特許異議申立
2019-700109
スパッタ装置、および、ITO膜付長尺フィルムの製造方法
- 審判番号
- 2019-700109
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2014-119197
- 登録番号
- 特許第6371591号(P6371591)
- 請求日
- 2019年02月08日
- 審決日
- 2019年12月09日
- 公報発行日
- 2020年04月24日
- 結論
- 請求成立(取消)
- 当事者
- 【権利者】日東電工株式会社
- 【権利者代理人】楠本 高義
- 【権利者代理人】三雲 悟志
- 【権利者代理人】中越 貴宣
- 【異議申立人】大野 恵子
- 審判長/審判官
- 審判長 菊地 則義
- 審判官 宮澤 尚之
- 審判官 小川 進
- 分類
- P1651.121-ZC (C23C) / P1651.537-ZC (C23C)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第2項、特許法第113条第2号、特許法第36条第6項第1号
- データ出所
- 審決公報(SGML)
事件の表示
特許第6371591号発明「スパッタ装置、および、ITO膜付長尺フィルムの製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
特許第6371591号の請求項1~6、8~10に係る特許を取り消す。
同請求項7に係る特許を維持する。
理由
1 手続の経緯
特許第6371591号(以下、「本件特許」という。)の請求項1~10に係る特許についての出願は、平成26年6月10日に出願され、平成30年7月20日にその特許権の設定登録がされ、平成30年8月8日に特許掲載公報が発行され、その後、請求項1~10に係る特許に対して、平成31年2月8日に特許異議申立人大野恵子(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、平成31年4月2日付けで取消理由が通知され、特許権者による令和1年6月4日付け意見書が提出され、申立人に対して令和1年6月12日付けで審尋が通知され、申立人による令和1年7月18日付け回答書が提出され、令和1年8月20日付けで取消理由(決定の予告)が通知され、特許権者よる令和1年10月18日付け意見書が提出されたものである。
2 本件特許発明
本件特許の請求項1~10に係る発明(以下、「本件特許発明1~10」という。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1~10に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「 【請求項1】
真空槽と、
前記真空槽にスパッタガスを供給するスパッタガス供給装置と、
前記真空槽内に備えられ、その中心軸回りに自転する成膜ロールと、
前記成膜ロールと対向し、その中心軸回りに自転する円筒型回転ターゲットと、
前記円筒型回転ターゲットの内部に設置された磁石と、
前記円筒型回転ターゲットにDC電圧とRF電圧を重畳して印加するDC電源およびRF電源を備え、
前記成膜ロールに巻かれた長尺フィルムに透明導電膜を形成するスパッタ装置。
【請求項2】
前記円筒型回転ターゲットの内部に設置された磁石により形成される磁場の磁束密度が、前記円筒型回転ターゲットの表面において、50mT(ミリテスラ)以上である請求項1に記載のスパッタ装置。
【請求項3】
更に、前記真空槽に反応性ガスを供給する反応性ガス供給装置を備えた請求項1または2に記載のスパッタ装置。
【請求項4】
更に、前記長尺フィルムを供給するフィルム供給機構と、前記長尺フィルムを収納するフィルム収納機構を備えた請求項1~3のいずれかに記載のスパッタ装置。
【請求項5】
前記スパッタガス供給装置、および、前記反応性ガス供給装置を、それぞれ複数備えた請求項3または4に記載のスパッタ装置。
【請求項6】
前記円筒型回転ターゲットを複数備えた請求項1~5のいずれかに記載のスパッタ装置。
【請求項7】
前記複数の円筒型回転ターゲットが複数のグループに分類され、前記グループ毎に前記スパッタガスおよび前記反応性ガスの、種類および圧力が異なる請求項3~6のいずれかに記載のスパッタ装置。
【請求項8】
前記成膜ロールを複数備えた請求項1~7のいずれかに記載のスパッタ装置。
【請求項9】
前記スパッタガスがアルゴンガスであり、前記反応性ガスが酸素ガスである請求項3~8のいずれかに記載のスパッタ装置。
【請求項10】
請求項1~9に記載のいずれかのスパッタ装置を用いて、長尺フィルムにITO(Indium Tin Oxideインジウム錫酸化物)膜を形成する、ITO膜付長尺フィルムの製造方法。」
3 取消理由の概要
請求項1~6、8~10に係る特許に対して、令和1年8月20日付け取消理由通知書(決定の予告)において特許権者に通知した取消理由の要旨は次のとおりである。
本件特許発明1~5は、引用文献1に記載された発明、及び、引用文献2に記載された技術的事項に基いて、本件特許発明6は、引用文献1に記載された発明、並びに、引用文献1及び2に記載された技術的事項に基いて、本件特許発明8~10は、引用文献1に記載された発明、及び、引用文献1~3に記載された技術的事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許発明1~6、8~10に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるものである。
(引用文献一覧)
引用文献1:特表2013-532231号公報
引用文献2:特開平3-249171号公報
引用文献3:特開2006-249472号公報(周知技術)
4 引用文献について
(1)引用文献1の記載事項(下線は当審が付した。以下、同様である。)
ア 「【0022】
・・・本明細書の実施形態によれば、より高い均一性を有し、欠陥および汚染粒子の密度の低い膜を堆積させることができる。それによって、光の適切な透過がもたらされるだけでなく、ある期間にわたって安定な性能がもたらされる高品質の透明体の製造が可能になる。その上、1つまたは複数の回転ターゲットのスパッタリングを含む製造プロセスは、さらに、他の堆積方法と比較してより高い製造速度と、より少数の汚染物質粒子の生成とを可能にすることができる。」
イ 「【0044】
堆積チャンバは、堆積装置100が本開示の実施形態に従って透明体を堆積させることができるようにする任意の好適な構造、構成、配列、および/または構成要素を含むことができる。例えば、限定はしないが、堆積チャンバは、コーティング源、電源、個別の圧力制御、堆積制御システム、および温度制御を含む好適な堆積システムを含むことができる。典型的な実施形態によれば、チャンバは個別のガス供給源を備える。チャンバは、典型的には、良好なガス分離を行うために互いに分離される。例えば、堆積チャンバは、特定のチャンバに直接供給されるガスに対する他のチャンバから特定のチャンバに広がるガスの比が少なくとも1から100であるように互いに分離することができる。本明細書の実施形態による堆積装置100は堆積チャンバの数に制限がない。例えば、限定はしないが、堆積装置100は3個、6個、または12個の堆積チャンバを含むことができる。」
ウ 「【0046】
本明細書で使用する「マグネトロンスパッタリング」は、磁石アセンブリ、すなわち、磁界を生成することができるユニットを使用して行われるスパッタリングを指す。典型的には、そのような磁石アセンブリは永久磁石で構成される。この永久磁石は、典型的には、回転ターゲット表面より下で発生した発生磁界内部に自由電子がトラップされるように回転ターゲット内部に配置されるか、または平面ターゲットに結合される。そのような磁石アセンブリは平面カソードに結合されるように配列することもできる。
エ 「【0060】
典型的な実施形態によれば、基板14はハードコートされたPETフォイルなどのフレキシブル基板で構成され、堆積装置100は、堆積に先立つ基板14の巻き出し、および本明細書の実施形態による透明体の形成の後の基板14の巻き取りのために巻出しローラ132および巻返しローラ134を含むことができる。堆積装置100は、様々な処理チャンバを通して基板14を移行させるためにローラシステム(図示せず)を含むことができる。特に、本明細書の実施形態による堆積装置は、プラスチックフィルム上のロールツーロール堆積のためのスパッタロールコーターとして構成され得る。
【0061】
図面の以下の説明の中では、同じ参照番号は同様の構成要素を表す。一般に、個々の実施形態に関する差のみが説明される。図3は、本明細書の実施形態によるタッチパネルで使用される透明体を製造するための例示の堆積装置300の概略図である。例示の堆積装置300は、巻出しモジュール302、巻取りモジュール304、およびそれらの間に配置されたプロセスモジュール308を含むロールツーロールシステムとして構成される。プロセスモジュール308は、図2に関して説明したものに同様の第1の誘電体膜堆積チャンバ106、第2の誘電体膜堆積チャンバ108、第3の誘電体膜堆積チャンバ110、および導電膜堆積チャンバ112を含むが、処理ドラム306のまわりに放射状に配置される。」
オ 「【0064】
図3の例示の実施形態では、スパッタリングシステム120は回転ターゲット322(代替として、平面カソードに適合することができる)に動作可能に結合され、スパッタリングシステム123は回転ターゲット324(代替として、平面カソードに適合することができる)に動作可能に結合され、スパッタリングシステム125は回転ターゲット326(代替として、平面カソードに適合することができる)に動作可能に結合され、スパッタリングシステム127は回転ターゲット328(代替として、平面カソードに適合することができる)に動作可能に結合される。」
カ「【0069】
・・・いくつかの実施形態では、第1の誘電体膜、第2の誘電体膜、第3の誘電体膜、および透明導電膜は回転ターゲットのスパッタリングによって堆積される。いくつかの実施形態によれば、少なくとも透明導電膜。それによって、透明体の製造の際に透明体の特定用途にとって特に良好な結果が達成され得る。
【0070】
特定の実施形態によれば、第1の透明層スタックおよび透明導電膜はマグネトロンスパッタリングによって堆積される。いくつかの実施形態によれば、第3の誘電体膜は誘電体材料の直接スパッタリングによって堆積される。特に、第3の誘電体膜は酸化ニオブ(特に、Nb2O5)の直接スパッタリングによって堆積させることができる。それによって、透明体の製造に際に特に良好な結果が達成され得る。」
キ 「【0077】
典型的な実施形態によれば、透明導電膜は、ITO、例えば、90%酸化インジウムおよび10%二酸化スズによる典型的な(In2O3/SnO2)をもつ円筒状カソードを使用してスパッタリングされる。代替として、ITOをもつ平面カソードを使用することができる。さらに、透明導電膜は連続的(DC)電源を使用してスパッタリングすることができる。さらに、透明導電膜は、例えば、アルゴンなどの不活性ガスおよび酸素、または特定の堆積チャンバに供給される唯一のガスとしてのアルゴンなどの不活性ガスがある状態で、直接または反応性スパッタリングによってスパッタリングすることができる。さらに、透明導電膜のための典型的なプロセス圧力は2×10-3mbarと8×10-3mbarとの間とすることができる。さらに、典型的な堆積速度は10nm/minと20nm/minとの間(平面カソードが使用される場合)、または20nm/minと30nm/minとの間(円筒状カソードが使用される場合)とすることができる。」
ク 「【0078】
上記で詳述したように、膜の各々を堆積させるためのカソードの数は、一般に、最適生産性に向けて最適化される。特に、カソードの数は、3個、6個、または12個の区画をもつスパッタウエブ機械(sputter web machine)用に最適化することができる。」
ケ 「【0082】
・・・さらに、いくつかの実施形態によれば、限定はしないが、ITO膜などの、透明体の少なくとも透明導電膜は回転ターゲットのスパッタリングによって堆積される。」
コ 「【図3】
」
(2)引用文献1に記載された発明
引用文献1には、上記(1)ア~ケによれば、堆積装置300は、フレキシブル基板14を巻出すための巻出しローラ132と、フレキシブル基板14を巻き取るための巻返しローラ134と、処理ドラム306と、前記処理ドラム306のまわりに配置された導電膜堆積チャンバ112を備え、前記導電膜堆積チャンバ112内には、回転ターゲット328を備え、前記回転ターゲットの内部には永久磁石が配置され、前記導電膜堆積チャンバ328には、ガス供給源を備えていることが記載され、また、上記(1)コによれば、前記処理ドラム306は、前記導電膜堆積チャンバ112を含むチャンバ内に備えられており、前記処理ドラム306と前記回転ターゲット328は対向配置しており、前記処理ドラム306にフレキシブル基板14が巻かれていることが見て取れる。
また、引用文献1には、上記(1)エ及びキによれば、プロセス圧力が2×10-3~8×10-3mbarとして、アルゴンガス及び酸素がある状態で、DC電源を使用して、フレキシブル基板上に透明導電膜としてITO膜を形成することが記載されている。
これら記載を整理すると、引用文献1には、
「プロセス圧力2×10-3~8×10-3mbarで使用する導電膜堆積チャンバを含むチャンバと、
前記導電膜堆積チャンバに、アルゴンガス及び酸素を供給するガス供給源と、
前記チャンバ内に備えられた、処理ドラムと、
前記処理ドラムに対向配置された、回転ターゲットと、
前記回転ターゲットの内部に配置された永久磁石と、
前記回転ターゲットにDC電圧を印加するDC電源と、
フレキシブル基板を巻出すための巻出しローラと、
フレキシブル基板を巻き取るための巻返しローラと、
を備え、
前記処理ドラムに巻かれたフレキシブル基板に透明導電膜を形成する堆積装置。」
の発明(以下、「引用1発明1」という。)が記載されているといえる。
また、引用文献1には、
「引用1発明1の堆積装置を用いて、フレキシブル基板にITO膜を形成する製造方法。」
の発明(以下、「引用1発明2」という。)が記載されているといえる。
(3)引用文献2の記載事項
ア 「上記の平行磁界強度のみを変化させることによりスパッタ電圧を制御する方法では、ターゲット上での平行磁界強度とスパッタ中の放電電圧の関係を示す第1図のグラフから分かるように、スパッタ電圧を250V以下に低下させることは困難である。・・・、更に磁界強度を増大させても、スパッタ電圧の低下は期待できない。
そこで、本発明は、上記従来例の問題点を解消し、更に低抵抗な透明導電膜を製造することができる透明導電膜の製造方法および製造装置を提供することを目的とするものである。」(第3頁左上欄第9行~右上欄第4行)
イ 「本発明の発明者らは、上記目的を達成すべく誠意研究した結果、ターゲット表面の磁界強度を増大させるとともに、放電用の直流電界に高周波電界を重畳することにより、スパッタ放電電圧を更に低下させることができることを見出した。
本発明は、上記知見に基づいてなされたものであって、本発明による透明導電膜の製造方法は、In-O、Sn-O、Zn-O、Cd-Sn-OあるいはCd-In-O系を基本構成元素とし、必要に応じてドナーとなる元素を添加した透明導電膜をスパッタ法で形成する方法において、スパッタ電圧を250V以下としたことを特徴とするものである。
・・・本発明の発明者らは、このプラズマ密度の増大の手段として、放電発生のための直流電界に高周波電界を重畳させることにより、スパッタ電圧を上記したように250Vから大きく下げることに成功した。ここで、高周波電界の重畳は、ターゲット表面での平行磁界強度が600Oe以上のときに有効であり、平行磁界強度が600Oe以下のときには、高周波電界の重畳により逆にスパッタ電圧が上昇してしまう。従って、高周波電界を重畳するときには、ターゲット表面での平行磁界強度を600Oe以上に保持しなければならない。」(第3頁右上欄第6行~左下欄第18行)
ウ 「本発明によれば、250V以下のスパッタ電圧でスパッタすることによって、基板に突入する酸素の負イオンのエネルギを低く抑えて、透明導電膜へのダメージを小さくする。これによって、低抵抗の透明導電膜を得ることができる。」(第4頁左上欄第18行~右上欄第3行)
(4)引用文献3の記載事項
ア 「【0027】
図1に示される成膜ライン10は、プラスチックフィルム等の長尺な帯状の基板Sの表面に、スパッタリングによって薄膜を成膜するもので、基本的に、供給室12、プラズマ処理室14、第1成膜室16、第1透過率測定室18、第2成膜室20、第2透過率測定室22、および、巻取室24を有して構成される。これらの各室は、シールロール等の公知の手段によって互いに略気密に分離されており、隣り合わせる室内の圧力が互いに影響しないようになっている。」
イ 「【0033】
第1成膜室16(第2成膜室20)は、本発明の成膜装置にかかるものであり、入排出部40と、基板Sに成膜を行うための、第1カソード42a、第2カソード42b、第3カソード42c、第4カソード42d、第5カソード42eおよび第6カソード42fの6つのカソード(カソード装置)、ならびに、基板Sを所定の成膜位置に保持しつつ長手方向に搬送する円筒状のドラム50を有する成膜部44と、(真空)チャンバ52とを有して構成される。」
ウ 「【図1】
」
5 対比・判断
(1)本件特許発明1について
ア 本件特許発明1と引用1発明1を対比すると、引用1発明1の「プロセス圧力2×10-3~8×10-3mbarで使用する導電膜堆積チャンバを含むチャンバ」、「アルゴンガス」を「供給するガス供給源」、「処理ドラム」、「回転ターゲット」、「永久磁石」、「フレキシブル基板」、「堆積装置」は、それぞれ、本件特許発明1の「真空槽」、「スパッタガスを供給するスパッタガス供給装置」、「その中心軸回りに自転する成膜ロール」、「その中心軸回りに自転する円筒型回転ターゲット」、「磁石」、「長尺フィルム」、「スパッタ装置」に相当する。
したがって、本件特許発明1は、引用1発明1と、
「真空槽と、
前記真空槽にスパッタガスを供給するスパッタガス供給装置と、
前記真空槽内に備えられ、その中心軸回りに自転する成膜ロールと、
前記成膜ロールと対向し、その中心軸回りに自転する円筒型回転ターゲットと、
前記円筒型回転ターゲットの内部に設置された磁石と、
前記円筒型回転ターゲットにDC電圧を印加するDC電源を備え、
前記成膜ロールに巻かれた長尺フィルムに透明導電膜を形成するスパッタ装置。」の点で一致し、
本件特許発明1は、DC電圧とRF電圧を重畳して印加できるようにRF電源を備えているのに対して、引用1発明1は、RF電源を備えていない点(相違点1)で相違している。
そこで、相違点1について検討すると、引用文献2には、上記4(3)ア~ウに摘示したとおり、透明導電膜をスパッタ法で形成する方法において、低抵抗の透明導電膜を得るために、ターゲット表面での平行磁界強度を600Oe以上とすると共に、放電発生のための直流電界に高周波電界を重畳させることが記載されている。そして、引用文献2に記載された磁界強度600Oeは、真空状態での磁束密度に換算すると60mTといえる。
しかも、円筒型回転ターゲットの電源として、DCとRFの組み合わせた電源を使用することは、本件出願前の周知技術にすぎない(例えば、特開2009-24259号公報の段落【0017】、国際公開第2013/036953号の段落[0025]~[0026]参照)。
そうしてみると、引用文献2の上記記載や上記周知技術を踏まえれば、引用1発明1において、低抵抗の透明導電膜が得られるように、回転ターゲット(円筒型回転ターゲット)の内部に配置された永久磁石を、ターゲット表面での磁束密度が60mT以上となる磁石にすると共に、DC電圧にRF電圧を重畳して印加できるようにRF電源を設けることは、当業者が容易に想到し得ることである。
また、本件特許発明1が奏する効果は、本件特許明細書の段落【0023】によれば、スパッタレートが高くなる、薄膜の品質が高くなる、及び、抵抗の低い透明導電膜が得られるといえるところ、上記4(1)アに摘示した引用文献1の「1つまたは複数の回転ターゲットのスパッタリングを含む製造プロセスは、さらに、他の堆積方法と比較してより高い製造速度と、より少数の汚染物質粒子の生成とを可能にすることができる」との記載、及び、上記4(3)イ及びウに摘示した引用文献2の「放電発生のための直流電界に高周波電界を重畳させることにより」、「低抵抗の透明導電膜を得ることができる」との記載から、これらの効果は当業者が容易に予測できるものであり、格別顕著なものといえない。
よって、本件特許発明1は、引用文献1に記載された発明、及び、引用文献2に記載された技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。
イ 特許権者の意見について
(ア)特許権者は、引用文献2には、板状のスパッタカソードのみに対してDC電圧とRF電圧を重畳して印加することが記載されていること、及び、スパッタカソードの形状が変われば、その表面の磁界の平行成分も変わってしまうため、引用文献2において、板状のスパッタカソードを回転ターゲットに変更にすることは技術的に考えられないことから、引用1発明1に引用文献2に記載の技術的事項を適用した場合には、引用1発明1の回転ターゲットを、引用文献2に記載された板状(平面状)のスパッタカソードに変更して、平面状のスパッタカソードにDC電圧とRF電圧を重畳して印加すると考えるのが妥当である旨を主張している(令和1年6月4日付け意見書第6頁下から2行~第9頁第16行、令和1年10月18日付け意見書第8頁第5行~第10頁第16行)。
この点を検討するに、引用文献2には、上記4(3)アに摘示したとおり、ターゲット表面の平行磁界強度(ターゲット表面に発生する磁界の平行成分の強度)のみの制御では、スパッタ電圧を低下させて低抵抗の透明導電膜を製造することは困難であったとの課題があり、上記4(3)イ及びウに摘示した記載によれば、当該課題を解決するために、ターゲット表面の平行磁界強度を600Oe以上に保持しつつ、ターゲットに直流電界に高周波電界を重畳して印加することが記載されている。
そして、引用文献2には、「基板ホルダ10に支持された基板11と、スパッタカソード12とを平行状態で対向配置した。」(第4頁左下欄第11~13行)ことが記載され、また、第2図から、スパッタカソード及びターゲットが平面状であることが見て取れるものの、引用文献2の第6頁左上欄第14~18行に記載されているように、第2図はあくまでも一実施例にすぎず、スパッタカソード及びターゲットが平面状であることが上記課題を解決するために必要な事項であることは記載も示唆もされていない。
また、引用文献2では、基板に透明導電膜を製造することからして、ターゲット表面の平行磁場強度は、基板との対向面における磁場の平行成分強度を示していることは明らかであり、スパッタカソード及びターゲットの形状に関係するものではない。
そうしてみると、当業者であれば、引用文献2より、スパッタカソード及びターゲットが平面状であるか否かに関係なく、ターゲット表面(基板との対向面)の平行磁界強度を600Oe以上に保持しつつ、ターゲットに直流電界に高周波電界を重畳して印加するとの技術的事項を把握することができるといえる。
そして、引用文献2に記載された技術的手段を引用1発明1に適用した場合には、回転ターゲットを平面状のスパッタカソードに変更する必要があるとまでいえないことから、特許権者の上記主張は採用できない。
(イ)特許権者は、引用文献2から「DC電圧とRF電圧を印加する」概念のみを抽出すること、あるいは、引用文献2の板状のスパッタカソードを円筒回転ターゲットに変更することは、本件特許発明の課題及び解決手段が無意識に「先行技術の把握」に入り込んでしまっているため妥当でない旨を主張している(令和1年6月4日付け意見書第9頁第17行~第11頁第13行、令和1年10月18日付け意見書第10頁第17行~第11頁第16行)。
この点を検討するに、上記(ア)で検討したとおり、引用文献2には、スパッタカソード及びターゲットが平面状であるか否かに関係なく、ターゲット表面(基板との対向面)の平行磁界強度を600Oe以上に保持しつつ、ターゲットに直流電界に高周波電界を重畳して印加するとの技術的事項が記載されているといえるから、引用文献2に記載された技術的事項の把握に、本件特許発明の課題及び解決手段が無意識に入り込んでいないことは明らかである。
また、引用1発明1に、引用文献2に記載された上記技術的事項を適用するにあたっては、上記アで検討したとおり、引用文献2の板状のスパッタカソードを円筒回転ターゲットに変更することなしに適用できるものである。
よって、特許権者の上記主張も採用できない。
(2)本件特許発明2について
本件特許発明2と引用1発明1を対比すると、上記(1)で検討した相違点1に加えて、本件特許発明2では、磁石により形成される磁場の磁束密度が、円筒型回転ターゲットの表面において、50mT(ミリテスラ)以上であることを特定しているのに対して、引用1発明1では、磁石の磁束密度が明らかでない点(相違点2)でも相違している。
しかしながら、上記(1)で検討したとおり、低抵抗の透明導電膜が得られるように、引用1発明1の回転ターゲット(円筒型回転ターゲット)の内部に配置された永久磁石を、ターゲット表面での磁束密度が60mT以上となるような磁石にすることは、当業者が容易に想到し得ることである。
よって、本件特許発明2は、引用文献1に記載された発明、及び、引用文献2に記載された技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(3)本件特許発明3について
本件特許発明3と引用1発明1を対比すると、引用1発明1の「酸素を供給するガス供給源」は、本件特許発明3の「反応性ガスを供給する反応性ガス供給装置」に相当するから、両者に新たな相違点は存在しない。
したがって、上記(1)及び(2)での検討と同様に、本件特許発明3は、引用文献1に記載された発明、及び、引用文献2に記載された技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(4)本件特許発明4について
本件特許発明4と引用1発明1を対比すると、引用1発明1の「フレキシブル基板を巻出すための巻出しローラ」、「フレキシブル基板を巻き取るための巻返しローラ」は、それぞれ、本件特許発明4の「長尺フィルムを供給するフィルム供給機構」、「長尺フィルムを収納するフィルム収納機構」に相当するから、両者に新たな相違点は存在しない。
したがって、上記(1)~(3)での検討と同様に、本件特許発明4は、引用文献1に記載された発明、及び、引用文献2に記載された技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(5)本件特許発明5について
本件特許発明5と引用1発明1を対比すると、上記(1)及び(2)で検討した相違点1及び2に加えて、本件特許発明5では、スパッタガス供給装置及び反応性ガス供給装置を、それぞれ複数備えているのに対して、引用1発明1では、それらの設置数が明らかでない点(相違点3)でも相違している。
しかしながら、スパッタガス供給装置及び反応性ガス供給装置の設置数は、ガスの均一性等を考慮して当業者が適宜決定するものであるから、引用1発明1のアルゴンガス及び酸素を供給するガス供給源(スパッタガス供給装置及び反応性ガス供給装置)をそれぞれ複数設けることは、当業者が適宜なし得る設計事項にすぎない。
したがって、本件特許発明5は、引用文献1に記載された発明、及び、引用文献2に記載された技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(6)本件特許発明6について
本件特許発明6と引用1発明1を対比すると、上記(1)、(2)及び(5)で検討した相違点1~3に加えて、本件特許発明6では、円筒型回転ターゲットを複数備えているのに対して、引用1発明1では、その設置数が明らかでない点(相違点4)でも相違している。
そこで、相違点4について検討すると、引用文献1には、上記4(1)クに摘示したとおり、透明導電膜を形成するためのカソード(ターゲット)の数は、最適生産性に向けて最適化されることが記載されているから、引用1発明1において、透明導電膜を形成するための回転ターゲット(円筒型回転ターゲット)を複数備えるように構成することは、当業者であれば容易に想到し得ることである。
したがって、本件特許発明6は、引用文献1に記載された発明、並びに、引用文献1及び2に記載された技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(7)本件特許発明8について
本件特許発明8と引用1発明1を対比すると、上記(1)、(2)、(5)及び(6)で検討した相違点1~4に加えて、本件特許発明8では、成膜ロールを複数備えているのに対して、引用1発明1では、処理ドラム(成膜ロール)を複数備えてない点(相違点5)でも相違している。
しかしながら、複数の成膜ロールを備えたスパッタ装置は、上記4(4)ア~ウに摘示した引用文献3の記載事項のように、周知技術であるから、引用1発明1の処理ドラム(成膜ロール)を複数にすることは、当業者が適宜なし得る設計事項にすぎない。
したがって、本件特許発明8は、引用文献1に記載された発明、及び、引用文献1~3に記載された技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(8)本件特許発明9について
本件特許発明9は、「前記スパッタガスがアルゴンガスであり、前記反応性ガスが酸素ガスである」ことを特定しているところ、引用1発明1の「ガス供給源」は、スパッタガスであるアルゴンガスと、反応性ガスである酸素を供給しているから、本件特許発明9と引用1発明1を対比しても、両者に新たな相違点は存在しない。
したがって、上記(1)~(7)での検討と同様に、本件特許発明9は、引用文献1に記載された発明、及び、引用文献1~3に記載された技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(9)本件特許発明10について
本件特許発明10と引用1発明2を対比すると、引用1発明2の「堆積装置」、「フレキシブル基板にITO膜を形成する製造方法」は、それぞれ、本件特許発明10の「スパッタ装置」、「長尺フィルムにITO(Indium Tin Oxideインジウム錫酸化物)膜を形成する、ITO膜付長尺フィルムの製造方法」に相当するから、本件特許発明10は、引用1発明2と「スパッタ装置を用いて、長尺フィルムにITO(Indium Tin Oxideインジウム錫酸化物)膜を形成する、ITO膜付長尺フィルムの製造方法。」の点で一致し、スパッタ装置に関して、本件特許発明10では、本件特許発明1~9のスパッタ装置を用いているのに対して、引用1発明2では、引用1発明1の堆積装置を用いている点(相違点6)で相違している。
しかしながら、上記(1)~(8)で検討したとおり、本件特許発明1~6、8、9のスパッタ装置は、引用1発明1の堆積装置及び引用文献1~3に記載された技術的事項から当業者が容易になし得たものである。
よって、本件特許発明10は、引用文献1に記載された発明、及び、引用文献1~3に記載された技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(10)小括
以上で検討したとおり、本件特許発明1~6、8~10に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
6 取消理由(決定の予告)において採用しなかった特許異議申立理由
(1)特許法第36条第6項第1号の申立理由について
申立人は、本件特許発明1~9の目的を、「ITO膜付ガラスと同等の、抵抗が低く、品質の高いITO膜を有する長尺フィルムを、高いスパッタレートで生産することができるスパッタ装置を実現することである。」(段落【0021】)とした上で、発明の詳細な説明には、透明導電膜がITO膜である場合の問題点(課題)が一貫して記載され、さらに、透明導電膜がITO膜である場合の効果が記載されるのみであり、他の透明導電膜を形成した場合の問題点(課題)も、また、ITO膜と同等の効果が得られることも記載されていないため、本件特許発明1~9は、発明の詳細な説明に記載された発明といえず、その特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである旨を主張している(特許異議申立書第23頁第3~18行)。
この点を検討するに、発明の詳細な説明の段落【0004】の「スパッタ法により長尺フィルムに透明導電膜を成膜することが広く行なわれている。透明導電膜としてITO(Indium Tin Oxideインジウム錫酸化物)膜が広く用いられている。タッチパネルやフィルム液晶などに用いられる透明電極(ITO膜)には、電気抵抗の低いことが求められる。」との記載や、段落【0042】の「本発明のスパッタ装置は、長尺フィルムに、高品質の薄膜(例えばITO膜)を、高い生産性で成膜することに適する。」との記載からみて、発明の詳細な説明において、ITO膜は透明導電膜の一例として記載されてことは明らかであるし、また、他の透明導電膜でも電気抵抗の低いことが求められており、ITO膜と同様な課題が存在することも明らかであるから、本件特許発明1~9の課題は、長尺フィルムに、高品質の透明導電膜を、高い生産性で成膜するスパッタ装置を実現することといえる。
そして、発明の詳細な説明の段落【0004】~【0007】に記載された作用機序からみて、他の透明導電膜を形成した場合にも、ITO膜と同様な効果を奏するとみるのが妥当である。
したがって、本件特許発明1~9は、発明の詳細な説明の記載により当業者が上記課題を解決できると認識できる範囲のものといえるから、申立人の主張する特許異議申立理由に理由はない。
7 むすび
以上のとおり、本件請求項1~6、8~10に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるものである。
また、本件請求項7に係る特許は、特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によって、特許を取り消すことはできない。そして、他に本件請求項7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2019-700109