特許異議申立
2023-700523
熱収縮性ポリエステル系フィルムロール
- 審判番号
- 2023-700523
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2022-122876
- 登録番号
- 7180813
- 請求日
- 2023年05月19日
- 審決日
- 2023年08月03日
- 公報発行日
- 2023年09月29日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】東洋紡株式会社
- 【異議申立人】中井 紘子
- 審判長/審判官
- 審判長 植前 充司
- 審判官 加藤 友也
- 審判官 磯貝 香苗
- 分類
- P1651.121-Y (B65H) / P1651.537-Y (B65H) / P1651.536-Y (B65H)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法36条6項2号特許法113条4号
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第2項、特許法第36条第4項第1号、特許法第36条第6項第2号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7180813号発明「熱収縮性ポリエステル系フィルムロール」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7180813号の請求項1ないし3に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7180813号(以下、「本件特許」という。)の請求項1ないし3に係る特許についての出願は、2018年(平成30年)9月3日(優先権主張 平成29年9月27日)を国際出願日とする特願2018-557157号の一部を令和4年8月1日に新たな特許出願(特願2022-122876号)として出願したものであって、同年11月21日にその特許権の設定登録(請求項の数3)がされ、同年同月30日に特許掲載公報が発行され、その後、その特許に対し、令和5年5月19日に特許異議申立人 中井 紘子(以下、「特許異議申立人」という。)により特許異議の申立て(対象請求項:請求項1ないし3)がされたものである。
第2 本件特許発明
本件特許の請求項1ないし3に係る発明(以下、順に「本件特許発明1」のようにいい、総称して「本件特許発明」という。)は、それぞれ、本件特許の願書に添付した特許請求の範囲(以下、「特許請求の範囲」という。)の請求項1ないし3に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
フィルムを構成する樹脂層が全てポリエステル樹脂層で、フィルムを構成する全ポリエステル樹脂中における多価アルコール成分100モル%中あるいは多価カルボン酸成分100モル%中の非晶質成分となりうる1種以上のモノマー成分の合計が15モル%以上で、温湯中90℃・10秒でのフィルム主収縮方向の収縮率が30%以上である熱収縮性ポリエステル系フィルムが巻き取られてなるフィルムロールで、該熱収縮性ポリエステルフィルム及び該フィルムロールにおいて、下記要件(1)~(6)を満たすことを特徴とする熱収縮性ポリエステル系フィルムロール。
(1)フィルムロール巻長が2000m以上25000m以下
(2)フィルムロール幅が400mm以上2500mm以下
(3)フィルム厚みが5μm以上40μm以下
(4)フィルムロールの表層におけるフィルム幅方向の厚みムラにおいて、厚みパターンが凹部になっている箇所を有し、厚み差の最も大きい凹部(最大凹部)において、該最大凹部における最大厚み差とフィルム平均厚みより求めた最大凹部の厚みムラが10%以下
(5)フィルムロール表層の巻硬度が400以上800以下
(6)前記最大凹部における凹部の両端のいずれかの最大厚み箇所との幅方向屈折率の差の絶対値が0.008以下である
【請求項2】
フィルムロールの表層から巻長1000m間隔でサンプリングした各試料のフィルムの幅方向の厚みムラにおいて、前記最大凹部における最大厚み差とフィルム平均厚みより求めた厚みムラが全ての試料で10%以下である請求項1に記載の熱収縮性ポリエステル系フィルムからなるフィルムロール。
【請求項3】
フィルムロールの幅方向全体の厚みムラが7%以下である請求項1又は2に記載の熱収縮性ポリエステル系フィルムロール。」
第3 特許異議申立書に記載した申立ての理由の概要
令和5年5月19日に特許異議申立人が提出した特許異議申立書(以下、「特許異議申立書」という。)に記載した申立ての理由の概要は次のとおりである。
1 申立理由1(甲第1号証に基づく進歩性)
本件特許の請求項1ないし3に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明に基づいて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1ないし3に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
2 申立理由2(実施可能要件)
本件特許の請求項3に係る特許は、下記の点で特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
本件特許発明のフィルムロール幅は、400mm以上2500mm以下である。しかしながら、実施例において、表3によれば、フィルムロール幅が2200mmでは、幅方向全体の厚みムラが7%以下のフィルムロールを製造できていない。従って、当業者は、少なくともフィルムロール幅が2200mm以上2500mm以下において、幅方向全体の厚みムラが7%以下のフィルムロールの製造方法が分らず、容易に実施できない。
3 申立理由3(明確性要件)
本件特許の請求項1ないし3に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
(1)請求項1
請求項1は、幅方向屈折率の差を規定しているが、「何」と、「最大凹部における凹部の両端のいずれかの最大厚み箇所」の、幅方向屈折率の差であるか、記載されていない。
本件特許明細書段落0036によれば、最大凹部において、「凹部の両端のいずれかの最大厚み箇所(前記2つの山部のうち厚みのより大きい山部)」と「凹部の最小厚み箇所(前記谷部)」との幅方向屈折率の差である。しかしながら、本件特許明細書段落0059によれば、「最大凹部」と「最大凹部両端の厚みが高い方」の差である。ここで、「最大凹部」とは、段落0031によれば、山部-谷部-山部となる厚みパターンの部分であり、即ち、山部-谷部-山部を含む凹部全体の部分であり、谷部だけでない。即ち、段落0036の記載と異なる。
以上から、請求項1の記載は、本件特許明細書の記載を参酌しても不明瞭である。
(2)請求項3
最大凹部の厚みムラは、幅方向全体の厚みムラ以下である。請求項1において、最大凹部の厚みムラは10%以下である。しかしながら、請求項3においては、幅方向全体の厚みムラは7%以下であり、最大凹部の厚みムラが、幅方向全体の厚みムラより大きい場合がある。これは技術的に矛盾しており、発明が不明確である。
4 証拠方法
甲第1号証:国際公開第2016/152885号
甲第2号証:特開2014-73688号公報
甲第3号証:特開2008-265298号公報
甲第4号証:特開2003-94517号公報
証拠の表記は、特許異議申立書の記載におおむね従った。
第4 当審の判断
1 申立理由1(甲1に基づく進歩性)について
(1)甲1に記載された事項等
ア 甲1に記載された事項
甲1には、「熱収縮性ポリエステル系フィルムおよび包装体」に関して、おおむね次の記載がある。なお、下線は当審で付したものである。
・「[0004] しかし、熱収縮性ポリエステル系フィルムの厚みを薄くすると、加熱に対して、フィルム内部まで速やかに温度が上昇するため、熱収縮も速やかに始まる。このとき、フィルム幅方向に厚みのばらつきや分子配向のばらつきがあると、熱収縮特性に顕著にばらつきが現れてしまう。その結果、収縮後の外観不良を起こし、不良品となってしまうことがあった。」
・「[0009] そこで、本発明では、厚みが薄くても、幅方向の物性差を小さく抑制した熱収縮性ポリエステル系フィルムの提供を課題として掲げた。」
・「[0014] 本発明の熱収縮性ポリエステル系フィルムは、薄いフィルムでありながら、幅方向の物性差が小さく抑制されているので、熱収縮挙動の幅方向のばらつきも小さく抑制することができた。」
・「[0021] また、ポリエステルは、全ポリエステル樹脂中における多価アルコール成分100モル%中および多価カルボン酸成分100モル%中(すなわち、合計200モル%中)の非晶成分の合計が17モル%以上、好ましくは18モル%以上、より好ましくは19モル%以上、特に好ましくは20モル%以上である。また非晶成分の合計の上限は特に限定されないが、30モル%以下とすることが好ましい。非晶成分量を上記範囲にすることにより、ガラス転移点(Tg)を60~80℃に調整したポリエステルが得られる。」
・「[0059] [熱収縮率(温湯熱収縮率)]
幅方向が800mm以上であるフィルムの幅800mmを幅方向に8分割し、幅方向に沿う1辺が10cmで、幅方向に直交する方向に沿う1辺が10cmの正方形状の試料を切り出して、90℃±0.5℃の温湯中に、無荷重状態で10秒間浸漬し、フィルムを直ちに25℃±0.5℃の水中に10秒間浸漬させた後、収縮前後の長さから、下式1により熱収縮率(すなわち、90℃の温湯収縮率)を求めた。
温湯収縮率={(収縮前の長さ-収縮後の長さ)/収縮前の長さ}×100(%) 式1」
・「[0063] [フィルム厚み及び厚みムラ]
幅800mm以上のフィルムを幅800mm、長さ40mmに切り出し、アンリツ株式会社製「フィルムシネックス」を用いて測定圧0.15gfの荷重にて速度5m/分で厚みを測定した。厚みの平均値をTave、最大値をTmax、最小値をTminとし、下記式により厚みムラの値を求めた。
厚みムラ(%)={(Tmax-Tmin)/Tave}×100」
・「[0064] [ポリエステル原料の調製]
撹拌機、温度計および部分環流式冷却器を備えたステンレススチール製オートクレーブに、二塩基酸成分としてジメチルテレフタレート(DMT)100モル%と、グリコール成分としてエチレングリコール(EG)70モル%とネオペンチルグリコール30モル%とを、グリコール成分がモル比でジメチルテレフタレートの2.2倍になるように仕込み、エステル交換触媒として酢酸亜鉛を0.05モル%(酸成分に対して)用いて、生成するメタノールを系外へ留去しながらエステル交換反応を行った。その後、重縮合触媒として三酸化アンチモン0.025モル%(酸成分に対して)を添加し、280℃で26.6Pa(0.2トール)の減圧条件下、重縮合反応を行い、固有粘度0.70dl/gのポリエステル(A)を得た。常法により、チップ化して、チップAを得た。上記と同様な方法により、表1に示すチップB(ポリエチレンテレフタレート)、チップC(ポリブチレンテレフタレート)を合成した。なお、表中、NPGはネオペンチルグリコールである。
チップA,B,Cの固有粘度は、それぞれ、0.72dl/g,0.70dl/g,1.15dl/gであった。
[0065] 実施例、比較例で使用した原料チップの内容、実施例、比較例におけるフィルムの樹脂組成と製造条件を、それぞれ表1、表2に示す。なお、実施例6以外は、ブレンドポリマーによる1層タイプのフィルムであり、実施例6は、X/Y/Z/Y/Xの3種5層タイプのフィルムである。
[0066][表1]
[図:0001401711000001.jpg]
[0067][表2]
[図:0001401711000002.jpg]
[0068] 実施例1
上記したポリエステルA、ポリエステルBおよびポリエステルCを質量比70:20:10で混合して押出機に投入した。この混合樹脂を280℃で溶融させてTダイから押出し、表面温度30℃に冷却された回転する金属ロールに巻き付けて急冷することにより、厚さ72μmの未延伸フィルムを得た。このときの未延伸フィルムの引取速度(金属ロールの回転速度)は、約20m/minであった。また、未延伸フィルムのTgは67℃であった。
[0069] 得られた未延伸フィルムを、テンター(横延伸機)へ導いた。図1に横延伸機を上から見た説明図を示す。黒い四角は赤外線セラミックヒータである。予熱工程は、設定温度を95℃とした。図1のように赤外線セラミックヒータを置き(なお、この配置は一例である)、出力を60%に調整することで、フィルムの両端部を加熱しながら、横延伸温度の設定温度を75℃とし、4倍延伸した。続いて、熱処理工程を85℃で8秒、緊張状態で行った。この時、熱処理ゾーンの赤外線ヒータは使用しなかった。
[0070] その後、冷却し、両縁部を裁断除去して幅1600mmでロール状に巻き取ることによって、厚さ18μmの横一軸延伸フィルムを所定の長さにわたって連続的に製造した。その後、得られたフィルムを幅800mmで2本採取できるように、中央部を境にスリットを行った。得られたスリット後の800mm幅のフィルムの特性を上記した方法によって評価した。評価結果を表3に示す。」
・「[0072] 実施例3
ポリエステルAとポリエステルBを質量比60:40で混合し、予熱工程の設定温度を100℃にし、横延伸温度の設定温度を80℃にし、赤外線セラミックヒータの出力を90%に上げたこと以外は実施例1と同様にして、厚さ18μmのフィルムを製造した。未延伸フィルムのTgは75℃であった。評価結果を表3に示す。」
・「[0088]
[表3]
[図:0001401711000003.jpg]
」
・「
[図:0001401711000004.jpg]
」
イ 甲1に記載された発明
甲1に記載された事項を、特に実施例3に関して整理すると、甲1には次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認める。
<甲1発明>
「グリコール成分としてエチレングルコール70モル%とネオペンチルグルコール30モル%とを用いた共重合ポリエチレンフタレートからなるポリエステルAと、ポリエチレンフタレートからなるポリエステルBを、質量比60:40で混合して得た1種1層のフィルムを、ロール状に巻き取ったフィルムロールであって、
90℃±0.5℃の温湯中に、無荷重状態で10秒間浸漬したときのフィルムの幅方向の収縮率が59%であって、
フィルムロール幅が800mmであり、
フィルム厚さが18μmであるフィルムロール。」
(2)本件特許発明1について
ア 対比
本件特許発明1と甲1発明を対比する。
甲1発明における「ネオペンチルグルコール」は、本件特許の発明の詳細な説明(以下、「発明の詳細な説明」という。)の【0019】によれば、「非晶質成分となりうる1種以上のモノマー成分」であり、フィルムを構成する全ポリエステル樹脂中における多価アルコール成分100モル%中の該「ネオペンチルグルコール」の割合は、18モル%(30モル%×60/(60+40)=18モル%)と計算されるから、甲1発明における「グリコール成分としてエチレングルコール70モル%とネオペンチルグルコール30モル%とを用いた共重合ポリエチレンフタレートからなるポリエステルAと、ポリエチレンフタレートからなるポリエステルBを、質量比60:40で混合して得た1種1層のフィルムを、ロール状に巻き取ったフィルムロール」は本件特許発明1における「フィルムを構成する樹脂層が全てポリエステル樹脂層で、フィルムを構成する全ポリエステル樹脂中における多価アルコール成分100モル%中あるいは多価カルボン酸成分100モル%中の非晶質成分となりうる1種以上のモノマー成分の合計が15モル%以上」である「熱収縮性ポリエステル系フィルムが巻き取られてなるフィルムロール」に相当する。
甲1発明における「90℃±0.5℃の温湯中に、無荷重状態で10秒間浸漬したときのフィルムの幅方向の収縮率が59%であって」は本件特許発明1における「温湯中90℃・10秒でのフィルム主収縮方向の収縮率が30%以上である」に相当する。
甲1発明における「フィルムロール幅が800mmであり」は本件特許発明1における「(2)フィルムロール幅が400mm以上2500mm以下」を「満たす」に相当する。
甲1発明における「フィルム厚さが18μmである」は本件特許発明1における「(3)フィルム厚みが5μm以上40μm以下」を「満たす」に相当する。
したがって、両者は次の点で一致する。
<一致点>
「フィルムを構成する樹脂層が全てポリエステル樹脂層で、フィルムを構成する全ポリエステル樹脂中における多価アルコール成分100モル%中あるいは多価カルボン酸成分100モル%中の非晶質成分となりうる1種以上のモノマー成分の合計が15モル%以上で、温湯中90℃・10秒でのフィルム主収縮方向の収縮率が30%以上である熱収縮性ポリエステル系フィルムが巻き取られてなるフィルムロールで、該熱収縮性ポリエステルフィルム及び該フィルムロールにおいて、下記要件(2)及び(3)を満たす熱収縮性ポリエステル系フィルムロール。
(2)フィルムロール幅が400mm以上2500mm以下
(3)フィルム厚みが5μm以上40μm以下」
そして、両者は次の点で相違する。
<相違点1>
本件特許発明1においては「(1)フィルムロール巻長が2000m以上25000m以下」と特定されているのに対し、甲1発明においてはそのようには特定されていない点。
<相違点2>
本件特許発明1においては「(4)フィルムロールの表層におけるフィルム幅方向の厚みムラにおいて、厚みパターンが凹部になっている箇所を有し、厚み差の最も大きい凹部(最大凹部)において、該最大凹部における最大厚み差とフィルム平均厚みより求めた最大凹部の厚みムラが10%以下」と特定されているのに対し、甲1発明においてはそのようには特定されていない点。
<相違点3>
本件特許発明1においては「(5)フィルムロール表層の巻硬度が400以上800以下」と特定されているのに対し、甲1発明においてはそのようには特定されていない点。
<相違点4>
本件特許発明1においては「(6)前記最大凹部における凹部の両端のいずれかの最大厚み箇所との幅方向屈折率の差の絶対値が0.008以下である」と特定されているのに対し、甲1発明においてはそのようには特定されていない点。
イ 判断
事案に鑑み、相違点4について検討する。
甲1には、甲1発明において、相違点4に係る本件特許発明1の発明特定事項を採用する動機付けとなる記載はないし、他の証拠にもない。
したがって、甲1発明において、甲1及び他の証拠に記載された事項を考慮しても、相違点4に係る本件特許発明1の発明特定事項を採用することは当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。
そして、本件特許発明1の奏する「本発明の熱収縮性ポリエステル系フィルムロールはフィルムの弛みが少ない。その為、印刷や溶剤接着等の後加工でトラブルが少なく良好に使用する事ができる。」(発明の詳細な説明の【0012】)という効果は、甲1発明並びに甲1及び他の証拠に記載された事項からみて、本件特許発明1の構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものである。
ウ 特許異議申立人の主張について
特許異議申立人は、特許異議申立書において、次のとおり主張する。なお、摘記に際し、空白行は省略した。
「甲1発明は、幅方向の物性差を小さくした発明である(甲1a,1c)。具体的には、甲1jに示されるように、幅方向の厚みムラと分子配向のばらつきを少なくして、幅方向の90℃温湯熱収縮率差、最大収縮応力差、吸光度比差を小さくしている。甲1発明において、屈折率の差は測定していないが、幅方向の厚みと分子配向のばらつきを少なくして物性差を小さくしているのだから、当然屈折率の差も小さいはずであり、構成要件K(当審注:相違点4に係る本件特許発明1の発明特定事項のことである。)を満たしている蓋然性が高い。
尚、甲1発明と同じポリエステル系フィルムロールに関する甲第3号証において(甲3a)、本件特許発明1とは屈折率の測定位置は異なるものの、屈折率の差が0.015を下回るときは、幅方向における物性差の問題が生じない旨記載されている(甲3b)。(尚、甲第3号証では、屈折率は、本件特許発明3と同じアッベ屈折計を測定している(甲3c)(本件特許明細書段落0084)。)
さらに、甲第4号証には、厚み班の少ない高品質の芳香族ポリアミドフィルムに関し(甲4a)、本件特許発明1とは屈折率の測定位置は異なるものの、屈折率の差が好ましくは0.0001以上0.002以下であることが記載され、0.002を超えると物性のむらが生じることが記載されている(甲4b)。(尚、甲第4号証では、屈折率は、本件特許発明1と同じアッベ屈折計を測定している(甲4b)(本件特許明細書段落0084)。)
上記のように、甲第3号証と甲第4号証から、フィルムの幅方向において、屈折率等の物性のばらつきを小さくすることにより、フィルムの特性を改善することは、周知である。甲1発明は幅方向における物性差の問題がないのだから、屈折率の差が0.008以下である蓋然性が高い。」(特許異議申立書第24ページ第8行ないし第25ページ第4行)
そこで、上記主張について検討する。
仮に、甲1発明が、「幅方向の厚みと分子配向のばらつきを少なくして物性差を小さくしている」ものであり、屈折率の差も小さくなっているとしても、相違点4に係る本件特許発明1の発明特定事項を満たすほど、屈折率の差が小さくなっているかどうかは不明であり、また、相違点4に係る本件特許発明1の発明特定事項を満たすほど、屈折率の差が小さくなっている蓋然性が高いことを示す理論的な説明がされている訳ではないし、具体的な証拠が示されている訳でもない。
なお、甲3及び4は、相違点4に係る本件特許発明1の発明特定事項とは、屈折率の測定位置が異なるものであるから、甲3及び4に記載された事項は、甲1発明において、相違点4に係る本件特許発明1の発明特定事項を満たす蓋然性が高いことの証拠には直ちにはならない。
したがって、「甲1発明は幅方向における物性差の問題がないのだから、屈折率の差が0.008以下である蓋然性が高い。」とはいえない。
よって、特許異議申立人の上記主張は採用できない。
エ まとめ
したがって、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明は、甲1発明並びに甲1及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(3)本件特許発明2及び3について
本件特許発明2及び3は、請求項1を直接又は間接的に引用して特定するものであり、本件特許発明1の発明特定事項を全て有するものであるから、本件特許発明1と同様に、甲1発明並びに甲1及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(4)申立理由1についてのむすび
したがって、本件特許発明1ないし3は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえないから、本件特許の請求項1ないし3に係る特許は、同法第113条第2号に該当せず、申立理由1によっては取り消すことはできない。
2 申立理由2(実施可能要件)について
(1)実施可能要件の判断基準
上記第2のとおり、本件特許発明3は物の発明であるところ、物の発明について実施可能要件を充足するためには、発明の詳細な説明に、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を生産し、使用をすることができる程度の記載があることを要する。
(2)実施可能要件の判断
発明の詳細な説明の【0014】ないし【0020】及び【0025】ないし【0037】には、本件特許発明1ないし3の各発明特定事項について、その技術的意義を含め具体的に記載されている。
発明の詳細な説明の【0039】ないし【0052】には、本件特許発明1ないし3の製造方法について、具体的に記載され、特に、本件特許発明1ないし3の熱収縮性ポリエステルフィルムロールを生産する方法に関し、同【0041】には「2種以上の原料を混合すると押出し機に投入される際に、原料供給でバラツキ(所謂原料偏析)が生じ、それによりフィルム組成のバラツキが発生して幅方向への厚みムラ(特に最大凹部)の原因となる。それを防止するために押出し機の直上の配管やホッパーに攪拌機を設置して原料を均一に混合した後に溶融押出しをすることが望ましい。」、同【0042】には「押出しに際してはTダイ法、チューブラ法等、既存のどの方法を採用しても構わないが、厚みムラを良好にするにはTダイ法が好ましい。」、同【0044】には「せん断速度は高い方が幅方向の厚みムラ(特に最大凹部)が低減できるので好ましい。」及び同【0047】には「横延伸は2段延伸以上5段延伸以下で多段延伸をすることが好ましい。多段延伸によりにより、各々の延伸温度を変更することにより延伸応力を変化させることが可能となり幅方向の厚みムラ(最大凹部及び幅方向全体)を低下できるので好ましい。好ましくは3段延伸以上である。横延伸機の延伸パターンの例(3段延伸)を図2に示す。図2のように、多段延伸においては各段階での延伸終了後に定長を維持するようなパターンを設けることが好ましい。また、各段階の延伸において2℃以上の温度差をつけて1段目の延伸から最終段目の延伸にかけて温度を低下させる温度パターンとすることが好ましい。」と記載されている。
発明の詳細な説明の【0053】ないし【0084】には、本件特許発明1ないし3の実施例について、その製造方法を含め具体的に記載されている。
したがって、発明の詳細な説明に、当業者が過度の試行錯誤を要することなく、本件特許発明3を生産し、使用をすることができる程度の記載があるといえ、本件特許発明3に関して、発明の詳細な説明の記載は実施可能要件を充足する。
(3)特許異議申立人の主張について
特許異議申立人の上記第3 2の主張について検討する。
発明の詳細な説明には、フィルムロール幅が2200mmのときの実施例として、幅方向全体の厚みムラが7%を超えるものしか記載されていない。
しかし、フィルムロール幅が1200mm又は800mmのときに幅方向全体の厚みムラが7%以下であるものを製造できており、これらに関する記載に加え、発明の詳細な説明の【0041】、【0042】、【0044】及び【0047】の記載を考慮すれば、当業者であれば、製造方法や製造条件を適宜変更することによって、フィルムロール幅が2200~2500mmのときであっても、過度の試行錯誤を要することなく、幅方向全体の厚みムラが7%以下であるものを製造できるといえる。
したがって、フィルムロール幅が2200mmのときに幅方向全体の厚みムラが7%以下である実施例がないからといって、「フィルムロール幅が2200mm以上2500mm以下において、幅方向全体の厚みムラが7%以下のフィルムロールの製造方法が分らず、容易に実施できない。」とまではいえない。
よって、特許異議申立人の上記第3 2の主張は採用できない。
(4)申立理由2についてのむすび
したがって、本件特許の請求項3に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものであるとはいえないから、同法第113条第4号に該当せず、申立理由2によっては取り消すことはできない。
3 申立理由3(明確性要件)について
(1)明確性要件の判断基準
特許を受けようとする発明が明確であるかは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
(2)明確性要件の判断
本件特許の請求項1ないし3の記載は、上記第2のとおりであり、それ自体に不明確な記載はなく、また、発明の詳細な説明の記載とも整合している。
したがって、本件特許発明1ないし3に関して、特許請求の範囲の記載は、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎として第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるとはいえない。
(3)特許異議申立人の主張について
特許異議申立人の上記第3 3(1)及び(2)の主張について検討する。
ア 上記第3 3(1)の主張について
本件特許発明1における「(6)前記最大凹部における凹部の両端のいずれかの最大厚み箇所との幅方向屈折率の差の絶対値が0.008以下である」という発明特定事項は、発明の詳細な説明の【0036】に記載されているとおり、「最大凹部における凹部の両端のいずれかの最大厚み箇所」と「凹部の最小厚み箇所」との「幅方向屈折率の差の絶対値が0.008以下である」という意味であると当業者は理解する。
なお、発明の詳細な説明の【0059】の「最大凹部」とは、その幅方向屈折率を測定することからみて、同【0031】に記載されたような「山部-谷部-山部となる厚みパターン」のような凹部全体を意味するのではなく、上記【0036】に記載の「凹部の最小厚み箇所(前記谷部)」のような一カ所を意味するものであると当業者であれば理解できる。すなわち、上記【0036】の記載の意味と上記【0059】の記載の意味は同じであり、異なるものではない。
したがって、特許異議申立人の上記第3 3(1)の主張は採用できない。
イ 上記第3 3(2)の主張について
本件特許発明3は本件特許発明1の発明特定事項を全て備えるものであるから、本件特許発明3における「フィルムロールの幅方向全体の厚みムラが7%以下である」という発明特定事項は、本件特許発明1の「(4)フィルムロールの表層におけるフィルム幅方向の厚みムラにおいて、厚みパターンが凹部になっている箇所を有し、厚み差の最も大きい凹部(最大凹部)において、該最大凹部における最大厚み差とフィルム平均厚みより求めた最大凹部の厚みムラが10%以下」という発明特定事項を満たした上で、満たす条件である。すなわち、本件特許発明3は「最大凹部の厚みムラが10%以下」及び「幅方向全体の厚みムラが7%以下」のいずれも満たすものであると当業者は理解する。
また、本件特許発明1の上記発明特定事項を満たすもので、本件特許発明3の上記発明特定事項を満たすものが無いという訳でもない。
したがって、本件特許発明3の「幅方向全体の厚みムラが7%以下」という発明特定事項は本件特許発明1の「最大凹部の厚みムラが10%以下」という発明特定事項と矛盾するものではなく、本件特許発明3は明確である。
よって、特許異議申立人の上記第3 3(2)の主張は採用できない。
(4)申立理由3についてのむすび
したがって、本件特許の請求項1ないし3に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものであるとはいえないから、同法第113条第4号に該当せず、申立理由3によっては取り消すことはできない。
第5 結語
上記第4のとおり、本件特許の請求項1ないし3に係る特許は、特許異議申立書に記載した申立ての理由によっては、取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1ないし3に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2023-700523