特許異議申立
2024-700693
インクジェット印刷用インク
- 審判番号
- 2024-700693
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2020-099236
- 登録番号
- 7425971
- 請求日
- 2024年07月23日
- 審決日
- 2025年06月02日
- 公報発行日
- 2025年09月26日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】株式会社レゾナック
- 【権利者代理人】長谷川 芳樹
- 【権利者代理人】須藤 康洋
- 【権利者代理人】清水 義憲
- 【権利者代理人】平野 裕之
- 【権利者代理人】中塚 岳
- 【権利者代理人】沖田 英樹
- 【異議申立人】弁理士法人 朝日奈特許事務所
- 審判長/審判官
- 審判長 神谷 健一
- 審判官 関根 洋之
- 審判官 宮澤 浩
- 分類
- P1651.113-YAA(C09D) / P1651.121-YAA(C09D) / P1651.536-YAA(C09D) / P1651.537-YAA(C09D) / P1651.851-YAA(C09D)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第113条、特許法第29条、特許法第36条、特許法第120条の5第2項、特許法第120条の5第9項、特許法第126条第5項、特許法第126条第6項、特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第6項第2号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7425971号発明「インクジェット印刷用インク」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7425971号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~9〕について訂正することを認める。
特許第7425971号の請求項〔1~9〕に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7425971号の請求項1~9に係る特許についての出願は、令和2年6月8日に出願され、令和6年1月24日にその特許権の設定登録がされ、同年2月1日に特許掲載公報が発行された。その特許についての特許異議申立人(以下「申立人」という。)による本件特許異議の申立ての経緯の概要は、次のとおりである。
令和 6年 7月23日 特許異議の申立て
令和 6年10月25日付け 取消理由の通知
令和 6年12月20日 特許権者からの意見書の提出
令和 7年 1月31日付け 取消理由<決定の予告>の通知
令和 7年 4月 4日 訂正請求書(この訂正請求書による訂正
の請求を、以下「本件訂正請求」とい
う。)及び特許権者からの意見書の提出
令和 7年 5月 8日 申立人からの意見書の提出
第2 本件訂正請求
1 訂正の趣旨
本件訂正請求の趣旨は、特許第7425971号の特許請求の範囲を本訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1~9について訂正することを求める、というものである。
2 訂正の内容
本件訂正請求により特許権者が求める訂正の内容は、次のとおりである。なお、訂正箇所に下線を付した。
特許請求の範囲の請求項1に、
「前記エポキシ樹脂の含有量が5~30質量部である、
インクジェット印刷用インク。」
とあるのを、
「前記エポキシ樹脂の含有量が5~30質量部であり、
粘度が7.0mPa・s以上11.0mPa・s以下である、
インクジェット印刷用インク。」
と訂正する。請求項1の記載を引用する請求項2~9についても同様に訂正する。
本件訂正請求による訂正前の請求項1~9について、請求項2~9は請求項1の記載を引用するものであって、本件訂正請求によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。
したがって、本件訂正請求による訂正は、一群の請求項1~9に対して請求されたものである。
3 訂正の適否
(1)訂正の目的
本件訂正請求による訂正は、特許請求の範囲の請求項1に記載の「インク」について、「粘度が7.0mPa・s以上11.0mPa・s以下」であるとの要件を付加するものである。本件訂正請求による訂正は、「インク」の範囲を限定するものといえるから、本件訂正請求による訂正は、特許法120条の5第2項ただし書1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正に該当する。
請求項1の記載を引用する請求項2~9についても同様である。
(2)新規事項の有無
本件特許明細書の段落【0062】に、次の記載がある。
「【0062】
4.評価
4-1.インクの粘度
インクの粘度を、粘度計(東機産業株式会社製、RE-80L形粘度計、測定温度25℃、回転数20rpm)を使用して測定した。粘度の測定結果から、以下の基準に従って評価した。インクジェットの吐出性の点から、A、B、C、D、Eの順で粘度が良好であることを意味する。
A:粘度8.5m・Pa以上9.5mPa・s以下
B:粘度8.0m・Pa以上8.5mPa・s未満、又は9.5mPa・s超10.0mPa・s以下
C:粘度7.5mPa・s以上8.0mPa・s未満、又は10.0mPa・s超10.5mPa・s以下
D:粘度7.0mPa・s以上7.5mPa・s未満、又は10.5mPa・s超11.0mPa・s以下
E:粘度7.0mPa・s未満、又は11.0mPa・s超」
「粘度が7.0mPa・s以上11.0mPa・s以下」であるという事項は、段落【0062】の記載における、評価A~Dを併せた粘度範囲であることは明らかである。
したがって、本件訂正請求による訂正は、当業者によって、明細書、特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるから、本件訂正請求による訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてした訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項に適合する。
請求項1の記載を引用する請求項2~9についても同様である。
(3)特許請求の範囲の拡張又は変更の有無
前記(1)に記載したとおり、本件訂正請求による訂正は、特許請求の範囲を減縮するものである。
したがって、本件訂正請求による訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第6項に適合するものである。
請求項1の記載を引用する請求項2~9についても同様である。
4 まとめ
以上のとおり、本件訂正請求による訂正は、特許法120条の5第2項ただし書、同条9項において準用する同法126条5項及び6項の規定に適合する。
よって、結論に記載のとおり、特許第7425971号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~9〕について訂正することを認める。
第3 本件特許
特許第7425971号の請求項1~9に係る発明(以下「本件特許発明1」~「本件特許発明9」という。)は、本件訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1~9に記載された事項によって特定されるとおりの、以下のものである。
「【請求項1】
(A)バインダーポリマーと、
(B)ブロックイソシアネートと、
(C)エポキシ樹脂と、
(D)着色剤と、
(E)シランカップリング剤と、
(F)溶剤と、
を含有し、
前記バインダーポリマーがカルボキシル基を有し、
前記バインダーポリマー、前記ブロックイソシアネート及び前記エポキシ樹脂の合計量が100質量部であるときに、前記バインダーポリマーの含有量が60~80質量部で、前記ブロックイソシアネートの含有量が10~35質量部で、前記エポキシ樹脂の含有量が5~30質量部であり、
粘度が7.0mPa・s以上11.0mPa・s以下である、
インクジェット印刷用インク。
【請求項2】
前記ブロックイソシアネートが、ジイソシアネート化合物から誘導されるイソシアヌレート型イソシアネートとブロック剤とから形成されたイソシアヌレート型ブロックイソシアネートを含む、請求項1に記載のインクジェット印刷用インク。
【請求項3】
前記ブロックイソシアネートが、ヘキサメチレンジイソシアネートから誘導されるイソシアヌレート型イソシアネートとブロック剤とから形成されたイソシアヌレート型ブロックイソシアネートを含む、請求項1に記載のインクジェット印刷用インク。
【請求項4】
前記ブロックイソシアネートが、メチルエチルケトオキシム、アセトアルデヒドオキシム及びシクロヘキサノンオキシムから選択される少なくとも1種のブロック剤でブロックされたイソシアネート基を有する化合物を含む、請求項1~3のいずれか一項に記載のインクジェット印刷用インク。
【請求項5】
前記エポキシ樹脂が、脂環又は芳香環を有する化合物を含む、請求項1~4のいずれか一項に記載のインクジェット印刷用インク。
【請求項6】
前記エポキシ樹脂が、ジシクロペンタジエン骨格を有する化合物を含む、請求項1~4のいずれか一項に記載のインクジェット印刷用インク。
【請求項7】
前記着色剤が、平均粒径10~300nmの顔料を含む、請求項1~6のいずれか一項に記載のインクジェット印刷用インク。
【請求項8】
前記シランカップリング剤が、エポキシ基を有する化合物を含む、請求項1~7のいずれか一項に記載のインクジェット印刷用インク。
【請求項9】
前記溶剤が、グリコールエーテル、グリコールエステル及び環状エステルからなる群より選択された少なくとも1種を含む、請求項1~8のいずれか一項に記載のインクジェット印刷用インク。」
第4 取消理由の概要
本件特許発明1~9に対して、令和7年1月31日付けで特許権者に通知した取消しの理由は、次のとおりである。
理由1(サポート要件)
本件特許は、特許請求の範囲の記載が不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものである。
第5 当審の判断
本件特許発明1は、前記第3に記載したとおり、「粘度が7.0mPa・s以上11.0mPa・s以下」であることを要件としている。本件特許の明細書段落【0062】の「インクジェットの吐出性の点から、A、B、C、D、Eの順で粘度が良好であることを意味する。」との記載に基づけば、「粘度が7.0mPa・s以上11.0mPa・s以下」であることにより、インクジェットの吐出性の点から良好であるとはいえない、粘度7.0mPa・s未満、及び、粘度11.0mPa・s超の範囲のインクを含まないものといえる。
そうすると、本件特許発明1は、インクジェット印刷用インクといえる要件を備えたものであり、本件特許の明細書段落【0006】に記載された「非吸収性の被着体表面に対する高い密着性を耐久性試験後にも維持する硬化膜を形成することが可能なインクジェット印刷用インクを提供することにある。」との課題を解決することができるものである。本件特許発明1の記載を引用する本件特許発明2~9についても同様である。
したがって、本件特許の特許請求の範囲の請求項1~9の記載は、特許法36条6項1号に規定する要件を満たしている。
申立人は、令和7年5月8日に提出した意見書において、「コーンロータの形状」によって、「本来であれば課題を解決し得ないような態様に関しても、当該数値範囲内に含め得る」と主張している。
しかし、申立人が新たに提示した甲第8号証には、23~25頁に「7.層流と乱流」と題して、乱流が発生し得ることを説明するとともに、「この範囲での粘度測定は避けて、他の条件で実施することが望ましい。」(24頁右欄3~4行)と記載されている。また、甲第8号証の25頁以降には、「8.1 実際作業に対応した粘度測定」についての記載がある。これらの記載に基づけば、粘度測定を行うにあたり、乱流が発生し得る条件範囲を避けること、実際作業に対応した粘度測定とすることは、当業者が当然考慮することである。そうすると、インクジェット印刷用インクの粘度を測定しようとする当業者は、技術常識に基づいて、インクジェット印刷に対応したずり速度の範囲において、乱流が発生し得る条件を避けるように、市販のロータの中からコーンロータの形状・寸法を選択し、その値を決定すると理解する。また、仮に、選択したコーンロータの形状・寸法によって得られる粘度の値が変動したとしても、直ちに、インクジェット印刷用インクに適用できないものが含まれることになると理解することもできない。
したがって、申立人の上記意見は採用できない。
以上より、本件特許は、特許法113条4号に該当するものでなく、取り消すことはできない。
第6 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由
1 甲第1号証を主たる証拠とする申立ての理由1,2(新規性・進歩性)
申立人は、「申立ての理由1」として、「請求項1-9に記載の発明は、甲第1号証に記載の発明である。」及び「請求項1-9に記載の発明は、甲第1号証を主たる証拠として進歩性がない。」と主張している。
(1)甲第1号証に記載された発明
甲第1号証(以下「甲1」という。他の文献についても同様。)の請求項1の記載を引用する請求項8に記載された発明を引用発明(以下「甲1発明」という。)とする。
(2)本件特許発明1について
ア 対比
本件特許発明1と甲1発明とを対比すると、両者は、
「 (A)バインダーポリマーと、
(B)ブロックイソシアネートと、
(C)エポキシ樹脂と、
(D)着色剤と、
(E)シランカップリング剤と、
(F)溶剤と、
を含有し、
前記バインダーポリマーがカルボキシル基を有する、
インクジェット印刷用インク。」
である点で一致し、以下の点で相違する。
[相違点1-1]
本件特許発明1は、「前記バインダーポリマー、前記ブロックイソシアネート及び前記エポキシ樹脂の合計量が100質量部であるときに、前記バインダーポリマーの含有量が60~80質量部で、前記ブロックイソシアネートの含有量が10~35質量部で、前記エポキシ樹脂の含有量が5~30質量部」であるのに対し、甲1発明は、「(A)バインダーポリマー」、「ブロックイソシアネート」及び「エポキシ樹脂」の含有量を特定していない点。
[相違点1-2]
本件特許発明1は、「粘度が7.0mPa・s以上11.0mPa・s以下」であるのに対し、甲1発明は、粘度を特定していない点。
イ 判断
(ア)新規性について
上記相違点は、いずれも、実質的な相違点である。そうすると、本件特許発明1は、甲1に記載された発明であるということができない。
(イ)進歩性について
事案に鑑みて[相違点1-1]について検討する。
甲1の甲1の段落[0036]には「ブロックイソシアネートの含有量は、バインダーポリマーの質量に対して、40質量%以上、又は60質量%以上であってもよく、500質量%以下、又は300質量%以下であってもよい。ブロックイソシアネートの含有量がこれら範囲内にあると、バインダーポリマーを効率よく硬化できるという効果が得られる。」と記載されており、段落[0038]には「エポキシ樹脂の含有量は、バインダーポリマーの質量に対して、40質量%以上、又は60質量%以上であってもよく、500質量%以下、又は300質量%以下であってもよい。エポキシ樹脂の含有量がこれら範囲内にあると、バインダーポリマーを効率よく硬化できるという効果が得られる。」と記載されており、段落[0039]には、「ブロックイソシアネートとエポキシ樹脂との質量比(ブロックイソシアネート:エポキシ樹脂)は、10:1~1:1、又は5:1~2:1であってもよい。これにより、硬化度と硬化開始温度の調整が容易になるという効果が得られる。」と記載されている。
しかし、甲1の上記記載に基づけば、甲1発明の「(A)バインダーポリマー」、「ブロックイソシアネート」及び「エポキシ樹脂」の合計量が100質量部であるときに、「(A)バインダーポリマー」の含有量が60質量部を超えることはない。そうすると、甲1発明の「(A)バインダーポリマー」、「ブロックイソシアネート」及び「エポキシ樹脂」の含有量を、それぞれ、60~80質量部、10~35質量部、5~30質量部とするには、阻害要因があるといえる。
したがって、甲1発明の「(A)バインダーポリマー」、「ブロックイソシアネート」及び「エポキシ樹脂」を、それぞれ、60~80質量部、10~35質量部、5~30質量部とすることは、当業者が容易になし得たことであるとはいえない。
ウ 申立人の主張について
(ア)新規性について
申立人は、特許異議申立書の33頁21行~34頁4行において、甲1の段落[0036]及び「0039]に記載された数値範囲をもとに、「バインダーポリマー質量部:ブロックイソシアネート質量部:エポキシ樹脂質量部=60:35:60:5:5~65:26:9の比率で配合した場合、ブロックイソシアネートの含有量は、バインダーポリマーの含有量が、60~65質量部、ブロックイソシアネートの含有量が26~35質量部、エポキシ樹脂の含有量が5~9質量部となり、構成要件1Cを具備する。」と主張している。
甲1の段落[0036]には「ブロックイソシアネートの含有量は、バインダーポリマーの質量に対して、40質量%以上、又は60質量%以上であってもよく、500質量%以下、又は300質量%以下であってもよい。ブロックイソシアネートの含有量がこれら範囲内にあると、バインダーポリマーを効率よく硬化できるという効果が得られる。」と記載されており、段落[0039]には、「ブロックイソシアネートとエポキシ樹脂との質量比(ブロックイソシアネート:エポキシ樹脂)は、10:1~1:1、又は5:1~2:1であってもよい。これにより、硬化度と硬化開始温度の調整が容易になるという効果が得られる。」と記載されている。しかしながら、甲1には、「バインダーポリマー質量部:ブロックイソシアネート質量部:エポキシ樹脂質量部=60:35:60:5:5~65:26:9の比率で配合」することについての記載がない。
そうすると、甲1の段落[0036]及び「0039]の記載を参酌したとしても、上記[相違点1-1]が実質的な相違点でないということができない。
(イ)進歩性について
申立人は、特許異議申立書の34頁20行~35頁24行において、「数値範囲の最適化または好適化は、当業者の通常の創作能力の発揮に過ぎない。」と主張している。また、特許異議申立書の35頁25行~37頁最終行において、「甲1発明に、甲7発明に関する技術常識を参照すれば、当業者であれば容易に導くことができる事項である。」と主張している。
しかし、前記イ(イ)に記載したとおり、甲1の段落[0036]、[0038]、「0039]の記載に従えば、甲1発明の「(A)バインダーポリマー」、「ブロックイソシアネート」及び「エポキシ樹脂」の合計量が100質量部であるときに、「(A)バインダーポリマー」の含有量が60質量部を超えることはない。そうすると、甲7号証の記載に接した当業者であっても、甲1発明の「(A)バインダーポリマー」、「ブロックイソシアネート」及び「エポキシ樹脂」を、それぞれ、60~80質量部、10~35質量部、5~30質量部とすることは、当業者が容易になし得たことであるとはいえない。
エ まとめ
以上のとおり、本件特許発明1と甲1発明とは、実質的に相違するから、本件特許発明1は、甲1に記載された発明であるということができない。また、上記[相違点1-1]は当業者が容易になし得たものとはいえないから、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明することができたとはいえない。
したがって、本件特許発明1に係る特許は、特許法29条の規定に違反してされたものではないから、特許法113条2号に該当するものでなく、取り消すことはできない。
(3)本件特許発明2~9について
本件特許発明2~9は、本件特許発明1に限定を付加したものに相当する。本件特許発明2~9と甲2発明とを対比すると、少なくとも上記[相違点1-1]及び[相違点1-2]において相違し、当該相違点は、実質的な相違点である。さらに、上記[相違点1-1]は、既に検討したとおり、当業者が容易になし得たものとはいえないものである。
したがって、本件特許発明2~9も、本件特許発明1と同じ理由により、甲1に記載された発明であるということができず、当業者が容易に発明することができたともいえない。そして、本件特許発明2~9に係る特許は、特許法29条の規定に違反してされたものではないから、特許法113条2号に該当するものでなく、取り消すことはできない。
2 甲第2号証を主たる証拠とする申立ての理由2(進歩性)
申立人は、「申立ての理由2」として、「請求項1-6に記載の発明は、甲第2号証を主たる証拠として進歩性がない。」と主張している。
(1)甲第2号証に記載された発明
甲2の段落【0046】~【0057】に記載された実施例12の硬化性組成物に係る発明を引用発明(以下「甲2発明」という。)とする。
(2)本件特許発明1について
ア 対比
本件特許発明1と甲2発明とを対比すると、両者は、
「 (A)バインダーポリマーと、
(B)ブロックイソシアネートと、
(C)エポキシ樹脂と、
(D)着色剤と、
を含有し、
前記バインダーポリマー、前記ブロックイソシアネート及び前記エポキシ樹脂の合計量が100質量部であるときに、前記バインダーポリマーの含有量が60~80質量部で、前記ブロックイソシアネートの含有量が10~35質量部で、前記エポキシ樹脂の含有量が5~30質量部である、
インクジェット印刷用インク。」
である点で一致し、以下の点で相違する。
[相違点2-1]
本件特許発明1は、「シランカップリング剤」を含有するのに対し、甲2発明は、シランカップリング剤を含有していない点。
[相違点2-2]
本件特許発明1は、「溶剤」を含有するのに対し、甲2発明は、溶剤を含有していない点。
[相違点2-3]
本件特許発明1のバインダーポリマーは「カルボキシル基」を有するのに対し、甲2発明の「DM576」はカルボキシル基を有していない点。
[相違点2-4]
本件特許発明1は「粘度が7.0mPa・s以上11.0mPa・s以下」であるのに対し、甲2発明は、50℃における粘度が「△:50mPa・s超200mPa・s以下。」である点。
イ 判断
事案に鑑みて、[相違点2-3]について検討する。
甲2発明の「DM576」は、「脂肪族6官能ウレタンアクリレートオリゴマー」であって、甲2の請求項1において必須成分とされる「(A)ウレタン(メタ)アクリレート樹脂」にあたる成分である。
一方、甲3の段落【0038】には、硬化型組成物を構成する成分として、「(D)熱硬化成分として特に好ましいのは、カルボキシル基含有化合物及びカルボン酸無水物などである。カルボキシル基含有化合物として公知の多価カルボン酸化合物、カルボン酸含有樹脂が使用できる。具体的には・・・脂肪族ジイソシアネート、分岐脂肪族ジイソシアネート、脂環式ジイソシアネート、芳香族ジイソシアネート等のジイソシアネートと、ジメチロールプロピオン酸、ジメチロールブタン酸等のカルボキシル基含有ジアルコール化合物及びポリカーボネート系ポリオール、ポリエーテル系ポリオール、ポリエステル系ポリオール、ポリオレフィン系ポリオール、アクリル系ポリオール、ビスフェノールA系アルキレンオキシド付加体ジオール、フェノール性ヒドロキシル基及びアルコール性ヒドロキシル基を有する化合物等のジオール化合物の重付加反応によるカルボキシル基含有ウレタン樹脂、・・・、ポリカーボネート系ポリオール、ポリエーテル系ポリオール、ポリエステル系ポリオール、ポリオレフィン系ポリオール、アクリル系ポリオール、ビスフェノールA系アルキレンオキシド付加体ジオール、フェノール性ヒドロキシル基及びアルコール性ヒドロキシル基を有する化合物等のジオール化合物の重付加反応によるウレタン樹脂の末端に酸無水物を反応させてなる末端カルボキシル基含有ウレタン樹脂などが挙げられる。」と記載されている。しかしながら、甲3に列挙された樹脂は、(メタ)アクリレート基を有するものでなく、甲2における「(A)ウレタン(メタ)アクリレート樹脂とは、複数のウレタン結合と、複数の(メタ)アクリロイル基とを有する化合物である。」(段落【0015】)との要件を満たすものではない。
そうすると、当業者が、甲2発明の「脂肪族6官能ウレタンアクリレートオリゴマー」である「DM576」の代わりに、甲3に列挙されるカルボキシル基を含有するウレタン樹脂を採用することを検討することが容易になし得たということはできない。
ウ 申立人の主張について
申立人は、特許異議申立書の40頁23~27行において、「当業者は、甲2発明において、適宜甲3発明を組み合わせる動機を充分に見出し得る。・・・甲2発明において、「バインダー」を、甲3発明における「カルボキシル基含有化合物」に限定または置き換えること・・・は、当業者にとって容易である。」と主張している。また、申立人は、令和7年5月8日に提出した意見書の5頁18行~6頁6行において、「たとえば6官能ある末端アクリル基のうちのわずか1つをカルボキシル基に替えたり、主鎖の一部に側鎖としてカルボキシル基を導入したりするような、樹脂のわずかな変成や改質等の検討は、当該樹脂材料分野においては一般によく行われている設計変更に過ぎず、それにより得られる材料は、カルボキシル基を含有するウレタン(メタ)アクリレート樹脂であり、ウレタン(メタ)アクリレート樹脂と共通する作用・機構を有することが自明である。」、「甲2発明において、脂肪族6官能ウレタンアクリレートオリゴマーの代わりに、甲第3号証を参照して、カルボキシル基を含有するウレタン(メタ)アクリレート樹脂を採用することは、甲2発明の趣旨に反することもなく、当業者において容易に想到し得るものである。」と主張している。
しかし、既に述べたとおり、甲3に列挙された樹脂は、(メタ)アクリレート基を有するものでなく、甲2における「(A)ウレタン(メタ)アクリレート樹脂とは、複数のウレタン結合と、複数の(メタ)アクリロイル基とを有する化合物である。」(段落【0015】)との要件を満たすものではない。甲2発明の「DM576」を甲3に列挙されたウレタン樹脂に置き換えた場合、甲2に記載された、課題を解決するための要件を満たさないことになる。そのような改変を行う動機が存在するとはいえない。
したがって、申立人の上記主張は採用できない。
エ まとめ
以上のとおり、上記[相違点2-3]は当業者が容易になし得たものとはいえないから、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲2発明及び甲1~甲3の記載に基づいて当業者が容易に発明することができたといえない。
したがって、本件特許発明1に係る特許は、特許法29条の規定に違反してされたものではないから、特許法113条2号に該当するものでなく、取り消すことはできない。
(3)本件特許発明2~6について
本件特許発明2~9は、本件特許発明1に限定を付加したものに相当する。本件特許発明2~6と甲2発明とを対比すると、少なくとも上記[相違点2-3]において相違し、当該相違点は、既に検討したとおり、当業者が容易になし得たものとはいえないものである。
したがって、本件特許発明2~6も、本件特許発明1と同じ理由により、当業者が容易に発明することができたとはいえない。そして、本件特許発明2~6に係る特許は、特許法29条の規定に違反してされたものではないから、特許法113条2号に該当するものでなく、取り消すことはできない。
3 甲第3号証を主たる証拠とする申立ての理由2(進歩性)
申立人は、「申立ての理由2」として、「請求項1-6に記載の発明は、甲第3号証を主たる証拠として進歩性がない。」と主張している。
(1)甲第3号証に記載された発明
甲3の請求項2に記載された発明を引用発明(以下「甲3発明」という。)とする。
(2)本件特許発明1について
ア 対比
本件特許発明1と甲3発明とを対比すると、両者は、
「組成物。」
である点で共通し、以下の点で相違する。
[相違点3-1]
本件特許発明1は「インクジェット印刷用インク」であるのに対し、甲3発明は「硬化型組成物」である点。
[相違点3-2]
本件特許発明1は、「カルボキシル基」を有する「(A)バインダーポリマー」と、「(B)ブロックイソシアネート」と、「(C)エポキシ樹脂」とを含有し、「前記バインダーポリマー、前記ブロックイソシアネート及び前記エポキシ樹脂の合計量が100質量部であるときに、前記バインダーポリマーの含有量が60~80質量部で、前記ブロックイソシアネートの含有量が10~35質量部で、前記エポキシ樹脂の含有量が5~30質量部」であるのに対し、甲3発明は、甲3発明は、「(D)熱硬化成分((B)エポキシ基を有する(メタ)アクリレート化合物を除く)」を含むものの、バインダーポリマーを含んでおらず、含有量を特定していない点。
[相違点3-3]
本件特許発明1は、「(D)着色剤」を含有するのに対し、甲3発明は、着色剤を含んでいない点。
[相違点3-4]
本件特許発明1は、「(E)シランカップリング剤」を含有するのに対し、甲3発明は、シランカップリング剤を含んでいない点。
[相違点3-5]
本件特許発明1は、「(F)溶剤」を含有するのに対し、甲3発明は、溶剤を含んでいない点。
[相違点3-6]
本件特許発明1は、「粘度が7.0mPa・s以上11.0mPa・s以下」であるのに対し、甲3発明は、粘度を特定していない点。
イ 判断
事案に鑑みて、上記[相違点3-2]について検討する。
甲3の段落【0038】には、以下の記載がある。
「[(D)熱硬化成分]
本発明の硬化型組成物には、(D)熱硬化成分((B)エポキシ基を有する(メタ)アクリレート化合物を除く)を加えることにより密着性や耐熱性が向上することが期待できる。本発明に用いられる熱硬化成分としては、メラミン樹脂、ベンゾグアナミン樹脂、メラミン誘導体、ベンゾグアナミン誘導体等のアミノ樹脂、ブロックイソシアネート化合物、シクロカーボネート化合物、環状(チオ)エーテル基を有する熱硬化成分、ビスマレイミド、カルボジイミド樹脂等の公知の熱硬化性樹脂が使用できる。また、密着性や耐熱性がより向上することより、エポキシ基と反応しうる官能基を少なくとも2つ有する化合物が好ましい。エポキシ基と反応しうる官能基とはカルボキシル基、アミノ基、水酸基、チオール基などが挙げられる。(D)熱硬化成分として特に好ましいのは、カルボキシル基含有化合物及びカルボン酸無水物などである。カルボキシル基含有化合物として公知の多価カルボン酸化合物、カルボン酸含有樹脂が使用できる。具体的にはシュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、フマル酸、マレイン酸、フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、4-シクロヘキセン-1,2-ジカルボン酸、トリメリット酸、1,2,3,4-ブタンテトラカルボン酸、(メタ)アクリル酸等の不飽和カルボン酸と、スチレン、α-メチルスチレン、炭素原子数1~5の低級アルキル(メタ)アクリレート、イソブチレン等の不飽和基含有化合物との共重合により得られるカルボン酸樹脂、脂肪族ジイソシアネート、分岐脂肪族ジイソシアネート、脂環式ジイソシアネート、芳香族ジイソシアネート等のジイソシアネートと、ジメチロールプロピオン酸、ジメチロールブタン酸等のカルボキシル基含有ジアルコール化合物及びポリカーボネート系ポリオール、ポリエーテル系ポリオール、ポリエステル系ポリオール、ポリオレフィン系ポリオール、アクリル系ポリオール、ビスフェノールA系アルキレンオキシド付加体ジオール、フェノール性ヒドロキシル基及びアルコール性ヒドロキシル基を有する化合物等のジオール化合物の重付加反応によるカルボキシル基含有ウレタン樹脂、脂肪族ジイソシアネート、分岐脂肪族ジイソシアネート、脂環式ジイソシアネート、芳香族ジイソシアネート等のジイソシアネート化合物と、ポリカーボネート系ポリオール、ポリエーテル系ポリオール、ポリエステル系ポリオール、ポリオレフィン系ポリオール、アクリル系ポリオール、ビスフェノールA系アルキレンオキシド付加体ジオール、フェノール性ヒドロキシル基及びアルコール性ヒドロキシル基を有する化合物等のジオール化合物の重付加反応によるウレタン樹脂の末端に酸無水物を反応させてなる末端カルボキシル基含有ウレタン樹脂などが挙げられる。」
しかし、上記段落【0038】や、段落【0039】~【0052】には、「バインダーポリマー」と「ブロックイソシアネート」と「エポキシ樹脂」との3種類の成分を組み合わせて用いることについて、何ら記載がない。そうすると、甲3発明の組成物において、「カルボキシル基」を有する「バインダーポリマー」と「ブロックイソシアネート」と「エポキシ樹脂」との3種類の成分を組み合わせて用い、さらに、これらの含有量を特定の範囲とする動機付けがあるということができない。
そうすると、当業者が、甲3発明の「(D)熱効果成分((B)エポキシ基を有する(メタ)アクリレート化合物を除く)」を、「カルボキシル基」を有する「バインダーポリマー」と「ブロックイソシアネート」と「エポキシ樹脂」との3種類の成分を組み合わせて用いることとし、さらに、これらの含有量を、それぞれ、60~80質量部、10~35質量部、5~30質量部とすることは、当業者が容易になし得たことであるとはいえない。
ウ 申立人の主張について
申立人は、特許異議申立書の43頁9~13行において、「当業者は、甲3発明において、適宜甲2発明を組み合わせる動機を充分に見出し得る。・・・甲3発明において、ブロックイソシアネートとバインダーポリマーとエポキシ樹脂とが所定の含有量となるよう設計変更を行うことにより、構成要件1Cを具備させることは、当業者にとって容易である。」と主張している。
しかし、甲3発明と甲2発明との技術分野や解決すべき課題が、仮に共通していたとしても、甲3発明は、そもそも、「バインダーポリマー」と「ブロックイソシアネート」と「エポキシ樹脂」との3種類の成分を組み合わせて用いるものではなく、甲2の掲げる課題解決手段や実施例の構成成分と大きく相違している。そして、仮に、甲2の実施例1~実施例15の中から、実施例12の組成を選択し、採用する動機付けがあったとしても、甲2発明の「DM576」は、前記2(2)アの[相違点2-3]に記載したとおり、カルボキシル基を有していない。そうすると、組み合わせたとしても、本件特許発明1の上記[相違点3-2]に係る構成に至るとはいえない。
したがって、申立人の上記主張は採用できない。
エ まとめ
以上のとおり、上記[相違点3-2]は当業者が容易になし得たものとはいえないから、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲3発明及び甲1~甲3の記載に基づいて当業者が容易に発明することができたといえない。
したがって、本件特許発明1に係る特許は、特許法29条の規定に違反してされたものではないから、特許法113条2号に該当するものでなく、取り消すことはできない。
(3)本件特許発明2~6について
本件特許発明2~9は、本件特許発明1に限定を付加したものに相当する。本件特許発明2~6と甲3発明とを対比すると、少なくとも上記[相違点3-2]において相違し、当該相違点は、既に検討したとおり、当業者が容易になし得たものとはいえないものである。
したがって、本件特許発明2~6も、本件特許発明1と同じ理由により、当業者が容易に発明することができたとはいえない。そして、本件特許発明2~6に係る特許は、特許法29条の規定に違反してされたものではないから、特許法113条2号に該当するものでなく、取り消すことはできない。
4 申立ての理由3(実施可能要件)
申立人は、「申立ての理由3」として、「請求項1-9に記載の発明は、発明の詳細な説明に基づいて実施可能でない。」と主張している。
(1)当審の判断
本件特許発明1~9は、いずれも「インクジェット印刷用インク」に関する発明であって、前記第3に記載したとおりのものであるところ、「粘度が7.0mPa・s以上11.0mPa・s以下」であるとする要件以外については、「インクジェット印刷用インク」に含有される成分及びその含有量が特定されている。また、本件特許の明細書には、各成分についての説明がなされている。そうすると、当業者は、これらの記載に従い、特定された成分を特定された含有量の範囲内含有するように混合すれば実施できるといえる。また、粘度についても、溶剤と各成分の含有量が粘度に影響を与えることは技術常識であり、インクの粘度を特定の粘度範囲となるように調整するにあたっては、溶媒等の量を変更し、その粘度を確認すれば足りるのであるから、過度の試行錯誤を要するということもできない。
したがって、本件特許の明細書の記載は、当業者が、本件特許発明1~9を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものである。
(2)申立人の主張について
申立人は、特許異議申立書の58頁3~6行において、「発明特定事項に数値範囲が限定される発明は、当業者が発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識を考慮して、当該適正な数値範囲や設定条件を当業者が理解できるように記載されていない場合、実施可能要件違反に該当する。」と主張する。しかし、物の発明について実施可能要件を充足するか否かについては、当業者が、明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を製造し、使用することができる程度の記載があるか否かによるというべきであるから、上記主張は申立人独自の見解であって、採用することができない。
また、申立人は、令和7年5月8日に提出した意見書の3頁22~4頁2行において、「いかなる形状・寸法のコーンロータを用いて粘度を測定すればよいか定かではなく、もし仮に、種々のコーンロータを用いて粘度を測定したとしても、得られた粘度の測定値はバラバラとなる。その中には、同じ測定対象物であっても、本件訂正発明1の粘度の数値範囲に含まれるものもあれば、含まれないものも当然、現れ得る。」とし、「当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等をせざるを得ないし、そのような過度の試行錯誤等を行ったとしても、本件訂正発明1を実施できるとは言えない。」と主張している。しかし、コーンロータの形状・寸法が特定されていないとしても、市販のロータの中から適宜選択すれば良いものであって、過度の試行錯誤や複雑高度な実験等を要するとはいえない。また、申立人が新たに提示した甲第8号証には、23~25頁に「7.層流と乱流」と題して、乱流が発生し得ることを説明するとともに、「この範囲での粘度測定は避けて、他の条件で実施することが望ましい。」と記載されている。また、前記第5に記載したとおり、粘度測定を行うにあたり、乱流が発生し得る条件範囲を避けること、実際作業に対応した粘度測定とすることは、当業者が当然考慮することである。そうすると、インクジェット印刷に対応したずり速度の範囲において、乱流が発生し得る条件を避けるように、市販のロータの中からコーンロータの形状・寸法を選択することは、当業者にとって自明であるといえる。
以上のとおりであるから、申立人の主張は、いずれも採用することができない。
(3)まとめ
以上のとおり、本件特許の明細書の記載は、当業者が、本件特許発明1~9を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものであるから、本件特許発明1~9に係る特許は、特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものとはいえない。
5 申立ての理由4(サポート要件)
申立人は、「申立ての理由4」として、「請求項1-9に記載の発明は、発明の詳細な説明に開示の範囲を超えている。」と主張している。
(1)当審の判断
前記第5に記載したとおり、本件特許発明1~9は、本件特許の明細書段落【0006】に記載された「非吸収性の被着体表面に対する高い密着性を耐久性試験後にも維持する硬化膜を形成することが可能なインクジェット印刷用インクを提供することにある。」との課題を解決することができるものであるから、特許法36条6項1号に規定する要件を満たしている。
(2)申立人の主張について
ア 申立人は、特許異議申立書の58頁下から2行~59頁2行において、「バインダー種が相違すれば、密着性の評価結果に差異が生じることは、技術常識である。」とし、「表2の評価結果は、密着性の適正な数値範囲を示す根拠にはなっておらず、当該発明の密着性の課題を解決できる根拠とはいえない。」と主張している。
しかし、本件特許発明1が含有する「(A)バインダーポリマー」は、その文言からみて、「バインダー」としての機能を有するものに限定されている。そうすると、本件特許発明1において、申立人がいうところの「バインダーポリマー種」が特定されていないとしても、本件特許発明1に係るインクジェット印刷用インクは、「(A)バインダーポリマー」の含有量に応じた密着性を奏するものといえる。
したがって、申立人の上記主張は採用できない。
イ 申立人は、特許異議申立書の59頁3~9行において、「各成分の含有量の数値を限定するには、その数値に臨界的意義が求められる。」とし、「表2の評価結果は、密着性の適正な数値範囲を示す根拠にはなっておらず、当該発明の密着性の課題を解決できる根拠とはいえない。」と主張している。
しかし、特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり、臨界的意義の有無は、明細書に記載された発明の解釈や、課題解決の可否の判断に必ずしも影響を与えるものではない。そして、前記第5においてすでに述べたとおり、本件特許発明1~9は、本件特許の明細書に掲げた課題を解決することができるものである。
したがって、申立人の上記主張は採用できない。
ウ 申立人は、特許異議申立書の59頁17~21行において、「比較例1では、密着性の評価をする前に、すでに問題が生じている蓋然性が高く、各々の実施例と比較するには不適切である例であるといえる。」とし、「表2の評価結果は、密着性の適正な数値範囲を示す根拠にはなっておらず、当該発明の密着性の課題を解決できる根拠とはいえない。」と主張している。
しかし、実施例において、本件特許発明1~9に係る効果は確認されており、既に述べたとおり、当業者が課題を解決することができると認識できるものである。仮に、比較例が不適切なものであったとしても、本件特許発明1~9と比較例との効果の差を適切に判断できないことに留まるものであり、本件特許発明1~9が課題を解決できないものであることの根拠とすることができない。
したがって、申立人の上記主張は採用できない。
(3)まとめ
以上のとおり、本件特許発明1~9は、発明の詳細な説明に記載したものであるから、本件特許発明1~9に係る特許は、特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものとはいえない。
6 明確性要件違反
申立人は、令和7年5月8日の意見書において、訂正請求がなされた結果、「コーンロータの種類によって粘度の値が変動し得る本件訂正発明1は、発明の範囲が明確でなく、特許法第36条第6項第2号に適合しない」とし、本件特許発明1~9は取り消されるべきであると主張しているので、申立人の当該主張について検討する。
申立人が新たに提示した甲第8号証の記載に基づけば、前記5(2)に記載したとおり、インクジェット印刷に対応したずり速度の範囲において、乱流が発生し得る条件を避けるように、市販のロータの中からコーンロータの形状・寸法を選択することは、当業者にとって自明であるといえる。そうすると、測定の結果得られる粘度の値に大きな差異が生じるとは考えがたい。したがって、本件特許発明1において特定される粘度の数値範囲が、第三者に対して不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとまではいえない。また、本件特許発明1の記載を引用する本件特許発明2~9についても同様である。
したがって、本件特許発明1~9は、明確であるから、本件特許発明1~9に係る特許は、特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものとはいえない。
第7 むすび
以上のとおり、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、本件特許発明1~9に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許発明1~9に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
審決本文(J-PlatPat)
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2024-700693