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特許異議申立

2018-700565

ろう付け性に優れたフェライト系ステンレス鋼板、熱交換器、熱交換器用フェライト系ステンレス鋼板、フェライト系ステンレス鋼、燃料供給系部材用フェライト系ステンレス鋼、及び燃料供給系部品

審判番号
2018-700565
法域
特許
審判種別
異議申立(異議の決定)
出願番号
特願2015-508499
登録番号
特許第6270821号(P6270821)
請求日
2018年07月12日
審決日
2020年04月03日
公報発行日
2020年07月31日
結論
訂正認容
当事者
  • 【権利者】日鉄ステンレス株式会社
  • 【権利者代理人】棚井 澄雄
  • 【権利者代理人】寺本 光生
  • 【権利者代理人】勝俣 智夫
  • 【権利者代理人】山口 洋
  • 【権利者代理人】志賀 正武
  • 【異議申立人】井上 潤
審判長/審判官
  • 審判長 亀ヶ谷 明久
  • 審判官 中澤 登
  • 審判官 土屋 知久
分類
P1651.83 -YAA(C22C) / P1651.113-YAA(C22C) / P1651.121-YAA(C22C) / P1651.536-YAA(C22C) / P1651.537-YAA(C22C)
条文(本文から自動抽出・参考)
特許法第120条の5第9項、特許法第120条の5第2項、特許法第36条第4項第1号、特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第6項第2号、特許法第29条第1項第3号、特許法第120条の5第4項、特許法第29条第2項、特許法第36条第6項、特許法第36条第4項、特許法第2条第3項第1号
データ出所
審決公報(SGML)

事件の表示

特許第6270821号発明「ろう付け性に優れたフェライト系ステンレス鋼板、熱交換器、熱交換器用フェライト系ステンレス鋼板、フェライト系ステンレス鋼、燃料供給系部材用フェライト系ステンレス鋼、及び燃料供給系部品」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。

結論

【結 論】 特許第6270821号の明細書、特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書、訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~4〕、〔5~7〕、〔8~11〕、〔12~14〕について訂正することを認める。 特許第6270821号の請求項1ないし14に係る特許を維持する。

理由

【理 由】 第1 手続の経緯 特許第6270821号の請求項1ないし14に係る特許についての出願は、2014年(平成26年)3月24日(優先権主張 平成25年3月29日 日本国 同年7月17日 日本国)を国際出願日とする出願であって、平成30年1月12日に特許権の設定登録がされ、同年1月31日に特許掲載公報が発行されたものであって、その後の経緯を以下に記す。 平成30年 7月12日 請求項1~14に係る特許に対する特許異議申立 異議申立人 井上 潤 (以下、「申立人」という。) 甲第1~4号証添付 同年10月17日 取消理由通知 (起案日 平成30年10月15日) 同年12月14日 訂正請求書及び証拠説明書並びに意見書 (特許権者)提出 乙第1~2号証添付 平成31年 2月15日 意見書(申立人)提出 同年 3月27日 審判審尋(特許権者へ) (起案日 平成31年 3月25日) 令和 1年 5月27日 回答書、証拠説明書(特許権者)提出 乙第3~4号証添付 同年 8月30日 審判審尋(申立人へ) (起案日 令和 1年 8月27日) 同年10月 9日 回答書(申立人)提出 同年11月12日 取消理由通知(決定の予告) (起案日 令和1年11月 8日) 令和 2年 1月10日 意見書(特許権者)提出 同年 1月28日 上申書(申立人)提出 同年 3月13日 上申書(特許権者)提出 乙第5号証添付 <証拠方法> ○甲第1号証:Handbook of X-ray Photoelectron Spectroscopy、表紙、裏表紙、77頁、1992年発行 ○甲第2号証:特許第6157664号公報(平成29年7月5日発行) ○甲第3号証:特開2012-214880号公報 (本件審査時の拒絶理由通知で引用された引用文献1) ○甲第4号証:特開平7-292446号公報 (本件審査時の拒絶理由通知で引用された引用文献2) ○乙第1号証:On the Role of Cr in the Passivity of Stainless Steel,J.Electrochem.Soc.:ELECTROCHEMICAL SCIENCE AND TECHNOLOGY Vol.133,No.12,(December 1986)p2459-2464 ○乙第2号証:XPS Characterization of passive films formed on Type 304 stainless steel in humid atmosphere,Corrosion Science 58(2012)p62-68 ○乙第3号証:高窒素添加オーステナイト系ステンレス鋼表面のXPSによる解析、相良雅之 外3名、日本金属学会誌第67巻第2号(2003)67-73頁 ○乙第4号証:18Cr-8Niステンレス鋼の不働態皮膜のX線光電子スペクトル、杉本克久 外3名、日本金属学会誌第38巻第1号(1974)54-62頁 ○乙第5号証:SUS304鋼焼鈍材の脱スケール過程における溶解挙動、木谷滋 外3名、表面技術、Vol.47、No.4、1996、41~45頁 第2 訂正請求について 平成30年12月14日付け訂正請求(以下、「本件訂正請求」という。)について以下で検討する。 1.訂正請求の趣旨 本件訂正の趣旨は、特許第6270821号の明細書、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付した訂正明細書、訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1~14について訂正することを求める、とするものである。 2.訂正事項 以下で下線部は訂正箇所を示す。 (1-1)訂正事項1 請求項1において、訂正前の 「0.6≦df×Crf+5(Sif+3Alf)≦2.0 ・・・(式1)」及び「dfは単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上である。」を、 訂正後に 「1.3≦df×Crf+5(Sif+3Alf)≦2.0 ・・・(式1)」及び「dfは単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上6.6nm以下である。」とそれぞれ訂正する。 請求項2~4についても同様に訂正する。 (1-2)訂正事項2 願書に添付された本件明細書の【0022】において、訂正前の 「0.6≦df×Crf+5(Sif+3Alf)≦2.0 ・・・(式1)」及び「dfは単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上である。」を、 訂正後に 「1.3≦df×Crf+5(Sif+3Alf)≦2.0 ・・・(式1)」及び「dfは単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上6.6nm以下である。」とそれぞれ訂正する。 (2-1)訂正事項3 請求項5において、訂正前の 「0.6≦df×Crf+5(Sif+3Alf)≦2.0 ・・・(式1)」及び「dfは単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上である。」を、 訂正後に 「1.3≦df×Crf+5(Sif+3Alf)≦2.0 ・・・(式1)」及び「dfは単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上6.6nm以下である。」とそれぞれ訂正する。 請求項6~7についても同様に訂正する。 (2-2)訂正事項4 願書に添付された本件明細書の【0025】において、訂正前の 「0.6≦df×Crf+5(Sif+3Alf)≦2.0 ・・・(式1)」及び「dfは単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上である。」を、 訂正後に 「1.3≦df×Crf+5(Sif+3Alf)≦2.0 ・・・(式1)」及び「dfは単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上6.6nm以下である。」とそれぞれ訂正する。 (3-1)訂正事項5 請求項8において、訂正前の 「0.6≦df×Crf+5(Sif+3Alf)≦2.0 ・・・(式1)」及び「dfは単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上である。」を、 訂正後に 「1.2≦df×Crf+5(Sif+3Alf)≦2.0 ・・・(式1)」及び「dfは単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上6.7nm以下である。」とそれぞれ訂正する。 請求項9~11についても同様に訂正する。 (3-2)訂正事項6 願書に添付された本件明細書の【0027】において、訂正前の 「0.6≦df×Crf+5(Sif+3Alf)≦2.0 ・・・(式1)」及び「dfは単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上である。」を、 訂正後に 「1.2≦df×Crf+5(Sif+3Alf)≦2.0 ・・・(式1)」及び「dfは単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上6.7nm以下である。」とそれぞれ訂正する。 (4-1)訂正事項7 請求項12において、訂正前の 「0.6≦df×Crf+5(Sif+3Alf)≦2.0 ・・・(式1)」及び「dfは単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上である。」を、 訂正後に 「1.2≦df×Crf+5(Sif+3Alf)≦2.0 ・・・(式1)」及び「dfは単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上6.7nm以下である。」とそれぞれ訂正する。 請求項13~14についても同様に訂正する。 (4-2)訂正事項8 願書に添付された本件明細書の【0030】において、訂正前の 「0.6≦df×Crf+5(Sif+3Alf)≦2.0 ・・・(式1)」及び「dfは単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上である。」を、 訂正後に 「1.2≦df×Crf+5(Sif+3Alf)≦2.0 ・・・(式1)」及び「dfは単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上6.7nm以下である。」とそれぞれ訂正する。 3.訂正の理由 (1)訂正事項1及び3について ア 訂正事項1及び3は、(式1)のA値(A=df×Crf+5(Sif+3Alf))について「0.6≦A≦2.0」から「1.3≦A≦2.0」に訂正して下限を大きくするものであり、また、「皮膜の厚さdf」について「3.7nm以上」から「3.7nm以上6.6nm以下」に訂正して上限を規定するものであるので、共に記載の範囲を限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正であり、特許法第120条の5第2項ただし書第1号の規定に適合するものである。 イ 願書に添付された本件明細書の【表2】(【0138】)には、「発明鋼1-4」、「発明鋼1-8」、「発明鋼1-9」、「発明鋼1-11」のA値が、それぞれ「1.3」であることが記載され、「1.3」は【表2】に記載された「発明鋼1-1」~「発明鋼1-12」のA値の内の下限値であることが理解される。 また、【表2】には、「発明鋼1-8」の「皮膜の厚さdf」の値が「6.6」であることが記載され、「6.6」は【表2】に記載された「発明鋼1-1」~「発明鋼1-12」の「皮膜の厚さdf」の値の上限値であることが理解される。 したがって、「皮膜の厚さdf」の値の上限値「6.6」、A値の下限値「1.3」は、願書に添付された本件明細書に記載されていたといえる。 よって、訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項に適合するものである。 ウ 上記イから明らかなように、訂正事項1及び3は「皮膜の厚さdf」の数値範囲を更に限定するもので、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項に適合するものである。 (2)訂正事項2及び4について 訂正事項2及び4は、それぞれ訂正事項1及び3に係る訂正に伴い、特許請求の範囲と発明の詳細な説明の記載との整合を図るためのものであって、明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正であり、特許法第120条の5第2項ただし書第3号の規定に適合するものである。 そして、上記(1)イと同様に、訂正事項2及び4は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項に適合するものである。 また、上記(1)ウと同様に、訂正事項2及び4は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項に適合するものである。 (3)訂正事項5及び7について ア 訂正事項5及び7は、(式1)のA値(A=df×Crf+5(Sif+3Alf))について「0.6≦A≦2.0」から「1.2≦A≦2.0」に訂正して下限を大きくするものであり、また、「皮膜の厚さdf」について「3.7nm以上」から「3.7nm以上6.7nm以下」に訂正して上限を規定するものであるので、共に記載の範囲を限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正であり、特許法第120条の5第2項ただし書第1号の規定に適合するものである。 イ 願書に添付された本件明細書の【表4】(【0151】)には、「発明鋼2-2」、「発明鋼2-11」のA値が、それぞれ「1.2」であることが記載され、「1.2」は【表4】に記載された「発明例2-1」~「発明例2-12」のA値の内の下限値であることが理解される。 また、【表4】には、「発明鋼2-1」の「皮膜の厚さdf」の値が「6.7」であることが記載され、「6.7」は【表4】に記載された「発明例2-1」~「発明例2-12」の「皮膜の厚さdf」の値の上限値であることが理解される。 したがって、「皮膜の厚さdf」の値の上限値「6.7」、A値の下限値「1.2」は、願書に添付された本件明細書に記載されていたといえる。 したがって、訂正事項5及び7は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項に適合するものである。 ウ 上記イから明らかなように、訂正事項5及び7は数値範囲を更に限定するもので、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項に適合するものである。 (4)訂正事項6及び8について 訂正事項6及び8は、それぞれ訂正事項5及び7に係る訂正に伴い、特許請求の範囲と発明の詳細な説明の記載との整合を図るためのものであって、明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正であり、特許法第120条の5第2項ただし書第3号の規定に適合するものである。 そして、上記(3)イと同様に、訂正事項6及び8は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項に適合するものである。 また、上記(3)ウと同様に、訂正事項6及び8は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項に適合するものである。 4.一群の請求項について 本件訂正前の請求項1~4について、請求項2~4はそれぞれ請求項1を引用しているものであって、訂正事項1により記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものだから、本件訂正前の請求項1~4は一群の請求項である。 本件訂正前の請求項5~7について、請求項6~7はそれぞれ請求項5を引用しているものであって、訂正事項3により記載が訂正される請求項5に連動して訂正されるものだから、本件訂正前の請求項5~7は一群の請求項である。 本件訂正前の請求項8~11について、請求項9~11はそれぞれ請求項8を引用しているものであって、訂正事項5により記載が訂正される請求項8に連動して訂正されるものだから、本件訂正前の請求項8~11は一群の請求項である。 本件訂正前の請求項12~14について、請求項13~14はそれぞれ請求項12を引用しているものであって、訂正事項7により記載が訂正される請求項12に連動して訂正されるものだから、本件訂正前の請求項12~14は一群の請求項である。 したがって、本件訂正請求は、上記一群の請求項である〔1~4〕、〔5~7〕、〔8~11〕、〔12~14〕にされたものであるから、特許法第120条の5第4項の規定に適合する。 そして、本件訂正請求は、請求項間の引用関係の解消を目的とするものではなく、特定の請求項に係る訂正事項について別の訂正単位とする求めもないから、本件訂正請求は、訂正後の〔1~4〕、〔5~7〕、〔8~11〕、〔12~14〕を訂正単位とする訂正の請求をするものである。 5.特許出願の際に独立して特許を受けることができることについて 本件特許異議申立事件においては、全ての請求項が特許異議申立の請求の対象とされているので、上記訂正事項に関して、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する第126条第7項の独立特許要件は適用されない。 6.本件訂正請求についての結言 以上のとおり、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項、及び同条第9項において準用する同法第126条第4~6項の規定に適合するので、訂正後の請求項〔1~4〕、〔5~7〕、〔8~11〕、〔12~14〕について訂正を認める。 第3 本件発明について 上記のように本件訂正請求が認められるので、特許第6270821号の請求項1~14に係る発明は、それぞれ、その訂正特許請求の範囲の請求項1~14に記載された以下のもの(以下、請求項の順に「本件発明1」~「本件発明14」という。総称して「本件発明」という。また、訂正された明細書を「本件特許明細書」という。)である。下線部は訂正箇所を示す。 【請求項1】 質量%で、C:0.03%以下、N:0.05%以下、Si:0.1%超1%以下、Mn:1.2%以下、Cr:14%以上28%以下、Nb:8(C+N)%以上0.8%以下、及びAl:0.1%以下を含有し、残部がFe及び不可避不純物からなり、表面に式1を満足する皮膜が形成されていることを特徴とするろう付け性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。 1.3≦df×Crf+5(Sif+3Alf)≦2.0 ・・・(式1) 式1において、dfは単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上6.6nm以下である。Crfは皮膜中のCrカチオン分率を示し、Sifは皮膜中のSiカチオン分率を示し、Alfは皮膜中のAlカチオン分率を示す。 【請求項2】 更に、質量%で、Ni:5%以下、Cu:1.5%以下、Mo:3%以下のうち何れか1種以上を含有することを特徴とする請求項1記載のろう付け性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。 【請求項3】 更に、質量%で、V:0.5%以下、W:1%以下、B:0.005%以下、Zr:0.5%以下、Sn:0.5%以下、Co:0.2%以下、Mg:0.002%以下、Ca:0.002%以下、REM:0.01%以下、Sb:0.5%以下、Ta:0.5%以下、及びGa:0.01%以下のうち何れか1種以上を含有することを特徴とする請求項1または2記載のろう付け性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。 【請求項4】 ろう付け接合された部材からなる熱交換部を備え、前記部材は、請求項1~請求項3のいずれか一項に記載のフェライト系ステンレス鋼板からなることを特徴とする熱交換器。 【請求項5】 質量%で、C:0.03%以下、N:0.05%以下、Si:0.1%超1%以下、Mn:1.2%以下、Cr:14%以上28%以下、Nb:8(C+N)%以上0.8%以下、及びAl:0.1%以下を含有し、残部がFe及び不可避不純物からなり、表面に式1を満足する皮膜が形成されていることを特徴とする熱交換器用フェライト系ステンレス鋼板。 1.3≦df×Crf+5(Sif+3Alf)≦2.0 ・・・(式1) 式1において、dfは単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上6.6nm以下である。Crfは皮膜中のCrカチオン分率を示し、Sifは皮膜中のSiカチオン分率を示し、Alfは皮膜中のAlカチオン分率を示す。 【請求項6】 更に、質量%で、Ni:5%以下、Cu:1.5%以下、Mo:3%以下のうち何れか1種以上を含有することを特徴とする請求項5記載の熱交換器用フェライト系ステンレス鋼板。 【請求項7】 更に、質量%で、V:0.5%以下、W:1%以下、B:0.005%以下、Zr:0.5%以下、Sn:0.5%以下、Co:0.2%以下、Mg:0.002%以下、Ca:0.002%以下、REM:0.01%以下、Sb:0.5%以下、Ta:0.5%以下、及びGa:0.01%以下のうち何れか1種以上を含有することを特徴とする請求項5または6記載の熱交換器用フェライト系ステンレス鋼板。 【請求項8】 質量%で、C:0.03%以下、N:0.05%以下、Si:0.1%超1%以下、Mn:1.2%以下、Cr:15%以上23%以下、Nb:8(C+N)+0.1%以上0.8%以下、及びAl:0.1%以下を含有し、残部がFe及び不可避不純物からなり、表面に式2および式3を満足する皮膜が形成されていることを特徴とするフェライト系ステンレス鋼。 1.2≦df×Crf+5(Sif+3Alf)≦2.0 ・・・(式2) 0.18≦Crf≦0.5 ・・・(式3) 式2において、dfは単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上6.7nm以下である。Sifは皮膜中のSiカチオン分率を示し、Alfは皮膜中のAlカチオン分率を示す。式2、式3において、Crfは皮膜中のCrカチオン分率を示す。 【請求項9】 更に、質量%で、Ni:2%以下、Cu:1.5%以下、Mo:3%以下のうち何れか1種以上を含有することを特徴とする請求項8記載のフェライト系ステンレス鋼。 【請求項10】 更に、質量%で、V:0.5%以下、W:1%以下、B:0.005%以下、Zr:0.5%以下、Sn:0.5%以下、Co:0.2%以下、Mg:0.002%以下、Ca:0.002%以下、REM:0.01%以下、Sb:0.5%以下、Ta:0.5%以下、及びGa:0.01%以下のうち何れか1種以上を含有することを特徴とする請求項8または9記載のフェライト系ステンレス鋼。 【請求項11】 ろう付け接合された部材を備え、前記部材は、請求項8~10のいずれか一項に記載のフェライト系ステンレス鋼からなることを特徴とする燃料供給系部品。 【請求項12】 質量%で、C:0.03%以下、N:0.05%以下、Si:0.1%超1%以下、Mn:1.2%以下、Cr:15%以上23%以下、Nb:8(C+N)+0.1%以上0.8%以下、及びAl:0.1%以下を含有し、残部がFe及び不可避不純物からなり、表面に式2および式3を満足する皮膜が形成されていることを特徴とする燃料供給系部材用フェライト系ステンレス鋼。 1.2≦df×Crf+5(Sif+3Alf)≦2.0 ・・・(式2) 0.18≦Crf≦0.5 ・・・(式3) 式2において、dfは単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上6.7nm以下である。Sifは皮膜中のSiカチオン分率を示し、Alfは皮膜中のAlカチオン分率を示す。式2、式3において、Crfは皮膜中のCrカチオン分率を示す。 【請求項13】 更に、質量%で、Ni:2%以下、Cu:1.5%以下、Mo:3%以下のうち何れか1種以上を含有することを特徴とする請求項12記載の燃料供給系部材用フェライト系ステンレス鋼。 【請求項14】 更に、質量%で、V:0.5%以下、W:1%以下、B:0.005%以下、Zr:0.5%以下、Sn:0.5%以下、Co:0.2%以下、Mg:0.002%以下、Ca:0.002%以下、REM:0.01%以下、Sb:0.5%以下、Ta:0.5%以下、及びGa:0.01%以下のうち何れか1種以上を含有することを特徴とする請求項12または13記載の燃料供給系部材用フェライト系ステンレス鋼。 第4 甲乙各号証の記載 以下の記載で、「・・・」は記載の省略を示し、下線を当審で付記し、甲乙各号証の記載を簡略化して「甲1」、「乙1」のように記載することがある。 1.甲各号証の記載 (1)甲第1号証 (甲1ア) 甲第1号証は、表題を「Handbook of X-ray Photoelectron Spectroscopy」(当審訳:X線光電子分光法ハンドブック)とする書籍であり、その77頁には以下の表が記載され、同表には、同表記載のCrを含む各種化合物について、Crの「2P3/2 Binding Energy(eV)」(当審訳:2P3/2 結合エネルギー(eV))が記載されている。 (2)甲第2号証 甲第2号証には、「フェライト系ステンレス鋼およびその製造方法」(【発明の名称】)に関する発明において、当該鋼板表面のXPSによる表面分析について次のことが記載されている。 (甲2ア) 「【0078】 この鋼板から幅10mm、長さ10mmの試験片を切り出した後、ろう付け熱処理を模擬した熱処理として、表2に示すN2を含む種々の気圧の雰囲気中で、1150℃で10min熱処理を施した。以降の説明において、上記熱処理をろう付け熱処理と呼ぶ。熱処理後の試験片について、X線光電子分光法(XPS:X-ray Photoelectron Spectroscopy)による表面分析を行うとともに、Arスパッタリングを併用することにより深さ分析も行った。 【0079】 酸化皮膜は530eVに現れるO1sピークのピーク強度が最大値の半分の値になる深さまでとし、酸化皮膜中の各元素の濃度は、最表面から酸化皮膜がなくなる深さまでの濃度の平均値とした。また、母材は706.7eVに現れる金属Feの2p3/2ピークの値が一定値になる深さからとした。Nbについては、203eVに現れる3d5/2ピークを金属Nb、204eVに現れるピークをNbCおよびNbN、207.5eVに現れるピークをNb2O5として定量計算を行った。なお、XPSによって得られたピークから皮膜の最表面から3nmまでのNbの化学状態は、ほとんどNb2O5であることがわかった。」 (3)甲第3号証 甲第3号証には、「排熱回収器用フェライト系ステンレス鋼および排熱回収器」に関する発明において、次のことが記載されている。 (甲3ア) 「【0056】 本発明のステンレス鋼は、フェライト系ステンレス鋼を製造する一般的な工程を行うことにより製造できる。例えば、転炉又は電気炉で上記の化学組成を有する溶鋼とし、AOD炉やVOD炉などで精練して、連続鋳造法又は造塊法で鋼片とした後、熱間圧延-熱延板の焼鈍-酸洗-冷間圧延-仕上げ焼鈍-酸洗の工程を経て製造される。必要に応じて、熱延板の焼鈍を省略してもよいし、冷間圧延-仕上げ焼鈍-酸洗を繰り返し行ってもよい。 【0057】 次に、本発明の排熱回収器について説明する。本発明の排熱回収器は、ろう付け接合により部材が組み立てられてなる熱交換部を備えたものである。本発明の排熱回収器の熱交換部は、本発明のフェライト系ステンレス鋼の表面に、Cr、Nb、Si、Alをカチオン分率の合計で40%以上含む酸化皮膜が形成されているものからなる。 【0058】 本発明の排熱回収器の製造方法は、例えば一般的な加工工程を行うことにより、本発明のフェライト系ステンレス鋼からなる部材を形成する工程と、部材をN2を含む10-2~1torrの真空雰囲気もしくはH2雰囲気中で熱処理してろう付け接合することにより熱交換部を形成する組み立て工程とを含む。このような組み立て工程を行うことにより、フェライト系ステンレス鋼からなる部材の表面に、Cr、Nb、Si、Alをカチオン分率の合計で40%以上含む酸化皮膜が形成された熱交換部が得られる。」 (4)甲第4号証 甲第4号証には、「熱交換器用フェライト系ステンレス鋼」に関する発明において、次のことが記載されている。 (甲4ア) 「【0025】 【実施例】以下に本発明を実施例によってさらに詳しく検討する。表2に、本発明鋼および比較鋼の化学成分を示す。それぞれの材料を試験的に10kg大気溶製し、鍛造、冷間圧延、焼鈍酸洗を施し、1.0 mm厚の試験材を作製した。・・・」 2.乙各号証の記載 (1)乙第1号証 乙第1号証は、表題を「On the Role of Cr in the Passivity of Stainless Steel」(当審訳:ステンレス鋼の不働態におけるCrの役割)とする学術論文であり、次のことが記載されている。 (乙1ア) 「Experimental」(2459頁左欄24~56行)の記載 (乙1イ)乙1アの当審訳 この報告で調査した主たるステンレス鋼はSUS304であり、その成分組成は表1で与えられる。他の二つの鋼種についてのいくつかの情報が、SUS304で発見された傾向を強調するために与えられる。これらの二つの鋼種についてはそれらを主題として他の報告で述べる。 試験片は、XPS用(7×10×1mm)、RHEED用(3×4×0.5mm)で、予め排気した水晶管内で密封され、1100℃で3時間焼鈍された後で、水晶管を水中で破砕することで水冷された。その後で試験片は600グリットから1μmのクロム酸化物で研磨仕上げされた。 分極処理が、通常のグリーンセルにおいて0.5MのH2SO4 又は0.5MのH2SO4と0.35MのNaClを用いて行われ、アルゴンガスを2時間パージすることで脱気された。全てのポテンシャルは飽和カロメル電極(SCE)を基準として計測された。試験片は、-0.60V(SCE)で15分間カソード的に分極され、研磨されている膜が還元された。試験片は、それから+0.25Vでパルス印加され、特定時間維持された。この不動態化では3つの期間が考慮され、それらは1分、1時間、3時間である。これら全体の操作は、アルゴンガスでパージされたグローブボックス内で行われた。我々は、以前に、不動態化したばかりの試験片が特定の雰囲気下でたどる変化は、保護膜の鉄成分の僅かな構造変化をもたらすことを示した。不働態化処理の後で、試験片をセルから取り出し、脱気した二重蒸留水で洗い、アルゴンガス中で乾燥し、RHEED又はXPSのホルダーに設置した。試験片はアルゴンガス下でグローブボックスから試験装置へ移動させた。RHEEDとXPSの分析は、それぞれ別々の新規に用意された試験片で実行された。 (乙1ウ) 上記記載は、Table1に記載の「304SS」(SUS304)の化学成分組成(w/o Cr18.18 Ni8.48 Mn1.75 Si0.5 Mo0.36 C0.051 N0.05 S0.005 P0.028 Balance Fe)を有する試験片に、「不働態化処理」を行ったものであり、さらに酸洗を施すことについて記載はない。 (乙1エ) そして、当該試験片のXPSスペクトルを測定してFig.2の結果を得たものであり、次のことが記載(2460頁左欄17~24行)が記載されている。 (乙1オ)乙1エの当審訳 調べられたそれぞれの膜のCの2P3/2のスペクトルは、Cr2O3、CrOOH、Cr(OH)3、CrO3、CrO42-の各要素から構成されていた。50°(当審注:「takeoff angle」でありXPSの入射角度)のときのCの2P3/2のスペクトル(Fig.2)とO1sのスペクトル(Fig.1)は、Cr2O3は金属(当審注:ステンレス母材のこと)と膜の界面に存在することを示唆する。CrO3スペクトルは50°のときにCrO42-よりも顕著である。それゆえ、CrO3はCr2O3相の中に存在し、CrO42-はCrOOH相又はCr(OH)3相の中に存在することは明らかである。 (乙1カ) 以下にFig.2を記す。 (乙1キ)乙1カのFig.2の説明文の当審訳 図2 図1と同じアノード酸化皮膜から観察されたCの2P3/2の光電子スペクトル。 A.0.5M H2SO4にて0.25V(SCE)で1時間処理した304SSに対して入射角10°の場合 B.Aにおいて入射角が50°の場合 C.0.5M H2SO4 及び 0.35M NaClにて0.25V(SCE)で1時間処理した304SSに対して入射角50°の場合 D.Cと同じ条件のFe-19Cr-9Ni-2.5Mo合金の場合 (以下、結合エネルギーについて) 1.金属Cr:574.1eV 2.Cr2O3:576.3eV 3.CrOOH/Cr(OH)3 :577.0eV 4.CrO3:578.1eV 5.CrO4:579.3eV (乙1ク) 上記の記載を併せてみると、Fig.2から、Cの2P3/2のXPSスペクトルについて、当該試験片の「不働態化皮膜」から、結合エネルギーがそれぞれ「金属Cr:574.1eV」「Cr2O3:576.3eV」「CrOOH/Cr(OH)3 :577.0eV」「CrO3:578.1eV」「CrO4:579.3eV」である各成分とそれぞれのスペクトルの強度がFig.2に示されるとおりであるものが検出されたことがみてとれる。 (2)乙第2号証 乙第2号証は、表題を「XPS characterization of passive films formed on Type 304 stainless steel in humid atmosphere」(当審訳:加湿雰囲気下での304ステンレス鋼の不動態被膜のXPS解析)とする学術論文であり、次のことが記載されている。 (乙2ア) 「2.Experimental」(62頁右欄下から16行~下から3行)の記載 (乙2イ)乙2アの当審訳 試験片材質はSUS304であり、その化学組成は表1に示されている。試験片は機械的に研削され、それから2000グリットのSiCペーパーを用いて乾式で研磨仕上げされた。研磨された試験片は、所望の相対湿度と温度に維持された容器に3ヶ月密封された。実験環境の相対湿度は飽和塩溶液により調整された。表2は、30℃と60℃での、種々の塩を含む飽和溶液に曝される雰囲気により達成される平衡状態での相対湿度を示す。いくつかの実験では、塩素の影響を調べるために、塩素を含む薄い水膜が曝露試験に先立って形成された。0.1MのNaCl溶液が、試験片がスピンコーターを使用して2000rpmで回転しているところへ10秒間注がれた。 (乙2ウ) 「2.Experimental」(62頁右欄下から2行~63頁左欄13行)の記載 After the exposure test,specimens were rinsed with distilled water and then dried in an air stream using a blower.For the specimen covered with water layer containing chloride,the surface was observed with an optical microscope in order to examine the occurrence of pitting corrosion.XPS measurements were carried out using an XPS-7000 spectrometer (Rigaku,Takatsuki,Osaka)without any sputtering technique.・・・The range of binding energy and repeated times of acquisition for each element are listed in Table 3 and 4. Obtained spectra were separated into some chemical states using a deconvolution software attached to XPS-7000 system. (乙2エ)乙2ウの当審訳 曝露試験(当審注:乙2イを参照)の後、試験片は蒸留水で洗浄され、ブロワーを用いた空気流で乾燥された。塩素を含む水層で覆われた試験片について、穿孔腐食の発生を確かめるために、その表面が光学顕微鏡で観察された。XPSの計測は、XPS-7000(大阪、高槻、理学社)を用いることにより、スパッタ技術を用いずに実施された。・・・結合エネルギーの範囲とデータ取得の繰り返し回数はそれぞれの要素について表3,4に示す。 得られたスペクトルは、XPS-7000に付属する解析ソフトウエアを用いて、いくつかの化学状態に分離された。 (乙2オ) 以下に、Table1、Table2、Table4、Fig.1を示す。 (3)乙第3号証 乙第3号証は、表題を「高窒素添加オーステナイト系ステンレス鋼表面のXPSによる解析」とする学術論文であり、以下のことが記載されている。 (乙3ア) 「主成分」が「23%Cr-4%Ni-1%N」である「窒素添加ステンレス鋼」(68頁左欄5~6行)について、68頁右欄下から2行~69頁左欄12行には次の記載がある。 「3.2 窒素添加ステンレス鋼の表面分析 人工海水中、-100mVにおいて2h定電位分極した23%Cr-4%Ni-1%N鋼表面のXPSによるワイドスキャンスペクトルをFig.3に示す.Fe,Ni,Cr,N,O,Cのそれぞれのピークが検出され、主にFeが富化した酸化皮膜を形成していると考えられた. また同様の条件でのNi,Fe,Cr,O,Nのピーク近傍におけるナロースキャンスペクトルをFig.4に示す.・・・Cr,Fe,Niの2P3/2スペクトルは金属状態のピークと酸化物状態のピークがそれぞれ現れた.CrおよびFe酸化物は主に3価の状態であると考えられた.」 (乙3イ) 以下に、Fig.3及びFig.4(c)を示す。 (4)乙第4号証 乙第4号証は、表題を「18Cr-8Niステンレス鋼の不動態被膜のX線光電子スペクトル」とする学術論文であり、次のことが記載されている。 (乙4ア) 実験試料、その処理、および測定について、55頁左欄下から5行~56頁左欄3行には、次の記載がある。 「II.実験方法 1.試料 試料としては市販の18Cr-8Ni鋼(SUS304)・・・を用いた.・・・18Cr-8Ni鋼の不働態化処理は、硫酸でpHを2.0に調節した1M-Na2SO4溶液中で定電位的にアノード酸化することによって行った。すなわち、試料を溶液に浸漬してから直ちに5mA/cm2の電流で5min間表面をカソード処理した後、-0.55Vから+1.50Vまでの一連の電位に60min保持した。・・・ 2.装置 X線光電子分光器は国際電気製KES-X-2001型であり・・・XPSスペクトルの測定においては・・・不動態被膜の構成元素を分析する場合、FeとCrについては2P1/2と2P3/2スペクトル・・・を測定した。・・・ III.実験結果 1.18Cr-8Ni鋼のXPSスペクトル pH=2.0の1M-Na2SO4溶液中で種々の電位で不動態化させた18Cr-8Ni鋼について・・・Cの2P1/2,3/2・・・のXPSスペクトルの皮膜形成電位による変化をFig.1(a)~(d)に示す。」 なお、不働態化処理の後にさらに酸洗を施すことについて記載はない。 (乙4イ) 以下にFig.1(b)を示す。 (乙4ウ) Fig.1(b)から、Crの2P3/2のXPSスペクトルについて、上記の「不働態化処理」を行った「18Cr-Ni鋼」の不働態化皮膜には、「574.4eVのピーク」と「577.3eVのピーク」があることがみてとれる。 (乙4エ) (乙4ウ)の二つのピークがどのような物質に由来するものかについて、60頁左欄下から9行~同頁右欄5行には次の記載がある。 「Cr:18Cr-8Ni鋼のCの2P3/2スペクトルに現れた二つのピークのうち高結合エネルギ側の577.3eVのピークは、Cr2O3およびCrO2のCの2P3/2ピークの結合エネルギと一致する。本実験の条件下では、Cr2O3からCrO2が生成する反応の平衡電位(約0.92V)は、Cr2O3がCr2O72-イオンとなって溶解する反応の平衡電位(約+0.78V)よりも貴であることから、不動態被膜中にIV価のCrが存在する可能性は少ないと思われる。したがって、不動態被膜中のCrはCr2O3の中のCrと同じ状態(Cr3+)にあると考えられる。また、低結合エネルギ側の574.4eVピークは、純Crをエメリー紙で研摩後直ちに測定したCの2P3/2スペクトルにおいて著しく強く現れる低結合エネルギ側のピーク(574.2eV)と一致する。すなわち、574.4eVのピークは金属状態のCrに由来すると考えられる。」 (乙4オ) なお、乙第4号証には、「pH=2.0の1M-Na2SO4溶液中で+0.60V,60min不働態化処理した純Cr・・・について測定した・・・Cの2P3/2・・・の各スペクトルをFig.9に示す。」(乙第4号証59頁右欄12~13行)と記載され、Fig.9(b)(59頁)には「577.5eV」のピークが確認でき、これは「CrOOH/Cr(OH)3」のピークである可能性があるが、同ピークは「純Cr」についてのもので、ステンレス鋼についてのものではないから、Fig.9については本件の判断に採用されない。 (5)乙第5号証 乙第5号証は、表題を「SUS304鋼焼鈍材の脱スケール過程における溶解挙動」とする学術論文であり、次のことが記載されている。 (乙5ア) 一般のステンレス鋼について、41頁左欄1~7行には次の記載がある。 「1.緒言 代表的オーステナイト系ステンレス鋼であるSUS304鋼薄板の工業生産において、冷間圧延後の鋼帯は、通常、炭化水素ガスを燃料とする燃焼加熱炉で高温に加熱して焼きなました後、表面に生成した酸化スケールを中性塩電解法や硝フッ酸浸せき法によって連続的に除去し、酸洗い仕上げされる。」 (乙5イ) 「3.実験結果 3.2 脱スケール過程での表面の変化」(44頁左欄5行~10行)には次の記載がある。 「図5は溶解過程における酸化物の状態をXPSによって追跡した結果であるが、これより焼鈍ままの表面ではFeは酸化物の形で存在するが、中性塩電界による溶解が進むにつれて金属状態のものが多くなり、硝フッ酸浸せき後は金属がさらに多くなることがわかった。」と記載されている。 (乙5ウ) 以下に図5(Fig.5)を示す。 (乙5エ)乙5ウの図5説明文の当審訳 表面状態が焼鈍まま又は焼鈍後に酸処理したSUS304ステンレス鋼表面のXPSによるFe、Cr、Mn、Siについてのスペクトル線図であり、図中で、四角い実線で囲まれた数値、四角い破線で囲まれた数値は、それぞれ、20%Na2SO4溶液中での電解時間、8%HNO3-0.7%HF溶液中での浸せき時間を意味する。 (乙5オ) 図5右上の「Cr」についてのXPSスペクトル線図において、 42s+20s(20%Na2SO4溶液中で42秒間電解後に、8%HNO3-0.7%HF溶液中で20秒間浸せき)の場合をみると、577ev付近と、少しだが574ev付近に、それぞれピークの存在をみてとることができる。 第5 異議申立理由 申立人は、異議申立理由として上記「第1 <証拠方法>」に基づく以下の概要の記載要件違反並びに予備的に新規性及び進歩性の欠如を主張し、本件特許は取り消されるべき旨を申立てた。 <異議申立理由1>(明確性要件、実施可能要件、サポート要件)(異議申立書8-10頁「(4-3-1)理由1」) 本件各請求項に係る発明は次の(式1)(式2)(両者は同一の式)を特定事項としている。 0.6≦df×Crf+5(Sif+3Alf)≦2.0・・・(式1)(式2) しかし、本件明細書の記載からCr酸化物の定量方法が不明であって、(式1)、(式2)の「df」の値が一義的に決められないため、本件各請求項に係る発明は、本件明細書の記載により裏付けられていないので、発明の詳細な説明に記載されたものとはいえず、また、発明の詳細な説明は当業者が本件各請求項に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に発明が記載されたものとはいえず、(式1)(式2)の「df」の値は明確でない。 したがって、本件請求項1、5、8、12及びこれらをそれぞれ引用する本件請求項2~4、6及び7、9~11、13及び14に係る特許は、同請求項の記載が特許法第36条第6項第1号又は同第2号の規定に適合せず、また、同請求項に係る発明の詳細な説明が特許法第36条第4項第1号の規定に適合しないので、取り消されるべきものである。 <異議申立理由2>(サポート要件)(異議申立書10頁「(4-3-2)理由2」) 上記(式1)(式2)の下限値である「0.6」は本件明細書の記載により裏付けられていないので、発明の詳細な説明に記載されたものとはいえない。 したがって、本件請求項1、5、8、12及びこれらをそれぞれ引用する本件請求項2~4、6及び7、9~11、13及び14に係る特許は、同請求項の記載が特許法第36条第6項第1号の規定に適合しないので、取り消されるべきものである。 <異議申立理由3>(サポート要件)(異議申立書10頁「(4-3-3)理由3」) 本件各請求項に係る発明は、「式1において、dfは単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上である。」ことを特定事項とするところ、その上限値は規定されていないが、酸化皮膜の厚さが大きすぎれば、その還元除去が困難になることから、発明の詳細な説明に記載されたものとはいえない。 したがって、本件請求項1、5、8、12及びこれらをそれぞれ引用する本件請求項2~4、6及び7、9~11、13及び14に係る特許は、同請求項の記載が特許法第36条第6項第1号の規定に適合しないので、取り消されるべきものである。 <異議申立理由4>(実施可能要件)(異議申立書11頁「(4-3-4)理由4」) 本件明細書【0041】には「母材の溶解と共にSi酸化物を除去する」方法について具体的な手法が明記されておらず、甲第3号証(主として【0056】)、甲第4号証(主として【0025】)に記載された従来の処理条件と峻別できず、発明の詳細な説明は当業者が本件発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に発明が記載されたものとはいえない。 したがって、本件請求項1、5、8、12及びこれらをそれぞれ引用する本件請求項2~4、6及び7、9~11、13及び14に係る特許は、同請求項に係る発明の詳細な説明が特許法第36条第4項第1号の規定に適合しないので、取り消されるべきものである。 <異議申立理由4の2>(新規性及び進歩性の欠如)(異議申立書12頁「(4-3-4’)予備的主張」) 異議申立理由4で論じたように、本件各請求項に係る発明は「母材の溶解と共にSi酸化物を除去する」方法が明らかでなく、結果として、甲第3号証(主として【0056】)、甲第4号証(主として【0025】)に記載された従来技術は上記式(1)(2)を満たし、本件各請求項に係る発明と区別できないから、本件各請求項に係る発明は、甲第3号証又は甲第4号証に記載された発明であって特許法第29条第1項第3号に該当し、また、甲第3号証又は甲第4号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるので特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。 したがって、本件請求項1、5、8、12及びこれらをそれぞれ引用する本件請求項2~4、6及び7、9~11、13及び14に係る特許は、取り消されるべきものである。 <異議申立理由5>(明確性要件)(異議申立書12頁「(4-3-5)理由5」) C,N,Mn,Al(請求項1、5、8、12)、Ni,Cu,Mo(請求項2、6、9、13)、V,W,B,Zr,Sn,Co,Mg,Ca,REM,Sb,Ta,Ga(請求項3、7、10、14)は必須成分であるが下限値が規定されておらず、「0」すなわち当該成分を含まない場合を含む規定になっているから、当該規定を含む本件発明は、上記各成分が必須成分でありながら、それら成分が含まれない場合も包含することになるので、そのような本件発明は明確でない。 したがって、本件請求項1、5、8、12及びこれらをそれぞれ引用する本件請求項2~4、6及び7、9~11、13及び14に係る特許は、同請求項に係る発明の詳細な説明が特許法第36条第6項第2号の規定に適合しないので、取り消されるべきものである。 第6 当審の判断 当審は、上記異議申立理由を検討した結果、異議申立理由1~3を取消理由1~3として(取消理由通知 平成30年10月15日起案)通知したが、特許権者からの意見書(平成31年12月14日)、回答書(令和1年5月27日)によっても解消しなかったので、取消理由通知(決定の予告 令和1年11月8日起案)で取消理由1のみを通知した。 以下に、取消理由1~3についての判断を記す。 1.取消理由2及び3について 取消理由2(異議申立理由2)については、(式1)の下限が、本件発明1~7について「1.3」に、本件発明8~14について「1.2」に訂正され、取消理由2(異議申立理由2)は解消した。 取消理由3(異議申立理由3)については、「皮膜の厚さdf[nm]」の上限が、本件発明1~7について「6.6」に、本件発明8~14について「6.7」に訂正され、取消理由3(異議申立理由3)は解消した。 2.取消理由1について 2-1.取消理由1(異議申立理由1)についての当審の結論 ア 本件特許明細書には以下の記載がある。 ア(ア)「【0045】・・・dfは、角度分解法により求められる。具体的には、X線光電子分光法(XPS)により、取り出し角45度と90度で測定を行い、Crのピーク形状変化からCr-Oの膜厚を求める。これは、酸化皮膜がFe、Crの混合酸化物であり、皮膜の内層側にCrが濃化していることによる。」 ア(イ)「【0132】[素材の表面皮膜分析]X線光電子分光法(XPS)により、素材の表面皮膜を分析した。XPSはアルバック・ファイ社製である。使用X線源にmono-AlKα線を用い、X線ビーム径が約100μmであり、取り出し角が45度と90度である条件で実施した。XPSにおける最表面の定量分析結果から、Crカチオン分率Crf、Siカチオン分率SifおよびAlカチオン分率Alfを求めた。ここでカチオンは金属元素のみを対象とした。また、酸化皮膜の厚さdfは、角度分解法により求めた。」(【0147】にも【0132】と同様の記載がある。) イ 上記の記載に基づいて(式1)(式2)は計算されるところ、取消理由1は、「df」の求め方について本件特許明細書の記載が十分でなく、一義的に決められないことから、実施可能要件、サポート要件、明確性要件を欠くというものである。 より詳細には、本件発明のステンレス鋼表面において、「Fe、Crの混合酸化物」である「酸化皮膜」の膜厚dfを求めるのに、CrについてのX線光電子分光法(XPS)を用いる際に、「酸化皮膜」を構成する種々の化合物の結合エネルギーのピークが観測されるはずで、それらがどのようなもので、どのピークを分離すれば「df」として「Crのピーク形状変化からCr-Oの膜厚を求める」ことができるのか明らかでないというものである。 ウ 上記イの点について、乙各号証の記載から見て、ステンレス鋼の表面で、XPS法で得られるCrの2P3/2の結合エネルギー(eV)について、同エネルギーのピークに応じて「金属Cr」、「Cr2O3」、「CrOOH/Cr(OH)」等の成分が存在し、同ピークに応じて成分毎に分離できること、ピーク分離にあたり、(a)「CrOOH/Cr(OH)3 」に由来するピークが現れない場合には、「CrOOH/Cr(OH)3 」に由来するピークをゼロとみなし、(b)同ピークが僅かに現れるが酸化皮膜の厚みdfの結果に影響しない場合には、同ピークを無視し、(c)同ピークが現れて酸化皮膜の厚みdfの結果に影響する場合には、同ピークを分離してピークの大きさを特定することは、技術常識といえる。 そして、本件発明のステンレス鋼表面についても、上記技術常識が当然に適用されるところ、本件発明においては、最終的に酸洗を経ていることから、同表面で「CrOOH/Cr(OH)3」に由来するピークが存在する可能性は極めて低いから、上記技術常識における(a)又は(b)の場合に相当するので、同ピークをゼロ又は無視して扱い、「金属Cr」と「Cr2O3」とに由来するピークを分離することで、「皮膜の厚さ」を求めることができるのは明らかである、と当審は判断する。 エ したがって、ピーク分離して定量するための具体的な手法は技術常識といえるものであり、(式1)(式2)の値を一義的に決めることができるから、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に発明が記載されたものといえる。 また、(式1)(式2)の値を本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて一義的に決めることができるから、本件発明の組成範囲内のステンレス鋼板等は発明の詳細な説明に記載されているものである。 そして、(式1)(式2)は、上記技術常識に基づき、ステンレス鋼表面のXPS法で得られるCrの2P3/2の結合エネルギー(eV)のピークにおいて分離されるものであり、その手法は明確だから、(式1)(式2)の求め方が不明確だから特許請求の範囲は明確でないとはいえない。 よって、本件請求項1、5、8、12及びこれらをそれぞれ引用する本件請求項2~4、6及び7、9~11、13及び14に係る特許は、同請求項の記載が特許法第36条第6項第1及び2号の規定に適合し、また、同請求項に係る発明の詳細な説明が特許法第36条第4項第1号の規定に適合するので、取り消されるべきものでない。 以下「2-2.」~「2-6.」に、上記結論となる理由を記す。 2-2.乙第1~4号証に記載された技術手段について (1)乙第1号証について ア 乙第1号証には、上記乙第1号証の記載事項(乙1ア)~(乙1ク)の点が記載されている。 イ 同(乙1ア)~(乙1ウ)から、乙第1号証においては、表面が不働態化処理され、その後硝フッ酸処理していないステンレス鋼について、その表面をXPS法で測定したものであるといえる。 ウ すると、同(乙1エ)~(乙1ク)から、乙第1号証には、0.5MのH2SO4 又は0.5MのH2SO4と0.35MのNaClを用いて-0.60V(SCE)で15分間カソード的に分極され、それから+0.25Vでパルス印加され、特定時間維持することで不働態化処理され、その後硝フッ酸処理していないステンレス鋼表面において、Crの2P3/2のXPSスペクトルを調べると、「金属Cr:574.1eV」「Cr2O3:576.3eV」「CrOOH/Cr(OH)3 :577.0eV」「CrO3:578.1eV」「CrO4:579.3eV」である各成分が観測されることが記載されているといえる。 (2)乙第2号証について ア 乙第2号証には、上記乙第2号証の記載事項(乙2ア)~(乙2オ)の点が記載されている。 イ 同(乙2ア)~(乙2エ)から、乙第2号証においては、「SUS304」(ステンレス鋼)の試験片が、30℃と60℃の温度で、いくつかの塩の飽和溶液を用いた特定の湿潤環境下に曝されることが記載されており、これは試験片を腐食環境下におくものであることは明らかである。 そして、当該試験片において、Crの2P3/2のXPSスペクトルについて測定され、同(乙2オ)のTable4の各元素の化学状態の結合エネルギーとFig.1の中段の「Cの2P3/2」についての二つの図から、Cr3+(ox)とCr(met)のスペクトルと、それらよりは強度の低いCr3+(hyd)のスペクトルが検出されたことが記載されている。 ここで、Cr(met)は金属Crにあたり、Cr3+(ox)はCr2O3にあたり、Cr3+(hyd)の「hyd」はhydroxide(水酸化物)のことだから、Cr3+(hyd)は、CrOOH/Cr(OH)3 にあたる。 ウ すると、乙第2号証には、0.1MのNaCl溶液による腐食環境下に置かれたステンレス鋼表面において、Crの2P3/2のXPSスペクトルを調べると、金属Cr、Cr2O3、CrOOH/Cr(OH)3 である各成分が観測されることが記載されているといえる。 (3)乙第3号証について ア 乙第3号証には、上記乙第3号証の記載事項(乙3ア)~(乙3イ)の点が記載されている。 イ 同(乙3ア)(乙3イ)から、乙第3号証においては、窒素添加ステンレス鋼の試験片が人工海水に曝されることが記載されており、これは試験片を腐食環境下におくものであることは明らかである。 そして、当該試験片において、Crの2P3/2のXPSスペクトルについて測定され、Fig.3及びFig.4(c)にみられるように、「Met.Cr」(金属Cr)と、酸化物状態は主に3価のものであることから「Cr2O3」(酸化物)が観測されることが記載されている。 ウ すると、乙第3号証には、人工海水による腐食環境下に置かれたステンレス鋼表面において、Crの2P3/2のXPSスペクトルを調べると、金属Cr、Cr2O3である各成分が観測されることが記載されているといえる。 (4)乙第4号証について ア 乙第4号証には、上記乙第4号証の記載事項(乙4ア)~(乙4イ)の点が記載されている。 イ 同(乙4ア)から、乙第4号証においては、表面が不働態化処理され、その後硝フッ酸処理していないステンレス鋼について、その表面をXPS法で測定したものであるといえる。 ウ そして、同(乙4イ)~(乙4エ)から、乙第4号証には、硫酸でpHを2.0に調節した1M-Na2SO4溶液中で定電位的にアノード酸化することにより不働態化処理され、その後硝フッ酸処理していないステンレス鋼表面において、Crの2P3/2のXPSスペクトルを調べると、「金属Cr:574.4eV」「Cr2O3:577.3eV」である各成分が観測されることが記載されているといえる。 2-3.乙第1~4号証に記載された技術常識について ア 上記「2-2.(1)~(4)」から、乙第1号証と乙第4号証は、不働態化処理されたステンレス鋼表面のXPS法で得られるCrの2P3/2の結合エネルギーについて記載され、乙第2号証と乙第3号証は、腐食環境下に置かれたステンレス鋼表面のXPS法で得られるCrの2P3/2の結合エネルギーについて記載されるものであるところ、表面状態により変化するものの、ステンレス鋼表面のXPS法で得られるCの2P3/2の結合エネルギーについて、そのピークに対応して「金属Cr」、「Cr2O3」、「CrOOH/Cr(OH)」等の成分が存在することが理解される。 イ すると、上記(1)~(4)から、種々の表面状態のステンレス鋼の表面で、XPS法で得られるCrの2P3/2の結合エネルギー(eV)について、同エネルギーのピークに応じて「金属Cr」、「Cr2O3」、「CrOOH/Cr(OH)」等の成分が存在し、同ピークに応じて成分毎に分離できることは技術常識であり、ピーク分離にあたり、(a)「CrOOH/Cr(OH)3 」に由来するピークが現れない場合には、「CrOOH/Cr(OH)3 」に由来するピークをゼロとみなし、(b)同ピークが僅かに現れるが酸化皮膜の厚みdfの結果に影響しない場合には、同ピークを無視し、(c)同ピークが現れて酸化皮膜の厚みdfの結果に影響する場合には、同ピークを分離してピークの大きさを特定することも当然のことであって、技術常識ということができる。 ウ 本件発明においても当然に上記技術常識が適用されるから、本件発明のステンレス鋼の酸化皮膜においてXPS法で得られるCrの2P3/2の結合エネルギーについて「金属Cr」、「Cr2O3」、「CrOOH/Cr(OH)」等に由来するピークが存在し、同ピークに応じて成分毎に分離できること、ピーク分離にあたり、(a)「CrOOH/Cr(OH)3 」に由来するピークが現れない場合には、「CrOOH/Cr(OH)3 」に由来するピークをゼロとみなし、(b)同ピークが僅かに現れるが酸化皮膜の厚みdfの結果に影響しない場合には、同ピークを無視し、(c)同ピークが現れて酸化皮膜の厚みdfの結果に影響する場合には、同ピークを分離してピークの大きさを特定すればよいことは明らかである。 エ しかし、更に具体的には、本件発明において、「CrOOH/Cr(OH)3 」に由来するピークについて、上記(a)~(c)のどれにあたるかまでは、乙第1~4号証の記載から窺うことはできない。 2-4.本件発明のステンレス鋼の表面状態について そこで、本件発明のステンレス鋼の表面状態について検討する。 本件発明のステンレス鋼の表面である上記「酸化被膜」について、本件特許明細書の記載をみると、本件発明のステンレス鋼の表面処理について次の記載がある。 ア 「【0121】ここで述べた工程のうち、本実施形態で規定する組成の皮膜を表面に形成するには、仕上焼鈍及び酸洗の条件に留意することが好ましい。特に、仕上げ焼鈍工程および酸洗工程において、ろう付け性を劣化させるSi酸化物およびAl酸化物の生成を抑制することが好ましい。本実施形態において、酸洗工程は複数の工程を組み合わせて行ってもよい。具体的には、第一の工程としてソルト法もしくは中性塩電解法を行い、第二の工程として硝酸電解を行う。第三工程として、硝ふっ酸への浸漬が追加される場合がある。また、第二工程として、硝ふっ酸への浸漬を行ってもよい。」と記載されている。 イ また、実施例の記載をみると、次の記載がある。 イ(ア) 「【0128】(実施例1) 表1に示す化学組成を有する溶鋼30kgを真空溶解炉にて溶製して17kgの扁平鋼塊を作製した。次いで、加熱温度1200℃にて厚さ4.5mmまで鋼塊を熱延した。950℃にて熱延板の焼鈍を行い、次いで、アルミナショットによりスケールを除去して板厚1mmまで熱延板を冷延した。その後、仕上焼鈍を行い、ソルト法および硝ふっ酸への浸漬によりスケールを除去した。 【0129】仕上焼鈍温度は表1に示す温度とし、保定時間は1分とした。 ソルト法としては、NaOHを主成分とする市販のデスケール用アルカリソルトを加熱して鋼板をアルカリソルトに浸漬する方法を用い、加熱温度を表1に示す温度とし、浸漬時間を5秒とした。硝ふっ酸への浸漬においては、55℃に加熱した3%HF-10%HNO3溶液を用い、鋼板をこの溶液に10秒間浸漬した。こうして得られた冷延鋼板(発明鋼1-1~1-12、比較鋼1-1~1-5)を用いて、ろう拡がり性を評価すると共に素材の表面皮膜を分析した。」 イ(イ) 「【0139】(実施例2) 表3に示す化学組成を有する溶鋼30kgを真空溶解炉にて溶製して17kgの扁平鋼塊を作製した。次いで、加熱温度1200℃にて厚さ4.5mmまで鋼塊を熱延した。得られた熱延板に対して950℃にて熱延板の焼鈍を行い、次いで、アルミナショットによりスケールを除去し、板厚1mmまで熱延板を冷延した。その後、得られた冷延板に対して仕上げ焼鈍を行い、ソルト法および硝ふっ酸への浸漬によりスケールを除去(酸洗)した。 【0140】仕上焼鈍温度は表4に示す温度とし、保定時間は1分とした。 ソルト法としては、NaOHを主成分とする市販のデスケール用アルカリソルトを加熱して鋼板をアルカリソルトに浸漬する方法を用いた。ソルト法では、ソルトの加熱温度を表4に示す温度とし、浸漬時間を5秒とした。 硝ふっ酸浸漬においては、55℃に加熱した3%HF-10%HNO3溶液を用い、鋼板をこの溶液に10秒間浸漬した。 こうして得られた冷延鋼板(発明鋼2-1~2-12、比較鋼2-1~2-7)を用いて、強度、耐食性、ろう拡がり性を評価すると共に、素材の表面皮膜を分析した。なお、発明鋼2-4は、比較鋼2-6と同じ組成である。」 ウ 上記ア、イでみたように、本件発明のステンレス鋼表面の(式1)又は(式2)を満たす「酸化被膜」は、仕上焼鈍後に酸洗を経て形成されるものといえる。 すると、上記「2-3.イ」の技術常識に基づけば、ステンレス鋼の表面で、XPS法で得られるCrの2P3/2の結合エネルギー(eV)が、同エネルギーに応じて種々の成分、すなわち、「金属Cr」「Cr2O3」「CrOOH/Cr(OH)3 」等に由来するピークが存在するであろうところ、本件発明のステンレス鋼表面には、最終的に酸洗を経ていることから、同表面でCrの2P3/2のXPSスペクトルを観測したときに、Crの水酸化物である「CrOOH/Cr(OH)3」に由来するピークが存在する可能性は極めて低いものといえる。 すると、「CrOOH/Cr(OH)3」に由来するピークは上記技術常識の(a)又は(b)の場合に相当し、同ピークをゼロ又は無視して扱い、「金属Cr」と「Cr2O3」とに由来するピークを分離することで、「皮膜の厚さ」を求めることができるのは明らかであるといえる。 このことは、次に述べる乙第5号証の記載からも裏付けられる。 2-5.乙第5号証について ここで乙第5号証についてみてみる。 ア 乙第5号証には上記乙第5号証の記載事項(乙5ア)~(乙5オ)の点が記載されている。 イ 同(乙5ア)には、工業生産されるステンレス鋼の表面処理は最終的に酸洗を経ていることが普通であることが記載され、同(乙5イ)~(乙5エ)には、硝フッ酸による酸処理を経たステンレス鋼の表面でXPS法で得られるCrの2P3/2の結合エネルギー(eV)が計測されたところ、577ev付近と574eV付近のピークが観察されたことが記載されている。 ウ 上記577ev付近と574eV付近のピークについて、同(乙1キ)には、結合エネルギーの値として、「金属Cr:574.1eV」「Cr2O3:576.3eV」「CrOOH/Cr(OH)3 :577.0eV」であることが記載されており、乙第5号証におけるステンレス鋼の表面が酸処理を経ていることを考慮すれば、Crの水酸化物である「CrOOH/Cr(OH)3 」に由来するピークが存在する可能性は極めて低いから、上記577ev付近と574eV付近のピークは「Cr2O3」と「金属Cr」に由来するものといえる。 エ すると、乙第5号証には、酸洗されたステンレス鋼の表面をXPS法で得られるCrの2P3/2の結合エネルギー(eV)が計測されると「CrOOH/Cr(OH)3 」に由来するピークが存在する可能性は極めて低く、当該ピークは「金属Cr」と「Cr2O3」とに由来するピークが観測されることが記載されているものといえる。 オ そうであれば、上記「2-4.ア イ」から、本件発明のステンレス鋼表面も最終的に酸洗を経るから、表面をXPS法で得られるCrの2P3/2の結合エネルギー(eV)が計測されると「金属Cr」と「Cr2O3」とに由来するピークが観測され、「CrOOH/Cr(OH)3 」に由来するピークが存在する可能性は極めて低いものといえることは、乙第5号証の記載により裏付けられているといえる。 カ すなわち、「2-1.ウ」「2-3.イ」の技術常識に基づけば、種々の表面状態のステンレス鋼の表面で、XPS法で得られるCrの2P3/2の結合エネルギー(eV)について、同エネルギーのピークに応じて「金属Cr」、「Cr2O3」、「CrOOH/Cr(OH)」等の成分が存在し、同ピークに応じて成分毎に分離でき、(a)「CrOOH/Cr(OH)3 」に由来するピークが現れない場合には、「CrOOH/Cr(OH)3 」に由来するピークをゼロとみなし、(b)同ピークが僅かに現れるが酸化皮膜の厚みdfの結果に影響しない場合には、同ピークを無視し、(c)同ピークが現れて酸化皮膜の厚みdfの結果に影響する場合には、同ピークを分離してピークの大きさを特定することは技術常識である。 そして、本件発明のステンレス鋼表面についても、上記技術常識が当然に適用されるところ、最終的に酸洗を経る本件発明のステンレス鋼表面については、酸洗により「CrOOH/Cr(OH)3 」に由来するピークが存在する可能性は極めて低いから、XPS法で得られるCrの2P3/2の結合エネルギー(eV)のピークにおいて、上記(a)又は(b)の場合に相当するので、「CrOOH/Cr(OH)3 」に由来するピークをゼロとみなすか無視して、「金属Cr」と「Cr2O3」とに由来するピークを分離することで、「皮膜の厚さ」を求めることができるのは明らかといえる。 2-6.結言 以上から、上記「2-1.ウ エ」のように結論づけることができるものである。 3.申立人の主張について 申立人の提出した特許異議申立書、意見書(平成31年2月15日提出)、回答書(令和1年10月9日提出)、上申書(令和2年1月28日提出)を勘案すると、異議申立理由1に関して、申立人の主張の概略と当審の判断は以下のとおりである。 3-1.申立人の第1の主張について (申立人の主張) 甲第2号証は本件出願後の出願であるが、本件出願後でさえも、Nbに関する記述とはいえ、ピークで分離して定量することが必須である旨記載されているのだから、甲第1号証に、574eV乃至580eVの範囲のピーク値には、Cr,CrNitride(CrN,Cr2N),Cr酸化物,Cr(OH)3,CrOOH等が存在することが示されていることを考慮すれば、本件発明におけるCrにおいても同様であろうと推測される。 すなわち、Crの場合も、どのピークで分離して定量するか、定量化の具体的手法を明示しない限り、Cr酸化物の定量方法が不明確となり、dfの値、即ち式(1)の値を一義的に決めることはできないと思料されるが、明細書には、焼鈍、酸洗後の表面の皮膜に関して、上記の成分の内、どの成分がどの程度残存しているか記載も示唆もされていないのみならず、ピークで分離して定量することに関する具体的な手法が開示も示唆も一切されていない。 (当審の判断) 上記「2.2-1.ウ」「2.2-3.イ」で述べたように、ステンレス鋼の表面で、XPS法で得られるCrの2P3/2の結合エネルギー(eV)が、同エネルギーに応じて種々の成分、すなわち、「金属Cr」「Cr2O3」「CrOOH/Cr(OH)3 」等に由来するピークが存在し、それらのピーク分離をすること、分離にあたり、(a)「CrOOH/Cr(OH)3 」に由来するピークが現れない場合には、「CrOOH/Cr(OH)3 」に由来するピークをゼロとみなし、(b)同ピークが僅かに現れるが酸化皮膜の厚みdfの結果に影響しない場合には、同ピークを無視し、(c)同ピークが現れて酸化皮膜の厚みdfの結果に影響する場合には、同ピークを分離してピークの大きさを特定することは、技術常識であり、これは、申立人の主張を認めて、当該主張は技術常識であることを示したものであるから、申立人の主張は解消したものであり、申立人の上記主張は、本件特許の取消理由とならない。 3-2.申立人の第2の主張について (申立人の主張) 特許権者は、乙第1~4号証を提出して、XPS法で得られるCrの2P3/2の結合エネルギー(eV)のピークにおいて、同エネルギーに応じてピーク分離することは技術常識であることを主張するが、それが技術常識であるとしても、ピーク分離の際に、どのピークを分離するのかは不明であり、特に、本件発明において、フェライト系ステンレス鋼板の表面に現れるCr(金属状態)、Cr2O3、CrOOH/Cr(OH)3のピークとして観察される場合に、どのようにピーク分離すればよいのかは依然として不明である。 それゆえ、本件特許は取り消されるべきものである。 (当審の判断) 上記「2.2-1.ウ」「2.2-3.イ」で述べたように、ステンレス鋼の表面で、XPS法で得られるCrの2P3/2の結合エネルギー(eV)が、同エネルギーに応じて種々の成分、すなわち、「金属Cr」「Cr2O3」「CrOOH/Cr(OH)3 」等に由来するピークが存在し、それらのピーク分離をすること、分離にあたり、(a)「CrOOH/Cr(OH)3 」に由来するピークが現れない場合には、「CrOOH/Cr(OH)3 」に由来するピークをゼロとみなし、(b)同ピークが僅かに現れるが酸化皮膜の厚みdfの結果に影響しない場合には、同ピークを無視し、(c)同ピークが現れて酸化皮膜の厚みdfの結果に影響する場合には、同ピークを分離してピークの大きさを特定することは、技術常識であるから、ピーク分離の手法については明らかである。 本件発明においても当該技術常識は適用されるものであり、本件発明は、最終的に酸洗を経ていることから、同表面で「CrOOH/Cr(OH)3」に由来するピークが存在する可能性は極めて低いから、上記技術常識における(a)又は(b)の場合に相当するので、同ピークをゼロ又は無視して扱い、「金属Cr」と「Cr2O3」とに由来するピークを分離することで、「皮膜の厚さ」を求めることができるのは明らかである。 よって、本件発明においてピークの手法は明らかであるから、申立人の主張は採用できない。 第7 取消理由として通知しなかった異議申立理由について 異議申立理由4、4の2、5については取消理由として通知しなかったので以下に検討する。 1.異議申立理由4(実施可能要件)(異議申立書11頁「(4-3-4)理由4」)について (1)申立人の主張の概要 ア 本件明細書には本件発明を実施するための「母材の溶解と共にSi酸化物を除去する」方法に関して具体的な手法が明記されていない。 特許権者は、本件審査時の平成29年11月2日付け意見書(4頁)において、本件明細書【0075】の記載を引用し、「本願請求項1における式1を満足する皮膜を形成するには、仕上焼鈍及び酸洗の条件に留意することが望ましい。」と主張している。 そこで同【0041】の記載を確認すると、本件発明に係るフェライト系ステンレス鋼板を得るために、酸洗工程において、母材の溶解と共にSi酸化物を除去するか、Si酸化物が溶解可能なアルカリ中で鋼を処理する工程が有効であることが記載されている。 しかし、本件明細書には、鋼を母材の溶解と共にSi酸化物を除去可能な酸液のみで鋼を処理することにより、本件発明に係るフェライト系ステンレス鋼板を得ることができる具体的な処理条件の記載はなく、しかも、鋼を母材の溶解と共にSi酸化物を除去可能な酸液のみで鋼を処理した実施例は何も示されていない。実施例で示されているのは、ソルト法による「Si酸化物が溶解可能なアルカリ中で鋼を処理する工程」のみである。 すなわち、本件発明に係る「フェライト系ステンレス鋼板」を得るためには、酸洗の条件に留意する必要があるにもかかわらず、その留意すべき具体的な条件が本件明細書に開示されていないのであるから、本件明細書には、当業者が本件発明を容易に実施することができる程度に記載されていないといわざるを得ない。 よって、請求項1~14記載の発明は、特許法第36条第4項第1項で規定する実施可能要件を充足していない。 イ また、上記の甲第3号証の記載事項(甲3ア)、甲第4号証の記載事項(甲4ア)に記載されるように、本件明細書に記載された処理工程は、それらの処理工程と区別できない。 したがって、本件明細書には、本件発明に係るフェライト系ステンレス鋼を得るための具体的かつ従来公知の処理条件と峻別できる処理条件が開示されていないのであるから、その処理条件を明らかにして本件発明を実施可能とするためには当業者に過度な試行錯誤を強いることは明らかだから、本件明細書は、当業者が本件発明を容易に実施することができる程度に記載されていないといわざるを得ない。 (2)当審の判断 ア 実施可能要件の判断基準としては、物の発明における発明の実施とは、その物を生産、使用等をする行為をいうから(特許法第2条第3項第1号)物の発明については、明細書にその物を製造する方法についての具体的な記載が必要であるが、そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその物を製造することができるのであれば、実施可能要件を満たすということができるとされている。(知財高裁平25.4.11、平24(行ケ)第10299号) そこで、物の発明である本件発明について、発明の詳細な説明にその物を製造する具体的な記載があるか、そのような記載がなくても、発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づき当業者がその物を製造することができるかという観点から、実施可能要件について、以下に検討する。 イ 本件明細書【0041】には「仕上焼鈍に続く酸洗工程は、焼鈍で生成した(Fe、Cr)酸化物を溶解除去することが主たる目的であるが、同時に下地の母材も-部溶解する。Si酸化物は中性~酸性域では安定なため、母材の溶解と共にSi酸化物を除去するか、Si酸化物を溶解可能なアルカリ中で鋼を処理するのが有効である。母材と共にSi酸化物を酸洗により溶解除去するには、酸洗液の高温化、高濃度化や酸洗時間の長時間化が考えられる。またアルカリ中でSi酸化物を溶解するには、例えば、ソルト法(NaOHを主成分とする市販のデスケール用アルカリソルトを加熱して鋼をアルカリソルトに浸漬する方法)の高温化および長時間化が考えられる。」と記載されている。 ウ 当該記載によれば、「母材と共にSi酸化物を酸洗により溶解除去する」ための条件として、「酸洗液の高温化、高濃度化や酸洗時間の長時間化」、「アルカリ中でSi酸化物を溶解するには、例えば、ソルト法(NaOHを主成分とする市販のデスケール用アルカリソルトを加熱して鋼をアルカリソルトに浸漬する方法)の高温化および長時間化」を明示しており、「Si酸化物」のみならず「母材」の-部までも溶解除去することが「酸洗液の高温化、高濃度化や酸洗時間の長時間化」、「ソルト法の高温化および長時間化」により可能になるであろうことは十分に想定されることであるから、その詳細な実施条件(浸漬する液の具体的な温度、濃度、浸漬時間等)は、鋼の組成、熱処理、表面処理等に応じて、当業者に過度の試行錯誤を要求せずに明らかになる程度のものといえる。 エ また、申立人は甲第3号証、甲第4号証にフェライト系ステンレス鋼の製造方法として「冷間圧延」「焼鈍」「酸洗」がこの順で記載されており、本件発明の処理工程と区別できないから、本件発明のフェライト系ステンレス鋼板はその製造方法が不明なため実施できない旨主張する。 しかし、本件明細書の【0076】には、「前記したように、酸洗工程において、特にSi酸化物の除去に有用なのがソルト法であり、高温化と長時間化がより有効である。このうち長時間化は、設備が同-の場合、ライン速度を低下させることになる。これは、ソルト槽前における材料の温度低下につながると共に、生産性を低下させる。 ソルト法の温度に関しては、ソルトの劣化が530℃以上で起こることが知られているため、通常450~480℃程度の温度のソルトに鋼板は浸漬される。しかし、本実施形態の場合、通常よりもソルト法での温度を高く設定する。具体的には、ソルトの温度を490℃以上とすることが好ましく、500℃以上とするとより効果的であり、500℃以上530℃以下の温度範囲で鋼板を浸漬することが望ましい。 浸漬時間は2秒以上10秒以下とすることが望ましい。ただし、ソルトの高温化は、表面性状の劣化につながりやすく、かつCr含有量の多いステンレス鋼板ほど劣化しやすい。このため、T×(10t+2[Cr])/100≦600(ここで、T:温度(℃)、t:時間(sec)、[Cr]:Cr含有量(質量%))を満足することが望ましい。」と記載され、酸洗工程でのソルト法の温度、浸漬時間が通常とは異なることが記載されている。 オ また、同【0077】には、「このようにソルト法がSi酸化物の濃化を抑制するために最も有用であるが、Si酸化物を含めスケールの生成量そのものを抑制するためには、仕上焼鈍温度を低下することが望ましい。-般に仕上焼鈍温度は材料の化学組成や要求される機械的性質等に応じて選定される。本実施形態の場合には、所望の機械的性質を得るために、通常の仕上焼鈍温度から5~20℃低めとするのが効果的であり望ましい。具体的には、仕上焼鈍温度は、1000℃以下が望ましく、970~990℃とするとさらに望ましい。仕上焼鈍温度の下限温度に関しては、冷延板を仕上焼鈍して再結晶組織を有する金属組織とし、所望の機械的性質を具備することができればよい。」と記載され、焼鈍温度が通常とは異なることが記載されている。 すると、本件発明は、これらの製造条件の下に製造された特定の物性を有する「フェライト系ステンレス鋼板」に関する「物」の発明であり、製造方法において甲第3号証、甲第4号証に記載のフェライト系ステンレス鋼の製造方法としての「冷間圧延」「焼鈍」「酸洗」とは異なり、かつ、上記【0076】【0076】の記載であれば本件発明を十分実施できるものといえる。 カ したがって、本件発明は実施可能要件を満足し、特許法第36条第4項第1号の規定に適合するから、異議申立理由4は採用できない。 2.異議申立理由4の2(新規性進歩性要件)(異議申立書12頁「(4-3-4’)予備的主張」)について (1)申立人の主張の概要 本件明細書には「鋼を母材の溶解と共にSi酸化物を除去可能な酸液のみで鋼を処理することにより、本件特許発明に係るフェライト系ステンレス鋼板を得ることができる」旨記載されているものの、詳細且つ具体的な処理条件は提示されていない。そのことは、取りも直さず、結果的に、甲第3号証(引用文献1)、甲第4号証(引用文献2)のフェライト系ステンレス鋼もまた、本発明の式(1)(式2)の条件を満たすということ、即ち、本件特許発明は、いずれも、甲第3号証、甲第4号証に基づいて新規性、進歩性が欠如していることを、特許権者自ら主張していることになる。 (2)当審の判断 上記の「1.異議申立理由4(2)当審の判断」で検討したように、本件発明と甲第3号証、甲第4号証に記載された技術手段とは、製造方法が異なり、製造された「フェライト系ステンレス鋼板」という「物」に差違がある。 また、甲第3号証、甲第4号証には、本発明の式(1)式(2)が耐食性とろう付け性の指標になることについては記載も示唆も無い。 すると、甲第3号証、甲第4号証に記載の技術手段は本件発明にあたるものではなく、また、甲第3号証、甲第4号証に記載された技術手段において、ソルトの温度を高くして浸漬時間を調整し、焼鈍温度を低めとすることの動機付けはなく、そのようにすることが容易に想到し得ることともいえない。 したがって、本件発明は甲第3号証、甲第4号証に記載されたものではなく、また、甲第3号証、甲第4号証に記載された技術手段から容易に発明をすることができたものでもない。 したがって、本件発明は新規性、進歩性の要件を満足し、特許法第29条第1項第3号及び同条第2項の規定に該当しないから、異議申立理由4の2は採用できない。 3.異議申立理由5(明確性要件)(異議申立書12頁「(4-3-5)理由5」)について (1)申立人の主張の概要 C,N,Mn,Al(請求項1、5、8、12)、Ni,Cu,Mo(請求項2、6、9、13)、V,W,B,Zr,Sn,Co,Mg,Ca,REM,Sb,Ta,Ga(請求項3、7、10、14)は必須成分であるが下限値が規定されておらず、「0」すなわち当該成分を含まない場合を含む規定になっているから、当該規定を含む本件発明は、上記各成分が必須成分でありながら、それら成分が含まれない場合も包含することになる。 この点で、成分系の記載の末尾には「・・・を含有し」とあり、下限値を記載していない成分についても、その成分を含有すること(その成分を含まない発明は包含していないこと)を示唆しているような記載にも見えるが、特許請求の範囲には、発明が明確に理解できる程度に記載されていなければならないことから必須成分の下限値を明記する必要があると思料する。 したがって、そのような本件発明は明確でない。 したがって、本件発明に係る特許は、同発明に係る発明の詳細な説明が特許法第36条第6項第2号の規定に適合しないので、取り消されるべきものである。 (2)当審の判断 C,N,Mn,Al(請求項1、5、8、12)、Ni,Cu,Mo(請求項2、6、9、13)、V,W,B,Zr,Sn,Co,Mg,Ca,REM,Sb,Ta,Ga(請求項3、7、10、14)は、本件明細書の各成分についての説明(【0051】~【0073】、【0097】~【0119】)から必須成分であり、不可避的不純物ではない。 したがって、上記各成分は不可避的不純物とはいえない分量で、必須成分として包含されているといえる。 すると、上記各成分は、必須成分であり、当該成分は必ず含有されており含有量がゼロでないことは明らかであるから下限値を記載する必要はなく、本件発明は明確である。 したがって、本件発明に係る特許は、特許法第36条第6項第2号の規定に適合するから、異議申立理由5は採用できない。 第7 むすび 以上のとおりであるから、当審の取消理由及び異議申立理由によっては、訂正後の本件請求項〔1~4〕、〔5~7〕、〔8~11〕、〔12~14〕に係る特許を取り消すことはできない。 また、他に本件請求項〔1~4〕、〔5~7〕、〔8~11〕、〔12~14〕に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。

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2018-700565

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