特許異議申立
2016-700563
カーボン紙を有するフロー電池
- 審判番号
- 2016-700563
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2014-548751
- 登録番号
- 特許第5836501号(P5836501)
- 請求日
- 2016年06月23日
- 審決日
- 2017年08月10日
- 公報発行日
- 2018年03月30日
- 結論
- 請求成立(取消)
- 当事者
- 【権利者】ユナイテッド テクノロジーズ コーポレイション
- 【権利者代理人】小林 博通
- 【権利者代理人】富岡 潔
- 【異議申立人】奥村 一正
- 審判長/審判官
- 審判長 板谷 一弘
- 審判官 池渕 立
- 審判官 土屋 知久
- 分類
- P1651.537-ZC (H01M) / P1651.121-ZC (H01M)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法36条6項2号特許法113条4号
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第2項、特許法第36条第6項第2号、特許法第36条第6項第1号
- データ出所
- 審決公報(SGML)
事件の表示
特許第5836501号発明「カーボン紙を有するフロー電池」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
【結 論】
特許第5836501号の請求項7に係る特許を取り消す。
同請求項1ないし6、8ないし9、10ないし13に係る特許を維持する。
理由
【理 由】
1 手続の経緯
特許第5836501号(以下「本件特許」という。)の請求項1~13に係る特許についての出願は、2011年12月20日を国際出願日とする出願であって、平成27年11月13日にその特許権の設定登録がされ、同年12月24日に特許掲載公報が発行されたものであるところ、当該発行の日から六月以内にあたる平成28年6月23日に、その特許に対し、特許異議申立人奥村一正(以下「申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、当審において平成28年10月21日付けで取消理由が通知され、平成29年 1月25日付けで特許権者により意見書が提出され、当審において同年 3月 6日付けで取消理由(決定の予告)が通知され、同年 6月 6日付けで特許権者により意見書が提出され、同年 7月 4日付けで申立人により上申書が提出されたものである。
2 本件発明
本件特許の請求項1~13に係る発明(以下それぞれ「本件発明1~13」といい、これらをまとめて「本件発明」という。)は、願書に添付された特許請求の範囲の請求項1~13に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
電気化学的活性種を含む電解液と、
第1の流れ場流路と、前記第1の流れ場流路からリブによって離間された第2の流れ場流路と、を含む流れ場板と、
前記流れ場板に隣接して配置された電極と、
を備え、
前記電極は、前記電解液を、該電極内を通して前記第1および第2の流れ場流路の間の前記リブを越えて貫流させるように構成され、
前記電極が、前記電解液に対して触媒活性を有し、かつ、0.8MPaの圧縮応力で20%未満の圧縮ひずみと、60~85体積%の範囲の非圧縮孔隙率と、を画定するカーボン紙を含むことを特徴とする、フロー電池。
【請求項2】
前記カーボン紙が、カーボンファイバと、カーボンバインダ残渣と、を備えるとともに、その厚さに亘って孔隙率が均一となるように、炭素粒子が均一に分散されることを特徴とする請求項1に記載のフロー電池。
【請求項3】
前記カーボン紙が、カーボンファイバと、カーボンバインダ残渣と、を備えるとともに、その厚さに亘って前記流れ場板側からその反対側へと孔隙率が漸減するように、炭素粒子が分散されることを特徴とする請求項1に記載のフロー電池。
【請求項4】
前記カーボン紙の、前記流れ場板近傍の側の孔隙率が最大となることを特徴とする請求項3に記載のフロー電池。
【請求項5】
前記カーボン紙が、カーボンファイバと、カーボンバインダ残渣と、前記カーボンファイバに堆積された炭素粒子と、を含むことを特徴とする請求項1に記載のフロー電池。
【請求項6】
前記カーボン紙が、1~10重量%の炭素粒子を含むことを特徴とする請求項5に記載のフロー電池。
【請求項7】
前記炭素粒子が、10~100nmの平均粒径を有することを特徴とする請求項5に記載のフロー電池。
【請求項8】
前記炭素粒子が、多様な粒度分布を有することを特徴とする請求項5に記載のフロー電池。
【請求項9】
前記カーボン紙が、150~400μmの厚さを有することを特徴とする請求項1に記載のフロー電池。
【請求項10】
電気化学的活性種を含む電解液と、
第1の流れ場流路と、前記第1の流れ場流路からリブによって離間された第2の流れ場流路と、を含む流れ場板と、
前記流れ場板に隣接して配置された電極と、
を備え、
前記電極は、前記電解液を、該電極内を通して前記第1および第2の流れ場流路の間の前記リブを越えて貫流させるように構成され、
前記電極が、前記電解液に対して触媒活性を有し、かつ、150~400μmの平均厚さと、0.8MPaの圧縮応力で20%未満の圧縮ひずみと、65~85体積%の非圧縮孔隙率と、を有するカーボン紙を含むことを特徴とする、フロー電池。
【請求項11】
前記厚さが、150~250μmであることを特徴とする請求項10に記載のフロー電池。
【請求項12】
前記カーボン紙が、カーボンファイバと、カーボンバインダ残渣と、を備えるとともに、前記厚さに亘って前記流れ場板側からその反対側へと孔隙率が漸減するように、炭素粒子が分散されることを特徴とする請求項10に記載のフロー電池。
【請求項13】
前記カーボン紙が、カーボンファイバと、カーボンバインダ残渣と、前記カーボンファイバに堆積された炭素粒子と、を含むことを特徴とする請求項10に記載のフロー電池。」
3 申立理由の概要
申立人は、特許異議申立書とともに下記甲第1号証~甲第3号証を提出し、上申書とともに下記甲第4号証、甲第5号証を提出し、以下の申立理由1~申立理由3によって請求項1~13に係る特許を取り消すべきものである旨主張している。
甲第1号証:特公昭60-35999号公報
甲第2号証:Adam Z. Weber、外2名、“Redox flow batteries : a review”、Journal of Applied Electrochemistry、2011年9月、Volume 41、p.1137-1164
甲第3号証:M. F. Mathias、外3名、“ Diffusion media materials and characterisation”、Handbook of Fuel Cells Fundamentals Technology and Applications、2003年、Volume 3、Chapter 42、p.517-537
甲第4号証:Z. Fishman、外1名、“ Heterogeneous Through-Plane Porosity Distributions for Treated PEMFC GDLs”、Journal of The Electrochemical Society, 2011年、Vol.158、No.8、B841-B845
甲第5号証:経済産業省 ナノ物質の管理に関する検討会 計測技術ワーキンググループ “計測技術WG中間とりまとめ”、平成25年 6月26日
申立理由1
本件特許の請求項1~13に係る発明は、発明の詳細な説明に記載された発明ではないから、その特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものである。
申立理由2
本件特許の請求項1~13に係る発明は明確ではないから、その特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものである。
申立理由3
本件特許の請求項1~13に係る発明は、甲第1号証、甲第2号証、甲第3号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。
4 取消理由通知書(決定の予告)の要旨
平成29年 3月 6日付け取消理由通知書(決定の予告)において、申立理由2に基づいて通知された取消理由の要旨は、次のとおりである。
本件特許の請求項1、10に記載された「圧縮ひずみ」の具体的な測定方法が不明であり、請求項2~4、12に記載された「孔隙率」の具体的な測定方法が不明であり、請求項7に記載された「平均粒径」の具体的な測定方法が不明である。
よって、請求項1~4、7、10、12と、これら請求項を引用する請求項に係る発明、すなわち、本件発明1~13に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
5 当審の判断
5-1 取消理由通知書(決定の予告)に記載した取消理由についての判断
(1)請求項1、10に記載された「圧縮ひずみ」について
ア 取消理由の内容
本件特許の請求項1、10に「0.8MPaの圧縮応力で20%未満の圧縮ひずみ」と記載された点について、本件明細書には「圧縮ひずみ」の測定方法は記載されておらず、平成29年 1月25日付け意見書を参照しても、カーボン紙の「圧縮ひずみ」の測定方法については依然として不明であるから、「20%未満の圧縮ひずみ」とはどのような大きさの圧縮ひずみであるか不明である。
したがって、請求項1及び請求項1を引用する請求項2~9に係る発明と、請求項10及び請求項10を引用する請求項11~13に係る発明の特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものである。
イ 特許権者の意見
特許権者は、平成29年 6月 6日付け意見書において、「圧縮ひずみ」の測定方法について、「2つの平面の間にカーボン紙を配置し、一定の割合で荷重を印加し、そして印加した荷重の関数としてのカーボン紙の変化量を測定」し、「カーボン紙の厚さの変化量をカーボン紙の元の厚さで除算する」ことにより行うと説明している。
ウ 申立人の意見
申立人は、特許権者が説明した上記イの測定方法について、上申書において以下の主張をしている。
1)特許権者が説明した上記測定方法は、当業者によって慣用されているものではない。
2)「圧縮ひずみ」の測定時に、カーボン紙に印加される荷重を変化する割合が、応力-ひずみ曲線に影響を与えることは技術常識であるところ、特許権者が説明した上記測定方法は、「一定の割合」を特定していないため、「圧縮ひずみ」の値を一意に決定することができない。
3)甲第3号証の図11(a)に示されているように、初回の荷重印加時と、複数回の荷重印加を経た後では、「圧縮ひずみ」の値に違いが出るが、特許権者が説明した上記測定方法は、荷重の履歴が特定されていないため、「圧縮ひずみ」の値を一意に決定することができない。
4)カーボン紙の厚さの測定方法には、種々の方法があり、方法毎に測定結果が異なる。具体的には、同一の東レ社のカーボン紙であるTGP-H-060の厚さについて、甲第3号証の表1では測定値が190μmであるにもかかわらず、甲第4号証の表2には220μmと記載されており、測定方法の違いにより測定結果が異なっている。また、カーボン紙の位置によっても厚さがばらつくが、特許権者が説明した上記測定方法では、カーボン紙の厚さの測定方法を特定し得ないので、「圧縮ひずみ」の値を一意に決定することができない。
エ 当審の判断
(ア) 上記ウの1)について
甲第3号証の528頁右欄25~31行に、「4.2.1 Compressive vehavior
To characterize the compressive properties, one places the diffusion media between two flat plates and measures deflection as a function of compressive force.…In this test the material was loaded at a rate of 58 kPa s-1 up to a load of 2.75MPa.」 (当審注:「…」は記載の省略を表す。)(当審訳:圧縮挙動 圧縮特性を明らかにするために、拡散媒体を2枚の平坦な板の間に置き、圧縮力の関数としてひずみを測定する。…このテストにおいて、試料には、58kPas-1の増加割合で、2.75MPaまでの負荷が印加された。)と記載されていることからして、圧縮ひずみを測定するために、「2つの平面の間にカーボン紙を配置し、一定の割合で荷重を印加し、そして印加した荷重の関数としてのカーボン紙の変化量を測定」する方法は、当業者によって普通に採用されている方法と認められる。したがって、上記ウの1)の主張は採用できない。
(イ) 上記ウの2)について
申立人は、「圧縮ひずみ」の測定時に、カーボン紙に印加される荷重を変化する割合が、応力-ひずみ曲線に影響を与えることは技術常識であると主張しているが、当該主張を裏付ける具体的な根拠を提示していないため、上記主張を採用できない。
また、仮にこの主張が正しいとしても、応力-ひずみ曲線が変化した結果として、圧縮ひずみの測定値が変動することまでの主張はしていないところ、次の(ウ)で検討されるように、初回応力印加時とその後の応力印加時では、応力-ひずみ曲線が変化するにもかかわらず、最大荷重に対する圧縮ひずみの値がほぼ一定の値となっていることを勘案すると、応力-ひずみ曲線の変化が、必ずしも、圧縮ひずみの測定値に影響を与えるとは限らないといえる。
したがって、カーボン紙に印加される荷重を変化する割合が、圧縮ひずみの測定値に対して、どのような影響を与えるかについて、具体的な根拠を提示することによって説明していない上記ウの2)の主張は採用できない。
(ウ) 上記ウの3)について
甲第3号証の第528頁右欄25~37行の記載を参照すると、以下に引用する図11(a)には、Carbon fiber paper に対して、58kPa/sの割合で最大荷重2.75MPaまで増加した後、ゼロにまで減少する荷重を、10回繰り返し与えたときの応力-ひずみ曲線が表示されており、当該図11(a)から、最初の回と、その後の回とでは、応力-ひずみ曲線が大きく異なるものとなっており、具体的に見ると、上記最大荷重よりも小さい荷重においては、同一荷重に対応する圧縮ひずみの値が大きく相違していることが見て取れる。
しかしながら、いずれの応力-ひずみ曲線においても、上記最大荷重に対応する圧縮ひずみの値は略24%となっているし、甲第3号証の第528頁右欄38行にも、上記最大荷重2.75MPaにおける圧縮ひずみの値について、「the paper strain is approximately 24% 」と記載されている。
つまり、甲第3号証の図11(a)によれば、応力印加の異なる回に対して応力-ひずみ曲線は大きく相違するけれども、最大荷重における圧縮ひずみの値は、荷重の履歴によらずほぼ一定の値として測定されるといえる。
したがって、上記ウの3)の主張は、甲第3号証の記載に基づくものとはいえないので、採用できない。
図11(a)
(エ) 上記ウの4)について
甲第3号証の519頁の表1には、東レ社の「TGP-H-060」について、「Calipers at 7 kpa」なる測定方法(Method)で測定された厚さが0.19mmであると記載されている。ここで、上記測定方法は、キャリパー(ノギス)を用いて、7kpaの押圧力を印加したときの測定値であると認められる。
一方、甲第4号証のB844頁のTable IIは「Comparison of the through-plane porosity distribution of untreated and PTFE-treated Toray TGP-H-060(当審訳:PTFE処理されていない東レ社のTGP-H-060とPTFE処理されたTGP-H-060について、平面にわたる空隙率分布の比較)」との標題が付され、種々の処理条件で測定された「TGP-H-060」の厚さと空隙率が掲載された表であり、「PTFE Treatment」の欄の「0wt%」に対応する厚さ「t0」が「220」「(μm)」であると記載されている。ここで、0wt%とは、PTFEすなわちポリテトラフルオロエチレンで処理していないことを表すから、「TGP-H-060」の厚さが220μmと測定されているものと認められる。しかしながら、甲第4号証には、上記厚さの測定方法について記載されておらず、どのような測定方法によって上記厚さt0が得られたのか不明である。
以上のとおり、東レ社の「TGP-H-060」なるカーボン紙について厚さを測定したときに、甲第3号証と甲第4号証で異なる測定値が測定されているが、その原因を考えると、例えば、カーボン紙の製造装置や製造ロットによる「TGP-H-060」なるカーボン紙自体の厚さのばらつき、温度や湿度の違いによるカーボーン紙の厚さの変動や、使用した測定装置の調整不良・校正不良などの可能性が否定できないし、そもそも甲第4号証には厚さの測定方法が記載されておらず甲第3号証と甲第4号証において測定方法が異なるか否かも不明でもあることも勘案すると、上記原因が測定方法の違いによるものと結論づけることができないことは明らかである。
そして、東レ社のホームページ(“www.torayca.com/lineup/composites/com_009_01.html”)に掲載された物性表には、「TGP-H-060」の厚さが0.19mmであると記載されており、甲第3号証の測定値と一致しているので、測定方法にかかわらず、適切に測定すれば、メーカーの測定値どおりの値が測定されるとも考えられる。
また、カーボン紙の位置によって厚さに変動があり、そのように位置によって変動する厚さについて、複数箇所の測定値の平均値をとってその厚さとすることは、当業者にとって普通のことであるといえる。
したがって、甲第3号証及び甲第4号証を証拠として、測定方法によって厚さの測定結果が異なるとは言えないし、カーボン紙の複数箇所の厚さを測定しその平均をとることによって厚さを算出することは、当業者にとって普通のことといえるから、カーボン紙の厚さの測定方法が特定されていないことをもって、「圧縮ひずみ」の値を一意に決定することができないとはいえない。よって、上記ウの4)の主張は採用できない。
(オ)まとめ
以上のとおり、申立人の上記ウの1)~4)の主張は採用することができず、その他に不明といえる事項も見当たらないし、「圧縮ひずみ」の測定方法は、特許権者が説明したとおりの方法であって、当業者によって普通に採用されている方法であるといえるから、請求項1、10に記載された「20%未満の圧縮ひずみ」とはどのような大きさの圧縮ひずみであるか不明であるとはいえない。
(2)請求項2~4、12に記載された「孔隙率」について
ア 取消理由の内容
本件特許の明細書にはカーボン紙の「孔隙率」の測定方法が記載されておらず、また、カーボン紙の厚さに亘って変化する孔隙率をどのような測定方法によって測定するかも不明であるから、本件特許の請求項2~4、12に記載された「孔隙率」がどのような技術的事項を特定しているか不明である。
したがって、請求項2~4、12に係る発明の特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものである。
イ 特許権者の意見
特許権者は、平成29年 6月 6日付け意見書において、「孔隙率」の測定方法について、「カーボン紙のかさ密度と、カーボン紙中の固体部分の密度から算出」し、「かさ密度は、カーボン紙の厚さを測定し、カーボン紙の面密度を測定した厚さで除算することによって得られ」、「面密度」は「試料の面積を測定し、その質量を測定し、そして測定した質量を面積で除算することによって得られ」、「空隙以外の固体部分の密度はガスピクノメータを利用することによって測定」した上で、「孔隙率」は「固体部分の密度をかさ密度で除算し」、「その結果を1から減算」し、さらに「100を乗算すること」により得られる、と説明している。
また、カーボン紙の厚さに亘って変化する孔隙率は、「カーボン紙の両面における炭素粒子をそれぞれ顕微鏡で観測すること」により確認することができると説明している。
ウ 申立人の意見
申立人は、特許権者が説明した上記イの測定方法について、上申書において以下の主張をしている。
1)特許権者が説明した上記「孔隙率」の測定方法は、本件明細書に記載されているものではなく、当業者に慣用されているものではない。
2)カーボン紙の厚さに亘って変化する孔隙率を、「カーボン紙の両面における炭素粒子をそれぞれ顕微鏡で観測すること」によって確認できるとの上記説明について、厚さに亘って変化する孔隙率を測定する場合に限り、異なる測定方法を用いることについて本件明細書に記載されておらず、カーボン紙の厚さ方向における「孔隙率」の分布を測定することは困難であるし、顕微鏡で得られる二次元の情報から孔隙率を算出するための慣用された近似方法はない。
エ 当審の判断
(ア)上記ウの1)について
「孔隙率」の定義については、特許権者が提出した平成29年 1月25日付け意見書の第3頁17~18行によれば、「多孔質の物質の全容積に対する、その中に含まれるすきまの容積の割合」のことであると説明されており、この説明は当業者における技術常識と矛盾しないものであるといえる。
そして、特許権者が説明した上記イの測定方法は、下記「当審注:」に記載のとおり明らかな誤記を正したものとして理解すれば、「孔隙率」についての上記定義と整合するものであり、カーボン紙の厚さや重さや密度などの簡単な測定によって容易に実施し得るものであるから、当業者が技術常識に基づいて容易に採用し得る方法であるといえる。
一方、申立人は、特許権者が説明した上記イの測定方法は、本件明細書に記載されているものではなく、当業者に慣用されているものではないと主張しているが、上記イの測定方法は、上述のとおり、当業者が技術常識に基づいて容易に採用し得るものであるといえるし、また、申立人は、当業者が通常採用し得る「孔隙率」の他の測定方法について具体的な説明をしていないため、上記イの測定方法が当業者によって慣用されているものではないとする具体的な根拠が不明である。
したがって、上記ウの1)の主張は採用できない。
(当審注:上記イにおいて「固体部分の密度をかさ密度で除算し」と記載された箇所は、「かさ密度を固体部分の密度で除算し」の誤記であることは明らかである。これは、一般に、(固体部分の密度)>(かさ密度)であるから、(固体部分の密度)÷(かさ密度)>1となるので、「その結果を1から減算」すると負の数になり不合理であるから、技術常識に照らせば、上記のとおり修正して理解すべきものである。)
(イ)上記ウの2)について
カーボン紙の厚さに亘って変化する孔隙率をどのような測定方法によって測定するか不明である、との取消理由に対して、特許権者は、カーボン紙の厚さに亘って変化する孔隙率そのものを測定するのではなく、「カーボン紙の両面における炭素粒子をそれぞれ顕微鏡で観測すること」により確認すると回答している。つまり、「カーボン紙の厚さに亘って変化する孔隙率」は、厚さに亘る複数箇所において孔隙率を測定することによって確認するのではなく、炭素粒子を顕微鏡で確認することによって間接的に確認すると説明している。
このことを、例えば、請求項3について検討すると、請求項3に記載された、「カーボン紙」が「その厚さに亘って前記流れ場板側からその反対側へと孔隙率が漸減するように、炭素粒子が分散され」たものであることは、図3の実施例として記載されているものであり、カーボン紙のイオン交換膜側から流れ場板側に向けて、炭素粒子の濃度が減少するように、炭素粒子がカーボン紙中に維持されているものであることを表している。そして、カーボン紙は多孔質の膜であるところ、炭素粒子が維持された箇所のカーボン紙は膜中の孔が塞がるので、炭素粒子の濃度が高いところほど孔隙率が減少することは明らかであり、そのため、「その厚さに亘って前記流れ場板側からその反対側へと孔隙率が漸減するように、炭素粒子が分散され」たとは、その厚さに亘って前記流れ場板側からその反対側へと炭素粒子の濃度が漸増するように、炭素粒子が分散されることを意味していることは明らかである。
つまり、カーボン紙が「その厚さに亘って前記流れ場板側からその反対側へと孔隙率が漸減するように、炭素粒子が分散され」ていることを確認するためには、カーボン紙の厚さに亘って変化する孔隙率そのものを、厚さに亘る複数箇所で測定する必要はなく、カーボン紙の厚さに亘って変化する、例えば、カーボン紙両面で変化する、炭素粒子の濃度を顕微鏡で確認すればよいことが理解される。そして、炭素粒子の濃度自体は、カーボン紙の顕微鏡写真において単位面積あたりの粒子個数を計数することにより容易に確認できることは明らかである。
よって、請求項3~4、12において、「カーボン紙の厚さに亘って変化する孔隙率」について、直接測定する方法が不明であったとしても、「カーボン紙の両面における炭素粒子をそれぞれ顕微鏡で観測すること」によって確認できることは、技術常識の範囲内で当業者が容易に理解し得ることであるから、請求項3~4、12は、「孔隙率が漸減」、「孔隙率が最大」なる記載の点で不明であるとはいえない。
したがって、上記ウの2)の主張は採用できない。
(ウ)まとめ
以上のとおり、申立人の上記ウの1)、2)の主張は採用することができず、「孔隙率」の測定方法は、特許権者が説明したものの誤記を上述のように正したとおりの方法であって、当業者が技術常識に基づいて理解可能なものであるといえ、また、「カーボン紙の厚さに亘って変化する孔隙率」についても、顕微鏡で観察することにより確認できることが明らかになったので、請求項2~4、12に記載された「孔隙率」がどのような技術的事項を特定しているか不明であるとはいえない。
(3)請求項7に記載された「平均粒径」について
ア 取消理由の内容
請求項7に記載された「平均粒径」の具体的な測定方法が不明であるから、本件特許の請求項7に記載された「10~100nmの平均粒径」がどのような大きさの粒径を特定しているか不明である。
したがって、請求項7に係る発明の特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものである。
イ 特許権者の意見
所望の「平均粒径」を有する炭素粒子は、一般に、製造業者から入手可能であり、したがって、炭素粒子の平均粒径は、特許権者によって測定されるものではない、と説明している。
ウ 申立人の意見
申立人は、特許権者の上記イの説明にかかわらず、上申書において、特許権者が説明した「平均粒径」の測定方法が以下の点で不明であるため、製造業者が測定した「平均粒径」と、本件発明の「平均粒径」が同一であるか否かを理解できないと主張している。
1)平均粒径を測定する方法には様々なものがあり、採用する方法によって平均粒径が異なるし、特定の測定方法が当業者に慣用されていたわけでもない。
2)「平均粒径」の範囲が「10~100nm」のようなnmオーダーの炭素粒子は、一次粒子が凝集して凝集体(一次凝集体、二次凝集体)が生じるという特徴があるが、「平均粒径」が一次粒子の平均粒径を指しているのか、凝集体の平均粒径を指しているのか不明である。
エ 当審の判断
炭素粒子の「平均粒径」の測定値は、一次粒子を測定しているのか、一次粒子が凝集した凝集体を測定しているかによって、測定値が異なり、また、採用した測定方法によっても測定値が異なるものである。例えば、炭素粒子の平均粒径を、レーザー回折・散乱法によって求めた場合、また、電子顕微鏡によって撮影された複数の一次粒子の粒子径の平均値から求める方法であって、各一次粒子の粒子径を当該一次粒子と同一面積の円の直径として求めた場合、各一次粒子の粒子径を長径と短径の平均値として求めた場合等によって、測定値が異なることは技術常識である。
そして、上記イに記載されているように、たとえ、所望の「平均粒径」を有する炭素粒子が製造業者から入手可能であり、特許権者によって測定されるものではないとしても、「平均粒径」の測定方法を当該製造業者に確認することは可能であり、それにもかかわらず、当該製造業者が採用した平均粒径の測定方法が、どのような測定方法であるかについて何の釈明もされていない以上、「10~100nmの平均粒径」が意味する技術的事項について多義的な解釈が可能であるので、本件請求項7に記載された「炭素粒子」の「平均粒径」が明確に特定されているとはいえない。
したがって、「10~100nmの平均粒径」なる特定事項を含む本件請求項7はその記載が不明瞭であり、特許を受けようとする発明が明確ではない。
(4)判断のまとめ
以上のとおり、請求項7に記載された「平均粒径」については、その具体的な測定方法が不明であるため、技術的な特定内容が一義的に定まらず、その結果として、本件発明7は、特許を受けようとする発明が明確であるとはいえない。したがって、本件発明7に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものである。
5-2 平成28年10月21日付けの取消理由通知書に記載したが解消した取消理由について
(1)請求項1、10に記載された「非圧縮孔隙率」の定義および測定方法が不明である点について。
本件特許の請求項1に「60~85体積%の範囲の非圧縮孔隙率と、を画定するカーボン紙」と記載され、本件特許の請求項10に「65~85体積%の非圧縮孔隙率と、を有するカーボン紙」と記載された点について、本件特許の明細書には「カーボン紙」の「非圧縮孔隙率」の定義および測定方法が記載されていないので、「非圧縮孔隙率」の意義が不明である、との取消理由が通知された。
この点について、特許権者が提出した意見書によれば、カーボン紙は電気化学セル内においてサンドイッチ状に挟持され、その結果圧縮されるので、その圧縮応力により孔隙率は変化するものであるところ、「カーボン紙」を提供している製造業者のデータシート、例えば、乙第1号証「Toray Carbon Fiber Paper”TGP-H”」の第2頁には、「Porosity」すなわち「孔隙率」が記載されており、このような「孔隙率」は圧縮される前の「孔隙率」すなわち「非圧縮孔隙率」に該当するものである。
したがって、「非圧縮孔隙率」は、圧縮される前の「孔隙率」を意味しており、一般に「カーボン紙」を提供している製造業者のデータシートに「孔隙率」として記載されているものであるので、その測定方法が特定されていないとしても、「非圧縮孔隙率」なる特定事項を含む本件発明1、10は、特許を受けようとする発明が明確でないとはいえない。
なお、仮に、製造業者のデータシートに掲載の数値を検証する必要があり、実際に「孔隙率」を測定する場合には、「孔隙率」の測定方法は、上記5-1(2)で検討したように、技術常識に基づいて当業者が理解可能であり、また、実施可能なものであるといえる。
(2)請求項2に記載された「均一」について
本件特許の請求項2に「その厚さに亘って孔隙率が均一となるように、炭素粒子が均一に分散される」と記載された点について、「均一」とは、カーボン紙の全域にわたってばらつきなく孔隙率と炭素粒子の分散状態が一様であることを含めて、ある程度のばらつきも許容すると解することができるところ、どの程度のばらつきが許容されるか不明である、との取消理由が通知された。
この点について、特許権者が提出した意見書によれば、本件特許の明細書の段落【0022】の記載「炭素粒子172は、カーボン紙168が相対的に均一な孔隙率を有するように、カーボン紙168に亘って実質的に均一に分散される。代替的に、図示のようにカーボン紙168が漸変する(graded)孔隙率を有するように、カーボン紙168の厚さ(t)に亘って炭素粒子172の濃度勾配174が設けられる。この例では、カーボン紙168の膜側からの距離の関数として、炭素粒子の濃度が減少する。濃度勾配174により、カーボン紙168の流れ場板側近傍の電解液22/26の流れがより大きくなるとともに、カーボン紙168の膜側近傍の触媒活性が増加して、イオン交換膜66に対するイオン移動の平均距離が低減される。」を参照して、「均一」を「漸変」と対照することによってその意味は明らかであると説明している。
そこで、明細書の段落【0022】の上記記載を検討すると、炭素粒子が均一に分散していればカーボン紙は均一な孔隙率を有し、炭素粒子に濃度勾配が存在すればカーボン紙は漸変する孔隙率を有するものとなることが示されているということができる。また、炭素粒子に濃度勾配が存在してカーボン紙が漸変する孔隙率を有する場合には、カーボン紙168の流れ場板側近傍の電解液22/26の流れがより大きくなるとともに、カーボン紙168の膜側近傍の触媒活性が増加することが示されているということができる。そして、このような状況は図3に示されている。
つまり、本件特許の請求項2に記載された「均一」とは、図3のような炭素粒子に濃度勾配が存在してカーボン紙が漸変する孔隙率を有するような場合に比較して、濃度勾配がより小さいことを意味しており、そのような均一な状態においては、カーボン紙168の流れ場板側近傍の電解液22/26の流れがより大きくなることもなく、また、カーボン紙168の膜側近傍の触媒活性が増加することもない状態であるといえる。
したがって、本件特許明細書には、「均一」がどの程度のばらつきを許容するかについての具体的な記載はされていないけれども、孔隙率と炭素粒子の分散状態が均一であることは、図3に示されているような炭素粒子の濃度勾配が存在せず、そのことによって、カーボン紙の全域に亘って電解液の流れに偏りがなく、また、カーボン紙の全域に亘って触媒活性に偏りがない状態であることを意味していると解することができる。
よって、本件特許明細書を参照すれば「均一」の技術的意義は明らかであるから、「均一」がどの程度のばらつきを許容するかについての具体的な記載がされていないことを理由として、「その厚さに亘って孔隙率が均一となるように、炭素粒子が均一に分散される」なる特定事項を備えた本件発明2について、特許を受けようとする発明が明確でないとはいえない。
(3)請求項6に記載された「1~10重量%の炭素粒子」について
本件特許の請求項6に「1~10重量%の炭素粒子」と記載された点について、カーボン紙中の炭素粒子の重量を測定する方法が不明である、との取消理由が通知された。
この点について、特許権者が提出した意見書によれば、本件特許の明細書の段落【0023】の記載「実施例では、炭素粒子172は、分散媒中の炭素粒子172の懸濁液を用いることにより、カーボンファイバに堆積される。懸濁液は、噴霧、浸漬、または塗布などによりカーボン紙168に適用され、次いで炭素粒子172がカーボン紙168に維持されるように、分散媒を除去すべく乾燥される。適用および乾燥処理は、炭素粒子172の所望の充填量を達成するように繰り返される。」を参照すると、カーボン紙中のカーボン粒子の重量%は、製品の製造工程時に測定されるものであると解釈できると主張している。
実際に、段落【0023】の上記記載によれば、製造工程時においてカーボン紙に適用される懸濁液中のカーボン粒子の重量を測定することによって、カーボン紙中のカーボン粒子の重量%を算出することは可能といえる。
したがって、本件特許明細書には、カーボン紙中の炭素粒子の重量を測定する方法についての具体的な記載はされていないとしても、そのことを理由として、「1~10重量%の炭素粒子」なる特定事項を備えた本件発明6について、特許を受けようとする発明が明確でないとはいえない。
(4)請求項8に記載された「多様な粒度分布」について
本件特許の請求項8に「多様な粒度分布」と記載された点について、本件特許明細書には1つの例が記載されているに過ぎず、また、「粒度分布」について、本件特許の明細書には定義および測定方法が記載されていないので、「多様」及び「粒度分布」の意義が不明である、との取消理由が通知された。
この点について、特許権者が提出した意見書によれば、「粒度分布」とは、「炭素粒子の出現度数(frequency of occurrence)に対する炭素粒子の粒度(size)をプロットすることにより、容易に特定することができ」るものであり、「多様な粒度分布」とは、「複数の最頻値(mode)を有する粒度分布」を意味すると説明されている。
一方、本件特許明細書の段落【0024】には「多様な粒度分布」の例が記載されており、「炭素粒子272は、第1の平均粒径を有する炭素粒子272aと、第1の平均粒径よりも大きい第2の平均粒径を有する炭素粒子272bと、を含む」ものであると記載されている。ここで、異なる平均粒径を有する2種類の炭素粒子を混合すると、2つの最頻値を有する粒度分布、つまり、2つのピークを有する粒度分布が得られるものと認められる。
したがって、特許権者の上記説明と本件特許明細書の記載は整合しており、「多様な粒度分布」とは、「複数の最頻値(mode)を有する粒度分布」を意味することが明らかになった。
よって、「多様な粒度分布」なる特定事項を備えた本件発明8は、特許を受けようとする発明が明確でないとはいえない。
(5)請求項9、11に記載された「厚さ」、請求項10に記載された「平均厚さ」について
本件特許の請求項9、11に記載された「厚さ」と、請求項10に記載された「平均厚さ」と記載された点について、本件特許明細書には、その定義と測定方法が記載されておらず、カーボン紙に応力が加わった状態での数値であるかそうでないか不明である、との取消理由が通知された。
この点について、特許権者が提出した意見書によれば、厚さは、応力が印加されていない状態で測定されたものであると説明されている。
また、カーボン紙の厚さを測定する際に、応力を印加することが通常であるという、当業者に共通の認識があったものとも認められない。
したがって、カーボン紙の「厚さ」及び「平均厚さ」とは、応力が印加されていない状態で測定されたものであることが明らかになった。
よって、「厚さ」なる特定事項を備えた本件発明9、11と、「平均厚さ」なる特定事項を備えた本件発明10は、特許を受けようとする発明が明確でないとはいえない。
5-3 取消理由として採用しなかった申立理由について
申立人が特許異議申立書に記載した申立理由のうち、申立理由1と3については、取消理由として採用しなかった。その理由は以下(1)、(2)に示すとおりである。
(1) 申立理由1について(サポート要件について)
(1-1)本件発明が解決しようとする課題
ア 本件特許明細書には、本件発明が解決しようとする課題について、そのための欄を設けて、明示的に記載した箇所はない。そこで、本願特許明細書の記載に基づいて、本件発明が解決しようとする課題について検討する。
本件特許明細書には、次の記載がある(なお、下線は当審が付与した。)。
1ア 「【発明を実施するための形態】
【0008】
図1は、電気エネルギーを選択的に貯蔵、放出する一例のフロー電池20の選択された部分を示す。一例として、フロー電池20は、再生可能エネルギーシステムにおいて生成された電気エネルギーを、以降の電気エネルギーが必要となる時期まで貯蔵することが可能な化学エネルギーに変換するように用いられる。次いでフロー電池20は、例えば配電網に電気エネルギーを供給するように、化学エネルギーを電気エネルギーに変換する。後述するように、フロー電池20は、性能および耐久性の向上のための特徴を有する。」
1イ 「【0017】
フロー電池においては、セルを通る電解液流れの性能とその圧力降下との間にトレードオフが存在する。例えば、流れ場を利用せずに電解液の流れを、カーボンフェルト電極を通して強制的に通流させる(「貫流(flow-through)させる」)フロー電池では、性能は相対的に良好であるが、カーボンフェルトとイオン交換膜への積層圧縮のために、圧力降下は高く(それにより、セルを通して電解液を移動させるためにより多くの入力エネルギーが必要となる)、耐久性は相対的に低くなる。流れ場を利用する(すなわち、「そばを通過させる(flow-by)」フロー電池では、電解液は電極を通して強制的に通流されないため、圧力降下は少ないが、電極を通る対流によってもたらされる質量輸送の増加が大幅には生じないため、性能は相対的に低くなる。
【0018】
フロー電池20は、「混成流(mixed flow)」流れ場とカーボン紙68を利用することにより、圧力降下と性能との有益なバランスを提供する。用語「混成流」とは、「貫流」と、「通過流」と、の組合せを意味する。実施例では、「混成流」は、第1の流れ場板50(および任意選択的に第2の流れ場板52)の流れ場流路54,56の配置を通して達成される。例えば、第2の流れ場流路56は第1の流れ場流路54の下流にあり、その結果、第2の流れ場流路56の電解液22/26は圧力損失により、第1の流れ場流路54の電解液22/26よりも低圧である。その圧力差により、流路54と流路56との間に圧力勾配がもたらされ、それにより電解液22/26の少なくとも一部がリブ58を越えて流路60内を第1の流れ場流路54から第2の流れ場流路56へと流入するように推進される。幾つかの例では、流れ場流路54,56は、圧力勾配をもたらすように、蛇行流路配置、インターディジタル流路配置、および部分的インターディジタル流路配置の流路、またはそれらの組合せの流路である。」
1ウ 「【0019】
カーボン紙68の特性は、性能および耐久性を向上させるように流路54および流路56の「混成流」設計に応じて選択される。例えば、カーボン紙68は、0.8MPaの圧縮応力で所定の20%未満の圧縮ひずみを有し、60~85%の範囲の非圧縮孔隙率、および150~400μmの範囲の厚さ(t)を有する。応力-ひずみの応答が線形であるという条件で、圧縮ひずみの代わりにヤングの圧縮率を規定してもよい。相対的に、フロー電池に通常用いられる炭素フェルトは、相対的に柔軟であり、流路内に侵入して流れを制限し、一貫性の無い性能をもたらしうる。相対的に硬いカーボン紙68は、侵入を低減し、それにより流れの制限を低減させ、性能の一貫性を向上させる。炭素フェルトはまた相対的に厚く、スタックサイズ、およびイオンがイオン交換膜に到達するために移動する必要のある平均距離を増加させる。相対的に薄いカーボン紙68は、スタックサイズ、およびイオン移動の平均距離を低下させる。さらに、カーボン紙68は、フェルトに比べて圧縮が小さく、高い積層圧縮を必要としないため、スタック耐久性が向上する。さらに、炭素フェルトはリブに亘って圧縮され、それにより流速分布を生じさせる一貫性の無い孔隙率を有する。カーボン紙68は相対的に圧縮が小さく、したがってより均一な圧縮と流速分布を提供する。
【0020】
所定の圧縮強度、厚さ(t)、および非圧縮孔隙率により、流路54と流路56との間のリブ58に亘る電解液22または26の混成流の、強制流れコンポーネントが可能となる。例えば、圧縮強度は、20%の圧縮ひずみにおいて0.8MPaよりも大きく、非圧縮孔隙率は65~85体積%であり、厚さは150~400μmである。更なる実施例では、圧縮強度は、10%の圧縮ひずみにおいて0.8MPaよりも大きく、厚さは150~250μmである。」
イ 上記1アの記載によれば、本願発明の1例であるフロー電池20は、性能及び耐久性の向上のための特徴を有するものである。
ウ 上記1イの段落【0017】の記載によれば、従来のフロー電池には、次の2つのタイプの電池が存在しており、これら従来のフロー電池においては、セルを通る電解液流れの性能とその圧力降下との間にトレードオフの関係が存在している。
第1のタイプは、「流れ場を利用せずに電解液の流れを、カーボンフェルト電極を通して強制的に通流させる(「貫流(flow-through)させる」)」タイプ(以下「貫流タイプ」という。)であり、「性能は相対的に良好である」が、カーボンフェルトとイオン交換膜への積層圧縮のために、圧力降下は高く」なり、「セルを通して電解液を移動させるためにより多くの入力エネルギーが必要となる」ために、「耐久性は相対的に低くなる」ものである。
第2のタイプは、「流れ場を利用する(すなわち、「そばを通過させる(flow-by)」)」タイプ(以下「通過流タイプ」という。)であり、「電解液は電極を通して強制的に通流され」ず、「圧力降下は少ない」ため、耐久性は相対的に高くなるが、「電極を通る対流によってもたらされる質量輸送の増加が大幅には生じないため、性能は相対的に低くなる」ものである。
エ 以上から、本件発明が解決しようとする課題とは、従来のフロー電池において、貫流タイプは、性能が高くなるが、耐久性は低くなり、通過流タイプは、性能が低くなるが、耐久性は高くなるので、従来のフロー電池において、性能と耐久性を適切にバランスさせることであると認められる。
(1-2)本件発明の課題を解決する手段
ア 本件発明は、上記1イの段落【0018】の記載によれば、電解液の流れを、「貫流」と「通過流」を組合せた「混成流」とすることにより、性能と圧力降下との有益なバランスを提供する、つまり、性能と耐久性をバランスさせることができるものである。具体的には、第1の流れ場板50に、「リブ58」によって離隔された「第1の流れ場流路54」とその下流の「第2の流れ場流路56」を設けると、「第2の流れ場流路56」は「第1の流れ場流路54」よりも低圧になって、圧力勾配がもたらせるので、「電解液22/26の少なくとも一部がリブ58を越えて流路60内を第1の流れ場流路54から第2の流れ場流路56へと流入するように推進される」ようになる。
このような構成を採用することにより、図2に示された流路60も参照すると、「リブ」が存在する箇所では、「電解液」は電極62内のみを流れることになるので、「貫流(flow-through)」となり、また、「リブ」が存在しない箇所では、「電解液」は「第1の流れ場流路54」及び「第2の流れ場流路56」を流れるようになって、「通過流(flow-by)」となるので、本件発明は、「貫流」と「通過流」を組合せた「混成流」となり、その結果、性能と耐久性をバランスさせることができるものである。
イ そして、上記1ウによれば、本件発明は、「リブ」によって離隔された「第1の流れ場流路54」と下流の「第2の流れ場流路56」を設けることによって、「混成流」設計にした上で、「電極62」を構成する「カーボン紙」の特性を選択することにより、性能および耐久性をさらに向上させることができる。具体的には、「カーボン紙」の特性を、例えば、「0.8MPaの圧縮応力で所定の20%未満の圧縮ひずみを有し、60~85%の範囲の非圧縮孔隙率、および150~400μmの範囲の厚さ(t)を有する」ものとすることにより、性能および耐久性をさらに向上させることができるものと認められる。
ウ また、上記1ウによれば、炭素フェルトではなく、カーボン紙を採用することの利点は、カーボン紙は、炭素フェルトに比べて相対的に硬く、相対的に圧縮が小さいため、より均一な圧縮と流速分布を提供することができ、スタック耐久性が向上し、また、炭素フェルトに比べて相対的に薄いため、スタックサイズ、およびイオン移動の平均距離を低下させることができるというものである。
(1-3)サポート要件についての判断
ア 本件発明1は、「第1の流れ場流路と、前記第1の流れ場流路からリブによって離間された第2の流れ場流路と、を含む流れ場板と、前記流れ場板に隣接して配置された電極と、を備え、前記電極は、前記電解液を、該電極内を通して前記第1および第2の流れ場流路の間の前記リブを越えて貫流させるように構成され」るとの特定事項(以下「第1の特定事項」という。)を有しており、本件発明1はこの第1の特定事項を有することによって、上記(1-2)アで検討したように、性能と耐久性を適切にバランスさせることができないという、従来のフロー電池が有していた課題を解決することができるものであるといえる。
したがって、本件発明1には、発明の課題を解決するための手段が反映されているため、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求することとなっているということはできない。
また、本件発明2~9も、引用によって第1の特定事項を有しており、本件発明10~13も第1の特定事項を有しているので、本件発明1と同様に、発明の課題を解決するための手段が反映されているため、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求することとなっているということはできない。
よって、本件発明1~13に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものではない。
イ なお、上記(1-2)イ、ウで検討したように、本件発明1は、第1の特定事項を備えることによって、「混成流」設計とし、性能と耐久性を適切にバランスさせた上で、性能および耐久性をさらに向上させるために、「前記電極が」、「0.8MPaの圧縮応力で20%未満の圧縮ひずみと、60~85体積%の範囲の非圧縮孔隙率と、を画定するカーボン紙を含む」という特定事項を有するものとしているものであり、上記アに記載したとおり、第1の特定事項を備えたものとすることにより、本件特許に係る発明の課題を既に解決しているということができるから、本件特許明細書にカーボン紙の具体例が記載されていないとの理由によって、サポート要件に違反しているということはできない。
(2) 申立理由3について(進歩性について)
(2-1)甲第1号証を主引例とする申立理由3について
(2-1-1)甲第1号証に記載された発明
ア 甲第1号証(特公昭60-35999号公報)には、次の記載がある。
2ア 「本発明でいう多孔性導電体とは、電極体、すなわち電極の構成体が孔隙(または網目)を有し、軟硬を問わない板状またはシート状のものであり、かつ少くとも表面は電子伝導性があるとともに、該孔隙によって平面な板またはシートとして見たみかけの平面積より電解液の接する面積が大きいものであって、この場合の面積の増加は、平板電極と比べた場合の同一条件および同一電位における電解電流の増加、電極面の電気二重層容量の増加によって確認することができる。
本発明では、上記多孔性導電体を電極の構成体(電極体)として使用する。すなわち本発明の電極は、後述の実施例(第1図)に示すように、例えば導電性のカーボンクロスを重ね合わせたものからなる多孔質板状体を電極の構成体とし、該電極1の周辺部分にシリコン系樹脂を塗布し、スペーサー枠2を形成したものである。このように電極を構成し、その一端の流入口から電解液を流入させ、池端の流出口から流出させるとともに、隔膜4を隔てた他の電極との間で電解反応を行わせるものである。
本発明における多孔質電極としては、電子伝導性の多孔質物質や目の細かい絹状物質を重ね合わせたものが好ましく用いられるが、非電子伝導性物質に電子伝導性物質を被覆した多孔質物質なども充分使用することができる。具体的にはカーボンクロス(炭素布)、カーボンペーパー(炭素質)、その他多孔質状の炭素、金属網、多孔質状の焼結金属、その他の多孔質状の金属、または一般の植物性繊維や石綿に金属を非電解めつきしたものなど、さらに上記列挙したものを重ね合せた複合材が好適例としてあげられる。上記の他に活性炭などの炭素粒や金属粒の集合体も好ましい多孔質電極となり得る。一方、多孔質電極に含浸または塗布する樹脂としては、耐蝕性、耐熱性、機械的強度および柔軟性等が優れていれば、天然、合成のいずれを問わない。そしてこの樹脂に電子伝導性があれば、前述のように電解効率を向上させることができる。具体的な構成例としては、銅網や白金めつきしたステンレス鋼線を重ね合わせたものを多孔質電極とし、これらの外周部にポリエチレン樹脂などの熱可塑性樹脂を含浸したもの、カーボンクロスの外周部に貴金属粉や鋼線などを含むケイ素樹脂を塗布したもの、また二枚の銅線の間に多数の銅粒子を充てんし、その外周部にエポキシ系樹脂を充てんしたものがあげられる。」
2イ 「実施例 1
たて10cm、よこ10cmのチタン板、カーボンクロスおよび陽イオン交換膜を用い、第1図に示すような構成法で電解槽を作成した。すなわち第1図において、電解槽は、陽イオン交換膜からなる隔膜4と、この隔腹をはさんで陰極側および陽極側(一方のみ図示)にそれぞれ対称形に積層された、カーボンクロス製のスペーサー兼多孔板1と、チタンからなる基板5とからなる。多孔質電極1の表面の周辺部分2にはシリコン系樹脂が塗布され、スペーサーとしての機能が賦与される。
陽極液(または陰極液)は、基板5の電解液流通孔3Aを通り、その上部の多孔質電極1の溝部から電極面上に流れ、他方の溝部の流通孔から外部または次の電解槽に流される。一方、陰極液(または陽極液)は、流通孔3Bから隔膜4をはさんで対称に設置された多孔質電極(図示せず)の溝部から同様に流入され、排出される。」
2ウ 「実施例 4
基板5として、たて10cm、よこ10cm、厚さ1mmの鉛板に第2図に示すようなコの字形とIの字形の溝6と、液流通孔3を作り、さらにこの鉛板の表面に白金めつきを施した。次に多孔質電極1として約100メッシュの銅網を3枚重ね合わせたものを使用し、そのスペーサー部分2をシリコン系接着剤で充てんした。基板5の裏面には液の流通を規制する凸形が形成されており、この凸形面に、多孔質電極のスペーサー部分2の形に切りぬいたシリコン系ゴムのスペーサーを密着させた。隔膜4としては陽イオン交換膜を用いた。すなわち、この電解槽の構成は、鉛板(凸面)/シリコン系ゴム製スペーサー/隔膜/銅網兼スペーサー/鉛板(凹面)となり、電極反応は鉛板凸面が0.5mol dm-3の硫酸の循環による酸素発生反応、凹面が0.05mol dm-3の第二鉄エチレンジアミン四酢酸の還元反応となるようにした。鉄錯体溶液の供給量を100ml min-1とし、2.0Aの定電流電解を行った。その結果、電流効率は100%であった。」
2エ 「本発明の電極は、実施例に示したような電解反応に適用されるばかりでなく、逆の反応ではあるが原理的に同様な電池反応に対しても適用することができる。」
2オ 「
」
上記第2図から、最下層の基板には、コの字形の溝6とIの字形の溝6が設けられており、上記Iの字形の溝6の一端に電解液流通孔3が設けられており、上記コの字形の溝6の略中央に孔が設けられていることが見て取れる。 なお、上記最下層の基板には、図示番号が付されていないが、上記2ウに記載された基板5に該当している。
2カ 「図面の簡単な説明
第1図および第2図は、それぞれ本発明の多孔質電極を用いた電解槽の構成例を示す展開図である。
1……多孔質の液流通型電極、2……多孔質電極の樹脂含浸または塗布部分、3,3A,3B……電解液の流通孔、4……隔膜、5……基板、6……基板上に刻まれた溝。」
イ 上記2ウ、2カの記載によれば、第2図を参照して実施例4として記載された発明は、「電解槽」の発明である。
ウ 上記2ウの記載によれば、実施例4の「電解槽」は、「鉛板(凸面)/シリコン系ゴム製スペーサー/隔膜/銅網兼スペーサー/鉛板(凹面)」の5層構造からなるものである。なお、第2図には、当該5層構造のうち、下半分の「隔膜/銅網兼スペーサー/鉛板(凹面)」の3層構造部分のみが表示されている。
エ 上記2ウの記載によれば、実施例4の「電解槽」のうち、第2図において最下層にあるものは、コの字形とIの字形の溝6と、液流通孔3を備え、表面に白金めつきが施された鉛板からなる基板5であり、上記ウに記載した「鉛板(凹面)」に該当する。なお、第2図の最下層の基板には、その図示番号が付されていないが、基板5であるものと認められる。
オ 上記2ウの記載によれば、実施例4の「電解槽」のうち、第2図において下から2番目にあるものは、約100メッシュの銅網を3枚重ね合わせたものにおいて、そのスペーサー部分2をシリコン系接着剤で充てんした、多孔質電極1であり、上記ウに記載した「銅網兼スペーサー」に該当する。
カ 上記2ウの記載によれば、実施例4の「電解槽」のうち、第2図において下から3番目(最上層)にあるものは、陽イオン交換膜を用いた隔膜4であり、上記ウに記載した「隔膜」に該当する。
キ 上記2ウの「電極反応は…凹面が0.05mol dm-3の第二鉄エチレンジアミン四酢酸の還元反応となるようにした」との記載と、第2図に示された構造から、「隔膜4」と「基板5」に挟まれた領域に供給される液体は「0.05mol dm-3の第二鉄エチレンジアミン四酢酸の鉄錯体溶液」であって、2.0Aの定電流電解を行うことで、還元されるものである。また、上記鉄錯体溶液は、電解槽で使用される溶液であるから、電解液であることは自明である。
ク 上記2ウの「電極反応は鉛板凸面が0.5mol dm-3の硫酸の循環による酸素発生反応」との記載と、第2図に示された構造から、「隔膜4」と不図示の「鉛板(凸面)」に挟まれた領域に供給される電解液は「0.5mol dm-3の硫酸」溶液であって、2.0Aの定電流を供給することで、酸素が発生するものである。
ケ 上記2イの、実施例1の「陽極液(または陰極液)」が「基板5の電解液流通孔3Aを通り、その上部の多孔質電極1の溝部から電極面上に流れ、他方の溝部の流通孔から外部または次の電解槽に流される」との記載を参照すると、基本的な構造が実施例1と共通している実施例2の電解槽における溶液の流れ方は、次のとおりと推定される。すなわち、溶液は、基板5のコの字形の溝6とIの字形の溝6のいずれか一方の溝に設けられた電解液流通孔3を通り、当該一方の溝を介して、その上部の多孔質電極1に流れ、他方の溝を介して、当該他方の溝に設けられた電解液流通孔3から外部に流されるものと推定される。
ここで、第2図において、コの字形の溝6の略中央に設けられた孔には図示番号が付与されていないが、上記電解液の流れ方を参照すると、コの字形の溝6の略中央に設けられた孔も電解液流通孔3であるものと認められる。
コ 以上、上記2ア~2カの記載事項と、上記イ~ケの検討事項に基づき、実施例4の「電解槽」に注目して、本件発明1の記載ぶりに則して整理すると、甲第1号証には以下に示す「電解槽」の発明が記載されていると認められる(以下「引用発明1」という。)。
「第二鉄エチレンジアミン四酢酸の鉄錯体溶液からなる電解液と、
離間した、コの字形の溝6及びIの字形の溝6と、液流通孔3、3を備え、表面に白金めつきが施された鉛板からなる基板5と、
前記基板5に隣接して配置された、銅網を3枚重ね合わせたものにおいて、そのスペーサー部分2をシリコン系接着剤で充てんした、多孔質電極1と、
を備え、
前記多孔質電極1は、前記鉄錯体溶液からなる電解液を、前記コの字形の溝6とIの字形の溝6のいずれか一方の溝に設けられた電解液流通孔3を通り、当該一方の溝を介して、その上部の多孔質電極1に流れ、他方の溝を介して、当該他方の溝に設けられた電解液流通孔3から外部に流れるように構成される、
電解槽。」
(2-1-2)本件発明1と引用発明1との対比
引用発明1と本件発明1を対比する。
ア 引用発明1の「第二鉄エチレンジアミン四酢酸の鉄錯体溶液からなる電解液」と本件発明1の「電気化学的活性種を含む電解液」は、いずれも、「電解液」の点で共通している。
イ 引用発明1の「コの字形の溝6及びIの字形の溝6」からなる2つの流路と、本件発明1の「第1の流れ場流路」と「第2の流れ場流路」は、いずれも、電解液が流れる溝を提供するという点で共通しているから、引用発明1の「コの字形の溝6及びIの字形の溝6」からなる2つの流路は、本件発明1の「第1の流れ場流路」と「第2の流れ場流路」に相当する。また、引用発明1の「コの字形の溝6及びIの字形の溝6」の間の基板部分は、本件発明1の「リブ」に相当する。
ウ 上記イの検討に基づけば、引用発明1の「離間した、コの字形の溝6及びIの字形の溝6」を備えた「基板5」は、本件発明1の「第1の流れ場流路と、前記第1の流れ場流路からリブによって離間された第2の流れ場流路と、を含む流れ場板」に相当する。
エ 本件発明1の「カーボン紙」は「60~85体積%の範囲の非圧縮孔隙率」を有するものであるから、多孔質であるといえる。したがって、引用発明1の「多孔質電極1」と本件発明1の「カーボン紙を含む」「電極」は、いずれも、「多孔質の電極」の点で共通している。
オ 引用発明1の「前記多孔質電極1は、前記鉄錯体溶液を、前記コの字形の溝6とIの字形の溝6のいずれか一方の溝に設けられた電解液流通孔3を通り、当該一方の溝を介して、その上部の多孔質電極1に流れ、他方の溝を介して、当該他方の溝に設けられた電解液流通孔3から外部に流れるように構成される」ことは、本件発明1の「前記電極は、前記電解液を、該電極内を通して前記第1および第2の流れ場流路の間の前記リブを越えて貫流させるように構成され」ることに相当する。
カ 引用発明1の「電解槽」と本件発明1の「フロー電池」は、いずれも、電気化学反応を利用する「電気化学セル」である点で共通している。
以上、本件発明1と引用発明1を対比すると、一致点と相違点は次のとおりとなる。
≪一致点≫
電解液と、
第1の流れ場流路と、前記第1の流れ場流路からリブによって離間された第2の流れ場流路と、を含む流れ場板と、
前記流れ場板に隣接して配置された多孔質の電極と、
を備え、
前記電極は、前記電解液を、該電極内を通して前記第1および第2の流れ場流路の間の前記リブを越えて貫流させるように構成された
電気化学セル。
≪相違点≫
≪相違点1≫
「電解液」が、本件発明1では「電気化学的活性種を含む」のに対して、引用発明1では「第二鉄エチレンジアミン四酢酸の鉄錯体溶液」である点。
≪相違点2≫
「多孔質の電極」が、本件発明1では、「前記電解液に対して触媒活性を有し、かつ、0.8MPaの圧縮応力で20%未満の圧縮ひずみと、60~85体積%の範囲の非圧縮孔隙率と、を画定するカーボン紙を含む」ものであるのに対して、引用発明1では、「銅網を3枚重ね合わせたものにおいて、そのスペーサー部分2をシリコン系接着剤で充てんした」ものである点。
≪相違点3≫
「電気化学セル」が、本件発明1では「フロー電池」であるのに対して、引用発明1では「電解槽」である点。
(2-1-3)相違点3についての判断
ア 上記(2-1-1)のキ、クの検討に基づけば、引用発明1の認定の基礎となった実施例4の「電解槽」において、2.0Aの電流を供給することによって生じている反応は「電解」反応であるが、この反応がフロー電池(レドックスフロー電池)における充電に該当するかについて検討する(なお、電解槽に外部から電流を供給して電解を行っているので、放電に該当しないことは明らかである)。
フロー電池に含有される電解液は、金属イオンや非金属イオンの活物質イオンを含んでおり、充電及び放電を行うことにより、正極側の活物質イオン及び負極側の活物質イオンには、それぞれ酸化及び還元のいずれかが生じて、イオンの価数が変化するものであることは技術常識である(例えば、甲第2号証のFig.4を参照)。
そこで、この技術常識を踏まえて、上記「電解」反応を見てみると、「隔膜」と「鉛板(凸面)」に挟まれた領域に供給された「0.5mol dm-3の硫酸」溶液で生じている反応は、酸素の発生であって、当該溶液中のイオンの価数の変化を伴う反応ではない。したがって、このような反応は、フロー電池における充電に該当するということはできない。
なお、発生した上記酸素は、酸素分子となって電解液から放出されることにより、当該電解液中から失われてしまうと推定されるので、電流の供給を止めた場合に、反応の生成物である上記酸素を用いて当該電解槽から電気を取り出すことができないことは明らかである。
よって、上記「電解槽」に電流を供給することによって生じている「電解」反応は、フロー電池における充電に該当するものではなく、また、電流の供給を止めたときに放電が生じることもないから、上記「電解槽」は「フロー電池」として機能しているとはいえない。
したがって、引用発明1の「電解槽」は、「フロー電池」とはいえないから、相違点3は本件発明1と引用1の実質的な相違点である。
イ 次に引用発明1の「電解槽」を「フロー電池」として機能させることが容易であるかについて検討する。
上記2エによれば、本発明の電極は、実施例に示したような電解反応に適用されるばかりでなく、逆の反応ではあるが原理的に同様な電池反応に対しても適用することができる、と記載されてはいる。
つまり、当該記載によれば、引用発明1の電極である、「銅網を3枚重ね合わせたものにおいて、そのスペーサー部分2をシリコン系接着剤で充てんした、多孔質電極1」を電池の電極として適用することが示唆されているが、引用発明1の上記電極を具体的にどのようなタイプの電池の電極として適用するかについては、具体的な記載がない。
そこで、示唆された電池がどのような電池であるか検討する。
引用発明1は「電解槽」の発明であって、当該電解槽に電気を流すことにより、酸素が発生する電解反応が生じているが、このような反応は水の電気分解であるものと認められ、それゆえ、反対側の電極では水素が発生しているものと推定される。
そして、このような電解反応の逆反応は、酸素と水素から電気を発生する反応となるが、そのような反応を利用する電池は一般に燃料電池といわれている電池であって、フロー電池ではない。
したがって、仮に、甲第1号証に記載された上記示唆に基づいて、引用発明1の電解槽に用いられる電極を電池の電極として用いることができたとしても、その電池は燃料電池であって、フロー電池ではない。
よって、引用発明1において、その電極を電解反応の逆反応が生じる電池の電極として用いることができたとしても、そのことによって引用発明1の「電解槽」を「フロー電池」とすることが、当業者が容易になし得ることであるとはいえない。
(2-1-4)相違点1についての判断
上記(2-1-3)で検討したように、引用発明1において、その電極を電解反応の逆反応が生じる電池の電極として用いた場合には、その電池は燃料電池となるものと推定されるところ、燃料電池において電気化学的活性種を含む電解液を使用しないことは技術常識である。
したがって、引用発明1において、その電極を電池の電極として用いることに伴って、「第二鉄エチレンジアミン四酢酸の鉄錯体溶液からなる電解液」に代えて「電気化学的活性種を含む電解液」とすることが、当業者にとって容易になし得ることであるとはいえない。
(2-1-5)相違点2についての判断
ア 甲第1号証の上記2アの記載によれば、多孔性導電体として、金属網以外に、カーボンペーパーが利用可能であることが示されている。したがって、引用発明1において、銅網を3枚重ね合わせたものに代えて、カーボンペーパーすなわちカーボン紙を採用することは当業者が容易になし得ることであるといえる。
しかしながら、引用文献1には、カーボン紙として、「0.8MPaの圧縮応力で20%未満の圧縮ひずみと、60~85体積%の範囲の非圧縮孔隙率と、を画定する」ものを採用することについては記載も示唆もされていない。
したがって、引用文献1の記載に基づいて、本件発明1とすることが当業者が容易になし得ることであるとはいえない。
イ 甲第3号証に、固体高分子型燃料電池における拡散媒体としての「0.8MPaの圧縮応力で13%未満の圧縮ひずみを示す0.19mm厚のカーボン紙」が記載されているとしても、放電(発電)を行う固体高分子型燃料電池と、放電(発電)を行わない電解槽では、技術分野が全く異なるので、引用発明1において「銅網を3枚重ね合わせたもの」に代えて採用された「カーボン紙」として、甲第3号証に記載されたカーボン紙を採用する動機があるとはいえない。
また、仮に何らかの動機があったとしても、引用発明1において、甲第3号証に記載の事項を採用するためには、引用発明1において、銅網を3枚重ね合わせたものに代えて、カーボンペーパーすなわちカーボン紙を採用した上で、さらに、当該カーボン紙として甲第3号証に記載のものを採用することが必要となるが、上記「引用発明1において、銅網を3枚重ね合わせたものに代えて、カーボンペーパーすなわちカーボン紙を採用したもの」は、前記(2-1-1)コに照らし明らかなように、甲第1号証に記載された発明ではないので、引用発明1において、甲第3号証に記載の事項を採用することによって、相違点2に係る発明特定事項に到達することは、刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易になし得ることであるとはいえない。
(2-1-6)判断のまとめ
以上、検討したとおり、本件発明1は、引用発明1と相違点1~3の点で相違しており、また、甲第1号証及び甲第3号証の記載に基づいて、上記相違点1~3に係る本件発明1の特定事項とすることが容易であるとはいえないから、本件発明1に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではない。
また、請求項1を引用することによって、本件発明1の特定事項の全てをその特定事項として備える、本件発明2~9についても、本件発明1と同様の理由によって、甲第1号証及び甲第3号証の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないから、本件発明2~9に係る特許も、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではない。
また、カーボン紙について、その平均厚さが150~400μmであり、非圧縮孔隙率が65~85体積%であることが特定された点のみにおいて、本件特許1と相違する本件特許10についても、本件発明1と同様の理由によって、甲第1号証及び甲第3号証の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないから、本件発明10に係る特許も、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではない。
また、請求項10を引用することによって、本件発明10の特定事項の全てをその特定事項として備える、本件発明11~13についても、本件発明10と同様の理由によって、甲第1号証及び甲第3号証の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないから、本件発明11~13に係る特許も、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではない。
(2-2)甲第2号証を主引例とする申立理由3について
ア 申立人は、甲第2号証から「甲2発明」を認定するにあたり、RFB(レドックスフローバッテリー)セルが記載されたFig.3に基づいて、「第1の溝と、第2の溝と、第1の溝と第2の溝との間の溝が形成されていない部分とを有している陽極フローチャネル」が記載されていると判断した上で、「甲2発明」が「多孔質電極は、多孔質電極内を通して前第1の溝と第2の溝との間の溝が設けられていない部分を超えて貫流させるように構成され」るとの特定事項を有していると主張している。
イ しかしながら、甲第2号証のFig.3の陽極フローチャネルに注目すると、当該陽極フローチャネルに形成された溝は、ジグザグ状に配置された一本の溝であって、複数の溝ではない。特許異議申立書の第33頁に日本語訳を付した図3においては、陰極フローチャネルに設けられた一本の溝の異なる箇所を指し示して、それぞれ「第1の溝」及び「第2の溝」と名付けているが、これら第1及び第2の溝は一体に形成されているため、各溝における電解液の圧力はほぼ同じ値であるものと推定される。したがって、第1の溝と第2の溝との間に圧力勾配はほぼ存在しないと考えられるから、甲第2号証のFig.3に記載されたRFBセル、すなわちフロー電池について、「多孔質電極は、多孔質電極内を通して前第1の溝と第2の溝との間の溝が設けられていない部分を超えて貫流させるように構成され」るものであるということはできない。
ウ したがって、本件発明1と 甲第2号証のFig.3に記載されたRFBセルを対比すると、少なくとも、「第1の流れ場流路と、前記第1の流れ場流路からリブによって離間された第2の流れ場流路と、を含む流れ場板」及び「前記電極は、前記電解液を、該電極内を通して前記第1および第2の流れ場流路の間の前記リブを越えて貫流させるように構成され」る点について相違している(以下「相違点4」という。)。
エ そして、甲第3号証には、上記相違点4に係る本件発明1の特定事項について開示する記載は発見できない。
また、甲第1号証の第2図には、上記(2-1-1)エで検討したように、「電解槽」を構成する「離間した、コの字形の溝6及びIの字形の溝6と、液流通孔3を備え、表面に白金めつきが施された鉛板からなる基板5」が記載されているが、溝の形状をコの字形とIの字形にする技術的意義が不明であり、技術的意義が不明であるコの字形とIの字形に溝を設けた基板であって、充放電を行わない「電解槽」の基板5を、充放電を行う「RFBセル」の陽極フローチャネルとして採用する動機付けが見出せない。
オ 以上の検討から、本件発明1は、甲第2号証に記載された発明と、甲第1号証及び甲第3号証の記載とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないから、本件発明1に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではない。
また、請求項1を引用することによって、本件発明1の特定事項の全てをその特定事項として備える、本件発明2~9についても、本件発明1と同様の理由によって、甲第2号証に記載された発明と、甲第1号証及び甲第3号証の記載とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないから、本件発明2~9に係る特許も、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではない。
さらに、カーボン紙について、その平均厚さが150~400μmであり、非圧縮孔隙率が65~85体積%であることが特定された点のみにおいて、本件特許1と相違する本件特許10についても、本件発明1と同様の理由によって、甲第2号証に記載された発明と、甲第1号証及び甲第3号証の記載とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないから、本件発明10に係る特許も、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではない。
また、請求項10を引用することによって、本件発明10の特定事項の全てをその特定事項として備える、本件発明11~13についても、本件発明10と同様の理由によって、甲第2号証に記載された発明と、甲第1号証及び甲第3号証の記載とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないから、本件発明11~13に係る特許も、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではない。
6 むすび
以上のとおり、本件特許の請求項7に係る発明は明確ではないから、その特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
また、本件特許の請求項1~6、8~13に係る発明については、平成28年10月21日付け及び同年 3月 6日付け取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、それらの特許を取り消すことはできない。
さらに、他に本件請求項1~6、8~13に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
審決本文(J-PlatPat)
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2016-700563