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特許異議申立

2023-700563

詰め物用糸及びこれを用いた詰め物体

審判番号
2023-700563
法域
特許
審判種別
異議申立(異議の決定)
出願番号
特願2019-040817
登録番号
7240207
請求日
2023年05月31日
審決日
2024年11月15日
公報発行日
2025年02月28日
結論
訂正認容
当事者
  • 【権利者】倉敷紡績株式会社
  • 【権利者代理人】弁理士法人池内アンドパートナーズ
  • 【異議申立人】東レ 株式会社
審判長/審判官
  • 審判長 岩谷 一臣
  • 審判官 田口 傑
  • 審判官 稲葉 大紀
分類
P1651.113-YAA(D02G) / P1651.121-YAA(D02G) / P1651.537-YAA(D02G)
条文(本文から自動抽出・参考)
特許法第36条第6項第2号、特許法第120条の5第2項、特許法第29条第1項第3号、特許法第29条第2項
データ出所
審決公報(XML)

事件の表示

特許第7240207号発明「詰め物用糸及びこれを用いた詰め物体」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。

結論

結 論 特許第7240207号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~9〕について訂正することを認める。 特許第7240207号の請求項1~9に係る特許を維持する。

理由

理 由 第1 手続の経緯 特許第7240207号(以下「本件特許」という。)の請求項1~9に係る特許についての出願は、平成31年3月6日を出願日とするものであって、令和5年3月7日に特許権の設定登録がされ、令和5年3月15日に特許掲載公報が発行された。 本件の特許異議の申立てに係る手続の経緯の概要は、次のとおりである。 令和5年 5月31日 :特許異議申立人東レ株式会社(以下「申立人」という。)による請求項1~9に係る特許に対する本件特許異議の申立て 令和5年12月 1日付け:取消理由通知書 令和6年 1月25日 :特許権者による意見書及び訂正請求書の提出 令和6年 2月27日 :令和6年1月25日提出の訂正請求書に対する手続補正書の提出(以下、この手続補正書で補正された訂正請求書による訂正の請求を「本件訂正請求」といい、訂正自体を「本件訂正」という。) 令和6年 4月10日 :申立人による意見書の提出 令和6年 7月30日付け:取消理由通知書(決定の予告) 令和6年 9月30日 :特許権者による意見書の提出 第2 本件訂正請求について 1 本件訂正の内容 本件訂正請求は、「特許第7240207号の明細書、特許請求の範囲を、本訂正請求書に添付した訂正明細書、訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1~9について訂正することを求める。」ものである。 本件訂正の内容は、訂正箇所に下線を付して示すと、次のとおりである。 (1)訂正事項1 特許請求の範囲の請求項1の、 「少なくとも2種類の長繊維A及び長繊維Bで構成される詰め物用糸であって、 前記長繊維Aは前記長繊維Bに比べて相対的に短く、 前記長繊維A及び前記長繊維Bは一体化されており、 前記長繊維Aは、ポリエチレンテレフタレートとポリトリメチレンテレフタレートとのバイコンポーネントコンジュゲート糸からなるストレッチ性を有する伸縮性ヤーンであることを特徴とする詰め物用糸。」を、 「少なくとも2種類の長繊維A及び長繊維Bで構成される詰め物用糸であって、 前記長繊維Aは前記長繊維Bに比べて相対的に短く、 前記長繊維A及び前記長繊維Bは一体化されており、 前記長繊維Aは、ポリエチレンテレフタレートとポリトリメチレンテレフタレートとのバイコンポーネントコンジュゲート糸からなるストレッチ性を有する伸縮性ヤーンであり、 前記伸縮性ヤーンは、伸長回復性を示す最大パワーが2cN/decitex以上、かつ伸縮性を示す最大ストレッチ率が100%を超える伸縮性ヤーンであり、 前記詰め物用糸は、ワンウエイ伸縮性生地、ツーウエイ伸縮性生地、部分的伸縮部を有する生地、ポリウレタン糸を使った伸縮性生地、又はポリエチレンテレフタレートとポリトリメチレンテレフタレートとのバイコンポーネントコンジュゲート糸からなるポリエステル系伸縮性糸を使った伸縮性生地充填用詰め物用糸であることを特徴とする詰め物用糸。」と訂正する。(請求項1の記載を直接又は間接的に引用する請求項2~9も同様に訂正する。) (2)訂正事項2 特許請求の範囲の請求項9の、 「前記側地生地は伸縮性生地である請求項8に記載の詰め物体。」を、 「前記側地生地は、ワンウエイ伸縮性生地、ツーウエイ伸縮性生地、部分的伸縮部を有する生地、ポリウレタン糸を使った伸縮性生地、又はポリエチレンテレフタレートとポリトリメチレンテレフタレートとのバイコンポーネントコンジュゲート糸からなるポリエステル系伸縮性糸を使った伸縮性生地である請求項8に記載の詰め物体。」と訂正する。 (3)訂正事項3 明細書の【0027】の、 「(実施例1) 芯糸として、ポリエチレンテレフタレートとポリトリメチレンテレフタレートとのバイコンポーネントコンジュゲート糸、繊度33decitex、フィラメント数24本を使用し、花糸としてポリエチレンテレフタレート(PET)中空フィラメント糸(中空率35%)、繊度39decitex、フィラメント数12本を使用し、表1に示す条件で詰め物用糸を作製した。得られた詰め物用糸の物性は表2にまとめて示す。以下、潜在捲縮型ストレッチ糸はPTT/PET、33T/24Fと表示し、ポリエチレンテレフタレート(PET)中空フィラメント糸、繊度39decitex、フィラメント数12本はPET中空糸39T/12Fのように表示することもある。」を、 「(実施例1) 芯糸として、ポリエチレンテレフタレートとポリトリメチレンテレフタレートとのバイコンポーネントコンジュゲート糸、繊度33decitex、フィラメント数24本を使用し、花糸としてポリエチレンテレフタレート(PET)中空フィラメント糸(中空率35%)、繊度39decitex、フィラメント数12本を使用し、表1に示す条件で詰め物用糸を作製した。得られた詰め物用糸の物性は表1にまとめて示す。以下、潜在捲縮型ストレッチ糸はPTT/PET、33T/24Fと表示し、ポリエチレンテレフタレート(PET)中空フィラメント糸、繊度39decitex、フィラメント数12本はPET中空糸39T/12Fのように表示することもある。」と訂正する。 (4)訂正事項4 明細書の【0028】の、 「(実施例2) 芯糸としてポリエチレンテレフタレートとポリトリメチレンテレフタレートとのバイコンポーネントコンジュゲート糸、繊度56decitex、フィラメント数24本を使用した以外は実施例1と同様に実施した。得られた詰め物用糸の物性は表2にまとめて示す。」を、 「(実施例2) 芯糸としてポリエチレンテレフタレートとポリトリメチレンテレフタレートとのバイコンポーネントコンジュゲート糸、繊度56decitex、フィラメント数24本を使用した以外は実施例1と同様に実施した。得られた詰め物用糸の物性は表1にまとめて示す。」と訂正する。 (5)一群の請求項 本件訂正前の請求項2~9は直接又は間接的に請求項1を引用するものであるから、訂正後の請求項〔1~9〕は、一群の請求項である。 また、明細書に係る訂正は、一群の請求項〔1~9〕について請求されたものである。 2 訂正の適否 (1)訂正事項1について ア 訂正事項1のうち、「前記伸縮性ヤーンは、伸長回復性を示す最大パワーが2cN/decitex以上、かつ伸縮性を示す最大ストレッチ率が100%を超える伸縮性ヤーンであり、」とする訂正(以下「訂正事項1-1」という。)は、伸縮性ヤーンの物性について限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。 同じく、「前記詰め物用糸は、ワンウエイ伸縮性生地、ツーウエイ伸縮性生地、部分的伸縮部を有する生地、ポリウレタン糸を使った伸縮性生地、又はポリエチレンテレフタレートとポリトリメチレンテレフタレートとのバイコンポーネントコンジュゲート糸からなるポリエステル系伸縮性糸を使った伸縮性生地充填用詰め物用糸である」とする訂正(以下「訂正事項1-2」という。)は、詰め物用糸を充填する生地について限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。 イ 願書に添付した明細書の段落【0012】には、「伸長回復性を示す最大パワーは2cN/decitex以上、かつ伸縮性を示す最大ストレッチ率は100%を超えるものが好ましい。」と記載されており、訂正事項1-1は、本件特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下「本件特許明細書等」という。)に記載された事項の範囲内においてするものである。 また、段落【0022】には、「前記詰め物体を充填する側地生地は、非伸縮性生地でもよいし、伸縮性生地でもよい。」、「伸縮性生地としては、ワンウエイ、ツーウエイ、部分的伸縮部を有する生地などを使用できる。また、伸縮性のある糸、すなわちポリウレタンやポリエチレンテレフタレートとポリトリメチレンテレフタレートとのバイコンポーネントコンジュゲート糸のようなポリエステル系繊維を使った生地も使用できる。」と記載されており、訂正事項1-2は、本件特許明細書等に記載された事項の範囲内においてするものである。 ウ さらに、訂正事項1は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。 (2)訂正事項2について 訂正事項2は、詰め物用糸を充填する側地生地について限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。 訂正事項2は、上記(1)イで述べたように、本件特許明細書等の段落【0022】に記載されており、この訂正は、本件特許明細書等に記載された事項の範囲内においてするものである。 また、訂正事項2は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。 (3)訂正事項3、4について ア 訂正事項3、4は、いずれも明細書の「得られた詰め物用糸の物性は表2にまとめて示す」との記載を、「得られた詰め物用糸の物性は表1にまとめて示す」に訂正するものである。 願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下、「当初明細書等」という。)には、「表2」に該当する表は存在しない。また、段落【0030】の【表1】に、「かさ高性(mm)」、「伸縮伸長率(%)」、「伸縮弾性率(%)」の詰め物用糸の物性が記載されていることから、「得られた詰め物用糸の物性は表2にまとめて示す」との記載は、当初明細書等の記載からみて、誤記であることが明らかである。そうすると、訂正事項3、4の「表2」を「表1」とする訂正は、誤記又は誤訳の訂正を目的とするものに該当する。また、当初明細書等に記載した事項の範囲においてするものである。 イ さらに、訂正事項3、4は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。 3 本件訂正請求についてのまとめ したがって、訂正事項1~4は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第2号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、本件訂正後の請求項〔1~9〕について訂正を認める。 第3 本件特許発明 上記のとおり、本件訂正請求が認められるから、本件特許の請求項1~9に係る発明(以下「本件発明1」等という。)は、それぞれ、本件訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1~9に記載された、次のとおりのものである。 「【請求項1】 少なくとも2種類の長繊維A及び長繊維Bで構成される詰め物用糸であって、 前記長繊維Aは前記長繊維Bに比べて相対的に短く、 前記長繊維A及び前記長繊維Bは一体化されており、 前記長繊維Aは、ポリエチレンテレフタレートとポリトリメチレンテレフタレートとのバイコンポーネントコンジュゲート糸からなるストレッチ性を有する伸縮性ヤーンであり、 前記伸縮性ヤーンは、伸長回復性を示す最大パワーが2cN/decitex以上、かつ伸縮性を示す最大ストレッチ率が100%を超える伸縮性ヤーンであり、 前記詰め物用糸は、ワンウエイ伸縮性生地、ツーウエイ伸縮性生地、部分的伸縮部を有する生地、ポリウレタン糸を使った伸縮性生地、又はポリエチレンテレフタレートとポリトリメチレンテレフタレートとのバイコンポーネントコンジュゲート糸からなるポリエステル系伸縮性糸を使った伸縮性生地充填用詰め物用糸であることを特徴とする詰め物用糸。 【請求項2】 前記長繊維Aは潜在捲縮型ストレッチ糸である請求項1に記載の詰め物用糸。 【請求項3】 前記長繊維Bは、ポリエステル中空糸である請求項1又は2に記載の詰め物用糸。 【請求項4】 前記詰め物用糸の単位長さ当たりの質量は0.01~3g/mの範囲である請求項1~3のいずれかに記載の詰め物用糸。 【請求項5】 前記長繊維Bと前記長繊維Aの重量比は、前記長繊維Bと前記長繊維Aを母数にしたとき、前記長繊維Bの割合は80~99質量%である請求項1~4のいずれかに記載の詰め物用糸。 【請求項6】 前記長繊維A及び前記長繊維Bは、交絡加工、エアージェット加工、巻き付け加工及び前記長繊維Aに対して前記長繊維Bを噴射させる加工から選ばれる少なくとも一つの加工により一体化されている請求項1~5のいずれか1項に記載の詰め物用糸。 【請求項7】 前記詰め物用糸は、樹脂が付与されキュアリングにより固定されている請求項1~6のいずれか1項に記載の詰め物用糸。 【請求項8】 請求項1~7のいずれか1項に記載の詰め物用糸が側地生地に充填されていることを特徴とする詰め物体。 【請求項9】 前記側地生地は、ワンウエイ伸縮性生地、ツーウエイ伸縮性生地、部分的伸縮部を有する生地、ポリウレタン糸を使った伸縮性生地、又はポリエチレンテレフタレートとポリトリメチレンテレフタレートとのバイコンポーネントコンジュゲート糸からなるポリエステル系伸縮性糸を使った伸縮性生地である請求項8に記載の詰め物体。」 第4 取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由について 1 取消理由(決定の予告)の概要 本件特許は、特許請求の範囲の請求項1~9の記載が以下の点で明確でなく、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。 本件発明1の「前記伸縮性ヤーンは、伸長回復性を示す最大パワーは2cN/decitex以上、かつ伸縮性を示す最大ストレッチ率は100%を超える伸縮性ヤーンであり、」との事項は、「伸長回復性を示す最大パワー」、「伸縮性を示す最大ストレッチ率」との物性を示す用語の示す意味が不明であるため、本件発明1及び本件発明1の記載を引用する本件発明2~9は、明確でない。 2 当審の判断 (1)本件特許明細書等の記載 本件特許明細書等には、次の記載がある(下線は当審が付した。)。 ・「【0012】 ・・・。ここで潜在捲縮型ストレッチ糸とは、異なる収縮率を持つ少なくとも2種類のポリマーを複合紡糸したコンジュゲート糸であり、原糸の段階からクリンプ(捲縮)を発現しているが、熱が加わることにより、さらに大きいクリンプ(捲縮)を発現する。一般的に伸長回復性と伸縮性が高い。伸長回復性を示す最大パワーは2cN/decitex以上、かつ伸縮性を示す最大ストレッチ率は100%を超えるものが好ましい。・・・。ポリエチレンテレフタレート(PET)とポリトリメチレンテレフタレート(PTT)とのコンジュゲート糸の伸長回復性を示す最大パワーは約2.5cN/decitex、かつ伸縮性を示す最大ストレッチ率は約110%である。図3に潜在捲縮型ストレッチ糸(PET/PTTコンジュゲート糸)と比較糸の熱水処理後の伸長回復グラフを示す。」 ・「【0026】 以下実施例により、本発明をさらに具体的に説明する。なお本発明は下記の実施例に限定されるものではない。 各物性の測定方法について説明する。 <かさ高性の測定方法> ・・・ <伸縮伸長率> JIS L 1013 B法に従い、測定した <伸縮弾性率> JIS L 1013 B法に従い、測定した。」 ・「表1 [図:0001419310000001.jpg] 」 ・「図3 [図:0001419310000002.jpg] 」 (2)明確性要件についての判断 本件発明1の発明特定事項は、上述第3のとおりであるところ、「ヤーン」は糸を意味することから、「伸縮性ヤーン」は、伸び縮みする性質をもつ糸であると理解できる。また、この「伸縮性ヤーン」は、「ポリエチレンテレフタレートとポリトリメチレンテレフタレートとのバイコンポーネントコンジュゲート糸からなるストレッチ性を有する」ものである。このような伸縮性を有する糸は伸ばした状態から元の長さに回復しようとする力(パワー)を生じ、この回復しようとする力に抗して引っ張る力を増すと糸は伸び、糸を引っ張る力を減らすと元の糸の長さに戻ろうとすることは技術常識であるし、引っ張る力を掛け過ぎて糸を伸ばし過ぎると、縮まなくなったり切れたりして元に回復しなくなることも技術常識である。 このような技術常識を踏まえて、伸縮性を評価する手法が従来より存在しており、特許権者が令和6年9月30日の意見書とともに提出した乙第2号証(「JISハンドブック 繊維」第1版第1刷、財団法人日本規格協会、2000年4月24日、731~739頁)によると、JIS L 1013として、「・・・試料を引っ張り、試料が切断したときの荷重(N)及び伸び(mm)を測定し、次の式によって引張強さ及び伸び率を算出」する試験方法(734頁の「8.5引張強さ及び伸び率」)や、「0.176mN×表示テックス数の荷重をかけて垂下し、30秒後上部クランプから正しく20cm(a)を測って印を付け、次に8.82mN×表示テックス数の荷重をかけて30秒後の試料の長さ(b)を測り、除重後、2分間放置して再び0.176mN×表示テックス数の荷重をかけて30秒後の試料の長さ(c)を測り、次の式によって伸縮伸長率(%)及び伸縮弾性率(%)を算出」する試験方法(737~738頁の「8.11伸縮性」)が記載されている。 そうすると、本件発明1は、このような方法で「伸縮性ヤーン」の伸縮伸長率及び伸縮弾性率を測定しつつ、糸が伸び回復する伸縮性を示す範囲において、糸を引っ張る力の最大値を「伸長回復性を示す最大パワー」と、また、糸を引き伸ばした倍率の最大値を「伸縮性を示す最大ストレッチ率」としていることは、当業者であれば理解できる。 そして、上記理解は、以下に示す本件特許明細書等の記載とも整合する。 図3は「潜在捲縮型ストレッチ糸(PET/PTTコンジュゲート糸)と比較糸の熱水処理後の伸長回復グラフ」(【0012】)であり、横軸がストレッチ率(%)、縦軸がパワー(cN/decitex)として、PET/PTTコンジュゲート糸の他、ウーリーナイロン糸、ウーリーポリエステル糸、ポリウレタン糸のグラフが示されている。 それぞれの糸のグラフは、引張力を増加させた後、減少させた糸の伸び率の軌跡を示しており、その軌跡における右上方向の頂点において、ストレッチ率(%)とパワー(cN/decitex)の最大値を示していることが看て取れる。また、このような軌跡を描くということは、糸が伸び回復する伸縮性を示す範囲をグラフが示しているということが分かる。 この図3の説明において、「ポリエチレンテレフタレート(PET)とポリトリメチレンテレフタレート(PTT)とのコンジュゲート糸の伸長回復性を示す最大パワーは約2.5cN/decitex、かつ伸縮性を示す最大ストレッチ率は約110%である。」(【0012】)と記載されており、これらの伸長回復性を示す最大パワーの値と伸縮性を示す最大ストレッチ率の値は、必ずしも正確ではないものの、図3のPET/PTTコンジュゲート糸のグラフの軌跡における右上方向の頂点から読み取れる値ともおおむね一致している。このことからも、「伸長回復性を示す最大パワー」と「伸縮性を示す最大ストレッチ率」は、それぞれ、糸が伸び回復する伸縮性を示す範囲において、糸を引っ張る力の最大値、糸を引き伸ばした倍率の最大値を意味しているものと理解できる。 (3)申立人の主張について 申立人は、令和6年4月10日の意見書において、「「伸長回復性を示す最大パワー」及び「伸縮性を示す最大ストレッチ率」は周知のものではなく、さらに、その具体的な測定方法あるいは測定条件に関して、訂正前の明細書には一切記載されていないことから、当業者においてもどのような特性なのか理解できない」との主張をしている。 しかし、上述(2)のとおり、技術常識とともに本件明細書等の記載を考慮すれば、その測定方法や特性について、当業者であれば理解できるものであり、当該主張は採用できない。 (4)小括 以上のことから、本件発明1は、本件明細書等の記載を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎とすれば、第三者に不測の不利益を及ぼすほどにその記載が不明確であるということはできない。また、本件発明1の記載を引用する本件発明2~9も同様である。 したがって、本件特許の請求項1~9に係る特許は、特許法第36条第6項第2号の規定に違反してされたものではない。 第5 取消理由(決定の予告)で採用しなかった特許異議申立理由について 1 取消理由通知(決定の予告)に採用しなかった特許異議申立理由の概要 (1)申立理由1(新規性) 本件特許の請求項1~3、6~9に係る発明は、その出願前日本国内または外国において頒布された以下の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。 (2)申立理由2(進歩性) 本件特許の請求項4、5、9に係る発明は、その出願前日本国内または外国において頒布された以下の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 (3)引用刊行物 甲第1号証:特開2017-197858号公報 甲第2号証:特開2012-67430号公報 甲第3号証:特開2017-133138号公報 以下、甲第1号証を「甲1」のようにいう。他も同様である。 2 当審の判断 (1) 引用刊行物の記載事項等 ア 甲1 甲1の請求項1、3、5、【0012】、【0021】、【0049】~【0050】、【0053】、【0057】、【0086】~【0088】、【0091】、【0092】、【0102】、【0103】、図1、図7等を参酌し、特に実施例5に着目すると、甲1には以下の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。 「Aポリマーとして、ポリトリメチレンテレフタレート(3GT:IV=1.2dl/g)とし、Bポリマーとして低粘度ポリエチレンテレフタレート(PET2:IV=0.5dl/g)を準備し、紡糸温度を280℃として、計量し、複合口金が具備された紡糸パックに流入させ、AポリマーとBポリマーからなるサイドバイサイド型複合断面になるように吐出し(複合比:Aポリマー/Bポリマー=50/50)、吐出された糸条に20℃の冷却風を20m/minの流れで吹き付けて冷却固化後、紡糸油剤を付与した後に紡糸速度1500m/minで未延伸糸を巻き取り、巻き取った未延伸糸を90℃と140℃に加熱したローラ間で延伸速度800m/minで3.0倍延伸した複合繊維(単糸繊度3.0dtex)を芯糸とし、 次にポリエチレンテレフタレート(PET3:IV=0.6dl/g)を290℃で溶融後、計量し、紡糸パックに流入させ、3つのスリット(幅0.1mm)が同心円状に配置された中空断面用吐出孔から中空率30%となるように吐出した糸条に20℃の冷却風を30m/minの流れで片側から吹き付けて冷却固化後、紡糸油剤付与し、紡糸速度1500m/minで未延伸糸を巻き取り、巻き取った未延伸糸を90℃と140℃に加熱したローラ間で延伸速度800m/minで3.0倍延伸した中空繊維(単糸繊度6.5dtex)を鞘糸とし、 芯糸と鞘糸を供給ローラ速度50m/min及び1000m/minとして、サクションノズルに供給し、鞘糸からなる大ループを形成した加工糸を50m/minのローラで引き取り、連続してローラを介して該加工糸をチューブヒータに導き、150℃の加熱空気で10秒間熱処理し、嵩高構造糸の形態をセットするとともに、芯糸及び鞘糸に捲縮を発現させた、嵩高構造糸。」 イ 甲2 甲2の【請求項1】、【請求項2】、【0017】、【0024】~【0032】、【0044】~【0059】、図1、2等を参酌し、特に【0024】に着目すると、甲2には以下の事項が記載されていると認められる。 「長繊維で構成される詰め物用交絡糸であって、 前記交絡糸は、芯糸と前記芯糸よりも長い花糸を含み、前記芯糸と花糸は交絡により一体化しており、前記花糸は開繊されてループ状繊維を形成され、 前記詰め物用交絡糸の単位長さ当たりの重量は0.01~3g/mの範囲である詰め物用交絡糸。」 「ループ状繊維(花糸)と芯糸の重量比は、ループ状繊維(花糸)と芯糸を母数にしたとき、ループ状繊維(花糸)の割合は51~99質量%(wt%)の範囲が好ましく、前記範囲であれば、芯糸による固定一体化はしっかりしたものとなり、かつ風合いも良好となること。」 ウ 甲3 甲3の【0014】からみて、甲3には以下の事項が記載されていると認められる。 「前身頃、後身頃及びキルト部を構成する生地は編地であるのが好ましく、編地であると伸びがあり、風合いも良く着心地は良好となること。」 (2)本件発明1について 本件発明1と甲1発明を対比する。 甲1発明の「芯糸」とされる「紡糸油剤を付与した後に紡糸速度1500m/minで未延伸糸を巻き取り、巻き取った未延伸糸を90℃と140℃に加熱したローラ間で延伸速度800m/minで3.0倍延伸した複合繊維(単糸繊度3.0dtex)」及び「鞘糸」とされる「紡糸油剤付与し、紡糸速度1500m/minで未延伸糸を巻き取り、巻き取った未延伸糸を90℃と140℃に加熱したローラ間で延伸速度800m/minで3.0倍延伸した中空繊維(単糸繊度6.5dtex)」は、長繊維といえるものである。 また、甲1発明では「芯糸と鞘糸を供給ローラ速度50m/min及び1000m/minとして、サクションノズルに供給し、鞘糸からなる大ループを形成した加工糸」とすることから、「複合繊維(単糸繊度3.0dtex)」は、「中空繊維(単糸繊度6.5dtex)」に比べて相対的に短く、「複合繊維(単糸繊度3.0dtex)」と「中空繊維(単糸繊度6.5dtex)」は一体化されているといえる。 そうすると、甲1発明の「複合繊維(単糸繊度3.0dtex)」は、本件発明1の「長繊維A」に相当し、甲1発明の「中空繊維(単糸繊度6.5dtex)」は、本件発明1の「長繊維B」に相当する。 また、甲1発明の「Aポリマーとして、ポリトリメチレンテレフタレート(3GT:IV=1.2dl/g)とし、Bポリマーとして低粘度ポリエチレンテレフタレート(PET2:IV=0.5dl/g)を準備し、紡糸温度を280℃として、計量し、複合口金が具備された紡糸パックに流入させ、AポリマーとBポリマーからなるサイドバイサイド型複合断面になるように吐出し(複合比:Aポリマー/Bポリマー=50/50)、吐出された糸条に20℃の冷却風を20m/minの流れで吹き付けて冷却固化」されたものは、本件発明1の「ポリエチレンテレフタレートとポリトリメチレンテレフタレートとのバイコンポーネントコンジュゲート糸」に相当する。 さらに、甲1発明の「紡糸油剤を付与した後に紡糸速度1500m/minで未延伸糸を巻き取り、巻き取った未延伸糸を90℃と140℃に加熱したローラ間で延伸速度800m/minで3.0倍延伸した複合繊維(単糸繊度3.0dtex)」からなる「芯糸」は、「芯糸と鞘糸を供給ローラ速度50m/min及び1000m/minとして、サクションノズルに供給し、鞘糸からなる大ループを形成した加工糸を50m/minのローラで引き取り、連続してローラを介して該加工糸をチューブヒータに導き、150℃の加熱空気で10秒間熱処理し、嵩高構造糸の形態をセットするとともに、芯糸及び鞘糸に捲縮を発現させ」るものであり、ポリトリメチレンテレフタレート(3GT:IV=1.2dl/g)の素材の特性及び捲縮によりストレッチ性を有するものであるといえる。そうすると、甲1発明の「芯糸」は本件発明1の「ストレッチ性を有する伸縮性ヤーン」に相当する。 甲1発明の「嵩高構造糸」と、本件発明1の「詰め物用糸」とは、「糸」の限りで一致する。 そうすると、両者の一致点、相違点は、以下のとおりである。 <一致点> 「少なくとも2種類の長繊維A及び長繊維Bで構成される糸であって、 前記長繊維Aは前記長繊維Bに比べて相対的に短く、 前記長繊維A及び前記長繊維Bは一体化されており、 前記長繊維Aは、ポリエチレンテレフタレートとポリトリメチレンテレフタレートとのバイコンポーネントコンジュゲート糸からなるストレッチ性を有する伸縮性ヤーンである、糸。」 <相違点1> 糸について、本件発明1は、「伸縮性生地としては、ワンウエイ伸縮性生地、ツーウエイ伸縮性生地、部分的伸縮部を有する生地、ポリウレタン糸を使った伸縮性生地、又はポリエチレンテレフタレートとポリトリメチレンテレフタレートとのバイコンポーネントコンジュゲート糸からなるポリエステル系伸縮性糸を使った伸縮性生地充填用詰め物用糸」とされているのに、甲1発明は、用途の特定はなされていない点。 <相違点2> 本件発明1の「前記伸縮性ヤーンは、伸長回復性を示す最大パワーは2cN/decitex以上、かつ伸縮性を示す最大ストレッチ率は100%を超える伸縮性ヤーンであ」るのに対し、 甲1発明の「Aポリマーとして、ポリトリメチレンテレフタレート(3GT:IV=1.2dl/g)」と「Bポリマーとして低粘度ポリエチレンテレフタレート(PET2:IV=0.5dl/g)」の「複合繊維(単糸繊度3.0dtex)」の「伸長回復性を示す最大パワー」と「伸縮性を示す最大ストレッチ率」は特定されていない点。 事案に鑑み、まず、相違点2について検討する。 甲1発明の「Aポリマーとして、ポリトリメチレンテレフタレート(3GT:IV=1.2dl/g)」と「Bポリマーとして低粘度ポリエチレンテレフタレート(PET2:IV=0.5dl/g)」の「複合繊維(単糸繊度3.0dtex)」である「芯糸」について、甲1には、「伸長回復性を示す最大パワー」と「伸縮性を示す最大ストレッチ率」を含め、その物性を示す記載ないし示唆はない。また、甲1発明の「複合繊維(単糸繊度3.0dtex)」がこのような物性を示す蓋然性も認められない。 さらに、甲2、甲3を参照しても、甲1発明の「複合繊維(単糸繊度3.0dtex)」である「芯糸」が、「伸長回復性を示す最大パワーが2cN/decitex以上、かつ伸縮性を示す最大ストレッチ率が100%を超える」ものであることを示す証拠はない。 よって、相違点2は実質的なものであり、相違点1を検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明ではない。 また、甲1に、「複合繊維(単糸繊度3.0dtex)」である「芯糸」に着目して、その伸縮性等の物性を向上させることの記載はないことを鑑みれば、相違点2に係る本件発明1の構成は、甲1発明から容易に想到できたとはいえず、本件発明1は、甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。 (3)本件発明2~9について 本件発明2~9は、本件発明1の発明特定事項を全て備えるものであるところ、上記(1)で述べたように、本件発明1は、甲1発明ではなく、甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもないから、本件発明2~9も同様に、甲1発明ではなく、甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。 第6 むすび 以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議の申立ての理由によっては、請求項1~9に係る特許を取り消すことはできない。 また、他に請求項1~9に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。

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2023-700563

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