特許異議申立
2022-701314
リチウムイオン電池廃棄物の金属回収方法
- 審判番号
- 2022-701314
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2022-073707
- 登録番号
- 7100217
- 請求日
- 2022年12月27日
- 審決日
- 2023年04月07日
- 公報発行日
- 2023年05月26日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】JX金属株式会社
- 【権利者代理人】アクシス国際弁理士法人
- 【異議申立人】奥谷 雅子
- 審判長/審判官
- 審判長 井上 猛
- 審判官 土屋 知久
- 審判官 佐藤 陽一
- 分類
- P1651.161-Y (C22B) / P1651.536-Y (C22B) / P1651.537-Y (C22B)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条の2、特許法第36条第4項第1号、特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第6項第2号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7100217号発明「リチウムイオン電池廃棄物の金属回収方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7100217号の請求項1ないし10に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7100217号の請求項1~10に係る特許(以下、「本件特許」という。)についての出願は、令和4年1月5日に出願された特願2022-704号の一部を同年4月27日に新たな特許出願としたものであって、同年7月4日にその特許権の設定登録がなされ、同年7月12日にその特許掲載公報が発行された。
本件は、その後、その特許について、同年12月27日付けで特許異議申立人奥谷雅子(以下、「申立人」という。)により請求項1~10(全請求項)に対してなされた特許異議申立事件である。
第2 本件発明
本件特許の特許請求の範囲の請求項1~10に係る発明(以下、これらをそれぞれ「本件発明1」~「本件発明10」という。また、これらをまとめて「本件発明」という。)は、願書に添付された特許請求の範囲の請求項1~10に記載された、次の事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
リチウムイオン電池廃棄物から金属を回収する方法であって、
リチウムイオン電池廃棄物中のリチウムを含む金属を酸で浸出させ、前記金属が溶解した金属含有溶液から該金属を取り出す湿式処理を含み、
前記湿式処理が、リチウムイオン電池廃棄物中のリチウムを含む金属を酸で浸出させ、前記金属含有溶液を得る酸浸出工程と、溶媒抽出により前記金属含有溶液から前記金属を分離させる一以上の抽出工程と、前記抽出工程の後、リチウムイオンを含む抽出残液から水酸化リチウム水溶液を得る水酸化工程とを含み、
前記湿式処理の少なくとも一の前記抽出工程において使用するpH調整剤に、前記湿式処理で取り出したリチウムを使用し、
前記抽出残液の一部を前記水酸化工程に供し、残部を前記酸浸出工程で前記酸の少なくとも一部として用いる、リチウムイオン電池廃棄物の金属回収方法。
【請求項2】
前記湿式処理の前記水酸化工程で前記リチウムを水酸化リチウム水溶液として取り出し、前記水酸化リチウム水溶液を前記pH調整剤として用いる、請求項1に記載の金属回収方法。
【請求項3】
前記湿式処理で取り出したリチウムを、当該湿式処理において使用する全てのアルカリ性pH調整剤に用いる、請求項1又は2に記載の金属回収方法。
【請求項4】
前記湿式処理において使用する全てのアルカリ性pH調整剤が、ナトリウムを含まない、請求項1~3のいずれか一項に記載の金属回収方法。
【請求項5】
前記金属が、コバルト、ニッケル及びマンガンを含み、
前記抽出工程が、マンガン抽出工程、コバルト抽出工程及びニッケル抽出工程をこの順序で含み、
ニッケル抽出工程で得られる抽出残液から、前記湿式処理において使用するpH調整剤に用いるリチウムを取り出す、請求項1~4のいずれか一項に記載の金属回収方法。
【請求項6】
前記抽出残液が硫酸リチウム水溶液であり、
ニッケル抽出工程の後、前記水酸化工程で、前記硫酸リチウム水溶液から水酸化リチウム水溶液を得る、請求項5に記載の金属回収方法。
【請求項7】
酸浸出工程、マンガン抽出工程、コバルト抽出工程、ニッケル抽出工程及び水酸化工程を含む一連の工程を複数回にわたって繰り返し行い、当該一連の工程にて前記リチウムの少なくとも一部を液中で循環させる、請求項5又は6に記載の金属回収方法。
【請求項8】
前記一連の工程の繰返しにより、該一連の工程へのリチウムイオン電池廃棄物中の金属の投入に伴い、液中のリチウムイオン濃度が増加し、
前記液中のリチウムイオン濃度に応じて、前記水酸化工程の後、前記水酸化リチウム水溶液の一部から水酸化リチウムを析出させる晶析工程をさらに行うことを含む、請求項7に記載の金属回収方法。
【請求項9】
前記コバルト抽出工程及びニッケル抽出工程がそれぞれ、前記金属含有溶液中の金属イオンを溶媒に抽出すること、及び、前記溶媒中の前記金属イオンを硫酸酸性溶液で逆抽出することを含み、
前記コバルト抽出工程の後及び、ニッケル抽出工程の後にそれぞれ、逆抽出後液中の前記金属イオンを結晶化させ、硫酸塩を得る結晶化工程をさらに含む、請求項5~8のいずれか一項に記載の金属回収方法。
【請求項10】
前記湿式処理の前に、リチウムイオン電池廃棄物の焙焼を含む処理により電池粉を得る乾式処理を含み、
前記電池粉を前記湿式処理の酸浸出に供し、前記金属含有溶液を得る、請求項1~9のいずれか一項に記載の金属回収方法。」
第3 特許異議申立理由の概要
申立人は、次の甲第1号証~甲第5号証(以下、それぞれ「甲1」~「甲5」という。)を提出し、以下の(1)~(4)の特許異議申立理由を主張している。
(証拠方法)
甲1:特許第7060899号公報
甲2:佐野誠他「D2EHPAで抽出されたNiおよびCoの晶析剥離」日本鉱業会誌、104 1201 昭和63年3月25日発行 第55~58頁
甲3:「広辞苑第7版」岩波書店 「または」欄 2018年1月12日発行
甲4:「岩波国語辞典第8版」岩波書店 「または」欄 2019年11月22日
甲5:特許第6801090号公報
(1)本件特許の請求項1~10に係る発明は、本件特許の出願の日前の特許出願であって、本件特許の出願後に特許掲載公報の発行がされた甲1に係る特許出願の願書に最初に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であり、しかも、本件特許の出願の発明者が本件特許の出願前の特許出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく、また本件特許の出願の時において、その出願人が上記特許出願の出願人と同一でもなく、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができないから、その発明に係る特許は取り消されるべきものである。
(2)pH6.0~8.0の硫酸リチウム水溶液を使用して酸溶液のpH0.0~2.0に調整する方法が、発明の詳細な説明の記載から不明であるから、本件特許は、その発明の詳細な説明の記載が不備のため、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、取り消されるべきものである。
(3)本件発明の解決しようとする課題を解決できるように、請求項1の「前記抽出残液の一部を前記水酸化工程に供し、残部を前記酸浸出工程で前記酸の少なくとも一部として用いる」ことが発明の詳細な説明に記載されていないから、本件特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、取り消されるべきものである。
(4)請求項1または2を引用する請求項4において、「前記湿式処理において使用する全てのアルカリ性pH調整剤」の「前記」が何を指すのかが不明であるから、本件特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、取り消されるべきものである。
第4 特許法第29条の2について(上記第3の(1))
1 甲1の記載
甲1に係る特許出願の願書に最初に添付された明細書(以下、「甲1明細書」という。)には、次の記載がある。なお、甲1に係る特許出願は、手続補正がなされていないので、甲1明細書の記載は甲1の記載と同一である。また、甲1明細書に記載された発明の認定に関連する箇所には、当審で下線を付した。以下、同じ。
「【技術分野】
【0001】
本発明は、廃リチウムイオン電池を前処理して得られた活物質粉に含まれる金属を湿式プロセスにて分離してリチウムを回収する廃リチウムイオン電池からのリチウム回収システムに関する。」
「【0020】
図1に示すように、本実施形態の廃リチウムイオン電池からの有価金属の回収システム(以下、回収システムと略記する)は、活物質粉1を出発物質とする。
【0021】
活物質粉1は、前記廃リチウムイオン電池が電池製品としての寿命が消尽した使用済みのリチウムイオン電池、又は、製造工程で不良品等として廃棄されたリチウムイオン電池である場合には、まず、塩水中で放電処理を行い、残留している電荷を全て放電させ、次いで、該廃リチウムイオン電池の筐体に開口部を形成した後、例えば、100~800℃の範囲の温度で加熱処理(焙焼)した後、ハンマーミル、ジョークラッシャー等の粉砕機で粉砕し、該廃リチウムイオン電池を構成する筐体、集電体等を篩分けにより除去(分級)することにより得ることができる。あるいは、前記放電処理後の前記廃リチウムイオン電池を前記粉砕機で粉砕し、前記筐体、集電体等を篩分けにより除去した後、前記範囲の温度で加熱処理することにより、活物質粉1を得るようにしてもよい。」
「【0023】
本実施形態の回収システムでは、次に、STEP1で活物質粉1を鉱酸に溶解して、少なくともリチウムを含む活物質粉1の酸溶解液を得る。前記鉱酸としては、例えば、塩酸、硫酸、硝酸からなる群から選択される1種の酸を用いることができるが、塩酸であることが好ましい。活物質粉1は、前記リチウムの他に、鉄、アルミニウム、マンガン、コバルト、ニッケル等の有価金属を含んでいる。
【0024】
前記酸溶解液は、次に、STEP2で水酸化リチウム(LiOH)が添加されることにより前記鉱酸が中和される。前記中和後の前記酸溶解液は、次に、STEP3で溶媒抽出に供せられる。前記溶媒抽出では、前記有価金属のうち、リチウムを除く、マンガン、コバルト、ニッケルが各別に溶媒抽出され、あるいは鉄、アルミニウムが分離されそれぞれの金属硫酸塩水溶液2として除去され、第1のリチウム塩水溶液を得ることができる。前記第1のリチウム塩水溶液に含まれるリチウム塩は、STEP1の酸溶解で塩酸を用いた場合には塩化リチウムとなる。
【0025】
本実施形態の回収システムでは、次に、ステップ4でイオン交換膜を用いて、前記第1のリチウム塩水溶液を電解する。本実施形態では前記イオン交換膜を用いる電解を膜電解という。前記ステップ4の膜電解は、例えば、図2に示す電解槽11を用いて行うことができる。
【0026】
電解槽11は、一方の内側面に陽極板12を備え、陽極板12と対向する内側面に陰極板13を備え、陽極板12は電源の陽極14に接続され、陰極板13は電源の陰極15に接続されている。また、電解槽11は、イオン交換膜16により、陽極板12を備える陽極室17と、陰極板13を備える陰極室18とに区画されている。
【0027】
電解槽11では、陽極室17に前記第1のリチウム塩水溶液として例えば塩化リチウムを供給して電解を行うと、塩化物イオンが陽極板12上で塩素ガス(Cl2)を生成する一方、リチウムイオンはイオン交換膜16を介して陰極室18に移動する。
【0028】
陰極室18では水(H2O)が水酸化物イオン(OH-)と水素イオン(H+)とに電離し、水素イオンが陰極板13上で水素ガス(H2)を生成する一方、水酸化物イオンがリチウムと化合して水酸化リチウム水溶液3を生成する。」
「【0031】
前記膜電解により得られた水酸化リチウム水溶液3は、STEP5で晶析により水酸化リチウム一水和物(LiOH・H2O)として回収することもでき、STEP6で炭酸化することにより、炭酸リチウム(Li2CO3)として回収することもできる。前記炭酸化は、水酸化リチウム水溶液3を、炭酸ガス(CO2)と反応させることにより行うことができる。
【0032】
また、本実施形態では、前記膜電解により得られた水酸化リチウム水溶液3の一部を、STEP2で酸溶解液に添加する水酸化リチウムとして用いるか、又はSTEP3で溶媒抽出に用いる。
【0033】
水酸化リチウム水溶液3をSTEP3で溶媒抽出に用いる場合、水酸化リチウム水溶液3は抽出溶媒に添加される。STEP3で溶媒抽出に用いられる抽出溶媒は陽イオン交換抽出剤であるので、継続して使用すると液性が酸性側に偏り抽出率が低下するが、水酸化リチウム水溶液3を添加することにより、抽出率の低下を抑制することができる。」
2 甲1明細書に記載された発明
上記1によれば、甲1明細書には、次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。
「使用済み又は廃棄されたリチウムイオン電池を加熱処理(焙焼)した後、粉砕機で粉砕し、筐体、集電体等を篩分けにより除去(分級)することにより活物質粉1を得て、
STEP1で活物質粉1を鉱酸に溶解して、少なくともリチウムを含み、リチウムの他に、鉄、アルミニウム、マンガン、コバルト、ニッケル等の有価金属を含む活物質粉1の酸溶解液を得て、
STEP2で水酸化リチウム(LiOH)が添加されることにより前記鉱酸が中和され、
次に、STEP3で溶媒抽出に供せられ、前記溶媒抽出では、有価金属のうち、リチウムを除く、マンガン、コバルト、ニッケルが各別に溶媒抽出され、あるいは鉄、アルミニウムが分離されそれぞれの金属硫酸塩水溶液2として除去され、第1のリチウム塩水溶液を得ることができ、
STEP4でイオン交換膜を用いて、前記第1のリチウム塩水溶液を電解して、水酸化リチウム水溶液3を生成し、
得られた水酸化リチウム水溶液3の一部をSTEP3で溶媒抽出に用いる、
有価金属の回収方法。」
3 当審の判断
3-1 本件発明1について
(1)本件発明1と甲1発明との対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
ア 甲1発明の「有価金属の回収方法」は、「使用済み又は廃棄されたリチウムイオン電池を加熱処理(焙焼)した後、粉砕機で粉砕し、筐体、集電体等を篩分けにより除去(分級)することにより活物質粉1を得て、」当該「活物質粉1」から「有価金属」を回収する方法であるから、本件発明1の「リチウムイオン電池廃棄物から金属を回収する方法」である「リチウムイオン電池廃棄物の金属回収方法」に相当する。
イ 甲1発明の「使用済み又は廃棄されたリチウムイオン電池を加熱処理(焙焼)した後、粉砕機で粉砕し、筐体、集電体等を篩分けにより除去(分級)することにより活物質粉1を得て、STEP1で活物質粉1を鉱酸に溶解して、少なくともリチウムを含」む「活物質粉1の酸溶解液を得」る事項は、本件発明1の「リチウムイオン電池廃棄物中のリチウムを含む金属を酸で浸出させ」る「湿式処理を含み、」「前記湿式処理が、リチウムイオン電池廃棄物中のリチウムを含む金属を酸で浸出させ、前記金属含有溶液を得る酸浸出工程」「を含」む事項に相当する。
ウ 甲1発明の「STEP3で溶媒抽出に供せられ、前記溶媒抽出では、有価金属のうち、リチウムを除く、マンガン、コバルト、ニッケルが各別に溶媒抽出され、あるいは鉄、アルミニウムが分離されそれぞれの金属硫酸塩水溶液2として除去され、第1のリチウム塩水溶液を得ることができ」る事項は、本件発明1の「金属が溶解した金属含有溶液から該金属を取り出す湿式処理を含み、」「前記湿式処理が、」「溶媒抽出により前記金属含有溶液から前記金属を分離させる一以上の抽出工程」「を含」む事項に相当する。
エ 甲1発明の「STEP4でイオン交換膜を用いて、前記第1のリチウム塩水溶液を電解して、水酸化リチウム水溶液3を生成」する事項は、本件発明1の「抽出工程の後、リチウムイオンを含む抽出残液から水酸化リチウム水溶液を得る水酸化工程」「を含」む事項に相当する。
オ 甲1明細書には、「STEP3で溶媒抽出に用いられる抽出溶媒は陽イオン交換抽出剤であるので、継続して使用すると液性が酸性側に偏り抽出率が低下するが、水酸化リチウム水溶液3を添加することにより、抽出率の低下を抑制することができる」(【0033】)と記載されており、この記載からすると、甲1発明の「STEP3で溶媒抽出に用いる」「水酸化リチウム水溶液3」は、本件発明1の「pH調整剤」に相当する。
そして、甲1発明は、「STEP3」の「溶媒抽出」の後、「STEP4でイオン交換膜を用いて、前記第1のリチウム塩水溶液を電解して、水酸化リチウム水溶液3を生成」するものであるから、甲1発明の「得られた水酸化リチウム水溶液3の一部をSTEP3で溶媒抽出に用いる」事項は、本件発明1の「湿式処理の少なくとも一の前記抽出工程において使用するpH調整剤に、前記湿式処理で取り出したリチウムを使用」する事項に相当する。
カ 甲1発明の「STEP4でイオン交換膜を用いて、前記第1のリチウム塩水溶液を電解して、水酸化リチウム水溶液3を生成」する事項と本件発明1の「抽出残液の一部を前記水酸化工程に供」する事項とは、「抽出残液の少なくとも一部を前記水酸化工程に供」する事項で共通する。
キ 上記ア~カより、本件発明1と甲1発明とは、
「リチウムイオン電池廃棄物から金属を回収する方法であって、
リチウムイオン電池廃棄物中のリチウムを含む金属を酸で浸出させ、前記金属が溶解した金属含有溶液から該金属を取り出す湿式処理を含み、
前記湿式処理が、リチウムイオン電池廃棄物中のリチウムを含む金属を酸で浸出させ、前記金属含有溶液を得る酸浸出工程と、溶媒抽出により前記金属含有溶液から前記金属を分離させる一以上の抽出工程と、前記抽出工程の後、リチウムイオンを含む抽出残液から水酸化リチウム水溶液を得る水酸化工程とを含み、
前記湿式処理の少なくとも一の前記抽出工程において使用するpH調整剤に、前記湿式処理で取り出したリチウムを使用し、
前記抽出残液の少なくとも一部を前記水酸化工程に供する、リチウムイオン電池廃棄物の金属回収方法。」で一致し、次の相違点で相違する。
(相違点)
本件発明1は、「抽出残液の一部を前記水酸化工程に供し、残部を前記酸浸出工程で前記酸の少なくとも一部として用いる」のに対し、甲1発明は、「STEP3」の「溶媒抽出」の後、「STEP4でイオン交換膜を用いて、前記第1のリチウム塩水溶液を電解して、水酸化リチウム水溶液3を生成」するものの、抽出残液の残部を、STEP1の酸溶解において酸の少なくとも一部として用いるか否かが不明である点
(2)相違点についての検討
上記相違点について検討する。
ア 甲1発明は、上記相違点に係る発明特定事項を備えておらず、また、甲1明細書には、上記相違点に係る発明特定事項が記載されていないから、上記相違点は実質的な相違点である。
イ そして、本件発明1は、上記相違点により、本件明細書に記載された「硫酸リチウム水溶液の当該一部を酸浸出工程で用いることにより、一連の工程内でのリチウム濃度を高くすることができる他、水酸化工程で、pH調整剤等に必要な分だけ水酸化リチウム水溶液を得ることで、水酸化リチウムの製造等を含むプロセス全体でのコストを削減することができる」(【0046】)との効果を奏するものである。
ウ そうすると、上記相違点に係る本件発明1の発明特定事項は、新たな効果を奏するものであるといえる。
エ よって、本件発明1と甲1発明とは実質同一であるとはいえない。
オ また、本件発明2~10は、本件発明1の発明特定事項を全て含むものであるため、甲1発明に対して、少なくとも上記相違点で相違するから、同様の理由により、甲1発明と同一であるとはいえない。
カ なお、申立人は特許異議申立書(以下、「申立書」という。)において、次の主張をしている。
「一連の工程からなるシステムで循環させるものの一部を、システムの途中の工程で最初の工程に戻すことは、本件特許発明の特許出願の日前に当業者にとって周知技術であった。
・・・(略)・・・
本件特許明細書の段落[0046]には、「硫酸リチウム水溶液の当該一部を酸浸出工程で用いることにより、一連の工程内でのリチウム濃度を高くすることができる他、水酸化工程で、pH調整剤等に必要な分だけ水酸化リチウム水溶液を得ることで、水酸化リチウムの製造等を含むプロセス全体でのコストを削減することができる。」と記載されている。しかしながら、後述する通り、抽出工程で得られる硫酸リチウム水溶液の一部を酸浸出工程で用いても、一連の工程内でのリチウム濃度を高くできず、当該硫酸リチウム水溶液の一部を酸浸出工程で用いることにより、本件特許発明の上記効果は奏されない。換言すれば、上記構成要件Gの採用に技術的意義はない。
したがって、甲第1号証に記載された発明に、上記周知技術を適用し、前記第1のリチウム塩水溶液の一部を、酸溶解液を得る工程で添加することは、「課題解決のための具体化手段における微差」に該当する。
したがって、本件特許発明1は甲第1号証に記載された発明と同一のものである。」(申立書第12頁第17行~第13頁第11行)
キ しかしながら、「一連の工程からなるシステムで循環させるものの一部を、システムの途中の工程で最初の工程に戻すことは、本件特許発明の特許出願の日前に当業者にとって周知技術であった」ことを示す証拠がない。
ク また、仮に、上記キの事項が周知技術であったとしても、リチウムイオン電池廃棄物から金属を回収する方法において、「抽出残液の一部を前記水酸化工程に供し、残部を前記酸浸出工程で前記酸の少なくとも一部として用いる」ことが周知技術であったわけではないから、本件発明1と甲1発明とが実質同一であるとはいえない。
ケ よって、申立人の主張には理由がない。
第5 特許法第36条第4項第1号について(上記第3の(2))
1 本件発明1は、「湿式処理が、リチウムイオン電池廃棄物中のリチウムを含む金属を酸で浸出させ、前記金属含有溶液を得る酸浸出工程」「を含」み、「硫酸リチウム水溶液の一部を前記水酸化工程に供し、残部を前記酸浸出工程で前記酸の少なくとも一部として用いる」との発明特定事項を有するものである。
2 そして、上記1のように、「硫酸リチウム水溶液」の「残部を前記酸浸出工程で前記酸の少なくとも一部として用いる」ことは、当該「硫酸リチウム水溶液」の「残部」を「酸浸出工程」の「酸」と混合すればよいだけであるから、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が何ら困難なく行い得ることである。
3 よって、本件明細書の発明の詳細な説明は、請求項1及びそれを引用する請求項2~10に係る発明について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではないとはいえない。
4 なお、申立人は申立書において、次の主張をしている。
「本件特許明細書の段落[0023]には、前記抽出残液(硫酸リチウム水溶液等)の残部は、pH0.0~2.0の条件下で実施される酸浸出工程の希釈剤として使用されることが記載されている。
また、本件特許明細書の段落[0046]には、「硫酸リチウム水溶液の当該ー部を酸浸出工程で用いることにより、一連の工程内でのリチウム濃度を高くすることができる他、水酸化工程で、pH調整剤等に必要な分だけ水酸化リチウム水溶液を得ることで、水酸化リチウムの製造等を含むプロセス全体でのコストを削減することができる。」と記載されている
しかしながら、本件特許明細書の段落[0038]には、「平衡pHを、好ましくは6.0~8.0、より好ましくは6.8~7.2とする。」と記載されており、pH6.0~8.0の硫酸リチウム水溶液を使用して酸溶液のpHを0.0~2.0に調整する方法が、発明の詳細な説明の記載から不明であるから、当業者は本件特許発明の技術課題(本件特許明細書の段落[0006])を解決できるように本件特許発明を実施できない。
また、下記シミュレーションに示す通り、抽出工程で得られる硫酸リチウム水溶液の一部を酸浸出工程で用いても、一連の工程内でのリチウム濃度を高くできない。」(申立書第16頁第10行~第16頁最終行)
5 しかしながら、本件発明1にはpHについて何ら特定されていないから、仮に、pH6.0~8.0の硫酸リチウム水溶液を使用して酸溶液のpHを0.0~2.0に調整する方法が、発明の詳細な説明の記載から不明であったとしても、上記1~3で検討したとおり、本件発明1が実施可能要件違反であるとはいえない。
6 また、念のため上記5の方法について検討するに、本件明細書には、「酸浸出工程では、上記の電池粉を硫酸等の酸性浸出液に添加すること等により、リチウムイオン電池廃棄物に含まれていたリチウムを含む金属を酸で浸出させる」(【0021】)と記載されており、「酸性浸出液」として「硫酸」を用いた場合、「酸性浸出液」のpHは0に近い値となるから、希釈剤として「pH6.0~8.0の硫酸リチウム水溶液を使用して酸溶液のpHを0.0~2.0に調整する」ことは、当業者が何ら困難なく行い得ることである。
7 さらに、申立人が申立書第17頁第1行~最終行及び図1に示したシミュレーションに基づく主張について検討するに、抽出工程で得られる硫酸リチウム水溶液の一部を酸浸出工程で用いれば、用いない場合と比較して、リチウム濃度を高くできることは明らかであるし、仮に、抽出工程で得られる硫酸リチウム水溶液の一部を酸浸出工程で用いて、一連の工程内でのリチウム濃度を高くできなかったとしても、それが理由でただちに本件発明1が実施可能要件違反であるとはいえない。
8 よって、申立人の主張には理由がない。
第6 特許法第36条第6項第1号について(上記第3の(3))
1 本件発明の解決しようとする課題は、本件明細書の記載によれば、「pH調整剤としての水酸化ナトリウムの使用を抑制し、効率よくリチウムイオン電池廃棄物から金属を回収する方法」(【0006】)を提供することであると認める。
2 そして、本件明細書には、次の記載がある。
「pH調整剤に湿式処理で取り出したリチウムを用いることで、水酸化ナトリウムをpH調整剤として用いる場合の、後述のニッケル抽出工程後の抽出残液への当該ナトリウムの残留及び、その抽出残液から生成させる水酸化リチウム水溶液への不純物の当該ナトリウムの混入を抑制することができる。」(【0028】)
「スクラビング後液や逆抽出後液、スカベンジング後液はマンガン抽出工程に使用すること(たとえば、スクラビング後液を金属含有溶液と混合させ、それを抽出前液としてマンガン抽出工程の溶媒抽出に使用したり、逆抽出後液をマンガン抽出工程のスクラビングに使用したり、スカベンジング後液をマンガン抽出工程の逆抽出液に使用したりすること)が望ましい。これにより、コバルトイオン、ニッケルイオン、リチウムイオンをロスすることなく、工程内で循環ないし滞留させることができる。」(【0029】)
「スクラビング後液の一部または全部をコバルト抽出工程の溶媒抽出に使用すること(つまり、スクラビング後液の一部または全部を金属含有溶液と混合させ、それを抽出前液としてコバルト抽出工程の溶媒抽出を行うこと)が望ましい。これにより、ニッケルイオンおよびリチウムイオンをロスすることなく、工程内で循環ないし滞留させることができる。」(【0033】)
「マンガン抽出工程、コバルト抽出工程及びニッケル抽出工程を含む湿式処理で使用する全てのアルカリ性pH調整剤は、湿式処理で取り出したリチウムを含み、ナトリウムを含まないことが好適である。これにより、アルカリ性pH調整剤としての水酸化ナトリウムが不要になり、後述の水酸化工程で得られる水酸化リチウム水溶液中の不純物のナトリウムイオンを十分に低減することができる。」(【0039】)
3 さらに、本件発明1は、「少なくとも一の前記抽出工程において使用するpH調整剤に、前記湿式処理で取り出したリチウムを使用」するとの発明特定事項を含むものである。
4 そうすると、本件発明1は、上記3より、「少なくとも一の前記抽出工程において使用するpH調整剤に、前記湿式処理で取り出したリチウムを使用」することにより、上記1の課題を解決する、すなわち、「pH調整剤としての水酸化ナトリウムの使用を抑制し、効率よくリチウムイオン電池廃棄物から」リチウムを「回収する」ことができることは明らかであるから、本件発明1は発明の詳細な説明に記載されたものである。
また、本件発明1を直接又は間接的に引用する本件発明2~10についても同様であり、発明の詳細な説明に記載されたものである。
5 なお、申立人は、申立書において、シミュレーション(第17頁第1行~最終行及び図1)を行い、次の主張をしている。
「上述の通り、本件特許発明の上記技術課題を解決できるように、「硫酸リチウム水溶液の一部を前記水酸化工程に供し、残部を前記酸浸出工程で前記酸の少なくとも一部として用いる」ことが発明の詳細な説明に記載されていない。
したがって、本件特許発明は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものでない特許出願に対してされたものである。」
6 しかしながら、本件発明1~10は、上記1~4で検討したとおり発明の詳細な説明に記載されたものではないとはいえない。
7 また、念のため、申立書に記載されたシミュレーションについて検討するに、抽出工程で得られる硫酸リチウム水溶液の一部を酸浸出工程で用いれば、用いない場合と比較して、リチウム濃度を高くできることは明らかであるし、当該シミュレーションは、抽出工程で得た硫酸リチウム水溶液を用いて再び酸浸出工程を行っているものの、本件発明1のように「少なくとも一の前記抽出工程において使用するpH調整剤に、前記湿式処理で取り出したリチウムを使用」するものではないから、仮に、当該シミュレーションの結果では、一連の工程内でのリチウム濃度を高くできなかったとしても、本件発明1~10が上記1の課題を解決し得ないこととはならない。
8 よって、申立人の主張には理由がない。
第7 特許法第36条第6項第2号について(上記第3の(4))
1 請求項4には、「前記湿式処理において使用する全てのアルカリ性pH調整剤が、ナトリウムを含まない」と記載されている。
2 そして、上記1の「前記」は請求項1~3に記載された「湿式処理」を指していると解される。すなわち、請求項1~3に記載された「湿式処理」においてはpH調整剤を使用するところ、そのpH調整剤が、請求項4に記載されるとおり、「アルカリ性」pH調整剤であって、その使用する「全て」の「アルカリ性」pH調整剤が「ナトリウムを含まない」ものであることが理解できる。
3 よって、請求項4およびそれを引用する請求項5~10に係る発明は、明確でないとはいえない。
第8 むすび
以上のとおり、本件の請求項1~10に係る特許は、特許異議申立書に記載された特許異議の申立ての理由によっては、取り消すことはできず、また、他に本件の請求項1~10に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2022-701314