特許異議申立
2023-701130
方向性電磁鋼板及びその製造方法
- 審判番号
- 2023-701130
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2020-563302
- 登録番号
- 7265186
- 請求日
- 2023年10月23日
- 審決日
- 2024年03月22日
- 公報発行日
- 2024年04月26日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】日本製鉄株式会社
- 【権利者代理人】棚井 澄雄
- 【権利者代理人】寺本 光生
- 【権利者代理人】勝俣 智夫
- 【権利者代理人】山口 洋
- 【異議申立人】郡司 靖一
- 審判長/審判官
- 審判長 池渕 立
- 審判官 山口 大志
- 審判官 佐藤 陽一
- 分類
- P1652.537-Y (C23C)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条第6項第1号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7265186号発明「方向性電磁鋼板及びその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7265186号の請求項1に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許7265186号(以下、「本件特許」という。)の請求項1に係る特許についての出願は、2019年(令和 1年)12月24日(優先権主張 平成30年12月28日)を国際出願日とする特願2020-563302号(以下、「本願」という。)であって、令和 5年 4月18日にその特許権の設定登録がなされ、同年 4月26日に特許掲載公報が発行されたものであり、その後、同年10月23日に、その請求項1に係る特許に対して、特許異議申立人である郡司靖一(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。
第2 本件特許発明
本件特許の請求項1~2に係る発明(以下、これらを「本件特許発明1」、「本件特許発明2」という。また、これらをまとめて「本件特許発明」という。)は、本件特許の願書に添付された特許請求の範囲の請求項1~2に記載された、次の事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
母鋼板と、
前記母鋼板の表面上に配されたフォルステライト系の一次被膜と、
前記一次被膜の表面上に配された、クロムを含まないリン酸塩系の張力付与被膜と、を備える方向性電磁鋼板であって、
前記フォルステライト系の一次被膜中の質量%でのTi含有量及びS含有量をそれぞれXTiおよびXSと表し、
前記Ti含有量と前記S含有量との比であるXTi/XSが下記式(1)を満たし、
前記Ti含有量および前記S含有量の和であるXTi+XSが下記式(2)を満たし、
歪導入型磁区制御を施されたことを特徴とする方向性電磁鋼板。
式(1) 0.50≦XTi/XS≦10.00
式(2) XTi+XS≧0.30質量%
【請求項2】
請求項1に記載の方向性電磁鋼板の製造方法であって、
スラブを加熱した後、前記スラブに熱間圧延を施すことで、熱延鋼板を得る熱間圧延工程と、
前記熱延鋼板に熱延板焼鈍を施すことで、焼鈍鋼板を得る熱延板焼鈍工程と、
前記焼鈍鋼板に冷間圧延を施すことで、冷延鋼板を得る冷間圧延工程と、
前記冷延鋼板に脱炭焼鈍を施すことで脱炭焼鈍鋼板を得る脱炭焼鈍工程と、
前記脱炭焼鈍鋼板の表面に、焼鈍分離剤を塗布して加熱することで、フォルステライト系の一次被膜を形成して、仕上げ焼鈍鋼板を得る仕上げ焼鈍工程と、
前記仕上げ焼鈍鋼板の表面に、コーティング液を塗布して焼き付けることにより、クロムを含まないリン酸塩系の張力付与被膜を形成する張力付与被膜形成工程と、
前記クロムを含まないリン酸塩系の張力付与被膜を形成した鋼板に、歪導入型磁区制御を施す磁区制御工程と、
を備え、
前記焼鈍分離剤は、MgOを主体とし、前記焼鈍分離剤中のMgO100質量部に対し、Ti含有化合物をTiO2換算で1.0質量部以上15.0質量部以下、及びS含有化合物をCaS換算で0.20質量部以上10.0質量部以下含み、
前記コーティング液は、リン酸アルミニウム、リン酸マグネシウム、リン酸ニッケル、リン酸コバルトおよびリン酸バリウムからなる群のうち2種以上を含む混合物を含み、固形分換算での前記混合物100質量部に対し、コロイド状シリカを40~70質量部含み、任意でリン酸を2~50質量部含み、かつ、クロムを含まない
ことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。」
第3 特許異議申立理由の概要
申立人は、次の甲第1号証~甲第11号証(以下、それぞれ「甲1」~「甲11」という。)を提出し、以下の特許異議申立理由を主張している。
(証拠方法)
甲1:特許5026414号公報
甲2:特許5130488号公報
甲3:特許4276547号公報
甲4:特許6205710号公報
甲5:特開2012-52232号公報
甲6:特開2015-4090号公報
甲7:国際公開第2017/130980号
甲8:特公昭58-5968号公報
甲9:特公平7-72300号公報
甲10:特開2007-308770号公報
甲11:特開昭63-166932号公報
1 申立理由1(サポート要件)
(1)本件特許の請求項1に係る発明は、母鋼板の化学組成について何ら特定されておらず、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えており、本件特許の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に適合しないものであるから、同請求項に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
(2)本件特許の請求項1に係る発明は、磁区制御方法について何ら特定されておらず、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えており、本件特許の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に適合しないものであるから、同請求項に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
第4 当審の判断
1 上記申立理由1(1)(2)はいずれも採用できない。その理由は以下のとおりである。
(1)本件特許発明の解決しようとする課題は、本件特許の願書に添付された明細書(以下、「本件明細書」という。)の記載によれば、「クロムを含まない張力付与被膜を有し、かつ、歪導入型磁区制御を施すことにより、鉄損を効果的に低減させた方向性電磁鋼板、及び、当該方向性電磁鋼板を製造するための好適な方法を提供すること」(【0026】)であると認められる。
(2)そして、本件明細書には次の記載がある(「・・・」は記載の省略を表し、下線は当審が付した。)。
ア「【0030】
本発明者らは、クロムを含まないリン酸塩系の張力付与被膜を有する方向性電磁鋼板に歪導入型磁区制御を適用するにも関わらず、フォルステライト系の一次被膜が所望量のTiおよびSを含有する場合には、鉄損低減の効果が向上することを見出した。
【0031】
クロムを含まないリン酸塩系の張力付与被膜を有する方向性電磁鋼板に歪導入型磁区制御を施す場合であっても、フォルステライト系の一次被膜中に含まれるTiおよびSの含有量を適切に調節することにより鉄損低減の効果が向上する理由については、以下のように推測される。
クロムを含むリン酸塩系の張力付与被膜を有する方向性電磁鋼板に対し、歪導入型磁区制御を施す場合には、張力付与被膜中のクロムが、レーザ照射又は電子ビーム加熱等が鋼板中に歪みを残存させる作用を効果的に発現させることができると考えられる。これに対し、クロムを含まないリン酸塩系の張力付与被膜を有する方向性電磁鋼板に対し歪導入型磁区制御を施す場合には、レーザ照射又は電子ビーム加熱等が鋼板中に歪みを残存させる作用が、十分に発現しないと考えられる。
【0032】
一方、母鋼板上にクロムを含まないリン酸塩系の張力付与被膜を設ける場合に、その張力付与被膜の下層のフォルステライト系の一次被膜中に、適正な量のTi及びSを含有させることにより、TiおよびSが、レーザ照射又は電子ビーム加熱等が鋼板中に歪みを残存させる作用を効果的に発現させることができると考えられる。」
イ「【0045】
[フォルステライト系の一次被膜]
フォルステライト系の一次被膜(単に一次被膜と記載する場合がある)は、上述の母鋼板の表面上(片面または両面)に配される。一次被膜は、フォルステライト(Mg2SiO4)を主体とする。本実施形態においては、一次被膜はTi及びSを含む。また、他の成分として、一次被膜は、B、C、N、Cr、MnおよびFeなどを含んでいてもよい。
・・・
【0048】
本実施形態においては、フォルステライト系の一次被膜中のTi及びSについて、S含有量に対するTi含有量の比(XTi/XS)が下記式(1)を満たし、Ti含有量およびS含有量の和(XTi+XS)が下記式(2)を満たす。
式(1) 0.10≦XTi/XS≦10.00
式(2) XTi+XS≧0.10質量%
【0049】
上述したように、Ti含有量とS含有量との間に上記式(1)及び式(2)の関係が成立する場合には、たとえ張力付与被膜中にクロムが存在しない場合であっても、Ti及びSが、歪導入型磁区制御を施す際に、レーザ照射又は電子ビーム加熱等が鋼板中に歪みを残存させる作用を効果的に発現させることができる。
・・・
【0052】
一次被膜中のTi及びSの含有量は、上記式(1)及び式(2)の関係を満たす限り特に限定されないが、Ti含有量は0.01質量%~2.50質量%としてもよく、S含有量は0.01質量%~1.50質量%としてもよい。一次被膜中のTi含有量は、0.20質量%以上、0.70質量%以上としてもよい。また。一次被膜中のTi含有量は、2.00質量%以下、1.50質量%以下、1.00質量%以下としてもよい。一次被膜中のS含有量は、0.20質量%以上、0.50質量%以上としてもよい。また、一次被膜中のS含有量は、1.20質量%以下、1.00質量%以下としてもよい。
【0053】
一次被膜中のS含有量に対するTi含有量の比(XTi/XS)は、上記式(1)に従って、0.10~10.00に調整される。XTi/XSが0.10未満である場合には、歪導入型磁区制御による鉄損低減効果が十分に得られない場合がある。XTi/XSが10.00を超える場合には、レーザや電子ビームによる歪導入型磁区制御による鉄損改善効果が小さくなることにより、方向性電磁鋼板の鉄損が劣位となる場合がある。XTi/XSは0.50以上であることが好ましく、1.00以上であることがさらに好ましい。また、XTi/XSは5.00以下であることが好ましく、3.00以下であることがより好ましい。
【0054】
一次被膜中のTi含有量およびS含有量の和(XTi+XS)は、上記式(2)に従って、0.10質量%以上に調整される。XTi+XSが0.10質量%未満である場合には、歪導入型磁区制御による鉄損低減効果が十分に得られない場合がある。XTi+XSは、好ましくは0.20質量%以上、0.30質量%以上、0.50質量%以上、1.00質量%以上であることがより好ましい。XTi+XSの上限は特に限定する必要は無いが、好ましいTi含有量およびS含有量との関係から、2.70質量%以下、2.50質量%以下としてもよい。」
(3)上記(2)で摘記した記載事項を考慮すれば、本件特許の請求項1に係る発明は、「張力付与被膜中のクロムが、レーザ照射又は電子ビーム加熱等が鋼板中に歪みを残存させる作用を効果的に発現させる」が、「クロムを含まないリン酸塩系の張力付与被膜を有する方向性電磁鋼板に対し歪導入型磁区制御を施す場合には、レーザ照射又は電子ビーム加熱等が鋼板中に歪みを残存させる作用が、十分に発現しない」(【0031】)と考えられているにもかかわらず、「張力付与被膜の下層のフォルステライト系の一次被膜中に、適正な量のTi及びSを含有させることにより、TiおよびSが、レーザ照射又は電子ビーム加熱等が鋼板中に歪みを残存させる作用を効果的に発現させる」(【0032】)ことができるので、張力付与被膜中にクロムが存在しない場合であっても、「式(1)及び式(2)の関係が成立する場合には」、「Ti及びSが、歪導入型磁区制御を施す際に、レーザ照射又は電子ビーム加熱等が鋼板中に歪みを残存させる作用を効果的に発現させる」(【0049】)ことで、鉄損を効果的に低減すること、すなわち、上記(1)の課題を解決できることが理解できる。
(4)そうすると、「フォルステライト系の一次被膜中の質量%でのTi含有量及びS含有量をそれぞれXTiおよびXSと表し」たとき、「前記Ti含有量と前記S含有量との比であるXTi/XSが」「式(1) 0.50≦XTi/XS≦10.00」「を満たし」、「前記Ti含有量および前記S含有量の和であるXTi+XSが」「式(2) XTi+XS≧0.30質量%」「を満たし」、かつ、「歪導入型磁区制御を施された」ことを発明特定事項として備える、本件特許の請求項1に係る発明は、課題を解決するための手段が反映されており、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えているとはいえない。
2 申立人の主張について
(1)母鋼板の化学組成について
ア 申立人は、特許異議申立書の第4頁8~9行目において、「母鋼板の磁気特性を改善する課題には、母鋼板の化学組成が限定される必要がある」と主張している。
イ しかし、本件特許の請求項1に係る発明は、上記1(3)にて検討したとおり、「張力付与被膜の下層のフォルステライト系の一次被膜中に、適正な量のTi及びSを含有させることにより」、「鋼板中に歪みを残存させる作用を効果的に発現させる」ことで、鉄損を効果的に低減することができるものであって、母鋼板の化学組成が当該磁区制御に係る「作用」に影響を与えるという根拠は見いだせない。したがって、本件特許の請求項1に係る発明について、母鋼板の組成によっては、鉄損を効果的に低減することができないものがあると断言することはできない。
ウ よって、申立人の主張は採用できない。
(2) 磁区制御方法について
ア 申立人は、特許異議申立書の第9頁25行目~第10頁11行目において、以下のとおり主張している。
(ア)「上述の通り、レーザと電子ビームでは、その原理の違いから母鋼板中での歪分布(応力分布)が異なるものである。そうしたところ、本件発明1は一次被膜(フォルステライト被膜)と母鋼板に導入された歪との相互作用によって効果を生じさせるものであり、甲第5~7号証のような技術常識を考慮すれば、レーザ照射では絶縁被膜やフォルステライト被膜が最も熱影響を受けることから本件発明1の効果が奏されることが理解できるが、歪分布がレーザ照射とは異なる電子ビーム照射による磁区制御処理において、本件発明1の効果が奏されるか不明であり、少なくとも本件発明1の式(1)や式(2)のような具体的な関係式が電子ビーム照射においては成立しない蓋然性が高い。」
(イ)「また、歪導入型磁区制御には、レーザ照射や電子ビーム照射以外にも、例えば、押圧によるもの(甲第8号証)、プラズマ炎照射によるもの(甲第9号証)、ショットブラストによるもの(甲第10号証)、高圧水の噴射によるもの(甲第11号証)など種々の手段が知られているが、そのいずれの手段においても本件発明1と同様の一次被膜の成分範囲において本件発明1と同様の効果が得られるかは不明であり、むしろ、歪導入手段により全く異なるものとなると考えるのが妥当である。」
イ しかし、本件特許の請求項1に係る発明は、「張力付与被膜の下層のフォルステライト系の一次被膜中に、適正な量のTi及びSを含有させることにより」、「鋼板中に歪みを残存させる作用を効果的に発現させる」ことで、鉄損を効果的に低減することを目的としたものであるから、鋼板中に歪みを形成することができれば、その手段によらず、一定の効果を奏すると理解するのが相当であり、他の手段で歪導入を行うと一次被膜中のTi及びSによりもたらされる「作用」が消滅すると断言する根拠もない。
したがって、申立人の上記主張(ア)、(イ)はいずれも採用できない。
第5 むすび
以上のとおり、本件特許の請求項1に係る特許は、特許異議申立書に記載された特許異議の申立ての理由によっては取り消すことはできず、また、他に本件特許の請求項1に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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