特許異議申立
2022-700911
植物苗、育苗方法、培土、および植物育成方法
- 審判番号
- 2022-700911
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2021-148604
- 登録番号
- 7038451
- 請求日
- 2022年09月15日
- 審決日
- 2023年08月25日
- 公報発行日
- 2024年01月26日
- 結論
- 請求成立(取消)
- 当事者
- 【権利者】サンリット・シードリングス株式会社
- 【権利者代理人】黒住 智彦
- 【権利者代理人】舘 佳耶
- 【異議申立人】宮崎 理絵
- 審判長/審判官
- 審判長 居島 一仁
- 審判官 有家 秀郎
- 審判官 西田 秀彦
- 分類
- P1651.851-ZDA(A01G) / P1651.852-ZDA(A01G) / P1651.853-ZDA(A01G) / P1651.841-ZDA(A01G) / P1651.537-ZDA(A01G) / P1651.113-ZDA(A01G) / P1651.121-ZDA(A01G)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法113条
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条、特許法第36条、特許法第120条の5第2項、特許法第44条、特許法第120条の5第9項、特許法第120条の5第4項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7038451号発明「植物苗、育苗方法、培土、および植物育成方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7038451号の明細書及び特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-10〕について訂正することを認める。
特許第7038451号の請求項1ないし7、9及び10に係る特許を取り消す。
特許第7038451号の請求項8に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
1 出願分割の経緯の概略
本件特許異議申立に係る特許第7038451号(以下「本件特許」という。)に係る出願は、令和3年9月13日にされた特許法44条1項の規定による特許出願であって、令和3年9月9日に出願した特願2021-146540号(優先権主張 令和2年11月12日、令和3年3月10日)の一部を新たな特許出願としたものである。
2 本件特許の設定登録以降の手続の経緯の概略
(1)本件特許異議申立の前までの手続の経緯
本件特許異議申立の前までの手続の経緯の概略は、以下のとおりである。
令和4年 3月10日 :設定登録(請求項1ないし10)
同年 3月18日 :特許掲載公報の発行
(2)本件特許異議申立の手続の経緯
本件特許異議申立は、特許異議申立人 宮崎 理絵(以下「申立人」という。)により、本件特許の請求項1ないし10に係る特許に対して、特許異議の申立てがされたものである。
本件特許異議申立における手続の経緯の概略は、以下のとおりである。
令和4年 9月15日 :特許異議申立書(以下「申立書」という。)
の提出
同年11月21日付け:取消理由通知
(以下、単に「取消理由通知」といい、
後記「取消理由通知(決定の予告)」と区 別する。)
令和5年 1月13日 :特許権者との面接(電気通信回線を介して)
同年 同月24日 :特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
同年 3月10日 :申立人による意見書の提出
同年 4月 6日付け:取消理由通知(決定の予告)
(以下、「取消理由通知(決定の予告)」と いい、上記「取消理由通知」と区別する。
)
なお、上記取消理由通知(決定の予告)において、特許権者に対し期間を指定して意見書を提出する機会を与えたが、特許権者からは応答がなかった。
第2 訂正の適否
1 訂正請求の趣旨と訂正の内容
令和5年1月24日付け訂正請求書による訂正請求(以下、「本件訂正請求」といい、本件訂正請求による訂正を「本件訂正」という。)は、特許第7038451号の特許請求の範囲及び明細書を、本件訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲及び訂正明細書のとおり、訂正後の請求項〔1-10〕について訂正することを求めるものであって、その訂正の内容は以下のとおりである。(下線は訂正箇所を示す。)
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「人為的に育成する植物である育成対象植物を定植する定植地またはその近隣地に存在し菌根を形成することなく植物と共生する土着の非菌根性糸状菌であって、前記育成対象植物の生育に有益な生育寄与型菌を特定し」と記載されているのを、「人為的に育成する植物である育成対象植物の植物苗の育成方法であって、前記植物苗は、農林業における農林産物生産のために定植地に定植して用いるためのものであり、前記定植地またはその近隣地に存在し菌根を形成することなく植物と共生する土着の非菌根性糸状菌であって、前記育成対象植物の生育に有益な生育寄与型菌を、環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づいて特定し」に訂正する(請求項1の記載を引用する訂正後の請求項2~4及び10も同様に訂正する)。
(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項4に「前記生育寄与型菌は、前記定植地またはその近隣地に存在する土着の非菌根性糸状菌の中から単離された非菌根性糸状菌である」と記載されているのを、「前記生育寄与型菌は、山林で得られた試料から単離された非菌根性糸状菌である」に訂正する(請求項4の記載を引用する訂正後の請求項10も同様に訂正する)。
(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項5に「人為的に育成する植物である育成対象植物を定植する定植地またはその近隣地に存在し菌根を形成することなく植物と共生する土着の非菌根性糸状菌であって、前記育成対象植物の生育に有益な生育寄与型菌を特定し」と記載されているのを、「人為的に育成する植物である育成対象植物の植物苗であって、前記植物苗は、農林業における農林産物生産のために定植地に定植して用いるためのものであり、前記定植地またはその近隣地に存在し菌根を形成することなく植物と共生する土着の非菌根性糸状菌であって、前記育成対象植物の生育に有益な生育寄与型菌を、環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づいて特定し」に訂正する(請求項5の記載を引用する訂正後の請求項6~8及び10も同様に訂正する)。
(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項6に「前記生育寄与型菌は、前記定植地またはその近隣地に存在する土着の非菌根性糸状菌の中から単離された非菌根性糸状菌である」と記載されているのを、「前記生育寄与型菌は、山林で得られた試料から単離された非菌根性糸状菌である」に訂正する(請求項6の記載を引用する訂正後の請求項7、8及び10も同様に訂正する)。
(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項9に「植物を人為的に育成するために用いられる植物用培土であって、菌根を形成することなく植物と共生する共生型の非菌根性糸状菌であって、人為的に育成する植物である育成対象植物を定植する定植地またはその近隣地に存在する土着の非菌根性糸状菌であり、当該育成対象植物の生育に有益な生育寄与型菌を単離して培養した種菌を、当該種菌の増殖基質となる増殖基質で増殖させた微生物床と、前記微生物床に含まれる前記生育寄与型菌が菌糸を伸長させる菌糸成育をするために必要な有機物と、を含む培土。」と記載されているのを、「人為的に育成する植物である育成対象植物を育成するために用いられる植物用培土であって、前記育成対象植物は、農林業における農林産物生産のために定植地に定植して育成されるものであり、菌根を形成することなく植物と共生する共生型の非菌根性糸状菌であって、前記定植地またはその近隣地に存在する土着の非菌根性糸状菌であり、当該育成対象植物の生育に有益な生育寄与型菌を、環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づいて特定し、単離して培養した種菌を、当該種菌の増殖基質となる増殖基質で増殖させた微生物床と、前記微生物床に含まれる前記生育寄与型菌が菌糸を伸長させる菌糸成育をするために必要な有機物と、を含む培土。」に訂正する(請求項9の記載を引用する訂正後の請求項10も同様に訂正する)。
(6)訂正事項6
願書に添付した明細書の段落【0018】、【0019】及び【0033】に記載された「微生物解析」を、それぞれ「微生物叢解析」に訂正する。
(7)訂正事項7
願書に添付した明細書の段落【0018】に記載された「ベースした研究」を、「ベースにした研究」に訂正する。
(8)訂正事項8
願書に添付した明細書の段落【0018】、【0027】、【0028】、【0029】、【0045】、【0046】、【0052】及び【0069】に記載された「単独培養型」を、それぞれ「単離培養型」に訂正する。
(9)訂正事項9
願書に添付した明細書の段落【0035】、【0036】及び【0069】に記載された「微生物叢を分析」又は「微生物叢分析」を、それぞれ、「微生物叢を解析」又は「微生物叢解析」に訂正する。
(10)訂正事項10
願書に添付した明細書の段落【0035】に記載された「50km」を「500km」に訂正する。
(11)訂正事項11
願書に添付した明細書の段落【0041】に記載された「15~30%」を「15~30質量%」に訂正する。
(12)訂正事項12
願書に添付した明細書の段落【0045】に記載された「0.1~0.7」を「0.1~0.7質量%」に訂正する。
(13)訂正事項13
願書に添付した明細書の段落【0062】に記載された「セル」を「ポット」に訂正する。
(14)訂正事項14
願書に添付した明細書の段落【0066】に記載された「条件は比較例2と同様」を「条件は比較例1と同様」に訂正する。
2 訂正の目的の適否、特許請求の範囲の拡張・変更の存否、新規事項の有無、訂正の単位、及び独立特許要件について
(1)訂正の目的について
ア 訂正事項1について
訂正事項1は、訂正前の請求項1に係る発明について、「植物苗の育成方法」の発明である旨の記載を整理するとともに、訂正前の請求項1における「植物苗」について、「農林業における農林産物生産のために定植地に定植して用いるためのもの」である旨の記載を追加し、また訂正前の請求項1における「生育寄与型菌」について、「環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づいて」特定する旨の記載を追加する訂正であるから、特許法120条の5第2項ただし書3号に規定する明瞭でない記載の釈明、及び、同ただし書1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ 訂正事項2について
訂正事項2は、訂正前の請求項4における「単離された生育寄与型菌」について、請求項4が引用する請求項1の記載において既に特定された事項と重複する記載を省略するとともに、「山林で得られた試料から」単離される旨の記載を追加するものであるから、特許法120条の5第2項ただし書3号に規定する明瞭でない記載の釈明、及び、同ただし書1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
ウ 訂正事項3について
訂正事項3は、訂正前の請求項5に係る発明について、「植物苗」の発明である旨の記載を整理するとともに、訂正前の請求項5における「植物苗」について、「農林業における農林産物生産のために定植地に定植して用いるためのもの」である旨の記載を追加し、また訂正前の請求項5における「生育寄与型菌」について、「環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づいて」特定する旨の記載を追加する訂正であるから、特許法120条の5第2項ただし書3号に規定する明瞭でない記載の釈明、及び、同ただし書1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
エ 訂正事項4について
訂正事項4は、訂正前の請求項6における「単離された生育寄与型菌」について、請求項6が引用する請求項5の記載において既に特定された事項と重複する記載を省略するとともに、「山林で得られた試料から」単離されることを限定するものであるから、特許法120条の5第2項ただし書3号に規定する明瞭でない記載の釈明、及び、同ただし書1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
オ 訂正事項5について
訂正事項5は、訂正前の請求項9における「植物」について、「人為的に育成する」旨の記載及び「育成対象植物」である旨の記載を整理するとともに、「農林業における農林産物生産のために定植地に定植して育成されるもの」である旨の記載を追加し、また訂正前の請求項9における「生育寄与型菌」について、「環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づいて」特定する旨の記載を追加する訂正であるから、特許法120条の5第2項ただし書3号に規定する明瞭でない記載の釈明、及び、同ただし書1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
カ 訂正事項6ないし14について
訂正事項6ないし14は、いずれも、明細書における前後の文脈と整合しない記載、または明細書中の他の箇所と整合しない記載について、記載を整合させるものであるから、特許法120条の5第2項ただし書2号に規定する誤記の訂正、または同ただし書3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
(2)特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
ア 訂正事項1について
上記(1)アに示したとおり、訂正事項1は、訂正前の請求項1に係る発明について、記載を整理するとともに特定事項を追加するものであり、発明のカテゴリーや対象又は目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
イ 訂正事項2について
上記(1)イに示したとおり、訂正事項2は、訂正前の請求項4に係る発明について、記載を整理するとともに特定事項を追加するものであり、発明のカテゴリーや対象又は目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
ウ 訂正事項3について
上記(1)ウに示したとおり、訂正事項3は、訂正前の請求項5に係る発明について、記載を整理するとともに特定事項を追加するものであり、発明のカテゴリーや対象又は目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
エ 訂正事項4について
上記(1)エに示したとおり、訂正事項4は、訂正前の請求項6に係る発明について、記載を整理するとともに特定事項を追加するものであり、発明のカテゴリーや対象又は目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
オ 訂正事項5について
上記(1)オに示したとおり、訂正事項5は、訂正前の請求項9に係る発明について、記載を整理するとともに特定事項を追加するものであり、発明のカテゴリーや対象又は目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
カ 訂正事項6ないし14について
上記(1)カに示したとおり、訂正事項6ないし14は、いずれも、明細書における前後の文脈と整合しない記載、または明細書中の他の箇所と整合しない記載について、記載を整合させるものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(3)新規事項の有無について
ア 訂正事項1について
願書に添付した明細書の段落【0001】には、「本発明は、農林産物生産のために用いられる植物の苗、その育苗方法、培土、および植物苗を用いた植物の育成方法、特に微生物を利用する植物育成方法に関する。」と記載されており、同段落【0002】には、「農林業において、一定の大きさまで育成した植物苗を農林地に定植して収穫物を得るまで育成させる植物栽培が広く行われている。」と記載されているから、訂正事項1において、「植物苗」について「農林業における農林産物生産のために定植地に定植して用いるためのもの」とする点は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下、「願書に添付した明細書等」という。)に記載されたすべての事項を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではない。
願書に添付した明細書の段落【0035】には、「定植地やその近隣地の土壌微生物叢を分析することにより、数千、数万種に及ぶ非菌根性糸状菌の中から生育寄与型の非菌根性糸状菌を特定する範囲を狭めることができる。」と記載されており、同段落【0069】には、「・・・この定植地の環境DNA分析による土壌微生物叢分析を行った。」と記載されているから、訂正事項1において、「生育寄与型菌」について、「環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づいて」特定する点は、願書に添付した明細書等に記載されたすべての事項を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではない。
したがって、訂正事項1に係る訂正は、願書に添付した明細書等に記載した事項の範囲内においてするものである。
イ 訂正事項2について
願書に添付した明細書の段落【0069】には、「・・・その山林土壌から試料を得て複数の単独培養型非菌根性糸状菌を単離した。」と記載されているから、訂正事項2において、「単離された生育寄与型菌」について、「山林で得られた試料から」単離されたとする点は、願書に添付した明細書等に記載されたすべての事項を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではない。
したがって、訂正事項2に係る訂正は、願書に添付した明細書等に記載した事項の範囲内においてするものである。
ウ 訂正事項3及び訂正事項5について
上記アにおいて、訂正事項1について指摘したと同様の理由から、訂正事項3及び訂正事項5に係る訂正は、いずれも、願書に添付した明細書等に記載した事項の範囲内においてするものである。
エ 訂正事項4について
上記イにおいて、訂正事項2について指摘したと同様の理由から、訂正事項4に係る訂正は、願書に添付した明細書等に記載した事項の範囲内においてするものである。
オ 訂正事項6ないし9について
訂正事項6ないし9に係る訂正は、いずれも、訂正の前後において意味内容に変わりがないことが明らかであるから、願書に添付した明細書等に記載した事項の範囲内においてするものである。
カ 訂正事項10について
願書に添付した明細書の段落【0025】には、「・・・定植地から100~300km圏内、外国など地続きで広大な土地であれば500km程度の圏内であってよい」と記載されているから、段落【0035】における「・・・定植地から100~300km圏内(地続きで広大な土地に同一の生態系が広がっていれば50km圏内程度も可)」との記載について、「地続きで広大な土地」の場合の「50km圏内程度も可」は、本来は「500km圏内程度も可」の趣旨であると理解される。
そうすると、訂正事項10において、段落【0035】における「地続きで広大な土地」の場合の「50km圏内程度も可」を、「500km圏内程度も可」と訂正する点は、願書に添付した明細書等に記載されたすべての事項を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではない。
したがって、訂正事項10に係る訂正は、願書に添付した明細書等に記載した事項の範囲内においてするものである。
キ 訂正事項11及び訂正事項12について
願書に添付した明細書の段落【0041】には、「・・・10~40質量%程度、好ましくは15~30%程度」と記載されており、「好ましくは15~30%程度」の箇所も、「質量%」で数値を示していると理解される。
願書に添付した明細書の【0045】には、「・・・リンが0.2~1質量%特に0.3~0.8質量%程度、カリウムが0.1~0.7特に0.2~0.5質量%程度となるよう調製することが好ましい。」と記載されており、「カリウムが0.1~0.7」の箇所も、前後の記載から、「質量%」で数値を示していると理解される。
そうすると、訂正事項11及び訂正事項12において、続けて記載される数値範囲の一部の箇所において、単位表記が単に「%」となるか抜けている部分について、単位表記を「質量%」とした点は、いずれも、願書に添付した明細書等に記載されたすべての事項を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではない。
したがって、訂正事項11及び訂正事項12に係る訂正は、願書に添付した明細書等に記載した事項の範囲内においてするものである。
ク 訂正事項13について
願書に添付した明細書の段落【0062】には、「調製した培土を育苗用連結ポット(各ポットの容量80ml)に充填し、遅滞なく各セルにコマツナの種子を播種した。」と記載されており、文脈から、「各セル」は直前に記載された「各ポット」を指す趣旨であると理解される。
そうすると、訂正事項13において、「各セル」を「各ポット」と訂正した点は、願書に添付した明細書等に記載されたすべての事項を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではない。
したがって、訂正事項13に係る訂正は、願書に添付した明細書等に記載した事項の範囲内においてするものである。
ケ 訂正事項14について
願書に添付した明細書の段落【0066】には、「比較例2として、比較例1で用いた培土を用い、グイマツの育苗を行った。育成対象植物をグイマツとした以外の条件は比較例2と同様とした。」と記載されており、文脈から、「条件は比較例2と同様とした。」の箇所についても、比較例2について比較例1との条件の異同を示す趣旨であると理解される。
そうすると、訂正事項14において、「条件は比較例2と同様」を「条件は比較例1と同様」と訂正した点は、願書に添付した明細書等に記載されたすべての事項を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではない。
したがって、訂正事項14に係る訂正は、願書に添付した明細書等に記載した事項の範囲内においてするものである。
(4)独立特許要件について
本件においては、訂正前の全ての請求項1ないし10について、特許異議の申立てがされているので、訂正事項1ないし14において、請求項1ないし10に係る発明に関して、特許請求の範囲の減縮又は明細書における誤記の訂正が行われていても、訂正の適否の要件として、訂正後の請求項1ないし10に係る発明について、特許法120条の5第9項で読み替えて準用する同法126条7項の独立特許要件は課されない。
(5)訂正の単位について
本件訂正前の請求項1ないし4及び10について、請求項2ないし4及び10は、請求項1を直接又は間接的に引用しており、訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。
本件訂正前の請求項5ないし8及び10について、請求項6ないし8及び10は、請求項5を直接又は間接的に引用しており、訂正事項3によって記載が訂正される請求項5に連動して訂正されるものである。
本件訂正前の請求項9及び10について、請求項10は、請求項9を直接引用しており、訂正事項5によって記載が訂正される請求項9に連動して訂正されるものである。
そして、本件訂正前の請求項1ないし4及び10と、本件訂正前の請求項2ないし4及び10と、本件訂正前の請求項9及び10とは、共通する請求項10を介して、一体として連関しているから、本件訂正前の請求項1ないし10は、特許法120条の5第4項に規定する一群の請求項である。
したがって、訂正事項1ないし14により、本件訂正前の請求項1ないし10に係る発明についてする本件訂正は、一群の請求項1ないし10に係る発明について、訂正をするものである。
(6)申立人の意見における主張について
申立人は、令和5年3月10日付け意見書において、本件訂正の適否について、特に意見を述べていない。
3 小括
以上のとおり、本件訂正請求による訂正事項1ないし14は、特許法120条の5第2項ただし書1号及び2号又は3号に掲げる事項を目的とするものであって、かつ、同条9項で準用する同法126条5項及び6項の規定に適合するので、訂正後の請求項〔1-10〕について、本件訂正をすべて認める。
第3 本件発明
上記第2のとおり、本件訂正請求による訂正は全て認められたので、本件特許の請求項1ないし10に係る発明(以下、各々を「本件発明1」等といい、請求項1ないし10に係る発明をまとめて「本件発明」という。)は、令和5年1月24日付け訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の、請求項1ないし10に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
「【請求項1】
人為的に育成する植物である育成対象植物の植物苗の育成方法であって、
前記植物苗は、農林業における農林産物生産のために定植地に定植して用いるためのものであり、
前記定植地またはその近隣地に存在し菌根を形成することなく植物と共生する土着の非菌根性糸状菌であって、前記育成対象植物の生育に有益な生育寄与型菌を、環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づいて特定し、
前記生育寄与型菌を単離して培養して得られた種菌を増殖基質で増殖させた微生物床を含む発根用培土で発根させて前記育成対象植物を育成する植物苗の育成方法。
【請求項2】
前記植物苗は、容器に前記培土を充填し前記育成対象植物を発根させ育成した樹木の容器苗である請求項1に記載の植物苗の育成方法。
【請求項3】
前記植物苗は、植林用の針葉樹の苗である請求項1または2に記載の植物苗の育成方法。
【請求項4】
前記生育寄与型菌は、山林で得られた試料から単離された非菌根性糸状菌である請求項1から3のいずれかに記載の植物苗の育成方法。
【請求項5】
人為的に育成する植物である育成対象植物の植物苗であって、
前記植物苗は、農林業における農林産物生産のために定植地に定植して用いるためのものであり、
前記定植地またはその近隣地に存在し菌根を形成することなく植物と共生する土着の非菌根性糸状菌であって、前記育成対象植物の生育に有益な生育寄与型菌を、環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づいて特定し、
前記生育寄与型菌を単離して培養して得られた種菌を増殖基質で増殖させた微生物床を含む発根用培土で発根させて前記育成対象植物を育成することにより得られ、
前記発根用培土中に前記育成対象植物の根圏があり、当該根圏で当該育成対象植物と前記生育寄与型菌との共生関係を構築させた植物苗。
【請求項6】
前記生育寄与型菌は、山林で得られた試料から単離された非菌根性糸状菌である請求項5に記載の植物苗。
【請求項7】
前記植物苗は、造林用の針葉樹苗である請求項5または6に記載の植物苗。
【請求項8】
請求項5から7のいずれかに記載の苗を前記定植地に定植して育成する植物育成方法。
【請求項9】
人為的に育成する植物である育成対象植物を育成するために用いられる植物用培土であって、
前記育成対象植物は、農林業における農林産物生産のために定植地に定植して育成されるものであり、
菌根を形成することなく植物と共生する共生型の非菌根性糸状菌であって、前記定植地またはその近隣地に存在する土着の非菌根性糸状菌であり、当該育成対象植物の生育に有益な生育寄与型菌を、環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づいて特定し、単離して培養した種菌を、当該種菌の増殖基質となる増殖基質で増殖させた微生物床と、
前記微生物床に含まれる前記生育寄与型菌が菌糸を伸長させる菌糸成育をするために必要な有機物と、を含む培土。
【請求項10】
前記培土は、請求項1から7のいずれかに記載された植物苗の生育に用いられ、
当該培土中で前記育成対象植物を発根させて育成することにより前記植物苗を得るために用いられる請求項9に記載の培土。」
第4 特許異議申立理由の概要、及び取消理由の概要
1 特許異議申立理由の概要
申立人は、後記(5)アに示す甲第1号証ないし甲第10号証(以下、甲号証の番号に従って「甲1」等という。)を提出し、本件訂正前の請求項1ないし10に係る発明について、下記(1)ないし(4)の特許異議申立理由を申立てている。
(1)特許異議申立理由1(明確性要件違反)
請求項1ないし10に係る発明は、明確でないから、特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない。
したがって、これらの発明に係る特許は、同法113条4号に該当し、取り消されるべきものである。
(2)特許異議申立理由2(サポート要件違反)
請求項1ないし10に係る発明は、発明の詳細な説明において開示された内容を拡張ないし一般化できる範囲を超えているから、特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていない。
したがって、これらの発明に係る特許は、同法113条4号に該当し、取り消されるべきものである。
(3)特許異議申立理由3(新規性欠如)
ア 甲1ないし甲10により公然知られた発明による新規性欠如
請求項1ないし10に係る発明は、甲1ないし甲10により公然知られた発明であるから、特許法29条1項1号に該当し、これらの発明に係る特許は、同法同条1項の規定に違反してされたものである。
したがって、これらの発明に係る特許は、同法113条2号に該当し、取り消されるべきである。
イ 甲6に記載された発明による新規性欠如
請求項1、5及び9に係る発明は、甲6に記載された発明であるから、特許法29条1項3号に該当し、これらの発明に係る特許は、同法同条1項の規定に違反してされたものである。
したがって、これらの発明に係る特許は、同法113条2号に該当し、取り消されるべきである。
ウ 甲10に記載された発明による新規性欠如
請求項1、5及び9に係る発明は、甲10に記載された発明であるから、特許法29条1項3号に該当し、これらの発明に係る特許は、同法同条1項の規定に違反してされたものである。
したがって、これらの発明に係る特許は、同法113条2号に該当し、取り消されるべきである。
(4)特許異議申立理由4(進歩性欠如)
ア 甲1ないし甲10に示される周知事項に基づく進歩性欠如
請求項1ないし10に係る発明は、甲1ないし甲10に示される周知事項の寄せ集めであり、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、これらの発明に係る特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたものである。
したがって、これらの発明に係る特許は、同法113条2号に該当し、取り消されるべきである。
イ 甲6に記載された発明を主引用例とした進歩性欠如
請求項1ないし10に係る発明は、甲6に記載された発明及び周知技術に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、これらの発明に係る特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたものである。
したがって、これらの発明に係る特許は、同法113条2号に該当し、取り消されるべきである。
ウ 甲10に記載された発明を主引用例とした進歩性欠如
請求項1ないし10に係る発明は、甲10に記載された発明及び周知技術に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、これらの発明に係る特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたものである。
したがって、これらの発明に係る特許は、同法113条2号に該当し、取り消されるべきである。
(5)申立人による証拠方法
ア 申立書に添付して提出された証拠
甲1: 成澤才彦、「作物を守る共生微生物 エンドファイトの働きと使い方」、社団法人 農山漁村文化協会、2011年12月31日発行、第16-26頁
甲2: 羽柴輝良 外2名、「セミナー室 植物と相利共生する微生物-3 エンドファイト」、化学と生物、Vol.36、No.11、1998、第741-749頁
甲3: 成澤才彦 外2名、「根部エンドファイト Heeroconium chaeospiraによるハクサイ根こぶ病防除に関する研究」、茨城県農業総合センター生物工学研究所研究報告、第10号、2007年3月発行、第45-52頁
甲4: 高島勇介 外2名、「糸状菌、特にエンドファイトの諸形質を内生細菌がコントロールするのか?」、土と微生物、第69巻第1号、2015年4月発行、第16-24頁
甲5: 晝間敬 外1名、「糸状菌Colletotrichum tofieldiaeはリン酸の欠乏した条件において宿主植物の根にリン酸を供給し成長を促進する」、ライフサイエンス新着論文レビュー、[online]、インターネットURL: http://first.lifesciencedb.jp/archives/12313 (2016年4月11日)
甲6: 坂本一憲 外1名、「ノート キャベツ苗に生育促進効果を持つ糸状菌エンドファイトの選抜」、日本土壌肥料学雑誌、第72巻第3号(2001)、第429-431頁、[online]、インターネットURL: http://www.jstage.jst.go.jp/article/dojo/72/3/72_KJ00001683147/_article/-char/ja/ (発行日 2001年6月5日、インターネット公開日 2017年6月28日)
甲7: Joy Michal Johnson 外6名、「The Beneficial Root-Colonizing Fungus Mortierella hyalina Promotes the Aerial Growth of Arabidopsis and Activates Calcium-Dependent Responses That Restrict Alternaria brassicae-Induced Disease Development in Roots」、MPMI Vol.32,No.3,2019、第351-363頁中の第351頁、[online]、インターネットURL: https://apsjournals.apsnet.org/doi/epdf/10.1094/MPMI-05-18-0115-R (公開日 2019年3月)
甲8: Zahoor Ahmed Wani 外5名、「Mortierella alpina CS10E4, an oleaginous fungal endophyte of Crocus sativus L. enhances apocarotenoid biosynthesis and stress tolerance in the host plant」、Scientific reports、Vol.7、No.1、2017、第1-11頁、[online]、インターネットURL: https://www.nature.com/articles/s41598-017-08974-z.pdf (公開日 2017年8月17日)
甲9: F.Liu 外4名、「Sporocadaceae, a family of coelomycetous fungi with appendage-bearing conidia」、STUDIES IN MYCOLOGY 第92巻第1号、2019年3月1日発行、第287-415頁中の第287頁、[online]、インターネットURL: https://doi.org/10.1016/j.simyco.2018.11.001
甲10: 国際公開第98/42823号
イ 令和5年3月10日付け意見書に添付して提出された参考資料
参考資料1: 特開2014-50401号公報(第1-2頁)
参考資料2: 特開2017-99376号公報
参考資料3: 東樹宏和、「多種生物種ネットワークを基に生態学と進化学をつなぐ」、2017年2月号掲載「Nature Ecology & Evolution」のウェブページ、[online]、インターネットURL: https://www.natureasia.com/ja-jp/natecolevol/interview/contents/2(申立人による一部抜粋)
参考資料4: 成澤才彦、「西南暖地におけるDark-septate endophytic fungi(DSE)の採集とその生態解明」、微生物遺伝資源探索収集調査報告書 第21巻、独立行政法人 農業生物資源研究所、2008年12月26日発行、第1-6頁
参考資料5: 特開2013-42695号公報
2 取消理由通知に記載した取消理由の概要
当審より、令和4年11月21日付けで、本件訂正前の請求項1ないし10に係る発明について通知した、取消理由通知に記載した取消理由の概要は、以下のとおりである。
(1)取消理由通知に記載した取消理由1(甲10を主引用例とした新規性・進歩性欠如)
ア 新規性欠如
請求項1、4、5、6、8、9、10に係る発明は、甲10に記載された発明であるから、特許法29条1項3号に該当し、これらの発明に係る特許は、同法同条1項の規定に違反してされたものである。
したがって、これらの発明に係る特許は、同法113条2号に該当し、取り消されるべきである。
イ 進歩性欠如
請求項1ないし10に係る発明は、甲10に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、これらの発明に係る特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたものである。
したがって、これらの発明に係る特許は、同法113条2号に該当し、取り消されるべきである。
(2)取消理由通知に記載した取消理由2(甲6を主引用例とした新規性・進歩性欠如)
ア 新規性欠如
請求項1、4、5、6、9、10に係る発明は、甲6に記載された発明であるから、特許法29条1項3号に該当し、これらの発明に係る特許は、同法同条1項の規定に違反してされたものである。
したがって、これらの発明に係る特許は、同法113条2号に該当し、取り消されるべきである。
イ 進歩性欠如
請求項1、4、5、6、8、9、10に係る発明は、甲6に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、これらの発明に係る特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたものである。
したがって、これらの発明に係る特許は、同法113条2号に該当し、取り消されるべきである。
3 取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由の概要
当審より、令和5年4月6日付けで、本件発明1ないし7、本件発明9及び10について通知した、取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由の概要は、以下のとおりである。
なお、同取消理由通知(決定の予告)において、本件発明8については、取消理由を通知していない。
(1)取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由1(明確性要件違反)
本件発明1ないし7、9及び10は、明確でないから、特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない。
したがって、これらの発明に係る特許は、同法113条4号に該当し、取り消されるべきものである。
(2)取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由2(甲10を主引用例とした新規性・進歩性欠如)
ア 新規性欠如
本件発明5、9及び10は、甲10に記載された発明であるから、特許法29条1項3号に該当し、これらの発明に係る特許は、同法同条1項の規定に違反してされたものである。
したがって、これらの発明に係る特許は、同法113条2号に該当し、取り消されるべきである。
イ 進歩性欠如
本件発明1ないし7、9及び10は、甲10に記載された発明及び周知技術に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、これらの発明に係る特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたものである。
したがって、これらの発明に係る特許は、同法113条2号に該当し、取り消されるべきである。
(3)取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由3(甲6を主引用例とした新規性・進歩性欠如)
ア 新規性欠如
本件発明5、9及び10は、甲6に記載された発明であるから、特許法29条1項3号に該当し、これらの発明に係る特許は、同法同条1項の規定に違反してされたものである。
したがって、これらの発明に係る特許は、同法113条2号に該当し、取り消されるべきである。
イ 進歩性欠如
本件発明1、5、9及び10は、甲6に記載された発明及び周知技術に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、これらの発明に係る特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたものである。
したがって、これらの発明に係る特許は、同法113条2号に該当し、取り消されるべきである。
第5 当審の判断1-本件発明1ないし7、9及び10について
当審より、取消理由通知(決定の予告)において、本件発明1ないし7、9及び10に係る特許について、通知した取消理由の具体的内容は、下記1ないし5のとおりである。
1 はじめに
特許権者は、令和5年1月24日付け意見書において、本件発明1は、「育成対象である「植物苗」が、「農林業における農林産物生産のため」に、特定の「定植地に定植して用いるためのもの」であることを特定している。」(同意見書第5頁第21行~第23行)として、「定植地」に依拠した本件発明1は、「販売地域 全国」との表示がある乙第1号証や、複数の県での試験結果が表示されている乙第4号証、乙第5号証のように、広範な地域を対象とする従来の技術常識とは、異なる特徴を有しており、その点において甲第10号証及び甲第6号証に記載された発明に対して新規性・進歩性を有する旨を主張している(同意見書第5頁第19行~第15頁第16行、第23頁第16行~第26頁第8行)。また、本件発明2ないし10についても、同様の旨を主張している(同意見書第15頁第17行~第23頁第15行、第26頁第9行~第30頁第6行)。
そこで、「定植地」に関する上記特許権者の主張も考慮して、以下に判断する。
2 取消理由通知(決定の予告)において通知した取消理由1(明確性要件違反)
(1)本件発明1について
ア 「定植地」について
本件発明1は、「植物苗の育成方法」に係る発明であって、育成した「植物苗」を、実際に特定の「定植地」に「定植」する過程を含まない。
本件発明1を特定する請求項1には、「前記植物苗は、農林業における農林産物生産のために定植地に定植して用いるためのものであり、」との記載があるが、当該記載を考慮しても、植物苗が定植され得ることを示す一般的な説明にとどまり、「植物苗」を実際に「定植」する過程を含まない「植物苗の育成方法」である本件発明1において、植物苗を定植することが可能な地という以上に、特定の「定植地」に定植されることが定まるとは言えない。
請求項1には、「前記定植地またはその近隣地に存在し菌根を形成することなく植物と共生する土着の非菌根性糸状菌であって、・・・特定し、」という記載もあるが、上述したとおり、実際に特定の「定植地」に植物苗を「定植」する過程を含まない本件発明1においては、植物苗を定植することが可能な地またはその近隣地という以上に、特定の「定植地」について「菌」の特定を実施することが、明確に定まるものではない。
イ 「環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づいて特定」について
請求項1には、「生育寄与型菌」を「環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づいて特定」すると記載されているが、「環境DNA分析による土壌微生物叢解析」を、何に対して行う趣旨であるのか、明確でない。
この点に関し、明細書の段落【0035】における「定植地やその近隣地の土壌微生物叢を解析することにより、」という記載を勘案し、「定植地またはその近隣地」に対して「環境DNA分析による土壌微生物叢解析」を行う趣旨と解しても、本件発明1は「植物苗の育成方法」であって、育成した植物苗を実際に「定植」する過程を含まないから、上記アで指摘したと同様の理由から、植物苗を定植することが可能な地またはその近隣地という以上に、特定の「定植地」に関して、「環境DNA分析による土壌微生物叢解析」が行われることが、明確に定まるものではない。
ウ 本件発明1の明確性
特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載のみならず、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から、判断されるべきものである。
「定植地」と「菌」とに関し、願書に添付した明細書の段落【0025】には、「・・・種菌とする共生微生物としては、育成対象植物を栽培する農林地(定植地)またはその近隣地の土壌やそこに生育している植物から単離し培養したものを用いることが好ましい。定植地の近隣地としては、定植地と同様の自然環境下にあって植物を含む自然生態系が構築されている場所、具体的には気象条件や自然植生が定植地と同様となる地域、好ましくは定植地から半径50km程度の圏内にあって定植地に自然に構築されると考えられる自然植生が存在する場所が好ましい。ただし、遺伝資源の人為的な攪乱を防止できる近隣地(日本の場合は定植地から100~300km圏内、外国など地続きで広大な土地であれば500km程度の圏内であってよい)から種菌を得ることが許容される。共生微生物としては、これら定植地やその近隣地域に存在している土着微生物を用いることが好ましく、特に糸状菌体を形成する土着の糸状菌を用いることが好ましい。」との記載がある。
しかしながら、上記段落【0025】の記載は、実際に育成対象植物を栽培する農林値(定植地)が定まっていることを前提とした説明であって、「定植」以降の過程を含まない本件発明1に係る「植物苗の育成方法」において、特定の「定植地」が定まることを示すものではない。
また、特許権者は、令和5年1月24日付け意見書において、「業務用の植物苗は、一般的に、1株だけで定植されることは稀であり、予め計画された定植地に多数の株が定植されることが多い。」(同意見書第7頁下から2行~最終行)旨も主張している。
しかしながら、当該特許権者の意見書における主張も、業務用の植物苗について定植地が計画される場合があり得ることを述べるにとどまり、「定植」以降の過程を含まない本件発明1に係る「植物苗の育成方法」において、特定の「定植地」が定まることを示すものではない。
そして、植物苗の育成に関与する第三者にとって、「定植」以降の過程を含まない「植物苗の育成方法」の発明である本件発明1は、広範な地域を対象とせず特定の「定植地」に依拠することを特徴とする旨の特許権者の主張がある一方、特定の「定植地」に定植されること及び特定の「定植地」に関して菌の解析が行われることが明確に特定されないから、不測の不利益を及ぼすことが懸念される。
したがって、本件発明1は、特許を受けようとする発明が明確でない。
(2)本件発明2ないし4について
本件発明2ないし4は、本件発明1の構成を有し、さらに構成を付加した、「植物苗の育成方法」の発明である。
そして、本件発明2ないし4は、本件発明2ないし4において付加された構成を考慮しても、本件発明1について上記(1)で検討したと同様に、特許を受けようとする発明が明確でない。
(3)本件発明5について
ア 「定植地」について
本件発明5は、「植物苗」に係る発明であり、「植物苗」を実際に特定の「定植地」に「定植」することが特定されるものではない。
本件発明5を特定する請求項5には、「前記植物苗は、農林業における農林産物生産のために定植地に定植して用いるためのものであり、」との記載があるが、当該記載を考慮しても、植物苗が定植され得ることを示す一般的な説明にとどまり、「植物苗」そのものである本件発明5において、何らか定植可能な地に定植し得るという以上に、特定の「定植地」に定植されることが定まるとは言えない。
請求項5には、「前記定植地またはその近隣地に存在し菌根を形成することなく植物と共生する土着の非菌根性糸状菌であって、・・・共生関係を構築させた」という記載もあるが、上述したとおり、実際に特定の「定植地」に定植されることが定まるものではない本件発明5においては、植物苗を定植することが可能な地またはその近隣地という以上に、特定の「定植地」に関する「菌」と「共生関係を構築させた植物苗」であることが、明確に特定されるものではない。
イ 「環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づいて特定」について
(ア)「定植地」との関係について
請求項5には、「生育寄与型菌」を「環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づいて特定」すると記載されているが、上記(1)イに指摘したと同様に、当該記載が「植物苗」について特定の「定植地」を明確に特定するものではない。
(イ)「植物苗」という物の発明をどのように特定するかについて
本件発明5は、「植物苗」という物の発明であるところ、「環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づいて特定」するという記載は、「植物苗」を育成するうえで使用する「生育寄与型菌」を特定する段階における、特定方法に関する記載である。
そして、明細書の段落【0036】-【0037】に、「定植地やその近隣地に存在する土着の微生物は、定植地の環境に適応しており、効果を奏しやすいと考えられ、遺伝資源の人為的な拡散を防止する点でも好ましい。定植地やその近隣地から試料を採取し、この試料から単離した糸状菌を種菌にする場合、定植地やその近隣地の土壌微生物叢分析を行うことなく、生育寄与型の糸状菌を特定して得ることもできる。ただし、定植地やその近隣地の土壌微生物叢を分析すれば、当該定植地やその近隣地にどのような病害菌が存在し、その病害菌に対抗しうるどのような生育寄与型菌がいるかを推定しやすくなるため、生育寄与型の糸状菌の特定が容易になる。・・・・ここで、定植地またはその近隣地から採取した試料を用いることで、土着の単離培養型非菌根性糸状菌を単離でき、単離菌株をDNA分析したり、形態観察して接種試験したりすることにより、単離菌株が本発明に用いる共生微生物(特に生育寄与型の非菌根性糸状菌)か否かを判別して、その種菌を得ることができる。」と記載されているように、土壌微生物叢解析は、生育寄与型菌の特定を容易とする方法という位置づけである。
そうすると、「生育寄与型菌」を「特定」する段階において、「環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づいて」特定が行われることは、特定を効率化するものであっても、特定された「生育寄与型菌」自体の特性を限定するものではなく、当該「生育寄与型菌」との「共生関係を構築」させた「植物苗」という「物」の発明の構造、機能または特性を特定するものではない。
ウ 本件発明5の明確性
上記ア及び上記イ(ア)に指摘した点は、本件発明1について上記ウに指摘したと同様に、本件発明5を不明確とするものである。
また、本件発明5は、上記イ(イ)の点で、「植物苗」という「物」の発明について、「物」を「育成」する際の「生育寄与型菌」の「特定」を効率化する方法の記載を含んでおり、当該菌の特定の効率化に関する記載を用いることについて、プロダクト・バイ・プロセスクレームにおいて例外的に特許を受けようとする発明を明確と扱う場合に準じるような事情はない。
したがって、本件発明5は、特許を受けようとする発明が明確でない。
(4)本件発明6及び7について
本件発明6及び7は、本件発明5の構成を有し、さらに構成を付加した、「植物苗」の発明である。
そして、本件発明6及び7は、本件発明6または7において付加された構成を考慮しても、本件発明5について上記(3)で検討したと同様に、特許を受けようとする発明が明確でない。
(5)本件発明9について
ア 「定植地」について
本件発明9は、「培土」に係る発明であり、本件発明9を特定する請求項9に、「前記育成対象植物は、農林業における農林産物生産のために定植地に定植して育成されるものであり、」という記載があっても、本件発明9に係る「培土」自体について、具体的に特定の「定植地」で用いられることが特定されるものではない。
イ 「環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づいて特定」について
本件発明9は、「培土」という物の発明であり、「環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づいて特定」という記載についても、上記(3)イにおいて本件発明5に指摘したと同様である。
ウ 本件発明9の明確性
したがって、本件発明9は、本件発明5について上記(3)ウに指摘したと同様に、発明が明確でない。
(6)本件発明10について
本件発明10は、本件発明9の構成を有し、さらに構成を付加した、「培土」の発明である。
そして、本件発明10は、本件発明10において付加された構成(「培土」の特定のために請求項1ないし7の記載を引用した構成を含む)を考慮しても、本件発明9について上記(5)で検討したと同様に、特許を受けようとする発明が明確でない。
3 先行技術文献の記載等
事案に鑑み、甲6、甲10、参考資料4、参考資料5、及び特開2005-73643号公報についてみる。
(1)甲6
ア 甲6の記載事項
甲6には、次の記載がある(下線は、当審において付した。以下、同様。)。
(ア)第429頁左欄本文第9行-12行
「エンドファイト(endophyte)とは,endo=withinとphyto=plantの合成語で,“生きた植物の組織や細胞内に共生的もしくは害を与えずに生活している微生物”と定義されている.」
(イ)第429頁左欄本文第17行-20行
「一般的には菌根構造を形成しない糸状菌をエンドファイトと称している.
根部に生息する糸状菌エンドファイトが作物生育を促進することが最近報告されるようになった.」
(ウ)第429頁右欄本文第10行-12行
「そこで著者らはキャベツの育苗段階における糸状菌エンドファイトの活用を考え、以下の実験を行った.」
(エ)第429頁右欄本文第21行-23行
「定植1カ月後にキャベツを圃場から根を傷つけないよう採取し,根部に付着している土壌を軽く振り落とした後、地上部と根部とをハサミで切断した.」
(オ)第429頁右欄本文第35行-39行
「ポテト・デキストロース寒天(PDA)培地上に1平板あたり3~5本の根試料を置いた.その後25℃で培養し,糸状菌の生育が確認できたものはその都度,別のPDA寒天培地に分離した.」
(カ)第429頁右欄本文第43行-第430頁右欄本文第8行
「分離菌株をそれぞれ土壌フスマ培地(淡色黒ボク土:小麦フスマ=3:1(容量比))に接種後,培地全体に菌が生育するまで25℃で1週間~2週間培養し,イノキュラムを作成した.フスマは微生物の接種源を作成する際によく用いられる固形培地のひとつである.オートクレーブで滅菌した培土(淡色黒ボク土:川砂=1:1)とイノキュラムを9:1の割合で混合し,100mL容器のプラグポットに充填した.ここに表面殺菌を行ったキャベツ種子をポットあたり5粒播種し,発芽後1週間目に間引いて2株にした.栽培は人工気象器(25℃、明期16時間、140μmolm-2s-1)内で4週間行った.」
(キ)第430頁右欄本文第30行-34行
「これに対しキャベツ苗の新鮮重と乾物重に関しては統計的な有意差が認められ,特にNo.6株とNo.8株は顕著な重量増加を示した.乾物重における生育促進効果はそれぞれ,1.7倍と2.0倍であった.」
(ク)第430頁右欄本文第35行-39行
「No.6株とNo.8株はそれぞれ接種したキャベツ苗の根内部から再分離され、実際にキャベツ根に感染したことが確認された.分生糸と分生糸柄の形態観察を行ったところ,No.6株とNo.8株はそれぞれBotrytis属とFusarium属の糸状菌であると同定された.」
(ケ)第430頁右欄本文第41行-第431頁左欄本文第1行
「このような糸状菌エンドファイトを活用すれば育苗朋問の短縮が見込まれ,苗の生産性の向上が期待される.今後,さらに本エンドファイトの定着安定性や圃場定植後の効果等を確認しキャベツ栽培全体に及ぼす影響を検討していく必要がある.」
イ 甲6に記載された発明
(ア)育苗方法に着目して
上記アより、甲6には、育苗方法に着目して、次の発明(以下「甲6育苗方法発明」という。)が記載されている。
<甲6育苗方法発明>
「菌根構造を形成しない、根部に生息する糸状菌エンドファイトによる、作物生育の促進を、キャベツの育苗段階において活用するために、
定植1カ月後のキャベツを圃場から採取し、
ポテト・デキストロース寒天(PDA)培地上に根試料を置いて培養し、糸状菌の生育が確認できたものを分離し、
分離菌株をそれぞれ土壌フスマ培地に接種後、培地全体に菌が生育するまで培養し、イノキュラムを作成し、
培土とイノキュラムを混合し、容器に充填し、ここにキャベツ種子を播種し、発芽後栽培を行い、
キャベツ苗の重量増加を示した株の糸状菌を、分生糸と分生糸柄の形態観察を行って同定し、
このような糸状菌エンドファイトを活用して、苗の生産性を向上し、
圃場定植後も含めたキャベツ栽培全体に利用する、
キャベツの育苗方法。」
(イ)育苗方法において育苗される苗に着目して
また甲6には、育苗方法において育苗される苗に着目すると、次の発明(以下「甲6苗発明」という。)が記載されている。
<甲6苗発明>
「甲6育苗方法発明において、圃場定植前まで育苗される、キャベツ苗。」
(ウ)同定された分離株菌のイノキュラムを混合した培土に着目して
また甲6には、キャベツ種子を播種し、発芽後栽培を行う、イノキュラムを混合した培土に着目すると、次の発明(以下「甲6培土発明」という。)が記載されている。
<甲6培土発明>
「甲6育苗方法発明において、キャベツ苗の重量増加を示した株として同定された分離株菌を土壌フスマ培地に接種後、培地全体に菌が生育するまで培養し、作成したイノキュラムを、混合した培土。」
(2)甲10
ア 甲10の記載事項
甲10には、次の記載がある。
(ア)明細書第2頁下から2行-第3頁第1行
「そこで、本発明は、人や環境に悪影響がなく、かつ、安定した防除効果が期待できる、土壌病害の防除技術を提供することを課題とする。」
(イ)明細書第6頁第16行-第7頁第7行
「土壌病害抑制能を有する根部エンドファイトの製造は以下のようにして行うことができる。まず、土壌で栽培した作物の根から根内に共生する根部エンドファイトを分離、培養すると共に類別する。この際、根部エンドファイトの分離を行うために作物を育成させる土壌として作物の土壌消毒を行っていない無農薬栽培土壌を用いると土壌中の微生物相が豊かであり多くの根部エンドファイトが選られる点で好ましい。根部エンドファイトの類別は、菌種によるが、同定できないものについては、例えば、コロニータイプにより類別する。ヘテロコニウム ケトスピラであれば、例えば、後述のように胞子の形態により類別することができる。次いで、この分離した菌株を作物の根に接種し、さらにこの作物を栽培しながら、栽培土壌中に土壌病原菌を接種する。そして、土壌病害が発生する所要期間作物を栽培した後、作物の土壌病害の発症の有無を調べ、土壌病害の発症率の低い作物の根に接種した菌を確認し、選択する。このようにして土壌病害抑制能を有するものとして特定され、選択された根部エンドファイトは、PDA培地等で培養を行うことにより多量に得ることができる。なお、得られた根部エンドファイトは乾燥などを行うことにより、休眠状態で保存することも可能である。
得られた根部エンドファイトを、作物の土壌病害の抑制に用いる場合、作物の根内に共生する根部エンドファイトを培養した苗床に作物の種子を播種し、発芽させて根部エンドファイトを作物の根に定着させた後、作物を土壌において栽培する方法か一般的に用いられるが、根部エンドファイトを作物の根に接種し、定着させた後、作物を土壌において栽培する方法などを用いることも可能である。」
(ウ)明細書第7頁第9行-第17行
「図1は、本発明において使用した根部エンドファイト(ヘテロコニウム ケトスピラ)を示す。Aは培地上のコロニーの写真であり、Bはコロニー上に形成された分生子の顕微鏡写真である。
図2は、根部エンドファイトが定着したハクサイの苗を示す写真である。根部エンドファイトが増殖しているピートペレットを培養土として使用した。
図3は、ハクサイの根内(皮層細胞内)に定着している根部エンドファイトを示す顕微鏡写真である。A:根端に根部エンドファイトの菌糸が観察される。B:根部エンドファイトのハクサイ細胞内への侵入過程を示す。根部エンドファイトの付着器および細胞内菌糸が観察される。」
(エ)明細書第7頁第21行-第8頁第10行
「[実施例1]生物防除試験に供試した根部エンドファイトの同定
コムギ、ダイズ等を連作した土壌にハクサイの種子を播き、2ヶ月程生育させその後ハクサイを土壌から回収した。このハクサイの根の先端部を切り取り、その根片を洗浄した後、分離用培地(1/2濃度コーンミールアガー)に静置した。その後、培地上に伸長してきたコロニーを保存用培地(1/2濃度コーンミールアガーに10g/l麦芽エキスおよび2g/l酵母エキスを添加したもの)に移植し、分離株菌とした。分離は菌株を同定し、その菌種毎に類別して行うが、同定できない菌株についてはコロニータイプで類別した。
次に、ハクサイ栽培土壌での病害防除試験を行った。ピートモスを圧縮、固化したペレット(商品名:Jiffy-7,AS Jiffy products LTD.Norway)を養分を含んだ培地(10g/l麦芽エキス,2g/l酵母エキス)に浸し、蒸気滅菌を行った。その後、ペレットの中心部に供試菌を接種し、培養を行ない、苗床を作製した。この苗床にハクサイを播種し、温室内で約3週間苗を育成し、根部エンドファイトをハクサイの根部に定着させた(図2)。この根部エンドファイトが定着しているハクサイ苗を根こぶ病や黄化病汚染圃場に9月上旬に移植し、生育させ11月中旬に調査を行った。」
(オ)明細書第9頁下から2行-第10頁第5行
「実際の圃場で根部エンドファイトによる土壌病害抑制効果を得るためには、供試菌をいかに植物体に定着させるかが鍵となる。前記の試験では、ピートモスペレットに培地を添加したものに供試菌を接種し、1カ月間、25℃、暗黒条件下で根部エンドファイトを培養した苗床を作り、この苗床にハクサイを播種し、20~25℃の温室内で約3週間育成することにより、根部エンドファイトを苗の根に効率よく定着させることができた。そこで、このハクサイの苗を土壌に移植して栽培を行った。」
イ 甲10に記載された発明
(ア)作物の栽培方法に着目して
上記アより、甲10には、作物の栽培方法に着目すると、次の発明(以下「甲10作物栽培方法発明」という。)が記載されている。
<甲10作物栽培方法発明>
「人や環境に悪影響がなく、かつ、安定した防除効果が期待できる、土壌病害の防除技術を提供することを課題とし、
土壌で栽培した作物の根から根内に共生する根部エンドファイトを分離、培養すると共に類別し、根部エンドファイトの類別は、菌種によるが、同定できないものについては、例えば、コロニータイプにより類別し、
この際、根部エンドファイトの分離を行うために作物を育成させる土壌として作物の土壌消毒を行っていない無農薬栽培土壌を用いると土壌中の微生物相が豊かであり多くの根部エンドファイトが選られる点で好ましく、
土壌病害抑制能を有するものとして特定され、選択された根部エンドファイトを、PDA培地等で培養を行うことにより多量に得、
得られた根部エンドファイトを、作物の土壌病害の抑制に用いる場合、作物の根内に共生する根部エンドファイトを培養した苗床に作物の種子を播種し、発芽させて根部エンドファイトを作物の根に定着させた後、作物を土壌において栽培する、一般的に用いられる方法を用いる、作物の栽培方法であって、
使用する根部エンドファイトを、ヘテロコニウム ケピストラとし、根部エンドファイトが増殖しているピートペレットを培養土として使用して、根端に根部エンドファイトの菌糸が観察される、根部エンドファイトが定着したハクサイの苗とし、
根部エンドファイトの同定において、コムギ、ダイズ等を連作した土壌にハクサイの種子を播き、2ヶ月程生育させ、回収したハクサイの根片から分離用培地上に伸長してきたコロニーを移植して、分離株菌とし、
ピートモスを圧縮、固化したペレットを、養分を含んだ培地に浸し、ペレットの中心部に供試菌を接種し、培養を行ない、苗床を作製し、この苗床にハクサイを播種し、温室内で約3週間苗を育成し、根部エンドファイトをハクサイの根部に定着させ、
実際の圃場で根部エンドファイトによる土壌病害抑制効果を得るためには、根部エンドファイトを苗の根に定着させることができたハクサイの苗を土壌に移植して栽培を行う、
土壌病害を抑制した作物の栽培方法。」
(イ)作物の栽培方法における苗の育成方法に着目して
また甲10には、作物の栽培方法における苗の育成方法に着目すると、次の発明(以下「甲10苗育成方法発明」という。)が記載されている。
<甲10苗育成方法発明>
「甲10作物栽培方法発明において、ハクサイの苗を土壌に移植する前までの構成を有する、苗を育成する方法。」
(ウ)作物の栽培方法において育成される苗に着目して
また甲10には、作物の栽培方法において育成される苗に着目すると、次の発明(以下「甲10苗発明」という。)が記載されている。
<甲10苗発明>
「甲10作物栽培方法発明において、ハクサイの苗を土壌に移植する前までの構成により、育成される苗。」
(エ)作物の栽培方法における培養土に着目して
また甲10には、作物の栽培方法における培養土に着目すると、次の発明(以下「甲10培養土発明」という。)が記載されている。
<甲10培養土発明>
「甲10作物栽培方法発明において、ハクサイの苗を土壌に移植する前までの構成により、作成されて使用される、根部エンドファイトが増殖しているピートペレットを用いた培養土。」
(3)参考資料4
参考資料4には、次の記載がある。
ア 第1頁本文第7行-第10行
「森林土壌やそこに分布する植物根部を主なすみかとする根部エンドファイト(Dark-septate endophytic fungi,DSE)も現在までにHeteroconium chaetospira, Phialocephala fortinii, Leptodontidium orchidicola, Phialocephala sphaeroidesおよびCadophora finlandicaの5種が報告されている。」
イ 第4頁第10行-第14行
「選抜した8菌株の形態観察およびrDNAのITS領域シーケンスデータの相同性を基に同定を試みたところ,屋久島および茨城から分離した各1菌株がVeronaeopsis simplexと同定された(MAFF240802およびMAFF240803)(図4).さらに1菌株が,Scolecobasidium.spと高い相同性を示し,形態的にも類似していた.この菌株に関しては,今後,種レベルまでの詳細な同定が必要である.」
(4)参考資料5
参考資料5には、次の記載がある。
「【0008】
上記の観点から、本発明者は、主として、アスパラガス苗の環境ストレス耐性並びに生育促進効果の付与を目的として、エンドファイトの中からこれら効果を有する菌株を特定した。具体的には、貧栄養条件の森林土壌よりエンドファイト菌を採取し、人工培地上で2ないし3週間インキュベートすることにより、コロニーを生育させる。そして、それぞれのコロニー上に、アスパラガスの発芽種子を播種し、2週間インキュベートした後、生育したアスパラガス苗のバイオマス量を測定する。このバイオマス量の増加が大きいものほど、アスパラガス苗の生育を促進させる効果がより高いものと言うことができる。その結果、試験が行われた種々のエンドファイトのうち数種の菌については、バイオマス量の増加が有意に目立つことが見出された。そこで、かかる菌株を形態学的特徴および分子生物学的特徴により同定したところ、いずれもPhialocephala fortiniiに属する菌であることが判った。・・・」
(5)特開2005-73643号公報
特開2005-73643号公報には、次の記載がある。
「【背景技術】
【0002】
近年、環境中、例えば、廃棄物処分場における有害ガス発生や汚染物質の長期残留等の問題に対する解決策が検討されている。これらの問題を解決するにあたって、廃棄物処分場の土壌に生息する多様な微生物群により形成される微生物叢の寄与が大きいと認識されている。
例えば、硫化水素等の有害ガス発生には、廃棄物中に含まれる有機物の微生物による分解が関与していると考えられている。
また、有機塩素化合物(ダイオキシン等)、芳香族炭化水素(タール等)等の汚染物質を分解可能な微生物を前記廃棄物処分場で増殖できれば、微生物の働きを利用した汚染物質の除去が効率よく行える。
従って、前記微生物叢を形成する微生物の同定や機能解析等の研究が重要である。
【0003】
従来、このような研究を行うに際し、前記廃棄物処分場等の土壌を採取し、この土壌から微生物由来のDNAを回収した後、このDNAを用いて前記微生物の種類や菌数等を遺伝子レベルで解析する方法が採用されてきた。土壌から微生物由来のDNAを回収する方法としては、例えば、土壌に生息する微生物群を培養した後、微生物由来のDNAを回収する方法(間接抽出法)と、採取した土壌試料から直接微生物由来のDNAを回収する方法(直接抽出法)等が知られていた(例えば、非特許文献1参照)。」
4 取消理由通知(決定の予告)において通知した取消理由2(甲10を主たる引用例とした新規性・進歩性欠如)
(1)本件発明1について
ア 甲10苗育成方法発明との対比
(ア)本件発明1と、甲10苗育成方法発明とを対比する。
(イ)甲10苗育成方法発明において、「作物の根内に共生する根部エンドファイトを培養した苗床に作物の種子を播種し、発芽させて根部エンドファイトを作物の根に定着させ」る「植物苗の育成方法」であり、具体的には、「苗床にハクサイを播種し、温室内で約3週間苗を育成し、根部エンドファイトをハクサイの根部に定着させ」る「植物苗の育成方法」である構成は、本件発明1において、「人為的に育成する植物である育成対象植物の植物苗の育成方法」である構成に、相当する。
(ウ)甲10苗育成方法発明において、「苗床に作物の種子を播種し、発芽させて根部エンドファイトを作物の根に定着させた」植物苗が、「後」に「作物を土壌において栽培する」ためのものであり、具体的には、「ハクサイの苗」であり「後に土壌に移植して栽培を行う」ためのものである構成は、本件発明1において、「前記植物苗は、農林業における農林産物生産のために定植地に定植して用いるためのもの」である構成に、相当する。
(エ)上記2(1)に指摘したとおり、本件発明1は「植物苗の育成方法」に係る発明であり、「定植地」に「定植」する以降の植物育成工程は含まないから、本件発明1における「前記定植地またはその近隣地」は、育成する「植物苗」を定植可能なあらゆる場所及びその近隣地と、明確に区別されない。そのことをふまえると、甲10苗育成方法発明において、「土壌で栽培した作物の根から根内に共生する根部エンドファイトを分離、培養すると共に類別」する段階の「土壌」は、本件発明1において、「前記定植地またはその近隣地」に相当する。
(オ)甲10苗育成方法発明において、「土壌で栽培した作物の根から根内に共生する根部エンドファイトを分離、培養すると共に類別」され、「土壌病害抑制能を有するものとして特定され、選択された根部エンドファイトを、PDA培地等で培養を行うことにより多量に得」ることができる「根部エンドファイト」は、植物根と共生させた状態または特殊な培地や特殊な培養法でしか人工的に増殖させることができないものでなく、一般的な培地や動植物残渣を基質としてその菌だけを人工的に純粋培養できるから、本件発明1において、「菌根を形成することなく植物と共生する」「非菌根性糸状菌であって、前記育成対象植物の生育に有益な生育寄与型菌」に相当する。
また、甲10苗育成方法発明において、「根部エンドファイト」が、「土壌で栽培した作物の根から根内に共生する」ものとして「分離、培養すると共に類別」されるものであり、特に人工的に新規に創出されたものとはされていないこと、及び、本件発明1において、「前記定植地またはその近隣地」は、育成する「植物苗」を定植可能なあらゆる場所及びその近隣地と、明確に区別されないことをふまえると、甲10苗育成方法発明における「根部エンドファイト」は、本件発明1において、「前記定植地またはその近隣地に存在」する「土着」のものに、相当する。
(カ)甲10苗育成方法発明において、上記(オ)に係る「根部エンドファイト」が「特定され、選択され」ることと、本件発明1において、上記(オ)に係る「生育寄与型菌」が「環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づいて特定」されることとは、「生育寄与型菌」が「特定」される点で、共通する。
(キ)甲10苗育成方法発明において、上記(オ)及び(カ)に係る「根部エンドファイト」を、「PDA培地等で培養を行うことにより多量に得」、「根部エンドファイトを培養した苗床に作物の種子を播種し、発芽させて根部エンドファイトを作物の根に定着させ」る構成は、具体例である「ヘテロコニウム ケピストラ」の場合に「分離株菌」としたうえで「培養を行ない、苗床を作製」していることから、単離して得た菌を培養して増殖させていることが明らかであることをふまえると、本件発明1において、「前記生育寄与型菌を単離して培養して得られた種菌を増殖基質で増殖させた微生物床を含む発根用培土で発根させて前記育成対象植物を育成する」構成に相当する。
(ク)以上を整理すると、本件発明1と甲10苗育成方法発明とは、次の点で一致する。
「人為的に育成する植物である育成対象植物の植物苗の育成方法であって、
前記植物苗は、農林業における農林産物生産のために定植地に定植して用いるためのものであり、
前記定植地またはその近隣地に存在し菌根を形成することなく植物と共生する土着の非菌根性糸状菌であって、前記育成対象植物の生育に有益な生育寄与型菌を特定し、
前記生育寄与型菌を単離して培養して得られた種菌を増殖基質で増殖させた微生物床を含む発根用培土で発根させて前記育成対象植物を育成する植物苗の育成方法。」
(ケ)そして、本件発明1と甲10苗育成方法発明とは、次の点で相違する。
<相違点1>
「生育寄与型菌」を「特定」する際に、
本件発明1においては、「環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づ」くと特定されているのに対し、
甲10苗育成方法発明においては、そのように特定されていない点。
イ 相違点についての判断
上記相違点1について判断する。
甲10苗育成方法発明において、「根部エンドファイト」は「土壌病害抑制機能を有するものとして特定され、選択された」ものを「同定」して用いているところ、有用な菌の選択及び同定に際して、公知の手法を採用して可能な範囲で効率的に、かつ詳細に、選択及び同定を行うことは、当業者であれば一般的に考慮する事項であって、甲10苗育成方法発明においても動機付けがあったものである。
そして、土壌における有用な菌を選択及び同定するに際して、DNA解析を手法の一つとして採用することは、上記3(3)に摘記した参考資料4、及び上記3(5)に摘記した特開2005-73643号公報にも示されるとおり、周知技術であり、当該周知技術を甲10苗育成方法発明における「根部エンドファイト」の「特定、選択」及び「同定」の手法の一部として採用することに、阻害要因はない。
したがって、甲10苗育成方法発明において、上記周知技術を採用し、上記相違点1に係る本件発明1の構成に至ることは、当業者にとって容易に想到し得た事項である。
ウ 特許権者の意見書における主張について
上記相違点1に関し、特許権者は、令和5年1月24日付けの意見書において、甲10苗育成方法発明においては、有用微生物として発見された「ヘテロコニウム・ケピストラ」を、様々な用途に応用しようとしているから、環境DNA分析による土壌微生物叢解析を採用する動機付けがない旨を主張している(同意見書第14頁16行-第23行)。
しかしながら、甲10苗育成方法発明において、ハクサイの苗を育成する際に有用な根部エンドファイトの具体例として「ヘテロコニウム ケピストラ」が提示されているとしても、育成対象とする植物がハクサイに限られているものではなく、有用な「根部エンドファイト」の「類別」、「選択」及び「同定」は実施されるのであるから、有用な菌の選択及び同定に役立つ公知の手法を採用することは、上記イに示したとおり、動機付けがあったものである。
したがって、上記特許権者の意見書における主張を考慮しても、相違点1の容易想到性について、上記イと異なる判断をすべき事情は見いだせない。
エ 小括
上記アないしウのとおり、本件発明1は、甲10苗育成方法発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
したがって、本件発明1に係る特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたものであり、同法113条2号の規定により、取り消されるべきである。
(2)本件発明2について
ア 本件発明2は、本件発明1の構成を有し、付加的構成を加えたものである。
イ 本件発明2が有する、本件発明1の構成については、上記(1)に対比・判断したとおりである。
ウ 本件発明2における付加的構成について、対比・判断する。
本件発明2における付加的構成は、「前記植物苗は、容器に前記培土を充填し前記育成対象植物を発根させ育成した樹木の容器苗である」という構成である。
エ 甲10苗育成方法発明において、「得られた根部エンドファイトを、作物の土壌病害の抑制に用いる場合、作物の根内に共生する根部エンドファイトを培養した苗床に作物の種子を播種し、発芽させて根部エンドファイトを作物の根に定着させた後、作物を土壌において栽培する」ことは、「一般的に用いられる方法」とされている。
「一般的に用いられる方法」の部分について、「ハクサイ」という特定の「作物」、及び、「ヘテロコニウム ケピストラ」という特定の「根部エンドファイト」のみに限って適用されるものではないから、甲10苗育成方法発明を、「ヘテロコニウム ケピストラ」以外の「根部エンドファイト」を使用する、「ハクサイ」以外の「作物」の育成に適用することは、当業者にとって動機付けがある。
そして、甲10苗育成方法発明において、「ハクサイ」以外の「作物」を対象とする際、栽培する「作物」として樹木を選択し、樹木を容器中に充填した培養土中で発根させることで、甲10苗育成方法発明における「発芽させて根部エンドファイトを作物の根に定着させ」る過程をとることとし、もって本件発明2における上記付加的構成に相当する構成とすることは、当業者にとって容易に想到し得た事項である。
オ 上記アないしエのとおり、本件発明2は、甲10苗育成方法発明及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
カ したがって、本件発明2に係る特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたものであり、同法113条2号の規定により、取り消されるべきである。
(3)本件発明3について
ア 本件発明3は、本件発明1または2の構成を有し、付加的構成を加えたものである。
イ 本件発明3が有する、本件発明1または2の構成については、上記(1)及び(2)に対比・判断したとおりである。
ウ 本件発明3における付加的構成について、対比・判断する。
本件発明3における付加的構成は、「前記植物苗は、植林用の針葉樹の苗である」という構成である。
エ 上記(2)エに示したとおり、甲10苗育成方法発明において、「ハクサイ」以外の「作物」を対象とすることは、当業者にとって動機付けがあるところ、栽培する「作物」として、植林用の針葉樹を選択し、もって本件発明3における上記付加的構成に相当する構成とすることは、当業者にとって容易に想到し得た事項である。
オ 上記アないしエのとおり、本件発明3は、甲10苗育成方法発明及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
カ したがって、本件発明3に係る特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたものであり、同法113条2号の規定により、取り消されるべきである。
(4)本件発明4について
ア 本件発明4は、本件発明1ないし3のいずれかの構成を有し、付加的構成を加えたものである。
イ 本件発明4が有する、本件発明1ないし3の構成については、上記(1)ないし(3)に対比・判断したとおりである。
ウ 本件発明4における付加的構成について、対比・判断する。
本件発明4における付加的構成は、「前記生育寄与型菌は、山林で得られた試料から単離された非菌根性糸状菌である」という構成である。
エ 本件発明4における付加的構成について判断する。
甲10苗育成方法発明においては、「根部エンドファイト」を分離・類別するうえで、「根部エンドファイトの分離を行うために作物を育成させる土壌として作物の土壌消毒を行っていない無農薬栽培土壌を用いると土壌中の微生物相が豊かであり多くの根部エンドファイトが選られる点で好まし」いものとしているから、根部エンドファイトが豊富な土壌から根部エンドファイトを取得する動機付けがある。そして、上記3(3)に摘記した参考資料4、及び上記3(4)に摘記した参考資料5に示されるように、森林土壌はエンドファイトの取得元として良好であることが周知であるから、甲10苗育成方法発明において、「根部エンドファイト」を、森林土壌がある山林から得ることは、当業者であれば想到容易である。
その際、甲10苗育成方法発明においては、「土壌で栽培した作物の根から根内に共生する根部エンドファイトを分離、培養すると共に類別」しており、森林土壌から「根部エンドファイト」を取得する場合にも、育成対象とする植物を栽培可能な地域の土壌から「根部エンドファイト」を取得すると解されるから、上記(1)ア(エ)に指摘した点をふまえると、本件発明4が有する本件発明1の構成における「前記定植地またはその近隣地」の点で、別途新たな相違点が生じるものではない。
オ 上記アないしエのとおり、本件発明4は、甲10苗育成方法発明及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
カ したがって、本件発明4に係る特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたものであり、同法113条2号の規定により、取り消されるべきである。
(5)本件発明5について
ア 本件発明5と、甲10苗発明とを対比する。
イ 本件発明5は、「植物苗」に係る発明であり、上記2(3)に指摘したとおり、特定の「定植地」が明確に定まるものではない。
また、本件発明5は、「植物苗」という物の発明であるから、上記(3)イ(イ)に指摘したとおり、「植物苗」を育成する際に用いる「生育寄与型菌」を「特定」する段階において、「環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づいて」特定が行われる構成は、特定された「生育寄与型菌」自体の特性を限定するものではなく、当該「生育寄与型菌」との「共生関係を構築」させた「植物苗」という「物」の発明の構造、機能または特性を特定するものではない。
ウ 上記イに指摘した点、及び、上記(1)アにおける本件発明1と甲10苗育成方法発明との対比をふまえ、また、「作物の根内に共生する根部エンドファイト」を「苗床」で「作物の根に定着させ」た苗において、苗床内の苗の根圏において苗と根部エンドファイトとの共生関係が構築されることが明らかであることをふまえると、本件発明5において、「前記発根用倍土中に前記育成対象植物の根圏があり、当該根圏で当該育成対象植物と前記生育寄与型菌との共生関係を構築させた植物苗」である構成を含め、本件発明5と甲10苗発明とは、全ての点で一致する。
また、仮に「生育寄与型菌」の特定が「環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づいて」行われる点を相違点と扱っても、上記(1)イにおいて本件発明1と甲10苗育成方法発明との相違点1について判断したと同様に、当該相違点は当業者にとって想到容易である。
エ したがって、本件発明5は、甲10苗発明と同一であり、特許法29条1項3号の規定に該当する。
また、本件発明5は、甲10苗発明及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
オ よって、本件発明5に係る特許は、特許法29条1項及び2項の規定に違反してされたものであり、同法113条2号の規定により、取り消されるべきである。
(6)本件発明6及び7について
ア 本件発明6は、本件発明5の構成を有し、付加的構成を加えたものである。
本件発明7は、本件発明5または6の構成を有し、付加的構成を加えたものである。
イ 本件発明6及び7が有する、本件発明5の構成については、上記(5)に対比・判断したとおりである。
ウ 本件発明6における付加的構成については、上記(4)において、本件発明4における付加的構成について判断したと同様である。
本件発明7における付加的構成については、上記(3)において、本件発明3における付加的構成について判断したと同様である。
エ したがって、本件発明6及び7は、甲10苗発明及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
オ よって、本件発明6及び7に係る特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたものであり、同法113条2号の規定により、取り消されるべきである。
(7)本件発明9について
ア 本件発明9と、甲10培養土発明とを対比する。
イ 本件発明9は、「培土」に係る発明であり、上記2(5)アに指摘したとおり、特定の「定植地」が明確に定まるものではない。
また、本件発明9は、「培土」という物の発明であるから、上記2(5)イに指摘したとおり、「生育寄与型菌」を「特定」する段階において「環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づいて」特定が行われる構成は、特定された「生育寄与型菌」自体の特性を限定するものではなく、当該「生育寄与型菌」を増殖させた「微生物床」を含む「培土」という「物」の発明の構造、機能または特性を特定するものではない。
ウ 上記イに指摘した点、及び、上記(1)アにおける本件発明1と甲10苗育成方法発明との対比をふまえると、本件発明9と甲10培養土発明とは、全ての点で一致する。
また、仮に「生育寄与型菌」の特定が「環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づいて」行われる点を相違点と扱っても、上記(1)イにおいて本件発明1と甲10苗育成方法発明との相違点1について判断したと同様に、当該相違点は当業者にとって想到容易である。
エ したがって、本件発明9は、甲10培養土発明と同一であり、特許法29条1項3号の規定に該当する。
また、本件発明9は、甲10培養土発明及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
オ よって、本件発明9に係る特許は、特許法29条1項及び2項の規定に違反してされたものであり、同法113条2号の規定により、取り消されるべきである。
(8)本件発明10について
ア 本件発明10は、本件発明9の構成を有し、付加的構成を加えたものである。本件発明10における付加的構成は、「培土」の特定のために請求項1ないし7の記載を引用した構成を含む。
イ 本件発明10が有する、本件発明9の構成については、上記(7)に対比・判断したとおりである。
ウ 本件発明10における付加的構成は、「培土」という物の発明について、甲10培養土発明との対比において、実質的に新たな相違点を生じるものではない。
エ したがって、本件発明10は、甲10培養土発明と同一であり、特許法29条1項3号の規定に該当する。
また、本件発明10は、甲10培養土発明及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
オ よって、本件発明10に係る特許は、特許法29条1項及び2項の規定に違反してされたものであり、同法113条2号の規定により、取り消されるべきである。
5 取消理由通知(決定の予告)において通知した取消理由3(甲6を主たる引用例とした新規性・進歩性欠如)
(1)本件発明1について
ア 甲6育苗方法発明との対比
(ア)本件発明1と、甲6育苗方法発明とを対比する。
(イ)甲6育苗方法発明において、「苗の生産性を向上し、圃場定植後も含めたキャベツ栽培全体に利用する、キャベツの育苗方法」である構成は、本件発明1において、「人為的に育成する植物である育成対象植物の植物苗の育成方法」であり、「前記植物苗は、農林業における農林産物生産のために定植地に定植して用いるためのもの」である構成に、相当する。
(ウ)上記2(1)に指摘したとおり、本件発明1は「植物苗の育成方法」に係る発明であり、「定植地」に「定植」する以降の植物育成工程は含まないから、本件発明1における「前記定植地またはその近隣地」は、育成する「植物苗」を定植可能なあらゆる場所及びその近隣地と、明確に区別されない。そのことをふまえると、甲6育苗方法発明において、「糸状菌」の「分離株菌」を得るために「定植1カ月後のキャベツ」を「採取」する「圃場」は、本件発明1において、「前記定植地またはその近隣地」に相当する。
(エ)甲6育苗方法発明において、「圃場」から「採取」した「キャベツ」の「根試料」を「ポテト・デキストロース寒天(PDA)培地上」に置けば「糸状菌の生育が確認」され、「分離菌株」を「土壌フスマ培地に接種後、培地全体に菌が生育するまで培養」することができる、「菌根構造を形成しない、根部に生息する糸状菌エンドファイト」は、特段人工的に新たに創出した菌等ではないことをふまえると、本件発明1において、「前記定植地またはその近隣地に存在し菌根を形成することなく植物と共生する土着の非菌根性糸状菌」に相当する。
(オ)甲6育苗方法発明において、「キャベツ苗の重量増加を示した株の糸状菌を、分生糸と分生糸柄の形態観察を行って同定」する構成と、本件発明1において、上記(エ)に係る「非菌根性糸状菌」について、「前記育成対象植物の生育に有益な生育寄与型菌を、環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づいて特定」する構成とは、「前記育成対象植物の生育に有益な生育寄与型菌を、特定」する点で、共通する。
(カ)「キャベツ苗の重量増加を示した株の糸状菌」として「同定」された「菌」について、「分離菌株をそれぞれ土壌フスマ培地に接種後、培地全体に菌が生育するまで培養し、イノキュラムを作成し、培土とイノキュラムを混合し、容器に充填し、ここにキャベツ種子を播種し、発芽後栽培を行」う構成は、本件発明1において、「前記生育寄与型菌を単離して培養して得られた種菌を増殖基質で増殖させた微生物床を含む発根用培土で発根させて前記育成対象植物を育成する」構成に相当する。
(キ)以上を整理すると、本件発明1と甲6育苗方法発明とは、次の点で一致する。
「人為的に育成する植物である育成対象植物の植物苗の育成方法であって、
前記植物苗は、農林業における農林産物生産のために定植地に定植して用いるためのものであり、
前記定植地またはその近隣地に存在し菌根を形成することなく植物と共生する土着の非菌根性糸状菌であって、前記育成対象植物の生育に有益な生育寄与型菌を特定し、
前記生育寄与型菌を単離して培養して得られた種菌を増殖基質で増殖させた微生物床を含む発根用培土で発根させて前記育成対象植物を育成する植物苗の育成方法。」
(ケ)そして、本件発明1と甲6育苗方法発明とは、次の点で相違する。
<相違点2>
「生育寄与型菌」を「特定」する際に、
本件発明1においては、「環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づ」くと特定されているのに対し、
甲6育苗方法発明においては、そのように特定されていない点。
イ 相違点についての判断
上記相違点2は、本件発明1と甲10苗育成方法発明との相違点1と同じである。
そして、上記4(1)イにおいて、本件発明1と甲10苗育成方法発明との相違点1について指摘したように、有用な菌を選択及び同定するに際して、公知の手法を採用して効率的、かつ詳細に、菌の選択及び同定を行うことは、当業者であれば一般的に考慮する事項であることをふまえると、有用な「糸状菌」を「同定」して使用している甲6育苗方法発明においても、公知の手法を採用して効率的、かつ詳細に、菌の選択及び同定を行うことは、動機付けがあったものである。
そうすると、甲6育苗方法発明において、上記相違点2に係る本件発明1の構成に至ることは、上記4(1)イにおいて、本件発明1と甲10苗育成方法発明との相違点1について判断したと同様に、当業者にとって容易に想到し得た事項である。
ウ 小括
上記ア及びイのとおり、本件発明1は、甲6育苗方法発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
したがって、本件発明1に係る特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたものであり、同法113条2号の規定により、取り消されるべきである。
(2)本件発明5について
ア 本件発明5と、甲6苗発明とを対比する。
イ 本件発明5は、「植物苗」に係る発明であり、上記2(3)に指摘したとおり、特定の「定植地」が明確に定まるものではない。
また、本件発明5は、「植物苗」という物の発明であるから、上記(3)イ(イ)に指摘したとおり、「植物苗」を育成する際に用いる「生育寄与型菌」を「特定」する段階において、「環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づいて」特定が行われる構成は、特定された「生育寄与型菌」自体の特性を限定するものではなく、当該「生育寄与型菌」との「共生関係を構築」させた「植物苗」という「物」の発明の構造、機能または特性を特定するものではない。
ウ 上記イに指摘した点、及び、上記(1)アにおける本件発明1と甲6育苗方法発明との対比をふまえ、また、甲6苗発明において、「容器」内で「発芽後栽培」される「キャベツ苗」の「根部」で、「菌根構造を形成しない」「糸状菌エンドファイト」が共生していることが明らかであることをふまえると、本件発明5において、「前記発根用培土中に前記育成対象植物の根圏があり、当該根圏で当該育成対象植物と前記育成寄与型菌との共生関係を構築させた」構成を含め、本件発明5と甲6苗発明とは、全ての点で一致する。
また、仮に「生育寄与型菌」の特定が「環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づいて」行われる点を相違点と扱っても、上記(1)イにおいて本件発明1と甲6育苗方法発明との相違点2について判断したと同様に、当該相違点は当業者にとって想到容易である。
エ したがって、本件発明5は、甲6苗発明と同一であり、特許法29条1項3号の規定に該当する。
また、本件発明5は、甲6苗発明及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
オ よって、本件発明5に係る特許は、特許法29条1項及び2項の規定に違反してされたものであり、同法113条2号の規定により、取り消されるべきである。
(3)本件発明9について
ア 本件発明9と、甲6培土発明とを対比する。
イ 本件発明9は、「培土」に係る発明であり、上記2(5)アに指摘したとおり、特定の「定植地」が明確に定まるものではない。
また、本件発明9は、「培土」という物の発明であるから、上記2(5)イに指摘したとおり、「生育寄与型菌」を「特定」する段階において「環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づいて」特定が行われる構成は、特定された「生育寄与型菌」自体の特性を限定するものではなく、当該「生育寄与型菌」を増殖させた「微生物床」を含む「培土」という「物」の発明の構造、機能または特性を特定するものではない。
ウ 上記イに指摘した点、及び、上記(1)アにおける本件発明1と甲6育苗方法発明との対比をふまえると、本件発明9と甲6培土発明とは、全ての点で一致する。
また、仮に「生育寄与型菌」の特定が「環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づいて」行われる点を相違点と扱っても、上記(1)イにおいて本件発明1と甲6育苗方法発明との相違点2について判断したと同様に、当該相違点は当業者にとって想到容易である。
エ したがって、本件発明9は、甲6培土発明と同一であり、特許法29条1項3号の規定に該当する。
また、本件発明9は、甲6培土発明及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
オ よって、本件発明9に係る特許は、特許法29条1項及び2項の規定に違反してされたものであり、同法113条2号の規定により、取り消されるべきである。
(4)本件発明10について
ア 本件発明10は、本件発明9の構成を有し、付加的構成を加えたものである。本件発明10における付加的構成は、「培土」の特定のために請求項1ないし7の記載を引用した構成を含む。
イ 本件発明10が有する、本件発明9の構成については、上記(3)に対比・判断したとおりである。
ウ 本件発明10における付加的構成は、「培土」という物の発明について、甲6培土発明との対比において、実質的に新たな相違点を生じるものではない。
エ したがって、本件発明10は、甲6培土発明と同一であり、特許法29条1項3号の規定に該当する。
また、本件発明10は、甲6培土発明及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
オ よって、本件発明10に係る特許は、特許法29条1項及び2項の規定に違反してされたものであり、同法113条2号の規定により、取り消されるべきである。
6 本件発明1ないし7、9及び10についてのまとめ
上記1ないし5のとおり、取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由に対し、特許権者からは応答がなかった。
そして、上記取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由は妥当なものと認められるので、本件発明1ないし7、9及び10に係る特許は、取消理由通知(決定の予告)において採用しなかったその余の取消理由及び特許異議申立理由について判断するまでもなく、取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由により、取り消されるべきものである。
第6 当審の判断2-本件発明8について
1 はじめに
本件発明8に係る特許については、取消理由通知(決定の予告)において、取消理由を通知していない。
本件訂正前の請求項8に係る発明について、取消理由通知に記載した取消理由、及び、申立人が申立てる特許異議申立理由は、次のとおりである。
(1)明確性要件違反(上記第4の1(1);特許異議申立理由1)
(2)サポート要件違反(上記第4の1(2);特許異議申立理由2)
(3)甲1ないし甲10により公然知られた発明による新規性欠如(上記第4の1(3)ア;特許異議申立理由3)
(4)甲1ないし甲10に示される周知事項に基づく進歩性欠如(上記第4の1(4)ア;特許異議申立理由4)
(5)甲6に記載された発明を主引用例とした進歩性欠如(上記第4の1(4)イ;特許異議申立理由4、及び上記第4の2(2)イ;取消理由通知に記載した取消理由2)
(6)甲10に記載された発明を主引用例とした新規性欠如(上記第4の2(1)ア;取消理由通知に記載した取消理由1)
(7)甲10に記載された発明を主引用例とした進歩性欠如(上記第4の1(4)ウ;特許異議申立理由4、及び上記第4の2(1)イ;取消理由通知に記載した取消理由1)
以下、本件発明8に係る特許が、上記(1)ないし(7)の理由により取り消されるべきか否かについて、判断する。
2 本件発明8の構成
本件発明8は、請求項5から7のいずれかの記載を引用する、「植物育成方法」に係る発明であり、請求項5の記載を引用する請求項8に係る発明の構成を書き下すと、以下のとおりとなる。
<請求項5を引用する請求項8に係る発明の構成>
人為的に育成する植物である育成対象植物の植物苗であって、
前記植物苗は、農林業における農林産物生産のために定植地に定植して用いるためのものであり、
前記定植地またはその近隣地に存在し菌根を形成することなく植物と共生する土着の非菌根性糸状菌であって、前記育成対象植物の生育に有益な生育寄与型菌を、環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づいて特定し、
前記生育寄与型菌を単離して培養して得られた種菌を増殖基質で増殖させた微生物床を含む発根用培土で発根させて前記育成対象植物を育成することにより得られ、
前記発根用培土中に前記育成対象植物の根圏があり、当該根圏で当該育成対象植物と前記生育寄与型菌との共生関係を構築させた植物苗を
前記定植地に定植して育成する植物育成方法。
請求項6または請求項7を引用する請求項8に係る発明は、請求項5を引用する請求項8に係る発明の構成を全て有し、さらに限定を加えたものである。
3 明確性要件違反の特許異議申立理由について
(1)申立人の具体的主張
本件発明8の明確性に関し、申立人は申立書において、本件発明5を特定する請求項5の記載のうち、菌の存在場所を示す「定植地またはその近隣地」という記載について、「その近隣地」の地理的範囲が曖昧であり、明細書を参酌しても明確とならないから、請求項5を引用する請求項8についても、「その近隣地」の地理的範囲は不明確である旨を主張している。
そして申立人は、本件発明8は特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていないから、本件発明8に係る特許は同法113条4号に該当し、取消されるべきである旨を申し立てている(申立書第6頁最終行-第8頁第19行)。
(2)具体的主張についての判断
ア 判断基準
特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載のみならず、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から、判断されるべきものである。
イ 判断基準に基づく判断
上記アの判断基準に基づいて、判断する。
請求項8が引用する請求項5の記載のうち、「定植地またはその近隣地」における「その近隣地」とは、「定植地」の「近隣地」であることが明らかである。
本件発明8は、「植物育成方法」の発明であり、「苗を前記定植地に定植して育成する」過程を含むから、本件発明8における「定植地」は、実際に「苗」を「定植して育成」する「定植地」として、明確に理解される。
そして、願書に添付した明細書の段落【0025】には、「・・・種菌とする共生微生物としては、育成対象植物を栽培する農林地(定植地)またはその近隣地の土壌やそこに生育している植物から単離し培養したものを用いることが好ましい。定植地の近隣地としては、定植地と同様の自然環境下にあって植物を含む自然生態系が構築されている場所、具体的には気象条件や自然植生が定植地と同様となる地域、好ましくは定植地から半径50km程度の圏内にあって定植地に自然に構築されると考えられる自然植生が存在する場所が好ましい。ただし、遺伝資源の人為的な攪乱を防止できる近隣地(日本の場合は定植地から100~300km圏内、外国など地続きで広大な土地であれば500km程度の圏内であってよい)から種菌を得ることが許容される。共生微生物としては、これら定植地やその近隣地域に存在している土着微生物を用いることが好ましく、特に糸状菌体を形成する土着の糸状菌を用いることが好ましい。」との記載がある。
本件発明8において、実際に育成対象植物を定植して育成する「定植地」が定まることを踏まえて、上記明細書の段落【0025】の記載を考慮すると、本件発明8に係る「植物育成方法」における「その近隣地」について、「定植地」からどの程度の圏内であるかに関して状況に応じた説明がされているからといって、「その近隣地」の範囲が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確となるものではない。
また、本件発明8に係る「植物育成方法」に関し、「定植地またはその近隣地」以外の点について、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに発明が不明確となる事情はない。
したがって、上記(1)に示した申立人の具体的主張について検討しても、本件発明8に係る「植物育成方法」に関し、特許を受けようとする発明は明確であって、本件発明8は特許法36条6項2号に規定する要件を満たしている。
(3)小括
よって、本件発明8に係る特許は、申立人が申立てる明確性要件違反の特許異議申立理由(上記1(1))により、取り消されるべきものではない。
4 サポート要件違反の特許異議申立理由について
(1)申立人の具体的主張
本件発明8のサポート要件に関し、申立人は申立書において、「育成対象物」の具体例として、発明の詳細な説明には、コマツナ、グイマツ、ネギの3種しか挙げられておらず、また、「非菌根性糸状菌であって、前記育成対象植物の生育に有益な生育寄与型菌」の具体例として、発明の詳細な説明には、Sporocadaceae科の糸状菌とMortierella属の糸状菌の2つの菌種しか挙げられていないところ、育成対象植物の種類に応じて膨大に存在する非菌根性糸状菌の中から有益な菌を見つけ出すことは極めて困難であるから、「育成対象植物」の種類及び「生育寄与型菌」の種類を限定することなく「前記育成対象植物の生育に有益な生育寄与型菌を特定し」とする本件発明5の構成は、発明の詳細な説明に開示された内容を一般化できる範囲を逸脱しており、本件発明5を引用する本件発明8についても、同様である旨を主張している。
そして申立人は、本件発明8は特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていないから、本件発明8に係る特許は同法113条4号に該当し、取消されるべきである旨を申し立てている(申立書第8頁第20行-第10頁第7行)。
(2)具体的主張についての判断
ア 判断基準
特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。
イ 判断基準に基づく判断
上記アの判断基準に基づいて、判断する。
(ア)発明の詳細な説明における記載
本件明細書の発明の詳細な説明には、次の記載がある(下線は、当審において付した)。
a 「【技術分野】
【0001】
本発明は、農林産物生産のために用いられる植物の苗、その育苗方法、培土、および植物苗を用いた植物の育成方法、特に微生物を利用する植物育成方法に関する。」
b 「【0008】
植物自体を健康に育てる植物育成法においては、特に「土づくり」が重視されることが多い。植物の生育基盤となる土壌には様々な生物が生息しており、土壌に生息する生物によって土壌に含まれる動植物残渣(生物の排泄物、落ち葉などの有機物、以下「土壌有機物」)が低分子化される。窒素やリンなどの栄養素は、このように土壌有機物が低分子化されることで植物が吸収可能な形態となり植物根から吸収される。
【0009】
植物がしっかりと根を張ってストレスを緩和し、生育に必要な栄養素が吸収しやすく、植物の生育を助け病害生物から守ってくれるような生物が多く生息する土壌が「よい土(土壌)」とされる。このように土壌の良し悪しは物理的構造、化学的特性、生物的特性に左右される。そして、これらの要素は相互に影響し合うことから人為的な制御が難しく、中でも生物的特性は肉眼で観察できない微小な生物(微生物)の影響を受けることから人為的に制御しがたい。
【0010】
こうした状況に対し、従来、病害生物に対する防御作用を奏する微生物を農薬として用いる技術が提案されている(特許文献3)。病害生物に対する防御作用を有する微生物を製剤化した農薬(微生物農薬)は、病害生物以外の生物にも作用してしまう化学農薬に比して、生態系に与える影響が軽微である。すなわち微生物農薬によれば、病害生物を低減させながら植物の生育に有益な生物を殺すことを回避しやすいため、化学農薬や化学肥料の使用を避けた「よい土づくり」においても使用しやすい。」
c 「【発明が解決しようとする課題】
【0012】
ところで特許文献1に記載された発明では、育苗や発芽率を改善する方法の工夫が特定の植物種を対象として行われている。植物種を限定した育苗方法の改善は、植物種ごとの特性を考慮することでより適切な育苗方法の改善を図ることができる一方、植物種ごとの工夫が必要となる問題がある。特許文献2に記載された発明は育苗期間が長い樹木苗の育成に係り、野菜、花卉、作物その他の草本植物には必ずしも適さない。樹木苗の育成については、特にスギ、ヒノキ、アカマツ、エゾマツ、トドマツ、カラマツといった造林用の針葉樹の中でも、アカエゾマツ、エゾマツ、グイマツ、トドマツ、カラマツのように寒冷地で育成される樹木苗は、容器苗にすると施設内で通年育成ができるので好ましい。しかし育成期間が長い樹木苗を容器苗として育成する場合、培土が少ないために生育が不良になりやすいといった問題がある。
【0013】
微生物農薬は、一般に特許文献3に記載されているとおり、化学農薬と同様、液体として散布や塗布されたり、培土や堆肥のような土壌改良材といった資材に混合されたりして使用されている。しかし、微生物農薬を施した土壌や植物体にはさまざまな生物が存在していることから、施された微生物がもとから存在している生物に駆逐されるなどして十分な効果を奏すことができない場合も多い。また、微生物農薬がもとから存在している生物に駆逐されないようにするために、施肥量を多く必要とするという課題もあった。
【0014】
これら従来技術に対し、本発明は、特定の植物種に限定されず、草本・木本の別も問わず適用可能で、様々な植物種の苗の生育を促進し良質な苗を得ることができ、播種した種子の発芽率を向上させ得苗率を増大させることができる育苗方法を提供する。本発明は特に、育苗期間が数か月単位の草本植物のみならず、育苗期間が1年以上に及ぶ木本植物にも適用でき、さらに、少量の培土で屋内生産される容器苗の育苗にも適用できる育苗方法を提供する。
【0015】
また、本発明は、育成対象植物に対する成長促進などの有益な機能を奏する微生物の施肥量を低減しながら、所望の効果をより発揮させることができる、微生物を利用する植物育成方法を提供する。」
d 「【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明は、育成対象植物と共生でき当該植物の育成を促進する機能を有する共生微生物を特定し、当該共生微生物を増殖させて得られる微生物床と植物を育成する基質とを混合した培土で育成対象植物を発根させることで、育成対象植物と共生微生物との共生関係を構築し、「先住効果」を持たせた植物苗、育苗方法に係り、当該植物苗を育成するための培土、および当該植物苗を用いる植物育成方法に係る。
【0017】
共生微生物としては、糸状の菌糸体を植物根に付着させる糸状菌を用いることが好ましい。従来、排水処理や土壌改良剤などとして工業的に利用されている微生物は単細胞微生物である細菌類、酵母類、細菌類の仲間である放線菌類が主体であった。一方、微生物の中でも真菌類は一部がキノコ栽培に用いられる程度で工業的な利用が進んでいない。真菌類は、酵母のように例外的に単細胞微生物である種もあるものの、多くは多細胞微生物であり、多細胞性の真菌類は一般に複数の細胞が糸状に連なった菌糸体を形成する。このように菌糸体を形成する多細胞微生物である糸状菌は、細菌類や酵母菌類、放線菌類に比して機能や生態などについて未解明な点が多く、取り扱いも難しい。こうした状況に対し、近年、植物と共生している微生物叢を解析し、植物の生育を促進する機能を有する微生物を推定する方法が提案され(Toju, H. et al. Core microbiomes for sustainable agroecosystems. Nature Plants 4 247-257(2018)、以下「Tojuによる微生物叢解析」と称する)、微生物叢における糸状菌の機能などを解明する端緒が拓かれている。
【0018】
本発明者は、Tojuによる微生物叢解析をベースにした研究の中で、入手が容易な植物残渣を培養基質として増殖させられる(すなわち後述する単離培養型の非菌根性の)糸状菌の中にさまざまな植物と共生し当該植物の生育を良好にできる糸状菌がいること、植物残渣を基質として糸状菌を増殖させて糸状の菌体が有機物の基質中を伸長する状態で育成対象植物を発根させることで、植物苗の発芽率を向上させ、苗の生育を良好にできることを見出し、本発明を完成させた。
【0019】
本発明では、Tojuによる微生物叢解析その他の方法によって育成対象植物の生育を良好にできる共生微生物を特定し、特定した共生微生物の増殖に好適な微生物培養用の基質中で培養して糸状の菌糸体を伸長させ、植物を育成するための培土に菌糸を伸長させる状態にした共生微生物を混合して育成対象の植物を発根させる。
【0020】
本発明では、特に、育成対象植物を定植する定植地やその近隣地の土壌微生物を構成する糸状菌の中から共生微生物を特定し、用いることが好ましい。」
e 「【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、育成対象植物の生育を促進できる共生微生物を特定し、特定した共生微生物を単離培養した種菌を培養基質で増殖させ共生微生物の菌糸を伸長させ、微生物床に含まれる菌糸を培土中でさらに伸長させながら育成対象植物を発根させることで、共生微生物を育成対象植物の根圏で当該植物と共生させることができる。発根時から根圏で共生微生物との共生関係を構築した育成対象植物は生育が促進され、また共生微生物の菌糸が伸長する培土に植物苗を播種すると発芽率を向上させることができる。また本発明により得られた植物苗は、発根時から共生微生物を共生させたことにより「先住者効果」を得て、定植後も共生微生物との共生関係をベースにして定植地の土着微生物との共生ネットワークを構築できる。このため共生微生物として、育成対象植物を定植する予定の定植地の土着微生物との間で好ましい共生ネットワークを誘導する微生物(コア微生物)を用いれば、定植後の活着や生育を向上させられる。
【0022】
本発明によれば、育成対象植物に有益な機能を奏する共生微生物を、育成対象植物の定植地またはその近隣地から採取し、これを単離して培養し、菌糸を伸長する状態で植物根が伸長する領域に配置する。これにより育成対象植物の根に共生微生物の菌体を入り込ませたり、根圏で密接に関係させたりして育成対象植物と共生微生物との共生関係を人為的に構築させ、少ない施肥量でより確実な効果を発揮させることができる。」
f 「【0026】
より詳細には、植物根に菌糸を侵入させる、または根圏で育成対象植物と密接に関係する共生関係を持つと考えられる糸状菌であって、植物根との共生体(菌根)を形成させることなく一般的な培地(例えばPDA培地やオートミール培地など)や動植物残渣を基質として、その菌のみを人工培養することができる糸状菌(以下、「非菌根性糸状菌」と称する)が好ましい。ここで、糸状菌の中には、「菌根」と呼ばれる植物根との共生体を形成して植物と共生関係を構築するもの(菌根菌)がある。菌根は、植物根と菌糸とが一体化した特徴的な構造の共生体であり、内生型と称されるアーバスキュラー菌根菌や、マツタケのようなキノコを生じさせる外生菌根菌とに分類されてきた。
【0027】
こうした菌根菌は、一般に、植物と糸状菌と双方の生育にお互いを必要とする(以下、「絶対共生型」と称する)ため、植物根と共生させた状態または特殊な培地や特殊な培養法でしか人工的に増殖させることができない。一方、非菌根性糸状菌は、菌根を形成することなく植物体内に菌糸を侵入させたり、植物の根圏で植物と密接に関係したりして植物と共生関係を持つと考えられ、植物根と共生させることなく、一般的な培地や動植物残渣を基質としてその菌だけを人工的に純粋培養(単離)できる(以下、「単離培養型」と称する)。また単離培養型の非菌根性糸状菌は、土壌有機物となる多種多様な動植物残渣を栄養源(分解基質)として低分子化して吸収して増殖できるため、様々な動植物残渣を増殖基質とすることができ、増殖も速い。このように、非菌根性糸状菌は菌根菌に比べて、入手や取り扱いが容易な基質や培養条件で、短期間で大量に増殖させることができる。」
(イ)解決しようとする課題
本件発明8は、植物育成方法に係る発明である。
上記(ア)aないしcの摘記より、植物育成方法に着目すると、本件特許において発明が解決しようとする課題は、植物苗を用い微生物を利用する植物育成方法において、様々な育成対象植物への適用が容易であり、微生物の施肥量を低減しながら、所望の効果を発揮させることができる、植物育成方法を提供することであると、認められる。
(ウ)課題を解決できると認識されるか否か
本件発明8は、請求項8の記載より、「苗を前記定植地に定植して育成」する過程を含む、「植物育成方法」の発明である。
また、本件発明8は、請求項8が引用する請求項5の記載より、「育成対象植物を定植する定植地またはその近隣地に存在し菌根を形成することなく植物と共生する土着の非菌根性糸状菌」から、「前記育成対象植物の生育に有益な生育寄与型菌」を、「環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づいて特定」する。
そして、本件発明8は、請求項8が引用する請求項5の記載より、「前記生育寄与型菌を単離して培養して得られた種菌を増殖基質で増殖させた微生物床を含む発根用培土で発根させて前記育成対象植物を育成することにより得られ、前記発根用培土中に前記育成対象植物の根圏があり、当該根圏で当該育成対象植物と前記生育寄与型菌との共生関係を構築させた植物苗」を、請求項8に記載されるとおり、「前記定植地に定植」して、定植後の「育成対象植物」を「育成」するものである。
上記(ア)cないしeに摘記した記載を踏まえると、本件発明8が有する、実際に「育成対象植物を定植する定植地またはその近隣地」に存在する「土着の非菌根性糸状菌」を「生育寄与型菌」として用い、「前記生育寄与型菌を単離して培養して得られた種菌を増殖基質で増殖させた微生物床を含む発根用培土で発根させて前記育成対象植物を育成することにより得られ、前記発根用培土中に前記育成対象植物の根圏があり、当該根圏で当該育成対象植物と前記生育寄与型菌との共生関係を構築させた植物苗」へと育成したうえで、「苗を前記定植地に定植して育成」する構成によって、育成対象植物の育成において、発根時から共生微生物との共生関係が形成されるとともに、定植後の定植地の土着微生物との共生ネットワークの構築が容易となり、もとから存在している生物に駆逐される微生物農薬を用いる場合より、微生物の施肥量を低減しながら、所望の効果を発揮させることができる、という効果を得ることができると、合理的に理解される。
また、上記(ア)dないしfに摘記した記載を踏まえると、本件発明8が有する、「育成対象植物を定植する定植地またはその近隣地に存在し菌根を形成することなく植物と共生する土着の非菌根性糸状菌」から、「前記育成対象植物の生育に有益な生育寄与型菌」を、「環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づいて特定」する構成より、糸状菌の生育に共生植物が必要となる絶対共生型の菌根菌を対象とする場合より、入手や取り扱いが容易な土着の菌から効率的に「育成対象植物の生育に有益な生育寄与型菌」を特定することが可能となり、「生育寄与型菌」の特定を含む「植物育成方法」として、様々な育成対象植物への適用が容易になると、合理的に理解される。
したがって、上記(1)に示した申立人の具体的主張を考慮しても、本件発明8に係る「植物育成方法」の発明は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであって、特許法36条6項1号に規定する要件を満たしている。
(3)小括
よって、本件発明8に係る特許は、申立人が申立てるサポート要件違反の特許異議申立理由(上記1(2))により、取り消されるべきものではない。
5 新規性欠如・進歩性欠如の特許異議申立理由及び取消理由について
(1)証拠の記載
ア 取消理由通知(決定の予告)において引用した証拠の記載
取消理由通知(決定の予告)において引用した、甲6、甲10、参考資料4、参考資料5、及び特開2005-73643号公報には、上記第5の3(1)ないし(5)に示した事項が記載されている。
イ 取消理由通知(決定の予告)において引用しなかった証拠の記載
取消理由通知(決定の予告)において引用しなかった、甲1ないし甲5、甲7ないし甲9、及び参考資料1ないし3には、下記(ア)ないし(サ)に示す事項が記載されている。なお、甲7ないし甲9の英文に括弧書きで付した仮訳は、申立人が提出した抄訳文による。(下線は、当審において付した。)
(ア)甲1
・「エンドファイトとは、生きている植物体の組織や細胞内で生活する生物のことである。」(第16頁第1欄第3行-第5行)
・「その中で、私たちは、亜寒帯森林土壌やそこに分布する植物根部を主なすみかとする根部エンドファイト(Dark-septate endophytic fungi、ダーク・セプテイト エンドファイティック ファンジャイ、DSE)について研究を行っている。」(第17頁第1欄第3行-第5行)
・「DSEは、森林土壌、およびそこに自生している植物根部に生息している菌類の総称である。」(第17頁第2欄最終行-第3欄第2行)
・「地球上の菌類は約九万種が知られている。しかし、これら既知種は、全体の数パーセントにすぎず、未知の多様な菌類がその一○倍から数十倍まで存在する。最近になって、ようやく認知され始めたエンドファイトにも、未知の多様な菌類が存在すると考えられている。」(第20頁第2欄第14行-第3欄第2行)
・「また、多くの陸生植物の根に侵入して、菌根と呼ばれる構造物を形成するカビの仲間の菌根菌もエンドファイトである。だれもが知っている秋の味覚マツタケも菌根菌であり、エンドファイトである。マツはマツタケなしでは生育もできない。」(第21頁第3欄第12行-第22頁第1欄第3行)
・「しかし、病原菌の項でも同じことを言ったが、これら根粒菌や菌根菌も広い意味ではエンドファイトであるが、研究も盛んに行われており、専門書も数多く出版されている。そのため本書では、主にいわゆる菌根菌などを除いた狭義のエンドファイトを扱うことにする。」(第22頁第2欄第9行-第3欄第6行)
・「なお、エンドファイトを接種しても植物に異常はまったく認められず、むしろ生育が促進されるという特徴もある。
また、エンドファイトは、菌根菌に比べて宿主範囲が広く、コケ、シダ植物、アブラナ科、ウリ科、セリ科、キク科、アカザ科、アオイ科、ネギ科、さらにはツツジ科やマツ科など木本植物にも定着することが確認されている。」(第23頁第6行-第14行)
・「また、アブラナ科植物は、菌根を形成しない非菌根性の植物であり、これまで共生する微生物は報告されておらず、現時点でエンドファイトはアブラナ科植物に共生できる唯一の微生物である。」(第26頁第2欄第2行-第7行)
(イ)甲2
・「エンドファイトといえば,イネ科植物などに共生している麦角菌科ネオティフォディウム(Neotyphodium)に属する糸状菌が最もよく知られており,これは植物の地上部である茎葉部体内に定着する菌類で古くから研究がなされている.一方,地上部と同様に根部に定着しているエンドファイトも存在する.この根部エンドファイトは,広義には菌根菌,特に内生型のVA菌根菌やランおよびツッジの菌根菌を含めているが,ここでは菌根構造を形成せずに植物と共生関係にある菌類を根部エンドファイトと定義し,菌根菌は除く.」(第741頁第13行-第22行)
・「根部エンドファイトと宿主植物とが共生関係にあると,根部エンドファイトが宿主植物の生育を促進する.」(第742頁右欄第25行-第26行)
・「ハクサイ根部に定着するエンドファイトHeteroconium chaetospiraもハクサイ苗の生育を促進することが報告されている.」(第742頁右欄第37行-第39行)
(ウ)甲3
・「植物の根には,その組織や細胞内に侵入し,明らかな病徴も示すことなく生息している菌類,「根部エンドファイト」が存在する.この根部エンドファイトは,多種・多様な植物根から分離されているが(Narisawaら,1998),その分類学的な所属や生理的機能については不明な点が多く,また,今までに生物防除には利用されていなかった.そこで,我々はこの根部エンドファイトにねらいを絞り,病害抑制効果を有する菌株の探索を行った.その結果,ハクサイの根に共生することのできる糸状菌類Heteroconium chaetospira(Grove)M.B.Ellisを発見し,根こぶ病の防除に成功した(図1)(Narisawaら,1998;2000).」(第45頁右欄第8行-第19行)
・「小麦や大豆栽培圃場,牧草地,海浜,森林など様々な環境から土壌を採取し,その土壌中に生息している微生物を分離した.採取してきた各土壌をポットにつめ,対象作物を生育させた後,根部を回収し,回収した根片を界面活性剤入りの滅菌水でよく洗浄し,定着してきた菌類を分離した.次に,分離した菌株の中で,病害防除活性の高い菌株をスクリーニングするため,殺菌土壌と無殺菌土壌を用いてハクサイ根こぶ病のポット試験を行った.その結果,小麦栽培土壌から得られたHeteroconium chaetospira H4007株が高い定着能力を有しており,根こぶ病を効果的に抑制することが明らかとなった(Narisawaら,1998;2000).」(第45頁右欄下から2行-第46頁左欄第10行)
・「なお,H.chaetospiraを接種してもハクサイ苗には異常はまったく認められず,むしろ生育が促進されるという特徴がある.」(第47頁左欄第16行-第18行)
・「また,ハクサイをはじめとするアブラナ科は,菌根を形成しない非菌根性の植物であり,これまで共生する微生物は報告されておらず,現時点でH.chaetospiraはアブラナ科植物に共生できる唯一の微生物である.」(第48頁左欄第26行-第30行)
・「本研究により,根部エンドファイトH.chaetospiraは,アブラナ科植物と共生関係にあることが明らかとなった.そのため,同菌は,育苗時に条件を整えると,根内部に安定して定着することができ,圃場定植後の複雑な土壌環境の影響を受けにくくなると考えられる.」(第51頁左欄第22行-第26行)
(エ)甲4
・「著者らは,植物共生菌の中で,特にエンドファイトに注目し,研究を進めている。エンドファイト(endophyte)とは,endo=withinとphyte=plantの合成語で,生きている植物体の組織や細胞内で生活する生物を示す。」(第16頁左欄第8行-第11行)
・「これらエンドファイトの中で,森林土壌,およびそこに自生している植物根部に生息している菌類を総称してDark Septate Endophytic fungus (DSE)と呼ぶ。」(第16頁左欄第22行-第24行)
・「また,著者らにより,非菌根性植物として知られているアブラナ科植物とDSEが窒素(N)および炭素(C)の物質交換を伴う相利共生関係にあることが証明された(Jumpponen,2001; Usuki and Narisawa,2007)。
また,同菌類は,宿主範囲が広いのが特徴で,自然界においても,さまざまな植物と関係を持ち,植物の生育を助けるなど,生態系における重要な役割を担っていることが推察される。代表的なDSEとして,Phialocephala fortiniiやHeteroconium chaetospiraが比較的よく研究されている。Phialocephala fortiniiは,北欧や北米大陸など北方地域での報告が多いが,その他多くの森林土壌に広く分布していると考えられている。」(第16頁右欄第4行-第19行)
・「著者らは,近年,今までほとんど研究が行われていなかった温暖な地域におけるDSEの探索を開始した。」(第16頁右欄下から3行-下から2行)
(オ)甲5
甲5には、次の記載がある。
・「筆者らは,野外の健康なシロイヌナズナに広く分布する糸状菌Colletotrichum tofieldiaeが,病原菌である炭疽病菌ときわめて近縁であるにもかかわらず根に病徴をひき起こすことなく感染し,リン酸の欠乏した条件においてはリン酸を提供し成長を促進することを明らかにした.」(要約欄第1行-第3行)
(カ)甲7
甲7には、次の記載がある(英文に対し、括弧書きで付した仮訳は、申立人による。以下、同様)。
・「The endophytic fungus Mortierella hyalina colonizes the roots of Arabidopsis thaliana and stimulates growth and biomass production of the aerial parts but not of roots.」(要約欄第1行-第3行)
(内生菌Mortierella hyalinaは、シロイヌナズナの根にコロニーを形成し、根ではなく地上部の生育とバイオマス生産を促進する。)
(キ)甲8
甲8には、次の記載がある。
・「Mortierella alpina CS10E4, an oleaginous fungal endophyte of Crocus sativus L. enhances apocarotenoid biosynthesis and stress tolerance in the host plant」(論文タイトル)
(サフランの油性糸状菌エンドファイトである Mortierella alpina CS10E4は、宿主植物のアポカロテノイド生合成とストレス耐性を高める。)
(ク)甲9
「Species of Sporocadaceae are endophytic, plant pathogenic or saprobic, and associated with a wide range of host plants.」(要約欄第1行)
(Sporocadaceaeの種は、内生性、植物病原性または腐生性であり、宿主植物と幅広く関係している。)
(ケ)参考資料1
・「【0004】
科学的な土壌の診断方法としては、土壌中の陽イオン交換容量やリン酸吸収係数、pH、養分含量などを分析する化学的診断方法や、土壌硬度や孔げき率、水分保持能力などを分析する物理的診断方法などがある。しかしながら、これらの診断方法においても、土壌の性質を一面的に評価するに限られ、より多面的に診断する為には複数の土壌診断方法を併用して行う必要があった。また、各分析対象物質の抽出成分ごとに分注・ろ過作業を必要とするなど、簡便かつ迅速に診断することは困難であった。
【0005】
これらを解決する方法として、環境DNA(eDNA)を解析し、土壌中の微生物の多様性を調査し、診断する生物学的診断方法が開発された。」
(コ)参考資料2
・「【0002】
近年、環境中に存在するDNA(環境DNA)を分析することにより、当該環境における生物種の特定等を行う「環境DNA分析」が注目されている。環境DNAは、生物が環境中に放出したDNAで主に構成されている。」
(サ)参考資料3
・「東樹氏: まず、ある場所の植物種と地下真菌類の共生関係の全体像を捉えようと考えました。山へ行き、植物の根を試料として採取して、そこに含まれるDNAを解析します。1つの調査地でランダムに何百もサンプリングすれば、その場所に生息する植物と菌の、地下における存在頻度を反映したデータが得られるはずです。実際に、北海道から屋久島までの3地点で、それぞれ、30種以上の植物と数百種の真菌類との共生ネットワーク構造を捉えることに成功しました。
このような研究で苦労するのは、解析すべきデータ量が多いことです。そこで、先行研究の共同研究者である田辺晶史さん(神戸大学)が開発されたDNAバーコーディング技術を利用しました。田辺さんが開発した画期的な理論(QC-auto法)と自動化プログラム(Claident)により、途方にくれるほど膨大な計算時間を短縮する道が開かれました。ちなみに、この理論と実装プログラムを使えば、地球上のあらゆる生物群について、自動同定を行うことが可能です。」(申立人が抜粋した印刷物の第2頁、「―― 具体的には、どのように研究を進めていかれたのか、教えてください。」に対する回答部分)
(2)甲10に記載された発明を主たる引用例とした新規性・進歩性欠如について
ア 本件発明8と甲10作物栽培方法発明との対比
本件発明8と、甲10作物栽培方法発明とを、対比する。
甲10作物栽培方法発明において、「栽培を行う」「作物」である「ハクサイ」は、本件発明8において、「人為的に育成する植物である育成対象植物」に、相当する。
甲10作物栽培方法発明において、「ハクサイの苗」は、本件発明8において、「植物苗」に、相当する。
甲10作物栽培方法発明において、「ハクサイの苗」が「土壌に移植して栽培を行う」ためのものである構成は、本件発明8において、「前記植物苗は、農林業における農林産物生産のために定植地に定植して用いるためのもの」である構成に、相当する。
甲10作物栽培方法発明において、「土壌で栽培した作物の根から根内に共生する根部エンドファイトを分離、培養すると共に類別」され、「土壌病害抑制能を有するものとして特定され、選択された根部エンドファイトを、PDA培地等で培養を行うことにより多量に得」ることができる「根部エンドファイト」は、植物根と共生させた状態または特殊な培地や特殊な培養法でしか人工的に増殖させることができないものでなく、一般的な培地や動植物残渣を基質としてその菌だけを人工的に純粋培養できるから、本件発明8において、「菌根を形成することなく植物と共生する」「非菌根性糸状菌であって、前記育成対象植物の生育に有益な生育寄与型菌」に相当する。
甲10作物栽培方法発明において、上記「根部エンドファイト」が「特定され、選択され」ることと、本件発明8において、上記「生育寄与型菌」が「環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づいて特定」されることとは、「生育寄与型菌」が「特定」される点で、共通する。
甲10作物栽培方法発明において、上記「根部エンドファイト」を、「PDA培地等で培養を行うことにより多量に得」、「作物の根内に共生する根部エンドファイトを培養した苗床に作物の種子を播種し、発芽させて根部エンドファイトを作物の根に定着させ」る構成は、具体例である「ヘテロコニウム ケピストラ」の場合に「分離株菌」としたうえで「培養を行ない、苗床を作製」していることから、単離して得た菌を培養して増殖させていることが明らかであること、及び、「作物の根内に共生する根部エンドファイト」を「苗床」で「作物の根に定着させ」た苗において、苗床内の苗の根圏において苗と根部エンドファイトとの共生関係が構築されることが明らかであることをふまえると、本件発明8において、「前記生育寄与型菌を単離して培養して得られた種菌を増殖基質で増殖させた微生物床を含む発根用培土で発根させて前記育成対象植物を育成することにより得られ、前記発根用倍土中に前記育成対象植物の根圏があり、当該根圏で当該育成対象植物と前記生育寄与型菌との共生関係を構築させた植物苗」を得る構成に、相当する。
甲10作物栽培方法発明において、「ハクサイの苗を土壌に移植して栽培を行う」構成と、本件発明8において「苗を前記定植地に定植して育成する」構成とは、「前記定植地」が「土着の非菌根性糸状菌」を得る段階の「前記定植地またはその近隣地」に係る「定植地」であるかを措くとして、「苗を定植地に定植して育成する」点で、共通する。
甲10作物栽培方法発明において、「土壌病害を抑制した作物の栽培方法」は、本件発明8において、「植物育成方法」に、相当する。
以上を整理すると、本件発明8と甲10作物栽培方法発明とは、次の点で一致する。
「人為的に育成する植物である育成対象植物の植物苗であって、
前記植物苗は、農林業における農林産物生産のために定植地に定植して用いるためのものであり、
菌根を形成することなく植物と共生する土着の非菌根性糸状菌であって、前記育成対象植物の生育に有益な生育寄与型菌を特定し、
前記生育寄与型菌を単離して培養して得られた種菌を増殖基質で増殖させた微生物床を含む発根用培土で発根させて前記育成対象植物を育成することにより得られ、
前記発根用倍土中に前記育成対象植物の根圏があり、当該根圏で当該育成対象植物と前記生育寄与型菌との共生関係を構築させた植物苗
を定植地に定植して育成する植物育成方法。」
そして、本件発明8と甲10作物栽培方法発明とは、次の点で相違する。
なお、下記相違点AないしCのうち、相違点Aは、本件発明8が請求項5ないし7のいずれを引用する場合にも有する相違点であり、相違点B及び相違点Cは、本件発明8が請求項6を引用する場合、または、本件発明8が請求項7を引用する場合に、有する相違点である。
<相違点A>
「生育寄与型菌」の特定と「定植地」とに関し、
本件発明8においては、「苗」を「定植して育成」する「前記定植地」について、「前記定植地またはその近隣地に存在」する「土着」の「非菌根性糸状菌」を対象として、「生育寄与型菌」を「環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づいて特定」したうえで、当該「生育寄与型菌」との共生関係を構築した植物苗を、当該「生育寄与型菌」が「前記定植地またはその近隣地」の「土着」のものであった「前記定植地」に定植することが、特定されているのに対し、
甲10作物栽培方法発明においては、「苗」を「移植して栽培」する「土壌」について、当該土壌またはその近隣地に存在する土着の「根部エンドファイト」を対象として、使用する「根部エンドファイト」を環境DNA分析により特定したうえで、当該「根部エンドファイト」を「根に定着」させた「苗」を、当該「根部エンドファイト」が当該土壌またはその近隣地の土着のものであった「土壌」に定植することは、特定されていない点。
<相違点B>
本件発明8のうち、請求項6を引用する請求項8に係る発明では、さらに、
「前記生育寄与型菌は、山林で得られた試料から単離された非菌根性糸状菌である」と特定されているのに対し、
甲10作物栽培方法発明においては、そのように特定されていない点。
<相違点C>
本件発明8のうち、請求項7を引用する請求項8に係る発明では、さらに、
「前記植物苗は、造林用の針葉樹苗である」と特定されているのに対し、
甲10作物栽培方法発明においては、そのように特定されていない点。
イ 相違点についての判断
事案に鑑み、まず上記相違点Aについて、判断する。
(ア)実質的な相違点か否か
本件発明8は、「植物育成方法」に係る発明であり、使用する「生育寄与型菌」を、「前記定植地またはその近隣地に存在」する「土着」の「非菌根性糸状菌」を対象として、「環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づいて特定」したうえで、当該「生育寄与型菌」との共生関係を「植物苗」の根圏に構築し、「苗」を「前記定植地に定植して育成する」、一連の過程を含む。
そして、上記相違点Aに係る本件発明8の構成は、植物育成方法として、上記一連の過程に関する構成であるから、相違点Aは単なる形式的な相違点ではなく、実質的な相違点である。
したがって、本件発明8と甲10作物栽培方法発明とは、相違点Aにおいて相違し、同一ではない。
(イ)想到容易か否か
甲10のほかに、取消理由通知(決定の予告)において引用した、甲6、参考資料4、参考資料5、及び特開2005-73643号公報には、上記第5の3(1)及び(3)ないし(5)に示した事項が記載されている。
取消理由通知(決定の予告)において引用しなかった、甲1ないし甲5、甲7ないし甲9、及び参考資料1ないし3には、上記(1)イ(ア)ないし(サ)に摘記した事項が記載されている。
しかしながら、上記いずれの文献にも、植物育成方法において、苗を定植する定植地の選択と使用する菌の特定とに関し、上記相違点Aに係る本件発明8の構成をとることは、記載されていない。
そして、本件発明8は、上記相違点Aに係る構成を有することにより、上記3(2)イ(ウ)において検討したとおり、発明が解決しようとする課題を解決できると認識されるのに対し、甲1ないし甲9、参考資料1ないし5、及び特開2005-73643号公報の記載を考慮しても、甲10作物栽培方法発明において、上記相違点Aに係る一連の構成をとることが、示唆されていたということはできない。
したがって、甲10作物栽培方法発明において、上記相違点Aに係る本件発明8の構成をとることは、甲1ないし甲9、参考資料1ないし5、及び特開2005-73643号公報の記載を考慮しても、当業者にとって想到容易ではない。
ウ 小括
上記イ(ア)のとおり、本件発明8と甲10作物栽培方法発明とは、相違点Aにおいて相違するから、その余の相違点B及びCについて判断するまでもなく、本件発明8と甲10作物栽培方法発明とは同一でない。
また、上記イ(イ)のとおり、本件発明8と甲10作物栽培方法発明との相違点Aは、甲1ないし甲9、参考資料1ないし5、及び特開2005-73643号公報の記載を考慮しても、当業者にとって想到容易ではないから、その余の相違点B及びCについて判断するまでもなく、本件発明8は、甲10作物栽培方法発明、及び、甲1ないし甲9、参考資料1ないし5、特開2005-73643号公報に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明できたものではない。
したがって、本件発明8に係る特許は、甲10に記載された発明を主引用例とした、新規性欠如の取消理由(上記1(6))により、取り消されるべきものではない。
また、本件発明8に係る特許は、甲10に記載された発明を主引用例とした、進歩性欠如の特許異議申立理由及び取消理由(上記1(7))により、取り消されるべきものではない。
(3)甲6に記載された発明を主たる引用発明とした進歩性欠如について
ア 本件発明8と甲6育苗方法発明との対比
本件発明8と、甲6育苗方法発明とを、対比する。
甲6育苗方法発明において、「苗の生産性を向上し、圃場定植後も含めたキャベツ栽培全体に利用する、キャベツの育苗方法」の対象とする「キャベツ」の「苗」は、本件発明8において、「人為的に育成する植物である育成対象植物の植物苗であって、前記植物苗は、農林業における農林産物生産のために定植地に定植して用いるためのもの」に、相当する。
甲6育苗方法発明において、「圃場」から「採取」した「キャベツ」の「根試料」を「ポテト・デキストロース寒天(PDA)培地上」に置けば「糸状菌の生育が確認」され、「分離菌株」を「土壌フスマ培地に接種後、培地全体に菌が生育するまで培養」することができる、「菌根構造を形成しない、根部に生息する糸状菌エンドファイト」は、特段人工的に新たに創出した菌等ではないことをふまえると、本件発明8において、「菌根を形成することなく植物と共生する土着の非菌根性糸状菌」に相当する。
甲6育苗方法発明において、「キャベツ苗の重量増加を示した株の糸状菌を、分生糸と分生糸柄の形態観察を行って同定」する構成と、本件発明8において、上記「非菌根性糸状菌」について、「前記育成対象植物の生育に有益な生育寄与型菌を、環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づいて特定」する構成とは、「前記育成対象植物の生育に有益な生育寄与型菌を、特定」する点で、共通する。
甲6育苗方法発明において、「キャベツ苗の重量増加を示した株の糸状菌」として「同定」された「菌」である「菌根構造を形成しない、根部に生息する糸状菌エンドファイト」について、「分離菌株をそれぞれ土壌フスマ培地に接種後、培地全体に菌が生育するまで培養し、イノキュラムを作成し、培土とイノキュラムを混合し、容器に充填し、ここにキャベツ種子を播種し、発芽後栽培を行」う構成は、「容器」内で「発芽後栽培」される「キャベツ苗」の「根部」で、「菌根構造を形成しない」「糸状菌エンドファイト」が共生していることが明らかであることをふまえると、本件発明8において、「前記生育寄与型菌を単離して培養して得られた種菌を増殖基質で増殖させた微生物床を含む発根用培土で発根させて前記育成対象植物を育成することにより得られ、前記発根用培土中に前記育成対象植物の根圏があり、当該根圏で当該育成対象植物と前記育成寄与型菌との共生関係を構築させた植物苗」を得る構成に相当する。
甲6育苗方法発明において、「キャベツ苗」の「育苗」が「圃場定植後も含めたキャベツ栽培全体」の一部であることをふまえると、甲6育苗方法発明における「キャベツの育苗方法」と、本件発明8における「植物育成方法」とは、定植後の過程を含むか否かを措くとして、「植物育成方法」という点で、共通する。
以上を整理すると、本件発明8と甲6育苗方法発明とは、次の点で一致する。
「人為的に育成する植物である育成対象植物の植物苗であって、
前記植物苗は、農林業における農林産物生産のために定植地に定植して用いるためのものであり、
菌根を形成することなく植物と共生する土着の非菌根性糸状菌であって、前記育成対象植物の生育に有益な生育寄与型菌を特定し、
前記生育寄与型菌を単離して培養して得られた種菌を増殖基質で増殖させた微生物床を含む発根用培土で発根させて前記育成対象植物を育成することにより得られ、
前記発根用倍土中に前記育成対象植物の根圏があり、当該根圏で当該育成対象植物と前記生育寄与型菌との共生関係を構築させた植物苗を育成する植物育成方法。」
そして、本件発明8と甲6育苗方法発明とは、次の点で相違する。
なお、下記相違点aないしcのうち、相違点aは、本件発明8が請求項5ないし7のいずれを引用する場合にも有する相違点であり、相違点b及び相違点cは、本件発明8が請求項6を引用する場合、または、本件発明8が請求項7を引用する場合に、有する相違点である。
<相違点a>
「生育寄与型菌」の特定と「定植」以降の過程とに関し、
本件発明8においては、「苗」を「前記定植地に定植して育成」する過程を有し、苗を定植する「前記定植地」について、「前記定植地またはその近隣地に存在」する「土着」の「非菌根性糸状菌」を対象として、「生育寄与型菌」を「環境DNA分析による土壌微生物叢解析に基づいて特定」したうえで、当該「生育寄与型菌」との共生関係を構築した植物苗を、当該「生育寄与型菌」が「前記定植地またはその近隣地」の「土着」のものであった「前記定植地」に「定植して育成」するのに対し、
甲6育苗方法発明においては、「圃場定植後も含めたキャベツ栽培全体」を考慮していても、実際に「キャベツ苗」を「定植」する「圃場」について、当該圃場またはその近隣地に存在する土着の「糸状菌エンドファイト」を対象として、使用する「糸状菌エンドファイト」を環境DNA分析により特定したうえで、当該「糸状菌エンドファイト」を含む「イノキュラム」中で「発芽後栽培」した「キャベツ苗」を、当該「糸状菌エンドファイト」が当該圃場またはその近隣地の土着のものであった「圃場」に「定植して育成」することは、特定されていない点。
<相違点b>
本件発明8のうち、請求項6を引用する請求項8に係る発明では、さらに、
「前記生育寄与型菌は、山林で得られた試料から単離された非菌根性糸状菌である」と特定されているのに対し、
甲6育苗方法発明においては、そのように特定されていない点。
<相違点c>
本件発明8のうち、請求項7を引用する請求項8に係る発明では、さらに、
「前記植物苗は、造林用の針葉樹苗である」と特定されているのに対し、
甲6育苗方法発明においては、そのように特定されていない点。
イ 相違点についての判断
事案に鑑み、まず上記相違点aについて、判断する。
甲6のほかに、取消理由通知(決定の予告)において引用した、甲10、参考資料4、参考資料5、及び特開2005-73643号公報には、上記第5の3(2)ないし(5)に示した事項が記載されている。
取消理由通知(決定の予告)において引用しなかった、甲1ないし甲5、甲7ないし甲9、及び参考資料1ないし3には、上記(1)イ(ア)ないし(サ)に摘記した事項が記載されている。
しかしながら、上記いずれの文献にも、植物育成方法において、苗を定植する定植地の選択と使用する菌の特定とに関し、上記相違点aに係る本件発明8の構成をとることは、記載されていない。
そして、本件発明8は、上記相違点aに係る構成を有することにより、上記3(2)イ(ウ)において検討したとおり、発明が解決しようとする課題を解決できると認識されるのに対し、甲1ないし甲5、甲7ないし甲10、参考資料1ないし5、及び特開2005-73643号公報の記載を考慮しても、甲6育苗方法発明において、上記相違点aに係る一連の構成をとることが、示唆されていたということはできない。
したがって、甲6育苗方法発明において、上記相違点aに係る本件発明8の構成をとることは、甲1ないし甲5、甲7ないし甲10、参考資料1ないし5、及び特開2005-73643号公報の記載を考慮しても、当業者にとって想到容易ではない。
ウ 小括
上記イのとおり、本件発明8と甲6育苗方法発明との相違点aは、甲1ないし甲5、甲7ないし甲10、参考資料1ないし5、及び特開2005-73643号公報の記載を考慮しても、当業者にとって想到容易ではないから、その余の相違点b及びcについて判断するまでもなく、本件発明8は、甲6育苗方法発明、及び、甲1ないし甲5、甲7ないし甲10、参考資料1ないし5、特開2005-73643号公報に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明できたものではない。
したがって、本件発明8に係る特許は、甲6に記載された発明を主引用例とした、進歩性欠如の特許異議申立理由及び取消理由(上記1(5))により、取り消されるべきものではない。
(4)甲1ないし甲10により公然知られた発明による新規性欠如について
甲6及び甲10には、上記第5の3(1)及び(2)に示した事項が記載されており、甲1ないし甲5及び甲7ないし甲9には、(1)イ(ア)ないし(ク)に摘記した事項が記載されている。
しかしながら、いずれの証拠をみても、本件発明8が有する、上記(2)アに示した甲10作物栽培方法発明との上記相違点Aに係る構成、及び、上記(3)アに示した甲6育苗方法発明との上記相違点aに係る構成が、本願出願前に公然知られていたとは、認められない。
したがって、本件発明8に係る特許は、甲1ないし甲10により公然知られた発明による新規性欠如の特許異議申立理由(上記1(3))により、取り消されるべきものではない。
(5)甲1ないし甲10に示される周知事項に基づく進歩性欠如について
甲6及び甲10には、上記第5の3(1)及び(2)に示した事項が記載されており、甲1ないし甲5及び甲7ないし甲9には、(1)イ(ア)ないし(ク)に摘記した事項が記載されている。
しかしながら、いずれの証拠をみても、本件発明8が有する、上記(2)アに示した甲10作物栽培方法発明との上記相違点Aに係る構成、及び、上記(3)アに示した甲6育苗方法発明との上記相違点aに係る構成が、周知技術であったとは、認められず、上記相違点A又は上記相違点aに係る構成を含む本件発明8が、甲1ないし甲10に示される周知事項に基づいて、当業者が容易に発明できたとはいえない。
したがって、本件発明8に係る特許は、甲1ないし甲10に示される周知事項に基づく進歩性欠如の特許異議申立理由(上記1(4))により、取り消されるべきものではない。
第7 むすび
以上のとおり、本件発明1ないし7、9及び10に係る特許は、特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条4号に該当し、取り消されるべきものである。
また、本件発明5、9及び10に係る特許は、特許法29条1項の規定に違反してされたものであり、本件発明1ないし7、9及び10に係る特許は、同条2項の規定に違反してされたものであるから、これらの発明に係る特許は、同法113条2号に該当し、取り消されるべきものである。
本件発明8に係る特許については、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した申立理由によっては取り消すことはできない。さらに、他に本件発明8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2022-700911