特許異議申立
2022-700124
遺伝子改変家禽卵
- 審判番号
- 2022-700124
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2020-033109
- 登録番号
- 6923232
- 請求日
- 2022年02月14日
- 審決日
- 2023年06月13日
- 公報発行日
- 2023年11月24日
- 結論
- 請求成立(取消)
- 当事者
- 【権利者】国立研究開発法人産業技術総合研究所
- 【権利者代理人】山尾 憲人
- 【権利者代理人】冨田 憲史
- 【異議申立人】松本 文彦
- 【異議申立人】野口 操
- 審判長/審判官
- 審判長 上條 肇
- 審判官 飯室 里美
- 審判官 福井 悟
- 分類
- P1651.121-ZAA(A01K)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法29条2項特許法113条2号特許法120条の8第1項特許法135条
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第120条の5第2項、特許法第29条第2項、特許法第120条の5第9項、特許法第120条の5第4項、特許法第126条第5項、特許法第120条の8第1項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第6923232号発明「遺伝子改変家禽卵」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第6923232号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-4〕について訂正することを認める。
特許第6923232号の請求項2ないし4に係る特許を取り消す。
特許第6923232号の請求項1に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。
理由
理 由
第1 手続の経緯及び証拠方法
1 手続の経緯
特許第6923232号(以下「本件特許」という。)の請求項1~4に係る特許についての出願は、平成28年12月22日(優先権主張 平成27年12月25日)を国際出願日とする特許出願(特願2017-558320号)の一部を令和2年2月28日に新たな特許出願(特願2020-33109号)としたものであって、令和3年8月2日にその特許権の設定登録がされ、令和3年8月18日に特許掲載公報が発行された。その後、本件特許に対して2件の特許異議の申立てがあり、次のとおりに手続が行われた。
令和4年2月14日 : 特許異議申立人である松本文彦(以下、「申立人A」という。)による特許異議の申立て
令和4年2月17日 : 特許異議申立人である野口操(以下、「申立人B」という。)による特許異議の申立て
令和4年5月26日付け : 取消理由通知書、審尋(特許権者)
令和4年7月14日 : 面接(特許権者)
令和4年7月27日 : 意見書、審尋回答書(特許権者)
令和4年8月12日 : 上申書(特許権者)
令和4年8月31日付け : 審尋(申立人A、B)
令和4年10月4日 : 審尋回答書(申立人A)
令和4年12月13日付け: 取消理由通知書(決定の予告)
令和5年2月16日 : 訂正請求書、意見書(特許権者)
令和5年2月28日付け : 訂正請求があった旨の通知(申立人A、B)
なお、指定した期間内に申立人A、Bより、訂正請求があった旨の通知に対する意見書の提出はなされなかった。
2 証拠方法
申立人Aが、異議申立書に添付した証拠方法は、以下のとおりである。
甲第1号証:鶏の研究,2013.08.01,Vol.88, No.8、p.25-26
甲第2号証:Proc.Natl.Acad.Sci.USA, 2014, Vol.111, p.12716-12721
甲第3号証:Chicken Gene Nomenclature Consortium, “CGNC ID 50205”, 10 February 2012, [online]. The Biotechnology Computing Facility at the University of Arizona,[令和4年1月21日検索]<URL:http://birdgenenames.org/cgnc/GeneReport?id=50205>
甲第4号証:Tracy Tang et al.,“A mouse knockout library for secreted and transmembrane proteins, 20 June 2010, [online]. Springer Nature Limited, [令和4年1月21日検索] <URL: https://www.nature.com/articles/nbt.1644#Sec15>
甲第5号証:Tracy Tang et al.,“A mouse knockout library for secreted and transmembrane proteins, 7 July 2010,[online]. Springer Nature Limited, [令和4年1月21日検索] <URL: https://static-content.springer.com/esm/art%3A10.1038%2Fnbt.1644/MediaObjects/41587_2010_BFnbt1644_M0ESM7_ESM.pdf>
甲第6号証:Tracy Tang et al.,“A mouse knockout library for secreted and transmembrane proteins", 20 June 2010, [online]. Springer Nature Limited, [令和4年1月21日検索] <URL: https://static-content.springer.com/esm/art%3A10.1038%2Fnbt.1644/MediaObjects/41587_2010_BFnbt1644_M0ESM8_ESM.xls>
甲第7号証:特願2020-033109号(本件特許) 令和3年6月14日付け (提出日)意見書
(以下、上記の甲第1号証~甲第7号証を、「甲A-1」~「甲A-7」という。)
申立人Aが、令和4年10月4日付け審尋回答書に添付した証拠方法は、以下のとおりである。
参考資料1:https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-13470174/
申立人Bが、異議申立書に添付した証拠方法は、以下のとおりである。
甲第1号証:堀内 浩幸, 第1回 タマゴシンポジウム テーマ:『タマゴが創る未来の食生活』「鳥類多能性幹細胞を用いた鶏卵の低アレルゲン化」, タマゴ科学研究会, 2013年5月20日
甲第2号証:BMB2015 (第38回日本分子生物学会年会, 第88回日本生化学会大会合同大会)合同年次大会プログラム 「[4T12L-04(3P0828)] 始原生殖細胞を用いたニワトリゲノム編集」,2015年12月4日,[online], BMB2015 (第38回日本分子生物学会年会, 第88回日本生化学会大会合同大会)大会事務局[令和4年1月28日検索]URL:https://confit.atlas.jp/guide/organizer/bmb/bmb2015/subject/4T12L-04/search?searchType=only&initFlg=false&query=3P0828&title=&author=&affi1iation=
(以下、上記の甲第1号証~甲第2号証を、「甲B-1」~「甲B-2」という。)
特許権者が令和4年7月27日付け意見書に添付した証拠方法は、以下のとおりである。
乙第1号証:特許権者が作成した本件発明1についての説明図
乙第2号証:Tae Sub Park et al., Proc Natl Acad Sci USA 111(35): 12716-12721, September 2, 2014
乙第3号証:都築ら,日本家禽学会誌,46:J23-J29, 2009
乙第4号証:Jacqueline K. White et al., Cell 154, 452-464, July 18, 2013
乙第5号証:Nicholas A. Salmon et al., Genetics. 2006 November; 44(11):515-522
乙第6号証:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/gene?Db=gene&Cmd=DetailsSearch&Term=416236
乙第7号証:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/homologene/4987
乙第8号証:Tao Yang, Dongcai Liang, Peter J. Koch, et al., GENES & DEVELOPMENT 2004, 18:2354-2358
乙第9号証:Ning Qiu et al., Journal of Proteomics 75 (2012) 1895-1905
乙第10号証:五訂日本食品標準成分表,文部科学省科学技術・学術審議会資源調査分科会,2000年
乙第11号証:東海大学農学部バイオサイエンス学科タンパク質化学研究室のホームページ中「卵白タンパク質の科学」の部分
乙第12号証:Winiarska-Mieczan A et al., Postepy Biochemii, 01 Jan 2007, 53(3):212-217の英文要約
乙第13号証:Yijun Liu et al., Poultry Science 94: 2495-2505, Sep 2015
乙第14号証:E. D. N. S. Abeyrathne et al., 2015 Poultry Science 94:2280-2287
乙第15号証:E. Willems et al., World's Poultry Science Journal, Vol. 70, 503-517 September 2014
乙第16号証:たまご博物館 生物学コーナー(http://takakis.la.coocan.jp/seibutu.htm)
乙第17号証:たまご博物館 鶏の生殖器(http://takakis.la.coocan.jp/hu_yoshimura.htm)
乙第18号証:KAKEN-研究課題をさがす;1991年度実績報告書(KAKENHI-PROJECT-03660085)「糖タンパク質溶液の粘性挙動における糖鎖部分の意義」
乙第19号証:Takehiro Mukae et al., 2121 Poultry Science 100:452-460
(以下、上記乙第1号証~乙第19号証を、「乙1」~「乙19」という。)
また、特許権者が令和4年7月27日付け審尋回答書に添付した証拠方法は、以下のとおりである。
乙第20号証:2015年12月4日に第38回日本分子生物学会、第88回日本生化学会大会 合同大会 第12会場(神戸ポートピアホテル 南館B1F ダイヤモンド)において12:15頃より開催された、演題番号4T12L-04(3P0828)「始原生殖細胞を用いたニワトリゲノム編集」なる学術講演に用いられたスライド
(以下、上記乙第20号証を、「乙20」という。)
また、特許権者が令和5年2月17日付け意見書に添付した証拠方法は、以下のとおりである。
乙第21号証:Takehiro Mukae et al., 2021 Poultry Science 100: 452-460 (Supplementary Material含む)
(以下、上記乙第21号証を、「乙21」という。)
第2 訂正の適否
1 訂正の内容
令和5年2月16日付けの訂正請求書の訂正請求(以下、「本件訂正請求」という。)による訂正の内容は、次のとおりである。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項2に「請求項1に記載のノックアウト家禽の卵」と記載されているのを、「オボムコイド遺伝子がホモノックアウトされているノックアウト家禽の卵」に訂正する。
(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2に「配列番号6(OVMTg2)に示される塩基配列に相当する領域およびその近傍領域に塩基の欠失、置換、または挿入を有している」と記載されているのを、「配列番号6(OVMTg2)に示される塩基配列中のtacagを含む領域の欠失を有している」に訂正する。
(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項1を削除する。
(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項3に「請求項1または2に記載のノックアウト家禽の卵」と記載されているのを、「請求項2に記載のノックアウト家禽の卵」に訂正する。
(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項4に「請求項1~3のいずれか一項に記載のノックアウト家禽の卵」と記載されているのを、「請求項2または3に記載のノックアウト家禽の卵」に訂正する。
(6)訂正事項6
明細書段落【0044】に「オボアルブミンヘテロノックアウト」と記載されているのを、「オボムコイドヘテロノックアウト」に訂正する。
2 一群の請求項について
訂正前の請求項2~4は、訂正前の請求項1を直接又は間接的に引用する関係にあるから、訂正前の請求項1~4は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項に該当するものである。
3 訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1
訂正事項1は、訂正前の請求項2が訂正前の請求項1を引用する記載であったものを、請求項間の引用関係を解消し、独立形式請求項へ改めるための訂正であるから、特許法第120条の5第2項ただし書第4号に規定する「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること」を目的とするものである。
また、訂正事項1は、上記のとおりの訂正であるので、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものともいえない。
(2)訂正事項2
訂正前の請求項2では、変異として、「配列番号6(OVMTg2)に示される塩基配列に相当する領域およびその近傍領域」に「塩基の欠失、置換、または挿入を有している」ことを特定していたところ、訂正事項2により、変異の位置が「配列番号6(OVMTg2)に示される塩基配列中」に限定され、変異の種類が「tacagを含む領域の欠失を有している」ものに限定された。
よって、訂正事項2は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものともいえない。
また、本件特許の設定登録時の願書に添付した明細書(以下、「本件明細書」という。)の段落【0044】には、「オボムコイド遺伝子変異の一例を図4B上段に示す。この個体ではオボムコイドタンパク質のシグナルペプチド直下部より変異を起こす5塩基の欠損が認められ、片アレルにオボムコイド遺伝子のフレームシフト変異を有している。また、オボムコイドゲノムの標的領域を中心に認められる代表的な変異(遺伝子欠損)の例を図4B下段に示した。ここに代表されるようなオボムコイドタンパク質のシグナルペプチド直下部よりフレームシフト変異を生じるオボアルブミンヘテロノックアウトの雌雄個体を複数得ており、これら個体を性成熟後交配することでオボムコイドのホモノックアウトニワトリ作出が可能である。」と記載されており、図4B上段には、オボムコイド遺伝子のOVMTg2の領域において、tacagを欠失する配列が記載され、下段には、当該欠失を含む配列も記載されている。
よって、訂正事項2は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項に適合する。
(3)訂正事項3
訂正事項3は、請求項1を削除するというものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものともいえない。
(4)訂正事項4
訂正事項4は、訂正前の請求項3が請求項1または2の記載を引用する記載であったところ、訂正事項3で請求項1が削除されて請求項1を引用できなくなったことに伴い、引用する請求項を減少させるものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。
また、訂正事項4は、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものともいえない。
(5)訂正事項5
訂正事項5は、訂正前の請求項4が請求項1~3の記載を引用する記載であるところ、訂正事項3で請求項1が削除されて請求項1を引用できなくなったことに伴い、引用する請求項を減少させるものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。
また、訂正事項5は、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものともいえない。
(6)訂正事項6
本件明細書の段落【0044】には、以下の記載がある(下線は、当審にて付与した。)。
「孵卵2.5日後、卵の突端側に直径2cm程度の窓を開けて胚を露呈し、ハンバーガーハミルトンステージ13から15までのレシピエント胚血液中に約1000~5000個の薬剤選択済み細胞(1~2μlのPBSに懸濁)を微小ガラス針を用いて移植した。窓をセロハンテープで密閉後、温度38.5℃、湿度60~80%で培養し孵化させた(キメラヒヨコ(G0))。8羽の雄キメラヒヨコを性成熟させ、精液を採取した。精液よりゲノムDNAを抽出後、配列番号11,配列番号12で示されるオリゴDNAプライマーを用いたPCR法によりオボムコイド遺伝子の一部領域を増幅し、TAベクターにサブクローンし、配列番号6(OVMTg2)を含む領域のゲノム塩基配列を解析した。高頻度に変異の見られたキメラニワトリ#372,#376(いずれもサブクローンした11クローン中10クローンにオボムコイド遺伝子の変異が見られた)を野生型の横斑プリマスロック種雌と交配させ、それぞれの後代19羽中に11羽、14羽中に6羽のオボムコイド変異ニワトリ(ヒヨコ)を見出した。オボムコイド遺伝子変異の一例を図4B上段に示す。この個体ではオボムコイドタンパク質のシグナルペプチド直下部より変異を起こす5塩基の欠損が認められ、片アレルにオボムコイド遺伝子のフレームシフト変異を有している。また、オボムコイドゲノムの標的領域を中心に認められる代表的な変異(遺伝子欠損)の例を図4B下段に示した。ここに代表されるようなオボムコイドタンパク質のシグナルペプチド直下部よりフレームシフト変異を生じるオボアルブミンヘテロノックアウトの雌雄個体を複数得ており、これら個体を性成熟後交配することでオボムコイドのホモノックアウトニワトリ作出が可能である。」
上記の段落【0044】の記載によると、オボムコイドホモノックアウトニワトリの作出に使用されるヘテロノックアウトが「オボアルブミンヘテロノックアウト」ではなく「オボムコイドヘテロノックアウト」であることが明らかなので、訂正事項6は、特許法第120条の5第2項ただし書第2号に規定する「誤記の訂正」を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものともいえない。
また、本件明細書の段落【0044】に上記のとおりの記載があることから、訂正事項6は、願書に最初に添付した明細書に記載した事項の範囲内のものと認められる。
4 独立特許要件
本件特許異議の申立ては、訂正前の全ての請求項に対してなされているので、訂正を認める要件として、特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項に規定する独立特許要件は課されない。
5 小括
以上のとおり、本件訂正請求による訂正事項1~6は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号~第4号のいずれかに掲げる事項を目的とするものであり、いずれも同法同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合している。
したがって、本件特許の明細書及び特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-4〕について訂正することを認める。
第3 本件発明
上記第2のとおり、本件訂正は認容されるので、本件訂正請求により訂正された訂正後の請求項1~4に係る発明(以下、「本件発明1」~「本件発明4」という。また、これらを総称して「本件発明」ということがある。)は、その特許請求の範囲の請求項1~4に記載された、以下の事項によって特定されるとおりのものである。なお、下線は訂正箇所である。
「【請求項1】(削除)
【請求項2】
オボムコイド遺伝子がホモノックアウトされているノックアウト家禽の卵であって、
オボムコイドをコードする塩基配列において、配列番号6(OVMTg2)に示される塩基配列中のtacagを含む領域の欠失を有している、ノックアウト家禽の卵。
【請求項3】
請求項2に記載のノックアウト家禽の卵であって、
内在性のオボムコイドを実質的に含まない、ノックアウト家禽の卵。
【請求項4】
請求項2または3に記載のノックアウト家禽の卵由来のノックアウト家禽。」
第4 取消理由(決定の予告)の概要
訂正前の請求項1~4に係る特許に対して、当審が令和4年12月13日付けの取消理由通知(決定の予告)において特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。
訂正前の請求項1~4に係る発明は、乙20により公然知られた発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。
第5 当審合議体の判断
審尋回答書に記載されているとおり、乙20は、本件特許の発明者らによる学術講演の発表で用いられたスライドであり、甲B-2に、その学術講演の開催日及び講演要旨が記載されていることに照らすと、本件特許の優先日(平成27年12月25日)より前の2015年12月4日に当業者に公然知られた内容を明らかにするものであると認められる。
そして、本件発明2~4は、乙20により公然知られた発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。
その理由は以下のとおりである。
1 乙20に記載された事項及び乙20により公然知られた発明
(1)乙20に記載された事項
乙20には、以下の事項が記載されている。
ア 「
[図:0001403612000001.jpg]
」(スライド2枚目)
イ 「
[図:0001403612000002.jpg]
」(スライド9枚目)
ウ 「
[図:0001403612000003.jpg]
」(スライド13枚目)
エ 「
[図:0001403612000004.jpg]
」(スライド14枚目)
オ 「
[図:0001403612000005.jpg]
」(スライド15枚目)
カ 「
[図:0001403612000006.jpg]
」(スライド17枚目)
(2)乙20により公然知られた発明
上記記載事項イ~オによれば、ニワトリ始原生殖細胞株において、オボムコイド遺伝子を標的とするゲノム編集を行うことにより、OVMTg2と称される領域に欠失を有し、オボムコイド遺伝子がヘテロノックアウトされているニワトリが、雌雄15通り計33羽得られたことが記載されている。そして、上記記載事項ウ、エ(これらは訂正事項2の根拠となった本件の【図4B】と同様の内容を示すものである。)によれば、オボムコイド遺伝子のTTTCCCAACGCTACAGACAAGGの塩基配列中のTACAGが欠失しているニワトリが、33羽中で10羽(摘記事項エのmt-5の上側(雌1羽)、mt-7(雄1羽)、mt-9(雄1羽)、mt-12の真ん中(雄1羽)、mt-12の下側(雌2羽)、mt-22(雄1羽、雌1羽)、mt-31(雄1羽、雌1羽))得られたことが確認できる(下線は、当審にて付与した。以下、同様。)。
そうすると、乙20により、以下の発明が公然知られた発明になったと認められる。
「オボムコイド遺伝子がヘテロノックアウトされているノックアウトニワトリであって、オボムコイド遺伝子のTTTCCCAACGCTACAGACAAGGの塩基配列中のTACAGが欠失しているヘテロノックアウトニワトリ」(以下、「乙20発明」という。)
3 対比・判断
(1)本件発明2について
本件発明2と乙20発明とを対比すると、乙20発明における「ニワトリ」は、本件発明2における「家禽」に相当する。また、乙20発明の「オボムコイド遺伝子のTTTCCCAACGCTACAGACAAGGの塩基配列中のTACAGが欠失」は、本件発明2の「オボムコイドをコードする塩基配列において、OVMTg2(TTTCCCAACGCTACAGACAAGG)に示される塩基配列中のtacagを含む領域の欠失」に相当する。
ここで、本件発明2における配列番号6は、配列表によれば、「TTTCCCAACGCTACAGACATGG」とされているが、これは、本件の【図2】、【図4A】、【図4B】、【図16】において開示されたオボムコイド遺伝子の該当箇所の塩基配列がいずれも「TTTCCCAACGCTACAGACAAGG」であることを考慮すると、「TTTCCCAACGCTACAGACAAGG」とすべきところの誤記であると認められる。
よって、両者は、「オボムコイド遺伝子がノックアウトされているノックアウト家禽」であって、「オボムコイドをコードする塩基配列において、配列番号6(OVMTg2)に示される塩基配列中のtacagを含む領域の欠失を有している、ノックアウト家禽」の点で一致し、以下の点で相違している。
(相違点1)オボムコイド遺伝子のノックアウトについて、本件発明2では、「ホモノックアウトされている」のに対し、乙20発明では、「ヘテロノックアウトされている」点。
(相違点2)本件発明2では、「ノックアウト家禽の卵」であるのに対し、乙20発明では、「ノックアウト家禽」である点。
(相違点1)について検討する。
乙20の記載事項オ及びカには、ホモノックアウトニワトリを得ることが今後の課題であることが明確に記載され、記載事項オには、オボムコイドノックアウト卵への道のりとしてヘテロノックアウトニワトリ(G1)のオスとメスをかけあわせてホモノックアウトヒヨコ/ニワトリ(G2)を作成することが記載されている。
一方、ヘテロノックアウトの交配でホモノックアウトを得ること自体は、ニワトリに限らず、本件特許の優先日における常套手段である。
つまり、乙20発明のヘテロノックアウトニワトリからホモノックアウトニワトリを得ようとすることは、乙20の記載より当業者が強く動機づけられることであり、そのために、ヘテロノックアウト同士の交配を行うことは乙20に記載されるとともに本件特許の優先日における常套手段でもあるから、乙20発明のヘテロノックアウトニワトリ個体同士を交配することにより、ホモノックアウトニワトリを得ることは、当業者が容易に想到し得ることである。
(相違点2)について検討する。
乙20の記載事項オには、ホモノックアウトニワトリ(G2)からオボムコイドノックアウト卵を作成することが記載されている。そして、メスのニワトリが卵を産むことは一般的なことであるから、ホモノックアウトニワトリが得られた後、さらに該ニワトリが性成熟するまで飼育することで、産卵した卵を得ることは当業者が容易に想到し得ることである。
そして、本件発明2の相違点1、2の構成を採ることにより予想外に格別の効果が奏されたとも認められない。
よって、本件発明2は、乙20発明及び乙20により公然知られた事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(2)本件発明3について
上記のようにして得られたオボムコイド遺伝子がホモノックアウトされたニワトリの卵であれば、オボムコイドを含まないものであることは、技術的に明らかである。
よって、本件発明3も、乙20発明及び乙20により公然知られた事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(3)本件発明4について
本件明細書【0070】には、「ホモ型ノックアウトニワトリ同士の交配に依りニワトリ個体が発生し得る。5bpホモ欠損個体の雌雄を交配した卵を孵卵した結果G3世代のオボムコイド5bpホモ欠損個体が得られている(図23)。」と記載されていることから、本件発明4は、請求項2または3に記載のオボムコイド遺伝子がホモノックアウトされているノックアウト家禽同士の交配により得られる卵由来のホモノックアウト家禽と解することができる。
ニワトリは世界有数の産業動物であり、作出されたニワトリは系統維持のために繁殖させることが畜産業上の当然の課題であるといえるから、本件発明2で検討したとおりの理由により、乙20発明及び乙20により公然知られた事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたホモノックアウトニワトリ(G2)を交配してホモノックアウト卵を産卵させることも当業者が容易に想到し得ることである。
よって、本件発明4も、乙20発明及び乙20により公然知られた事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
4 特許権者の主張について
(1)特許権者の主張
特許権者は、令和4年7月27日付けの意見書において以下の(主張1)~(主張5)の点を、令和5年2月16日付けの意見書において以下の(主張6)の点を主張している。
(主張1)ノックアウト個体の新規樹立の場合、ヘテロ型個体を掛け合わせてホモ型個体が得られないことは非常に多く(乙4~5)、特にヘテロの若齢個体(例えば、ヒヨコ)の存在だけからでは、ホモ後代の作出可能性は予見できない。さらに、オボムコイドのマウス相同分子SPINK5のホモノックアウトが新生児致死である(乙6~8)ことから、オボムコイドホモノックアウトニワトリ個体も得られないおそれがある。
(主張2)卵白タンパク質オボムコイドは卵白タンパク質の1割を占める主要タンパク質であり、孵化過程において生体防御、発生制御、生体機能制御、生体構成成分の生産などさまざまな重要プロセスに関わると考えられる(乙9~15)。したがって、卵におけるオボムコイドの減少や欠損が、受精卵の孵化中に起こる種々の形態形成に悪影響を与え、ホモノックアウト後代が得られなかったり重篤な後代の発生異常をおこすことが強く懸念される。
特にニワトリは遺伝子ノックアウトの事例がほとんどなく、卵白タンパク質ノックアウトニワトリの卵やその妊孕性研究の前例が皆無であり、オボムコイドのような主要タンパク質遺伝子のノックアウトニワトリの卵が正常発生できるという根拠は一切存在しなかった。
(主張3)オボムコイドホモ型ノックアウトニワトリが得られたと仮定しても、卵管内における卵の形成プロセス(乙16~17)、卵白アルブミンから酵素的に糖鎖を除去すると溶液粘性が低下すること(乙18)を考慮すると、オボムコイドが実質的に欠損した卵白は卵管内で物理的特性が大きく変化することが予見されることから、オボムコイド遺伝子がホモノックアウトされたニワトリから正常な卵が得られないおそれがあると予想される。
(主張4)乙20におけるオボムコイドホモノックアウト個体やその卵に関する記述は漠然としたもので何ら具体性はなく、実体的な開示とは言えない。乙20には、どのようにすればオボムコイドホモノックアウト個体やその卵を得ることができるのかについては、具体的な記載や示唆が一切ない。
(主張5)オボムコイドは非常に強力なアレルゲン物質であり、加熱や酵素による分解によってもアレルゲン性を失わないが、オボムコイドを欠損した卵は、アレルゲンフリーの卵として、生食、加工食品、ワクチン製造等、化粧品原料等、卵を用いる全ての製造物のアレルギー性を大きく低減させるという格別顕著な効果を有する。
(主張6)乙20には、オボムコイドをコードする塩基配列において特定の塩基配列tacagを含む領域を欠失させてみることについて、何ら示唆や動機付けがない。一方、本件明細書実施例4では、配列番号6(OVMTg2)に示される塩基配列中のtacagを欠失したホモノックアウト家禽について具体的に記載されているし、配列番号6(OVMTg2)に示される塩基配列中のtacagを含む領域を欠失した事例についても、図4B下段に示す欠失を有するヘテロノックアウト家禽が記載されており、これらの個体を交配することでオボムコイドホモノックアウト個体の作出が可能であることが乙21で確認されている。
(2)検討
(主張1)~(主張3)について
特許権者の主張は、いずれも、オボムコイドホモノックアウトニワトリ個体を得ることに阻害事由があることや、その卵が得られない可能性があることを述べるにとどまるものであり、これらを具体的に裏付けるものとは認められない。
ホモノックアウト個体が、ヘテロノックアウト個体同士の交配によって得られない場合もあることは、技術常識であると認められるが、乙4によれば、マウス遺伝子における実験ではあるが、半分以上の遺伝子では、ホモ型個体が得られたことが示されている(453頁右欄4~13行)。また、甲A-3~A-6によれば、ニワトリオボムコイド遺伝子のオーソログであるSPINK6のホモノックアウトマウスでは、顕著な異常が報告されなかったこと、参考資料1と同じSPINK5を示し、本件特許の優先日前公知となった参考資料1’(山西清文,”SPINK5の分子遺伝学的解析”,2003年度研究成果報告書概要[online],2005年4月8日,科学研究費助成事業データベース,国立情報学研究所,[令和4年12月7日検索],インターネット,<URL:https://kaken.nii.ac.jp/ja/report/KAKENHI-PROJECT-13470174/134701742003kenkyu_seika_hokoku_gaiyo/>)によれば、ニワトリオボムコイドのマウス相同分子SPINK5のホモノックアウトマウスが正常発生することが示されていることなどを勘案すると、たとえ、同じSPINK5ホモノックアウトマウスが致死であるとの報告がある(乙8)としても、オボムコイドのホモノックアウトの取得を当業者に躊躇させるに足りるものとは認められない。
さらに、乙20の記載事項アには、「鶏卵アレルゲン蛋白質の除去」が「ニワトリゲノム編集で出来そうなこと」の一つとして明示され、乙20の記載事項オには、オボムコイドホモノックアウト卵への道のりと記載されたスライドの道のりの先に、ホモノックアウトニワトリから産出されたオボムコイドノックアウト卵が明記され、乙20の記載事項オ、カには、ホモノックアウトのニワトリの卵が得られるかどうかが今後の課題であると記載されているから、このような乙20の記載に接した当業者は、アレルゲンフリーであるオボノックアウトニワトリの卵の取得に対する道のりどおりの研究を先に進める強い動機付けを抱くものと解される。
よって、特許権者が主張するような、オボムコイドホモノックアウトニワトリ個体やその卵が得られない可能性があったとしても、上記の強い動機付けを打ち消してまで、ホモノックアウトニワトリの取得、さらに、その卵の取得を断念するほどの事情があったとは認められない。
(主張4)~(主張5)について
乙20には、ホモノックアウト個体やその卵について実際に得たことは記載されていないが、乙20の記載事項オには、ホモノックアウト個体を、ヘテロノックアウト個体を交配させて得ることは記載されており、実際に本件発明においても、ヘテロ型のノックアウトニワトリを交配することで、特段の工夫を要することなくホモ型のノックアウトニワトリが得られている(実施例4)。
そうすると、本件発明は、乙20に記載されたとおりの方法を通常の条件で実行したに過ぎないものと認められる。また、その卵についても、通常メスニワトリは、一定まで成長すれば、自然と産卵するものであり、本件明細書をみても、本件発明において、産卵させるための特別の創意工夫が採用されているとは認められない。
そして、そうして得られた、オボムコイドホモノックアウトニワトリの卵が、アレルゲンであるオボムコイドフリーであることは、乙20の記載に照らすと、当業者において予想どおりの効果に過ぎない。
(主張6)について
オボムコイドをコードする塩基配列において特定の塩基配列tacagを含む領域を欠失することは、上記(2)で記載したとおり、乙20の記載事項ウ、エ(これらは主張6の根拠となる図4Bと同様の内容を示すものである。)に記載された事項であり、TACAGが欠失しているヘテロノックアウトニワトリ同士を、乙20の記載に従い、交配することで、オボムコイドホモノックアウトニワトリを作出することに格別の困難を要するとは認められない。 なお、乙21は、本件特許の優先日の5年以上後に頒布されたものであるが、乙21をみても、オボムコイド遺伝子のtacagを含む領域を欠失したノックアウトニワトリが、オボムコイド遺伝子の異なる領域を欠失したものと比べて、異なる性質を有すると解せるような記載はない。
よって、特許権者の上記主張は、いずれも理由がない。
第6 むすび
以上のとおり、本件発明2~4に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
また、本件発明1に係る特許は、訂正により削除され、特許異議の申立ての対象が存在しないものとなったので、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下すべきものである。
よって、結論のとおり決定する。
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2022-700124