特許拒絶査定不服審判
2018-009352
前立腺癌細胞系、遺伝子シグネチャー及びその使用
- 審判番号
- 2018-009352
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
- 出願番号
- 特願2016-219554外部サイト(J-PlatPat)へ移動します
- 請求日
- 2018年07月06日
- 審決日
- 2019年11月19日
- 公報発行日
- 2020年05月29日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 分類
- P18 .121-WZ (A61K)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法29条2項
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第2項
- データ出所
- 審決公報(SGML)
事件の表示
特願2016-219554「前立腺癌細胞系、遺伝子シグネチャー及びその使用」拒絶査定不服審判事件〔平成29年 4月27日出願公開、特開2017- 78070〕について、次のとおり審決する。
結論
【結 論】
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
【理 由】
第1 手続の経緯
本願は、2012年3月9日(パリ条約による優先権主張 2011年3月9日 アメリカ合衆国(US))を国際出願日とする特願2013-557917号の一部を平成28年11月10日に新たな出願としたものであり、その手続の経緯は、概略、以下のとおりである。
・平成29年 6月27日付け:拒絶理由通知
・平成30年 3月 1日付け:拒絶査定
・平成30年 7月 6日:審判請求
・平成30年 7月 6日付け:手続補正書
・平成30年 8月14日付け:手続補正書
・平成30年 8月15日付け:手続補足書
・平成30年 9月 6日付け:前置報告書
・平成31年 2月20日付け:拒絶理由通知(当審)
・令和 元年 8月19日付け:手続補正書
・令和 元年 8月19日付け:意見書
・令和 元年 8月19日付け:手続補足書
第2 本願発明
令和元年8月19日付け手続補正書によって補正された特許請求の範囲の請求項1、請求項3、請求項5及び請求項6の記載は以下のとおりである。
「【請求項1】
癌からの転移病巣を発症する恐れがある免疫応答性の対象において、癌からの転移病巣を阻害するための医薬組成物であって、CCR5拮抗剤を含む、組成物であり、ここで、該CCR5拮抗剤は、マラビロク又はビクリビロクである、医薬組成物。
・・・(中略)・・・
【請求項3】
癌が前立腺癌である、請求項1又は2に記載の医薬組成物。
・・・(中略)・・・
【請求項5】
前記CCR5拮抗剤がビクリビロクである、請求項1~3のいずれか一項記載の医薬組成物。
【請求項6】
前記免疫応答性の対象がヒトである、請求項1~5のいずれか一項記載の医薬組成物。」
上記のように、請求項1に記載の「癌」、「CCR5拮抗剤」及び「免疫応答性の対象」は、それぞれ請求項3で「前立腺癌」、請求項5で「ビクリビロク」、及び請求項6で「ヒト」に特定されている。
そうすると、請求項1を引用する請求項3を引用する請求項5を引用する請求項6に係る発明は、「前立腺癌からの転移病巣を発症する恐れがあるヒトにおいて、前立腺癌からの転移病巣を阻害するための、CCR5拮抗剤を含む医薬組成物であって、該CCR5拮抗剤はビクリビロクである、医薬組成物。」の発明(以下、「本願発明」という。)であると認められる。
第3 拒絶の理由
当審において平成31年2月20日付けで通知した拒絶理由のうちの理由2の概略は、平成30年7月6日付け手続補正書によって補正された特許請求の範囲の請求項1~4に係る発明は、刊行物A及び刊行物Bに記載された発明に基いて、当業者が、本願優先日当時の技術常識(刊行物C及びD)を参酌して容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、というものである。
・刊行物A:The Prostate, 2006, Vol.66, p.124-134
・刊行物B:Bioorganic & Medicinal Chemistry Letters, 2010, Vol.20, p.4627-4630
・刊行物C:癌と化学療法,1999年,第26巻 第3号,第401~407頁
(本願優先日当時の技術常識を示す文献)
・刊行物D:日本臨床,2003年,第61巻 増刊号8,第39~43頁
(本願優先日当時の技術常識を示す文献)
そして、令和元年8月19日付け手続補正書によって補正された特許請求の範囲の請求項6に係る発明における「前記免疫応答性の対象がヒトである」という発明特定事項は、平成30年7月6日付け手続補正書によって補正された特許請求の範囲の請求項4に係る発明における「免疫応答性の対象」を「ヒト」に特定したものである。
第4 刊行物の記載及び引用発明
1.刊行物A(The Prostate, 2006, Vol.66, p.124-134 )に記載された事項、及び引用発明(刊行物Aに記載された発明)
(1)刊行物Aには、以下の事項が記載されている。なお、外国語による記載は日本語訳を記載した。また、下線は当審合議体が付した。
(A1)「前立腺癌におけるCCL5 (RANTES)及びCCR5の発現
背景:炎症性サイトカインCCL5 (RANTES)の腫瘍細胞による発現は、いくつかの癌の進行に関係すると考えられる。CCL5は、その受容体CCR5を介して乳癌の遊走を誘導することが示されている。あるCCR5の拮抗剤が、実験的な乳癌の成長を阻害することが示された。最近では、前立腺癌(PCa)組織内でのCCL5及びCCR5のmRNAの発現が報告されている。今回、我々は、PCa細胞の培養におけるCCL5及びCCR5の発現を特徴付け、またPCa進行におけるCCL5の機能として考えられるものを探究した。
方法:前立腺細胞株におけるCCL5の発現を検討するため、定量的RT-PCR、ELISA、及び免疫組織化学的染色を実施した。CCR5の発現は、フローサイトメトリーで測定した。PCaにおけるCCL5及びCCR5のあり得る機能を決定するため、増殖及び浸潤のアッセイを実施した。
結果:CCL5のmRNA及びタンパク質の発現が、ヒトPCa細胞株(PC-3; DU-145; LNCaP)並びに原発性前立腺腺癌細胞において見られた。CCL5及びCCR5も、ヒトPCa組織中で検出された。CCR5の発現は、細胞内プールと同様に、PCa細胞の細胞表面上で示された。CCL5(10~100ng/mL)と共にインキュベーションすることで、PCa細胞の増殖が誘導され、CCR5のアンタゴニストのTAK-779は、CCL5が誘導する増殖を阻害した。CCL5は、PCa細胞の浸潤を刺激することが見出され、TAK-779は、CCL5のこの効果を遮断した。
結論:炎症がPCaの発症に影響するとのエビデンスに鑑みて、これらの結果は、前立腺細胞によって発現した、CCL5等の炎症性ケモカインが、PCa細胞の成長及び生存に直接作用する可能性があることを示している。よって、ケモカイン受容体の拮抗剤が、PCa進行のオートクリン(自己分泌)機構を遮断する可能性がある。」(124頁のタイトル及び要約)
(A2)「ケモカインは小さな可溶性の分子であり、その細胞遊走を誘導する潜在能力、具体的には炎症が起こっている際の白血球により良く知られている。PCa細胞を含む、数多くの種類の癌細胞[13~15]は、ケモカイン及びケモカイン受容体を発現する[2]。炎症細胞の腫瘍内への浸透の誘導に加え、局所的ケモカインは、成長または生存の因子であり、腫瘍細胞の遊走または転移を制御する血管新生をも調節することができる[2,13,16]。・・・よって、ケモカイン及びケモカイン受容体は、腫瘍の成長及び播種に対して直接的に重大な影響を有することができる。」(125頁左欄22~42行の「Chemokines・・・on tumor growth and dissemination.」)
(A3)「本稿では、ヒトPCa細胞株、前立腺腺癌細胞の初代培養、及びPCa組織におけるCCL5とその受容体の発現に関して報告する。PCa進行における内因性CCL5について考えられる機能を探究し、CCL5がPCa細胞の増殖及び基底膜ゲルを介した浸潤を誘導することを明らかにした。本研究は、炎症性ケモカインのCCL5が、PCa細胞表面の受容体に結合するオートクリン(自己分泌)因子として機能することができ、癌の進行において重要な細胞応答を活性化させることを示唆している。」(125頁右欄5~16行)
(A4)「細胞培養
全ての細胞培養試薬は、Invitrogen社(Carlsbad,CA)から購入した。ヒトPC-3、DU 145、及びLNCaPの前立腺腺癌細胞並びにMCF-7乳腺癌細胞は、ATCC(Manassas,VA)からのものである。」(125頁右欄38~43行の「Cell Culture・・・ATCC(Manassas,VA).」
(A5)「浸潤アッセイ
PCa細胞の浸潤は、MatrigelTM(BD Biosciences社)で被覆されたTranswells (R)を用いて実施した。アッセイ培地(600 μl)中のCCL5(10~100 ng/ml)を、一番下側のウェルに移した。PC-3細胞またはLNCaP細胞は、CellstripperTMを用いて培養フラスコから離脱させ、次に、アッセイ培地中に再懸濁し(100 μl中に1×106/ml)、TAK-779(10~500nM)の存在下または非存在下で遊走チャンバー内に移した。浸潤は、37℃で3~6時間のインキュベーション後に評価した。フィルター上の細胞を、綿棒で優しく除去し、フィルター下側の細胞を染色し、計測した。統計的分析は、スチューデントのt検定を用いて実施した。」(126頁右欄下から10行~127頁左欄3行の「Invasion Assays・・・a Student's t-test.」、当審合議体による注釈:上記「Transwells (R)」の「(R)」は、○の中にRがある記載の代替であり、Transwells が登録商標であることを示す記載である。)
(A6)「細胞増殖アッセイ
細胞を、2 ×103個/ウェルの割合で96ウェル平坦底面マイクロプレートに播種した。一晩インキュベートした後、TAK-779の存在下または非存在下でCCL5と共に37℃及び5%CO2で24時間処理した。細胞増殖試薬のWST-1(Roche社)は、同社の指示書に従って使用した。吸光度は、450 nmで測定した。統計的分析は、スチューデントのt検定を用いて実施した。」(127頁左欄15~23行の「Cell Proliferation Assays・・・a Student's t-test.」)
(A7)「PCa細胞の浸潤及び増殖に対するCCL5の効果
CCL5は、炎症細胞の走化性を早急に誘導するその能力が良く知られている炎症誘発性の著名なケモカインであるが、CCL5は、in vitroでヒト乳癌細胞の遊走を誘導することも示されている[34, 37]。CCL5がPCa細胞の遊走を誘導するか否か探究するため、我々は、細胞浸潤アッセイを実施した。CCL5(10~100 ng/ml)に対する細胞浸潤は、再構成された基底膜で被覆されたTranswellsR中でのインキュベーション後に評価された。実際、この結果は、CCL5(10 ng/ml)が、PC-3細胞の浸潤(図4A)及びLNCaP細胞の浸潤(図4B)を、それぞれ、約2.2倍及び約1.8倍刺激することを示している。
CCL5誘導性細胞浸潤のさらなる検討は、非ペプチドCCR5アンタゴニストである[31]、TAK-779を用いて実施した。我々は、TAK-779がCCL5誘導性浸潤を阻害できるか否かを決定しようとした。実際、我々は、CCL5(10 ng/ml)によって誘導されるPC-3細胞の浸潤(図5A)及びLNCaP細胞の浸潤(図5B)は、TAK-779の濃度(10~500 nM)が上昇するほど阻害されることを見出した。細胞培養上清中に放出されたLDHの測定により、これらの実験で用いられたTAK-779の濃度が細胞毒性ではなく(細胞毒性が1.0%以下)、細胞がTAK-779による処理の間に生存し続けていること(データを示さず)が確認された。・・・DU 145細胞(図7A)及びLNCaP細胞(図7B)のCCL5(10ng/mL)及びTAK-779(10~500nM)への組合せ暴露は、CCR5拮抗剤が、CCL5誘導性細胞増殖を効果的に遮断することを示した。よって、PCa細胞は、悪性誘発活性、すなわち、高レベルのケモカインリガンドCCL5に暴露された際の細胞増殖及び細胞浸潤を調節できる機能性CCR5受容体を発現する。」(128頁右欄28行~129頁右欄18行)
(A8)「
A及びBのY軸:遊走指数
A及びBのX軸:CCL5(0,10,25,100ng/ml)
図4. CCL5は、PCa細胞の浸潤を誘導する。A:PC-3細胞及びB:LNCaP細胞を、上側ウェルにMatrigelTM被覆フィルターを有し、下側ウェルにCCL5(10~100 ng/ml)を有するTranswells (R)チャンバーに移した。3時間のインキュベーション後に、フィルターを介して侵入された細胞を染色し、数を数えた。エラーバー、±SEは、三重のウェルからのものである。遊走指数は、対照細胞に対する細胞遊走の倍率を表す。アスタリスクは、対照細胞とCCL5に暴露された細胞との間の統計的に有意な(p≦0.05)差を示す。」
(129頁右上欄の図4、当審合議体による注釈:上記「Transwells (R)」の「(R)」は、○の中にRがある記載の代替であり、Transwells が登録商標であることを示す記載である。)
(A9)「
A及びBのY軸:遊走指数
A及びBのX軸:CCL5(500 ng/ml),TAK-779(0,10,100,500nM)
図5. TAK-779は、CCL5誘導性のPCa細胞の浸潤を阻害する。A:PC-3細胞及びB:LNCaP細胞を、TAK-779(10~500nM)を有する遊走チャンバーに移した。CCL5(500 ng/ml)に対応するMatrigelTMを介する細胞浸潤は、3時間後に染色によって決定し、遊走した細胞の数を数えた。エラーバー、±SEは、三重のウェルからのものである。遊走指数は、対照細胞に対する細胞遊走の倍率を表す。アスタリスクは、CCL5のみに暴露された細胞とTAK-779で処理された細胞との間の統計的に有意な(p≦0.05)差を示す。」
(130頁の図5)
(A10)「
A及びBのY軸:吸光度
A及びBのX軸:CCL5(10 ng/ml),TAK-779(0,25,100,500 nM)
図7. TAK-779は、CCL5介在性のPCa細胞の浸潤を阻害する。A:DU 145細胞及びB:LNCaP細胞を、CCL5単独(10 ng/ml)またはCCL5(10 ng/ml)及びTAK-779(10~500 nM)の双方のいずれかに暴露した。24時間インキュベーションした後、WST-1試薬を加えることで細胞増殖を決定し、その後、450 nmで吸光度を測定した。エラーバー、±SEは、三重のウェルからのものである。アスタリスクは、CCL5のみに暴露された細胞とCCL5及びTAK-779に暴露された細胞との間の統計的に有意な(p≦0.05)差を示す。 」(131頁の図7)
(A11)「まとめると、我々は、CCL5が、PCa細胞株、初代培養PCa細胞、及びヒトPCa組織に発現されることを示した。PCa細胞上の細胞表面CCR5の検出は、内因性CCL5もオートクリンループ内で機能でき、癌細胞の浸潤及び増殖を含む、癌の進行に影響する多量の信号を供給していることを明らかにした。継続中の研究は、実験的な前立腺腫瘍成長におけるCCL5受容体拮抗剤の有効性検討を標的としている。ケモカイン受容体拮抗剤が癌治療における新規戦略としての有望さを引き続き示している[24,49,50]ため、PCaにおける併用治療剤としてのそれらの適用は、今後の研究の重要な領域の一つである。」(132頁左欄下から11行~同頁右欄3行の「In summary,・・・future study.」)
(2)上記(1)から、刊行物Aには、CCL5と称される炎症性ケモカインが前立腺癌細胞の増殖及び浸潤を誘導すること(摘記(A1),(A3)~(A8))、また、ヒト前立腺癌細胞株(PC-3; DU-145; LNCaP)及びTAK-779(CCL5の受容体であるCCR5の拮抗剤)を用いた実験から、TAK-779は、ヒト前立腺癌細胞に対し、CCL5誘導性の増殖及び浸潤を阻害することが示されたこと(摘記(A1),(A7)~(A10))が記載されている。
そうすると、刊行物Aには「ヒト前立腺癌細胞に対し、CCL5誘導性の増殖及び浸潤を阻害するための、CCR5拮抗剤を含む組成物であり、該CCR5拮抗剤はTAK-779である、組成物。」 の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
2.刊行物B(Bioorganic & Medicinal Chemistry Letters, 2010, Vol.20, p.4627-4630)に記載された事項
刊行物Bには、以下の事項が記載されている。なお、外国語による記載は日本語訳を記載した。また、下線は当審合議体が付した。
(B1)「抗前立腺癌薬の開発のための新規リード化合物としての天然物CCR5拮抗剤であるアニバミン
蓄積された証拠は、ケモカイン受容体CCR5及びケモカインCCL5が前立腺癌細胞の増殖と転移に関与している可能性を示している。したがって、ケモカイン受容体拮抗剤は、抗前立腺癌の薬として効果を発揮する可能性があると考えられる。最初の天然物CCR5拮抗剤として、アニバミンは、ハイスループットスクリーニングの手法で特定された他の既知の拮抗剤との比較された新規な化学構造の骨格を提供する。本研究は、アニバミンがマイクロモル以下の濃度で前立腺癌細胞の増殖の顕著な阻害を生じさせるだけでなく、高転移性のM12前立腺癌細胞株の接着と浸潤を抑制することを実証する。予備的なin vivo研究では、アニバミンもまたマウスにおける前立腺腫瘍の成長を阻害することを明らかにする。これらの結果は、アニバミンが前立腺癌治療薬の開発のための新規リード化合物であることを証明し得ることを示す。」(4627頁のタイトル及び「ABSTRACT」)
(B2)「前立腺癌は、米国の男性において最も一般的な非皮膚性固形癌であり、世界的には悪性腫瘍による男性死亡原因の第2位となっている1。現在の治療法は、外科手術、放射線治療及び/またはアンドロゲン除去療法にとどまっている2。最近の調査によれば、いくつかの炎症過程と癌、特に前立腺癌の発生に関連性があることを示している3-13。例えば、前立腺癌細胞株のPC-3、DU145、及びLNCaPは、ケモカインCCL5(RANTES)及びケモカイン受容体CCR5を発現する。さらに、ケモカイン受容体CCR5拮抗剤であるTAK-779は、これら前立腺癌細胞株のCCL5誘導性増殖を阻害した12。CCL5及びCCR5の濃度は、良性前立腺過形成よりも前立腺癌検体において高いことも報告されている13。まとめると、患者から採取した検体及び前立腺癌細胞株で得たこれらの結果から、適切なケモカイン受容体CCR5拮抗剤を開発することで、新しい前立腺癌治療を提供できることが示唆される。」(4627頁左欄1~16行の「Prostate cancer・・・a novel prostate cancer therapy」)
(B3)「アニバ属から最近単離した新規ピリジン第四級アルカロイドであるアニバミン(図1)は、HIVウイルスのエンベロープタンパク質である125I-gp120と競合して、1 μMのIC50でCCR5に結合することが判明した14。現時点でアニバミンは、CCR5拮抗剤として最初に知られた天然物である。10年以上前に最初にクローン化されて以来、ケモカイン受容体CCR5は主にHIV治療において標的となっていたが15-21、CCL5誘導性細胞増殖の阻害作用を通じて、CCR5拮抗剤は前立腺癌の新規治療方法を提供し得る。」(4627頁左欄17行~同頁右欄4行の「Anibamine(Fig.1)・・・CCL5-induced cell proliferation.」)
(B4)「
図1. アニバミン及びいくつかの既知のCCR5拮抗剤
左上の化合物:アニバミン(Anibamine)
右上のCCR5拮抗剤:TAK779
左下のCCR5拮抗剤:マラビロク(Maraviroc)
右下のCCR5拮抗剤:ビクリビロク(Vicriviroc)」(4627頁の図1)
(B5)「先に示したように、CCL5及びCCR5の発現は、PC-3、DU145及びLNCaPなどの様々な前立腺癌細胞に観察されている12,13。qRT-PCR法を用いて、高転移性M12前立腺上皮細胞株や非腫瘍形成性親細胞株P69におけるCCR及びCCL5 mRNAの発現を定量した27。・・・研究結果から、非腫瘍形成性親細胞株p69と比較して、転移性M12細胞株におけるCCL5の比較的高いレベルの発現は、CCL5とその受容体CCR5が前立腺癌の転移進行に関与することを示唆するものであり、前立腺癌におけるケモカイン受容体CCR5を標的とすることの潜在的価値のさらなる支持を提供する。」(4628頁左欄15~28行の「As indicated previrously・・・in prostate cancer.」)
(B6)「以前、M12細胞は非常に高い浸潤能を有することが示されていた27。接着と浸潤が前立腺の腫瘍形成性と転移をさらに促進する重要なステップであることも知られている。アニバミンの細胞増殖抑制作用は、PC-3、DU145及びM12前立腺癌細胞株で評価された。それらアッセイの結果は、図3に要約されている。アニバミンは、3つの細胞株の全てにおいて、マイクロモル濃度及びそれ以下の濃度で用量依存的に前立腺癌細胞の増殖を妨害することが観察された。アニバミンがM12細胞の浸潤と接着を阻害することができるという観察結果は、アニバミンが前立腺癌に対して転移抑制の特性を有し得るという可能性を支持する。
浸潤及び接着アッセイにおいて、アニバミンの添加によりM12の浸潤能を用量依存的に42~65%阻害し(図4)、M12の接着性を最大26%阻害した(図5)。より高濃度では、接着性に対する付加的効果は明らかではなかった(データの記載なし)。」(4628頁左欄29行~同頁右欄2行の「Previously・・・(data not shown).)
(B7)「
図3のタイトル:抗細胞増殖アッセイ
Y軸:細胞増殖の阻害の割合(%)
X軸:アニバミンの濃度
図3. アニバミンによる前立腺癌細胞の増殖阻害。M12、PC-3及びDU145の3種類の前立腺癌細胞株を一連のアニバミン濃度に曝露した。細胞の増殖は、細胞増殖試薬WST-1(ロシュ)を用いて測定した。」(4628頁の図3)
(B8)「
図4のタイトル:in vitro浸潤アッセイ
Y軸:浸潤指数(%)
X軸:アニバミンの濃度
図4. M12細胞の浸潤能に及ぼすアニバミンの効果。同数のM12細胞に、「実験材料と方法」に記載されたように示された濃度でアニバミンを添加または無添加して、Transwellチャンバー内に播種した。細胞をプレートに播種する前にフィルターを1:10の割合で希釈したlrECMで塗布した。20% FBS、EGF(20 ng/ml)及び5 ng/ml CCL5を含む培地を化学誘引物質として下段のチャンバーに追加した。バーは標準誤差を示す。ANOVA(分散分析)の結果、p値<0.001で有意差を示した。」(4628頁の図4)
(B9)「
図5のタイトル:接着アッセイ
Y軸:相対接着指数(%)
X軸:アニバミン濃度
図5. M12細胞の接着に関するアニバミンの効果。同数のM12細胞を指定された濃度のアニバミンを添加または無添加して24時間前処理し、次に「実験材料と方法」に記載されたように希釈したlrECMで塗布した96ウエル細胞に播種した。X軸はアニバミン濃度を表し、Y軸は薬剤無添加のM12コントロール(対照値)に正規化した相対接着力指数を表す。バーは標準誤差を示す。ANOVA(分散分析)の結果、p値<0.001で有意差を示した(F=26.8)。」(4628頁の図5)
(B10)「さらに、現在進行中のin vivo分析からの予備データは、アニバミンが胸腺欠損ヌードマウスにおけるM12腫瘍細胞の皮下増殖を抑制することを示唆している。皮下M12腫瘍を有する3匹のマウスに、アニバミンを4回注射した4日後、腫瘍のサイズは、それぞれ321.4 mm3、80.0 mm3及び202.2 mm3であり、平均201.2±69.7 mm3であった。対照的に、溶媒抑制を注射された腫瘍サイズは、それぞれ421.6 mm3、182.6 mm3及び 384.6 mm3で、平均329.6±74.3 mm3であった。したがって、アニバミンは、M12腫瘍の増殖率を約50%低下させたと考えられる(図9)。アニバミンが胸腺欠損ヌードマウスにおけるM12腫瘍細胞の皮下増殖を減少させることができるというような観察は、アニバミン及び/またはその誘導体が前立腺癌の治療において有用であると証明できる根拠を指示する。」(4629頁左欄下から12行~4630頁左欄2行の「In addition・・・prostate cancer.」)
(B11) 「
図9のタイトル:予備In vivo研究
Y軸:腫瘍体積mm3
X軸:注射した16日間の腫瘍の成長
●アニバミン、■対照
図9. in vivoにおける前立腺の腫瘍成長に対するアニバミンの影響。6匹の胸腺欠損ヌードマウスへ2000個のM12細胞を皮下注射した。腫瘍が視認できるまで成長した後、マウスへ16日間で4回(4日に1回の間隔で)にわたって、外側尾静脈から0.3 mg/kgのアニバミンまたは0.3 mg/kgの生理食塩水の静注を行った。腫瘍サイズは、最初の注射直後に当日の数値として、適宜記録した。」(4630頁の図9)
(B12)「要約すると、アニバミンは、1 μM以下の濃度で前立腺癌細胞増殖の著しい阻害を示したが、直接的な溶血は約10倍高い濃度になるまで明白ではなかった。アニバミンは、M12細胞の浸潤性及び転移性も抑制し、in vivoでこれらの腫瘍の増殖を危うくした。全体としてこれらの前臨床試験は、アニバミンが合理的な治療指数を有し、将来の医薬品設計及び開発のリード化合物としての潜在的な有用性を支持することを示唆している。」(4630頁左欄3~11行)
3.刊行物C(癌と化学療法,1999年,第26巻 第3号,第401~407頁)に記載された事項
刊行物Cは、本願優先日当時の技術常識を示す文献であり、以下の事項が記載されている。なお、下線は当審合議体が付した。
(C1)「癌転移研究の手法 癌転移の実験モデル」(401頁のタイトル)
(C2)「
」(402頁の図1)
(C3)「3. 浸潤能
現在,転移のステップの中で血管新生とともに最も注目されているのが癌細胞の浸潤能である。・・・浸潤能をみる検査には,マトリゲルを用いたケモインべージョン法8),コラーゲンゲルを用いた方法9),基質として細胞を用いた方法10)などが報告されている。
最も一般的なケモインベージョン法は,マトリゲルの膜の上下に室ができるようなチャンバーを用い,上室においた癌細胞がマトリゲルを通過して下室に到達するものを観察するものである。つまり基底膜の構成成分を分解して浸潤できるかをみる実験システムである。」(403頁左欄1~17行)
(C4)「動物転移実験モデルには,静脈などの脈管に癌細胞を直接注入する実験転移モデル(experimental metastasis)と臓器に癌細胞に注入し他臓器に転移を作製する自然転移モデル(spontaneous metastasis)とが存在する。・・・また後者でも,やはりFidlerら14)のヌードマウスを用いた同所移植法の開発により,腎癌からの肺転移,大腸癌からの肝転移など,ヒト腫瘍をヒトの臨床と同じような転移形式が得られることが判明し,種々の方法が開発されるに至った。」(403頁右欄本文下から4行~404頁左欄9行)
4.刊行物D(日本臨床,2003年,第61巻 増刊号8,第39~43頁)に記載された事項
刊行物Dは、本願優先日当時の技術常識を示す文献であり、以下の事項が記載されている。なお、下線は当審合議体が付した。
(D1)「癌転移モデル-概論-」(39頁のタイトル)
(D2)「c. 浸潤能の評価モデル
血管新生とともに,現在転移のプロセスの中で治療の標的として最も注目されているのが癌細胞の浸潤過程である。・・・
1)ケモインベージョン法
癌細胞浸潤能の評価系として最も汎用されている方法で,Transwellなどの半透膜フィルターを装着したチャンバーを利用して行う。マトリゲルと呼ばれる腫瘍由来の細胞外マトリクスをフィルター(pore size:8μm)にコートし,走化性物質(ケモアトラクタント)存在下,上部のコンパートメントに添加した癌細胞がマトリゲルを通過して下部のコンパートメントに到達する現象を解析する方法である14)。細胞をあらかじめ放射標識しておくことで浸潤した細胞のの割合が定量的に評価できる。」(42頁左欄下から17行~同頁右欄4行)
(D3)「2) 同所性移植による転移モデル
上記の皮下移植の系は,・・・Fidlerらのグループにより,ヒト大腸癌細胞の高転移クローンをヌードマウスの盲腸に移植することにより,・・・このほか,胃癌,膵癌,膀胱癌,前立腺癌など様々な種類のヒトの癌に対しても,同所性移植による転移モデルが検討されている。」(40頁左欄19~33行)
第5 対比
本願発明と引用発明とを対比する。
本願発明は「前立腺癌からの転移病巣を発症する恐れがあるヒトにおいて、前立腺癌からの転移病巣を阻害するための、CCR5拮抗剤を含む医薬組成物であって、該CCR5拮抗剤はビクリビロクである、医薬組成物。」の発明であり、引用発明は「ヒト前立腺癌細胞に対し、CCL5誘導性の増殖及び浸潤を阻害するための、CCR5拮抗剤を含む組成物であり、該CCR5拮抗剤はTAK-779である、組成物。」の発明であるので、両発明は、「CCR5拮抗剤を含む組成物。」の発明である点で一致し、以下の点で相違する。
(相違点1)本願発明は、前立腺癌からの転移病巣を発症する恐れがあるヒトにおいて、前立腺癌からの転移病巣を阻害するための医薬組成物であるのに対し、引用発明は、ヒト前立腺癌細胞に対し、CCL5誘導性の増殖及び浸潤を阻害するための組成物である点。
(相違点2)本願発明のCCR5拮抗剤はビクリビロクであるのに対し、引用発明のCCR5拮抗剤はTAK-779である点。
第6 判断
上記相違点について検討する。
1.相違点1について
癌転移のプロセスに腫瘍が「浸潤」する過程及び「増殖」する過程が含まれること、そして、癌転移のプロセスの中で治療の標的として、血管新生とともに最も注目されているのが癌細胞の浸潤過程であること(刊行物Cの摘記(C2)及び(C3)、並びに刊行物Dの摘記(D2))は本願優先日当時の技術常識(以下、「技術常識」という。)であり、当該技術常識を参酌すると、引用発明のCCR5拮抗剤であるTAK-779が有する「ヒト前立腺癌細胞に対し、CCL5誘導性の増殖及び浸潤を阻害する」作用は、ヒト前立腺癌細胞に対する転移プロセスを阻害する作用を含むといえる。
また、引用発明の「CCL5」は炎症性ケモカインであり、「CCR5」はCCL5の受容体(すなわちケモカイン受容体の一種)であるところ(摘記(A1))、刊行物Aには、TAK-779についての記載に加えて、「ケモカイン及びケモカイン受容体は、腫瘍の成長及び播種に対して直接的に重大な影響を有することができる」(摘記(A2))及び「ケモカイン受容体拮抗剤が癌治療における新規戦略としての有望さを引き続き示している」(摘記(A11))という記載があるので、当業者は、TAK-779が前立腺癌治療における新規戦略として有望なCCR5拮抗剤であることを理解でき、さらに、当該TAK-779を、前立腺癌からの転移病巣を発症する恐れがあるヒトにおいて、前立腺癌からの転移病巣を阻害するために用いることを自然に想起するといえる。
2.相違点2について
刊行物Bには、天然物から単離されたCCR5拮抗剤であるアニバミン(摘記(B3)及び(B4))が、非常に高い浸潤能を有する高転移性M12前立腺癌細胞株の増殖、浸潤及び接着を阻害したこと(摘記(B5)~(B9))、及び胸腺欠損ヌードマウスにおける高転移性M12前立腺癌細胞株の皮下増殖を減少させたこと(摘記(B10)及び(B11))を示す実験結果が記載され、このように、アニバミンが高転移性M12前立腺癌細胞株の浸潤性及び転移性も抑制し、in vivoでの腫瘍増殖を危うくしたという実験結果から、アニバミンについて将来の医薬品設計及び開発のリード化合物としての潜在的な有用性が示唆されること(摘記(B12))が記載されている。
そして、刊行物Bには、上記アニバミンについての記載に加えて、さらに「蓄積された証拠は、ケモカイン受容体CCR5及びケモカインCCL5が前立腺癌細胞の増殖と転移に関与している可能性を示している。したがって、ケモカイン受容体拮抗剤は、抗前立腺癌の薬として効果を発揮する可能性があると考えられる」こと(摘記(B1))、「患者から採取した検体及び前立腺癌細胞株で得たこれらの結果から、適切なケモカイン受容体CCR5拮抗剤を開発することで、新しい前立腺癌治療を提供できることが示唆される」こと(摘記(B2))、「10年以上前に最初にクローン化されて以来、ケモカイン受容体CCR5は主にHIV治療において標的となっていたが15-21、CCL5誘導性細胞増殖の阻害作用を通じて、CCR5拮抗剤は前立腺癌の新規治療方法を提供し得る」こと(摘記(B3))が記載されており、具体的に、下記の図1において、既知のCCR5拮抗剤TAK779(引用発明のCCR5拮抗剤であるTAK-779)、マラビロク及びビクリビロクが記載されている(摘記(B4))。
「図1
図1. アニバミン及びいくつかの既知のCCR5拮抗剤
左上の化合物:アニバミン(Anibamine)
右上のCCR5拮抗剤:TAK779(引用発明のTAK-779)
左下のCCR5拮抗剤:マラビロク(Maraviroc)
右下のCCR5拮抗剤:ビクリビロク(Vicriviroc) 」
上記のように、上記刊行物Bの記載から、CCR5拮抗剤であるアニバミンが高転移性M12前立腺癌細胞株の転移性を抑制する作用を有し、アニバミンについて将来の医薬品設計及び開発のリード化合物としての潜在的な有用性が示唆されていることを、当業者は理解できるといえる。
そして、上記図1.に示されるように、引用発明のTAK-779及び刊行物Bのアニバミンは、主要な化学構造が異なるにもかかわらず、いずれも前立腺癌細胞の転移を阻害する作用を有していること、また、刊行物A及び刊行物Bには、TAK-779またはアニバミンについての記載だけでなく、さらに、CCR5拮抗剤が前立腺癌の新規治療方法を提供し得ることについて記載されている(摘記(A2)及び(A12)、並びに摘記(B1)~(B3))のであるから、技術常識(刊行物C及びD)を参酌しつつ、刊行物A及び刊行物Bに記載された事項を併せ見た当業者は、上記図1.(摘記(B4))でTAK-779及びアニバミンと併記された既知のCCR5拮抗剤である「ビクリビロク」(Vicriviroc)が、TAK-779及びアニバミンと同様に前立腺癌細胞の転移を阻害する作用を有することを期待して、前立腺癌の新規治療方法を提供するために、引用発明のCCR5拮抗剤として、TAK-779に代えて「ビクリビロク」を使用することを、容易に想到し得たといえる。
3.本願発明による効果について
本願明細書には、免疫応答性の対象であるマウスにCCR5拮抗剤であるマラビロクを投与した場合に、前立腺癌の転移が阻害されたことを確認した実験結果が記載されている(段落【0131】及び【0132】、並びに図17~19)。
しかし、本願明細書には、本願発明のCCR5拮抗剤であるビクリビロクを、前立腺癌からの転移病巣を発症する恐れがあるヒトに投与した臨床試験結果は記載されていないのであるから、本願発明による効果が、引用発明、刊行物A及びBに記載された事項、並びに技術常識(刊行物C及びD)から、当業者が予測し得ない格別顕著な効果であるとはいえない。
4.請求人の主張について
(1)請求人は、令和元年8月19日付け意見書において、「刊行物Aのインビトロ浸潤アッセイは、免疫応答性の対象における転移病巣を阻害する
こととは異なり、予測されるものでもありません。刊行物Aは、化学誘引物質としてCCL5を用いたインビトロトランスウェル浸潤アッセイについて記述しています(刊行物Aの126~127頁にわたる段落参照)。これが浸潤(例えば、隣接組織への侵入)のみを測定する非常に単純化されたモデルであるのみならず、科学文献は、そのようなインビトロの結果が、インビボ浸潤特性の指標として信頼できるものではないことを示唆しています。例えばKamらの文献(Kam et al., BMC Cancer 8:198 (2008));参照文献1)において、著者は、従来の浸潤アッセイは「fail to provide sufficient resolution for yielding precise, quantitative data for individual cell motility and invasion mechanisms.」(参照文献1の2頁の最終段落参照)と記述しており、改良アッセイの必要性を見出しています。同様に、Brekhmanらの文献(Brekhman et al., BMC Cancer 9:415 (2009);参照文献2)において、著者は、刊行物Aにおいて用いられたトランスウェルアッセイのようなフィルターに基づく浸潤アッセイの欠点について記述しています。Brekhmanらの文献は、「results obtained in such assays may be misleading.」と記載しています(参照文献2の2頁左カラム参照)。」、及び「刊行物Bのインビトロアッセイは、刊行物Aにおいて記載されたものと同じタイプであり、同じ制限を有します。」という主張をしている。
そこで、上記主張について検討する。
請求人が提示した参照文献1及び2(いずれも令和元年8月19日付け手続補足書に添付して提出された。)には、それぞれ以下の記載がある。なお、外国語による記載は日本語訳を記載した。また、当審合議体は、請求人が上記主張で引用した箇所に対応する日本語訳の箇所に下線を付した。
・参照文献1(Kam et al., BMC Cancer 8:198 (2008))に記載された事項
「従来の浸潤アッセイ
腫瘍細胞の侵襲能力及び著しく異なる種類の浸潤を制御する機序は、転移において非常に重要なものである。したがって、再現性のある定量的な用語でこの測定を特定するアッセイは、これらの課題をインビトロで調査するために極めて役立ち得る。潜在的な侵襲性を研究するために現在採用されている最も一般的な方法は、ECM障壁としての基底膜マトリックス調整物(MatrigelTMなど)及び化学誘引物質としての組織培養馴化培地を使用する改変Boydenチャンバー・アッセイである[18,19]。このような方法は、細胞集団全体の集合体遊走に関する十分な情報を提供することはできるが、個々の細胞の運動性及び浸潤機序に関する正確な定量的データをもたらすための十分な解像度を提供できない。したがって、「創傷」縁周辺の細胞の集合体の動きと個々の細胞の動きをより明確に識別し、従来のアッセイに関連する他の問題を克服するため、我々は、渡辺氏及びその同僚らによって設計された以前に確立されたCWA技術を改変し、新規の円形浸潤アッセイ(CIA)を開発した[16](図1A)。」(2頁左欄の最終段落)
・参照文献2(Brekhman et al., BMC Cancer 9:415 (2009))に記載された事項
「インビトロ3D浸潤アッセイは、三つの一般的な種類に分類できる。一つ目は、細胞外マトリックス(ECM:extracellular matrix)由来のタンパク質で構成されたゲルをフィルターの上に配置し、その上に腫瘍細胞を播種するBoydenチャンバー及び同様のフィルターに基づく浸潤アッセイに代表される。細胞は侵入することが可能であり、フィルターの反対側に移動する細胞の数を測定する[2,3]。この種類のアッセイの利点は、定量化が早く容易に行えることである。しかし、終点の測定によってのみ特定される細胞の侵入は、腫瘍細胞集団全体のごく一部である亜集団のみを示している可能性がある。従って、このようなアッセイで得られた結果は、誤解を招く可能性がある。」(2頁左欄9~21行)
上記のように、参照文献1には、従来の浸潤アッセイに「個々の細胞の運動性及び浸潤機序に関する正確な定量的データをもたらすための十分な解像度を提供できない」という問題点があることが記載され、参照文献2には、細胞外マトリックス(ECM:extracellular matrix)由来のタンパク質で構成されたゲルを用いた一般的なインビトロ3D浸潤アッセイにおいて、終点の測定によってのみ特定される細胞の侵入は、腫瘍細胞集団全体のごく一部である亜集団のみを示している可能性があるので、「このようなアッセイで得られた結果は、誤解を招く可能性がある」という問題点があることが、記載されている。
しかし、参照文献1及び2には、従来の浸潤アッセイが上記のような問題点を有するので、当該従来の浸潤アッセイで得られた結果が、癌細胞の浸潤能を検査する指標として信頼できないという趣旨の記載はない。
技術常識を示す刊行物C及びDには、癌細胞浸潤能の評価系として最も汎用されている方法として、マトリゲル等を用いたケモインべージョン法(摘記(C3)及び摘記(D2))が記載されている。そして、上記1.で説示したように、刊行物Aには、従来の浸潤アッセイ(摘記(A5))で得られた結果を含む各種の実験結果から、TAK-779がヒト前立腺癌細胞に対し、CCL5誘導性の増殖及び浸潤を阻害する作用を有するという考察がされており(摘記(A1))、これらの実験結果を総合すれば、当業者は、TAK-779を、前立腺癌からの転移病巣を発症する恐れがあるヒトにおいて、前立腺癌からの転移病巣を阻害するために用いることを自然に想起するといえる。
また、刊行物Bでも、従来の浸潤アッセイ(摘記(B8))を含む各種の実験結果から、アニバミンは高転移性M12前立腺癌細胞の浸潤性及び転移性も抑制するという考察がなされており(摘記(B12))、これらの実験結果を総合して判断すれば、当業者は、アニバミンについても、前立腺癌からの転移病巣を発症する恐れがあるヒトにおいて、前立腺癌からの転移病巣を阻害するために用いることができると推認できるといえる。
(2)請求人は、令和元年8月19日付け意見書において、「刊行物Bのインビボ細胞増殖試験は、上述のように、免疫応答性の対象における転移病巣の発症にとって合理的に予測することができない免疫不全マウス」を用いている旨を主張している。
そこで、上記主張について検討する。
刊行物Bのインビボ細胞増殖試験(摘記(B10)及び(B11))で用いられた「胸腺欠損ヌードマウス」は免疫不全マウスであるが、ヒトの臨床と同じような転移形式を得るための「実験動物での転移モデル」に免疫不全マウスである「ヌードマウス」を用いることは、刊行物C及びDに記載されているように技術常識である(摘記(C4)及び摘記(D3))。そして、上記2.で説示したように、「胸腺欠損ヌードマウス」を用いたインビボ細胞増殖試験の結果(摘記(B10)及び(B11))、並びに非常に高い浸潤能を有する高転移性M12前立腺癌細胞株の増殖、浸潤及び接着を阻害したことを示すin vitro実験の結果(摘記(B5)~(B9))を総合的に判断すれば、当業者は、アニバミンについても、前立腺癌からの転移病巣を発症する恐れがあるヒトにおいて、前立腺癌からの転移病巣を阻害するために用いることができると推認できるといえる。
(3)以上のとおりであるから、請求人による上記(1)及び(2)の主張はいずれも認められない。
なお、上記3.で説示したように、本願明細書には、本願発明のCCR5拮抗剤であるビクリビロクを、前立腺癌からの転移病巣を発症する恐れがあるヒトに投与した臨床試験結果は記載されていないのであるから、本願発明による効果が、引用発明、刊行物A及びBに記載された事項、並びに技術常識(刊行物C及びD)から、当業者が予測し得ない格別顕著な効果であるとはいえない。
第7 むすび
以上のとおり、本願発明は、引用発明、刊行物A及びBに記載された事項並びに技術常識(刊行物C及びD)に基いて、本願優先日前において当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
審決本文(J-PlatPat)
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2018-009352