特許異議申立
2023-700322
無電解ニッケル-リンめっき浴
- 審判番号
- 2023-700322
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2018-218924
- 登録番号
- 7144048
- 請求日
- 2023年03月29日
- 審決日
- 2024年01月22日
- 公報発行日
- 2024年04月26日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】奥野製薬工業株式会社
- 【権利者代理人】弁理士法人三枝国際特許事務所
- 【異議申立人】平居 博美
- 審判長/審判官
- 審判長 池渕 立
- 審判官 井上 猛
- 審判官 土屋 知久
- 分類
- P1651.113-YAA(C23C) / P1651.121-YAA(C23C) / P1651.536-YAA(C23C) / P1651.537-YAA(C23C)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条、特許法第36条、特許法第120条の8第1項、特許法第120条の5第9項、特許法第120条の5第2項、特許法第113条
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7144048号発明「無電解ニッケル-リンめっき浴」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7144048号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~6〕、7について訂正することを認める。
特許第7144048号の請求項3に係る特許についての本件特許異議の申立てを却下する。
特許第7144048号の請求項1、2、4~7に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7144048号(請求項の数7。以下、「本件特許」という。)は、平成30年11月22日を出願日とする特許出願(特願2018-218924号)に係るものであって、令和4年9月20日に設定登録されたものである(特許掲載公報の発行日は、令和4年9月29日である。)。
その後、令和5年3月29日に、本件特許の請求項1~7に係る特許に対して、特許異議申立人である平居博美(以下、「申立人」という。)により、特許異議の申立てがされた。
本件特許異議の申立てにおける手続の経緯は、以下のとおりである。
令和5年 3月29日提出 特許異議申立書
7月28日付け 取消理由通知書
8月31日提出 意見書、訂正請求書
9月25日付け 通知書(訂正請求があった旨の通知)
10月27日提出 意見書(申立人)
第2 訂正の請求について
1 請求の趣旨及び請求の理由(訂正の内容)
令和5年8月31日提出の訂正請求書による訂正(以下、「本件訂正」という。)の請求は、本件特許の特許請求の範囲を上記訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1~7について訂正することを求めるものであり、その内容は、以下のとおりである。下線は、訂正箇所を示す。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「水溶性ニッケル化合物、次亜リン酸及び次亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種である還元剤、グルタミン酸及びグルタミン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種、並びに亜リン酸及び亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種を50~200g/L含む、無電解ニッケル-リンめっき浴。」と記載されているのを、「水溶性ニッケル化合物、次亜リン酸及び次亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種である還元剤、グルタミン酸及びグルタミン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種、並びに亜リン酸及び亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種を50~200g/L含み、更に、グリシン及びグルコン酸塩を含む、無電解ニッケル-リンめっき浴。」に訂正する(請求項1の記載を直接又は間接的に引用する請求項2及び4~6も同様に訂正する。)。
(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項3を削除する。
(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項4に「請求項3に記載の無電解ニッケル-リンめっき浴」と記載されているのを、「請求項1又は2に記載の無電解ニッケル-リンめっき浴」に訂正する(請求項4の記載を直接又は間接的に引用する請求項5及び6も同様に訂正する。)。
(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項5に「請求項1~4のいずれかに記載の無電解ニッケル-リンめっき浴」と記載されているのを、「請求項1、2及び4のいずれかに記載の無電解ニッケル-リンめっき浴」に訂正する(請求項5の記載を引用する請求項6も同様に訂正する。)。
(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項6に「請求項1~5のいずれかに記載の無電解ニッケル-リンめっき浴」と記載されているのを、「請求項1、2、4及び5のいずれかに記載の無電解ニッケル-リンめっき浴」に訂正する。
(6)訂正事項6
特許請求の範囲の請求項7に「無電解ニッケル-リンめっき浴を製造する方法であって、前記無電解ニッケル-リンめっき浴は、水溶性ニッケル化合物、次亜リン酸及び次亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種である還元剤、グルタミン酸及びグルタミン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種、並びに亜リン酸及び亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種を50~200g/L含み、前記亜リン酸及び亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種を、前記還元剤とは別に、添加する工程を含む、無電解ニッケル-リンめっき浴を製造する方法。」と記載されているのを、「無電解ニッケル-リンめっき浴を製造する方法であって、前記無電解ニッケル-リンめっき浴は、水溶性ニッケル化合物、次亜リン酸及び次亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種である還元剤、グルタミン酸及びグルタミン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種、並びに亜リン酸及び亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種を50~200g/L含み、更に、グリシン及びグルコン酸塩を含み、前記亜リン酸及び亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種を、前記還元剤とは別に、添加する工程を含む、無電解ニッケル-リンめっき浴を製造する方法。」に訂正する
(7)一群の請求項について
訂正前の請求項1~6について、請求項2~6は、請求項1を直接又は間接的に引用するものであり、上記の訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。したがって、訂正前の請求項1~6は、一群の請求項である。そして、本件訂正は、その一群の請求項ごとに請求がされたものである。
2 訂正の適否についての当審の判断
(1)訂正事項1、6について
訂正事項1に係る訂正は、訂正前の請求項1に対して、「更に、グリシン及びグルコン酸塩を含む」との記載を追加するものである。
訂正事項6に係る訂正は、訂正前の請求項7に対して、「更に、グリシン及びグルコン酸塩を含み」との記載を追加するものである。
これら訂正は、訂正前の請求項1又は7における「無電解ニッケル-リンめっき浴」について、さらに「グリシン及びグルコン酸塩」を含むものに限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。そして、これらの訂正は、本件特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下、「訂正前明細書等」という。)の請求項3の記載に基づくものであるから、訂正前明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(2)訂正事項2について
訂正事項2に係る訂正は、訂正前の請求項3を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。また、この訂正は、訂正前明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(3)訂正事項3~5について
訂正事項3に係る訂正は、訂正前の請求項4における引用請求項について、「請求項3」を「請求項1又は2」に訂正するものである。
訂正事項4に係る訂正は、訂正前の請求項5における引用請求項について、「請求項1~4のいずれか」を「請求項1、2及び4のいずれか」に訂正するものである。
訂正事項5に係る訂正は、訂正前の請求項6における引用請求項について、「請求項1~5のいずれか」を「請求項1、2、4及び5のいずれか」に訂正するものである。
これらの訂正は、いずれも、上記の訂正事項2による訂正(請求項3を削除する訂正)に伴い、請求項間の引用関係を整理するものであるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当する。そして、これらの訂正は、訂正前明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(4)独立特許要件について
本件においては、訂正前の全ての請求項1~7について特許異議の申立てがされているので、特許法120条の5第9項において読み替えて準用する同法126条7項の独立特許要件は課されない。
3 まとめ
上記2のとおり、各訂正事項に係る訂正は、特許法120条の5第2項ただし書1号又は3号に掲げる事項を目的とするものに該当し、同条9項において準用する同法126条5項及び6項に適合するものであるから、結論のとおり、本件訂正を認める。
第3 本件発明
前記第2で述べたとおり、本件訂正は認められるので、本件特許の請求項1~7に係る発明は、本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1~7に記載された事項により特定される以下のとおりのものである(以下、それぞれ「本件発明1」等という。また、本件特許の願書に添付した明細書を「本件明細書」という。)。
【請求項1】
水溶性ニッケル化合物、
次亜リン酸及び次亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種である還元剤、
グルタミン酸及びグルタミン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種、並びに
亜リン酸及び亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種を50~200g/L含み、
更に、グリシン及びグルコン酸塩を含む、
無電解ニッケル-リンめっき浴。
【請求項2】
前記グルタミン酸及びグルタミン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種を1~100g/L、並びに、前記亜リン酸及び亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種を50~200g/L含む、請求項1に記載の無電解ニッケル-リンめっき浴。
【請求項3】
(削除)
【請求項4】
前記グリシンを1~100g/L、及び前記グルコン酸塩を0.1~100g/L含む、請求項1又は2に記載の無電解ニッケル-リンめっき浴。
【請求項5】
無電解ニッケル-リンめっき処理を行った場合にめっき皮膜中に硫黄が共析する性質を有する硫黄化合物を実質的に含まないことを特徴とする、請求項1、2及び4のいずれかに記載の無電解ニッケル-リンめっき浴。
【請求項6】
請求項1、2、4及び5のいずれかに記載の無電解ニッケル-リンめっき浴に、被めっき物を接触させる工程を含む、無電解ニッケル-リンめっき方法。
【請求項7】
無電解ニッケル-リンめっき浴を製造する方法であって、
前記無電解ニッケル-リンめっき浴は、
水溶性ニッケル化合物、
次亜リン酸及び次亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種である還元剤、
グルタミン酸及びグルタミン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種、並びに
亜リン酸及び亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種を50~200g/L含み、
更に、グリシン及びグルコン酸塩を含み、
前記亜リン酸及び亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種を、前記還元剤とは別に、添加する工程を含む、
無電解ニッケル-リンめっき浴を製造する方法。
第4 特許異議の申立ての理由及び取消理由の概要
1 特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由
本件特許の請求項1~7に係る特許は、下記(1)~(7)のとおり、特許法113条2号及び4号に該当する。証拠方法は、甲第1号証~甲第7号証(以下、単に「甲1」等という。下記(8)を参照。)である。
(1)申立理由1-1(新規性)
本件訂正前の請求項1、2、5~7に係る発明は、甲1に記載された発明であり、特許法29条1項3号に該当し、特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1、2、5~7に係る特許は、同法113条2号に該当する。
(2)申立理由1-2(新規性)
本件訂正前の請求項1、2、5、6に係る発明は、甲2に記載された発明であり、特許法29条1項3号に該当し、特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1、2、5、6に係る特許は、同法113条2号に該当する。
(3)申立理由2-1(進歩性)
本件訂正前の請求項3、4に係る発明は、甲1に記載された発明及び甲3に記載された事項に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項3、4に係る特許は、同法113条2号に該当する。
(4)申立理由2-2(進歩性)
本件訂正前の請求項1~4、7に係る発明は、甲2に記載された発明及び甲1、3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1~4、7に係る特許は、同法113条2号に該当する。
(5)申立理由3(明確性要件)
本件訂正前の請求項1~6に係る発明については、特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号に適合するものではないから、本件特許の請求項1~6に係る特許は、同法113条4号に該当する。
(6)申立理由4(実施可能要件)
本件訂正前の請求項1~6に係る発明については、発明の詳細な説明の記載が特許法36条4項1号に適合するものではないから、本件特許の請求項1~6に係る特許は、同法113条4号に該当する。
(7)申立理由5(サポート要件)
本件訂正前の請求項1~6に係る発明については、特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に適合するものではないから、本件特許の請求項1~6に係る特許は、同法113条4号に該当する。
(8)証拠方法
・甲1 特開2006-206985号公報
・甲2 特開2008-248318号公報
・甲3 特開2018-95926号公報
・甲4 特開2012-102363号公報
・甲5 橋爪佳 外3名、「無電解ニッケルめっきの現状と将来」、表面技術、表面技術協会、2007年、Vol.58、No.2、p.87-91
・甲6 特開平6-99178号公報
・甲7 特開平9-71868号公報
2 令和5年10月27日提出の意見書(申立人)における主張と、当該意見書(申立人)とともに提出された証拠方法
(1)本件発明1、2、4~7は、甲8に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
(2)本件発明1、2、4~7は、甲1に記載された発明及び技術常識(甲3、8~10)に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
(3)上記1(5)~(7)の申立理由3(明確性要件)、申立理由4(実施可能要件)、申立理由5(サポート要件)と同旨
(4)証拠方法
・甲8 特開2008-274444号公報
・甲9 特開平1-201484号公報
・甲10 特開2016-188407号公報
3 取消理由通知書に記載した取消理由
(1)取消理由1(進歩性)
本件訂正前の請求項1、2、5~7に係る発明は、甲1に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1、2、5~7に係る特許は、同法113条2号に該当し、取り消すべきものである。
第5 当審の判断
本件特許の請求項3が本件訂正により削除された結果、同請求項3に係る特許についての本件特許異議の申立ては対象を欠くこととなったため、特許法120条の8第1項において準用する同法135条の規定により決定をもって却下すべきものである。
また、以下に述べるように、取消理由通知書に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては、本件特許の請求項1、2、4~7に係る特許を取り消すことはできない。
1 申立理由1-1(新規性)、取消理由1(進歩性)、申立理由2-1(進歩性)
(1)甲1に記載された発明
ア(ア)甲1の記載(請求項1~5、【0001】~【0009】、【0012】、【0015】、【0018】~【0027】、【0032】~【0055】、表1~3、図1~5)によれば、特に、実施例1、2(【0034】~【0043】、表1)にそれぞれ着目すると、甲1には、以下の発明が記載されていると認められる。
「硫酸Niを22.5g/L、次亜リン酸Naを25g/L、亜リン酸を16g/L、グリシンを30g/L、アンモニアを28ml/Lを含み、pHが5.4である、無電解ニッケル-リンめっき浴。」(以下、「甲1発明1」という。)
「硫酸Niを22.5g/L、次亜リン酸Naを20g/L、亜リン酸を16g/L、アラニンを30g/L、アンモニアを20ml/Lを含み、pHが5.4である、無電解ニッケル-リンめっき浴。」(以下、「甲1発明2」という。)
(イ)甲1の上記(ア)の記載によれば、特に、請求項1を引用する請求項4を引用する請求項5に着目すると、甲1には、以下の発明が記載されていると認められる。
「被めっき物上に形成された無電解ニッケル-リンめっき皮膜であって、上記無電解ニッケル-リンめっき皮膜の厚さ方向に配向した柱状晶により構成されている無電解ニッケル-リンめっき皮膜を形成するための無電解ニッケル-リンめっき浴であって、
水溶性ニッケル塩と、次亜リン酸及び/又はその塩と、アミノカルボン酸及び/又はその塩とを含み、アミノカルボン酸以外の有機カルボン酸及びその塩を含まず、
更に、亜リン酸及び/又はその塩を含む、
無電解ニッケル-リンめっき浴。」(以下、「甲1発明3」という。)
イ 甲1には、上記アのとおりの無電解ニッケル-リンめっき浴の発明が記載されていることから、そのような無電解ニッケル-リンめっき浴を製造する方法の発明を把握することができる。
以上によれば、甲1には、以下の発明が記載されていると認められる。
「無電解ニッケル-リンめっき浴を製造する方法であって、
無電解ニッケル-リンめっき浴は、硫酸Niを22.5g/L、次亜リン酸Naを25g/L、亜リン酸を16g/L、グリシンを30g/L、アンモニアを28ml/Lを含み、pHが5.4である、無電解ニッケル-リンめっき浴である、
無電解ニッケル-リンめっき浴を製造する方法。」(以下、「甲1製法発明1」という。)
「無電解ニッケル-リンめっき浴を製造する方法であって、
無電解ニッケル-リンめっき浴は、硫酸Niを22.5g/L、次亜リン酸Naを20g/L、亜リン酸を16g/L、アラニンを30g/L、アンモニアを20ml/Lを含み、pHが5.4である、無電解ニッケル-リンめっき浴である、
無電解ニッケル-リンめっき浴を製造する方法。」(以下、「甲1製法発明2」という。)
「無電解ニッケル-リンめっき浴を製造する方法であって、
無電解ニッケル-リンめっき浴は、被めっき物上に形成された無電解ニッケル-リンめっき皮膜であって、上記無電解ニッケル-リンめっき皮膜の厚さ方向に配向した柱状晶により構成されている無電解ニッケル-リンめっき皮膜を形成するための無電解ニッケル-リンめっき浴であって、
水溶性ニッケル塩と、次亜リン酸及び/又はその塩と、アミノカルボン酸及び/又はその塩とを含み、アミノカルボン酸以外の有機カルボン酸及びその塩を含まず、
更に、亜リン酸及び/又はその塩を含む、
無電解ニッケル-リンめっき浴である、
無電解ニッケル-リンめっき浴を製造する方法。」(以下、「甲1製法発明3」という。)
(2)本件発明1について
ア 甲1発明1との対比
本件発明1と甲1発明1とを対比する。
甲1発明1における「硫酸Ni」、「次亜リン酸Na」、「亜リン酸」、「グリシン」、「無電解ニッケル-リンめっき浴」は、甲1の記載(【0019】、【0020】)及び技術常識に照らして、それぞれ、本件発明1における「水溶性ニッケル化合物」、「次亜リン酸及び次亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種である還元剤」、「亜リン酸及び亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種」、「グリシン」、「無電解ニッケル-リンめっき浴」に相当する。
以上によれば、本件発明1と甲1発明1とは、
「水溶性ニッケル化合物、
次亜リン酸及び次亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種である還元剤、並びに
亜リン酸及び亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種を含み、
更に、グリシンを含む、
無電解ニッケル-リンめっき浴。」
の点で一致し、以下の点で相違する。
・相違点1-1
本件発明1では、「グルタミン酸及びグルタミン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種」を含むのに対して、甲1発明1では、「グルタミン酸及びグルタミン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種」を含むものではない点。
・相違点1-2
亜リン酸及び亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種の濃度が、本件発明1では、「50~200g/L」であるのに対して、甲1発明1では、「16g/L」である点。
・相違点1-3
本件発明1では、さらに「グルコン酸塩」を含むのに対して、甲1発明1では、さらに「グルコン酸塩」を含むものではない点。
イ 相違点1-3の検討
事案に鑑み、相違点1-3について検討する。
(ア)まず、相違点1-3が実質的な相違点であるか否かについて検討する。
a 甲1には、無電解ニッケル-リンめっき浴に「グルコン酸塩」が含まれることについては、明記されていない。
b(a)もっとも、甲1には、無電解ニッケル-リンめっき浴として、水溶性ニッケル塩と、次亜リン酸及び/又はその塩と、「アミノカルボン酸及び/又はその塩」とを含み、さらに、亜リン酸及び/又はその塩を含み、「アミノカルボン酸以外の有機カルボン酸及びその塩」を含まないものが記載されている(請求項4、5、【0018】~【0022】、【0026】、【0027】)。
(b)甲1には、上記(a)の「アミノカルボン酸及び/又はその塩」について、グリシン、アラニン、ロイシン、アスパラギン酸、グルタミン酸等の、分子中にアミノ基とカルボキシル基とを有するアミノカルボン酸が好適であり、それらの塩としては、ナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩、カルシウム塩等が挙げられることが記載されている(【0021】)。
しかしながら、「グルコン酸塩」は、分子中にカルボキシル基を有するものの、アミノ基を有するものではないから、上記(a)の「アミノカルボン酸及び/又はその塩」に該当するものではない。すなわち、上記(a)の無電解ニッケル-リンめっき浴は、「アミノカルボン酸及び/又はその塩」を含むものの、「グルコン酸塩」を含むものかどうかは、不明である。
(c)また、甲1には、上記(a)の「アミノカルボン酸以外の有機カルボン酸及びその塩」について、分子中にカルボキシル基は有するが、アミノ基を有さない有機カルボン酸、例えば、通常、無電解ニッケル-リンめっき浴中に、錯化剤やpH緩衝剤として用いられる、クエン酸、酢酸、コハク酸、リンゴ酸やそれらの塩などであることが記載されている(【0022】)。
「グルコン酸塩」は、上記(b)のとおり、分子中にカルボキシル基を有するものの、アミノ基を有するものではないから、上記(a)の「アミノカルボン酸以外の有機カルボン酸及びその塩」に該当するものと解される。
しかしながら、上記(a)の「アミノカルボン酸以外の有機カルボン酸及びその塩」は、無電解ニッケル-リンめっき浴には含まれないものである。すなわち、上記(a)の無電解ニッケル-リンめっき浴は、「アミノカルボン酸以外の有機カルボン酸及びその塩」に該当する「グルコン酸塩」を含まないものである。
c また、甲1には、無電解ニッケル-リンめっき浴のpHを調整するために、pH調整剤として、アンモニア水、水酸化ナトリウム等のアルカリ、硫酸、塩酸、硝酸等の酸を用いるが、アミノカルボン酸以外のカルボン酸は用いないことが記載されている(【0023】)。
しかしながら、「グルコン酸塩」がpH調整剤として使用可能なものかどうかは不明であるが、仮に、pH調整剤として使用可能なものであったとしても、上記のとおり、pH調整剤として、アミノカルボン酸以外のカルボン酸は用いないのであるから、上記(a)の無電解ニッケル-リンめっき浴は、pH調整剤として、アミノカルボン酸以外のカルボン酸に該当すると解される「グルコン酸塩」を含むものとはいえない。
d 上記a~cを踏まえると、甲1には、無電解ニッケル-リンめっき浴に「グルコン酸塩」が含まれることについて、記載されているとはいえない。
e 以上によれば、相違点1-3は実質的な相違点である。
したがって、相違点1-1、1-2について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1に記載された発明であるとはいえない。
(イ)次に、相違点1-3の容易想到性について検討する。
a 甲1には、
(a)甲1に記載された発明は、柔軟性に優れ、内部応力が小さく、しかも加熱しても内部応力が増加しにくい無電解ニッケル-リンめっき皮膜の形成に好適な無電解ニッケル-リンめっき浴を提供することを目的とすること(【0008】)、
(b)水溶性ニッケル塩と、次亜リン酸及び/又はその塩と、「アミノカルボン酸及び/又はその塩」とを含み、「アミノカルボン酸以外の有機カルボン酸及びその塩」を含まない無電解ニッケル-リンめっき浴を用いてめっきすることにより形成された無電解ニッケル-リンめっき皮膜は、厚さ方向に配向する柱状晶により構成されたものとなるため、柔軟性に優れ、内部応力が小さく、しかも加熱しても内部応力が増加しにくいものとなること(【0009】)、
(c)無電解ニッケル-リンめっき浴中に、「アミノカルボン酸以外の有機カルボン酸やその塩」が含まれていると、上述したような構造の無電解ニッケル-ンめっき皮膜が得られないこと(【0022】)、
が記載されている。
甲1の上記記載によれば、甲1の実施例1に着目して認定した、甲1発明1に係る無電解ニッケル-リンめっき浴は、上記(a)の目的を達成するために、上記(b)のような構造の無電解ニッケル-リンめっき皮膜を得ることを意図するものと解されるところ、このような点からは、甲1発明1に係る無電解ニッケル-リンめっき浴において、「アミノカルボン酸以外の有機カルボン酸やその塩」を含ませることは、阻害されているといえる。
b ここで、上記(ア)bのとおり、「グルコン酸塩」は、「アミノカルボン酸以外の有機カルボン酸及びその塩」に該当するものである。
そうすると、甲1発明1に係る無電解ニッケル-リンめっき浴において、さらに「グルコン酸塩」を含ませることは、阻害されており、動機付けられるとはいえない。
また、このことは、甲3に「グルコン酸塩」を含む無電解ニッケル-リンめっき浴について記載されているとしても、変わるものではない。
c 以上によれば、甲1発明1において、さらに「グルコン酸塩」を含ませることは、当業者が容易に想到することができたとはいえない。
したがって、相違点1-1、1-2について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1に記載された発明及び甲3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(ウ)申立人の主張について
申立人は、グルコン酸塩は、無電解ニッケルめっき浴における浴安定剤として周知の錯化剤であるから(甲3、8~10)、甲1に記載された発明において、グルコン酸塩を含有させることは、当業者が容易に想到することであると主張する。
しかしながら、仮に、申立人が主張するように、グルコン酸塩が無電解ニッケルめっき浴における浴安定剤として周知の錯化剤であるとしても、甲1に記載された発明において、グルコン酸塩を含有させることが阻害されていることは、上記(イ)で述べたとおりである。
よって、申立人の主張は採用できない。
ウ 甲1発明2、3との対比
本件発明1と甲1発明2、3とを対比すると、上記アと同様に、両者は、少なくとも、相違点1-3と同様の相違点で相違するところ、この相違点については、上記イで述べたのと同様の理由により、実質的な相違点であり、また、当業者が容易に想到することができたものとはいえない。
したがって、その余の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1に記載された発明であるとはいえず、また、甲1に記載された発明及び甲3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
エ 小括
以上のとおり、本件発明1は、甲1に記載された発明であるとはいえず、また、甲1に記載された発明及び甲3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(3)本件発明2、4~6について
本件発明2、4~6は、本件発明1を直接又は間接的に引用するものであり、本件発明1の発明特定事項を全て備えるものであるが、上記(2)で述べたとおり、本件発明1が、甲1に記載された発明であるとはいえず、また、甲1に記載された発明及び甲3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上、本件発明2、4~6についても同様に、甲1に記載された発明であるとはいえず、また、甲1に記載された発明及び甲3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(4)本件発明7について
本件発明7と甲1製法発明1~3とを対比すると、上記(2)アと同様に、両者は、少なくとも、相違点1-3と同様の相違点で相違するところ、この相違点については、上記(2)イで述べたのと同様の理由により、実質的な相違点であり、また、当業者が容易に想到することができたものとはいえない。
したがって、その余の相違点について検討するまでもなく、本件発明7は、甲1に記載された発明であるとはいえず、また、甲1に記載された発明及び甲3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(5)まとめ
以上のとおり、本件発明1、2、5~7は、甲1に記載された発明であるとはいえない。
また、本件発明1、2、5~7は、甲1に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
さらに、本件発明4は、甲1に記載された発明及び甲3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって、申立理由1-1(新規性)、取消理由1(進歩性)、申立理由2-1(進歩性)によっては、本件特許の請求項1、2、4~7に係る特許を取り消すことはできない。
2 申立理由1-2(新規性)、申立理由2-2(進歩性)
(1)甲2に記載された発明
ア 甲2の記載(請求項1、2、4、【0001】~【0006】、【0008】、【0010】~【0014】、【0018】~【0020】、【0022】、【0024】~【0026】、表1)によれば、特に、実施例3(【0025】、表1)に着目すると、甲2には、以下の発明が記載されていると認められる。
「浸炭処理を施して表面硬化層を形成した低炭素ニッケルクロム合金鋼のリンクチェーンの表面に、膜厚8μmの無電解ニッケルリンめっき皮膜を形成するための無電解ニッケルリンめっき浴であって、
Ni2SO4・6H2Oを6g/L(Ni濃度として)、次亜リン酸Naを25g/L、グルタミン酸を15g/L、りんご酸を15g/L、グリシンを3g/L、酢酸Pbを0.5mg/L(Pb濃度として)を含有し、pHが4.7である、無電解ニッケルリンめっき浴。」(甲2発明)
イ 甲2には、上記アのとおりの無電解ニッケルリンめっき浴の発明が記載されていることから、そのような無電解ニッケルリンめっき浴を製造する方法の発明を把握することができる。
以上によれば、甲2には、以下の発明が記載されていると認められる。
「浸炭処理を施して表面硬化層を形成した低炭素ニッケルクロム合金鋼のリンクチェーンの表面に、膜厚8μmの無電解ニッケルリンめっき皮膜を形成するための無電解ニッケルリンめっき浴を製造する方法であって、
無電解ニッケルリンめっき浴は、Ni2SO4・6H2Oを6g/L(Ni濃度として)、次亜リン酸Naを25g/L、グルタミン酸を15g/L、りんご酸を15g/L、グリシンを3g/L、酢酸Pbを0.5mg/L(Pb濃度として)を含有し、pHが4.7である、無電解ニッケルリンめっき浴である、
無電解ニッケルリンめっき浴を製造する方法。」(甲2製造発明)
(2)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲2発明とを対比する。
甲2発明における「Ni2SO4・6H2O」、「次亜リン酸Na」、「グルタミン酸」、「グリシン」、「無電解ニッケルリンめっき浴」は、甲2の記載(【0010】、【0011】)及び技術常識に照らして、それぞれ、本件発明1における「水溶性ニッケル化合物」、「次亜リン酸及び次亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種である還元剤」、「グルタミン酸及びグルタミン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種」、「グリシン」、「無電解ニッケル-リンめっき浴」に相当する。
以上によれば、本件発明1と甲2発明とは、
「水溶性ニッケル化合物、
次亜リン酸及び次亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種である還元剤、
グルタミン酸及びグルタミン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種を含み、
更に、グリシンを含む、
無電解ニッケル-リンめっき浴。」
の点で一致し、以下の点で相違する。
・相違点2-1
本件発明1では、「亜リン酸及び亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種を50~200g/L含」むのに対して、甲2発明では、「亜リン酸及び亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種を50~200g/L含」むものではない点。
・相違点2-2
本件発明1では、さらに「グルコン酸塩」を含むのに対して、甲2発明では、さらに「グルコン酸塩」を含むものではない点。
イ 相違点2-1の検討
(ア)まず、相違点2-1が実質的な相違点であるか否かについて検討する。
a 甲2には、無電解ニッケルリンめっき浴に「亜リン酸及び亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種」が「50~200g/L」含まれることについて、記載されていない。
b この点、申立人は、めっき浴の建浴時に亜リン酸(塩)の添加量が50g/L未満(無添加を含む)であっても、めっき処理によって次亜リン酸(塩)の酸化分解により、必ず亜リン酸(塩)が生成されるため、めっき処理途中で亜リン酸(塩)濃度が「50~200g/L」に達することは、技術常識である(甲1、甲4~7)から、甲2発明において、作製時のめっき浴に亜リン酸(塩)が含まれていなかったとしても、めっき処理に伴うめっき組成の経時変化により、亜リン酸(塩)濃度が「50~200g/L」を満足すると主張する。
しかしながら、下記3(1)アで述べるとおり、本件発明1における亜リン酸(塩)の含有量には、次亜リン酸(塩)に由来する亜リン酸(塩)は含まれないものと認められるから、申立人の主張は、その前提を欠くものである。
よって、申立人の主張は採用できない。
c 以上によれば、相違点2-1は実質的な相違点である。
したがって、相違点2-2について検討するまでもなく、本件発明1は、甲2に記載された発明であるとはいえない。
(イ)次に、相違点2-1の容易想到性について検討する。
a 甲1には、亜リン酸及び/又はその塩(本件発明1における「亜リン酸及び亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種」に相当する。)を含む無電解ニッケル-リンめっき浴について、記載されている(請求項4、5)。
甲1には、上記の亜リン酸及び/又はその塩について、pHの緩衝作用が得られ、めっき析出速度のさらなる安定化が可能となること、また、めっき浴中の亜リン酸イオンの濃度を指標としてpHを調整することで、無電解ニッケル-リンめっき皮膜中の構造やリン含有量を安定させられることが記載されている(【0026】)。
しかしながら、甲1の上記記載は、「クエン酸やリンゴ酸等の有機カルボン酸を含まない」(【0026】)無電解ニッケル-リンめっき浴を前提としたものと解される。
これに対して、甲2発明に係る無電解ニッケルリンめっき浴は、「りんご酸を15g/L」含有するものであるから、このような甲2発明に係る無電解ニッケルリンめっき浴において、「クエン酸やリンゴ酸等の有機カルボン酸を含まない」無電解ニッケル-リンめっき浴を前提とした甲1の記載に基づいて、さらに亜リン酸及び/又はその塩を含ませることが動機付けられるとはいえない。
b また、甲3には、無電解ニッケル-リンめっき浴について記載されているものの、「亜リン酸」や「亜リン酸塩」については、記載されていない。甲3には、甲2発明において、さらに「亜リン酸及び亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種を50~200g/L含」ませることを動機付ける記載は、見当たらない。
c 以上によれば、甲2発明において、さらに「亜リン酸及び亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種を50~200g/L含」ませることは、当業者が容易に想到することができたとはいえない。
したがって、相違点2-2について検討するまでもなく、本件発明1は、甲2に記載された発明及び甲1、3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
ウ 小括
以上のとおり、本件発明1は、甲2に記載された発明であるとはいえず、また、甲2に記載された発明及び甲1、3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(3)本件発明2、4~6について
本件発明2、4~6は、本件発明1を直接又は間接的に引用するものであり、本件発明1の発明特定事項を全て備えるものであるが、上記(2)で述べたとおり、本件発明1が、甲2に記載された発明であるとはいえず、また、甲2に記載された発明及び甲1、3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上、本件発明2、4~6についても同様に、甲2に記載された発明であるとはいえず、また、甲2に記載された発明及び甲1、3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(4)本件発明7について
本件発明7と甲2製法発明とを対比すると、上記(2)アと同様に、両者は、少なくとも、相違点2-1と同様の相違点で相違するところ、この相違点については、上記(2)イで述べたのと同様の理由により、実質的な相違点であり、また、当業者が容易に想到することができたものとはいえない。
したがって、その余の相違点について検討するまでもなく、本件発明7は、甲2に記載された発明であるとはいえず、また、甲2に記載された発明及び甲1、3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(5)まとめ
以上のとおり、本件発明1、2、5、6は、甲2に記載された発明であるとはいえない。
また、本件発明1、2、4、7は、甲2に記載された発明及び甲1、3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって、申立理由1-2(新規性)、申立理由2-2(進歩性)によっては、本件特許の請求項1、2、4~7に係る特許を取り消すことはできない。
3 申立理由3(明確性要件)
(1)申立人の主張について
ア 申立人は、請求項1の「亜リン酸及び亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種を50~200g/L含み」との記載について、めっき処理中に、次亜リン酸(塩)が分解して亜リン酸(塩)が生成し、亜リン酸(塩)濃度が経時的に増加することは、周知技術であるところ、当該周知技術を考慮すると、亜リン酸(塩)の含有量は、添加された亜リン酸(塩)に限られるのか、あるいは、次亜リン酸(塩)に由来する亜リン酸(塩)も含むのか、特許請求の範囲の記載から一義的に明確に特定できないから、本件発明1は不明確であると主張する。また、本件発明2、4~6についても、同様に主張する。
しかしながら、本件明細書には、「本発明の無電解ニッケル-リンめっき浴では、「還元剤として含まれる次亜リン酸(塩)から由来する亜リン酸(塩)」を、「本発明の無電解ニッケル-リンめっき浴に含まれる亜リン酸(塩)」とみなさない。」(【0045】)と記載されている。
そうすると、この点について請求項1に記載されていないとしても、本件明細書の上記記載を参酌すれば、本件発明1における亜リン酸(塩)の含有量には、次亜リン酸(塩)に由来する亜リン酸(塩)は含まれないものと認められる。
したがって、請求項1の「亜リン酸及び亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種を50~200g/L含み」との記載の意味は、本件明細書の記載を参酌すれば、明確であるから、本件発明1は明確である。また、本件発明2、4~6についても、同様である。
よって、申立人の主張は採用できない。
イ(ア)申立人は、請求項1の上記アの記載について、めっき浴の組成は経時的に変化するが、特許請求の範囲の記載からは、めっき浴の作製時及び使用時のいずれにおいて所定の組成を満たしている必要があるのか、それとも、めっき浴の作製時には満たしていなくても、めっき浴の使用途中で所定の組成を満たせばよいのか、明らかではないから、本件発明1は不明確であると主張する。また、本件発明2、4~6についても、同様に主張する。
しかしながら、亜リン酸(塩)の含有量には、次亜リン酸(塩)に由来する亜リン酸(塩)は含まれないことを前提として、めっき浴の作製時か使用時かにかかわらず、めっき浴が所定の組成を満たせばよいことは、明らかである。
(イ)なお、申立人は、次亜リン酸(塩)に由来する亜リン酸(塩)と、添加した亜リン酸(塩)とを区別する方法の記載がないことも指摘する。
申立人の上記指摘は、両者を区別できないのであれば、めっき浴の使用時に、本件発明1における亜リン酸(塩)の含有量を特定できないことをいうものと解されるが、めっき浴の作製時に添加された亜リン酸(塩)の量が分かっていれば、めっき浴の使用時であっても、本件発明1における亜リン酸(塩)の含有量は特定できると考えられる。
(ウ)いずれにしろ、申立人の主張は採用できない。
(2)まとめ
したがって、申立理由3(明確性要件)によっては、本件特許の請求項1、2、4~6に係る特許を取り消すことはできない。
4 申立理由4(実施可能要件)
(1)申立人の主張について
申立人は、本件発明1においては、亜リン酸(塩)から、次亜リン酸(塩)に由来する亜リン酸(塩)を除外するように記載されていないため、亜リン酸(塩)には、次亜リン酸(塩)に由来する亜リン酸(塩)も含まれているところ、めっき浴の建浴時に所定量の亜リン酸(塩)が添加されていない場合は、めっき処理中に次亜リン酸(塩)に由来する亜リン酸(塩)が増加して所定量に達したとしても、発明の効果は得られないから(図2の比較例1~3)、めっき浴の建浴時に添加した亜リン酸(塩)が50g/L未満である場合に、どのようにして上記課題を解決するのか、当業者が理解できるように記載されていないため、本件発明1は実施可能要件違反であると主張する。また、本件発明2、4~6についても、同様に主張する。
しかしながら、上記3(1)アで述べたとおり、本件発明1、2、4~6における亜リン酸(塩)の含有量には、次亜リン酸(塩)に由来する亜リン酸(塩)は含まれないものと認められるから、申立人の主張は、その前提を欠くものである。
また、そもそも、実施可能要件で問題とされるのは、本件発明1、2、4~6の課題を解決できるかどうかではないから、申立人の主張は、その前提において失当である。
いずれにしろ、申立人の主張は採用できない。
なお、本件発明1、2、4~6が、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって、当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により課題を解決できると認識できる範囲のものということができることは、下記5(1)~(3)で述べるとおりである。
(2)まとめ
したがって、申立理由4(実施可能要件)によっては、本件特許の請求項1、2、4~6に係る特許を取り消すことはできない。
5 申立理由5(サポート要件)
(1)本件発明1について
ア 本件明細書の記載(【0002】~【0011】)によれば、本件発明1が解決しようとする課題は、「耐クラック性に優れた(割れが発生しない)めっき皮膜を得ることができる無電解ニッケル-リンめっき浴を提供すること」であると認められる。
イ 本件明細書の記載及び図面(【0012】~【0051】、【0092】~【0105】、図1、2)によれば、上記アの課題は、無電解ニッケル-リンめっき浴において、「水溶性ニッケル化合物」、「次亜リン酸及び次亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種である還元剤」、「グルタミン酸及びグルタミン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種」、「亜リン酸及び亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種を50~200g/L」を含むとの要件を備えることによって、解決できることが理解できる。
ウ また、本件明細書には、「グリシン及びグルコン酸塩」を含むとの要件についても記載されている(【0046】~【0050】)。
エ 以上のとおり、本件明細書の記載を総合すれば、上記イ、ウの要件を備えた本件発明1は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって、当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により上記アの課題を解決できると認識できる範囲のものということができる。
したがって、本件発明1については、特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものである。
(2)本件発明2、4~5について
ア 本件発明2、4~5が解決しようとする課題は、上記(1)アと同様である。
イ 本件発明2、4~5は、本件発明1を引用するものであり、本件発明1の発明特定事項を全て備えるものであるところ、本件明細書には、「前記グルタミン酸及びグルタミン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種を1~100g/L、並びに、前記亜リン酸及び亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種を50~200g/L含む」(【0035】~【0038】)、「前記グリシンを1~100g/L、及び前記グルコン酸塩を0.1~100g/L含む」(【0046】~【0049】)、「無電解ニッケル-リンめっき処理を行った場合にめっき皮膜中に硫黄が共析する性質を有する硫黄化合物を実質的に含まない」(【0056】~【0060】)との要件についても記載されている。
ウ そうすると、上記(1)で述べたのと同様の理由により、上記(1)イ、ウの要件及び上記イの要件を備えた本件発明2、4~5についても、特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものである。
(3)本件発明6について
ア 本件明細書の記載(【0002】~【0011】、【0077】)によれば、本件発明6が解決しようとする課題は、「耐クラック性に優れた(割れが発生しない)めっき皮膜を得ることができる無電解ニッケル-リンめっき浴を用いた無電解ニッケル-リンめっき方法を提供すること」であると認められる。
イ 本件明細書の記載及び図面(【0012】~【0051】、【0077】~【0105】、図1、2)によれば、上記アの課題は、無電解ニッケル-リンめっき方法において、「水溶性ニッケル化合物」、「次亜リン酸及び次亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種である還元剤」、「グルタミン酸及びグルタミン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種」、「亜リン酸及び亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種を50~200g/L」を含む無電解ニッケル-リンめっき浴に、「被めっき物を接触させる」との要件を備えることによって、解決できることが理解できる。
ウ また、本件明細書には、「グリシン及びグルコン酸塩」を含むとの要件についても記載されている(【0046】~【0050】)。
エ 以上のとおり、本件明細書の記載を総合すれば、上記イ、ウの要件を備えた本件発明6は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって、当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により上記アの課題を解決できると認識できる範囲のものということができる。
したがって、本件発明6については、特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものである。
(4)申立人の主張について
ア 申立人は、請求項1の「亜リン酸及び亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種を50~200g/L含み」との記載について、比較例2(図2の比較例:亜リン酸水素二Na五水和物を含まず、グルタミン酸Naを所定量含むめっき浴)では、発明の効果は得られておらず、また、比較例2のようにめっき浴の作製時に亜リン酸(塩)を含んでいなくても、めっき処理中に次亜リン酸(塩)に由来する亜リン酸(塩)が経時的に増加して、亜リン酸(塩)濃度が50g/L以上になる場合に、発明の効果が得られることは示されておらず、さらに、次亜リン酸(塩)に由来する亜リン酸(塩)であっても、所定の濃度であれば、発明の課題を解決できるとういう技術常識も存在しないから、本件発明1における「50~200g/L」の含有量が、次亜リン酸(塩)に由来する亜リン酸(塩)である場合について、サポートされていないと主張する。また、本件発明2、4~6についても、同様に主張する。
しかしながら、上記3(1)アで述べたとおり、本件発明1、2、4~6における亜リン酸(塩)の含有量には、次亜リン酸(塩)に由来する亜リン酸(塩)は含まれないものと認められるから、申立人の主張は、その前提を欠くものである。
よって、申立人の主張は採用できない。
イ 申立人は、本件明細書の実施例に示されているのは、表1に記載される所定のめっき浴のみであるところ、
(ア)上記めっき浴には、それぞれ所定量のグリシン及びグルコン酸Naが必須成分として含まれているため、本件訂正前の請求項1、2に係る発明に該当する実施例がない、
(イ)上記めっき浴における、亜リン酸水素二Na五水和物、グルタミン酸Na、グリシン、グルコン酸Naの各含有量を、特許請求の範囲に記載された範囲まで拡張できない、
と主張する。
しかしながら、上記(ア)については、本件訂正により、本件発明1、2は、グリシン及びグルコン酸塩を必須成分として含むものに訂正されたから、申立人の主張は、その前提を欠くものである。
また、上記(イ)については、本件発明1、2、4~6が、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって、当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により課題を解決できると認識できる範囲のものということができることは、上記(1)~(3)のとおりである。また、上記めっき浴における、亜リン酸水素二Na五水和物、グルタミン酸Na、グリシン、グルコン酸Naの各含有量を、実施例の含有量を除く特許請求の範囲に記載された範囲とした場合に、実際に課題が解決できないことを示す具体的な根拠は見当たらない。
よって、申立人の主張は採用できない。
(5)まとめ
したがって、申立理由5(サポート要件)によっては、本件特許の請求項1、2、4~6に係る特許を取り消すことはできない。
6 令和5年10月27日提出の意見書(申立人)における主張について
申立人は、上記意見書(申立人)(3~14頁)において、本件発明1、2、4~7は、甲8に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであると主張する。
しかしながら、上記主張は、新たな申立理由を主張するものであり、実質的に特許異議申立書の要旨を変更するものであるから、採用しない。
第6 むすび
以上のとおり、本件特許の請求項3が本件訂正により削除された結果、同請求項3に係る特許についての本件特許異議の申立ては対象を欠くこととなったため、特許法120条の8第1項において準用する同法135条の規定により決定をもって却下すべきものである。
また、取消理由通知書に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては、本件特許の請求項1、2、4~7に係る特許を取り消すことはできない。
さらに、他に本件特許の請求項1、2、4~7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2023-700322