特許異議申立
2023-701066
低鉄損の方向性ケイ素鋼およびその製造方法
- 審判番号
- 2023-701066
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2019-552141
- 登録番号
- 7252902
- 請求日
- 2023年10月05日
- 審決日
- 2023年12月28日
- 公報発行日
- 2024年02月22日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】バオシャン アイアン アンド スティール カンパニー リミテッド
- 【権利者代理人】高島 一
- 【権利者代理人】鎌田 光宜
- 【異議申立人】前田 洋志
- 審判長/審判官
- 審判長 井上 猛
- 審判官 粟野 正明
- 審判官 山口 大志
- 分類
- P1652.113-Y (C21D) / P1652.121-Y (C21D) / P1652.537-Y (C21D)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第1項第3号、特許法第29条第2項、特許法第36条第6項第1号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7252902号発明「低鉄損の方向性ケイ素鋼およびその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7252902号の請求項1~3に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
本件の特許第7252902号(以下、「本件特許」という。)の請求項1~8に係る特許についての出願(特願2019-552141号。以下、「本願」という。)は、2018年(平成30年) 1月24日(パリ条約による優先権主張外国庁受理:2017年 3月27日 中国(CN))を国際出願日とする出願であって、令和 5年 3月28日にその特許権の設定登録がされ、同年 4月 5日に特許掲載公報が発行され、その後、同年10月 5日に、その請求項1~3に係る特許について、特許異議申立人である前田 洋志(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。
第2 本件特許発明
本件特許の特許請求の範囲の請求項1~8に係る発明は、本願の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1~8に記載された事項により特定されるとおりのものであるところ、その内、請求項1~3に係る発明は、以下のとおりのものである。なお、以下において、本件特許の請求項1~8に係る発明をそれぞれ「本件特許発明1」~「本件特許発明8」といい、総称して「本件特許発明」という。
「【請求項1】
表面に複数の溝を有する低鉄損の方向性ケイ素鋼板であって、前記溝の幅が10~60μm、深さが5~40μmであり、隣接する溝同士間の間隔が1.0~10mmであり;
応力除去焼鈍を行う前と後の鉄損相対変化率ΔP17/50(%)が5%以下であり、ここで、
[図:0001406747000001.jpg]
(上式中、P17/50は方向性ケイ素鋼板の鉄損値であり、単位はW/kgであり、ここで、P17/50(焼鈍後)>P17/50(焼鈍前)である)であることを特徴とする、
低鉄損の方向性ケイ素鋼板。
【請求項2】
前記溝と鋼板の幅方向との間に30°以下の交角を有することを特徴とする、請求項1に記載の低鉄損の方向性ケイ素鋼板。
【請求項3】
一方の表面または両方の表面に溝を有することを特徴とする、請求項1に記載の低鉄損の方向性ケイ素鋼板。」
第3 申立理由の概要
申立人は、証拠方法として下記4の甲第1号証~甲第7号証(以下、「甲1」等という。)を提出し、以下の理由により、本件特許の請求項1~3に係る特許を取り消すべきものである旨主張している。
1 申立理由1(新規性)
(1)申立理由1-1(甲1を主たる引用文献とするもの)
本件特許発明1~3は、甲1に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
(2)申立理由1-2(甲2を主たる引用文献とするもの)
本件特許発明1~3は、甲2に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
(3)申立理由1-3(甲3を主たる引用文献とするもの)
本件特許発明1~3は、甲3に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
2 申立理由2(進歩性)
(1)申立理由2-1(甲1を主たる引用文献とするもの)
本件特許発明1~3は、甲1に記載された発明、及び甲4、甲5の記載事項に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
(2)申立理由2-2(甲2を主たる引用文献とするもの)
本件特許発明1~3は、甲2に記載された発明、及び甲4、甲5の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
(3)申立理由2-3(甲3を主たる引用文献とするもの)
本件特許発明1~3は、甲3に記載された発明、及び甲4、甲5の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
3 申立理由3(サポート要件)
本件特許の特許請求の範囲の請求項1~3の記載は、溝形成の方法がレーザースクライビングに限定されていない点で、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえず、特許法第36条第6項第1号に適合しないものであるから、同請求項に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
4 証拠方法
甲1:特開平9-279247号公報
甲2:特開平10-130726号公報
甲3:特開平10-130727号公報
甲4:特開2003-55717号公報
甲5:特開2001-316896号公報
甲6:特開平1-316424号公報
甲7:特開2007-169755号公報
第4 当審の判断
以下に述べるとおり、当審は、上記第3の1~3のいずれの申立理由によっても、本件特許の請求項1~3に係る特許を取り消すことはできないと判断する。
1 申立理由1-1(新規性)、申立理由2-1(進歩性)について
(1)甲1の記載事項、及び甲1に記載された発明
ア 甲1の記載事項
本願の優先日前に公知となった甲1には、「磁束密度の高い一方向性電磁鋼板の製造方法」(発明の名称)に関して、以下の記載がある(なお、下線は当審が付したものであり、「・・・」は記載の省略を表す。以下同様。)。
(ア)「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、主として変圧器やその他の電気機器等の鉄心として利用される方向性電磁鋼板の製造方法に関するものである。・・・」
(イ)「【0002】
【従来の技術】一方向性電磁鋼板は、軟磁性材料として主にトランスその他の電気機器の鉄心材料に使用されているもので、磁気特性としては励磁特性と鉄損特性が良好でなくてはならない。この励磁特性を表す指標として、通常は磁束密度B8 (磁場の強さ800A/mにおける磁束密度)が用いられ、鉄損特性を表す指標として、W17/50 (50Hzで1.7Tまで磁化させたときの単位重量あたりの鉄損)が用いられる。」
(ウ)「【0009】これに対して本発明者らは、一方向性電磁鋼板の溶鋼中にBiを含有させることにより、工業的手段により磁束密度を従来の高磁束密度一方向性電磁鋼板レベルから超高磁束密度一方向性電磁鋼板レベルまで高める方法を、特開平6-8814号公報、特開平6-88173公報等で提案した。この方法により初めて磁束密度B8 が1.96Tを越える超高磁束密度一方向性電磁鋼板が生産できるようになった。」
(エ)「【0026】
【発明が解決しようとする課題】本発明は、Bi添加超高磁束密度一方向性電磁鋼板製造において、焼鈍分離剤を静電塗布することにより二次再結晶仕上焼鈍時の鋼板層間のガス通気性を高めて、コイル内雰囲気の均一化を促進し、前者の工業化における欠点を補い極めて安定的に製造する方法を提供するものである。」
(オ)「【0041】そこで、Bi添加超高磁束密度一方向性電磁鋼板を工業規模で安定して製造するためには、二次再結晶仕上焼鈍中の鋼板層間のガス通気性を向上させる必要があり、焼鈍分離剤の静電塗布法の適用が有効である可能性を見出した。」
(カ)「【0066】仕上げ焼鈍後引き続き余分の焼鈍分離剤を除去後、コイル巻きぐせ等を矯正するための連続張力焼鈍を行い、同時に絶縁皮膜コーティングを塗布、焼き付けする。このとき必要に応じて、該鋼板にレーザー照射、機械的溝形成、張力被膜コーティング等の磁区細分化処理を施す。本発明はBi添加により超高磁束密度化を行うと同時に二次再結晶粒径を大きく制御するものであるため、鉄損特性を改善する意味から磁区細分化処理は有効である。磁区細分化の方法は特に限定する必要はない。
・・・
【0068】局部的な溝を形成することで磁区細分化を行う場合、歯車ロール法(例えば特公平4-48847号公報)や金型プレス法(例えば特公平6-63037号公報)等の機械的な塑性加工による方法、フォトエッチング法(例えば特公平5-69284号公報)やレジストインキエッチング法(特公平2ー46673号公報、特公平3-69968号公報)等の化学エッチングや電解エッチングを用いる方法などを採用すればよい。
【0069】鋼板に形成する溝は圧延方向に対して直角もしくは直角から45度の範囲内で、その間隔は2~10mmが鉄損低下の観点から好ましい。溝の形状は連続的、不連続または点状のいずれでも良い。溝の幅、及び深さはそれぞれ10~300μm、5~50μmの範囲が鉄損低下の観点から好ましい。溝の幅を狭くすると曲率半径の小さな曲げ加工を施す際に折れの起点となりやすい。また溝の幅を広くすると磁束密度が低下してしまう。溝の深さも同様にあまり深くすると磁束密度が低下してしまう。」
(キ)「【0076】[実施例2]重量%で、Si:3.3%,Mn:0.1%,C:0.05%,S:0.007%,酸可溶性Al:0.03%,N:0.008%,Sn:0.05%を基本成分とし、(A:Bi添加)Bi:0.01%と、(B:従来法)Bi:0%の2水準の珪素鋼を溶製し、それぞれ鋳片に分注鋳造後、1200℃に加熱し、抽出後直ちに2.3mm板厚まで熱間圧延した。
【0077】その後、酸洗し、1.4mmまで冷延した冷延板を1120℃の温度で30秒、900℃で90秒焼鈍し、750℃まで空冷後80℃の水中に急冷した後、最終板厚0.15mmに冷延した。この冷延板を窒素と水素の混合ガス中において、酸化度0.44で830℃の温度で70秒焼鈍して一次再結晶させた。次いでアンモニア雰囲気中で焼鈍することにより、窒素量を0.025%に増加して、インヒビターの強化を行った。
【0078】これらの鋼板をその後、マグネシアを主成分とする水スラリーで塗布した後にアルミナを静電塗布したもの(C:静電塗布)と、そのままのもの(D:従来法)を積層し、低いガス流量のもとで仕上げ焼鈍を施した。これら仕上焼鈍後の試料に圧延方向と直角方向に、幅30μm、深さ10μmの溝をフォトエッチング法で形成した後、アルミナ・ゾルとホウ酸を主成分とするコーテイング液を塗布して870℃で2分間焼き付けた。これらの試料の磁気特性を測定した後、更に800℃で4時間の歪取り焼鈍を行った。得られた製品の磁気特性を表2に示す。
【0079】
【表2】
[図:0001406747000002.jpg]
」
イ 甲1に記載された発明
上記ア(ア)~(キ)に摘記した事項を総合勘案し、特に、「実施例2」に記載された、「素材」として「A(Bi添加)」を採用し、「製造方法」として、「D(従来法)」を採用した「比較例」に着目すると、甲1には、次の発明が記載されていると認められる。
「重量%で、Si:3.3%,Mn:0.1%,C:0.05%,S:0.007%,酸可溶性Al:0.03%,N:0.008%,Sn:0.05%を基本成分とし、Bi:0.01%を添加して珪素鋼を溶製し、
その鋳片に分注鋳造後、1200℃に加熱し、抽出後直ちに2.3mm板厚まで熱間圧延し、
その後、酸洗し、1.4mmまで冷延した冷延板を1120℃の温度で30秒、900℃で90秒焼鈍し、750℃まで空冷後80℃の水中に急冷した後、最終板厚0.15mmに冷延し、この冷延板を窒素と水素の混合ガス中において、酸化度0.44で830℃の温度で70秒焼鈍して一次再結晶させ、次いでアンモニア雰囲気中で焼鈍することにより、窒素量を0.025%に増加して、インヒビターの強化を行い、
その後、そのままのもの(D:従来法)を積層し、低いガス流量のもとで仕上げ焼鈍を施し、この仕上焼鈍後の試料に圧延方向と直角方向に、幅30μm、深さ10μmの溝をフォトエッチング法で形成した後、アルミナ・ゾルとホウ酸を主成分とするコーテイング液を塗布して870℃で2分間焼き付けて得られた製品であって、
800℃で4時間の歪取り焼鈍を行う前の磁束密度B8が1.87T、鉄損W17/50が0.82W/kgであり、
上記800℃で4時間の歪取り焼鈍を行った後の磁束密度B8が1.87T、鉄損W17/50が0.83W/kgである、
製品。」(以下、「甲1発明」という。)
(2)甲4、甲5の記載事項
ア 甲4の記載事項
本願の優先権主張の日前に公知となった甲4には、「脱炭性の良好な鏡面方向性電磁鋼板の製造方法」(発明の名称)に関して、以下の記載がある。
(ア)「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、主として変圧器の鉄心として利用される方向性電磁鋼板の製造方法において、その表面を効果的に仕上げることにより、鉄損特性の向上を図ることができる鏡面方向性電磁鋼板の製造方法に関するものである。」
(イ)「【0003】積み鉄心の場合、仕上げ焼鈍後の鋼板にレーザービームを照射して局部的な微小歪を与えることにより磁区を細分化して鉄損を低減させる方法が、例えば、特開昭58-26405号公報に開示されている。また、巻き鉄心の場合には、鉄心に加工した後、歪取り焼鈍(Stress Release Annealing:応力除去焼鈍)を施しても磁区細分化効果が消失しない方法が、例えば、特開昭62-8617号公報に開示されている。これらの技術的手段を用いて磁区を細分化することにより、鉄損は大きく低減されるようになってきている。」
イ 甲5の記載事項
本願の優先権主張の日前に公知となった甲5には、「低鉄損方向性電磁鋼板の製造方法」(発明の名称)に関して、以下の記載がある。
(ア)「【請求項1】 仕上げ焼鈍後に絶縁皮膜を施した方向性電磁鋼板の片面あるいは両面の皮膜の一部を線状あるいは点列状に除去し地鉄を露出させた後、中性塩溶液を用いた電解エッチングにより、鋼板の少なくとも片面の地鉄露出部に、深さ5~40μmの溝を形成することを特徴とする低鉄損方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項2】 前記皮膜の一部を除去する際に、圧延方向と45°~90°をなす方向において、幅50~400μm、間隔2~8mmの線状、あるいは、直径50~400μmの点が点の中心間距離50~1000μm、列間隔2~8mmの点列状に除去することを特徴とする請求項1に記載の低鉄損方向性電磁鋼板の製造方法。」
(イ)「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、トランスなどの鉄心に用いられる方向性電磁鋼板の製造方法に関するものであり、更に詳しく述べると、歪みとり焼鈍を行っても磁気特性が劣化しない低鉄損方向性電磁鋼板の製造方法に関するものである。」
(ウ)「【0005】
【発明が解決しようとする課題】本発明の課題は、積み巻き両鉄心に使用可能とするため、巻き鉄心の製造過程での歪み取り焼鈍にも耐えられる磁区細分化効果を持ち、工業化も容易で、かつ、安定して鉄損低減が図れる低鉄損電磁鋼板の製造方法を提供することにある。」
(エ)「【0010】
【発明の実施の形態】以下、本発明の低鉄損方向性電磁鋼板の製造方法を詳細に説明する。本発明に使用する方向性電磁鋼板素材は、二次再結晶法によりSiを固溶するFe結晶のGOSS方位を発達させたものであり、その一般的な製造法は以下のとおりである。
【0011】Si4.5%以下を含むスラブを加熱し、中間板厚まで熱延する。更に、熱延板を焼鈍後、あるいは、焼鈍することなしに、酸洗する。一回冷延工程の場合は、そのまま最終板厚まで圧延する。二回冷延工程の場合は、中間焼鈍をはさんだ二回の圧延で最終板厚とする。その後、脱炭焼鈍し、必要に応じて、窒化処理し、MgOを主成分とする焼鈍分離材を塗布した後に仕上げ焼鈍する。
【0012】ここまでの工程で二次再結晶が完了しており、鋼板表面には、無機質のフォルステライト皮膜(一次皮膜)が形成されている。更に、この鋼板の上に絶縁皮膜(二次皮膜)を施し、形状矯正の焼鈍を行い、本発明で使用する方向性電磁鋼板素材となる。本発明では、まず、この素材鋼板の片面あるいは両面の皮膜を、連続的な線状か、あるいは、不連続な点列状に部分的に除去する。後の工程で、除去された皮膜の形状で溝が加工されることになるので、この形状は磁気特性に大きな影響を与える。皮膜除去部分が線状の場合、その幅は50~400μm、間隔は2~8mmでなければならない。また、点列形状の場合、点の直径は50~400μmであり、隣り合う点同士の中心間距離は50~1000μm、列間隔は2~8mmでなければならない。また、線や点列の方向は圧延方向から45°~90°の方向でなくてはならない。
【0013】これらの限定理由は以下のとおりである。線幅や点の直径が50μm未満では、皮膜を除去するのが困難であるので、線幅や点の直径を50μm以上とする。また、それらを400μm超にすると、溝加工後の鋼板の磁束密度の低下が著しく、特に、高磁場での鉄損が劣化してしまうので、線幅や点の直径を400μm以下とする。また、点列の場合、隣り合う点同士の中心間距離が50μm未満では線状になるので、該中心間距離を50μm以上とする。一方、上記中心間距離が、1000μm超になると、溝加工しても磁区細分化効果が十分に得られないので、1000μm以下とする。また、それぞれの列間隔が2mm未満では、やはり溝加工後の磁束密度の低下が著しいので、列間隔は2mm以上とする。一方、列間隔が8mm超では、磁区細分化効果が小さいので、8mm以下とする。
【0014】更に、線や点列の方向は、磁区細分化効果が効率よく得られるように、圧延方向から45°~90°の方向とする。皮膜を除去する方法は、レーザー照射が適しているが、電子ビームやプラズマ炎なども用いることができる。次に、皮膜を除去し地鉄が露出した部分を、電解エッチングにより溝加工する。このとき、少なくとも鋼板の片面に深さ5~40μmの溝を形成する。溝深さが5μm未満では磁区細分化効果が十分ではなく、また、40μm超では磁束密度の低下が著しい。溝深さは、電解時の電流密度と時間で制御できる。また、電流密度を変化させることによってエッチング速度を制御することができる。従って、設備の状況によってライン速度が変化しても、容易に対応することができる。」
(オ)「【0017】
【実施例】(実施例1)仕上げ焼鈍後に絶縁皮膜を施した厚さ0.23mmの方向性電磁鋼板を素材として、その絶縁皮膜及びフォルステライト被膜をYAGレーザーで除去し、部分的に地鉄を露出させ、その後、10% NaCl溶液で電解エッチングを行い溝を形成した。被膜除去の条件と溝深さを表1に示す。この溝加工後の状態における磁気特性(W17/50)と、更に、800℃、2時間の焼鈍を施した後状態における磁気特性(W17/50)を表2に示す。なお、磁気特性(W17/50)は、SSTによって測定した。また、比較のために、磁区制御を行っていないものと、レーザー照射で歪みを導入し磁区制御を行ったものの磁気特性(W17/50)についても表2に示す。本発明で製造した材料は、鉄損が小さく、800℃、2時間の焼鈍後も鉄損劣化がみられない。
【0018】
【表1】
[図:0001406747000003.jpg]
【0019】
【表2】
[図:0001406747000004.jpg]
」
(3)本件特許発明1について
ア 本件特許発明1と甲1発明との対比
本件特許発明1と甲1発明とを対比する。
(ア)甲1発明の「製品」は、溶製された「珪素鋼」から、鋳造、熱間圧延、酸洗、冷延、焼鈍、急冷、冷延の各工程を経て、「最終板厚0.15mm」の「冷延板」とし、これを焼鈍後、積層、仕上げ焼鈍し、フォトエッチング法で「圧延方向と直角方向に、幅30μm、深さ10μmの溝」を形成し、さらに「アルミナ・ゾルとホウ酸を主成分とするコーテイング液を塗布して870℃で2分間焼き付けて得られた」ものであるところ、甲1の【0001】、【0002】、【0009】、【0066】、【0069】の記載からすると、これは、本件特許発明1の「表面に複数の溝を有する低鉄損の方向性ケイ素鋼板」に相当する。
(イ)また、甲1発明の「製品」に形成された「圧延方向と直角方向に、幅30μm、深さ10μmの溝」と、本件特許発明1の「低鉄損の方向性ケイ素鋼板」が有する「溝の幅が10~60μm、深さが5~40μmであり、隣接する溝同士の間隔が1.0~10mmであ」ることとは、「溝の幅が10~60μm、深さが5~40μm」である限りにおいて一致する。
(ウ)さらに、甲1発明の「製品」が、「800℃で4時間の歪取り焼鈍を行う前の磁束密度B8が1.87T、鉄損W17/50が0.82W/kgであり、上記800℃で4時間の歪取り焼鈍を行った後の磁束密度B8が1.87T、鉄損W17/50が0.83W/kgである」ことと、本件特許発明1の「低鉄損の方向性ケイ素鋼板」が、「応力除去焼鈍を行う前と後の鉄損相対変化率ΔP17/50(%)が5%以下であり、ここで、
[図:0001406747000005.jpg]
(上式中、P17/50は方向性ケイ素鋼板の鉄損値であり、単位はW/kgであり、ここで、P17/50(焼鈍後)>P17/50(焼鈍前)である)であること」について、以下対比する。
a 上記(2)ア(イ)に摘記した甲4の【0003】の記載を考慮すると、甲1発明の「歪み取り焼鈍」は、本件特許発明1の「応力除去焼鈍」に相当する。
b 上記(1)ア(イ)に摘記した甲1の【0002】の記載を考慮すると、甲1発明の「鉄損W17/50は、本件特許発明1の「方向性ケイ素鋼板の鉄損値」である「P17/50」に相当する。
c 甲1発明の「製品」の歪み取り焼鈍を行う前の「鉄損W17/50」が「0.82W/kg」であるのに対して、800℃で4時間の歪取り焼鈍を行った後の上記「鉄損W17/50」が「0.83W/kg」であり、歪み取り焼鈍後の鉄損W17/50が、歪み取り焼鈍前よりも大きくなっているのに加えて、焼鈍前後の鉄損相対変化率を上式に従って計算すると、(0.83-0.82)/0.83≒1.2%となり、5%以下である。
d したがって、甲1発明の「製品」が、「800℃で4時間の歪取り焼鈍を行う前の磁束密度B8が1.87T、鉄損W17/50が0.82W/kgであり、上記800℃で4時間の歪取り焼鈍を行った後の磁束密度B8が1.87T、鉄損W17/50が0.83W/kgである」ことは、本件特許発明1の「低鉄損の方向性ケイ素鋼板」が、「応力除去焼鈍を行う前と後の鉄損相対変化率ΔP17/50(%)が5%以下であり、ここで、
[図:0001406747000006.jpg]
(上式中、P17/50は方向性ケイ素鋼板の鉄損値であり、単位はW/kgであり、ここで、P17/50(焼鈍後)>P17/50(焼鈍前)である)であること」に相当するといえる。
(エ)そうすると、本件特許発明1と甲1発明とは、
「表面に複数の溝を有する低鉄損の方向性ケイ素鋼板であって、前記溝の幅が10~60μm、深さが5~40μmであり;応力除去焼鈍を行う前と後の鉄損相対変化率ΔP17/50(%)が5%以下であり、ここで、
[図:0001406747000007.jpg]
(上式中、P17/50は方向性ケイ素鋼板の鉄損値であり、単位はW/kgであり、ここで、P17/50(焼鈍後)>P17/50(焼鈍前)である)である、低鉄損の方向性ケイ素鋼板。」の点で一致し、次の点で相違する。
<相違点1>
本件特許発明1の「低鉄損の方向性ケイ素鋼板」が表面に有する「溝」について、「隣接する溝同士間の間隔が1.0~10mmであ」るのに対して、甲1発明の「製品」に形成された「溝」については、隣接する溝同士の間隔がどの程度であるのか不明である点。
イ 相違点についての判断
(ア)上記(1)ア(カ)に摘記したとおり、甲1の【0069】には、「鋼板に形成する溝は圧延方向に対して直角から45度の範囲内で、その間隔は2~10mmが鉄損低下の観点から好ましい。」との記載はあるものの、甲1発明の認定の基礎となった「実施例2」に記載された、「素材」として「A(Bi添加)」を採用し、「製造方法」として、「D(従来法)」を採用した「比較例」については、溝の間隔が記載されておらず、本願優先権主張の日当時の技術常識を考慮しても、その溝の間隔が「1.0~10mm」に包含される値であるとはいえない。
(イ)したがって、上記相違点1は実質的な相違点であるから、本件特許発明1が甲1に記載された発明であるとはいえない。
(ウ)次に、上記相違点1の容易想到性について検討する。
a 上記(ア)のとおり、甲1の【0069】には、鉄損低下の観点から、溝の間隔を2~10mmとすることが好ましい旨の記載はあるものの、この記載は、「Bi添加超高磁束密度一方向性電磁鋼板製造において、焼鈍分離剤を静電塗布することにより二次再結晶仕上げ焼鈍時の鋼板の層間のガス通気性を高めて、コイル内雰囲気の均一化を促進し、安定的に製造する方法を提供する」(甲1の【0026】等参照)との技術を前提として、鉄損低下の観点からさらに好ましい態様について述べたものである。
b そうすると、焼鈍分離剤の静電塗布を行っていない「比較例」に基づいて認定された上記甲1発明と、甲1の【0069】の記載とは、前提を異にするものと言わざるを得ず、甲1の【0069】に溝の間隔を2~10mmとすることが好ましい旨の記載があるからといって、これを甲1発明に適用する動機付けがあるとはいえない。
c また、仮に、甲1の【0069】の上記記載から、甲1発明の溝の間隔を「1.0~10mm」とすることが動機付けられるとしても、甲1の【表2】に記載された実施例や他の比較例を参照すると、甲1発明の溝の間隔を1.0~10mmに設定した結果、歪み取り焼鈍後の鉄損W17/50>歪み取り焼鈍前の鉄損W17/50の関係が維持されるか否かは不明と言わざるを得ない。
d そして、甲1の他の記載事項や、上記(2)ア、イに摘記した甲4、甲5の記載事項を考慮しても、甲1発明において、歪み取り焼鈍後の鉄損W17/50>歪み取り焼鈍前の鉄損W17/50の関係を有していることについての技術的意義は不明であるから、当該関係を維持しつつ、その溝の間隔を「1.0~10mm」とする動機付けがあるとはいえない。
e したがって、甲1発明において、上記相違点1に係る特定事項を備えようとすることは、当業者が容易に想到し得たこととはいえない。
(エ)よって、本件特許発明1によって奏される効果について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1に記載された発明、及び甲4、甲5の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(4)本件特許発明2、3について
本件特許発明2、3は、本件特許発明1の発明特定事項をすべて備えたものであるから、上記(3)イ(イ)、(エ)のとおり、本件特許発明1が甲1に記載された発明であるとはいえず、甲1に記載された発明、及び甲4、甲5の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上、同様に、甲1に記載された発明であるとはいえず、甲1に記載された発明、及び甲4、甲5の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(5)小括
したがって、本件特許発明1~3は、特許法第29条第1項第3号に該当するとはいえず、また、同法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものともいえないから、申立理由1-1、2-1によっては、本件特許の請求項1~3に係る特許を取り消すことはできない。
2 申立理由1-2(新規性)、申立理由2-2(進歩性)について
(1)甲2の記載事項、及び甲2に記載された発明
ア 甲2の記載事項
本願の優先日前に公知となった甲2には、「磁束密度が高い低鉄損鏡面一方向性電磁鋼板の製造方法」(発明の名称)に関して、以下の記載がある。
(ア)「【請求項1】 重量%で、C:0.02~0.1%
Si:2.0~4.8%、
酸可溶性Al:0.012~0.050%、
N:0.0030~0.0150%、
Bi:0.0005~0.03%
を基本成分とし、残部はFeおよび不可避的不純物をからなる溶鋼を鋳造し、熱間圧延し、65~95%の最終強冷延を含む1回あるいは中間焼鈍を介入する2回以上の冷間圧延により最終板厚とし、一次再結晶を兼ねた脱炭焼鈍を施し、脱炭焼鈍から二次再結晶仕上焼鈍の工程間で必要に応じて窒化処理を行い、二次再結晶仕上焼鈍を行う工程からなる一方向性電磁鋼板の製造方法において、鋼板表面に、焼鈍分離剤100重量部に対してBiの塩化物が塩素重量部で0.2~15重量部含有する焼鈍分離剤を塗布後、二次再結晶仕上焼鈍することを特徴とする磁束密度の高い鏡面一方向性電磁鋼板の製造方法。
・・・
【請求項5】 請求項1記載の鋼板に圧延方向に対して直角もしくは直角から45度の範囲内で間隔2~10mmで幅10~300μm、深さ5~50μmの範囲で連続的、不連続または点状の溝あるいは局部的な溝を形成し、併せてコーティング処理による張力皮膜を形成することにより磁区細分化させることを特徴とする鉄損の低い鏡面一方向性電磁鋼板の製造方法。」
(イ)「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は主として変圧器その他の電気機器等の鉄心として利用される方向性電磁鋼板の製造方法に関するものである。特に、{110}〈001〉方位すなわちゴス方位を高度に発達させたBi添加高磁束密度一方向性電磁鋼板の製造方法とその表面の鏡面化手段、及び磁区細分化手段を効果的に導入することにより、鉄損特性の向上を工業的に低コストで達成する製造方法を開示するものである。
【0002】
【従来の技術】一方向性電磁鋼板は、軟磁性材料として主にトランスその他の電気機器の鉄心材料に使用されているもので、磁気特性としては励磁特性と鉄損特性が良好でなくてはならない。この励磁特性を表す指標として、通常は磁束密度B8 (磁場の強さ800A/mにおける磁束密度)が用いられ、鉄損特性を表す指標として、W17/50 (50Hzで1.7Tまで磁化させたときの単位重量あたりの鉄損)が用いられる。」
(ウ)「【0006】これに対して本出願人は、工業的規模で安価に鋼板表面を鏡面化する方法を開発した(例えば特開平6-346247号公報、特開平7-18333号公報、特開平7-54155号公報)。これらは、脱炭焼鈍後の鋼板表面にBiの塩化物を含有した焼鈍分離剤を塗布し二次再結晶仕上焼鈍を行うことにより二次再結晶に悪影響を及ぼさない約900℃以上で発生するCl2 ガスの気相エッチングにより一次皮膜を剥離し、その後の高温焼鈍で表面をサーマルエッチングし表面化する方法である。すなわち、鋼板表面の鏡面化と高磁束密度の二次再結晶形成を両立させるものである。これらの技術は、磁区細分化処理のために鋼板表面に機械加工を加える際に歯車ロール等の磨耗が少ないため、主に巻鉄心トランス用の磁区制御材製造の低コスト化に適している。
【0007】しかるに、これら磁区制御、鏡面化等の周辺技術の成熟に伴い、高磁束密度電磁鋼板を用いた低鉄損化が容易となるとともに、超低鉄損電磁鋼板を狙うには更なる高磁束密度を有する素材が必須条件として期待されてきている。これに対して本発明者らは、一方向性電磁鋼板の溶鋼中にBiを含有させることにより、工業的手段により磁束密度を従来の高磁束密度一方向性電磁鋼板レベルから超高磁束密度一方向性電磁鋼板レベルまで高める方法を特開平6-8814号公報、特開平6-88173号公報等で提案した。この方法により初めて磁束密度B8 が1.96Tを越える超高磁束密度一方向性電磁鋼板が工場規模で生産できるようになったが、従来の一次皮膜を形成する条件のなかで工場実験を繰り返した結果、コイルの全域に渡って安定に超高磁束密度を得ることは困難であった。一般に一次皮膜形成条件が磁気特性に大きな影響を及ぼすことは知られているが、Bi添加材の場合はその影響が顕著であることが想定された。そこで、このBi添加による超磁束密度化と一次皮膜を形成しない鏡面化技術を効果的に組み合わせることにより、超磁束密度一方向性電磁鋼板を工場規模でより安定的に製造し、さらに磁区制御技術を組み合わせることにより従来にない超低鉄損一方向電磁鋼板を製造することが、本発明の狙いである。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】本発明は、従来のBi添加技術と鏡面化技術とを有機的に組み合わせることにより極めて磁束密度の高い高磁束密度一方向性鏡面電磁鋼板素材を工場的規模で安定に製造することを可能とし、さらに磁区制御技術を組み合わせることにより極めて鉄損の低い超低鉄損一鏡面方向性電磁鋼板を低コストで製造することを目的とする。」
(エ)「【0032】二次再結晶仕上焼鈍後引き続き余分の焼鈍分離剤を除去後、コイル巻きぐせ等を矯正するための連続張力焼鈍を行い、同時に絶縁皮膜コーティングを塗布、焼き付けする。このとき必要に応じて、該鋼板にレーザー照射、機械的溝形成、張力被膜コーティング等の磁区細分化処理を施す。本発明はBi添加により超高磁束密度化を行うと同時に二次再結晶粒径を大きくするものであるため、鉄損特性を改善する意味から磁区細分化処理は有効である。磁区細分化の方法は特に限定する必要はない。
【0033】局部的な歪みを導入することで磁区細分化を行う場合、例えば特公昭57-2252号公報等に記載されるレーザー光照射を行う方法や、特開昭62-151511号公報、特公平6-45824号公報等に記載されるプラズマ炎照射を行う方法等を用いれば良い。局部的な溝を形成することで磁区細分化を行う場合、歯車ロール法(例えば特公平4-48847号公報)や金型プレス法(例えば特公平6-63037号公報)等の機械的な塑性加工による方法、フォトエッチング法(例えば特公平5-69284号公報)やレジストインキエッチング法(特公平2-46673号公報、特公平3-69968号公報)等の化学エッチングや電解エッチングを用いる方法などを採用すればよい。鋼板に形成する溝は圧延方向に対して直角もしくは直角から45度の範囲内でその間隔は2~10mmが鉄損低下の観点から好ましい。溝の形状は連続的、不連続または点状のいずれでも良い。溝の幅、及び深さはそれぞれ10~300μm,5~50μmの範囲が鉄損低下の観点から好ましい。溝の幅を狭くすると曲率半径の小さな曲げ加工を施す際に折れの起点となりやすい。また溝の幅を広くすると磁束密度が低下してしまう。溝の深さも同様にあまり深くすると磁束密度が低下してしまう。また、このような局部的な溝を形成する工程は、冷延以降の工程であればいずれの工程でも良い。」
(オ)「【0038】(実施例2)重量%で、Si:3.3%、Mn:0.1%、C:0.05%、S:0.007%、酸可溶性Al:0.03%、N:0.008%,Sn:0.05%を基本成分とし、(A:Bi添加)Bi:0.01%と(B:従来法)Bi:0%の2水準の珪素鋼を溶製し、それぞれ鋳片に分注鋳造後、1200℃に加熱し、抽出後直ちに2.3mm板厚まで熱間圧延した。酸洗し1.4mmまで冷延した冷延板を1120℃の温度で30秒900℃で90秒焼鈍し後、750℃まで空冷後80℃の水中に急冷し、最終板厚0.15mmに冷延した。この冷延板を窒素と水素の混合ガス中において酸化度0.3で830℃の温度で70秒焼鈍し一次再結晶させた。次いでアンモニア雰囲気中で焼鈍することにより、窒素量を0.025%に増加して、インヒビターの強化を行った。
【0039】これらの鋼板をその後、(C:鏡面化)ZrO+BiCl(10重量部)、及び(D:従来法)MgOの水スラリーを塗布した後鋼板を積層し、窒素分圧が25%の湿水素雰囲気で低いガス流量のもとで二次再結晶仕上焼鈍を施した。これら仕上焼鈍後の試料に圧延方向と直角方向に、幅30μm、深さ10μmの溝をフォトエッチング法で形成した後、アルミナ・ゾルとホウ酸を主成分とするコーティング液を塗布して870℃で2分間焼き付けた。これらの試料の磁気特性を測定した後、更に800℃で4時間の歪取り焼鈍を行った。得られた製品の磁気特性を表2に示す。
【0040】
【表2】
[図:0001406747000008.jpg]
」
イ 甲2に記載された発明
上記ア(ア)~(オ)に摘記した事項を総合勘案し、特に、「実施例2」に記載された、「素材」として「A(Bi添加)」を採用し、「製造方法」として、「D(従来法)」を採用した「比較例」に着目すると、甲2には、次の発明が記載されていると認められる。
「重量%で、Si:3.3%、Mn:0.1%、C:0.05%、S:0.007%、酸可溶性Al:0.03%、N:0.008%、Sn:0.05%を基本成分とし、Bi:0.01%を添加して珪素鋼を溶製し、
その鋳片に分注鋳造後、1200℃に加熱し、抽出後直ちに2.3mm板厚まで熱間圧延し、
その後、酸洗し、1.4mmまで冷延した冷延板を1120℃の温度で30秒900℃で90秒焼鈍し、750℃まで空冷後80℃の水中に急冷した後、最終板厚0.15mmに冷延し、この冷延板を窒素と水素の混合ガス中において、酸化度0.3で830℃の温度で70秒焼鈍し一次再結晶させ、次いでアンモニア雰囲気中で焼鈍することにより、窒素量を0.025%に増加して、インヒビターの強化を行い、
その後、(D:従来法)MgOの水スラリーを塗布した後鋼板を積層し、窒素分圧が25%の湿水素雰囲気で低いガス流量のもとで二次再結晶仕上げ焼鈍を施し、この仕上焼鈍後の試料に圧延方向と直角方向に、幅30μm、深さ10μmの溝をフォトエッチング法で形成した後、アルミナ・ゾルとホウ酸を主成分とするコーテイング液を塗布して870℃で2分間焼き付けて得られた製品であって、
800℃で4時間の歪取り焼鈍を行う前の磁束密度B8が1.87T、鉄損W17/50が0.71W/kgであり、
上記800℃で4時間の歪取り焼鈍を行った後の磁束密度B8が1.87T、鉄損W17/50が0.73W/kgである、
製品。」(以下、「甲2発明」という。)
(2)本件特許発明1について
ア 本件特許発明1と甲2発明との対比
本件特許発明1と甲2発明とを対比する。
(ア)甲2発明の「製品」は、溶製された「珪素鋼」から、鋳造、熱間圧延、酸洗、冷延、焼鈍、急冷、冷延の各工程を経て、「最終板厚0.15mm」の「冷延板」とし、これを焼鈍後、積層、仕上げ焼鈍し、フォトエッチング法で「圧延方向と直角方向に、幅30μm、深さ10μmの溝」を形成し、さらに「アルミナ・ゾルとホウ酸を主成分とするコーテイング液を塗布して870℃で2分間焼き付けて得られた」ものであるところ、甲2の【0001】、【0002】、【0007】、【0032】、【0033】の記載からすると、これは、本件特許発明1の「表面に複数の溝を有する低鉄損の方向性ケイ素鋼板」に相当する。
(イ)また、甲2発明の「製品」に形成された「圧延方向と直角方向に、幅30μm、深さ10μmの溝」と、本件特許発明1の「低鉄損の方向性ケイ素鋼板」が有する「溝の幅が10~60μm、深さが5~40μmであり、隣接する溝同士の間隔が1.0~10mmであ」ることとは、「溝の幅が10~60μm、深さが5~40μm」である限りにおいて一致する。
(ウ)さらに、甲2発明の「製品」が、「800℃で4時間の歪取り焼鈍を行う前の磁束密度B8が1.87T、鉄損W17/50が0.71W/kgであり、上記800℃で4時間の歪取り焼鈍を行った後の磁束密度B8が1.87T、鉄損W17/50が0.73W/kgである」ことと、本件特許発明1の「低鉄損の方向性ケイ素鋼板」が、「応力除去焼鈍を行う前と後の鉄損相対変化率ΔP17/50(%)が5%以下であり、ここで、
[図:0001406747000009.jpg]
(上式中、P17/50は方向性ケイ素鋼板の鉄損値であり、単位はW/kgであり、ここで、P17/50(焼鈍後)>P17/50(焼鈍前)である)であること」について、以下対比する。
a 上記1(2)ア(イ)に摘記した甲4の【0003】の記載を考慮すると、甲2発明の「歪み取り焼鈍」は、本件特許発明1の「応力除去焼鈍」に相当する。
b 上記(1)ア(イ)に摘記した甲2の【0002】の記載を考慮すると、甲2発明の「鉄損W17/50は、本件特許発明1の「方向性ケイ素鋼板の鉄損値」である「P17/50」に相当する。
c 甲2発明の「製品」の歪み取り焼鈍を行う前の「鉄損W17/50」が「0.71W/kg」であるのに対して、800℃で4時間の歪取り焼鈍を行った後の上記「鉄損W17/50」が「0.73W/kg」であり、歪み取り焼鈍後の鉄損W17/50が、歪み取り焼鈍前よりも大きくなっているのに加えて、焼鈍前後の鉄損相対変化率を上式に従って計算すると、(0.73-0.71)/0.73≒2.7%となり、5%以下である。
d したがって、甲2発明の「製品」が、「800℃で4時間の歪取り焼鈍を行う前の磁束密度B8が1.87T、鉄損W17/50が0.71W/kgであり、上記800℃で4時間の歪取り焼鈍を行った後の磁束密度B8が1.87T、鉄損W17/50が0.73W/kgである」ことは、本件特許発明1の「低鉄損の方向性ケイ素鋼板」が、「応力除去焼鈍を行う前と後の鉄損相対変化率ΔP17/50(%)が5%以下であり、ここで、
[図:0001406747000010.jpg]
(上式中、P17/50は方向性ケイ素鋼板の鉄損値であり、単位はW/kgであり、ここで、P17/50(焼鈍後)>P17/50(焼鈍前)である)であること」に相当するといえる。
(エ)そうすると、本件特許発明1と甲2発明とは、
「表面に複数の溝を有する低鉄損の方向性ケイ素鋼板であって、前記溝の幅が10~60μm、深さが5~40μmであり;応力除去焼鈍を行う前と後の鉄損相対変化率ΔP17/50(%)が5%以下であり、ここで、
[図:0001406747000011.jpg]
(上式中、P17/50は方向性ケイ素鋼板の鉄損値であり、単位はW/kgであり、ここで、P17/50(焼鈍後)>P17/50(焼鈍前)である)である、低鉄損の方向性ケイ素鋼板。」の点で一致し、次の点で相違する。
<相違点2>
本件特許発明1の「低鉄損の方向性ケイ素鋼板」が表面に有する「溝」について、「隣接する溝同士間の間隔が1.0~10mmであ」るのに対して、甲2発明の「製品」に形成された「溝」については、隣接する溝同士の間隔がどの程度であるのか不明である点。
イ 相違点についての判断
(ア)上記(1)ア(エ)に摘記したとおり、甲2の【0033】には、「鋼板に形成する溝は圧延方向に対して直角もしくは直角から45度の範囲内でその間隔は2~10mmが鉄損低下の観点から好ましい。」との記載はあるものの、甲2発明の認定の基礎となった「実施例2」に記載された、「素材」として「A(Bi添加)」を採用し、「製造方法」として、「D(従来法)」を採用した「比較例」については、溝の間隔が記載されておらず、本願優先権主張の日当時の技術常識を考慮しても、その溝の間隔が「1.0~10mm」に包含される値であるとはいえない。
(イ)したがって、上記相違点2は実質的な相違点であるから、本件特許発明1が甲2に記載された発明であるとはいえない。
(ウ)次に、上記相違点2の容易想到性について検討する。
a 上記(ア)のとおり、甲2の【0033】には、鉄損低下の観点から、溝の間隔を2~10mmとすることが好ましい旨の記載はあるものの、この記載は、「Bi添加による超磁束密度化と一次皮膜を形成しない鏡面化技術を効果的に組み合わせることにより、超磁束密度一方向性電磁鋼板を工場規模でより安定的に製造し、さらに磁区制御技術を組み合わせることにより従来にない超低鉄損一方向電磁鋼板を製造する」(甲2の【0007】等参照)との技術を前提として、鉄損低下の観点からさらに好ましい態様について述べたものである。
b そうすると、一次被膜を形成しない鏡面化を行っていない「比較例」に基づいて認定された上記甲2発明と、甲2の【0033】の記載とは、前提を異にするものと言わざるを得ず、甲2の【0033】に溝の間隔を2~10mmとすることが好ましい旨の記載があるからといって、これを甲2発明に適用する動機付けがあるとはいえない。
c また、仮に、甲2の【0033】の上記記載から、甲2発明の溝の間隔を「1.0~10mm」とすることが動機付けられるとしても、甲2の【表2】に記載された実施例や他の比較例を参照すると、甲2発明の溝の間隔を1.0~10mmに設定した結果、歪み取り焼鈍後の鉄損W17/50>歪み取り焼鈍前の鉄損W17/50の関係が維持されるか否かは不明と言わざるを得ない。
d そして、甲2の他の記載事項や、上記1(2)ア、イに摘記した甲4、甲5の記載事項を考慮しても、甲2発明において、歪み取り焼鈍後の鉄損W17/50>歪み取り焼鈍前の鉄損W17/50の関係を有していることについての技術的意義は不明であるから、当該関係を維持しつつ、その溝の間隔を「1.0~10mm」とする動機付けがあるとはいえない。
e したがって、甲2発明において、上記相違点2に係る特定事項を備えようとすることは、当業者が容易に想到し得たこととはいえない。
(エ)よって、本件特許発明1によって奏される効果について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲2に記載された発明、及び甲4、甲5の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(3)本件特許発明2、3について
本件特許発明2、3は、本件特許発明1の発明特定事項をすべて備えたものであるから、上記(2)イ(イ)、(エ)のとおり、本件特許発明1が甲2に記載された発明であるとはいえず、甲2に記載された発明、及び甲4、甲5の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上、同様に、甲2に記載された発明であるとはいえず、甲2に記載された発明、及び甲4、甲5の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(4)小括
したがって、本件特許発明1~3は、特許法第29条第1項第3号に該当するとはいえず、また、同法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものともいえないから、申立理由1-2、2-2によっては、本件特許の請求項1~3に係る特許を取り消すことはできない。
3 申立理由1-3(新規性)、申立理由2-3(進歩性)について
(1)甲3の記載事項、及び甲3に記載された発明
ア 甲3の記載事項
本願の優先日前に公知となった甲3には、「磁束密度が高い低鉄損鏡面一方向性電磁鋼板の製造方法」(発明の名称)に関して、以下の記載がある。
(ア)「【請求項1】 重量%で、C:0.02~0.1%、
Si:2.0~4.8%、
酸可溶性Al:0.012~0.050%、
N:0.0030~0.0150%、
Bi:0.0005~0.03%を基本成分とし、残部はFeおよび不可避的不純物をからなる溶鋼を鋳造し、熱間圧延し、65~95%の最終強冷延を含む1回あるいは中間焼鈍を介入する2回以上の冷間圧延により最終板厚とし、一次再結晶を兼ねた脱炭焼鈍を施し、脱炭焼鈍から二次再結晶仕上焼鈍の工程間で必要に応じて窒化処理を行い、二次再結晶仕上焼鈍を行う工程からなる一方向性電磁鋼板の製造方法において、鋼板表面に、MgO100重量部に対し、Li,K,Na,Ba,Ca,Mg,Zn,Fe,Zr,Sn,Sr,Al等の塩化物、炭酸塩、硝酸塩、硫酸塩、硫化物の中から選ばれる1種または2種以上を2~30重量部で添加した焼鈍分離剤を塗布し、二次再結晶仕上焼鈍することを特徴とする磁束密度の高い鏡面一方向性電磁鋼板の製造方法。
・・・
【請求項7】 請求項1記載の鋼板に圧延方向に対して直角もしくは直角から45度の範囲内で間隔2~10mmで幅10~300μm、深さ5~50μmの範囲で連続的、不連続または点状の溝あるいは局部的な溝を形成し、併せてコーティング処理による張力皮膜を形成することにより磁区細分化させることを特徴とする鉄損の低い鏡面一方向性電磁鋼板の製造方法。」
(イ)「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は主として変圧器その他の電気機器等の鉄心として利用される方向性電磁鋼板の製造方法に関するものである。特に、{110}<001>方位すなわちゴス方位を高度に発達させたBi添加高磁束密度一方向性電磁鋼板の製造方法とその表面の鏡面化手段、及び磁区細分化手段を効果的に導入することにより、鉄損特性の向上を工業的に低コストで達成する製造方法を開示するものである。
【0002】
【従来の技術】一方向性電磁鋼板は、軟磁性材料として主にトランスその他の電気機器の鉄心材料に使用されているもので、磁気特性としては励磁特性と鉄損特性が良好でなくてはならない。この励磁特性を表す指標として、通常は磁束密度B8 (磁場の強さ800A/mにおける磁束密度)が用いられ、鉄損特性を表す指標として、W17/50 (50Hzで1.7Tまで磁化させたときの単位重量あたりの鉄損)が用いられる。」
(ウ)「【0006】これに対して本出願人は、工業的規模で安価に鋼板表面を鏡面化する方法を開発した(例えば特開平5-222489号公報、特開平5-299228号公報、特開平5-320770号公報)。これらは、脱炭焼鈍後の鋼板表面にLi,K,Na,Ba,Ca,Mg,Zn,Fe,Zr,Sn,Sr,Al等の塩化物、炭酸塩、硝酸塩、硫酸塩、硫化物の中から選ばれる1種または2種以上を2~30重量部で添加した焼鈍分離剤を塗布し二次再結晶仕上焼鈍を行うことにより二次再結晶仕上焼鈍前段で鋼板表面に適度の薄い一次皮膜が形成され二次再結晶に必要なインヒビターの変質を防止する。次いで一次皮膜の形成抑制と追加酸化が防止され、昇温後段に皮膜層中のFeのエッチング反応により一次皮膜を分解し、その後の高温焼鈍で表面をサーマルエッチングし表面化する方法である。すなわち、鋼板表面の鏡面化と高磁束密度の二次再結晶形成を両立させるものである。これらの技術は、磁区細分化処理のために鋼板表面に機械加工を加える際に歯車ロール等の磨耗が少ないため、主に巻鉄心トランス用の磁区制御材製造の低コストに適している。
【0007】しかるに、これら磁区制御、鏡面化等の周辺技術の成熟に伴い、高磁束密度電磁鋼板を用いた低鉄損化が容易となるとともに、超低鉄損電磁鋼板を狙うには更なる高磁束密度を有する素材が必須条件として期待されてきている。これに対して本発明者らは、一方向性電磁鋼板の溶鋼中にBiを含有させることにより、工業的手段により磁束密度を従来の高磁束密度一方向性電磁鋼板レベルから超高磁束密度一方向性電磁鋼板レベルまで高める方法を特開平6-8814号公報、特開平6-88173号公報等で提案した。この方法により初めて磁束密度B8 が1.96Tを越える超高磁束密度一方向性電磁鋼板が工場規模で生産できるようになったが、従来の一次皮膜を形成する条件のなかで工場実験を繰り返した結果、コイルの全域に渡って安定に超高磁束密度を得ることは困難であった。一般に一次皮膜形成条件が磁気特性に大きな影響を及ぼすことは知られているが、Bi添加材の場合はその影響が顕著であることが想定された。そこで、このBi添加による超磁束密度化と一次皮膜を形成しない鏡面化技術を効果的に組み合わせることにより、超磁束密度一方向性電磁鋼板を工場規模でより安定的に製造し、さらに磁区制御技術を組み合わせることにより従来にない超低鉄損一方向電磁鋼板を製造することが、本発明の狙いである。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】本発明は、従来のBi添加技術と鏡面化技術とを有機的に組み合わせることにより極めて磁束密度の高い超高磁束密度一方向性鏡面電磁鋼板素材を工場的規模で安定に製造することを可能とし、さらに磁区制御技術を組み合わせることにより極めて鉄損の低い超低鉄損一鏡面方向性電磁鋼板を低コストで製造することを目的とする。」
(エ)「【0033】二次再結晶仕上焼鈍後引き続き余分の焼鈍分離剤を除去後、コイル巻きぐせ等を矯正するための連続張力焼鈍を行い、同時に絶縁皮膜コーティングを塗布、焼き付けする。このとき必要に応じて、該鋼板にレーザー照射、機械的溝形成、張力被膜コーティング等の磁区細分化処理を施す。本発明はBi添加により超高磁束密度化を行うと同時に二次再結晶粒径を大きくするものであるため、鉄損特性を改善する意味から磁区細分化処理は有効である。磁区細分化の方法は特に限定する必要はない。
【0034】局部的な歪みを導入することで磁区細分化を行う場合、例えば特公昭57-2252号公報等に記載されるレーザー光照射を行う方法や、特開昭62-151511号公報、特公平6-45824号公報等に記載されるプラズマ炎照射を行う方法等を用いれば良い。局部的な溝を形成することで磁区細分化を行う場合、歯車ロール法(例えば特公平4-48847号公報)や金型プレス法(例えば特公平6-63037号公報)等の機械的な塑性加工による方法、フォトエッチング法(例えば特公平5-69284号公報)やレジストインキエッチング法(特公平2-46673号公報、特公平3-69968号公報)等の化学エッチングや電解エッチングを用いる方法などを採用すればよい。鋼板に形成する溝は圧延方向に対して直角もしくは直角から45度の範囲内でその間隔は2~10mmが鉄損低下の観点から好ましい。溝の形状は連続的、不連続または点状のいずれでも良い。溝の幅、及び深さはそれぞれ10~300μm、5~50μmの範囲が鉄損低下の観点から好ましい。溝の幅を狭くすると曲率半径の小さな曲げ加工を施す際に折れの起点となりやすい。また溝の幅を広くすると磁束密度が低下してしまう。溝の深さも同様にあまり深くすると磁束密度が低下してしまう。また、このような局部的な溝を形成する工程は、冷延以降の工程であればいずれの工程でも良い。」
(オ)「【0039】(実施例2)重量%で、Si:3.3%、Mn:0.1%、C:0.05%、S:0.007%、酸可溶性Al:0.03%、N:0.008%、Sn:0.05%を基本成分とし、(A:Bi添加)Bi:0.01%と(B:従来法)Bi:0%の2水準の珪素鋼を溶製し、それぞれ鋳片に分注鋳造後、1200℃に加熱し、抽出後直ちに2.3mm板厚まで熱間圧延した。酸洗し、1.4mmまで冷延した冷延板を1120℃の温度で30秒900℃で90秒焼鈍し、750℃まで空冷後80℃の水中に急冷し後、最終板厚0.15mmに冷延した。この冷延板を窒素と水素の混合ガス中において酸化度0.5で830℃の温度で70秒焼鈍し一次再結晶させた。次いでアンモニア雰囲気中で焼鈍することにより、窒素量を0.025%に増加して、インヒビターの強化を行った。
【0040】これらの鋼板をその後、(C:鏡面化)MgO+SnCl2 (10重量部)、及び(D:従来法)MgOの水スラリーを塗布した後鋼板を積層し、低いガス流量のもとでN2 の50%分圧で二次再結晶仕上焼鈍を施した。これら仕上焼鈍後の試料に圧延方向と直角方向に、幅30μm、深さ10μmの溝をフォトエッチング法で形成した後、アルミナ・ゾルとホウ酸を主成分とするコーティング液を塗布して870℃で2分間焼き付けた。これらの試料の磁気特性を測定した後、更に800℃で4時間の歪取り焼鈍を行った。得られた製品の磁気特性を表2に示す。
【0041】
【表2】
[図:0001406747000012.jpg]
」
イ 甲3に記載された発明
上記ア(ア)~(オ)に摘記した事項を総合勘案し、特に、「実施例2」に記載された、「素材」として「A(Bi添加)」を採用し、「製造方法」として、「D(従来法)」を採用した「比較例」に着目すると、甲3には、次の発明が記載されていると認められる。
「重量%で、Si:3.3%、Mn:0.1%、C:0.05%、S:0.007%、酸可溶性Al:0.03%、N:0.008%、Sn:0.05%を基本成分とし、Bi:0.01%を添加して珪素鋼を溶製し、
その鋳片に分注鋳造後、1200℃に加熱し、抽出後直ちに2.3mm板厚まで熱間圧延し、
その後、酸洗し、1.4mmまで冷延した冷延板を1120℃の温度で30秒900℃で90秒焼鈍し、750℃まで空冷後80℃の水中に急冷した後、最終板厚0.15mmに冷延し、この冷延板を窒素と水素の混合ガス中において、酸化度0.5で830℃の温度で70秒焼鈍し一次再結晶させ、次いでアンモニア雰囲気中で焼鈍することにより、窒素量を0.025%に増加して、インヒビターの強化を行い、
その後、(D:従来法)MgOの水スラリーを塗布した後鋼板を積層し、低いガス流量のもとでN2の50%分圧で二次再結晶仕上げ焼鈍を施し、この仕上焼鈍後の試料に圧延方向と直角方向に、幅30μm、深さ10μmの溝をフォトエッチング法で形成した後、アルミナ・ゾルとホウ酸を主成分とするコーテイング液を塗布して870℃で2分間焼き付けて得られた製品であって、
800℃で4時間の歪取り焼鈍を行う前の磁束密度B8が1.87T、鉄損W17/50が0.74W/kgであり、
上記800℃で4時間の歪取り焼鈍を行った後の磁束密度B8が1.87T、鉄損W17/50が0.76W/kgである、
製品。」(以下、「甲3発明」という。)
(2)本件特許発明1について
ア 本件特許発明1と甲3発明との対比
本件特許発明1と甲3発明とを対比する。
(ア)甲3発明の「製品」は、溶製された「珪素鋼」から、鋳造、熱間圧延、酸洗、冷延、焼鈍、急冷、冷延の各工程を経て、「最終板厚0.15mm」の「冷延板」とし、これを焼鈍後、積層、仕上げ焼鈍し、フォトエッチング法で「圧延方向と直角方向に、幅30μm、深さ10μmの溝」を形成し、さらに「アルミナ・ゾルとホウ酸を主成分とするコーテイング液を塗布して870℃で2分間焼き付けて得られた」ものであるところ、甲3の【0001】、【0002】、【0007】、【0033】、【0034】の記載からすると、これは、本件特許発明1の「表面に複数の溝を有する低鉄損の方向性ケイ素鋼板」に相当する。
(イ)また、甲3発明の「製品」に形成された「圧延方向と直角方向に、幅30μm、深さ10μmの溝」と、本件特許発明1の「低鉄損の方向性ケイ素鋼板」が有する「溝の幅が10~60μm、深さが5~40μmであり、隣接する溝同士の間隔が1.0~10mmであ」ることとは、「溝の幅が10~60μm、深さが5~40μm」である限りにおいて一致する。
(ウ)さらに、甲3発明の「製品」が、「800℃で4時間の歪取り焼鈍を行う前の磁束密度B8が1.87T、鉄損W17/50が0.74W/kgであり、上記800℃で4時間の歪取り焼鈍を行った後の磁束密度B8が1.87T、鉄損W17/50が0.76W/kgである」ことと、本件特許発明1の「低鉄損の方向性ケイ素鋼板」が、「応力除去焼鈍を行う前と後の鉄損相対変化率ΔP17/50(%)が5%以下であり、ここで、
[図:0001406747000013.jpg]
(上式中、P17/50は方向性ケイ素鋼板の鉄損値であり、単位はW/kgであり、ここで、P17/50(焼鈍後)>P17/50(焼鈍前)である)であること」について、以下対比する。
a 上記1(2)ア(イ)に摘記した甲4の【0003】の記載を考慮すると、甲3発明の「歪み取り焼鈍」は、本件特許発明1の「応力除去焼鈍」に相当する。
b 上記(1)ア(イ)に摘記した甲3の【0002】の記載を考慮すると、甲3発明の「鉄損W17/50は、本件特許発明1の「方向性ケイ素鋼板の鉄損値」である「P17/50」に相当する。
c 甲3発明の「製品」の歪み取り焼鈍を行う前の「鉄損W17/50」が「0.74W/kg」であるのに対して、800℃で4時間の歪取り焼鈍を行った後の上記「鉄損W17/50」が「0.76W/kg」であり、歪み取り焼鈍後の鉄損W17/50が、歪み取り焼鈍前よりも大きくなっているのに加えて、焼鈍前後の鉄損相対変化率を上式に従って計算すると、(0.76-0.74)/0.76≒2.6%となり、5%以下である。
d したがって、甲3発明の「製品」が、「800℃で4時間の歪取り焼鈍を行う前の磁束密度B8が1.87T、鉄損W17/50が0.74W/kgであり、上記800℃で4時間の歪取り焼鈍を行った後の磁束密度B8が1.87T、鉄損W17/50が0.76W/kgである」ことは、本件特許発明1の「低鉄損の方向性ケイ素鋼板」が、「応力除去焼鈍を行う前と後の鉄損相対変化率ΔP17/50(%)が5%以下であり、ここで、
[図:0001406747000014.jpg]
(上式中、P17/50は方向性ケイ素鋼板の鉄損値であり、単位はW/kgであり、ここで、P17/50(焼鈍後)>P17/50(焼鈍前)である)であること」に相当するといえる。
(エ)そうすると、本件特許発明1と甲3発明とは、
「表面に複数の溝を有する低鉄損の方向性ケイ素鋼板であって、前記溝の幅が10~60μm、深さが5~40μmであり;応力除去焼鈍を行う前と後の鉄損相対変化率ΔP17/50(%)が5%以下であり、ここで、
[図:0001406747000015.jpg]
(上式中、P17/50は方向性ケイ素鋼板の鉄損値であり、単位はW/kgであり、ここで、P17/50(焼鈍後)>P17/50(焼鈍前)である)である、低鉄損の方向性ケイ素鋼板。」の点で一致し、次の点で相違する。
<相違点3>
本件特許発明1の「低鉄損の方向性ケイ素鋼板」が表面に有する「溝」について、「隣接する溝同士間の間隔が1.0~10mmであ」るのに対して、甲3発明の「製品」に形成された「溝」については、隣接する溝同士の間隔がどの程度であるのか不明である点。
イ 相違点についての判断
(ア)上記(1)ア(エ)に摘記したとおり、甲3の【0034】には、「鋼板に形成する溝は圧延方向に対して直角もしくは直角から45度の範囲内でその間隔は2~10mmが鉄損低下の観点から好ましい。」との記載はあるものの、甲3発明の認定の基礎となった「実施例2」に記載された、「素材」として「A(Bi添加)」を採用し、「製造方法」として、「D(従来法)」を採用した「比較例」については、溝の間隔が記載されておらず、本願優先権主張の日当時の技術常識を考慮しても、その溝の間隔が「1.0~10mm」に包含される値であるとはいえない。
(イ)したがって、上記相違点3は実質的な相違点であるから、本件特許発明1が甲3に記載された発明であるとはいえない。
(ウ)次に、上記相違点3の容易想到性について検討する。
a 上記(ア)のとおり、甲3の【0034】には、鉄損低下の観点から、溝の間隔を2~10mmとすることが好ましい旨の記載はあるものの、この記載は、「Bi添加による超磁束密度化と一次皮膜を形成しない鏡面化技術を効果的に組み合わせることにより、超磁束密度一方向性電磁鋼板を工場規模でより安定的に製造し、さらに磁区制御技術を組み合わせることにより従来にない超低鉄損一方向電磁鋼板を製造する」(甲3の【0007】等参照)との技術を前提として、鉄損低下の観点からさらに好ましい態様について述べたものである。
b そうすると、一次被膜を形成しない鏡面化を行っていない「比較例」に基づいて認定された上記甲3発明と、甲3の【0034】の記載とは、前提を異にするものと言わざるを得ず、甲3の【0034】に溝の間隔を2~10mmとすることが好ましい旨の記載があるからといって、これを甲3発明に適用する動機付けがあるとはいえない。
c また、仮に、甲3の【0034】の上記記載から、甲3発明の溝の間隔を「1.0~10mm」とすることが動機付けられるとしても、甲3の【表2】に記載された実施例や他の比較例を参照すると、甲3発明の溝の間隔を1.0~10mmに設定した結果、歪み取り焼鈍後の鉄損W17/50>歪み取り焼鈍前の鉄損W17/50の関係が維持されるか否かは不明と言わざるを得ない。
d そして、甲3の他の記載事項や、上記1(2)ア、イに摘記した甲4、甲5の記載事項を考慮しても、甲3発明において、歪み取り焼鈍後の鉄損W17/50>歪み取り焼鈍前の鉄損W17/50の関係を有していることについての技術的意義は不明であるから、当該関係を維持しつつ、その溝の間隔を「1.0~10mm」とする動機付けがあるとはいえない。
e したがって、甲3発明において、上記相違点3に係る特定事項を備えようとすることは、当業者が容易に想到し得たこととはいえない。
(エ)よって、本件特許発明1によって奏される効果について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲3に記載された発明、及び甲4、甲5の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(3)本件特許発明2、3について
本件特許発明2、3は、本件特許発明1の発明特定事項をすべて備えたものであるから、上記(2)イ(イ)、(エ)のとおり、本件特許発明1が甲3に記載された発明であるとはいえず、甲3に記載された発明、及び甲4、甲5の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上、同様に、甲3に記載された発明であるとはいえず、甲3に記載された発明、及び甲4、甲5の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(4)小括
したがって、本件特許発明1~3は、特許法第29条第1項第3号に該当するとはいえず、また、同法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものともいえないから、申立理由1-3、2-3によっては、本件特許の請求項1~3に係る特許を取り消すことはできない。
4 申立理由3(サポート要件)について
(1)本件特許明細書の記載事項
本願の願書に添付した明細書(以下、「本件特許明細書」という。)には、以下の記載がある。
ア 「【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼種およびその製造方法に関し、特に、ケイ素鋼およびその製造方法に関する。」
イ 「【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的の一つは、応力除去焼鈍の過程で磁区細分化効果が消失せず、多くの残留応力を導入することがなく、応力除去焼鈍を経ずにそのまま積層鉄心変圧器の製造に特に適し、巻鉄心変圧器の製造にも適用できる低鉄損の方向性ケイ素鋼を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記発明の目的に基づき、本発明は、表面に複数の溝を有する低鉄損の方向性ケイ素鋼であって、前記溝の幅が10~60μm、深さが5~40μmであり、隣接する溝同士間の間隔が1~10mmであることを特徴とする低鉄損の方向性ケイ素鋼を提供する。
【0013】
本発明に係る技術案では、ケイ素鋼板表面に一連の溝を形成することにより、磁区を細分化し、且つ焼鈍により磁区の存在が変わることがないため、鉄損低減効果が応力焼鈍過程で消失しないので、巻鉄心に特に適用する。」
ウ 「【0017】
本願発明者は、方向性ケイ素鋼の鉄損を効果的に低減させるために、大量の実験や検討を行ったところ、溝幅や深さが鉄損に対して影響を及ぼすことを見出した。溝の深さが5μm未満では、ケイ素鋼板の鉄損が著しく改善されず、溝の深さが40μmを超えると、溝の領域に生じる漏れ磁束が多すぎ、磁束密度が著しく低下し、ケイ素鋼の導磁能に影響を及ぼす。一方、隣接する溝同士間の間隔が1mm未満であると、溝が密集し過ぎるため、方向性ケイ素鋼の磁束密度が著しく低減し、隣接する溝同士間の間隔が10mmを超えると、磁区細分化効果に影響される領域が小さくなり過ぎ、方向性ケイ素鋼の鉄損が著しく改善されない。
【0018】
また、本発明に係る低鉄損の方向性ケイ素鋼板を積層鉄心変圧器や巻鉄心変圧器の製造にそのまま応用することができるようにするためには、溝幅を厳密に制御する必要がある。溝幅が60μmを超えると、前述した低鉄損の方向性ケイ素鋼の耐食性が劣化し、変圧器の使用環境において錆びで導通のリスクがある。溝幅が10μm未満であると、溝の磁区細分化に対する効果が限られ、方向性ケイ素鋼の鉄損を低減させることができず、且つ幅が小さすぎるため、生産プロセスの難易度が大きくなる。
【0019】
そこで、本発明に係る低鉄損の方向性ケイ素鋼では、溝の寸法について、前記溝幅を10~60μm、深さを5~40μm、隣接する溝同士間の間隔を1~10mmに限定する。
【0020】
なお、本発明に係る技術案において、溝は、耐熱スクライビング技術により形成される。耐熱スクライビング技術とは、一定の手段、例えば化学的浸食や機械的圧力によって鋼板表面に溝を形成し、溝に自由磁極を生じさせて静磁気エネルギーが高くなり磁区幅が減少することにより、磁区が細分化され、鉄損が低下することである。焼鈍により溝が変わることがないため、鉄損低減効果が応力除去焼鈍過程で消失することはないので、耐熱スクライビング技術は巻鉄心に特に適している。」
エ 「【0025】
さらに、本発明に係る低鉄損の方向性ケイ素鋼において、応力除去焼鈍を行う前と後の鉄損相対変化率ΔP17/50(%)が5%以下であり、ここで、
[図:0001406747000016.jpg]
上式中、P17/50が方向性ケイ素鋼板の鉄損値であり、単位はW/kgである。
【0026】
発明者らは、試験と詳細な検討を重ねた結果、耐熱スクライビング技術による材料への焼灼により溝を形成するが、ΔP17/50(%)が5%以下であると、焼灼による熱拡散および応力範囲が小さく、エネルギーの有効利用率が高く、得られた低鉄損の方向性ケイ素鋼の鉄損の改善率が所望の溝幅、深さおよび間隔要求に達することができるため、鉄損の改善率は6%以上に達することができ、巻鉄心変圧器の製造に適用するとともに、応力除去焼鈍を経ずに積層鉄心変圧器の製造にそのまま応用することにも適していることを見出した。ΔP17/50(%)が5%を超えると、このとき耐熱スクライビング技術による材料への焼灼エネルギーが拡散により損失が大きくなり、材料内部の応力が過大となるため、形成された溝が小さく、方向性ケイ素鋼の鉄損が応力除去焼鈍前に低下したとしても、焼鈍後はもとのレベルまで劣化してしまい、巻鉄心変圧器の製造に適用しない。」
オ 「【0043】
実施例A1~A19および比較例B1~B13
実施例A1~A19の低鉄損の方向性ケイ素鋼及び比較例B1~B13の従来のケイ素鋼は以下の工程により製造される。
(1)製鉄、製鋼、連続鋳造、熱間圧延、一次冷間圧延を経て厚さ0.23~0.27mmまで圧延する。ここで、実施例A1~A15および比較例B1~B10の厚みは0.23mm、実施例A16~A19および比較例B11~B13の厚みは0.27mmであり、850℃の脱炭焼鈍プロセスを経て、表面酸化被膜を形成した後、その表面にMgO焼鈍分離剤を塗布し、スチールコイルに巻き取った後、1200℃の高温焼鈍条件で20時間保持し、次にその表面に絶縁コーティングを塗布し、最終焼鈍を行ってケイ素鋼板を形成する。
(2)レーザーにより各実施例および比較例のケイ素鋼板表面にスクライビングを行い、前記溝を形成する。具体的なプロセスパラメータは表1に示す。
【0044】
表1は、各実施例の低鉄損配向用鋼の工程(2)における具体的なプロセスパラメータを示す。
【0045】
【表1ー1】
[図:0001406747000017.jpg]
【0046】
【表1ー2】
[図:0001406747000018.jpg]
【0047】
実施例A1-A3の低鉄損の方向性ケイ素鋼と比較例B1-B2の従来のケイ素鋼を、容量315kVAの一次エネルギー効率の巻鉄心配電変圧器に製造し、鉄心設計重量をいずれも430kgとし、その無負荷損および負荷損を測定した結果を表2に示す。
【0048】
【表2】
[図:0001406747000019.jpg]
【0049】
[図:0001406747000020.jpg]
【0050】
表2から明らかなように、本願実施例A1~A3のΔP17/50(%)はいずれも5%以下であり、いずれもスクライビングによる鉄損改善率が6%を超え、作製された配電変圧器の無負荷損が340W未満であり、負荷損が3065W以下である。一方、比較例B1~B2のΔP17/50(%)が5%を超え、スクライビングによる鉄損改善率が6%未満となり、配電変圧器に製造された後の無負荷損および負荷損がいずれも本願実施例A1~A3よりも高くなった。」
(2)サポート要件についての当審の判断
ア 上記(1)イに摘記した本件特許明細書の【0011】の記載からすると、本件特許発明が解決しようとする課題は、「応力除去焼鈍の過程で磁区細分化効果が消失せず、多くの残留応力を導入することがなく、応力除去焼鈍を経ずにそのまま積層鉄心変圧器の製造に特に適し、巻鉄心変圧器の製造にも適用できる低鉄損の方向性ケイ素鋼を提供すること」にあると認められる。
イ そして、上記(1)イ~エに摘記した本件特許明細書の【0012】、【0013】、【0017】~【0020】、【0025】、【0026】の記載からすると、(ア)表面に複数の溝を有する低鉄損の方向性ケイ素鋼であって、前記溝の幅が10~60μm、深さが5~40μmであり、隣接する溝同士間の間隔が1~10mmである低鉄損の方向性ケイ素鋼を採用することにより、鉄損低減効果が応力焼鈍過程で消失せず、巻鉄心に特に適用可能なものとするとともに、(イ)ΔP17/50(%)を5%以下とすることにより、材料内部の応力が過大となることなく、鉄損の改善率を6%以上とすることを可能とし、そのことによって、巻鉄心変圧器の製造に適用するとともに、応力除去焼鈍を経ずに積層鉄心変圧器の製造にそのまま応用することも可能であって、上記アの課題が解決できることを、当業者であれば十分認識できるといえる。
また、上記(1)オに摘記した本件明細書の【0043】~【0050】に記載された実施例と比較例の対比によっても、上記(ア)、(イ)の特徴をいずれも備えた実施例によって、上記アの課題が解決されていることが実証されている。
ウ 一方で、上記第2のとおり、本件特許発明1は、表面に複数の溝を有する低鉄損の方向性ケイ素鋼において、溝の幅が10~60μm、深さが5~40μmであり、隣接する溝同士間の間隔が1~10mmであることと、ΔP17/50(%)を5%以下とすることとを、発明特定事項として含むものである。
エ そうすると、本件特許発明1は、発明の詳細な説明において、上記アの課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものとはいえない。
オ また、本件特許発明2、3は、本件特許発明1の発明特定事項をすべて含むものであるから、上記エと同様に、発明の詳細な説明において、上記アの課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものとはいえない。
カ したがって、本件特許の請求項1~3の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであり、特許法第36条第6項第1号に適合するものといえる。
(3)申立人の主張について
ア 申立人は、特許異議申立書の第23頁下から10行~第27頁第2行において、溝形成の方法がレーザースクライビングに限定されていない本件特許発明1~3には、レーザースクライビングで溝を形成しない態様も含まれるところ、本件特許明細書の実施例を見ても、レーザースクライビング以外の方法(例えば、エッチング法)によって溝を形成した場合に、鉄損P17/50について、「P17/50(焼鈍後)>P17/50(焼鈍前)」となり、かつ鉄損相対変化率ΔP17/50を5%以下に抑制できることやその効果が実証されていないこと、及び甲1~甲3、甲6、甲7の記載から、レーザースクライビングにより溝を形成しない場合であっても、鉄損相対変化率ΔP17/50が5%以下に抑制されることがあり得ることを根拠として、本件特許発明1~3は、発明の詳細な説明において「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えている主張している。
イ そこで、上記アの主張について検討する。
(ア)確かに、本件特許明細書には、レーザースクライビング以外の方法によって溝を形成した実施例の記載はないものの、上記(2)イに説示したとおり、本件特許明細書の【0012】、【0013】、【0017】~【0020】、【0025】、【0026】の記載を参照すれば、本件特許発明1~3によって、上記(2)アの課題が解決することは、当業者であれば十分認識できるといえる。
(イ)また、申立人は、甲1~甲3、甲6、甲7に言及しつつ、レーザースクライビングにより溝を形成しない場合であっても、鉄損相対変化率ΔP17/50が5%以下に抑制されることがあり得る旨主張するが、この主張によって、レーザースクライビング以外の方法で溝を形成した態様も含み得る本件特許発明1~3によって、上記(2)アの課題が解決されないのではないかとの疑義が生じるとはいえない。
(ウ)したがって、上記アの主張は採用しない。
(4)小括
以上のとおりであるから、申立理由3によっては、本件特許の請求項1~3に係る特許を取り消すことはできない。
第5 むすび
以上のとおり、申立人による特許異議の申立ての理由によっては、本件特許の請求項1~3に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1~3に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2023-701066