特許拒絶査定不服審判
2022-015605
幹細胞分化の促進
- 審判番号
- 2022-015605
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
- 出願番号
- 特願2019-561238外部サイト(J-PlatPat)へ移動します
- 請求日
- 2022年09月30日
- 審決日
- 2024年12月17日
- 公報発行日
- 2025年06月27日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 【請求人】リージェンツ・オブ・ザ・ユニバーシティ・オブ・ミネソタ
- 【請求人代理人】恩田 誠
- 【請求人代理人】恩田 博宣
- 【請求人代理人】本田 淳
- 【請求人代理人】中村 美樹
- 分類
- P18 .536-WZ (C12N) / P18 .537-WZ (C12N)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法36条4項1号特許法36条6項1号特許法49条4号
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第4項第1号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特願2019-561238「幹細胞分化の促進」拒絶査定不服審判事件〔平成30年11月15日国際公開、WO2018/208836、令和 2年 6月25日国内公表、特表2020-518277〕について、次のとおり審決する。
結論
結 論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
理 由
第1 手続の経緯
本願は、2018年5月8日(パリ条約による優先権主張2017年5月8日 (US)アメリカ合衆国)を国際出願日とする出願であって、その主な手続の経緯は次のとおりである。
令和3年 8月16日付け:拒絶理由通知書
令和4年 1月31日 :意見書、手続補正書の提出
同年 5月30日付け:拒絶査定
同年 9月30日 :審判請求書、手続補正書の提出
令和6年 4月23日付け:拒絶理由通知書
同年10月18日 :意見書、手続補正書の提出
第2 本願発明
本願請求項1~6に係る発明は、令和6年10月18日付け手続補正書の特許請求の範囲1~6に記載された事項により特定されたものであるところ、そのうち請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、以下のとおりである。
「【請求項1】
幹細胞の分化を誘導するための方法であって、前記方法は、
a)i)多能性幹細胞を含む細胞培養物と、
ii)LDN-193189を含むアクチビン受容体様キナーゼ(ALK)2/3シグナル伝達の阻害剤と、
iii)BGJ398を含む線維芽細胞成長因子(FGF)シグナル伝達の阻害剤と、
を提供することと、
b)i)の前記多能性幹細胞を、ii)の前記ALK2/3シグナル伝達の阻害剤と、iii)の前記FGFシグナル伝達の阻害剤と、を含む培地に同時に24時間曝露することと、
c)前記接触した多能性幹細胞の分化を誘導して、培養した前部外胚葉細胞の集団を生成することであって、前記前部外胚葉細胞が、前記阻害剤への曝露の24時間以内に生じる、生成することと、
d)前記前部外胚葉を単離することと、
を含み、
前記幹細胞がヒト幹細胞であり、
前記多能性幹細胞が、胚性幹細胞(ESC)および人工多能性幹細胞(iPSC)からなる群より選択される、方法。」
第3 当審が通知した拒絶の理由
当審が令和6年10月18日付け手続補正書による補正前の請求項1に関して令和6年4月23日付けで通知した拒絶の理由のうち、拒絶理由1は、この出願は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないというものであり、拒絶理由2は、この出願は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないというものである。
第4 当審の判断
上記拒絶理由通知に対し、請求人は令和6年10月18日付けで手続補正書を提出して、請求項1の記載を上記「第2」で示したとおり補正した。
本願発明に関し、上記拒絶理由1及び2が解消したか否かを、以下検討する。
1 発明の詳細な説明の記載事項
本願発明に関し、発明の詳細な説明及び図面には、以下の記載がある。なお、下線は当審で付した。
(1) 「【0002】
ヒト多能性幹細胞の分化は、in vitroで漸進的により成熟した発生的に類似した胚構造を生成するために段階特異的に進行する。in vitroで外胚葉胚芽層を生成する最初の段階は、1998年に当該技術分野が始まって以来6日以内に進行することはない。そのため、外胚葉由来の細胞型を作製するには、外胚葉胚芽層を誘導するために少なくとも最低6日間は必要であり、その後発生的に後の事象が発生するためのさらなる時間が必要である。
【0003】
この外胚葉胚芽層の位置的特徴は、一般的に前方とみなされ、頭頸部の細胞/組織を形成することができる。しかしながら、最近のデータは神経中胚葉と称される細胞集団を提示しており、それは後部外胚葉胚芽層および後部中胚葉胚芽層である。現在のところ、ヒト多能性幹細胞からの前部外胚葉胚芽層および後部神経中胚葉胚芽層の形成は、異なる時間枠内の異なる培養条件を利用してin vitroで起こっている。」
(2) 「【0029】
一実施形態は、単離した(isolated)原始外胚葉を含む組成物を提供する。一実施形態において、前記単離された外胚葉は胚細胞に由来する。一実施形態において、前記原始外胚葉は、インビトロで(培養培地とともに)培養される。一実施形態において、前記外胚葉は基質に固定されている。一実施形態において、前記外胚葉および胚性幹細胞はヒトのものである。
【0030】
一実施形態は、単離された神経中胚葉を含む組成物を提供する。一実施形態において、前記単離された神経中胚葉は胚細胞に由来する。一実施形態において、前記神経中胚葉は、インビトロで(培養培地とともに)培養される。一実施形態において、前記神経中胚葉は基質に固定される。一実施形態において、前記神経中胚葉および胚性幹細胞はヒトのものである。
【0031】
一実施形態は、生物学的薬剤をスクリーニングする方法を提供し、同方法は、i)外胚葉または神経中胚葉を含む細胞培養物、およびii)試験化合物を提供することと、b)前記外胚葉または神経中胚葉を前記試験化合物と接触させることと、を含む。一実施形態において、生物学的薬剤は、外胚葉または神経中胚葉を所望の細胞系統にさらに分化させる能力についてスクリーニングされる。
【0032】
本発明は、誘導された外胚葉の外胚葉アイデンティティ(identity)を評価する方法を企図している。この方法は、形態学的手段、機能的評価、および特定の系統に関連するタンパク質の発現またはダウンレギュレーションの測定を通じて行うことができる。
【0033】
本発明はさらに、誘導された神経中胚葉の神経中胚葉アイデンティティを評価する方法を企図している。この方法は、形態学的手段、機能的評価、特定の系統に関連するタンパク質の発現またはダウンレギュレーションの測定を通じて行うことができる。」
(3) 「【0035】
……
【図6】SUは主にMEK/ERKを介してFGFR阻害剤として機能し、24時間
後の神経外胚葉形成を促進する。
【図7】FGFR2/VEGFR2およびALK2/3(LDN/SU)の阻害は、
24時間のインキュベーション後にSOX1を促進するのに十分である。
【図8】神経上皮は前部デフォルトを採用している。
……
【図10】FGF阻害とBMPシグナル伝達の組み合わせは、中脳前駆細胞からの同
種の頭蓋神経堤を促進する。
【図11】1日目の神経上皮は、中脳底板(尾側/腹側)の表現型にパターン化でき
る。
……
【図22A】多能性から外胚葉系統への離脱(exit)を調節するためのモデル。
A)確立された方法論は、未調節の内因性FGFシグナル伝達により、アクチビンシ
グナル伝達を抑制する。したがって、多能性の喪失は、FGF5エピブラスト(ep
iblast)中間体への移行を遅らせる。エピブラストからの移行中に、アクチビ
ン(activing)およびBMP抑制により外胚葉が生成される。B)FGFと
アクチビンの両方が抑制されるため、FGFシグナル伝達の制御は、多能性からのよ
り迅速な離脱を促進する。同様に、制御されたFGFシグナル伝達によりエピブラス
ト中間体は一時的なものとなり、アクチビンおよびBMPシグナル伝達の抑制により
外胚葉が急速に促進される。これにより、誘導動態における6日の改善(6-day
improvement)が得られる。
【図22B】多能性から外胚葉系統への離脱(exit)を調節するためのモデル。
A)確立された方法論は、未調節の内因性FGFシグナル伝達により、アクチビンシ
グナル伝達を抑制する。したがって、多能性の喪失は、FGF5エピブラスト(ep
iblast)中間体への移行を遅らせる。エピブラストからの移行中に、アクチビ
ン(activing)およびBMP抑制により外胚葉が生成される。B)FGFと
アクチビンの両方が抑制されるため、FGFシグナル伝達の制御は、多能性からのよ
り迅速な離脱を促進する。同様に、制御されたFGFシグナル伝達によりエピブラス
ト中間体は一時的なものとなり、アクチビンおよびBMPシグナル伝達の抑制により
外胚葉が急速に促進される。これにより、誘導動態における6日の改善(6-day
improvement)が得られる。
……」
(4) 「【0038】
ヒト多能性幹細胞の分化は、in vitroで漸進的により成熟した発生的に類似した胚構造を生成するために段階特異的に進行する。in vitroですべての外胚葉を生成する最初の段階は、この分野が1998年に始まって以来6日より早く進行してはいなかった。そのため、任意の神経細胞型を作製するには、外胚葉を誘導するために少なくとも6日間が必要であり、その後、発生的に後の事象が生ずるまでの時間がさらに必要である。本明細書で提供される組成物および方法は、この間隔を24時間未満に短縮し、これらの発生的に後の事象が生ずるための新しい加速された時間枠を作製する。したがって、既存のニューロン分化プロトコルは、効率を高めるために、本明細書で開示されている新しい時間枠内で書き直すことができる。
……
【0040】
本明細書では、外胚葉を1日/24時間(またはそれ以下)で生成するための組成物と方法を提供し、それにより、実験を計画し、実行し、データ分析することになり、ダウンタイムまたは失敗した実験ブランチの追跡による生産性の損失を抑えながら最善の道を進めることができるため、効率が向上する。外胚葉には、前臨床および臨床環境での用途がある。
【0041】
アクチビン受容体様キナーゼ(ALK)2、3および細胞外シグナル調節キナーゼ(ERK)の併用阻害は、同期神経誘導を24時間以内に促進する。未分化ヒト多能性幹細胞は、LDN193189およびBGJ398の小分子の組み合わせに曝露されたとき、95%NANOG/SOX2陽性、SOX1/PAX6陰性の免疫表現型から、95%NANOG陰性/SOX2陽性、PAX6および/またはSOX1陽性の免疫表現型へ移行する。MAPK/ERKキナーゼ阻害剤PD0325901はこの環境でのBGJ398の使用を完全に置き換えるため、線維芽細胞成長因子受容体阻害剤BGJ398は下流のERKシグナル伝達を阻害することがわかっている。この発見は現在、すべての神経系統の細胞型を導出するためのプロトコルを構築できる最もシンプルかつ効率的なプラットフォームであり、既存の方法を大幅に改善している。
【0042】
同様に、in vitroで神経中胚葉を生成する最初の段階は3日より早く進行することはなかった。そのため、神経細胞または中胚葉細胞型を作製するには、神経中胚葉を誘導するのに少なくとも3日間必要であり、その後、発生的に後の事象が生ずるまでの時間がさらに必要である。本明細書で提供される組成物および方法は、この間隔を24時間未満に短縮し、これらの発生的に後の事象が生ずるための新しい加速された時間枠を作製する。したがって、既存の神経中胚葉分化プロトコルは、効率を高めるために、本明細書で開示されている新しい時間枠内で書き直すことができる。」
(5) 「【0067】
幹細胞
方法は、広範な未分化幹細胞株にわたり機能し、実施が簡単である。本明細書で提供される組成物、方法およびキットで使用するための幹細胞は、ヒトを含む任意の脊椎動物幹細胞であり得る。
【0068】
幹細胞には、限定されるものではないが、胚性幹細胞(ヒト胚性幹細胞(hESC)を含む)、体性幹細胞(例えば、ヒト)、人工多能性幹細胞(iPSC(例えば、ヒト))が含まれる。
……
【0101】
分化した細胞型
一実施形態において、前記幹細胞は前部外胚葉に分化する。一実施形態において、本明細書に開示される分化方法に従って、分化した細胞(外胚葉)は、培養細胞の前記集団の少なくとも10%から100%までである。当業者は、蛍光活性化セルソーティング(FACS)などの様々な周知の方法を使用して、集団における外胚葉細胞の割合を容易に決定することができる。外胚葉を含む集団の範囲は、本明細書に記載の方法により産生される外胚葉細胞の、約50~55%、……および45~50%などの純度の低い集団も有用である。外胚葉細胞の濃度は、集団内の遺伝子発現プロファイルに従って決定できる。
【0102】
本明細書で提供される方法によって作製された前部外胚葉は、中枢および/または末梢神経系前駆細胞、パターン化可能な前駆細胞、ニューロン(4,5)(NeuN/ベータ-III-チューブリンを発現する)およびグリア(26)(OLIG2/SOX10を発現する);および表皮の派生物(27)(サイトケラチン14およびp63を発現する)および神経堤(11)(Pax3/SOX10/SOX9/p75/HNKを発現する)からなる群から選択される細胞にさらに分化され得る。さらに、これらの集団は、表面外胚葉、神経堤幹細胞、脊髄神経上皮、脊髄(28)、および体節(TBX6を発現する)を形成できる神経中胚葉前駆体(30)(SOX2/Tを発現する)を形成するように誘導でき、それは、筋肉前駆細胞(ミオゲニン/PAX3/7)、軟骨細胞前駆細胞、線維芽細胞前駆細胞、および骨芽細胞前駆細胞にさらに分化し得る。」
(6) 「【0136】
神経上皮へのhiPSCの加速分化
LDN-193189HCl(……)およびBGJ398(……)を補充したEssential6からなる分化培地を組み合わせて、6ウェルプレートのビトロネクチンでコーティングしたウェル毎に2mLを分配した。上記のように、hPSCは小さな塊(塊ごとに25~50個の細胞)に解離した。0.2~0.4mLの培養液を、分化培地を含むrhVTNでコーティングしたウェルに播種した。
【0137】
中脳底板神経上皮の加速された生産
1日目に分化した神経上皮細胞は、CHIR99021(……)、SAG(……)およびFGF2(……)を補充したEssential6で24~48時間処理した。2日目または3日目の中脳前駆細胞は、wnt-c59(……)、SAG(……)およびBGJ398(……)を補充したEssential6で24時間処理し、24~48時間以内にOTX2/LMX1A/FOXA2陽性細胞を作製した。」
(7) 「【0138】
神経中胚葉前駆細胞の加速された生産
LDN-193189HCl(……)、BGJ398(……)およびCHIR99021(……)を補充したEssential 6からなる分化培地を組み合わせて、6ウェルプレートのビトロネクチンでコーティングしたウェル毎に2mLを分配した。上記のように、hPSCは小さな塊(塊ごとに25~50個の細胞)に解離した。0.2~0.4mLの培養液を、分化培地を含むrhVTNでコーティングしたウェルに播種した。
【0139】
脊髄神経上皮の加速された生産
1日目の神経中胚葉前駆細胞を、CHIR99021(……)およびFGF-BasicTS(登録商標)(……)を補充したEssential6からなる分化培地に24時間、曝露した。この2日目の神経中胚葉は、BGJ398(……)を補充したEssential6からなる分化培地にさらに曝露され、PAX3/SOX1/HOXB4陽性神経上皮細胞の3日目の集団を作製した。
【0140】
脊椎底板神経上皮の加速された生産
2日目の脊髄神経中胚葉前駆細胞を、SAG(……)、BGJ398(……)およびWNT-c59(……)を補充したEssential6からなる分化培地に24時間曝露して、SOX1+/FOXA2+/NKX2.2+/HOXB4+細胞の集団を3日目と4日目の間に作製した。」
(8) 「【0141】
結果
ヒト中枢神経系の発生は、ヒト多能性幹細胞(hPSC)の分化によってin vitroでモデル化できる。hPSC分化の初期段階では、神経外胚葉(NE)および中内胚葉(mesendoderm)の胚芽層が作製され、それらは最終的に成人の体内のすべての組織を生じる。……
……
【0145】
多能性およびNE形成に関連するさまざまな転写因子について、細胞死の前に24時間分化培養物を分析した。未分化の対照培養物と比較して、SU5402で処理した培養物ではNANOG陽性の減少が示され、それは初期段階の多能性離脱(pluripotential exit)を示唆している。hPSCとNEの両方に共通するSOX2が維持された。一方、SU5402で処理した培養物は、90%超の細胞でSOX1陽性を示し、初期段階のNE形成を示した(図3)。
【0146】
追加のhPSC系統を、3つの阻害剤のカクテルを使用して同じ方法でアッセイし、SOX1免疫反応性の観点から示差的な応答が認められた。SU5402は、FGFR2およびVEGFR2に対する制限された特異性により、一部の系統のFGFおよびVEGFシグナル伝達を不完全に抑制し、SOX1免疫反応性の不完全な獲得をもたらすと考えられる。FGFR1、FGFR3、FGFR2、FGFR4、VEGFR1、VEGFR2、VEGFR3、
およびVEGFR4を標的とする汎FGFRおよびVEGFR阻害剤BGJ398およびアキシチニブは別々の条件で使用され、アキシチニブは比較的高濃度でのみSOX1免疫反応性を誘導するが、BGJ398は低濃度でも、試験したすべての系統でSOX1を完全に誘導することが明らかとなった。これらのデータは、SU5402の神経化作用がFGFR阻害剤としての機能に大きく起因することを示していた。
【0147】
阻害剤カクテルからの1つの分子の差し引き(subtractions)は、BGJ398およびLDN193189の組み合わせによる共処置がSOX1免疫陽性細胞の大部分の集団を作製するのに十分である一方で、任意の他の2つの阻害剤の組み合わせは24時間後にSOX1免疫反応性を誘導できなかったことを示した。単一阻害剤条件も同様に、SOX1免疫反応性を誘導できなかった(図7)。」
(9) 「【図6】
[図:0001422778000001.jpg]
【図7】
[図:0001422778000002.jpg]
【図8】
[図:0001422778000003.jpg]
」
(10) 「【図10】
[図:0001422778000004.jpg]
【図11】
[図:0001422778000005.jpg]
」
(11) 「【図22A】
[図:0001422778000006.jpg]
【図22B】
[図:0001422778000007.jpg]
」
2 拒絶理由1(特許法第36条第6項第1号)に関する判断
(1) 上記1の【0002】及び【0038】の記載からみて、本願発明で解決されるべき課題は、従来、ヒト多能性幹細胞から外胚葉を生成するのに「少なくとも最低6日間」を必要としていたのを、例えば24時間程度まで短縮することにあると認められる。
また、本願発明は「第2」のとおりのものであるから、本願発明が特許法第36条第6項第1号に規定されるサポート要件を満足するためには、発明の詳細な説明に、ヒトのESC又はiPSCをLDN-193189及びBGJ398を含む培地に同時に24時間曝露して、前部外胚葉細胞の集団が上記培地への曝露の24時間以内に生成し、前記前部外胚葉を単離することを含む「幹細胞の分化を誘導するための方法」により、「前部外胚葉細胞」を生成ないし単離することができ、上記課題が解決できると当業者が認識できるように記載されている必要があるといえる。
そして、本願発明のような細胞の分化誘導の技術において、培地組成等の培養条件が細胞に与える影響は実験的に確認してみなくてはわからないというのが本願出願日当時の技術常識であるから、発明の詳細な説明に記載された具体的な実施例について以下検討する。
(2) 発明の詳細な説明には、本願発明の方法により生成ないし単離される「前部外胚葉細胞」を生成ないし単離したことを明示する実施例は記載されていない。そこで、本願発明の方法で用いるLDN-193189やBGJ398を用いた実施例について検討すると、幹細胞を分化誘導する方法の実施例として実施例1が記載され、その「材料 方法」の項には、ヒトiPSC(hiPSC)の培養や、ヒトiPSCから各種細胞への分化誘導について、実験材料や方法が記載されている。このうち、「神経上皮へのhiPSCの加速分化」(【0136】)及び「中脳底板神経上皮の加速された生産」(【0137】)はヒトiPSCを出発材料とする一連の実験(以下、「実施例1-1」という。)であり、また、「神経中胚葉前駆細胞の加速された生産」(【0138】)、「脊髄神経上皮の加速された生産」(【0139】)及び「脊椎底板神経上皮の加速された生産」(【0140】)は別の一連の実験(以下、「実施例1-2」という。)であると認められる。
実施例1-1では、LDN-193189及びBGJ398を含む培地に曝露された結果得られた細胞として、「1日目に分化した神経上皮細胞」と、「24~48時間以内に」「作製した」「OTX2/LMX1A/FOXA2陽性細胞」が記載されている。しかし、前者について、「1日目に分化した神経上皮細胞」は、技術常識に照らすと外胚葉から分化したものと解されるから、当業者といえども、「1日目に分化した神経上皮細胞」が「前部外胚葉細胞の集団」にあたると解することができない。また、「OTX2/LMX1A/FOXA2陽性細胞」は、「1日目に分化した神経上皮細胞」を更に分化誘導したものと解されるから、これも外胚葉であるとは考えられない。これらの点を踏まえると、実施例1-1では、外胚葉細胞を経由して神経上皮細胞やそれをさらに分化誘導した細胞が得られたとはいえても、当該外胚葉細胞が「前部外胚葉」の細胞であるのか明らかでない。仮に「前部外胚葉」の細胞であったとしても、その分化誘導を途中で止めて「前部外胚葉細胞の集団を生成」して、「前部外胚葉を単離」したとは理解できないし、どのような指標でどのように分化誘導を途中で止めて「前部外胚葉細胞の集団を生成」して、どのように「前部外胚葉を単離」できるのかについて、何ら記載も示唆もないのだから、当業者といえども、実施例1-1の記載に基づいて、ヒトのESC又はiPSCをLDN-193189及びBGJ398を含む培地に同時に24時間曝露して、前部外胚葉細胞の集団が上記培地への曝露の24時間以内に生成し、前記前部外胚葉を単離することができると認識するとは認められない。
実施例1-2では、LDN-193189、BGJ398及びCHIR99021を含む培地に曝露された結果得られた細胞として「1日目の神経中胚葉前駆細胞」、「2日目の神経中胚葉」、「PAX3/SOX1/HOXB4陽性神経上皮細胞の3日目の集団」、「2日目の脊髄神経中胚葉前駆細胞」、及び、「3日目と4日目の間に作製した」「SOX1+/FOXA2+/NKX2.2+/HOXB4+細胞の集団」が記載されている。しかし、「1日目の神経中胚葉前駆細胞」、「2日目の神経中胚葉」及び「2日目の脊髄神経中胚葉前駆細胞」は、いずれも中胚葉又はその前駆細胞であることが明記され、「前部外胚葉細胞の集団」にはあたらないことはもちろん、外胚葉細胞に由来するものでもないことが明らかである。また、「PAX3/SOX1/HOXB4陽性神経上皮細胞の3日目の集団」及び「3日目と4日目の間に作製した」「SOX1+/FOXA2+/NKX2.2+/HOXB4+細胞の集団」は、いずれも神経中胚葉前駆細胞を更に分化誘導して得られたものであるから、外胚葉やそれに由来するものであるとは考えられない。よって、実施例1-2により「前部外胚葉細胞の集団」が得られたと理解できず、本願発明が記載されたものと解することができない。
(3) 実施例1の「結果」の項には、その「材料 方法」の項のいずれの方法の結果であるか判然としないものの、「BGJ398およびLDN193189の組み合わせによる共処置」に関する記載があり(【0147】)、また、上記「共処置」に関する記載として【図7】がある。
【0141】、【0145】~【0147】の記載からは、BGJ398およびLDN193189の組み合わせによる共処置で得られるものが「SOX1免疫陽性細胞の大部分の集団」であり、SOX1陽性の細胞は初期段階の神経外胚葉の細胞にあたることが理解できる。しかし、特に【0146】、【0147】で示された内容はどのような工程を経て得られた結果であるのかが明記されていない。このような点を踏まえると、「BGJ398およびLDN193189の組み合わせによる共処置」では、外胚葉細胞を経由して神経外胚葉が得られたとはいえても、当該外胚葉細胞が「前部外胚葉」の細胞であるのか明らかでない。仮に「前部外胚葉」の細胞であったとしても、その分化誘導を途中で止めて「前部外胚葉細胞の集団を生成」して、「前部外胚葉を単離」したとは理解できないし、どのような指標でどのように分化誘導を途中で止めて「前部外胚葉細胞の集団を生成」して、どのように「前部外胚葉を単離」できるのかについて、何ら記載も示唆もないのだから、当業者といえども、「BGJ398およびLDN193189の組み合わせによる共処置」に関する記載に基づいて、ヒトのESC又はiPSCをLDN-193189及びBGJ398を含む培地に同時に24時間曝露して、前部外胚葉細胞の集団が上記培地への曝露の24時間以内に生成し、前記前部外胚葉を単離することができると認識するとは認められない。
また、【0147】に「BGJ398およびLDN193189の組み合わせによる共処置」の結果を示すものとして記載された【図7】の記載をみると、最左列にサンプル番号(♯)が付され、各サンプルについて、その右側にある3列には「LDN(μM)」、「SB(μM)」、及び「SU(μM)」の数値、更に右側の3列には「SOX2」、「NANOG」、及び「SOX1」とのタイトルが付された画像が、それぞれ記載されている。このうち「LDN(μM)」及び「SU(μM)」については、本願明細書の他の記載を考慮すれば、それぞれ「LDN193189」及び「SU5402」の頭文字を用いて略記しつつ、各成分の使用濃度を示したものと解される。これに対し、「SB」に関しては【0147】に関連する記載がなく、本願明細書の他の記載をみても、「SB」を頭文字とする成分がSB431542(【0028】、【0073】)、SB35432(【0100】)、SB239063(【0148】)と複数記載されているため、「SB」の記載でどのような成分を指すのかは特定できず、この点は【0035】にある【図7】の説明をみても同様である。加えて、【0146】、【0147】で挙げられているBGJ398の使用に関する情報は【図7】をみても記載がない。そうすると、【図7】をみても【0147】にある「BGJ398およびLDN193189の組み合わせによる共処置がSOX1免疫陽性細胞の大部分の集団を作製するのに十分である」ことを確認することができない。
結果として、技術常識を踏まえても、「BGJ398およびLDN193189の組み合わせによる共処置」に関する記載によって本願発明が記載されたと解することができない。
(4) 上記(1)~(3)で検討したとおり、本願の発明の詳細な説明における記載をみても、外胚葉細胞を経由して神経上皮細胞や神経外胚葉、これらをさらに分化誘導した細胞が得られたとはいえても、当該外胚葉細胞が「前部外胚葉」の細胞であるのか明らかでない。仮に「前部外胚葉」の細胞であったとしても、その分化誘導を途中で止めて「前部外胚葉細胞の集団を生成」して、「前部外胚葉を単離」したとは理解できないし、どのような指標でどのように分化誘導を途中で止めて「前部外胚葉細胞の集団を生成」して、どのように「前部外胚葉を単離」できるのかについて、本願の発明の詳細な説明における記載をみても何ら記載も示唆もないのだから、当業者といえども、ヒトのESC又はiPSCをLDN-193189及びBGJ398を含む培地に同時に24時間曝露して、前部外胚葉細胞の集団が上記培地への曝露の24時間以内に生成し、前記前部外胚葉を単離することができると認識するとは認められない。
したがって、本願発明は、発明の詳細な説明において、発明の課題が解決できることを当業者が本願出願時において認識できるように記載された範囲のものとはいえないから、本願は特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たすものとはいえない。
3 拒絶理由2(特許法第36条第4項第1号)に関する判断
本願発明は「第2」のとおりのものであるから、本願発明は特許法第36条第4項第1号に規定される実施可能要件を満足するためには、当業者が、ヒトのESC又はiPSCをLDN-193189及びBGJ398を含む培地に同時に24時間曝露して、前部外胚葉細胞の集団が上記培地への曝露の24時間以内に生成し、前記前部外胚葉を単離することを含む「幹細胞の分化を誘導するための方法」により、「前部外胚葉細胞」を生成ないし単離することができる程度に、発明の詳細な説明が明確かつ十分に記載されている必要があるといえる。
そして、2(1)でも検討したように、本願発明のような細胞の分化誘導の技術において、培地組成等の培養条件が細胞に与える影響は実験的に確認してみなくてはわからないというのが本願出願日当時の技術常識である
しかし、発明の詳細な説明や図面の記載は2の(2)及び(3)で検討したとおりであり、技術常識を踏まえても、このような発明の詳細な説明の記載によっては、当業者が容易に本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものとはいえず、本願は特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たすものとはいえない。
4 請求人の主張について
(1) 本願発明に関して当審が検討した上記2及び3の点について、請求人は、令和6年10月18日付け意見書において、上記2及び3で検討した点のほか、以下のア~オの旨を主張して、本願が特許法第36条第6項第1号および特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たすことは明らかであると主張する。
ア 本願明細書は、免疫細胞化学の画像、細胞培養プロトコル、理論的な概略図など、補正後の請求項1を当業者が実施する、すなわち、外胚葉の形成および外胚葉誘導物の形成を促進するためにLDN193189およびBGJ398(以下、「LDN/BGJ」とも記載)を使用することを示す多くの形式のデータを提供している。
イ 本願の図7は、LDN/SUがSOX1陽性外胚葉を形成するのに十分であることを示しており、また、図6はBGJまたはPDがSUの効果を再現できることを示している。そうすると、図6および図7を考慮した場合、LDN/BGJはLDN/SUと同様に機能することを理解でき、LDN/BGJがSOX1陽性外胚葉を形成するのに十分であることを当業者は理解できる。
ウ SOX1免疫陽性の存在と外胚葉の産生の証拠との関係について、幹細胞の分化に関する当業者であれば、SOX1免疫陽性の存在が外胚葉の産生の証拠となり得ることを理解でき、本願明細書において引用された数多くの刊行物も、外胚葉形成の証拠としてSOX1を挙げており、また、hPSCをLDN/BGJに暴露することによって製造されたSOX1免疫陽性の外胚葉が、中脳底板や頭蓋神経堤のような、他の外胚葉由来の構造に変化する能力を持つことを実証している。
エ 仮にSOX1が外胚葉の形成を示すのに不十分であったとしても、本願では図8にOTX2陽性としての外胚葉も記載されており、OTX2とSOX1の免疫陽性の組み合わせは、SOX1単独と同様に、幹細胞の分化に関する当業者にとっては周知の外胚葉の特徴である。
オ 本願発明の方法は本願の出願後に、Stem Cells誌に論文として提出されており(PMID:32745311)、ヒト多能性幹細胞から24時間以内に外胚葉の形成を促進するためのLDNとBGJの使用が、全体を通して明確に詳述されている。
(2) しかしながら、上のような請求人の主張はいずれも採用することができない。その理由は以下のとおりである。
ア 本願明細書の免疫細胞化学の画像はいずれも前部外胚葉自体が生成されたことを示す画像ではなく、細胞培養プロトコル、理論的な概略図などの記載についても、ヒトのESC又はiPSCをLDN-193189及びBGJ398を含む培地に同時に24時間曝露した結果を示したものではなく、前部外胚葉を単離したことを示すものではないから、いずれも「幹細胞の分化を誘導するための方法」が発明の詳細な説明に記載されていることを示すものではない。
イ 図7で示されたのはSOX1陽性の「神経外胚葉(NE)」であって、前部外胚葉に該当するわけではない。また、図7の結果を得るための手順については1の(3)及び(8)に記載される一方、図6については1の(3)に図6の内容に関する記載があるものの、明細書をみてもその他に記載はなく、どのような方法を経て得られた結果であったのかは不明であるから、「BGJまたはPDがSUの効果を再現でき」、「LDN/BGJはLDN/SUと同様に機能する」と解することはできない。
ウ 本願明細書の記載からみて、「SOX1免疫陽性の外胚葉」は、1の(3)及び(8)に記載されているように「神経外胚葉(NE)」であることがわかる一方、これは前部外胚葉に該当するわけではない。そうすると、「SOX1免疫陽性の外胚葉」を生成するプロセスにおいて前部外胚葉を生成していたのか、生成していた場合であってもどの段階で生成していたのかが不明であり、そのような不明な状態で前部外胚葉を単離できると解することはできない。
エ 図8にOTX2陽性としての外胚葉が記載されていると主張するが、明細書をみても図8で示された結果を得るための手順について記載がなく、図面の簡単な説明をみても「神経上皮は前部デフォルトを採用している。」と記載されるのみであるから、そもそもどのような細胞に関する結果であるのかが不明であり、ヒトのESC又はiPSCをLDN-193189及びBGJ398を含む培地に同時に24時間曝露した結果に関するものであるとも理解できず、「幹細胞の分化を誘導するための方法」を示すものと解することができない。
オ Stem Cells誌掲載の論文に関しては、PubMedデータベースにおける登録番号であるPMIDを記載するだけで、当該論文の具体的な記載内容についても触れていない上、そもそも本願出願日後に発行された論文であるのだから、当該論文の内容について検討するまでもなく、上記主張は採用できない。
第5 むすび
以上のとおりであるから、本願は、特許法第36条第6項第1号及び同条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず、同法第49条第4号の規定により拒絶すべきである。
よって、結論のとおり審決する。
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2022-015605