特許異議申立
2019-700635
シールリング
- 審判番号
- 2019-700635
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2018-026070
- 登録番号
- 特許第6491374号(P6491374)
- 請求日
- 2019年08月09日
- 審決日
- 2021年02月12日
- 公報発行日
- 2021年08月27日
- 結論
- 請求成立(取消)
- 当事者
- 【権利者】NOK株式会社
- 【権利者代理人】特許業務法人秀和特許事務所
- 【権利者代理人】中村 剛
- 【権利者代理人】坂井 浩一郎
- 【権利者】イーグル工業株式会社
- 【権利者代理人】特許業務法人秀和特許事務所
- 【権利者代理人】中村 剛
- 【権利者代理人】坂井 浩一郎
- 【異議申立人】小柳 恵子
- 審判長/審判官
- 審判長 平田 信勝
- 審判官 尾崎 和寛
- 審判官 杉山 健一
- 分類
- P1651.121-ZDA(F16J)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法29条2項特許法113条2号特許法120条の8第1項特許法135条
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第2項、特許法第120条の5第2項、特許法第113条第2号、特許法第120条の8第1項
- データ出所
- 審決公報(SGML)
事件の表示
特許第6491374号発明「シールリング」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
【結 論】
特許第6491374号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1、2、3、4及び5について訂正することを認める。
特許第6491374号の請求項3に係る特許を取り消す。
同請求項5に係る特許を維持する。
同請求項1、2及び4に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。
理由
【理 由】
第1 手続の経緯
特許第6491374号の請求項1~5に係る特許についての出願は、2015年(平成27年)1月23日(優先権主張 2014年(平成26年)1月24日)を国際出願日とする出願である特願2015-559134号の一部を平成30年2月16日に新たな特許出願としたものであって、平成31年3月8日にその特許権の設定登録がされ、同年3月27日に特許掲載公報が発行された。
本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。
令和1年8月9日 :特許異議申立人小柳恵子(以下、「異議申立人」と
いう。)による請求項1~5に係る特許に対する特
許異議の申立て
同年11月29日付け:取消理由通知書
令和2年1月31日 :特許権者による意見書の提出
同年3月3日付け :取消理由通知書(決定の予告)
同年5月1日 :特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
同年7月3日 :異議申立人による意見書の提出
同年8月26日付け :取消理由通知書(決定の予告)
同年10月26日 :特許権者による意見書の提出
第2 訂正の適否
1 訂正の内容
令和2年5月1日に提出された訂正請求書による訂正(以下、「本件訂正」という。)の内容は次のとおりである(下線は訂正箇所であり、当審で付した。)。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1を削除する。
(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2を削除する。
(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項3に「第1溝の溝底が、周方向の中央から平面状に両側に向かって徐々に浅くなるように構成されていることを特徴とする請求項2に記載のシールリング」と記載されているのを、「軸の外周に設けられた環状溝に装着され、相対的に回転する前記軸とハウジングとの間の環状隙間を封止して、流体圧力が変化するように構成されたシール対象領域の流体圧力を保持するシールリングであって、
前記環状溝における低圧側の側壁面に対して摺動するシールリングにおいて、
前記側壁面に対して摺動する摺動面側には、径方向の幅が一定で周方向に伸び、動圧を発生させるための第1溝と、第1溝における周方向の中央の位置から内周面に至るまで伸び、密封対象流体を第1溝内に導く第2溝とを有する動圧発生用溝が設けられており、
第1溝は、前記側壁面に対して摺動する摺動領域内に収まる位置に設けられていると共に、
第1溝のうち第2溝と繋がる部分の深さが、第2溝の深さと同じであり、かつ第1溝における第2溝と繋がる部分以外の部分の深さよりも深く構成されると共に、第1溝のうち第2溝と繋がる部分と当該繋がる部分以外の部分との間には段差が設けられると共に、
第1溝の溝底は、周方向の中央に比べて両端側の方が浅くなるように構成されており、
第1溝の溝底のうち第2溝と繋がる部分以外全体が、周方向の中央から平面状に両側に向かって徐々に浅くなるように構成されていることを特徴とするシールリング」に訂正する。
(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項4を削除する。
(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項5に「第1溝の溝底が、周方向の中央から階段状に両側に向かって浅くなるように構成されていることを特徴とする請求項2に記載のシールリング」と記載されているのを、「軸の外周に設けられた環状溝に装着され、相対的に回転する前記軸とハウジングとの間の環状隙間を封止して、流体圧力が変化するように構成されたシール対象領域の流体圧力を保持するシールリングであって、
前記環状溝における低圧側の側壁面に対して摺動するシールリングにおいて、
前記側壁面に対して摺動する摺動面側には、径方向の幅が一定で周方向に伸び、動圧を発生させるための第1溝と、第1溝における周方向の中央の位置から内周面に至るまで伸び、密封対象流体を第1溝内に導く第2溝とを有する動圧発生用溝が設けられており、
第1溝は、前記側壁面に対して摺動する摺動領域内に収まる位置に設けられていると共に、
第1溝のうち第2溝と繋がる部分の深さが、第2溝の深さと同じであり、かつ第1溝における第2溝と繋がる部分以外の部分の深さよりも深く構成されると共に、第1溝のうち第2溝と繋がる部分と当該繋がる部分以外の部分との間には段差が設けられると共に、
第1溝の溝底は、周方向の中央に比べて両端側の方が浅くなるように構成されており、
第1溝の溝底のうち第2溝と繋がる部分以外全体が、周方向の中央から階段状に両側に向かって浅くなるように構成されていることを特徴とするシールリング」に訂正する。
訂正前の請求項1~5について、請求項2は、請求項1を引用し、請求項3~5は、請求項2を引用しているものである。
したがって、本件訂正は一群の請求項について請求されている。
また、訂正後の請求項3及び5に係る訂正について、特許権者は、当該訂正が認められるときには、他の請求項に係る訂正とは別の訂正単位として扱われることを求めている。
2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1、2及び4について
訂正事項1、2及び4は、それぞれ請求項1、2及び4を削除するというものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
(2)訂正事項3及び5について
訂正事項3及び5は、訂正前の「第1溝の溝底が」を「第1溝の溝底のうち第2溝と繋がる部分以外全体が」とする訂正を含むものであるところ、かかる訂正は、これにより第1溝の溝底の両側に向かって浅くなる部分を限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、図14及び16に開示された実施例に基いて導き出される構成であるから、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
また、訂正事項3及び5は、上記と併せ、それぞれ請求項3及び5について、請求項1及び2との引用関係を解消するものであるから、引用関係の解消を目的としており、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
3 小括
以上のとおり、訂正事項1~5に係る訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号又は第4号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1、2、3、4及び5について訂正することを認める。
第3 取消理由の概要
当審は、特許権者に対して令和2年3月3日付けで、本件訂正前の請求項1~5に係る特許に対して取消理由(決定の予告)を通知したところ、上記第2に説示のとおり適法と認められる本件訂正がなされたので、当審は更に、本件訂正後の請求項3に係る特許に対して令和2年8月26日付けで特許権者に取消理由(決定の予告)を通知した。
当該令和2年8月26日付けの取消理由(決定の予告)(以下、令和2年8月26日付けの取消理由を、単に「取消理由(決定の予告)」という。)の概要は次のとおりである。
・請求項3に係る発明は、甲第2号証に記載された発明及び甲第1号証に記載された技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項3に係る特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである。
甲第1号証:国際公開第2013/094657号
甲第2号証:特開平9-210211号公報
甲第1号証及び甲第2号証は、それぞれ、異議申立人が提出した甲第1号証及び甲第2号証である。
第4 当審の判断
1 本件発明
本件特許の請求項3及び5に係る発明(以下、「本件発明3」及び「本件発明5」という。)は、次のとおりのものである。
なお、請求項1、2及び4は、本件訂正により削除されている。
[本件発明3]
「軸の外周に設けられた環状溝に装着され、相対的に回転する前記軸とハウジングとの間の環状隙間を封止して、流体圧力が変化するように構成されたシール対象領域の流体圧力を保持するシールリングであって、
前記環状溝における低圧側の側壁面に対して摺動するシールリングにおいて、
前記側壁面に対して摺動する摺動面側には、径方向の幅が一定で周方向に伸び、動圧を発生させるための第1溝と、第1溝における周方向の中央の位置から内周面に至るまで伸び、密封対象流体を第1溝内に導く第2溝とを有する動圧発生用溝が設けられており、
第1溝は、前記側壁面に対して摺動する摺動領域内に収まる位置に設けられていると共に、
第1溝のうち第2溝と繋がる部分の深さが、第2溝の深さと同じであり、かつ第1溝における第2溝と繋がる部分以外の部分の深さよりも深く構成されると共に、第1溝のうち第2溝と繋がる部分と当該繋がる部分以外の部分との間には段差が設けられると共に、
第1溝の溝底は、周方向の中央に比べて両端側の方が浅くなるように構成されており、
第1溝の溝底のうち第2溝と繋がる部分以外全体が、周方向の中央から平面状に両側に向かって徐々に浅くなるように構成されていることを特徴とするシールリング。」
[本件発明5]
「軸の外周に設けられた環状溝に装着され、相対的に回転する前記軸とハウジングとの間の環状隙間を封止して、流体圧力が変化するように構成されたシール対象領域の流体圧力を保持するシールリングであって、
前記環状溝における低圧側の側壁面に対して摺動するシールリングにおいて、
前記側壁面に対して摺動する摺動面側には、径方向の幅が一定で周方向に伸び、動圧を発生させるための第1溝と、第1溝における周方向の中央の位置から内周面に至るまで伸び、密封対象流体を第1溝内に導く第2溝とを有する動圧発生用溝が設けられており、
第1溝は、前記側壁面に対して摺動する摺動領域内に収まる位置に設けられていると共に、
第1溝のうち第2溝と繋がる部分の深さが、第2溝の深さと同じであり、かつ第1溝における第2溝と繋がる部分以外の部分の深さよりも深く構成されると共に、第1溝のうち第2溝と繋がる部分と当該繋がる部分以外の部分との間には段差が設けられると共に、
第1溝の溝底は、周方向の中央に比べて両端側の方が浅くなるように構成されており、
第1溝の溝底のうち第2溝と繋がる部分以外全体が、周方向の中央から階段状に両側に向かって浅くなるように構成されていることを特徴とするシールリング。」
2 甲第2号証に記載の発明
(1)甲第2号証に記載の事項
取消理由(決定の予告)において引用した甲第2号証には、図面と共に次の事項が記載されている(下線は当審で付した。)。
「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、各種油圧機器・空圧機器の軸シールに用いられるシールリングに関するものであり、特に自動車の自動変速機の軸とケースとの間をシールするために用いられるのに好適なシールリングに関するものである。
【0002】
【従来の技術】このようなシールリング5は、図1に示すように、軸1の外周面の対の離間した環状溝4に配され、その外周面5′をケース2の内周面6に摺接させ、両溝4、4間の油路に供給される作動油3を両シールリング5、5によりシールさせる。このようなシールリング5、5は、図2に示すように、油圧によってケース2の内周面6にシールリング5の外周面5′が押しつけられ、環状溝4の側面4aとシールリング側面7との間で相対的に摺動しあう。このような使用条件下において、シールリング5は、摩擦損失が少なく、かつ良好なオイルシール性を長期間維持することが求められる。図2に示されたような好ましいシール状態を維持するためには、シールリング側面7と軸1の環状溝側面4aとの間の摩擦力が、ケース2の内周面6とシールリング外周面5′との間の摩擦力よりも常に低いことが必要である。シールリング側面7と軸1の環状溝側面4aとの摩擦力が大きくなり、シールリングの外周面5′とケース内周面6との間で摺動するようになると、シールリング外周面の摩耗が進行して合い口部のクリアランスが増大し、そこからのリークが増加することによりシール性が悪化する。また各摺動部分での摩擦損失が大きいと、摩耗の他に摩擦熱によって焼き付きが発生し急激なシステムダウンを引き起こす場合がある。」
「【0005】
【発明が解決しようとする課題】本発明は、上記のような従来技術では対応が困難であった自動変速機の軽量化に伴う課題を解決するためになされたものであり、その目的とするところは、摩擦損失の低減と、シール性とを両立させたシールリングを提供することにある。
【0006】
【課題を解決するための手段】前述した課題を解決するために、本発明は溝側面と接するシールリングの側面に、油溝とこの油溝に連続する傾斜の凹部とを複数個離間して周方向に設ける手段を基本的に採用する。この手段の採用は、軸のリング溝の底部に入った作動油を油溝に取り込み、次いで、凹部に充満させ、シールリングと軸との相対的滑りにより、リング溝側面とシールリング側面との間に油膜を作り、この油膜の圧力による浮力でリング溝とシールリングとの間の相対的滑りを促進させる。この際、凹部は、クサビ効果発生面として機能し、前述した油膜の生成を確実にさせる。
【0007】本発明は、具体的には、相対的に回転する軸とケースとの間をシールするシールリングにおいて、該シールリングが軸の外周面に形成された環状溝内に装着され、環状溝と相対するシールリングの側面が、内周面側に開放される複数個の離間した油溝と、該油溝の周方向両側に延在しかつ該油溝に接続されるクサビ効果発生面としての傾斜状の凹部とを有するシールリングを提供する。
【0008】上記構成の作用について記述する。環状溝と相対するシールリングの側面が、内周面側にのみ開口した油溝と、その油溝の周方向の両側に該シールリング側面の平面と接続するクサビ効果発生傾斜面としての凹部が周方向に複数配置されている側面とすることにより、シールリングの内周面に開口した油溝から作動油を取り込み、シールリングと軸との相対的な滑りによって、作動油をシールリングのクサビ効果発生傾斜面でのクサビ効果によって、油膜を摺動面に取り込みかつ油膜圧力を発生させ、その油膜圧力による浮力で、シールリングに作用する作動油圧による荷重を低減させ、かつ環状溝とシールリング側面間に油膜を形成させることは摩擦係数を低減させる。」
「【0010】
【発明の実施の形態】以下に本発明の実施例について図により説明する。本発明の一実施例に係る図3、図4、図5において、1は軸、2はケースであり、両部は相対的に回転しあう関係にある。軸1の外周には、対の環状溝4が形成されており、その中にシールリング本体5aは位置し、作動油3をシールしている。このシールリング本体5aは、油圧によってケース2の内周面に、外周面としてのたとえばシールリングのバレルフェイス面6bが押しつけられた状態となっている。またシールリング側面7aは、環状溝4の側面4aに油圧により押しつけられた状態で、環状溝側面4aと相対的に摺動するようになっている。この実施例のシールリング本体5aの環状溝と相対するシールリング側面7aが、主として平面部7aで構成されるとともに、シールリング内周面側8に開口した径方向に延在する油溝9と、その油溝9の周方向の両側に該平面部7aと接続するクサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部を周方向に複数離間配置している。油溝9の径方向の寸法は、軸1に装着され、ケース2に挿入された状態で、軸1の外周面11よりも内周側に位置するようにして決定される。
【0011】乗用車クラスの自動変速機用のシールリングにおいては油溝9の深さ寸法は0.05mm~0.5mm、幅は0.1~2mmの範囲で設定され、クサビ効果発生面10a、10bの寸法は、図5に示すL寸法を0.2~2mmとし、その範囲内で深さH寸法が5~20μmとなるように設定される。H寸法が一定の場合、L寸法が大きいほど、クサビ効果で発生する油膜圧力によってシールリングに作用する浮力は大きいものとなる。シールリングに設ける凹部の数やH寸法とL寸法は、シールリングの寸法、シールリングに作用する作動油の圧力、軸の環状溝の仕上粗さによって上記の範囲内において最適範囲を設定すればよい。」
「【0013】実施例の図は、シールリングの両側面が平行な場合を示したが、両面がキーストン状態の場合でも、作用効果は同一であり本発明に含まれる。図4では、シールリングの内周面8と両側面7aとは直角に繋がる場合を示したが、内周面8と側面7aとは面取若しくは曲面で繋ぎ、油溝9が内周面8部に直接開口しないようにすると、油溝9への応力集中によるシールリングの折損が軽減され、かつ油溝への作動油の補給が容易となる。図5に示した、実施例では油溝9は矩形断面の形状を示したが、半球状等の任意形状としても良い。またクサビ効果発生面10a、10bについて、実施例では単一の平坦面としたが、放物線状であっても効果は同一である。また、図10の(a)と(b)のように、クサビ効果発生面を2段に形成し、内周側のクサビ効果発生面10a、10bの面積を、外周側のクサビ効果発生面10a′、10b′よりも大きくすることによりシールリングにかかる浮力を内周側でさらに大きくすると、シール性能はより良好なものとなる。尚、油溝9の深さを径方向で同一とさせ、外周側のクサビ発生面としての凹部10a′、10b′の深さを内周側の凹部10a、10bより少し浅くさせるとよい。外周側の凹部10a′、10b′の径方向外側の縁を軸1の外周面より、装着時、径方向内側に位置させる。なお上述したシールリングの凹部を形成した側面形状は、片面だけでも機能を果たすが、2つの側面が投影的に同一となるように形成することが、組み付け上からは望ましい。さらに本発明のシールリングは、樹脂製であっても金属製であっても、その作用効果は同一である。シールリング側面の凹部は、射出成形時には金型で容易に形成できるため、本発明は射出成型法による樹脂製シールリングにて特に経済的に実施できる。」
(2)上記甲第2号証の記載及び図面(特に、【図1】~【図6】)の図示内容から、甲第2号証には次の技術的事項が記載されているといえる。
・シールリング5、5は軸1の外周に形成された対の離間した環状溝4に装着されるものである。
・軸1とケース2とは相対的に回転しあう関係にある。
・両環状溝4、4に装着されたシールリング5、5によって、軸1とケース2との間に環状隙間が形成されている。
・シールリング5、5によって、前記両環状溝4、4間の油路に供給される作動油3をシールしている。
・シールリング5は、油圧によって環状溝4の側面4aに押しつけられた状態で、環状溝側面4aと相対的に摺動するものである。
・シールリング5の環状溝4と相対するシールリング側面7aには、シールリング内周面側8に開口した径方向に延在する油溝9と、その油溝9の周方向の両側にシールリング側面7aと接続するクサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部を周方向に複数離間配置している。
・クサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部は、径方向の幅がほぼ一定で周方向に伸びている(【図3】及び【図6】より。)。
・油溝9とクサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部は、前記側面4aに対して摺動する摺動領域内に収まる位置に設けられている(【図4】より。)。
・油溝9は油溝9とクサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部と繋がる部分より深く構成されている(【図5】より。)。
・クサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部は、油溝9と繋がる周方向の中央に比べて両端側の方が浅くなるように構成されている(【図5】より。)。
・クサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部は、全体が油溝9と繋がる周方向の中央から平面状に両側に向かって徐々に浅くなるように構成されている(【図5】より。)。
(3)上記甲第2号証に記載の事項及び認定事項を総合して本件発明3の記載ぶりに則って整理すると、甲第2号証には、次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
[引用発明]
「軸1の外周に形成された対の離間した環状溝4に装着され、相対的に回転する前記軸1とケース2との間に環状隙間を形成し、前記両環状溝4、4間の油路に供給される作動油3をシールしているシールリング5、5であって、
シールリング5、5は、油圧によって環状溝4の側面4aに押しつけられた状態で、環状溝側面4aと相対的に摺動するものであり、
シールリング5、5の環状溝4と相対するシールリング側面7aには、シールリング内周面側8に開口した径方向に延在する油溝9と、その油溝9の周方向の両側にシールリング側面7aと接続するクサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部を周方向に複数離間配置しており、
クサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部は、径方向の幅がほぼ一定で周方向に伸びており、
油溝9とクサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部は、前記側面4aに対して摺動する摺動領域内に収まる位置に設けられており、
油溝9は油溝9とクサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部と繋がる部分より深く構成されており、
クサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部は、油溝9と繋がる周方向の中央に比べて両端側の方が浅くなるように構成されており、
クサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部は、全体が油溝9と繋がる周方向の中央から平面状に両側に向かって徐々に浅くなるように構成されているシールリング5、5。」
3 甲第1号証に記載の事項
取消理由(決定の予告)において引用した甲第1号証には、図面と共に次の事項が記載されている(下線は当審で付した。)。
「[0001] 本発明は、シールリングに関し、特に、自動車の自動変速機等の油圧機器に用いられるシールリングに関する。」
「[0002] 近年、自動車の燃費向上を図るため、自動変速機の駆動損失の低減が求められている。自動変速機には、油圧シールを目的としてシールリングが装着されるが、シールリングのフリクションロスは自動変速機の駆動損失につながる。そのため、シールリングのフリクションの低減が重要な課題となっている。また、自動変速機のオイルポンプの容量は、駆動損失の中で大きなウエイトを占めるため、シールリングからのオイル漏れ量を低減し、オイルポンプを小容量化することが望まれている。このように、自動変速機の駆動損失を低減し、自動車の燃費を向上させるため、シールリングには低フリクション及び低リーク機能が要求されている。
図1にシールリングを用いた油圧回路の基本構造を示す。シールリング1は、軸2の外周面の油圧通路3の軸方向両側に形成された軸溝(リング溝)4に装着される。油圧通路3から供給される作動油をシールリングの受圧側面11と内周面12で受け、シールリングの外周面13がハウジング5の内面と接触し、シールリングの接触側面14が軸溝4の側面と接触することにより、油圧をシールする。一般的には軸2が回転し、ハウジング5が固定されるが、その逆の組み合わせもある。」
「[0006] 本発明は、上記事情に鑑みてなされたもので、低フリクション特性と低リーク特性を併せもち、自動変速機の駆動損失を低減し、自動車の燃費向上に貢献し得るシールリングを提供することを目的とする。」
「[0007] 上記目的に鑑み鋭意研究の結果、本発明者らは、接触側面の内周側に周方向に離間して凹部が形成され、その間に柱部が配置されたシールリングにおいて、凹部の周方向両側の端部を柱部に向かって凸状の曲面からなる絞り部で構成すると、油の絞り込みにより発生する揚力が増加しフリクションが低減することを見出し、本発明を完成した。すなわち、本発明のシールリングは、軸の外周面に形成された軸溝に装着されるシールリングであって、少なくともシールリングの接触側面の内周側に、柱部を介して周方向に離間した複数の凹部が形成され、凹部の周方向両側の端部は、柱部に向かって凸状の曲面からなる絞り部で構成されていることを特徴とする。」
「[0008] 本発明では、接触側面の内周側に柱部を介して周方向に離間した凹部を設け、その凹部の周方向両側の端部を柱部に向かって凸状の曲面からなる絞り部で構成する。柱部と凹部が緩やかなR形状で結ばれていることにより、油の絞り効果が向上し、揚力が増加するため、フリクションを効果的に低減することができる。また、本発明のシールリングでは、接触側面とリング溝側面が面で接触するため、油の漏れも抑制できる。このように、本発明のシールリングは、低フリクション及び低リークの両特性を併せもつため、自動変速機の駆動損失を効果的に低減することができる。」
「[0010] 以下に本発明のシールリングについて図面を参照して詳細に説明する。
図3(A)に本発明のシールリングの斜視図を示し、図3(B)には、(A)のシールリングの内周面から見た円周方向の直動展開図を示す。なお、以下の記載において、上記展開図における直線部を平面又は平坦面といい、曲線部を曲面という。本形態では、図3(B)に示すように、凹部6両端は柱部7に向かって凸状の曲面、すなわち、内周面から見た円周方向の直動展開図(図3(B))において、上に凸状の曲面からなる絞り部20で構成され、柱部7と連結している。このように柱部7と凹部6が緩やかな傾斜曲面で繋がれているため、特許文献2のシールリングの凹部6形状よりさらに絞り効果が向上し、揚力が増加して、フリクションが低減する。また、本形態では、図3(B)に示すように、凹部6の中央に側面に平行な凹部6最深部21が形成され、最深部21の両端から絞り部20に向かい、最深部21に向かって凸状の曲面、すなわち、図3(B)において下に凸状の曲面からなる斜面部22が形成されている。そして、斜面部22と絞り部20との境界も緩やかな曲面で連結されている。斜面部22をこのような構成とすることにより、より優れたフリクション低減効果を得ることができる。しかし、本発明のシールリングの斜面部22は、このような曲面からなる構成に限定されず、平面単独としても、平面と曲面からなる構成としてもよい。・・・以下略」
「[0011] 図4(A)及び(B)には、凹部6の内周端に内壁8を設けた本発明のシールリングの別の形態を示す。図4(A)の形態では、内壁8は、内周端部に沿って、凹部6の周方向の両端から凹部6の中央に向かって延び、凹部6の中央には内周面12に向かって開口する油導入孔10が備えられている。凹部6の内周側(端部)に内壁8を設けることにより、絞り込まれた油の楔斜面(絞り部)から内周面12への流れが抑制され、楔断面の深さと円周方向の三次元での絞り効果により、さらに大きな揚力が作用する。このため、柱部に油膜が形成され、柱部が浮き上がると同時に、凹部6の外周側に位置する環状のシール面への油の介在が促進され、摩擦係数が低減する。また、接触側面の凹部6に油圧が作用し、押し付け荷重が低減する。これらの相乗効果により、フリクションがさらに低減する。本発明のシールリングでは、柱部7と凹部6が緩やかな傾斜となるR形状で結ばれているため、内壁8を設けることにより絞り効果が著しく向上し、揚力が増加して、フリクションがさらに低減する。本形態のように内壁8を凹部6の両端、すなわち油導入口10の両側に形成する場合には、一方の内壁8の周方向長さは、1個の凹部6の周方向長さを100として、20~45とするのが好ましく、両側の内壁8を合わせた長さは、凹部6全体の周方向長さを100として、40~90とするのが好ましい。この範囲では、より優れた楔形状効果が得られ、フリクションがさらに低減する。
本発明の効果は、凹部6をシールリングの接触側面に形成することにより得られる。しかし、本形態の凹部6形状は、周方向中央に対して両側が対称形状であるため、作業性を考慮すると、シールリングの接触側面及び受圧側面の両方に凹部6を設け、両側面とも対称で方向性のない構成とするのが好ましい。」
「[0012] 図4(A)では、内壁8を凹部6の両端に設けているが、図4(B)に示すように回転方向反対側の傾斜面(絞り部20)の端部にのみ内壁8を設けることもできる。本構成では、シールリングが右回転することにより、回転方向反対側(左側)の絞り部20先端に油が絞り込まれ、揚力が発生する(楔形状効果)。このように楔形状効果は回転方向反対側の絞り部20で発生し、一方、回転方向側では、斜面の油膜が形成されにくく、潤滑状態が阻害される傾向にあるため、回転方向反対側にのみ内壁8を設けた本形態では、フリクションがさらに低減する。
ここで、回転方向反対側のみに内壁を設けた場合、内壁8の周方向長さは、凹部全体の周方向長さを100として、5~95とするのが好ましく、50~95とするのがより好ましい。この範囲では、より優れた楔形状効果が得られ、フリクションがさらに低減する。
図4(C)には、図4(A)のシールリングの接触側面のスキャン画像を示す。ここで、内壁8は、凹部6端部から約4mmの個所から凹部先端に向かって径方向幅が大きくなるように、すなわち、凹部の径方向幅が小さくなるように傾斜角度4°で傾斜している。また、凹部6の外周側のシール面は、凹部6の先端部に向かって、径方向幅が大きくなるように、すなわち、凹部6の径方向幅が小さくなるように傾斜角度3°で傾斜している。このように先端部に向かって径方向幅が小さくなり、さらに軸方向幅が小さく(深さが浅く)なる先細り形状の凹部6を有する本形態のシールリングでは、三次元の絞り効果がさらに向上する。このため、揚力が増加し、フリクションがさらに低減する。なお、本形態では、凹部6の先端は曲面で形成されている。
図4(A)及び(B)では、内壁8の軸方向の高さは、側面の高さとほぼ等しく設定され、すなわち、内壁8の先端面と、凹部6が形成されていない側面とが同一平面となるように設定されている。そして、内壁8を周方向に不連続に配置することにより、図4(A)では、内壁8、8間に、図4(B)では、内壁8と柱部7との間に、内周面12に向かって開口する油導入孔10が形成されている。しかし、油導入孔10の構成は、これに限定されず、例えば、凹部6の周方向全域にわたって内壁8を形成し、内壁8の軸方向の高さを部分的にシールリング側面より低くなるように設計することにより、油導入孔10を形成することもできる。」
「[0022](実施例6~10)
カーボン繊維を添加したPEEK材を用いて、射出成形により、図4(A)に示す構造の凹部形状を有するシールリングを作製した。それぞれの凹部の両端から中央に向かって内周端に沿って、幅0.3mm、周方向長さが片側10mmの内壁を設け、中央に周方向長さ4mmの油導入孔を形成した。ここで、絞り部の曲率を変えて、最深部の深さhが、それぞれ0.03mm(実施例6)、0.08mm(実施例7)、0.12mm(実施例8)、0.22mm(実施例9)及び0.41mmm(実施例10)のシールリングを作製した。なお、シールリングの外径(呼び径)67mm、厚み(径方向幅)は、2.3mm、幅(軸方向幅)は、2.32mmとし、合口は、図5に示すトリプルステップ合口とした。それぞれのシールリングのフリクション及び油漏れ量を実施例1と同様に測定した。」
「[0023] 実施例6~10のシールリングのフリクションを測定した結果を図7に示す(■)。ここで、縦軸は、比較例1のシールリングのフリクションを100として相対値で表した。また、横軸は、それぞれシールリングの最深部の深さhをシールリングの軸方向幅を100として相対値で表した。図7より、本発明のシールリングに内壁を設けることにより、フリクションがさらに低減することがわかった。これは、凹部の端部が柱部に向かって凸状の曲面で構成され、柱部と凹部が緩やかな傾斜角度で連結されている本発明のシールリングでは、内壁を設けることにより、油がより効果的に凹部の先端に絞り込まれ、揚力が増加し、柱部に油膜が形成されやすくなり、シール面が潤滑化され、摩擦係数が低減したためと考えられる。」
4 本件発明3について
(1)対比
本件発明3と引用発明とを対比する。
ア 引用発明の「軸1」は、本件発明3の「軸」に相当する。
イ 以下同様に、「環状溝4」は「環状溝」に、
「ケース2」は、「ハウジング」に、
「シール」は「封止」に、
「シールリング5、5」は、「シールリング」に相当する。
したがって、引用発明の「軸1の外周に形成された対の離間した環状溝4に装着され」る「シールリング5、5」は、本件発明3の「軸の外周に設けられた環状溝に装着され」る「シールリング」に相当する。
ウ 引用発明は、「軸1の外周に形成された対の離間した環状溝4に」、「シールリング5、5」を「装着」し、「相対的に回転する前記軸1とケース2との間に環状隙間を形成し」、「シールリング5、5」によって、「前記両環状溝4、4間の油路に供給される作動油3をシールしている」ものであり、ここで、「作動油3」の油圧は技術的にみて変化するものであるといえるし、また、「環状隙間」は、シール対象領域であるといえる。
したがって、引用発明の「相対的に回転する前記軸1とケース2との間に環状隙間を形成し、前記両環状溝4、4間の油路に供給される作動油3をシール」することは、本件発明3の「相対的に回転する前記軸とハウジングとの間の環状隙間を封止して、流体圧力が変化するように構成されたシール対象領域の流体圧力を保持する」ことに相当する。
エ 引用発明の「環状溝4の側面4a」は、作動油3が供給される側とは反対側にあるので、本件発明3の「前記環状溝における低圧側の側壁面」に相当する。
したがって、引用発明の「シールリング5、5は、油圧によって環状溝4の側面4aに押しつけられた状態で、環状溝側面4aと相対的に摺動する」ことは、
本件発明3の「シールリング」が「前記環状溝における低圧側の側壁面に対して摺動する」ことに相当する。
オ 引用発明の「シールリング5、5の環状溝4と相対するシールリング側面7a」は、本件発明3の「前記側壁面に対して摺動する摺動面側」に相当する。
カ 引用発明の「油溝9」と「クサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部」は、油溝9から導入された作動油3により楔効果による動圧を発生させるものであるといえるから、本件発明3の「動圧発生用溝」との対比において、「動圧発生用凹部」との限度で一致する。
また、引用発明の「クサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部」が、「径方向の幅がほほ一定で周方向に伸びて」いることは、本件発明3の「径方向の幅が一定で周方向に伸び」る「動圧発生用溝が設けられている」こととの対比において、「周方向に伸び」る「動圧発生用凹部が設けられている」ことの限度で一致する。
さらに、引用発明の「油溝9とクサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部は、前記側面4aに対して摺動する摺動領域内に収まる位置に設けられて」いることは、本件発明3の「第1溝は、前記側壁面に対して摺動する摺動領域内に収まる位置に設けられている」こととの対比において、「動圧発生用凹部は、前記側壁面に対して摺動する摺動領域内に収まる位置に設けられている」との限度で一致する。
キ 引用発明の「油溝9」と「クサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部」からなる動圧発生用凹部について、「油溝9は油溝9とクサビ効果発生傾斜面10a、10bと繋がる部分より深く構成されており、クサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部は、油溝9と繋がる周方向の中央に比べて両端側の方が浅くなるように構成されて」いるから、動圧発生用凹部の中央の部分(油溝9の部分)の深さが、それ以外の部分(クサビ効果発生傾斜面10a、10bと しての凹部)の深さよりも深く構成されると共に、周方向の中央の部分(油溝9の部分)とそれ以外の部分(クサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部)との間には段差が設けられていると共に、それ以外の部分(クサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部)の溝底は、周方向の中央の部分(油溝9の部分)に比べて両端側の方が浅くなるように構成されているといえる。また、引用発明は、「クサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部は、全体が油溝9と繋がる周方向の中央から平面状に両側に向かって徐々に浅くなるように構成されている」ものである。
したがって、引用発明の「油溝9は油溝9とクサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部と繋がる部分より深く構成されており、クサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部は、油溝9と繋がる周方向の中央に比べて両端側の方が浅くなるように構成されており、クサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部は、全体が油溝9と繋がる周方向の中央から平面状に両側に向かって徐々に浅くなるように構成されている」ことは、本件発明3の「第1溝のうち第2溝と繋がる部分の深さが、第2溝の深さと同じであり、かつ第1溝における第2溝と繋がる部分以外の部分の深さよりも深く構成されると共に、第1溝のうち第2溝と繋がる部分と当該繋がる部分以外の部分との間には段差が設けられると共に、第1溝の溝底は、周方向の中央に比べて両端側の方が浅くなるように構成されており、第1溝の溝底のうち第2溝と繋がる部分以外全体が、周方向の中央から平面状に両側に向かって徐々に浅くなるように構成されている」こととの対比において、「動圧発生用凹部における、動圧発生用凹部の中央の部分の深さが、それ以外の部分の深さよりも深く構成されると共に、周方向の中央の部分とそれ以外の部分との間には段差が設けられていると共に、それ以外の部分の溝底は、周方向の中央の部分に比べて両端側の方が浅くなるように構成されており、それ以外の部分の溝底の全体が、周方向の中央から平面状に両側に向かって徐々に浅くなるように構成されている」との限度で一致する。
ク 以上のとおりであるから、本件発明3と引用発明との一致点及び相違点は次のとおりとなる。
[一致点]
「軸の外周に設けられた環状溝に装着され、相対的に回転する前記軸とハウジングとの間の環状隙間を封止して、流体圧力が変化するように構成されたシール対象領域の流体圧力を保持するシールリングであって、
前記環状溝における低圧側の側壁面に対して摺動するシールリングにおいて、
前記側壁面に対して摺動する摺動面側には、周方向に伸び、動圧を発生させるための動圧発生用凹部が設けられており、
動圧発生用凹部は、前記側壁面に対して摺動する摺動領域内に収まる位置に設けられていると共に、
動圧発生用凹部における、動圧発生用凹部の中央の部分の深さが、それ以外の部分の深さよりも深く構成されると共に、周方向の中央の部分とそれ以外の部分との間には段差が設けられていると共に、それ以外の部分の溝底は、周方向の中央の部分に比べて両端側の方が浅くなるように構成されており、それ以外の部分の溝底の全体が、周方向の中央から平面状に両側に向かって徐々に浅くなるように構成されているシールリング。」
[相違点1]
動圧発生用凹部について、本件発明3は、「径方向の幅が一定」の「溝」であるのに対し、引用発明は、「径方向の幅がほぼ一定」の「凹部」である点。
[相違点2]
動圧発生用凹部について、本件発明3は、「動圧を発生させるための第1溝と、第1溝における周方向の中央の位置から内周面に至るまで伸び、密封対象流体を第1溝内に導く第2溝とを有する」ものであるのに対し、引用発明は、「シールリング内周面側8に開口した径方向に延在する油溝9と、その油溝9の周方向の両側にシールリング側面7aと接続するクサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部を周方向に複数離間配置」した凹部であり、溝(第1溝)とはいえないし、本件発明3の「第2溝」に相当する構成も備えていない点。
そして、このため、本件発明3の「第1溝のうち第2溝と繋がる部分の深さが、第2溝の深さと同じ」という構成、「第1溝における第2溝と繋がる部分」という構成、及び「第1溝の溝底のうち第2溝と繋がる部分」という構成が、引用発明には存在しないこととなる。
(2)判断
ア 相違点2について
まず、相違点2について検討する。
甲第1号証の段落[0001]、[0002]、[0006]~[0008]、[0010]~[0012]、[0022]及び[0023]並びに[図4]及び[図7]の記載から、甲第1号証には、本件発明3と同様のシールリングであって、シールリング接触側面14(摺動面側)に、周方向に伸びる動圧発生用凹部6を設けたものにおいて、凹部6の回転方向及び回転方向反対側内周端に内壁8を設けることによって、内壁8間に備えられた油導入孔10から導入された油をより効果的に凹部6の先端に絞り込むようにして、摩擦係数を低減する技術的事項(以下、「甲1技術的事項」という。)が記載されているといえる。
引用発明においても、油溝9から導入された作動油3をより効果的にクサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部へ導入し摩擦係数を低減するという課題は内在しており、当業者であればかかる課題を容易に認識可能であるといえるから、かかる課題解決のために、引用発明に、甲1技術的事項を適用することは当業者には容易であったというべきである。
そして、引用発明に、甲1技術的事項を適用すれば、クサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部の回転方向及び回転方向反対側の内周面側8に壁が設けられた構成となり、かかる回転方向及び回転方向反対側の内周面側8に壁が設けられたクサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部は、本件発明3の「第1の溝」に相当する構成となると共に、回転方向及び回転方向反対側の内周面側8に設けられた壁間によって構成される油導入孔は、本件発明3の「第2の溝」に相当する構成となる。これによって、引用発明においても、本件発明3の「第1溝のうち第2溝と繋がる部分の深さが、第2溝の深さと同じ」という構成、「第1溝における第2溝と繋がる部分」という構成、及び「第1溝の溝底のうち第2溝と繋がる部分」という構成に相当する構成が得られることにもなる。
したがって、相違点2に係る本件発明3の構成は、引用発明に甲1技術的事項を適用することにより、当業者であれば容易に想到し得たものであるといえる。
イ 相違点1について
上記アで説示のとおり、引用発明に甲1技術的事項を適用し、引用発明の凹部を溝として形成することは当業者にとって容易になし得たことであるというべきであるところ、ここで、シールリングに動圧発生用の溝を設けた場合、当該溝の幅がほぼ一定であるか、あるいは、一定であるかによって、動圧を発生させるという作用効果について顕著な差違があるとは認められないから、動圧発生用の溝の幅を一定なものとすることは、溝の工作上の観点等から当業者にとって設計上の一事項であるというべきである。
ウ 作用効果について
本件発明3の作用効果は、引用発明及び甲1技術的事項に基いて当業者であれば予測し得たものであり、格別なものとはいえない。
エ 小括
よって、本件発明3は、引用発明及び甲1技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。
5 本件発明5について
(1)対比
本件発明5と引用発明とを対比する。
ア 上記4(1)ア~カについては、本件発明5と引用発明との対比においても同様である。
イ 引用発明の「油溝9」と「クサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部」からなる動圧発生用凹部について、「油溝9は油溝9とクサビ効果発生傾斜面10a、10bと繋がる部分より深く構成されており、クサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部は、油溝9と繋がる周方向の中央に比べて両端側の方が浅くなるように構成されて」いるから、動圧発生用凹部の中央の部分(油溝9の部分)の深さが、それ以外の部分(クサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部)の深さよりも深く構成されると共に、周方向の中央の部分(油溝9の部分)とそれ以外の部分(クサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部)との間には段差が設けられていると共に、それ以外の部分(クサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部)の溝底は、周方向の中央の部分(油溝9の部分)に比べて両端側の方が浅くなるように構成されているといえる。
したがって、引用発明の「油溝9は油溝9とクサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部と繋がる部分より深く構成されており、クサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部は、油溝9と繋がる周方向の中央に比べて両端側の方が浅くなるように構成されて」いることは、本件発明5の「第1溝のうち第2溝と繋がる部分の深さが、第2溝の深さと同じであり、かつ第1溝における第2溝と繋がる部分以外の部分の深さよりも深く構成されると共に、第1溝のうち第2溝と繋がる部分と当該繋がる部分以外の部分との間には段差が設けられると共に、第1溝の溝底は、周方向の中央に比べて両端側の方が浅くなるように構成されて」いることとの対比において、「動圧発生用凹部の中央の部分の深さが、それ以外の部分の深さよりも深く構成されると共に、周方向の中央の部分とそれ以外の部分との間には段差が設けられていると共に、それ以外の部分の溝底は、周方向の中央の部分に比べて両端側の方が浅くなるように構成され」ているとの限度で一致する。
ウ 以上のとおりであるから、本件発明5と引用発明との一致点及び相違点は次のとおりとなる。
[一致点]
「軸の外周に設けられた環状溝に装着され、相対的に回転する前記軸とハウジングとの間の環状隙間を封止して、流体圧力が変化するように構成されたシール対象領域の流体圧力を保持するシールリングであって、
前記環状溝における低圧側の側壁面に対して摺動するシールリングにおいて、
前記側壁面に対して摺動する摺動面側には、周方向に伸びる動圧を発生させるための動圧発生用凹部が設けられており、
動圧発生用凹部は、前記側壁面に対して摺動する摺動領域内に収まる位置に設けられていると共に、
動圧発生用凹部における、動圧発生用凹部の中央の部分の深さが、それ以外の部分の深さよりも深く構成されると共に、周方向の中央の部分とそれ以外の部分との間には段差が設けられていると共に、それ以外の部分の溝底は、周方向の中央の部分に比べて両端側の方が浅くなるように構成されているシールリング。」
[相違点A]
動圧発生用凹部について、本件発明5は、「径方向の幅が一定」であるのに対し、引用発明は、「径方向の幅がほぼ一定」である点。
[相違点B]
動圧発生用凹部について、本件発明5は、「動圧を発生させるための第1溝と、第1溝における周方向の中央の位置から内周面に至るまで伸び、密封対象流体を第1溝内に導く第2溝とを有する」ものであるのに対し、引用発明は、「シールリング内周面側8に開口した径方向に延在する油溝9と、その油溝9の周方向の両側にシールリング側面7aと接続するクサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部を周方向に複数離間配置」した凹部にすぎず、溝(第1溝)とはいえないし、本件発明5の「第2溝」に相当する構成も備えていない点。
そして、このため、本件発明5の「第1溝のうち第2溝と繋がる部分の深さが、第2溝の深さと同じ」という構成、「第1溝における第2溝と繋がる部分」という構成、及び「第1溝の溝底のうち第2溝と繋がる部分」という構成が、引用発明には存在しないこととなる。
[相違点C]
動圧発生用凹部について、本件発明5が「第1溝の溝底のうち第2溝と繋がる部分以外全体が、周方向の中央から階段状に両側に向かって浅くなるように構成されている」のに対し、引用発明は、「クサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部は、全体が油溝9と繋がる周方向の中央から平面状に両側に向かって徐々に浅くなるように構成されている」ものである点。
(2)判断
ア 相違点A及びBは、実質的に相違点1及び2と同じ内容であり、上記4(2)で検討済みであるといえるので、相違点Cについて検討する。
甲第2号証には、クサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部の形状について、引用発明のような平面状の他、放物線状であってもよいとの記載はあるものの(段落【0013】を参照。)、周方向の中央から階段状に両側に向かって浅くなる形状を取り得ることの記載ないし示唆はない。
また、甲第1号証にも、甲第1号証に記載のものの、動圧発生用凹部といえる凹部6について、周方向の中央から両側端部に向かって全体が階段状に浅くなる形状を取り得ることの記載ないし示唆はない。
したがって、本件発明5は、引用発明及び甲第1号証に記載の事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
イ 甲第1号証に記載のものの凹部6は、その両端が柱部7に向かって凸状の曲面からなる絞り部20を具備することによる絞り効果を意図するものであるから(段落[0007]及び[0010]を参照。)、当該絞り部20を、階段状に両側に向かって浅くなるように構成することは当業者にとって単なる設計事項とはいえず容易になし得ない。
したがって、本件発明5は、引用発明及び甲1技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
6 特許権者の意見について
(1)特許権者は、取消理由(決定の予告)に対し、令和2年10月26日提出の意見書において、次のように主張する。
「引用発明においては、摩擦損失の低減と、シール性とを両立させることを目的としています。
そして、この目的を達成するために、引用発明においては、シールリングの側面に、内周面側にのみ開口した油溝と、その油溝の周方向の両側に該シールリング側面の平面と接続するクサビ効果発生傾斜面としての凹部を周方向に複数配置させる構成を採用しています。
このような構成を採用することで、・・・(中略)・・・引用発明におけるシールリングは、・・・(中略)・・・環状溝の側面とシールリング側面との間においては、内周面側では油膜を厚くして、外周面側では油膜を薄くさせて、環状溝内において、内周面側に比べて外周面側が環状溝側面に近づくようにシールリングが少し傾いた状態となるようにし、内周面側で摩擦損失の低減を図り、外周面側でシール性を高めることで、摩擦損失の低減とシール性の両立を図るようにしていることは明らかであります。
仮に、引用発明に甲1技術的事項を適用し、クサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部の回転方向及び回転方向反対側内周面側8に壁(甲2に記載の内壁8)を設けた場合には、内周面側8の壁を設けた部分では、クサビ効果が発揮されません。
そのため、引用発明に甲1技術的事項を適用したシールリングにおいては、径方向中央のクサビ効果発生傾斜面10a、10bが設けられた部位においてのみ油膜圧力による浮力が発生し、シールリングの外周面側と内周面側では、そのような浮力が発生しないため、環状溝内でシールリングが傾くことはなく、『シールリングと環状溝との間の油膜は、シールリングの側面形状と油膜圧力による浮力とにより、シールリング内周面側に比べ外周側で薄くなる』といった作用効果は得られません。
従いまして、摩擦損失の低減と、シール性とを両立させるといった引用発明の目的を達成することができなくなってしまいます。
以上より、当業者にとって、引用発明において、甲1技術的事項を適用すると、引用発明における目的を達成することができなくなりますので、引用発明に甲1技術的事項を適用することについては、技術的阻害要因があると言えます。」(第5ページ第3行~末行。)
(2)甲第1号証は、シールリング接触面側の内周側に凹部を形成し、外周側は凹部の無い構成とすることにより、シールリングにおける凹部の絞り効果による揚力の増加によるフリクション(摩擦損失)の低減と、シールリング接触面側の外周側とリング溝側面との面接触による油漏れの抑制(シール性)との両立を図ることを目的とするものであるところ(甲第1号証の段落[0006]~[0008]を参照。)、甲1技術的事項は、凹部6の回転方向及び回転方向反対側内周端に内壁8を設けることによって、内壁8間に備えられた油導入孔10から導入された油をより効果的に凹部6の先端に絞り込むようにして、さらなる摩擦係数を低減する効果を期待するものである(甲第1号証の段落[0011]、[0012]、[0022]及び[0023]並びに[図4]及び[図7]を参照。)。そして、ここで甲1技術的事項が、甲第1号証の[図3]に示された実施態様(凹部に内壁を設けていないもの)の別実施態様として示されていることからすれば、甲1技術的事項も、凹部6の回転方向及び回転方向反対側内周端に内壁8を設けたとしても、シールリング接触面側の外周側とリング溝側面との面接触による油漏れの抑制効果は依然として奏されており、フリクション(摩擦損失)の低減と、油漏れの抑制(シール性)の両立は図れるものと当業者は理解することができる。
したがって、引用発明に甲1技術的事項を適用しても、摩擦損失の低減と、シール性とを両立させるという引用発明の目的を達成することができなくなるとはいえない。
また、引用発明に甲1技術的事項を適用したものも、シールリング側面7aの内周側に設けられているクサビ効果発生面10a、10bによる内周側での油膜圧力による浮力によって、環状溝内において、シールリングの側面が内周面側に比べて外周面側が環状溝側面に近づくような力を受けているものといえるから、引用発明と同様に内周面側に比べて外周面側の油膜は薄くなっているともいえる。
よって、特許権者の上記主張は採用できない。
第5 むすび
以上のとおり、本件発明3は、甲第1号証及び甲第2号証に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明3に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
したがって、本件発明3の特許は、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
また、本件発明5は、甲第1号証及び甲第2号証に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではなく、取消理由通知書(決定の予告)に記載した取消理由又は特許異議申立書に記載された特許異議申立理由によっては、本件発明5に係る特許を取り消すことはできないし、他に本件発明5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
さらに、請求項1、2及び4に係る特許は、上記のとおり訂正により削除された。これにより、特許異議申立人による特許異議申立てについて、請求項1、2及び4に係る申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。
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2019-700635