特許拒絶査定不服審判
2015-012653
リプログラミングT細胞および造血細胞
- 審判番号
- 2015-012653
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
- 出願番号
- 特願2012-514169外部サイト(J-PlatPat)へ移動します
- 請求日
- 2015年07月03日
- 審決日
- 2017年09月12日
- 公報発行日
- 2018年03月30日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 分類
- P18 .121-WZ (C12N)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法29条2項
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第2項
- データ出所
- 審決公報(SGML)
事件の表示
特願2012-514169「リプログラミングT細胞および造血細胞」拒絶査定不服審判事件〔平成22年12月 9日国際公開、WO2010/141801、平成24年11月15日国内公表、特表2012-528599〕について、次のとおり審決する。
結論
【結 論】
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
【理 由】
1.手続の経緯・本願発明
本願は、平成22年6月4日(パリ条約による優先権主張 2009年6月5日、2009年9月4日、いずれも米国)を国際出願日とする出願であって、その請求項1~18に係る発明は、平成29年3月17日付けの手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1~18に記載されたとおりのものであるところ、その請求項1に係る発明は、次のとおりのものと認める(以下、「本願発明」という。)。
「【請求項1】CD34+造血始原細胞から人工多能性幹(iPS)細胞を作製する方法であって、
(a)CD34+造血始原細胞の増大を可能にする1つ以上のサイトカインと共にin vitroで培養して、その中で前記CD34+造血始原細胞の集団を増大させている精製されたCD34+造血始原細胞を含む細胞集団を入手する工程であって、前記CD34+造血始原細胞が、ヒト被験体の末梢血サンプルから精製されたものであり、前記ヒト被験体の細胞が、外的に加えられる因子で動員されていない、工程と、
(b)Oct4およびSox2、ならびにcMyc、Klf4、NanogおよびLin28から選択されるリプログラミング因子の少なくとも2つをコードする1つ以上の発現カセットを含む1つ以上のエピソーム複製ベクターの導入を介して前記細胞集団の前記CD34+造血始原細胞からiPS細胞を産生させて、組み込まれた外来性ウイルス要素を本質的に含まないiPS細胞集団を提供する工程であって、前記1つ以上の発現カセットは、少なくとも2つのリプログラミング因子を含むポリシストロニック転写単位を少なくとも含む、工程、
を含む、方法。」
2.当審における拒絶理由
一方、当審において平成28年9月16日付けで通知した拒絶理由の概要は、請求項1~18に係る発明は、本願優先日前に頒布された刊行物である引用文献1~10に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、というものである。
3.本願の優先権主張について
本願の請求項1~18に係る発明は、CD34+造血始原細胞からiPS細胞を作製する方法に係る発明であるが、CD34+造血始原細胞からiPS細胞を作製することについては、本願の第1の優先権主張の基礎となる米国出願第184546号(2009年6月5日出願)の明細書には記載されておらず、本願の第2の優先権主張の基礎となる米国出願第240116号(2009年9月4日出願)の明細書においてはじめて記載されているので、本願の請求項1~18に係る発明については、本願の第2の優先権主張日(以下、単に「優先日」という。)である2009年9月4日を進歩性の基準日として判断を行う。
4.引用文献の記載事項
当審の拒絶理由で引用文献1として引用した、本願優先日前に頒布された刊行物であるBlood(2009.May)Vol.113,No.22,p.5476-5479(以下、「引用文献1」という。)には、以下の事項が記載されている(英語で記載されているため、日本語訳で摘記する。下線は合議体による。)。
ア.「ヒト血液からの人工多能性幹細胞の作製」(表題)
イ.「皮膚生検によって得られたヒト真皮線維芽細胞は、限定された転写因子の異所性発現によって多能性へと直接リプログラムすることができる。ここでは、OCT4/SOX2/KLF4/MYCのレトロウイルス形質導入を用いた、CD34+動員ヒト末梢血細胞からの人工多能性幹細胞の誘導について記述する。血液由来のヒト誘導多能性幹細胞は、形態学、表面抗原の発現、多能性関連転写因子、多能性細胞特異的遺伝子におけるDNAメチル化状態、及びin vitroや奇形腫における分化能力に関してヒト胚性幹細胞と区別できない。ヒト血液から細胞のリプログラムが可能になれば、疾患を起こす体細胞突然変異が造血系細胞に限定される疾患患者特有の幹細胞の生成が可能になる。」(要約)
ウ.「方法
詳細な方法は、ドキュメントS1(Bloodウェブサイトで入手可能、オンライン記事の上部にある補足資料のリンクを参照)に含まれている。簡潔には、Allcells(Emeryville、CA)から入手した動員された末梢血細胞は、26歳の男性ドナーから収集され、CD34+細胞(mPB014F)を単離した。以前に公表された方法9から改変されたプロトコルを使用して、CD34 iPS細胞の作製を行った。」(第5476頁右欄第1行~第7行)
エ.「結果及び考察
・・・・・・・・・・・・・・・・・・骨髄採取に関連するリスクを回避するため10に、末梢血から単離した動員されたCD34+造血幹細胞/前駆細胞を得た11。レトロウイルス構築物の組み込み及び発現は、標的細胞の有糸分裂を必要とするので、我々はまず、CD34+細胞をhSCF、hF1t3L及びIL-3サイトカインの組み合わせと共にin vitroで培養して12、CD34+細胞を数桁のオーダーで増殖及び増大させた(図1A、B、S1A)。6日間の培養期間の過程にわたるフローサイトメトリー分析により、CD34+/CD38-造血前駆細胞のパーセンテージの漸進的減少及び分化した表現型(CD14、CD15;図S1B、C)を有する細胞のパーセンテージの同時的な増加を示した。分化細胞又は成熟細胞の割合が高いと、造血前駆細胞の増大能に対して強い抑制効果が生じる13。したがって、我々は、大部分の細胞が依然としてCD34を発現しており、活発に増殖していた培養の4日目に、CD34+細胞のウイルス形質導入を行った(図S1)。形質導入の3日後、細胞を回収し、フィーダーMEF細胞上にプレーティングした(図1A)。10ng/mLの塩基性線維芽細胞成長因子を補充したヒトES(hES)細胞培地を5日目に添加した(図1A)。我々は、形質導入の約14日後に初めてコロニーを検出した。ほとんどがhES細胞特性を有さない顆粒化細胞クラスターに発達し(図1C)、その他の細胞はhES細胞に特徴的な明瞭な丸いエッジを有する平坦でコンパクトな形態を示した(図1D)。我々は、5×104個のCD34+細胞から、常に約5~10個のhES細胞様コロニーを観察した(3回の独立した実験からのデータ)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・全部で、8個の独立したGfp-コロ二ーを選んで増大し、2つの系統、CD34 iPS1及びCD34 iPS2について十分に特性解析した。」(第5476頁右欄第8行~第5477頁右欄第4行)
オ.「細胞培養。動員された末梢血CD34+細胞(Allcells、mPB014F)を、hSCF(100ng/ml)、hFlt3L(100ng/ml)及びインターロイキン-3(20ng/ml)(Peprotech)を補充した、15%ウシ胎仔血清(StemCell Technologies)を含むIMDM(Invitrogen)中で維持した。4日間培養で増殖させたCD34+細胞を、レトロウイルス形質導入に使用した。胚様体を形成するために、コンフルエントな未分化CD34 iPS細胞を、ストリップに機械的にこすり付け、20%ウシ胎仔血清(StemCell Technologies)、0.1mM非必須アミノ酸(Invitrogen)、1mM L-グルタミン(Invitrogen)、50μg/mlアスコルビン酸(Sigma)、2mg/mlヒトホロトランスフェリン(Sigma)及び0.1mM b-メルカプトエタノール(Sigma)を補充した、ノックアウトDMEM(Invitrogen)からなる分化培地中で6ウェル低接触プレートに移した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
CD34+細胞採取。供給者(Allcells、CA、USA)に従い、動員された末梢血から以下のように入手した。ドナーを、Amgenで製造されたNeupogen(G-CSF)で3日間5μ/kg/日の容量で注射した。4日目に、7血液容量のアフェレーシスを、Cobeアフェレーシス装置で実施し、300mlの血液を採取した。この採取物の総細胞数は、3.4×1010であり、CD34+細胞の収量は~1%であった。リプログラミング実験は、リプログラミング因子を保有するウイルスで感染させる前に4日間培養で増殖させた、5×104のCD34+細胞で行った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
レトロウイルス作製及びヒトiPS細胞誘導。ヒトOCT4、SOX2、KLF4、及びMYCレトロウイルスベクターは、線維芽細胞のリプログラミングのために以前使用された1。15cmプレート中の293T細胞に、6.25μgのレトロウイルスベクター、0.75μgのVSV-Gベクター及び5.625μgのGag-PolベクターをFUGENE6試薬を用いてトランスフェクトした。トランスフェクションの3日後、上清を0.45μm酢酸セルロースフィルターで濾過し、23,000rpmで90分間の遠心分離により濃縮し、使用するまで-80℃で保存した。形質導入は、記載されているように2フィブロネクチンフラグメントCH-296(レトロネクチン;タカラ酒造、大津、日本)でコーティングされた6マルチウェルプレート中のCD34+細胞上で行った。MOI(感染多重度)5でウイルスを加え、12時間後に感染を繰り返した。各感染の間、細胞を1,300rpmで1.5時間遠心分離した。感染の3日後、細胞をマウス胚線維芽細胞(MEF)で予め播種したプレートに分割した。感染の5日後に培地をヒトES培地に交換した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
フローサイトメトリー。動員された末梢血CD34+細胞は、20分間氷上でPBS/1%BSA中で異なる抗体で染色して2、4、及び6日間培養した後で採取した。BDバイオサイエンス(San Jose、CA)からの抗体は、PEコンジュゲートCD34(クローン563)、APCコンジュゲートCD45(クローンHI30)、FITCコンジュゲートCD38(クローンHB7)、及びFITCコンジュゲートCD15(クローンHI98)を含み、Caltag/Invitrogen(Carlsbad、CA)からの抗体は、FITCコンジュゲートCD14(クローンTUK4)を含んだ。細胞は、5レーザーLSR-II(BDバイオサイエンス、San Jose、CA)で分析し、死んだ細胞は、ヨウ化プロピジウム染色で除いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・」(「補足資料」の項)
当審の拒絶理由で引用文献2として引用した、本願優先日前に頒布された刊行物であるNat.Genet.(2009.Aug.)Vol.41,No.9,p.968-976(以下、「引用文献2」という。)には、以下の事項が記載されている(英語で記載されているため、日本語訳で摘記する。)。
カ.「ヒト造血前駆細胞が等しくiPS細胞にリプログラミングすることができるかをためすために、我々は、rtTAを発現するレンチウイルス構築物(捕捉の図6)と同様にドキシサイクリン制御下でOct4、Sox2、Klf4及びcMycを発現するヒトポリシストロニックベクターに、CD34+臍帯血前駆細胞を感染させた。・・・・・・・・・・・・・・・・・・この実験は、ヒト造血前駆細胞からiPS細胞を誘導する原理の証明を提供する。」(第973頁右欄第20行~第32行)
キ.「CD34+臍帯血前駆細胞からのヒトiPS細胞の誘導
ヒトCD34+臍帯血細胞は、STEMCELL Technologiesから購入し、StemSpan CC100サイトカインカクテル(STEMCELL Technologies)で補充したStemSpan血清不含増大培地(SFEM)で(解凍後)24時間培養した。我々は、最近記述されたマウスポリシストロニックレンチウイルスベクターと同じく、Oct4、Sox2、Klf4及びcMycのヒトcDNAを発現するポリシストロニックレンチウイルスに、1×105細胞を丸底96穴プレートで感染させた。」(「オンライン方法」の項)
当審の拒絶理由で引用文献3として引用した、本願優先日前に頒布された刊行物であるScience(2009.May)Vol.324,No.5928,p.797-801(以下、「引用文献3」という。)には、以下の事項が記載されている(英語で記載されているため、日本語訳で摘記する。下線は合議体による。)。
ク.「ベクター及び導入遺伝子配列を含まないヒト人工多能性幹細胞」(表題)
ケ.「分化したヒト細胞を人工多能性幹(iPS)細胞にリプログラミングすることは、基礎生物学、薬剤開発、及び移植に応用されている。ヒトiPS細胞誘導には、以前はゲノムに組み込まれるベクターが必要であり、これは変異を作出し、研究及び臨床応用の両方において細胞の有効性を制限し得る。我々は、非組み込みエピソームベクターの使用によるヒトiPS細胞の誘導を記載する。エピソームの除去後、増殖及び発生能においてヒト胚性幹(ES)細胞に類似した、ベクター及び導入遺伝子配列を完全に含まないiPS細胞が誘導される。これらの結果は、ヒト体細胞のリプログラミングが、外因性リプログラミング因子のゲノムへの組み込み又は継続的な存在を必要とせず、ヒトiPS細胞の臨床応用への障害の一つを除去することを実証する。」(要約)
コ.「OCT4、SOX2、NANOG及びLIN28は、ヒトの胚性、新生児及び成人の線維芽細胞をiPS細胞にリプログラミングするのに十分であるが(2、16)、リプログラミング効率は低い(新生児包皮線維芽細胞について0.01%未満)(2)。安定なトランスフェクション効率は、我々のレンチウイルスベクターよりもほぼ二桁低いため、このように低い効率ではoriP/EBNA1によるベクターを用いたリプログラミングを困難にする(2)。そのため、我々はまず、レンチウイルスベクターを使用してリプログラミング効率を向上させた。OCT4及びSOX2を共発現するために異なるリンカーを試験することにより、我々は、内部リボソーム進入部位2(IRES2)がより高いリプログラミング効率を維持することを見出した(図S1、A及びB)。リンカーは、NANOG及びLIN28を共発現させるために使用した場合、リプログラミング効率に対する影響が小さいので(図S1B)、リプログラミング因子を共発現させるためにIRES2を選択した。OCT4、SOX2、NANOG及びLIN28のIRES2媒介性発現を使用して、我々は、ヒト包皮線維芽細胞についてのリプログラミング効率を、我々が以前に報告したものよりも約10倍(~約0.1%)向上させた(図S1C)。c-Myc及びKLF4を追加することで、リプログラミング効率は、これらの細胞について我々が達成した最高の効率である1%超へと、さらに向上した(図S1C)(17)。そのため、我々は、共発現のためにIRES2を使用して、6個全てのリプログラミング因子(OCT4、SOX2、NANOG、LIN28、c-Myc及びKLF4)をoriP/EBNA1ベクターにクローニングした。・・・・・・・・・・・・・・・・・・
エピソームベクター中の6個のリプログラミング遺伝子を用いた最初の試験では、ヒトiPS細胞コロニーは得られなかった(表S2)。この遺伝子の組合せでは、おそらく高いc-Myc発現の毒性効果のために、トランスフェクション後の1週間の間に実質的な細胞死が観察された(18)。c-Myc発現の毒性効果を打ち消すために、我々は、いくつかの組合せにSV40ラージT遺伝子(SV40LT)を含ませた(19)。これらの組合せは全てOCT4、SOX2、NANOG、LIN28、c-Myc、KLF4及びSV40LTを含み、その組合せのうち3つが、oriP/EBNA1によるベクターを用いてヒト包皮線維芽細胞からiPS細胞を作製することに成功した(図1A、図S2D及び表S2)。それぞれの成功した組合せの中の少なくとも2つのプラスミドはOCT4及びSOX2を発現し、このことは、これらの導入遺伝子の高い発現がリプログラミングを向上させるという観察と一致する。これらの組合せのうち2つに由来するクローン(実験3から19、実験4から6及び表S2)を増大及び分析のために選択した。これらのiPS細胞コロニーは、典型的なヒトES細胞形態(例えば、小型のコロニー、高い核対細胞質比、及び顕著な核)を示し(図1B)、ヒトES細胞株と非常に類似した遺伝子発現プロフィールを示したが、親の線維芽細胞とは類似していなかった(図lC及び表S3)。これらのiPS細胞は、免疫減弱化マウスに注射した場合に、ヒトES細胞と同様に、3つ全ての一次胚葉の分化派生物からなる奇形種を形成した(図1D)。ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)分析では、ゲノム中のエピソームベクターの組み込みは検出されなかったが、ベクターはエピソーム画分中に残ることが検出された(図1E)。エピソームベクターの持続性は、長期の導入遺伝子発現がリプログラミングの成功に必要なことを示唆する。
」(第798頁左欄下から第9行~第800頁左欄第7行)
サ.「
」(図1A)
当審の拒絶理由で引用文献4として引用した、本願優先日前に頒布された刊行物である国際公開第2009/032456号(以下、「引用文献4」という。)には、以下の事項が記載されている(英語で記載されているため、日本語訳で摘記する。下線は合議体による。)。
シ.「1.リプログラムされた細胞を産生する方法であって、
被験体から細胞を単離し、
少なくとも1つの多能性因子をウイルスを使用しないで細胞に導入し、リプログラムされた細胞を産生し、
リプログラムされた細胞の5%以上の細胞が、Oct-4、Nanog、SSEA-3、SSEA-4、TRA1-60、Stella、アルカリフォスファターゼ、VASA、cRET及びRex-1からなる群から選択される少なくとも1つの胚性幹細胞マーカーを発現しているかを決定する、ステップを含む方法。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
7.前記細胞が、体細胞、生殖細胞及び生後幹細胞からなる群から選択される、請求項1に記載の方法。」(特許請求の範囲)
ス.「本方法に有用な成人体細胞の代表例は、繊維芽細胞、上皮細胞のような外胚葉細胞、骨髄細胞、CD34+末梢血幹細胞、心筋細胞、筋細胞、血管平滑筋細胞、肝細胞、腎細胞のような中胚葉組織細胞、血管内皮細胞のような内胚葉上皮細胞を含む。」([00105])
当審の拒絶理由で引用文献5として引用した、本願優先日前に頒布された刊行物であるNat.Protoc.(2006)Vol.1,No.4,p.2178-2183(以下、「引用文献5」という。)には、以下の事項が記載されている(英語で記載されているため、日本語訳で摘記する。下線は合議体による。)。
セ.「本プロトコルは、幹細胞動員処置を使用せずに、正常ドナー由来の末梢血細胞から相当数のヒト肥満細胞を得るための方法を詳述する。磁気セル・ソーティング・システムを用いることによって、健常ドナーから100m1の血液を採取した場合に、104-105細胞がCD34+画分に回収される。これらの細胞を、幹細胞因子及びインターロイキン6を補充したメチルセルロース培地を使用して培養する場合、103-104の肥満細胞コロニーが6週間で形成される。培養6週間での総肥満細胞数は、106-107である。」(要約)
ソ.「手順
1日目
1 100mlのヒト末梢血を、各々がPBS中に5mlの100mM EDTAを含む2つの50mlシリンジに回収する。
重要工程 本プロトコルには、新しい(4時間以内)試料が必要である。
注意 本研究の被験体は、本研究所の倫理検査評議会により承認された書面のインフォームドコンセントを提出するべきである。
2 2容量(100ml)のPBSで細胞を希釈する。
3 50mlコニカルチューブ中で13mlのリンパ球分離培地(1.077密度)上に33mlの希釈した細胞懸濁液を重ね、ブレーキをかけずにスイングバケットローター中で室温(24℃)で400gで30分遠心分離する。
4 界面の細胞(単核細胞画分)を回収し、6つの新しい50mlコニカルチューブに移す。
5 6つのコニカルチューブをPBSで満たし、室温で400gで10分遠心分離する。
6 上清を捨て、各細胞ペレットを5mlのPBSに再懸濁する。6つのチューブから細胞懸濁液を回収し、1つの50mlコニカルチューブに移し、4℃で400gで10分遠心分離する。
7 細胞ペレットを20mlの溶血性溶液中に再懸濁し、赤血球を破壊する。3分後、チューブを製造業者のMACSリンス緩衝液(2mM EDTAを含むPBS)で満たし、室温で400gで10分遠心分離する。
8 細胞ペレットを40mlのMACSリンス緩衝液に再懸濁し、細胞数を計数し、4℃で500gで4分遠心分離する。
9 細胞ペレットを108の総細胞あたり300μlのMACSリンス緩衝液の最終容量に再懸濁する。我々は、通常、100mlの血液から108の末梢血単核細胞を得る。
10 108の総細胞あたり100μlのFcRブロッキング試薬を細胞懸濁液に添加し、非標的細胞へのCD34 MicroBeadsの非特異的またはFcレセプター媒介性結合を阻害する。
MicroBeadsでの細胞の標識
11 MicroBeadsでの細胞の標識には、2つのオプション(細胞のポジティブ選択またはネガティブ選択)が利用可能である。
(A)CD34+細胞のポジティブ選択
(i)108の総細胞あたり100μlのCD34 MicroBeadsを添加し、ウェルを混合し(10分ごとに指でチューブをたたく)、4℃で30分インキュベートすることにより細胞を標識する。
(B)系統陰性細胞のネガティブ選択
(i)CD4、CD8、CD11b、CD14、CD16及びCD19のMicroBeads(108の総細胞あたり各々100μl)を添加し、ウェルを混合し(10分ごとに指でチューブをたたく)、4℃で30分インキュベートすることにより細胞を標識する。
12 4℃で500gで4分遠心分離することにより、40mlのMACSランニング緩衝液で細胞を2回洗浄する。
13 1×108の総細胞あたり5mlのMACSランニング緩衝液で細胞を再懸濁する。
14 細胞を30μmナイロンメッシュに通し、凝集塊を除去する。使用前にMACS緩衝液でメッシュを湿らせる。
前駆細胞の分離
15 前駆細胞を、autoMACSを使用してポジティブ選択(オプションA)若しくはネガティブ選択(オプションB)、又はLSカラムを用いたSuperMACS IIを使用するポジティブ選択(オプションC)若しくはCSカラムを用いたSuperMACS IIを使用するネガティブ選択(オプションD)のいずれかにより、細胞懸濁液から単離し得る。
(A)autoMACSセパレーターを使用するCD34+細胞のポジティブ選択
(i)ポジティブ選択のためにPossel-D2プログラムを選択することにより、細胞をautoMACSカラムにアプライし、細胞をカラムに通過させ、緩衝液で洗浄する。
(B)autoMACSセパレーターを使用する系統陰性細胞ネガティブ選択
(i)Depl-05プログラムを選択することにより、細胞をautoMACSカラムにアプライし、細胞をカラムに通過させ、緩衝液で洗浄する。
(C)LSカラムを用いたSuperMACS IIを使用するポジティブ選択
(i)1×108細胞をMACS LSカラムにアプライし、細胞をカラムに通過させ、緩衝液で洗浄する(詳細なプロトコルについては、製造業者のウェブページ:http:/www.miltenyibiotec.com/を参照)。簡単に、磁力での反応の後、セパレーターからカラムを取り外し、カラムを適切なチューブに配置し、カラムの上部に緩衝液をピペットする。カラムを供給したプランジャーを使用することにより圧力で残存細胞を確実に洗い出すことによりCD34+細胞を回収する。
(D)CSカラムを用いたSuperMACS IIを使用するネガティブ選択
(i)CD4、CD8、CD11b、CD14、CD16及びCD19のMicroBeadsで標識した最大108細胞をCSカラム(ネガティブ選択のために指定される)にアプライする。セパレークーからカラムを取り外す前に、系統陰性細胞を、カラムの上部に緩衝液を繰り返しアプライすることにより完全に回収するべきである。
重要工程 多すぎる細胞をアプライすると標的細胞の回収に影響するので、MACSカラムにアプライする細胞数は重要である。本プロトコルにおける最適細胞数は、108~2×108である。また、カラムの使用期限の確認も必要である。
16 CD34+細胞または系統陰性細胞を回収し、4℃で500gで4分で2回基本培養培地で洗浄する。」(第2179頁下から第25行~第2180頁第29行)
当審の拒絶理由で引用文献6として引用した、本願優先日前に頒布された刊行物であるBlood(1995)Vol.86,No.1,p.141-146(以下、「引用文献6」という。)には、以下の事項が記載されている(英語で記載されているため、日本語訳で摘記する。)。
タ.「我々は、臨床的に許容できるレトロウイルス上清形質導入プロトコルを用いて、ゴーシェ病患者由来の非動員末梢血(PB)CD34+細胞に高効率遺伝子導入を達成した。」(要約左欄第1行~第4行)
チ.「CD34+細胞の単離
形質導入実験は、インフォームドコンセント及び研究所審査会の承認後の、正常志願者又はゴーシェ病患者から得られたPB又はBM細胞を用いて行われた。PB細胞は、Fenwall CS3000血液細胞分離装置(バクスター ヘルスケア、Inc、ディアフィールド、IL)を用いて、8~10Lのアフェレーシスにより、動員せずに集められた。・・・・・・・・・
PB又はBMからの単核(MN)細胞は、製造者の使用説明書に従って、研究室規模のCeprate LC細胞分離システム又は臨床規模のCeprate幹細胞濃縮装置(CellPro Inc、ボセル、WA)を用いて、CD34+細胞を濃縮した。」(第142頁左欄第10行~第22行)
当審の拒絶理由で引用文献7として引用した、本願優先日前に頒布された刊行物であるStem Cells(2006)Vol.24,No.2,p.333-336(以下、「引用文献7」という。)には、以下の事項が記載されている(英語で記載されているため、日本語訳で摘記する。)。
ツ.「そこで、我々は、6人のAMI患者において動員せずに末梢血CD34+細胞の単離をこころみた。大容量細胞吸着及びCD34+細胞のポジティブ選択後、360~2760万個のCD34+細胞が得られた。」(要約左欄第4行~第8行)
テ.「CD34+細胞濃縮
自己末梢血HSCは、Cobe Spectra細胞分離装置で実施される大容量(15~20L)細胞吸着後に得られた。CD34+細胞のポジティブ選択は、バクスターIsolex 300i医療機器で実施した。選択した細胞は、約20時間4℃で維持した後、標識した。」(第334頁左欄第30行~第35行)
当審の拒絶理由で引用文献8として引用した、本願優先日前に頒布された刊行物であるBone Marrow Transplant.(2007)Vol.39,No.10,p.577-588(以下、「引用文献8」という。)には、以下の事項が記載されている(英語で記載されているため、日本語訳で摘記する。)。
ト.「しかし、G-CSF動員には、いくつかの重大な副作用が伴うことがあり、数日の投与レジメンが要求される。」(要約第5行~第7行)
当審の拒絶理由で引用文献9として引用した、本願優先日前に頒布された刊行物である特開2006-342131号公報(以下、「引用文献9」という。)には、以下の事項が記載されている。
ナ.「G-CSF製剤はタンパク質製剤であるため、経済的に負担が大きい。また、造血幹・前駆細胞の骨髄から末梢血への動員剤としてG-CSF製剤を使用する場合、入院で連日最低4日間の投与が必要であり、骨痛、発熱、頭痛等の副作用が報告されている。また、健常人ドナーの約10%で造血幹・前駆細胞の動員効果が低いといわれており、移植に十分な造血幹・前駆細胞を採取するのは困難である。さらに、白血球増加剤としての使用は、頻回投与が必要であり、患者及び医師は苦痛と負担を強いられてきた。」(【0005】)
当審の拒絶理由で引用文献10として引用した、本願優先日前に頒布された刊行物である特開2006-67858号公報(以下、「引用文献10」という。)には、以下の事項が記載されている。
ニ.「最近、骨髄に代わる造血幹細胞源として末梢血がしばしば用いられている。造血幹細胞を含むCD34陽性細胞は、健常人の末梢血にはごく少数しか存在していないが、顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)を連続投与すると骨髄から末梢血に動員される。このG-CSFの連続投与によって造血幹細胞を動員した末梢血から、血液成分分離装置を用いて末梢血造血幹細胞/造血前駆細胞が採取され、移植に用いられている。しかし、この末梢血幹細胞移植は、G-CSFをドナーに投与する必要があり、それに伴う副作用などドナーへの負担が大きい。また、G-CSF投与により骨髄から末梢血への造血幹細胞の動員が増えるとはいえ、その効率は低い。」(【0003】)
上記記載事項オ.の記載中、「OCT4、SOX2、KLF4、及びMYCレトロウイルスベクター」は、OCT4、SOX2、KLF4、及びMYCのリプログラミング因子を発現させるためのベクターであるから、該ベクターがOCT4、SOX2、KLF4、及びMYCのリプログラミング因子をコードする発現カセットを含むものであることは明らかである。
よって、上記記載事項ア.~オ.によると、引用文献1には、「CD34+造血前駆細胞から人工多能性幹(iPS)細胞を作製する方法であって、
CD34+造血前駆細胞をhSCF、hF1t3LおよびIL-3サイトカインの組み合わせと共にin vitroで培養して、前記CD34+造血前駆細胞の集団を増大させている単離されたCD34+造血前駆細胞を含む細胞集団を入手する工程であって、前記CD34+造血前駆細胞が、ヒト被験体の末梢血サンプルから単離されたものであり、前記ヒト被験体の細胞が、顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)で動員されたものである、工程と、
Oct4、Sox2、cMycおよびKlf4のリプログラミング因子をコードする発現カセットを含むレトロウイルスベクターの導入を介して前記細胞集団の前記CD34+造血前駆細胞からiPS細胞を産生させる工程、
を含む、方法。」の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
5.対比
本願発明と引用発明とを対比すると、引用発明の「造血前駆細胞」は、本願発明の「造血始原細胞」に相当し、引用発明の「単離」は、本願発明の「精製」に相当する。
また、上記記載事項エ.には、「CD34+細胞をhSCF、hF1t3L及びIL-3サイトカインの組み合わせと共にin vitroで培養して12、CD34+細胞を数桁のオーダーで増殖及び増大させた」と記載されているから、上記記載事項エ.の記載中、「hSCF、hF1t3L及びIL-3サイトカインの組み合わせ」が、「CD34+造血前駆細胞の増大を可能にする1つ以上のサイトカイン」に該当することは明らかである。
そうすると、本願発明と引用発明とは、「CD34+造血始原細胞から人工多能性幹(iPS)細胞を作製する方法であって、
(a)CD34+造血始原細胞の増大を可能にする1つ以上のサイトカインと共にin vitroで培養して、その中で前記CD34+造血始原細胞の集団を増大させている精製されたCD34+造血始原細胞を含む細胞集団を入手する工程であって、前記CD34+造血始原細胞が、ヒト被験体の末梢血サンプルから精製されたものである、工程と、
(b)Oct4、Sox2、cMycおよびKlf4のリプログラミング因子をコードする発現カセットを含むウイルスベクターの導入を介して前記細胞集団の前記CD34+造血始原細胞からiPS細胞を産生させる工程、
を含む、方法。」である点で一致し、両者は以下の点で相違する。
相違点1:ヒト被験体の細胞が、本願発明は、「外的に加えられる因子で動員されていない」のに対し、引用発明は、顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)で動員されたものである点。
相違点2:本願発明は、ウイルスベクターがリプログラミング因子をコードする1つ以上の発現カセットを含む1つ以上のエピソーム複製ベクターであり、前記1つ以上の発現カセットは、少なくとも2つのリプログラミング因子を含むポリシストロニック転写単位を少なくとも含むものであり、組み込まれた外来性ウイルス要素を本質的に含まないiPS細胞集団を提供するのに対し、引用発明は、ウイルスベクターがレトロウイルスベクターであり、発現カセットがポリシストロニック転写単位を含むものであることは特定がされておらず、組み込まれた外来性ウイルス要素を本質的に含まないiPS細胞集団を提供することは特定がされていない点。
6.当審の判断
そこで、上記相違点について検討する。
相違点1について
引用文献2には、CD34+臍帯血始原細胞からiPS細胞を作製することができたことが記載されており(上記記載事項カ.~キ.)、「外的に加えられる因子で動員されていない」CD34+造血始原細胞からiPS細胞を作製することができたことを実証しており、また、引用文献4には、CD34+末梢血幹細胞からiPS細胞を作製することが記載されている(上記記載事項シ.~ス.)が、iPS細胞の作製に使用するCD34+末梢血幹細胞として、G-CSFで動員された末梢血から精製されたものを使用することは記載されていない。
一方、引用文献5~7に記載されているように、G-CSFなどの因子で動員されていない末梢血からCD34+造血始原細胞を単離する方法は、本願優先日前周知の技術である(上記記載事項セ.~テ.)。
また、引用文献8~10に記載されているように、G-CSFを動員に使用する場合、副作用が報告されており、また、動員に日数を要する問題があることは本願優先日前周知の事項である(上記記載事項ト.~ニ.)。
そうすると、引用発明のiPS細胞の作製方法において、G-CSFを動員に使用する場合の副作用などの問題を避けるために、G-CSFで動員された細胞の代わりに、引用文献5~7に記載されているような本願優先日前周知技術を用いて、外的に加えられる因子で動員されていない末梢血から精製されたCD34+造血始原細胞を使用することは、当業者が容易に想到し得ることである。
相違点2について
上記記載事項ク.~コ.から、引用文献3に記載されているエピソームベクターは、リプログラミング因子をコードする1つ以上の発現カセットを含む1つ以上のエピソーム複製ベクターであり、組み込まれた外来性ウイルス要素を本質的に含まないiPS細胞集団を提供することができるものと認められる。
また、本願明細書には、「具体的な実施形態では、1つ以上の発現カセットは、1つ以上のポリシストロニック転写単位を含み得る。ポリシストロニック単位は、例えば、(i)少なくとも2つのリプログラミング遺伝子、例えば、Sox-Oct、c-Myc-Klf、またはNanog-Lin28;あるいは、(ii)選択可能なまたはスクリーニング可能なマーカーに連結されたリプログラミング遺伝子などの作動可能に連結されたコード領域の異なる組み合わせを含み得る。」(【0017】)と記載されており、本願発明の「ポリシストロニック転写単位」は、2つのリプログラミング遺伝子の転写単位を含むものを示すものと認められ、上記記載事項サ.から、引用文献3に記載されているエピソームベクターは、「少なくとも2つのリプログラミング因子を含むポリシストロニック転写単位を少なくとも含む」ものに該当するといえる。
そして、引用文献3に記載されているエピソームベクターは、レトロウイルスベクターと異なり、ベクター及び導入遺伝子配列を含まないiPS細胞を作製できるという利点がある(上記記載事項ケ.)から、引用発明のiPS細胞の作製方法において、ウイルスベクターとして引用文献3に記載されているエピソーム複製ベクターを用いることは、当業者が容易になし得ることである。
7.審判請求人の主張
審判請求人は、平成29年3月17日付け意見書において、以下のア.~ウ.の点を主張しているので、以下この点について検討する。
ア.甲第6号証には、「G-CSF動員CD34+末梢血幹細胞が、刺激されていない末梢血CD34+細胞よりもアポトーシス性が有意に低い:G-CSFの生存因子としての役割」、「G-CSFは、動員された細胞の生存能力を有意に変化させる」と記載されており、末梢血由来のG-CSF動員CD34+細胞と非動員CD34+細胞との間で、アポトーシスすなわち生存能力との関係で有意な相違が存在することが説明されている。
甲第7号証には、「Philpott文献(甲第6号証)は、G-CSFがCD34+細胞集団においてインビボでアポトーシスを抑制し、それゆえその生存を延長したことを示した。」と記載されており、甲第6、7号証は、本願優先日当時、非動員末梢血を用いるとアポトーシスが抑制できず、質的に十分な出発細胞を準備できないと当業者が考える基礎になった。
このような知見を有する本願優先日当時の当業者は、G-CSF動員された細胞と非動員末梢血の細胞との相違は質的に「有意に」異なるもの、すなわち相互に類推や外挿ができない程度に異なるものであると理解したはずであり、動員末梢血由来の細胞でiPS細胞の初期化を成功したとしても、非動員末梢血由来の細胞で同様に成功するとは当業者が予測できなかったといえる。むしろ、アポトーシスの観点から質的に細胞が異なると理解した当業者は、非動員末梢血由来の細胞を用いてもiPS細胞の初期化は成功するとはいえず、むしろ困難であり失敗するであろうと考えた。
甲第17号証には、アポトーシスを抑制することが効率的なiPS細胞の作製に重要であることが記載され、iPS細胞生産の成功のためにはp53を抑制してアポトーシスを阻害することが重要である旨記載されており、アポトーシスを回避または抑制することがiPS細胞生産にとって重要であったとの認識があったことが窺える。すなわち、アポトーシスはiPS細胞の製造には避けるべき形質であり、アポトーシスをしやすい細胞や老化した細胞はiPS細胞生産に不向きであるというのが当業者の認識であったことが窺える。
甲第18号証には、「我々のデータは、体細胞のiPS細胞への初期化がp53経路の活性化に関連すること、そしてこれが初期化にとって障害との働きをすることを示す。p53が初期化と拮抗するメカニズムは、サイクリン依存性キナーゼ阻害剤p21の誘導を通じた細胞周期を制限する能力およびアポトーシスを誘導する能力に両方に関与するようである。このことは、アポトーシスカスケードの直接的な化学的阻害が、腫瘍サプレッサーの直接の遺伝的操作なしに初期化効率を増強するための有用なツールを提供し得る」と記載されており、アポトーシスを抑制させることがiPS細胞生産において極めて重要であるとの認識が当業者にあったことが窺える。
以上に鑑み、当業者はiPS細胞の作製には出発細胞のアポトーシスの抑制が重要であると認識しており、アポトーシス性が高い非動員の末梢血CD34+細胞を使用することには阻害要因があったか、少なくとも動機づけまたは示唆があるとはいえない状況であった。
イ.本願優先日後に発行された甲第14号証は、本願優先日直後の技術水準を示す、iPS細胞技術に関する総説文献であり、甲第14号証には、「十分な量のCD34+細胞の単離は、高価なG-CSFおよび大量のアフェレーシス(血漿交換)を必要とする」と記載されているから、この文献は、本願優先日当時、G-CSF動員されていない末梢血細胞がiPS細胞の出発物質としては考慮されていなかったことの証拠である。
甲第13号証では、甲第8~10号証の3文献に言及し、末梢血を用いたiPS細胞の作製は、この号(2010年)で初めて可能になったことと、このことが画期的であること、それ以前は困難と思われていたことを紹介している。なお、甲第13号証では、引用文献1を評価しており、高価で副作用の可能性もあったため、あまり普及していなかったこと、「したがって、非前処理ドナーから収集された少量の末梢血からのiPSCの生成は、iPSCの種々の上述した適用における使用を容易にするために重要なステップである。」と記載しており、2010年までは、iPS細胞の作製のために、「外的に加えられる因子で動員されていない」ヒト被験体の末梢血からの細胞を用いることは挑戦的な課題であり、容易には実現し得なかったと考えられていたことの裏返しである。
引用文献1と同じ著者による論文である甲第8号証には、「previous studies demonstratingsuccessful reprogramming of blood cells into IPSCs have relied on specializedblood cell sources with high proliferative potential」と記載しており、iPS細胞の作製は、この文献の開示までは、動員細胞の他、優先日後の文献(甲第11号証)を引用して、特殊な血液細胞でしか実現できていなかったことに言及しつつ、自身の成果を評価しており、引用文献1の著者自身が、末梢血を材料にする場合、動員がなければiPS細胞の作製は困難であると考えており、優先日後の論文を考慮しても、特殊な血液細胞源が必要であるとの評価につながっていたものと思われる。
第二優先日後に発表された臍帯血からのiPS細胞の作製に関する論文(甲第12号証)では、「the reprogramming of predominantly nonadherent and slow-cycling humanperipheral blood cell types has been unsuccessful to date(非接着性の割合が高く、分裂速度が遅いヒト末梢血の細胞タイプのリプログラミングは、現在まで成功していない)」と記載しており、まさに、末梢血の利用が優先日後の2009年10月の時点でも利用可能ではなかったとの認識があったことを読み取ることができる。さらに、引用文献1については、これを孫引きして「very recent reportdescribed the successful reprogramming of human CD34+ cellsisolated frommobilized peripheral blood.(非常に最近になって、末梢血から動員され単離されたヒトCD34+細胞のリプログラミングの成功が記載された)」との評価をしているので、本願発明より前には、末梢血からのサンプルを用いてiPS細胞の作製を成功させるためには、動員化したものしか使用できなかったとの認識であり、実質的に非動員末梢血からの細胞をiPS細胞作製に用いることについて阻害要因があったと評価することができる。
甲第15号証は、末梢血CD34+細胞の現状をまとめており、引用文献1(Loh文献)や甲第11号証(Ye文献)を引用しているが、甲第11号証(Ye文献)については効率や速度が報告されていないと懐疑的、批判的に論じており、初期化の効率や速度などが論じられていない甲第11号証の時点では、初期化を「実現していた」とまでは言い得ないことを示すものである。
甲第16号証は、「非動員末梢血(PB)はそのアクセス可能性と比較的容易な取り扱いからiPSC生成の重要な候補であるが、この組織を用いた方法が機能することは、いまだ確立していない」と評価しており、本願発明のような非動員末梢血由来のCD34+造血始原細胞を用いてiPS細胞を製造することについて否定的であり、むしろ困難であったと考えていたということになり、非動員末梢血由来のCD34+造血始原細胞を用いてiPS細胞を製造することには克服しがたい困難性が伴うと考えていた。
ウ.本願優先日当時の状況を見ると、山中先生がiPS細胞の業績を発表してからまだ3年ほどしかたっておらず、iPS作製技術は、その黎明期にあったということができ、iPS細胞の初期化技術に関して、何を出発材料として用いることができるかについては、技術常識が固まっていたということはできず、他の技術(例えば、引用文献5~7のような形質導入やマスト細胞作製等)における技術的事項をそのまま応用することができるという技術水準にあったということもできないから、動員された細胞の事項を非動員の細胞にそのまま当てはめることができるとは理解されていなかった。
すなわち、本願発明のような黎明期にある技術について、単にCD34+造血始原細胞を単離したからと言って、単純な数の計算として量を増やせばiPS細胞作製を実施できるかどうかについて、iPS細胞とは無関係の文献である引用文献5~7には記載も示唆もなく、他の引用文献1~4、8~11を見ても当業者は理解できない。むしろ、甲第8~18号証として提出した証拠を見ると、非動員末梢血はiPS細胞の製造には適していないと本願優先日当時の当業者は認識していたといえるので、iPS細胞の製造とは無関係の技術に関してCD34+造血始原細胞の単離方法が記載されているからと言って、その細胞供給源が直ちにiPS細胞の製造に使用できるとは、当業者は認識しなかった。
主張ア.について
甲第7号証は、甲第6号証を引用して記載しているだけなので、非動員末梢血CD34+細胞とアポトーシスに関する文献は、実質上、甲第6号証だけであるが、甲第6号証は、iPS細胞の製造に関する文献ではなく、しかも、その記載内容は、アポトーシスの観点から、非動員末梢血CD34+細胞をiPS細胞の製造やその他の用途に使用できないことを教示する文献ではないので、甲第6号証という1文献の記載だけから、「本願優先日当時、非動員末梢血を用いるとアポトーシスが抑制できず、質的に十分な出発細胞を準備できないと当業者が考える」ということはできず、甲第6号証(及びそれを引用する甲第7号証)の記載が、動員されていない末梢血から得られるCD34+細胞からiPS細胞を作製することを妨げる程の阻害要因になったとはいえない。
実際、引用文献1には、「骨髄採取に関連するリスクを回避するために、末梢血から単離した動員されたCD34+造血幹細胞/前駆細胞を得た。」と記載されており(上記記載事項エ.)、アポトーシスの観点から、非動員末梢血を用いずに動員末梢血を使用したとは記載されていない。同様に、非動員末梢血から得られたCD34+細胞を用いた実験を行っている引用文献5~7にも、アポトーシスの観点から、非動員末梢血CD34+細胞を使用できないことは全く記載されていない。さらに、審判請求人が提出した非動員末梢血を使用するiPS細胞の製造に関する甲第8~10号証にも、アポトーシスの問題について全く記載されていない。
また、甲第17号証は、本願優先日後に発表された文献であって、その記載内容を参酌することはできないが、また、仮に参酌するとしても、甲第17、18号証に記載されている「アポトーシス」は、p53と関連して記載されているだけで、甲第17、18号証には、「アポトーシス」と「非動員末梢血」との関連性に関する記載は全くないから、甲第17、18号証の記載から、「当業者はiPS細胞の作製には出発細胞のアポトーシスの抑制が重要であると認識しており、アポトーシス性が高い非動員の末梢血CD34+細胞を使用することには阻害要因があった」ということはできない。
したがって、審判請求人の上記主張ア.は採用できない。
主張イ.について
甲第8~16号証は、いずれも本願優先日後に発表された文献であって、その記載内容を参酌することはできないが、仮に参酌すると以下のとおりである。
審判請求人は、甲第13号証を提示して、甲第8~10号証の「3文献に言及し、末梢血を用いたiPS細胞の作製は、この号(2010年)で初めて可能になったことと、このことが画期的であること、それ以前は困難と思われていたことを紹介してい」ると主張しているが、甲第13号証をみても、「末梢血を用いたiPS細胞の作製は、この号(2010年)で初めて可能になったことと、このことが画期的であること、それ以前は困難と思われていたこと」という記載はなく、また、甲第9、10号証は、非動員末梢血由来のT細胞を使用してiPS細胞を作製した文献であり、非動員末梢血由来のCD34+細胞を使用するものではない。また、引用文献1についての記載は、「2010年までは、iPS細胞の作製のために、「外的に加えられる因子で動員されていない」ヒト被験体の末梢血からの細胞を用いることは挑戦的な課題であり、容易には実現し得なかったと考えられていた」ことの証拠であるとはいえず、むしろ、甲第13号証の記載は、引用文献8~10において示した事項と同様の記載であって、非動員末梢血を使用することの動機付けとなる記載であるといえる。
甲第11号証には、G-CSFで動員されていない骨髄増殖性障害(MPD)の患者の末梢血から単離されたCD34+細胞からiPS細胞を作製することが記載されており(第5475頁右欄第12行~第14行)、審判請求人は、これを「特殊な血液細胞」と称しているが、そもそも本願発明の「ヒト被験体」に疾患に罹患している患者が含まれないことは何ら特定されておらず、甲第11号証の記載は、「引用文献1の著者自身が、末梢血を材料にする場合、動員がなければiPS細胞の作製は困難であると考えて」いた証拠とはいえず、むしろ、引用文献1の著者自身も、G-CSFで動員されていない「ヒト被験体」の末梢血から単離されたCD34+細胞からiPS細胞を作製することを考えていた証拠であるといえる。
審判請求人は、甲第12号証を正しく引用しておらず、甲第12号証は、正しくは「However,the reprogramming of predominantly nonadherent and slow-cycling human peripheral blood cell types has been unsuccessful to date.A very recent report described the successful reprogramming of human CD34+ hematopoietic stem cells(Loh et al.,2009)(しかしながら、非接着性の割合が高く、分裂速度が遅いヒト末梢血の細胞タイプのリプログラミングは、現在まで成功していない。非常に最近の報告は、ヒトCD34+造血幹細胞のリプログラミングの成功を記載した(Loh et al.,2009)。)」と記載しており、引用文献1(Loh et al.,2009)を、ヒト末梢血由来のヒトCD34+造血幹細胞のリプログラミングの成功例として記載しているのであって、この記載から、「末梢血の利用が優先日後の2009年10月の時点でも利用可能ではなかったとの認識があった」ことを読み取ることはできないし、ましてや、「本願発明より前には、末梢血からのサンプルを用いてiPS細胞の作製を成功させるためには、動員化したものしか使用できなかったとの認識」があったとはいえない。
また、審判請求人は、甲第15号証を提示して、「甲第11号証(Ye文献)については効率や速度が報告されていないと懐疑的、批判的に論じており、初期化の効率や速度などが論じられていない甲第11号証の時点では、初期化を「実現していた」とまでは言い得ないことを示すものである。」と主張しているが、そもそも甲第11号証は、拒絶理由の引用文献として引用した文献ではないので、その記載内容は本願発明の進歩性の判断に全く関係なく、また、甲第15号証において、「効率や速度が報告されていない」と記載しているのは甲第11号証(Ye文献)だけであって、引用文献1(Loh文献)については効率や速度は記載されている(表1参照;「参考文献11」として記載。)から、「初期化の効率や速度などが論じられていない甲第11号証の時点では、初期化を「実現していた」とまでは言い得ないことを示すもの」との審判請求人の主張は失当である。
また、甲第14号証の「十分な量のCD34+細胞の単離は、高価なG-CSFおよび大量のアフェレーシス(血漿交換)を必要とする」との記載、甲第16号証の「非動員末梢血(PB)はそのアクセス可能性と比較的容易な取り扱いからiPSC生成の重要な候補であるが、この組織を用いた方法が機能することは、いまだ確立していない」との記載が、「本願優先日当時、G-CSF動員されていない末梢血細胞がiPS細胞の出発物質としては考慮されていなかった」、「非動員末梢血由来のCD34+造血始原細胞を用いてiPS細胞を製造することには克服しがたい困難性が伴うと考えていた」証拠になるとはいえず、むしろ、甲第14、16号証の記載は、引用文献8~10において示した事項と同様の記載であって、非動員末梢血を使用することの動機付けとなる記載であるといえる。
したがって、審判請求人の上記主張イ.は採用できない。
主張ウ.について
引用文献1では、5×104個のCD34+細胞からiPS細胞を作製することができたこと(上記記載事項エ.)、引用文献2では、1×105細胞のCD34+細胞からiPS細胞を作製することができたこと(上記記載事項キ.)が示されているが、引用文献5には、100m1の末梢血から104~105のCD34+細胞を得ることができることが記載されている(上記記載事項セ.)から、CD34+細胞からiPS細胞を作製することができるCD34+細胞の細胞数を取得することに困難性があったとは認められない。
そもそも、本願発明は、「CD34+造血始原細胞が、ヒト被験体の末梢血サンプルから精製されたものであり、前記ヒト被験体の細胞が、外的に加えられる因子で動員されていない、」と記載されているだけで、「ヒト被験体の末梢血サンプル」の量について特定されていないから、ヒト被験体から採取する血液量を増やせば(採血1回分の量を増やす、あるいは、同一人から複数回採血する、等)、得られるCD34+細胞の細胞数を増やすことが可能であり、また、G-CSFなどの因子で動員されていない末梢血からCD34+造血始原細胞を単離する方法を含む点で本願発明と共通する技術である、引用文献5~7に記載の周知技術を適用して、iPS細胞を作製することができるCD34+細胞の細胞数を取得することは、当業者であれば十分に可能であったと認められる。
また、審判請求人は、「甲第8~18号証として提出した証拠を見ると、非動員末梢血はiPS細胞の製造には適していないと本願優先日当時の当業者は認識していたといえるので、iPS細胞の製造とは無関係の技術に関してCD34+造血始原細胞の単離方法が記載されているからと言って、その細胞供給源が直ちにiPS細胞の製造に使用できるとは、当業者は認識しなかった。」と主張しているが、上述の如く、審判請求人が提示した甲第11号証(2009年4月24日投稿)には、G-CSFで動員されていない末梢血から単離されたCD34+細胞からiPS細胞を作製することが記載されており、また、特願2011-513392号(国際公開第2010/131747号)の明細書(2009年12月2日を優先日とする優先権主張の出願の明細書)にも、G-CSFで動員されていない末梢血から単離されたCD34+細胞からiPS細胞を作製することが記載されている(実施例4)から、「非動員末梢血はiPS細胞の製造には適していないと本願優先日当時の当業者は認識していた」との審判請求人の主張は失当である。
したがって、審判請求人の上記主張ウ.は採用できない。
8.むすび
以上のとおりであるから、本願請求項1に係る発明は、引用文献1~10に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないので、本願は、その余の請求項について論及するまでもなく、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
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2015-012653