス転移温度」に係る限定を追加し、「または軟化温度よりも」という選択肢を削除したものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、
「硬化性樹脂含有シート」との訂正は、「樹脂含有シート」に係る限定を追加するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(3)訂正事項3について
訂正事項3は、訂正前の請求項3を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(4)訂正事項4について
訂正事項4に係る請求項4の訂正のうち、
「基板に熱密着、硬化して用いられる」との訂正は、「樹脂含有シート」に係る限定を追加するものであり、
「硬化性樹脂含有シート」との訂正は、「樹脂含有シート」に係る限定を追加するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(5)訂正事項5について
訂正事項5に係る請求項5の訂正は、「樹脂含有シート」に係る限定を追加するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
請求項5を直接引用する請求項6も同様である。
(6)訂正事項6について
訂正事項6は、訂正事項1ないし5による訂正に伴い、明細書の記載を特許請求の範囲の記載と整合させるためのものであるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
また、訂正事項6は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
3 むすび
以上のとおり、訂正事項1ないし6は、それぞれ、特許法120条の5第2項ただし書第1又は3号に掲げる事項を目的とするものである。
また、訂正事項1ないし6は、いずれも、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第5及び6項の規定に適合する。
なお、訂正前の請求項2ないし6は訂正前の請求項1を引用するものであるから、訂正前の請求項1ないし6は一群の請求項に該当するものである。そして、訂正事項1ないし5は、それらについてされたものであるから、一群の請求項ごとにされたものであり、特許法第120条の5第4項の規定に適合する。
また、訂正事項6は、願書に添付した明細書についての訂正であるが、当該明細書に係る請求項の全てについて、本件訂正請求は行われているので、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第4項の規定に適合する。
さらに、特許異議の申立ては、訂正前の請求項1ないし6に対してされているので、訂正を認める要件として、特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項に規定する独立特許要件は課されない。
したがって、本件訂正は適法なものであり、結論のとおり、本件特許の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1ないし6〕について訂正することを認める。
第3 本件特許発明
上記第2のとおり、本件訂正は認められるから、本件特許の請求項1ないし6に係る発明(以下、順に「本件特許発明1」のようにいう。)は、それぞれ、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1ないし6に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
全芳香族ポリアミド繊維と異なる繊維基材と、
前記繊維基材に含浸されて該繊維基材中の繊維同士を固着する、固着剤組成物からなる固着剤と、
前記固着剤にて繊維同士を固着させた繊維基材に含浸されて該繊維基材と固着剤とに接する、樹脂組成物からなる樹脂と、を有するドライフィルムである硬化性樹脂含有シートであって、
前記固着剤組成物および前記樹脂組成物は、熱硬化性樹脂または光硬化性樹脂のいずれか1種以上を含み、
前記樹脂組成物の含浸率が、前記硬化性樹脂含有シート中の樹脂濃度として10~70体積%であり、
前記固着剤組成物の硬化膜の貯蔵弾性率が、前記樹脂組成物の硬化膜の貯蔵弾性率よりも高く、
前記繊維基材の繊維同士を前記固着剤組成物により固着させた後、該繊維同士を固着させた繊維基材に前記樹脂組成物を含浸して得られることを特徴とする硬化性樹脂含有シート。
【請求項2】
前記固着剤組成物の硬化膜のガラス転移温度が、前記樹脂組成物の硬化膜のガラス転移温度よりも高い請求項1記載の硬化性樹脂含有シート。
【請求項3】
(削除)
【請求項4】
前記繊維基材が織布または不織布を含み、基板に熱密着、硬化して用いられる請求項1記載の硬化性樹脂含有シート。
【請求項5】
請求項1記載の硬化性樹脂含有シートを、基板に密着させて得られることを特徴とする構造体。
【請求項6】
請求項5記載の構造体を有することを特徴とする配線板。」
第4 特許異議申立書に記載した申立ての理由及び取消理由の概要
1 特許異議申立書に記載した申立ての理由の概要
令和2年10月1日に特許異議申立人が提出した特許異議申立書(以下、「特許異議申立書」という。)に記載した申立ての理由の概要は次のとおりである。
(1)申立理由1(甲第1号証又は甲第2号証に基づく新規性)
本件特許の請求項1、2、4に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明であり、本件特許の請求項1ないし4に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第2号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1ないし4に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
(2)申立理由2(甲第1号証又は甲第2号証を主引用文献とする進歩性)
本件特許の請求項1ないし6に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1ないし3号証に記載された発明に基いて、本件特許の優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1ないし6に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
(3)申立理由3(明確性要件)
本件特許の請求項1ないし6に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
(4)証拠方法
甲第1号証:エポキシ-ポリエーテルイミド・ブレンド/炭素繊維複合材料における高次構造と力学特性、繊維学会誌 Vol.49、No.2(1993)、p.72-78、一般社団法人繊維学会
甲第2号証:ポリイミドを被ふくした炭素繊維とエポキシ樹脂間相互作用、高分子論文集 Vol.42、No.6(June, 1985)、p.383-388、公益社団法人高分子学会
甲第3号証:超薄切片法、電子顕微鏡 Vol.9、No.1・2(1974)、p.57-66、公益社団法人日本顕微鏡学会
甲第4号証:jER○R(合議体注:「○R」は○の中にRの記号を表す。)製品案内 2020年4月、三菱ケミカル株式会社スペシャリティケミカルズ事業部
なお、甲号証の表記は、おおむね特許異議申立書の記載に従った。
以下、順に「甲1」のようにいう。
2 取消理由の概要
(1)令和3年5月17日付けで通知した取消理由(以下、「2回目の取消理由」という。)の概要は次のとおりである。
2回目の取消理由(明確性要件)
令和3年3月15日に提出された訂正特許請求の範囲の請求項1、2、4ないし6に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
(2)令和3年1月8日付けで通知した取消理由(以下、「1回目の取消理由」という。)の概要は次のとおりである。
1回目の取消理由(甲1又は甲2に基づく新規性・進歩性)
本件特許の請求項1、2、4に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲1に記載された発明であり、本件特許の請求項1ないし4に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲2に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1ないし4に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。また、本件特許の請求項1、2、4ないし6に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲1に記載された発明に基いて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、本件特許の請求項1ないし6に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲2に記載された発明に基いて、その優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであり、同法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1ないし6に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
第5 取消理由についての当審の判断
1 2回目の取消理由(明確性要件)について
(1)明確性要件の判断基準
特許を受けようとする発明が明確であるかは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
(2)判断
2回目の取消理由は、令和3年3月15日に提出された訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1の「固着剤組成物を含浸してなる固着剤」、「樹脂組成物を含浸してなる樹脂」という記載に起因する記載不備によるものであるところ、本件訂正により、請求項1は「固着剤組成物からなる固着剤」、「樹脂組成物からなる樹脂」に訂正され、上記記載が存在しなくなったことから、上記記載不備は解消した。
そして、請求項1、2、4ないし6の記載は、上記第3の【請求項1】、【請求項2】、【請求項4】ないし【請求項6】のとおりであり、それ自体不明確な記載はなく、また、発明の詳細な説明及び図面の記載とも整合している。
したがって、本件特許発明1、2、4ないし6は、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎として第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるとはいえない。
(3)2回目の取消理由についてのまとめ
したがって、本件特許の請求項1、2、4ないし6に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとはいえず、同法第113条第4号に該当するものではない。
2 1回目の取消理由のうち甲1に基づく新規性・進歩性について
(1)甲1に記載された事項等
ア 甲1には、図面とともに次の事項が記載されている。(下線については、当審において付与した。以下同様。)
(ア)「炭素繊維複合材料 (CFRP) のマトリックス樹脂としてはエポキシ樹脂(Ep)が広く用いられているが,車両,航空機などの分野での需要を伸ばすためには,脆弱さの改善が望まれている。」(第72ページ左欄第2-5行)
(イ)「筆者は,Ep-ポリエーテルイミド(PEI)ブレンド硬化物のモルホロジーと物性について報告してきた」(第72ページ右欄第2-3行)
(ウ)「本報では,Ep-PEIをマトリックス樹脂とするCFRPにおける繊維-樹脂界面付近の高次構造と物性について検討した結果を報告する。」(第73ページ左欄第2-4行)
(エ)「2.実験
EpはビスフェノールAタイプのもの(エピコート828,Mw~380,油化シェルエポキシ)を用いた。硬化剤としては,4,4'-ジアミノジフェニルタン(DDM)または4,4'-ジアミノジフェニルスルフォン(DDS)を各々化学当量用いた。PEIはULTEM 1000(日本ジーイープラスチック,Mw~12000)を用い,添加量は約20wt%とした。樹脂バルク試料は,以下のような方法により調製した。Ep-硬化剤系については, 約90℃に加熱したEpに硬化剤を添加し,混合,脱泡後,注型し,所定の条件で硬化させた。Ep-PEI-硬化剤系の場合,Ep,PEI,硬化剤をジクロロメタン(DCM)に溶解し,溶媒を減圧回収した後,脱泡,注型し,所定の条件で硬化させた。
CFクロス(トレカ#6343)は,エポキシ樹脂用の市販品をそのまま用いた。CFRPとしては,以下の様な成形方法により得たものを用いた。Ep-硬化剤系CFRPについては,上記の方法で調製したマトリックス樹脂を,粘度を下げるためホットプレート上で加熱(60~80℃)しながらCFクロスに含浸させ,冷却後,プレス成形により初期硬化した後,恒温硬化炉中で後硬化を行なった。Ep-PEI-硬化剤系CFRPについては,樹脂混合物のDCM溶液にCFクロスを浸漬し,風乾,減圧乾燥後,積層したものを,Ep-硬化剤系CFRPと同様,プレス成形および後硬化した。CF含有率は約60wt%であった。樹脂バルク試料およびCFRPの硬化条件は,硬化剤としてDDMを用いた場合,130℃にて2h硬化し,さらに150℃で3h後硬化した。硬化剤としてDDSを用いた場合の硬化条件は,200℃にて6h(以下,硬化条件1),あるいは,130℃12h硬化しさらに200℃3h後硬化(以下,硬化条件2)とした。」(第73ページ左欄第5行-右欄第8行)
(オ)「破断面をDCMによりエッチングした後SEM観察した結果,写真で白く見える部分はPEIリッチ相,黒く見える部分はEpリッチ相であることがわかった。」(第74ページ右欄第5-7行)
(カ)「Ep-PEI混合系をマトリックス樹脂とするCFRPについて,破断面のSEM観察した結果を図2に示す。(なおPEIを添加しないEpのみの硬化物では,樹脂バルク試科,CFRPマトリックスともに相分離構造のような顕著な構造形態は認められなかった。)DDM硬化CFRP(図2a)およびDDS硬化(条件2)CFRP(図2c)では,バルク試料(図1a,c)に比べて大きな形態の相違は認められなかった。したがって,これらの系では,PEIリッチ連続相がCFと接していると考えられる。」(第75ページ左欄第9-17行)
(キ)「Fig.2 SEM photographs of CFRP fracture surface after DCB test. Matrix cure conditions were as follows.…(中略)… (c,e) Ep/PEI/DDS=100:35:33, cuerd at 130 ℃ for 12h and after cured at 200℃ for 3h.」(第74ページ下欄第1-3行)
(ク)「Fig.3 Temperature dependence of storage modulus E’. …(中略)… 5) Ep/DDS = 100:33, cured at 130゜C 12h and after cured at 200℃ 3h.…(中略)… 7) PEI.」(第75ページ下欄第1-5行)
(ケ)「Fig.4 Temperature dependence of loss modulus E". Notations are the same as in Fig.3.」(第76ページ上欄第1行)
(コ)「樹脂バルク及びCFRPについての動的粘弾性測定により得られた貯蔵弾性率(E') および損失弾性率(E")の結果をそれぞれ図3,4に示す。」(第76ページ左欄第7-9行)
(サ)「図4において,樹脂バルク試料のうち,PEI混合硬化系とEpのみの硬化系とでは,Epのガラス転位に基づく緩和のピーク温度(Tg) が若干異なった。」(第77ページ左欄第2-4行)
(シ)「
」(図2、第74ページ)
(ス)「
」(図3、第75ページ)
(セ)「
」(図4、第76ページ)
イ 甲1に記載された発明
甲1の「硬化剤としてDDSを用いた場合の硬化条件は…(中略)…130 ℃ 12 h 硬化しさらに 200 ℃ 3h後硬化(以下,硬化条件2)とした。」(上記(エ))、「DDS硬化(条件2)CFRP(図2c) 」(上記(カ))、図2(c)の注釈である「(c,e) Ep/PEI/DDS=100:35:33, cuerd(当審注:「cured」の誤記と認める。) at 130℃ for 12h and after cured at 200℃ for 3h.」(上記(キ))、図3の符号「5」の注釈である「5) Ep/DDS = 100:33, cured at 130℃ 12h and after cured at 200℃ 3h」(上記(ク))、図4の注釈である「Fig. 4 Temperature dependence of loss modulus E". Notations are the same as in Fig.3.」(上記(ケ))を参酌すると、図2(c)は、硬化条件2である「硬化剤としてDDSを用い130℃ 12 h 硬化しさらに 200℃ 3 h後硬化」したものであって、図2(c)の上記注釈と図3の符号「5」の上記注釈とは、「DDS」の比率が「33」であり、「cured at 130 ℃ for 12h and after cured at 200℃ for 3h」である点で一致しているから、図3の符号「5」のものも、図2(c)と同じ上記硬化条件2で製造されたものであると認められる。
甲1の図4の注釈である「Fig. 4 Temperature dependence of loss modulus E". Notations are the same as in Fig. 3.」(上記(ケ))の記載において、「Notations」は「注釈」という意味であり、「same」は「同じ」という意味であるから、図4と図3の注釈とは同じであると理解できる。そうすると、図4の符号「5」のものも、図2(c)と同じ上記硬化条件2で製造されたものであると認められる。
これらの点を踏まえた上で、図3の左図及び右図をみると、特に215℃以下の温度範囲において、「7) PEI」の貯蔵弾性率が、「5) Ep/DDS」の貯蔵弾性率よりも高いことが看取できる。そうすると、甲1には、「PEI」の貯蔵弾性率が、硬化条件2(硬化剤としてDDSを用い130℃12h硬化しさらに200℃3h後硬化したもの。)で製造された「Ep/DDS」の貯蔵弾性率よりも高いことが記載されていると認められる。
以上の点を踏まえつつ、甲1の上記(ア)ないし(セ)の記載事項を整理すると、甲1には次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認める。
<甲1発明>
「CFクロス(トレカ#6343)に、Ep/DDS(硬化剤としてDDSを用いて130℃12h硬化しさらに200℃3h後硬化したもの。)とPEIとのブレンド硬化物を含浸させた複合材料において、PEIリッチ連続相がCFと接しており、前記PEIの貯蔵弾性率が、前記Ep/DDSの貯蔵弾性率よりも高い複合材料。」
(2) 対比・判断
ア 本件特許発明1について
(ア)対比
甲1発明における「CFクロス(トレカ#6343)」は、炭素繊維で作成されたものであるから、本件特許発明1における「全芳香族ポリアミド繊維と異なる繊維基材」に相当する。
甲1発明における「CF」は、本件特許発明1における「繊維」に相当する。
甲1発明においては、「PEIリッチ連続相がCFと接して」いるものである。そして、甲1において「CFクロス(トレカ#6343)」は、炭素繊維の織物であるから、「CF」が「Ep/DDSとPEIとのブレンド硬化物」であるマトリックス樹脂内に張り巡らされていると解されるので、甲1の図2(c)を参酌すれば、白い部分であるPEIリッチ連続相、すなわち「PEI」のうちいずれかは、「CF」同士を固着していると解される。さらに、甲1発明においては、「CFクロス(トレカ#6343)に、Ep/DDS(硬化剤としてDDSを用いて130℃12h硬化しさらに200℃3h後硬化したもの。)とPEIとのブレンド硬化物を含浸させた」ものである。そうすると、甲1発明における「PEI」は、本件特許発明1における「繊維基材に含浸されて該繊維基材中の繊維同士を固着する、固着剤組成物からなる固着剤」に相当する。
甲1の図2(c)からは、黒い部分であるEPリッチ相が、PEIリッチ連続相と接していることが看取できる。そして、甲1において「CFクロス(トレカ#6343)」は、炭素繊維の織物であるから、「CF」が「Ep/DDSとPEIとのブレンド硬化物」であるマトリックス樹脂内に張り巡らされていると解されるので、甲1の図2(c)を参酌すれば、黒い部分であるEPリッチ相、すなわち「Ep/DDS」のうちいずれかは、「CF」に接していると解される。さらに、甲1発明においては、「CFクロス(トレカ#6343)に、Ep/DDS(硬化剤としてDDSを用いて130℃12h硬化しさらに200℃3h後硬化したもの。)とPEIとのブレンド硬化物を含浸させた」ものである。そうすると、甲1発明における「Ep/DDS(硬化剤としてDDSを用いて130℃12h硬化しさらに200℃3h後硬化したもの。)」は、本件特許発明1における「固着剤にて繊維同士を固着させた繊維基材に含浸されて該繊維基材と固着剤とに接する、樹脂組成物からなる樹脂」に相当する。
甲1発明における「複合材料」は、炭素繊維の織物でシート状である「CFクロス(トレカ#6343)」に「Ep/DDS(硬化剤としてDDSを用いて130℃12h硬化しさらに200℃3h後硬化したもの。)とPEIとのブレンド硬化物を含浸」させているので、本件特許発明1における「硬化性樹脂含有シート」に相当する。
甲1発明における「Ep/DDS(硬化剤としてDDSを用いて130℃12h硬化しさらに200℃3h後硬化したもの。)」は、本件特許発明1における「熱硬化性樹脂」に相当することから、「熱硬化性樹脂または光硬化性樹脂のいずれか1種以上」を満たすものである。
甲1には、「PEI」及び「Ep/DDS」をどのような形態にして「貯蔵弾性率」を測定しているのかについて明記はないが、硬化させた形態でなければ、「貯蔵弾性率」が測定できないことが明らかであるから、甲1発明の「貯蔵弾性率」は、「PEI」及び「Ep/DDS」を硬化させた形態で測定していることは明らかである。そうすると、甲1発明における「PEI」の硬化膜の「貯蔵弾性率」は、「Ep/DDS」の硬化膜の「貯蔵弾性率」よりも高いものであるといえる。
したがって、両者は次の点で一致する。
<一致点>
「全芳香族ポリアミド繊維と異なる繊維基材と、
前記繊維基材に含浸されて該繊維基材中の繊維同士を固着する、固着剤組成物からなる固着剤と、
前記固着剤にて繊維同士を固着させた繊維基材に含浸されて該繊維基材と固着剤とに接する、樹脂組成物からなる樹脂と、を有する硬化性樹脂含有シートであって、
前記樹脂組成物は、熱硬化性樹脂または光硬化性樹脂のいずれか1種以上を含み、
前記固着剤組成物の硬化膜の貯蔵弾性率が、前記樹脂組成物の硬化膜の貯蔵弾性率よりも高い硬化性樹脂含有シート。」
そして、両者は次の点で相違する。
<相違点1-1>
硬化性樹脂含有シートに関して、本件特許発明1においては、「ドライフィルム」と特定されるのに対し、甲1発明においては、「複合材料」であって「ドライフィルム」ではない点。
<相違点1-2>
固着剤組成物に関して、本件特許発明1においては、「熱硬化性樹脂または光硬化性樹脂のいずれか1種以上を含み」と、特定されるのに対し、甲1発明においては、熱可塑性樹脂である「PEI」である点。
<相違点1-3>
樹脂組成物の含浸率に関して、本件特許発明1においては、「硬化性樹脂含有シート中の樹脂濃度として10~70体積%」であるのに対し、甲1発明においては、特定されていない点。
<相違点1-4>
本件特許発明1においては、硬化性樹脂含有シートが、繊維基材の繊維同士を固着剤組成物により固着させた後、該繊維同士を固着させた繊維基材に樹脂組成物を含浸して得られるものであるのに対し、甲1発明においては、「Ep/DDS」と「PEI」との「ブレンド硬化物を含浸させた」ものである点。
(イ)判断
相違点1-1について検討する。
甲1発明は「CFクロス(トレカ#6343)に、Ep/DDS(硬化剤としてDDSを用いて130℃12h硬化しさらに200℃3h後硬化したもの。)とPEIとのブレンド硬化物を含浸させた複合材料において、PEIリッチ連続相がCFと接しており、前記PEIの貯蔵弾性率が、前記Ep/DDSの貯蔵弾性率よりも高い複合材料」である。そして、甲1には、前記「複合材料」の用途について記載されておらず、当該「複合材料」を、「ドライフィルム」とする動機付けとなる記載はない。
また、他の甲号証にも、甲1発明のような「複合材料」を「ドライフィルム」とする動機付けとなる記載はない。
したがって、甲1発明のような「複合材料」を「ドライフィルム」とすることは、当業者が容易に想到し得たものであるとはいえない。
よって、相違点1-2ないし1-4について検討するまでもなく、本件特許発明1は甲1発明及び他の甲号証に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
イ 本件特許発明2、4ないし6について
本件特許発明2,4ないし6は、請求項1を直接又は間接的に引用するものであり、本件特許発明1をさらに限定したものであるから、本件特許発明1と同様に、甲1発明及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
3 1回目の取消理由のうち甲2に基づく新規性・進歩性について
(1)甲2に記載された事項等
ア 甲2には、次の事項が記載されている。
(ア)「要旨 炭素繊維強化高分子複合体における強化材-マトリックス間相互作用を高める目的で,ポリイミド樹脂簿膜を彼ふくした炭素繊維で強化されたエポキシ樹脂複合体について力学的及び分光学的特性を調べた。」(第383ページの要旨の欄第1-3行)
(イ)「本研究では,マトリックスに比べてかなり高いガラス転移温度と比較的大きい極性基濃度を持つポリイミド樹脂で被ふくした炭素繊維強化複合体について,強化材-マトリックス間相互作用の変化を力学特性及び分光特性から調べた。」(第383ページ右欄第2-6行)
(ウ)「2 実験方法
2.1 炭素繊維,アルミ箔のポリイミド被ふく
炭素繊維としては東レ(株)製PAN系高強度糸T-300で作られた平織布(#6142)あるいは長さ10mmのチョップドファイバを用いた(これをCF-Sと表す)。これを大量のアセトン中で洗浄して,サイジング剤(表面被ふく樹脂分)を除去したもの(CF-Nと表す)に以下のようなポリイミド被ふくを行った。3,3',4,4'-benz-ophenonetetracarboxylic dianhydride(BPTD)と4,4'-diaminodiphenyl ether(DDE)を5.9mol:6.0molの割合に混合したものをメタノールに溶解して1%溶液とした。この溶液中にCF-Nを30分間浸漬,取り出して空気中で乾燥(30分間)後,(200℃,2時間)+280℃,3.5時間)の加熱により重合を行わせた。」(第383ページ右欄第11-24行)
(エ)「2.2 複合体の構成
マトリックスとしてはエポン815(Shell Chemical Co.)とイソフオロンジアミン(IPDと略す)を100:24の重量比で配合したものを主として用い,エポン815とメチル化ヘキサヒドロ無水フタル酸(CH3-HHPAと略す)を340:330の重量比で配合したものを一部の試料で用いた。このマトリックスを平織布に含浸,あるいは面内無配向のチョップドファイバ集合体に含浸し,加熱硬化して複合体とした。」(第384ページ左欄第11-19行)
イ 甲2に記載された発明
甲2の上記(ア)ないし(エ)の記載事項を整理すると、甲2には次の発明(以下、「甲2発明」という。)が記載されていると認める。
<甲2発明>
「炭素繊維として東レ(株)製PAN系高強度糸T-300で作られた平織布(#6142)あるいはチョップドファイバ集合体と、
3,3',4,4'-benzo-phenonetetracarboxylic dianhydride(BPTD)と4,4'-diaminodiphenyl ether(DDE)との混合物を溶液とし、この溶液中に前記平織布あるいは前記チョップドファイバ集合体を浸漬、取り出して空気中で乾燥後、加熱により重合を行わせることで、前記平織布あるいは前記チョップドファイバ集合体にポリイミド被ふくを行い、
ポリイミド被ふくを行った前記平織布あるいは前記チョップドファイバ集合体にエポン815(Shell Chemical Co.)とイソフオロンジアミン(IPD)とを配合したマトリックスを含浸し、加熱硬化した複合体。」
(2) 対比・判断
ア 本件特許発明1について
(ア)対比
甲2発明における「炭素繊維として東レ(株)製PAN系高強度糸T-300で作られた平織布(#6142)あるいはチョップドファイバ集合体」は、炭素繊維で作成されたものであるから、本件特許発明1における「全芳香族ポリアミド繊維と異なる繊維基材」に相当する。
甲2発明における「炭素繊維」は、本件特許発明1における「繊維」に相当する。
甲2発明においては、「3,3',4,4'-benzo-phenonetetracarboxylic dianhydride(BPTD)と4,4'-diaminodiphenyl ether(DDE)との混合物を溶液とし、この溶液中に前記平織布あるいは前記チョップドファイバ集合体を浸漬、取り出して空気中で乾燥後、加熱により重合を行わせることで、前記平織布あるいは前記チョップドファイバ集合体にポリイミド被ふく」を行っているものである、すなわち、本件特許の実施例と同じように、ポリイミド前駆体の溶液に平織布あるいはチョップドファイバ集合体を浸漬させ、乾燥後、加熱重合してイミド化しているものであるから、炭素繊維同士がポリイミド被ふくにより固着しているといえる。そうすると、甲2発明の「3,3',4,4'-benzo-phenonetetracarboxylic dianhydride(BPTD)と4,4'-diaminodiphenyl ether(DDE)との混合物を溶液とし、この溶液中に前記平織布あるいは前記チョップドファイバ集合体を浸漬、取り出して空気中で乾燥後、加熱により重合を行わせる」ことで形成される「ポリイミド被ふく」は、本件特許発明1における「繊維基材に含浸されて該繊維基材中の繊維同士を固着する、固着剤組成物からなる固着剤」に相当するといえる。
甲2発明においては、「平織布あるいはチョップドファイバ集合体にエポン815(Shell Chemical Co.)とイソフオロンジアミン(IPD)とを配合したマトリックスを含浸し、加熱硬化した」ものである、すなわち、本件特許の実施例と同じように、織布又は不織布に樹脂を含浸させたものであるから、織布又は不織布の「炭素繊維」に「マトリックス」である樹脂が接していると推認できる。そうすると、甲2発明における「エポン815(Shell Chemical Co.)とイソフオロンジアミン(IPD)とを配合したマトリックス」は、本件特許発明1における「固着剤にて繊維同士を固着させた繊維基材に含浸されて該繊維基材と固着剤とに接する、樹脂組成物からなる樹脂」に相当するといえる。
甲2発明における「複合体」は、シート状である「平織布(#6142)あるいはチョップドファイバ集合体」に「エポン815(Shell Chemical Co.)とイソフオロンジアミン(IPD)とを配合したマトリックスを含浸し、加熱硬化」させているので、本件特許発明1における「硬化性樹脂含有シート」に相当する。
甲2発明における「ポリイミド」、「エポン815(Shell Chemical Co.)」は熱硬化性樹脂であることから、「熱硬化性樹脂または光硬化性樹脂のいずれか1種以上」を含むものである。
甲2発明における「前記平織布あるいは前記チョップドファイバ集合体にポリイミド被ふくを行い、ポリイミド被ふくを行った前記平織布あるいは前記チョップドファイバ集合体にエポン815(Shell Chemical Co.)とイソフオロンジアミン(IPD)とを配合したマトリックスを含浸」は、本件特許発明1における「繊維基材の繊維同士を固着剤組成物により固着させた後、該固着された繊維基材に樹脂組成物を含浸」に相当する。
したがって、両者は次の点で一致する。
<一致点>
「全芳香族ポリアミド繊維と異なる繊維基材と、
前記繊維基材に含浸されて該繊維基材中の繊維同士を固着する、固着剤組成物からなる固着剤と、
前記固着剤にて繊維同士を固着させた繊維基材に含浸されて該繊維基材と固着剤とに接する、樹脂組成物からなる樹脂と、を有する硬化性樹脂含有シートであって、
前記固着剤組成物および前記樹脂組成物は、熱硬化性樹脂または光硬化性樹脂のいずれか1種以上を含み、
前記繊維基材の繊維同士を前記固着剤組成物により固着させた後、該固着された繊維基材に前記樹脂組成物を含浸して得られる硬化性樹脂含有シート。」
そして、両者は次の点で相違する。
<相違点2-1>
硬化性樹脂含有シートに関して、本件特許発明1においては、「ドライフィルム」と特定されるのに対し、甲2発明においては、「複合体」であって「ドライフィルム」ではない点。
<相違点2-2>
樹脂組成物の含浸率に関して、本件特許発明1においては、「硬化性樹脂含有シート中の樹脂濃度として10~70体積%」であるのに対し、甲2発明においては、特定されていない点。
<相違点2-3>
本件特許発明1における固着剤組成物の硬化膜の貯蔵弾性率は、樹脂組成物硬化膜の貯蔵弾性率よりも高いのに対して、甲2発明における「ポリイミド被ふく」の貯蔵弾性率は、「エポン815(Shell Chemical Co.)とイソフオロンジアミン(IPD)とを配合したマトリックス」の貯蔵弾性率よりも高いか否か不明である点。
(イ)判断
相違点2-1について検討する。
甲2発明は「平織布あるいはチョップドファイバ集合体にポリイミド被ふくを行い、ポリイミド被ふくを行った前記平織布あるいは前記チョップドファイバ集合体にエポン815(Shell Chemical Co.)とイソフオロンジアミン(IPD)とを配合したマトリックスを含浸し、加熱硬化した複合体」である。そして、甲2には、前記「複合体」の用途について記載されておらず、当該「複合体」を、「ドライフィルム」とする動機付けとなる記載はない。
また、他の甲号証にも、甲2発明のような「複合体」を「ドライフィルム」とする動機付けとなる記載はない。
したがって、甲2発明のような「複合体」を「ドライフィルム」とすることは、当業者が容易に想到し得たものであるとはいえない。
なお、特許異議申立人は、意見書(令和3年4月13日提出)において、甲2発明の「複合体」の硬化前のものは、未硬化状態であることから、本件特許発明1と実質的に相違しない旨主張している。
しかしながら、そもそも、甲2発明は「加熱硬化した複合体」である。そして、甲2においては、「複合体」を加熱硬化前で止め、それを取り出して利用することは想定していない。仮に、甲2において、「複合体」を硬化前に取り出した場合は、硬化前の樹脂が漏れ出てしまうので、硬化前に取り出したものを発明として認定することができない。
したがって、特許異議申立人の前記主張は採用できない。
よって、相違点2-2及び2-3について検討するまでもなく、本件特許発明1は甲2発明及び他の甲号証に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
イ 本件特許発明2、4ないし6について
本件特許発明2,4ないし6は、請求項1を直接又は間接的に引用するものであり、本件特許発明1をさらに限定したものであるから、本件特許発明1と同様に、甲2発明及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
第6 取消理由で採用しなかった特許異議申立書に記載した申立ての理由について
取消理由で採用しなかった特許異議申立書に記載した申立ての理由は、申立理由3(明確性要件)である。
そこで、申立理由3(明確性要件)に係る特許異議申立人の主張について検討する。
主張の1点目は、本件特許発明1は、固着剤組成物の硬化膜の貯蔵弾性率が、樹脂組成物の硬化膜の貯蔵弾性率よりも高いことを必須の特定事項とするが、本件特許発明1には、上記特定事項を具備する際の条件(たとえば温度)が規定されていないから、不明確であるというものである。
しかし、当業者であれば、貯蔵弾性率を比較する際に、特段の事情がない限り、同じ温度で比較することが技術常識である。
そして、明細書の「固着剤2の貯蔵弾性率が、いずれかの温度において、樹脂3の貯蔵弾性率よりも高い」(【0016】)、「…固着剤2の貯蔵弾性率とは…(中略)…成膜後に熱または光により硬化させた硬化膜の貯蔵弾性率を意味する。同様に、樹脂3の貯蔵弾性率についても、硬化性樹脂の場合には成膜後に熱または光により硬化させた硬化膜の貯蔵弾性率を意味…(中略)…する。」(【0055】)の記載によれば、当業者であれば、固着剤組成物の硬化膜と樹脂組成物の硬化膜とを、いずれかの温度に設定し、当該いずれかの温度における固着剤組成物の硬化膜と樹脂組成物の硬化膜の貯蔵弾性率を比較すると理解できる。
そうすると、いずれかの温度において、固着剤組成物の硬化膜の貯蔵弾性率が、樹脂組成物の硬化膜の貯蔵弾性率よりも高いものが本件特許発明1に含まれることは明らかであるから、特許異議申立人の主張は採用できない。
主張の2点目は、実施例の組成物4では、熱可塑性樹脂であるポリエチレンを樹脂として使用しているにもかかわらず、溶剤を除去することなく、貯蔵弾性率を測定するための試験片が作製されていることからすると、本件特許発明1における貯蔵弾性率は、明細書で定義された方法(【0055】)とは異なる方法(【0072】)によって作製された試験片を用いて得た貯蔵弾性率が採用されている結果、本件特許発明1における貯蔵弾性率の定義が明確でないことから、発明そのものの外延が不明確であるというものである。
しかし、貯蔵弾性率の定義は、明細書の【0055】に記載されたとおりであるから明確である。
また、組成物4は、明細書の【0072】の記載からすると、ペレットにされ加熱され、溶剤は実質除去されているといえるから、特許異議申立人の主張は採用できない。
そして、特許異議申立人の前記各主張以外に係る明確性要件については、上記「第5 1 2回目の取消理由(明確性要件)について」で判断したとおりである。
第7 結語
上記第5及び6のとおり、本件特許の請求項1、2、4ないし6に係る特許は、取消理由及び特許異議申立書に記載した申立ての理由によっては、取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1、2、4ないし6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
さらに、本件特許の請求項3に係る特許は、訂正により削除されたため、特許異議申立人による請求項3に係る特許異議の申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったので、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。
審決本文(J-PlatPat)
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2020-700753