特許無効審判
2019-800112
エルデカルシトールを含有する前腕部骨折抑制剤
- 審判番号
- 2019-800112
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 無効審判(無効の審決)
- 出願番号
- 特願2010-103915
- 登録番号
- 5969161
- 請求日
- 2019年12月23日
- 審決日
- 2021年04月15日
- 公報発行日
- 2023年03月31日
- 結論
- 請求成立(無効)
- 当事者
- 【請求人】沢井製薬 株式会社
- 【請求人代理人】森本 純
- 【請求人】日医工 株式会社
- 【請求人代理人】森本 純
- 【被請求人】中外製薬 株式会社
- 【被請求人代理人】寺地 拓己
- 【被請求人代理人】一宮 維幸
- 【被請求人代理人】末吉 剛
- 【被請求人代理人】高橋 聖史
- 【被請求人】大正製薬 株式会社
- 【被請求人代理人】寺地 拓己
- 【被請求人代理人】一宮 維幸
- 【被請求人代理人】末吉 剛
- 【被請求人代理人】高橋 聖史
- 審判長/審判官
- 審判長 藤原 浩子
- 審判官 渕野 留香
- 審判官 前田 佳与子
- 分類
- P1113.113-ZAA(A61K) / P1113.121-ZAA(A61K) / P1113.537-ZAA(A61K)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第123条第1項第2号、特許法第36条第6項第1号、特許法第29条第1項第3号、特許法第29条第2項、特許法第134条の2第3項、特許法第134条の2第9項、特許法第134条の2第1項、特許法第126条第5項、特許法第123条第1項第4号、特許法第169条第2項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
上記当事者間の特許第5969161号発明「エルデカルシトールを含有する前腕部骨折抑制剤」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。
結論
結 論
特許第5969161号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項3、4、5、6、7、8について訂正することを認める。
特許第5969161号の請求項1~8に係る発明についての特許を無効とする。
審判費用は、被請求人の負担とする。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第5969161号(以下「本件特許」という。)は、平成22年4月28日に特願2010-103915号(優先権主張 平成21年4月28日)として出願され、平成28年7月15日に特許権の設定登録がされたものである。
これに対して、沢井製薬株式会社及び日医工株式会社(以下まとめて「請求人」という。)から、令和1年12月23日差出の審判請求書によって、本件特許の全ての請求項1~4に係る発明の特許を無効にすることを求める旨の本件特許無効審判が請求された。そして、中外製薬株式会社及び大正製薬株式会社(以下まとめて「被請求人」という。)から、令和2年3月24日付けで審判事件答弁書(以下「答弁書」という。)が提出された。以後の主な手続の経緯は以下のとおりである。
令和2年 9月24日付け 審決の予告(起案日)
同年11月30日提出 訂正請求書(被請求人)
同年 同月 同日提出 上申書(被請求人)
同年12月16日付け 弁駁指令
令和3年 1月19日提出 弁駁書(請求人)
第2 訂正請求について
1 訂正請求の趣旨、訂正の内容及び別の訂正単位とする求め
令和2年11月30日提出の訂正請求書による訂正(以下「本件訂正」という。)は、本件特許の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項3~8について訂正することを求めるものである。
本件訂正の内容は、以下のとおりのものである(下線部は訂正箇所である)。
(1)訂正事項1
訂正前の請求項3に「投与される対象が、若年者平均骨密度(YAM)の80%より低いか、またはTスコアがYAM値に対して-1SD以下である大腿部骨密度を有する、請求項1または2に記載の組成物。」と記載されるうち、訂正前の請求項1を引用する部分を独立形式の請求項とし、訂正前の請求項3を、
「エルデカルシトールを含んでなる非外傷性である前腕部骨折を抑制するための医薬組成物であって、投与される対象が、若年者平均骨密度(YAM)の80%より低いか、またはTスコアがYAM値に対して-1SD以下である大腿部骨密度を有する、上記組成物」に訂正して、新たな請求項3とする。
(2)訂正事項2
訂正前の請求項4に「エルデカルシトールが0.75μg/日の用量で経口投与される、請求項1~3のいずれか1項に記載の組成物。」と記載されるうち、訂正前の請求項1を引用するものを独立形式の請求項とし、さらに、組成物について、「投与される対象がI型骨粗鬆症患者」であることを特定して、
「エルデカルシトールを含んでなる非外傷性である前腕部骨折を抑制するための医薬組成物であって、投与される対象がI型骨粗鬆症患者であり、エルデカルシトールが0.75μg/日の用量で経口投与される、上記組成物。」に訂正して、新たな請求項4とする。
(3)訂正事項3
訂正前の請求項4のうち、訂正前の請求項2を引用するものを独立形式の請求項とし、さらに、組成物を投与する対象である「原発性骨粗鬆症患者」が、「非外傷性である前腕部骨折の抑制が必要とされる」患者であることを特定して、
「エルデカルシトールを含んでなる非外傷性である前腕部骨折を抑制するための医薬組成物であって、投与される対象が、非外傷性である前腕部骨折の抑制が必要とされる原発性骨粗鬆症患者であり、エルデカルシトールが0.75μg/日の用量で経口投与される、上記組成物。」に訂正して、新たな請求項5とする。
(4)訂正事項4
訂正前の請求項4のうち、訂正前の請求項1を引用する訂正前の請求項3を引用するものを独立形式の請求項とし、訂正前の請求項3において組成物を「投与される対象」について、「若年者平均骨密度(YAM)の80%より低いか、またはTスコアがYAM値に対して-1SD以下である大腿部骨密度を有する」と特定されていたうちから、後者の「TスコアがYAM値に対して-1SD以下である大腿部骨密度を有する」場合を削除するとともに、前者について、「若年者平均骨密度(YAM)」が「80%より低い」とされていたものを「80%より低く70%以上」として、
「エルデカルシトールを含んでなる非外傷性である前腕部骨折を抑制するための医薬組成物であって、投与される対象が、若年者平均骨密度(YAM)の80%より低く70%以上である大腿部骨密度を有し、エルデカルシトールが0.75μg/日の用量で経口投与される、上記組成物。」に訂正して、新たな請求項6とする。
(5)訂正事項5
訂正前の請求項4のうち、訂正前の請求項2を引用する訂正前の請求項3を引用するものを独立形式の請求項とし、訂正前の請求項3において組成物を「投与される対象」について、「若年者平均骨密度(YAM)の80%より低いか、またはTスコアがYAM値に対して-1SD以下である大腿部骨密度を有する」と特定されていたうちから、後者の「TスコアがYAM値に対して-1SD以下」である大腿部骨密度を有する場合を削除するとともに、前者について「若年者平均骨密度(YAM)」が「80%より低い」とされていたものを「70%より低く60%以上」として、
「エルデカルシトールを含んでなる非外傷性である前腕部骨折を抑制するための医薬組成物であって、投与される対象が、原発性骨粗鬆症患者であって、若年者平均骨密度(YAM)の70%より低く60%以上である大腿部骨密度を有し、エルデカルシトールが0.75μg/日の用量で経口投与される、上記組成物。」に訂正して、新たな請求項7とする。
(6)訂正事項6
訂正前の請求項3のうち、訂正前の請求項2を引用するものを独立項とし、訂正前の請求項3において組成物を「投与される対象」について、「若年者平均骨密度(YAM)の80%より低いか、またはTスコアがYAM値に対して-1SD以下である大腿部骨密度を有する」と特定されていたうちから、後者の「TスコアがYAM値に対して-1SD以下」である大腿部骨密度を有する場合を削除するとともに、前者について「若年者平均骨密度(YAM)」が「80%より低い」とされていたものを「80%より低く60%以上」として、
「エルデカルシトールを含んでなる非外傷性である前腕部骨折を抑制するための医薬組成物であって、投与される対象が、原発性骨粗鬆症患者であって、若年者平均骨密度(YAM)の80%より低く60%以上である大腿部骨密度を有する、上記組成物。」に訂正して、新たな請求項8とする。
(7)別の訂正単位とする求め
訂正後の請求項3~8は、訂正前の請求項1又は2を引用する訂正前の請求項3及び、訂正前の請求項1~3を引用する訂正前の請求項4に対応する特許法134条の2第3項に規定する一群の請求項であるところ、被請求人は、引用関係の解消を目的とする訂正を含む訂正後の請求項3~8についての訂正(訂正事項1~6)が認められる場合には、訂正後の請求項3~8については、それぞれを、一群の請求項の他の請求項とは別の訂正単位とする求めをしている。
2 訂正の適否の判断
(1)訂正事項1について
訂正事項1は、訂正前の請求項3が請求項1又は2の記載を引用していたものを請求項1のみの引用に限定し、さらに、請求項1を引用するものについて請求項間の引用関係を解消して、独立形式の請求項へ改める訂正であるから、「特許請求の範囲の減縮」及び「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること」を目的とする訂正である。
また、訂正事項1は、本件特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下、単に、「本件明細書等」という。)に記載した事項の範囲内の訂正であるし、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
(2)訂正事項2について
訂正事項2は、訂正前の請求項4が請求項1~3のいずれか1項の記載を引用していたものを請求項1のみの引用に限定し、さらに、請求項1を引用するものについて請求項間の引用関係を解消して、独立形式の請求項へ改めるとともに、本件明細書等の【0017】の「好ましくは、本医薬組成物は、原発性骨粗鬆症患者に投与され、・・」との記載及び、【0023】の「原発性骨粗鬆症は、・・特発性骨粗鬆症、I型骨粗鬆症、及びII型骨粗鬆症を含む」なる記載に基づいて、医薬組成物について「投与される対象がI型骨粗鬆症患者」であることを特定するものである。
よって、訂正事項2は、「特許請求の範囲の減縮」及び「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること」を目的とする訂正であるし、また、本件明細書等に記載した事項の範囲内の訂正である。
さらに、訂正事項2は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
(3)訂正事項3について
訂正事項3は、訂正前の請求項4が請求項1~3のいずれか1項の記載を引用していたものを請求項2(これは請求項1を引用する)のみの引用に限定し、さらに、請求項2を引用するものについて請求項間の引用関係を解消して、独立形式の請求項へ改めるとともに、組成物を「投与される対象」である「原発性骨粗鬆症患者」が、「非外傷性である前腕部骨折の抑制が必要とされる」患者であることを特定して新たな請求項5とするものである。
よって、訂正事項3は、「特許請求の範囲の減縮」及び「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること」を目的とする訂正である。
また、原発性骨粗鬆症患者が、「非外傷性である前腕部骨折の抑制が必要とされる」患者であるとの特定を含む訂正事項3が本件明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であることは、訂正前の請求項1に「非外傷性である前腕部骨折を抑制するための医薬組成物」と記載されていたことから明らかであるし、さらに、訂正事項3は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
(4)訂正事項4について
訂正事項4は、訂正前の請求項4が請求項1~3のいずれか1項の記載を引用していたものを、請求項3(これは請求項1または2を引用する)を引用する場合であって、さらに、請求項3が請求項1を引用する場合に限定するとともに、当該場合、つまり、請求項4が請求項1を引用する請求項3を引用するものである場合について、請求項間の引用関係を解消して、独立形式の請求項へ改めるとともに、請求項3において組成物を「投与される対象」について特定されていた選択肢から、「TスコアがYAM値に対して-1SD以下である大腿部骨密度を有する」場合を削除して「若年者平均骨密度(YAM)の80%より低い大腿部骨密度を有する」場合に限定した上で、これを、さらに「若年者平均骨密度(YAM)の80%より低く70%以上である大腿部骨密度を有する」場合に限定して新たな請求項6とするものである。
よって、訂正事項4は、「特許請求の範囲の減縮」及び「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること」を目的とする訂正である。
また、「若年者平均骨密度(YAM)の80%より低く70%以上である大腿部骨密度を有する」との特定に関し、本件明細書等の【0027】には、「現在の日本の骨粗鬆症の診断基準では、脆弱性骨折がない場合、骨密度がYAMの80%以上なら「正常」、70~80%なら骨がもろくなってきている状態「骨減少症」・・とされている(骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン作成委員会編、代表:折茂肇)」と記載されているし、【0050】には、実施例1として「原発性骨粗鬆症患者を対象として、エルデカルシトールの有効性を、アルファカルシドールを対照とした無作為割付二重盲検群間比較試験により検討した」ことが記載され、【0056】の表1には、ED-71(合議体注:エルデカルシトールのこと。)投与グループに、大腿部骨密度YAMが「70~80%」の患者が158例含まれていたことが記載され、【0067】の表4に当該投与グループについての結果が記載されている。したがって、訂正事項4は、本件明細書等に記載した事項の範囲内の訂正である。
さらに、訂正事項4は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
(5)訂正事項5について
訂正事項5は、訂正前の請求項4が請求項1~3のいずれか1項の記載を引用していたのを、請求項3(これは請求項1または2を引用する)を引用する場合であって、さらに、請求項3が請求項2(これは請求項1を引用する)を引用する場合に限定するとともに、当該場合、つまり、請求項4が請求項1を引用する請求項2を引用する請求項3を引用するものである場合について、請求項間の引用関係を解消して、独立形式の請求項へ改めるとともに、請求項3において組成物を「投与される対象」について特定されていた選択肢から、「TスコアがYAM値に対して-1SD以下である大腿部骨密度を有する」場合を削除して「若年者平均骨密度(YAM)の80%より低い大腿部骨密度を有する」場合に限定した上で、これを、さらに「若年者平均骨密度(YAM)の70%より低く60%以上である大腿部骨密度を有する」場合に限定して新たな請求項7とするものである。
よって、訂正事項5は、「特許請求の範囲の減縮」及び「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること」を目的とする訂正である。
また、「若年者平均骨密度(YAM)の70%より低く60%以上である大腿部骨密度を有する」との特定に関し、本件明細書等の【0027】には、「現在の日本の骨粗鬆症の診断基準では、脆弱性骨折がない場合、骨密度がYAMの・・70%以下なら「骨粗鬆症」で骨が折れやすい状態とされている(骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン作成委員会編、代表:折茂肇)」と記載されているし、【0050】には、実施例1として「原発性骨粗鬆症患者を対象として、エルデカルシトールの有効性を、アルファカルシドールを対照とした無作為割付二重盲検群間比較試験により検討した」ことが記載され、【0056】の表1には、ED-71(合議体注:エルデカルシトールのこと。)投与グループに、大腿部骨密度YAMが「60~70%」の患者が140例含まれていたことが記載され、【0067】の表4に当該投与グループについての結果が記載されている。したがって、訂正事項5は、本件明細書等に記載した事項の範囲内の訂正である。
さらに、訂正事項5は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
(6)訂正事項6について
訂正事項6は、訂正前の請求項3が請求項1又は2の記載を引用していたものを請求項2のみの引用に限定し、さらに、請求項2を引用するものについて請求項間の引用関係を解消して、独立形式の請求項へ改めるとともに、請求項3において組成物を「投与される対象」について特定されていた選択肢から、「TスコアがYAM値に対して-1SD以下である大腿部骨密度を有する」場合を削除して「若年者平均骨密度(YAM)の80%より低い大腿部骨密度を有する」場合に限定した上で、これを、さらに「若年者平均骨密度(YAM)の80%より低く60%以上である大腿部骨密度を有する」場合に限定して新たな請求項8とするものである。
よって、訂正事項6は、「特許請求の範囲の減縮」及び「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること」を目的とする訂正である。
また、「若年者平均骨密度(YAM)の80%より低く60%以上である大腿部骨密度を有する」との特定に関し、本件明細書等の【0027】には、「現在の日本の骨粗鬆症の診断基準では、脆弱性骨折がない場合、骨密度がYAMの・・70%以下なら「骨粗鬆症」で骨が折れやすい状態とされている(骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン作成委員会編、代表:折茂肇)」と記載されているし、【0050】には、実施例1として「原発性骨粗鬆症患者を対象として、エルデカルシトールの有効性を、アルファカルシドールを対照とした無作為割付二重盲検群間比較試験により検討した」ことが記載され、【0056】の表1には、ED-71(合議体注:エルデカルシトールのこと。)投与グループに、大腿部骨密度YAMが「70~80%」の患者が158例、「60~70%」の患者が140例含まれていたことが記載され、【0067】の表4にそれらの投与グループについての結果が記載されている。したがって、訂正事項5は、本件明細書等に記載した事項の範囲内の訂正である。
さらに、訂正事項6は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
(7)独立特許要件について
本件特許無効審判事件においては、全ての請求項が無効審判の請求の対象とされているので、訂正事項1~6に関して、特許法第134条の2第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項に規定する要件(独立特許要件)は課されない。
3 小括
以上のとおり、訂正事項1~6は、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」及び同法同条同項ただし書第4号に掲げる「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること」を目的とするものであり、また、本件明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であって、同法同条第9項において準用する特許法第126条第5項の規定に適合するし、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、同法第134条の2第9項において準用する同法第126条第6項の規定に適合する。
よって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項3、4、5、6、7、8について訂正することを認める。
第3 本件発明
上記のとおり本件訂正は認められるから、本件訂正後の本件特許の特許請求の範囲の請求項1~8に係る発明は、令和2年11月30日提出の訂正請求書に添付の訂正した特許請求の範囲の請求項1~8に記載された事項により特定される、次のとおりのものと認める(以下、請求項の番号に従い「本件発明1」~「本件発明8」といい、まとめて「本件発明」ともいう。)。
「【請求項1】
エルデカルシトールを含んでなる非外傷性である前腕部骨折を抑制するための医薬組成物。
【請求項2】
投与される対象が原発性骨粗鬆症患者である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
エルデカルシトールを含んでなる非外傷性である前腕部骨折を抑制するための医薬組成物であって、投与される対象が、若年者平均骨密度(YAM)の80%より低いか、またはTスコアがYAM値に対して-1SD以下である大腿部骨密度を有する、上記組成物。
【請求項4】
エルデカルシトールを含んでなる非外傷性である前腕部骨折を抑制するための医薬組成物であって、投与される対象がI型骨粗鬆症患者であり、エルデカルシトールが0.75μg/日の用量で経口投与される、上記組成物。
【請求項5】
エルデカルシトールを含んでなる非外傷性である前腕部骨折を抑制するための医薬組成物であって、投与される対象が、非外傷性である前腕部骨折の抑制が必要とされる原発性骨粗鬆症患者であり、エルデカルシトールが0.75μg/日の用量で経口投与される、上記組成物。
【請求項6】
エルデカルシトールを含んでなる非外傷性である前腕部骨折を抑制するための医薬組成物であって、投与される対象が、若年者平均骨密度(YAM)の80%より低く70%以上である大腿部骨密度を有し、エルデカルシトールが0.75μg/日の用量で経口投与される、上記組成物。
【請求項7】
エルデカルシトールを含んでなる非外傷性である前腕部骨折を抑制するための医薬組成物であって、投与される対象が、原発性骨粗鬆症患者であって、若年者平均骨密度(YAM)の70%より低く60%以上である大腿部骨密度を有し、エルデカルシトールが0.75μg/日の用量で経口投与される、上記組成物。
【請求項8】
エルデカルシトールを含んでなる非外傷性である前腕部骨折を抑制するための医薬組成物であって、投与される対象が、原発性骨粗鬆症患者であって、若年者平均骨密度(YAM)の80%より低く60%以上である大腿部骨密度を有する、上記組成物。」
第4 当事者の主張及び証拠方法
1 請求人の主張する無効理由及び証拠方法
請求人は、「特許第5969161号の特許を無効とする」「審判費用は被請求人の負担とする」との審決を求め、その理由として、以下の無効理由1~3を主張し、証拠方法として、甲第1号証~甲第22号証及び甲第32号証~甲第33号証(以下「甲1」などと略して記載する。)を提出した。
[無効理由1](サポート要件違反)
設定登録時の請求項1及び4に係る発明(訂正後の本件発明1及び4~7)は、特許請求の範囲の記載が「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」に適合していないから、特許法第36条第6項第1号の規定により特許を受けることができないものである。
よって、設定登録時の請求項1及び4に係る発明(訂正後の本件発明1及び4~7)についての特許は、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきものである。
[無効理由2](甲1に基づく新規性違反)
設定登録時の請求項1~4に係る発明(訂正後の本件発明1~8)は、甲1に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものである。
よって、設定登録時の請求項1~4に係る発明(訂正後の本件発明1~8)についての特許は、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。
[無効理由3](甲1に基づく進歩性違反)
設定登録時の請求項1~4に係る発明(訂正後の本件発明1~8)は、甲1に記載された発明に技術常識を適用することによって、当業者が容易に想到し得たものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
よって、設定登録時の請求項1~4に係る発明(訂正後の本件発明1~8)についての特許は、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。
[証拠方法]
・甲1:井上大輔ほか、「骨粗鬆症治療薬:ED-71」、ホルモンと臨床、有限会社 医学の世界社 、2007年7月1日、第55巻、第7号、pp.(679)69~(685)75
・甲2:骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン作成委員会編、「骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2006年版」、第1版第3刷、ライフサイエンス出版株式会社、2007年2月1日、pp.13、81~83
・甲3:厚生省医薬安全局審査管理課長、「骨粗鬆症用薬の臨床評価方法に関するガイドラインについて」、医薬審第742号、平成11年4月15日
・甲4:岸本正実ほか、「生活習慣病としての骨粗鬆症」、食物学会誌、平成20年12月、第63号、pp.21~29
・甲5:医療情報科学研究所編、「病気がみえる vol.3 第1版 代謝・内分泌疾患」、MEDIC MEDIA、平成16年6月17日、pp.106~107
・甲6:諏訪庸夫編集「日本臨牀60巻 増刊号3(通巻第798号) 骨粗鬆症-最新の成因研究と治療動向-」、初版第1刷、株式会社日本臨牀社、平成14年3月28日、pp.517~528(久保寺登ほか、「活性型ビタミンD(ED-71)」の項目)
・甲7:「日本臨牀62巻 増刊号2(通巻第840号) 骨粗鬆症学-基礎・臨床研究の新しいパラダイム-」、初版第1刷、株式会社日本臨牀社、2004年2月28日、pp.540~547(高橋文明ほか、「X.骨粗鬆症の治療法 開発・研究中の骨粗鬆症治療薬 ED-71」の項目)
・甲8:曽根照喜、「解説特集:骨のバイオエンジニアリング 骨組織のイメージングと骨疾患の画像診断」、生体医工学、2006年12月、第44巻、第4号、pp.511~516
・甲9:福永仁夫、「骨塩定量法の25年-開発から骨粗鬆症へ」、川崎医学会誌、2010年、第36巻、第2号、pp.153~157
・甲10:「財団法人 骨粗鬆症財団主催 第48回教育ゼミナール講演会記録」、ライフサイエンス出版株式会社、2007年11月1日、pp.1~12(萩野浩、第48回骨粗鬆症財団教育ゼミナール講演I 骨粗鬆症による骨折とその予後)
・甲11:池田恭治、「特集:新しい骨疾患治療薬の骨粗鬆症治療への応用の可能性 新規ビタミンD3製剤ED-71」、骨粗鬆症治療、2007年、第6巻、第4号、pp.39(299)~43(303)
・甲12:「活性型ビタミンD3誘導体eldecalcitolが第III相臨床試験で骨粗鬆症における新たな椎体骨折の発生を抑制」(2008年12月16日に中外製薬株式会社らが行ったプレスリリース)
<URL: https://www.chugai-pharm.co.jp/news/cont_file_dl.php?f=081216jED71_P3result_final.pdf&src=[%0],[%1]&rep=2,652>
・甲13:Toshio Matsumoto et. al.,“A new active vitamin D3 analog, eldecalcitol, prevents therisk of osteoporotic fractures - A randomized,active comparator, double-blind study”,Bone(2011) ,Vol.49,pp.605-612(抄訳添付)
・甲14:Toshitaka Nakamura et. al.,“Eldecalcitol is more effective for the prevention of osteoporotic fractures than alfacalcidol”,J Bone Miner Metab(2013),Vol.31,pp.417-422(抄訳添付)
・甲15:浜田知久馬著「学会・論文発表のための統計学 統計パッケージを誤用しないために」、第1版第6刷、真興交易株式会社、2006年12月10日、pp.84~91、96~101
・甲16:浅井隆著「こっそりマスターシリーズ いまさら誰にも聞けない医学統計の基礎のキソ 第3巻 研究の質を評価できるようになろう!」、第1版第4刷、株式会社アトムス、2011年9月13日、pp.26~40、65~73
・甲17:三輪哲久、「多重検定の基礎理論」、計量生物学(Jpn J Biomet)、2008年、第29巻、Special Issue 1、S5~S14
・甲18:寒水孝司、「臨床試験における多重性の諸問題」、計量生物学(Jpn J Biomet)、2015年、第36巻、Special Issue、S87~S98
・甲19:森川俊彦、「臨床試験における多重性問題への統計的接近法」、計量生物学(Jpn J Biomet)、2008年、第29巻、Special Issue 1、S15~S32
・甲20:桑島巌監修「MRサポートシリーズ(1) エビデンス」、株式会社メディカルエデュケーション、2003年12月16日、pp.24~25、38~45
(なお、上記「(1)」は、原文においては、○の中に数字の1で表記されているが、表記できないので、この審決中では(1)と記載した。)
・甲21:「財団法人 骨粗鬆症財団主催 第56回教育ゼミナール講演会記録」、ライフサイエンス出版株式会社、2011年11月30日、pp.7~14(松本俊夫、第56回骨粗鬆症財団教育ゼミナール 講演II、エルデカルシトールと骨粗鬆症治療の新たな展開)
・甲22:井上永介、「生存時間型変数の要約指標と平均値の推定」、聖マリアンナ医科大学雑誌、2018年、第46巻、pp.57~61
(以上、審判請求書に添付。)
・甲32:骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン作成委員会編、「骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2006年版」、第1版第3刷、ライフサイエンス出版株式会社、2007年2月1日、pp.2~3(合議体注:甲2と同じ刊行物。)
・甲33:「原発性骨粗鬆症の診断基準(2000年度改訂版)」、日本骨代謝学会雑誌、2001年1月20日、第18巻第3号、pp.76(18)~82(24)
(以上、令和3年1月19日提出の弁駁書に添付。)
なお、甲1~8、10~12、15、17、19、20、32、33は、本件の優先権日前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物あるいは電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものである。また、甲23~31は欠番となっている。
2 被請求人の主張及び証拠方法
被請求人は、「本件無効審判の請求は成り立たない」「審判費用は請求人の負担とする」との審決を求め、本件特許には、「請求人の本件特許が無効であるとの主張には理由がない」旨を主張し、証拠方法として、以下の乙第1号証~乙9第号証(以下「乙1」などと略して記載する。)を提出した。
[証拠方法]
・乙1:厚生労働省医薬・生活衛生局医薬品審査管理課長、「骨粗鬆症用薬の臨床評価方法に関するガイドラインの改訂について」、薬生薬審発0707第1号、平成29年7月7日
・乙2:Nelson B. Watts et. al.,“Relationship Between Changes in BMD and Nonvertebral Fracture Incidence Associated With Risedronate:Reduction in Risk of Nonvertebral Fracture Is Not Related to Change in BMD”,Journal of Bone and Mineral Research (2005), Vol.20,No.12,pp.2097-2104(抄訳添付)
・乙3:骨粗鬆症治療剤(活性型ビタミンD3製剤)「エディロール(R)カプセル0.5μg,エディロール(R)カプセル0.75μg」添付文書2019年10月改訂(第1版)中外製薬株式会社
(なお、上記「(R)」は、原文においては、○の中にRが記載された上付き文字で表記されているが、表記できないのでこの審決中では(R)と記載した。この審決中において以下同様。)
・乙4:Ca・骨代謝改善 1α-OH-D3製剤「アルファロール(R)カプセル0.25μg,アルファロール(R)カプセル0.5μg,アルファロール(R)カプセル1μg」添付文書2011年3月改訂(第7版)中外製薬株式会社
・乙5:骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン作成委員会編、「骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2015年版」、第1版第5刷、ライフサイエンス出版株式会社、2018年12月3日、pp.iv~vii、92~93
・乙6:Douglas G. Altman著、木船義久ほか訳「医学研究における実用統計学 Practical Statistics for Medical Research」、初版第1刷、(株)サイエンティスト社、1999年10月31日、pp.300~305、312~315
・乙7:T. Matsumoto et. al.,“Effect of daily oral minodronate on vertebral fractures in Japanese postmenopausal women with established osteoporosis : a randomized placebo-controlled double-blind study”,Osteoporos Int (2009), Vol.20, pp.1429-1437[Published online:20 December 2008;DOI 10.1007/s00198-008-0816-7](抄訳添付)
(以上、答弁書に添付。)
・乙8:特許庁「審査基準」第III部第2章第3節3.2および第4節3.1.2(2020年9月30日更新)
・乙9:骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン作成委員会編、「骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2015年版」、第1版第5刷、ライフサイエンス出版株式会社、2018年12月3日、pp.iv、4~5、20~21、60~65、92~93、114~115(合議体注:乙5と同じ刊行物。)
(以上、令和2年11月30日提出の上申書に添付。)
なお、乙2、6及び7は、本件の優先権日前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物あるいは電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものである。
第5 甲1の記載事項、技術常識を示す文献及び示される技術常識
以下において、両当事者が提出した証拠の摘記をする場合において、原文が外国語で記載されているものについては、日本語訳で示す。また、下線は合議体による。
1 甲1
「骨粗鬆症治療薬:ED-71」と題する論文である甲1には、以下の記載がある。
・甲1ア ((679)69頁タイトル、本文左欄1行~(680)70頁左欄2行、図3)
「骨粗鬆症治療薬:ED-71
・・・
はじめに
アルファカルシドール(1α(OH)D3)を初めとする活性型ビタミンD3は本邦で長く骨粗鬆症治療薬として用いられてきた.活性型ビタミンD3の主な作用は生理的なビタミンDと同じく腸管からのカルシウム・リン吸収の促進であるl).
骨粗鬆症患者のみならず,ビタミンD欠乏あるいは不足は高頻度に認められる2).このようなビタミンD非充足状態では,腸管からのカルシウム吸収が低下するためPTH分泌が亢進する(続発性副甲状腺機能亢進症).PTHは骨吸収を亢進させ,骨量減少をもたらし得る.ビタミンDはこのような病態を改善する.これまでに,活性型ビタミンD3が脊椎および大腿骨頸部骨折を抑制するという報告が,わが国を中心に多数存在する.また,高齢者においてビタミンDおよびカルシウムの補充療法が大腿骨頸部その他の非椎体骨折を予防するとの成績が報告されている.しかし,2002年までの試験成績をまとめたメタ解析では,椎体骨折に対してはある程度抑制効果を示すものの,試験間でのデザインや骨密度評価などに相違が大きく,エビデンスは不充分と評価されている3).
活性型ビタミンD3作用の大部分はビタミンDの補充効果と考えられているが,それ以外の骨折抑制機序として,骨に対する直接的なアナボリック作用や,骨量に依存しない骨質・骨強度の改善効果が注目されている.ビタミンD作用は核内受容体superfamilyに属するビタミンD受容体(VDR:vitamin D receptor)を介して発現する.既に骨粗鬆症治療薬(ラロキシフェン)として応用されている選択的エストロゲン受容体修飾薬(SERM:selective estrogen receptor modulator)と同様,組織特異的な作用を有するVDRリガンドが,骨に対する好ましい作用を特に強力に発揮する可能性がある.本稿ではまず骨粗鬆症治療薬としての(活性型)ビタミンDに関するこれまでのエビデンスをまとめ,上述のような組織特異的作用が期待される新規ビタミンD誘導体ED-71について,最近の臨床試験成績を含めて概説する.
<1> ビタミンDの骨粗鬆症に対する効果
1)メタ解析からみた骨粗鬆症に対する効果
我が国での折茂ら,白木らの成績を含む世界の25の臨床試験成績のメタ解析3)によると,椎体骨折は相対リスク比0.63と有意に抑制し(図1),非椎体骨折は有意ではないものの抑制する傾向を示した(図2).骨塩量についても,活性型ビタミンD3の投与量が0.5μg/日以上で症例数がある程度以上ある試験成績の集計からは,ほぼすべての部位で増加効果を示したが,天然型ビタミンD製剤ではほとんど骨塩量増加は認められていない(図3).
[図:0001394289000001.jpg]
」
(上記において、「<1>」は、原文では四角の囲いの中に数字の1で表記されているが、表記できないので<1>と記載した。)
・甲1イ ((681)71頁右欄下から5行~(685)75頁左欄12行)、図5、図7~9)
「<2> 新規ビタミンD誘導体ED-71の作用と臨床的効果
1)ED-71のビタミンD誘導体としての特徴
ED-71(1α,25-dihydroxy-2β-(3-hydroxypropoxy)vitamin D3)は,活性型ビタミンD3(1α,25-dihydroxyvitamin D3(1,25 D3))の2β位にhydroxypropoxy基を導入した化合物である(図5).l,25D3に比べてビタミンD結合蛋白(DBP:vitamin D-binding protein)に対する親和性が数倍高く,in vivoにおける血中半減期が延長している.一方,VDRに対する親和性は1,25 D3よりも2~3倍低い9,10).しかし,これらの薬理学的特性とin vivoでの効果との関連は明らかでない.
[図:0001394289000002.jpg]
2)ED-71の実験動物に対する効果
ED-71は,ラットの卵巣摘出骨粗鬆症のモデルを用いたスクリーニングにより見出された活性型ビタミンD3誘導体である.卵巣摘除したWistar-Imamichi系雌性ラットに3ヵ月間経口投与して活性型ビタミンD3と効果を比較した検討では,ED-71は破骨細胞数を減少,骨吸収マーカーを低下させ,用量依存性に骨密度を増加させた.ED-71は,アルファカルシドールと同様もしくはやや強い血清カルシウム上昇作用を示したが,同程度のカルシウム上昇作用をもたらす用量で比較すると骨密度増加効果がアルファカルシドールより強力であった11).ED-71による骨密度の増加は骨強度の増加を伴っており,健常な骨質が保持されていると考えられる.
また最近,ラット骨髄除去モデルにおいて,ED-71が回復初期の骨吸収を抑制して骨形成を高め,血管新生も促進することが示された12).この効果は同用量の活性型ビタミンD3では認められなかった.さらにラットを用いた骨折モデルにおいては,ED-71には骨吸収を抑制して仮骨のリモデリングを阻害する効果が認められたが,骨折治癒過程に悪影響は与えなかったと報告されている13).これらの作用に骨局所の細胞成分に対する直接効果がどの程度寄与しているのかは不明である.
3)ED-71の臨床検討成績
原発性骨粗鬆症患者109例に対して行われた前期第II相臨床試験においては,0.25,0.5,0.75,1.0μg/日の連日経口投与により,用量依存的に骨密度増加が認められた14)(図7,8).0.75μg/日で2.5~3%の腰椎骨密度の上昇という,従来の活性型ビタミンD3ではみられなかった強力な骨量増加作用が示された.最高用量においても11.0mg/dlを超える高カルシウム血症は認められず,安全性についても問題がないことが確認された.
[図:0001394289000003.jpg]
[図:0001394289000004.jpg]
この結果を受けて原発性骨粗鬆症患者219例を対象に,臨床推奨用量の決定を目的とした後期第II相臨床試験が行われた15).この検討ではED-71のビタミンD補充効果以外の骨量増加効果を検証するために,全例に200~400IU/日のビタミンDが補充された.その結果,投与3ヵ月後には症例の92%の血清25(OH)D濃度が20ng/ml以上に達し,ビタミンD欠乏状態でないことが確認された.骨密度は用量依存性に増加し,12ヵ月間の0.75μg/日投与で腰椎骨密度はプラセボに対して2.6%増,大腿骨近位部でも1.5%の増加が認められた(図9).血中・尿中のカルシウム濃度も用量依存的な上昇がみられたが,全試験期間中,正常範囲を逸脱することはなかった.骨代謝マーカーは,尿NTX,血清BAP(骨型アルカリホスファターゼ),血清オステオカルシンのいずれも有意に低下し,骨代謝回転の抑制効果が認められた・・・.この検討ではED-71の強力な効果が認められたが,ビタミンD非充足状態の症例が多かったため,ビタミンD補充効果が強く作用している可能性が考えられる.しかしながら試験開始時の25(OH)D濃度が下位1/4(<25ng/ml)と上位1/4(>29ng/ml)の例における骨密度変化を検討したpost-hoc解析16)では,0.75μg/日以上の投与群における骨密度の上昇はビタミンD充足状態にかかわらず同等に認められた.したがって,ED-71はビタミンD補充効果に依存せずに強力に骨密度を増加させたものと考えられた.ED-71の作用機序には未だ不明な点が多く残されており,今後さらなる検討を要する.
[図:0001394289000005.jpg]
おわりに
(活性型)ビタミンD3の骨粗鬆症治療薬としての位置づけを明らかにした上で,新しい誘導体であるED-71について概説した.現在,新規椎体骨折発生頻度を主要評価項目としてED-71とアルファカルシドールの効果を比較する,3年間の大規模な無作為二重盲検試験が進行中である.活性型ビタミンD3誘導体として開発されたED-71であるが,全く新しい機序を介して作用を発揮している可能性もあり,今後の基礎・臨床研究の進展がますます注目される.」
(上記において、「<2>」は、原文では四角の囲いの中に数字の2で表記されているが、表記できないので<2>と記載した。)
2 技術常識を示す文献及び示される技術常識
以下は、本件特許に係る出願の優先日当時の技術常識(本件特許に係る出願の出願時の技術常識でもある。)を示すものであるが、以下においては、一部を除き、単に「技術常識」と記載する。また、文献の記載の摘記において、原則として、参照文献番号の記載は省略した。
2-1 骨粗鬆症に関する技術常識を示す文献及び示される技術常識
(骨の構造に関する技術常識については、後述の2-4を参照。)
2-1-1 文献の記載
(1)甲2
骨粗鬆症の予防と治療のガイドラインである甲2には、骨粗鬆症の特徴について以下の記載がある。
・甲2ア(13頁左欄1~15行)
「骨粗鬆症は,骨量の減少と骨質の劣化により骨強度が悪化して骨折のリスクが増加しやすいことが特徴的な骨疾患と定義される。骨強度低下の最大の原因は閉経に伴うエストロゲンの急激な減少であり,骨量を急激に減少させるとともに,骨微細構造も劣化させ,骨強度を低下させる(閉経後骨粗鬆症)。また男性の場合でも,加齢に伴う骨形成能の低下などにより骨脆弱性が高まる(男性骨粗鬆症)。一方,特定の疾患・病態や薬物が原因で骨強度の低下をきたすことも多くみられる(続発性骨粗鬆症)。・・・本疾患の主な臨床症候は,脆弱性骨折とこれに続発する機能障害や慢性疼痛である。骨折は椎体,前腕骨遠位部,大腿骨頭部,上腕骨近位部,肋骨などの部位で生じやすい。」
(2)甲3
骨粗鬆症用薬の臨床評価方法に関するガイドラインである甲3には、骨粗鬆症の特徴について以下の記載がある。
・甲3ア(4頁3~10行)
「1.はじめに
骨粗鬆症に対して薬剤を投与する目的は、骨粗鬆症による骨折を減少させることにより、骨折によって引き起こされる諸症状を緩和することにある。骨折の頻度は骨の量的、質的変化に関係することが明らかにされているが、骨粗鬆症による骨量の減少を抑制するとともに、骨折の誘因となる骨の微細構造の変化と骨強度の低下を抑制する効果をもつ薬剤が骨粗鬆症用薬として望ましい薬剤であろう。しかしながら、骨折に対する効果を直接証明することは容易でないため、一般的には、骨折の代用指標として骨量を測定して評価しているのが現状である。」
・甲3イ(4頁18~32行)
「2.骨粗鬆症の診断
骨粗鬆症をどのように診断するかについては、まだ意見の一致を見ていない面もあるが、国際骨粗鬆症カンファランスでは、骨粗鬆症を「骨量減少と骨組織の微細構造の崩壊を伴い、骨の脆弱性が進んだ結果、骨折の危険性が増した疾患」と定義している。・・・
上記の定義に基づき、骨折リスクの評価及び閉経後骨粗鬆症のスクリーニングへの応用に関するWHO研究班・・・は、個人の骨密度を健康青壮年女性の母集団の平均値に関連させて標準偏差単位を用いて表し、女性の場合には、「(健康青壮年女性の骨密度の平均値-2.5SD)未満」の場合を「骨粗鬆症」、「(平均値-2.5SD)未満であり、かつ一つ又はそれ以上の脆弱性骨折を有する」場合を「確定(重症)骨粗鬆症」、「(平均値-1.0SD)未満であるが、(平均値-2.5SD)以上である」場合を「骨量減少例」として定義することを提唱している。」
・甲3ウ(5頁下から13~9行)
「骨粗鬆症で骨折を起こしやすい部位は、椎体、大腿骨近位部、上腕骨近位部、橈骨遠位部など海綿骨が主体をなす部位である。椎体の骨折では必ずしも痛みを伴わない場合も多く、脊柱の後弯のみが進行する場合もある。椎体の骨折(変形)とともに、椎体以外の骨折についても、痛みなどの臨床症状、単純X線像の注意深い観察から骨折の有無を判定することが必要である。」
・甲3エ(8頁22行、12頁1~21行、15頁下から7行~16頁14行)
「第4章 臨床試験
・・・
3.前期第II相
(1)目的
初期の十分に管理された臨床試験であり、骨粗鬆症患者を対象として、治験薬の有効性、相対的な安全性、用法・用量、用量反応性、骨粗鬆症のタイプや病期による効果の違いなどを探索的に検討することを目的とする。
・・・
(3)被験者
a.対象
骨粗鬆症患者
b.選択基準
被験者の選択にあたっては、薬効薬理や作用機序などから効果が期待でき、かつ薬効判定に適していると考えられる患者を選択するのが原則である。
しかし、既に第3章で述べたように、骨粗鬆症の病因、病態、病期などは多岐にわたるので、薬効を効率的にみるためには、閉経後5年以後から10年未満の女性で、DXA法による腰椎の骨量が正常平均値より2.5SD以上低下しており、かつ一つ又はそれ以上の脆弱性骨折を有する患者を被験者として選ぶのも一法であろう。
・・・
4.後期第II相
(1)目的
後期第II相試験の主な目的は、骨粗鬆症患者を対象として用量反応関係を明らかにし、第III相比較試験のための用法・用量を決定することにある。
・・・
(3)被験者
原則として、前期第II相試験の結果から臨床効果が期待される患者群を選ぶことが望ましい。薬効評価の対象として、閉経後の女性と高齢の男女骨粗鬆症患者をそれぞれ分けて選定するのも一法であろう。
・・・
(4)試験方法
a.治験実施計画書
・・・
b.評価指標(エンドポイント)
本来、有効性の証明には骨強度の変化や骨折率を見ることが望ましいが、長期間を要するので、骨量の変化を見ることで代用される。なお、骨量測定と並行して、骨代謝マーカーの測定も行われるべきである。」
(3)甲4
骨粗鬆症についての総説である甲4には、以下の記載がある。
・甲4ア(21頁左欄13行~右欄14行)
「II.骨粗鬆症の定義と生活習慣病
1994年の国際骨粗鬆症シンポジウムにおいて,骨粗鬆症は・・・,すなわち「骨粗鬆症とは,骨量の低下と,骨の微細構造の劣化を特徴とする疾患であり,そのために骨折の危険が増した状態である」と定義されたが,これは骨粗鬆症臨床において大きな意義を持つ定義である。・・・この定義において,骨折の存在は骨粗鬆症の診断に必須ではなく,現在骨折が存在していなくても,骨折の危険性が増加していれば,それは既に骨粗鬆症という病気であると述べられている。
つまり,骨粗鬆症は骨折したから治療するのではなく,骨折の危険が増すから治療する必要がある。」
・甲4イ(22頁左欄3行~右欄12行)
「椎体圧迫骨折・大腿骨近位部骨折・橈骨遠位端骨折の3つが,骨粗鬆症に伴って起こる骨折としては,最も頻度が高いものである。」
(1)大腿骨近位部骨折
・・・
(2)椎体圧迫骨折
・・・
(3)橈骨遠位端骨折
橈骨遠位端骨折は,「ころびそうになって手をついたら,手首が折れた」という手首の骨折である。これらいずれの骨折も,ささいなきっかけで起こっており,脆弱性骨折と呼ばれる。」
・甲4ウ(23頁左欄7~19行、表1)
「骨密度測定結果は,T値とZ値という2つの表示がなされる・・・。YAM(Young Adult Mean)とは,20~40歳台の骨密度の骨密度平均であり,これを100%とした値に対して現在の骨密度が何%であるかを示したものがT値,同性・同年齢の平均値を100%とした値に対して現在の骨密度が何%であるかを示したものがZ値である。
表1に原発性骨粗鬆症の診断基準を示す。脆弱性骨折とは,骨密度がYAMの80%未満またはX線像で骨粗鬆症化があり,軽微な外力によって骨折した場合,骨粗鬆症と診断される。脆弱性骨折のない場合は,骨密度がYAMの80%以上は正常,70~80%は骨量滅少,70%未満は骨粗鬆症とする。
[図:0001394289000006.jpg]
」
(4)甲6
骨粗鬆症についての増刊号に記載された総説である甲6には、以下の記載がある。
・甲6ア(517頁右欄6行~518頁左欄2行)
「骨粗鬆症の発症機序については,まだ解明されていない部分が多いものの,本症における骨量減少は,骨吸収(骨の破壊)と骨形成(骨の構築)のバランスが崩れ,相対的に骨吸収が優位になることが原因と考えられている.通常,骨は常に骨吸収と骨形成とがバランスよく起こる(カップリング状態)ことでその構造を維持するのみならず,改変(リモデリング)することでその骨の質(強度)を維持している. この協調が,例えば閉経などのホルモン・バランスの異常を来したときに乱れ,骨吸収が優位(アンカップリング状態)になり,骨量が減少する.閉経後骨粗鬆症・・・の場合でも常に骨吸収は骨形成に比べて相対的に優位な状態にある.・・・ED-71の骨に対する効果は,主に・・・卵巣嫡出(OVX)ラットを用いた研究によって明らかにされてきた.」
・甲6イ(519頁左欄1行~520頁左欄6行及び521頁左欄4行~右欄4行)
「c.骨の微細構造と骨強度に対する改善効果
国際骨粗鬆症カンファレンスでは,骨粗鬆症を骨量減少と骨組織の微細構造の崩壊を伴い,骨の脆弱性が進んだ結果,骨折の危険性の増した疾患と定義している.すなわち,骨粗鬆症とは,骨吸収と骨形成のバランスが崩れることにより生じる骨量減少が,骨の微細構造の破壊を引き起こし,骨の強度を低下させるために,骨折が起こりやすくなる病態である.したがって,骨粗鬆症治療薬には,骨の微細構造と骨強度の改善効果を伴った骨量増加作用が求められるが,ED-71により増加した骨では,骨の微細構造と骨強度がともに改善されていることが確認されている6).
・・・
一方,骨粗鬆症患者での骨量の減少,骨の微細構造の変化は,早期には主として海綿骨に顕著に現れるが,進行すれば皮質骨にも及ぶため,骨粗鬆症治療には,海綿骨とともに皮質骨においても同様な効果が発揮することが求められる.」
(5)甲10
骨粗鬆症財団主催の講演会の記録である甲10には、以下の記載がある。
・甲10ア(11頁11~14行)
「骨粗鬆症による骨折で高齢者に好発するのは大腿骨近位部骨折,脊椎圧迫骨折,橈骨遠位端骨折,上腕骨近位端骨折である。骨折は骨に加わる力と骨強度のバランスで生じるが,骨折に至る外傷の原因としてもっとも重要なのが高齢者の転倒である。大腿骨近位部骨折の92%,橈骨遠位端骨折の96%が転倒が原因で発生している。」
(6)甲32
骨粗鬆症の予防と治療のガイドラインである甲32には、骨粗鬆症に関し以下の記載がある。
・甲32ア(2頁右欄下から16行~下から1行)
「・・2000年に,アメリカの国立衛生研究所(NIH)でコンセンサス会議が開かれ,「骨粗鬆症について,従来の骨密度を中心とする考え方を改め,骨折の発生に関わる危険因子全体を含めて考える」という方向性が確認された7)。
そこで,NIHコンセンサス会議では,骨粗鬆症の定義を「骨強度の低下を特徴とし,骨折のリスクが増大しやすくなる骨格疾患:・・」に修正した7)。さらに,「骨強度」は骨密度と骨質の二つの要因からなり,BMDは骨強度のほぼ70%を説明するとした。残りの30%の説明要因を“骨質”という用語に集約し,その内容には,構造,骨代謝回転,微細損傷の集積,骨組織のミネラル化などをあげた(・・)。」
(7)甲33
原発性骨粗鬆症の診断基準を記載する総説である甲33には、以下の記載がある。
・甲33ア(76(18)頁右欄1~5行)
「 I.骨粗鬆症の定義
骨粗鬆症とは低骨量でかつ骨組織の微細構造が変化し,そのために骨が脆くなり骨折しやすくなった病態と定義されており,一般に原発性および続発性骨粗鬆症の2つに分類される.」
・甲33イ(78(20)頁左欄下から13~8行、同頁右欄表3、同頁右欄下から4~3行、80(22)頁左欄下から4~1行)
「 V.原発性骨粗鬆症の新しい診断基準
(女性)(2000年度改訂版)
委員会では前述したごとき診断基準(1996年度改訂版)に関する数々の問題点につき検討を加え,表3に示すごとき新たな診断基準(2000年度改訂版)を作成した.
・・・
[図:0001394289000007.jpg]
・・・
VI.男性における原発性骨粗鬆症の診断基準
・・・未だ症例数が少なく結論を出すには時期尚早ではあるが,現時点においては男性の骨粗鬆症の診断基準は女性のそれとほぼ同じで,特に変える必要はないものと考えられる.」
・甲33ウ(82(24)頁右欄5行~8行、80(22)頁右欄表6、82(24)頁左欄表7)
「 性別および年代別の大腿骨の近位部Totalおよび頸部のBMD(QDR)の基準値を表6,7に示す.YAMは両性ともに19~39歳のBMD値とした.
[図:0001394289000008.jpg]
[図:0001394289000009.jpg]
」
2-1-2 骨粗鬆症に関する技術常識
2-1-1の(1)~(7)から、骨粗鬆症に関して、以下の技術常識があるといえる(なお、骨の名称については、後述2-4-1(1)の記載を参照のこと。)。
骨粗鬆症は、骨吸収(骨破壊)と骨形成(骨の構築)のバランスが崩れ、相対的に骨吸収が優位になることで生じる骨量の減少が、骨の微細構造の破壊を引き起こし、骨の強度を低下させることが原因で、骨折が起こりやすくなる病態であること。
骨粗鬆症の主な臨床症状には、ささいなきっかけで起こる脆弱性骨折があり、骨粗鬆症に伴って起こる骨折としては、椎体圧迫骨折・大腿骨近位部骨折・橈骨遠位端骨折の3つが最も頻度が高く、大腿骨近位部骨折及び橈骨遠位端骨折の大半は転倒が原因で発生していること。
骨粗鬆症に対して薬剤を投与する目的は、骨粗鬆症による骨折を減少させることにより、骨折によって引き起こされる諸症状を緩和することであるところ、骨折の頻度は骨の量的、質的変化に関係することが明らかにされているが、骨折に対する効果を直接証明することは容易でないため、一般的には、骨折の代用指標として骨量(骨密度)を測定して評価しているのが現状であること。
2-2 活性型ビタミンD3製剤に関する技術常識を示す文献及び示される技術常識
2-2-1 文献の記載
(1)甲2
・甲2イ(81頁左欄下から14行~右欄10行、表47)
「従来,骨粗鬆症治療薬は,DXAにより腰椎・大腿骨頸部骨密度への影響をみて効果判定されてきたが,骨密度の増加効果が顕著でなくとも骨折抑制効果がみられる例も知られるようになった。活性型ビタミンD3製剤も,骨密度に対する増加効果は強いとはいえないが,骨折抑制効果は複数の報告で検証されている(表47)。・・・多くの検討で椎体骨を中心とした骨折抑制効果が観察されているが,非椎体骨の骨折抑制に関してはTilyardらの報告のみで検討されたにすぎない。活性型ビタミンD3製剤の椎体骨折抑制効果は,70歳以上の高齢者で既存骨折を有する例を対象とした場合に観察されている(表47)。さらに,食事内容などでのカルシウム摂取が多い場合に比べて,少ない場合のほうが骨折抑制効果が観察できることから,カルシウム摂取が少ない骨粗鬆症患者を投与対象とするのがよい。
天然型および活性型ビタミンD3製剤の骨折抑制効果に関しては,最近の研究では筋力増強作用,転倒頻度の減少などのメカニズムが相次いで報告されており,このことが骨折の減少をもたらしている可能性も示されている。
[図:0001394289000010.jpg]
」
・甲2ウ(82頁左欄1行~83頁右欄4行)
「高齢者にビタミンDを補充すると体幹の揺れや転倒頻度が減少することが報告されており,これらは筋骨格系に対するビタミンDの効果と想定されている367,368)。
・・・
推奨
骨密度:わずかではあるが増加効果がある・・・
椎体骨折:椎体骨折を防止するとの報告がある・・・
非椎体骨折:非椎体骨折を防止するとの報告がある・・・。
活性型ビタミンD3製剤は,特にカルシウム不足が主体となっている症例や,転倒頻度が高く骨折を起こしやすい高齢者への使用が推奨される。」
(2)甲7
骨粗鬆症学について記載する増刊号に記載された総説である甲7には、以下の記載がある。
・甲7ア(540頁左欄2行~下から2行)
「1981年,活性型ビタミンD3(1α,25(OH)2D3)のプロドラッグとして,1αOHD3(alfacalcidol)がビタミンD代謝異常に伴う疾患の治療薬として登場し,既に20年以上が経過している.
・・・
一方,骨粗鬆症治療薬としては1α,25(OH)2D3と1αOHD3が我が国における標準薬として長年にわたり使用され,国内においてその確固たる地位を築いてきた.この地位を継承すべく,ビタミンDのもつ骨作用に注目して合成された化合物がED-71であり5),現在,臨床試験が実施されている.」
(3)甲11
骨粗鬆症治療についての雑誌である甲11には、以下の記載がある。
・甲11ア(39(299)頁左欄2~11行及び40(300)頁の図1)
「骨粗鬆症は,骨折が起こりやすくなった病態である.骨折は骨側の要因として,加齢に伴う脆弱性が基盤にあり,骨以外の要因には高齢者におけるふらつきや転倒が上げられる.一般にビタミンDには,骨の脆弱性そのものを改善する効果と,筋肉への効果から転倒を抑えるポテンシャルがあると考えられている(図1).天然型および活性型ビタミンD3の転倒予防効果について,5つの無作為化比較試験(randomized-controlled trial : RCT)を抽出した最近のメタ解析の結果でも,転倒リスクを20%以上減少させると結論されている1).
[図:0001394289000011.jpg]
」
(なお、上記において、原文では、「図1」の1は、黒丸に白抜きの数字で表記されている。)
2-2-2 活性型ビタミンD3製剤に関する技術常識
2-2-1の(1)~(3)から、活性型ビタミンD3製剤に関して、以下の技術常識があるといえる。
活性型ビタミンD3製剤は、骨粗鬆症治療に従来から使用されており、骨の脆弱性そのものを改善する効果に加えて、骨折の外因である転倒防止効果があること。
2-3 エルデカルシトールに関する技術常識を示す文献及び示される技術常識等
2-3-1 文献の記載
(1)甲6
・甲6ウ(517頁右欄22行~522頁左欄下から4行、図4~6)
「ラットにおいても卵巣を摘出すると・・・骨量は経時的にしかも急速に低下する.ED-71の骨に対する効果は,主にこうした卵巣摘出(OVX)ラットを用いた研究によって明らかにされてきた.
a.骨量減少抑制効果
ED-71は,OVXラットで起きる骨量減少を完全に抑制することができる.・・・いずれのモデルも卵巣の摘出により大腿骨骨密度は有意に減少する骨粗鬆症モデルであるが,ED-71投与により骨量減少は投与量依存的に抑制された.・・・
b.骨量回復効果
臨床的には骨粗鬆症の患者は,既に骨量が減少している.したがって,‘いったん減少した骨量を回復させ得る骨量増加作用’が骨粗鬆症治療薬には求められる.・・・
以上の結果は,ED-71がOVXによる骨量減少を抑制するのみならず,いったん減少した骨量を著明に増加させ,正常レベルまで回復させ得ることを明確に示している.
c.骨の微細構造と骨強度に対する改善効果
・・・骨粗鬆症治療薬には,骨の微細構造と骨強度の改善を伴った骨量の増加作用が求められるが,ED-71により増加した骨では,骨の微細構造と骨強度がともに改善されていることが確認されている.
図4には,OVX後3ヵ月経過し既に骨密度がsham群に比べて有意に減少しているラットに対し,ED-71を3または6ヵ月間経口投与し,力学的強度を測定した結果を示した.手術後3ヵ月目では,腰椎骨密度の減少に伴い,その骨強度もsham群と比較して有意に低下していた.OVXでいったん減少した腰椎の骨密度および骨強度は,ED-71の投与により,投与量依存的に増加し,投与6ヵ月目には,ED-71のすべての投与群で正常レベル(shamレベル)あるいはそれ以上にまで回復していた.
[図:0001394289000012.jpg]
図5には,このときの腰椎の骨強度と骨密度の相関を示した.ED-71投与群の骨強度と骨密度の間には良好な正の相関がみられ,その回帰直線の傾きは,sham群およびOVX群の傾きとほぼ一致していることから,ED-71により増加した骨は,強度を伴った正常な質が保たれた骨であることが示唆された.
[図:0001394289000013.jpg]
・・・腰椎での骨強度の低下は海綿骨の骨梁構造が失われたためであることが窺われた.ED-71を3または6ヵ月間経口投与することにより,各パラメーターともsham群に近い値を示すまでに回復していることから,ED-71により海綿骨の骨梁構造が改善されたと考えられた.
一方,骨粗鬆症患者での骨量の減少,骨の微細構造の変化は,早期には主として海綿骨に顕著に現れるが,進行すれば皮質骨にも及ぶため,骨粗鬆症治療には,海綿骨とともに皮質骨においても同様な効果が発揮することが求められる.図6には,皮質骨で構成される大腿骨の骨幹部の骨密度と骨強度に対するED-71の効果を示した.海綿骨部位と同様,ED-71の投与により,皮質骨部位においてもいったん減少した骨量は回復し,低下していた骨強度は正常レベル(shamレベル)まで増加することが確認された.また,大腿骨の骨幹部の骨形態計測では,低下していた皮質骨領域が正常レベルにまで戻ることも確認されている.
[図:0001394289000014.jpg]
これらの結果より,ED-71は,骨の微細構造に対する改善効果と骨強度の改善効果を伴った骨量増加作用を有し,海綿骨と皮質骨のいずれにおいても効果が期待できる化合物であることが明らかになった.」
・甲6エ(522頁左欄下から3行~527頁左欄1行)
「d.作用機序
現在の骨粗鬆症治療薬を作用機序の面から分類すると,骨吸収抑制剤と骨形成促進剤に大別できる.カルシトニン製剤,エストロゲン製剤,ビスホスホネート製剤は,骨吸収抑制剤として位置付けられ,主に骨吸収を抑制することにより効果を発揮する.一方,副甲状腺ホルモン(PTH)は,骨形成促進剤に分類され,その効果は,主に骨形成を促進する作用を介する.また,骨吸収抑制剤では,骨吸収が抑制されるのに伴い,骨形成も抑制されることが知られている.一方,PTHは,骨形成のみならず骨吸収も促進すると考えられている.これらの薬剤の作用機序に対し,後述のようにED-71では,骨吸収を抑制し,かつ骨形成を促進する極めて特徴のある作用機序を有する可能性が示されている.
図7には,ED-71投与後の骨代謝マーカーの変化を17β-エストラジオール投与による変化と比較した結果を示した.ED-71による実験は,OVX後3カ月経過した時点から投与を開始する治療実験で行ったが,17β-エストラジオールは,このような実験系では骨量増加作用が期待できないことから,OVX後直後から3カ月間皮下投与する予防実験で行った.17β-エストラジオール投与により,骨吸収パラメーターである尿中デオキシピリジノリン排泄(Dpyr/Cr)と骨形成パラメーターであるオステオカルシン(BGP)は,ともに用量依存的にsham群レベル以下にまで低下した.その結果,17β-エストラジオール投与群では,OVXによる骨密度減少が抑制され,sham群レベルに骨密度は維持されたが,それ以上に骨密度を増加させることはなかった.
一方,ED-71は,OVXにより亢進したDpyr/Crを17β-エストラジオールと同様にsham群レベル以下にまで低下させたが,BGPについては,逆に用量依存的に増加させた.また,図には示していないが,PTH投与では,BGPが用量依存的に増加したのに対し,Dpyr/Crには変化が認められなかった.
したがって,ED-71は,骨吸収を抑制し,かつ骨形成を促進する極めて特徴ある作用機序を有する化合物と考えられた.また,この特徴は,骨形態計測法による解析でも確認された.図8には,図3で示した実験の第3腰椎の硬組織標本を作製し,骨形態計測法により解析した結果を示した.ED-71投与群では,OVXに伴う破骨細胞面(Oc.S/BS)の上昇がsham群レベル以下にまで抑制されていることから骨吸収が抑制されていることが確認された.一方,骨形成率(BFR/BS)は,用量依存的に増加しOVX群以上にまで増加していた.また,石灰化速度(MAR)も促進されていることから,骨形成が明らかに促進されていると考えられた.
ED-71の骨形成作用について,更に確認するために,加齢して骨格成長の停止した正常ラットにED-71を12週間投与し,骨形態計測を行った8).対照群の骨密度はほとんど増加しなかったのに対し,ED-71投与群では腰椎骨密度が有意に増加した(図9).また,ED-71投与により分画吸収面(ES/BS)は有意に増加,ないし変化しなかったのに対し,骨形成の指標である分画形成面(OS/BS),石灰化速度(MAR),および骨表面当たりの骨形成率(BFR/BS)は用量依存的に増加し,0.2μg/kg投与群ではいずれのパラメーターも有意に増加した(図10).以上の結果は,ED-71が生体内において骨形成促進作用を示していることを裏付けている.
また,Tsurukamiら9)は,OVXモデルラットにED-71を12週間投与し,第5腰椎の骨形態計測により求めた各インデックスからED-71は骨梁単位活性化率(activation frequency)を減少させず,骨量および骨形成率を増加させることを報告している.
これらの結果により,ED-71の作用機序は,現在の骨吸収が抑制されるのに伴い骨形成も抑制されることが知られている骨吸収抑制剤や骨形成のみならず骨吸収も促進される骨形成促進剤とは異なり,骨吸収を抑制し,かつ骨形成を促進する特徴ある作用機序を有することが明らかになった(図11).また,ED-71は,このような機序を介し,OVXにより異常に亢進した骨代謝回転を改善させ,さらに積極的に骨の形成を促進するために,OVX動物モデルにおいて優れた治療効果が発揮されると考えられた.
現在,骨粗鬆症の主流は骨吸収を抑止する薬剤である.一般に骨粗鬆症の患者の多くは既に骨量が減少し自覚症状や椎体骨折などを合併している場合が多く,これらに対し骨吸収を抑制する薬剤では進行を防ぐことはできても減少した骨量を回復させることはできない.また,骨粗鬆症に対する活性型ビタミンDが骨量維持・増加効果に比べ骨折発生率抑制効果が優れているといわれており,活性型ビタミンD誘導体で強い骨量増加作用が得られれば,骨折発生頻度を更に減少できる可能性がある.したがって,骨形成促進作用により減少した骨量を回復することができるED-71は骨粗鬆症の理想的な治療薬として期待できるものと考えられる.」
(図7~11の記載は省略する。)
(2)甲7
・甲7ア(上記2-2-1(2)参照。)に記載したとおり、甲7には、ED-71が、骨粗鬆症治療の標準薬として日本で使用されてきた1α,25(OH)2D3と1αOHD3等のビタミンDのもつ骨作用に注目して合成された化合物であることが記載されている。
・甲7イ(540頁右欄1行~543頁左欄末行、図3~5、7)
「
1.薬理
a.構造と特徴
・・・
b.骨量増加作用
ED-71はいったん減少した骨量を回復させる作用を有する.
・・・,
c.骨作用とカルシウム作用の分離
ED-71はビタミンDのもつカルシウム作用を有し,かつ骨に対する作用を強めた化合物である.図3に8ヵ月齢OVXラットを用いた3カ月間経口投与によるalfacalcidol(1αOHD3)との比較実験の結果を示した7).Aの図はED-71の用量依存的なBMD増加作用を示している.Bの図はED-71およびalfacalcidolそれぞれの用量における血清カルシウム濃度‘カルシウム作用’とBMD‘骨作用’をプロットしたもので,ED-71投与群のBMDが血清カルシウム濃度正常上限値の10.5mg/dlまで直線的に増加し,同じカルシウム濃度で比較した場合に,いずれのカルシウム濃度でもED-71投与群のBMDがalfacalcidol投与群を上回っていることがわかる.Cの図はED-71あるいはalfacalcidol投与個体で,血清カルシウム濃度が10.5mg/dl未満の個体のデータを再集計し,統計学的に解析した結果であり,alfacalcidolと比較してED-71が有意に高いBMDを示した.これらの結果はalfacalcidolと比較してED-71が強い骨作用を有することを示唆している.
[図:0001394289000015.jpg]
d.骨吸収抑制作用
ED-71は従来のビタミンD誘導体と比較して強い骨吸収抑制作用を有する.図4に上述の実験における,尿中デオキシピリジノリン排泄のデータを示した.Aの図は,ED-71が,すべての用量で骨吸収マーカーの尿中デオキシピリジノリン排泄を有意に減少させていることを示している.また,BとCの図は,同じ血清カルシウム濃度‘カルシウム作用’で比較した場合,ED-71の骨吸収抑制作用がalfacalcidolと比較して強いことを示している.また,このとき,血清カルシウム,尿中カルシウム排泄および血清PTH濃度にED-71とalfacalcidolの間に有意な差はなく(図5),ED-71のこの強い骨吸収作用の一部は,カルシウム吸収およびPTH抑制とは独立して起こり得ることを示唆している.
[図:0001394289000016.jpg]
[図:0001394289000017.jpg]
e.骨形成維持作用
ED-71は骨形成を維持する.・・・
f.骨強度
ED-71により増加した骨は強度を伴った正常な質を保った骨である.図7は、7ヵ月齢のラットの卵巣を摘出し,3ヵ月間経過しBMDがSham群に比較して有意に減少している時点から,ED-71を3または6ヵ月経口投与したときの腰椎の骨強度改善効果と腰椎BMDを示した.この実験で手術後3ヵ月目では,腰椎BMDの減少に伴い,その骨強度もSham群に比較して有意に低下していたが,ED-71を投与することにより,腰椎BMDおよび骨強度は用量依存的に増加し,投与6ヵ月目には,ED-71のすべての投与群で正常レベル(Sham群レベル)あるいはそれ以上に回復した(図7-A).このときのED-71投与群の腰椎BMDと骨強度の間には良好な正の相関がみられ,その回帰直線の傾きはSham群およびOVX群の傾きとほぼ一致しており,ED-71により増加した骨は,骨強度を伴った正常な質が保たれた骨であること示唆している(図7-B).」
[図:0001394289000018.jpg]
」
(3)甲12
被請求人によるプレスリリースである甲12には、以下の記載がある。
・甲12ア(タイトル、本文、脚注)
「活性型ビタミンD3誘導体eldecalcitolが第III相臨床試験で骨粗鬆症における新たな椎体骨折の発生を抑制」
「中外製薬株式会社[本社:東京都中央区/社長:永山 治](以下、中外製薬)および大正製薬株式会社[本社:東京都豊島区/社長:上原 明](以下、大正製薬)は本日、両社が骨粗鬆症を予定適応症として共同開発中の活性型ビタミンD3誘導体(一般名:eldecalcitol、中外製薬開発コード「ED-71」、大正製薬開発コード「CT-081」)の無作為化二重盲検群間比較試験において、骨粗鬆症患者さんの新たな椎体骨折の発生頻度を有意に抑制する結果が得られたことをお知らせします。この結果の詳細は論文および学会等で発表する予定です。
eldecalcitolは中外製薬が創製した活性型ビタミンD3誘導体で、国内で広く骨粗鬆症治療薬として使用されている活性型ビタミンD3製剤の骨に対する作用を高めた薬剤です。2004年より開始した第III相臨床試験は骨粗鬆症患者さんを対象としてeldecalcitolの有効性および安全性を、アルファカルシドール*を対照薬とした無作為化二重盲検群間比較試験にて検討したものです。1,087名の患者さんを無作為にeldecalcitolもしくはアルファカルシドールを1日1回経口投与する群に割付け、3年間での新たな椎体骨折の発生頻度を観察しました。その結果、eldecalcitolを投与した患者さんでは、対照薬のアルファカルシドールを投与した患者さんと比較して、有意に骨折発生頻度の低下が認められ、骨折予防効果に関する優越性が証明されました。なお、本剤の安全性は対照薬であるアルファカルシドールと同様であり、特有のものは認められませんでした。」
「* アルファカルシドールとは現在骨粗鬆症治療薬として使用されている活性型ビタミンD3製剤(中外製薬株式会社製品名:「アルファロール(R)」です。」
2-3-2 エルデカルシトールに関する技術常識
2-3-1の(1)~(3)から、エルデカルシトールに関して、以下の技術常識があるといえる。
エルデカルシトールは、骨粗鬆症治療の標準薬として日本で使用されてきたアルファカルシドール等の活性型ビタミンD3化合物のもつ骨に対する作用を強めた化合物であり、アルファカルシドールよりも骨作用(骨密度(BMD)の増加作用)、骨吸収抑制作用が強く、また、骨形成を促進する作用があること。
エルデカルシトールは、骨の微細構造に対する改善効果と骨強度の改善効果を伴った骨量増加作用を有し、海綿骨と皮質骨のいずれに対しても効果が期待できる薬剤であること。
エルデカルシトールの投与では、腰椎における骨強度と骨密度の間には良好な正の相関がみられること。
2-3-3 エルデカルシトールに関する公知技術
2-3-1の(3)(甲12アのタイトルおよび本文の最後の下線部)から、エルデカルシトールが骨粗鬆症患者の新たな椎体骨折の発生を抑制したこと、及び、エルデカルシトールの投与ではアルファカルシドールの投与と比較して、有意に骨折発生頻度の低下が認められたことは、本件特許の優先日当時の公知技術であったといえる
2-4 骨の構造に関する文献の記載及び技術常識
2-4-1 骨の構造に関する文献の記載
甲4、甲5及び甲8には、骨の構造について、以下の記載がある。
(1)甲4エ(25頁図3)
「
[図:0001394289000019.jpg]
」
甲4の図3には、前腕部位の橈骨遠位1/3が主に皮質質であり、また、橈骨超遠位は海綿骨及び皮質骨からなることが示されている。
(2)甲5
・甲5ア(106頁本文2~10行)
「骨の構造
・骨は表層の緻密骨と内部の海綿骨からなる.
・長管骨では外層の緻密骨が比較的厚く,皮質骨と呼ばれる.皮質骨は骨単位(オステオン)と呼ばれる骨の構成単位からなり,ミネラル分が多く緻密で硬い.
・骨の内部の大部分は細い骨梁からなる海綿骨でできている.骨梁間の腔は骨髄腔と呼ばれ,造血組織である骨髄が埋めている.
・脊椎は海綿骨が多く,手足の骨は皮質骨が多い.」
(3)甲8
・甲8ア(511頁左欄15行~右欄5行)
「1・1 骨の構造と構成成分
・・・
骨表面は皮質骨により取り囲まれ,内側の海綿骨に連続している.皮質骨は緻密骨とも呼ばれるように非常に硬く,内部は層板構造からなり骨細胞とその突起を含んでいる.血管や神経は同心円状の層板の中心(ハバース管)や各層板を貫くフォルクマン管の中を通り,皮質骨中に分布している.海綿骨は皮質骨の内側面から枝分れした網工状の骨小柱(骨梁)より構成され,長管骨では両端側優位に見られる.海綿骨の骨梁は一見不規則な配列を示すが,力学的に外力に対して抵抗力が大きくなるように並んでいる.皮質骨内面と骨梁表面はともに骨髄と接しているが,その表面積は骨梁の方が大きく,このため海綿骨の方がミネラル代謝との関連が強い.一方,皮質骨は骨の力学的強度の保持に重要な役割を果たしている.」
2-4-2 骨の構造に関する技術常識
2-4-1の(1)~(3)から、骨に関して、以下の技術常識があるといえる。
骨の構造において、骨表面は皮質骨により取り囲まれ、内側の海綿骨に連続していること。
海綿骨の骨梁は力学的に外力に対して抵抗力が大きくなるように並んでおり、また、皮質骨は骨の力学的強度の保持に重要な役割を果たすものであること。
前腕部の橈骨超遠位(橈骨遠位端)は海綿骨及び皮質骨とからなり、腰椎は主に海綿骨から、大腿骨近位部は皮質骨と海綿骨とからなること。
2-5 統計に関する技術常識を示す文献及び示される技術常識
2-5-1 文献の記載
甲15、17、19、20、乙6、乙7には、統計に関し、以下の記載がある。
(1)甲15
・甲15ア(97頁13~20行)
「さて,比較を1回しか行わなければ問題はないのですが,1つの研究の中で複数の検定を同時に行う場合は,すこし状況が変わってきます.例えばこの例では,3つの比較を同時に行っています.このとき1回の比較あたりの有意水準を5%としても,実際には3回の比較を行っているので,3回の比較全体で,偶然で有意差が出る確率は5%よりかなり大きく(12.5%程度)なってしまいます.検定の多重性とは,このように複数の検定を同時に行うことによって,偶然によって有意になる確率が大きくなる現象をいいます.」
(2)甲17
・甲17ア(S9頁5~9行)
「3.1 検定の多重性
比較基準過誤率CWEを一定値α以下に保つためには,各検定D(HOi)の第I種過誤率がα以下になるように個々の検定法を構築すればよい.ところが,個々の検定の過誤率がα以下であっても,多数の検定を行うと,そのどれかで過誤をおかしてしまう確率はαより大きくなる.このことを検定の多重性という.」
(3)甲19
「臨床試験における多重性問題への統計的接近法」と題する甲19には、検定の多重性の問題を改善するための各種手法について記載されている。
(4)甲20
甲20には、相対リスク減少(率)と絶対リスク減少(率)の違い(24、25、44、45頁)及び試験の仮説(目的)等の重要性(38~41頁)が記載され、特に、40頁下から2~1行には、「サブ解析の結果は,そのような傾向があるということしか,示していないのです」と記載されている。
(5)乙6
乙6には、医学研究において実用的に使用される統計手法として、ログランク検定、カプラン-マイヤー法、コックス回帰モデルについて説明されている。
(6)乙7
乙7は、ミノドロネートの臨床試験についての結果を記載する論文であるが、統計処理に際し、カプラン-マイヤー法、ログランク検定及びコックス回帰が使用されたことが記載されている(“Statistical analysis”の第3パラグラフ(1431頁右欄~1432頁左欄)。
2-5-2 統計に関する技術常識
上記(1)~(4)によれば、統計データ解析において、同時に多数の検定を行う場合には、偶然により有意になる確率が大きくなる検定の多重性の問題があり、サブ解析の結果は傾向を示すものであることは技術常識である。
また、上記(5)及び(6)によれば、カプラン-マイヤー法、ログランク検定及びコックス回帰は、臨床試験を含め、医学研究における統計手法として一般に知られていた。
第6 当審の判断
合議体は、以下のとおり判断する。
本件発明1及び4~7の特許は、無効理由1によって無効にすべきものであるとはいえない。
本件発明1~8の特許は、無効理由2によって無効にすべきものである。
本件発明1~8の特許は、無効理由3によって無効にすべきものである。
その理由は、以下のとおりである。
1 本件明細書(本件特許の願書に添付した明細書及び図面)の記載及び本件明細書に記載の技術的事項
(1)本件明細書の記載
本件明細書には、以下の記載がある。なお、下線は合議体による。
・摘記本ア (発明の属する技術分野)
「【0001】
本発明は、エルデカルシトール(ED-71)を含んでなる、前腕部骨折を抑制するための医薬組成物、有効量のエルデカルシトールを投与することを含んでなる前腕部骨折の抑制方法、および該医薬組成物の製造におけるエルデカルシトールの使用に関する。
【背景技術】
【0002】
高齢者の骨折は、「高齢になると骨がもろくなるために自然で避けがたいもの」とされているが、高齢者の生命予後にも間接に影響するのみならず、生存期間中の自立を低下させ、QOL(生活の質)を直接に悪化させるため、その抑制もしくは予防が望まれている。特に高齢者の増加と平均寿命の延長が顕著となって高齢者の骨折増加が著しく多くなるに従い、それは強く求められている。
【0003】
高齢者がほとんどまたは全くの外傷なしに骨折する(脆弱性骨折)基礎疾患のひとつとして骨粗鬆症がある。・・・
【0004】
骨粗鬆症では、骨の脆弱化により、主に脊椎(椎体)、大腿骨近位部、前腕部が骨折しやすく、特に、大腿部及び前腕部骨折は、交通事故などの高度な外力はもとより、一般的な日常生活で起こる転倒などによる軽微な外力によって起こる。
【0005】
これら骨折の発生頻度は、大腿骨頸部は155人/10万人、前腕部はそれを上回る196人/10万人程度である。さらに、本邦の女性における前腕部骨折の場合、50歳から急激に増加し、55歳以降は年間300~400人/10万人となり、80歳以降からさらに増加する傾向にある。
【0006】
前腕部骨折の予後に関しては生命予後に影響は少ないとされているものの、大腿骨頸部骨折と同等以上の骨折発生数と、骨折期間中の著しいADL(Activities of daily living;日常生活動作)及びQOL(Quality of life;生活の質)の低下からみて、その骨折を予防することは極めて重要である。
【0007】
一方、2006年骨粗鬆症の予防と治療GL作成委員会編のガイドラインによれば、本邦における骨粗鬆症の治療に際しては、カルシウム製剤、女性ホルモン製剤、活性型ビタミンD製剤、ビタミンK製剤、ビスホスホネート製剤、SERM製剤、カルトシトニン製剤、イソフラボン製剤、蛋白同化ホルモン製剤等が主に使用されている。海外における治療ではそれらに加え、PTH及びそのアナログ、RANKL阻害剤、ストロンチウム製剤などが使われている。
【0008】
これら現行治療剤のうち、現在最も高い頻度で使用されているのがビスホスホネート製剤である。ビスホスホネートのひとつであるアレンドロネートは、10mg/日による継続的な治療で閉経後の骨粗鬆症患者の椎骨の骨折の危険性を減少し、BMDを増加させる。また、近年、非椎体骨折のリスクの減少や、大腿骨頚部骨折後における二次骨折の予防または低減化の効果も報告されている(特許文献1、特許文献2)。
【0009】
しかしながら、ビスホスホネートは、骨粗鬆症の治療薬としてBMDを上昇させるものの、同時に、微小な骨損傷の蓄積など、骨質の低下をもたらす可能性が示唆されている。さらに、アレンドロネートでは厳しい服用規則や副作用のために患者のコンプライアンスが悪いという報告がある。一般に、ビスホスホネートは、・・厳しい服薬規制がなされている。現在、それら規制が少なくなる新たなビスホスホネート剤が開発されてはいるものの、・・安全上の問題がある。
【0010】
そのほかの骨粗鬆症治療薬に関しても、SERM製剤の有効成分である塩酸ラロキシフェンでは・・血管運動症状リスクの増加、PTHでは動物での骨肉腫発生リスク増加の報告等、それぞれに重篤な安全上の問題を有している。さらに、PTH及びRANKL阻害剤は・・コンプライアンス上の問題もある。
【0011】
一方、ビスホスホネートのほかに、非椎体骨折予防の効果が認められている薬剤としてビタミンD化合物があり、カルシトリオールとアルファカルシドールはそれぞれ非椎体骨折に対して有意な抑制効果を示すことがメタアナリシスにより報告されている(非特許文献1)。ビタミンD化合物は、他の同効薬に見られるコンプライアンス低下や重篤な副作用等の問題がない点で、長期の服用が必要とされる骨粗鬆症治療剤のような薬剤として非常に優れていると言える。
【0012】
そうしたビタミンD化合物の一種であるエルデカルシトールは、1985年に物質発明が出願されて以来、数多くの特許・非特許文献の報告があり、そのひとつにエルデカルシトールを有効成分として含有する「骨癒合促進剤」に関する特許第3789956号(特許文献3)がある。ここに言う骨癒合促進とは、骨延長、骨切り、骨折、骨移植などの後に必要な骨の再接合を伴う骨修復過程を促進するものであるから、そうした再接合を伴わないところの骨折の抑制又は予防とは異なる。また、「新規ビタミンD3誘導体を有効成分とする医薬」に関する特公平7-80773(特許文献4)は、エルデカルシトールを有効成分として含有するビタミンD代謝異常を伴う疾患の治療剤を開示する。その疾患に骨粗鬆症が含まれる。
【0013】
前腕部は、人が転倒する際に最初に地面や床に接触して体重負荷を最も大きく受ける部位であるから、高齢者や骨粗鬆症患者など骨がもろくなっている人は転倒により骨折し易いところ、それが骨折せずに転倒による体重負荷を充分に受け止めることができれば、前腕部のみならず、転倒による体全体の損傷を最小限にすることができる。」
・摘記本イ (発明が解決しようとする課題、課題を解決するための手段及び発明の効果)
「【発明が解決しようとする課題】
【0016】
・・・本発明は、前腕部の骨折を既存薬剤の効果を上回って予防できる医薬組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、エルデカルシトールを含んでなる、前腕部骨折を抑制するための医薬組成物または前腕部骨折抑制剤を提供する。好ましくは、本医薬組成物は、原発性骨粗鬆症患者に投与され、更に好ましくは、大腿骨骨密度が若年者平均骨密度(Young Adult Mean, YAM)の80%未満、好ましくは70%未満、より好ましくは60%未満のヒトに投与される。好ましくは、原発性骨粗鬆症患者に、エルデカルシトールが0.75μg/日の用量で経口投与される。
・・・
【発明の効果】
【0019】
本発明により、従来から使用されている医薬品に比べ大きく前腕部骨折を抑制できる。
本発明における前腕部骨折抑制効果は、同種同効薬であるアルファカルシドールより有意に上回り、当業者の常識から予想されるレベルをはるかに超えるものである。」
・摘記本ウ (定義)
「【0021】
本明細書および請求の範囲全体に渡り、以下の定義が適用される。
エルデカルシトール(eldecalcitol)とは、開発コード「ED-71」の化合物であり、化学名:(1R,2R,3R,5Z,7E)-2-(3-ヒドロキシプロピルオキシ)-9,10-セココレスタ-5,7,10(19)-トリエン-1,3,25-トリオールを有する化合物である。
【0022】
前腕部は、橈骨と尺骨からなる。
骨折を抑制するための医薬組成物は、骨折を予防することができるので、骨折を予防するための医薬組成物とも言うことができる。抑制あるいは予防は、骨粗鬆症に罹患していない者あるいは骨粗鬆症患者のいずれにおいても、新たな骨折が発生しないことを意味する。
【0023】
骨粗鬆症は、原発性骨粗鬆症と続発性骨粗鬆症に分類される。原発性骨粗鬆症は、更に、特発性骨粗鬆症、I型骨粗鬆症、及びII型骨粗鬆症を含む。
特発性骨粗鬆症は、小児や正常の性腺機能のある男女の青年に起こり、I型骨粗鬆症(閉経後骨粗鬆症)は、51~75歳の間に発生し、女性は男性の6倍ほどかかりやすいが、性腺摘除後または血清中のテストステロン濃度の低い男性にも発生する。II型骨粗鬆症(退行性または老人性骨粗鬆症)は、老化の正常な経過などに関連し、一般的に60歳以上の患者に発症する。高齢女性ではI型とII型がしばしば一緒に起こる。
【0024】
本発明の医薬組成物の投与対象は、高齢者、好ましくは骨減少症患者および骨粗鬆症患者、より好ましくは骨粗鬆症患者、さらに好ましくは原発性骨粗鬆症患者である。
高齢とは、年齢が60以上であることを意味する。
【0025】
本発明の医薬組成物が投与されるべき対象の骨密度は、好ましくはYAMの80%より低く、より好ましくはYAMの70%より低く、特に好ましくはYAMの60%より低い。
【0026】
骨密度(BMD:Bone Mineral Density)とは、レントゲンや超音波測定により、骨に沈着しているカルシウムが若年成人(骨密度が最大に達する20~44歳)の平均(Young Adult Mean, YAM)と比べどのくらいあるかを数値化(%)したものである。
【0027】
現在の日本の骨粗鬆症の診断基準では、脆弱性骨折がない場合、骨密度がYAMの80%以上なら「正常」、70~80%なら骨がもろくなってきている状態「骨減少症」、そして70%以下なら「骨粗鬆症」で骨が折れやすい状態とされている(骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン作成委員会編、代表:折茂肇)。
【0028】
また、世界保健機構(WHO:World Health Organization)の診断基準によれば、骨粗鬆症の重症度は、骨密度及び脆弱性骨折数によって定義される。この基準において、YAMに対して骨密度のTスコアが-1SD以内なら「正常」、骨密度のTスコアが-1~-2.5SDなら「低骨量(骨量減少)」、骨密度のTスコアが-2.5SD以下なら「骨粗鬆症」、そして、骨密度のTスコアが-2.5SD以下で、かつ1箇所以上の脆弱性骨折を有するなら「重症骨粗鬆症」と定義される。ここで、SDは標準偏差値である。
・・・
【0030】
Tスコアとは、骨密度のいわゆる「偏差値」のことであり、YAMの骨密度を基準としたとき、どの程度そこからずれているかを示す標準偏差値(SD)である。Tスコアは、次のようにして計算される:
【0031】
【数1】
Tスコア=
(被験者の測定骨密度値-100%YAM値)/100%YAM値の標準偏差
【0032】
100%YAM骨密度値とその標準偏差(SD)は、測定に使用した機器によりそれぞれ定められている。本発明においては大腿骨近位部骨密度測定に際し、Hologic社の骨密度測定器であるQDRを使用した場合は、100%YAM値として0.863g/cm2を、標準偏差として0.110を(いずれも原発性骨粗鬆症の診断基準(2000年度改訂版)折茂肇; 林泰史他 :日本骨代謝学会雑誌18(3):76-82,2001に記載)それぞれ用い上式に当てはめてTスコアを計算する。一方、Lunar社の骨密度測定器であるDPXを使用した場合は、その測定器により得られる値を、やはり原発性骨粗鬆症の診断基準(2000年度改訂版)折茂肇; 林泰史他 :日本骨代謝学会雑誌18(3):76-82,2001に記載の下式に当てはめれば、QDR測定近似値へ変換できる。これを上式に当てはめればTスコアが得られる。
【0033】
前述のように、日本では、骨密度がYAMの80%以上なら「正常」、YAMの70%以下なら「骨粗鬆症」で骨が折れやすい状態と定義されているが、日本の基準である「YAMの80%」および「YAMの70%」は、それぞれ、海外の基準である「骨密度のTスコアがYAM値に対して約-1SD」および「骨密度のTスコアがYAM値に対して約-2.5SD」に相当し、日本の基準が、骨密度がYAMの何%であるかを表記するのに対し、海外の基準は、YAMから何SD単位が低下しているかで表記する違いがあるが、基本的に大きな違いはない(http://www.ebm-library.jp/osteo/guideline/guide02.html)。
・・・
【0035】
外傷性骨折とは、交通事故などの大きな外力により生じた骨折を示し、非外傷性骨折とは、転倒などの一般的な日常生活で起こる軽微な外力により生じた骨折を示す。脆弱性骨折とは、低骨量(骨密度がYAMの80%未満、あるいは脊椎X線像で骨粗鬆化がある場合)が原因で、軽微な外力によって発生した非外傷性骨折をいう。
【0036】
骨強度とは、骨密度と骨質の2つの要因からなり、単位体積当たりの骨の量である骨密度は、骨強度のほぼ70%の要素を説明するとされており、残り30%の要素は、微細構造、骨代謝回転、微小骨折、石灰化の要因からなる骨質が説明するとされている。」
・摘記本エ (実施例、比較例、図1)
「【0049】
臨床試験データの解析により、有効量のエルデカルシトールを相当な期間、実質的に毎日投与すると、前腕部骨折のリスクを減少させうることが示された。
以下に示す実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではなく、これらはいかなる意味においても限定的に解釈されない。
【実施例】
【0050】
実施例1
原発性骨粗鬆症患者を対象として、エルデカルシトールの有効性を、アルファカルシドールを対照とした無作為割付二重盲検群間比較試験により検討した。
【0051】
患者数:
エルデカルシトール(ED-71)投与:526人
アルファカルシドール(ALF)投与:523人
診断及び包含基準:46~92歳の原発性骨粗鬆症患者
用量及び投与:
エルデカルシトール(ED-71):0.75μg/日、経口投与
アルファカルシドール(ALF):1.0μg/日、経口投与
試験に使用した製剤は、それぞれWO2005/074943、及び特許4070459号に基づいて調製された。
【0052】
投与期間:エルデカルシトール(ED-71)、アルファカルシドール(ALF)ともに144週継続投与(後観察4週間)
検討方法:X線撮影により既存椎体骨折個数を測定し、DXA法により大腿部骨密度を測定した。患者大腿部骨密度は以下のように計算および表示した。すなわち、大腿部骨密度測定にHologic社の骨密度測定器であるQDRを用いた場合は、100%YAM値として原発性骨粗鬆症の診断基準(2000年度改訂版)折茂肇; 林泰史他 :日本骨代謝学会雑誌18(3):76-82,2001に記載されている0.863g/cm2を使用した。また、Lunar社の骨密度測定器であるDPXを用いた場合は、その測定器により得られる値を、やはり原発性骨粗鬆症の診断基準(2000年度改訂版)折茂肇; 林泰史他 :日本骨代謝学会雑誌18(3):76-82,2001に記載の下記換算式により、QDRを用いた場合の測定近似値へ変換したのち、100%YAM値として0.863g/cm2を使用した。これらの患者測定値を0.863g/cm2を100%として%表示した。以下の表1にYAMに相対させて示した大腿骨骨密度は、QDRまたはDPXのいずれかを使用して得られたものである。
【0053】
【数2】
QDR測定近似値=(DPX測定骨密度値+0.092)/1.294
【0054】
そして、血液検査によりにより25(OH)D値及びCa摂取量を測定した。投与開始時から投与終了時に認められた前腕部、椎体部について、骨折時期、骨折原因等のインタビュー聴取、X線撮影、発生頻度計測を行い、統計解析を行った。尚、発生頻度はカプラン-マイヤー推定による。
【0055】
表1は、エルデカルシトール/アルファカルシドールを投与するにあたり、各投与グループの患者背景を示したものである。
【0056】
【表1】
[図:0001394289000020.jpg]
【0057】
交通事故などの大きな外力により起こった外傷性の骨折を除く、転倒などによる非外傷性の前腕部骨折の3年間の発生頻度は、既存の活性型ビタミンD3製剤であるアルファカルシドール投与群では523例中17例(3.63%)に発生したが、エルデカルシトール投与群では526例中5例(1.07%)であった。
【0058】
表2は、エルデカルシトール/アルファカルシドールを投与することによる非外傷性前腕部骨折頻度を層化ログランク検定および層化コックス回帰により比較したものである。
【0059】
【表2】
[図:0001394289000021.jpg]
【0060】
層化ログランク検定とは、結果に影響を与えそうな因子(予後因子)の偏りを防ぐため、比較する2群でそのような因子が均等になるように割り付けることであり、用いた予後因子で層の中で群間差を計算しこれを重みつき平均することで層別調整し、その上でログランク検定を行うことをいう。ログランク検定とは、基本的にはすべての日にわたる相対危険度を平均して、この平均相対危険度(RR)の統計学的に有意かどうかカイ二乗検定を行うものである。
【0061】
層化コックス回帰とは、イベントが起こるまでの期間に何らかの別の要因が与える効果を調べたいときに用いる方法であり、それらが基準となる個体のハザードに対して、比例定数の形でかかるとする比例ハザード性を仮定する方法である。ハザードとは、ある時点まで前腕部を骨折していなかった者が、その時点において前腕部骨折する確率(瞬間前腕部骨折確率)を表す。ハザード比とは、2群のハザードの比をいう。すなわち、一方を基準にした場合に他方が何倍の前腕部骨折確率であるかを表している。
【0062】
層化ログランク検定の結果、アルファカルシドール投与群に対するエルデカルシトール投与群の明らかな優越性が認められた(ハザード比:0.29、90%信頼区間(confidence interval(CI):0.13-0.67、片側p=0.0048)。すなわち、アルファカルシドール投与群の骨折確率を1とすると、エルデカルシトール投与群のそれは0.29であり、前腕部骨折危険率は71%減少したことが判明した。
【0063】
図1は、エルデカルシトール/アルファカルシドールを投与することによる経時的な非外傷性前腕部骨折割合をカプラン-マイヤー(Kaplan-Meier)法により表したものである。この方法は、観察開始よりエンドポイント(前腕部骨折)まで、前腕部骨折発生時点ごとにリスク集合に対する前腕部骨折者数を計算し積算して前腕部骨折の累積発生率を計算することで、薬剤の効果を解析するものである。ここに、リスク集合とは、前腕部骨折が発生する直前の、その事象が起きていない時の個体数(患者数)を指す。
【0064】
図1の経時的な解析によれば、エルデカルシトールの前腕部骨折抑制効果は投与初期より認められ、144週間に渡り持続したことが判明した。
表3は、図1に示した未骨折患者数と前腕部骨折発生数の数値を示したものである。
【0065】
【表3】
[図:0001394289000022.jpg]
【0066】
表4は、エルデカルシトール/アルファカルシドール投与前大腿部骨密度背景別に患者群をグループ化後の薬剤投与後前腕部骨折発生率を比較したものである。
【0067】
【表4】
[図:0001394289000023.jpg]
【0068】
表4の薬剤投与前大腿骨骨密度背景別の前腕部骨折発生件数比較によれば、エルデカルシトールの前腕部骨折抑制効果は、大腿骨骨密度が70%より低いグループにおいてアルファカルシドールよりもさらに著しく高いという結果が得られた。すなわち、アルファカルシドール投与群では157例中、7例に前腕骨骨折が見られたのに対し、エルデカルシトール投与群182例では前腕部骨折の発生は全く見られなかった。
【0069】
比較例
層化ログランク検定および層化コックス回帰を非外傷性椎体骨折について行った結果、アルファカルシドール投与群に対するエルデカルシトール投与群の椎体骨折発生の危険性は、前腕部骨折発生の危険性ほど低いものではなかった(層化ログランク検定:p=0.046、ハザード比:0.74、90%信頼区間(CI:0.56-0.97)。すなわち、アルファカルシドール投与群の骨折確率を1とすると、エルデカルシトール投与群のそれは0.74であり、椎体骨折の危険率は26%減少に留まることが判明した。」
「【0020】
【図1】図1は、カプラン-マイヤー(Kaplan-Meier)法によるエルデカルシトール/アルファカルシドール投与時の非外傷性前腕部骨折発生頻度の経時的推移を示す。」
「【図1】
[図:0001394289000024.jpg]
」
(2)本件明細書に記載の技術的事項
上記(1)によれば、本件明細書には、おおよそ、以下の技術的事項が記載されている。
ア 本件発明は、エルデカルシトール(以下、「ED-71」ともいう。)を含んでなる、前腕部骨折を抑制するための医薬組成に関するものである。(摘記本ア【0001】)
イ 高齢者の骨折は、「高齢になると骨がもろくなるために自然で避けがたいもの」とされているが、高齢者の増加と平均寿命の延長が顕著となって高齢者の骨折増加が著しく多くなるに従い、その抑制もしくは予防が強く求められている。高齢者がほとんどまたは全くの外傷なしに骨折する(脆弱性骨折)基礎疾患のひとつとして骨粗鬆症があり、骨粗鬆症では、前腕部等が骨折しやすく、特に、大腿部及び前腕部骨折は、一般的な日常生活で起こる転倒などによる軽微な外力によって起こる。(摘記本ア【0002】-【0004】)
ウ 前腕部は、人が転倒する際に最初に地面や床に接触して体重負荷を最も大きく受ける部位であるから、高齢者や骨粗鬆症患者など骨がもろくなっている人は転倒により骨折し易いところ、骨折せずに転倒による体重負荷を充分に受け止めることができれば、前腕部のみならず、転倒による体全体の損傷を最小限にすることができるし(摘記本ア【0013】)、前腕部骨折は生命予後に影響は少ないものの、骨折期間中の著しいADL(Activities of daily living;日常生活動作)及びQOL(Quality of life;生活の質)の低下からみて、その骨折を予防することは極めて重要である。(摘記本ア【0006】)
エ 骨粗鬆症の治療剤中で最も高い頻度で使用されているビスホスホネート製剤をはじめとして多くの骨粗鬆症治療薬には、コンプライアンス低下の問題や副作用等安全上の問題があるが、メタアナリシスにより非椎体骨折予防効果が認められているアルファカルシドール等のビタミンD化合物薬剤は、コンプライアンス低下や重篤な副作用等の問題がない点で、長期の服用が必要とされる骨粗鬆症治療剤として優れているし、ビタミンD3化合物の一種であるエルデカルシトールを、ビタミンD代謝異常を伴う疾患の治療剤とすることを開示する特許文献も知られており、ビタミンD代謝異常を伴う疾患は骨粗鬆症を含み得る。(摘記本ア【0007】-【0012】)
オ 本件発明が解決しようとする課題は、前腕部の骨折を既存薬剤の効果を上回って予防できる医薬組成物を提供することであり、本件発明の課題を解決するための手段は、エルデカルシトールを含んでなる、前腕部骨折を抑制するための医薬組成物等であり、本件発明の効果は、従来から使用されている医薬品であるアルファカルシドールに比べ前腕部骨折を大きく抑制できることである。(摘記本イ【0016】-【0019】)
カ 骨折を抑制するための医薬組成物は、骨折を予防するための医薬組成物ともいうことができ、骨粗鬆症に罹患していない者あるいは骨粗鬆症患者のいずれにおいても、新たな骨折が発生しないことを意味しており、また、本発明の医薬組成物の投与対象は、年齢が60以上である高齢者であり、好ましくは骨粗鬆症患者である。(摘記本ウ【0022】及び【0024】)
キ 外傷性骨折とは、交通事故などの大きな外力により生じた骨折を示し、非外傷性骨折とは、転倒などの一般的な日常生活で起こる軽微な外力により生じた骨折を示し、脆弱性骨折とは、低骨量(骨密度がYAMの80%未満等)が原因で、軽微な外力によって発生した非外傷性骨折をいう。(摘記本ウ【0035】)
ク 現在の日本の骨粗鬆症の診断基準では、脆弱性骨折がない場合、骨密度がYAM(これは、骨に沈着しているカルシウムの若年成人(骨密度が最大に達する20~44歳)の平均(Young Adult Mean, YAM)を意味する。)の80%以上なら「正常」、70~80%なら骨がもろくなってきている状態「骨減少症」、そして70%以下なら「骨粗鬆症」で骨が折れやすい状態とされており、また、世界保健機構の診断基準によれば、骨粗鬆症の重症度は、YAMに対して骨密度のTスコアが-1SD以内なら「正常」、骨密度のTスコアが-1~-2.5SDなら「低骨量(骨量減少)」、骨密度のTスコアが-2.5SD以下なら「骨粗鬆症」と定義され、日本基準の「YAMの80%」および「YAMの70%」は、それぞれ、海外基準の「骨密度のTスコアがYAM値に対して約-1SD」および「骨密度のTスコアがYAM値に対して約-2.5SD」に相当し、表記の違いはあるが、基本的に大きな違いはない。(摘記本ウ【0025】-【0033】)
ケ 原発性骨粗鬆症患者を対象に、アルファカルシドール(ALF)を対照として、エルデカルシトール(ED-71)の有効性についての無作為割付二重盲検群間比較試験を行った。エルデカルシトールを526人の患者に0.75μg/日で、アルファカルシドールを523人の患者に1.0μg/日で、144週継続毎日経口投与し、投与開始時から投与終了時に認められた前腕部及び椎体部の、骨折時期、骨折原因等のインタビュー聴取、X線撮影、骨折の発生頻度計測を行い、骨折の発生頻度はカプラン-マイヤー推定による統計解析を行った。(摘記本エ【0049】-【0056】)
コ 上記無作為割付二重盲検群間比較試験の結果、交通事故などの大きな外力により起こった外傷性の骨折を除く、転倒などによる非外傷性の前腕部骨折の3年間の発生頻度(カプラン-マイヤー推定による)は、既存の活性型ビタミンD3製剤であるアルファカルシドール投与群では523例中17例(3.63%)であったが、エルデカルシトール投与群では526例中5例(1.07%)であった。(摘記本エ【0057】及び【図1】)
サ エルデカルシトールとアルファカルシドールの投与による非外傷性前腕部骨折頻度を層化ログランク検定および層化コックス回帰により比較したところ、アルファカルシドール投与群の骨折確率を1とした場合のエルデカルシトール投与群の骨折確率(すなわち、ハザード比)は0.29(90%信頼区間(CI):0.13-0.67、片側p=0.0048)であり、前腕部骨折危険率は71%減少しており、アルファカルシドール投与群に対するエルデカルシトール投与群の優越性が認められた(摘記本エ【0058】-【0062】)が、非外傷性椎体骨折についての比較では、ハザード比は0.74(90%信頼区間(CI):0.56-0.97、p=0.046)であり、椎体骨折の危険率は26%減少に留まり、アルファカルシドール投与群に対するエルデカルシトール投与群の椎体骨折発生の危険性は、前腕部骨折発生の危険性ほど低いものではなかった。(摘記本エ【0069】)
シ エルデカルシトール及びアルファカルシドール投与により未骨折患者が非外傷性前腕部骨折した割合の経時的な推移を累積発生率で表した図1によれば、エルデカルシトールの前腕部骨折抑制効果は投与初期より認められ、144週間に渡り持続した。(摘記本エ【0063】-【0065】及び【図1】)
ス 原発性骨粗鬆症患者についての薬剤投与前大腿骨骨密度背景別の薬剤投与後前腕部骨折発生件数を比較した表4によれば、大腿部骨密度が70%より低いグループにおいては、アルファカルシドール投与群では157例中7例に前腕骨骨折が見られたのに対し、エルデカルシトール投与群182例では前腕部骨折の発生は見られなかった。(摘記本エ【0066】-【0068】)
2 技術常識
本件特許の優先日当時、上記第5の2で記載したとおりの、以下の技術常識があったものと認められる。
<骨粗鬆症に関する技術常識(第5の2-1-2)>
骨粗鬆症は、骨吸収(骨破壊)と骨形成(骨の構築)のバランスが崩れ、相対的に骨吸収が優位になることで生じる骨量の減少が、骨の微細構造の破壊を引き起こし、骨の強度を低下させることが原因で、骨折が起こりやすくなる病態であること。
骨粗鬆症の主な臨床症状には、ささいなきっかけで起こる脆弱性骨折があり、骨粗鬆症に伴って起こる骨折としては、椎体圧迫骨折・大腿骨近位部骨折・橈骨遠位端骨折の3つが最も頻度が高く、大腿骨近位部骨折及び橈骨遠位端骨折の大半は転倒が原因で発生していること。
骨粗鬆症に対して薬剤を投与する目的は、骨粗鬆症による骨折を減少させることにより、骨折によって引き起こされる諸症状を緩和することであるところ、骨折の頻度は骨の量的、質的変化に関係することが明らかにされているが、骨折に対する効果を直接証明することは容易でないため、一般的には、骨折の代用指標として骨量(骨密度)を測定して評価しているのが現状であること。
<活性型ビタミンD3製剤に関する技術常識(第5の2-2-2)>
活性型ビタミンD3製剤は、骨粗鬆症治療に従来から使用されており、骨の脆弱性そのものを改善する効果に加えて、骨折の外因である転倒防止効果があること。
<エルデカルシトールに関する技術常識(第5の2-3-2)>
エルデカルシトールは、骨粗鬆症治療の標準薬として日本で使用されてきたアルファカルシドール等の活性型ビタミンD3化合物のもつ骨に対する作用を強めた化合物であり、アルファカルシドールよりも骨作用(骨密度(BMD)の増加作用)、骨吸収抑制作用が強く、また、骨形成を促進する作用があること。
エルデカルシトールは、骨の微細構造に対する改善効果と骨強度の改善効果を伴った骨量増加作用を有し、海綿骨と皮質骨のいずれに対しても効果が期待できる薬剤であること。
エルデカルシトールの投与では、腰椎における骨強度と骨密度の間には良好な正の相関がみられること。
<骨の構造に関する技術常識(第5の2-4-2)>
骨の構造において、骨表面は皮質骨により取り囲まれ、内側の海綿骨に連続していること。
海綿骨の骨梁は力学的に外力に対して抵抗力が大きくなるように並んでおり、また、皮質骨は骨の力学的強度の保持に重要な役割を果たすものであること。
前腕部の橈骨超遠位(橈骨遠位端)は海綿骨及び皮質骨とからなり、腰椎は主に海綿骨から、大腿骨近位部は皮質骨と海綿骨とからなること。
<統計に関する技術常識(第5の2-5-2)
統計データ解析において、同時に多数の検定を行う場合には、偶然により有意になる確率が大きくなる検定の多重性の問題があること、サブ解析の結果は傾向を示すものであること。
また、カプラン-マイヤー法、ログランク検定及びコックス回帰は、臨床試験を含め、医学研究における統計手法として一般に知られていたこと。
3 無効理由1(サポート要件違反)について
(1)本件発明1及び4~7についての無効理由1の概要は、以下のとおりである。
本件発明1及び4~7は、「非外傷性である前腕部骨折を抑制するための医薬組成物」に関するものである。これに対し、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明は、骨粗鬆症患者を対象としたものであり、骨粗鬆症患者以外の者に対しても、非外傷性である前腕部骨折を抑制する医薬組成物となることについては実証されていないし、また、骨粗鬆症患者に対し前腕部骨折を抑制する薬剤であれば、骨粗鬆症患者に罹患していない者に対してまで前腕部骨折を抑制する効果が認められるといった技術常識はない。
そうすると、発明の詳細な説明の記載からは、当業者は、医薬組成物の投与対象者が骨粗鬆症に罹患しているか否かにかかわらず前腕部骨折を抑制する効果が認められ、発明の課題を解決することができると認識することができないから、本件発明1及び4~7は、特許請求の範囲の記載が「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」(サポート要件)を満たしていない(審判請求書の2~3頁;項目7.(1)(無効理由1))。
なお、請求人が審判請求書で主張した無効理由1の対象請求項は、訂正前の請求項1及び請求項4であるが、上記「第2(2)~(5)」で説示したように、本件訂正により訂正前の請求項4が新たな請求項4~7に訂正されたので、無効理由1の対象は本件発明1及び4~7であるとして判断した。訂正前の請求項4を対象に含む無効理由2及び3についても同様である。
(2)サポート要件の判断基準
特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否か、また、発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。
(3)本件発明1及び4~7が解決しようとする課題について
上記1(2)の本件明細書に記載の技術的事項ア~オ、特にオによれば、本件発明1及び4~7が解決しようとする課題は、前腕部の骨折を既存薬剤の効果を上回って予防できる医薬組成物を提供することであると認められる。
(4)本件発明1についてのサポート要件の判断
ア 特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(本件発明1)が、本件特許の出願時の技術常識に照らし、発明の詳細な説明の記載により、当業者が、本件発明1が解決しようとする課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否かについて検討する。
イ 本件明細書の発明の詳細な説明には、高齢になると主に骨がもろくなるために高齢者の骨折は、自然で避けがたいものとされており、高齢者や骨粗鬆症患者など骨がもろくなっている人は転倒により前腕部が骨折しやすく、それにより著しいADL(日常生活動作)及びQOL(生活の質)の低下があることから、前腕部骨折の抑制が重要であることが記載され(上記1(2)イ、ウ)、また、本発明の医薬組成物の投与対象は、骨がもろくなっている高齢者であり、好ましい投与対象者は骨粗鬆症患者であるが、骨粗鬆症に罹患していない者あるいは骨粗鬆症患者のいずれも対象とすることが記載されているとおり(上記1(2)カ)、本件発明1の医薬組成物の適用対象者が骨粗鬆症患者に限定されていないことは明らかである。
ウ 本件明細書の発明の詳細な説明(上記1(2)エ、ケ~シ)には、ビタミンD化合物であるエルデカルシトール0.75μg/日の経口投与の有効性について、従来から骨粗鬆症治療薬として使用され、非椎体骨折予防効果が認められているビタミンD化合物であるアルファカルシドール1.0μg/日を対照薬剤として、原発性骨粗鬆患者を対象とした無作為割付二重盲検群間比較試験を行ったところ、エルデカルシトールによる非外傷性前腕部骨折抑制効果は投与初期から認められ、非外傷性前腕部骨折の3年間の発生頻度(カプラン-マイヤー推定による)の発生頻度は、アルファカルシドール投与群3.63%に対しエルデカルシトール投与群1.07%であり、また、アルファカルシドール投与群の骨折確率を1とした場合のエルデカルシトール投与群の骨折確率、すなわち、ハザード比が0.29であり、前腕部骨折危険率は、アルファカルシドール投与群に対しエルデカルシトール投与群では71%減少した試験結果が示されており、エルデカルシトールが、アルファカルシドールよりも前腕部骨折の抑制の点で優れていることが理解できるし、エルデカルシトール投与群では、大腿部骨密度が70%より低いグループにおいては骨折発生が見られなかったとの試験結果が記載されており(上記1(2)ス)、本件明細書の発明の詳細な説明の記載から、当業者は、本件発明1の医薬組成物により、骨粗鬆症の患者の非外傷性前腕部骨折を抑制できることを理解できる。
そして、エルデカルシトールは、骨粗鬆症治療の標準薬として日本で使用されてきたアルファカルシドールなどの活性型ビタミンD3化合物のもつ骨に対する作用を強めた化合物であり、アルファカルシドールよりも骨作用(骨密度(BMD)の増加作用)、骨吸収抑制作用が強く、また、骨形成を促進する作用がある、骨の微細構造に対する改善効果と骨強度の改善効果を伴った骨量増加作用を有する薬剤であり、海綿骨と皮質骨のいずれに対しても効果が期待できる薬剤であるとの技術常識(上記第5の2-3-2)を考慮すると、本件明細書の実施例において確認された、骨粗鬆症患者における非外傷性前腕部骨折を抑制した結果は、当該患者において、骨の微細構造と骨強度の改善を伴って、骨量(骨密度)を増加させたことによるものであることが理解できる。
エ 骨粗鬆症は、骨吸収(骨破壊)と骨形成(骨の構築)のバランスが崩れ、相対的に骨吸収が優位になることにより生じる骨量の減少が、骨の微細構造の破壊を引き起こし、骨の強度を低下させることが原因で、骨折が起こりやすくなる病態であり、一般的には、骨折の代用指標として骨量(骨密度)を測定して評価しているのが現状であることは、本件特許の出願時の技術常識であるところ(上記第5の2-1-2)、本件明細書の発明の詳細な説明(上記1(2)キ、ク)には、非外傷性骨折である脆弱性骨折は、低骨量(骨密度がYAMの80%未満等)が原因で、軽微な外力によって発生した骨折であること、及び、日本の骨粗鬆症の診断基準によれば、脆弱性骨折がない場合、骨密度が、若年成人(20~44歳)の平均と比べ、70%以下であれば骨粗鬆症、70~80%であれば骨減少症、80%以上であれば正常と判断されることが記載されている。
そうすると、本件特許の出願時の技術常識を参酌して、本件明細書の発明の詳細な説明の記載から、当業者は、「非外傷性である前腕部骨折」は、骨粗鬆症患者だけでなく、当該患者より程度は軽いものの同様に骨量が減少し、骨の強度が低下している「骨減少症」等の者(高齢者に多い)においても生じ得るものであり、当該者においても、エルデカルシトール投与により骨強度と骨量(骨密度)が増加し、その結果、「非外傷性である前腕部骨折」を抑制できることが理解できる。
オ 以上のとおり、本件特許の出願時の技術常識を参酌して、本件明細書の発明の詳細な説明の記載から、当業者は、本件発明1のエルデカルシトールを含む医薬組成物により、骨粗鬆患者の「非外傷性の前腕部骨折」の抑制のみではなく、骨粗鬆症患者以外の、骨がもろくなっている高齢者の「非外傷性の前腕部骨折」や、骨減少症の者、つまり、脆弱性骨折を有しておらず、かつ、「若年者平均骨密度(YAM)」が「80%より低く70%以上である大腿部骨密度を有」する者における「非外傷性の前腕部骨折」を抑制することができること、及び、その骨折抑制効果は、既存の薬剤であるアルファカルシドールよりも優れることを認識できるといえるから、本件特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(本件発明1)は、本件特許の出願時の技術常識に照らし、発明の詳細な説明の記載により当業者が本件発明1が解決しようとする課題を解決できると当業者が認識し得る範囲内のものである。
したがって、本件発明1に関し、特許請求の範囲の記載はサポート要件(特許法第36条第6項第1号に規定する要件)に適合する。
(5)本件発明4、5及び7についてのサポート要件の判断
ア 本件発明4、5及び7が、本件特許の出願時の技術常識に照らし、発明の詳細な説明の記載により、当業者が、本件発明4、5及び7が解決しようとする課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否かについて検討する。
イ エルデカルシトールを含んでなる非外傷性である前腕部骨折を抑制するための医薬組成物であって、0.75μg/日の用量で経口投与される組成物について、本件発明4では、「投与される対象がI型骨粗鬆症患者」であることが特定され、本件発明5では、「投与される対象が、非外傷性である前腕部骨折の抑制が必要とされる原発性骨粗鬆症患者」であることが特定され、本件発明7では、「投与される対象が、原発性骨粗鬆症患者であって、若年者平均骨密度(YAM)の70%より低く60%以上である大腿部骨密度を有」することが特定されている。
ここで、本件発明4の「I型骨粗鬆症患者」に関し、本件明細書の【0023】に「原発性骨粗鬆症は、・・I型骨粗鬆症・・を含む。I型骨粗鬆症(閉経後骨粗鬆症)は、51~75歳の間に発生し、女性は男性の6倍ほどかかりやすい」(摘記本ウ)と記載され、また、骨粗鬆症の予防と治療のガイドラインである甲2に「骨強度低下の最大の原因は閉経に伴うエストロゲンの急激な減少であり,骨量を急激に減少させるとともに,骨微細構造も劣化させ,骨強度を低下させる(閉経後骨粗鬆症)。」(上記第5の2-1-1(1)甲2ア)と記載されているとおり、「I型骨粗鬆症」は、閉経後に発生する原発性骨粗鬆症であり、「I型骨粗鬆症患者」は、女性の原発性骨粗鬆症患者の典型例である。
また、本件発明7の「若年者平均骨密度(YAM)の70%より低く60%以上である大腿部骨密度を有」する原発性骨粗鬆症患者に関し、本件明細書の【0052】の「原発性骨粗鬆症の診断基準(2000年度改訂版)折茂肇;林泰史 他:日本骨代謝学会雑誌18(3):76-82,2001」(上記1(1)摘記本エ)として言及される甲33の表3(上記第5の2-1-1(7)の甲33イ)には、原発性骨粗鬆症と診断する条件として、「脆弱性骨折なし」で「YAMの70%未満」(項目「II.」)である旨と「低骨量(骨密度がYAMの80%未満、あるいは脊椎X線像で骨粗鬆化がある場合)が原因で、軽微な外力によって発生した非外傷性骨折」である「脆弱性骨折あり」の場合(項目「I.」及び「注1」)と記載され、また、YAMの測定に関し、「骨密度は原則として腰椎骨密度とする.ただし,高齢者において,脊椎変形などのために腰椎骨密度の測定が適当でないと判断される場合には大腿骨頸部骨密度とする.」(「注2」)と記載されるとおり、若年者平均骨密度(YAM)が70%より低い大腿部骨密度を有する患者は「原発性骨粗鬆症患者」を意味する。そして、甲33の表6及び表7(同甲33ウ)の、女性及び男性の大腿骨近位部骨密度基準値の値からみて、大半の高齢者がYAM60%以上の大腿骨密度を有する。
つまり、本件発明7の「若年者平均骨密度(YAM)の70%より低く60%以上である大腿部骨密度を有」する患者も、「原発性骨粗鬆症患者」の典型例に相当する。
一方、上記(4)ウで指摘したとおり、本件明細書の発明の詳細な説明における、原発性骨粗鬆症患者(これは、本件発明5で特定される患者に相当する。)を対象としたエルデカルシトールの有効性についての無作為割付二重盲検群間比較試験の結果の記載(上記1(2)エ、ケ~ス)から、当業者は、「エルデカルシトールを含んでなる非外傷性である前腕部骨折を抑制するための医薬組成物であって、0.75μg/日の用量で経口投与される組成物」により、原発性骨粗鬆症の患者の非外傷性前腕部骨折を抑制できることを理解できるのであるし、また、その骨折抑制効果は、既存の薬剤であるアルファカルシドールよりも優れることを認識できるといえるところ、本件明細書に記載の上記原発性骨粗鬆症患者を対象とした二重盲検群間比較試験の対象は、平均年齢が72.1歳の女性508名と平均年齢が72.2歳の男性517名であり(上記1(1)摘記本エの表1)、上記試験結果は、本件発明4、本件発明5及び7に特定される患者を含む患者についての結果であるともいえる。
してみると、出願時の技術常識に照らし、発明の詳細な説明の記載により、当業者は、本件発明4、5及び7により、本件発明4、5及び7が解決しようとする課題を解決できると認識し得るといえる。
ウ したがって、本件発明4、5及び7に関し、特許請求の範囲の記載はサポート要件に適合する。
(6)本件発明6についてのサポート要件の判断
ア 本件発明6が、出願時の技術常識に照らし、発明の詳細な説明の記載により、当業者が、本件発明6が解決しようとする課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否かについて検討する。
イ 本件発明6では、エルデカルシトールを含んでなる非外傷性である前腕部骨折を抑制するための医薬組成物であって、0.75μg/日の用量で経口投与される組成物について、「投与される対象が、若年者平均骨密度(YAM)の80%より低く70%以上である大腿部骨密度を有」することが特定されている。
ここで、本件明細書の【0027】の「現在の日本の骨粗鬆症の診断基準では、脆弱性骨折がない場合、・・70~80%なら骨がもろくなってきている状態「骨減少症」」(上記1(1)摘記本ウ)なる記載及び本件明細書の【0052】に「原発性骨粗鬆症の診断基準(2000年度改訂版)折茂肇;林泰史 他:日本骨代謝学会雑誌18(3):76-82,2001」(上記1(1)摘記本エ)として言及される甲33の表3(上記第5の2-1-1(7)甲33イ)に、原発性骨粗鬆症と診断する条件として、脆弱性骨折がある場合、つまり、低骨量(骨密度がYAMの80%未満、あるいは脊椎X線像で骨粗鬆化がある場合)が原因で、軽微な外力によって発生した非外傷性骨折がある場合(項目「I.」及び「注1」)と記載され、脆弱性骨折がない場合について「骨量減少 YAMの70%以上~80%未満」(項目「II.」)と記載され、また、「骨密度は原則として腰椎骨密度とする.ただし,高齢者において,脊椎変形などのために腰椎骨密度の測定が適当でないと判断される場合には大腿骨頸部骨密度とする.」(「注2」)と記載されるとおり、本件発明6の「若年者平均骨密度(YAM)の80%より低く70%以上である大腿部骨密度を有」する対象には、脆弱性骨折のある骨粗鬆症の患者と、脆弱性骨折のない骨量減少の対象が含まれているといえる。
ウ そして、上記(4)で説示したとおり、本件特許の出願時の技術常識を参酌して、本件明細書の発明の詳細な説明の記載から、当業者は、「エルデカルシトールを含んでなる非外傷性である前腕部骨折を抑制するための医薬組成物」であって、「0.75μg/日の用量で経口投与される組成物」により、骨粗鬆患者の「非外傷性の前腕部骨折」の抑制及び、骨粗鬆症患者以外の、脆弱性骨折を有しておらず、かつ、「若年者平均骨密度(YAM)」が「80%より低く70%以上である大腿部骨密度を有」する対象の「非外傷性の前腕部骨折」を抑制できること、及び、それらの骨折抑制効果は、既存の薬剤であるアルファカルシドールよりも優れることを認識できるといえるし、本件明細書の発明の詳細な説明には、原発性骨粗鬆症患者が、「若年者平均骨密度(YAM)が80%より低く70%以上である大腿部骨密度を有する患者である場合についても上記のとおりの傾向であったことが示されている(上記1(1)摘記本エの表4)。
してみると、本件発明6は、出願時の技術常識に照らし、発明の詳細な説明の記載により、当業者が、本件発明6が解決しようとする課題を解決できると当業者が認識し得る範囲内のものである。
エ したがって、本件発明6に関し、特許請求の範囲の記載はサポート要件に適合する。
(7)小括
よって、本件発明1及び4~7に係る特許は、無効理由1によって無効とすることはできない。
4 無効理由2(甲1に基づく新規性違反)について
(1)甲1に記載された発明
上記第5の1の摘記によれば、タイトルが「骨粗鬆症治療薬:ED-71」(甲1ア)である甲1には、アルファカルシドール(1α(OH)D3)をはじめとする活性型ビタミンD3化合物は長く骨粗鬆症治療薬として用いられてきたところ(甲1ア)、原発性骨粗鬆症患者を対象とした第II相臨床試験において、図5に示される活性型ビタミンD3誘導体である「ED-71(1α,25-dihydroxy-2β-(3-hydroxypropoxy)vitamin D3)」を、0.25、0.5、0.75、1.0μg/日の用量で経口投与したところ、用量依存的に骨密度増加が認められ、12ヵ月間の0.75μg/日用量の投与では、腰椎骨密度がプラセボに対して2.6%増、大腿骨近位部でも1.5%の増加が認められ、血中・尿中のカルシウム濃度も用量依存的な上昇がみられたことが記載されている(甲1イ)。
そうすると、甲1には、次の発明が記載されていると認められる。
「原発性骨粗鬆症患者を対象として0.75μg/日の用量で経口投与される、以下の化学構造を有するED-71(1α,25-dihydroxy-2β-(3-hydroxypropoxy)vitamin D3)を含んでなる、骨粗鬆症治療薬。
[図:0001394289000025.jpg]
」(以下「甲1発明」という。)
(2)本件発明1について
ア 対比
本件発明1の「エルデカルシトール」は、本件明細書の【0021】(上記摘記本ウ)に記載されているとおり、「開発コード「ED-71」の化合物」であり、「化学名:(1R,2R,3R,5Z,7E)-2-(3-ヒドロキシプロピルオキシ)-9,10-セココレスタ-5,7,10(19)-トリエン-1,3,25-トリオールを有する化合物」であるところ、甲1発明の「以下の化学構造(合議体注:化学構造の記載は省略する。)を有するED-71(1α,25-dihydroxy-2β-(3-hydroxypropoxy)vitamin D3)」が、本件発明1の「エルデカルシトール」に相当することは、その化学構造から明らかである。
また、甲1発明の「骨粗鬆症治療薬」は、医薬であるし、「原発性骨粗鬆症患者を対象として0.75μg/日の用量で経口投与される」、「ED-71(1α,25-dihydroxy-2β-(3-hydroxypropoxy)vitamin D3を含んでなる」ものであって、これが何らかの担体とともに原発性骨粗鬆症患者を対象として経口投与される「組成物」の形態であることは当業者に自明であるから、甲1発明の「骨粗鬆症治療薬」は、本件発明1の「医薬組成物」に相当する。
そうすると、本件発明1と甲1発明とは、以下の点で一致し、以下の点で一応相違している。
<一致点>
エルデカルシトールを含んでなる医薬組成物。
<相違点1>
医薬組成物について、本件発明1では、「非外傷性である前腕部骨折を抑制するため」のものであると特定されているのに対して、甲1発明では、「骨粗鬆症治療薬」であると特定されている点。
イ 相違点1についての判断
(ア)上記第5の2-1-2に記載したとおり、(i)骨粗鬆症の主な臨床症状には、ささいなきっかけで起こる脆弱性骨折があり、骨粗鬆症に伴って起こる骨折としては、椎体圧迫骨折・大腿骨近位部骨折・橈骨遠位端骨折の3つが最も頻度が高く、大腿骨近位部骨折及び橈骨遠位端骨折の大半は転倒が原因で発生していること、(ii)骨粗鬆症に対して薬剤を投与する目的は、骨粗鬆症による骨折を減少させることにより、骨折によって引き起こされる諸症状を緩和することであることは、本件特許の優先日当時の技術常識であった。
してみると、甲1発明の「骨粗鬆症治療薬」は、骨粗鬆症に伴って起こる骨折(特に頻度の高い、椎体圧迫骨折や、転倒が大半の原因である大腿骨近位部骨折及び橈骨遠位端骨折)を減少させることを治療目的とする薬であるといえる。
そして、本件明細書の【0022】(上記摘記本ウ)に「前腕部は橈骨と尺骨とからなる」と記載されているとおり、甲1発明の「橈骨遠位端」は、本件発明1の「前腕部」に相当するし、【0035】(同上)に「非外傷性骨折とは、転倒などの一般的な日常生活で起こる軽微な外力により生じた骨折を示す。脆弱性骨折とは、低骨量(骨密度がYAMの80%未満、あるいは脊椎X線像で骨粗鬆化がある場合)が原因で、軽微な外力によって発生した非外傷性骨折をいう。」と記載されているとおり、本件発明1の「非外傷性である前腕部骨折」とは、転倒などの軽微な外力により生じた前腕部骨折を意味するから、甲1発明の「骨粗鬆症治療薬」の治療目的のうちの、転倒が大半の原因である「橈骨遠位端骨折」を減少させることは、本件発明1の「非外傷性である前腕部骨折」を抑制することに相当するといえる。
(イ)また、本件特許の優先日当時、骨粗鬆症の発症機序については、骨吸収(骨破壊)と骨形成(骨の構築)のバランスが崩れ、相対的に骨吸収が優位になることにより生じる骨量の減少が、骨の微細構造の破壊を引き起こし、骨の強度を低下させることがその原因と考えられていたところ(上記第5の2-1-2)、骨粗鬆症治療薬であるエルデカルシトールに、骨吸収を抑制し骨形成を促進する作用があること、及び、エルデカルシトールが、骨の微細構造に対する改善効果と骨強度の改善効果を伴った骨量増加作用を有し、海綿骨と皮質骨のいずれに対しても効果が期待できる薬剤であることが、本件特許の優先日当時の技術常識であった(上記第5の2-3-2)。
そうすると、当業者であれば、海綿骨と皮質骨のいずれに対しても効果が期待できる薬剤であるエルデカルシトールは、海綿骨と皮質骨とからなる前腕部の骨(上記第5の2-4-2)においても、骨吸収を抑制し骨形成を促進する作用、及び、骨の微細構造に対する改善効果と骨強度の改善効果を伴った骨量増加作用を発揮し、その結果、骨の脆弱性が改善され、転倒が大半の原因である「橈骨遠位端骨折」(本件発明1の「非外傷性である前腕部骨折」に相当)を減少させることができると認識するといえる。
(ウ)以上のとおり、甲1発明の「骨粗鬆症治療薬」は、骨粗鬆症に伴って起こる骨折(特に頻度の高い、椎体圧迫骨折や、転倒が大半の原因である大腿骨近位部骨折及び橈骨遠位端骨折)を減少させることを治療目的とする薬であるといえるところ、甲1発明の「骨粗鬆症治療薬」の治療目的のうちの、転倒が大半の原因である「橈骨遠位端骨折」を減少させることは、本件発明1の「非外傷性である前腕部骨折」を抑制することに相当し、また、当業者であれば、本件特許の優先日当時の技術常識に基づいて、甲1発明の有効成分であるエルデカルシトールは、転倒が大半の原因である「橈骨遠位端骨折」(本件発明1の「非外傷性である前腕部骨折」に相当)を減少させることができると認識するといえる。
そうすると、当業者は、甲1発明の「骨粗鬆症治療薬」が「橈骨遠位端骨折」(非外傷性である前腕部骨折)を抑制する医薬組成物であると認識するといえるのであるから相違点1は、実質的には相違点ではない。
よって、本件発明1は、甲1に記載された発明である。
(3)本件発明2について
本件発明2は、本件発明1において、医薬組成物を「投与される対象」が「原発性骨粗鬆症患者」であることを更に特定したものであるが、甲1発明の骨粗鬆症治療薬は原発性骨粗鬆症患者を対象として投与されるものであるから、当該本件発明2で更に特定された点は甲1発明との相違点とはならない。
そうすると、本件発明2と甲1発明は、上記(2)アで記載した相違点1で相違するところ、上記(2)イで記載したとおり、相違点1は、実質的には相違点ではない。
よって、本件発明2は、甲1に記載された発明である。
(4)本件発明3について
上記(2)アにおける本件発明1と甲1発明との対比を踏まえて本件発明3と甲1発明を対比すると、両者は、上記(2)アで記載した一致点で一致し、上記(2)アで記載した相違点1、及び、以下の相違点2で相違する。
<相違点2>
医薬組成物について、本件発明3では、「投与される対象」が、「若年者平均骨密度(YAM)の80%より低いか、またはTスコアがYAM値に対して-1SD以下である大腿部骨密度を有する」ものであると特定されているのに対して、甲1発明では、「原発性骨粗鬆症患者」と特定されている点。
相違点2に関し、本件発明3で特定される医薬組成物の投与対象である「若年者平均骨密度(YAM)の80%より低いか、またはTスコアがYAM値に対して-1SD以下である大腿部骨密度を有する」対象者には、YAMが70%以下、あるいは、YAM値に対してTスコアが-2.5SD以下がその診断基準とされる原発性骨粗鬆症の患者が含まれる(上記第5の2-1-1(2)甲3イ、(3)甲4ウ及び(7)甲33イ、ウ、並びに、本件明細書の摘記本ウの【0027】、【0028】)。
一方、甲1発明の骨粗鬆症治療薬の投与対象は、「原発性骨粗鬆症患者」であり、本件発明3で特定される対象に含まれている。
そうすると、相違点2は、実質的には相違点ではない。
また、上記(2)イで記載したとおり、相違点1も、実質的には相違点ではない。
よって、本件発明3は、甲1に記載された発明である。
(5)本件発明4について
上記(2)アにおける本件発明1と甲1発明との対比を踏まえて本件発明4と甲1発明を対比すると、本件発明4の医薬組成物も甲1発明の骨粗鬆症治療薬も「骨粗鬆症患者」に投与されるものであるし、両発明とも、エルデカルシトールが「0.75μg/日の用量で経口投与される」ものであるから、両者は、以下の一致点で一致し、上記(2)アで記載した相違点1、及び、以下の相違点3で相違する。
<一致点>
エルデカルシトールを含んでなる医薬組成物であって、投与される対象が骨粗鬆症患者であり、エルデカルシトールが0.75μg/日の用量で経口投与される、上記組成物。
<相違点3>
医薬組成物について、本件発明4では、「投与される対象」が、「I型骨粗鬆症患者」と特定されているのに対して、甲1発明では、「原発性骨粗鬆症患者」と特定されている点。
相違点3に関し、上記3(5)イで記載したとおり、本件発明4で特定される「I型骨粗鬆症」は、閉経後に発生する原発性骨粗鬆症であり、原発性骨粗鬆症患者の代表的な患者である(本件明細書の摘記本ウの【0023】及び上記第5の2-1-1(1)の甲2ア参照)。
一方、甲1発明の「原発性骨粗鬆症患者」に投与される骨粗鬆症治療薬は、甲1に記載される、原発性骨粗鬆症患者を対象に行われた前期及び後期第II相臨床試験の結果に基づくものであるところ(甲1の(683)73頁左欄下から10行目~74(684)頁右欄10行(上記第5の1の甲1イ))、原発性骨粗鬆症のための前期及び後期第II相臨床試験の被験者として、I型骨粗鬆症患者に相当する閉経後骨粗鬆症患者は、代表的な被験者である(上記第5の2-1-1(1)の甲3エの3.(3)b.及び4.(3)参照)。
そうすると、原発性骨粗鬆症患者を対象として行われた前期及び後期第II相試験の結果に基づく甲1発明において、I型骨粗鬆症患者(閉経後骨粗鬆症患者)は、原発性骨粗鬆症患者として当然に含まれていた患者であるといえるから、相違点3は、実質的には相違点ではない。
また、上記(2)イで記載したとおり、相違点1も、実質的には相違点ではない。
よって、本件発明4は、甲1に記載された発明である。
(6)本件発明5について
上記(2)アにおける本件発明1と甲1発明との対比及び、上記(3)における本件発明2と甲1発明との対比を踏まえて本件発明5と甲1発明を対比すると、両発明は、エルデカルシトールが「0.75μg/日の用量で経口投与される」ものであるから、両者は、以下の一致点で一致し、上記(2)アで記載した相違点1、及び、以下の相違点4で相違する。
<一致点>
エルデカルシトールを含んでなる医薬組成物であって、投与される対象が原発性骨粗鬆症患者であり、エルデカルシトールが0.75μg/日の用量で経口投与される、上記組成物。
<相違点4>
医薬組成物について、本件発明5では、投与される対象である原発性骨粗鬆症患者が、「非外傷性である前腕部骨折の抑制が必要とされる」患者であることが特定されているのに対して、甲1発明では、かかる特定がされていない点。
相違点4に関し、上記(2)イの相違点1についての判断の(ア)で記載したとおり、甲1発明の「骨粗鬆症治療薬」の治療目的のうちの、転倒が大半の原因である「橈骨遠位端骨折」を減少させることは、本件発明1の「非外傷性である前腕部骨折」を抑制することに相当するといえ、甲1発明の骨粗鬆症治療薬を投与される対象である原発性骨粗鬆症患者は「非外傷性である前腕部骨折の抑制が必要とされる」患者そのものであるといえる。
よって、相違点4は、実質的には相違点ではない。
また、上記(2)イで記載したとおり、相違点1も、実質的には相違点ではない。
よって、本件発明5は、甲1に記載された発明である。
(7)本件発明6について
上記(2)アにおける本件発明1と甲1発明との対比及び、上記(6)における本件発明5と甲1発明との対比を踏まえて本件発明5と甲1発明を対比すると、両者は、以下の一致点で一致し、上記(2)アで記載した相違点1及び以下の相違点5で相違する。
<一致点>
エルデカルシトールを含んでなる医薬組成物であって、エルデカルシトールが0.75μg/日の用量で経口投与される、上記組成物。
<相違点5>
医薬組成物について、本件発明6では、「投与される対象」が、「若年者平均骨密度(YAM)の80%より低く70%以上である大腿部骨密度を有する」ものであると特定されているのに対して、甲1発明では、「原発性骨粗鬆症患者」と特定されている点。
上記3(6)本件発明6についてのサポート要件の判断のイで説示したとおり、本件発明6で特定される「若年者平均骨密度(YAM)の80%より低く70%以上である大腿部骨密度を有」する対象には、脆弱性骨折のある骨粗鬆症の患者と、脆弱性骨折のない骨量減少の対象が含まれている。
そして、相違点5に関し、脆弱性骨折を有し、大腿部骨密度がYAMの80%より低く70%以上の患者が、原発性骨粗鬆症の治療薬の適用対象である「原発性骨粗鬆症患者」として認識されていたものであること(上記第5の2-1-1の(7)甲33イの表3(特に、項目「I.」、「注1」及び「注2」))及び、骨粗鬆症の患者は、椎体骨折など、つまり、脆弱性骨折を合併している場合も多いことは、本件特許の優先日当時の技術常識である(上同記第5の2-3-1の(1)甲6エ最終段落)。
そうすると、上記の技術常識から、当業者は、甲1発明の骨粗鬆症治療薬を投与する対象である骨粗鬆症の患者には、脆弱性骨折のある、若年者平均骨密度(YAM)の80%より低く70%以上である大腿部骨密度を有する対象が含まれていると認識する。
してみると、本件発明6で特定される対象は、甲1発明の骨粗鬆症治療薬を投与する対象として当然に含まれていた患者を含むから、相違点5は、実質的には相違点ではない。
また、上記(2)イで記載したとおり、相違点1も、実質的には相違点ではない。
よって、本件発明6は、甲1に記載された発明である。
(8)本件発明7について
上記(2)アにおける本件発明1と甲1発明との対比、上記(3)における本件発明2と甲1発明との対比及び、上記(6)における本件発明5と甲1発明との対比を踏まえて本件発明7と甲1発明を対比すると、両者は、以下の一致点で一致し、上記(2)アで記載した相違点1及び以下の相違点6で相違する。
<一致点>
エルデカルシトールを含んでなる医薬組成物であって、投与される対象が原発性骨粗鬆症患者であり、エルデカルシトールが0.75μg/日の用量で経口投与される、上記組成物。
<相違点6>
医薬組成物について、本件発明7では、投与される対象である原発性骨粗鬆症患者が、「若年者平均骨密度(YAM)の70%より低く60%以上である大腿部骨密度を有」する患者であることが特定されているのに対して、甲1発明では、かかる特定がされていない点。
相違点6に関し、「原発性骨粗鬆症患者」として、大腿部骨密度がYAMの70%より低い患者が、その典型例であることは、本件特許の優先日当時の技術常識である(上記第5の2-1-1(7)甲33イの表3(特に、項目「I.」及び「注1」並びに「II.」及び「注2」))し、大半の高齢者はYAMの60%以上の大腿骨密度を有しており、本件発明7の「若年者平均骨密度(YAM)の70%より低く60%以上である大腿部骨密度を有」する患者は、「原発性骨粗鬆症患者」の典型例に相当する(甲33の表6及び表7(同甲33ウ)の、女性及び男性の大腿骨近位部骨密度基準値の数値参照)。
そうすると、上記の技術常識から、当業者は、甲1発明の骨粗鬆症治療薬を投与する対象である骨粗鬆症の患者に、若年者平均骨密度(YAM)の70%より低く60%以上である大腿部骨密度を有する対象が含まれていると認識する。
してみると、本件発明7で特定される「若年者平均骨密度(YAM)の70%より低く60%以上である大腿部骨密度を有」する患者は、甲1発明の骨粗鬆症治療薬を投与する対象として当然含まれていた患者を含むから、相違点6は、実質的には相違点ではない。
また、上記(2)イで記載したとおり、相違点1も、実質的には相違点ではない。
よって、本件発明7は、甲1に記載された発明である。
(9)本件発明8について
上記(2)アにおける本件発明1と甲1発明との対比及び、上記(3)における本件発明2と甲1発明との対比を踏まえて本件発明8と甲1発明を対比すると、両者は、以下の一致点で一致し、上記(2)アで記載した相違点1及び以下の相違点7で相違する。
<一致点>
エルデカルシトールを含んでなる医薬組成物であって、投与される対象が原発性骨粗鬆症患者である、上記組成物。
<相違点7>
医薬組成物について、本件発明8では、投与される対象である原発性骨粗鬆症患者が、「若年者平均骨密度(YAM)の80%より低く60%以上である大腿部骨密度を有する」患者であることが特定されているのに対して、甲1発明では、かかる特定がされていない点。
相違点7に関し、上記(7)及び(8)で記載したとおり、「原発性骨粗鬆症患者」として、脆弱性骨折があり大腿部骨密度がYAMの80%以下の対象者、及び、脆弱性骨折がなく、大腿部骨密度がYAMの70%未満の対象者がその典型例であることは、本件特許の優先日当時の技術常識であるし、大半の高齢者はYAMの60%以上の大腿骨密度を有する。
そうすると、上記の技術常識から、当業者は、甲1発明の骨粗鬆症治療薬を投与する対象である骨粗鬆症の患者に、脆弱性骨折があり大腿部骨密度がYAMの80%より低く60%以上である対象者、及び、脆弱性骨折がなく、大腿部骨密度がYAMの70%より低く60%以上である大腿部骨密度を有する対象が含まれていると認識する。
してみると、本件発明8で特定される患者は、甲1発明の骨粗鬆症治療薬を投与する対象として当然に含まれていた患者を含むから、相違点7は、実質的には相違点ではない。
また、上記(2)イで記載したとおり、相違点1も、実質的には相違点ではない。
よって、本件発明8は、甲1に記載された発明である。
(10)被請求人の主張について
ア 被請求人は、令和2年11月30日付けの上申書(以下「上申書」という。)において、以下の旨を主張する。
<主張1>
本件発明1の「非外傷性である前腕部骨折を抑制する」との用途は、アルファカルシドール投与と比較した場合に、骨折の可能性がある部位の中でも特に前腕部骨折に抑制効果を示すというエルデカルシトールの属性に基づくものであり、当該属性は、本件明細書によって初めて開示された事項で、甲1には記載がなく、この点に関する技術常識も存在しないから、本件発明1は、エルデカルシトールの新規な用途に関する用途発明であるといえ、甲1発明の「骨粗鬆症治療薬」の用途と本件発明1の「非外傷性である前腕部骨折を抑制する」との用途は異なる。
また、甲1には、「現在、新規椎体骨折発生頻度を主要評価項目としてED-71とアルファカルシドールの効果を比較する、3年間の大規模な無作為二重盲検試験が進行中である。」((685)75頁左欄)と記載されており、エルデカルシトールの骨折抑制の効果は確認されていないし、審決の予告で引用している甲6エでも骨折抑制の効果は確認されていない。ましてエルデカルシトールが前腕部の骨折抑制に効果があることは何ら記載されていない。(上申書8~10頁、第2の1(1))
イ 上記主張1について検討する。
上記(2)イ(ア)で説示したとおり、甲1発明の「骨粗鬆症治療薬」は、骨粗鬆症に伴って起こる骨折(特に頻度の高い、椎体圧迫骨折や、転倒が大半の原因である大腿骨近位部骨折及び橈骨遠位端骨折)を減少させることを治療目的とする薬であるといえ、治療目的のうちの、転倒が大半の原因である「橈骨遠位端骨折(合議体注:手首の骨折)」を減少させることは、本件発明1の「非外傷性である前腕部骨折」を抑制することに相当するといえるところ、同(イ)で説示したとおり、当業者であれば、海綿骨と皮質骨のいずれに対しても効果が期待できる薬剤であるエルデカルシトールは、海綿骨と皮質骨とからなる前腕部の骨においても、骨吸収を抑制し骨形成を促進する作用、及び、骨の微細構造に対する改善効果と骨強度の改善効果を伴った骨量増加作用を発揮し、その結果、骨の脆弱性が改善され、転倒が大半の原因である「橈骨遠位端骨折」(本件発明1の「非外傷性である前腕部骨折」に相当)を減少させることができると認識するといえる。
そして、アルファカルシドール投与と比較した場合に、骨折の可能性がある部位の中でも特に前腕部骨折に抑制効果を示すというエルデカルシトールの属性が、本件明細書によって初めて開示された事項であるとしても、甲1に、エルデカルシトールを含んでなる非外傷性である前腕部骨折を抑制するための医薬組成物の発明が記載されているといえるのであるから、エルデカルシトールによる前腕部の骨折抑制効果がアルファカルシドールの当該効果を上回ることは、本件発明1が新規性を有しないこととは直接関係しない。
また、本件発明1の「前腕部骨折の抑制」のための医薬組成物は、骨粗鬆症患者の前腕部骨折の抑制のために投与される骨粗鬆症治療薬を包含するものであるところ、骨粗鬆症治療薬は、骨粗鬆症によって起こる骨折全般の抑制を目的として投与されるものであって、椎体圧迫骨折抑制のための骨粗鬆症治療薬、大腿骨近位部骨折抑制のための骨粗鬆症治療薬、橈骨遠位端骨折抑制のための骨粗鬆症治療薬等、特定の骨折部位の骨折の抑制のみを意図した骨粗鬆症治療薬が存在し、骨粗鬆症治療薬による治療を、骨粗鬆症患者の橈骨遠位端骨折の抑制のみを目的として行い、椎体圧迫骨折や大腿部骨折等他の部位の骨折の抑制は目的としないで行うといった技術常識が本件特許の優先日当時に存在したとはいえない。
さらに、本件発明1と甲1発明は、医薬組成物自体として一致しているのみならず、骨粗鬆症患者に骨粗鬆症による脆弱性骨折の抑制のために投与されるものとして、その医薬組成物の投与対象も一致している。
以上のとおりであるから、本件発明1が、既知の用途とは異なる新たな用途を見いだしたことに基づく用途発明であり、甲1発明の「骨粗鬆症治療薬」の用途と本件発明1の「非外傷性である前腕部骨折を抑制する」との用途は異なる、ということはできない。
また、被請求人が、甲1では、エルデカルシトールの骨折抑制の効果は確認されていないとして指摘する甲1の記載は、エルデカルシトールが、原発性骨粗鬆症患者を対象とする後期第II相試験において骨密度を増加させた結果を受けて第III相試験が進行中であることを言及するものであるところ、骨粗鬆症に対して薬剤を投与する目的は、骨粗鬆症による骨折を減少させることにより、骨折によって引き起こされる諸症状を緩和することであり、骨折に対する効果を直接証明することは容易でないため、一般的には、骨折の代用指標として骨量(骨密度)を測定して評価しているのが現状であることは本件特許の優先日当時の技術常識であり(上記第5の2-1-2)、甲1の後期第II相試験で確認されている「骨密度」の測定も、骨折率による評価は長期間を要することからその代用の指標として測定され、その結果に基づいて、骨粗鬆症に対する効果があることが確認されたものである。このことは、骨粗鬆症薬の臨床評価方法に関するガイドラインについて記載する甲3の以下の記載からも明らかである。
「b 評価指標(エンドポイント)
本来、有効性の証明には骨強度の変化や骨折率を見ることが望ましいが、長期間を要するので、骨量の変化を見ることで代用される。」(上記第5の2-1-1(2)甲3エの4.(4)b.)
そうすると、甲1の記載に接した当業者は、後期第II相試験においてエルデカルシトールを含有する医薬組成物が骨密度を増加させた旨の記載から、これが骨折を減少(抑制)させる医薬組成物であることを当然に理解するといえる。
甲6に関しても、甲6エには、「骨粗鬆症に対する活性型ビタミンDが骨量維持・増加効果に比べ骨折発生率抑制効果が優れているといわれており,活性型ビタミンD誘導体で強い骨量増加作用が得られれば,骨折発生頻度を更に減少できる可能性がある.したがって,骨形成促進作用により減少した骨量を回復することができるED-71は骨粗鬆症の理想的な治療薬として期待できるものと考えられる.」と記載されており、当業者は、活性型ビタミンDに骨折発生率抑制効果があることを前提として、これよりも強い骨量増加作用が期待できるエルデカルシトールでは骨折発生頻度を更に減少できると認識していたことが理解できるし、実際にエルデカルシトールが骨折抑制効果を有することは、甲12に記載のとおり(上記第5の2-3-1(3))、本件特許の優先日当時の公知の事項でもある。
そうすると、甲1や甲6においてエルデカルシトールの骨折抑制の効果が具体的に確認されていないとしても、当業者は、骨粗鬆症治療薬であるエルデカルシトールは骨粗鬆症に伴って起こる骨折の抑制のために投与されると認識していたといえるし、より具体的には、イの冒頭で記載したとおり、当業者は、本件特許の優先日当時の技術常識から、エルデカルシトールは、骨粗鬆症に伴って起こる骨折(特に頻度の高い、椎体圧迫骨折や、転倒が大半の原因である大腿骨近位部骨折及び橈骨遠位端骨折(非外傷性である前腕部の骨折))を減少させるために投与されるものであり、また、エルデカルシトールにより橈骨遠位端骨折を減少させることができると認識していたといえる。
よって、被請求人の主張1は、いずれも理由がない。
なお、主張1に関し、上申書の10頁の(ウ)で、被請求人は、甲13のアブストラクトに「骨折リスクに対するエルデカルシトールの影響は不明」と記載されている旨主張するが、甲13は、本件特許の優先日後に公知となった文献であって、本件特許の優先日当時の技術常識を示すものではないし、そもそも、甲13はエルデカルシトールの骨粗鬆症性骨折のリスク予防効果を確認する無作為化、活性比較対照、二重盲検試験の結果を報告する文献(甲13のタイトル参照)であって、被請求人が指摘する記載箇所は、骨折リスクに対するエルデカルシトールの具体的な影響がいまだ検証されていないことを記載するものであって、当業者がエルデカルシトールに骨折予防効果があると認識していなかったことを示す記載とはいえない。むしろ、上記イの冒頭に記載したとおり、当業者は、本件特許の優先日当時の技術常識から、甲1発明のエルデカルシトールは、「非外傷性である前腕部骨折」を減少させることができると認識するといえるから、甲13に基づく主張も理由がない。
ウ また、被請求人は、上申書において、以下の旨も主張する。
<主張2>
先行技術を示す証拠が上位概念で発明を表現している場合は、下位概念で表現された発明が示されていることにならず、また概念上、下位概念が上位概念に含まれることのみをもって、下位概念で表現された発明が導き出される(記載されている)とはしないのが特許庁における正当な運用(乙8)であるところ、審決の予告では、「骨粗鬆症に伴って起こる骨折を減少させることを治療目的とする薬」との上位概念の開示のみをもって、「前腕部骨折抑制」という下位概念の特定による新規性を否定している点で、誤っている。
また、現在、骨粗鬆症治療薬として、様々な薬剤が上市されているが、何れの部位に骨折リスクの予防のエビデンスがあり、何れの部位に特に優れた骨折リスクの予防の効果を奏するのかは各薬剤によって異なっており(乙9)、効果は予測困難である。
したがって、骨粗鬆症に関する技術常識を参酌しても、甲1発明の「骨粗鬆症治療薬」との記載から「非外傷性である前腕部骨折を抑制すること」が開示されているとはいえない。(上申書10~13頁、第2の1(2))
エ 上記主張2について検討する。
まず、審決の予告では、被請求人が主張するように、「骨粗鬆症に伴って起こる骨折を減少させることを治療目的とする薬」との上位概念に「前腕部骨折を抑制するための医薬組成物」という下位概念が含まれていることを根拠として本件発明1の新規性を否定したのではない。審決の予告(第5の4)では、この審決の上記4(2)イでも記載したとおり、当業者は、甲1発明の「骨粗鬆症治療薬」が「橈骨遠位端骨折」(非外傷性である前腕部骨折)を抑制する医薬組成物であると認識するといえることから新規性がないと判断したものである。
被請求人は、本件特許の優先日より後に頒布された乙9を示して、薬剤によって、骨折部位での効果に違いがあることが知られていることを根拠にして、甲1発明の「骨粗鬆症治療薬」との記載から「非外傷性である前腕部骨折を抑制すること」が開示されているとはいえないとも主張する。
しかしながら、仮に乙9に記載の事項が本件特許の優先日前に既知の知見であったとしても、甲1発明のエルデカルシトールは、上記(2)イ(イ)で記載したとおり、「橈骨遠位端骨折」(非外傷性である前腕部骨折)も含め、骨折の原因となる骨の微細構造の破壊と骨の強度の低下を改善させることで骨の脆弱性を改善し、骨折を抑制する機能を有するものである。
さらに、骨粗鬆症の高齢者による骨折の好発部位である橈骨遠位端骨折の96%は転倒が原因で発生しているところ(上記第5の2-1-1(5)甲10ア)、エルデカルシトールは、骨折の外因である転倒を防止する効果があることが知られる活性型ビタミンD3製剤(上記第5の2-2-2)の1種であって、転倒防止効果も期待できるものである。
そうすると、従来の骨粗鬆症治療薬においては、薬剤によって、骨折部位での効果に違いがあることが既知であるとしても、当業者は、甲1発明のエルデカルシトールを含む骨粗鬆症治療薬により骨の脆弱性を改善され、転倒が大半の原因である「橈骨遠位端骨折」(非外傷性である前腕部骨折)を抑制できると認識するといえる。
よって、請求人の主張2にも理由がない。
なお、骨粗鬆症治療薬であるエルデカルシトール(ED-71)が前腕部に対する治療効果が期待される薬剤であることは、上記のとおりエルデカルシトールは活性型ビタミンD3製剤であるところ、甲1の図3(上記第4の1の甲1ア)に、骨粗鬆症の治療のために活性型ビタミンD3の投与を行った臨床試験において、「遠位前腕」の骨塩量変化率の解析結果が記載され、「活性型ビタミンDの投与量0.5μg/日では,ほぼ全ての部位で骨塩量の増加効果を示した」と記載されていることからも明らかである。
(11)小括
以上のとおり、本件発明1~8は、甲1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものである。
よって、本件発明1~8に係る特許は、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効理由2によって無効とすべきものである。
5 無効理由3(甲1を主引用文献とする進歩性違反)について
上記4に記載したとおり、本件発明1~8は甲1に記載された発明であるといえるが、仮に、そうでないとしても、以下に示すとおり、本件発明1~8は、甲1に記載された発明、並びに、甲1の記載及び技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
(1)甲1に記載された発明
甲1に記載された発明(甲1発明)は、上記4(1)に記載した以下のとおりのものである。
「原発性骨粗鬆症患者を対象として0.75μg/日の用量で経口投与される、以下の化学構造を有するED-71(1α,25-dihydroxy-2β-(3-hydroxypropoxy)vitamin D3)を含んでなる、骨粗鬆症治療薬。
[図:0001394289000026.jpg]
」
(2)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明との一致点、相違点は、上記4(2)アに記載した以下のとおりのものである。
<一致点>
エルデカルシトールを含んでなる医薬組成物。
<相違点1>
医薬組成物について、本件発明1では、「非外傷性である前腕部骨折を抑制するため」のものであると特定されているのに対して、甲1発明では、「骨粗鬆症治療薬」であると特定されている点。
イ 相違点1についての判断
(ア) 上記4(2)イ(ア)で説示したとおり、(i)骨粗鬆症の主な臨床症状には、ささいなきっかけで起こる脆弱性骨折があり、骨粗鬆症に伴って起こる骨折としては、椎体圧迫骨折・大腿骨近位部骨折・橈骨遠位端骨折の3つが最も頻度が高く、大腿骨近位部骨折及び橈骨遠位端骨折の大半は転倒が原因で発生していること、(ii)骨粗鬆症に対して薬剤を投与する目的は、骨粗鬆症による骨折を減少させることにより、骨折によって引き起こされる諸症状を緩和することであることは、本件特許の優先日当時の技術常識であった。
してみると、甲1発明の「骨粗鬆症治療薬」は、骨粗鬆症に伴って起こる骨折(特に頻度の高い、椎体圧迫骨折や、転倒が大半の原因である大腿骨近位部骨折及び橈骨遠位端骨折)を減少させることを治療目的とする薬であるといえる。
そして、上記4(2)イ(ア)で説示したとおり、本件明細書の【0022】(上記1(1)摘記本ウ)の記載によれば、甲1発明の「橈骨遠位端」は、本件発明1の「前腕部」に相当し、【0035】(同上)の記載によれば、本件発明1の「非外傷性である前腕部骨折」とは、転倒などの軽微な外力により生じた前腕部骨折を意味するから、甲1発明の「骨粗鬆症治療薬」の治療目的のうちの、転倒が大半の原因である「橈骨遠位端骨折」を減少させることは、本件発明1の「非外傷性である前腕部骨折」を抑制することに相当するといえる。
そうすると、当業者は、甲1発明の骨粗鬆症治療薬を、転倒による橈骨遠位端骨折のような脆弱性骨折の抑制のための医薬、すなわち、本件発明1の「非外傷性である前腕部骨折を抑制するため」のものとすることを自然に想到するといえる。
したがって、甲1発明を相違点1に係る本件発明1の構成を備えたものとすることは、当業者が容易になし得ることである。
(イ) 次に、本件発明1の効果について検討する。
上記1(2)のケ~スで指摘したとおり、本件明細書には、本件発明1の効果に関し、原発性骨粗鬆症患者を対象に、アルファカルシドール(ALF)を対照として、エルデカルシトール(ED-71)の有効性についての無作為割付二重盲検群間比較試験を行った結果として、エルデカルシトール0.75μg/日の144週継続毎日経口投与による非外傷性の前腕部骨折の3年間の発生頻度は、526例中5例(1.07%)であり、アルファカルシドール投与群の523例中17例(3.63%)よりも低かったこと、エルデカルシトールとアルファカルシドールの投与による非外傷性前腕部骨折頻度を層化ログランク検定および層化コックス回帰により比較したところ、アルファカルシドール投与群の骨折確率を1とした場合のエルデカルシトール投与群の骨折確率(すなわち、ハザード比)は0.29(片側p=0.0048)、前腕部骨折危険率は71%減少であり、アルファカルシドール投与群に対するエルデカルシトール投与群の優越性が認められたが、この優越性は、非外傷性椎体骨折についての優越性(ハザード比0.74(p=0.0048)、危険率は26%減少)よりも高かったこと、薬剤投与前の大腿部骨密度背景別の前腕部骨折発生件数の比較によれば、大腿部骨密度が70%より低いグループにおいては、アルファカルシドール投与群では157例中7例に前腕骨骨折が見られたのに対し、エルデカルシトール投与群182例では前腕部骨折の発生は全く見られなかったこと、及び、エルデカルシトールの前腕部骨折抑制効果は投与初期より認められ、144週間に渡り持続したこと(これは、摘記本エ【0020】に記載のとおり、カプラン-マイヤー法による解析データ)が示されている。
そこで、検討するに、まず、本件明細書に示される比較試験の対照薬とされるアルファカルシドールは、本件特許の優先日当時、既に骨粗鬆症の治療を効能とする薬剤として用いられていた既存のビタミンD3製剤であり(上記第5の1の甲1ア)、骨粗鬆症治療では脆弱性骨折のような非外傷性骨折の抑制を目的とするから、非外傷性前腕部骨折頻度に関して、アルファカルシドールを対照とした場合に有意に低いハザード比を有するエルデカルシトールが、非外傷性前腕部骨折の抑制に有用であることは、上記本件明細書の記載から明らかであるといえる。
そして、以下に述べるとおり、本件発明1の効果は、甲1の記載及び本件特許の優先日当時の技術常識から当業者が予測し得る範囲内のものにすぎず、当業者の予測を超えた格別顕著な効果であるとはいえない。
(i)骨粗鬆症の発症機序については、骨吸収(骨破壊)と骨形成(骨の構築)のバランスが崩れ、相対的に骨吸収が優位になることにより生じる骨量の減少が、骨の微細構造の破壊を引き起こし、骨の強度を低下させることが原因と考えられていたところ(上記第5の2-1-2)、エルデカルシトールが活性型ビタミンD3製剤の骨に対する作用を高めた薬剤であり、アルファカルシドールよりも骨作用(骨密度(BMD)の増加作用)、骨吸収抑制作用が強いものであること、及び、エルデカルシトールは、骨の微細構造に対する改善効果と骨強度の改善効果を伴った骨量増加作用を有し、海綿骨と皮質骨のいずれに対しても効果が期待できる薬剤であることは技術常識であったし(上記第5の2-3-2)、骨は表層の皮質骨と内部の海綿骨からなるから(上記第5の2-4-2)、皮質骨と海綿骨からなる骨構造を有する骨について確認されたエルデカルシトールの上記作用が、前腕部の骨を含め、海綿骨と皮質骨からなる生体内のいずれの骨においても同様に発揮されると当業者は認識すると解される。
また、エルデカルシトールがアルファカルシドールと比べて、椎体骨折の予防効果が高い薬剤であるとの発表もなされていた(上記第5の2-3-3)。
そうすると、当業者は、非外傷性前腕部の骨折抑制効果においても、エルデカルシトールがアルファカルシドールよりも優れると予測するといえるから、エルデカルシトールがアルファカルシドールよりも非外傷性前腕部の骨折抑制効果の点で優れること(つまり、ハザード比(アルファカルシドール投与群の骨折確率を1とした場合のエルデカルシトール投与群の骨折確率)が1未満となること)は、当業者が予測し得る範囲内の効果にすぎず、当業者の予測を超えた格別顕著な効果であるとはいえない。
(ii)非外傷性前腕部骨折のハザード比が、非外傷性椎体骨折についてのハザード比よりも低い点の効果に関しては、甲1の図9(上記第5の1の甲1イ)に示されるエルデカルシトール投与による腰椎と大腿骨近位部の骨密度の増加の程度に差がみられるように、骨の部位により、骨粗鬆症の治療のための薬剤により奏される具体的な効果の程度に差があることは従来から知られていたことであるから、エルデカルシトールによる骨折抑制効果に、前腕部と椎体とで違いが生じること自体は当業者が予測し得ることである。
(iii)本件明細書では、本件発明の効果について、対照薬であるアルファカルシドールを投与した場合を基準として比較したエルデカルシトールの骨折確率(すなわち、ハザード比)が、前腕部では0.29(骨折危険率は71%減)であり、椎体では0.74(骨折危険率は26%減)であることが示されている。
しかしながら、本件明細書におけるハザード比の比較は、アルファカルシドールによる前腕部での骨折抑制効果を基準とした、エルデカルシトールの前腕部における骨折抑制効果と、アルファカルシドールの椎体における骨折抑制効果を基準とした、エルデカルシトールの椎体での骨折抑制効果との比較であり、前腕部及び椎体それぞれの基準となる、アルファカルシドールの前腕部における効果と椎体における効果とが同じであるとはいえず、ハザード比の比較は、あくまで、相対的な比較にすぎない。そうすると、ハザード比についての0.29と0.74という数値を単純に比較しても、医薬組成物としての効果の顕著性を評価することはできない。
(iv)また、本件明細書に、エルデカルシトールにおいて、他の何れの部位でもほとんど期待できなかった骨折抑制効果が、前腕部でのみ顕著に発揮される等、甲1の記載及び本件特許の優先日当時の技術常識からは、当業者が予測し得ないほど格別顕著な効果が示されているのでもない。
上記(i)~(iv)のとおりであるから、エルデカルシトールが、「前腕部骨折」を抑制するための医薬組成物として、当業者が予測し得ない格別顕著な効果を奏するとはいえない。
(ウ) 以上のとおり、甲1発明の骨粗鬆症治療薬を「非外傷性である前腕部骨折の抑制」のための医薬組成物とすることは、甲1の記載及び本件特許の優先日当時の技術常識に基づいて当業者が容易になし得ることであるといえるし、そのことにより当業者が予測し得ない格別顕著な効果を奏するものとも解されないから、本件発明1は、甲1発明、並びに、甲1の記載及び本件特許の優先日当時の技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
(3)本件発明2について
本件発明2は、本件発明1において、医薬組成物を「投与される対象」が「原発性骨粗鬆症患者」であることを更に特定したものであるが、甲1発明の骨粗鬆症治療薬は原発性骨粗鬆症患者を対象として投与されるものであるから、本件発明2で更に特定された点は甲1発明との相違点とはならない。
そうすると、本件発明2と甲1発明は、上記(2)アで記載した相違点1で相違する。
そして、相違点1及び効果についての判断は、上記(2)イで記載したとおりであり、上記(2)イで記載したと同様の理由によって、本件発明2は、甲1発明、並びに、甲1の記載及び本件特許の優先日当時の技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
(4)本件発明3について
本件発明3と甲1発明とを対比すると、両者は、上記(2)アで記載した一致点で一致し、上記相違点1及び、上記4(4)で記載した以下の相違点2で相違する。
<相違点2>
医薬組成物について、本件発明3では、「投与される対象」が、「若年者平均骨密度(YAM)の80%より低いか、またはTスコアがYAM値に対して-1SD以下である大腿部骨密度を有する」ものであると特定されているのに対して、甲1発明では、「原発性骨粗鬆症患者を対象として」「投与される」ものであると特定されている点。
しかしながら、上記4(4)で記載したとおり、相違点2は実質的には相違点ではない。
そして、相違点1及び効果についての判断は、上記(2)イで記載したとおりであり、上記(2)イで記載したと同様の理由によって、本件発明3は、甲1発明、並びに、甲1の記載及び本件特許の優先日当時の技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
(5)本件発明4について
ア 対比
本件発明4と甲1発明を対比すると、両者は、上記4(5)に記載した以下の一致点で一致し、上記(2)アで記載した相違点1及び、上記4(5)に記載した以下の相違点3で相違する。
<一致点>
エルデカルシトールを含んでなる医薬組成物であって、投与される対象が骨粗鬆症患者であり、エルデカルシトールが0.75μg/日の用量で経口投与される、上記組成物。
<相違点3>
医薬組成物について、本件発明4では、「投与される対象」が、「I型骨粗鬆症患者」と特定されているのに対して、甲1発明では、「原発性骨粗鬆症患者」と特定されている点。
イ 判断
相違点3に関し、上記4(5)で記載したとおり、本件発明4で特定される「I型骨粗鬆症」は、閉経後骨粗鬆症として知られるものであるところ、閉経後骨粗鬆症は、原発性骨粗鬆症の代表的なものであり、閉経後骨粗鬆症患者に相当するI型骨粗鬆症患者は、骨粗鬆症の代表的な患者である。
また、甲1発明の「原発性骨粗鬆症患者」に投与される骨粗鬆症治療薬は、甲1に記載される、原発性骨粗鬆症患者を対象に行われた前期及び後期第II相臨床試験の結果に基づくものであるところ原発性骨粗鬆症のための前期及び後期第II相臨床試験の被験者として、I型骨粗鬆症患者に相当する閉経後骨粗鬆症患者は、代表的な被験者である。
そうすると、原発性骨粗鬆症患者を投与対象とする骨粗鬆症治療薬である甲1発明において、骨粗鬆症治療薬が投与される対象を、原発性骨粗鬆症患者の代表例であるI型骨粗鬆症患者(閉経後骨粗鬆症患者)として、甲1発明を相違点3に係る本件発明1の構成を備えたものとすることは当業者が容易になし得ることである。
そして、相違点1及び効果についての判断は、上記(2)イで記載したと同様である。
なお、本件発明4の効果に関し、本件明細書には、原発性骨粗鬆症患者を対象にした試験結果が記載されるのみで、医薬組成物の投与対象をI型骨粗鬆症患者とすることによる特有の効果は示されていない。
以上のとおり、本件発明4は、甲1発明、並びに、甲1の記載及び本件特許の優先日当時の技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
(6)本件発明5について
ア 対比
本件発明5と甲1発明を対比すると、両者は、上記4(6)に記載した以下の一致点で一致し、上記(2)アで記載した相違点1及び、上記4(6)に記載した以下の相違点4で相違する。
<一致点>
エルデカルシトールを含んでなる医薬組成物であって、投与される対象が原発性骨粗鬆症患者であり、エルデカルシトールが0.75μg/日の用量で経口投与される、上記組成物。
<相違点4>
医薬組成物について、本件発明5では、投与される対象である原発性骨粗鬆症患者が、「非外傷性である前腕部骨折の抑制が必要とされる」患者であることが特定されているのに対して、甲1発明では、かかる特定がされていない点。
イ 判断
相違点4に関しては、上記4(6)で記載したとおり、実質的には相違点ではない。
仮に相違点であるとしても、上記(2)イの相違点1についての判断の(ア)で記載したとおり、当業者は、甲1発明の骨粗鬆症治療薬を、転倒による橈骨遠位端骨折のような脆弱性骨折の抑制が必要な原発性骨粗鬆症患者、すなわち、「非外傷性である前腕部骨折の抑制が必要とされる原発性骨粗鬆症患者」に投与される医薬とすることを自然に想到するといえるのであるから、甲1発明を相違点4に係る本件発明5の構成を備えたものとすることは当業者が容易になし得ることである。
そして、相違点1及び効果についての判断は、上記(2)イで記載したと同様である。
よって、本件発明5は、甲1発明、並びに、甲1の記載及び本件特許の優先日当時の技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
(7)本件発明6について
ア 対比
本件発明6と甲1発明を対比すると、両者は、上記4(7)に記載した以下の一致点で一致し、上記(2)アで記載した相違点1及び、上記4(7)に記載した以下の相違点5で相違する。
<一致点>
エルデカルシトールを含んでなる医薬組成物であって、エルデカルシトールが0.75μg/日の用量で経口投与される、上記組成物。
<相違点5>
医薬組成物について、本件発明6では、「投与される対象」が、「若年者平均骨密度(YAM)の80%より低く70%以上である大腿部骨密度を有する」ものであると特定されているのに対して、甲1発明では、「原発性骨粗鬆症患者」と特定されている点。
イ 判断
相違点5に関しては、上記4(7)に記載したとおり、実質的には相違点ではない。
仮に、相違点であるとしても、上記4(7)に記載したとおり、脆弱性骨折を有し、大腿部骨密度がYAMの80%より低く70%以上の患者が、原発性骨粗鬆症治療薬の適用対象である「原発性骨粗鬆症患者」として認識されていたものであること(上記第5の2-1-1の(7)甲33イ)、及び、骨粗鬆症の患者は、椎体骨折など、つまり、脆弱性骨折を合併している場合も多いことは本件特許の優先日当時の技術常識である(上記第5の2-3-1(1)甲6エ最終段落)から、甲1発明の骨粗鬆症治療薬を、投与する対象とされていた「原発性骨粗鬆症患者」として、脆弱性骨折を有し、大腿部骨密度がYAMの80%より低く70%以上の患者は、その典型例である。
そうすると、甲1発明の骨粗鬆症治療薬を、甲1発明において投与する対象とされていた「原発性骨粗鬆症患者」に相当する患者である、脆弱性骨折を有し、大腿部骨密度がYAMの80%より低く70%以上の患者に投与するものとして、甲1発明を相違点5に係る本件発明6の構成を備えたものとすることは当業者が容易になし得ることである。
また、相違点1及び効果についての判断は、上記(2)イで記載したと同様である。
なお、本件発明6の「投与される対象が、若年者平均骨密度(YAM)の80%より低く70%以上である大腿部骨密度を有」する点の効果に関し、本件明細書の表4(上記摘記本エ)から、患者の背景別にみた場合に、大腿部骨密度がYAMの70%以上で80%より低いグループにおいては、アルファカルシドール投与群では169例中7例に前腕骨骨折が見られたのに対し、エルデカルシトール投与群158例中2例に前腕部骨折の発生が見られたことが読み取れるが、上記(2)イ(イ)の(i)で指摘した本件特許の優先日当時の技術常識や既知の発表、及び甲1の記載から、当業者は、非外傷性前腕部の骨折抑制効果においても、エルデカルシトールがアルファカルシドールよりも優れると予測するから、この効果が当業者が予測し得ない格別顕著な効果であるとはいえない。また、大腿部骨密度に基づく患者についての数値限定に格別の臨界的意義があるとも解されない。
よって、本件発明6は、甲1発明、並びに、甲1の記載及び本件特許の優先日当時の技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
(8)本件発明7について
ア 対比
本件発明7と甲1発明を対比すると、両者は、上記4(8)に記載した以下の一致点で一致し、上記(2)アで記載した相違点1及び、上記4(8)に記載した以下の相違点6で相違する。
<一致点>
エルデカルシトールを含んでなる医薬組成物であって、投与される対象が原発性骨粗鬆症患者であり、エルデカルシトールが0.75μg/日の用量で経口投与される、上記組成物。
<相違点6>
医薬組成物について、本件発明7では、投与される対象である原発性骨粗鬆症患者が、「若年者平均骨密度(YAM)の70%より低く60%以上である大腿部骨密度を有」する患者であることが特定されているのに対して、甲1発明では、かかる特定がされていない点。
イ 判断
相違点6に関しては、上記4(8)に記載したとおり、実質的には相違点ではない。
仮に、相違点6が実質的な相違点であるとしても、「原発性骨粗鬆症患者」として、大腿部骨密度がYAMの70%より低い患者が、その典型例であることは、本件特許の優先日当時の技術常識であるし、また、大半の高齢者はYAMの60%以上の大腿骨密度を有しており、甲1発明の原発性骨粗鬆症患者として、大腿部骨密度がYAMの70%より低く60%以上である患者はその典型例であるといえる。そうすると、甲1発明の骨粗鬆症治療薬を、かかる患者に投与するものとして、甲1発明を相違点6に係る本件発明7の構成を備えたものとすることは当業者が容易になし得ることである。
また、相違点1及び効果についての判断は、上記(2)イで記載したと同様である。
なお、本件発明7の「若年者平均骨密度(YAM)の70%より低く60%以上である大腿部骨密度を有」する点の効果に関し、本件明細書の表4(上記摘記本エ)から、患者の背景別にみた場合に、大腿部骨密度がYAMの60%以上で70%より低いグループの場合、アルファカルシドール投与群では118例中5例に前腕骨骨折が見られたのに対し、エルデカルシトール投与群140例では前腕部骨折の発生は見られなかったことが読み取れるが、上記(2)イ(イ)の(i)で指摘した本件特許の優先日当時の技術常識や既知の発表、及び甲1の記載から、当業者は、非外傷性前腕部の骨折抑制効果においても、エルデカルシトールがアルファカルシドールよりも優れると予測するから、この効果が当業者が予測し得ない格別顕著な効果であるとはいえない。また、大腿部骨密度に基づく患者についての数値限定に格別の臨界的意義があるとも解されない。
よって、本件発明7は、甲1発明、並びに、甲1の記載及び本件特許の優先日当時の技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
(9)本件発明8について
ア 対比
本件発明8と甲1発明を対比すると、両者は、上記4(9)に記載した以下の一致点で一致し、上記(2)アで記載した相違点1及び、上記4(9)に記載した以下の相違点7で相違する。
<一致点>
エルデカルシトールを含んでなる医薬組成物であって、投与される対象が原発性骨粗鬆症患者であり、エルデカルシトールが0.75μg/日の用量で経口投与される、上記組成物。
<相違点7>
医薬組成物について、本件発明8では、投与される対象である原発性骨粗鬆症患者が、「若年者平均骨密度(YAM)の80%より低く60%以上である大腿部骨密度を有する」患者であることが特定されているのに対して、甲1発明では、かかる特定がされていない点。
イ 判断
相違点7に関しては、上記4(9)に記載したとおり、実質的には相違点ではない。
また、仮に、相違点7が実質的な相違点であるとしても、「原発性骨粗鬆症患者」として、脆弱性骨折がある大腿部骨密度がYAMの80%未満の対象者、及び、脆弱性骨折のない大腿部骨密度がYAMの70%未満の対象者がその典型例であることは、本件特許の優先日当時の技術常識であるし、大半の高齢者はYAMの60%以上の大腿骨密度を有しており、甲1発明の「原発性骨粗鬆症患者」として、脆弱性骨折がある大腿部骨密度がYAMの80%未満の対象者、あるいは、脆弱性骨折のない大腿部骨密度がYAMの70%未満の対象者であって、大腿部骨密度がYAMの60%以上の患者はその典型例であるといえるから、甲1発明の骨粗鬆症治療薬を、かかる患者に投与するものとして、甲1発明を相違点7に係る本件発明8の構成を備えたものとすることは当業者が容易になし得ることである。
さらに、相違点1及び効果についての判断は、上記(2)イで記載したと同様である。
なお、本件発明8の「若年者平均骨密度(YAM)の80%より低く60%以上である大腿部骨密度を有する」患者とする点の効果に関し、本件明細書の表4(上記1(1)摘記本エ)から、患者の背景別にみた場合に、大腿部骨密度がYAMの80%より低く60%以上である原発性骨粗鬆症患者の場合、アルファカルシドール群での骨折発生件数は、287例(=118例+169例)中12例(=5例+7例)であったのに対し、エルデカルシトール群での骨折発生件数は、298例(=140例+158例)中2例(=0例+2例)であったことが読み取れるが、上記(2)イ(イ)の(i)で指摘した本件特許の優先日当時の技術常識や既知の発表、及び甲1の記載から、当業者は、非外傷性前腕部の骨折抑制効果においても、エルデカルシトールがアルファカルシドールよりも優れると予測するから、この効果が当業者が予測し得ない格別顕著な効果であるとはいえない。また、大腿部骨密度に基づく患者についての数値限定に格別の臨界的意義があるとも解されない。
よって、本件発明8は、甲1発明、並びに、甲1の記載及び本件特許の優先日当時の技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
(10)被請求人の主張について
ア 被請求人は、上申書において、以下の主張をして、本件発明1は、甲1の記載と技術常識を組み合わせても当業者が容易に想到し得ない発明であり、またその効果は当業者が予測し得ない顕著に優れた効果である旨を主張する。
<主張3>
甲1にも、審決の予告が技術常識に関し引用する種々の文献にも、エルデカルシトールの前腕部骨折の抑制効果は記載されていない。(上申書の15~16頁第3の1(1))
<主張4>
(ア) 審決の予告は、「エルデカルシトールがアルファカルシドールよりも非外傷性前腕部の骨折抑制効果の点で優れること(つまり、ハザード比(アルファカルシドール投与群の骨折確率を1とした場合のエルデカルシトール投与群の骨折確率)が1未満になること)は当業者が予測しうる範囲内の効果に過ぎない」と述べる(予告の62頁(i))。
しかし、前腕部の骨折危険率が大幅に減少したことは、当業者が予測し得ない顕著に優れた効果である。審決の予告は、「当業者が予測しうる範囲内の効果」との結論に至る根拠を何ら示していない。まして、前腕部骨折の抑制効果が椎体骨折の抑制効果を大きく上回ることについて、その予測可能性の根拠を何ら示してない。
本件発明1の効果(既存薬であるアルファカルシドールと比較して前腕部の骨折危険率を大幅に減少させる効果)は、前腕部骨折防止の観点において既存薬からは得ることができなかった大きな技術的価値をもたらすものである。
(イ) エルデカルシトールの骨折確率(すなわち、ハザード比)は、対照薬であるアルファカルシドールを投与した場合を基準として、前腕部では0.29(骨折危険率は71%減)であり、椎体では0.74(骨折危険率は26%減)である。この前腕部と椎体との顕著な違いに関し、審決の予告は、比較対照がアルファカルシドールである点を問題視するようである。しかし、アルファカルシドールは、既存薬であるのだから、比較対照として適切である。
本件発明の技術的課題は、前腕部の骨折を既存薬剤の効果を上回って予防できる医薬組成物を提供することである。本件発明1がこの技術的課題を解決する効果を有することは、前腕部骨折危険率の減少を示す試験結果により確認され、その効果が顕著であることは、既存薬であるアルファカルシドール投与群を対照とした場合のハザード比の減少率が71%であることにより示されている。エルデカルシトール投与群での椎体骨折の危険率は、アルファカルシドール投与群と比較して、26%の減少に留まった。したがって、これらハザード比の数値は、エルデカルシトールの有する属性は、椎体骨折予防の用途よりも前腕部骨折予防の用途により適していることを示している。
(ウ) 非外傷性前腕部骨折のハザード比が非外傷性椎体骨折のハザード比よりも低いことに関連して、審決の予告は、体の部位によって骨折抑制効果の違いが生じることは認める(予告の62頁(ii))一方、各薬においてどの部位に効果が表れるのかを予測する根拠を示していない。つまり、審決の予告の認定判断によっても、当業者は、エルデカルシトールが何れの部位において優れた骨折抑制効果を発揮するのか、予測できなかったのである。予測できないことが予測可能であると述べたところで、予測可能性が担保されるわけではない。
(エ) 審決の予告は、活性型ビタミンD3製剤に骨脆弱性そのものを改善する効果のみならず、骨折の外因である転倒を防止する効果があることが技術常識であると認定した(予告の19-20頁、第4の2-2-2;同67頁、オ)。
しかし、甲1には、エルデカルシトールの転倒防止効果については何らの記載もない。特に、エルデカルシトールが実際に転倒防止効果を有するのか、また有する場合その転倒防止効果はアルファカルシドールとの比較で優れているのかどうかについては何らの記載も示唆もない。
(以上、上申書の16~20頁第3の1(2))
イ 上記主張3について検討する。
上記4(10)において主張1に対する反論として記載したとおり、甲1発明の「骨粗鬆症治療薬」は、骨粗鬆症に伴って起こる骨折(特に頻度の高い、椎体圧迫骨折や、転倒が大半の原因である大腿骨近位部骨折及び橈骨遠位端骨折)を減少させることを治療目的とする薬であるといえ、治療目的のうちの、転倒が大半の原因である「橈骨遠位端骨折(合議体注:手首の骨折)」を減少させることは、本件発明1の「非外傷性である前腕部骨折」を抑制することに相当するといえる。
また、上記5(2)イ(イ)(i)で記載したとおり、エルデカルシトールが、骨の微細構造に対する改善効果と骨強度の改善効果を伴った骨量増加作用を有し、海綿骨と皮質骨のいずれに対しても効果が期待できる薬剤であることは技術常識であるし、エルデカルシトールに椎体骨折の予防効果があると発表もされていたのであるから、エルデカルシトールについて、当業者は、海綿骨と皮質骨とからなる前腕部の骨においても、骨吸収を抑制し骨形成を促進する作用、及び、骨の微細構造に対する改善効果と骨強度の改善効果を伴った骨量増加作用を発揮し、その結果、骨の脆弱性が改善され、転倒が大半の原因である「橈骨遠位端骨折」(本件発明1の「非外傷性である前腕部骨折」に相当)を減少させることができると認識するといえる。
よって、被請求人の主張3には理由がない。
ウ 上記主張4について検討する。
まず、(ア)~(ウ)の主張について検討すると、上記5(2)イ(イ)(i)で記載したとおり、当業者は、甲1の記載及び本件特許の優先日当時の技術常識から、非外傷性前腕部の骨折抑制効果においても、エルデカルシトールがアルファカルシドールよりも優れると予測するといえるから、エルデカルシトールがアルファカルシドールよりも非外傷性前腕部の骨折抑制効果の点で優れること(つまり、ハザード比が1未満となること)自体は、当業者が予測し得る範囲内の効果にすぎない。
そして、エルデカルシトールを含有する医薬組成物の、既存薬であるアルファカルシドールと比較した前腕部の骨折抑制効果がハザード比0.29(骨折危険率71%減少)であるという結果が、被請求人より初めて確認された結果であり、この結果が、椎体でのハザード比0.74という結果よりも優れたものであるとしても、上記5(2)イ(イ)(iii)で記載したとおり、ハザード比の比較は、あくまで、相対的な比較にすぎないから、ハザード比についての0.29と0.74という数値を単純に比較しても、医薬組成物としての効果の顕著性を評価することはできない。
その上、甲1発明の骨粗鬆症治療薬は、前腕部骨折防止の抑制を目的として投与されるものであって、甲1発明の骨粗鬆症治療薬が前腕部骨折抑制効果を奏することを当業者が認識できることは、既にイで述べたとおりであるところ、本件明細書に、エルデカルシトールにおいて、他の何れの部位でもほとんど期待できなかった骨折抑制効果が、前腕部でのみ顕著に発揮される等、甲1の記載及び本件特許の優先日当時の技術常識からは、当業者が予測し得ないほど格別顕著な効果が示されているのでもない。
よって、上記(ア)~(ウ)の主張には理由がない。
なお、被請求人は、(イ)において、審決の予告は、比較対照がアルファカルシドールである点を問題視するようであると記載するが、合議体は、アルファカルシドールは、既存薬であり、比較対照として適切であると考えており、問題視していない。
主張(エ)については、上記第5の1の甲1ア、イ及び上記第5の2-3-1(3)の甲12アに記載のとおり、エルデカルシトールは国内で広く骨粗鬆症治療薬として使用されている活性型ビタミンD3製剤の骨に対する作用を高めた活性型ビタミンD3誘導体であって、エルデカルシトールについても活性型ビタミンD3作用が期待できるといえるところ、第5の2-2-1(1)の甲2イに、「活性型ビタミンD3製剤」という総称でその骨粗鬆症治療に対する薬理作用について記載され、同甲2ウでは、椎体骨折及び非椎体骨折を抑制したとの報告とともにこれらの用途に推奨され、特にカルシウム不足が主体となっている症例や転倒頻度が高く骨折を起こしやすい高齢者への使用が推奨されている。
そして、活性型ビタミンD3製剤に、骨脆弱性そのものを改善する効果のみならず、骨折の外因である転倒を防止する効果があるとの本件特許の優先日当時の技術常識(上記第5の2-2-2)に関し、上記第5の2-2-1(3)の甲11アには、活性型ビタミンD3の転倒予防効果についてのメタ解析の結果から、転倒リスクを20%以上減少させると結論されていると言及されているし、骨粗鬆症の予防と治療のガイドラインである甲2には、転倒防止効果が活性型ビタミンD3製剤であることに基づくものとして記載されている(同甲2イ、ウ)。
そうすると、当業者は、これらの証拠の記載から、転倒防止効果が、活性型ビタミンD3製剤であることにより奏されるものであり、活性型ビタミンD3製剤であるエルデカルシトールにも期待できる効果であると認識するといえるし、本件特許の優先日当時、活性型ビタミンD3製剤であっても、エルデカルシトールの場合には、転倒防止効果がないことが記載ないし示唆されている証拠はない。
そして、エルデカルシトールがアルファカルシドールよりも非外傷性前腕部の骨折抑制効果の点で優れる点の効果が、甲1の記載及び本件特許の優先日当時の技術常識からは、当業者が予測し得る範囲内の効果にすぎず、格別顕著な効果とはいえないことは、(ア)~(ウ)の主張についての検討で記載したとおりであり、エルデカルシトールが転倒防止効果においてアルファカルシドールに比べて優れるか否かは、当該判断に影響しない。
したがって、(エ)の主張も採用できない。
よって、被請求人の主張はいずれも採用できない。
(7)小括
以上のとおり、本件発明1~8は、甲1発明、並びに、甲1の記載及び本件特許の優先日当時の技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
よって、本件発明1~8に係る特許は、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効理由3によって無効とすべきものである。
第7 むすび
以上のとおりであるから、本件発明1~8に係る特許は、無効理由2及び3によって無効とすべきものである。また、本件発明1及び4~7に係る特許は、無効理由1によって無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項において準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人の負担とする。
よって、結論のとおり審決する。
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2019-800112