2021-002740
組換えGlut1アデノ随伴ウイルスベクターコンストラクトおよびGlut1発現を回復させる方法
- 審判番号
- 2021-002740
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
- 出願番号
- 特願2017-548205外部サイト(J-PlatPat)へ移動します
- 請求日
- 2021年03月01日
- 審決日
- 2022年07月12日
- 公報発行日
- 2022年12月28日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 【請求人】ザ・トラスティーズ・オブ・コロンビア・ユニバーシティ・イン・ザ・シティ・オブ・ニューヨーク
- 【請求人代理人】高岡 亮一
- 【請求人代理人】小田 直
- 【請求人代理人】岩堀 明代
- 【請求人代理人】高橋 香元
- 【請求人】ユニバーシティ オブ マサチューセッツ
- 【請求人代理人】高岡 亮一
- 【請求人代理人】小田 直
- 【請求人代理人】岩堀 明代
- 【請求人代理人】高橋 香元
- 分類
- P18 .121-Z (C12N)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法29条2項
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第17条の2第6項、特許法第29条第2項、特許法第17条の2第5項第2号
- データ出所
- 審決公報(XML)
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結論
理由
目次 ▾ 10項目
第1 手続の経緯
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本願は、平成28年3月10日(パリ条約による優先権主張 2015年3月10日 (US)アメリカ合衆国)を国際出願日とする出願であって、以降の手続の経緯は以下のとおりものである。
令和 1年12月18日付け 拒絶理由通知書
令和 2年 6月 5日 手続補正書・意見書・手続補足書(甲1 ~2号証)の提出
令和 2年10月27日付け 拒絶査定
令和 3年 3月 1日 審判請求書・手続補正書の提出
令和 3年 4月15日 手続補正書(方式)の提出
第2 令和3年3月1日付けの手続補正についての補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
令和3年3月1日付けの手続補正を却下する。
[理由]
1 補正の内容
令和3年3月1日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)は、特許請求の範囲の請求項1を以下のように補正することを含むものである。
補正前:
「【請求項1】Glut1をコードする導入遺伝子を構成する核酸配列を含む組換え型アデノ随伴ベクター(rAAV)であって、前記Glut1が配列番号78または79を含む、組換え型アデノ随伴ベクター(rAAV)。」
補正後:
「【請求項1】ニワトリβ-アクチンプロモーターとGlut1をコードする導入遺伝子とを構成する核酸配列を含む組換え型アデノ随伴ベクター(rAAV)であって、前記Glut1が配列番号78または79を含み、前記rAAVが血液脳関門(BBB)を通過することができる、組換え型アデノ随伴ベクター(rAAV)。」(下線部は、補正箇所である。)
2 補正の適否
本件補正により、請求項1に記載された「組換え型アデノ随伴ベクター(rAAV)」が「ニワトリβ-アクチンプロモーター」を構成する核酸配列を含むことが特定され(補正事項1)、また、該rAAVが「血液脳関門(BBB)を通過することができる」性質を有することが特定された(補正事項2)。
そして、上記補正事項1によって、組換え型アデノ随伴ベクター(rAAV)が「ニワトリβ-アクチンプロモーター」を含むものに限定されており、補正前の請求項1に記載された発明と補正後の請求項1に記載される発明は、産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるから、本件補正は、特許法第17条の2第5項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当するといえる。
そこで、本件補正後の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下、「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるかどうか(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するかどうか)について以下に検討する。
(1)引用文献の記載事項
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ア 引用文献1
原査定の拒絶の理由で引用文献1として引用された、本願の優先日前の2014年に頒布された刊行物である、Ann. Neurol. 2014年;Vol.76(suppl 18):S176(PL1-6)(以下、引用文献1という。)には、以下の事項が記載されている。なお、原文は英語であるため、当審による翻訳文を示す。
(ア) 「PL1-6. Glut1欠損症症候群のための遺伝子治療」(タイトル)
(イ) 「目的:SLC2A1遺伝子におけるヘテロ接合性変異は、血液脳関門を介したグルコースの促進性拡散を制限し、結果として、小児性神経障害であるGlut1欠損症症候群(Glut1 DS)を生じる。該疾患は、乳児性けいれん、発育遅延、後天性小頭症、脳脊髄液(CSF)におけるグルコース量低下-髄液糖減少症-、運動失調とともにジストニアを呈する複合運動障害によって特徴づけられる。ケトン誘発食が現在の処置の中心であるが、特定の疾患症状のみを和らげるにすぎない。私達は、該疾患の臨床前モデルにおけるGlut1の回復が、該疾患を治療するのに有効であるかどうかを決定しようとした。」(本文の第1~12行)
(ウ) 「方法:マウスGlut1遺伝子をアデノ随伴ウイルス9(AAV9)にパッケージングし、新生児変異体に体系的に導入した。投与された変異体および関連する対照個体は、1)Glut1 mRNAとタンパク質発現、2)血液およびCSFのグルコースレベル、3)脳と体の重さ、および、4)ロータロッドおよび垂直ポールアッセイを用いた運動パフォーマンスを調べることによって、成体期に評価された。」(本文の第13~19行)
(エ) 「結果:PBS又はAAV9-GFPを投与したGlut1モデルマウスでは、野生型対照個体と比べて、Glut1 RNAやタンパク質の発現が低減していた。さらに、該マウスは、髄液糖低下症、小頭症、および、ロータロッドと垂直ポールテストにおいて劣った運動パフォーマンスの証拠を示した。対照的に、AAV9-Glut1で処置した変異体では、Glut1 RNAやタンパク質のレベルが上昇し、CSFにおけるグルコースレベルが回復し、脳の大きさが標準化し、運動障害が是正された。」(本文の第20~27行)
(オ) 「結論:私達の結果は、Glut1欠損症症候群において、Glut1タンパク質の機能を回復する治療効果の重要な概念実証データを提供し、ヒト疾患の治療に向けて重要なステップを構成する。」(本文の第28~31行)
イ 引用文献3
原査定の拒絶の理由で引用文献3として引用された特表2013-531471号公報には、以下の記載がある。(下線は強調のために当審で付与した。以下、同様である。)
(ア) 「・・・いくつかの実施態様で、プロモーターはニワトリβ-アクチンプロモーターである。」(【0053】)
(イ) 「・・・異なる血清型の、12のscAAVEGFPベクター、または自然変異体の、CNS遺伝子移入特性を評価した。血管脳関門(BBB)を越えて乏突起膠細胞をターゲットするRAAVが発見された。実験は、新生仔マウス(1日令)および成体マウス(10週令)(C57BL/6)で実施した。以下のAAV血清型を試験した:・・・AAV9、rh.10(本明細書ではAAVrh.10とも呼ばれる)、rh.39、rh.43、CSp3。」(【0081】)
(ウ) 「組み換えAAVベクターは、CMV強化ニワトリβ-アクチンハイブリッドプロモーターのもとで、強化されたGFPレポーター遺伝子を発現し、293細胞における一時的形質移入によって産生された。・・・」(【0082】)
(エ) 「【表1】[図:0001391313000001.jpg]」( 【0086】)
(オ) 「CDのための遺伝子療法ベクターとしてASPAタンパク質(配列番号13または配列番号15)をコードしている領域と操作可能に連結されたプロモーターを含むrAAVベクターを構築する。本構築物は配列番号14または配列番号16で示されるようなコード配列を有するASPAの発現を推進するために、CAG(CMVエンハンサーを含むニワトリβ-アクチンプロモーター)を使用する。・・・」(【0088】)
(カ) 「・・・近年、AAV9は、静脈内注射後、血管脳関門(BBB)を越えて脊髄細胞を形質導入することが証明された。・・・」(【0096】)
(キ) 「・・・本構築物は、EGFPおよび3’-UTRのイントロンに位置するmiR-SOD1の発現を推進するために、CAG(CMVエンハンサーを含むニワトリβ-アクチンプロモーター)を使用した。」(【0097】)
(ク) 「・・・MiRNA-1結合部位およびmiRNA-122-結合部位をscAAV9CB強化GFP(EGFP)ベクターゲノムに付加し、2×1014GC/kgを10週令のC57BL/6オスマウスに注射した。3週間後、脳および脊髄の40μm切片ならびに肝臓、心臓および骨格筋の8μm切片を作製して、EGFPタンパク質発現について検査した。静脈内送達されたscAAV9CBEGFPは、CNSを効率的に形質導入;EGFPは、脳の視床領域および脊髄の頚部のみならず肝臓、心臓および筋肉等の非CNS組織でも容易に検出可能であった。・・・」(【0124】)
(ケ) 「例9:rAAVの静脈内注射は、新生仔マウスCNSで広範な形質導入を仲介した。・・・本試験では、rAAV2およびrAAV5を除き、他の全ての7ベクターが様々な形質導入効率でBBBを越え(中でもrAAVrh.10、rAAVrh.39、rAAVrh.43、rAAV9およびrhAAV7が上位5位を占めた)、CNS全体にわたり神経細胞およびグリア細胞の両細胞で強力なEGFP発現を仲介した。・・・」(【0140】)
ウ 周知例1
原査定の拒絶の理由で周知技術を示す引用文献4として引用された、本願の優先日前の2011年に頒布された刊行物である、Mol. Ther. 2011年 vol.19, no.11, p.1971-1980には、以下の事項が記載されている。なお、原文は英語であるため、当審による翻訳文を示す。
(ア) 「アデノ随伴ウイルス9型(AAV9)は静脈注射に続いて遺伝子を中枢神経系(CNS)にわたって送達するための強力なツールである。」(要約の第1行~第3行)
(イ) 「本研究で、私達は体系的にカニクイザルにAAV9を注射し、中枢神経系および末梢組織に標的化するために出生時から3歳齢まで投与した。私達は、調査した全ての時期において、AAV9が血液脳関門(BBB)を通過するのに有効であったことを示す。」(要約の第8行~第13行)
(ウ) 「マウス、ラットおよびネコでAAV9のBBB通過が示され、ヒト集団への転換の見込みを示している。」(第1971頁右欄下から第6行~下から第4行)
エ 周知例2
本願優先日前の2011年に頒布された刊行物である、GRAY S. J. et al. 2011年 Vector Design and Considerations for CNS Applications In:Gene Vector Design and Application to Treat Nervous System Disorders.(Glorioso J, ed) pp.7-15. Washington,DC:Society for Neuroscience. <URL:https://www.sfn.org/-/media/SfN/Documents/Short-Courses/2011-Short-Course-I/SC1_2011.ashx?la=en&hash=FF30E6D27D461CA5A7F91E10DA72048206E48CDB>には、以下の事項が記載されている。なお、原文は英語であるため、当審による翻訳文を示す。
(ア) 「一般的に使用される強力かつ“普遍的な”プロモーターは、サイトメガロウイルス(CMV)プロモーターやトランケートされたニワトリβアクチン(CBA)プロモーターを含み、それぞれ~800bp(CMVエンハンサーと5‘UTR配列を含む。)である(Gray et al.,2011b)。」(第10頁左欄下から第10行~下から第5行)。
(イ) 「興味深いことに、AAV9(そして、より低い程度でAAV8)は静脈投与に続いて血液脳関門(BBB)を通過し、脳や脊髄の神経細胞やグリア細胞を形質導入することができる(Gray et al.,2011a)。」(第11頁左欄第24行~第28行)
オ 周知例3
本願優先日前の2013年に頒布された刊行物である、特表2013-531490号公報には、以下の事項が記載されている。
(ア) 「・・・CAGプロモーターは、CMV初期/中間エンハンサーとニワトリβ-アクチンプロモーターとから成るハイブリッドプロモーターである。このプロモーターは、遍在的に強力な発現を動因することができる。・・・」(【0086】)
(イ) 「(実施例5:AAV9-CAG-mu-SFMDの静脈内輸送)総量1012のAAV9-CAG-mu-SFMDベクターのベクターゲノムを生後2ヶ月のMPSIIIAマウスに尾静脈から注射した。」(【0118】)
(ウ) 「処置群のマウスは、オス、メス共に高レベルの循環スルファミダーゼ(対照群に対して、オスは500%、メスは150%)を示し、両性のすべての体組織を効率よく修正した。また、脳へのAAV血清型9の形質導入の効率が高いことを考えると、両性の脳において、有意なスルファミダーゼ活性が観察され、脳のすべての部位でGAGの蓄積が修正された(図6(a)及び(b)参照)。MPSIIIAの特徴を示す神経炎症(星細胞症や小膠細胞症)は、AAV9で治療したマウスにおいて完全に正常化された。また、ロータロッドテストでは、AAV9で治療したマウスは、無処置群の動物よりも良好な結果を示した(図6(c)参照)。」(【0119】)
カ 周知例4
本願優先日前の2006年に頒布された刊行物である、特開2006-345703号公報には、以下の事項が記載されている。
「・・・組換え発現のための強力なプロモーターとしては、例えば、・・・人工のプロモーター(例えば、SRαプロモーター(SV40初期プロモーターとHTLVのLTRプロモーターの融合)、CAGプロモーター(CMV-IEエンハンサーとニワトリ アクチンプロモーターのハイブリッド)のような融合プロモーター)が周知であることから、これら周知のプロモーターまたはその改変体を用いることによって、組換え発現の発現量を容易に上昇させることができる。」(【0005】)
(2)参考文献の記載事項
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ア 参考文献6
原査定の拒絶の理由で参考文献として引用したAC P17809, SubName: Full=Solute carrier family 2, facilitated glucose transporter member 1, AltName: GLUT-1, UniProt Sequence Revision History [online], 04-Feb-2015 uploaded, [retrieved 26-Oct-2020], UniProt, <URL: https://www.uniprot.org/uniprot/P17809.txt?version=150>(以下、「参考文献6」という。)は、本願優先日前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものであり、マウスGLUT-1タンパク質のアミノ酸配列を含む情報を提示する文献である。そして、参考文献6には、受入番号「NP_035530.2」が外部データベースの対応データ(DR)の情報として記載されるとともに、マウスGLUT-1タンパク質のアミノ酸配列が開示されている。
イ 参考文献7
原査定の拒絶の理由で参考文献として引用したAC P11166, SubName: Full= Solute carrier family 2, facilitated glucose transporter member 1, AltName: GLUT-1, UniProt Sequence Revision History [online], 04-Feb-2015 uploaded, [retrieved 26-Oct-2020], UniProt, <URL: https://www.uniprot.org/uniprot/P11166.txt?version=183>(以下、「参考文献7」という。)は、本願優先日前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものであり、ヒトGLUT-1タンパク質のアミノ酸配列を含む情報を提示する文献である。そして、参考文献7には、受入番号「NP_006507.2」が外部データベースの対応データ(DR)として記載されるとともに、ヒトGLUT-1タンパク質のアミノ酸配列が開示されている。
(3)引用文献1に記載された発明
上記(1)ア(ウ)、(エ)の記載から、引用文献1には、次のとおりの発明が記載されていると認められる。
「マウスGlut1遺伝子がパッケージングされたアデノ随伴ウイルス9(AAV9-Glut1)」(以下、「引用発明1」という。)
(4)本願補正発明と引用発明1との対比
本願補正発明と引用発明を対比する。
引用発明1の「マウスGlut1遺伝子」は、本願補正発明の「Glut1をコードする導入遺伝子」に相当する。また、引用発明1の「AAV9-Glut1」は、導入遺伝子であるマウスGlut1遺伝子が組みこまれたものであるから、本願補正発明の「組換え型アデノ随伴ベクター(rAAV)」に相当すると認めることができる。
そうすると、本願補正発明と引用発明1は、
「Glut1をコードする遺伝子を構成する核酸配列を含む組換え型アデノ随伴ベクター(rAAV)」である点で一致し、以下の点で相違すると認められる。
(相違点1)
本願補正発明は、rAAVがニワトリβ-アクチンプロモーターを構成する核酸配列を含むのに対し、引用発明1には、マウスGlut1遺伝子の発現を駆動するプロモーターが特定されていない点。
(相違点2)
本願補正発明は、Glut1が配列番号78または79を含むことが特定されているのに対し、引用発明1には、Glut1がマウスのものであることしか特定されていない点。
(相違点3)
本願補正発明は、rAAVが血液脳関門(BBB)を通過することができることが特定されているのに対し、引用発明1には、上記AAV9が血液脳関門(BBB)を通過する性質を有することが記載されていない点。
(5)判断
ア 相違点1について
本願補正発明に記載されるニワトリβ-アクチンプロモーターは、CMVエンハンサーとともに、強力かつ普遍的に遺伝子を発現させるプロモーターとして当該分野において本願優先日前から汎用されていたプロモーターであって(上記記載事項(1)エ(ア)、オ(ア)~(ウ)、カ)、引用文献3には、AAVベクターを用いて導入遺伝子を中枢神経系にターゲッティングする系において、ニワトリβ-アクチンプロモーターを含むプロモーターを使用することも記載されている(上記記載事項(1)イ(ア)、(ウ)、(オ)、(キ))。
そうすると、引用発明1において、マウスGlut1遺伝子を発現させてGlut1欠損症症候群の神経障害を治療するにあたり、当該分野で汎用され、かつ、中枢神経系における導入遺伝子の発現においても機能することが知られているニワトリ-β-アクチンプロモーターを用いることは、当業者が通常の創作能力を用いて容易になし得ることである。
イ 相違点2について
(ア)本願補正発明のGlut1が配列番号78を含む場合
本件明細書の段落【0109】において、「マウスGlut1タンパク質(mGlut1)(受入番号:NP_035530.2;配列番号78)」と記載されるとおり、本願補正発明に記載される配列番号78のアミノ酸配列は、マウスGlut1タンパク質のアミノ酸配列である。また、上記(2)アに記載される参考文献6には、外部データベースの対応データ(DR)として「NP_035530.2」の受入番号が記載されており、当該受入番号は、本件明細書の段落【0109】において、配列番号78に対応する受入番号として記載されている番号と同一である。そして、参考文献6に記載されるマウスGLUT-1のアミノ酸配列は、本願配列番号78のアミノ酸配列と一致するものである。すなわち、本願補正発明において、配列番号78として特定されるGlut1のアミノ酸配列は、マウスGlut1タンパク質のアミノ酸配列として、本願優先日前にデータベースに登録されていた既知のアミノ酸配列を特定したにすぎない。そして、引用発明1に記載のAAV9は、マウスGlut1遺伝子がパッケージングされたrAAVであり、マウスGlut1タンパク質を発現するものであるから、引用発明1に記載されるGlut1タンパク質は、本願配列番号78に記載されるアミノ酸配列と同一のアミノ酸配列を有するタンパク質であると解するのが相当である。よって、この点は相違点にならない。
(イ)本願補正発明のGlut1が配列番号79を含む場合
上記(ア)の場合と同様に、上記(2)イに記載される参考文献7には、外部データベースの対応データ(DR)として「NP_006507.2」の受入番号が記載されており、当該受入番号は、本件明細書の段落【0109】において、配列番号79に対応する受入番号として記載されている番号と同一である。そして、参考文献7に記載されるヒトGLUT-1のアミノ酸配列は、本願配列番号79のアミノ酸配列と一致するものである。すなわち、本願補正発明において、配列番号79として特定されるGlut1のアミノ酸配列は、ヒトGlut1タンパク質のアミノ酸配列として、本願優先日前にデータベースに登録されていた既知のアミノ酸配列を特定したにすぎない。
さらに、引用文献1は、ヒトGlut1欠損症症候群のための遺伝子治療法を開発することを目的として、該疾患のモデルマウスを用いて、AAV9-Glut1による治療効果を実証したものであり(上記記載事項(1)ア(ア)、(イ)、(エ)、(オ))、ヒトGlut1欠損症症候群の治療へ応用を目指したものであることは明らかである。そして、ヒトの疾患においてGlut1タンパク質の機能を回復するためには、もともとヒトの生体内に存在するヒトのGlut1タンパク質を用いることが好ましいことを当業者は理解することから、引用発明1において、Glut1遺伝子として、マウスGlut1遺伝子に代えてヒトのGlut1遺伝子を用いることは、当業者であれば容易に想到し得ることである。そして、そのようにしてヒトGlut1遺伝子を採用した場合、該遺伝子によってコードされるGlut1は、ヒトGlut1のアミノ酸配列として既知の本願配列番号79のアミノ酸配列を含むものと解せる。
ウ 相違点3について
引用文献1には、Glut1をコードするSLC2A1遺伝子の変異によって血液脳関門を介したグルコースの促進性拡散が制限され、小児性神経障害であるGlut1欠損症症候群を生じることが記載されており(上記記載事項(1)ア(イ))、Glut1モデルマウスでは、Glut1の発現が低減し、髄液糖低下症、小頭症、および、運動パフォーマンスの低下が確認されたのに対し、AAV9-Glut1で処置した変異体マウスでは、Glut1の発現レベルが上昇し、脳脊髄液におけるグルコースレベルが回復し、脳の大きさが標準化し、運動障害が是正されたことが記載されている(上記記載事項(1)ア(ウ)、(エ))。
これに加えて、引用発明1に記載されるAAV9は、血液脳関門を越えて中枢神経系に遺伝子を導入することができるAAVベクターとして周知であったことに鑑みれば(上記記載事項(1)イ(イ)、(エ)、(カ)、(ク)、(ケ)、ウ(ア)~(ウ)、エ(イ)、オ(ウ))、引用発明1において、AAV9-Glut1が、血液脳関門を通過し、血液脳関門を介したグルコースの促進性拡散を回復したことが十分に示されているといえる。よって、「rAAVが血液脳関門(BBB)を通過することができる」という点も、実質的な相違点ではない。
エ 本願補正発明の効果について
引用文献1には、AAV9-Glut1を投与した変異体において、Glut1 RNAやタンパク質のレベルが上昇し、脳脊髄液におけるグルコースレベルが回復し、脳の大きさが標準化し、運動障害が是正されたことが具体的に記載されており(上記記載事項(1)ア(ウ)、(エ))、本願明細書の実施例において確認されたAAV9-Glut1処理動物のパフォーマンス改善、Glut1の発現回復、脳脊髄液におけるグルコース濃度の改善といった効果はいずれも、引用発明1においてすでに示されている効果である。そして、本願補正発明において、引用文献1、3に記載された発明および周知技術から当業者が予測できない格別の効果が奏されたとも認められない。
したがって、本願補正発明は、引用文献1、3に記載された発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。
よって、本件補正後の特許請求の範囲の請求項1に係る発明は、特許出願の際独立して特許を受けることができるものではない。
(6)審判請求人の主張について
ア 審判請求人は、令和3年3月1日付けの審判請求書において、要するに以下の旨、主張している。
(ア)
Glut1導入遺伝子とニワトリβ-アクチンプロモーターとを含む本願補正発明に係る特定の構築物は、先行技術文献から予想されるものではない。
(イ)
Glut1導入遺伝子とニワトリβ-アクチンプロモーターとを含み、全ての発達段階において対象に導入遺伝子を送達する本願補正発明のAAV構築物は、顕著な効果を有する。発明者らは、甲2号証の文献において、Glut1導入遺伝子とニワトリβ-アクチンプロモーターとを含む本発明のrAAVを投与した2週齢および8週齢のGlut1 DSマウスにおけるGlut1の良好な発現や、2週齢のマウスの治療がGlut1 DSの疾患表現系を緩和し、この回復が長く持続することを確認している。これに対し、引用文献3に記載されるのは、血液脳関門が破壊されているALSのマウスモデルへの導入遺伝子の送達を示すにすぎず、無傷の血液脳関門を有するGlut1マウスモデルにおいて機能するとは限らない。さらに、引用文献3には、P1のカナバン病マウスモデル(新生仔マウス)への導入遺伝子の送達も開示されているが、Glut1導入遺伝子とニワトリβ-アクチンプロモーターとを含む本発明のAAVが、幼若体と成体の両方に送達できることは、引用文献3に記載されていない。
イ 判断
(ア)審判請求人の主張ア(ア)について
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上記(5)アにおいて記載したように、ニワトリβ-アクチンプロモーターは、強力かつ普遍的に遺伝子を発現させるプロモーターとして汎用されていたプロモーターであって、引用文献3には、AAVベクターを用いて導入遺伝子を中枢神経系にターゲッティングする系において、ニワトリβ-アクチンプロモーターを含むプロモーターを使用することも具体的に開示されている(上記記載事項(1)イ(ア)、(ウ)、(オ)、(キ))。
そうすると、引用発明1においてGlut1遺伝子を中枢神経系において発現させようとする際に、当該分野で汎用され、かつ、中枢神経系における導入遺伝子の発現においても機能することが知られているニワトリβ-アクチンプロモーターを用いることは、当業者が格別の創意工夫なく容易に想到し得ることである。
(イ)審判請求人の主張ア(イ)について
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引用文献1には、新生児の変異体マウスにAAV9-Glut1を投与した後、成体期の間にその表現型を評価して、Glut1の発現、脳脊髄液のグルコースレベル、脳の大きさ、および運動パフォーマンスが改善したことが具体的に記載されている(上記記載事項(1)ア(ウ)、(エ))。このことから、該変異体マウスにおいて、AAV9-Glut1が血液脳関門を越えて送達されていることは明らかであるし、その効果は成体期においても持続することが十分に示されていると認められる。
仮に、成体期におけるAAV9の血液脳関門に対する通過性が引用文献1に示されていなかったとしても、引用文献3には、無傷の血液脳関門を有する新生仔マウス(1日齢)および成体マウス(10週齢)(C57BL/6)にAAV9を投与して中枢神経系への指向性を確認したことが記載されているし(上記記載事項イ(イ)、(エ)、(ク))、引用文献4には、出生時のカニクイザルだけでなく、3歳齢のカニクイザルにAAV9を投与した場合にも、効果的に血液脳関門を通過することができたことが確認されているのである(上記記載事項ウ(イ))。そして、組換え型AAVを生体内に投与する際には、組換えAAVゲノムがAAVカプシドタンパク質にパッケージングされた組換え型AAV粒子として投与されるのだから、その指向性は、導入遺伝子の種類ではなく、組換え型AAVが有するAAVカプシドタンパク質に主に依存するものと認められる。そうすると、AAV9カプシドタンパク質を有するAAV9が血液脳関門を通過する性質を有していることが上記のとおり周知であれば、引用発明1に記載のGlut1遺伝子がパッケージングされたAAV9も当然に血液脳関門を通過することができることを当業者は当然に把握できたものと認められ、引用文献3に記載される一部の実施例においてALSモデルマウスの血液脳関門が破壊されているとか、本願補正発明において、Glut1遺伝子に加えてニワトリβ-アクチンプロモーターがパッケージングされているという事実は、当業者が前述の性質を予想することを何ら妨げるものではない。
よって、上記審判請求人の主張はいずれも採用できない。
(7)むすび
以上のとおりであるから、本件補正は、特許法第17条の2第6項で準用する同法第126条第7項の規定に違反するものであるから、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。
よって、上記補正の却下の決定の結論のとおり決定する。
第3 本願発明について
1 本願発明
令和3年3月1日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、令和2年6月5日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。
「Glut1をコードする導入遺伝子を構成する核酸配列を含む組換え型アデノ随伴ベクター(rAAV)であって、前記Glut1が配列番号78または79を含む、組換え型アデノ随伴ベクター(rAAV)。」
2 原査定の拒絶の理由の概要
令和2年10月27日付け拒絶査定は、この出願の請求項1に係る発明は、その優先日前に日本国内又は外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった引用文献1、3に記載された発明及び周知技術に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、との理由を含むものである。
3 引用文献およびその記載事項
原査定の拒絶の理由に引用された引用文献1、3およびその記載事項、並びに、原査定の拒絶の理由に周知技術を示す文献として引用された引用文献4およびその記載事項は、前記第2の2(1)に記載したとおりである。また、原査定の拒絶の理由に引用された参考文献6、7およびその記載事項は、前記第2の2(2)に記載したとおりである。
4 対比・判断
本願発明は、本願補正発明が備える「ニワトリβ-アクチンプロモーター」の構成が特定されず、「rAAVが血液脳関門(BBB)を通過することができる」という性質が特定されないものである。そうすると、本願発明の特定事項を含み、さらに特定がなされた本願補正発明が、上記第2の2(1)~(5)のとおり、引用文献1、3に記載された発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明することができたものであるから、本願発明についても同様に、引用文献1、3に記載された発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。
第4 むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法第29条第2項に該当し、特許を受けることができないものであるから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
審決本文(J-PlatPat)
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2021-002740