特許異議申立
2021-701076
熱転写受像シート
- 審判番号
- 2021-701076
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2015-014066
- 登録番号
- 6870198
- 請求日
- 2021年11月12日
- 審決日
- 2024年03月29日
- 公報発行日
- 2024年08月30日
- 結論
- 請求成立(取消)
- 当事者
- 【権利者】TOPPANホールディングス株式会社
- 【権利者代理人】松沼 泰史
- 【権利者代理人】鈴木 史朗
- 【権利者代理人】清水 雄一郎
- 【権利者代理人】大槻 真紀子
- 【異議申立人】遠藤 楓実
- 審判長/審判官
- 審判長 里村 利光
- 審判官 井口 猶二
- 審判官 関根 洋之
- 分類
- P1651.537-ZAA(B41M)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条、特許法第120条の5第7項、特許法第120条の5第1項、特許法第120条の5第9項、特許法第120条の5第2項、特許法第113条
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第6870198号発明「熱転写受像シート」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第6870198号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の明細書及び請求項〔1-4〕について訂正することを認める。
特許第6870198号の請求項1~4に係る特許を取り消す。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第6870198号の請求項1~4に係る特許(以下「本件特許」という。)についての出願は、平成27年1月28日の出願であって、令和3年4月19日にその特許権の設定登録がされたものである。
本件特許について、令和3年5月12日に特許掲載公報が発行されたところ、その発行の日から6月以内である令和3年11月12日に、特許異議申立人 遠藤 楓実(以下「特許異議申立人」という。)から全請求項に対して特許異議の申立てがされた。その後の手続の経緯の概要は、以下のとおりである。
令和 4年 2月18日付け:取消理由通知書
令和 4年 4月28日 :意見書(特許権者)の提出
令和 4年 4月28日 :訂正請求書の提出
令和 4年 6月17日 :意見書(特許異議申立人)の提出
令和 4年 8月29日付け:取消理由通知書
令和 4年10月31日 :意見書(特許権者)の提出
令和 4年10月31日 :訂正請求書の提出
令和 4年12月14日 :意見書(特許異議申立人)の提出
令和 5年 3月 6日付け:訂正拒絶理由通知書
令和 5年 4月 6日 :意見書(特許権者)の提出
令和 5年 4月 6日 :手続補正書の提出
令和 5年 5月 9日 :上申書(特許異議申立人)の提出
令和 5年 6月13日付け:取消理由通知書
令和 5年 8月14日 :意見書(特許権者)の提出
なお、令和4年4月28日に提出された訂正請求書による訂正請求は、特許法120条の5第7項の規定により、取り下げられたものとみなす。
第2 本件訂正請求について
特許権者は、特許法120条の5第1項の規定により審判長が指定した期間内である令和4年10月31日に訂正請求書を提出し、本件特許の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付した訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり訂正することを求めた(以下「本件訂正請求」という。)。
その後、令和5年3月6日付けの訂正拒絶理由通知に対して、特許権者は同年4月6日に手続補正書を提出して、本件訂正請求書における請求の理由及び訂正請求書に添付した訂正明細書について補正することを求めたので、この手続補正が訂正請求書の要旨を変更するものか否かを検討し、その上で訂正の適否について検討する。
1 令和5年4月6日に提出された手続補正(以下「本件補正」という。)について
(1)補正の内容
本件補正は、令和4年10月31日に提出された訂正請求書の「7 請求の理由」に記載された訂正事項3、すなわち、「明細書の【0045】に記載される「剥離試験」を「90°剥離試験」に訂正する。」との訂正事項を削除する補正である。
(2)補正の適否
本件補正は、上記のとおり、訂正事項3を削除するものであるから、訂正請求書の要旨を変更しないものである。
(3)小括
以上のとおり、本件補正は、本件訂正請求書の要旨を変更しないものであるから、特許法120条の5第9項で準用する同法131条の2第1項の規定により、補正を認める。
2 訂正の趣旨及び訂正の内容
(1)訂正の趣旨
上記1のとおり、本件補正は認められたから、本件訂正請求の趣旨は、特許第6870198号の明細書及び特許請求の範囲を、本件補正後の本訂正請求書に添付した、訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の本件明細書の【0037】、【0038】及び【0040】について訂正し、また、本件訂正後の請求項1~4について訂正することを求める、というものである。
(2)訂正の内容
本件訂正請求において特許権者が求める訂正の内容は、以下のとおりである。なお、下線は当合議体が付したものであり、訂正箇所を示す。
ア 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に、「剥離強度が4N/10mm以上」と記載されているのを、「剥離強度が4.2N/10mm以上」に訂正し、「押し込み硬度が0.3GPa以上」と記載されているのを、「押し込み硬度が0.32GPa以上」に訂正する(請求項1の記載を直接又は間接に引用して記載された、請求項2~4についても、同様に訂正する。)。
イ 訂正事項2
本件特許の明細書の【0037】、【0038】及び【0040】に、「g/cm2」と記載されているのを、「g/m2」に訂正する。
(3)一群の請求項について
本件訂正請求は、一群の請求項〔1~4〕ごとに請求されたものである。
3 訂正の適否
本件訂正請求は、訂正事項1及び2に係る訂正からなるものである。
そして、訂正事項1に係る訂正は、特許請求の範囲の請求項1に記載された「基材」と「樹脂層」との「剥離強度」について、「4N/10mm以上」を「4.2N/10mm以上」に限定するとともに、特許請求の範囲の請求項1に記載された「背面層側からのナノインデンテーション法で測定された押し込み硬度」について、「0.3GPa以上」を「0.32GPa以上」に限定する訂正であって、令和5年6月13日付け取消理由通知書において、その適否を判断した訂正事項1に係る訂正と同じ内容である。
同様に、訂正事項2に係る訂正は、本件特許の明細書の、【0037】の「背面層形成用組成物を乾燥後の塗布量が1.0g/cm2になるようにグラビアコーターで塗布し」との記載、【0038】の「染料受容層形成用組成物をもちいて、乾燥後の塗布量が2.0g/cm2になるようにグラビアコーターで塗布し」との記載、及び【0040】の「背面層の乾燥後の塗布量が2.0g/cm2」との記載における「g/cm2」を「g/m2」とする訂正であって同取消理由通知書において、その適否を判断した訂正事項2に係る訂正と同じ内容である。
したがって、訂正事項1及び2に係る訂正からなる本件訂正請求は、同取消理由通知の「2 本件訂正請求について」で示したのと同様の理由により、特許法120条の5第2項ただし書、同法同条9項において準用する同法126条5項及び6項の規定に適合する。
4 小括
したがって、本件特許の明細書及び特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の明細書及び請求項〔1~4〕について訂正することを認める。
第3 本件特許発明
上記「第2」のとおり、本件訂正請求による訂正は認められた。
したがって、本件特許の請求項1~4に係る発明(以下、これらを総称して「本件特許発明」という。)は、本件訂正請求による訂正後の特許請求の範囲の請求項1~4に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
「【請求項1】
基材の一方の面に受容層、他方の面に樹脂層と背面層とが順次積層され、かつ、前記背面層が最表層を構成する熱転写受像シートであって、
前記基材が紙基材にポリエチレンまたはポリプロピレンを被覆して成り、
前記背面層は少なくともバインダ樹脂と架橋剤とを含有する組成物からなり、
前記基材と前記樹脂層との剥離強度が4.2N/10mm以上であり、
前記背面層側からのナノインデンテーション法で測定された押し込み硬度が0.32GPa以上であることを特徴とする熱転写受像シート。
【請求項2】
前記架橋剤がアジリジン系化合物であることを特徴とする請求項1に記載の熱転写受像シート。
【請求項3】
前記バインダ樹脂がガラス転移温度60℃以上のポリエステル樹脂からなることを特徴する請求項2記載の熱転写受像シート。
【請求項4】
前記組成物がディスパージョンからなることを特徴とする請求項1~3のいずれかに記載の熱転写受像シート。」
第4 取消しの理由の概要、証拠
1 取消理由通知書の概要
令和5年6月13日付け取消理由通知書により通知した取消しの理由は、概略、本件特許は特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである、という理由を含むものである。
2 証拠方法について
(1)特許異議申立人が提出した証拠方法
甲第1号証:特開2011-73291号公報(以下「甲1」という。)
甲第2号証:特開2000-335117号公報(以下「甲2」という。)
甲第3号証:株式会社島津製作所,「SHIMADZU 小型卓上試験機 EZ Test」のカタログ(以下「甲3」という。)
甲第4号証:「太陽電池シリコンモジュール用バックシートおよび封止樹脂(EVA)の剥離試験」,島津アプリケーションニュース,株式会社島津製作所,2010年2月(以下「甲4」という。)
甲第5号証:国際公開第2019/151391号(以下「甲5」という。)
甲第6号証:「第1回ナノインデンター オンラインセミナー ナノインデンターの概要と機能紹介」,株式会社東陽テクニカ,2021年4月23日,表紙,p.30-43(以下「甲6」という。)
甲第7号証:服部浩一郎外2名,“ISO14577 Part1:2002(計装化押込み硬さ試験および材料パラメータ第一部:試験方法)の紹介”,材料試験技術,日本材料試験技術協会,2004年10月,Vol.49,No.4,p.35-46(以下「甲7」という。)
甲第8号証:第2回オンラインセミナー ナノインデンター法の原理~ISO14577と測定の注意点~」,株式会社東陽テクニカ,2021年5月14日,表紙,p.57,p.78-79(以下「甲8」という。)
甲第9号証:国際公開第2017/051914号(以下「甲9」という。)
甲第10号証:特開2020-76019号公報(以下「甲10」という。)
甲第11号証:特開2010-82930号公報(以下「甲11」という。)
甲第12号証:特開平11-115328号公報(以下「甲12」という。)
甲第13号証:三菱製紙株式会社,”研究開発領域/内容(インクジェット・写真用紙)”,p.1/3-3/3,[online],2011年9月23日,三菱製紙株式会社ウェブサイト,[令和4年2月10日検索],インターネット,<URL:https://www.mpm.co.jp/rd/field/inkjet.html>(以下「甲13」という。)
甲第14号証:特開2014-237289号公報(以下「甲14」という。)
甲第15号証:特開2015-13456号公報(以下「甲15」という。)
甲第16号証:特開2004-122752号公報(以下「甲16」という。)
甲第17号証:特開2005-238748号公報(以下「甲17」という。)
甲第18号証:特開平10-244767号公報(以下「甲18」という。)
甲第19号証:特開平3-206462号公報(以下「甲19」という。)
甲第20号証:特開平6-135170号公報(以下「甲20」という。)
添付資料1:レッドクルーズ株式会社,”2012年4月10日 プレスリリース”,p.1/7-7/7,[online],2012年4月10日,JPubb,[令和3年12月23日検索],インターネット,<URL:https://m.jpubb.com/press/355365/>
添付資料2:日本食糧新聞,”島津製作所、業界最高クラスの小型卓上試験機販売”,株式会社日本食糧新聞社,[online],2012年4月20日,ニュース 2012.04.20 10647号 05面,[令和3年12月23日検索],インターネット,<URL: https://news.nissyoku.co.jp/news/ebata20120412080837717>
添付資料3:株式会社ゴムタイムス社,”【ゴム用試験機特集】 島津製作所 小型卓上試験「EZ Test」を拡販強化 グローバル展開で市場拡大目指す”,p.2/9-4/9,[online],2012年6月28日,株式会社ゴムタイムス社,[令和3年12月23日検索],インターネット,<URL:https://www.gomutimes.co.jp/?p=34569>
甲第21号証:株式会社島津製作所,”EZ Testシリーズ”,[online],株式会社島津製作所ウェブサイト,[令和4年6月17日検索],インターネット,<URL:https://www.an.shimadzu.co.jp/test/products/mtrl03/mtrl0309.htm>(以下「甲21」という。)
甲第22号証:特表2004-533345号公報(以下「甲22」という。)
甲第23号証:「粘着強さにおよぼす剥離角度の影響の糸曳き現象からの検討」、日本接着剤学会誌Vol.53,No.1(2017)(以下「甲23」という。)
甲第24号証:国際公開第2013/094411号(以下「甲24」という。)
甲第25号証:江部和義、「半導体加工用テープの粘接着力制御に関する研究」博士論文、2014年5月、リンテック株式会社(以下「甲25」という。)
甲第26号証:特開2016-32935号公報(以下「甲26」という。)
甲第27号証:特開2016-37557号公報(以下「甲27」という。)
甲第28号証:福井県工業技術センター,”タック性評価試験装置”,[online],福井県工業技術センターウェブサイト,[令和5年5月9日検索],インターネット,<URL:https://www.fklab.fukui.fukui.jp/kougi/machines/list/00747.html>(以下「甲28」という。)
甲第29号証:”180°degrees adhesive test for adhesive tape”,[令和5年5月9日検索],インターネット,<https://www.youtube.com/watch?v=uFuk1Z9aXt-Y&list=PLCPY11zjvhZN7t3vgvq1CNVYv7&index=14>(以下「甲29」という。)
甲第30号証:協和界面科学株式会社,「粘着力・剥離力とは」,[online],[令和5年5月9日検索],インターネット,<https://www.face-kyowa.co.jp/science/theory/what_adhesion_peel/>(以下「甲30」という。)
甲30号証の2:甲30のインターネットアーカイブ,[online],2014年10月11日,[令和5年5月9日検索],インターネット,<https://web.archive.org/web/2014011051538/http://www.face-kyowa.co.jp/science/theory/what_adhesion_peel/>(以下「甲30の2」という。)
(当合議体注:甲1~2は、主引例であり、甲3~10、13、21及び23~30の2は、技術常識等を示す文献又は資料であり、甲11~12は、技術常識を示すとともに周知技術を示す文献であり、甲14~20は、周知技術を示す文献であり、添付資料1~3は、甲3の発行時期を裏付ける資料であり、甲22は、令和2年8月27日付け原査定における主引例である。)
(2)特許権者が提出した証拠方法
乙第1号証の1:株式会社島津製作所,”試験目的に応じた試験データ・試験用アクセサリのご紹介,[online],株式会社島津製作所ウェブサイト,[令和4年4月15日検索],インターネット,<URL:https://www.an.shimadzu.co.jp/test/support/faq/apl.htm>(以下「乙1の1」という。)
乙第1号証の2:株式会社島津製作所,”粘着テープの90°剥離試験,[online],株式会社島津製作所ウェブサイト,[令和4年4月15日検索],インターネット,<URL:https://www.an.shimadzu.co.jp/apl/chemical/friction_test90.htm>(以下「乙1の2」という。)
乙第1号証の3:株式会社島津製作所,”テープの180°剥離試験,[online],株式会社島津製作所ウェブサイト,[令和4年4月15日検索],インターネット,<URL:https://www.an.shimadzu.co.jp/apl/chemical/friction_test180.htm>(以下「乙1の3」という。)
乙第2号証:日本規格協会,”JISハンドブック,”29 接着,目次,[online],一般財団法人日本規格協会,2014年1月31日(以下「乙2」という。)
乙第3号証:株式会社サニー・シーリング,”サニースタッフブログ『剥離試験』のご紹介,[online],株式会社サニー・シーリング,[令和4年4月18日検索],インターネット,<URL:https://sunnysealing.jp/publics/index/143/detail=1/b_id=476/r_id=13/>(以下「乙3」という。)
乙第4号証:日本規格協会,”JISハンドブック,”29 接着,JIS Z 0237:2009 粘着テープ・粘着シート試験方法,一般財団法人日本規格協会,2014年1月31日,p.356-369(以下「乙4」という。)
乙第5号証:株式会社東陽テクニカ,”ナノインデンターの基本原理”,[online],株式会社東陽テクニカウェブサイト,[令和4年4月18日検索],インターネット,<URL:https://www.toyo.co.jp/microscopy/casestudy/detail/NI_principle>(以下「乙5」という。)
乙第6号証:株式会社東陽テクニカ,”連続剛性測定法の原理”,[online],株式会社東陽テクニカウェブサイト,[令和4年4月18日検索],インターネット,<URL:https://www.toyo.co.jp/microscopy/casestudy/detail/id=13817?contents_type1=&contents_type2=&contents_type&type=>(以下「乙6」という。)
乙第7号証:特表2014-530953号公報(以下「乙7」という。)
乙第8号証:特許第6784049号公報(以下「乙8」という。)
乙第9号証:特開2015-202672号公報(以下「乙9」という。)
乙第10号証:佐々木信也、「トライポロジーから見た固体表面の機械的特性とその評価技術」、Journal of the Vacuum Society of Japan、Vol.50,No.2 2007、一般社団法人日本真空学会、2007年、P.96-P.100(以下「乙10」という。)
乙第11号証:中上明光、川上信之、「ナノインデンテ-ション法による薄膜の機械的特性評価」、神戸製鋼技法、Vol.52,No.2(Sep.2002)、株式会社神戸製鋼、2002年、P.74-P.77(以下「乙11」という。)
(当合議体注:乙1~11は、技術常識を示す文献又は資料である。)
第5 当合議体の判断(明確性要件)
1 判断基準
特許法36条6項2号において、発明の明確性を要件とする趣旨は、仮に、特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には、特許が付与された発明の技術的範囲が不明確となり、第三者に不測の不利益を及ぼすことがあり得るので、そのような不都合な結果を防止することにある。そして、発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面(以下、同明細書及び図面を「本件明細書等」という。)を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
2 あてはめ
上記1の判断基準にしたがって、以下、検討する。
本件訂正請求による訂正後の特許請求の範囲の請求項1~4の記載によれば、本件特許発明は、「熱転写受像シート」に係る発明であって、「基材の一方の面に受容層、他方の面に樹脂層と背面層とが順次積層され」る「基材と前記樹脂層との剥離強度」の数値範囲を発明特定事項として含むものである。
ここで、後述((2)ア~イ)するように、測定方法、特に剥離強度を測定する際の試料を剥離する角度(以下「剥離角度」という。)が異なれば剥離強度の測定値が大きく変動することは技術常識であるから、本件特許発明の上記「基材と前記樹脂層との剥離強度が4.2N/10mm以上」との発明特定事項が、具体的にどの程度の剥離強度を指すのかが明確といえるためには、剥離強度の測定値の変動の程度が第三者に不測の不利益を及ぼさない程度にまで、測定方法(特に剥離角度)が一義的に確定されることが必須である。
そこで、以下では、特許請求の範囲及び本件明細書等の記載並びに技術常識に基づいて、本件特許発明において剥離角度が一義的に確定されるのかについて検討する。
(1)測定方法(剥離角度)が一義的に確定されるといえるかについて
まず、特許請求の範囲において、剥離強度の測定方法は特定されていない。
次に、本件明細書等の記載を検討する。
本件明細書等には、剥離試験について、次の記載がある。
「【0044】
<評価>
実施例1~4及び比較例1~2で得られた熱転写受像シートを用いて、剥離強度、押し込み硬度、印画の測定、評価を以下の方法にて行った。結果は以下の表1に記す。
【0045】
(剥離強度評価)
引張強度試験機(島津製作所社製「EZ‐LX」)を用い、試験速度1000mm/mimにて剥離試験を行い背面フィルム層の剥離強度を調べた。
・・・中略・・・
【0048】
<比較評価結果>
・・・中略・・・
【0049】
【表1】
[図:0001413275000001.jpg]
」
上記記載からは、剥離強度の測定に用いた試験機が理解できるにとどまり、剥離角度としてどのような角度が用いられたのかを直ちに理解することはできない。
そこで、本件特許発明の「剥離強度」を測定する場合に、上記引張強度試験機(島津製作所社製「EZ-LX」(以下「本件試験機」という。))を用いて剥離強度を測定する当業者が採用する剥離角度が一義的に確定されるといえるかについて、さらに検討する。
本件試験機について、甲3及び甲28には、次の記載がある。
ア 甲3(小型卓上試験機 EZ Test」のカタログ)の記載
(ア)「接着テープ剥離試験評価
[図:0001413275000002.jpg]
」(甲3、9頁中段)
(イ)「仕様
[図:0001413275000003.jpg]
」(甲3、12頁)
(当合議体注:上記仕様は表の一部を抜粋したものである。)
イ 甲28(福井県工業技術センターのウェブサイト)の記載
「タック性評価試験装置
[図:0001413275000004.jpg]
・・・中略・・・
[図:0001413275000005.jpg]
」(甲28)
ウ 甲3及び甲28の記載から理解できる事項
上記ア~イの記載によれば、本件試験機と上記イに記載の試験装置(EZ Test「EZ-SX」)とは、ともに島津製作所社製の小型卓上試験機「EZ Test」と称される試験機であって、前者の本体負荷容量の範囲が後者の範囲を包含することから、仕様上の上位機と下位機の関係にあるものであって、上記イの「各種試験」に関する記載を考慮すれば、両試験機においては、必要に応じて、適切な治具(つかみ具)を選択することにより90°剥離試験及び180°剥離試験を行うことができることが、本件出願当時に周知であったと認められる。
したがって、本件明細書等に記載された本件試験機を用いる当業者は、本件特許発明の剥離角度として、90°ないし180°等の特定の角度を一義的に採用するとはいえず、目的に応じて、90°剥離試験と180°剥離試験を選択すると認めるのが相当である。
次に、本件特許発明における「剥離強度」の技術的意義に基づいて、剥離角度が一義的に確定されるといえるかについて検討する。
本件明細書等の記載(【0017】及び【0027】等)によれば、本件特許発明において剥離強度を特定の数値範囲としたことの技術的意義は、熱転写受像シートがプリンタに具備された送りローラで搬送される際に、基材と樹脂層との層間の結着の弱さに起因して発生する印画時の色ズレを抑制するために必要な基材と樹脂層との密着性の目安を提供することにあると一応理解することができる。しかしながら、上記密着性の評価にあたって、90°剥離試験及び180°剥離試験のどちらが、プリンタ内での熱転写受像シートの状態(例えば、搬送時又は熱転写時に基材と樹脂層の間に働く応力)をより忠実に再現した試験といえるかについて、当業者間に共通の理解があったと認めるに足りる証拠はない。
また、甲30及び乙3によれば、90°剥離試験は、試験用の治具が複雑であるものの、基材の影響が小さく粘着剤のみの評価が行いやすいため小さい粘着力の測定に好まれる一方、180°剥離試験は、粘着テープの厚さや弾性率の影響を受けるものの、治具が比較的簡単であって、試料のたるみによる試験結果への影響が少ないこと等、各剥離試験には一長一短があると認められる。ここで、本件特許発明の「熱転写受像シート」が少なくとも4層からなる積層構造を有するシートであって、これがプリンタ内での搬送時ないし熱転写時に圧力(応力)を受けるのであるから、基材と樹脂層との間の粘着力のみを評価することが必ずしも適切であるとはいえず、結局、上記下線部の技術的意義に基づいて、どちらの剥離試験がより適切であるかは明らかでない。さらに、本件特許発明の実施例と同等の剥離強度の測定が180°剥離試験においても行われていることは、例えば、特開2012-59934号公報(【0087】【表3】等)の記載から明らかであるから、剥離強度の測定値が小さいということから直ちにどちらの剥離試験がより適切であるかは一概にはいえない。
以上の検討によれば、本件の特許請求の範囲及び本件明細書等の記載並びに当業者の出願当時における技術常識を基礎としても、本件特許発明の「剥離強度」を測定する際の剥離角度が一義的に確定されるとはいえない。
(2)剥離強度の測定値の変動の程度について
次に、剥離角度が一義的に確定しない場合における剥離強度の測定値の変動が、第三者に不測の不利益を及ぼす程度のものといえるかについて検討する。
甲4(Table 2及びTable 3)、甲23(Fig.5及びFig.6)、甲24([0147][表3]比較例7~8)及び特開2012-59934号公報(【0087】【表3】実施例14、16)等の記載によれば、剥離強度について、以下のア及びイの事項が、本件出願当時の技術常識であったと認められる。
ア 一般に、剥離強度を測定する際の試料を剥離する角度が異なれば、剥離強度の測定値が異なること(変動すること)及び90°剥離試験と180°剥離試験で得られる測定値の大小関係は一概には定まらないこと
イ 上記変動の程度は約60%程度にまで及ぶこと
上記ア~イの技術常識及び本件明細書等の実施例及び比較例の剥離強度の変動幅を踏まえると、剥離角度が一義的に確定しないことによる測定値の変動が、第三者に不測の不利益を及ぼす程度のものといえることは明らかである(単なる誤差とはいえない)。
(3)剥離角度を巡る特許権者の対応について
また、一般に、特許法36条6項2号(明確性要件)を充足することの立証責任は、特許権者にあると解されるところ、以下のア~イの事情に照らせば、特許権者はその責任を十分に果たしているとは認められず、そのことによる不利益は特許権者が担うべきものである。
ア 剥離角度について、特許権者は、手続の経緯において、令和元年10月4日付けの意見書の2頁では「180度剥離力」である旨主張していたものを、令和4年4月28日付けの意見書の6頁では「90度」であると主張するなど、主張が変遷していること
イ 本件明細書等の【0049】【表1】に記載された各実施例において採用された剥離角度の立証について、特許権者は自身による剥離強度評価(【0045】)時に用いた剥離角度を明らかにすれば足りることから特段の負担なく立証できる立場にあることから、令和5年6月13日付け取消理由通知書において、特許権者に対して剥離角度を直接立証するよう促したにもかかわらず、特許権者が応じなかったこと(令和5年8月14日提出の意見書5頁10~18行)
(4)剥離角度及び測定値が一義的に確定するか否かについてのまとめ
上記(1)~(3)によれば、本件特許発明に係る特許請求の範囲には、発明特定事項である剥離強度について、その測定方法が特定されておらず、本件明細書等の記載を参酌しても、剥離強度の測定値を変動させ得る測定条件、とりわけ、剥離角度について、何ら具体的な記載はなく、これを一義的に定める何らかの技術常識が存在したと認めるに足る証拠もない。
そして、剥離角度は剥離強度の値を変動させる測定条件であるところ、剥離角度が一義的に定まらない以上、その測定値が一義的に定まることもなく、結果、本件特許に係る特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であることは技術常識(上記(2)ア~イ)に照らして明らかである。
3 小括
したがって、本件特許発明に係る特許請求の範囲の記載は、特許法36条6項2号の要件を充足しない。
第6 特許権者の主張について
1 令和5年4月6日提出の意見書における主張について
(1)特許権者は、剥離角度について、島津製作所製「EZ-LX」を使用して、180°剥離の試験をすることが甲26、甲27に明記されているが、これは、甲3に記載される方法ではないからわざわざ明記していると考えるべきであり、剥離角度が特に明記されていない本件明細書に記載された本件試験機は甲3に記載されるとおり、「90度の引き剥がし角度」を保持して「剥離強度」を測定していると理解すべきである旨主張する(同意見書3頁23行~最下行)。
しかしながら、本件試験機を用いて90°剥離試験及び180°剥離試験を行うことができることが周知であったことは、上記「第5 2(1)ウ」に示したとおりである。また、乙4の360頁~365頁(粘着力の試験方法に関するJIS規格)によれば、粘着力試験(剥離試験)における要報告事項として、試験方法(10.3に規定する試験方法の区分(剥離角度))が規定されていることからみて、90°剥離試験を行った場合に、これを明記する必要がないなどという主張は理由がない。
したがって、上記主張は採用できない。
(2)特許権者は、一般に、180°剥離は90°剥離に比べて、構成材料全体の影響を受けやすく、測定値のばらつきも90°剥離試験の方が小さくなるから、本件特許発明の剥離強度の測定に用いられる試験は90°剥離試験である旨主張する(同意見書3頁16行~22行)。
しかしながら、この点は、上記「第5 2(1)ウ」において、「剥離強度」の技術的意義の観点から検討したとおりである。
したがって、上記主張は採用できない。
2 令和5年8月14日提出の意見書における主張について
(1)特許権者は、「本件特許明細書の【0045】には、・・・「試験速度」を明記しているから、訂正後本件特許発明1の「剥離強度」は安定時剥離力に相当することを当業者は理解できる。」と主張する(同意見書5頁19行~2行)。
しかしながら、測定条件のうち、少なくとも剥離角度については、上記「第5 2(3)」で述べたとおりであるから、剥離角度以外の測定条件について上記主張は「第5 3」の判断を左右しない。
(2)特許権者は、当業者において、本件特許明細書の【表1】の各実施例の熱転写受像シートを作製することは可能であり、その剥離強度を引きはがし角度が180°の場合と90°の場合とで測定すれば、背面フィルム層剥離強度の数値の引きはがし角度を確認することができる旨主張する(同意見書5頁10行~18行)。
しかしながら、この点については、上記「第5 2(3)」に示したとおりである。
なお、本件における特許権者は、上記「第5 2(3)」で述べたとおり、立証負担がさほど大きくない立場にあるといえる。そうであるにもかかわらず、自ら直接立証することなく、主張を変遷させる等誠実さに欠ける主張を繰り返していて、立証責任を十分に果たしているとはいい難い。その結果、本件特許発明における剥離角度がどのような角度であるのかが依然として明らかでない。このような特許権者の姿勢は、かえって、本件明細書等に記載された剥離強度を含む評価結果全般の信頼性(再現性)に疑義があることを示唆するものといえる。
したがって、上記主張をそのまま採用することはできない。
3 小括
その他、特許権者は縷々主張するが、いずれも本件特許発明が明確でないとの上記判断を左右するものではない。
第7 むすび
以上のとおり、本件特許は、特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
したがって、請求項1~4に係る特許は、いずれも、特許法113条4号に該当し、取り消されるべきものである。
よって、結論のとおり決定する。
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2021-701076