特許異議申立
2019-700535
エンジン装置
- 審判番号
- 2019-700535
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2015-182483
- 登録番号
- 特許第6450286号(P6450286)
- 請求日
- 2019年07月08日
- 審決日
- 2020年03月26日
- 公報発行日
- 2020年06月26日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】ヤンマー株式会社
- 【権利者代理人】渡辺 隆一
- 【異議申立人】笹井 栄治
- 審判長/審判官
- 審判長 水野 治彦
- 審判官 渋谷 善弘
- 審判官 齊藤 公志郎
- 分類
- P1651.121-YAA(F02D) / P1651.537-YAA(F02D)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第2項、特許法第36条第6項第2号、特許法第120条の5第4項、特許法第120条の5第2項、特許法第36条第2項
- データ出所
- 審決公報(SGML)
事件の表示
特許第6450286号発明「エンジン装置」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
【結 論】
特許第6450286号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項[1-6]について訂正することを認める。
特許第6450286号の請求項1ないし6に係る特許を維持する。
理由
【理 由】
第1 手続の経緯
特許第6450286号の請求項1ないし6に係る特許についての出願は、平成27年9月16日に特許出願され、平成30年12月14日にその特許権の設定登録がされ、平成31年1月9日に特許掲載公報が発行された。その後、その特許に対し、令和元年7月8日に特許異議申立人笹井栄治(以下「異議申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、令和元年11月1日付けで取消理由が通知(以下「取消理由通知」という。)され、その指定期間内である令和元年12月27日に訂正の請求がされ、その訂正の請求に対して異議申立人から令和2年2月7日に意見書が提出されたものである。
第2 訂正の適否についての判断
1.訂正の内容
特許権者による令和元年12月27日の訂正の請求(以下「本件訂正請求」という。)の内容は以下のとおりである。なお、下線は、特許権者が訂正箇所に付したものである。
(1) 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「前記ガスモード及び前記ディーゼルモードの一方から他方に運転モードを切り換える際に、」とあるのを、「前記ガスモード及び前記ディーゼルモードの一方から他方への運転モードの切り換え中に、」に訂正する。
(2) 訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2に「前記運転モードの切換時において、測定されたエンジン回転数が、緊急停止させる上限のエンジン回転数よりも低い所定回転数よりも高くなった場合に、前記ディーゼルモードに瞬時に切り換える」とあるのを、「前記ガスモード及び前記ディーゼルモードの一方から他方への運転モードの切り換え中において、測定されたエンジン回転数が、緊急停止させる上限のエンジン回転数よりも低い所定回転数よりも高くなった場合に、エンジン回転数がエンジン装置を緊急停止させる上限値に近づいたものと判断する」に訂正する。
(3) 訂正事項3
特許請求の範囲の請求項3に「前記運転モードの切換時において、切換開始時のエンジン負荷との減少量が所定量よりも大きくなった場合に、前記ディーゼルモードに瞬時に切り換える」とあるのを、「前記ガスモード及び前記ディーゼルモードの一方から他方への運転モードの切り換え中において、切換開始時のエンジン負荷との減少量が所定量よりも大きくなった場合に、エンジン回転数がエンジン装置を緊急停止させる上限値に近づいたものと判断する」に訂正する。
(4) 訂正事項4
特許請求の範囲の請求項4に「前記運転モードの切換時において、気体燃料供給量に対する液体燃料供給量の比率が所定値よりも小さくなった場合に、前記ディーゼルモードに瞬時に切り換える」とあるのを、「前記ガスモード及び前記ディーゼルモードの一方から他方への運転モードの切り換え中において、気体燃料供給量に対する液体燃料供給量の比率が所定値よりも小さくなった場合に、エンジン回転数がエンジン装置を緊急停止させる上限値に近づいたものと判断する」に訂正する。
(5) 訂正事項5
明細書の段落【0011】に「前記ガスモード及び前記ディーゼルモードの一方から他方に運転モードを切り換える際に、」とあるのを、「前記ガスモード及び前記ディーゼルモードの一方から他方への運転モードの切り換え中に、」に訂正する。
(6) 訂正事項6
明細書の段落【0012】に「このようなエンジン装置において、前記運転モードの切換時において、測定されたエンジン回転数が、緊急停止させる上限のエンジン回転数よりも低い所定回転数よりも高くなった場合に、前記ディーゼルモードに瞬時に切り換えるものとしても構わない。」とあるのを、「このようなエンジン装置において、前記ガスモード及び前記ディーゼルモードの一方から他方への運転モードの切り換え中において、測定されたエンジン回転数が、緊急停止させる上限のエンジン回転数よりも低い所定回転数よりも高くなった場合に、エンジン回転数がエンジン装置を緊急停止させる上限値に近づいたものと判断するものとしても構わない。」に訂正する。
(7) 訂正事項7
明細書の段落【0013】に「このようなエンジン装置において、前記運転モードの切換時において、切換開始時のエンジン負荷との減少量が所定量よりも大きくなった場合に、前記ディーゼルモードに瞬時に切り換えるものとしても構わない。」とあるのを、「このようなエンジン装置において、前記ガスモード及び前記ディーゼルモードの一方から他方への運転モードの切り換え中において、切換開始時のエンジン負荷との減少量が所定量よりも大きくなった場合に、エンジン回転数がエンジン装置を緊急停止させる上限値に近づいたものと判断するものとしても構わない。」に訂正する。
(8) 訂正事項8
明細書の段落【0014】に「このようなエンジン装置において、前記運転モードの切換時において、気体燃料供給量に対する液体燃料供給量の比率が所定値よりも小さくなった場合に、前記ディーゼルモードに瞬時に切り換えるものとしても構わない。」とあるのを、「このようなエンジン装置において、前記ガスモード及び前記ディーゼルモードの一方から他方への運転モードの切り換え中において、気体燃料供給量に対する液体燃料供給量の比率が所定値よりも小さくなった場合に、エンジン回転数がエンジン装置を緊急停止させる上限値に近づいたものと判断するものとしても構わない。」に訂正する。
(9) 訂正事項9
明細書の段落【0018】に「本願発明によると、運転モードの切換時において、エンジン回転数がエンジン装置を緊急停止させる上限値に近づいたものと判断したときに、ディーゼルモードに瞬時に切り換えるため、エンジ負荷の変動量に応じてエンジン装置の運転モードを緊急避難的にディーゼルモードに切り換えることができる。即ち、運転モードの切換時において、エンジン負荷が大きく変動したとしても、エンジン装置のエンジン回転数が上限のエンジン回転数に達することを防ぐことができ、エンジン装置の緊急停止を回避できる。」とあるのを、「本願発明によると、ガスモード及びディーゼルモードの一方から他方への運転モードの切り換え中において、エンジン回転数がエンジン装置を緊急停止させる上限値に近づいたものと判断したときに、ディーゼルモードに瞬時に切り換えるため、エンジ負荷の変動量に応じてエンジン装置の運転モードを緊急避難的にディーゼルモードに切り換えることができる。即ち、ガスモード及びディーゼルモードの一方から他方への運転モードの切り換え中において、エンジン負荷が大きく変動したとしても、エンジン装置のエンジン回転数が上限のエンジン回転数に達することを防ぐことができ、エンジン装置の緊急停止を回避できる。」に訂正する。
(10) 訂正事項10
明細書の段落【0019】に「本願発明によると、運転モードの切換時において、切換閾値をエンジン回転数又はエンジン負荷に基づいて設定するものであるから、低負荷又は低回転での運転時には、エンジン回転数が上限値を超える回転数(オーバースピード)まで上昇することがなく、高負荷又は高回転での運転時には、負荷変動に対する対応性を良好に維持できる。」とあるのを、「本願発明によると、ガスモード及びディーゼルモードの一方から他方への運転モードの切り換え中において、切換閾値をエンジン回転数又はエンジン負荷に基づいて設定するものであるから、低負荷又は低回転での運転時には、エンジン回転数が上限値を超える回転数(オーバースピード)まで上昇することがなく、高負荷又は高回転での運転時には、負荷変動に対する対応性を良好に維持できる。」に訂正する。
(11) 訂正事項11
明細書の段落【0109】に「本実施例では、図24のフローチャートに示すように、上述の基本となる制御動作と異なり、エンジン制御装置73は、エンジン制御装置73は、エンジン装置21の運転モードをガスモードに切り換えるものと判断すると(STEP602でYes)、」とあるのを、「本実施例では、図24のフローチャートに示すように、上述の基本となる制御動作と異なり、エンジン制御装置73は、エンジン装置21の運転モードをガスモードに切り換えるものと判断すると(STEP602でYes)、」に訂正する。
(12) 訂正事項12
明細書の段落【0124】に「なお、上述の瞬時切換の判定動作について、ガスモードからディーゼルモードへの切換を実行されている際に行われるものとして説明したが、上記第1及び第2例のように、エンジン回転数又はエンジン負荷に基づいて判定する場合、ガスモードからディーゼルモードへの切換を実行されている際にも、瞬時切換の判定動作を実行できる。」とあるのを「なお、上述の瞬時切換の判定動作について、ガスモードからディーゼルモードへの切換を実行されている際に行われるものとして説明したが、上記第1及び第2例のように、エンジン回転数又はエンジン負荷に基づいて判定する場合、ディーゼルモードからガスモードへの切換を実行されている際にも、瞬時切換の判定動作を実行できる。」に訂正する。
2.訂正事項の適否について
(1)訂正事項1ないし4について
ア 訂正の目的の適否、新規事項の有無及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(ア) 訂正事項1について
訂正前の請求項1に「前記ガスモード及び前記ディーゼルモードの一方から他方に運転モードを切り換える際に、」とあるのを、ディーゼルモードへの緊急切換の時期について、切り換える時点を指すのか、切り換えている期間を指すのか等、多義的な意味に解せた記載を「前記ガスモード及び前記ディーゼルモードの一方から他方への運転モードの切り換え中に、」と明確化し減縮するものであるから、訂正事項1は、特許請求の範囲の減縮を目的としたものといえる。
そして訂正事項1は、発明特定事項を減縮するものであり、また明細書の段落【0114】、【0118】及び【0123】の記載事項並びに図25、図27及び図29の図示内容の範囲内のものであるから新規事項の追加には該当せず、また、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもない。
(イ) 訂正事項2について
請求前の請求項2に「前記運転モードの切換時」とあるのを「前記ガスモード及び前記ディーゼルモードの一方から他方への運転モードの切り換え中」に明確化し減縮するとともに、引用する請求項1の「エンジン回転数がエンジン装置を緊急停止させる上限値に近づいたものと判断」することの下位概念として、「緊急停止させる上限のエンジン回転数よりも低い所定回転数よりも高くなった場合」があることを明確化し減縮するために、補正前の「前記ディーゼルモードに瞬時に切り換える」とあるのを「エンジン回転数がエンジン装置を緊急停止させる上限値に近づいたものと判断する」とするものであるから、訂正事項2は、全体として特許請求の範囲の減縮を目的としたものといえる。
そして訂正事項2は、発明特定事項を減縮するものであり、また明細書の段落【0114】等の記載事項の範囲内のものであるから新規事項の追加には該当せず、また、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもない。
(ウ) 訂正事項3について
請求前の請求項3に「前記運転モードの切換時」とあるのを「前記ガスモード及び前記ディーゼルモードの一方から他方への運転モードの切り換え中」に明確化し減縮するとともに、引用する請求項1の「エンジン回転数がエンジン装置を緊急停止させる上限値に近づいたものと判断」することの下位概念として、「切換開始時のエンジン負荷との減少量が所定量よりも大きくなった場合」があることを明確化し減縮するために、補正前の「前記ディーゼルモードに瞬時に切り換える」とあるのを「エンジン回転数がエンジン装置を緊急停止させる上限値に近づいたものと判断する」とするものであるから、訂正事項3は、全体として特許請求の範囲の減縮を目的としたものといえる。
そして訂正事項3は、発明特定事項を減縮するものであり、また明細書の段落【0118】等の記載事項の範囲内のものであるから新規事項の追加には該当せず、また、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもない。
(エ) 訂正事項4について
請求前の請求項4に「前記運転モードの切換時」とあるのを「前記ガスモード及び前記ディーゼルモードの一方から他方への運転モードの切り換え中」に明確化し減縮するとともに、引用する請求項1の「エンジン回転数がエンジン装置を緊急停止させる上限値に近づいたものと判断」することの下位概念として、「気体燃料供給量に対する液体燃料供給量の比率が所定値よりも小さくなった場合」があることを明確化し減縮するために、補正前の「前記ディーゼルモードに瞬時に切り換える」とあるのを「エンジン回転数がエンジン装置を緊急停止させる上限値に近づいたものと判断する」とするものであるから、訂正事項4は、全体として特許請求の範囲の減縮を目的としたものといえる。
そして訂正事項4は、発明特定事項を減縮するものであり、また明細書の段落【0123】等の記載事項の範囲内のものであるから新規事項の追加には該当せず、また、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもない。
イ 一群の請求項について
本件訂正前の請求項2ないし4は、いずれも訂正前の請求項1を引用し、訂正前の請求項5は訂正前の請求項1ないし4のいずれか一項を引用し、訂正前の請求項6は訂正前の請求項1ないし5のいずれか一項を引用しているものであるから、訂正前の請求項1ないし6は、訂正事項1によって訂正される請求項1に連動して訂正されるものであるから、訂正前の請求項1及び同請求項1を直接又は間接的に引用する請求項2ないし6は、特許法第120条の5第4項に規定される一群の請求項である。
したがって、訂正事項1ないし4の訂正は、当該一群の請求項[1-6]に対し請求されたものである。
(2)訂正事項5ないし12について
訂正事項5ないし12は、上記訂正事項1ないし4に係る訂正にともなって、特許請求の範囲の記載と明細書の記載との整合を図り明瞭とするための訂正であるから、訂正事項5ないし12は、いずれも明瞭でない記載の釈明を目的としたものといえる。
そして訂正事項5ないし12は、上記訂正事項1ないし4の訂正内容と整合させるもので訂正事項1ないし4と同じ内容であり、訂正事項1ないし4は、上記「第2 2.(1)ア」で述べたように新規事項の追加には該当せず、また、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもない。
(3)小括
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号または第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項、及び同条第9項において準用する同法126条第4項ないし第6項までの規定に適合するものであるから、明細書及び特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正明細書、特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項[1-6]について訂正することを認める。
第3 本件発明について
特許第6450286号の請求項1ないし6に係る発明(以下、「本件発明1」ないし「本件発明6」という。)は、本件訂正請求により訂正された訂正後の特許請求の範囲の請求項1ないし6に記載された次の事項により特定されるものである。
「【請求項1】
シリンダ内へ空気を供給させる吸気マニホールドと、前記シリンダからの排気ガスを排気させる排気マニホールドと、前記吸気マニホールドから供給される空気に気体燃料を混合させるガスインジェクタと、前記シリンダに液体燃料を噴射して燃焼させるメイン燃料噴射弁とを備え、複数の前記シリンダそれぞれに対して前記ガスインジェクタと前記メイン燃料噴射弁とを設けており、前記シリンダ内に前記気体燃料を投入するガスモードと前記シリンダ内に前記液体燃料を投入するディーゼルモードのいずれかで駆動するエンジン装置において、
前記ガスモード及び前記ディーゼルモードの一方から他方への運転モードを切り換え中に、エンジン回転数がエンジン装置を緊急停止させる上限値に近づいたものと判断したときに、前記ディーゼルモードに瞬時に切り換えることを特徴とするエンジン装置。
【請求項2】
前記ガスモード及び前記ディーゼルモードの一方から他方への運転モードを切り換え中において、測定されたエンジン回転数が、緊急停止させる上限のエンジン回転数よりも低い所定回転数よりも高くなった場合に、エンジン回転数がエンジン装置を緊急停止させる上限値に近づいたものと判断することを特徴とする請求項1に記載のエンジン装置。
【請求項3】
前記ガスモード及び前記ディーゼルモードの一方から他方への運転モードを切り換え中において、切換開始時のエンジン負荷との減少量が所定量よりも大きくなった場合に、エンジン回転数がエンジン装置を緊急停止させる上限値に近づいたものと判断することを特徴とする請求項1に記載のエンジン装置。
【請求項4】
前記ガスモード及び前記ディーゼルモードの一方から他方への運転モードを切り換え中において、気体燃料供給量に対する液体燃料供給量の比率が所定値よりも小さくなった場合に、エンジン回転数がエンジン装置を緊急停止させる上限値に近づいたものと判断することを特徴とする請求項1に記載のエンジン装置。
【請求項5】
前記ガスモードから前記ディーゼルモードに瞬時に切り換える際には、前記ディーゼルモードに切り換えた後の液体燃料の供給量をエンジン回転数又はエンジン負荷に基づいて設定して前記液体燃料の供給を開始することを特徴とする請求項1~4のいずれか一項に記載のエンジン装置。
【請求項6】
前記ガスモード及び前記ディーゼルモードの一方から他方に運転モードを切り換える際に、切換後の運転モードで投入させる第1燃料の供給量を、単調増加させる増量制御により切換閾値まで増量させた後、エンジン回転数に基づく調速制御によって制御しており、
前記切換閾値を、エンジン回転数又はエンジン負荷に基づいて設定していることを特徴とする請求項1~5のいずれか一項に記載のエンジン装置。」
第4 取消理由について
1.取消理由の概要
訂正前の請求項1ないし6に係る特許に対して、当審が令和元年11月1日付けで特許権者に通知した取消理由の概要は以下のとおりである。
(1)(明確性)本件特許出願は、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていないから、請求項1ないし6に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものである。
(2)(進歩性)請求項1ないし5に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1ないし5に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。
甲第1号証:橋本徹、舶用4サイクルDF機関について、日本海事協会会誌 第305号 2013年(IV号)、一般財団法人 日本海事協会、2013年、p13-19
甲第2号証:特開2014-118843号公報
甲第3号証:往復動内燃機関-性能- 第6部:過回転速度防止、JIS B 8002-6:1998、財団法人 日本規格協会、平成10年11月30日、p1-8
2.特許法第36条第6項第2号の判断
本件発明1の「前記ガスモード及び前記ディーゼルモードの一方から他方への運転モードを切り換え中に」は、切り換えの時期が明確である。
本件発明2の「前記ガスモード及び前記ディーゼルモードの一方から他方への運転モードを切り換え中に」は、切り換えの時期が明確であり、また、「緊急停止させる上限のエンジン回転数よりも低い所定回転数よりも高くなった場合」は、引用する請求項1の「エンジン回転数がエンジン装置を緊急停止させる上限値に近づいたものと判断」することの下位概念であることが明確である。
本件発明3の「前記ガスモード及び前記ディーゼルモードの一方から他方への運転モードを切り換え中に」は、切り換えの時期が明確であり、また、「切換開始時のエンジン負荷との減少量が所定量よりも大きくなった場合」は、引用する請求項1の「エンジン回転数がエンジン装置を緊急停止させる上限値に近づいたものと判断」することの下位概念であることが明確である。
本件発明4の「前記ガスモード及び前記ディーゼルモードの一方から他方への運転モードを切り換え中に」は、切り換えの時期が明確であり、また、「気体燃料供給量に対する液体燃料供給量の比率が所定値よりも小さくなった場合」は、引用する請求項1の「エンジン回転数がエンジン装置を緊急停止させる上限値に近づいたものと判断」することの下位概念であることが明確である。
そして、本件発明1ないし4のいずれかを引用する本件発明5、及び、本件発明1ないし5のいずれかを引用する本件発明6も、明確である。
そうすると、本件発明1ないし6に係る特許請求の範囲の記載は、いずれも明確である。
3.特許法第29条第2項の判断
(1)甲第1号証ないし甲第3号証について
ア 甲第1号証の記載
甲第1号証には、「舶用4サイクルDF機関について」に関し、図面(特に、図2ないし5を参照。)と共に、次の記載がある。(下線は、理解の一助とするため当審で付したもの。以下、同様。)
(ア) 「2.1 燃料供給
DFはDualFuelの頭文字をとったものであり2元燃料を意味し、DF機関での燃料は、一般的にディーゼル燃料とガス燃料を指す。DF機関では、この燃料を同時に使うのではなく、ディーゼル燃料のみ、ガス燃料のみで運転を行うことができる。但し、ガス燃料の運転では、点火源として、少量のディーゼル燃料を用いる。なお、ディーゼル燃料での運転をディーゼルモード、ガス燃料での運転をガスモードと称し、運転中にこの運転モードを切替えることが出来る。図2に、それぞれのモードにおける燃料の供給方法を示す。ディーゼルモードでは、通常のディーゼルエンジンと同様にディーゼル燃料が直接燃焼室に噴射され、自己着火により燃焼する。一方、ガスモードでは、ガス燃料は吸気ポートに噴射され、空気と供に燃焼室に供給され、その後少量のディーゼル燃料により点火されて燃焼する。このため、DF機関では、ディーゼル燃料を噴射するための燃料噴射弁と、ガス燃料を噴射するためのガス供給電磁弁の両方を備えている。」(13頁左欄下3行ないし右欄16行)
(イ)「2.2 モード切替えの運用
DF機関は運転中にディーゼルモードとガスモードを切替えることが出来る機関であり、想定している運用を図3に示す。
<起動時>
起動時は、機関の温度が低く、燃焼時の燃焼室内温度が低い。一方、ガスモードの場合、点火源であるディーゼル燃料は少量のため、温度が低いと自己着火しづらい。このため、ガスモードでの運転は難しい。したがって、起動はディーゼル燃料だけを用いるディーゼルモードで行う。
<通常運転>
通常運転時は、ディーゼルモードでもガスモードでも運転を行うことが出来る。ただし、ガスモードに切替える際は、点火用のディーゼル燃料が十分自己着火するよう、機関の温度が温まっていることが必要である。なお、DF機関を舶用に用いることの目的は、ガス燃料の使用による環境負荷低減であることから、通常運転では、ガスモードでの運用になると考えられる。
<非常時>
ガスモードでの運転が困難となった場合、ディーゼルモードへ瞬時に切替える。」(13頁下9行ないし14頁左欄14行)
(ウ) 「2.3 モード切替え操作
モード切替え操作の例を図4、図5に示す。図4はディーゼルモードからガスモードに切替える際の様子を示したものである。切替え開始前までは、ディーゼル燃料用のガナバ(以下ディーゼルガナバと略す)(当審注:「ガナバ」は「ガバナ」の誤記。以下同じ。)にてエンジン回転数を制御している。切替えを開始するとディーゼルガナバの信号は一定の割合まで下がり、ディーゼル燃料を減らしていく。そのままではエンジン回転数は低下するが、切替え開始と同時にガス燃料用のガバナ(以下ガスガバナと略す)がエンジン回転数を調整し始める。これにより、エンジン回転数は一定速度を保つことが出来る。その後、ディーゼルガバナ信号が低下し、その信号がガスモード時の値となったところでモード切替えが終了する。なお、ガスモードへの切替えは急速に行う必要がないため、数十秒にて行われる。一方、ガスモードからディーゼルモードへの切替えは非常時の場合があり、急を要することがある。図5急速にガスモードからディーゼルモードに切替えた例である。切替え開始と同時にそれまでガバニングを行っていたガスガバナの信号が瞬時にゼロになる。これに対してディーゼルガバナ信号が瞬時上昇しエンジン回転数を調整する。このときの切替え時間は1秒以下である。このように瞬時に切替えることにより、ガスモード運転中に電気・制御系が故障した場合でも、エンジン回転数を維持し、運転を継続することが出来る。」(14頁左欄下17行ないし右欄9行)
(エ) 図2には、シリンダ内へ空気を供給させる吸気ポート、及び、DF機関のシリンダに対して(燃料)ガス供給電磁弁と燃料噴射弁とを備えている点が示されている。また、シリンダからの排気ガスを排気させる排気ポートが備えられていることは、技術常識から、記載されているに等しい事項といえる。
上記記載及び図示内容を総合すると、甲第1号証には、以下の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されている。
「シリンダ内へ空気を供給させる吸気ポートと、前記シリンダからの排気ガスを排気させる排気ポートと、前記吸気ポートから供給される空気にガス燃料を噴射させるガス供給電磁弁と、直接燃焼室にディーゼル燃料を噴射して燃焼させる燃料噴射弁とを備え、シリンダに対して前記ガス供給電磁弁と、前記燃料噴射弁とを設けており、前記ガス燃料のみで運転するガスモードと前記ディーゼル燃料のみで運転するディーゼルモードで運転する舶用DF機関において、
前記ガスモードでの運転が困難となった場合、あるいは、前記ガスモードから前記ディーゼルモードへの切替えの場合、前記ディーゼルモードへ瞬時に切替える、舶用DF機関。」
また、上記ウの記載及び図示内容を総合すると、甲第1号証には、以下の技術事項(以下「甲1記載事項」という。)が記載されている。
「舶用DF機関において、ガスモードからディーゼルモードへ瞬時に切替える際は、前記ディーゼルモードに切り換えた後のディーゼルガバナ信号が瞬時に上昇しエンジン回転数を調整する点。」
イ 甲第2号証の記載
甲第2号証には、「内燃機関の燃料噴射制御装置」に関し、図面と共に、次の記載がある。
「【0011】
(第1実施形態)
以下、本発明を具体化した第1実施形態を、図面を参照しつつ説明する。本実施形態は、ガス燃料である圧縮天然ガス(CNG)と液体燃料であるガソリンとを燃焼用の燃料として使用する、いわゆるバイフューエルタイプの車載多気筒エンジン(多気筒内燃機関)に適用される燃料噴射システムとして具体化するものとしている。本システムの全体概略図を図1に示す。
【0012】
図1に示すエンジン10は直列3気筒の火花点火式エンジンよりなり、その吸気ポート及び排気ポートには吸気系統11、排気系統12がそれぞれ接続されている。吸気系統11は、吸気マニホールド13と吸気管14とを有している。吸気マニホールド13は、エンジン10の吸気ポートに接続される複数(エンジン10の気筒数分)の分岐管部13aと、その上流側であって吸気管14に接続される集合部13bとを有している。吸気管14には空気量調整手段としてのスロットル弁15が設けられている。このスロットル弁15は、DCモータ等のスロットルアクチュエータ15aにより開度調節される電子制御式のスロットル弁として構成されている。スロットル弁15の開度(スロットル開度)は、スロットルアクチュエータ15aに内蔵されたスロットル開度センサ15bにより検出されるようになっている。
【0013】
また、排気系統12は、排気マニホールド16と排気管17とを有している。排気マニホールド16は、エンジン10の排気ポートに接続される複数(エンジン10の気筒数分)の分岐管部16aと、その下流側であって排気管17に接続される集合部16bとを有している。排気管17には、排気の成分を検出する排気センサ18と、排気を浄化する触媒19とが設けられている。排気センサ18としては、排気中の酸素濃度から空燃比を検出する空燃比センサが設けられている。
【0014】
エンジン10の各気筒には点火プラグ20が設けられている。点火プラグ20には、点火コイル等よりなる点火装置20aを通じて、所望とする点火時期に高電圧が印加される。この高電圧の印加により、各点火プラグ20の対向電極間に火花放電が発生し、気筒内(燃焼室内)に導入した燃料が着火され燃焼に供される。
【0015】
また、本システムは、エンジン10に対して燃料を噴射供給する燃料噴射手段として、ガス燃料(CNG燃料)を噴射する第1噴射弁21と、液体燃料(ガソリン)を噴射する第2噴射弁22とを有している。これら各噴射弁21,22は、吸気系統11において吸気マニホールド13の分岐管部13aにそれぞれ燃料を噴射するものであり、第1噴射弁21の噴射によりガス燃料が各気筒の吸気ポートに供給され、第2噴射弁22の噴射により液体燃料が各気筒の吸気ポートに供給される。」
上記記載事項及び図示内容を総合すると、甲第2号証には、次の技術事項(以下「甲2記載事項」という。)が記載されている。
「ガス燃料と液体燃料を使用するバイフューエルタイプの車両用多気筒内燃機関において、吸気マニホールド13と、排気マニホールド16とを有し、多気筒それぞれにガス燃料を噴射する第1噴射弁21と、液体燃料を噴射する第2噴射弁とを有している点。」
ウ 甲第3号証について
甲第3号証には、図1と共に、次の記載がある。
(ア) 「1.適用範囲 この規格は、往復動内燃機関(以下、機関という。)及びその被駆動装置の保護のために用いられる過回転防止装置について一般要求事項及び用語の定義を規定する。
この規格は、航空機を駆動する機関を除いた、すべての往復動内燃機関に適用する。」
(イ) 「4.1 過回転速度防止装置(overspeed limiting device) あらかじめ定められた回転速度を超えたときに、回転速度を検知する部分と、それによって燃料供給、吸入空気又は点火システムを制御する部分との結合体。」
(ウ) 「4.4 過回転防止作動回転速度 (operateing speed of overspeed limiting device) 過回転速度防止装置が、定められた設定回転速度に対し作動を始める回転速度。」
(エ) 「4.5 最大許容回転速度[nmax(maximum permissible speed)]機関製造業者又はセット(機関及び被駆動装置の結合体)の製造業者が指定する最大回転速度であり、安全確保のため限界回転速度より低く定めた回転速度(備考及び図1を参照)。」
(オ) 「5.一般要求事項
5.3 セットの製造業者は、過回転速度防止装置の設定回転速度が最大許容回転速度(4.5)に対し、十分余裕があることを保証しなければならない。」
(カ) 「6.過回転速度防止の特徴
6.1 過回転速度防止装置は、いかなる場合でも、機関制御系の通常の運転に影響を与えてはならない。ただし、過回転速度に達した場合には、過回転速度防止装置が機関制御系に優先して過回転速度を修正するか、機関を停止させる。」
(キ)図1には、最大許容回転速度を上限として運転している点、及び、過回転速度防止装置の作動開始回転速度は最大許容回転速度よりも低く設定されている点、が示されている。
上記記載事項及び図示内容を総合すると、甲第3号証には以下の技術事項(以下「甲3記載事項)が記載されている。
「内燃機関において、回転速度が最大許容回転速度よりも低い過回転速度防止装置の作動開始回転速度となった場合に、燃料供給、吸入空気または点火システムを制御する点。」
(2) 対比・判断
ア 本件発明1について
本件発明1と甲1発明とを対比すると、後者の「ガス燃料」は、その機能、技術的意義等からみて、前者の「気体燃料」に相当し、以下同様に、「噴射させる」は「混合させる」に、「ガス供給電磁弁」は「ガスインジェクタ」に、「ディーゼル燃料」は「液体燃料」に、「燃料噴射弁」は「メイン燃料噴射弁」に、「ガス燃料のみで運転するガスモードとディーゼル燃料のみで運転するディーゼルモードで運転する」は「シリンダ内に気体燃料を投入するガスモードとシリンダ内に前記液体燃料を投入するディーゼルモードのいずれかで駆動する」に、「舶用DF機関」は「エンジン装置」に、それぞれ相当する。
また、後者の「吸気ポート」及び「排気ポート」とは、前者の「吸気マニホールド」及び「排気マニホールド」と、それぞれ「吸気部」及び「排気部」の限りで一致する。
そして、後者の「ディーゼルモードへ瞬時に切替え」ることは、前者の「ディーゼルモードに瞬時に切り換えること」に相当し、また、後者の「前記ガスモードでの運転が困難となった場合、あるいは、前記ガスモードから前記ディーゼルモードへの切替えの場合、」と,前者の「前記ガスモード及び前記ディーゼルモードの一方から他方への運転モードを切り換え中に、エンジン回転数がエンジン装置を緊急停止させる上限値に近づいたものと判断したときに」は、「所定の場合に」の限りにおいて一致する。
そうすると、両者は、下記の一致点、相違点がある。
[一致点]
「シリンダ内へ空気を供給させる吸気部と、前記シリンダからの排気ガスを排気させる排気部と、前記吸気部から供給される空気に気体燃料を混合させるガスインジェクタと、前記シリンダに液体燃料を噴射して燃焼させるメイン燃料噴射弁とを備え、前記シリンダに対して前記ガスインジェクタと前記メイン燃料噴射弁とを設けており、前記シリンダ内に前記気体燃料を投入するガスモードと前記シリンダ内に前記液体燃料を投入するディーゼルモードのいずれかで駆動するエンジン装置において、
所定の場合に、前記ディーゼルモードに瞬時に切り換えるエンジン装置。」
[相違点1]
「吸気部」、「排気部」及び「シリンダ」の構造に関し、本件発明1は、「吸気マニホールド」及び「排気マニホールド」であって、「複数の」シリンダ「それぞれ」に対してガスインジェクタとメイン燃料噴射弁とを設けているのに対し、甲1発明は、「吸気ポート」及び「排気ポート」であって、複数のシリンダを有しているのかが明示されていない点。
[相違点2]
「所定の場合に」に関し、本願発明1は、「ガスモード及びディーゼルモードの一方から他方への運転モードを切り換え中に、エンジン回転数がエンジン装置を緊急停止させる上限値に近づいたものと判断したときに」であるのに対し、甲1発明は、「前記ガスモードでの運転が困難となった場合、あるいは、前記ガスモードから前記ディーゼルモードへの切替えの場合」である点。
事案に鑑み、相違点2について検討する。
本件発明1の「ガスモード及びディーゼルモードの一方から他方への運転モードを切り換え中に、エンジン回転数がエンジン装置を緊急停止させる上限値に近づいたものと判断したときに、」前記ディーゼルモードに瞬時に切り換えるとは、「燃料ガスのみのガスモードから燃料油のみのディーゼルモードへ、あるいは、燃料油のみのディーゼルモードから燃料ガスのみのガスモードへの運転モードの切り換え中に、異常と判断したときに、」緊急避難措置を講じるものであり、これにより、運転モード切り換え時の異常による緊急停止を回避する効果を奏するものである。
一方、甲第1号証には、「ガスモード」及び「ディ-ゼルモード」に関し、「DF機関では、この燃料を同時に使うのではなく、ディーゼル燃料のみ、ガス燃料のみで運転を行うことができる。但し、ガス燃料の運転では、点火源として、少量のディーゼル燃料を用いる。なお、ディーゼル燃料での運転をディーゼルモード、ガス燃料での運転をガスモードと称し、運転中にこの運転モードを切替えることが出来る。」との記載があり、「ガスモード」とは、ガス燃料のみでの運転であり、「ディーゼルモード」とは、ディーゼル燃料のみでの運転であることが記載されている。これらを踏まえると、甲1発明の「ガスモードでの運転が困難となった場合」とは、運転モード切り換え中ではなく、「燃料ガスのみのガスモードでの運転が困難となった場合」と解され、また、「ガスモードからディーゼルモードへの切替えの場合」とは、異常時であるか否かによらず「ガス燃料のみの運転からディーゼル燃料のみの運転への切替えの場合」と解される。そうすると、甲1発明は、本件発明1のような、ガスモードからディーゼルモードへ、あるいは、ディーゼルモードからガスモードへの切り換え中に、かつ、異常と判断したときの対応が開示されているとはいえず、また示唆されているともいえない。
ここで、甲3記載事項は、上記「第4 3.(1)ウ」で記載のとおり、「内燃機関において、回転速度が最大許容回転速度よりも低い過回転速度防止装置の作動開始回転速度となった場合に、燃料供給、吸入空気または点火システムを制御する点。」で回転速度に基づく異常時の判断に関する技術事項である。そうすると、甲3記載事項を甲1発明に適用したとしても、「ガスモード及びディーゼルモードの一方から他方への運転モードを切り換え中に、」かつ「エンジン回転数がエンジン装置を緊急停止させる上限値に近づいたものと判断したときに、」という、上記相違点2に係る本件発明1の発明特定事項には至らず、また容易に想到し得たことともいえない。
また、甲1記載事項は、「第4 3.(1)ア」で記載のとおり、「舶用DF機関において、ガスモードからディーゼルモードへ瞬時に切替える際は、前記ディーゼルモードに切り換えた後のディーゼルガバナ信号が瞬時に上昇しエンジン回転数を調整する点。」でモードを切り換える際のディーゼルガバナの調整に関するものであり、また、甲2記載事項は、上記「第4 3.(1)イ」で記載のとおり、「ガス燃料と液体燃料を使用するバイフューエルタイプの車両用多気筒内燃機関において、吸気マニホールド13と、排気マニホールド16とを有し、多気筒それぞれにガス燃料を噴射する第1噴射弁21と、液体燃料を噴射する第2噴射弁とを有している点。」で内燃機関の構造に関するものである。そうすると、甲1記載事項及び甲2記載事項を踏まえても、上記相違点2に係る本件発明1の発明特定事項を想到することが容易とはいえず、また、出願時の周知技術を踏まえても当業者にとって容易ともいえない。
以上のとおり、相違点2に係る本件発明1の発明特定事項は、甲1発明、甲1記載事項、甲2記載事項及び甲3記載事項に基づき、当業者が容易になし得たものとはいえない。
したがって、本件発明1は、相違点1を検討するまでもなく、甲1発明、甲1記載事項、甲2記載事項及び甲3記載事項に基づき、当業者であれば、容易になし得たものとはいえない。
イ 本件発明2について
本件発明2と甲1発明とを対比すると、上記「第4 3.(2)ア 本件発明1について」の[一致点]、[相違点1]及び[相違点2]に加え、下記の相違点を有している。
[相違点3]
「所定の場合に」に関し、本件発明2は「測定されたエンジン回転数が、緊急停止させる上限のエンジン回転数よりも低い所定回転数よりも高くなった場合に、」エンジン回転数がエンジン装置を緊急停止させる上限値に近づいたものと判断するものであるのに対し、甲1発明は、そのよう技術事項を有しない点。
そして、相違点2についての判断は、 上記「第4 3.(2)ア 本件発明1について」において述べたとおりである。
そうすると、本件発明2は、相違点1及び相違点3を検討するまでもなく、甲1発明、甲1記載事項、甲2記載事項及び甲3記載事項に基づき、当業者であれば、容易になし得たものとはいえない。
ウ 本件発明3について
本件発明3と甲1発明とを対比すると、上記「第4 3.(2)ア 本件発明1について」の[一致点]、[相違点1]及び[相違点2]に加え、下記の相違点を有している。
[相違点4]
「所定の場合に」に関し、本件発明3は、「切換開始時のエンジン負荷との減少量が所定量よりも大きくなった場合に、」エンジン回転数がエンジン装置を緊急停止させる上限値に近づいたものと判断するものであるのに対し、甲1発明は、そのような技術事項を有していない点。
そして、相違点2の判断については、 上記「第4 3.(2)ア 本件発明1について」において述べたとおりである。
そうすると、本件発明3は、相違点1及び相違点4を検討するまでもなく、甲1発明、甲1記載事項、甲2記載事項及び甲3記載事項に基づき、当業者であれば、容易になし得たものとはいえない。
エ 本件発明4について
本件発明4と甲1発明とを対比すると、上記「第4 3.(2)ア 本件発明1について」の[一致点]、[相違点1]及び[相違点2]に加え、下記の相違点を有している。
[相違点5]
本件発明4は、「運転モードの切換時において、気体燃料供給量に対する液体燃料供給量の比率が所定値よりも小さくなった場合に、」エンジン回転数がエンジン装置を緊急停止させる上限値に近づいたものと判断するものであるのに対し、甲1発明は、そのような技術事項を有していない点。
そして、相違点2についての判断は、 上記「第4 3.(2)ア 本件発明1について」において述べたとおりである。
そうすると、本件発明4は、相違点1及び相違点5を検討するまでもなく、甲1発明、甲1記載事項、甲2記載事項及び甲3記載事項に基づき、当業者であれば、容易になし得たものとはいえない。
オ 本件発明5について
本件発明5と甲1発明とを対比すると、上記「第4 3.(2)ア 本件発明1について」の[一致点]、[相違点1]及び[相違点2]、上記「第4 3.(2)イ 本件発明2について」の[相違点3]、上記「第4 3.(2)ウ 本件発明3について」の[相違点4]及び上記「第4 3.(2)エ 本件発明4について」の[相違点5]に加え、下記の相違点を有している。
[相違点6]
本件発明は、「ガスモードからディーゼルモードに瞬時に切り換える際には、前記ディーゼルモードに切り換えた後の液体燃料の供給量をエンジン回転数又はエンジン負荷に基づいて設定して前記液体燃料の供給を開始する」のに対し、甲1発明は、そのような技術事項を含まない点。
そして、相違点2についての判断は、 上記「第4 3.(2)ア 本件発明1について」において述べたとおりである。
そうすると、本件発明5は、相違点1及び相違点2ないし6を検討するまでもなく、甲1発明、甲1記載事項、甲2記載事項及び甲3記載事項に基づき、当業者であれば、容易になし得たものとはいえない。
(3)異議申立人の意見について
異議申立人は、令和2年2月7日付けの意見書において、次の点を主張している。
ア 訂正事項2ないし4、6ないし8について
訂正後請求項2の記載は、訂正前請求項2に記載の「前記ディーゼルモードに瞬時に切り換える」との事項を削除して、新たに「エンジン回転数がエンジン装置を緊急停止させる上限値に近づいたものと判断する」との事項を付加するものである。もっとも、訂正前請求項2の記載の「前記ディーゼルモードに瞬時に切り換える」との事項、及び訂正後請求項2の記載の「エンジン回転数がエンジン装置を緊急停止させる上限値に近づいたものと判断する」との事項は、そもそも訂正前の請求項2が引用する訂正前の請求項1に「前記ガスモード及び前記ディーゼルモードの一方から他方に運転モードを切り換える際に、エンジン回転数がエンジン装置を緊急停止させる上限値に近づいたものと判断したときに、前記ディーゼルモードに瞬時に切り換える」と記載されている事項である。しからば、請求項2の「前記ディーゼルモードに瞬時に切り換える」を、「エンジン回転数がエンジン装置を緊急停止させる上限値に近づいたものと判断する」との訂正は、上記のとおり、訂正前の請求項2が引用する訂正前の請求項1に記載されている事項であるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものではない。
訂正事項3及び4並びに6ないし8についても同様のことがいえるから、訂正事項3、4、及び6ないし8は、特許請求の範囲の減縮、誤記又は誤訳の訂正、明瞭でない記載の釈明、及び他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすることを目的とするものではない。
上記主張アについて検討するに、訂正前の請求項2は訂正前の請求項1を引用しており、訂正前の請求項1には、「前記ガスモード及び前記ディーゼルモードの一方から他方に運転モードを切り換える際に、エンジン回転数がエンジン装置を緊急停止させる上限値に近づいたものと判断したときに、前記ディーゼルモードに瞬時に切り換える」との記載がある。
そうすると、訂正後の請求項2の「エンジン回転数がエンジン装置を緊急停止させる上限値に近づいたものと判断する」との記載は、訂正前の請求項1の「エンジン回転数がエンジン装置を緊急停止させる上限値に近づいたものと判断」することの下位概念として、「緊急停止させる上限のエンジン回転数よりも低い所定回転数よりも高くなった場合」に特許請求の範囲を減縮するものといえる。そして訂正事項2は、発明特定事項を減縮するものであり、新規事項の追加に該当せず、また、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもない。
また、訂正事項3及び4、6ないし8についても同様である。
したがって、異議申立人の上記主張アは採用できない。
イ 本件発明1ないし5の「前記ガスモード及び前記ディーゼルモードの一方から他方への運転モードを切り換え中」との発明特定事項について(特許法第29条第2項違反について)
異議申立人は、甲1発明は、令和1年11月1日付け取消理由通知書(4頁16~25行)に記載のとおり、「・・・前記ガスモードから前記ディーゼルモードに運転モードを切替える際に、非常時の場合、前記ディーゼルモードへ瞬時に切替える・・・」と認定されたとおりのものである。そして、甲1発明の「前記ガスモードから前記ディーゼルモードに運転モードを切替える際」とは、切替える直前、切替える時点、及び切替えている期間のいずれか、またはこれらの全てを意味することは、明らかである。
また、ガスモードからディーゼルモードに瞬時に切替えなければならない「非常時」とは、エンジン装置が、ガスモードでの運転中からガスモードからディーゼルモードに運転モードが切替えるまでの何時(当然、ガスモードからディーゼルモードへの運転モードの切替え中を包含している。)でも発生し得るものであることは、当業者において自明の事項である。そして、訂正後本件発明1において、「前記ガスモード及び前記ディーゼルモードの一方から他方への運転モードを切り換え中」としたことにより、格別顕著な作用効果を奏するものではない。
以上を踏まえると、訂正後本件発明1において、ディーゼルモードに瞬時に切り換えることを「前記ガスモード及び前記ディーゼルモードの一方から他方への運転モードを切り換え中」とする点は、甲1発明において自明の事項、または当業者が所望により適宜容易になし得る程度の設計的事項である。
上記主張イについて検討するに、上記「第4 3.(2)ア 本件発明1について」の相違点2についての判断で述べたとおり、甲第1号証には、「ガスモード」及び「ディ-ゼルモード」に関し、「DF機関では、この燃料を同時に使うのではなく、ディーゼル燃料のみ、ガス燃料のみで運転を行うことができる。但し、ガス燃料の運転では、点火源として、少量のディーゼル燃料を用いる。なお、ディーゼル燃料での運転をディーゼルモード、ガス燃料での運転をガスモードと称し、運転中にこの運転モードを切替えることが出来る。」との記載があり、「ガスモード」とは、ガス燃料のみでの運転であり、「ディーゼルモード」とは、ディーゼル燃料のみでの運転であることが記載されている。
これらを踏まえると、甲1発明の「ガスモードでの運転が困難となった場合」とは、「燃料ガスのみのガスモードでの運転が困難となった場合」と解され、また、「ガスモードからディーゼルモードへの切替えの場合」とは、異常時であるか否かによらず「ガス燃料のみの運転からディーゼル燃料のみの運転への切替えの場合」と解される。そうすると、甲1発明は、本件発明1のような、ガスモードからディーゼルモードへ、あるいは、ディーゼルモードからガスモードへの切り換え中に、異常と判断したときの対応を開示されておらず、また示唆されているともいえない。
そしてこの発明特定事項により、ガスモード及びディーゼルモードの一方から他方への運転モードの切換中において、エンジン負荷が大きく変動したとしても、エンジン装置のエンジン回転数が上限値に達することを防止でき、エンジン装置の緊急停止を回避できる。」という顕著な効果を奏するものである。
したがって、上記主張イについては、採用できない。
(4)小括
以上のとおり、本件発明1ないし5は、甲1発明、甲1記載事項、甲2記載事項及び甲3記載事項に基づき、当業者が容易になし得たものとはいえない。
よって、本件発明1ないし5に係る特許は、特許法第36条第2項及び特許法第29条第2項の規定に違反してされたものとはいえず、同法第113条第2号に該当するものではない。
第5 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
(1)本件発明6についての特許法29条第2項違反について
異議申立人は、特許異議申立書において、本件発明6は、甲1発明、甲2記載事項、及び甲3記載事項、並びに周知の技術事項1、2、及び5に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである、と主張している。
具体的には、引用する本件発明1ないし5が特許法第29条第2項違反であることを前提に、本件発明6の「前記ガスモード及び前記ディーゼルモードの一方から他方に運転モードを切り換える際に、切換後の運転モードで投入させる第1燃料の供給量を、単調増加させる増量制御により切換閾値まで増量させた後、エンジン回転数に基づく調速制御によって制御しており、前記切換閾値を、エンジン回転数又はエンジン負荷に基づいて設定している」との点は、甲第1号証及び周知の技術事項5(【甲第5号証】~【甲第7号証】)に示されている、というものである。
甲第5号証:特開2000-145488号公報
甲第6号証:特開2003-065112号公報
甲第7号証:国際公開第2015/129547号
上記理由について検討するに、本件発明6は、本件発明1ないし5のいずれかを引用するものであるから、上記発明特定事項を検討するまでもなく、本件発明1ないし5と同様の理由により、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
また、本件発明6の上記発明特定事項について更に検討しても、甲第1号証及び甲第5号証ないし甲第7号証の記載事項には、「前記ガスモード及び前記ディーゼルモードの一方から他方に運転モードを切り換える際に、切換後の運転モードで投入させる第1燃料の供給量を、単調増加させる増量制御により切換閾値まで増量させた後、エンジン回転数に基づく調速制御によって制御しており、前記切換閾値を、エンジン回転数又はエンジン負荷に基づいて設定している」点については、記載も示唆もされておらず、出願時の周知技術ともいえない。
(2)小括
したがって、本件発明6は、甲1発明、甲1記載事項、甲2記載事項及び甲3記載事項並びに甲第5号証ないし甲第7号証に基づき、当業者が容易になし得たものとはいえない。
よって、本件発明6に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものとはいえず、同法第113条第2号に該当するものではない。
第6 結語
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1ないし6に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1ないし6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
審決本文(J-PlatPat)
J-PlatPatの審決検索トップを開きます。番号入力で「審判番号」を選び、下の番号を貼り付けて検索してください。
J-PlatPat 審決検索を開く
2019-700535