特許異議申立
2023-701186
電気化学セル
- 審判番号
- 2023-701186
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2022-040697
- 登録番号
- 7280991
- 請求日
- 2023年11月08日
- 審決日
- 2024年05月13日
- 公報発行日
- 2024年08月30日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】日本碍子株式会社
- 【権利者代理人】弁理士法人新樹グローバル・アイピー
- 【異議申立人】亀崎 伸宏
- 審判長/審判官
- 審判長 井上 猛
- 審判官 粟野 正明
- 審判官 土屋 知久
- 分類
- P1651.121-YAA(C25B) / P1651.537-YAA(C25B)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法120条の8第1項特許法135条
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第120条の5第2項、特許法第29条第2項、特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第6項第2号、特許法第120条の5第5項、特許法第120条の5、特許法第120条の5第9項、特許法第126条第7項、特許法第120条の5第4項、特許法第120条の8第1項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7280991号発明「電気化学セル」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7280991号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~7〕について訂正することを認める。
特許第7280991号の請求項1~3、5~7に係る特許を維持する。
特許第7280991号の請求項4に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
本件の特許第7280991号(以下、「本件特許」という。)の請求項1~7に係る特許についての出願(特願2022-40697号。以下、「本願」という。)は、令和 4年 3月15日に出願されたものであって、令和 5年 5月16日にその特許権の設定登録がされ、同年 5月24日に特許掲載公報が発行され、その後、同年11月 8日差出で、その請求項1~7(全請求項)に係る特許について、特許異議申立人である亀崎 伸宏(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものであり、令和 6年 2月 2日付けで取消理由が通知され、同年 2月28日に特許権者により訂正請求書(以下、「本件訂正請求書」という。)及び意見書が提出されたものである。
なお、下記第2のとおり、本件訂正請求書による訂正請求(以下、「本件訂正請求」という。)による訂正(以下、「本件訂正」という。)については、訂正が一部の請求項の削除のみの場合であって、特許法第120条の5第5項ただし書に規定する「特許異議申立人に意見書を提出する機会を与える必要がないと認められる特別の事情があるとき」に該当すると認められるから、申立人に意見書を提出する機会を与えないこととした。
第2 本件訂正請求について
1 訂正請求の趣旨、及び訂正の内容
本件訂正請求の趣旨は、本件特許の特許請求の範囲を訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1~7について訂正することを求めるものであり、本件訂正の内容は、以下のとおりである。なお、訂正箇所には、当審が下線を付した。
(1)訂正事項1
訂正前の特許請求の範囲の請求項1に
「 前記コート層は、前記酸化皮膜よりもクロム含有率が低い、
電気化学セル。」
と記載されているのを、
「 前記コート層は、前記酸化皮膜よりもクロム含有率が低く、
前記コート層は、前記金属板よりもクロム含有率が低い、
電気化学セル。」
に訂正する。
(2)訂正事項2
訂正前の特許請求の範囲の請求項4を削除する。
(3)訂正事項3
訂正前の特許請求の範囲の請求項5に「請求項1から4のいずれかに記載の電気化学セル。」と記載されているのを、「請求項1から3のいずれかに記載の電気化学セル。」に訂正する。
(4)訂正事項4
訂正前の特許請求の範囲の請求項6に「請求項1から4のいずれかに記載の電気化学セル。」と記載されているのを、「請求項1から3のいずれかに記載の電気化学セル。」に訂正する。
(5)訂正事項5
訂正前の特許請求の範囲の請求項7に「請求項1から6のいずれかに記載の電気化学セル。」と記載されているのを、「請求項1,2,3,5、及び6のいずれかに記載の電気化学セル。」に訂正する。
2 訂正の適否についての当審の判断
(1)訂正の目的、特許請求の範囲の拡張、変更の存否、及び新規事項の有無について
ア 訂正事項1について
訂正事項1に係る訂正は、訂正前の請求項1に記載されていた「コート層」を「金属板よりもクロム含有率が低い」ものに限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当する。
そして、訂正事項1に係る訂正は、上記のとおり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものとはいえない。
また、訂正事項1に係る訂正において、電気化学セルにおける「コート層」を「金属板よりもクロム含有率が低い」ものとすることは、本願の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下、「本件明細書等」という。)の【請求項4】、【0010】及び【0055】に記載された事項であって、本件明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものとはいえないから、本件明細書等に記載した事項の範囲内での訂正である。
イ 訂正事項2について
訂正事項2に係る訂正は、本件訂正前の請求項4を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当し、本件明細書等に記載した事項の範囲内での訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものともいえない。
ウ 訂正事項3~5について
訂正事項3~5に係る訂正は、訂正前の請求項5~7が請求項4の記載を引用するものであったところ、訂正事項2によって請求項4が削除されることに伴って、削除される請求項4を訂正後の請求項5~7が引用しないようにするものであるから、特許法第120条の5ただし書第3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものに該当し、本件明細書等に記載した事項の範囲内での訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものともいえない。
(2)独立特許要件について
本件は、訂正前の全請求項について特許異議の申立てがされているので、訂正事項1~5について、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する特許法第126条第7項の独立特許要件は課されない。
(3)一群の請求項
本件訂正前の請求項1~7について、請求項2~7はそれぞれ請求項1を引用するものであって、訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものであるから、本件訂正前の請求項1~7は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。
そして、本件訂正請求は、当該一群の請求項ごとに訂正の請求をするものであって、特定の請求項に係る訂正事項について別の訂正単位とする求めもないから、訂正後の請求項〔1~7〕を訂正単位とする訂正を請求するものである。
3 本件訂正請求についてのむすび
以上のとおりであるから、本件訂正請求による本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。
したがって、本件特許の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~7〕について訂正することを認める。
第3 本件発明
上記第2の3のとおり、本件訂正は認められるから、本件特許の請求項1~7に係る発明は、訂正特許請求の範囲の請求項1~7に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。なお、以下において、本件特許の請求項1~7に係る発明をそれぞれ「本件発明1」~「本件発明7」といい、総称して「本件発明」という。
「【請求項1】
クロムを含む合金材料によって構成され、第1主面、第2主面、及び貫通孔を有する金属板と、
前記第1主面上に配置される第1電極層、第2電極層、及び前記第1電極層と前記第2電極層との間に配置される電解質層、を有するセル本体部と、
前記貫通孔の内壁面上において前記第1電極層と間隔をあけて配置されるコート層と、
を備え、
前記金属板は、前記貫通孔の内壁面を覆う酸化皮膜を有し、
前記コート層は、前記酸化皮膜よりもクロム含有率が低く、
前記コート層は、前記金属板よりもクロム含有率が低い、
電気化学セル。
【請求項2】
前記コート層は、前記貫通孔の内壁面と前記第2主面とによって構成される角部のみを覆うように配置される、
請求項1に記載の電気化学セル。
【請求項3】
前記コート層は、環状である、
請求項1又は2に記載の電気化学セル。
【請求項4】
(削除)
【請求項5】
前記コート層は、セラミックスによって構成される、
請求項1から3のいずれかに記載の電気化学セル。
【請求項6】
前記コート層は、金属によって構成される、
請求項1から3のいずれかに記載の電気化学セル。
【請求項7】
前記コート層は、鉄を含む、
請求項1,2,3,5、及び6のいずれかに記載の電気化学セル。」
第4 申立理由の概要
申立人は、証拠方法として下記4の甲第1号証~甲第5号証(以下、「甲1」等という。)を提出し、以下の理由により、本件特許の請求項1~7に係る特許を取り消すべきものである旨主張している。
1 申立理由1(進歩性)
(1)申立理由1-1
本件訂正前の請求項1、3~7に係る発明は、甲1に記載された発明、及び甲2の記載事項に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
(2)申立理由1-2
本件訂正前の請求項2に係る発明は、甲1に記載された発明、及び甲2、甲4、甲5の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
2 申立理由2(サポート要件)
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1~7の記載は、以下の(1)~(4)の点で、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえず、特許法第36条第6項第1号に適合しないものであるから、同請求項に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
(1)本件訂正前の請求項1~7に係る発明は、コート層と第1電極層とが、貫通孔を介さず別の経路を介して接触している態様、すなわち、「コート層が第1電極層と接触していないため、コート層が第1電極層と接触して反応相が形成されることを防ぐことができる」という、本願の願書に添付した明細書(以下、「本件明細書」という。)に記載された作用効果を奏しない態様を包含しているから、発明の詳細な説明において「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えるものである。
(2)本件訂正前の請求項1~7に係る発明は、1つの貫通孔に配置されたコート層が他の貫通孔に配置されたコート層と連続した態様を包含しているから、発明の詳細な説明において「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えるものである。
(3)本件訂正前の請求項1~7に係る発明は、コート層と第1電極層とが接触しても反応相が形成されない態様、すなわち、本件明細書に記載された作用効果を奏しない態様を包含しているから、発明の詳細な説明において「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えるものである。
(4)本件訂正前の請求項1~7に係る発明は、酸化皮膜からのクロム蒸発を抑制することができず、第1電極層のクロム被毒による劣化を抑制することができないことが明らかである態様や、コート層のクロム含有率が金属板の母材のクロム含有率より高い場合、コート層が金属板の母材上に直接形成された箇所において、コート層からのクロム蒸発を抑制することができず、第1電極層のクロム被毒による劣化を抑制することができない態様のように、本件明細書に記載された課題を解決できない態様を包含しているから、発明の詳細な説明において「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えるものである。
3 申立理由3(明確性)
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1~7の記載は、以下の(1)、(2)の点で、特許を受けようとする発明が明確であるとはいえず、特許法第36条第6項第2号に適合しないものであるから、同請求項に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
(1)本件訂正前の請求項1~7に係る発明は、コート層と酸化皮膜の位置関係が不明確である。
(2)本件訂正前の請求項1~7に係る発明は、酸化皮膜が酸化クロム膜であり、かつ、コート層がクロム酸化物である態様、すなわち、酸化皮膜とコート層が同じ材料により形成された態様を包含するところ、このような態様では、酸化皮膜とコート層とをどのように区別するのか不明であり、「コート層は、前記酸化皮膜よりもクロム含有率が低い」という発明特定事項の意味も不明である。
4 証拠方法
甲1:特許第6757433号公報
甲2:特開2014-191900号公報
甲3:特表2008-501050号公報
甲4:特開2020-161479号公報
甲5:特開2008-188711号公報
第5 取消理由の概要
当審は、上記第4の申立理由のうち、申立理由2の一部を採用して、令和 6年 2月 2日付けで以下の取消理由1を通知した。
1 取消理由1(サポート要件)
本件明細書の【0002】、【0004】、【0005】の記載によれば、本件発明が解決しようとする課題は、電気化学セルにおいて、金属板上に支持された電極層が、当該金属板に含まれるクロムが貫通孔内で蒸発することによるクロム被毒によって劣化することを抑制することにあると認められるところ、本件訂正前の請求項1~3、5~7に係る発明は、コート層のクロム含有率が金属板よりも低いことを発明特定事項として含むものではないため、コート層のクロム含有率が金属板と同等以上であることにより、金属板の貫通孔内壁面にコート層を形成しても、コート層自体からのクロムの蒸発によって電極層のクロム被毒による劣化を抑制することが困難な態様、すなわち上記課題を解決できない態様を包含しているから、発明の詳細な説明において「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えるものである。
したがって、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1~3、5~7の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものとはいえず、特許法第36条第6項第1号に適合しないものであるから、同請求項に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきである。
第6 当審の判断
以下に述べるとおり、当審は、上記第4の各申立理由、及び上記第5の取消理由のいずれによっても、本件特許の請求項1~3、5~7に係る特許を取り消すことはできないと判断する。
1 取消理由1(サポート要件)及び申立理由2(サポート要件)について
(1)本件明細書には、以下の記載がある(下線は、当審が付したものである。また、「・・・」は記載の省略を表す。以下同様。)。
ア 「【技術分野】
【0001】
本発明は、電気化学セルに関する。
【背景技術】
【0002】
電解セル又は燃料電池などの電気化学セルにおいて、金属板によってセル本体部を支持する構造が知られている。例えば、特許文献1に開示された電気化学セルは、金属板上に、電極層、電解質層、及び対極電極層がこの順で積層されている。金属板は、電極層へ気体を供給するために、貫通孔を有している。
・・・
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
金属板は一般的にクロムを含む材料によって構成されている。このため、気体が流れる貫通孔内においてクロムが蒸発して電極層へ供給され、電極層がクロム被毒によって劣化してしまうおそれがあるという問題がある。
【0005】
そこで、本発明の課題は、電極層のクロム被毒による劣化を抑制することにある。」
イ 「【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明のある側面に係る電気化学セルは、金属板と、セル本体部と、コート層とを備える。金属板は、クロムを含む合金材料によって構成される。金属板は、第1主面、第2主面、及び貫通孔を有する。セル本体部は、第1電極層、第2電極層、及び電解質層を有する。第1電極層は、金属板の第1主面上に配置される。電解質層は、第1電極層と第2電極層との間に配置される。コート層は、貫通孔の内壁面上において第1電極層と間隔をあけて配置される。
【0007】
この構成によれば、コート層が貫通孔の内壁面上に形成されているため、コート層が形成されている内壁面からのクロム蒸発を抑制することができる。この結果、第1電極層のクロム被毒による劣化を抑制することができる。なお、コート層が貫通孔の内壁面全体に形成されていると、コート層が第1電極層と接触し、その接触部分において反応相が形成されるおそれがある。これに対して、本発明の電気化学セルでは、コート層は第1電極層と間隔をあけて配置されており、第1電極層と接触していないため、反応相が形成されることを防ぐことができる。
・・・
【0010】
好ましくは、コート層は、金属板よりもクロム含有率が低い。
【0011】
好ましくは、金属板は、貫通孔の内壁面を覆う酸化皮膜を有する。コート層は、酸化皮膜よりもクロム含有率が低い。」
ウ 「【0029】
金属板4は、Cr(クロム)を含有する合金材料によって構成される。このような金属材料としては、Fe-Cr系合金鋼(ステンレス鋼など)やNi-Cr系合金鋼などを用いることができる。金属板4におけるCrの含有率は特に制限されないが、4質量%以上30質量%以下とすることができる。
・・・
【0031】
金属板4は、表面に酸化皮膜を有していてもよい。具体的には、金属板4は、表面に酸化クロム膜を有していてもよい。酸化皮膜は、金属板4の表面のうち少なくとも一部を覆う。酸化皮膜は、金属板4の表面のうち少なくとも一部を覆っていればよいが、表面の略全面を覆っていてもよい。また、酸化皮膜は、貫通孔43の内壁面を覆っていてもよい。酸化皮膜の厚みは特に制限されないが、例えば0.1μm以上20μm以下とすることができる。」
エ 「【0049】
[コート層6]
図3は貫通孔周りの詳細を示す断面図、図4は金属板4を第2主面側から見た拡大底面図である。図3及び図4に示すように、コート層6は、貫通孔43の内壁面上に配置されている。なお、コート層6は、貫通孔43の内壁面上に直接配置されていなくてもよい。例えば、貫通孔43の内壁面上に酸化皮膜が形成されている場合、その酸化皮膜上にコート層6が形成されている。
・・・
【0055】
コート層6は、金属板4よりもクロム含有率が低い。例えば、コート層6におけるクロムの含有率は、0質量%以上20質量%以下である。なお、貫通孔43の内壁面上に酸化皮膜が形成されている場合、コート層6は、その酸化皮膜よりもクロム含有率を低くすることが好ましい。
・・・
【0057】
コート層6は、酸化物などのセラミックスによって構成される。より具体的には、コート層6は、クロム酸化物、鉄酸化物、マンガン酸化物及びこれらの複合酸化物、結晶化ガラス、YSZ、又はGDCなどによって構成することができる。なお、コート層6は、金属によって構成されていてもよい。例えば、コート層6は、ニッケル、鉄、コバルト、銅またはこれらの合金などによって構成することができる。」
(2)上記(1)アに摘記した本件明細書の【0002】、【0004】、【0005】の記載によれば、本件発明が解決しようとする課題は、電気化学セルにおいて、金属板上に支持された電極層が、当該金属板に含まれるクロムが貫通孔内で蒸発することによるクロム被毒によって劣化することを抑制することにあると認められる。
(3)そして、上記(1)に摘記した本件明細書の【0007】、【0010】、【0055】の記載によれば、電気化学セルにおける金属板の貫通孔内壁面上に当該金属板よりもクロム含有率が低いコート層を形成することによって、貫通孔内壁面からのクロムの蒸発を抑制し、電極層のクロム被毒による劣化を抑制でき、上記(2)の課題が解決できることを当業者が認識できるといえる。
(4)一方、上記第3のとおり、本件発明1~3、5~7は、電気化学セルにおける金属板の貫通孔内壁面上に形成されるコート層のクロム含有率が当該金属板よりも低いことを発明特定事項として含むものであるから、上記(3)のとおりの、発明の詳細な説明において「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」内のものであるといえる。
(5)この点、申立人は、特許異議申立書第9頁第6~22行、同第10頁下から8行~第11頁第10行において、本件訂正前の請求項1~7に係る発明が、コート層と第1電極層とが貫通孔を介さず別の経路を介して接触している態様や、コート層と第1電極層とが接触しても反応相が形成されない態様、すなわち「コート層が第1電極層と接触していないため、コート層が第1電極層と接触して反応相が形成されることを防ぐことができる」という、本件明細書に記載された作用効果を奏しない態様を包含していることを根拠として、本件訂正前の請求項1~7に係る発明は、発明の詳細な説明において「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えるものであると主張している。
しかしながら、上記(2)のとおり、本件発明が解決しようとする課題は、電気化学セルにおいて、金属板上に支持された電極層が、当該金属板に含まれるクロムが貫通孔内で蒸発することによるクロム被毒によって劣化することを抑制することであるから、仮に、本件発明1~3、5~7に「コート層が第1電極層と接触していないため、コート層が第1電極層と接触して反応相が形成されることを防ぐことができる」という作用効果を奏しない態様が包含されているとしても、そのことによって、本件発明1~3、5~7が、発明の詳細な説明において「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えるものであるとはいえない。
したがって、上記主張は採用しない。
(6)また、申立人は、特許異議申立書第9頁下から5行~第10頁下から9行において、本件訂正前の請求項1~7に係る発明が、1つの貫通孔に配置されたコート層が他の貫通孔に配置されたコート層と連続した態様を包含していることを根拠として、本件訂正前の請求項1~7に係る発明は、発明の詳細な説明において「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えるものであると主張している。
しかしながら、上記(3)において検討したとおり、電気化学セルにおける金属板の貫通孔内壁面上に当該金属板よりもクロム含有率が低いコート層を形成することによって、貫通孔内壁面からのクロムの蒸発を抑制し、電極層のクロム被毒による劣化を抑制でき、上記(2)の課題が解決できることを当業者が認識できるといえるところ、1つの貫通孔に配置されたコート層が他の貫通孔に配置されたコート層と連続した態様であっても、上記(2)の課題が解決できることを当業者は同様に認識できるといえるし、一方で、申立人は、当該態様では上記(2)の課題が解決されないのではないかとの疑義の生じる程度の根拠を何ら示していない。
したがって、上記主張も採用しない。
(7)さらに、申立人は、特許異議申立書第11頁第11行~第12頁下から1行において、本件訂正前の請求項1~7に係る発明が、金属板の貫通孔の内壁面の一部がコート層により覆われ、他の一部が酸化皮膜により覆われた態様(態様1)、金属板の貫通孔の内壁面がコート層により覆われ、コート層が酸化皮膜により覆われた態様(態様2)、及び金属板の内壁面の一部が酸化皮膜により覆われ、コート層の一部が酸化皮膜を覆うように形成され、コート層の他の一部が金属板の母材上に直接形成された態様(ただし、酸化皮膜が露出した部分がある態様)(態様3)を包含するものであり、また、本件訂正前の請求項1~7に係る発明の「酸化皮膜」が、金属板の母材よりもクロムをより蒸発させる膜である場合も包含されるため、クロムをより蒸発させる酸化皮膜が露出している部分を有する上記態様1~3では、酸化皮膜からのクロム蒸発を抑制することができず、第1電極層のクロム被毒による劣化を抑制することができないことを根拠として、本件訂正前の請求項1~7に係る発明は、発明の詳細な説明において「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えるものであると主張している。
しかしながら、上記第3のとおり、本件発明1~3、5~7は、「前記金属板は、前記貫通孔の内壁面を覆う酸化皮膜を有し」との発明特定事項を備えたものであるから、酸化皮膜が金属板の内壁面を覆うものではない上記態様2は、そもそも本件発明1~3、5~7には包含されないものであるし、また、上記態様1、3のように酸化皮膜が露出している部分を有しており、かつ、酸化皮膜が金属板の母材よりもクロムをより蒸発させる膜である場合が本件発明1~3、5~7に包含されるとしても、当該酸化皮膜の有無とは関係なく、金属板の貫通孔内壁面上に当該金属板よりもクロム含有率が低いコート層を形成することによって、貫通孔内壁面からのクロムの蒸発を抑制し、電極層のクロム被毒による劣化を抑制でき、上記(2)の課題が解決できることを当業者が認識できることは、上記(3)において検討したとおりである。
したがって、上記主張も採用しない。
(8)小括
よって、本件特許の特許請求の範囲の請求項1~3、5~7の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであり、特許法第36条第6項第1号に適合するものであるから、取消理由1及び申立理由2によっては、同請求項に係る特許を取り消すことはできない。
2 申立理由3(明確性)について
(1)コート層と酸化皮膜の位置関係について
ア 上記第3のとおり、本件特許の請求項1には、「前記貫通孔の内壁面上において前記第1電極層と間隔をあけて配置されるコート層」との記載、及び「前記金属板は、前記貫通孔の内壁面を覆う酸化皮膜を有し」との記載がある。
イ そして、これらの記載からは、上記コート層が「貫通孔の内壁面上」に「配置される」ものであることと、上記酸化皮膜とが「貫通孔の内壁面を覆う」ものであることは理解できるものの、貫通孔の内壁面において、両者が相互にどのような位置関係にあるのかまでは明らかでない。
ウ しかしながら、上記コート層と上記酸化皮膜の位置関係が特定されないからといって、それは、両者の位置関係として様々な態様が許容されることを意味しているにすぎず、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確になっているとはいえない。
エ したがって、この点で、本件特許の特許請求の範囲の請求項1及び請求項1を引用する請求項2、3、5~7の記載は、特許を受けようとする発明が明確であるといえる。
(2)コート層と酸化皮膜の異同について
ア 本件明細書の【0031】の「具体的には、金属板4は、表面に酸化クロム膜を有していてもよい。」との記載、同じく【0057】の「コート層6は、酸化物などのセラミックスによって構成される。より具体的には、コート層6は、クロム酸化物・・・などによって構成することができる。」との記載、及び上記第3のとおりの本件特許の請求項1の記載によれば、本件発明1は、上記コート層と上記酸化皮膜とがいずれも「酸化クロム膜」から構成される態様を包含しているといえる。
イ しかしながら、本件発明1は、「前記コート層は、前記酸化皮膜よりもクロム含有率が低」いとの発明特定事項を備えたものであるから、上記コート層と上記酸化皮膜がいずれも「酸化クロム膜」から構成される態様であっても、少なくとも両者のクロム含有率は異なっているから、この点で両者を区別することは十分可能であるといえる。
ウ したがって、この点で、本件特許の特許請求の範囲の請求項1及び請求項1を引用する請求項2、3、5~7の記載は、特許を受けようとする発明が明確であるといえる。
(3)小括
よって、本件特許の特許請求の範囲の請求項1~3、5~7の記載は、特許を受けようとする発明が明確であるといえるものであり、特許法第36条第6項第2号に適合するものであるから、申立理由3によっては、同請求項に係る特許を取り消すことはできない。
3 申立理由1(進歩性)について
(1)甲1に記載された発明
本願出願前に公知となった甲1(発明の名称:電気化学セル)の【請求項1】、【請求項2】の記載を前提とし、【0016】~【0054】、【0103】、【図1】、【図2】の記載のうち、特に、変形例2に着目すると、甲1には、次の発明が記載されていると認められる。
「第1電極層、第2電極層、及び前記第1電極層と前記第2電極層との間に配置される電解質層、を有するセル本体部と、
前記セル本体部を支持する支持面、及び前記支持面に開口する供給孔、を有し、前記セル本体部を支持する金属支持体と、
を備え、
前記セル本体部の少なくとも一部は、前記金属支持体の前記供給孔内に入り込んでおり、
前記金属支持体は、前記支持面と前記供給孔の内壁面とを連結する湾曲面を有する、
電気化学セルであって、
前記第1電極層は、前記金属支持体の支持面上に配置され、
前記金属支持体は、Cr(クロム)を含有する合金材料によって構成され、
前記金属支持体は、表面に酸化クロム膜を有し、さらに前記酸化クロム膜上に形成された被覆膜をさらに有し、
前記被覆膜は、LaおよびSrを含有するペロブスカイト形複合酸化物、Mn、Co、Ni、Fe、Cu等の遷移金属から構成されるスピネル型複合酸化物、ガラス材料などのセラミックス材料、及びNi、Co、Fe、Cuなどの金属材料により構成されたものである、
電気化学セル。」(以下、「甲1発明」という。)
(2)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
(ア)甲1発明の「金属支持体」は、「セル本体部を支持する支持面」と、「支持面に開口する供給孔」とを有しているものであって、技術常識に照らして、板状であることが通常であり、上記「支持面」の反対側にも当然に主面を有しており、「Cr(クロム)を含有する合金材料によって構成され」るものであるから、本件発明1の「クロムを含む合金材料によって構成され、第1主面、第2主面、及び貫通孔を有する金属板」に相当する。
(イ)甲1発明の「金属支持体の支持面上に配置され」る「第1電極層、第2電極層、及び前記第1電極層と前記第2電極層との間に配置される電解質層、を有するセル本体部」は、本件発明1の「前記第1主面上に配置される第1電極層、第2電極層、及び前記第1電極層と前記第2電極層との間に配置される電解質層、を有するセル本体部」に相当する。
(ウ)甲1発明の「金属支持体」「表面」の「酸化クロム膜」と、本件発明1の「金属板」の「貫通孔の内壁面を覆う酸化皮膜」とは、「金属板」「を覆う酸化皮膜」である点で共通する。
(エ)甲1発明の「LaおよびSrを含有するペロブスカイト形複合酸化物、Mn、Co、Ni、Fe、Cu等の遷移金属から構成されるスピネル型複合酸化物、ガラス材料などのセラミックス材料、及びNi、Co、Fe、Cuなどの金属材料により構成された」「被覆膜」は、明示的にクロムを含有するとは記載されていないものであるため、クロムを実質的に含有しないものと認められるところ、当該「被覆膜」は、「Cr(クロム)を含有する合金材料によって構成され」る「金属支持体」や、「酸化クロム膜」よりもクロム含有率が低いものであると認められる。
したがって、甲1発明の「金属支持体は、表面に酸化クロム膜を有し、さらに前記酸化クロム膜上に形成された被覆膜をさらに有し、前記被覆膜は、LaおよびSrを含有するペロブスカイト形複合酸化物、Mn、Co、Ni、Fe、Cu等の遷移金属から構成されるスピネル型複合酸化物、ガラス材料などのセラミックス材料、及びNi、Co、Fe、Cuなどの金属材料により構成されたものである、電気化学セル」は、本件発明1の「酸化皮膜よりもクロム含有率が低く、」「金属板よりもクロム含有率が低い」「コート層」を備える「電気化学セル」に相当する。
(オ)そうすると、本件発明1と甲1発明とは、
「クロムを含む合金材料によって構成され、第1主面、第2主面、及び貫通孔を有する金属板と、
前記第1主面上に配置される第1電極層、第2電極層、及び前記第1電極層と前記第2電極層との間に配置される電解質層、を有するセル本体部と、
コート層と、
を備え、
前記金属板を覆う酸化皮膜を有し、
前記コート層は、前記酸化皮膜よりもクロム含有率が低く、
前記コート層は、前記金属板よりもクロム含有率が低い、
電気化学セル。」
である点で一致し、以下の点で相違する。
<相違点1>
本件発明1の「コート層」は、「金属板」の「貫通孔の内壁面上において、前記第1電極層と間隔をあけて配置される」ものであるのに対して、甲1発明の「被覆膜」は、「金属支持体」の「供給孔」の内壁面上において、第1電極層と間隔をあけて配置されるものか否か不明である点。
<相違点2>
本件発明1の「酸化皮膜」は、「金属板」の「貫通孔の内壁面を覆う」ものであるのに対して、甲1発明の「酸化クロム膜」は、「金属支持体」の「供給孔」の内壁面を覆うものか否か不明である点。
イ 相違点についての判断
事案に鑑み、上記相違点1について検討する。
(ア)本願出願前に公知となった甲2(発明の名称:発電装置)には、「燃料ガスを燃料電池の燃料極に供給して発電するための発電装置」(【0001】)に関して、「燃料ガスの供給を受ける燃料極と、空気の供給を受ける空気極と、前記燃料極及び前記空気極の間に挟み込まれた電解質層と、少なくとも一部に前記燃料極又は前記空気極が露出し、前記燃料ガス又は前記空気が流通する気体流路と、該気体流路内に充填された多孔質体と、該多孔質体と前記燃料極又は前記空気極に接するように介在し、前記多孔質体に形成されている孔径よりも大きい径を有する孔が一様に広がって形成され、電気伝導性を有する材質からなる多孔シートとを備え」(【請求項1】、【0008】)、「前記多孔シートのうち、前記空気極と接する部位のみがクロム化処理されている」「発電装置」(【請求項3】、【0010】)とすることによって、「酸化されやすい環境である空気極6近傍での酸化を低減でき、クロムが燃料極5に与える影響も防止できる(燃料極5のクロム被毒を防止できる)」(【0012】、【0019】)ことが記載されている。
(イ)しかしながら、甲1には、燃料極に相当する第1電極層(【0033】)のクロム被毒を防止することについて何ら記載されておらず、燃料極のクロム被毒を防止するとの観点から、甲2に記載された上記(ア)の技術事項を甲1発明に適用する動機付けがあるとはいえない。
(ウ)また、仮に、燃料電池における燃料極のクロム被毒を防止することが当該技術分野における周知の技術課題であり、当該技術課題が甲1発明に内在すると解する余地があるとしても、そもそも、甲2には、金属板の貫通孔の内壁面上において、第1電極層(燃料極)と間隔をあけてコート層(クロム化処理された部位)を配置すること自体は記載されておらず、甲2を参照しても、甲1発明において、上記相違点1に係る特定事項に至る動機付けがあるとはいえない。
(エ)上記(イ)、(ウ)については、甲3~甲5の記載を参照しても同様である。
(オ)したがって、甲1発明において、甲2~甲5の記載を参照しても、当業者が上記相違点1に係る特定事項を容易に想到し得たとはいえない。
ウ よって、上記相違点2及び本件発明1によって奏される効果について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1に記載された発明、及び甲2~甲5の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(3)本件発明2、3、5~7について
本件発明2、3、5~7は、本件発明1の発明特定事項を全て備えたものであるから、上記(2)ウのとおり、本件発明1が甲1に記載された発明、及び甲2~甲5の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない以上、同様に、甲1に記載された発明、及び甲2~甲5の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(4)小括
よって、本件発明1~3、5~7は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえないから、申立理由1によっては同発明に係る特許を取り消すことはできない。
第7 むすび
以上のとおりであるから、令和 6年 2月 2日付け取消理由通知書に記載した取消理由、及び申立人による特許異議の申立ての理由によっては、本件特許の請求項1~3、5~7に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1~3、5~7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
そして、本件訂正によって、請求項4は削除され、特許異議の申立ての対象となる請求項4は存在しないものとなったから、請求項4に係る特許異議の申立ては、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定によって却下すべきものである。
よって、結論のとおり決定する。
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2023-701186