特許無効審判
2022-800033
発光素子、発光装置、照明装置及び電子機器
- 審判番号
- 2022-800033
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 無効審判(無効の審決)
- 出願番号
- 特願2012-062925
- 登録番号
- 5420705
- 請求日
- 2022年04月05日
- 審決日
- 2023年08月08日
- 公報発行日
- 2024年01月26日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 【請求人】ウーハン、チャイナ、スター、オプトエレクトロニクス、セミコンダクター、ディスプレイ、テクノロジー、カンパニー、リミテッド
- 【請求人代理人】永井 浩之
- 【請求人代理人】宮嶋 学
- 【請求人代理人】浅野 真理
- 【請求人代理人】前川 英明
- 【請求人代理人】遠藤 逸子
- 【被請求人】株式会社 半導体エネルギー研究所
- 【被請求人代理人】古城 春実
- 【被請求人代理人】牧野 知彦
- 【被請求人代理人】岡田 健太郎
- 【被請求人代理人】平井 佑希
- 【被請求人代理人】蟹田 昌之
- 審判長/審判官
- 審判長 松波 由美子
- 審判官 杉山 輝和
- 審判官 清水 康司
- 分類
- P1113.113-Y (H05B) / P1113.121-Y (H05B)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条、特許法第123条第1項第2号、特許法第169条
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
上記当事者間の特許第5420705号発明「発光素子、発光装置、照明装置及び電子機器」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。
結論
結 論
本件審判の請求は、成り立たない。
審判費用は、請求人の負担とする。
理由
理 由
第1 請求の趣旨及び答弁の趣旨
1 請求の趣旨
特許5420705号の特許請求の範囲の請求項1~12に記載された発明についての特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求める。
2 答弁の趣旨
本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求める。
第2 手続の経緯
特許第5420705号(以下、「本件特許」という。)の請求項1~請求項12に係る特許についての出願は、平成24年3月20日(先の出願に基づく優先権主張 平成23年3月23日)に出願され、平成25年11月29日に特許権の設定の登録がされたものである。
本件無効審判における手続の経緯の概略は、以下のとおりである。
令和4年 4月 5日 :審判請求書の提出
同年 5月20日付け:手続補正指令書(方式)
同年 6月21日 :手続補正書(方式)の提出(請求人)
同年 9月22日 :審判事件答弁書の提出(被請求人)
令和5年 1月 5日付け:審理事項通知書
同年 1月27日 :口頭審理陳述要領書の提出(請求人)
同年 1月27日 :口頭審理陳述要領書の提出(被請求人)
同年 2月10日 :口頭審理
同年 3月 3日 :上申書の提出(請求人)
同年 3月 3日 :上申書の提出(被請求人)
同年 3月24日 :上申書の提出(請求人)
同年 3月24日 :上申書の提出(被請求人)
同年 3月31日 :上申書の提出(被請求人)
同年 4月10日 :上申書の提出(請求人)
第3 本件発明
本願の請求項1~12に係る発明(以下、それぞれ請求項の番号により「本件発明1」~「本件発明12」といい、それらを総称して「本件発明」という。)は、特許請求の範囲の請求項1~12に記載された事項により特定されるとおりのものと認められるところ、請求項1~12の記載は、次のとおりである。
「【請求項1】
燐光性化合物、第1の有機化合物、及び第2の有機化合物を含む発光層を一対の電極間に有し、
前記第1の有機化合物及び前記第2の有機化合物が、励起錯体を形成する組み合わせであり、
前記励起錯体の発光スペクトルが、前記燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯と重なり、
前記励起錯体の発光スペクトルのピーク波長が、前記燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯のピーク波長以上である発光素子。
【請求項2】
燐光性化合物、第1の有機化合物、及び第2の有機化合物を含む発光層を一対の電極間に有し、
前記第1の有機化合物及び前記第2の有機化合物が、励起錯体を形成する組み合わせであり、
前記励起錯体の発光スペクトルが、前記燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯と重なり、
前記励起錯体の発光スペクトルのピーク波長と、前記燐光性化合物の発光スペクトルのピーク波長の差が30nm以下である発光素子。
【請求項3】
燐光性化合物、第1の有機化合物、及び第2の有機化合物を含む発光層を一対の電極間に有し、
前記第1の有機化合物及び前記第2の有機化合物が、励起錯体を形成する組み合わせであり、
前記励起錯体の発光スペクトルが、前記燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯と重なり、
前記励起錯体の発光スペクトルのピーク波長が、前記燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯のピーク波長以上、前記燐光性化合物の発光スペクトルのピーク波長以下である発光素子。
【請求項4】
請求項3において、
前記励起錯体の発光スペクトルのピーク波長と、前記燐光性化合物の発光スペクトルのピーク波長の差が30nm以下である発光素子。
【請求項5】
請求項1乃至請求項4のいずれか一項において、
前記第1の有機化合物の一重項励起子から、前記励起錯体が形成される発光素子。
【請求項6】
請求項1乃至請求項4のいずれか一項において、
前記第1の有機化合物のアニオン及び前記第2の有機化合物のカチオンから、前記励起錯体が形成される発光素子。
【請求項7】
請求項1乃至請求項6のいずれか一項において、
前記励起錯体の励起エネルギーが前記燐光性化合物に移動して、前記燐光性化合物が燐光を発する発光素子。
【請求項8】
請求項1乃至請求項7のいずれか一項において、
前記第1の有機化合物及び前記第2の有機化合物の少なくとも一方が、蛍光性化合物である発光素子。
【請求項9】
請求項1乃至請求項8のいずれか一項において、
前記燐光性化合物が、有機金属錯体である発光素子。
【請求項10】
請求項1乃至請求項9のいずれか一項に記載の発光素子を有する発光装置。
【請求項11】
請求項10に記載の発光装置を有する照明装置。
【請求項12】
請求項10に記載の発光装置を有する電子機器。」
第4 請求人の主張及び証拠方法
1 請求人の主張の概要
請求人は、令和4年6月21日付け手続補正書により補正された審判請求書及び令和5年1月27日付け口頭審理陳述要領書において、以下の無効理由1~3を主張している(第1回口頭審理調書)。以下、甲第1号証等を「甲1」等と略記する。
(1)無効理由1(甲1発明に基づく新規性及び進歩性の欠如)
本件発明1~12は、甲1発明であるから、特許法29条1項3号に該当し、特許を受けることができないものである。また、本件発明1~12は、甲1発明及び甲3、4に記載された技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、同法29条2項の規定により特許を受けることができないものである。したがって、その特許は同法29条1項又は2項の規定に違反してされたものであるから、同法123条1項2号に該当し、無効とすべきである。
(2)無効理由2(甲2発明に基づく新規性及び進歩性の欠如)
本件発明1~12は、甲2発明であるから、特許法29条1項3号に該当し、特許を受けることができないものである。また、本件発明1~12は、甲2発明及び甲3、4、5に記載された技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、同法29条2項の規定により特許を受けることができないものである。したがって、その特許は同法29条1項又は2項の規定に違反してされたものであるから、同法123条1項2号に該当し、無効とすべきである。
(3)無効理由3(甲6発明に基づく新規性及び進歩性の欠如)
本件発明1、3、5~12は、甲6発明であるから、特許法29条1項3号に該当し、特許を受けることができないものである。また、本件発明1、3、5~12は、甲6発明及び甲7、8に記載された技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、同法29条2項の規定により特許を受けることができないものである。したがって、その特許は同法29条1項又は2項の規定に違反してされたものであるから、同法123条1項2号に該当し、無効とすべきである。
2 証拠方法
甲1: 特表2008-524848号公報
甲2: 特開2006-203172号公報
甲3: 国際公開第2013/154342号
甲4: Journal of Materials Chemistry、The Royal Society of Chemistry、2009年1月7日、Vol.19、No.1、pp.89-96
甲5: Japanese Journal of Applied Physics、応用物理学会、2005年4月21日、Vol.44、No.4B、pp.2790-2794
甲6:特表2010-513293号公報
甲7: PHYSICAL REVIEW B、アメリカ物理学会、2006年、Vol.74、245211
甲8:実験結果報告書、審判請求人、2022年3月8日
(以上、審判請求書に添付)
甲8の2: 実験結果報告書、審判請求人、2022年3月8日
甲9: American Dye Sources, Inc.のHP、2022年7月22日プリントアウト
甲10: 大木道則ほか3名編、「化学大辞典」、株式会社東京化学同人、1989年10月20日、2535~2536頁
(以上、口頭審理陳述要領書に添付して提出)
第5 被請求人の主張及び証拠方法
1 被請求人の主張の概要
被請求人は、本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求めており、請求人の主張する無効理由は何れも理由がない旨の主張をしている。
2 証拠方法
被請求人は、証拠方法として以下のものを提出した。以下、乙第1号証等を「乙1」等と略記する。
乙1: 「フェルスター機構とは何?」、[online]、2021年9月25日、Weblioウェブサイト
<https://www.weblio.jp/content/フェルスター機構>
乙2: 特許第6568156号公報
乙3の1: Yuki Seino et al.、”High-Performance Blue Phosphorescent OLEDs Using Energy Transfer from Exciplex”、ADVANCED MATERIALS、2014年1月22日、Vol.2014、No.26、pp.1612-1616
乙3の2: Yuki Seino et al.、“Supporting Information” 、ADVANCED MATERIALS、2014年1月22日
乙4: 井上晴夫・伊藤攻監訳、「分子光化学の原理」、丸善出版株式会社、平成25年7月30日、pp.26-29,162-163
乙5の1: 「日経エレクトロニクス」、日経BP社、2013年6月24日、No.1111、p.42-49
乙5の2の1: Satoshi Seo et al.、“Exciplex-triplet energy transfer: A new method to achieve extremely efficient organic light-emitting diode with external quantum efficiency over 30% and drive voltage below 3V”、Japanese Journal of Applied Physics、2014年3月17日、Vol.53、042102
乙5の2の2: “Spotlights”、発行日不詳、IOP Science
乙5の3: 「化学と工業」、日本化学会、2015年3月1日、第68巻第3号、p.246
乙5の4: 「平成30年度全国発明表彰受賞者功績概要」、平成30年6月12日、発明協会
乙7の1: プレスリリース「エキサイプレックス発光による有機EL素子の世界トップレベルの高効率化に成功」、九州大学、2012年3月9日
乙7の2: 時任静士ほか2名著、「有機ELディスプレイ」、オーム社、平成16年8月20日、28-31頁、106-109頁
乙7の3: 安達千波矢監修、「有機ELのデバイス物理・材料化学・デバイス応用」、株式会社シーエムシー出版、2007年12月14日、121頁
乙8: 「SciFinder表示画面」、[2022年8月18日検索]
乙9: 「実験報告書2」、被請求人従業員、令和4年9月16日
乙10: 山下正廣・小島憲道編著、「金属錯体の現代物性化学」、三共出版株式会社、2008年10月10日、pp.330-345
乙11: “Synthesis and Characterization of Facial and Meridional Tris-cyclometalated lridium(III) Complexes”、Journal of the American Chemical Society、2003年5月22日、Vol.125、No.24、pp.6035-6042
乙12: “Homoleptic Cyclometalated Iridium Complexes with Highly Efficient Red Phosphorescence and Application to Organic Light-Emitting Diode”、Journal of the American Chemical Society、2003年9月27日、Vol.125、No.42、pp.12971-12979
(以上、審判事件答弁書に添付)
乙5の5: Satoshi Seo et al.、“Exciplex-triplet energy transfer: A new method to achieve extremely efficient organic light-emitting diode with external quantum efficiency over 30% and drive voltage below 3V” 、Japanese Journal of Applied Physics、2014年3月17日、Vol.53、042102
乙5の6: Qiang Wang et al.、“High-efficiency organic light-emitting diodes with exciplex hosts”、 Journal of Materials Chemistry C、2019年8月6日、2019、7、pp.11329-11360
乙5の7: 「Dimensionsウェブページ」、2023年1月24日写し作成
乙13の1: 徳丸克己教授、「意見書」、2023年1月24日
乙13の2: 「有機EL関連技術につきまして」と題する書面、被請求人、2023年1月20日
乙13の3: 「徳丸克己筑波大学名誉教授」と題する書面、被請求人、2023年1月24日
乙14の1: 筒井哲夫教授、「回答」、2023年1月24日
乙14の2: 「有機EL関連技術につきまして」と題する書面、被請求人、2023年1月20日
乙14の3: 「筒井哲夫 九州大学名誉教授」と題する書面、被請求人、2023年1月24日
乙15: 「エッセンシャル化学辞典」、(株)東京化学同人、1999年3月10日、58頁
乙16: 「令和3年(ワ)第6763号 特許権侵害差止等請求事件 技術説明会」、請求人、2022年10月31日
乙17: 「丁第26号証」と題する書面、請求人、2022年7月27日
乙18: “Multi-layer organic light-emitting diodes processed from solution using phosphorescent dendrimers in a polymer host”、 Organic Electronics、2010年3月20日、Vol.11、pp.1005-1009
乙19: “Amphiphilic Cationic Triscyclometalated Iridium(III) Complex-Peptide Hybrids Induce Paraptosis-like Cell Death of Cancer Cells via an Intracellular Ca2+-Dependent Pathway”、ACS Omega、2020年3月17日、Vol.2020、No.5、pp.6983-7001
(以上、口頭審理陳述要領書に添付して提出)
乙20: 「フラボノイドコレクション データの見方」、[online]、2022年2月21日プリントアウト、国立科学博物館ウェブサイト
<https://www.kahaku.go.jp/research/db/botany/flavonoid/guide/index.php>
(以上、令和5年3月3日提出の上申書に添付して提出)
乙21: “GLOSSARY OF TERMS USED IN PHOTOCHEMISTRY 3rd EDITION (IUPAC Recommendations 2006)”、2007年、Pure and Applied Chemistry、Vol.79、No.3、pp.293-465
乙22: 「化学辞典(第2版)[小型版]」、森北出版株式会社、2012年11月15日、p.914
(以上、令和5年3月24日提出の上申書に添付して提出)
第6 当審の判断
1 本件発明について
(1)本件発明における「励起錯体」について
ア 本件明細書の記載
本件発明1~12は、いずれも、発光素子の発光層について、「前記第1の有機化合物と前記第2の有機化合物とは、励起錯体を形成する組み合わせであり」との発明特定事項を備えるものであるところ、該発明特定事項に含まれる「励起錯体」との用語について、本件明細書には下記の記載がある(下線は当合議体で付した。)。
「【0056】
<本発明の一態様>
本発明の一態様は、燐光性化合物、第1の有機化合物、及び第2の有機化合物を含む発光層を一対の電極間に有し、第1の有機化合物及び第2の有機化合物が、励起錯体を形成する組み合わせである発光素子であり、励起錯体の発光スペクトルが、燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側の吸収帯と重なり、励起錯体の発光スペクトルのピーク波長が、燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯のピーク波長以上である発光素子である。
【0057】
第1の有機化合物と第2の有機化合物は、キャリアの再結合(又は一重項励起子)によって、励起錯体(エキサイプレックスとも言う)が形成される。形成された励起錯体が発光する場合、その発光波長は、第1の有機化合物と第2の有機化合物のそれぞれの発光波長(蛍光波長)に比べて、長波長側に存在する。換言すれば、励起錯体を形成することで、第1の有機化合物の蛍光スペクトルや第2の有機化合物の蛍光スペクトルを、より長波長側に位置する発光スペクトルに変換することができる。」、
「【0059】
また、励起錯体は励起状態でのみ存在するため、エネルギーを吸収できる基底状態が存在しない。したがって、燐光性化合物の一重項励起状態及び三重項励起状態が該励起錯体に逆エネルギー移動してしまい、燐光性化合物が発光する前に失活する(すなわち発光効率を損なう)という現象は、原理的に生じないと考えられる。このことも、外部量子効率を高くできる一因である。」、
「【0097】
<励起錯体>
励起錯体(エキサイプレックス、exciplex)は、励起状態における異種分子間の相互作用によって形成される。励起錯体は、比較的深いLUMO準位をもつ材料と、浅いHOMO準位をもつ材料との間で形成しやすいことが一般に知られている。」、
「【0100】
そして、この2つの有機化合物により励起錯体が形成された場合、励起錯体のLUMO準位は、第1の有機化合物に由来し、HOMO準位は、第2の有機化合物に由来する(図6参照)。したがって、励起錯体のエネルギー差は、第1の有機化合物のエネルギー差、及び第2の有機化合物のエネルギー差よりも小さくなる。つまり、第1の有機化合物と第2の有機化合物のそれぞれの発光波長に比べて、励起錯体の発光波長は長波長となる。」
イ 「励起錯体」に関する先の出願当時の技術常識
「励起錯体」に関する先の出願当時の技術常識として、被請求人及び請求人が提出した証拠には、以下の記載がある。
「エキシプレックス[exciplex] 励起錯体。ヘテロエキシマー(hetero-excimer)ともいう。励起状態の分子や原子が他の分子や原子との間で形成する錯体。・・・基底状態ではこれらは錯体を形成しない。」(乙15「エッセンシャル化学辞典」)
「励起錯体[exciplex] 励起電子状態にある化学種A*が基底状態にあるn個の化学種Bと形成する励起錯体ABn*を励起錯体という。・・・またA,Bが異なる1:1錯体をヘテロエキシマー(heteroexcimer)という場合もある。通常、励起錯体という場合はこのヘテロエキシマーを指すことが多い。・・・励起錯体はしばしば発光を示し、長波長部に振動機構をもたない幅の広いスペクトルとして観測される発光極大の位置と溶媒の極性との関連から、発光状態は双極子モーメントが大きく、電荷移動状態の寄与が大きいことが確認されている。この発光に対応する吸収は通常は測定されず、励起錯体は、基底状態では、A,B間の相互作用は小さいと考えられる。」(甲10「化学大辞典」)
「基底状態では存在せず、電子的に励起された状態で存在する明確な化学量論をもつ錯体、例えば、ある分子の励起状態が異なる構造の基底状態の相手の分子との間の相互作用により形成される錯体を意味する。」(乙13の1(徳丸教授「意見書」)において引用される、「国際純正応用化学連合(IUPAC)の光化学委員会による光化学の用語についての勧告(1988)」)
上記各証拠の記載によれば、励起錯体とは、「エキシプレックス」ともいわれ、励起状態の分子や原子が他の分子や原子との間で形成する錯体であって、基底状態では錯体を形成しないため、発光に対応する吸収は測定されないが、励起状態では、発光を示し、長波長部に振動機構をもたない幅の広いスペクトルとして観測されるものであることが、先の出願当時における技術常識であったと認められる。
ウ 本件発明における「励起錯体」について
上記ア及びイによると、本件発明における「励起錯体」とは、本件明細書に記載されるとおり、励起状態における異種分子間の相互作用によって形成される、「エキサイプレックス、exciplex」とも呼ばれるものであり、第1の有機化合物と第2の有機化合物が励起錯体を形成する組み合わせである場合、この2つの有機化合物により形成された励起錯体の発光波長は、第1の有機化合物と第2の有機化合物のそれぞれの発光波長に比べて長波長となり、また、励起錯体は励起状態でのみ存在するため、エネルギーを吸収できる基底状態が存在しないという特徴を有するものであるといえる。このことは、先の出願当時の技術常識に基づき認識される「励起錯体」に係る用語の定義とも整合する。
エ 「励起錯体」の確認方法について
上記ウに示した本件発明における「励起錯体」の解釈は、励起錯体の確認方法について、被請求人が提出した2名の有機EL素子の技術分野における専門家による意見書の内容とも符合する。意見書には、それぞれ下記の事項が記載されている(なお、以下の記載において、丸囲みの数字を括弧付き数字で表記した。)。
乙13の1「意見書」(徳丸教授)
「(2)質問2に対する意見
・・・
励起錯体が形成されるとその発光スペクトルは元の化合物、例えば質問にある化合物AやB単独の発光スペクトルよりも、長波長側に観察される。しかしこれは励起錯体が形成されたことを確認するための必要条件であって十分条件ではない。
励起錯体は励起状態では錯体を形成しているが、基底状態ではそれぞれ別の分子として独立して存在していなければならない。」、
「(3)質問3に対する意見
・・・化合物名や分子構造だけでは、励起錯体が形成される可能性があっても、実際に励起錯体が形成されるかは実験してみないとわからない。
・・・励起錯体を形成するかどうかは、現在でも実験によって確認するしかなく、構造だけから判別することはできない。」、
「(4)質問4に対する意見
・・・
基底状態で2種の分子がそれぞれ独立していることを確認するには、例えば分子A、B単独での吸収スペクトルとその混合物の吸収スペクトルを比較することが考えられる。基底状態でそれぞれ独立していれば、混合物の吸収スペクトルは、概略、分子A、Bの吸収スペクトルを重ね合わせた形になるはずである。」
乙14の1「回答」(筒井教授)
「1 質問1について
・・・
基底状態では錯体を形成していない化合物AとBとが、励起状態では錯体を形成する場合に、その化合物A及びBで形成される励起状態の錯体(電荷移動励起状態の錯体)のことをエキサイプレックスという。
エキサイプレックスのこのような定義に示されているとおり、エキサイプレックスであるためには
(1)基底状態では錯体を形成しないこと
(2)励起状態では錯体を形成すること
という2つの条件が必要である。
(1)については、化合物AとBが混合された状態で、基底状態において元の化合物A及びBとして維持されていることだが、これは吸収スペクトルなどを測定することで確認できる。
(2)については、化合物AとBの単独の発光スペクトルと比較して、化合物AとBを混合した状態の発光スペクトルが長波長側にシフトしていることで確認することができる。
質問2とも関係するが、(2)の長波長シフトが生じている場合には、エキサイプレックスが形成されている可能性はあるが、例えば化合物AとBとが化学反応を起こし別の化合物を形成した結果、発光スペクトルが変化する可能性なども考えうるため、(2)の長波長シフトだけではなく、(1)のとおり元の化合物AとBとが変化していないことも確認できなければ、化合物AとBの組み合わせがエキサイプレックスであるか否かは決められない。」
以上によると、ある第1の有機化合物と第2の有機化合物が、励起錯体を形成する組み合わせであるというためには、以下の2点をいずれも確認することが必要であると認められる。
(ア)励起状態で錯体を形成していることを、発光スペクトルに長波長シフトが生じていることで確認すること。
(イ)基底状態では錯体を形成しないことを、吸収スペクトルを測定することで確認すること。
(2)本件発明の技術的意義に関する本件明細書の記載
ア 本件明細書には、本件発明が解決しようとする課題について、以下の記載がある。
本件発明は、有機エレクトロルミネッセンス現象を利用した発光素子(有機EL素子)に関するものである(【0001】)。
有機EL素子の基本的な構成は、一対の電極間に発光性の有機化合物を含む層(発光層)を挟んだものであり、薄型軽量化できる、入力信号に高速に応答できる、直流低電圧駆動が可能であるなどの特性から、次世代のフラットパネルディスプレイ素子として注目されている(【0002】)。
有機EL素子の発光機構は、キャリア注入型であり、電極間に発光層を挟んで電圧を印加することにより、電極から注入された電子およびホール(正孔)が再結合して発光物質が励起状態となり、その励起状態が基底状態に戻る際に発光するところ、励起状態の種類としては、一重項励起状態(S*)と三重項励起状態(T*)が可能であり、発光素子におけるその統計的な生成比率は、S*:T*=1:3であると考えられている。(【0003】)。
発光性の有機化合物は通常、基底状態が一重項状態であり、一重項励起状態(S*)からの発光は、同じスピン多重度間の電子遷移であるため蛍光と呼ばれ、三重項励起状態(T*)からの発光は、異なるスピン多重度間の電子遷移であるため燐光と呼ばれ、蛍光性化合物を用いた発光素子における内部量子効率(注入したキャリアに対して発生するフォトンの割合)の理論的限界は、S*:T*=1:3であることを根拠に25%とされている(【0004】)。
一方、燐光を発する化合物(燐光性化合物)を用いれば、内部量子効率は100%にまで理論上は可能となり、蛍光性化合物に比べて高い発光効率を得ることが可能になることから、高効率な発光素子を実現するために、燐光性化合物を用いた発光素子の開発が近年盛んに行われており、特に、燐光性化合物としては、その燐光量子収率の高さゆえに、イリジウム等を中心金属とする有機金属錯体が注目されている(【0005】)。
- 上述した燐光性化合物を用いて発光素子の発光層を形成する場合、燐光性化合物の濃度消光や三重項-三重項消滅による消光を抑制するために、他の化合物からなるマトリクス中に該燐光性化合物が分散するようにして形成することが多く、マトリクスとなる化合物はホスト材料、燐光性化合物のようにマトリクス中に分散される化合物はゲスト材料と呼ばれる(【0006】)。
しかし、一般に、有機EL素子における光取り出し効率は20%~30%程度と言われており、反射電極や透明電極による光の吸収を考慮すると、燐光性化合物を用いた発光素子の外部量子効率の限界は、25%程度と考えられている(【0008】)。
また、有機EL素子は、ディスプレイや照明への応用が考えられており、課題の一つとして、消費電力の低減が挙げられ、消費電力を低くするためには、有機EL素子の駆動電圧を低くすることが重要である。(【0009】)
そこで、本件発明は、外部量子効率が高い発光素子を提供することを課題の一とし、また、駆動電圧の低い発光素子を提供することを課題の一とする(【0010】)。
以上によると、本件発明は、有機エレクトロルミネッセンス現象を利用した発光素子(有機EL素子)に関し、従来、有機EL素子における光取り出し効率は20%~30%程度であって、反射電極や透明電極による光の吸収を考慮すると、燐光性化合物を用いた発光素子の外部量子効率の限界は、25%程度と考えられていたという技術水準に反し、かかる外部量子効率の限界を超える、高い発光効率を提供すること、及び、駆動電圧の低い発光素子を提供することを課題とするものであるといえる。
イ 本件発明は、上記アに示される課題を解決すべくなされたものであって、発光素子において、
燐光性化合物、第1の有機化合物、及び第2の有機化合物を含む発光層を一対の電極間に有し、第1の有機化合物及び第2の有機化合物が、励起錯体を形成する組み合わせであり、励起錯体の発光スペクトルが、燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯と重なり(【0012】~【0014】、請求項1~3)、かつ、
励起錯体の発光スペクトルのピーク波長が、燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯のピーク波長以上である(【0012】、請求項1)か、
励起錯体の発光スペクトルのピーク波長と、燐光性化合物の発光スペクトルのピーク波長との差が30nm以下である(【0013】、請求項2)か、又は、
励起錯体の発光スペクトルのピーク波長が、燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯のピーク波長以上、燐光性化合物の発光スペクトルのピーク波長以下である(【0014】、請求項3)、
との構成を備えるものである。
ウ そして、本件明細書には、本件発明の構成に基づく作用機序の前提となる背景技術について、以下の事項が記載されている。
まず、本件発明の前提技術に当たる「燐光性化合物をゲスト材料として用いる発光素子における発光の一般的な素過程」について、「(2)電子及びホールがホスト分子において再結合し、ホスト分子が励起状態となる場合(エネルギー移動過程)」において、ホスト分子の三重項励起エネルギー及び一重項励起エネルギーの双方が、いかにゲスト分子に効率良く移動できるかが重要である(【0031】、【0032】)。
エネルギー移動効率を高くするためには、フェルスター機構、デクスター機構のどちらの機構においても、ホスト分子の発光スペクトル(一重項励起状態からのエネルギー移動を論じる場合は蛍光スペクトル、三重項励起状態からのエネルギー移動を論じる場合は燐光スペクトル)とゲスト分子の吸収スペクトルとの重なりが大きい方がよい(【0044】)。
ホスト材料の三重項励起状態からのエネルギー移動においては、ホスト材料の燐光スペクトルとゲスト材料の最も長波長側の吸収帯との重なりが大きくなればよい(【0048】)。
しかしながら、ホスト材料の一重項励起状態からのゲスト材料へのエネルギー移動効率の向上については、蛍光スペクトルをゲスト材料の最も長波長側の吸収帯と重ねるように設計しなければならないが、一般にホスト材料の蛍光スペクトルが燐光スペクトルと同じような位置に来るようにホスト材料を設計することは、極めて困難である(【0050】、【0051】)。
また、ホスト材料として用いられる蛍光性化合物の蛍光寿命はナノ秒レベルと非常に短いこと(一重項励起状態から基底状態(一重項)への遷移が許容遷移であるため。)から、エネルギー移動効率に対して不利に働き、ホスト材料の一重項励起状態からゲスト材料へのエネルギー移動は、総じて起こりにくい傾向にある(【0052】)。
本発明は、このようなホスト材料の一重項励起状態からのゲスト材料へのエネルギー移動効率に関する問題点を克服できる、有用な手法である【0053】。
エ 以上の背景技術を踏まえ、本件発明1~3に対応した構成に基づく、具体的な作用機序について以下のとおり記載されている。
本件発明1に対応する本発明の一態様では、燐光性化合物、第1の有機化合物、及び第2の有機化合物を含む発光層を一対の電極間に有する発光素子において、
「第1の有機化合物及び第2の有機化合物が、励起錯体を形成する組み合わせであり、励起錯体の発光スペクトルが、燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側の吸収帯と重なり、励起錯体の発光スペクトルのピーク波長が、燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯のピーク波長以上である」構成を備えており、第1の有機化合物及び第2の有機化合物が励起錯体を形成し、形成された励起錯体が発光する場合、その発光波長は、第1の有機化合物と第2の有機化合物のそれぞれの発光波長(蛍光波長)に比べて、長波長側に存在するので、第1(第2)の有機化合物の蛍光スペクトルが、燐光性化合物の吸収帯との重なりがなかったとしても、励起錯体を形成することで、長波長の発光スペクトルが得られ、該吸収帯との重なりを大きくすることができ、エネルギー移動効率が高く、外部量子効率が高い発光素子を実現できる(【0056】~【0058】)。
また、励起錯体は励起状態でのみ存在するため、エネルギーを吸収できる基底状態が存在しないため、燐光性化合物の一重項励起状態及び三重項励起状態が該励起錯体に逆エネルギー移動してしまい燐光性化合物が発光する前に失活する(すなわち発光効率を損なう)という現象は、原理的に生じず、外部量子効率を高くできる一因である(【0059】)。
また、励起錯体の励起寿命は比較的長いため、エネルギー移動効率を高くすることができる(【0091】)。
さらに、励起錯体が形成される電圧のしきい値は、該励起錯体の発光スペクトルのピークのエネルギーによって決まるところ、励起錯体の発光スペクトルのピークのエネルギーが高すぎる(波長が短すぎる)と、励起錯体が形成される電圧のしきい値も増大してしまい、励起錯体から燐光性化合物にエネルギー移動して燐光性化合物を発光させるために、より大きな電圧を要することになり好ましくない。この観点から、励起錯体の発光スペクトルのピークのエネルギーが低い(波長が長い)ほど、該電圧のしきい値は小さくなり好ましい、すなわち、本発明の一態様の発光素子は、励起錯体の発光スペクトルのピーク波長が、燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯のピーク波長以上であるため、駆動電圧の低い発光素子を得ることができ、しかも、励起錯体の発光スペクトルと燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯との重なりを利用してエネルギー移動が可能であるため、高い発光効率を得ることができる。このように、駆動電圧を低減しつつ、高い発光効率(外部量子効率)が得られることにより、高い電力効率が実現できる(【0074】~【0077】)。
オ 同様に、本件発明2、3に対応する本発明の一態様では、本件発明1と共通する構成により、上記エの作用機序のうち、励起錯体の利用に基づく外部量子効率が高い発光素子を実現できる点、及び、エネルギー移動効率を高くすることができる点は共通に得られるものである。そして、本件発明2に対応した「励起錯体の発光スペクトルのピーク波長と、燐光性化合物の発光スペクトルのピーク波長との差が30nm以下である」との構成、及び本件発明3に対応した「励起錯体の発光スペクトルのピーク波長が、燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯のピーク波長以上、燐光性化合物の発光スペクトルのピーク波長以下である」との構成により、それぞれ、駆動電圧が低く、外部量子効率が高い発光素子を実現することができることが説明されている(【0083】~【0087】)。
(3)有機EL発光素子の技術分野における先の出願当時の技術常識
なお、乙7の1~乙7の3の記載に基づくと、有機EL発光素子において、励起錯体(エキシプレックス)の形成は、発光効率の低下原因となるため、回避すべきであることが、先の出願当時における当業者の技術常識であったと認められ、この点は、本件明細書の【0074】に記載された従来技術の認識と整合するものである。
(4)本件発明の技術的意義
したがって、本件発明は、駆動電圧を低減しつつ、高い外部量子効率(発光効率)を得ることを目的として、従来の技術常識に反し、第1の有機化合物及び第2の有機化合物が、励起錯体を形成する組み合わせであって、前記励起錯体の発光スペクトルが、前記燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯と重なり、かつ、励起錯体の発光スペクトルのピーク波長と燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯のピーク波長とが所定の位置関係にある、又は、励起錯体の発光スペクトルのピーク波長と燐光性化合物の発光スペクトルのピーク波長とが所定の位置関係にある、発光素子とした点に技術的意義を有するものであるといえる。
2 証拠の記載事項
(1)甲1の記載事項
甲1には、以下の事項が記載されている(下線は、当合議体が付したものであり、引用発明の認定や判断に使用した箇所を示す。以下、他の甲号証についても同様である。)。
ア 「【請求項1】
カソードと、アノードと、その両者の間に位置する発光層(LEL)とを備えていて、その発光層が、リン光発光体を含むとともに、そのリン光発光体の三重項エネルギーよりも大きな三重項エネルギーをそれぞれが持つ少なくとも1種類の正孔輸送共同ホストおよび少なくとも1種類の電子輸送共同ホストを含んでおり、さらに、三重項エネルギーが2.5eV以上である正孔輸送材料を含むエキシトン阻止層を上記発光層のアノード側に隣接して備えるOLEDデバイス。」
イ 「【技術分野】
【0001】
本発明は、エキシトン阻止層と、正孔輸送材料および電子輸送材料を含むとともにリン光発光体を含む発光層とを備えていて、望ましいエレクトロルミネッセンス特性(例えば高い輝度効率、高い電力効率、低い動作電圧)を提供できる有機発光ダイオード(OLED)エレクトロルミネッセンス(EL)デバイスに関する。
【0002】
有機エレクトロルミネッセンス(EL)デバイスは20年以上前から知られているが、性能が限られているため、望ましい多くの用途にとっての障害となっていた。最も単純な形態の有機ELデバイスは、正孔を注入するためのアノードと、電子を注入するためのカソードと、これら電極に挟まれていて、電荷の再結合をサポートして光を発生させる有機媒体とで構成されている。このようなデバイスは、一般に有機発光ダイオード、またはOLEDとも呼ばれる。」
ウ 「【0005】
OLEDデバイスにおいて有用であることが報告されている多くの発光材料は、励起した一重項状態から蛍光を発生させる。励起した一重項状態は、OLEDデバイスの内部で形成されるエキシトンがエネルギーをドーパントの一重項励起状態に移動させるときに作り出すことができる。しかしELデバイスの中で発生するエキシトンのほんの25%だけが一重項エキシトンである。残りのエキシトンは三重項であるため、エネルギーをドーパントに移動させてドーパントの一重項励起状態を作り出すことはできない。その結果、エキシトンの75%は発光プロセスで使用されないため、効率が大きく低下する。
【0006】
三重項エキシトンは、エネルギーが十分に低い三重項励起状態を有するのであれば、エネルギーをドーパントに移動させることができる。ドーパントの三重項状態が発光性であるならば、リン光を発生させることができる。多くの場合、一重項エキシトンは、エネルギーを同じドーパントの最低一重項励起状態に移動させることもできる。一重項励起状態は、項間交差プロセスによって緩和して発光性三重項励起状態になることができる場合がしばしばある。したがってホストとドーパントを適切に選択することにより、OLEDデバイスの中で生成される一重項エキシトンと三重項エキシトンの両方からエネルギーを回収し、非常に効率的なリン光を発生させることができる。リン光発光という用語は、発光メカニズムがリン光であるエレクトロルミネッセンスを指すのに用いることもある。
【0007】
ドーパントの励起状態を作り出すことのできる別の方法は、正孔をドーパントに捕獲させた後に電子と再結合させるか、電子を捕獲させた後に正孔と再結合させるという連続プロセスである。どちらの場合にも、ドーパントの励起状態が直接作り出される。一重項状態と三重項状態、蛍光、リン光、項間交差については、J.G. CalvertとJ.N. Pitts, Jr.、『光化学』(ワイリー社、ニューヨーク、1966年)に記載されており、S.R. Forrestとその共同研究者の論文(例えばM.A. Baldo、D.F. O'Brien、M.E. Thompson、S.R. Forrest、Phys. Rev. B、第60巻、14422ページ、1999年;M.A. Baldo、S.R. Forrest、Phys. Rev. B、第62巻、10956ページ、2000年)にもさらに詳しく記載されている。
・・・
【0011】
純粋なホストを有するリン光OLEDデバイスにおける大きな発光効率は、通常は、正孔阻止材料を発光層とカソードの間に組み込んで正孔の移動を制限し、電子-正孔再結合とその結果発生するエキシトンを発光層に限定することによって得られる・・・。
【0012】
純粋なホストとリン光材料を用いたリン光OLEDデバイスは、電子-正孔再結合イベントを発光層に限定するのを助けるため、正孔阻止層に加え、三重項エネルギーのレベルが適切な少なくとも1種類の正孔輸送層を、発光層のアノード側に隣接した位置に備えることができる。この特徴により、デバイスの効率をさらに大きくすることができる。・・・」
エ 「【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明により、カソードと、アノードと、その両者の間に位置する発光層(LEL)とを備えていて、その発光層が、リン光発光体を含むとともに、そのリン光発光体の三重項エネルギーよりも大きな三重項エネルギーをそれぞれが持つ少なくとも1種類の正孔輸送共同ホストおよび少なくとも1種類の電子輸送共同ホストを含んでおり、さらに、三重項エネルギーが2.5eV以上である正孔輸送材料を含むエキシトン阻止層を上記発光層のアノード側に隣接して備えるOLEDデバイスが提供される。
【発明の効果】
【0016】
本発明のデバイスは、効率が改善され、駆動電圧が低下している。」
オ 「【0019】
適切な共同ホスト材料は、三重項エキシトンの移動が、ホスト材料からリン光発光体へは効率的に起こるが、リン光発光体からホスト材料へは効率的に起こらないものを選択せねばならない。したがってリン光発光体の三重項エネルギーは、それぞれの共同ホスト材料の三重項エネルギーよりも低いことが非常に望ましい。一般に、三重項エネルギーが大きいというのは、光学的バンド・ギャップが大きいことを意味する。しかし共同ホスト材料のバンド・ギャップは、発光層に電荷キャリアを注入する際に許容できないほどの障壁が発生したり、OLEDデバイスの駆動電圧が許容できないほど大きくなったりしないように選択せねばならない。
【0020】
デバイスの膜の形状、電気的特性、発光効率、寿命を改善するため、発光層は2種類以上のホスト材料を含んでいる。発光層は、優れた正孔輸送特性を有する第1の共同ホスト材料と、優れた電子輸送特性を有する第2の共同ホスト材料を含んでいることが非常に望ましい。」
カ 「【0021】
望ましい正孔輸送共同ホストとしては、その共同ホストの三重項エネルギーが使用するリン光発光体の三重項エネルギーよりも大きくなっていさえすれば適切な任意の正孔輸送化合物が可能であり、例えばトリアリールアミンやカルバゾールがある。
・・・(中略)・・・
【0037】
正孔輸送共同ホストとして用いるのに適したトリアリールアミンの有用な1つのクラスとして、一般式(7)で表わされるカルバゾール誘導体がある。
・・・(中略)・・・
【0040】
一般式(7)を満たすカルバゾールの別の有用なクラスは、一般式(8)で表わされる。
・・・(中略)・・・
【0041】
有用な置換されたカルバゾールの代表例として以下のものがある。
4-(9H-カルバゾル-9-イル)-N,N-ビス[4-(9H-カルバゾル-9-イル)フェニル]-ベンゼンアミン(TCTA);
4-(3-フェニル-9H-カルバゾル-9-イル)-N,N-ビス[4(3-フェニル-9H-カルバゾル-9-イル)フェニル]-ベンゼンアミン;
9,9'-[5'-[4-(9H-カルバゾル-9-イル)フェニル][1,1':3',1-テルフェニル]-4,4-ジイル]ビス-9H-カルバゾール。
【0042】
適切な一実施態様では、正孔輸送共同ホストは、一般式(9)の材料を含んでいる。
【0043】
【化9】
[図:0001405568000001.jpg]
【0044】
一般式(9)において、
nは1~4の中から選択され;
Qは、独立に、フェニル、置換されたフェニル、ビフェニル、置換されたビフェニル、アリール、置換されたアリールのいずれかを表わし;
R1~R6は、独立に、水素、アルキル、フェニル、置換されたフェニル、アリールアミン、カルバゾール、置換されたカルバゾールのいずれかである。
」
キ 「【0047】
望ましい電子輸送共同ホストとしては、その三重項エネルギーが使用するリン光発光体の三重項エネルギーよりも大きくなっていさえすれば適切な任意の電子輸送化合物が可能であり、例えばベンズアゾール、フェナントロリン、1,3,4-オキサジアゾール、トリアゾール、トリアジン、トリアリールボランがある。
・・・(中略)・・・
【0063】
本発明における電子輸送共同ホストは、置換された1,2,4-トリアゾールの中から選択することもできる。有用なトリアゾールの一例は、一般式(22)で表わされる3-フェニル-4-(1-ナフチル)-5-フェニル-1,2,4-トリアゾールである。
【0064】
【化18】
[図:0001405568000002.jpg]
」
ク 「【0067】
すでに説明したように、リン光発光体を用いたOLEDデバイスは、共同ホストとリン光発光体を含む発光層に三重項エキシトンを限定するのを助けるため、少なくとも1つのエキシトン阻止層108(図1)を、発光層109のアノード側に隣接した位置に備えることができる。エキシトン阻止層が三重項エキシトンを限定できるためには、この層の材料の三重項エネルギーがリン光発光体の三重項エネルギーよりも大きい必要がある。そうなっていなくて発光層に隣接する層に含まれるどの材料の三重項エネルギーもリン光発光体の三重項エネルギーよりも低い場合には、その材料はしばしば発光層の中で励起状態が抑えられることになり、デバイスの輝度効率が低下する。電子が発光層からエキシトン阻止層に逃げるのをエキシトン阻止層が阻止することで、そのエキシトン阻止層が電子-正孔再結合イベントを発光層に限定するのも助けていることが望ましい場合もある。エキシトン阻止層がこの電子阻止特性を持つためには、この層の材料の固体状態電子親和性が、発光層に含まれる材料の電子親和性よりも少なくとも0.1eV、好ましくは少なくとも0.2eV大きい必要がある。
【0068】
われわれは、選択したエキシトン阻止材料の三重項エネルギーが2.5eV以上だと、発光層に共同ホストとリン光発光体を用いたOLEDデバイスの輝度収率と電力効率を著しく改善できることを見いだした。」
ケ 「【0203】
本発明とその利点は、以下の実施例によってさらによく理解することができよう。
【0204】
デバイスの例1~4:
【0205】
本発明の条件を満たすELデバイス(デバイス1)を以下のようにして構成した。
【0206】
1.アノードとしてインジウム-スズ酸化物(ITO)を約85nmの厚さにコーティングしたガラス基板を、順番に、市販の洗剤の中で超音波処理し、脱イオン水の中でリンスし、トルエン蒸気の中で脱脂し、酸素プラズマに1分間にわたって曝露した。
【0207】
2.プラズマ支援CHF3堆積により、ITOの上にフルオロカーボン(CFx)からなる正孔注入層(HIL)を1nm堆積させた。
【0208】
3.次に、N,N'-ジ-1-ナフチル-N,N'-ジフェニル-4,4'-ジアミノビフェニル(NPB)からなる厚さが37.5nmの正孔輸送層(HTL)を、抵抗器で加熱したタンタル・ボートから蒸着した。
【0209】
4.次に、4,4',4-トリス(カルバゾリル)-トリフェニルアミン(TCTA)からなる厚さが37.5nmのエキシトン阻止層(EBL)を、抵抗器で加熱したタンタル・ボートから蒸着した。
【0210】
5.次に、エキシトン阻止層の上に、厚さ35nmの発光層(LEL)を堆積させた。このLELは、電子輸送共同ホストとしての2,2',2-(1,3,5-フェニレン)トリス[1-フェニル-1H-ベンゾイミダゾール](TPBI)と、正孔輸送共同ホストとしてのTCTA(LELに含まれる全共同ホストの30質量%の濃度)と、リン光発光体としてのfac-トリス(2-フェニル-ピリジナト-N,C2’)イリジウム(III) [すなわちIr(ppy)3](全共同ホスト材料の6質量%の濃度)の混合物からなる。これらの材料も、タンタル・ボートから蒸着した。
【0211】
6.次に、2,2',2-(1,3,5-フェニレン)トリス[1-フェニル-1H-ベンゾイミダゾール](TPBI)からなる厚さが10nmの正孔阻止層(HBL)を別のタンタル・ボートから蒸着した。
【0212】
7.次に、トリス(8-キノリノラト)アルミニウム(III)(Alq)からなる厚さ40nmの電子輸送層(ETL)を発光層の上方に堆積させた。この材料も、タンタル・ボートから蒸着した。
【0213】
8.Alq層の上に、MgとAgが10:1の体積比になったカソードを220nm堆積させた。
【0214】
上記の一連の操作により、ELデバイスの堆積が完成した。したがってデバイス1は、以下の層構造を有する:ITO|CFx(1nm)|NPB(37.5nm)|TCTA(37.5nm)|(TPBI+30質量%のTCTA)+6質量%のIr(ppy)3(35nm)|TPBI(10nm)|Alq(40nm)|Mg:Ag(220nm)。次に、周囲環境から保護するため、このデバイスを、乾燥グローブ・ボックスの中で乾燥剤とともに密封した。」
(2)甲2の記載事項
甲2には、以下の事項が記載されている。
ア 「【請求項1】
【請求項1】
一対の電極間に、少なくとも一層の発光層を含む有機化合物層を有する有機電界発光素子であって、
該発光層は、少なくとも一種の発光性ドーパントと、複数のホスト化合物とを含有し、
且つ、該複数のホスト化合物のみを用いて発光層と同一の製膜条件により製膜した単層膜を測定して得られた発光スペクトルの主ピークが、該複数のホスト化合物の各々が単独で示す発光スペクトルの主ピークのいずれよりも15nm以上長波側であることを特徴とする有機電界発光素子。
イ 「【0004】
本発明者らは、検討の結果、発光層中のホスト化合物間が相互作用によって相互作用体を形成する素子において、高い発光効率が得られることを見出した。」
ウ 「【0024】
ホスト化合物間の相互作用は、発光層中に含有されるホスト化合物のドナー性及びアクセプター性に大きく依存する。ホスト化合物のアクセプタ性が大きい程、即ち電子親和力が大きい程、他のホスト化合物と相互作用体を形成し易い。本発明においては、発光層に含有されるホスト化合物のうち少なくとも1種が、電子親和力(Ea)が2.8eV以上4.0eV以下であることが好ましく、3.0eV以上4.0eV以下がより好ましい。
同様に、ホスト化合物のドナー性が大きい程、即ちイオン化ポテンシャルが小さい程、他の化合物と相互作用体を形成し易い。
・・・
【0027】
本発明においては、発光層中に含有される複数のホスト化合物間の相互作用によって形成される相互作用体を経由して、発光性ドーパントへのエネルギー移動が生じる。ホスト化合物間における相互作用によって相互作用体が形成されているかどうかは、発光層中に含有される複数のホスト化合物のみを用いて発光層と同一の製膜条件により製膜した単層膜を測定した場合における発光スペクトル(蛍光・燐光スペクトル)の主ピークと、該複数のホスト化合物の各々が単独で示す発光スペクトル(蛍光・燐光スペクトル)の主ピークとを比較することにより判断できる。
つまり、得られた発光スペクトル(蛍光・燐光スペクトル)成分中に、ホスト化合物に含まれるそれぞれ単独での発光スペクトルに帰属できない長波発光スペクトル成分が観測された場合は、相互作用が起こっているものと考えられる。」
エ 「【0129】
複数のホスト化合物及び発光性ドーパントを含有する発光層の形成方法は、特に限定されるものではないが、それぞれの化合物を各々単独の供給源から供給して基板上で混合する手法、及び、混合物の状態で供給源から基板上に供給する手法のいずれも使える。
例えば、抵抗加熱蒸着法において、別々の蒸着源から共蒸着する方法および複数の化合物の混合物を蒸着する方法が使用できる。
ただし、ホスト化合物については、同一の組み合わせの複数のホスト化合物を用いた場合であっても、それぞれのホスト化合物を別々の蒸着源から共蒸着した場合には相互作用(長波長化)が発現しないが、混合物にして蒸着すると相互作用(長波長化)が発現することがある。かかる観点から、本発明に係る相互作用(長波長化)を発現させるためには、複数のホスト化合物の混合物を蒸着する方法が好ましい。」
オ 「【0177】
[実施例1]
0.5mm厚み、2.5cm角のガラス基板にIn2O3含有率が95質量%であるITOタ-ゲットを用いて、DCマグネトロンスパッタ(条件:基材温度100℃、酸素圧1×10-3Pa)により、透明陽極としてのITO薄膜(厚み0.2μm)を形成した。ITO薄膜の表面抵抗は10Ω/□であった。
次に、前記透明陽極を形成した基板を洗浄容器に入れ、IPA洗浄した後、これにUV-オゾン処理を30分間行った。この透明陽極上に、銅フタロシアニンを真空蒸着法にて、0.5nm/秒の速度で10nmの正孔注入層を設けた。
その上に、4,4’,4”-トリス(2-メチルフェニルフェニルアミノ)トリフェニルアミン(m-MTDATA)を真空蒸着法にて0.5nm/秒の速度で40nmの正孔輸送層を設けた。
この上に、発光層中の正孔輸送性ホストとして下記正孔輸送ホスト1、及び発光層中の電子輸送材料として下記電子輸送ホスト1をるつぼ中で質量比50:50で混合した混合物と、発光材料(発光性ドーパント)として下記イリジウム錯体1(Ir錯体1)と、を真空蒸着法にて100/8の割合で共蒸着して、30nmの発光層を得た。
【0178】
発光層の上に、電子輸送層中の電子輸送材料としてBalq2を、真空蒸着法にて0.5nm/秒の速度で10nm蒸着し、その上に、電子輸送材料としてAlq3を真空蒸着法にて0.2nm/秒の速度で蒸着して35nmの電子輸送層を設けた。
さらにこの電子輸送層上にパタ-ニングしたマスク(発光面積が2mm×2mmとなるマスク)を設置し、フッ化リチウムを真空蒸着法にて蒸着して1nmの電子注入層を設けた。
この上にアルミニウムを真空蒸着法にて蒸着し0.15μmの陰極を設けた。
前記陽極及び陰極より、それぞれアルミニウムのリ-ド線を結線し、発光積層体を形成した。
【0179】
得られた発光積層体をアルゴンガスで置換したグロ-ブボックス内に入れ、乾燥剤を設けたステンレス製の封止缶および紫外線硬化型の接着剤(XNR5516HV、長瀬チバ製)を用いて封止し、本発明の発光素子を得た。
銅フタロシアニンの蒸着から封止までの作業は、真空または窒素雰囲気下で行い、大気に暴露することなく素子作製を行った。
【0180】
実施例1で用いた、正孔輸送ホスト1、電子輸送ホスト1、Ir錯体1、Balq2、Alq3の構造を以下に示す。
【0181】
【化27】
[図:0001405568000003.jpg]
」
カ 「【0193】
[比較例3]
実施例1において、正孔輸送正ホスト1と電子輸送性ホスト1とIr錯体1とを、それぞれ独立の蒸着源からを真空蒸着法にて50/50/8の割合で共蒸着して、30nmの発光層を得たこと以外は、実施例1と同様にして、比較例3の素子を作製した。
【0194】
[実施例2]
実施例1において、発光層中の正孔輸送性ホストとして下記正孔輸送ホスト2、及び発光層中の電子輸送ホストとして下記電子輸送ホスト2をるつぼ中で質量比50:50で混合した混合物と、発光材料としてIr錯体1とを、真空蒸着法にて100/8の割合で共蒸着して、30nmの発光層を得たこと以外は、実施例1と同様にして、実施例2の素子を作製した。
【0195】
[実施例3]
実施例1において、発光層中の正孔輸送性ホストとして下記正孔輸送ホスト3、及び発光層中の電子輸送ホストとして下記電子輸送ホスト3をるつぼ中で質量比50:50で混合した混合物と、発光材料としてIr錯体1とを、真空蒸着法にて100/8の割合で共蒸着して、30nmの発光層を得たこと以外は、実施例1と同様にして、実施例3の素子を作製した。
【0196】
実施例2及び実施例3で用いた、正孔輸送ホスト2、正孔輸送ホスト3、電子輸送ホスト2、電子輸送ホスト3の構造を以下に示す。
【0197】
【化28】
[図:0001405568000004.jpg]
」
「【0198】
【表1】
[図:0001405568000005.jpg]
【0199】
表1より明らかな通り、実施例1~3で用いた、複数のホスト化合物(混合ホスト)のみを用いて発光層と同一の製膜条件により製膜した単層膜を測定して得られた発光スペクトルのλmaxは、該複数のホスト化合物の各々が単独で示す発光スペクトルの主ピークのいずれよりも15nm以上長波側であり、ホスト化合物間で相互作用体が形成されているものと確認された。
相互作用体を有するダブルホスト(DH)発光素子である実施例1と、シングルホスト(SH)発光素である比較例1及び2との比較から、発光特性(外部量子効率)、駆動耐久性ともに実施例の発光素子の方が良好であることがわかる。
また、実施例1と比較例3の比較は、同じホスト材料の組み合わせで、蒸着方法の違いによって、実施例1では相互作用が発現し、比較例3では発現しない場合の比較である。まず、正孔輸送正ホストのIpが5.4eVより大きい場合相互作用を発現しにくいが、混合物から蒸着することによって相互作用が発現しやすくなることが分かる。また、同じホスト材料の組み合わせでも、相互作用を発現した方が、より高い外部量子効率が得られることが分かる。
一方、実施例1と実施例2,3の比較から、正孔輸送性ホスト材料のイオン化ポテンシャルIpが5.4eV以下になると、より高い外部量子効率が得られることが分かる。」
(3)甲3の記載事項
甲3には、以下の事項が記載されている。
なお、参考訳は、当合議体で作成したものである(参考訳については、以下同様である。)
「
[図:0001405568000006.jpg]
」
(参考訳:
[114]
TCTAフィルム、TPBiフィルム、およびTCTAとTPBiをモル比1:1で混合した混合物を含むフィルムを製造した。これら3つのフィルムの発光スペクトルをHe:Cdレーザー及び光電子倍増管(Acton Reaserch Corporation; PD-471)が取り付けられたモノクロメーター(Acton Reaserch Corporation; SpectraPro 300i)で測定した。得られた発光スペクトルは図4に示すとおりであった。)
「
[図:0001405568000007.jpg]
」
(4)甲4の記載事項
甲4には、以下の事項が記載されている。
「
[図:0001405568000008.jpg]
」
(参考訳:図4 ジクロロメタンに溶解されたIr(ppy)3(10-5mol L-1)の規格化された吸収スペクトル(点線)および発光スペクトル(実線))
(5)甲5の記載事項
甲5には、以下の事項が記載されている。
ア 「
[図:0001405568000009.jpg]
」
(参考訳:図1. 本研究で採用したデバイス構造と化学構造)」
イ 「
[図:0001405568000010.jpg]
」
(参考訳:図2. PMMA中にドープしたIr(piq)3の吸収及びPLスペクトル、並びにPVK、TDAPB及び混合物フィルム(重量比1:1)のPLスペクトル)」
ウ 「An absorption spectrum of Ir(piq)3 with a peak at approximately 430 nm is assumed to indicate the metal-ligand charge transfer (MLCT) state of Ir(piq)3, because other studies using phosphorescent materials such as Ir(ppy)3, Btp2Ir(acac) and Ir(HFP)37,8,17) have shown that the peak of the long wavelengths from 400 to 500 nm originates from the MLCT state.・・・The PL spectrum of Ir(piq)3 shows the red light emission at the wavelength of 630nm with a slight shoulder peak at approximately 660nm.」(2791頁右欄3~20行)
(参考訳: 約430nmにピークを有するIr(piq)3の吸収スペクトルは、Ir(piq)3の金属配位子電荷移動(MLCT)状態を示すものと考えられる、それはIr(ppy)3、Btp2Ir(acac)及びIr(HFP)3のような燐光性材料を用いた他の研究が、400~500nmという長波長のピークがMLCT状態から生じることを示しているからである。・・・Ir(piq)3のPLスペクトルは、波長630nmに位置する赤色発光を示し、約660nmに位置する小さなショルダーピークを伴う。)
(6)甲6の記載事項
甲6には、以下の事項が記載されている。
ア 「【請求項21】
少なくとも1つの電極、 少なくとも1つの正孔注入層、及び少なくとも1つの発光層を備え、前記発光層が次の式IIで表される構造単位を含むポリマーを含有する、発光デバイス。
【化8】
[図:0001405568000011.jpg]
式中、R1、R2、R3、R5、R6及びR7は各々独立にC1-C20脂肪族基、C3-C20芳香族基又はC3-C20脂環式基であり、R4及びR8は各々独立に水素、C1-C20脂肪族基、C3-C20芳香族基又はC3-C20脂環式基であり、a及びeは各々独立に0又は1~4の整数であり、b、c、d及びfは各々独立に0又は1~3の整数である。」
イ 「【0002】
バイアス電圧が印加されると発光する薄膜材料を利用する有機発光デバイス(OLED=organic light emitting device)は、1形態のフラットパネルディスプレイ技術として益々普及すると予想される。その理由は、OLEDが、携帯電話、個人用情報機器(PDA)、コンピュータディスプレイ、車両用情報ディスプレイ、テレビモニター、並びに一般照明用の光源など様々な用途に使用できる可能性があるからである。・・・
【0003】
フルカラーOLEDを開発する取り組みとして、ホスト分子から発光性のゲスト分子へエネルギー移送する方法がある。これを実現するには、ホストの三重項エネルギー状態がゲスト分子より高くなければならない。カルバゾール誘導体が、金属含有発光性ゲスト分子の存在下でホスト分子として良好に機能する徴候を示している。この場合ポリ(N-ビニルカルバゾール)がしばしば用いられる。しかし、ポリ(N-ビニルカルバゾール)を用いるデバイスの量子効率はまだ60~80%程度の範囲にある。」
ウ 「【0013】
他の態様では、本発明は、少なくとも1つの電極、少なくとも1つの正孔注入層、及び少なくとも1つの発光層を備え、前記発光層が式IIで表される構造単位を含むポリマーを含有する、発光デバイスを提供する。」
エ 「【0015】
第1の態様では、本発明は式Iのビスカルバゾール単位を含む化合物を提供する。式Iの化合物は一般にビスカルバゾール化合物とみなすことができる。・・・特定の態様では、本発明は、式Iにおいてb、c、d及びfがすべて0であるモノマー、即ち、次式のモノマー(単量体)を提供する。
【0016】
【化3】
[図:0001405568000012.jpg]
【0017】
別の態様では、本発明は式IIで表される構造単位を有するポリマー(重合体)を提供する。ポリマーは、式Iのモノマー1種以上をコモノマー1種以上と共重合することにより製造され、こうしてポリカーボネート、コポリカーボネート、ポリアリーレート、コポリアリーレート、コポリエステルカーボネート、ポリエーテル、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルイミド、及びこれらの組合せをランダム、ブロックもしくはグラフトコポリマー、又はデンドリマーもしくはハイパーブランチ材料の形態で得る。」
オ 「【0031】
本発明が提供するポリマーは、発光電気化学セル、受光器、光導電セル、光スイッチ、ディスプレイデバイスなどを含む多種多様な用途に用いることができる。したがって、1つの態様では、本発明は、少なくとも1つの電極、少なくとも1つの正孔注入層、及び少なくとも1つの発光層を備え、前記発光層が式IIで表される構造単位を含むポリマーを含有する、発光デバイスを提供する。
【0032】
有機発光デバイスは代表的には多数の層を含み、このような層には、最も簡単な場合、アノード層、対応するカソード層及びこれらのアノードとカソード間に配置された有機エレクトロルミネセント(EL)層が含まれる。電圧バイアスを両電極間にかけると、電子がカソードからEL層中に注入され、一方電子がEL層から取り出される(「正孔」がアノードからEL層に「注入」される)。発光が起こるのは、EL層内で正孔と電子が結合して一重項又は三重項励起子(エキシトン)を形成する際で、そして一重項励起子が放射失活により環境にエネルギーを移送するにつれて発光が起こる。
【0033】
アノード、カソード及び発光材料以外に有機発光デバイス内に存在しうる他の構成要素には、正孔注入層、電子注入層及び電子輸送層がある。・・・
【0034】
式Iの化合物は三重項エネルギー状態を有し、この状態は、高効率なデバイスをもたらすので、有機発光デバイス(OLED)などの用途に有用である。さらに、これらの化合物の三重項エネルギーは十分に高く、デバイスに用いるゲスト色素の三重項エネルギーより大きく、したがってホスト分子として作用しうる。本発明の化合物は、有機発光デバイスにおいて正孔輸送層に用いるのに特に適切である。・・・
【0035】
有機エレクトロルミネセント(EL)層は、デバイスの作動時に、電子及び正孔両方を有意な濃度で含有し、励起子形成及び発光にふさわしい位置を提供する、有機発光デバイス内の層である。・・・
【0036】
アノードとして用いるのに適当な材料には、四点プローブ法で測定して、バルク導電率が約100Ω/□以上である材料がある。インジウム錫オキサイド(ITO)がアノードとしてよく用いられるが、それは光透過に対してほぼ透明であり、電気活性な有機層から発せられた光が抜け出るのを容易にするからである。・・・
【0037】
カソードとして用いるのに適当な材料には、負の電荷キャリヤ(電子)をOLEDの内部層に注入することができる0価の金属がある。カソード20として用いるのに適当な種々の0価の金属には、K、Li、Na、Cs、Mg、Ca、Sr、Ba、Al、Ag、Au、In、Sn、Zn、Zr、Sc、Y、ランタノイド系列の元素、これらの合金及びこれらの混合物が挙げられる。・・・非合金層状構造、例えばカルシウムなどの金属もしくはLiFなどの金属フッ化物の薄い層をアルミニウム、銀などの0価金属の比較的厚い層で覆った構造もカソードに用いることができる。・・・
【0038】
本発明の発光デバイスは、正孔注入層に式IVのポリマーを含有する。本ポリマーは、H.C.Stark社から登録商標BAYTRONにて市販されているポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)及びAirProducts社から市販されているチエノ[3,4b]チオフェン(TT)モノマーに由来するポリマーなどの従来から用いられている材料の代わりに、或いはそれに加えて用いることができる。特に、本ポリマーをPEDOTとブレンドして正孔注入層を形成することができる。」
カ 「【0060】
図2は、ビス(9-(ヒドロキシフェニル)カルバゾール-3-イル)の存在下及び不在下でのリン光色素の三重項励起状態の減衰プロファイルを示す。リン光色素は、ビス(9-(ヒドロキシフェニル)カルバゾール-3-イル)に分散させた場合、絶縁性ポリスチレンマトリックスに対して、匹敵する三重項減衰プロファイル(等価な寿命)を有した。このデータは三重項エネルギー測定から得たデータと合致しており、色素[Ir(mppy)3]からホスト[PS又はビス(9-(ヒドロキシフェニル)カルバゾール-3-イル)のいずれか]へのエネルギー移送がないことを示唆している。したがって、ビス(9-(ヒドロキシフェニル)カルバゾール-3-イル)は、リン光OLEDにおいてIr(mppy)3用のホスト材料として適当である。
キ 「【0061】
実施例7 OLEDデバイス作製及び評価
予めインジウム錫オキサイド(ITO)で被覆されたガラスを基板として用いた。UV/オゾン処理したITO基板上にスピンコーティングによりポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)/ポリスチレンスルホネート(PEDOT:PSS)の層(約65nm)を設層し、次いで空気中180℃で1時間ベークした。N,N’-ジフェニル-N,N’-(ビス(3-メチルフェニル)-[1,1-ビフェニル]-4,4’-ジアミン(TPD)及び2-(4-ビフェニリル)-5-(4-tert-ブチルフェニル)-1,3,4-オキサジアゾール(PBD)をそれぞれ正孔注入材料及び電子注入材料として使用した。ビス(9-(ヒドロキシフェニル)カルバゾール-3-イル):PBD:TPD:Ir(mppy)3(61:24:9:6)の混合溶液を、ビス(9-(ヒドロキシフェニル)カルバゾール-3-イル)の1.5wt%クロロベンゼン(CB)溶液1.220mL、PBDの3.0wt%CB溶液0.240mL、TPDの3.0wt%CB溶液0.090mL、及びIr(mppy)3の1wt%CB溶液0.18mLを混合することにより調製した。次に混合溶液をPEDOT:PSS上にスピンコートし、70℃で10分間ベークした。圧力2×10E-6トルでの加熱蒸着によりCsF(4nm)/Al(100nm)を設層することで、デバイスの作製を完了した。」
(7)甲7の記載事項
甲7には、以下の事項が記載されている。
「
[図:0001405568000013.jpg]
FIG. 2.・・・(b) shows the absorption and emission spectrum of the materials.」
(参考訳:図2. (b)は材料の吸収及び発光スペクトルを示す。)
(8)甲8の2の記載事項
甲8の2には、以下の事項が記載されている。
ア 「Emission Spectrum (two host materials and synthetic materials mixed by the two materials」(タイトル部)
(参考訳: 発光スペクトル(2つのホスト材料及び2つの材料を混合した合成材料))
イ 「
[図:0001405568000014.jpg]
[図:0001405568000015.jpg]
」
ウ 「The PL spectrum of the synthetic material mixed by PBD and Compound 3 at ratio of 61:24 , have an obvious red shift and broadening compared with the PL spectrum of the single component film of PBD and Compound 3. It shows an obvious spectral characteristic of exciplex.」
(参考訳: 合成材料(PBDと化合物3を61:24の比率で混合)のフォトルミネッセンススペクトルは、PBD及び化合物3の単一成分膜と比べて赤方偏位とブロード化が顕著である。このことは、励起錯体の明白なスペクトル特性を示すものである。)
(9)乙12の記載事項
乙12には、以下の事項が記載されている。
ア 「 Ir(piq)3 (7) shows weak and broad absorption bands with molar absorption coefficients less than 3000 M-1 cm-1 in the wavelength region longer than 520 nm. According to the previous papers,12,24 these weak bands located at long wave-lengths have been assigned to the 1MLCT ← S0 and 3MLCT ← S0 transitions of iridium complexes. Thus, the broad absorption shoulders at ca. 550 and 600 nm observed for Ir(piq)3 (7) are likely to be ascribed to the 1MLCT ← S0 and the 3MLCT ← S0 transitions, respectively.」(p.12974右欄下から4行~p.12975左欄5行)
(参考訳:520nmよりも長い波長領域において、Ir(piq)3(7)は3000M-1cm-1未満のモル吸光係数の弱く広い吸収帯を示している。以前の研究12、24によれば、長波長に位置するこれらの弱い吸収帯は、イリジウム錯体の1MLCT←S0遷移及び3MLCT←S0遷移に帰属する。よって、約550nm及び約600nmで観察されるIr(piq)3(7)の広い吸収ショルダーは、それぞれ、1MLCT←S0遷移及び3MLCT←S0遷移に帰属する可能性が高い。)
イ 「
[図:0001405568000016.jpg]
(p.12975左欄,図3)」(参考訳: 図3。Ir(ppy)3、Ir(mt-5mt-py)3(4)、Ir(piq)3(7)、及びIr(fliq)3(9)のトルエン溶液の吸収スペクトル。
3 無効理由1(甲1発明に基づく新規性及び進歩性の欠如)について
(1)甲1に記載された発明
上記1(1)ケ【0206】~【0214】に示した実施例の記載によれば、甲1には、次の「ELデバイス(デバイス1)」の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。
「層構造:ITO|CFx(1nm)|NPB(37.5nm)|TCTA(37.5nm)|(TPBI+30質量%のTCTA)+6質量%のIr(ppy)3(35nm)|TPBI(10nm)|Alq(40nm)|Mg:Ag(220nm)を有するELデバイスであって、
ITOは、アノードとしてインジウム-スズ酸化物(ITO)をコーティングしたものであり、
Mg:Agは、MgとAgが10:1の体積比になったカソードを堆積させたものであり、
(TPBI+30質量%のTCTA)+6質量%のIr(ppy)3は、発光層(LEL)であって、このLELは、電子輸送共同ホストとしての2,2',2-(1,3,5-フェニレン)トリス[1-フェニル-1H-ベンゾイミダゾール](TPBI)と、正孔輸送共同ホストとしてのTCTA(LELに含まれる全共同ホストの30質量%の濃度)と、リン光発光体としてのfac-トリス(2-フェニル-ピリジナト-N,C2’)イリジウム(III) [すなわちIr(ppy)3](全共同ホスト材料の6質量%の濃度)の混合物を堆積させたものである、
ELデバイス(デバイス1)。」
(2)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明を対比する。
甲1発明の「ELデバイス(デバイス1)」は、本件発明1の「発光素子」に相当する。
甲1発明の「発光層(LEL)」は、本件発明1の「発光層」に相当する。
甲1発明の「(アノードとしての)ITO」と「(カソードである)Mg:Ag」は、発光層を間に有する、対をなす電極であるから、本件発明1の「一対の電極」に相当する。
甲1発明において、発光層を構成する混合物の「電子輸送共同ホストとしての2,2',2-(1,3,5-フェニレン)トリス[1-フェニル-1H-ベンゾイミダゾール](TPBI)」及び「正孔輸送共同ホストとしてのTCTA」は、それぞれ、本件発明1の発光層が含む「第1の有機化合物」及び「第2の有機化合物」に相当する。
以上によると、本件発明1と甲1発明は、以下の点で一致し、また相違する。
<一致点>
「燐光性化合物、第1の有機化合物、及び第2の有機化合物を含む発光層を一対の電極間に有する、発光素子。」
<相違点1-1-1>
本件発明1では、「前記第1の有機化合物及び前記第2の有機化合物が、励起錯体を形成する組み合わせであり」との要件を満たすのに対し、甲1発明では、第1の有機化合物及び第2の有機化合物は存在しているものの、両者が「励起錯体」を形成するかが不明である点。
<相違点1-1-2>
本件発明1では、「前記励起錯体の発光スペクトルが、前記燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯と重なり」、また、「前記励起錯体の発光スペクトルのピーク波長が、前記燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯のピーク波長以上である」のに対し、甲1発明ではそもそも「励起錯体」が形成されているか不明であり、それに伴って励起錯体の発光スペクトルと燐光性化合物の吸収スペクトルとの位置関係についても不明である点。
イ 判断
(ア) 相違点1-1-1について
a 甲1の記載について
甲1には、リン光発光体を用いた有機発光ダイオード(OLED)エレクトロルミネッセンス(EL)デバイスにおいて、エキシトン阻止層を発光層のアノード側に隣接した位置に備えることで、高い発光効率といった望ましい特性を得るものであって(【0001】、【0067】、請求項1等参照)、本件発明のような、励起錯体を用いた有機EL発光素子の発光機構を前提としたものでないことは、甲1の記載に接した当業者にとり明らかである。すなわち、甲1には、「励起錯体」を認識した記載はなく、甲1発明の発光層における特定の化合物の組み合わせに限らず、発光層における正孔輸送共同ホストと電子輸送共同ホストとが励起錯体を形成することについては何ら開示されていない。
また、甲1発明の発光層における特定の化合物が励起錯体を形成する組み合わせであると認識できる根拠となるような技術常識も見いだせない。
b 再現実験について
本件出願の優先権主張の基礎となる先の出願より後に公開された文献である甲3の、TCTA、TPBi、及びTCTAとTPBiとの混合物について、その発光スペクトルを測定した結果に基づき、甲1に、甲1発明において励起錯体が形成されていることが記載されていると認められるか否かについて検討する。
甲1の実施例には、ITOのアノードに、CFXからなる正孔注入層を堆積し、次に、NPBからなる正孔輸送層を蒸着し、次に、TCTAからなるエキシトシン阻止層を蒸着し、次に、電子輸送ホストとしてのTPBIと、正孔輸送共同ホストとしてのTCTAと、リン光発光体としてのIr(ppy)3の混合物を蒸着し、次にAlqからなる電子輸送層を発光層の上方に堆積させ、その上にカソードを堆積し、ELデバイスを製造したことが記載されている。そして、TPBIと、正孔輸送共同ホストとしてのTCTAと、リン光発光体としてのIr(ppy)3の混合物は、その重量比が70:30:6であるものである(上記2(1)ケ【0203】~【0214】参照)。
これに対し、甲3に記載されているのは、TCTAフィルム、TPBiフィルム、及びTCTAとTPBiをモル比1:1で混合した混合物の、3つのフィルムの発光スペクトルを測定し結果であって、甲1の実施例に記載されるELデバイスとは、混合物中の成分比も、製造工程も、異にするフィルムについて測定したものである。そして、出発物質や製造工程が異なれば、生産物も異なり得ることは、化学の分野における技術常識であるから、甲3に示される発光スペクトルが、甲1の実施例のELデバイスを忠実に再現して作製したものについて測定した結果でない以上、甲3に記載された事項は、甲1に記載された実施例の再現実験には当たらない。
そうすると、仮に、甲3に記載された混合物において、励起錯体が形成されていることが認められたとしても、甲1記載の実施例において、励起錯体が形成されていると認めることはできない。
さらにいえば、上記1(1)エに示したとおり、第1の有機化合物と第2の有機化合物が励起錯体を形成する組み合わせであるというためには、(ア)励起状態で錯体を形成していることを、発光スペクトルに長波長シフトが生じていることで確認すること、及び、(イ)基底状態では錯体を形成しないことを、吸収スペクトルを測定することで確認すること、のいずれも必要であると認められるところ、甲3には、TCTAフィルム、TPBiフィルムそれぞれの単独に発光スペクトルと、TCTAとTPBiをモル比1:1で混合した混合物の発光スペクトルとの比較から、(ア)の発光スペクトルの長波長シフトが生じていることは示されているものの、(イ)の基底状態では錯体を形成しないことは、示されていない。したがって、甲3において、TCTAとTPBiをモル比1:1で混合した混合物において励起錯体が形成されていると認めるには至らない。
c 容易想到性について
上記aに示したとおり、甲1には励起錯体に関する記載はなく、また、甲1において、正孔輸送共同ホスト及び電子輸送共同ホストの材料の選択については、上記1(1)カ【0021】及びキ【0047】に、それぞれの三重項エネルギーよりも大きくなっていさえすれば任意の化合物が可能であることが記載されているのみであり、正孔輸送共同ホスト及び電子輸送共同ホストの材料の組み合わせの指針となるような記載もない。
してみると、甲1発明における正孔輸送共同ホスト及び電子輸送共同ホストについて、甲1の記載の範囲内で設計変更が可能であるとしても、それらが励起錯体を形成する組み合わせを選択することが、容易に想到し得たこととはいえない。
d 請求人の主張について
請求人は、甲3に基づいて甲1における2種類のホスト材料を組み合わせることで励起錯体を形成できるという事実の証明に関して、
励起錯体の形成は、新たな化学結合の生成を伴うものではなく、エネルギーの授受が成立することによって生成し、エネルギーの授受が成立するために、励起錯体を形成する二つの分子が近傍に存在することが必要であり、励起された分子のエネルギーが他方の分子に移動できる距離にあれば励起錯体を形成することができる旨(口頭審理陳述要領書(1-3-2))を、また、
励起錯体が基底状態では2種類のホスト材料が独立に存在するものであり、光照射などによって相互作用を起こすものであることを考えれば、単に2種類のホスト材料がエネルギーの受け渡しを行える程度に近傍に存在することだけが必要であると考えられる旨(上申書(令和5年3月3日提出))を、
主張している。
しかしながら、励起錯体を形成する二つの分子が近傍に存在することが必要であるからといって、二つの分子が近傍に存在することだけが必要であるとすることは論理的に飛躍があり、また、単に二つの分子が近傍に存在することだけで励起錯体が形成されると認識できるような技術常識の存在も認められない。
したがって、請求人の主張は採用できない。
e 相違点1-1-1についてのまとめ
上記a及びbによると、甲1発明は、相違点1-1-1に係る本件発明1の「前記第1の有機化合物と前記第2の有機化合物とは、励起錯体を形成する組み合わせであり」との要件を満たしておらず、相違点1-1-1は実質的な相違点である。
また、上記cによれば、甲1発明において、相違点1-1-1に係る本件発明1の各構成を有するものとすることが、当業者にとって容易に想到し得たものであるとは認められない。
(イ) 相違点1-1-2について
a 甲1に、甲1発明の発光層を構成する正孔輸送共同ホスト、電子輸送共同ホスト、及びリン光発光体の各材料の発光スペクトル又は吸収スペクトルに関する記載は一切なく、また、相違点1-1-2に関する各スペクトルの位置に関する技術的事項が先の出願前の技術常識であったともいえない。
そして、上記(ア)のとおり、甲1発明は、相違点1-1-1に係る本件発明1の「前記第1の有機化合物と前記第2の有機化合物とは、励起錯体を形成する組み合わせであり」との要件を満たしていないから、相違点1-1-2に係る本件発明1の各スペクトルの位置に関する要件について、その前提となる「励起錯体の発光スペクトル」を有するものとはいえない。
したがって、相違点1-1-2は、実質的な相違点である。
b また、容易想到性についてみても、上記(ア)のとおり、甲1には、甲1発明の正孔輸送共同ホスト及び電子輸送共同ホストについて励起錯体を形成する組み合わせとし、励起錯体を用いた発光機構を有するものとする技術思想は開示されていないのであるから、仮に、甲1発明の発光層における正孔輸送共同ホストと電子輸送共同ホストの化合物がたまたま励起錯体を形成する組み合わせであったとしても、甲1の記載に接した当業者が、甲1発明において励起錯体の発光スペクトルとゲスト材料の吸収スペクトルとの位置関係に着目するとはいえない。
したがって、相違点1-1-2に係る本件発明1の「前記励起錯体の発光スペクトルが、前記燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯と重なり」、及び「前記励起錯体の発光スペクトルのピーク波長が、前記燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯のピーク波長以上である」との要件を満たすものとすることが、当業者にとって容易に想到し得たものであるとは認められない。
c 請求人の主張について
請求人は、甲3の図4aに示された励起錯体の発光スペクトル、及び甲4の図4に示された、甲1において燐光性化合物として用いられるIr(ppy)3の吸収スペクトルに基づいて、甲1には、相違点1-1-2に係る本件発明の構成である各スペクトルの位置に関する技術事項が記載されている、あるいは、本件発明1は甲1から容易に推考できたものであるとも主張している(請求書24頁22~25頁8行)。
この点について、甲3は甲1発明の実施例の再現実験を示しているものとはいえない点は、上記(ア)bに示したとおりであるから、相違点1-1-2に係る本件発明1の構成についても、甲1の記載に甲3に記載された事項も含めて、「刊行物に記載された発明」と評価し得るものとすることはできない。
したがって、請求人の主張は採用できない。
(ウ) 相違点の検討のまとめ
上記(ア)、(イ)のとおり、相違点1-1-1及び相違点1-1-2は実質的な相違点であって、甲1発明は、上記相違点に係る本件発明1の構成を備えていない。
したがって、本件発明1は、甲1発明でないから、甲1に記載された発明であるということはできない。
また、甲1発明において、相違点1-1-1及び相違点1-1-2に係る本件発明1の構成を備えたものとすることが、当業者にとって容易に想到し得たこととはいえない。
したがって、本件発明1は、甲1に記載された発明、及び、甲3、4に記載された技術的事項に基づいて当業者が容易に発明できたものであるということはできない。
(3)本件発明2について
ア 対比
本件発明2と甲1発明とを対比する。
上記第3のとおり、本件発明2は、本件発明1の「前記励起錯体の発光スペクトルのピーク波長が、前記燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯のピーク波長以上である」との特定事項を、「前記励起錯体の発光スペクトルのピーク波長と、前記燐光性化合物の発光スペクトルのピーク波長の差が30nm以下である」との特定事項で置き換えた点以外は、本件発明1と同一である。
したがって、上記(2)アを踏まえると、本件発明2と甲1発明は、以下の点で一致し、また相違する。
<一致点>
「燐光性化合物、第1の有機化合物、及び第2の有機化合物を含む発光層を一対の電極間に有する、発光素子。」
<相違点1-2-1>
本件発明1では、「前記第1の有機化合物及び前記第2の有機化合物が、励起錯体を形成する組み合わせであり」との要件を満たすのに対し、甲1発明では、第1の有機化合物及び第2の有機化合物は存在しているものの、両者が「励起錯体」を形成するかが不明である点。
<相違点1-2-2>
本件発明1では、「前記励起錯体の発光スペクトルが、前記燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯と重なり」、また、「前記励起錯体の発光スペクトルのピーク波長と、前記燐光性化合物の発光スペクトルのピーク波長の差が30nm以下である」のに対し、甲1発明ではそもそも「励起錯体」が形成されているか不明であり、それに伴って励起錯体の発光スペクトルと燐光性化合物の吸収スペクトル及び発光スペクトルとの位置関係についても不明である点。
イ 判断
(ア) 相違点1-2-1について
相違点1-2-1は、上記(2)アに示した本件発明1における相違点1-1-1と同じ相違点であり、それに対する判断も、上記(2)イ(ア)に示したとおりであって、本相違点は、実質的な相違点であって、当業者にとって容易に想到し得たものではない。
(イ) 相違点1-2-2について
相違点1-2-2は、上記(2)イ(イ)aで述べたのと同様の理由で、実質な相違点である。
また、甲1発明において、相違点1-2-2に係る本件発明2のように構成することは、上記(2)イ(イ)bで述べたのと同様の理由で、当業者が容易に想到し得たものではない。
(ウ) 請求人の主張について
請求人は、「なお、D2(当合議体注:「相違点1-2-2」に該当。)に関して、甲3と甲4とでは測定条件などに差違があって、発光スペクトルのピーク波長を直接的に比較ができないために、その波長の差が認定できないという主張もあり得るかもしれない。しかし、仮にそうであったとしても、本件発明は駆動電圧の低い発光素子を提供しようとするものであるから(本件明細書段落[0021])、励起錯体の発光スペクトルと燐光性化合物の吸収スペクトルとの重なりを利用して、エネルギー移動させることを考慮しながら、波長ピークの差を調整し得る、単なる設計的事項である。」と主張する(審判請求書31頁11~24行)。
しかしながら、甲1に記載された発明の認定に当たり、甲3を参酌することができないことは上述のとおりであり、また、甲1に、励起錯体の発光スペクトルと燐光性化合物の吸収スペクトルとの重なりを利用してエネルギー移動させる技術思想に関する記載はなく、甲1発明においてそのような設計を行うことを動機づけるような技術常識が存在するとも認められないから、請求人の主張は採用できない。
(エ) 相違点の検討のまとめ
以上のとおり、相違点1-2-1及び相違点1-2-2は実質的な相違点であって、本件発明2は、甲1発明でないから、甲1に記載された発明であるということはできない。
また、甲1発明において、相違点1-2-1及び相違点1-2-2に係る本件発明2の構成を備えたものとすることが、当業者にとって容易に想到し得たこととはいえないから、本件発明2は、甲1に記載された発明、及び、甲3、4に記載された技術的事項に基づいて当業者が容易に発明できたものであるということはできない。
(4)本件発明3について
上記第3のとおり、本件発明3は、本件発明1の「前記励起錯体の発光スペクトルのピーク波長が、前記燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯のピーク波長以上である」との特定事項を、「前記励起錯体の発光スペクトルのピーク波長が、前記燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯のピーク波長以上、前記燐光性化合物の発光スペクトルのピーク波長以下である」との特定事項で置き換えた点以外は本件発明1と同一であるから、本件発明3は、本件発明1のすべての特定事項を有し、さらに「(前記励起錯体の発光スペクトルのピーク波長が、)前記燐光性化合物の発光スペクトルのピーク波長以下である」との限定を付加したものである。
そして、上記(2)のとおり、本件発明1は、甲1発明ではないのであるから、本件発明3も、甲1発明であるとすることはできない。
また、同様に、本件発明1は、甲1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものではないのであるから、本件発明3も、甲1に記載された発明、及び、甲3、4に記載された技術的事項に基づいて当業者が容易に発明できたものであるということはできない。
(5)本件発明4~12について
上記第3のとおり、本件発明4は、本件発明3のすべての特定事項を有し、さらに限定を付加したものである。また、本件発明5~12は、本件発明1~3いずれか一項のすべての特定事項を有し、さらに限定を付加したものである。
そして、上記(2)~(4)のとおり、本件発明1~3は、甲1発明ではないのであるから、本件発明4~12も、甲1発明であるとすることはできない。
また、上記(2)~(4)のとおり、本件発明1~3は、甲1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものではないのであるから、本件発明4~12も、甲1に記載された発明、及び、甲3、4に記載された技術的事項に基づいて当業者が容易に発明できたものであるということはできない。
(6)無効理由1についての小括
前記(1)~(5)から、本件発明1~12のいずれについても、新規性又は進歩性が欠如するということはできない。
したがって、請求人の主張する無効理由1は理由がなく、本件発明1~12に係る特許は、いずれも特許法第123条第1項第2号の規定により無効とすべきものということはできない。
4 無効理由2(甲2発明に基づく新規性及び進歩性の欠如)について
(1)甲2に記載された発明
上記1(2)に摘記した甲2(特に、請求項1、【0177】~【0181】、【0194】~【0199】)の記載から、甲2には、請求項1に係る発明の実施例として、次の実施例1~3それぞれの「有機電界発光素子」に係る発明(以下、実施例1~3に対応して、それぞれ「甲2発明1」~「甲2発明3」といい、これらを総称して「甲2発明」という。)が記載されていると認められる。
甲2発明1:
「 一対の電極間に、少なくとも一層の発光層を含む有機化合物層を有する有機電界発光素子であって、
透明陽極としてのITO薄膜(厚み0.2μm)を形成し、
この透明陽極上に、銅フタロシアニンの10nmの正孔注入層を設け、
その上に、m-MTDATAの40nmの正孔輸送層を設け、
この上に、実施例1においては、発光層中の正孔輸送性ホストとして【化27】に示される正孔輸送ホスト1、及び発光層中の電子輸送ホストとして【化27】に示される電子輸送ホスト1をるつぼ中で質量比50:50で混合した混合物と、発光材料(発光性ドーパント)として【化27】に示されるイリジウム錯体1(Ir錯体1)と、を真空蒸着法にて100/8の割合で共蒸着して、30nmの発光層を得て、
発光層の上に、電子輸送層中の電子輸送材料としてBalq2を10nm蒸着し、その上に、電子輸送材料としてAlq3を蒸着して35nmの電子輸送層を設け、さらにこの電子輸送層上にフッ化リチウムの1nmの電子注入層を設け、
この上にアルミニウムの0.15μmの陰極を設けて、発光積層体を形成し、
得られた発光積層体を封止し得た発光素子であって、
複数のホスト化合物(混合ホスト)のみを用いて発光層と同一の製膜条件により製膜した単層膜を測定して得られた発光スペクトルのλmaxは、該複数のホスト化合物の各々が単独で示す発光スペクトルの主ピークのいずれよりも15nm以上長波側であり、ホスト化合物間で相互作用体が形成されている、
有機電界発光素子。」
甲2発明2:
「 発光層中の正孔輸送性ホストとして【化28】に示される正孔輸送ホスト2、及び発光層中の電子輸送ホストとして【化28】に示される電子輸送ホスト2とした以外は、実施例1と同様に発光層を得た、有機電界発光素子。」
甲2発明3:
「 発光層中の正孔輸送性ホストとして【化28】に示される正孔輸送ホスト3、及び発光層中の電子輸送ホストとして【化28】に示される電子輸送ホスト3とした以外は、実施例1と同様に発光層を得た、有機電界発光素子。」
(2)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲2発明とを対比する。
甲2発明の「有機電界発光素子」は、本件発明1の「発光素子」に相当する。
甲2発明の「発光層」は、本件発明1の「発光層」に相当する。
甲2発明の発光層中の「正孔輸送ホスト(1、2、3)」及び「電子輸送ホスト(1、2、3)」は、それぞれ、本件発明1の発光層が含む「第1の有機化合物」及び「第2の有機化合物」に相当する。
甲2発明の発光層における「発光材料(発光性ドーパント)」としての「イリジウム錯体1(Ir錯体1)」は、本件発明1の「燐光性化合物」に相当する。
甲2発明における一対の電極である「透明陽極としてのITO薄膜」と「(アルミニウムの)陰極」は、本件発明1の「一対の電極」に相当する。
してみると、本件発明1と甲2発明とは、次の点で一致し、次の点で相違する。
<一致点>
「 燐光性化合物、第1の有機化合物、及び第2の有機化合物を含む発光層を一対の電極間に有する、発光素子。」
<相違点2-1-1>
本件発明1では、「前記第1の有機化合物及び前記第2の有機化合物が、励起錯体を形成する組み合わせである」のに対し、甲2発明では、第1の有機化合物と第2の有機化合物は相互作用体が形成されているものの、当該相互作用体が「励起錯体」であるか否かが不明である点。
<相違点2-1-2>
本件発明1では、「前記励起錯体の発光スペクトルが、前記燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯と重なり」、また、「前記励起錯体の発光スペクトルのピーク波長が、前記燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯のピーク波長以上である」のに対し、甲2発明ではそもそも「励起錯体」が形成されているか不明であり、それに伴って励起錯体の発光スペクトルと燐光性化合物の吸収スペクトルとの位置関係についても不明である点。
イ 判断
(ア) 相違点2-1-1について
a 本件発明における「励起錯体」とは、上記1(1)で検討したとおり、励起状態における異種分子間の相互作用によって形成されるものであり、その特性として、第1の有機化合物と第2の有機化合物が励起錯体を形成する組み合わせである場合、第1の有機化合物と第2の有機化合物のそれぞれの発光波長に比べて、励起錯体の発光波長は長波長となること、及び、励起錯体は励起状態でのみ存在するため、エネルギーを吸収できる基底状態が存在しないものであることが理解される。
上記の点を踏まえ、本件発明の「励起錯体」と甲2における「相互作用体」の異同について検討するに、甲2において、上記2(2)に摘記した【0027】の記載及び実施例の記載によれば、甲2における「相互作用体」は、「発光層中に含有される複数のホスト化合物のみを用いて発光層と同一の製膜条件により製膜した単層膜を測定した場合における発光スペクトル(蛍光・燐光スペクトル)の主ピークと、該複数のホスト化合物の各々が単独で示す発光スペクトル(蛍光・燐光スペクトル)の主ピークとを比較」し、「得られた発光スペクトル(蛍光・燐光スペクトル)成分中に、ホスト化合物に含まれるそれぞれ単独での発光スペクトルに帰属できない長波発光スペクトル成分が観測された場合」に、相互作用が起こっているものと考えるとされており、上記に示した本件発明の励起錯体に関する「第1の有機化合物と第2の有機化合物が励起錯体を形成する組み合わせである場合、第1の有機化合物と第2の有機化合物のそれぞれの発光波長に比べて、励起錯体の発光波長は長波長となること」という要件は満たしている。
しかしながら、甲2には、「相互作用体」が、「励起状態でのみ存在し、エネルギーを吸収できる基底状態が存在しないものであること」についての記載も示唆もない。
したがって、甲2に記載の「相互作用体」が、本件発明でいう「励起錯体」であるということはできない。
b 念のため、甲2の記載を更に検討すると、甲2には、「相互作用体」の特性について、「ホスト化合物については、同一の組み合わせの複数のホスト化合物を用いた場合であっても、それぞれのホスト化合物を別々の蒸着源から共蒸着した場合には相互作用(長波長化)が発現しないが、混合物にして蒸着すると相互作用(長波長化)が発現することがある」ものであることも記載されている(【0129】、及び【0198】~【0199】の実施例1と比較例3の比較を参照。)。
この点について、上記1(1)で検討した、「励起錯体」の定義に関する技術常識を示す証拠である辞典等(乙11、甲18、乙9の1で引用する学会の「勧告」)の記載をみるに、励起錯体が上記のような特性を持つことは示されていない。
また、1(1)に示した専門家の意見書(乙13の1(3頁の「質問4に対する意見」)、乙14の1(5頁の「4 質問4について」))においても、甲2において「励起錯体(エキサイプレックス)」が形成されているかは不明であること、及び、蒸着方法の違いによって励起錯体が形成されたりされなかったりすることが励起錯体の特性として知られたものではないことが示されている。また、乙13の1(2頁5~11行))には励起錯体以外に、2種の化合物が基底状態で「電荷移動錯体」を形成し、その励起状態が発光することもあるので、発光スペクトルが長波長側にシフトしているというだけでは、基底状態で独立して存在しているかどうかは分からないことが示されており、発光スペクトルがシフトする要因として、励起錯体とは異なるものによることも十分に想定されると認められる。
以上によると、甲2の「相互作用体」は、本件発明における「励起錯体」の確認方法の二つの条件のうち一方の条件しか満たしておらず、また、甲2の「相互作用体」として、「電荷移動錯体」などの「励起錯体」とは異なるものも想定し得るから、先の出願当時における技術常識を踏まえても、甲2発明において「励起錯体」が形成されていると認めるには至らない。
c 以上a及びbによれば、甲2における「相互作用体」は本件発明1における「励起錯体」であるとは認められず、甲2発明において「励起錯体」が形成されているとは認められないから、相違点2-1-1は実質的な相違点である。
d また、容易想到性についてみても、以上のとおり甲2発明における「相互作用体」は本件発明1における「励起錯体」であるとは認められず、また、甲2発明における発光層中の正孔輸送性ホストと電子輸送ホストとして、「励起錯体」が形成される組み合わせとする動機付けは見いだせないから、相違点2-1-1に係る本件発明1の構成が、甲2発明に基づいて容易に想到し得たこととはいえない。
e 請求人の主張について
請求人は、本件明細書や甲10の記載に基づいて、甲2に記載された発明において、二つの化合物の混合物の発光スペクトルが、二つの化合物のいずれとも異なる発光スペクトルを示しているので、励起錯体が形成されていると考えることが当然である旨主張している(「口頭審理陳述要領書」の(1-4-1))。
しかしながら、本件発明の「励起錯体」というには、発光スペクトルが長波長側に移動することだけでなく、励起状態でのみ存在し、エネルギーを吸収できる基底状態が存在しないものであることを示す必要があることは、上記1(1)で検討したとおりであり、この点は上記1(1)に示したように、甲10にも記載されている事項である。
したがって、請求人の主張は採用できない。
(イ) 相違点2-1-2について
a 上記(ア)で相違点2-1-1について検討したとおり、甲2発明において励起錯体が形成されているとは認められないため、相違点2-1-2に係る本件発明1の「励起錯体の発光スペクトル」と「燐光性化合物の吸収スペクトル」の位置関係に関する特定事項についても、その前提を欠き、甲2に記載されているものとは認められない。
したがって、相違点2-1-2は実質的な相違点である。
b ここで、仮に、甲2における「相互作用体」による発光スペクトルが、「励起錯体」の発光スペクトルに該当するとした場合に、相違点2-1-2を満たすものであるか否かについて検討する。
甲2には、甲2発明として認定した実施例1~3において、その混合ホストの発光スペクトル(本件発明1の「励起錯体の発光スペクトル」に仮に対応。)のλmax(ピーク波長)は、それぞれ、450nm、540nm、及び520nmとされているが、発光性ドーパントであるIr錯体1(本件発明1の「燐光性化合物」に相当。)の吸収スペクトルについては記載されていない。
ここで、上記2(5)のとおり、甲5の図2には「Ir(piq)3」の吸収スペクトルが図示されており、図1に示された構造式によれば、甲5に記載された「Ir(piq)3」は甲2発明のIr錯体1と一致するから、甲2発明のIr錯体1は、甲5の図2に示された吸収スペクトルを示すものであると認められる。また、上記2(9)のとおり、乙12の図3には、「Ir(piq)3」の吸収スペクトルが図示されるところ、図1に示された構造式によれば、乙12に記載された「Ir(piq)3」は甲2発明のIr錯体1と一致するから、甲2発明のIr錯体1は、乙12の図3に示された吸収スペクトルを示すものであると認められる。
ここで甲5の図2と乙12の図3における「Ir(piq)3」の吸収スペクトルは、約300nm~約500nmの波長範囲において同様の形状を示しており、これらに示される事項が、先の出願当時における技術常識であると整合的に理解することができるところ、甲5の図2では、550nm超の領域におけるスペクトルは明確でないが、乙12の図3では600nm超まで吸収帯がみられる。そして、乙12には、上記2(9)に示したとおり、図3に示される「Ir(piq)3」の吸収スペクトルに関して、「520nmよりも長い波長領域において、Ir(piq)3(7)は、3000M-1cm-1未満のモル吸収係数の弱く広い吸収帯を示している。・・・約550nm及び約600nmで観察されるIr(piq)3(7)の広い吸収ショルダーは、それぞれ、1MLCT←S0遷移及び3MLCT←S0遷移に帰属する可能性が高い。」と記載されているから、乙12に示されている範囲内において、約600nmに特定の準位間の遷移に対応する吸収帯が存在し、相違点2-1-2に係る本件発明の「吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯のピーク波長」は約600nmであると認められる。
以上の甲2の記載事項及び技術常識に基づくと、甲2発明の混合ホストの発光スペクトル(ピーク波長:450nm(甲2発明1)、540nm(甲2発明2)、520nm(甲2発明3))と、Ir錯体1(「燐光性化合物」)の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯(ピーク波長:約600nm)とは、互いのピーク波長が最小でも約60nm、最大で約150nm離れており、互いに重なりを有することが明らかとはいえない。また、前者のピーク波長は後者のピーク波長以下であるから、「相互作用体」の「発光スペクトルのピーク波長が、前記燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯のピーク波長以上である」との要件を満たしていないことは明らかである。
したがって、甲2発明において「相互作用体」の発光スペクトルにつき、相違点2-1-2に係る構成要件について検討すれば、なおのこと、相違点2-1-2は実質的な相違点である。
c また、容易想到性についてみても、上記のとおり、甲2には励起錯体に関する記載はなく、また、混合ホストの「相互作用体」の発光スペクトルについても、「発光材料(発光性ドーパント)」の吸収スペクトルとの位置関係に基づいて、そのピーク波長を設計することを示唆するような記載はない。
そして、その他、甲2発明において、発光層の材料として励起錯体を形成するものを採用すると共に、その発光スペクトルと燐光性化合物の吸収スペクトルの重なりやピーク波長の位置を設計することを動機付けるような技術常識が存在するとも認められないから、相違点2-1-2に係る本件発明1の構成は、甲2に記載された発明に基づいて、当業者が容易に想到し得たものではない。
d 請求人の主張について
(a) 請求人は、「まず励起錯体から放出されるエネルギーを利用して燐光性化合物を発光させて発光効率を改良することは、当業者にはよく知られたことである。」と述べ、甲2の実施例および比較例において、発光ピーク波長の短いホストを含む比較例1または2に対して、発光ピークが長い実施例1~3の量子効率が高いのは、Ir錯体の吸収スペクトルに、励起錯体の発光スペクトルが燐光性化合物の吸収スペクトルの吸収帯と重なるからであるから 、これら相違点が甲2発明に明示的に記載されていないとしても、甲2発明は事実上それらの構成を含んでいる旨主張している(審判請求書26頁7行~下から1行目)。
しかしながら、励起錯体から放出されるエネルギーを利用して燐光性化合物を発光させて発光効率を改良することが当業者によく知られた技術事項であることについて、請求人は本件明細書の記載を引用するのみであり、何ら立証されておらず、先の出願当時においてそのような技術常識が存在したものとは認められない。
むしろ、上記1(3)に示した技術常識に基づけば、有機EL発光素子において、励起錯体(エキシプレックス)の形成は、発光効率の低下原因となるため、回避すべきことが、先の出願当時における当業者の技術常識であったと認められるから、上記の請求人の主張は、その前提を欠くものであって、採用することができない。
(b) 請求人は、相違点2-1-2に係る本件発明1の構成における「吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯」の解釈について、「本件特許発明における「吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯のピーク波長」というのは、「最も長波長側に位置する吸収帯」の「ピーク波長」と解するのは妥当ではなく、「吸収スペクトル」の「ピーク波長」のうち、「最長波長側に位置する吸収帯」に対応するものと解するべきであります。」と主張している(令和5年3月24日提出の上申書「4(1)」)。
しかしながら、本件明細書の【0047】には、「この吸収帯は、主として、三重項MLCT(Metal to Ligand Charge Transfer)遷移に由来する。ただし、該吸収帯には三重項π-π*遷移や一重項MLCT遷移に由来する吸収も一部含まれ、これらが重なって、吸収スペクトルの最も長波長側にブロードな吸収帯を形成していると考えられる。」と記載されており、複数の遷移による吸収が重なって吸収スペクトルにおいてピークとして識別ができないことがあるにせよ、「吸収帯」は特定の状態間の遷移に由来するものであって、「吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯」は、そのような特定の状態間の遷移に由来する「吸収帯」のうち、最も長波長側に位置するものと解するのが妥当であるといえる。
そして、上記bに示したとおり、乙12には、図3に示される「Ir(piq)3」の吸収スペクトルに関して、「520nmよりも長い波長領域において、Ir(piq)3(7)は、3000M-1cm-1未満のモル吸収係数の弱く広い吸収帯を示している。・・・約550nm及び約600nmで観察されるIr(piq)3(7)の広い吸収ショルダーは、それぞれ、1MLCT←S0遷移及び3MLCT←S0遷移に帰属する可能性が高い。」と記載されているとおり、約600nmに吸収帯が観察されていることが示されており、また、乙12に記載された「1MLCT←S0遷移及び3MLCT←S0遷移」は、本件明細書【0047】の「この吸収帯は、主として、三重項MLCT(Metal to Ligand Charge Transfer)遷移に由来する。ただし、該吸収帯には三重項π-π*遷移や一重項MLCT遷移に由来する吸収も一部含まれ、」との記載における状態間の遷移と一致するものであるから、この吸収帯が、相違点2-1-2に係る本件発明1の構成における「吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯」に当たるものであることは明らかである。
(c) 請求人は、また、甲5の開示、並びに甲3及び甲4に基づいて、相違点2-1-1及び2-1-2に係る本件発明1の構成は、甲2から容易に推考できた旨主張している(審判請求書27頁1~18行)。
しかしながら、甲5の開示に基づいて、相違点2-1-2に係る本件発明1の構成が甲2に記載された事項であると認めることができないのは、上記のとおりである。また、甲3は、甲2発明の実施例とはその用いられる化合物等が異なり、その再現実験とはいえないものであるから、甲2に記載された事項の認定に当たって、参酌し得るものではない。
したがって、請求人の上記主張は採用できない。
(ウ) 相違点の検討のまとめ
上記(ア)、(イ)のとおり、相違点2-1-1及び相違点2-1-2は実質的な相違点であって、甲2発明は、上記相違点に係る本件発明1の構成を備えていない。
したがって、本件発明1は、甲2発明でないから、甲2に記載された発明であるということはできない。
また、同様に、甲2発明において、相違点2-1-1及び相違点2-1-2に係る本件発明1の構成を備えたものとすることが、当業者にとって容易に想到し得たこととはいえない。
したがって、本件発明1は、甲2に記載された発明、及び甲3、4、5に記載された技術事項に基づいて当業者が容易に発明できたものであるということはできない。
(3)本件発明2について
ア 対比
本件発明2と甲2発明とを対比する。
上記第3のとおり、本件発明2は、本件発明1の「前記励起錯体の発光スペクトルのピーク波長が、前記燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯のピーク波長以上である」との特定事項を、「前記励起錯体の発光スペクトルのピーク波長と、前記燐光性化合物の発光スペクトルのピーク波長の差が30nm以下である」との特定事項で置き換えた点以外は、本件発明1と同一である。
したがって、上記(2)アを踏まえると、本件発明2と甲2発明は、次の点で一致し、次の点で相違する。
<一致点>
「 燐光性化合物、第1の有機化合物、及び第2の有機化合物を含む発光層を一対の電極間に有する、発光素子。」
<相違点2-2-1>
本件発明2では、「前記第1の有機化合物及び前記第2の有機化合物が、励起錯体を形成する組み合わせである」のに対し、甲2発明では、第1の有機化合物と第2の有機化合物は相互作用体を形成しているものの、当該相互作用体が「励起錯体」であるか否かが不明である点。
<相違点2-2-2>
本件発明2では、「前記励起錯体の発光スペクトルが、前記燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯と重なり」、また、「前記励起錯体の発光スペクトルのピーク波長と、前記燐光性化合物の発光スペクトルのピーク波長の差が30nm以下である」のに対し、甲2発明ではそもそも「励起錯体」が形成されているか不明であり、それに伴って励起錯体の発光スペクトルと燐光性化合物の吸収スペクトル及び発光スペクトルとの位置関係についても不明である点。
イ 判断
(ア) 相違点2-2-1について
相違点2-2-1は、上記(2)で対比、検討した本件発明1と甲2発明との相違点2-1-1と同じものである。
してみると、上記(2)イ(ア)に示した判断が同様に該当するから、相違点2-2-1は実質的な相違点である。
(イ) 相違点2-2-2について
相違点2-2-2は、上記(2)で対比、検討した本件発明1と甲2発明との相違点2-1-2と、「前記励起錯体の発光スペクトルが、前記燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯と重なり」の点で共通し、相違点2-1-2における「前記励起錯体の発光スペクトルのピーク波長が、前記燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯のピーク波長以上である」を、「前記励起錯体の発光スペクトルのピーク波長と、前記燐光性化合物の発光スペクトルのピーク波長の差が30nm以下である」に置き換えたものである。
してみると、上記(2)イ(イ)aに示した相違点2-1-2に対する判断は、相違点2-2-2においても同様に該当するものであり、相違点2-2-2に係る本件発明2の発明特定事項が、甲2に記載されているとは認められない。
また、上記(2)イ(イ)bに示した判断に基づけば、仮に、甲2発明において励起錯体が形成されているとしても、甲2発明の混合ホスト(「励起錯体」)の発光スペクトル(ピーク波長:450nm、540nm、520nm)とIr錯体1(「燐光性化合物」)の発光スペクトルのピーク波長(630nm。上記2(5)イ、ウに示した甲5の記載を参照。)とは、互いのピーク波長が最小でも90nmと大きく離れているから、「前記励起錯体の発光スペクトルのピーク波長と、前記燐光性化合物の発光スペクトルのピーク波長の差が30nm以下である」との要件を満たしているとはいえない。
したがって、相違点2-2-2は、実質的な相違点である。
(ウ) 容易想到性について
相違点2-2-1及び相違点2-2-2に関する容易想到性についても、上記(2)で本件発明1について検討したとおりであり、本件発明2は、甲2に記載された発明に基づいて、当業者が容易に想到し得たものではない。
(4)本件発明3について
上記第3のとおり、本件発明3は、本件発明1の「前記励起錯体の発光スペクトルのピーク波長が、前記燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯のピーク波長以上である」との特定事項を、「前記励起錯体の発光スペクトルのピーク波長が、前記燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯のピーク波長以上、前記燐光性化合物の発光スペクトルのピーク波長以下である」との特定事項で置き換えた点以外は本件発明1と同一であるから、本件発明3は、本件発明1のすべての特定事項を有し、さらに「(前記励起錯体の発光スペクトルのピーク波長が、)前記燐光性化合物の発光スペクトルのピーク波長以下である」との限定を付加したものである。
そして、上記(2)のとおり、本件発明1は、甲2発明ではないのであるから、本件発明3も、甲2発明であるとすることはできない。
また、同様に、本件発明1は、甲2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものではないのであるから、本件発明3も、甲2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものであるということはできない。
(5)本件発明4~12について
上記第3のとおり、本件発明4は、本件発明3のすべての特定事項を有し、さらに限定を付加したものである。また、本件発明5~12は、本件発明1~3いずれか一項のすべての特定事項を有し、さらに限定を付加したものである。
そして、上記(2)~(4)のとおり、本件発明1~3は、甲2発明ではないのであるから、本件発明4~12も、甲2発明であるとすることはできない。
また、上記(2)~(4)のとおり、本件発明1~3は、甲2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものではないのであるから、本件発明4~12も、甲2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものであるということはできない。
(6)無効理由2についての小括
前記(1)~(5)から、本件発明1~12のいずれについても、新規性又は進歩性が欠如するということはできない。
したがって、請求人の主張する無効理由2は理由がなく、本件発明1~12に係る特許は、いずれも特許法第123条第1項第2号の規定により無効とすべきものということはできない。
5 無効理由3(甲6発明に基づく新規性及び進歩性の欠如)について
(1)甲6に記載された発明
上記1(5)に摘記した甲6には、請求項21に係る発明の実施例としての実施例7の「OLEDデバイス」に係る発明が記載されているところ、【0032】の記載を踏まえれば、実施例7のOLEDデバイスは、アノード層、対応するカソード層及びこれらのアノードとカソード間に配置された有機エレクトロルミネセント(EL)層が含まれるものであり、【0036】及び【0037】の記載によれば、「インジウム錫オキサイド(ITO)基板」及び「CsF(4nm)/Al(100nm)を設層」したものは、それぞれ、アノード及びカソードであるといえる。
また、【0038】の記載を踏まえると、実施例7の「ITO基板上にスピンコーティングによりポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)/ポリスチレンスルホネート(PEDOT:PSS)の層(約65nm)を設層し」た層は、「正孔注入層」であるといえる。
また、【0060】の記載に基づくと、実施例7における、「ビス(9-(ヒドロキシフェニル)カルバゾール-3-イル):PBD:TPD:Ir(mppy)3(61:24:9:6)の混合溶液」を、「PEDOT:PSS上にスピンコートし、70℃で10分間ベークした」得られたものは、「有機エレクトロルミネセント(EL)層」であって、「Ir(mppy)3」が「リン光色素」であり、「ビス(9-(ヒドロキシフェニル)カルバゾール-3-イル)」が「ホスト材料」であるといえる。
そうしてみると、甲6には、次の「OLEDデバイス」の発明(以下「甲6発明」という。)が記載されていると認められる。
「 アノードとしてのITO基板上に、正孔注入層としてのポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)/ポリスチレンスルホネート(PEDOT:PSS)の層(約65nm)を設層し、
その上に、ホスト材料としてのビス(9-(ヒドロキシフェニル)カルバゾール-3-イル):2-(4-ビフェニリル)-5-(4-tert-ブチルフェニル)-1,3,4-オキサジアゾール(PBD):N,N’-ジフェニル-N,N’-(ビス(3-メチルフェニル)-[1,1-ビフェニル]-4,4’-ジアミン(TPD):リン光色素としてのIr(mppy)3(61:24:9:6)の混合溶液をスピンコートし、ベークして、有機エレクトロルミネセント(EL)層を設層し、
その上に、カソードとしてのCsF(4nm)/Al(100nm)を設層して、作製した、
OLEDデバイス。」
(2)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲6発明とを対比する。
甲6発明の「OLEDデバイス」は、本件発明1の「発光素子」に相当する。
甲6発明の「有機エレクトロルミネセント(EL)層」は、本件発明1の「発光層」に相当する。
甲6発明の「アノードとしてのITO基板」と「カソードとしてのCsF(4nm)/Al(100nm)」は、本件発明1の「一対の電極」に相当する。
甲6発明のEL層における「リン光色素としてのIr(mppy)3」は、本件発明1の発光層が含む「燐光性化合物」に相当する。
甲6発明のEL層における「ビス(9-(ヒドロキシフェニル)カルバゾール-3-イル)」及び「2-(4-ビフェニリル)-5-(4-tert-ブチルフェニル)-1,3,4-オキサジアゾール(PBD)」は、それぞれ、本件発明1の発光層が含む「第1の有機化合物」及び「第2の有機化合物」に相当する。
以上によると、本件発明1と甲6発明とは、次の点で一致し、次の点で相違する。
<一致点>
「 燐光性化合物、第1の有機化合物、及び第2の有機化合物を含む発光層を一対の電極間に有する、発光素子。」
<相違点6-1-1>
本件発明1では、「前記第1の有機化合物及び前記第2の有機化合物が、励起錯体を形成する組み合わせである」のに対し、甲6発明では、第1の有機化合物及び第2の有機化合物は存在しているものの、両者が「励起錯体」を形成するかが不明である点。
<相違点6-1-2>
本件発明1では、「前記励起錯体の発光スペクトルが、前記燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯と重なり」、また、「前記励起錯体の発光スペクトルのピーク波長が、前記燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯のピーク波長以上である」に対し、甲6発明ではそもそも「励起錯体」が形成されているか不明であり、それに伴って励起錯体の発光スペクトルと燐光性化合物の吸収スペクトルとの関係についても不明である点。
イ 判断
(ア) 相違点6-1-1について
a 甲6の記載について
甲6には、甲6発明の発光層における複数の有機材料が励起錯体を形成する組み合わせであることは記載されておらず、その他、甲6において、発光層において励起錯体を用いることの開示はない。
また、上記2(6)に示した甲6の【0003】、【0034】等の記載によれば、甲6に記載されるOLEDデバイスは、ホスト分子から発光性のゲスト分子へエネルギー移送する方法を採用しており、甲6における式I等の化合物の三重項エネルギーは十分に高く、デバイスに用いるゲスト色素の三重項エネルギーより大きいため、ホスト分子として作用しうるものであることが開示されていると認められる。すなわち、甲6においては、式I等の化合物が、単独でホスト分子として作用し、発光性のゲスト分子へエネルギー移送するものであるから、上記1(2)に示した、本件発明にとっての前提技術(従来技術)に当たるものといえる。
また、甲6発明の発光層における特定の化合物が励起錯体を形成する組み合わせであると認識できる根拠となるような技術常識も見いだせない。
b 再現実験について
2022年3月8日に請求人が作成した実験結果報告書である甲8の2に基づいて、甲6に、「前記第1の有機化合物及び前記第2の有機化合物が、励起錯体を形成する組み合わせ」という事実も記載されていた、と認められるか否かについて検討する。
(a) まず、甲6の実施例の記載についてみるに、甲6発明として認定した実施例7の発光層は、「ビス(9-(ヒドロキシフェニル)カルバゾール-3-イル):2-(4-ビフェニリル)-5-(4-tert-ブチルフェニル)-1,3,4-オキサジアゾール(PBD):N,N’-ジフェニル-N,N’-(ビス(3-メチルフェニル)-[1,1-ビフェニル]-4,4’-ジアミン(TPD):Ir(mppy)3(61:24:9:6)の混合溶液をスピンコートし、ベークし」たものであるところ、「Ir(mppy)3」はゲスト色素であるから、甲6発明の発光層は、ゲスト材料以外に、「ビス(9-(ヒドロキシフェニル)カルバゾール-3-イル)」、「PBD」、及び「TPD」の3つの化合物を含むものである。また、甲6の【0061】には、同実施例7について、所定の溶液の混合により調製し、所定の条件でスピンコート、ベークして、発光層を成膜し、OLEDデバイスを作成したものであることが記載されている。
これに対して、甲8の2では、甲6発明の発光層に含まれる化合物のうち、「ビス(9-(ヒドロキシフェニル)カルバゾール-3-イル)」と「PBD」の2つの化合物の混合液についての実験結果であるとされており、「TPD」を含んでいない点で甲6発明と異なり、また、この混合液を甲6発明と同じ方法により成膜したことも示されていない。したがって、甲8の2に記載された事項は、甲6記載の実施例の正確な再現実験には当たらない。
してみると、たとえ、甲8の2が「励起錯体の発光スペクトル」を示したとしても、甲3によっては、甲1に、甲1発明において励起錯体が形成されていることが記載されているとは認められない。
(b) さらに、甲8の2の材料の組み合わせが「励起錯体」を形成しているといえるかについてみても、上記1(1)エによれば、化合物AとBの組み合わせが励起錯体を形成しているというためには、(i)化合物AとBの単独の発光スペクトルと比較して、化合物AとBを混合した状態の発光スペクトルが長波長側にシフトしていることの確認に加えて、(ii)基底状態では錯体を形成しないことを、吸収スペクトルなどを測定することで確認することも必要であると認められる。
甲8の2においては、前記(i)の条件については確認されているものの、(ii)の条件については確認されていない。
そして、甲8の2の混合材料を形成する際に、化合物3とPBDとが化学反応を起こし、別の化合物に変化することで発光スペクトルが長波長側にシフトしている可能性など、発光スペクトルが長波長側にシフトする理由として励起錯体によるもの以外のものも考えられることを踏まえると、甲8の2に記載された発光スペクトルのみをもって、甲8の2に記載された2つの材料が励起錯体を形成していると認めるには至らない。
(c) 以上のとおりであるから、甲8の2に基づいて、甲6発明における第1の有機化合物と第2の有機化合物とが励起錯体を形成する組み合わせであることが、甲6に記載されていたと認めることはできない。
したがって、相違点6-1-1は、実質的な相違点である。
c 容易想到性について
上記aのとおり、甲6には、励起錯体に関する記載はなく、甲6発明の発光層において、複数の有機材料として、励起錯体を形成する組み合わせを選択することを示唆する記載はない。
また、甲8の2は、先の出願前の公知文献ではないから、甲6と甲8の2を組み合わせて進歩性を否定することはできない。
してみると、甲6発明において、「前記第1の有機化合物及び前記第2の有機化合物が、励起錯体を形成する組み合わせ」を採用することが、容易に想到し得たこととはいえない。
d 請求人の主張について
請求人は、甲6と甲8の2とで異なる条件で実施されたとしても、励起錯体は、励起された化合物とエネルギー交換が可能な化合物が近傍にあれば形成されるものであり、甲8の2において、化合物3とPBDとの混合物が励起錯体を形成することが示されているのであるから、その組み合わせを同一の発光層に導入している甲6においても励起錯体は形成されるものであると考える旨主張している(陳述要領書「(1-5-3)請求人に対する確認事項(3)について」)。
しかしながら、励起錯体が、励起された化合物とエネルギー交換が可能な化合物が近傍にありさえすれば形成されるものであると認めるに足りる根拠は見いだせない。
そして、上記bに示したとおり、甲6の記載において、甲8の2に記載される事項を含めて、「刊行物に記載された発明」と評価し得るものとは認められないから、請求人の主張を採用することはできない。
(イ) 相違点6-1-2について
上記(ア)のとおり、甲6発明は、相違点6-1-1に係る本件発明1の「前記第1の有機化合物と前記第2の有機化合物とは、励起錯体を形成する組み合わせであり」との特定事項に相当する構成を有していない。したがって、相違点6-1-2に係る本件発明1の「前記励起錯体の発光スペクトルは、前記ゲスト材料の吸収スペクトルと重なり」、及び、「前記励起錯体の発光スペクトルのピーク波長が、前記燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯のピーク波長以上である」との要件について、その前提となる「励起錯体の発光スペクトル」を有するものとはいえないから、これらの要件を満たしているものと認めることはできない。
また、甲6の記載において、甲8の2に記載される事項を含めて、「刊行物に記載された発明」と評価し得るものとは認められないことは上記(ア)のとおりであるから、たとえ、甲7に記載される化合物の吸収スペクトルを参酌し得るとしても、甲7及び甲8の2に記載される事項を共に含めて、甲6に、上記の各ピーク波長の位置に関する要件を満たしていることが記載されていると認めることはできない。
したがって、相違点6-1-2は、実質的な相違点である。
また、上記(ア)aのとおり、甲6には、ELデバイスの発光層に含まれる化合物について、励起錯体を形成する組み合わせとする技術思想は開示されていないのであるから、甲6発明において、相違点6-1-2に係る本件発明1の「前記励起錯体の発光スペクトルは、前記ゲスト材料の吸収スペクトルと重なり」、及び、「前記励起錯体の発光スペクトルのピーク波長が、前記燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯のピーク波長以上である」との要件を満たすものとすることが、当業者にとって容易に想到し得たものであるとは認められない。
(ウ) 相違点の検討のまとめ
上記(ア)及び(イ)のとおり、相違点6-1-1及び相違点6-1-2は実質的な相違点であって、甲6発明は、上記相違点に係る本件発明1の発明特定事項を備えていない。
したがって、本件発明1は、甲6発明でないから、甲6に記載された発明であるということはできない。
また、甲6発明において、相違点6-1-1及び相違点6-1-2に係る本件発明1の特定事項を備えたものとすることが、当業者にとって容易に想到し得たことではない。
したがって、本件発明1は、甲6に記載された発明、及び甲7、8に記載された技術的事項に基づいて当業者が容易に発明できたものであるということはできない。
(3)本件発明3について
上記第3のとおり、本件発明3は、本件発明1の「前記励起錯体の発光スペクトルのピーク波長が、前記燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯のピーク波長以上である」との特定事項を、「前記励起錯体の発光スペクトルのピーク波長が、前記燐光性化合物の吸収スペクトルの最も長波長側に位置する吸収帯のピーク波長以上、前記燐光性化合物の発光スペクトルのピーク波長以下である」との特定事項で置き換えた点以外は、本件発明1と同一であり、本件発明3は、本件発明1のすべての特定事項を有し、さらに「(前記励起錯体の発光スペクトルのピーク波長が、)前記燐光性化合物の発光スペクトルのピーク波長以下である」との限定を付加したものである。
そして、上記(2)のとおり、本件発明1は、甲1発明ではないのであるから、本件発明3も、甲1発明であるとすることはできない。
また、上記(2)のとおり、本件発明1は、甲1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものではないのであるから、本件発明3も、甲1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものであるということはできない。
(4)本件発明5~12について
上記第3のとおり、本件発明4は、本件発明3のすべての特定事項を有し、さらに限定を付加したものである。また、本件発明5~12は、本件発明1、3いずれかのすべての特定事項を有し、さらに限定を付加したものである。
そして、上記(2)~(4)のとおり、本件発明1、3は、甲1発明ではないのであるから、本件発明5~12も、甲1発明であるとすることはできない。
また、上記(2)~(4)のとおり、本件発明1、3は、甲1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものではないのであるから、本件発明5~12も、甲1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものであるということはできない。
(6)無効理由3についての小括
前記(1)~(5)から、本件発明1、3、5~12のいずれについても、新規性又は進歩性が欠如するということはできない。
したがって、請求人の主張する無効理由3は理由がなく、本件発明1、3、5~12に係る特許は、いずれも特許法第123条第1項第2号の規定により無効とすべきものということはできない。
第7 むすび
以上のとおり、無効理由1~3はいずれも理由がないものであり、請求人の主張及び証拠方法によっては、請求項1~12に係る特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法169条2項で準用する民事訴訟法61条の規定により、請求人の負担とする。
よって、結論のとおり審決する。
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2022-800033