特許異議申立
2016-701106
電力変換装置
- 審判番号
- 2016-701106
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2011-217107
- 登録番号
- 特許第5929080号(P5929080)
- 請求日
- 2016年11月28日
- 審決日
- 2017年10月19日
- 公報発行日
- 2018年01月26日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】ダイキン工業株式会社
- 【権利者代理人】特許業務法人前田特許事務所
- 【異議申立人】辰己 雄一
- 審判長/審判官
- 審判長 和田 志郎
- 審判官 新川 圭二
- 審判官 千葉 輝久
- 分類
- P1652.121-YAA(H02M) / P1652.113-YAA(H02M) / P1652.574-YAA(H02M)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第120条の5第2項、特許法第120条の5第9項、特許法第120条の5第4項、特許法第29条第2項、特許法第29条
- データ出所
- 審決公報(SGML)
事件の表示
特許第5929080号発明「電力変換装置」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
【結 論】
特許第5929080号の明細書、特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書、特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1-3〕についてについて訂正することを認める。
特許第5929080号の請求項1に係る特許を維持する。
理由
【理 由】
第1 手続の経緯
特許第5929080号の請求項1ないし3に係る特許についての出願は,平成23年9月30日に特許出願され,平成28年5月13日にその特許権の設定登録がされ,その後,その特許について,特許異議申立人辰已雄一により特許異議の申立てがされ,平成29年2月20日付けで取消理由が通知され,その指定期間内である平成29年4月24日に意見書の提出があり,平成29年5月23日付けで取消理由(決定の予告)が通知され,その指定期間内である平成29年7月25日に意見書の提出及び訂正請求(以下,「本件訂正請求」という。)がなされ,その本件訂正請求に対して特許異議申立人辰已雄一から平成29年8月30日付けで意見書が提出されたものである。
第2 訂正の適否についての判断
1 訂正の内容
本件訂正請求による訂正の内容は,以下の訂正事項1ないし訂正事項2のとおりである。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「備えたことを特徴とする電力変換装置」と記載されているのを,「備え,前記電圧誤差は,180度区間毎の出力電圧の大きさのアンバランスであることを特徴とする電力変換装置」に訂正する。
(2)訂正事項2
願書に添付した明細書の段落【0007】に記載された「備えたことを特徴とする」を「備え,前記電圧誤差は,180度区間毎の出力電圧の大きさのアンバランスであることを特徴とする」に訂正する。
2 訂正の目的の適否,一群の請求項,新規事項の有無,及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)一群の請求項について
訂正事項1に係る訂正前の請求項1~3について,請求項2,3はいずれも請求項1を引用するものであって,訂正事項1によって訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。
したがって,訂正前の請求項1~3に対応する訂正後の請求項1~3は,特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。
(2)訂正事項1について
ア 訂正の目的について
訂正事項1は,訂正前の特許請求の範囲の請求項1の「電圧誤差」について,「前記電圧誤差は,180度区間毎の出力電圧の大きさのアンバランスである」と記載することによって,明細書や図面を参酌することなく「電圧誤差」の意義を把握できるように請求項の記載を改めるものであるから,特許法第120条の5第2項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
イ 新規事項の有無,及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項1の「前記電圧誤差は,180度区間毎の出力電圧の大きさのアンバランスであること」という構成は,本件特許の願書に添付した明細書の段落【0028】の「図4の例では,相電圧がゼロから直流リンク電圧(Vdc)の間で変化する区間(同図の区間(B)を参照)において,斜線部(斜線のピッチが狭い方のハッチング)で示される電圧が誤差電圧であり,同図上側の斜線部の面積分だけ出力電圧が高くなり,同図下側の斜線部の面積分だけ出力電圧が低くなる。そして,これらの斜線部の面積(すなわち誤差電圧)は,互いに異なっているので,180度区間毎に区切られた出力電圧の大きさにアンバランスが生じる」との記載に基づくものであり,訂正事項1は願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものである。
また,上記アのとおり訂正事項1は「電圧誤差」についての記載を明瞭にするものであり,カテゴリーや対象,目的を変更するものではないから,実質上特許請求の範囲を拡張しまたは変更するものに該当せず,特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する126条第5項及び第6項に適合するものである。
(3)訂正事項2について
ア 訂正の目的について
訂正事項2は,訂正事項1に係る訂正に伴って,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との整合を図るために,願書に添付した明細書の段落【0007】に記載された「備えたことを特徴とする」を「備え,前記電圧誤差は,180度区間毎の出力電圧の大きさのアンバランスであることを特徴とする」に訂正するものであるから,特許法第120条の5第2項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
イ 新規事項の有無,及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項2は訂正事項1に対応するものであり,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものである。
また,カテゴリーや対象,目的を変更するものではないから,実質上特許請求の範囲を拡張しまたは変更するものに該当せず,特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する126条第5項及び第6項に適合するものである。
3 小括
以上のとおりであるから,本件訂正請求による訂正は特許法第120条の5第2項ただし書き第3号に掲げる事項を目的とするものであり,かつ,同条第9項において読み替えて準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので,訂正後の請求項〔1-3〕について訂正を認める。
第3 特許異議の申立てについて
1 本件発明
本件訂正請求により訂正された訂正特許請求の範囲の請求項1~3に係る発明(以下,訂正特許請求の範囲の請求項1~3に係る発明を,それぞれ,「本件特許発明1」~「本件特許発明3」という。)は,その特許請求の範囲の請求項1~3に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
キャリア周期(T)毎にスイッチングを行うことにより入力を所定周波数,及び所定電圧の交流に変換して出力するインバータ回路(4)と,
前記スイッチングを制御して,インバータ出力の相電圧を6ステップモードとなるよう制御するとき,180度毎に訪れる相電圧が切替るタイミングにおいて,電圧誤差をなくすようにパルス電圧を出力するキャリア周期(T)を存在させる制御を行う制御部(5)と,
を備え,
前記電圧誤差は,180度区間毎の出力電圧の大きさのアンバランスであることを特徴とする電力変換装置。
【請求項2】
請求項1の電力変換装置において,
前記制御部(5)は,電圧ベクトルが整数回のキャリアで進む角度から計算した弦の長さが6つの基本電圧ベクトルからなる六角形の一辺の長さと等しくなるように,前記電圧ベクトルの大きさを決定することを特徴とする電力変換装置。
【請求項3】
請求項1の電力変換装置において,
前記制御部(5)は,キャリア周期(T)の開始時の電圧を示す第1電圧ベクトル(va)がキャリア周期(T)の終了時の電圧を示す第2電圧ベクトル(vb)まで変化する間に,相電圧が直流リンク電圧(Vdc)に切替る境界線,又は相電圧が0Vに切替る境界線の少なくともどちらか一方を通過した場合には,電圧ベクトルが直流リンク電圧(Vdc)又は0V一定となる区間(A,C)を通過した時間と,電圧ベクトルが直流リンク電圧(Vdc)と0Vの間で変化する区間(B)を通過した時間の電圧積算値から求めるキャリア周期(T)内の平均電圧に基づいて,前記パルス電圧の幅を決定することを特徴とする電力変換装置。」
2 取消理由の概要
訂正前の請求項1に係る特許に対して平成29年5月23日付けで特許権者に通知した取消理由通知(決定の予告)の要旨は,次のとおりである。
請求項1に係る発明は,甲第1号証に記載された発明に基づき,容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,請求項1に係る特許は,取り消されるべきものである。
3 甲号証の記載事項及び甲号証に記載された発明
取消理由通知(決定の予告)で引用した刊行物である甲第1号証(特開2007-143316号公報)には,以下の事項が記載されている(下線は重要箇所に対して当審が付与した。)。
ア 「【0008】
この発明に係るPWM制御を行い直流電圧を交流電圧に変換することでモータに印加する電圧を制御するモータ制御装置は,電圧指令値に基づいてモータに印加する正弦波状電圧の指令値である第1のモータ電圧指令値を演算して求める電圧指令値演算手段と,前記直流電圧で出力可能な正弦波状電圧の大きさに対する前記第1のモータ電圧指令値の大きさの割合を示す基本変調率(k0)を求め,該基本変調率(k0)に基づいて第1のモータ電圧指令値の補正をして第2のモータ電圧指令値を求める基本波電圧線形化手段と,前記第2のモータ電圧指令値及びPWM生成キャリア信号に基づいてPWM信号を生成するPWM波形生成手段と,前記第1のモータ電圧指令値の大きさとモータに印可するPWM出力電圧の基本波成分の大きさとの関係を線形化したときに,前記モータに印可する電圧指令値とモータに印加するPWM出力電圧とに位相誤差が生じない変調率の上限値である上限変調率(kmax)を求める補償倍率リミッタ手段と,前記PWM信号に基づいて前記直流電圧を交流電圧に変換したPWM出力電圧をモータに供給するPWMインバータとを備え,前記基本波電圧線形化手段は,前記基本変調率(k0)の大きさが1を越える場合には,前記基本変調率(k0)に基づいて,前記第1のモータ電圧指令値の大きさとモータに印可するPWM出力電圧の基本波成分の大きさとの関係を線形化する第1の変調率(k1)を求め,前記上限変調率(kmax)を上限値として,前記第1の変調率(k1)に基づいて前記第1のモータ電圧指令値を補正して前記第2のモータ電圧指令値を求めるものである。」
イ 「【0010】
実施の形態1.
図1はこの発明の実施の形態1におけるモータ制御装置の構成を示すものである。図1において,1は制御演算手段,2はPWMインバータ,3はモータ,4は電圧指令演算手段,5は基本波電圧線形化手段,6はキャリア信号生成手段,7はPWM波形生成手段,8は補償倍率リミッタ手段である。制御演算手段1はPWM信号Su,Sv,Swを介してPWMインバータ2と接続され,またPWMインバータ2の出力はU,V,W相の結線にてモータ3に接続されている。モータ3はU,V,W相に供給される交流電圧によりトルクを発生し運転する。」
ウ 「【0015】
過変調PWMは図4の如く変調率が1を越えた状態を指す。電圧指令の振幅をキャリア信号の振幅よりも大きくすることで出力電圧の基本波成分を増加させ,高速・高負荷での運転が可能となる。変調率を無限大とした場合,図5の如く出力電圧の基本波成分は変調率が1の場合の約1.105倍で飽和する。即ち,正弦波PWM方式での最大出力電圧の約1.105倍の基本波成分電圧を出力でき,より大きなトルクを得られる。」
エ 「【0018】
次に電圧指令およびPWM出力波形の生成実現手段の種類であるデジタル方式と,デジタル方式による離散的演算により,過変調PWM時に発生する位相誤差及びPWM出力電圧の低周波電圧誤差について説明する。
【0019】
まず,電圧指令およびPWM出力波形の生成実現手段の種類について説明する。
近年,マイコン等の性能向上に伴い,上記の実現手段としてはデジタル方式が広く用いられている。デジタル方式は所定周期毎に離散的に電圧指令値を演算してこの値を保持し,三角波状のキャリア信号と,前記記憶されている電圧指令値の大小を比較し,この比較結果をPWM信号として出力する方式である。
図7はマイコンでの電圧指令演算結果を示す。図7は電圧指令の演算周期とキャリア周期は同一である例であり,キャリアの山に同期して電圧指令が更新される。過変調PWMの場合,キャリア信号の振幅よりも電圧指令の振幅が大きいため,PWMのスイッチングが発生しない区間が現れ,この区間は変調率が大きいほど増加する。このような過変調PWM時の離散的演算により発生する位相誤差について図8により説明する。
【0020】
図8は過変調時のPWM信号生成過程を示す。図8のA,Bはそれぞれ位相の異なる2つの電圧指令A,Bのゼロクロス点近傍について拡大波形である。マイコン等による離散値制御の場合,実際の電圧指令は離散的に変化し,理想の電圧指令がAの場合は演算周期毎にa1,a2と変化する。
電圧指令値がキャリア信号の振幅範囲内であれば,同一周期内でPWMのスイッチング(1周期内でのON-OFF動作)が発生するが,図8の電圧指令Aの様に離散化された電圧指令がキャリア振幅の範囲内を通過してしまうと,PWMのスイッチングはキャリア周期内で発生せず,結果,キャリア信号の所定タイミングで単一のスイッチングが発生することとなる。
【0021】
また,図8において位相の異なる電圧指令Bを考えたとき,前記電圧指令Aの場合と同様,離散化された電圧指令Bはキャリア振幅を通過するため,出力されるPWM波形は電圧指令AのPWM波形と同一となる。即ち,電圧指令の位相がA~Bの間であれば全て同一のPWM波形となる。言い換えれば離散化された電圧指令値がキャリア振幅を越えて変化する場合,電圧指令とPWM出力電圧とに位相誤差が生ずる。この位相誤差は,電圧指令の周波数が高く,演算周期が長く,変調率が大きいほど拡大する。このような位相誤差が発生し始める変調率kthは,電気角周波数指令ω*と演算周期Tsとで表すことができる。次に変調率kth導出の詳細を図9により説明する。
【0022】
図9は電気角位相と電圧指令値との関係を示す図である。図9において,Vdc/2~-Vdc/2間がPWMのスイッチング可能な電圧範囲であり,キャリア信号の振幅に相当する。
図9のような,変調率Vk=1.155≒2/sqrt(3)とその倍の変調率Vk=2.309≒2・2/sqrt(3)の時の電圧指令波形を考えた場合,電圧指令値がVdc/2又は-Vdc/2を越えたところが100%デューティとなる,即ち,電圧指令値がVdc/2又は-Vdc/2の値に飽和した状態(以下,張付きという。)となり,正負いずれかの極性に張り付く。この張付き状態から他の極性の張付き状態に移行する部分,つまり,図9のステージ1とステージ4の部分にPWMのスイッチングが発生する。張付きが移行する位相角を張付き移行位相角θcng[rad]とすると,変調率kと張付き移行位相角θcngとに次式の関係がある。
【数1】
位相誤差を生じさせないためには,張付き移行時に少なくとも一回PWMのスイッチングを発生させる必要がある。従って,演算周期をTs[s],電気角周波数指令をω* [rad/s]とすると,演算周期Ts[s]あたりに進む位相角ω* ・Ts[rad]が張付き移行位相角θcng[rad]よりも小さい必要がある。これを式に表すと次式となる。
【数2】
ω*・Ts<θcng
以上から位相誤差が生じないための変調率kの条件は,次式のようになる。
【数3】
図10は演算周期Ts固定の場合の回転速度と変調率kthの関係を示す図である。変調率kがkth以下では,PWM出力電圧に対して上記の位相誤差が発生しないため,PWM出力電圧が安定し運転も安定となる。一方,変調率kがkthを越えると位相誤差が発生し,位相誤差が大きくなるほどモータの運転が不安定となる。」
オ 「【0024】
次に非同期PWMでの出力電圧誤差について図11により説明する。
図11は高速回転時の電圧指令およびPWM出力電圧波形を示す図である(キャリア信号の図示省略)。
非同期PWMでは電圧指令の演算周期は電圧指令の周波数と無関係であり,デジタル方式においては通常一定周期で離散的に演算される。このため,高速回転時ではたとえば図11(a)の丸印の如く,電圧指令の周期に対して演算周期が粗い結果となる。ここで変調率を無限大として考えた場合,PWM出力電圧の波形は図11(b)となる。すなわち電圧指令の演算周期と電圧指令の電圧極性にのみ依存するPWM波形となる。図11(b)はPWM出力電圧波形のパルス幅において電圧指令の演算周期の影響を受けて低周波の電圧誤差を生じ,図11(c)の如く歪み成分を伴う。このためモータには出力電圧周波数よりも低い周波数成分の電圧が印加される。これによりトルクあるいは電流が変動し運転特性に劣化が生じる。
【0025】
以上のような性能低下の根源である不安定動作を回避するには,上記式(1)の関係に基づき変調率kの動作範囲に制限を設け,位相誤差を発生させないようモータ運転をする必要がある。このような過変調PWM時の位相誤差による性能低下を回避するための動作処理について図12を用いて説明する。
・・・(中略)・・・
【0029】
次に補償倍率リミッタ手段8は,電気角周波数指令ω* と演算周期Tsとから前記式(1)を用いて位相誤差が生じない変調率の上限値である上限変調率(kmax)を演算し,基本波電圧線形化手段5は,前記第1の変調率(k1)と上限変調率(kmax)を比較し第2の変調率(k2)を設定する。k1>kmaxであるならばk2はkmaxとし,k1≦kmaxならばk2はk1と同一とする(ステップs7~s10)。」
カ 「【0031】
上記の動作による効果を図13及び図14を用いて説明する。
図13は過変調時における,電圧指令とPWM信号との位相誤差を示す図である。図13(a)は変調率の上限制限がない従来方式の電圧指令波形及びPWM信号波形,図13(b)は本発明の電圧指令波形及びPWM信号波形である。
基本波電圧線形化手段5により,前記基本変調率(k0)の大きさが1を越える場合,前記上限変調率(kmax)を上限とする第1の変調率(k1)の値に基づき,前記第1のモータ電圧指令値Vu1* ,Vv1* ,Vw1* を補正して第2のモータ電圧指令値Vu2* ,Vv2* ,Vw2* を生成することにより,第1のモータ電圧指令値に対するPWM出力電圧の基本波成分が線形化され,且つ,第1の変調率(k1)の上限値を上限変調率(kmax)により制限しているので,電圧指令値のゼロクロス近傍でPWMのスイッチングが発生し,位相誤差が縮小される。
【0032】
図14は高速回転時における出力電圧歪みを示す図である(キャリア信号は図示省略)。図14(a)は非同期PWMでの電圧指令と演算周期を示す,図14(b)は変調率を無限大とした場合,変調率の上限制御が無い従来方式の出力電圧波形,図14(c)は本発明の出力電圧波形である。図14(b)のように従来方式では出力電圧のスイッチング周期が非同期発生するため出力電圧に低周波の歪みが発生するが,本発明では,図14(c)のように第1の変調率(k1)の上限値を上限変調率(kmax)により制限しているので,図14(c)のPWM周期と示される電圧指令のゼロクロス近傍で,キャリア信号と電圧指令とが交わり,少なくとも1回PWMのスイッチングが発生するため,出力電圧における低周波の歪み成分が抑制される。尚,図14(c)の非PWM周期と示される周期は100%デューティでPWMスイッチングを行わない周期である。」
以上の記載によれば,甲第1号証には以下の発明(以下,「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。
「PWM制御を行い直流電圧を交流電圧に変換することでモータに印加する電圧を制御するモータ制御装置であって,
該モータ制御装置は,制御演算手段1,PWMインバータ2,モータ3を備え,制御演算手段1はPWM信号Su,Sv,Swを介してPWMインバータ2と接続され,またPWMインバータ2の出力はU,V,W相の結線にてモータ3に接続されており,モータ3はU,V,W相に供給される交流電圧によりトルクを発生し運転し,
デジタル方式は所定周期毎に離散的に電圧指令値を演算してこの値を保持し,三角波状のキャリア信号と,前記記憶されている電圧指令値の大小を比較し,この比較結果をPWM信号として出力する方式であり,電圧指令の演算周期とキャリア周期は同一であり,キャリアの山に同期して電圧指令が更新され,電圧指令値がキャリア信号の振幅範囲内であれば,同一周期内でPWMのスイッチング(1周期内でのON-OFF動作)が発生するが,離散化された電圧指令がキャリア振幅の範囲内を通過してしまうと,PWMのスイッチングはキャリア周期内で発生せず,結果,キャリア信号の所定タイミングで単一のスイッチングが発生することとなり,このとき,電圧指令値がVdc/2又は-Vdc/2を越えたところが100%デューティとなる,即ち,電圧指令値がVdc/2又は-Vdc/2の値に飽和した状態(以下,張付きという。)となり,正負いずれかの極性に張り付き,離散化された電圧指令値がキャリア振幅を越えて変化する場合,電圧指令とPWM出力電圧とに位相誤差が生じ,この位相誤差は,電圧指令の周波数が高く,演算周期が長く,変調率が大きいほど拡大するが,このような位相誤差が発生し始める変調率kthは,電気角周波数指令ω*と演算周期Tsとで表すことができ,位相誤差を生じさせないためには,張付き移行時に少なくとも一回PWMのスイッチングを発生させる必要があり,位相誤差が生じないための変調率kの条件は,次式のようになり,
上記式(1)の関係に基づき変調率kの動作範囲に制限を設け,kがkthを超える場合にはこれをk=kthと制限して,位相誤差を発生させないようモータ運転をする,
モータ制御装置。」
第4 当審の判断
1 取消理由について
(1)本件特許発明1と甲1発明との対比
本件特許発明1と甲1発明とを対比すると,以下の点で一致し,また,相違する。
(一致点)
「キャリア周期(T)毎にスイッチングを行うことにより入力を所定周波数,及び所定電圧の交流に変換して出力するインバータ回路と,
前記スイッチングを制御して,過変調制御するとき,相電圧が切替るタイミングにおいて,誤差をなくすようにパルス電圧を出力するキャリア周期(T)を存在させる制御を行う制御部と,
を備えたことを特徴とする電力変換装置。」
(相違点1)
一致点の「パルス電圧を出力するキャリア周期(T)を存在させる制御を行う」のが,
本件特許発明1では「インバータ出力の相電圧を6ステップモードとなるよう制御するとき,180度毎に訪れる相電圧が切替るタイミングにおいて」であるのに対し,
甲1発明では「離散化された電圧指令値がキャリア振幅を越えて変化する場合」即ち「過変調制御時」であって,「張付き移行時」である点。
(相違点2)
一致点の「誤差」が,本件特許発明1では「電圧誤差」であって,「前記電圧誤差は,180度区間毎の出力電圧の大きさのアンバランスである」のに対し,
甲1発明では電圧指令とPWM出力電圧との「位相誤差」である点。
(2)相違点についての検討
(相違点1)について以下に検討する。
本件特許発明1の「6ステップモード」に関し,本件明細書の「本実施形態における過変調制御は,インバータ回路(4)の出力が,キャリア1周期(T)を通して,全相ハイ,或いは全相ローのパターンが現れない状態に制御する制御をいう。過変調制御では,相電圧の180度区間において,数キャリア周期連続して,所定のスイッチング素子(S)をオン或いはオフ状態に固定する。これにより,前記基本波成分を正弦波駆動時よりも高くすることが可能になる。所定のスイッチング素子(S)を相電圧の180度区間オン状態に固定して,次の180度区間ではオフ状態に固定することを交互に繰り返すと過変調制御で出力を最大に出来る状態となり,いわゆる6ステップモードと呼ばれる状態になる。」(【0025】)との記載によれば,「所定のスイッチング素子(S)を相電圧の180度区間オン状態に固定して,次の180度区間ではオフ状態に固定することを交互に繰り返」し,「過変調制御で出力を最大に出来る状態」のことを意味している。そして,平成29年7月25日付け意見書において特許権者が主張するように『本件発明に係る「6ステップモード」では,「電圧指令値」,「キャリア信号」,及び「変調率」の概念がない。』(7頁下から3行~下から2行)ものである。
これに対し,甲1発明の「離散化された電圧指令値がキャリア振幅を越えて変化する場合」には,「変調率kの動作範囲に制限を設け,kがkthを超える場合にはこれをk=kthと制限して」制御するものであって,「離散化された電圧指令値」,「キャリア振幅」,「変調率k」を用いて過変調制御するものであると認められるから,「インバータ出力の相電圧を6ステップモードとなるよう制御する」ものということはできず,また,そのような制御することを示唆する記載は甲第1号証にはない。
したがって,本件特許発明1は,(相違点2)に拘わらず甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
2 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
特許異議申立人辰已雄一は,訂正前の特許請求の範囲に関し,特許異議申立書において,請求項1記載の発明は甲1号証記載の発明と同一であるから請求項1に係る発明は特許法第29条1項3号の要件を満たさないと主張している。
しかしながら,上記「1 取消理由について」で述べたとおりであるから,本件特許発明1は甲1号証記載の発明と同一であるということはできず,かかる主張は理由がない。
3 特許異議申立人の意見について
特許異議申立人辰已雄一は,平成29年8月30日付け意見書において,甲1号証の発明はその図14(c)に示されるように,「少なくとも1回PWMのスイッチングが発生」ことで,従来方式よりも低周波歪み成分を抑制し,180度区間毎の出力電圧の大きさのアンバランスを低減している旨主張している。
しかしながら,上記「1 取消理由について」で述べたとおり,甲1発明は「インバータ出力の相電圧を6ステップモードとなるよう制御する」ものではないから,特許異議申立人の上記主張に拘わらず,本件特許発明1は甲1発明から容易に発明できたということはできない。
第5 まとめ
以上のとおりであるから,取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては,本件請求項1に係る発明の特許を取り消すことはできない。
また,他に本件請求項1に係る発明の特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。
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2016-701106