特許異議申立
2023-700684
液晶ポリエステルマルチフィラメント及びその製造方法
- 審判番号
- 2023-700684
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2021-501987
- 登録番号
- 7214827
- 請求日
- 2023年07月03日
- 審決日
- 2023年11月10日
- 公報発行日
- 2023年12月28日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】株式会社クラレ
- 【権利者代理人】弁理士法人前田特許事務所
- 【異議申立人】東レ 株式会社
- 審判長/審判官
- 審判長 藤原 直欣
- 審判官 金丸 治之
- 審判官 藤井 眞吾
- 分類
- P1651.113-Y (D01F) / P1651.121-Y (D01F)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第1項第3号、特許法第29条第2項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7214827号発明「液晶ポリエステルマルチフィラメント及びその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7214827号の請求項1~6に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7214827号の請求項1~6に係る特許についての出願は、令和2年2月17日(優先権主張 平成31年2月26日)を国際出願日とする出願であって、令和5年1月20日にその特許権の設定登録がされ、同年1月30日に特許掲載公報が発行された。その後、その特許に対し、令和5年7月3日に特許異議申立人東レ株式会社(以下、「申立人」という。)は、その全請求項に対して特許異議の申立てを行った。
第2 本件発明
特許第7214827号の請求項1~6の特許に係る発明(以下「本件発明1」等という。)は、その特許請求の範囲の請求項1~6に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
初期弾性率バラつきが3.0%以下であり、引張強度が18cN/dtex以上であることを特徴とする、液晶ポリエステルマルチフィラメント。
【請求項2】
強度バラつきが3.0%以下であることを特徴とする、請求項1に記載の液晶ポリエステルマルチフィラメント。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の液晶ポリエステルマルチフィラメントを少なくとも一部に用いた高次加工製品。
【請求項4】
液晶ポリエステルマルチフィラメントの紡糸原糸を熱処理する工程を少なくとも含み、
前記熱処理において、前記紡糸原糸を伸長倍率1.001~1.200倍で搬送して処理を行うことを特徴とする、請求項1または請求項2に記載の液晶ポリエステルマルチフィラメントの製造方法。
【請求項5】
前記液晶ポリエステルマルチフィラメントの熱処理前後の強度比が1.5倍以上となることを特徴とする、請求項4に記載の液晶ポリエステルマルチフィラメントの製造方法。
【請求項6】
前記液晶ポリエステルマルチフィラメントをロール・トゥ・ロール方式で搬送しながら熱処理を行うことを特徴とする、請求項4または請求項5に記載の液晶ポリエステルマルチフィラメントの製造方法。」
第3 申立理由の概要
申立人が提出した特許異議申立書(以下、「申立書」という。)に記載した申立ての理由の概要は次のとおりである。
1 申立理由1-1(甲第1号証を引用例とする新規性)
請求項1及び3に係る特許は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し、同条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
2 申立理由1-2(甲第3号証を引用例とする新規性)
請求項1~6に係る特許は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第3号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し、同条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
3 申立理由1-3(甲第4号証を引用例とする新規性)
請求項1~3に係る特許は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第4号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し、同条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
4 申立理由2(甲第3号証及び甲第4号証を引用例とする進歩性)
請求項3に係る特許は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第3号証及び甲第4号証に記載された発明に基づいて、その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
5 証拠方法
甲第1号証:特開2018-40076号公報
甲第2号証:船津義嗣,“実験成績証明書”,東レ株式会社 産業用フィラメント技術部,令和5年6月14日(実験者 稲垣信久、土屋匠平(製糸)、川俣慶洋(評価))
甲第3号証:特開平3-260114号公報
甲第4号証:特開昭63-196716号公報
甲第5号証:植田啓三,“製品紹介 全芳香族ポリエステル繊維「ベクトラン○R(当審注:○の中にRを配した記号を代用。以下同じ。)」”,繊維機械学会誌,日本繊維機械学会,1988年,Vol.41,No.5,p.34-39
以下、甲第1号証等を「甲1」のようにいう。
第4 甲号証の記載について
1 甲1について
(1) 甲1の記載事項
甲1には、以下の記載がある。
「【請求項1】
マルチフィラメントの糸条柔軟指数Xが8.0以下であることを特徴とする液晶ポリエステルマルチフィラメント。」
「【請求項3】
強度が15.0cN/dtex以上である、請求項1または2に記載の液晶ポリエステルマルチフィラメント。」
「【請求項7】
請求項1~5のいずれかに記載の液晶ポリエステルマルチフィラメントからなる高次加工製品。」
「【0077】
かくして得られた本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントは、糸条柔軟指数Xが8.0以下であり、このような形態を有する液晶ポリエステルマルチフィラメントは、糸条が極めて柔軟なため、高次加工におけるパッケージの解除性に優れ、工程通過性を大幅に向上させることができる。このように、マルチフィラメントの形態を制御した、高強度、高弾性、耐熱性、寸法安定性、耐薬品性、低吸湿特性を有する液晶ポリエステルマルチフィラメントは、一般産業資材用途で好適に用いることができる。一般産業資材用途の例としては、ロープ、スリング、漁網、ネット、メッシュ、織物、布帛、シート状物、ベルト、テンションメンバー、土木・建築資材、スポーツ資材、防護資材、ゴム補強資材、各種補強用コード、樹脂強化用繊維材、電気材料、音響材料等が挙げられる。この中でも、ロープ、スリング、テンションメンバー、樹脂強化用繊維材等では、設備が簡易となる点から、一般に縦取りでのパッケージ解舒を実施しており、本発明の柔軟な糸条形態を有する液晶ポリエステルマルチフィラメントは特に好適に使用できる。」
「【0091】
[実施例1]
攪拌翼、留出管を備えた5Lの反応容器にp-ヒドロキシ安息香酸870重量部、4,4’-ジヒドロキシビフェニル327重量部、イソフタル酸157重量部、テレフタル酸292重量部、ヒドロキノン89重量部および無水酢酸1433重量部(フェノール性水酸基合計の1.08当量)を仕込み、窒素ガス雰囲気下で攪拌しながら室温から145℃まで30分で昇温した後、145℃で2時間反応させた。その後、330℃まで4時間で昇温した。重合温度を330℃に保持し、1.5時間で1.0mmHg(133Pa)に減圧し、更に20分間反応を続け、所定トルクに到達したところで重縮合を完了させた。次に反応容器内を1.0kg/cm2(0.1MPa)に加圧し、直径10mmの円形吐出口を1個持つ口金を経由してポリマーをストランド状物に吐出し、カッターによりペレタイズした。
【0092】
この液晶ポリエステルはp-ヒドロキシ安息香酸単位が全体の54mol%、4,4’-ジヒドロキシビフェニル単位が16mol%、イソフタル酸単位が8mol%、テレフタル酸単位が15mol%、ヒドロキノン単位が7mol%からなり、融点は315℃であり、高化式フローテスターを用いて温度330℃、剪断速度1,000/secで測定した溶融粘度が30Pa・secであった。また、Mwは145,000であった。
【0093】
この液晶ポリエステルを用い、120℃で12時間真空乾燥を行い、水分・オリゴマーを除去した。このときの液晶ポリエステルの水分率は50ppmであった。この乾燥した液晶ポリエステルを、単軸のエクストルーダーにて(ヒーター温度290~340℃)溶融押出しし、ギアーポンプで計量しつつ紡糸パックにポリマーを供給した。このときのエクストルーダー出口から紡糸パックまでの紡糸温度は335℃とした。紡糸パックでは濾過精度が15μmの金属不織布フィルターを用いてポリマーを濾過し、孔径0.13mm、ランド長0.26mmの孔を300個有する口金より吐出量100g/分(単孔あたり0.33g/分)でポリマーを吐出した。
【0094】
吐出直後に室温で冷却固化させた液晶ポリエステルマルチフィラメントを、オイリングローラーを用いて油剤(ポリジメチルシロキサン(東レ・ダウコーニング社製「SH200-350cSt」)が5.0重量%の水エマルジョン)を付着させながら75300フィラメントともに600m/分のネルソンローラーで引き取った。このときの紡糸ドラフトは29.3である。また、油剤付着量は1.5重量%であった。ネルソンローラーで引き取ったマルチフィラメントは、そのままダンサーアームを介し羽トラバース型のワインダーを用いてチーズ形状に巻き取った。溶融紡糸での曳糸性は良好であり、総繊度1670dtex、単繊維繊度5.6dtexの液晶ポリエステルマルチフィラメントが、糸切れすることなく安定紡糸でき、4.0kg巻パッケージの紡糸原糸を得た。
【0095】
この紡糸パッケージから繊維を縦方向(繊維周回方向に対し垂直方向)に解舒し、速度を一定とした巻取機((株)神津製作所製SSP-WV8P型プレシジョンワインダー)にて400m/分で巻き返しを行った。なお、巻き返しの芯材にはステンレス製のボビンを用い、巻き返し時の張力は0.005cN/dtex、巻き密度を0.50g/cm3とし、巻量は4.0kgとした。更にパッケージ形状はテーパー角65°のテーパーエンド巻きとした。
【0096】
得られた巻き返しサンプルを、密閉型オーブンを用いて、室温から240℃まで昇温し、240℃にて3時間保持した後、290℃まで昇温し、更に290℃で20時間保持する条件にて固相重合を行った。なお、固相重合における雰囲気は除湿窒素を流量100L/分にて供給し、庫内が加圧にならないよう排気口より排気させた。
【0097】
こうして得られた固相重合パッケージをインバーターモーターにより回転できる送り出し装置に取り付け、繊維を横方向(繊維周回方向)に200m/分で送り出しつつ解舒を行い、湯浅糸道工業製のベアリングローラーガイド(A312030)を糸長が50cmとなる位置に配置し、4方向(4等分割)に屈曲角60°で屈曲させた後に巻取機にて製品パッケージに巻き取った。なお、繊維物性は表1に記載の通りである。実施例1で得られた本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの糸条柔軟指数Xは6.6となり、工程通過性は○であった。」
(2) 甲1に記載された発明
以上より、甲1の課題解決手段といえる請求項1及び請求項1を引用して記載する請求項3から、甲1には、以下の発明(以下「引用発明1」という。)が記載されていると認める。
「マルチフィラメントの糸条柔軟指数Xが8.0以下であり、
強度が15cN/dtex以上である液晶ポリエステルマルチフィラメント。」
2 甲2について
甲2実験成績証明書には、以下の記載がある。
ア 「4. 実験の目的
対象特許(特許第7214827号)の優先日前に公知となっている特開2018-40076 号公報(以下、甲第1号証)の実施例記載の手法に基づき繊維を製造し、対象特許の明細書に記載の方法で初期弾性率バラつき及び引張強度を測定し、初期弾性率バラつき3.0%以下、引張強度18cN/dtex以上となることを確認する。」
イ 「5. 実験内容
(1)製糸条件
甲第1号証の実施例1、すなわち甲第1号証【0091】~【0097】に記載の製造方法をトレースして液晶マルチフィラメントを作製した。製糸条件を次頁表1に示す。表内には引用文献記載の製糸条件も記載している。」
ウ 「
[図:0001404821000001.jpg]
」
エ 「(2)評価(物性測定)条件
JIS L1013 8.5.1に準拠して測定した。詳細は以下の通り。
すなわち、特許第7214827号明細書【0072】~【0077】に記載の方法と基本的に同様であり、異なる点は評価装置のみである。
評価装置:オリエンテック社製“テンシロン”(TENSILON)UCT-100
糸長:200mm
初荷重:0.09cN/dtex
引張速度:100mm/分
測定回数:連続した50mの試料を用意し、1m間隔で計50回の引張試験を実施した。
引張強度算出方法:破断時の応力を総繊度で除した値を引張強度(cN/dtex)とした。
初期弾性率算出方法:破断時の伸び率を伸度(%)とし、伸び率0.25%と1.00%の2点を通る直線の傾きを初期弾性率(cN/dtex)とした
初期弾性率バラつき算出方法:上述の初期弾性率と同じ測定条件及び計算方法で、液晶ポリエステルマルチフィラメントの連続した50mを1サンプルとして50回の測定を行い、50回の各々の初期弾性率の標準偏差(σ2)を、上記50回の初期弾性率の測定値の平均値(A2)で除した商に、100を掛けたものを初期弾性率バラつき(%)とした。」
オ 「6. 実験結果
50回の測定データ並びに各物性の平均値、標準偏差及びバラつきを次頁表2に示すが、初期弾性率バラつきは2.2%、引張強度は23.lcN/dtexであった。このことから対象特許の出願日(2020.2.17)および優先日(2019.2.26)前に公知となっている甲第1号証(公開日2018.3.15)に記載の手法で得られた繊維は対象特許の請求項1に記載された初期弾性率バラつきの範囲(3.0%以下)、引張強度の範囲(18cN/dtex以上)である。」
カ 「
[図:0001404821000002.jpg]
」
3 甲3について
(1) 甲3の記載事項
甲3には、以下の記載がある。
ア「2.特許請求の範囲
実質的に延伸されていない溶融異方性ポリマーよりなる繊維を、該繊維のガラス転移点以上流れ温度以下の温度で、かつ1g/d以上の緊張状態で熱処理することを特徴とする溶融異方性ポリマーからなる高弾性率繊維の製造方法。」(第1頁左下欄第5行~同10行)
イ「産業用資材分野に有益な高強力、高弾性率繊維を提供するものである。」(第1頁左下欄第14行~同第16行)
ウ「[実施例]
p-オキシベンゾイル成分70mol%、及び6オキシ-2ナフトイル成分30mol%の組成から成る芳香族ポリエステルを得た。
このポリマーの流れ温度TMは276℃、対数粘度ηinhは6.20dl/gであった。ηinhの測定は、試料をペンタフルオロフエノールに0.1重量%溶解し(60~80℃)、60℃の恒温槽中で、ウツベローデ型粘度計を用い測定し、
[図:0001404821000003.jpg]
で求めた。
このポリマーを2軸混練型押出機でベントより10Torrに減圧し、持込空気と発生ガスの除却を行つた後、ギヤポンプにて計量130cc/minの吐出量で紡糸頭に導き、サンド層、金属細線からなるフイルター(ナスロン10μ)で濾過したのち315℃で紡糸した。ノズルは、0.1mmφ×400Hで巻取速度は、1000m/minでおこなつた。剪断速度γ(当審注:「γ」の上にドット「・」)は、55.200sec-1である。
このものの繊維性能は、
ヤーンデニール(DR)=1505 dr
強 度(DT)= 11.8 g/d
伸 度( % )= 2.3 %
弾 性 率(YM)= 565 g/d
であつた。
この紡糸原糸をA,B,Cの3つの温度ゾーンからなる熱処理炉を下記の条件で1m/minの速度で連続的に通し熱処理した。
[図:0001404821000004.jpg]
雰囲気は各ゾーンとも窒素中であり、糸張力は、ローラ間に装備したダンサーローラーにより掛けられた。
得られた熱処理糸の物性を下記に示す。
DR=1490 dr
DT= 25.9 g/d
DE= 2.8 %
YM= 801 g/d
弾性率のアツプ率は41.8%であった。
デニールの変動率が0.5%、強度変動率が1.7%と非常に均質性に優れた繊維が得られた。」(第3頁左下欄第11行~第4頁左上欄第15行)
(2) 甲3の記載より明らかな事項
ア 上記(1)イの「p-オキシベンゾイル成分70mol%、及び6オキシ-2ナフトイル成分30mol%の組成から成る芳香族ポリエステル」から、液晶ポリエステルであることは明らかであり、長繊維を紡糸していることより、液晶ポリエステルフィラメントであることは明らかである。
イ 上記(1)イには、熱処理糸の物性として強度(DT)は25.9g/dと記載されているが、25.9g/d=22.9cN/dtexは明らかである。
(3) 甲3に記載された発明
以上より甲3には、以下の発明(以下「引用発明3」という。)が記載されていると認める。
「強度が22.9cN/dtexである液晶ポリエステルフィラメント。」
4 甲4について
(1) 甲4の記載事項
甲4には、以下の記載がある。
ア「2.特許請求の範囲
(1)本質的に下記〔I〕、〔II〕の反復構成単位からなる部分が80重量%以上であるポリマーを溶融し、4,000~100,000sec-1の剪断速度下で吐出し、固化させた後、融点より20℃低い温度以下の温度で切断伸度の20%~90%延伸することを特徴とする高弾性繊維の製造方法
[図:0001404821000005.jpg]
(2)本質的に下記〔I〕、〔II〕の反復構成単位からなる部分が80重量%以上であるポリマーを溶融し、4,000~100,000sec-1の剪断速度下で吐出し、固化させた後、融点より20℃低い温度以下の温度で切断伸度の20%~90%延伸し、その後熱処理することを特徴とする高弾性繊維の製造方法
[図:0001404821000006.jpg]
(3)熱処理が、緊張下での熱処理であることを特徴とする特許請求の範囲第2項記載の高弾性繊維の製造方法
(4)熱処理が、実質的に無緊張下での熱処理であることを特徴とする特許請求の範囲第2項記載の高弾性繊維の製造法」(第1頁左下欄第4行~同右下欄第7行)
イ「〔発明が解決しようとする問題点〕
6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸とp-ヒドロキシ安息香酸のポリエステルは、繊維形成性が非常に良好であり、高強力と高弾性率であり、耐熱性、耐薬品性等優れた性能を有し、製造面と性能面でバランスのとれた優れたスーパー繊維である(特開昭54-77691号公報)。しかし、コンポジット分野、光フアイバー等のテンシヨンメンバーとして使用される分野に於いては、初期弾性率が不足であり、改善が望まれている。ポリマー組成を変更することにより、初期弾性率の改良も可能であるが、紡糸性を著しく低下させたり、物性面の低下を併ない目的とするものが得られなかつた。
従つて本発明の目的は、上記の如き欠点がなく、初期弾性率を著しく向上させる方法を見出すことにある。」(第2頁左上欄第7行~同右上欄第3行)
ウ「実施例1
構成単位〔I〕と〔II〕が7/3である全芳香族ポリエステルポリマーを作成した。このポリマーの性質は
ηinh = 6.0 dg/g
MP = 278℃
であつた。
このポリマーを単軸ベント型押出機より押出し、サンド(ステンレスパウダー)層、金属細線からなるフイルターを通過させたのち、320℃ で紡糸した。ノズルは、0.12φ×300Hである。吐出量167g/分、紡速1000m/分で巻取つた。f=39,000sec-1であり、このものの繊維性能は次のとおりであつた。
ヤーンデニール(DR) 1503dr
強 度 (DT) 13.7g/d
伸 度 (DE) 2.5%
初期弾性率 (IM) 548g/d
Ta 91℃
この紡糸原糸を第1ローラー温度120℃、220℃炉長1mの中空ヒーター、第2ローラーからなる装置で、切断伸度の60%(B=60%;延伸率1.5%)で連続的に延伸処理した。得られた延伸繊維の性能は次のとおりであり、IMは47.8%も向上した。
DR : 1480dr
DT : 14.0g/d
DE : 2.1%
IM : 810g/d」(第3頁右下欄第11行~第4頁左上欄第19行)
エ「実施例9
実施例1で得られた延伸糸を直径20cmのステンレス製のボビンに1.5kgの張力をかけて巻き上げ、内径35cmの外部加熱筒内に入れ、この加熱筒の内部に加熱窒素を流し熱処理した。窒素と加熱筒の温度は同一とし、260℃1時間、270℃から280℃まで3時間、280℃から285℃まで5時間処理した。得られた熱処理糸の特性は次のとおりである。
DR : 1460dr
DT : 25.3g/d
DE : 3.5%
IM : 903g/d
この緊張熱処理により、初期弾性率が再に向上した繊維が得られることがわかる。」(第4頁右下欄11行~第5頁左上欄5行)
(2) 甲4の記載から明らかな事項
ア 上記(1)アの「〔I〕、〔II〕の反復構成単位からなる」及び上記(1)ウの「構成単位〔I〕と〔II〕が7/3である全芳香族ポリエステルポリマーを作成した。」という記載より、甲4記載の高弾性繊維は液晶ポリエステルフィラメントであることは明らかである。
イ 上記(1)エには、熱処理糸の特性として強度(DT)は25.3g/dと記載されているが、25.3g/d=22.4cN/dtexは明らかである。
(3) 甲4に記載された発明
以上より甲4には、以下の発明(以下「引用発明4」という。)が記載されていると認める。
「強度が22.4cN/dtexである液晶ポリエステルフィラメント。」
5 甲5について
甲5には、以下の記載がある(以下「甲5の記載事項」という。)。
ア「ポリマーが液晶を形成するためには,一般に剛直な分子が直線的に結合した構造をなす必要があり,かかる剛直棒状高分子を熱溶融させるためには,分子内の極性の高いポリアミドよりもポリエステルの方が有用であり,事実,現在開発されているTLCPはそのほとんどがポリエステル,特に芳香族ポリエステルである.最も基本的な構造としては,例えばp-ヒドロキシ安息香酸(以下HBAと略す)の自己縮合ポリエステルが考えられるが,このポリマーは分子が剛直に過ぎ融点が分解温度より高く(600℃以上)TLCPを形成しがたい.」(第34頁右欄第13行~同第24行)
イ「一方,ヘキストセラニーズ社では1970年代から,2,6-官能性置換基を導入したナフタレンモノマー,例えば,2,6-ナフタレンジカルボン酸やジオール,あるいは6-ヒドロキシ2-ナフトエ酸(以下HNAと略す)等を一成分とする新規なTLCPについて広汎な研究を行ってきた.それらの中で特にHNAとHBAとからなる全芳香族ポリエステルがエンジエヤリングプラスチックス用樹脂として卓越した諸特性を有することを見出し,「ベクトラ○R」という名前で1984年からポリプラスチックス社と共同で積極的な市場展開を進めている.」(第35頁左欄第22行~同第32行)
ウ「ヘキストラニーズ社は又,「ベクトラ」と同様HNA-HBA系のTLCPからなる画期的な高性能繊維「ベクトラン(Vectran)○R」の開発に成功した.」(第35頁左欄第33行~同右欄第2行)
エ「これらの図表から「ベクトラン」は次の様な特徴を有していることがわかる.
1) 吸水率が非常に低く,乾湿の物性差が小さい.
2) 乾・湿時の寸法安定性に優れている.
3) 耐摩耗性,耐熱老化性等の耐久性に優れている.
4) 耐薬品性(特に耐酸性)が優れている。」(第36頁右欄第21行~同第27行)
第5 当審の判断
1 申立理由1-1(甲第1号証を引用例とする新規性)について
(1) 対比
本件発明1と引用発明1とを対比する。
甲1の段落【0087】の記載より、引用発明1の「強度」は、本件発明1の「引張強度」に相当するから、本件発明1の「引張強度が18cN/dtex以上である」と引用発明1の「強度が15cN/dtex以上である」とは、「引張強度が15cN/dtex以上である」限りにおいて一致する。
以上より、本件発明1と、引用発明は以下の点で一致し、また相違する。
<一致点>
「引張強度が15cN/dtex以上である液晶ポリエステルマルチフィラメント。」
<相違点1-1>
本件発明1では、「初期弾性率バラつきが3.0%以下であ」るのに対して、引用発明1では、初期弾性率バラつきについては不明である点。
<相違点1-2>
本件発明1の引張強度が18cN/dtex以上であるのに対して、引用発明1では引張強度が15cN/dtex以上である点。
(2) 判断
<相違点1-1>について検討する。
申立人は、上記<相違点1-1>に関して、甲2実験成績証明書を鑑みると、甲1に記載の手法で得られた繊維は初期弾性率バラつきが2.2%以下となっており、本件発明1の初期弾性率バラつきの範囲(3.0%以下)となっていると主張しているが(上記第4、2オ)、以下の2つの理由により甲2実験成績証明書において甲1に記載の手法で得られたとされる繊維が、引用発明1の液晶ポリエステルマルチフィラメントであるとは認められず、申立人のかかる主張には理由がない。
ア 理由1(材料の調製について)
甲1の段落【0091】には、製糸の際に用いられる材料の調製について「攪拌翼、留出管を備えた5Lの反応容器にp-ヒドロキシ安息香酸870重量部、4,4’-ジヒドロキシビフェニル327重量部、イソフタル酸157重量部、テレフタル酸292重量部、ヒドロキノン89重量部および無水酢酸1433重量部(フェノール性水酸基合計の1.08当量)を仕込み、窒素ガス雰囲気下で攪拌しながら室温から145℃まで30分で昇温した後、145℃で2時間反応させた。その後、330℃まで4時間で昇温した。重合温度を330℃に保持し、1.5時間で1.0mmHg(133Pa)に減圧し、更に20分間反応を続け、所定トルクに到達したところで重縮合を完了させた。次に反応容器内を1.0kg/cm2(0.1MPa)に加圧し、直径10mmの円形吐出口を1個持つ口金を経由してポリマーをストランド状物に吐出し、カッターによりペレタイズした。」と記載されている。
一方で、甲2では、「甲第1号証の実施例1、すなわち甲第1号証【0091】~【0097】に記載の製造方法をトレースして液晶マルチフィラメントを作製した。」(上記第4、2イ)としているものの、製糸条件を記載したとされる表1(上記第4、2ウ)には、上記材料の調製についての立証はなく、かかる条件等が充足されていたことを確認することができない。
イ 理由2(得られた繊維について)
甲1の段落【0103】には、段落【0091】~【0097】で得られた実施例1の液晶ポリエステルマルチフィラメントの物性が示されており、強度(引張強度)が25.1cN/dtexであることに加えて、伸度2.90%、弾性率641cN/dtex、曲げ抵抗値A11.04cN、糸条柔軟指数X6.6などが記載されており、実施例1に係る繊維が再現されたとするためには、これらの値も立証すべきところ、十分になされていない。この点、特に、強度について検討すると、甲2の表2(上記第4、2カ)には、段落【0091】~【0097】に記載の製造方法をトレースして作成されたとされる液晶マルチフィラメントの物性が記載されているが、このうち引張強度については、平均値が23.1cN/dtexであり、50回の(50箇所の)測定で、最小値20.7cN/dtex(番号21)、最大値24.2cN/dtex(番号1及び番号2)となっている。これらの引張強度の物性から、甲2で作成された液晶マルチフィラメントは、強度(引張強度)が25.1cN/dtexであるとされた甲1の液晶ポリエステルマルチフィラメントとは別異のものであると判断するのが相当と認める。
(3) まとめ
以上により、本件発明1と引用発明1は、上記<相違点1-1>で相違するものである。
よって、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、引用発明1でない。
そして、本件発明1を引用する本件発明3も、引用発明1ではない。
2 申立理由1-2(甲第3号証を引用例とする新規性)について
(1) 対比
本件発明1と引用発明3とを対比する。
引用発明3の強度は、技術常識からして引張強度であることは明らかであるから、引用発明3の「強度」は、本件発明1の「引張強度」に相当する。
そして、本件発明1の「引張強度が18cN/dtex以上」に、引用発明3の「強度が22.9cN/dtexである」は、包含される。
本件発明1の「液晶ポリエステルマルチフィラメント」と引用発明3の「液晶ポリエステルフィラメント」とは、「液晶ポリエステル繊維」である限りにおいて一致する。
以上より、本件発明1と、引用発明3は以下の点で一致し、また相違する。
<一致点>
「引張強度が18cN/dtex以上である液晶ポリエステル繊維。」
<相違点2-1>
本件発明1では、「初期弾性率バラつきが3.0%以下であ」るのに対して、引用発明3では、初期弾性率バラつきについては不明である点。
<相違点2-2>
本件発明1が「液晶ポリエステルマルチフィラメント」であるのに対して、引用発明3では「液晶ポリエステルフィラメント」である点。
(2) 判断
<相違点2-1>について検討する。
申立人は、上記<相違点2-1>について、甲3の液晶ポリエステルフィラメントが、本件発明4、本件発明5及び本件発明6で規定される製造方法で製造されており、本件発明1そのものであるはずと主張しているが、以下の2つの理由により申立人のかかる主張には理由がない。
申立人は、甲3の液晶ポリエステルフィラメントが、本件発明4、本件発明5及び本件発明6で規定される製造方法で製造されている点を主張するが、本件発明4、本件発明5及び本件発明6で規定される製造方法であれば必ず本件発明1の液晶ポリエステルマルチフィラメントを得られるわけではないことは明らかである。段落【0059】には、「ここで、上述のごとく、ボビンに巻き取った繊維パッケージをバッチオーブンで熱処理する公知の固相重合方法では、パッケージの内外層の違いや幅方向の位置の違いから熱処理ムラが生じ、得られる液晶ポリエステルマルチフィラメントの長さ方向において、力学物性のバラつきが発生する。」と、段落【0060】には「そこで、液晶ポリエステルマルチフィラメントの長さ方向にムラの無い熱処理方法を検討したところ、所定の伸長倍率で連続的に搬送しながら、融点以下の温度で、熱処理前後の強度比が一定以上となるように、液晶ポリエステルマルチフィラメントの紡糸原糸を熱処理することで、マルチフィラメントの長さ方向の全ての部分において、熱処理温度や雰囲気置換効率が同一の熱処理となり、得られる液晶ポリエステルマルチフィラメントの力学物性のバラつきが低減されることを見出した。」と記載されているものの、具体的な製造方法については、実施例として、段落【0079】~【0091】に開示されているものである。そして、甲3の製造方法は、当該段落【0079】~【0091】に倣ったものではない。すなわち、甲3の製造方法で、本件発明1の液晶ポリエステルマルチフィラメントが得られるとは断定することはできない。
(3) まとめ
以上により、本件発明1と引用発明3は、上記<相違点2-1>で相違するものである。
よって、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、引用発明3でない。
そして、本件発明1を引用する本件発明2~6も、引用発明3ではない。
3 申立理由1-3(甲第4号証を引用例とする新規性)について
(1) 対比
本件発明1と引用発明4とを対比する。
引用発明4の強度は、技術常識からして引張強度であることは明らかであるから、引用発明4の「強度」は、本件発明1の「引張強度」に相当する。
そして、本件発明1の「引張強度が18cN/dtex以上」に、引用発明4の「強度が22.4cN/dtexである」は、包含される。
本件発明1の「液晶ポリエステルマルチフィラメント」と引用発明4の「液晶ポリエステルフィラメント」とは、「液晶ポリエステル繊維」である限りにおいて一致する。
以上より、本件発明1と、引用発明4は以下の点で一致し、また相違する。
<一致点>
「引張強度が18cN/dtex以上である液晶ポリエステル繊維。」
<相違点3-1>
本件発明1では、「初期弾性率バラつきが3.0%以下であ」るのに対して、引用発明4では、初期弾性率バラつきについては不明である点。
<相違点3-2>
本件発明1が「液晶ポリエステルマルチフィラメント」であるのに対して、引用発明4では「液晶ポリエステルフィラメント」である点。
(2) 判断
<相違点3-1>について検討する。
申立人は、上記<相違点3-1>について、甲4の液晶ポリエステルフィラメントが、本件発明4で規定される製造方法で製造されており、本件発明1そのものであるはずと主張しているが、上記2(2)で説示した内容と同様の理由により申立人のかかる主張には理由がない。
(3) まとめ
以上により、本件発明1と引用発明4は、上記<相違点3-1>で相違するものである。
よって、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、引用発明4でない。
そして、本件発明1を引用する本件発明2~3も、引用発明4ではない。
4 申立理由2(甲第3号証、甲第4号証及び甲5号証を引用例とする進歩性)
(1) 甲3を主引用例とする進歩性について
本件発明1を引用する本件発明3と、引用発明3とを対比すると、上記2(1)で示した<相違点2-1>及び<相違点2-2>で少なくとも相違する。
以下<相違点2-1>について検討する。
「初期弾性率バラつきが3.0%以下であ」ることは、当業者にとって自明な事項ではない。
また、甲4の記載事項及び甲5の記載事項を鑑みても、「初期弾性率バラつきが3.0%以下であ」ることを導出することはできない。
そして、本件発明3は、当該<相違点2-1>に係る発明特定事項を有することにより、品質が安定しており、力学物性利用率が高いコンパクトな高次加工製品を作製することができるマルチフィラメントを提供できるという格別の効果を奏するものである。
よって、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1を引用する本件発明3は、引用発明3並びに甲4の記載事項及び甲5の記載事項に基いて、当業者であれば容易に発明をすることができたものとはいえない。
(2) 甲4を主引用例とする進歩性について
本件発明1を引用する本件発明3と、引用発明4とを対比すると、上記3(1)で示した<相違点3-1>及び<相違点3-2>で少なくとも相違する。
以下<相違点3-1>について検討する。
「初期弾性率バラつきが3.0%以下であ」ることは、当業者にとって自明な事項ではない。
また、甲3の記載事項及び甲5の記載事項を鑑みても、「初期弾性率バラつきが3.0%以下であ」ることを導出することはできない。
そして、本件発明3は、当該<相違点3-1>に係る発明特定事項を有することにより、品質が安定しており、力学物性利用率が高いコンパクトな高次加工製品を作製することができるマルチフィラメントを提供できるという格別の効果を奏するものである。
よって、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1を引用する本件発明3は、引用発明4並びに甲3の記載事項及び甲5の記載事項に基いて、当業者であれば容易に発明をすることができたものとはいえない。
第6 むすび
したがって、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1~6に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1~6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2023-700684