特許異議申立
2023-700474
固体表面のスパイダーシルクコーティング
- 審判番号
- 2023-700474
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2018-560226
- 登録番号
- 7168454
- 請求日
- 2023年05月08日
- 審決日
- 2023年08月03日
- 公報発行日
- 2023年09月29日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】スピベル テクノロジーズ アクティエボラーグ
- 【権利者代理人】青木 篤
- 【権利者代理人】三橋 真二
- 【権利者代理人】鶴田 準一
- 【権利者代理人】南山 知広
- 【権利者代理人】渡辺 陽一
- 【権利者代理人】中村 和広
- 【異議申立人】三原 舞緒
- 審判長/審判官
- 審判長 原田 隆興
- 審判官 吉田 佳代子
- 審判官 渕野 留香
- 分類
- P1652.113-Y (A61L) / P1652.121-Y (A61L)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第1項第3号、特許法第29条第2項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7168454号発明「固体表面のスパイダーシルクコーティング」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7168454号の請求項1、7、15に係る特許を維持する。
理由
理 由
1 手続の経緯
特許第7168454号の請求項1、7、及び15に係る特許についての出願は、平成29年5月16日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2016年5月16日、欧州)に出願され、令和4年10月31日にその特許権の設定登録がされ、令和4年11月9日に特許掲載公報が発行された。その後、その特許に対し、令和5年5月8日に特許異議申立人三原舞緒(以下「異議申立人」という。)は、特許異議の申立てを行った。
2 本件発明
特許第7168454号の請求項1、7及び15の特許に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1、7及び15」という。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1、7及び15に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
高分子固体構造を形成することが出来る組換えスパイダーシルクタンパク質で固体表面をコーティングする方法であって、
前記組換えスパイダーシルクタンパク質の水性溶液に前記固体表面を曝し、それによって、前記組換えスパイダーシルクタンパク質と前記固体表面の間に共有結合を形成すること無く、前記固体表面上に吸着された前記組換えスパイダーシルクタンパク質の表面層を形成する工程; 及び
前記固体表面の前記表面層を前記組換えスパイダーシルクタンパク質の水性溶液にさらに曝し、それによって、前記表面層上に前記組換えスパイダーシルクタンパク質の集合したシルク構造層を形成する工程
を含み、ここで、当該方法は、スパイダーシルクタンパク質の乾燥を含まず、かつ
前記集合したシルク構造層は、ナノフィブリルの物理形態である、方法。
【請求項7】
高分子固体構造を形成することが出来る組換えスパイダーシルクタンパク質でコーティングされた固体表面を有する物品であって、ここで、前記組換えスパイダーシルクタンパク質コーティングが、
前記組換えスパイダーシルクタンパク質と前記固体表面の間に共有結合を形成すること無く前記固体表面に吸着された前記組換えスパイダーシルクタンパク質の表面層; 及び
前記表面層上の前記組換えスパイダーシルクタンパク質の集合したシルク構造層;
を含み、ここで、前記組換えスパイダーシルクタンパク質コーティングが、50nm未満の厚さを有し、かつ
前記集合したシルク構造層は、ナノフィブリルの物理形態である、固体表面を有する物品。
【請求項15】
インビトロ細胞培養のためのマトリックスとしての、請求項7~14の何れか1項に記載の組換えスパイダーシルクタンパク質でコーティングされた固体表面を有する物品の使用。」
3 申立理由の概要
異議申立人は、主たる証拠として以下の甲第1~4号証及び技術常識を示す証拠として以下の甲第5~7号証を提出し(以下、甲第1~7号証を甲1~7と略記する。)、本件発明1、7及び15は特許法第29条第1項第3号に該当するか、特許法第29条第2項の規定に違反するものであるから、本件発明1、7及び15に係る特許を取り消すべきものである旨主張する。
甲1:Philip H.Zeplin、他7名、“Spider S
ilk Coatings as a Bioshield to Reduce Periprosthetic Fibrous Capsule Formation”、Advanced Functional Materials、2014年、Vol.24、Issue.18、p.2658~2666
甲2:国際公開第2007/016524号
甲3:国際公開第2015/023798号
甲4:国際公開第2015/134865号
甲5:Lukas Eisoldt、他2名、“Decoding the secrets of spider silk”、2011年、Materials Today、Vol.14、No.3、p.80~86
甲6:S.Rammensee、他3名、“Assembly mechanism of recombinant spider silk proteins”、2008年、The Proceedings of National Academy of Sciences、Vol.105、No.18、p.6590~6595
甲7:Lin Roemer、他1名、“The elaborate structure of spider silk”、Prion、2008年、Vol.2、Issue.4、p.154~161(当審注:"oe"は"o"のウムラウトを示す。)
4 証拠の記載事項
(1)甲1の記載事項及び引用発明
甲1には、医療用シリコーンインプラントを、組換えスパイダーシルクタンパク質のマイクロメーターの厚さの層で均質にコーティングすること(要約)、eADF4(C16)シルクプロテイン水溶液を用意し、シリコーンインプラントを300秒の乾燥間欠期が続く120秒間、3回シルク水溶液に浸漬し、1M KH2PO4溶液に120秒間浸漬して120秒間乾燥して固定することで、βシート形成を誘導して、コーティングを水に不溶化させたこと(2664頁左欄19行~右欄2行)、シリコンコーティングの厚みは約1~6μmであったこと(図1脚注)が記載されている。
そうすると、甲1には、
「組換えスパイダーシルクタンパク質でシリコーンインプラントをコーティングする方法であって、組換えスパイダーシルクタンパク質水溶液に、シリコーンインプラントを300秒の乾燥間欠期が続く120秒間、3回浸漬し、1M KH2PO4溶液に120秒間浸漬して120秒間乾燥して組換えスパイダーシルクタンパク質コーティングをインプラント表面に固定化する方法。」の発明(以下「引用発明1A」という。)及び
「組換えスパイダーシルクタンパク質水溶液に、シリコーンインプラントを300秒の乾燥間欠期が続く120秒間、3回浸漬し、1M KH2PO4溶液に120秒間浸漬して120秒間乾燥することで組換えスパイダーシルクタンパク質コーティングがインプラント表面に固定化された、厚さ約1~6μmの組換えスパイダーシルクタンパク質コーティングを有するシリコーンインプラント。」の発明(以下「引用発明1B」という。)
が記載されている。
(2)甲2の記載事項及び引用発明
甲2には、「基材上にシルク生体材料コーティングを製造する方法であって、a)溶液が基材上に層を形成するように基材をシルクフィブロイン水溶液と接触させること、及びb)前記層を脱水ガスの流れに暴露すること、を含む方法」(請求項1)、1~12ナノメートルの層を形成できること([0015])、フィブロインは、スパイダーシルクタンパク質を含み、遺伝子組換えで製造されたシルクタンパク質を使用できること([0044])、実施例では蚕シルクタンパク質の水溶液を用い([0088]~[0089])、基材を室温で2分間シルク浸漬溶液に浸した後、脱イオン水又はメタノール/水(1:1)で1分間洗浄し、穏やかな窒素ガス流で2分間脱水する工程を、必要な層の数だけ繰り替えしたこと([0092])、6層のコーティングで約40nmの厚みであったこと([0094])、脱水工程は段階的なフィルムの集合に必要であり、シルクフィブロインフィルムは脱水により分子内及び/又は分子間相互作用が安定化すること、これらの相互作用は窒素ガスでの乾燥による脱水でβシート構造を形成するように誘導されること([00104])が記載されている。
そうすると、甲2には、
「遺伝子組換えで製造されたスパイダーシルクタンパク質を含むシルクフィブロインで基材上にコーティングを製造する方法であって、基材をシルクフィブロイン水溶液に浸して接触させる工程、及び脱水ガスの流れに暴露する工程を、必要な回数繰り返して複数のシルクフィブロインフィルムのコーティングを製造する方法。」の発明(以下「引用発明2A])及び
「遺伝子組換えで製造されたスパイダーシルクタンパク質を含むシルクフィブロイン水溶液に、基材を浸して接触させた後、脱水ガスの流れに暴露させて、1~12nmの層を形成する工程を、必要な回数繰り返して複数のシルクフィブロインフィルムをコーティングした基材。」の発明(以下「引用発明2B」)が記載されている。
(3)甲3の記載事項及び引用発明
甲3には、組換えスパイダーシルクタンパク質の水溶液を製造すること(特許請求の範囲)、浸漬コーティングは、組換えスパイダーシルクタンパク質を含むドープ溶液にサンプルを繰り返し浸漬するか、又はスパイダーシルクタンパク質の溶液槽内で引きずることによって達成し、その後、サンプルをベンチ上で完全に乾燥させること、所望の厚さに達するまで、浸漬コーティングを再度適用できること(31頁9~23行)、シリコン尿道カテーテルや外科用ステンレス鋼をコーティングしたこと(32頁10~20行)が記載されている。
そうすると、甲3には、
「組換えスパイダーシルクタンパク質でシリコン尿道カテーテル又は外科用ステンレス鋼の表面をコーティングする方法であって、組換えスパイダーシルクタンパク質の水溶液にシリコン尿道カテーテル又は外科用ステンレス鋼を繰り返し浸漬するか、組換えスパイダーシルクタンパク質の溶液槽内でサンプルを引きずること、及び完全に乾燥させることを含み、所望の厚さに達するまで、浸漬コーティングを再度適用する方法。」の発明(以下「引用発明3A」という。)及び
「組換えスパイダータンパク質の水溶液に繰り返し浸漬するか、組換えスパイダーシルクタンパク質の溶液槽内で引きずること、及び完全に乾燥させることにより、組換えスパイダーシルクタンパク質でコーティングされた表面を有するシリコン尿道カテーテル又は外科用ステンレス鋼。」の発明(以下「引用発明3B」という。)が記載されている。
(4)甲4の記載事項及び引用発明
甲4には、生鮮品を保存するために、生鮮品をシルクフィブロインで浸漬コーティングする方法が記載され(請求項35~37)、シルクフィブロインは遺伝子組換え生物で製造されたスパイダーシルクを使用できること([0052])、コーティング工程は浸漬コーティングを含み、複数回繰り返すこと(請求項39~40、[0094])、各コーティング工程の間又はコーティング工程の後、生体高分子のコーティングは乾燥され、所望によりアニーリング又は架橋されることで、生体高分子の結晶化度を増加させて保存効果を増強し得ること([0095])、コーティングの層は約0.1μm~1mmの厚みであること(請求項13、[0101])、実施例では、カイコの繭からシルクMilliQ水溶液を作製し、イチゴ又はバナナを4℃で1w/v%のシルクフィブロイン溶液に複数回浸漬したこと、浸漬工程は各10秒間継続し、22℃、湿度38%で4時間乾燥したこと([0117]-[0119])が記載されている。
そうすると、甲4には、
「遺伝子組換えで製造されたスパイダーシルクを含むシルクフィブロインで生鮮品であるイチゴ又はバナナを浸漬コーティングする方法であって、シルクフィブロイン水溶液に生鮮品を10秒間浸漬した後、4時間乾燥する工程を含み、浸漬工程は複数回繰り返される方法。」の発明(以下「引用発明4A」という。)及び
「遺伝子組換えで製造されたスパイダーシルクを含むシルクフィブロインでコーティングされた生鮮品であって、シルクフィブロイン水溶液に10秒間浸漬した後、4時間乾燥する工程を複数回繰り返すことで、約0.1μ~1mmの厚さのコーティング層を有するイチゴ又はバナナである生鮮品。」の発明(以下「引用発明4B」という。)が記載されている。
(5)甲5~7の記載事項及び周知技術
甲5には、多くのスピドロイン(スパイダーシルクタンパク質)は数マイクロメートル数センチメートルのサイズのフィブリル構造に自己凝集する傾向があること(84頁下から7~5行)、紡績工程がないと、多くの組換えスパイダーシルクが球体、カプセル、フィルム、不織布又はハイドロゲルのような、非天然の形状に自己集合することができ、加工条件によって、集合体の形状が異なる材料特性を有するものになること、早く塩析するかゆっくり自己凝集させることで、高いβシート量の形態(球体、ハイドロゲル)になるが、有機溶媒を早く蒸発させて(フィルム又は不織布に)強制的に集合させるとαヘリックスの多い構造になることが記載されている(85頁左欄5~16行)。
甲6には、異なる溶剤の条件によって、組換えスパイダーシルクタンパク質が、ナノフィブリル、ハイドロゲル、フィルム及びマイクロカプセルのような、異なる形態に制御可能に集合することが記載されている(6590頁右欄1~4行)。
甲7には、組換えスパイダーシルクタンパク質から、カプセル、球体、糸、ナノフィブリル、ハイドロゲル及びフィルムを製造できること(160頁第5図脚注)、スパイダーシルク溶液を表面に注ぎ、水などの溶剤を蒸発させることでフィルムを形成できること(160頁左欄12~16行)、リン酸カリウム緩衝液中、室温で数日間インキュベートすることでナノフィブリルに自己集合すること(160頁右欄1~4行)が記載されている。
甲5~7の記載事項によれば、本件特許の優先日当時において、組換えスパイダーシルクタンパク質が自己集合する性質を有し、処理条件によって、カプセル、球体、糸、ナノフィブリル、ハイドロゲル又はフィルムといった異なる形態に自己集合させることができること、及び、スパイダーシルクタンパク質溶液から強制的に溶媒を蒸発させることでフィルムの形態に自己集合することは、周知技術であったものと認める。
5 当審の判断
(1)請求項1に係る発明について
ア 引用発明1Aに基づく判断
(ア)本件発明1と引用発明1Aを対比する。
まず、本件明細書【0119】~【0130】に説明されるように、本件発明1における「コーティング」は、タンパク質と固体表面の相互作用によって最初に形成される硬い「表面層」及び、当該「表面層」が形成された後に引き続きタンパク質-タンパク質相互作用を介してナノフィブリルの物理形態で吸着された、より厚く、粘性を有する「シルク構造層」の2つの異なる層を含むものである。
そして、本件発明1における「当該方法は、スパイダーシルクタンパク質の乾燥を含まず」とは、本件明細書【0039】に説明されるように、コーティング処理が組換えスパイダーシルクタンパク質の水性溶液の存在下で行われること、すなわち、上述の「表面層」及び「シルク構造層」の2つの異なる層が形成される間は、固体表面はスパイダーシルクタンパク質の水性溶液に継続的に曝されるものであって、溶液を表面で乾燥させてフィルムにするようなものではないことを意味し、「表面層」及び「シルク構造層」の2つの異なる層からなるコーティングが形成された後は、組換えスパイダーシルクタンパク質の水性溶液を除去し、好ましくは洗浄を行った後に、乾燥させてもよいものと解される。
そうすると、引用発明1Aにおける「組換えスパイダーシルクタンパク質」はインプラント表面にコーティングを形成できるものであるから、本件発明1における「高分子固体構造を形成することができる組換えスパイダーシルクタンパク質」に相当し、引用発明1Aにおける「シリコーンインプラント」のコーティングが形成される表面は、本件発明1における「固体表面」に相当する。
また、引用発明1Aでは、組換えスパイダーシルクタンパク質水溶液への浸漬と乾燥だけでコーティングを固定しているので、コーティングは共有結合を形成することなく、表面に吸着されているものと認められる。
さらに、引用発明1Aでは、浸漬工程を3回繰り返していることから、形式的に、1回目の浸漬工程は、本件発明1における「表面層を形成する工程」、2及び3回目の浸漬工程は、本件発明1における「シルク構造層を形成する工程」にそれぞれ相当する。
(イ)そうすると、本件発明1と引用発明1Aとは、
「高分子固体構造を形成することが出来る組換えスパイダーシルクタンパク質で固体表面をコーティングする方法であって、 前記組換えスパイダーシルクタンパク質の水性溶液に前記固体表面を曝し、前記組換えスパイダーシルクタンパク質と前記固体表面の間に共有結合を形成すること無く、前記固体表面上に吸着された前記組換えスパイダーシルクタンパク質の表面層を形成する工程; 及び 前記固体表面の前記表面層を前記組換えスパイダーシルクタンパク質の水性溶液にさらに曝し、それによって、前記表面層上に前記組換えスパイダーシルクタンパク質の集合したシルク構造層を形成する工程を含む
方法」で一致し、少なくとも以下の点で相違する。
<相違点1A>
本件発明1は、「表面層」及び「シルク構造層」の2つのコーティング層を形成される間は、「スパイダーシルクタンパク質の乾燥を含まず、かつ前記集合したシルク構造層は、ナノフィブリルの物理形態である」のに対し、引用発明1Aは、「300秒の乾燥間欠期」が設けられ、シルク構造層の物理形態がナノフィブリルとなっているか不明である点。
(ウ)上記相違点1Aについて検討すると、上記4の(5)で記した本件特許の優先日当時の周知技術に基づけば、組換えスパイダーシルクタンパク質は自己集合するものであるが、処理条件によって様々な集合形態になるものであり、引用発明1Aの条件でナノフィブリルの物理形態になることが技術常識であったともいえないし、提出された証拠のいずれにも、引用発明1Aの条件でナノフィブリルの物理形態が生成することは示されていないから、引用発明1Aのシルク構造層においてスパイダーシルクタンパク質が自己集合しているとしても、必ずしもナノフィブリルの物理形態となるものとはいえない。
そして、甲1には、乾燥間欠期を設けられることや、コーティングを水に不溶化させるために乾燥工程が実施されることが記載されており、その一方で、シルクタンパク質溶液の溶媒を強制的に乾燥するとフィルムを形成するという上記周知技術に基づけば、これらの乾燥工程によって、引用発明1Aにおけるシルク構造層はフィルムの物理形態となっているか、あるいは、引用発明1Aにおいて、乾燥工程によって積極的にシルク構造層をフィルムの物理形態とすることが動機づけられることがあるとしても、引用発明1Aにおいて、あえて乾燥工程を省き、シルク構造層をナノフィブリルの物理形態にしようとする動機付けは存在しない。
(エ)よって、本件発明1は、甲1に記載された発明とはいえず、また、引用発明1A及び甲1に記載された事項並びに本件優先日当時の周知技術に基づき、当業者が容易に発明をすることができた発明とはいえない。
イ 引用発明2Aに基づく判断
(ア)本件発明1と引用発明2Aとを対比すると、引用発明2Aにおける「遺伝子組換えで製造されたスパイダーシルクタンパク質」は、基材上にコーティングを製造するものであるから、本件発明1における「高分子固体構造を形成することが出来る組換えスパイダーシルクタンパク質」に相当し、引用発明2Aにおける「基材上」は、本件発明1における「固体表面」に相当する。
また、引用発明2Aにおける「脱水ガスの流れに暴露する工程」は、本件発明1の「乾燥」に相当し、引用発明2Aでは、シルクフィブロイン水溶液への浸漬と乾燥だけでコーティングを固定しているので、コーティングは共有結合を形成することなく、表面に吸着されているものと認められる。
さらに、引用発明2Aでは、浸漬及び乾燥工程を複数回繰り返すことから、形式的に、1回目の浸漬工程は、本件発明1における「表面層を形成する工程」に相当し、2回目以降の浸漬工程は、本件発明1における「シルク構造層を形成する工程」に相当する。
(イ)そうすると、本件発明1と引用発明2Aとは、
「高分子固体構造を形成することが出来る組換えスパイダーシルクタンパク質で固体表面をコーティングする方法であって、 前記組換えスパイダーシルクタンパク質の水性溶液に前記固体表面を曝し、前記組換えスパイダーシルクタンパク質と前記固体表面の間に共有結合を形成すること無く、前記固体表面上に吸着された前記組換えスパイダーシルクタンパク質の表面層を形成する工程; 及び
前記固体表面の前記表面層を前記組換えスパイダーシルクタンパク質の水性溶液にさらに曝し、それによって、前記表面層上に前記組換えスパイダーシルクタンパク質の集合したシルク構造層を形成する工程を含む
方法」で一致し、少なくとも以下の点で相違する。
<相違点2A>
本件発明1は「当該方法は、スパイダーシルクタンパク質の乾燥を含まず、かつ 前記集合したシルク構造層は、ナノフィブリルの物理形態である」のに対し、引用発明2Aは、「表面層を形成する工程」と「シルク構造層を形成する工程」の間、及び「シルク構造層を形成する工程」の後に乾燥工程を含み、かつ、シルク構造層がフィルムである点。
(ウ)上記相違点2Aについて検討すると、甲2には、引用発明2Aの脱水ガスの流れに暴露する乾燥工程に関し、積極的に窒素ガスで乾燥し、脱水することによって、シルクフィブロインフィルムを形成し、分子間及び分子内の相互作用を安定化させることが記載されているし(上記4(2))、引用発明2Aの条件でナノフィブリルの物理形態になることが技術常識であるともいえず、提出された証拠のいずれにも、引用発明2Aの条件でナノフィブリルの物理形態が生成することは示されていないから、引用発明2Aにおいて、あえて乾燥工程を省略し、シルク構造層を、フィルム以外の形態であるナノフィブリルの形態に変更する動機付けは存在しない。
(エ)よって、本件発明1は、甲2に記載された発明とはいえず、また、引用発明2A及び甲2に記載された事項並びに本件優先日当時の周知技術に基づき、当業者が容易に発明をすることができた発明とはいえない。
ウ 引用発明3Aに基づく判断
(ア)本件発明1と引用発明3Aとを対比すると、引用発明3Aにおける「組換えスパイダーシルクタンパク質」は、シリコン尿道カテーテル又は外科用ステンレス鋼の表面に所望の厚さのコーティングを形成するものであるから、本件発明1における「高分子固体構造を形成することが出来る組換えスパイダーシルクタンパク質」に相当し、引用発明3Aにおける「シリコン尿道カテーテル又は外科用ステンレス鋼の表面」は、本件発明1における「固体表面」に相当する。
また、引用発明3Aでは、組換えスパイダーシルクタンパク質の水溶液への浸漬と乾燥だけでコーティングを固定しているので、コーティングは共有結合を形成することなく、表面に吸着されているものと認められる。
さらに、引用発明3Aでは、浸漬及び完全に乾燥する工程を複数回繰り返すことから、形式的に、1回目の浸漬工程は、本件発明1における「表面層を形成する工程」に相当し、2回目以降の浸漬工程は、本件発明1における「シルク構造層を形成する工程」に相当する。
(イ)そうすると、本件発明1と引用発明3Aとは、
「高分子固体構造を形成することが出来る組換えスパイダーシルクタンパク質で固体表面をコーティングする方法であって、
前記組換えスパイダーシルクタンパク質の水性溶液に前記固体表面を曝し、前記組換えスパイダーシルクタンパク質と前記固体表面の間に共有結合を形成すること無く、前記固体表面上に吸着された前記組換えスパイダーシルクタンパク質の表面層を形成する工程; 及び 前記固体表面の前記表面層を前記組換えスパイダーシルクタンパク質の水性溶液にさらに曝し、それによって、前記表面層上に前記組換えスパイダーシルクタンパク質の集合したシルク構造層を形成する工程を含む
方法」で一致し、少なくとも以下の点で相違する。
<相違点3A>
本件発明1は「当該方法は、スパイダーシルクタンパク質の乾燥を含まず、かつ 前記集合したシルク構造層は、ナノフィブリルの物理形態である」のに対し、引用発明3Aは、そのような特定がない点。
(ウ)上記相違点3Aについて検討すると、上記4の(5)で記した本件特許の優先日当時の周知技術に基づけば、組換えスパイダーシルクタンパク質は自己集合するものであるが、処理条件によって様々な集合形態になるものであり、引用発明3Aの条件でナノフィブリルの物理形態になることが技術常識であるともいえないし、提出された証拠のいずれにも、引用発明3Aの条件でナノフィブリルの物理形態が生成することは示されていないから、引用発明3Aのシルク構造層においてスパイダーシルクタンパク質が自己集合しているとしても、必ずしもナノフィブリルの物理形態となるものとはいえない。
むしろ、シルクタンパク質溶液の溶媒を強制的に乾燥するとフィルムを形成するという上記周知技術に基づけば、シルクタンパク質溶液に浸漬した後に完全に乾燥させることを教示する引用発明3Aでは、当該乾燥工程によって、シルク構造層はフィルムを形成している蓋然性が高く、そうでなくとも、引用発明3Aは、積極的な乾燥工程によってシルク構造層をフィルムの物理形態とすることを示唆するものといえる。
そうすると、引用発明3Aにおいて、あえて乾燥工程を省き、シルク構造層の物理形態をナノフィブリルの物理形態にしようとする動機付けは存在しない。
(エ)よって、本件発明1は、甲3に記載された発明とはいえず、また、引用発明3A及び甲3に記載された事項並びに本件優先日当時の周知技術に基づき、当業者が容易に発明をすることができた発明とはいえない。
エ 引用発明4Aに基づく判断
(ア)本件発明1と引用発明4Aとを対比すると、引用発明4Aにおける「遺伝子組換えで製造されたスパイダーシルクを含むシルクフィブロイン」は、生鮮品の表面にコーティングするものであるから、本件発明1における「高分子固体構造を形成することが出来る組換えスパイダーシルクタンパク質」に相当し、引用発明4Aにおける「イチゴ又はバナナである生鮮品」は、本件発明1における「固体」に相当する。
また、引用発明4Aでは、シルクフィブロイン水溶液への浸漬と乾燥だけでコーティングを固定しているので、コーティングは共有結合を形成することなく、表面に吸着されているものと認められる。
さらに、引用発明4Aでは、浸漬工程を複数回繰り返すことから、形式的に、1回目の浸漬工程は、本件発明1における「表面層を形成する工程」に相当し、2回目以降の浸漬工程は、本件発明1における「シルク構造層を形成する工程」に相当する。
(イ)そうすると、本件発明1と引用発明4Aとは、
「高分子固体構造を形成することが出来る組換えスパイダーシルクタンパク質で固体表面をコーティングする方法であって、
前記組換えスパイダーシルクタンパク質の水性溶液に前記固体表面を曝し、前記組換えスパイダーシルクタンパク質と前記固体表面の間に共有結合を形成すること無く、前記固体表面上に吸着された前記組換えスパイダーシルクタンパク質の表面層を形成する工程; 及び 前記固体表面の前記表面層を前記組換えスパイダーシルクタンパク質の水性溶液にさらに曝し、それによって、前記表面層上に前記組換えスパイダーシルクタンパク質の集合したシルク構造層を形成する工程を含む
方法」で一致し、少なくとも以下の点で相違する。
<相違点4A>
本件発明1は「当該方法は、スパイダーシルクタンパク質の乾燥を含まず、かつ前記集合したシルク構造層は、ナノフィブリルの物理形態である」のに対し、引用発明4Aは、少なくとも「シルク構造層を形成する工程」の後に4時間乾燥する工程を含み、かつ、シルク構造層の物理形態について記載されていない点。
(ウ)上記相違点4Aについて検討すると、上記4の(5)で記した本件特許の優先日当時の周知技術に基づけば、組換えスパイダーシルクタンパク質は自己集合するものであるが、処理条件によって様々な集合形態になるものであり、引用発明4Aの条件でナノフィブリルの物理形態になることが技術常識であるともいえないし、提出された証拠のいずれにも、引用発明4Aの条件でナノフィブリルの物理形態が生成することは示されていないから、引用発明4Aのシルク構造層においてスパイダーシルクタンパク質が自己集合しているとしても、必ずしもナノフィブリルの物理形態となるものではない。
そして、引用発明4Aでは10秒間の浸漬工程に対して、4時間もの乾燥工程を実施しており、コーティングを乾燥することで、生体高分子の結晶化度を増加させて保存効果を増強することも記載されており、シルクタンパク質溶液の溶媒を強制的に乾燥するとフィルムを形成するという上記周知技術に基づけば、上記乾燥工程によって、引用発明4Aにおけるシルク構造層はフィルムの物理形態となっている蓋然性が高いし、そうでないとしても、引用発明4Aは、乾燥工程を採用し、シルク構造層をフィルムの物理形態とすることを示唆するものといえる。
そうすると、引用発明4Aにおいて、あえて乾燥工程を省き、シルク構造層の物理形態をナノフィブリルの物理形態にしようとする動機付けは存在しない。
(エ)よって、本件発明1は、甲4に記載された発明とはいえず、また、引用発明4A及び甲4に記載された事項並びに本件優先日当時の周知技術に基づき、当業者が容易に発明をすることができた発明とはいえない。
(2)請求項7及び15に係る発明ついて
ア 引用発明1Bに基づく判断
本件発明7と引用発明1Bとを、上記5の(1)ア(ア)と同様に対比すると、本件発明7と引用発明1Bとは、少なくとも以下の点で相違する。
<相違点1B>
本件発明7が、「50nm未満の厚さを有し、かつ、集合したシルク構造層は、ナノフィブリルの物理形態である」のに対し、引用発明1Bは、「厚さ1~6μm」を有し、かつ、「集合したシルク構造層の物理形態」について記載されていない点。
しかしながら、引用発明1Bのシリコーンインプラントは、引用発明1Aの方法によって製造される物品であり、引用発明1Aにおいて、乾燥工程を省き、シルク構造層の物理形態をナノフィブリルの形態とする動機づけがないことは、上記5の(1)ア(ウ)に説示したとおりである。
したがって、引用発明1Aの方法によって製造される引用発明1Bについても、同様にシルク構造層の物理形態をナノフィブリルとする動機付けは存在しない。
さらに、甲2の記載を検討しても、シルク構造層をナノフィブリルの物理形態とする記載はない。
よって、本件発明7は、引用発明1B、甲1及び甲2に記載された事項、並びに本件優先日当時の周知技術に基づき、当業者が容易に発明をすることができた発明とはいえない。
本件発明7を引用する本件発明15についても同様である。
イ 引用発明2Bに基づく判断
本件発明7と引用発明2Bとを、上記5の(1)イ(ア)と同様に対比すると、本件発明7と引用発明2Bとは、少なくとも以下の点で相違する。
<相違点2B>
本件発明7が、「集合したシルク構造層は、ナノフィブリルの物理形態である」のに対し、引用発明2Bは、「集合したシルク構造層の物理形態」について記載されていない点。
しかしながら、引用発明2Bの基材は、引用発明2Aの方法によって製造される物品であり、引用発明2Aにおいて、乾燥工程を省き、シルク構造層の物理形態をナノフィブリルの形態とする動機づけがないことは、上記5の(1)イ(ウ)に説示したとおりである。
したがって、引用発明2Aの方法によって製造される引用発明2Bについても、同様にシルク構造層の物理形態をナノフィブリルとする動機付けは存在しない。
よって、本件発明7は、甲2に記載された発明とはいえず、また、引用発明2B及び甲2に記載された事項並びに本件優先日当時の周知技術に基づき、当業者が容易に発明をすることができた発明とはいえない。
本件発明7を引用する本件発明15についても同様である。
ウ 引用発明3Bに基づく判断(当審の職権による検討)
本件発明7と引用発明3Bとを、上記5の(1)ウ(ア)と同様に対比すると、本件発明7と引用発明3Bとは、少なくとも以下の点で相違する。
<相違点3B>
本件発明7が、「50nm未満の厚さを有し、かつ、集合したシルク構造層は、ナノフィブリルの物理形態である」のに対し、引用発明3Bは、「厚さ」が特定されておらず、また「集合したシルク構造層の物理形態」について記載されていない点。
しかしながら、引用発明3Bのシリコン尿道カテーテル又は外科用ステンレス鋼は、引用発明3Aの方法によって製造される物品であり、引用発明3Aにおいて、乾燥工程を省き、シルク構造層の物理形態をナノフィブリルの形態とする動機づけがないことは、上記5の(1)ウ(ウ)に説示したとおりである。
したがって、引用発明3Aの方法によって製造される引用発明3Bについても、同様にシルク構造層の物理形態をナノフィブリルとする動機付けは存在しない。
よって、本件発明7は、甲3記載された発明とはいえず、また、引用発明3B及び甲3に記載された事項並びに本件優先日当時の周知技術に基づき、当業者が容易に発明をすることができた発明とはいえない。
本件発明7を引用する本件発明15についても同様である。
エ 引用発明4Bに基づく判断(当審の職権による検討)
本件発明7と引用発明4Bとを、上記5の(1)エ(ア)と同様に対比すると、本件発明7と引用発明4Bとは、少なくとも以下の点で相違する。
<相違点4B>
本件発明7が、「50nm未満の厚さを有し、かつ、集合したシルク構造層は、ナノフィブリルの物理形態である」のに対し、引用発明4Bは、「約0.1μm~1mmの厚さ」を有し、「集合したシルク構造層の物理形態」について記載されていない点。
しかしながら、引用発明4Bの生鮮品は、引用発明4Aの方法によって製造される物品であり、引用発明4Aにおいて、乾燥工程を省き、シルク構造層の物理形態をナノフィブリルの形態とする動機づけがないことは、上記5の(1)エ(ウ)に説示したとおりである。
したがって、引用発明4Aの方法によって製造される引用発明4Bについても、同様にシルク構造層の物理形態をナノフィブリルとする動機付けは存在しない。
よって、本件発明7は、甲4に記載された発明とはいえず、また、引用発明4B及び甲4記載された事項並びに本件優先日当時の周知技術に基づき、当業者が容易に発明をすることができた発明とはいえない。
本件発明7を引用する本件発明15についても同様である。
(3)異議申立人の主張について
異議申立人は、「前記集合したシルク構造層は、ナノフィブリルの物理形態にある」点について、組換えスパイダーシルクタンパク質が自己集合によってナノフィブリルが集合などした物理形態になることが技術常識であるから、甲1~4に記載された発明において、浸漬によって形成されるコーティングがナノフィブリルの物理形態であると言える旨主張している(申立書32頁3段落、34頁6段落、36頁2段落、37頁4段落)。
しかしながら、上記4の(5)で説示したとおり、組換えスパイダーシルクタンパク質は処理条件によって、ナノフィブリル以外にも様々な形態に自己集合することが技術常識であり、異議申立人が提出した何れの証拠を参酌しても各引用発明において、シルク構造層の物理形態がナノフィブリルとなっていると認められる根拠はない。
また、異議申立人は、甲1~4に記載の発明は、本件発明における「スパイダーシルクタンパク質の乾燥を含まず」という発明特定事項を充足する旨主張している(申立書32頁1~2段落、34頁2~6段落、35頁最終段落~36頁1段落、37頁3段落)。
しかしながら、仮に異議申立人の「乾燥」に関する主張を採用したとしても、甲1~4に記載された発明において、シルク構造層の物理形態が不明である点に変わりはなく、上記判断を左右するものではない。
したがって、異議申立人の請求項1、7及び15に係る特許を取り消すべきものである旨の主張は理由がない。
6 むすび
したがって、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1、7及び15に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1、7及び15に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2023-700474