特許異議申立
2018-700511
MSC成長調節用の低剛性ゲル
- 審判番号
- 2018-700511
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2014-222238
- 登録番号
- 特許第6251152号(P6251152)
- 請求日
- 2018年06月20日
- 審決日
- 2018年08月28日
- 公報発行日
- 2018年10月26日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】船木 真理
- 【権利者代理人】特許業務法人三枝国際特許事務所
- 【異議申立人】宮崎 幸雄
- 審判長/審判官
- 審判長 大宅 郁治
- 審判官 長井 啓子
- 審判官 松浦 安紀子
- 分類
- P1651.121-Y (C12N) / P1651.536-Y (C12N) / P1651.537-Y (C12N)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第2項、特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第4項第1号
- データ出所
- 審決公報(SGML)
事件の表示
特許第6251152号発明「MSC成長調節用の低剛性ゲル」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
【結 論】
特許第6251152号の請求項1ないし38に係る特許を維持する。
理由
【理 由】
第1 手続の経緯
特許第6251152号の請求項1~38に係る特許についての出願は、平成20年6月30日(パリ条約による優先権主張 2007年6月29日 米国、2007年9月14日 米国)を国際出願日とする特願2010-514846号の一部を新たな特許出願とした出願であって、平成29年12月1日に特許の設定登録がされ、その特許に対し、平成30年6月20日に特許異議申立人宮崎幸雄により特許異議の申立てがされたものである。
第2 本件発明
特許第6251152号の請求項1~38に係る発明は、その特許請求の範囲の請求項1~38に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
「【請求項1】
体外で、休眠状態が維持された間葉系幹細胞であって、当該休眠状態が下記(1)~(5)の特徴を有する、間葉系幹細胞(但し、前記間葉系幹細胞は、細胞周期のG0期で休止している間葉系幹細胞ではない):
(1)細胞が増殖していない、
(2)細胞が分化していない、
(3)細胞が増殖能及び分化能を維持している、
(4)細胞がトリパンブルー染色による染色性を欠く、及び
(5)細胞がストレスファイバーを欠く。
【請求項2】
前記休眠状態が、さらに以下の特徴を有する、請求項1に記載の間葉系幹細胞:
(6)細胞が丸い形態を呈する。
【請求項3】
栄養物質を含む培養液の存在下で、150~750Paの剛性を有するゲル又はゲルマトリックスと接触している条件において、前記間葉系幹細胞が上記(1)~(5)、又は(1)~(6)の特徴を呈する、請求項1または2に記載の間葉系幹細胞。
【請求項4】
上記間葉系幹細胞が、血清を含む培養液の存在下で、150~750Paの剛性を有するゲル又はゲルマトリックスと接触し、かつ前記ゲルマトリックスに含まれるゲルが接着タンパク質を含む、請求項1~3のいずれか一項に記載の間葉系幹細胞。
【請求項5】
培養液中の血清の含有量が10%である、請求項4に記載の間葉系幹細胞。
【請求項6】
前記接着タンパク質が、ヘテロ二官能性架橋剤と架橋されたものである、請求項4又は5に記載の間葉系幹細胞。
【請求項7】
前記接着タンパク質が、コラーゲン、フィブロネクチン、又はこれらの混合物である、請求項4~6のいずれか一項に記載の間葉系幹細胞。
【請求項8】
前記ゲル又はゲルマトリックスに含まれるゲルが、ポリアクリルアミドである、請求項3~7のいずれか一項に記載の間葉系幹細胞。
【請求項9】
前記ポリアクリルアミドゲルが、アクリルアミド:ビスアクリルアミドの混合比750:1~6:1の範囲で調製されたものである、請求項8に記載の間葉系幹細胞。
【請求項10】
休眠状態を誘導することによって又は休眠状態を維持することによって間葉系幹細胞を保存する方法であって、
前記方法が、150~750Paの剛性を有するゲル又はゲルマトリックス上で間葉系幹細胞を培養する工程を含み、かつ
前記間葉系幹細胞が、栄養物質を含む培養液の存在下で150~750Paの剛性を有するゲル又はゲルマトリックスと接触している、かつ
前記ゲルマトリックス中に含まれるゲルが接着タンパク質を含むものであり、
前記休眠状態が下記(1)~(5)の特徴を有する、方法(但し、前記間葉系幹細胞は、細胞周期のG0期で休止している間葉系幹細胞ではない):
(1)細胞が増殖していない、
(2)細胞が分化していない、
(3)細胞が増殖能及び分化能を維持している、
(4)細胞がトリパンブルー染色による染色性を欠く、及び
(5)細胞がストレスファイバーを欠く。
【請求項11】
前記休眠状態が、さらに以下の特徴を有する、請求項10に記載の方法:
(6)細胞が丸い形態を呈する。
【請求項12】
栄養物質を含む培養液の存在下で、150~750Paの剛性を有するゲル又はゲルマトリックスと接触している条件において、前記間葉系幹細胞が上記(1)~(5)、又は(1)~(6)の特徴を呈する、請求項10又は11に記載の方法。
【請求項13】
前記栄養物質が血清である、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記ゲル又は前記ゲルマトリックスに含まれるゲルが、ポリアクリルアミドゲルである、請求項10~13のいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
前記接着タンパク質が、ヘテロ二官能性架橋剤と架橋したものである、請求項10~14のいずれか一項に記載の方法。
【請求項16】
前記接着タンパク質が、コラーゲン、フィブロネクチン、又はこれらの混合物である、10~15のいずれか一項に記載の方法。
【請求項17】
前記ポリアクリルアミドゲルが、アクリルアミド:ビスアクリルアミドの混合比750:1~6:1の範囲で調製されたものである、請求項14~16のいずれか一項に記載の方法。
【請求項18】
ゲル化剤及びアクリルアミド-ビスアクリルアミド混合物を含むゲルを含む、間葉系幹細胞に休眠状態を誘導又は維持させるために使用されるゲルマトリックスであって、
当該ゲルは、接着タンパク質を含み、
当該ゲルマトリックスは150~750Paの剛性を有し、且つ
当該休眠状態が下記(1)~(5)の特徴を有するものである、ゲルマトリックス(但し、前記間葉系幹細胞は、細胞周期のG0期で休止している間葉系幹細胞ではない):
(1)細胞が増殖していない、
(2)細胞が分化していない、
(3)細胞が増殖能及び分化能を維持している、
(4)細胞がトリパンブルー染色による染色性を欠く、及び
(5)細胞がストレスファイバーを欠く。
【請求項19】
前記休眠状態が、さらに以下の特徴を有する、請求項18に記載のゲルマトリックス:(6)細胞が丸い形態を呈する。
【請求項20】
栄養物質を含む培養液の存在下で、150~750Paの剛性を有するゲル又はゲルマトリックスと接触している条件において、前記間葉系幹細胞が上記(1)~(5)、又は(1)~(6)の特徴を呈する、請求項18又は19に記載のゲルマトリックス。
【請求項21】
前記栄養物質が血清である、請求項20に記載のゲルマトリックス。
【請求項22】
(a)前記ゲルマトリックスが、750:1~6:1の範囲のアクリルアミド:ビスアクリルアミド混合比を有し、及び/又は
(b)前記ゲルマトリックスが、3~7.5%のアクリルアミド総濃度を有し、及び/又は、
(c)前記ゲルマトリックスが、2次元又は3次元ゲルマトリックスであり、及び/又は(d)前記ゲルマトリックスが、ウシ胎児血清を含み、及び/又は
(e)前記接着タンパク質が、ヘテロ二官能性架橋剤とクロスリンクしたものであり、及び/又は、
(f)前記接着タンパク質が、コラーゲン、フィブロネクチン、又はこれらの混合物である、
請求項18~21のいずれか一項に記載のゲルマトリックス。
【請求項23】
間葉系幹細胞に休眠状態を誘導又は維持させるために使用される150~750Paの剛性を有するゲルマトリックスの製造方法であって、
当該方法が、アクリルアミドとビスアクリルアミドとを含む組成物を重合する工程、及び前記工程によって調製されたポリアクリルアミドゲルを接着タンパク質を含む組成物でコーティングする工程、
を含み、
当該休眠状態が下記(1)~(5)の特徴を有するものである、方法(但し、前記間葉系幹細胞は、細胞周期のG0期で休止している間葉系幹細胞ではない):
(1)細胞が増殖していない、
(2)細胞が分化していない、
(3)細胞が増殖能及び分化能を維持している、
(4)細胞がトリパンブルー染色による染色性を欠く、及び
(5)細胞がストレスファイバーを欠く。
【請求項24】
前記休眠状態が、さらに以下の特徴を有する、請求項23に記載の方法:
(6)細胞が丸い形態を呈する。
【請求項25】
栄養物質を含む培養液の存在下で、150~750Paの剛性を有するゲル又はゲルマトリックスと接触している条件において、前記間葉系幹細胞が上記(1)~(5)、又は(1)~(6)の特徴を呈する、請求項23又は24に記載の方法。
【請求項26】
前記栄養物質が血清である、請求項25に記載の方法。
【請求項27】
前記接着タンパク質が、ヘテロ二官能性架橋剤と架橋したものである、請求項23~26のいずれか一項に記載の方法。
【請求項28】
(a)前記ゲルが、2次元又は3次元であり、及び/又は
(b)前記血清が、ウシ胎児血清であり、及び/又は
(c)アクリルアミドとビスアクリルアミドとを含む前記組成物のアクリルアミドの総濃度が3~7.5%であり、及び/又は
(d)前記組成物のアクリルアミド:ビスアクリルアミド混合比が750:1~6:1の範囲であり、及び/又は
(e)前記接着タンパク質が、コラーゲン、フィブロネクチン、又はこれらの混合物である、
請求項23~27のいずれか一項に記載の方法。
【請求項29】
体外で間葉系幹細胞における休眠状態を誘導又は維持するための方法であって、
間葉系幹細胞の膜上にあるインテグリンに結合する接着タンパク質でコーティングされた150~750Paの範囲にある剛性を有するゲル又はゲルマトリックスに、前記間葉系幹細胞を接触させる工程と、
前記間葉系幹細胞に栄養物質を含む培養液を与える工程とを含み、
前記休眠状態が下記(1)~(5)の特徴を有する、方法(但し、前記間葉系幹細胞は、細胞周期のG0期で休止している間葉系幹細胞ではない):
(1)細胞が増殖していない、
(2)細胞が分化していない、
(3)細胞が増殖能及び分化能を維持している、
(4)細胞がトリパンブルー染色による染色性を欠く、及び
(5)細胞がストレスファイバーを欠く。
【請求項30】
前記休眠状態が、さらに以下の特徴を有する、請求項29に記載の方法:
(6)細胞が丸い形態を呈する。
【請求項31】
栄養物質を含む培養液の存在下で、150~750Paの剛性を有するゲル又はゲルマトリックスと接触している条件において、前記間葉系幹細胞が上記(1)~(5)、又は(1)~(6)の特徴を呈する、請求項29又は30に記載の方法。
【請求項32】
前記栄養物質が血清である、請求項31に記載の方法。
【請求項33】
前記ゲル又は前記ゲルマトリックスに含まれるゲルが、ポリアクリルアミドゲルである、請求項29~32のいずれか一項に記載の方法。
【請求項34】
前記接着タンパク質が、ヘテロ二官能性架橋剤と架橋したものである、請求項29~33のいずれか一項に記載の方法。
【請求項35】
前記接着タンパク質が、コラーゲン、フィブロネクチン、又はこれらの混合物である、請求項29~34のいずれか一項に記載の方法。
【請求項36】
前記ゲル又はゲルマトリックスに含まれるゲルが、ポリアクリルアミドである、請求項29~35のいずれか一項に記載の方法。
【請求項37】
前記ポリアクリルアミドゲルが、アクリルアミド:ビスアクリルアミドの混合比750:1~6:1の範囲で調製されたものである、請求項36に記載の方法。
【請求項38】
体外で間葉系幹細胞に増殖を誘導するための方法であって、
請求項29~37のいずれか一項に記載の方法を実施して、休眠状態が誘導又は維持された間葉系幹細胞を得る工程と、
間葉系幹細胞の表面のインテグリンに接着する接着タンパク質でコーティングされた7500Paの剛性を有するゲル又はゲルマトリックスを含む増殖誘導材料に、前記間葉系幹細胞を体外で接触させる工程と、
細胞増殖を促進するために栄養・成長物質を供給する工程と、を含む、体外で間葉系幹細胞に増殖を誘導するための方法。」
(以下、「本件発明1」、「本件発明2」等といい、併せて「本件発明」ということもある。)
第3 異議申立の理由
異議申立人が主張する申立の理由は、概略、次のとおりのものである。
1 取消理由1(進歩性欠如)
本件発明1及び2は、甲第1号証~甲第4号証に記載された発明を組み合わせることにより、本件発明3~38は、甲第1号証~甲第7号証に記載された発明を組み合わせることにより、それぞれ当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。
[証拠方法]
甲第1号証: Chin.J.Cell Mol.Immunol., vol.23(4), pp.369-371 (2007.04)
甲第2号証: 第40回日本理学療法学会学術大会抄録集, 1122 (2005)
甲第3号証: Tissue Engineering, vol.12(4), pp.821-830 (2006)
甲第4号証: 第47回日本老年医学会学術集会記録, pp.338-341 (2006)
甲第5号証: Cell, vol.126, pp.677-689 (2006)
甲第6号証: Proc.Natl.Acad.Sci.USA., vol.94, pp.13661-13665 (1997)
甲第7号証: Cell Motility and the Cytoskeleton, vol.60, pp.24-34 (2005)
2 取消理由2、3(サポート要件違反、実施可能要件違反)
次の(1)~(3)の点で、本件の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしておらず、発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
(1)休眠状態について
本件発明は、休眠状態がG1期にあるものとG2期にあるものとを包含すると解されるところ、発明の詳細な説明にはそのいずれか一方(出願人の主張によれば、G1期にあるもの)しか開示されていないから、本件は、本件発明1~38についてサポート要件及び実施可能要件を満たしていない。
(2)ゲル又はゲルマトリックスとの接触について
本件発明の間葉系幹細胞は、ゲル又はゲルマトリックスと接触している条件にある態様と接触していない条件にある態様とを包含すると解されるところ、発明の詳細な説明には後者が開示されていないから、本件は、本件発明1、2についてサポート要件及び実施可能要件を満たしていない。
(3)ゲル又はゲルマトリックスの材料について
本件発明は、ポリアクリルアミドゲル以外の材料から形成されたゲル又はゲルマトリックスを用いる態様も包含するところ、発明の詳細な説明にはそのような態様が開示されていないから、本件は、本件発明3~7、10~13、29~32についてサポート要件及び実施可能要件を満たしていない。
第4 当合議体の判断
当合議体は、以下に述べるとおり、取消理由1~3は、いずれも理由がないと判断する。
1 取消理由1(進歩性欠如)について
(1)甲号証に記載された事項
ア 甲第1号証
甲第1号証は、本件優先日前に頒布された、「低血清培養が骨髄間葉系幹細胞の細胞周期の同期化に与える影響」と題する学術論文であって、次の事項が記載されている。なお、原文は中国語及び英語のため、異議申立書に添付された抄訳及び本件特許の審査段階で特許権者が提出した平成28年11月22日付け手続補足書の参考資料3(甲第1号証の英訳)に基づく当審による翻訳文を示す。
(ア)「[要約]目的:骨髄間葉系幹細胞の細胞周期をG0/G1期に同期化する培養条件を探索する。 方法:骨髄間葉系幹細胞を培養してCD44、CD90、CD71、CD11bを用いてフローサイトメトリーによる検定を行い、通常及び低血清濃度という培養条件下での細胞周期の変化及びアポトーシスへの影響を観察する。」(第369頁左欄、[abstract](英文)第1~6行)
(イ)「1.2.3低血清濃度が間葉系幹細胞の細胞周期に対する影響
(1)実験組分け:第5代骨髄間葉系幹細胞を取り、100、50、及び5mL/Lのウシ胎児血清培養グループを設けた。」(第370頁左欄第16~18行)
(ウ)「5mL/Lのウシ胎児血清培養グループについては、100mL/Lのウシ胎児血清で培養された第5代骨髄間葉系幹細胞を用いて、細胞が単一クローンのコロニーを形成するまで待ち、成長の状態により5mL/Lのウシ胎児血清を含むDMEMに変更し、そして細胞が底面を覆うまで1、3、4または5日間それらを培養した。」(第370頁左欄第23~26行)
(エ)「フローサイトメトリーで細胞サイクルの測定を行ない、G0/G1期、S期とG2期での細胞の割合、及びsub-G1ピークの細胞の割合、即ちアポトーシス細胞の割合を記録する。」(第370頁左欄第31~33行)
(オ)「継代回数が増えることにつれて、骨髄間葉系幹細胞は徐々に精製され、均一な長い紡錘状になり、依然として渦状に配列されている(図1)。第5代間葉系幹細胞を50mL/Lのウシ胎児血清で培養することになった後、細胞は依然として長い紡錘状を維持し、100mL/L血清濃度の培地で培養する場合より、細胞数の増加が速くなる。5mL/Lのウシ胎児血清で培養することになった細胞は、形態が広くて扁平であり、透光性が強くなる。」(第370頁左欄第41~46行)
(カ)「低血清条件下でのインキュベーション時間が増加すると、S期とG2期の細胞数は減少し、G0/G1期の細胞は増加し、細胞はG0/G1期で停止する。停止は5mL/Lのウシ胎児血清で培養した5日目の細胞グループで最も顕著であり、S期の細胞はわずか2.5%、G2期は8.12%である。」(第371頁左欄第19~23行)
(キ)「5mL/Lのウシ胎児血清で培養する条件下で細胞の形態が扁平に変化するのは、細胞増殖が停止に傾くことを示している[9]。」(第371頁左欄第29~31行)
(ク)「しかし、5mL/Lの血清の作用時間のたつにつれて、アポトーシスの割合は通常程度又はさらに低いレベルに低下する。」(第371頁右欄第8~10行)
(ケ)「5mL/Lのウシ胎児血清で5日培養することで、細胞を比較的完全にG0/G1期にとめるとともに、アポトーシスの割合を顕著に低下することができ、間葉系幹細胞の細胞サイクルをG0/G1期に同期化させるために適当な培養条件である。」(第371頁右欄第15~18行)
イ 甲第2号証
甲第2号証は、本件優先日前に頒布された、「間葉系幹細胞から骨、軟骨をつくる -細胞の形態変化と分化-」と題する抄録であって、次の事項が記載されている。
(ア)「【目的】・・・本研究では、hMSCから骨芽細胞、軟骨細胞へ分化誘導を行った場合の形態学的変化、特に細胞骨格と分化マーカーの経時的変化について検討した。」(本文左欄第8~10行)
(イ)「【方法】 hMSCを用い細胞増殖用培地にて培養した。実験は3群に分けて経時的変化をみた。1)細胞増殖用培地で培養し、分化誘導しないものを非分化群、2)骨芽細胞へ分化誘導したものを骨芽群、3)軟骨細胞へ分化誘導したものを軟骨群とした。」(本文左欄第11~15行)
(ウ)「【結果】1)形態学的観察:骨芽群では、分化の形態的指標である骨結節を形成した。アクチンフィラメントの発現は強かったが、ストレスファイバーは形成せず、ビンキュリンの発現は少なかった。軟骨群では、ストレスファイバー、ビンキュリンともに発現が強く、フォーカルコンタクトを多く形成し、経時的に増加した。」(本文左欄第20行~右欄第3行)
(エ)「【考察とまとめ】 細胞の形態は、主に細胞骨格の一つであるアクチンフィラメントにより維持されている。そのアクチンフィラメントがストレスファイバーを形成し、さらにストレスファイバーの先端にはビンキュリンという細胞接着分子がある。今回の結果より、hMSCに人為的に分化誘導をかけることで、細胞形態の違う骨芽細胞と軟骨細胞を造り出すことができた。」(本文右欄第7~13行)
(2)判断
ア 引用発明
上記1(1)アの、特に(オ)~(ケ)によれば、甲第1号証には、次の発明が記載されているものと認められる。
「5mL/Lウシ胎児血清含有培地で5日間培養した間葉系幹細胞であって、以下の特徴を有する間葉系幹細胞。
(a)形態が広くて扁平であり、透光性が強い。
(b)細胞周期がG0/G1期で停止している。
(c)アポトーシスの割合が通常程度かそれより低い。」(以下、「引用発明」という。)
イ 対比
甲第1号証の記載事項は上記1(1)アのとおりであって、引用発明の間葉系幹細胞がストレスファイバーを欠くものであると推認できる根拠はない。したがって、本件発明1と引用発明とを対比すると、両者は少なくとも次の点で相違する。
相違点: 本件発明1は「(5)細胞がストレスファイバーを欠く」という特徴を有するのに対して、引用発明は当該特徴を有しているとは認められない点。
ウ 判断
上記相違点に関して、異議申立人は、甲第2号証によればストレスファイバーを欠く間葉系幹細胞の存在が当業者に周知であり、引用発明に組み合わせることで特徴(5)を容易に構成することができる旨主張する。
しかし、甲第2号証には、間葉系幹細胞を分化誘導してなる軟骨細胞においてストレスファイバーが発現したことが記載されているにとどまり(上記1(1)イ)、間葉系幹細胞がストレスファイバーを有するかどうかに関しては何ら記載されていないから、異議申立人の主張はその前提を欠いており、採用することができない。その他いずれの甲号証にも、間葉系幹細胞のストレスファイバーに関する記載はない。
したがって、引用発明に甲第2~7号証の記載を組み合わせることにより本件発明1が進歩性を欠くということはできない。本件発明2~38も、間葉系幹細胞が特徴(5)を有する点を発明特定事項に含むものであるから、同様である。
(3)小括
以上のとおりであるから、特許異議申立の理由及び証拠によっては、本件発明1~38が、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないということはできない。
2 取消理由2、3(サポート要件違反、実施可能要件違反)について
(1)休眠状態について
本件発明は、間葉系幹細胞が体外では急激に老化し、その増殖とエンジニアリングに制約が生じるという課題を、体内生物学的微小環境の剛性と類似した柔らかいゲルを用いて体外で休眠状態を誘導又は維持することにより解決するものであって(段落【0001】~【0010】)、実施例1~3、15において、骨髄や脂肪組織の剛性に近い柔らかいゲルを用いて間葉系幹細胞を培養することにより、「(1)細胞が増殖していない、(2)細胞が分化していない、(3)細胞が増殖能及び分化能を維持している、(4)細胞がトリパンブルー染色による染色性を欠く、及び(5)細胞がストレスファイバーを欠く」という特徴を有する休眠状態の間葉系幹細胞を得ることができたことが実証されているから、本件発明1~38は、発明の詳細説明に、課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されたものであり、また、当業者が実施できる程度に記載されたものであって、サポート要件及び実施可能要件は満たされている。
本件において「休眠状態」とは、有意な複製がなく、大部分の細胞が細胞周期を停止していることを意味する旨(段落【0016】)、技術常識に沿った説明がされており、上述のとおりの課題及びその解決手段に照らすと、本件発明においては休眠状態が誘導、維持できれば足りるのであって、それがいずれの細胞周期にあるかは問題ではない。(なお、「細胞周期のG0期で休止している間葉系幹細胞ではない」との発明特定事項は、新規性欠如の拒絶理由を解消するために追加されたものである。)
したがって、異議申立人が主張するこの理由により、本件がサポート要件や実施可能要件を満たさないとすることはできない。
(2)ゲル又はゲルマトリックスとの接触について
本件発明1、2に係る「体外で、休眠状態が維持された間葉系幹細胞」は、骨髄や脂肪組織の剛性に近い柔らかいゲルを用いた培養を行うことにより得られることが、発明の詳細な説明に記載され、実施例1~3、15において実証されている。よって、物の発明である本件発明1、2は、発明の詳細な説明に当業者が実施できる程度に記載されており、裏付けられているといえるのだから、異議申立人が主張するこの理由では、本件がサポート要件や実施可能要件を満たさないとすることはできない。
(3)ゲル又はゲルマトリックスの材料について
本件発明は、体内生物学的微小環境の剛性と類似した柔らかいゲルを用いることにより課題を解決するものであって(段落【0001】~【0010】)、ゲルの材料については、実施例で用いられたポリアクリルアミド以外に、フィブリン、アガロース、寒天、グリコサミノグリカン、コラーゲン、カラギーン、カラギーナン、ローカストビーンガム、グリセリンといった周知の各種ゲル化剤を使用できることが記載されている(段落【0061】~【0064】)。そして、ポリアクリルアミド以外の材料では、体内生物学的微小環境の剛性と類似した剛性のゲルを作ることができないという事情は見いだせない。
したがって、異議申立人が主張するこの理由により、本件がサポート要件や実施可能要件を満たさないとすることはできない。
(4)小括
上記(1)~(3)のとおりであるから、特許異議申立の理由によっては、本件が特許法第36条第6項第1号、第4項第1号に規定する要件を満たしていないとすることはできない。
第5 むすび
以上のとおり、異議申立人が主張する取消理由1~3によっては、請求項1~38に係る特許を取り消すことはできない。また、他に請求項1~38に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
したがって、結論のとおり決定する。
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2018-700511