特許異議申立
2023-700513
リチウム含有塩化物及びその製造方法、並びに固体電解質及び電池
- 審判番号
- 2023-700513
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2022-040461
- 登録番号
- 7174875
- 請求日
- 2023年05月17日
- 審決日
- 2024年04月04日
- 公報発行日
- 2024年07月26日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】住友化学株式会社
- 【権利者代理人】長谷川 芳樹
- 【権利者代理人】清水 義憲
- 【権利者代理人】三上 敬史
- 【権利者】国立大学法人京都大学
- 【権利者代理人】長谷川 芳樹
- 【権利者代理人】清水 義憲
- 【権利者代理人】三上 敬史
- 【異議申立人】中川 賢治
- 審判長/審判官
- 審判長 日比野 隆治
- 審判官 原 賢一
- 審判官 金 公彦
- 分類
- P1651.537-YAA(H01M) / P1651.113-YAA(H01M)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法29条1項特許法36条6項1号特許法113条2号特許法113条4号特許法120条の8第1項特許法135条
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条第6項第1号、特許法第29条第1項第3号、特許法第120条の5第4項、特許法第120条の5第2項、特許法第120条の8第1項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7174875号発明「リチウム含有塩化物及びその製造方法、並びに固体電解質及び電池」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7174875号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~10〕について訂正することを認める。
特許第7174875号の請求項1~7、9、10に係る特許を維持する。
特許第7174875号の請求項8に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7174875号の請求項1~10に係る特許についての出願は、令和4年3月15日(優先権主張 令和3年9月7日)を出願日とするものであり、令和4年11月9日にその特許権の設定登録がされ、同年同月17日に特許掲載公報が発行され、その後、令和5年5月17日に、その請求項1~10に係る特許を対象として特許異議申立人中川賢治(以下、「異議申立人」という。)により特許異議の申立てがなされ、同年9月5日付けで取消理由が通知され、その指定期間内である同年11月9日に特許権者より意見書の提出及び訂正の請求があり、同年12月5日に特許権者より上記訂正の請求における訂正請求書に対する手続補正書が提出され、これに対し、令和6年1月22日に異議申立人より意見書の提出がなされたものである。
第2 訂正の適否
1 訂正事項
上記令和5年11月9日にされ、同年12月5日に提出された手続補正書により補正された訂正の請求(以下、その訂正を「本件訂正」という。)は、本件特許請求の範囲を、訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1~10について訂正することを求めるものであって、その具体的な訂正事項は次のとおりである。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「化合物。」とあるのを、「化合物を用いた固体電解質。」に訂正する。
(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2に「化合物。」とあるのを、「化合物を用いた固体電解質。」に訂正する。
(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項3に「化合物。」とあるのを、「化合物を用いた固体電解質。」に訂正する。
(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項4に「化合物。」とあるのを、「化合物を用いた固体電解質。」に訂正する。
(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項5に「化合物。」とあるのを、「化合物を用いた固体電解質。」に訂正する。
(6)訂正事項6
特許請求の範囲の請求項6に「化合物。」とあるのを、「化合物を用いた固体電解質。」に訂正する。
(7)訂正事項7
特許請求の範囲の請求項7に「化合物。」とあるのを、「化合物を用いた固体電解質。」に訂正する。
(8)訂正事項8
特許請求の範囲の請求項8を削除する。
(9)訂正事項9
特許請求の範囲の請求項9に「化合物」とあるのを、「化合物を用いた固体電解質」に訂正する。
(10)訂正事項10
特許請求の範囲の請求項10に「化合物」とあるのを、「化合物を用いた固体電解質」に訂正する。
2 訂正の目的の適否、特許請求の範囲の拡張・変更の存否、及び新規事項の有無
(1)訂正事項1~7、9、10
ア 上記訂正事項1~7、9、10は、実質的に、訂正前の請求項1~7、9、10に記載される「化合物」の用途を、固体電解質に限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
また、上記訂正事項1~7、9、10は、実質的に、「化合物」の用途を、固体電解質に限定するものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
イ 設定登録時の本件特許の請求の範囲の請求項8には、「請求項1~7のいずれか一項に記載の化合物を含む固体電解質。」との記載があり、訂正前の請求項1~7に記載される化合物を固体電解質に用いることが理解できるから、上記訂正事項1~7、9、10は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正である。
(2)訂正事項8
訂正事項8は、請求項を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内の訂正であり、かつ実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
3 訂正についてのまとめ
本件訂正の請求は、特許法第120条の5第4項の規定に従い、一群の請求項を構成する請求項〔1~10〕について訂正することを求めるものであるところ、上記2のとおり、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものに該当し、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものであるから、訂正後の請求項〔1~10〕について訂正することを認める。
第3 本件発明
上記第2のとおり、本件訂正は認容し得るものであるから、本件訂正後の請求項1~10に係る発明(以下、各請求項に係る発明及び特許を項番に対応させて「本件発明1」、「本件特許1」などといい、併せて「本件発明」、「本件特許」ということがある。)は、次のとおり特定されるものである。
「【請求項1】
リチウム、4価の金属元素M、塩素及びドーパント元素Xを含有し、
25℃においてCuKα線を用いて測定したX線回折チャートにおいて、2θ角が15~17°、31~32.5°、41~42.5°、48.5~50°、及び53~55°の各範囲に反射ピークを有すると共に、15~17°の範囲における最も大きいピーク高さを有する反射ピークの半値幅が0.35~3.00°である化合物であって、
前記4価の金属元素MがZrを含み、
リチウムの含有量が15~30モル%であり、前記4価の金属元素Mの含有量が8~15モル%であり、塩素の含有量が50~70モル%であり、
前記ドーパント元素Xが臭素及びヨウ素の少なくとも一方であるハロゲン元素X1を含み、ハロゲン元素X1の含有量は、前記化合物に含まれる全元素を基準として0.2~8モル%であり、
島状の結晶相と、当該結晶相を囲む海状のアモルファス相を有する海島構造を備え、前記結晶相の平均円相当径が10~100nmである、化合物を用いた固体電解質。
【請求項2】
前記ドーパント元素Xが、更に2価~4価の金属元素からなる群から選択される少なくとも1種の金属元素X2を含む、請求項1に記載の化合物を用いた固体電解質。
【請求項3】
組成式:LiαZrβCl6-γX1γで表され、1.6≦α≦2.5、0<β≦1.1、0<γ<1であり、元素X1はBr及びIの少なくとも一方であり、
25℃においてCuKα線を用いて測定したX線回折チャートにおいて、2θ角が15~17°、31~32.5°、41~42.5°、48.5~50°、及び53~55°の各範囲に反射ピークを有すると共に、15~17°の範囲における最も大きいピーク高さを有する反射ピークの半値幅が0.35~3.00°であり、
島状の結晶相と、当該結晶相を囲む海状のアモルファス相を有する海島構造を備え、
前記結晶相の平均円相当径が10~100nmである、化合物を用いた固体電解質。
【請求項4】
組成式:LiαZrβX2εCl6-γX1γで表され、1.6≦α≦2.5、0<β≦1.1、0<γ<1、0≦ε<1を満たし、元素X1はBr及びIの少なくとも一方であり、元素X2は2価~4価の金属元素からなる群から選択される少なくとも1種の金属元素であり、γ及びεの少なくとも一方は0より大きく、
25℃においてCuKα線を用いて測定したX線回折チャートにおいて、2θ角が15~17°、31~32.5°、41~42.5°、48.5~50°、及び53~55°の各範囲に反射ピークを有すると共に、15~17°の範囲における最も大きいピーク高さを有する反射ピークの半値幅が0.35~3.00°であり、
島状の結晶相と、当該結晶相を囲む海状のアモルファス相を有する海島構造を備え、
前記結晶相の平均円相当径が10~100nmである、化合物を用いた固体電解質。
【請求項5】
X線回折チャートにおいて、2θ角が53~55°において最も大きいピーク高さを有する反射ピークの半値幅が1.50°以上である、請求項1~4のいずれか一項に記載の化合物を用いた固体電解質。
【請求項6】
組成式:LiαZrβX2εCl6-γX1γで表され、1.6≦α≦2.5、0<β≦1.1、0≦γ<1、0≦ε<1を満たし、元素X1はBr及びIの少なくとも一方であり、元素X2は2価~4価の金属元素からなる群から選択される少なくとも1種の金属元素であり、γ及びεの少なくとも一方は0より大きく、
25℃においてCuKα線を用いて測定したX線回折チャートにおいて、2θ角が15~17°、31~32.5°、41~42.5°、48.5~50°、及び53~55°の各範囲に反射ピークを有すると共に、15~17°の範囲における最も大きいピーク高さを有する反射ピークの半値幅が0.35~3.00°であり、且つ53~55°において最も大きいピーク高さを有する反射ピークの半値幅が1.50°以上であり、
島状の結晶相と、当該結晶相を囲む海状のアモルファス相を有する海島構造を備え、
前記結晶相の平均円相当径が10~100nmである、化合物を用いた固体電解質。
【請求項7】
活性化エネルギーが0.43eV以下である、請求項1~6のいずれか一項に記載の化合物を用いた固体電解質。
【請求項8】
(削除)
【請求項9】
請求項1~7のいずれか一項に記載の化合物を用いた固体電解質を含む電池。
【請求項10】
請求項1~7のいずれか一項に記載の化合物を用いた固体電解質の製造方法であって、原料に対してボールミルを行って前記化合物を得る工程を備える、製造方法。」
第4 令和5年9月5日付けで通知した取消理由、及び異議申立人による特許異議の申立理由の概要
1 令和5年9月5日付けで通知した取消理由の概要
・特許法第36条第6項第1号所定の規定違反(サポート要件違反)
本件特許は、本件訂正前の請求項1~10の記載が後記第5の1(1)の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである(以下、「取消理由」とする。)。
2 異議申立人による特許異議の申立理由の概要
(1)特許法第29条第1項第3号所定の規定違反(新規性欠如)(申立理由1)
本件訂正前の請求項6、8~10に係る発明は、下記甲第1号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、その特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものである(以下、「申立理由1」とする。)。
(2)特許法第36条第6項第1号所定の規定違反(サポート要件違反)
本件特許は、本件訂正前の請求項1~10の記載が後記第5の3(1)の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである(以下、「申立理由2」とする。)。
記
甲第1号証:国際公開第2021/024783号
第5 当審の判断
1 取消理由について
(1)取消理由の概要
ア サポート要件判断の規範と本件発明の課題
特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。
本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば、【0003】で「リチウムイオン電池の固体電解質に使用される材料としてリチウム及びZr等の4価の金属元素を含む塩化物、並びに当該塩化物にドーパントをドープして得られた化合物などのハロゲン化物系の固体電解質が知られている。ハロゲン系化物の固体電解質は、柔軟性が高いため焼結を必要としないこと、H2S等の有害な物質を放出しないため安全性が高いことなど、酸化物系又は硫化物系の固体電解質にはない利点を備えている。」とした上で、【発明が解決しようとする課題】の記載に続く、【0006】には「従来の4価の金属元素を含むリチウム含有塩化物には、高温(例えば100℃等)におけるイオン伝導度(リチウムイオン伝導度)について改善の余地がある。」、及び【0007】には「本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、高温におけるイオン伝導度が改善されたリチウム含有塩化物を提供することを目的とする。」と記載されている。
ここで、【0006】の「4価の金属元素を含むリチウム含有塩化物」とは、【0003】での「固体電解質に使用される材料として」の「リチウム及びZr等の4価の金属元素を含む塩化物」であることを考慮すると、【0007】の「リチウム含有塩化物」とは、「固体電解質に使用される」(固体電解質として用いられる)ことを前提とするものであるといえるから、本件発明の課題は、「高温におけるイオン伝導度が改善された固体電解質として用いられるリチウム含有塩化物を提供すること」にあるといえる。
イ 本件発明の課題に対応する本件明細書の発明の詳細な説明の記載
上記アの発明の課題に対応して、【課題を解決するための手段】が、【0008】では、「リチウム、4価の金属元素M、塩素及びドーパント元素Xを含有し、25℃においてCuKα線を用いて測定したX線回折チャートにおいて、2θ角が15~17°、31~32.5°、41~42.5°、48.5~50°、及び53~55°の各範囲に反射ピークを有すると共に、15~17°の範囲における最も大きいピーク高さを有する反射ピークの半値幅(当審注:以下、単に「半値幅」という。)が0.35~3.00°である」化合物であるとされ、【0026】では、「2θ角が15~17°において最も大きいピーク高さを有する反射ピークの半値幅は、0.35~2.00°が好ましく、0.35~1.00°がより好ましい。本実施形態に係るリチウム含有塩化物の上記反射ピークは、従来のリチウム含有塩化物(例えば、比較例1及び2)と比較してブロードである。本発明者らは、4価の金属元素Mを含むリチウム含有塩化物について、ドーパント元素Xを添加して、更に、上記反射ピークの半値幅を0.35~3.00°の範囲に調節することにより高温でのイオン伝導度が向上することを見出した。」とされている。
さらに、【0053】~【0077】に記載される実施例では、【0077】の【表2】に記載される、Li2ZrCl5.5Br0.5(実施例1)、Li2.1Zr0.9Bi0.1Cl5.5Br0.5(実施例2)、Li2.05Zr0.96Bi0.03Zn0.01Cl5.7Br0.3(実施例3)、Li2Zr0.9Sn0.1Cl6(実施例4)、Li2.1Zr0.9La0.1Cl6(実施例5)、Li2.1Zr0.9Bi0.1Cl5.97I0.03(実施例6)の化合物、及び比較例1~3の化合物について、半値幅等の測定と、イオン伝導度の評価を行い、半値幅が0.36(実施例4)~0.82(実施例1)の範囲の場合、半値幅が0.33である比較例1(Li2ZrCl6)等での例えば100℃でのイオン伝導度(mS/cm)3.95に比べて高い4.08(実施例5)~9.48(実施例1)が得られるとされている。ここで、【0057】では、イオン伝導度の評価について、インピーダンス測定結果から、以下の数式(III)に基づいてイオン伝導度を算出するとされている。
「σ=(RSE×S/t)-1・・・(III)
ここで、σはイオン伝導度であり、Sは、リチウム含有塩化物のパンチ上部との接触面積(枠型の中空部の断面積に等しい)であり、RSEは、インピーダンス測定における固体電解質材料の抵抗値であり、tは、圧力が印加された際のリチウム含有塩化物の厚みである。」
以上の本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば、上記アの発明の課題を解決するには、上記【0026】の記載によれば、半値幅が「0.35~3.00°」である化合物であることが重要であることは理解できるが、この点の技術的な裏付けとなる実施例において、高温におけるイオン伝導度と半値幅と関係を検証した化合物は、金属元素MがZrであるもののみである。そして、この金属元素Mは、結晶構造の骨格を構成するものであるから、その種類は、化合物の高温におけるイオン伝導度等の特性に大きく影響するものと考えるのが妥当であり、Zr以外の金属元素の場合にも、Zrと同等の特性を発現することを認めるに足りる証拠(本件明細書の発明の詳細な説明の記載や出願当時の技術常識)があるとはいえない。
そうすると、上記アの発明の課題を解決するには、半値幅が「0.35~3.00°」である化合物であることに加え、金属元素MがZrであることが肝要であるといえる。
また、上記アの発明の課題は、「高温におけるイオン伝導度が改善された固体電解質として用いられるリチウム含有塩化物を提供すること」とあるとおり、固体電解質を特徴付けるイオン伝導性を問題にするものであり、化合物が固体電解質として用いられるものでなければ、そもそも高温におけるイオン伝導性を高くするという課題も生じない。加えて、上述した実施例においても【0057】に記載されるように、イオン伝導度は、インピーダンス測定における固体電解質材料の抵抗値等から求められるものであることから、固体電解質であることを前提とした特性であるといえる。
そうすると、上記アの発明の課題を解決するには、少なくとも、化合物が固体電解質に用いられるものであることも肝要であるといえる。
ウ 特許請求の範囲の記載と本件明細書の発明の詳細な説明の記載との対比
上記イで述べたように、本件明細書の発明の詳細な説明の記載に照らすと、上記アの発明の課題を解決するには、半値幅が「0.35~3.00°」である化合物であることに加え、金属元素MがZrであること、及び化合物が固体電解質として用いられるものであることが肝要であると理解されるところ、本件訂正前の請求項1~7、9、10に係る発明には、半値幅が「0.35~3.00°」である化合物であること、及び金属元素MがZrであることは特定されているものの、化合物が固体電解質に用いられるものであることは特定されていない。
そうすると、本件訂正前の請求項1~7、9、10に係る発明は、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が本件発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできないし、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし本件発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできない。
エ まとめ
上記ウについて、上記アのサポート要件判断の規範への当てはめを行うと、本件訂正前の請求項1~7、9、10に係る発明は、サポート要件を満たしていない。
(2)取消理由に対する当審の判断
上記(1)ウ及びエによれば、本件訂正前の1~7、9、10は、化合物が固体電解質として用いられるものであることが特定されていないため、サポート要件を満たすものではなかったところ、上記第2の1に記載した訂正事項1~7、9、10によって、本件発明1~7、9、10における「化合物」が「化合物を用いた固体電解質」と訂正されることにより、化合物が固体電解質として用いられるものであることが特定された。
そうすると、本件発明(本件訂正後の本件発明1~7、9、10)は、サポート要件を満たすものである。
なお、上記取消理由では、上記(1)イで「上記アの発明の課題を解決するには、半値幅が「0.35~3.00°」である化合物であることに加え、金属元素MがZrであることが肝要である」としたのに対し、本件発明1及び本件発明1を直接又は間接的に引用する本件発明2、5、7、9、10では、金属元素Mに関する特定が、「金属元素MがZrを含み」とされ、文言上は金属元素Mが、Zrをごく少量でも含有する場合を含む点で、「金属元素MがZrである」との記載と相違している。
しかしながら、「金属元素MがZrを含み」の記載であっても、金属元素MとしてZrが第一義的に特定されるものであり、金属元素MについてZrが主要な元素であることが理解できる。
そして、本件発明では、「25℃においてCuKα線を用いて測定したX線回折チャートにおいて、2θ角が15~17°、31~32.5°、41~42.5°、48.5~50°、及び53~55°の各範囲に反射ピークを有する」ことが特定されているところ、本件明細書の【0028】の「リチウム含有化合物は、三方晶の結晶構造を有していてよく、空間群P-3m1に属する結晶構造を有していてよい。リチウム含有塩化物の結晶構造が空間群P-3m1に帰属される場合、25℃においてCuKα線を用いて測定したX線回折チャートにおいて、2θ角が15~17°、31~32.5°、41~42.5°、48.5~50°、及び53~55°の各範囲に反射ピークが観測される。」との記載によれば、本件発明の化合物は、空間群P-3m1に属する結晶構造を構成する元素であることから、金属元素Mに含まれるMは、化合物の結晶構造の骨格を形成することができる相当量で存在する必要があることが理解できる。
また、上述のように、本件発明では、化合物が固体電解質として用いられるものであることが特定されることにより、化合物は、固体電解質として必要なイオン伝導度を有するものであることが理解でき、金属元素Mも、それに適した元素に実質的に限定されていることになる。
さらに、上記(1)イで述べたように、【0053】~【0077】に記載され、固体電解質として必要なイオン伝導度を有することを示している実施例は、金属元素MがZrであるもののみである。
以上を考慮すると、本件発明1、2、5、7、9、10において、Zrは金属元素Mとして専ら用いられるものであることが理解でき、本件発明1、2、5、7、9、10において、金属元素Mに関する特定が「金属元素MがZrを含み」であるとしても、本件明細書の記載に基づけば、金属元素Mが、Zrをごく少量でも含有する場合までを含むと理解することができない。
そうすると、金属元素Mに関する特定が「金属元素MがZrを含み」とされている本件発明1、2、5、7、9、10が、この点で、サポート要件を満たしていないとすることはできない。
(3)令和6年1月22日に提出された意見書における異議申立人の主張について
ア 異議申立人の主張の概要
異議申立人は、本件発明1、2、7、9、10は、依然として上記(1)の取消理由を解消していないとして、以下の主張をしている。
取消理由では、「上記(1)の発明の課題を解決するには、上記【0026】の記載によれば、半値幅が「0.35~3.00°」である化合物であることが重要であることは理解できるが、この点の技術的な裏付けとなる実施例において、高温におけるイオン伝導度と半値幅と関係を検証した化合物は、金属元素MがZrであるもののみである。そして、この金属元素Mは、結晶構造の骨格を構成するものであるから、その種類は、化合物の高温におけるイオン伝導度等の特性に大きく影響するものと考えるのが妥当であり、Zr以外の金属元素の場合にも、Zrと同等の特性を発現することを認めるに足りる証拠(本件明細書の発明の詳細な説明の記載や出願当時の技術常識)があるとはいえない。そうすると、上記(1)の発明の課題を解決するには、半値幅が「0.35~3.00°」である化合物であることに加え、金属元素MがZrであることが肝要であるといえる。」としているのに対し、請求項1での特定は、「前記4価の金属元素MがZrを含み」であり、金属元素MがZrであるもののみであるとの限定はなされていないから、上記取消理由は、解消していない。
ここで、請求項1の「前記4価の金属元素MがZrを含み」について、【0031】の「4価の金属元素Mとしては、Zr、Ti及びHfが挙げられ、Zrが好ましい。リチウム含有塩化物は、1種又は複数種の4価の金属元素Mを含んでいてよい。」との記載を考慮すると、4価の金属元素Mとして、Zr以外にTiあるいはHfを含む場合を包含するものと解されるところ、さらに、請求項1の「前記4価の金属元素Mの含有量が8~15モル%であり」との規定とを併せると、本件発明1は、4価の金属元素Mとして例えばZrを0.01モル%、Tiを14.99モル%である構成をも包含するものである。しかしながら、実施例は4価の金属元素MがZrであるもののみであって、Zrのモル%は、組成からモル%への換算した下記 参考表1に示す通り、9.9~11.1モル%の範囲のものが開示されているに過ぎない。
[参考表1]
[図:0001412288000001.jpg]
イ 上記アの主張に対する当審の判断
上記(1)の取消理由では、上記(1)イで「上記アの発明の課題を解決するには、半値幅が「0.35~3.00°」である化合物であることに加え、金属元素MがZrであることが肝要である」としたのに対し、本件発明1及び本件発明1を直接又は間接的に引用する本件発明2、5、7、9、10では、金属元素Mに関する特定が、「金属元素MがZrを含み」とされ、文言上は金属元素Mが、Zrをごく少量でも含有する場合を含む点で、「金属元素MがZrである」との記載と相違しているが、請求項1の記載が、「金属元素MがZrを含み」であっても、本件発明1、2、7、9、10を含め、本件発明1、2、5、7、9、10が、この点で、サポート要件を満たしていないとすることはできないことは、上記(2)で述べたとおりである。
そうすると、上記アの異議申立人の主張は採用することができない。
(4)小括
上記(2)及び(3)で述べたとおりであるから、第4の1の取消理由には、理由がない。
2 申立理由1について
(1)甲1に記載された事項
ア 「請求の範囲
[請求項1] 下記式(1)で表される化合物からなる、固体電解質。
A2+aE1-b+αGbXd・・・(1)
(式(1)中において、AはLi、K、Naからなる群から選択される一つの元素である。EはZr、Hf、Ti、Snからなる群から選択される少なくとも1つの元素である。GはMg、Ca、Sr、Cs、Ba、Y、Al、Sc、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Cu、Ag、Au、Pb、Bi、In、Sn、Sb、Nb、Ta、Wからなる群から選択される少なくとも1つの元素である。XはF、Cl、Br、Iからなる群から選択される少なくとも1種以上である。aはGが価数6価の元素である場合-2bであり、Gが価数5価の元素である場合-bであり、Gが4価の元素である場合またはGを含まない場合0であり、Gが3価の元素である場合bであり、Gが2価の元素である場合2bであり、Gが1価の元素である場合3bである。0≦b≦0.5、-0.3≦α≦0.3、5.0<d<6.0である。)
・・・
[請求項10] 前記式(1)で表される化合物において、XがClである、請求項1~請求項8のいずれか一項に記載の固体電解質。
[請求項11] 前記式(1)で表される化合物において、XがBrである、請求項1~請求項8のいずれか一項に記載の固体電解質。
[請求項12] 前記式(1)で表される化合物において、XがIである、請求項1~請求項8のいずれか一項に記載の固体電解質。
イ 「発明が解決しようとする課題
[0007] しかしながら、従来の固体電解質電池では、固体電解質層に用いられる固体電解質のイオン伝導度が不十分であった。このため、従来の固体電解質電池では、十分な放電容量が得られなかった。
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、イオン伝導度の高い固体電解質を提供することを目的とする。
また、本発明は、上記固体電解質を有する固体電解質層、およびそれを備える放電容量の大きい固体電解質電池を提供することを目的とする。
課題を解決するための手段
[0008] 本発明者は、上記課題を解決するために、鋭意検討を重ねた。
その結果、固体電解質として、アルカリ金属と、特定の金属元素と、周期表第17族の元素と、から構成される化合物を用いればよいことを見出し、本発明を想到した。」
ウ 「[0026] 式(1)で表される化合物において、Gは、Mg、Ca、Sr、Cs、Ba、Y、Al、Sc、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Cu、Ag、Au、Pb、Bi、In、Sn、Sb、Nb、Ta、Wからなる群から選択される少なくとも1つの元素である。
[0027] 式(1)で表される化合物において、Gは上記のうち、Cs、Ag、Auから選ばれる1価の元素であってもよい。
式(1)で表される化合物において、Gは上記のうち、Mg、Ca、Ba、Cu、Sn、Pb、Srから選ばれる2価の元素であってもよい。
[0028] 式(1)で表される化合物において、Gは上記のうち、Y、Al、Sc、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Bi、In、Sbから選ばれる3価であってもよい。Gが3価である場合、Gはイオン伝導度の高い固体電解質となるため、Yであることが好ましい。
・・・
[0055] また、式(1)で表される化合物は、周期表第17族の元素を含む少なくとも一部が結晶質のものであるため、CuKα線を用いてX線回折測定を行った際に回折ピークが確認される。式(1)で表される化合物と、特許文献2に記載されている固体電解質材料とでは、CuKα線を用いたX線回折測定における2θのピーク位置が、上述したイオン半径比の差によって異なるものと推定される。」
エ 「実施例
[0084](実施例1~実施例88)
実施例1~実施例88においては、原材料として用意したZr、Hf、Ti、Snのハロゲン化物(ZrCl4、ZrBr4、ZrI4、ZrF4、HfCl4、TiCl4、SnCl4)を、100℃でそれぞれ所定時間熱処理し、ハロゲン化物中のハロゲン量を制御してから使用した。
・・・
[0086](実施例1~実施例83及び比較例1~比較例5)
表1~表4に示すモル比で所定の原材料を含む原料粉末を、遊星型ボールミル装置を用いて、自転回転数500rpm、公転回転数500rpmとし、自転の回転方向と公転の回転方向とを逆方向として、24時間混合して反応させた。このことにより、表5~表10に示す組成を有する化合物からなる粉末状態の実施例1~実施例83及び比較例1~比較例5の固体電解質を製造した。
オ 「[0092]
[表2]
[図:0001412288000002.jpg]
[0093][表3]
[図:0001412288000003.jpg]
・・・
[0097]
[表7]
[図:0001412288000004.jpg]
[0098]
[表8]
[図:0001412288000005.jpg]
」
(2)甲1に記載された発明
甲1には、上記(1)アに「下記式(1)で表される化合物からなる、固体電解質。
A2+aE1-b+αGbXd・・・(1)
(式(1)中の各定義は、省略する。)」が記載されているところ、この固体電解質の実施例として、同エには、実施例1~実施例88が記載され、これらの実施例は、同エの[0086]には、「表1~表4に示すモル比で所定の原材料を含む原料粉末を、遊星型ボールミル装置を用いて、自転回転数500rpm、公転回転数500rpmとし、自転の回転方向と公転の回転方向とを逆方向として、24時間混合して反応させ」「このことにより、表5~表10に示す組成を有する化合物からなる粉末状態の」「固体電解質を製造した」ことが記載されている。これらの実施例のうち、実施例39及び実施例54に着目すると、実施例39では、上記の「表1~表4に示すモル比で所定の原材料を含む原料粉末」として、同オの[0092][表2]の実施例39の記載によれば、LiCl、ZrCl3.9、LaCl3を2.1:0.9:0.1のモル比で混合した原料粉末が記載され、[0093][表3]の実施例54では、LiCl、ZrCl3.9、SnCl4を2.0:0.9:0.1のモル比で混合した原料粉末が記載されている。
そして、実施例39及び実施例54では、それぞれの原料粉末から、上記[0086]に記載される製造方法を経ることにより、実施例39では、同エの[0097][表7]の実施例39によれば、固体電解質として、Li2.1Zr0.9La0.1Cl5.9が、実施例54では、固体電解質として、Li2Zr0.9Sn0.1Cl5.9が製造されている。
以上の事項をまとめると、甲1には、実施例39及び実施例54に対応する以下の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されているといえる。
「LiCl、ZrCl3.9、LaCl3を2.1:0.9:0.1のモル比で混合した原料粉末、又はLiCl、ZrCl3.9、SnCl4を2.0:0.9:0.1のモル比で混合した原料粉末を、それぞれ、遊星型ボールミル装置を用いて、自転回転数500rpm、公転回転数500rpmとし、自転の回転方向と公転の回転方向とを逆方向として、24時間混合して反応させることにより製造した、Li2.1Zr0.9La0.1Cl5.9、又は、Li2Zr0.9Sn0.1Cl5.9の組成を有する化合物からなる粉末状態の固体電解質。」
(3)本件発明6ついて
ア 対比
本件発明6と甲1発明を対比する。
(ア)まず、甲1発明の「Li2.1Zr0.9La0.1Cl5.9」について検討すると、甲1の上記(1)ウの[0028]の「式(1)で表される化合物において、Gは上記のうち、Y、Al、Sc、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Bi、In、Sbから選ばれる3価であってもよい。」との記載によれば、甲1発明におけるLaは、3価の元素であるから、本件発明6の「2価~4価の金属元素からなる群から選択される少なくとも1種の金属元素であ」る「元素X2」に相当する。
また、甲1発明における「Li2.1Zr0.9La0.1Cl5.9」における各元素比は、本件発明6において、αが2.1、βが0.9、γが0、εが0.1であって、εは0より大きい場合で一致しているから、甲1発明の「Li2.1Zr0.9La0.1Cl5.9」「の組成を有する化合物からなる粉末状態の固体電解質」は、本件発明6の「組成式:LiαZrβX2εCl6-γX1γで表され、1.6≦α≦2.5、0<β≦1.1、0≦γ<1、0≦ε<1を満たし、元素X1はBr及びIの少なくとも一方であり、元素X2は2価~4価の金属元素からなる群から選択される少なくとも1種の金属元素であり、γ及びεの少なくとも一方は0より大き」い「化合物を用いた固体電解質」に相当する。
(イ)次に、甲1発明の「Li2Zr0.9Sn0.1Cl5.9」について検討すると、甲1の上記(1)ウの[0027]の「式(1)で表される化合物において、Gは上記のうち、Mg、Ca、Ba、Cu、Sn、Pb、Srから選ばれる2価の元素であってもよい。」との記載によれば、甲1発明におけるSnは、2価の元素であるから、本件発明6の「2価~4価の金属元素からなる群から選択される少なくとも1種の金属元素であ」る「元素X2」に相当する。
また、甲1発明における「Li2Zr0.9Sn0.1Cl5.9」における各元素比は、本件発明6において、αが2、βが0.9、γが0、εが0.1であって、εは0より大きい場合で一致しているから、甲1発明の「Li2Zr0.9Sn0.1Cl5.9」「の組成を有する化合物からなる粉末状態の固体電解質」は、本件発明6の「組成式:LiαZrβX2εCl6-γX1γで表され、1.6≦α≦2.5、0<β≦1.1、0≦γ<1、0≦ε<1を満たし、元素X1はBr及びIの少なくとも一方であり、元素X2は2価~4価の金属元素からなる群から選択される少なくとも1種の金属元素であり、γ及びεの少なくとも一方は0より大き」い「化合物を用いた固体電解質」に相当する。
(ウ)上記(ア)及び(イ)によれば、本件発明6と甲1発明は、「組成式:LiαZrβX2εCl6-γX1γで表され、1.6≦α≦2.5、0<β≦1.1、0≦γ<1、0≦ε<1を満たし、元素X1はBr及びIの少なくとも一方であり、元素X2は2価~4価の金属元素からなる群から選択される少なくとも1種の金属元素であり、γ及びεの少なくとも一方は0より大きい、化合物を用いた固体電解質。」の点で一致し、以下の点で相違しているといえる。
<相違点>
化合物が、本件発明1では、「25℃においてCuKα線を用いて測定したX線回折チャートにおいて、2θ角が15~17°、31~32.5°、41~42.5°、48.5~50°、及び53~55°の各範囲に反射ピークを有すると共に、15~17°の範囲における最も大きいピーク高さを有する反射ピークの半値幅が0.35~3.00°であり、且つ53~55°において最も大きいピーク高さを有する反射ピークの半値幅が1.50°以上であり、島状の結晶相と、当該結晶相を囲む海状のアモルファス相を有する海島構造を備え、前記結晶相の平均円相当径が10~100nmである」ものであるのに対し、甲1発明では、上記の物性及び構造を有するものであるのか明らかでない点。
イ 上記相違点に対する判断
(ア)甲1には、a 「25℃においてCuKα線を用いて測定したX線回折チャートにおいて、2θ角が15~17°、31~32.5°、41~42.5°、48.5~50°、及び53~55°の各範囲に反射ピークを有する」こと、及び「15~17°の範囲における最も大きいピーク高さを有する射ピークの半値幅が0.35~3.00°であり、且つ53~55°において最も大きいピーク高さを有する反射ピークの半値幅が1.50°以上であ」ること、b 「島状の結晶相と、当該結晶相を囲む海状のアモルファス相を有する海島構造を備え」ること、c 「結晶相の平均円相当径が10~100nmである」ことについて、直接的な記載はもちろんのこと、化合物のX線回折チャートに関する記載や、結晶構造に関係する何らの記載もないから、上記相違点は、実質的な相違点である。
(イ)a ここで、特許異議申立書(16頁18~末行)では、上記(ア)aに対して、「本件発明6の化合物の特性は、「適量のドーパント元素を導入したうえで、長時間のボールミルによってメカノケミカル反応を十分に促進させることにより」(【0044】)得られるものであることを前提として、本件明細書には、実施例4(Li2Zr0.9Sn0.1Cl6)及び実施例5(Li2.1Zr0.9La0.1Cl6)はそれぞれ、ドーパント元素として、Sn、Laを導入した例(【0077】)が、また、「長時間のボールミル」とは具体的には、「10~100時間とすることができる。・・・好ましくは24時間~72時間、より好ましくは、36~60時間である。」(【0051】)が記載されているのに対し、甲1発明も、「2価~4価のドーパント元素」を含み、「遊星ボールミル装置を用いて」「24時間」メカノケミカル反応をさせて得られたものである。
以上によれば、甲1発明に係る固体電解質は、本件発明6の化合物と同様の原材料を用いて同様の方法によって合成されたものであるから、CuKα線を用いて測定したX線回折チャートにおいて、25℃においてCuKα線を用いて測定したX線回折チャートにおいて本件発明6と同様のピーク構造及び半値幅を有することが推認される」とされている。
b 特許異議申立書(17頁1~7行)では、上記(ア)bに対して、甲1の上記(1)ウの[0055]の「式(1)で表される化合物は、周期表第17族の元素を含む少なくとも一部が結晶質のものである」との記載を基に、甲1発明を「結晶質の部分を備える」ものとした上で、この「結晶質の部分」は、本件発明6の「島状の結晶相」に相当し、甲1発明において、「結晶質の部分」を囲む部分は結晶質ではない部分であるから、本件発明6の「海状のアモルファス相」に相当するものとし、上記(ア)bの点において、本件発明6と甲1発明は相違しないとされている。
c 特許異議申立書(17頁8~28行)では、上記(ア)cに対して、「本件明細書には、作用効果として、「上記海島構造を持つことで、高いイオン伝導度を実現すること」(【0042】)及び「島状の結晶相の円相当径が上記の大きさの範囲にあることで、高いイオン伝導を実現するイオン伝導パスが形成されると考えている。」(【0043】)が記載されているところ、本件明細書の表2に基づくと、実施例1~6はいずれも、25℃でのイオン伝導度σ25℃と、100℃でのイオン伝導度σ100℃とを比べると、σ100℃はσ25℃の10倍以上になっている。一方、甲1の実施例54のイオン伝導度は1.4[mS/cm]であり、実施例39のイオン伝導度は1.2[mS/cm]であるところ、甲1において、イオン伝導度の測定温度は30℃であり(【0103】)、甲1の実施例54及び実施例39のイオン伝導度は実施例1~6のイオン伝導度(25℃)の2倍程度以上であるから、甲1の実施例54及び実施例39の100℃でのイオン伝導度は本件明細書の100℃でのイオン伝導度σ100℃に匹敵する以上の大きさであることが推認される。そうであるならば、甲1発明の固体電解質が備える海島構造は、本件発明6と同様であること、すなわち、島状の結晶相の円相当径は発明6と同様であることが推認される。」とされている。
(ウ)a 上記(イ)aの主張は、上記【0044】の「適量のドーパント元素を導入したうえで、長時間のボールミルによってメカノケミカル反応を十分に促進させることにより」との記載が、25℃においてCuKα線を用いて測定したX線回折チャートにおけるピーク構造及び半値幅に直結するものであることを前提としているところ、【0044】は、「上記のような海島構造を作製する方法としては、適量のドーパント元素を導入したうえで、長時間のボールミルによってメカノケミカル反応を十分に促進させることにより作製することが可能である。」と記載されるものであり、「適量のドーパント元素を導入したうえで、長時間のボールミルによってメカノケミカル反応を十分に促進させること」は、結晶相とアモルファス相の海島構造を作製する方法として記載されるもので、X線回折チャートにおけるピーク構造及び半値幅に関係するものとしては記載されていないから、上記(イ)aの理由は、その前提に誤りがある。
また、固体電解質を製造する際の手順や様々な反応条件が、本件発明6と甲1発明で完全に一致していれば、製造された両者の固体電解質が同じ特性を有する可能性はある。
しかしながら、本件発明6の固体電解質は、「下記の遊星ボールミル用の50mlの容積のジルコニアポットに上記原料を入れ、直径4mmのジルコニアボールを65g投入した。48時間、380rpmの条件でメカノケミカル的に反応するように処理することにより、実施例1の化合物(リチウム含有塩化物)を得た。ボールミルは、10分間回転させる毎に、インターバルとして1分間停止させ、回転方向を時計回りと反時計回り交互に切り替えるモードで実施した。」(【0053】)とされるように製造されるのに対し、甲1発明の固体電解質は、「遊星型ボールミル装置を用いて、自転回転数500rpm、公転回転数500rpmとし、自転の回転方向と公転の回転方向とを逆方向として、24時間混合して反応させることにより製造」されるものであり、両者の製造方法は、遊星ボールミルでの混合形態、回転数、混合時間等で一致していないし、このように製造条件が相違していても、両者で同じ特性を有する固体電解質が製造されていることを示す証拠も提出されていない。
そうすると、上記(イ)aの理由を、妥当なものとすることはできないから、上記相違点における(ア)aの点を、実質的な相違点ではないとすることはできない。
b 上記(イ)bの主張について、甲1発明の固体電解質において、結晶質が一部であるとしても、その結晶質が島状になるか海状になるかは不明であるから、結晶質が一部であることだけで、ただちに、甲1発明の固体電解質を本件発明6の固体電解質と同じ、「島状の結晶相」を有すると共に「海状のアモルファス相」を有するものとすることはできない。
そうすると、上記(イ)bの理由を、妥当なものとすることはできないから、上記相違点における(ア)bの点を、実質的な相違点ではないとすることはできない。
c 上記(イ)cの主張は、甲1発明の固体電解質が島状の結晶相と海状のアモルファス相を有し、本件発明6の固体電解質と同等のイオン伝導度を有する場合、甲1発明の島状の結晶相の円相当径は、本件発明6と同程度になることを主張の前提としている。
しかしながら、固体電解質のイオン伝導度が、結晶相の円相当径の大きさのみに依存することを示す証拠が提出されていないため、甲1発明の固体電解質のイオン伝導度が高いとしても、そのことを直ちに結晶相の円相当径の大きさに結びつけることはできない。
しかも、甲1発明の固体電解質は、上記bで述べたとおり、島状の結晶相と海状のアモルファス相を有するものとすることはできないのであるから、上記(イ)cの理由は、その前提に誤りがある。
そうすると、上記(イ)cの理由を、妥当なものとすることはできないから、上記相違点における(ア)cの点を、実質的な相違点ではないとすることはできない。
(エ)上記(ウ)で述べたように、上記相違点を実質的なものでないとする特許異議申立書での理由を採用することはできない。
ウ 小括
上記イで述べたとおり、上記相違点は、実質的な相違点であるから、本件発明6は、甲1発明ではない。
(4)本件発明9、10について
本件発明9、10は、本件発明6を直接又は間接的に引用し、少なくとも本件発明6の構成をすべて具備するものであるから、本件発明6と同様に、甲1発明ではない。
なお、本件発明9、10は、独立請求項に係る発明である本件発明1、3、4も直接又は間接的に引用することになるが、本件発明1、3、4について、新規性欠如の申立てはなされていないから、これらの発明を直接又は間接的に引用する場合についても、本件発明9、10は、甲1発明ではない。
(5)申立理由1に関するまとめ
上記(3)及び(4)で述べたとおり、申立理由1には、理由がない。
3 申立理由2について
(1)申立理由2の概要
本件明細書の記載より、本件発明の課題は、「高温におけるイオン伝導度が改善されたリチウム含有塩化物を提供すること」であると認められる(【0007】)。
そして、本件明細書の実施例1~6等においては、所定の仕込み組成となるように各原料を用意し、メカノケミカル的に反応するように処理することで、所定の組成を有し、かつ、所定のX線回折測定結果を示し、かつ、所定の海島構造を備える化合物を合成することができ、当該化合物が上記本件特許発明の課題すなわち、高温におけるイオン伝導度が改善されたリチウム含有塩化物を提供することを解決できることが示されている。高温におけるイオン伝導度が改善されたリチウム含有塩化物を得るための海島構造を作製する方法として、「適量のドーパント元素を導入したうえで、長時間のボールミルによってメカノケミカル反応を十分に促進させることにより作製すること」(【0044】)が示されている。
ここで、表2に基づき、実施例1と比較例1の100℃でのイオン伝導度σ100℃を比べると、Li2ZrCl6の化合物に適量のドーパント元素としてBrを導入したことによって、高温におけるイオン伝導度が大幅に改善されたことが認められる。一方で、実施例4、実施例5と比較例1の100℃でのイオン伝導度σ100℃を比べると、Li2ZrCl6の化合物に適量のドーパント元素としてそれぞれ、Sn、Laを導入したことによって、高温におけるイオン伝導度が改善されたことが認められるものの、イオン伝導度の改善の程度が実施例1に比べると小さく、かつ、ドーパント元素がSnである場合(実施例4)と、Laである場合(実施例4)とでは改善の程度がかなり異なる。具体的には、比較例1の100℃でのイオン伝導度σ100℃と実施例1、実施例4、実施例5の100℃でのイオン伝導度σ100℃とをそれぞれ比べると、比較例1のイオン伝導度σ100℃に対する改善の程度(例えば、実施例1の場合、{(実施例1-比較例1)/比較例1}×100。実施例4、実施例5の場合も同様、)は、140%、34%、3%である。
また、実施例1~6及び比較例1~3はいずれも、25℃でのイオン伝導度σ25℃と100℃でのイオン伝導度σ100℃とを比べると、σ100℃はσ25℃は10倍以上になっており、具体的には、実施例1~6では、σ100℃/σ25℃はそれぞれ15.5倍、17.5倍、21.7倍、19.4倍、11.1倍、16.1倍であり、比較例1~3では、σ100℃/σ25℃はそれぞれ、12.1倍、19.0倍、35.5倍となっている。このように、実施例1~6の方が、比較例1~3よりも、25℃でのイオン伝導度25℃に対する100℃でのイオン伝導度σ100℃の増加率が高いということもない。
そうすると、高温におけるイオン伝導度が改善されるか否かは、本件発明で規定する組成及びドーパント元素のうち、実施例に示された具体的な組成と具体的なドーパント元素の場合しか、上記課題を解決できることが示されていない。
以上によれば、本件発明は、上記課題を解決できることが十分に示されていない態様を包含するものと認められるから、本件発明にまで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。
よって、本件発明は、発明の詳細な説明に記載したものでないものを含んでおり、サポート要件に違反している。
(2)申立理由2に対する当審の判断
申立理由2で、本件発明は、上記(1)の課題を解決できることが十分に示されていない態様を包含するものと認められ、サポート要件を満たしていないとする根拠は、「Li2ZrCl6の化合物に適量のドーパント元素としてそれぞれ、Sn、Laを導入したことによって、高温におけるイオン伝導度が改善されたことが認められるものの、イオン伝導度の改善の程度が実施例1に比べると小さく、かつ、ドーパント元素がSnである場合(実施例4)と、Laである場合(実施例4)とでは改善の程度がかなり異なる。具体的には、比較例1の100℃でのイオン伝導度σ100℃と実施例1、実施例4、実施例5の100℃でのイオン伝導度σ100℃とをそれぞれ比べると、比較例1のイオン伝導度σ100℃に対する改善の程度(例えば、実施例1の場合、{(実施例1-比較例1)/比較例1}×100。実施例4、実施例5の場合も同様、)は、140%、34%、3%である」こと、及び「実施例1~6の方が、比較例1~3よりも、25℃でのイオン伝導度25℃に対する100℃でのイオン伝導度σ100℃の増加率が高いということもない」ことであるといえる。
しかしながら、ドーパント元素としてSn、Laを導入した場合の100℃におけるイオン伝導度の改善の程度が、Brを導入した実施例1に比べると小さく、かつ、ドーパント元素がSnである場合(実施例4)と、Laである場合(実施例5)とでは改善の程度がかなり異なるとしても、改善の程度が小さいLaの場合(実施例5)でも、比較例1のイオン伝導度σ100℃に対する改善の程度が、3%あるのであるから、この場合も、高温におけるイオン伝導度が改善されたことを示す具体例である。
また、実施例1~6の方が、比較例1~3よりも、25℃でのイオン伝導度25℃に対する100℃でのイオン伝導度σ100℃の増加率が高いということもないとしても、本件発明の課題は、高温におけるイオン伝導度を改善する、すなわち高温におけるイオン伝導度を高くすることであって、25℃でのイオン伝導度25℃に対する100℃でのイオン伝導度σ100℃の増加率を高くすることではない。
結局のところ、上記(1)には、本件発明は、上記(1)の課題を解決できることが十分に示されていない態様を包含するとする妥当な理由が示されていない。
以上のとおりであるから、申立理由2には、理由がない。
第6 むすび
上記第5で検討したとおり、本件特許1~7、9、10は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるということはできないし、本件特許6、9、10は、同法第29条第1項の規定に違反してされたものであるともいうこともできず、同法第113条第2号又は第4号に該当するものではないから、上記取消理由及び申立理由1、2では、本件特許1~7、9、10を取り消すことはできない。
また、他に本件特許1~7、9、10を取り消すべき理由を発見しない。
さらに、本件特許8は、本件訂正により削除され、本件特許8に対する特許異議の申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。
審決本文(J-PlatPat)
J-PlatPatの審決検索トップを開きます。番号入力で「審判番号」を選び、下の番号を貼り付けて検索してください。
J-PlatPat 審決検索を開く
2023-700513