特許異議申立
2023-700906
眼鏡レンズおよびその製造方法
- 審判番号
- 2023-700906
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2021-548726
- 登録番号
- 7232927
- 請求日
- 2023年09月04日
- 審決日
- 2024年04月01日
- 公報発行日
- 2024年04月26日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】ホヤ レンズ タイランド リミテッド
- 【権利者代理人】福岡 昌浩
- 【権利者代理人】阿仁屋 節雄
- 【権利者代理人】奥山 知洋
- 【権利者代理人】橘高 英郎
- 【異議申立人】鎌田 和弘
- 審判長/審判官
- 審判長 神谷 健一
- 審判官 井口 猶二
- 審判官 河原 正
- 分類
- P1651.121-Y (G02C)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条、特許法第113条
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7232927号発明「眼鏡レンズおよびその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7232927号の請求項1ないし10に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7232927号の請求項1~10に係る特許(以下「本件特許」という。)についての出願は、2020年(令和2年)9月1日(先の出願に基づく優先権主張 令和元年9月25日)を国際出願日とする出願であって、令和5年2月22日にその特許権の設定登録がされたものである。
本件特許について、令和5年3月3日に特許掲載公報が発行されたところ、その発行の日から6月以内である、令和5年9月4日に特許異議申立人 鎌田和弘(以下「異議申立人」という。)から全請求項に対して特許異議の申立てがされた。その後、当合議体より令和5年10月31日付け取消理由通知書が通知され、令和6年2月5日に特許権者より意見書が提出されたものである。
第2 本件特許発明
本件特許の請求項1~10に係る発明(以下、項番に従って「本件特許発明1」などといい、これらを総称して「本件特許発明」という。)は、本件特許の特許請求の範囲の請求項1~10に記載された事項により特定される、次のものである。
「【請求項1】
物体側の面と眼球側の面とを備え、且つ、
眼の屈折異常を矯正する処方に基づく第1の屈折力を有する第1の屈折領域と、
前記第1の屈折力とは異なる屈折力を有し、眼の屈折異常の進行を抑制するように眼の網膜以外の位置に焦点を結ばせる機能を有する第2の屈折領域と、
を有する眼鏡レンズであって、
前記眼鏡レンズ内に界面部分が配置され、
前記界面部分は、ベース部分と、前記ベース部分から突出した凸部または前記ベース部分から陥凹した凹部と、を有し、
前記界面部分は2種の部材のみにより挟み込まれ、
前記2種の部材において互いに異なる各々の屈折率と、前記凸部または前記凹部と、により、前記第2の屈折領域としての機能を発現させ、
前記界面部分を挟み込む2種の部材は、前記ベース部分と前記凸部または前記凹部とが設けられたデフォーカス面基材、および、前記デフォーカス面基材の上に設けられた部材であって前記デフォーカス面基材の前記ベース部分と前記凸部または前記凹部との形状を転写させた部材である被覆部材であり、
前記凸部または前記凹部に対応する、前記眼鏡レンズの最表面部分は平滑である、眼鏡レンズ。
但し、前記平滑は、以下により定義される。
前記平滑は、所定の面積の領域である表面任意位置であって眼鏡レンズにおけるいずれの前記表面任意位置であっても表面平均パワー(単位:D)の任意方向の変化率が0.5D/mm以下の面の状態を指す。なお、表面平均パワーは以下の式で表される。
表面平均パワー=曲面平均曲率(単位:1/m)*(屈折率-1.0)
【請求項2】
前記被覆部材はハードコート層であり、
前記界面部分は、前記凸部または前記凹部が設けられたデフォーカス面基材と、前記デフォーカス面基材上に設けられた前記ハードコート層と、により形成された、請求項1に記載の眼鏡レンズ。
【請求項3】
前記ハードコート層は、前記デフォーカス面基材に設けられた前記ベース部分と前記凸部または前記凹部とを被覆し、前記凸部の場合は前記凸部間の凹部、前記凹部の場合は該凹部自体を埋めることにより平坦化するセグメント平滑化層と、前記セグメント平滑化層を被覆する耐擦傷層と、を備える、請求項2に記載の眼鏡レンズ。
【請求項4】
前記デフォーカス面基材には前記凸部が設けられ、前記デフォーカス面基材の屈折率は前記ハードコート層の屈折率よりも大きい、または、
前記デフォーカス面基材には前記凹部が設けられ、前記デフォーカス面基材の屈折率は前記ハードコート層の屈折率よりも小さい、請求項2または3に記載の眼鏡レンズ。
【請求項5】
前記界面部分は、前記凸部または前記凹部が設けられたデフォーカス面基材と、前記デフォーカス面基材を挟み込むように設けられたレンズ基材と、により形成された、請求項1に記載の眼鏡レンズ。
【請求項6】
前記デフォーカス面基材には前記凸部が設けられ、前記デフォーカス面基材の屈折率は前記レンズ基材の屈折率よりも大きい、または、
前記デフォーカス面基材には前記凹部が設けられ、前記デフォーカス面基材の屈折率は前記レンズ基材の屈折率よりも小さい、請求項5に記載の眼鏡レンズ。
【請求項7】
前記凸部の突出高さまたは前記凹部の陥凹深さは4μm以上である、請求項1~6のいずれかに記載の眼鏡レンズ。
【請求項8】
物体側の面および眼球側の面を備え、
眼の屈折異常を矯正する処方に基づく第1の屈折力を有する第1の屈折領域と、
前記第1の屈折力とは異なる屈折力を有し、眼の屈折異常の進行を抑制するように眼の網膜以外の位置に焦点を結ばせる機能を有する第2の屈折領域とを有する眼鏡レンズの製造方法であって、
前記眼鏡レンズ内に界面部分を配置し、
前記界面部分は、ベース部分と、前記ベース部分から突出した凸部または前記ベース部分から陥凹した凹部と、を有し、
前記界面部分は2種の部材のみにより挟み込まれ、
前記2種の部材において互いに異なる各々の屈折率と、前記凸部または前記凹部と、により、前記第2の屈折領域としての機能を発現させ、
前記界面部分を挟み込む2種の部材は、前記ベース部分と前記凸部または前記凹部とが設けられたデフォーカス面基材、および、前記デフォーカス面基材の上に設けられた部材であって前記デフォーカス面基材の前記ベース部分と前記凸部または前記凹部との形状を転写させた部材である被覆部材であり、
前記凸部または前記凹部に対応する、前記眼鏡レンズの最表面部分を平滑にする、眼鏡レンズの製造方法。
但し、前記平滑は、以下により定義される。
前記平滑は、所定の面積の領域である表面任意位置であって眼鏡レンズにおけるいずれの前記表面任意位置であっても表面平均パワー(単位:D)の任意方向の変化率が0.5D/mm以下の面の状態を指す。なお、表面平均パワーは以下の式で表される。
表面平均パワー=曲面平均曲率(単位:1/m)*(屈折率-1.0)
【請求項9】
前記凸部または前記凹部が設けられたデフォーカス面基材に設けられた前記凸部または前記凹部に対してセグメント平滑化用薬液を塗布して硬化させ、前記凸部の場合は前記凸部間の凹部、前記凹部の場合は該凹部自体を埋めることにより平坦化してセグメント平滑化層を形成するセグメント平滑化工程と、
前記セグメント平滑化用薬液とは異なる耐擦傷層用薬液を前記セグメント平滑化層に塗布して硬化させ、前記セグメント平滑化層上に耐擦傷層を形成する耐擦傷層形成工程と、
を有する、請求項8に記載の眼鏡レンズの製造方法。
【請求項10】
物体側の面または眼球側の面が形成された第1のレンズ基材用モールドの周縁部の少なくとも一部と、前記凸部または前記凹部が設けられたデフォーカス面基材の周縁部の少なくとも一部とを接着させる工程と、
前記デフォーカス面基材を挟んで前記第1のレンズ基材用モールドと反対側に、眼球側の面または物体側の面が形成された第2のレンズ基材用モールドを配置する工程と、
前記第1のレンズ基材用モールドと前記デフォーカス面基材との間のキャビティーと、前記第2のレンズ基材用モールドと前記デフォーカス面基材との間のキャビティーとを連通させた上で、前記第1のレンズ基材用モールドと前記デフォーカス面基材との間、および、前記デフォーカス面基材と前記第2のレンズ基材用モールドとの間にレンズ基材の原料組成物を充填する工程と、
を行い、
前記凸部または前記凹部が設けられた前記デフォーカス面基材と、前記デフォーカス面基材上に設けられたレンズ基材と、により前記界面部分を挟み込む、請求項8に記載の眼鏡レンズの製造方法。」
第3 証拠方法
1 異議申立人が提出した証拠
甲第1号証:特表2015-537246号公報(以下「甲1」という。)
甲第2号証:米国特許出願公開第2017/0131567号明細書(以下「甲2」という。)及び抄訳文
甲第3号証:米国特許出願公開第2013/0120707号明細書(以下「甲3」という。)及び抄訳文
2 特許権者が提出した証拠
乙第1号証:糸井素一外4名編、「眼鏡」、株式会社 メディカル葵出版、1991年5月7日、85頁(以下「乙1」という。)
乙第2号証:「メガネの科学21」、HOYAビジョンケアカンパニー、2002年4月、2021年3月(改訂版)、63頁(以下「乙2」という。)
乙第3号証:松本富美子外3名編、「光学・眼鏡」、株式会社 医学書院、2018年4月15日、241頁(以下「乙3」という。)
乙第4号証:奥村剛訳、「表面張力の物理学-しずく、あわ、みずたま、さざなみの世界-」、株式会社 吉岡書店、2003年9月25日、99~100頁(以下「乙4」という。)
乙第5号証:特開2011-107297号公報(以下「乙5」という。)
乙第6号証:国際公開第2019/124353号(以下「乙6」という。)
乙第7号証:国際公開第2019/124354号(以下「乙7」という。)
乙第8号証:特開2019-179136号公報(以下「乙8」という。)
乙第9号証:欧州特許出願公開第3640712号明細書(以下「乙9」という。)及び抄訳文
第4 取消しの理由の概要
令和5年10月31日付け取消理由通知書により特許権者に通知した取消しの理由は、概略、次のとおりのものである。
本件特許の請求項1~10に係る発明は、甲2に記載された発明並びに甲1及び甲3に記載された事項に基づいて、先の出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、本件特許は、特許法113条2号に該当し、取り消されるべきものである。
第5 取消しの理由についての当合議体の判断
1 甲2の記載及び引用発明
(1)甲2の記載
先の出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である甲2の記載は、次のとおりである。なお、訳は当合議体にて行った。また、下線は当合議体にて付与したものであり、甲2発明の認定に活用した箇所を示す。
ア 「 TECHNICAL FIELD
[0001] Aspects of the present disclosure relate to a spectacle lens that suppresses progression of abnormal refractions caused by myopia and hyperopia in human eyes.
・・・省略・・・
SUMMARY
[0007] Aspects of the disclosure include a spectacle lens.
[0008] (1) A spectacle lens including:
[0009] a first refraction area having a first refractive power based on a prescription for correcting an abnormal refraction of an eye; and
[0010] second refraction areas having a refractive power different from the first refractive power, and having a function of focusing an image on a position other than a retina of the eye so as to suppress a progress of the abnormal refraction of the eye,
[0011] wherein the second refraction areas are formed as a plurality of respectively independent island-shaped areas in the vicinity of a center part of a lens, and
[0012] the first refraction area is formed as the area other than the areas formed as the second refraction areas.
・・・省略・・・
[0039] However, when the concentric Fresnel multifocus lens is applied to a spectacle lens, there is no problem if an object is viewed by a visual line passing through a center of a lens. However, when a visual line passes through a position away from the center of the lens, an image of one object is formed in such a way that the image formed by the first refraction area and the image formed by the second refraction areas are viewed in a different direction respectively, resulting in viewing the object doubly, and it is difficult to use such a lens as the spectacle lens.
[0040] An aspect of the present disclosure is to provide a spectacle lens capable of exhibiting a function of suppressing the progress of the abnormal refraction of the eye while securing a sufficient visibility and an excellent wearing feeling.
・・・省略・・・
[0050] As shown in FIG. 1 to FIG. 4, a spectacle lens 10 of this embodiment is the lens having the action of suppressing the progress of myopia while correcting myopia, and is a meniscus concave lens with an object side surface 11 formed as a convex curved surface toward an object side, and an eye side surface 12 formed into a concave surface having a larger curvature than the curvature of the object side surface 11. Such a spectacle lens 10 has a first refraction area 1 having a first refractive power based on a prescription for correcting myopia, and second refraction areas 2 formed as a plurality of respectively independent island-shaped areas in the vicinity of a center part of the lens.
・・・省略・・・
[0052] Each surface of the second refraction areas 2 formed as a plurality of island-shaped areas has an area of about 0.50 to 3.14 mm2, and has a circular shape having a diameter d of about 0.8 to 2.0 mm. The plurality of island-shaped second refraction areas 2 are approximately evenly arranged in the vicinity of the center of the lens in a way to be separated from each other by a distance almost equal to a value of a radius d/2.」
訳「 技術分野
[0001] 本開示の態様は、人の眼の近視および遠視によって引き起こされる異常屈折の進行を抑制することが可能な眼鏡レンズに関するものである。
・・・省略・・・
発明の概要
[0007] 本開示の態様は、眼鏡レンズを含む。
[0008] (1)眼鏡レンズは、
[0009] 眼の異常屈折を矯正するための処方に基づいた第1屈折力を有する第1屈折率領域と、
[0010] 第1屈折力とは異なる第2屈折力を有し、眼の網膜以外の位置に結像させて、眼の異常屈折の進行を抑制する第2屈折領域と、を含み、
[0011] 第2屈折領域は、レンズの中心部近傍にそれぞれ独立した複数のアイランド状の領域として形成され、
[0012] 第1屈折領域は、第2屈折領域として形成された領域以外の領域として形成される。
・・・省略・・・
[0039] しかしながら、同心フレネル多焦点レンズが眼鏡レンズに適用される場合、レンズの中心を通る視線で物体を見れば、問題は無い。しかしながら、視線がレンズの中心から離れた点を通る場合には、1つの物体の像が、第1屈折領域によって形成される像と、第2屈折領域によって形成される像がそれぞれ異なる方向に見えるように形成されて、物体が二重に見えるので、そのようなレンズを眼鏡レンズとして使用することは難しい。
[0040] 本発明の態様は、十分な視認性と優れた着用感を確保しながら、眼の異常屈折の進行を抑制する機能を示すことができる眼鏡レンズを提供することである。
・・・省略・・・
[0050] 図1から図4に示されるように、本実施形態の眼鏡レンズ10は、近視を矯正しながら近視の進行を抑制する作用を有するレンズであり、物体側に向かう凸曲面として形成された物体側面11と、物体側面11の曲率よりも大きな曲率を有する凹面として形成された眼側面12とを有するメニスカス凹レンズである。このような眼鏡レンズ10は、近視を矯正するための処方に基づいた第1屈折力を有する第1屈折領域1と、レンズの中心部近傍にそれぞれ独立した複数のアイランド状の領域として形成された第2屈折領域2と、を有する。
・・・省略・・・
[0052] 複数の島状領域として形成された第2の屈折率領域2のそれぞれの表面は、約0.50から3.14mm2の面積を有し、約0.8から2.0mmの直径dを有する円形の形状を有している。複数の島状の第2の屈折率領域2は、レンズの中心の近傍に配置された半径d/2の値にほぼ等しい距離だけ、互いに離間してほぼ均等である。」
イ 「 What is claimed is:
1. A spectacle lens comprising:
a first refraction area having a first refractive power based on a prescription for correcting an abnormal refraction of an eye; and
second refraction areas having a refractive power different from the first refractive power, and having a function of focusing an image on a position other than a retina of the eye so as to suppress a progress of the abnormal refraction of the eye,
wherein the second refraction areas are formed as a plurality of respectively independent island-shaped areas in the vicinity of a center part of a lens, and
the first refraction area is formed as the area other than the areas formed as the second refraction areas.」
訳「 請求の範囲
1.眼の異常屈折を矯正するための処方に基づいた第1屈折力を有する第1屈折領域と、
前記第1屈折力とは異なる屈折力を有し、眼の網膜以外の位置に結像させて、眼の異常屈折の進行を抑制する第2屈折率領域と、を含む眼鏡レンズであって、
前記第2屈折率領域は、レンズの中心部近傍にそれぞれ独立した複数のアイランド状の領域として形成され、
前記第1屈折率領域は、前記第2屈折率領域として形成された領域以外の領域として形成される、眼鏡レンズ。」
(2)甲2発明
上記(1)により、甲2には、請求の範囲の請求項1に係る眼鏡レンズの次の発明(以下「甲2発明」という。)が記載されている。
「 眼の異常屈折を矯正するための処方に基づいた第1屈折力を有する第1屈折領域と、
前記第1屈折力とは異なる屈折力を有し、眼の網膜以外の位置に結像させて、眼の異常屈折の進行を抑制する第2屈折領域と、を含む眼鏡レンズであって、
前記第2屈折領域は、レンズの中心部近傍にそれぞれ独立した複数のアイランド状の領域として形成され、
前記第1屈折領域は、前記第2屈折領域として形成された領域以外の領域として形成される、眼鏡レンズ。」
2 本件特許発明1
(1)対比
本件特許発明1と甲2発明を対比する。
ア 第1の屈折領域
甲2発明の「第1屈折領域」は、「眼の異常屈折を矯正するための処方に基づいた第1屈折力を有する」ものである(段落[0009])。
そうしてみると、甲2発明の「第1屈折領域」は、本件特許発明1の「第1の屈折領域」に相当する。また、甲2発明の「第1屈折領域」は、本件特許発明1の「第1の屈折領域」の「眼の屈折異常を矯正する処方に基づく第1の屈折力を有する」との要件を満たす。
イ 第2の屈折領域
甲2発明の「第2屈折領域」は、「前記第1屈折力とは異なる屈折力を有し、眼の網膜以外の位置に結像させて、眼の異常屈折の進行を抑制する」ものである(段落[0010])。
そうしてみると、甲2発明の「第2屈折領域」は、本件特許発明1の「第2の屈折領域」に相当する。また、甲2発明の「第2屈折領域」は、本件特許発明1の「第2の屈折領域」の「前記第1の屈折力とは異なる屈折力を有し、眼の屈折異常の進行を抑制するように眼の網膜以外の位置に焦点を結ばせる機能を有する」との要件を満たす。
ウ 眼鏡レンズ
上記ア及びイを総合すると、甲2発明の「眼鏡レンズ」は、その文言どおり、本件特許発明の「眼鏡レンズ」に相当する。
また、甲2発明は「眼鏡レンズ」であるから、物体側の面と眼球側の面とを備えることは明らかである。さらに、甲2発明は、「第1屈折領域」と「第2屈折領域と、を含む」。
そうしてみると、甲2発明の「眼鏡レンズ」は、本件特許発明1の「眼鏡レンズ」の「物体側の面と眼球側の面とを備え」、且つ、「第1の屈折領域」と「第2の屈折領域」と「を有する」との要件を満たす。
(2)一致点及び相違点
上記(1)によると、本件特許発明1と甲2発明は、
「 物体側の面と眼球側の面とを備え、且つ、
眼の屈折異常を矯正する処方に基づく第1の屈折力を有する第1の屈折領域と、
前記第1の屈折力とは異なる屈折力を有し、眼の屈折異常の進行を抑制するように眼の網膜以外の位置に焦点を結ばせる機能を有する第2の屈折領域と、を有する眼鏡レンズ」の点で一致し、以下の点で相違する。
<相違点1>
本件特許発明1は、「前記眼鏡レンズ内に界面部分が配置され、
前記界面部分は、ベース部分と、前記ベース部分から突出した凸部または前記ベース部分から陥凹した凹部と、を有し、
前記界面部分は2種の部材のみにより挟み込まれ、
前記2種の部材において互いに異なる各々の屈折率と、前記凸部または前記凹部と、により、前記第2の屈折領域としての機能を発現させ、
前記界面部分を挟み込む2種の部材は、前記ベース部分と前記凸部または前記凹部とが設けられたデフォーカス面基材、および、前記デフォーカス面基材の上に設けられた部材であって前記デフォーカス面基材の前記ベース部分と前記凸部または前記凹部との形状を転写させた部材である被覆部材であり、
前記凸部または前記凹部に対応する、前記眼鏡レンズの最表面部分は平滑であ」り、「前記平滑は、所定の面積の領域である表面任意位置であって眼鏡レンズにおけるいずれの前記表面任意位置であっても表面平均パワー(単位:D)の任意方向の変化率が0.5D/mm以下の面の状態を指」し、「表面平均パワー=曲面平均曲率(単位:1/m)*(屈折率-1.0)」であるのに対して、甲2発明は、このような構成でない点。
(3)相違点についての判断
上記相違点1について検討する。
乙6の[0050]~[0055]及び図6F、並びに乙7の[0033]~[0038]及び図4Dに記載されているように、近視等の屈折異常を抑制する眼鏡レンズの表面に、反射防止膜やハードコート層を設けることは、先の出願時に周知技術である。上記周知技術を心得た当業者であれば、甲2発明の眼鏡レンズの表面に被覆部材を形成することは容易に想起するものといえる。しかしながら、乙6及び乙7の上記記載(特に、図6F、図4D)から明らかなように、甲2発明の眼鏡レンズに被覆部材を形成したとしても、被覆部材が甲2発明における複数のアイランド状の領域の形状に倣った形状となって、被覆部材の表面が平滑になるとまではいえない。
たしかに、甲1の【0015】~【0021】等及び甲3の[0087]等に記載されているように、眼鏡レンズにおいて微細構造を保護するための構造保持層(保護層)やコーティング層を設けることは、先の出願時に周知技術である。そして、甲1の【0017】、【0021】及び【0028】には、構造部保持層(保護層)は平滑であることが好ましいことも記載されている。
しかしながら、甲1の構造保持層(保護層)は、レンズの色収差によって生じるカラーフリンジなどの結像誤差を減少させる回折微細構造(甲1の【0002】等)を有するレンズ用の注入成形モールドとして使用される(甲1の【0009】)ものであって、後に使用する間にさえも、構造保持層(保護層)が、保護層としてレンズの表面に留まることが特に好ましい(甲1の【0011】)とされているものである。また、甲3のPMMAコーティングは、より薄くより明るいレンズとするためその表面にフレネルレンズ微細構造を有するポリカーボネートフレネルレンズの微細構造の先端に丸みが生じないようにポリカーボネートフレネルレンズの微細構造上に充填されたものである(甲3の[0122])。そうすると、甲2発明の複数のアイランド状の領域は、上述の甲1に記載された構造保持層(保護層)や甲3に記載されたコーティング層が適用される回折微細構造やフレネルレンズとは異なることから、甲2発明の複数のアイランド状の領域に、その機能や構成が異なる甲1に記載の構造保持層(保護)や甲3に記載のコーティング層を設ける動機付けはない。
さらに、甲2発明において甲1及び甲3に記載された事項を適用して被覆部材の表面を平滑にするのであれば、デフォーカスパワーが低下してしまうことから、甲2発明に甲1及び甲3に記載された事項を適用するのに阻害要因があるといえる。
そうしてみると、たとえ当業者といえども、甲2発明に甲1及び甲3に記載された事項を適用して上記相違点1に係る本件特許発明1の構成とすることが容易に想到し得たとはいえない。
(4)異議申立人の主張
異議申立人は、異議申立書の28頁において、「甲第2号証と甲第1号証及び甲第3号証はいずれも、微細構造を有する眼鏡レンズの分野に関するものであり、甲第2号証に記載の発明に甲第1号証又は甲第3号証に記載の発明を組み合わせて、甲第2号証に記載の発明の眼鏡レンズ10の物体側面11を構造部保持層20又はPMMAコーティング層で覆うことによって、物体側面11の微細構造を保護しようとすることは当業者が容易に想到し得たことである。」と主張している。
しかしながら、上記(3)で述べたとおりであり、異議申立人の上記主張は、採用できない。
(5)本件特許発明1についての小括
したがって、たとえ当業者といえども、本件特許発明1は、甲2発明並びに甲1及び甲3に記載された事項に基づいて容易に発明をすることができたとはいえない。
3 本件特許発明2~7
本件特許発明2~7は、本件特許発明1の構成を全て備えるものであるから、本件特許発明2~7も、本件特許発明1と同様の理由により、当業者であっても、甲2発明並びに甲1及び甲3に記載された事項に基づいて容易に発明をすることができたとはいえない。
4 本件特許発明8
本件特許発明8と本件特許発明8と甲2の記載から理解される甲2発明の製造方法の発明(以下「甲2方法発明という。)を対比すると、本件特許発明8と甲2方法発明は、
「 物体側の面と眼球側の面とを備え、
眼の屈折異常を矯正する処方に基づく第1の屈折力を有する第1の屈折領域と、
前記第1の屈折力とは異なる屈折力を有し、眼の屈折異常の進行を抑制するように眼の網膜以外の位置に焦点を結ばせる機能を有する第2の屈折領域とを有する眼鏡レンズの製造方法」の点で一致し、以下の点で相違する。
<相違点2>
本件特許発明8は、「 前記眼鏡レンズ内に界面部分を配置し、
前記界面部分は、ベース部分と、前記ベース部分から突出した凸部または前記ベース部分から陥凹した凹部と、を有し、
前記界面部分は2種の部材のみにより挟み込まれ、
前記2種の部材において互いに異なる各々の屈折率と、前記凸部または前記凹部と、により、前記第2の屈折領域としての機能を発現させ、
前記界面部分を挟み込む2種の部材は、前記ベース部分と前記凸部または前記凹部とが設けられたデフォーカス面基材、および、前記デフォーカス面基材の上に設けられた部材であって前記デフォーカス面基材の前記ベース部分と前記凸部または前記凹部との形状を転写させた部材である被覆部材であり」、「前記凸部または前記凹部に対応する、前記眼鏡レンズの最表面部分を平滑に」し、「但し、前記平滑は」、「所定の面積の領域である表面任意位置であって眼鏡レンズにおけるいずれの前記表面任意位置であっても表面平均パワー(単位:D)の任意方向の変化率が0.5D/mm以下の面の状態を指」し、「表面平均パワー=曲面平均曲率(単位:1/m)*(屈折率-1.0)」であるのに対して、甲2方法発明は、このような構成でない点。
上記相違点2は、「前記凸部または前記凹部に対応する、前記眼鏡レンズの最表面部分を平滑にする」点において、上記相違点1と同様であるから、上記2(3)で述べた理由と同様の理由により、たとえ当業者といえども、本件特許発明8は、甲2発明並びに甲1及び甲3に記載された事項に基づいて容易に発明をすることができたとはいえない。
5 本件特許発明9~10
本件特許発明9~10は、本件特許発明8の構成を全て備えるものであるから、本件特許発明9~10も、本件特許発明8と同様の理由により、当業者であっても、甲2発明並びに甲1及び甲3に記載された事項に基づいて容易に発明をすることができたとはいえない。
6 小括
本件特許発明1~10は、たとえ当業者といえども、甲1に記載された発明並びに甲1及び甲3に記載された事項に基づいて容易に発明をすることができたとはいえない。
第6 取消しの理由を通知しなかった異議申立人の主張についての判断
1 異議申立人の主張の概要
取消しの理由を通知しなかった異議申立人の主張は、概略、次のとおりのものである。
本件特許の請求項1~10に係る発明は、甲1に記載された発明及び甲2に記載された事項に基づいて、先の出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、本件特許は、特許法113条2号に該当し、取り消されるべきものである。
2 当合議体の判断
甲1においては、構造保持層による、微細構造化された眼鏡レンズが記載されていることにとどまり、甲1には、本件特許発明における「眼の屈折異常を矯正する処方に基づく第1の屈折力を有する第1の屈折領域と、前記第1の屈折力とは異なる屈折力を有し、眼の屈折異常の進行を抑制するように眼の網膜以外の位置に焦点を結ばせる機能を有する第2の屈折領域とを有する」構成(「以下「構成A」という。)については、記載も示唆もされていない。
たしかに、甲2発明は構成Aを具備している。しかしながら、甲2の[0052]には、「複数の島状領域として形成された第2の屈折率領域2のそれぞれの表面は、約0.50から3.14mm2の面積を有し、約0.8から2.0mmの直径dを有する円形の形状を有している。」と記載されているのに対して、甲1の【0042】には、「通常、微細構造部18は、レンズ本体12より、かなり小さい。回折微細構造部の通常の寸法は、軸方向には(したがって、眼鏡レンズの厚さ方向には)、約0.3μm~約5μmの範囲にわたり、側面方向には、約1μm~約500μmの範囲にわたることが好ましい。」と記載されていて、甲2に記載された構成Aは、甲1に記載された微細構造であるといえない。そして、甲1に記載された微細構造は、カラーフリンジ補正のために可視光用の回折格子としての役割を果たすものである(甲1の【0007】)のに対して、甲2に記載された構成Aにおける第2の屈折領域は、眼の異常屈折の進行を抑制するものであるから、両者は、機能や構造が異なるものである。そうすると、甲1に記載された眼鏡レンズの微細構造に甲2に記載された眼鏡レンズの構成Aを適用することには阻害要因があるといえる。
そうしてみると、たとえ当業者といえども、甲1に記載された眼鏡レンズの微細構造に甲2に記載された事項を適用して構成Aとすることが容易に想到し得たとはいえない。
したがって、本件特許発明は、たとえ当業者といえども、甲1に記載された発明及び甲2に記載された事項を適用して当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
3 異議申立人の主張について
異議申立人は、異議申立書の26頁において「甲第1号証と甲第2号証はいずれも、屈折力を与えるようにベースレンズ上に微細構造を有する眼鏡レンズの分野に関するものであるので、甲第2号証の記載事項を甲第1号証に記載の発明に適用することによって、本件特許発明の発明特定事項1B及び1Cの相違点に係る特徴に想到することは、当業者にとって容易である。」(当合議体注:本件特許発明の発明特定事項1B及び1Cの相違点に係る特徴は、上記構成Aに相当する。)と主張している。
しかしながら、上記2で述べたとおりであり、異議申立人の上記主張は、採用できない。
第7 むすび
請求項1~10に係る本件特許は、取消理由通知書に記載した取消しの理由及び特許異議申立書に記載された特許異議の申立ての理由によっては、取り消すことができない。
また、他に請求項1~10に係る本件特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2023-700906