特許異議申立
2024-701137
皮膜除去方法
- 審判番号
- 2024-701137
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2020-057693
- 登録番号
- 7489207
- 請求日
- 2024年11月22日
- 審決日
- 2025年10月30日
- 公報発行日
- 2026年01月30日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】古河電気工業株式会社
- 【権利者代理人】弁理士法人酒井国際特許事務所
- 【異議申立人】西村 裕之
- 審判長/審判官
- 審判長 林 毅
- 審判官 吉田 美彦
- 審判官 山崎 慎一
- 分類
- P1651.121-YAA(H02G) / P1651.536-YAA(H02G) / P1651.537-YAA(H02G)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第120条の5第9項、特許法第36条、特許法第120条の5第2項、特許法第120条の5第4項、特許法第29条、特許法第120条の8第1項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7489207号発明「皮膜除去方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7489207号の特許請求の範囲の記載を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~3〕について訂正することを認める。
特許第7489207号の請求項1に係る特許を維持する。
特許第7489207号の請求項2~3に係る異議申立てを却下する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7489207号の請求項1~3に係る特許についての出願は、令和2年3月27日に出願され、令和6年5月15日にその特許権の設定登録がされ、令和6年5月23日に特許掲載公報が発行された。その後、その特許に対し、令和6年11月22日に特許異議申立人西村裕之(以下、「申立人」という。)は、特許異議の申立てを行った。
その後令和7年2月21日付けで当審より取消理由通知がなされ、これに対し、特許権者は同年4月28日付けの訂正請求書により訂正請求を行ったところ、同年5月14日付けで補正指令がなされ、同年6月17日に、補正書及び添付書類(以下、訂正請求書、訂正特許請求の範囲、補正書及び添付書類をまとめて、「提出書類」という。)の提出があったものである。
その後提出書類の副本を申立人に送付したところ、令和7年7月29日に申立人から意見書(以下、「申立人意見書」という。)が提出された。
第2 訂正の適否
1 訂正の内容
令和7年4月28日付け訂正請求書及び同年6月17日付け手続補正書によって補正された訂正請求書(以下、この補正された訂正請求書を「訂正請求書」といい、当該訂正請求書による訂正を「本件訂正」という。)は、当該訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1~3について訂正することを求めるものであって、その内容は以下のとおりである。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に
「 レーザ光の連続波の照射により電線の導体を覆う絶縁皮膜を除去する皮膜除去方法であって、
レーザ光の波長が400[nm]以上でありかつ500[nm]以下であり、
レーザ光の出射エネルギ密度が3[J/mm2]以上でありかつ13[J/mm2]以下である、皮膜除去方法。」と記載されているのを、
「 レーザ光の連続光の照射により電線の導体を覆う絶縁皮膜を除去する皮膜除去方法であって、
レーザ光の波長が450[nm]であり、
レーザ光の出射エネルギ密度を3.33[J/mm2]以上かつ12.5[J/mm2]以下とし、
レーザ光のスポット径を230[μm]以上かつ400[μm]以下とし、かつ、
レーザ光の走査速度を100[mm/s]以上かつ500[mm/s]以下として前記絶縁皮膜の除去を行うことにより、
前記絶縁皮膜を除去した前記導体の表面と当該表面に密着的に接触させた他の導電体との間の電気抵抗が0[Ω]となり、
前記絶縁皮膜を除去した前記導体の表面におけるJIS B 0601-2001で規定される表面粗さである算術平均粗さRaが、1以上3.1以下となり、かつ、
前記導体の質量損失が0.5[%]以上1.4[%]以下となる、皮膜除去方法。」に訂正する。(下線は訂正箇所を示すものとして特許権者が付したものである。)
(2)訂正事項2
請求項2を削除する。
(3)訂正事項3
請求項3を削除する。
2 一群の請求項について
本件訂正前の請求項2及び3は、請求項1を引用するものであって、訂正事項1によって訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。
したがって、本件訂正前の請求項1~3に対応する本件訂正後の請求項1~3は、特許法120条の5第4項に規定する一群の請求項である。
3 訂正の適否について
(1)訂正事項1について
ア 訂正の目的について
訂正事項1は、訂正前の請求項1に係る特許における、「レーザ光の波長」及び「レーザ光の出射エネルギ密度」を具体的に限定するとともに、「レーザ光のスポット径」、「レーザ光の走査速度」、「前記絶縁皮膜を除去した前記導体の表面と当該表面に密着的に接触させた他の導電体との間の電気抵抗」、「前記導体の表面におけるJIS B 0601-2001で規定される表面粗さである算術平均粗さRa」、及び「前記導体の質量損失」を具体的に限定するものであるから、特許法120条の5第2項ただし書1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。
イ 実質拡張変更について
訂正事項1は、上記アのとおり、訂正前の請求項1に係る特許における、「レーザ光の波長」及び「レーザ光の出射エネルギ密度」を具体的に限定するとともに、「レーザ光のスポット径」、「レーザ光の走査速度」、「前記絶縁皮膜を除去した前記導体の表面と当該表面に密着的に接触させた他の導電体との間の電気抵抗」、「前記導体の表面におけるJIS B 0601-2001で規定される表面粗さである算術平均粗さRa」、及び「前記導体の質量損失」を具体的に限定するものであって、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、または変更するものには該当せず、 特許法120条の5第9項で準用する同法126条6項に適合する。
ウ 新規事項の追加について
訂正事項1により追加された、
「レーザ光の連続光の照射により電線の導体を覆う絶縁皮膜を除去する皮膜除去方法」、「レーザ光の波長が450[nm]であ」ること、
「レーザ光の出射エネルギ密度を3.33[J/mm2]以上かつ12.5[J/mm2]以下と」すること、及び、
「レーザ光のスポット径を230[μm]以上かつ400[μm]以下とし、かつ、
レーザ光の走査速度を100[mm/s]以上かつ500[mm/s]以下として前記絶縁皮膜の除去を行うことにより、
前記絶縁皮膜を除去した前記導体の表面と当該表面に密着的に接触させた他の導電体との間の電気抵抗が0[Ω]となり、
前記絶縁皮膜を除去した前記導体の表面におけるJIS B 0601-2001で規定される表面粗さである算術平均粗さRaが、1以上3.1以下となり、かつ、
前記導体の質量損失が0.5[%]以上1.4[%]以下となる」こと、については、本件特許明細書段落【0030】、【0034】の【表1】に記載された事項の範囲内の訂正であり、特許法120条の5第9項で準用する同法126条5項に適合する。
エ 独立特許要件について
本件異議申立においては、訂正前の全ての請求項について特許異議申立てがされているので、訂正前の請求項1に係る訂正事項1に関して、特許法120条の5第9項で準用する同法126条7項のいわゆる独立特許要件は課されない。
(2)訂正事項2及び3について
ア 訂正の目的について
訂正事項2及び3は、請求項2及び3を削除するというものであるから、特許法120条の5第2項ただし書1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。
イ 実質拡張変更について
訂正事項2及び3は、請求項2及び3を削除するというものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものにあたらず、特許法120条の5第9項で準用する同法126条6項に適合する。
ウ 新規事項の追加について
訂正事項2及び3は、請求項2及び3を削除するというものであるから、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法120条の5第9項で準用する同法126条5項に適合する。
エ 独立特許要件について
本件異議申立においては、訂正前の全ての請求項について特許異議申立てがされているので、訂正前の請求項2~3に係る訂正事項2~3に関して、特許法120条の5第9項で準用する同法126条7項のいわゆる独立特許要件は課されない。
4 むすび
以上のとおりであるから、本件訂正の訂正事項1~3は、いずれも特許法120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものであり、また、同条9項で準用する同法126条5項及び6項の規定に適合する。
したがって、本件特許の特許請求の範囲の記載を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~3〕について訂正することを認める。
第3 本件特許発明
特許第7489207号の請求項1に係る特許に係る発明(以下、「本件特許発明」という。)は、その訂正特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される次のとおりのものである。(なお、各構成要件の前に付した、「A」~「H」の記号は、各構成要件を区別するために当審で付したものであり、それぞれ「構成要件A」~「構成要件H」などという。)
A レーザ光の連続光の照射により電線の導体を覆う絶縁皮膜を除去する皮膜除去方法であって、
B レーザ光の波長が450[nm]であり、
C レーザ光の出射エネルギ密度を3.33[J/mm2]以上かつ12.5[J/mm2]以下とし、
D レーザ光のスポット径を230[μm]以上かつ400[μm]以下とし、かつ、
E レーザ光の走査速度を100[mm/s]以上かつ500[mm/s]以下として前記絶縁皮膜の除去を行うことにより、
F 前記絶縁皮膜を除去した前記導体の表面と当該表面に密着的に接触させた他の導電体との間の電気抵抗が0[Ω]となり、
G 前記絶縁皮膜を除去した前記導体の表面におけるJIS B 0601-2001で規定される表面粗さである算術平均粗さRaが、1以上3.1以下となり、かつ、
H 前記導体の質量損失が0.5[%]以上1.4[%]以下となる、皮膜除去方法。
第4 異議申立理由の概要
1 異議申立理由
(1)異議申立理由1(甲第1号証に基づく進歩性欠如)について
本件特許発明1~3は、下記2に示す甲第1号証に記載された発明及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
したがって、本件特許発明1~3に係る特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたものであるから、同法113条2号の規定により取り消されるべきものである。
(2)異議申立理由2(サポート要件違反)について
本件特許発明1~3は、本件特許発明1ないし3の構成のみで本件発明の課題が解決できるものではなく、また、本件特許発明1の波長のうち400nm~449、451~500nmの範囲の評価については本件特許明細書に記載されておらず、本件特許発明の効果を奏するかは不明であり、さらに、本件特許発明1のエネルギ密度の根拠である表1、表2の実験が連続波であることは本件特許明細書に記載されていないことから、本件特許発明1ないし3は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものでなく、かつ、出願時の技術常識に照らして当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものでもなく、サポート要件を満たしていない。
よって、本件特許発明1~3に係る本件特許は、特許法36条6項1号の規定に違反してなされたものである。
したがって、本件特許発明1~3に係る特許は、特許法36条6項1号の規定に違反してされたものであるから、同法113条4号の規定により取り消されるべきものである。
(3)異議申立理由3(実施可能要件違反)について
本件特許明細書には、本件特許発明1~3について、本件特許明細書の実施例に記載された以外の数値で本件特許発明の実施が可能であるのかが具体的に記載されておらず、本件特許発明1~3の数値範囲を臨界点とした特定のどのような効果を生じさせるものであるのかが十分に記載されていない。
さらに、本件特許明細書には、レーザ溶接ではなく皮膜除去である本件特許発明の実施が可能であるのかが具体的に記載されていないため、 当業者が発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されていない。
したがって、本件特許明細書は、当業者が発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものとはいえず、本件特許発明1~3に係る本件特許は、特許法36条4項1号の規定に違反してなされたものであるから、同法113条4号の規定により取り消されるべきものである。
2 証拠方法
申立人が特許異議申立書(以下「申立書」という。)に添付した証拠方法は、以下のとおりである。
甲第1号証:特表2015-524642号公報
甲第2号証:特表2020-506808号公報
第5 各甲号証の記載
1 甲第1号証(特表2015-524642号公報)
(1)甲第1号証に記載された発明
甲第1号証には、次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されているといえる。
「電気ケーブル剥皮用のレーザー装置であって(【0001】)、
シングルストランドケーブルは、通常、導電性芯線と導体をその長さ全体にわたって取り囲んでいる絶縁性シースを含み(【0002】)、
レーザー式剥皮装置も公知であって、この場合、発出されたレーザー放射線が絶縁性シースを気化させ(【0006】)、
紫外線の領域(最も使用される気体については波長0.193μm、0.248μm、0.308μm又は0.351μm)で発光するエキシマーレーザーによる剥皮技術におけるレーザー源はパルス送りされて強いピーク出力のビームを発生させ(【0012】)、
レーザー式剥皮装置を提案するケーブルの導体に損傷を加える危険性なく、かつ絶縁体被着物が全く残存しないという保証を伴って、あらゆる直径の円筒形シングルストランドケーブルを剥皮することもできなくてはならず(【0016】)、
レーザー源により発出され光学アセンブリによって切断点と呼ばれる集束点において集束される少なくとも1本の剥皮ビームを含む電気ケーブル剥皮装置であって、各レーザー源が、400nm(0.40μm)~460nm(0.46μm)の波長の剥皮ビームを発出するレーザーダイオード(以下青色又は紫色レーザーダイオードと呼ぶ)を含み(【0017】)、
各ヘッドは、青色又は紫色のレーザーダイオード1、すなわち0.40μm~0.46μmの波長で発光するダイオードを含み、剥皮ビーム10はこうして、切断点12に集束され、一方剥皮ビーム11は切断点13に集束され(【0053】)、
剥皮ヘッド(ダイオード1+光学素子2及び3+偏向ミラー4、この偏向ミラー4はダイオード及びダイオードが生成する一次ビームとの関係において固定された状態にとどまる)は、剥皮すべきケーブルを中心として回転させられ、この回転運動はケーブルの直径についての情報、剥皮プログラムに応じて速度が最適化されるモーターを含むステアリング手段を用いて実現され(【0055】)、
レーザーダイオードの光出力、光学ヘッドの回転速度あるいは回転数などの一部の剥皮パラメータは、剥皮の進捗を制御するためのモニタリングシステムを用いて調整可能であり(【0057】)、
必要以上に処理を行わずに実行速度を最適化するような形でレーザー出力又は移動速度を調整することのできる操縦手段によって、実時間で考慮され得(【0059】)、
青色のレーザーダイオードによる剥皮装置は、場合によって、ケーブルの表面上の切断点の制御のための自動焦点機能を含んでいてよく、この機能は、シースの下に位置するワイヤーが剥皮ビームによる損傷を受けることのある非円形断面の撚り合せ多芯ケーブルの剥皮用として極めて有利であり、円筒形ケーブルの剥皮の場合、この機能は同様に、完璧な(導体の破損も残留絶縁体の痕跡も全く無い)剥皮を保証するか又は、ケーブルの直径に装置を極めて精確に適応させることをも可能にし(【0067】)、
能動光学素子208は、ケーブルの表面の位置の如何に関わらずこの表面上で切断用ビーム209の集束点の位置を調整することができ(【0071】)、
実時間で画像センサー214により生成される信号の解析から能動レンズ208を操縦し、切断点をつねに最適な状態に維持することを可能にし(【0078】)、
切断点の画像は同様に、レーザーダイオードの出力、剥皮ヘッドの移動速度などの剥皮パラメータを制御するためにも使用可能である(【0079】)
レーザー装置。」
2 甲第2号証(特表2020-506808公報)
(1)甲第2号証に記載された発明
甲第2号証には、次の発明(以下、「甲2発明」という。)が記載されているといえる。
「材料のレーザー加工において、約350nmから約500nm及びそれより大きい波長を有するレーザービームを使用して銅材料をレーザー接合するものであって(【0002】)、
「青色レーザービーム」、「青色レーザー」、及び「青色」という用語は、それらの最も広範な意味を与えられるべきであり、概して、レーザービームを提供するシステム、レーザービーム、レーザー源、例えばレーザー及びダイオードレーザーであって、約400nmから約500nmの波長を有するレーザービーム又は光を提供するもの、例えば伝播させるものであり(【0010】)、
本システム及び方法の実施形態のためのハイパワーレーザービーム(例えば、可視レーザービーム、緑色レーザービーム、及び青色レーザービーム)は、約50μm又はそれ以上のスポットサイズへ集束される又はシステムの光学器を通して約50μm又はそれ以上のスポットサイズへ集束される能力を有し、これらのパワー及びこれらのレーザービームについてのスポットサイズ(最長断面距離、円の場合は直径)は約50μmから約250μm、約50μmから約500μm、約100μmから約4000μmであってもよく、より大きいスポット及びより小さいスポットも考えられ、全てがこれらの範囲内のサイズであり(【0040】)、
レーザー源は、0-275ワットの性能のハイパワー青色ダイレクトダイオードレーザーであり、被加工物上のスポット径は200μm×150μmであり、最大パワーでのパワー密度1.2MW/cm2を現出させ(【0076】)、
275Wでの、9m/分までの完全溶込みの後に、予想される様に速度に伴う溶込み深さの減退が続き(図3)、図5は、500μmの銅についての275Wでの溶込み深さ対速度を示すこと(【0082】)。」
第6 取消理由通知書に記載した取消理由について
1 取消理由の概要
令和7年2月21日付けで当審より通知された取消理由の概要は以下のとおりである。
(1)取消理由1(明確性要件違反)、取消理由2(サポート要件違反)について
ア 本件特許が解決しようとする課題について
本件特許明細書の段落【0002】~【0005】の記載を参酌すると、本件特許が解決しようとする課題は、「レーザ光を照射することにより電線の皮膜を除去して当該皮膜が覆う導体を露出させる皮膜除去方法(【0002】)にあっては、例えば、より確実に皮膜を除去することができたり、あるいはより手間をかけずに皮膜を除去することができたりなど、より不都合の少ない新規な皮膜除去方法を得ること(【0004】~【0005】)」であると認められる。
イ 発明の詳細な説明の記載
本件特許明細書には、図3及び段落【0031】に被覆除去方法を示すフローチャートが記載され、段落【0034】の表1及び段落【0043】の表2に、レーザ装置110から出射するレーザ光の波長、レーザ装置110から出射するレーザ光の出力、レーザ光の照射時間、およびスポット径(ビーム径)をそれぞれ異ならせた実施例及び比較例について、2つの異なる評価基準(評価1及び評価2)に基づいた評価結果が記載されている。また、本件特許明細書の段落【0052】~【0054】には、「評価1」及び「評価2」の2つの評価基準に合致すべきことが記載されている。
以上の記載によれば、上記アに示した課題を解決するための手段は、実施例1-1~1-7及び実施例2-1~2-4に示される、出力、照射時間及びスポット径(ビーム径)を有するレーザ光を被覆除去に使用することと認められる。
ウ 本件特許発明1~3について
(ア)「レーザ光の連続波」について
本件特許明細書には、構成要件Aにおける、「レーザ光の連続波」に関し、段落【0013】に、「また、前記皮膜除去方法では、例えば、レーザ光は連続波である。」ことが記載されるのみであるが、ここで、「連続波」とは、文言どおり、連続する波のことであり、「レーザ光」も「光」である以上、波としての性質を有し、その波が連続する光であるという技術常識を特定しているにすぎないのか、それ以外の意味を有しているのかが、明確でない。(下線は当審で付加。以下同様。)
なお、段落【0030】の、「掃引されるレーザ光Lは、連続光であるのが好適である。ただし、これには限定されず、レーザ光Lは、断続周波数が比較的高いパルス光であってもよい。」旨の記載によると、本件特許明細書には、「レーザ光」が、断続的なパルス光ではなく、連続して出力される「連続光」であるのが好適であることが記載されていると認められるが、当該記載から直ちに、本件特許発明1の「連続波」が本件特許明細書に記載された「連続光」のことを指し、本件特許発明1が明確であるとは認められない。
したがって、この点において、本件特許発明1並びに本件特許発明1の構成を含む本件特許発明2及び3は、明確ではない。
(イ)構成要件B及びCについて
表1及び表2において、「総合評価」が「◎」又は「○」である実施例1-1~1-5並びに2-1及び2-2におけるレーザ光の波長は全て450nmであり、構成要件Bのうち、レーザ光の波長が400nm以上450nm未満、450nmを超え500nm以下であるものについての評価結果は、本件特許明細書に記載されていない。
同じく、表1及び表2において、「総合評価」が「◎」又は「○」である実施例1-1~1-5並びに2-1及び2-2におけるレーザ光の出射エネルギー密度は、それぞれ6.25、5.56、10.0、12.5、3.33、6.67、4.44J/mm2のみであり、3J/mm2以上13J/mm2以下の範囲のうち、上記以外のもの(3~3.33J/mm2、12.5~13J/mm2)についての評価結果も、本件特許明細書には記載されていない。
さらに、実施例2-2の「接合強度」は、「×」(不可)であるにもかかわらず、総合評価は「○」となっているが、その根拠が不明なため、上記に示す課題及び課題解決手段と、総合評価の基準との関係が不明である。
また、構成要件B及びCが特定するパラメータの臨界的意義や、構成要件B及びCが特定する範囲全てにおいて、上記アに示した課題を解決できるものと当業者が把握できる本件特許出願時における技術常識も存在しない。
したがって、本件特許出願時の技術常識に照らしても、構成要件B及びCが特定する範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。
(ウ)小括
上記(ア)及び(イ)に説示したとおり、構成要件AないしCは本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載された事項を参照したとしても明確であるとはいえず、また、発明の詳細な説明の記載により当業者が上記アに示した課題を解決できると認識できる範囲のものであるとはいえない。
したがって、本件特許発明1は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されたものとはいえず、不明確である。
本件特許発明1の構成を含む本件特許発明2及び3についても同様である。
エ 本件特許発明2及び3について
構成要件Fに関し、上記表1及び表2において、「総合評価」が「◎」又は「○」である実施例1-1~1-5並びに2-1及び2-2におけるレーザ光のスポット径は、230、270、300、400、300μmのみであり、スポット径が230μmを超える、前記スポット径以外のものにおいて、上記アに示した課題を解決できるものと当業者が把握できる本件特許出願時における技術常識も存在しない。
したがって、本件特許発明2は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されたものではない。
本件特許発明2の構成を含む本件特許発明3についても同様である。
オ 本件特許発明3について
構成要件Hの「前記絶縁皮膜を除去した前記導体の表面におけるJISB0601-2001で規定される表面粗さである算術平均粗さRa」に関し、本件特許明細書には、段落【0037】に、「表面平坦度は、JIS B 0601-2001で規定される表面粗さである算術平均粗さ(Ra)により評価が実行された。」と記載されているところ、「算術平均粗さRa」は、評価1(表1)の評価項目の1つにすぎない。(実際、本件特許明細書の段落【0052】~【0054】には、「上記評価1および評価2の結果を含めた発明者らの研究」として、「算術平均粗さRa」についての言及は無い。)
加えて、「算術平均粗さRa」は、評価1の評価項目の1つであるところ、評価2(表2)に係る実施例2-1~2-4に対しては「算術平均粗さRa」は測定されていない(表2には記載が無い)ため、これら実施例2-1~2-4における「算術平均粗さRa」が、本件特許発明3の「3.1[μm]以下」の範囲にあるか不明であり、その範囲にあることが本件特許出願時の技術常識から自明ということもできない。(例えば、評価1を満たせば評価2が必ず満たされるという関係にあるならば、そもそも、評価2は不要であるところ、本件特許明細書においては、わざわざ評価2も実施している以上、上記の関係にないことは明らかである。)
したがって、本件特許発明3は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されたものではない。
(2)取消理由3(委任省令要件違反)、取消理由4(実施可能要件違反)について
ア 上記表1及び表2の記載によると、各評価項目に対する評価結果の評価は、「○」(良)、「△」(可)、および「×」(不可)の3ランクに区分され、総合評価については、さらに「◎」(優)を加えた4ランクに区分されている。
しかしながら、各評価項目の当該評価の具体的基準、例えば「△」(可)と「×」(不可)が、どのような基準によって分けられるのか等について、本件特許明細書にはその基準の具体的な数値範囲又は態様とその根拠や測定結果などが記載されておらず、また、そのような基準が、本件特許出願時における技術常識であったとも認められない。
したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件特許発明1~3の技術上の意議を理解できる程度に明確かつ十分に記載していない。
同様の理由により、本件特許出願時の技術常識に鑑みたとしても、当業者が過度の試行錯誤を要することなく本件特許発明1~3を実施することができるとは認められない。
よって、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、当業者が、本件特許発明1~3を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものではない。
イ 本件特許明細書の段落【0052】~【0054】には、「上記評価1および評価2の結果を含めた発明者らの研究」として、「算術平均粗さRa」についての言及は無く、また、評価2(表2)に係る実施例2-1~2-4に対しては「算術平均粗さRa」は測定されていない(表2には記載が無い)ため、これら実施例2-1~2-4における「算術平均粗さRa」が、本件特許発明3の「3.1[μm]以下」の範囲にあるか不明であり、その範囲にあることが本件特許出願時の技術常識から自明ということもできない。
したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件特許発明3の技術上の意議を理解できる程度に明確かつ十分に記載していない。
同様の理由により、本件特許出願時の技術常識に鑑みたとしても、当業者が過度の試行錯誤を要することなく本件特許発明3を実施することができるとは認められない。
よって、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、当業者が、本件特許発明3を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものではない。
2 取消理由についての当審の判断
(1)取消理由1及び2について
ア 「レーザ光の連続波」について
本件訂正により、本件訂正前の「レーザ光の連続波」は、「レーザ光の連続光」と訂正されたので、取消理由通知の「ウ 本件特許発明1~3」「(ア)レーザ光の連続波について」において指摘した取消理由1及び2は解消した。
イ 「レーザ光の波長」及び「レーザ光の出射エネルギ密度」について
本件訂正により、「レーザ光の波長」、「レーザ光の出射エネルギ密度」、「レーザ光のスポット径」、及び「レーザ光の走査速度」は、上記第3の構成要件B~Eに記載されたとおりのものとなり、また、「前記絶縁皮膜を除去した前記導体の表面と当該表面に密着的に接触させた他の導電体との間の電気抵抗」、「前記絶縁皮膜を除去した前記導体の表面におけるJIS B 0601-2001で規定される表面粗さである算術平均粗さRa」、及び「前記導体の質量損失」については、上記第3の構成要件F~Hに記載されたとおりのものとなった。
したがって、取消理由通知の「ウ 本件特許発明1~3」「(イ)構成要件B及びCについて」において指摘した取消理由1及び2は解消した。
ウ 本件訂正前請求項2及び3について
取消理由通知の「エ 本件特許発明2及び3について」及び「オ 本件特許発明3について」において指摘した取消理由は、本件訂正により請求項2及び3が削除されたため、解消された。
(2)取消理由3及び4について
本件訂正により、本件特許発明は、本件特許明細書の段落【0034】に記載された表1のうち、「サンプルNo.」が「1-1」~「1-5」である実施例に限定された。
本件特許発明の解決しようとする課題は、より確実に皮膜を除去することができたり、より手間をかけずに皮膜を除去することができたりなどの、より不都合の少ない皮膜除去方法(本件特許明細書段落【0004】)において、より不都合の少ない新規な皮膜除去方法を得ること(同【0005】)にあるものと解される。
他方、本件特許明細書には、段落【0034】に記載された表1における、「皮膜残存、表面平坦度、および質量損失の3項目について」の「評価」を、「「○」(良)、「△」(可)、および「×」(不可)の3ランク」で、「総合評価」については、「「◎」(優)を加えた4ランク」で区分して示すものであることが記載され(同【0035】)、同【0039】には、当該「総合評価」については、「皮膜残存、表面平坦度、および質量損失の3項目の重み付け評価に基づいて実施された」ものであることが記載されている。ここで、本件特許明細書には、「評価」の「○」(良)、「△」(可)、および「×」(不可)の各ランクについての判断基準は明示的には示されていないが、表1の記載に鑑みれば、3項目の数値に基づいて各ランクが決定されていること、及び、「総合評価」が「◎」のものは、上記重み付け評価により「皮膜残存」、「表面平坦度」については「○」のみ、「質量損失」については「○」と「△」のいずれかとされているものに限定されていることが推察され、さらに、本件特許発明は、「総合評価」が「◎」の実施例に対応する数値範囲のものに限定されていることから、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件特許発明の技術上の意義を理解し、実施するために必要な事項を、明確かつ十分に記載したものといえる。
したがって、取消理由3及び4は解消された。
(3)むすび
以上検討のとおり、取消理由通知において指摘した取消理由は、訂正事項1~3を含む本件訂正によりいずれも解消された。
第7 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
1 異議申立理由1(甲第1号証に基づく進歩性欠如)について
本件特許発明の構成要件A~Hのうち、以下の構成要件C~構成要件H、すなわち、
「C レーザ光の出射エネルギ密度を3.33[J/mm2]以上かつ12.5[J/mm2]以下とし、
D レーザ光のスポット径を230[μm]以上かつ400[μm]以下とし、かつ、
E レーザ光の走査速度を100[mm/s]以上かつ500[mm/s]以下として前記絶縁皮膜の除去を行うことにより、
F 前記絶縁皮膜を除去した前記導体の表面と当該表面に密着的に接触させた他の導電体との間の電気抵抗が0[Ω]となり、
G 前記絶縁皮膜を除去した前記導体の表面におけるJIS B 0601-2001で規定される表面粗さである算術平均粗さRaが、1以上3.1以下となり、かつ、
H 前記導体の質量損失が0.5[%]以上1.4[%]以下となる」
ことは、上記第5の1及び2に示した甲第1号証及び甲第2号証には記載されておらず、また、本件優先日前の技術常識ともいえないことから、本件特許発明1は、当業者といえども、甲第1号証に記載された発明(甲1発明)、及び甲第2号証に記載された発明(甲2発明)に基づいて容易に発明をすることができたとはいえない。
したがって、申立人が主張する異議申立理由1及び証拠によっては、本件特許発明を取り消すことはできない。
第8 異議申立人の意見書における主張について
申立人は、申立意見書において、異議申立理由2(サポート要件)及び異議申立理由3(実施可能要件)に関して、概ね次のように主張している。
1 主張1(レーザ光の波長の幅について)
特許権者は「レーザ発振器から出射されるレーザ光の波長には±数10[nm]程度の幅があり、450[nm]と言う場合は中心波長が450[nm]近傍である」と技術常識を主張している。しかし、これを裏付ける証拠はなく、仮に技術常識であったとしても、本件明細書では1[nm]単位で波長を特定しており、±数10[nm]の幅があるとの主張は明細書の記載に反して誤りである。(2ページ4行~末行)
2 主張2(合成樹脂材料の吸収率について)
特許権者は「合成樹脂材料の吸収率の変化が小さい波長領域では、ほぼ同等の加工品質が得られること」が技術常識であることを主張している。しかし、明細書の図4はポリイミドのみの例であり、他の合成樹脂材料(ポリアミドイミド、ポリエーテルエーテルケトン等)については吸収率が同様か不明である。また、電線皮膜材料全てが450[nm]前後で吸収率が安定する技術常識もなく、温度によって吸収率が変化することがむしろ技術常識である。したがって、特許権者の主張は根拠がない。(3ページ1行~下から2行)
3 主張3(電気抵抗0[Ω]の意義について)
特許権者は「電気抵抗が0[Ω]であることは絶縁皮膜の残存がほぼ無いことを意味し、後処理の手間を省略できる」と主張している。しかし、明細書では測定器の有効数字の範囲で0[Ω]とされているだけで、実際には微小な抵抗が存在する可能性が高い。技術常識的にも導体の表面の凹凸等で完全な0[Ω]は不可能であり、0[Ω]という構成は不明確である。(3ページ末行~5ページ)
4 主張4(導体の質量損失について)
特許権者は「導体の質量損失が大きいと剛性や強度を確保し難くなるため、0.5[%]以上1.4[%]以下とすることで不都合を回避できる」と主張している。しかし、明細書の評価基準では「良」とされる範囲は0.5~0.7[%]であり、1.4[%]までを含める臨界的意義は不明である。また、下限値を設ける理由も明細書に根拠がなく、特許権者の主張は説明不足である。
5 当審の判断
(1)主張1について
本件訂正により、表1において「総合評価」が「◎」又は「○」である実施例1-1~1-5に対応したレーザ光の波長であること、すなわち、「レーザ光の波長が450[nm]であ」ることが明確となったので、主張1については採用されない。
(2)主張2について
同様の樹脂であれば、同様の吸収率であることが想定されることは明らかであるから、電線皮膜材料全てが450[nm]前後で吸収率が安定することが技術常識ではないとしても、申立人が自らの主張について具体的な証拠を挙げていないことに鑑みれば、そのことから直ちに「合成樹脂材料の吸収率の変化が小さい波長領域では、ほぼ同等の加工品質が得られること」が技術常識であることが誤りとまではいえず、主張2についても採用されない。
(3)主張3について
申立人が主張するように、導体の表面の凹凸等により面接触抵抗を完全な0[Ω]とすることが不可能であることは技術常識であるから、構成要件Fの「前記絶縁皮膜を除去した前記導体の表面と当該表面に密着的に接触させた他の導電体との間の電気抵抗が0[Ω]とな」るとは、絶縁皮膜の残存が導体として機能する上でほぼ影響しないことを意味するものと解される。また、実際には微少な抵抗が存在する可能性が高いとしても、それは、「0[Ω]」の臨界的意義の問題にすぎず、この点のみをもって直ちに発明が明確ではないとか実施可能ではないとはいえない。よって、主張3については採用の限りではない。
(4)主張4について
申立人が主張するように、本件特許明細書段落【0034】の表1のうち「総合評価」が「◎」又は「○」である実施例1-1~1-5の質量損失の下限は0.5%であり、上限は1.4%であることから、本件特許明細書が、本件特許発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものではないとはいえない。したがって主張4も採用されない。
(5)むすび
以上検討したとおり、申立人意見書による申立人の主張はいずれも採用されない。
なお、申立人意見書においては、取消理由通知において指摘された取消理由についても縷々主張しているが、これらは上記第6において示したとおり、いずれも解消されたので、当該主張も採用されない。
第9 むすび
以上検討したとおり、本件特許発明に係る特許は、甲第1号証に記載された発明及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとはいえず、申立人が主張する異議申立理由1及び証拠によっては、本件特許発明を取り消すことはできない。
また、本件特許発明は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものでなく、かつ、出願時の技術常識に照らして当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものでないとはいえず、本件特許発明に係る本件特許は、特許法36条6項1号の規定に違反してなされたものとはいえない。
したがって、申立人が主張する異議申立理由2は、理由が無い。
さらに、本件特許明細書は、当業者が発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものではないとまではいえず、本件特許発明に係る本件特許は、特許法36条4項1号の規定に違反してなされたものとはいえない。
したがって、申立人が主張する異議申立理由3は、理由が無い。
また、他に請求項1に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
そして、本件訂正により請求項2および3は削除されたから、請求項2及び3に係る特許異議の申立てについては対象となる請求項が存在しなくなったので、特許法120条の8第1項で準用する同法135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。
審決本文(J-PlatPat)
J-PlatPatの審決検索トップを開きます。番号入力で「審判番号」を選び、下の番号を貼り付けて検索してください。
J-PlatPat 審決検索を開く
2024-701137