特許拒絶査定不服審判
2025-003012
求核基を有する化合物の結晶スポンジ法による構造解析のための結晶構造解析用試料の調製方法
- 審判番号
- 2025-003012
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
- 出願番号
- 特願2019-210755外部サイト(J-PlatPat)へ移動します
- 請求日
- 2025年02月26日
- 審決日
- 2026年04月07日
- 公報発行日
- 2026年06月26日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 【請求人】キリンホールディングス株式会社
- 【請求人代理人】弁理士法人フィールズ国際特許事務所
- 分類
- P18 .121-Z (G01N)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法29条2項
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第2項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特願2019-210755「求核基を有する化合物の結晶スポンジ法による構造解析のための結晶構造解析用試料の調製方法」拒絶査定不服審判事件〔令和3年5月27日出願公開、特開2021-81369〕について、次のとおり審決する。
結論
結 論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
理 由
1 手続の経緯
本願は、令和元年11月21日の出願であって、令和5年11月2日付けの拒絶理由の通知に対し、令和6年3月11日に意見書が提出されるとともに手続補正がなされ、同年6月7日付けの拒絶理由の通知に対し、同年8月8日に意見書が提出されたが、同年11月14日付けで拒絶査定がなされ、これに対して令和7年2月26日に審判の請求がなされると同時に手続補正がなされたものである。その後、令和7年4月1日に審判請求書の請求の理由について補正がなされた。
2 本件発明
本願の請求項1~5に係る発明は、令和7年2月26日になされた手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1~5に記載された事項により特定されるものと認められるところ、その請求項1に係る発明(以下「本件発明」という。)は、次のとおりのものである。
「 求核基を有する化合物の結晶スポンジ法による構造解析のための結晶構造解析用試料の調製方法であって、(A)前記化合物の求核基を誘導体化する工程と、(B)誘導体化した化合物を結晶スポンジに浸漬させる工程とを含んでなり、工程(A)と工程(B)を同時に実施するものであり、かつ、工程(A)と工程(B)を同時に実施する場合の溶媒が、脂肪族炭化水素類、芳香族炭化水素類、ハロゲン化炭化水素類、エーテル類、エステル類またはケトン類から選択される、方法。」
なお、令和7年2月26日になされた手続補正は、請求項4のみを補正するものであって、本件発明は補正されていない。
3 原査定における拒絶の理由
原査定の拒絶の理由の概要は、この出願の請求項1~5に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった引用文献1に記載された発明及び周知技術に基づいて、その出願日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、というものである。
なお、引用文献1を主引用発明が記載された文献として引用し、引用文献2及び引用文献3を周知技術を示す文献として引用している。
引用文献1:特開2019-172593号公報
引用文献2:国際公開第2018/159692号
引用文献3:特開2016-080542号公報
4 引用文献
(1)引用文献1
ア 引用文献1の記載事項
原査定の拒絶の理由で引用され、本願の出願前の令和元年10月10日に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった引用文献である、特開2019-172593号公報(以下「引用文献1」という。)には、以下の記載事項がある。なお、引用発明の認定等に用いた箇所に下線を付した。
(ア)特許請求の範囲
「【請求項1】
極性基を有する親水性有機化合物の結晶スポンジ法による構造解析のための結晶構造解析用試料調製方法であって、
前記結晶スポンジ法が、有機化合物の分子構造決定方法であって、以下の工程(1)~(3)、
(1)ゲスト化合物内包高分子金属錯体結晶を提供する工程であって、
前記ゲスト化合物内包高分子金属錯体結晶が、式:[〔M(X)2〕3(L)2]n〔式中、Mは金属イオンを表し、Xは一価の陰イオンを表し、Lは、下記式(1)
[図:0001435911000001.jpg]
(式中、Arは、置換基を有していてもよい3価の芳香族基を表し、X1~X3は、それぞれ独立に、2価の有機基、またはArとY1~Y3とを直接結ぶ単結合を表し、Y1~Y3は、それぞれ独立に、配位性部位を有する1価の有機基を表す)で示される三座配位子を表し、nは任意の自然数を表す〕で示される高分子金属錯体の結晶であって、
前記三座配位子が、前記金属イオンに配位して三次元ネットワーク構造を形成し、かつ、該三次元ネットワーク構造が、その内部に空隙を有し、前記空隙に、脂肪族炭化水素;脂環式炭化水素;エーテル類;エステル類;ベンゼン、トルエン、キシレン、メシチレン、ナフタレン、アントラセン及びフェナントレンからなる群から選ばれる芳香族炭化水素;ハロゲン化炭化水素、並びにニトリル類からなる群から選ばれる少なくとも一種が、ゲスト化合物(A)として内包されており、
前記空隙における、前記ゲスト化合物(A)の存在量が、前記空隙に内包されているすべてのゲスト化合物に対して60モル%以上である、工程、
(2)前記有機化合物を含む溶媒溶液に前記ゲスト化合物内包高分子金属錯体結晶を浸漬させて、前記三次元ネットワーク構造内の空隙に、前記有機化合物の分子が内包されてなる結晶構造解析用試料を得る工程、並びに
(3)前記結晶構造解析用試料の結晶構造解析を行って、前記三次元ネットワーク構造内の空隙に内包されている有機化合物の分子構造を決定する工程、
を含む、方法であり、
前記結晶構造解析用試料調製方法が、以下の工程(a)及び(b)、
(a)前記親水性有機化合物の極性基に疎水性置換基を導入して、疎水性置換基を導入した有機化合物を得る工程、及び
(b)前記疎水性置換基を導入した有機化合物を含む溶媒溶液に前記ゲスト化合物内包高分子金属錯体結晶を浸漬させて、前記三次元ネットワーク構造内の空隙に、前記疎水性置換基を導入した有機化合物の分子が内包されてなる前記結晶構造解析用試料を得る工程、
を含むことを特徴とする、結晶構造解析用試料調製方法。」
(イ)技術分野
「【0001】
本発明は、極性基を有する親水性有機化合物の結晶スポンジ法による構造解析のための結晶構造解析用試料調製方法に関する。」
(ウ)発明が解決しようとする課題
「【0006】
しかしながら、結晶スポンジ法では、高分子金属錯体の空隙に入れることができない化合物の構造を決定することができないという問題があった。例えば、空隙よりも大きな化合物は空隙に入れることができず、また、高分子金属錯体の構成成分が親油性のため、親水性の高い化合物も空隙に入れることができない。
【0007】
本発明の課題は、親水性有機化合物の分子構造を結晶スポンジ法により解析するための試料調製方法を提供することである。」
(エ)課題を解決するための手段
「【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、親水性有機化合物の極性基に対して疎水性置換基を導入することにより、有機化合物を高分子金属錯体の空隙内に内包させることができることを見出し、本発明を完成するに到った。・・・」
(オ)発明を実施するための形態
「【0026】
工程(a)
本発明の試料調製方法は、前記親水性有機化合物の極性基に疎水性置換基を導入して、疎水性置換基を導入した有機化合物を得る工程(工程(a))を含む。
・・・
【0029】
親水性有機化合物の極性基への疎水性置換基の導入により、親水性有機化合物の脂溶性が向上するため、疎水性置換基を導入した親水性有機化合物を結晶スポンジ法で用いられる非極性有機溶媒に溶解させて、高分子金属錯体結晶の空隙に入れることができる。脂溶性は、例えば、従来公知の方法により、オクタノール-水分配係数を測定することで、あるいは、構造式に基づく計算によって評価することができる。また、疎水性置換基は、結晶スポンジ法で用いられる高分子金属錯体と相互作用することができる。相互作用は、π-π相互作用、CH-π相互作用、ハロゲン-π相互作用、電荷移動型相互作用等を含んでもよい。相互作用は、X線結晶構造解析後の原子座標データを描画ソフトで表示し、基準又はデータベースと比較することで、例えば、原子間距離がファンデルワールス半径より小さいことを確認することによって、検出することができる。更に、親水性化合物の極性基が求核性を有する場合には、金属と配位子との間の配位結合によって形成される高分子金属錯体結晶の構造が親水性化合物の極性基によって損なわれる可能性があるが、極性基に疎水性置換基を導入することにより、極性基の求核性を低下させて、高分子金属錯体結晶の構造を維持することができる。疎水性置換基によるこれらの作用により、疎水性置換基を導入した有機化合物を高分子金属錯体の空隙に内包することができる。
【0030】
親水性有機化合物の極性基は、特に制限は無いが、アミノ基、水酸基、チオール基又はカルボキシ基であることが好ましく、アミノ基又はカルボキシ基であることがより好ましい。
【0031】
極性基がアミノ基である場合、工程(a)において、疎水性置換基は、例えば、アミド結合、ウレタン結合、ウレア結合又はチオウレア結合により極性基に導入されてもよい。極性基がアミノ基である場合、疎水性置換基は、1-ナフチルカルバモチオイル基、1,1-ジフェニルアセチル基、4-tert-ブチルベンゾイル基又は2-インドールカルボニル基であることが好ましい。
・・・
【0035】
親水性有機化合物は、疎水性置換基導入後に結晶スポンジ法で用いられる高分子金属錯体の空隙に入り得る大きさのものである限り、特に限定されない。親水性有機化合物は、好ましくはアミノ酸、核酸、又は有機酸である。アミノ酸及び核酸は、その塩又は誘導体を含んでもよい。
【0036】
極性基に疎水性置換基を導入する方法には特に制限は無く、極性基及び疎水性置換基の種類に応じてこれらを結合させるための従来公知の方法を利用することができる。
【0037】
工程(b)
本発明の結晶構造解析用試料調製方法は、疎水性置換基を導入した有機化合物を含む溶媒溶液に前記ゲスト化合物内包高分子金属錯体結晶を浸漬させて、三次元ネットワーク構造内の空隙に、疎水性置換基を導入した有機化合物の分子が内包されてなる結晶構造解析用試料を得る工程(工程(b))を含む。工程(b)は、有機化合物を含む溶媒溶液として工程(a)で得られる疎水性置換基を導入した有機化合物を含む溶媒溶液を用いる以外は、後述する結晶スポンジ法における結晶構造解析用試料の作製方法と同様にして実施することができる。
【0038】
本発明はまた、工程(b)で得られた結晶構造解析用試料の結晶構造解析を行う工程を含む、結晶スポンジ法による親水性有機化合物の構造解析方法に関する。本発明において、試料の結晶構造解析は、試料として工程(b)で得られる結晶構造解析用試料を用いる以外は、後述する結晶スポンジ法における有機化合物の分子構造決定方法と同様にして実施することができる。本発明においては、構造解析対象である親水性有機化合物の極性基に、構造が既知の疎水性置換基を導入するため、導入した疎水性置換基に由来する電子密度を手掛かりとして、構造が未知の親水性有機化合物の解析を容易にすることが可能となる。
・・・
【0043】
以下、本発明で用いられる結晶スポンジ法を、A)ゲスト化合物内包高分子金属錯体結晶、B)ゲスト化合物内包高分子金属錯体結晶の製造方法、C)結晶構造解析用試料の作製方法、及び、D)有機化合物の分子構造決定方法、に項分けして詳細に説明する。
【0044】
A)ゲスト化合物内包高分子金属錯体結晶
ゲスト化合物内包高分子金属錯体結晶は、配位性部位を2つ以上有する配位子及び中心金属としての金属イオンとを含む高分子金属錯体であって、前記配位子が前記金属イオンに配位して形成された三次元ネットワーク構造を有し、かつ、該三次元ネットワーク構造内に三次元的に規則正しく整列した空隙を有する高分子金属錯体の前記空隙内に、脂肪族炭化水素、脂環式炭化水素、エーテル類、エステル類、芳香族炭化水素、ハロゲン化炭化水素、及びニトリル類からなる群から選ばれる少なくとも一種がゲスト化合物(A)として内包されてなり、前記空隙内における、前記ゲスト化合物(A)の存在量が、前記空隙内に内包されているすべてのゲスト化合物に対して60モル%以上であることを特徴とする。
【0045】
(i)高分子金属錯体
高分子金属錯体は、配位性部位を2つ以上有する配位子及び中心金属としての金属イオンとを含む三次元ネットワーク構造を有するものである。
ここで、「三次元ネットワーク構造」とは、配位子(配位性部位を2つ以上有する配位子及びその他の単座配位子)と金属イオンが結合して形成された構造単位が、三次元的に繰り返されてなる網状の構造をいう。
・・・
【0087】
これらの高分子金属錯体は、その空隙内に、高分子金属錯体の合成時に用いた有機溶媒(以下、「結晶化溶媒」ということがある。)を内包している。
この結晶化溶媒がゲスト化合物(A)であれば、得られる高分子金属錯体は、ゲスト化合物内包高分子金属錯体に相当する。
結晶化溶媒がゲスト化合物(A)でない場合には、後述するように、結晶化溶媒を、ゲスト化合物(A)にゲスト置換することにより、結晶構造解析用試料の作製に好適に用いることができるゲスト化合物内包高分子金属錯体とすることができる。
【0088】
高分子金属錯体は、一般的には、配位性部位を2つ以上有する配位子の第1の溶媒溶液と、金属塩を含む第2の溶媒溶液とを、前記配位子と金属イオンとが所定割合となるように混合することで得ることができる。例えば、配位子として、前記式(1)で示される三座配位子を用い、金属塩として、ヨウ化亜鉛、臭化亜鉛等の亜鉛(II)の塩;チオシアン酸コバルト等のコバルト(II)の塩等を用いることができる。なお、高分子金属錯体の合成方法の詳細は後述する。
・・・
【0108】
ゲスト化合物内包高分子金属錯体結晶としては、空隙内に最終的に取り込みを希望する有機化合物の取り込みを阻害せず、空隙内に内包するゲスト化合物(A)が有機化合物とゲスト交換し、有機化合物内包高分子金属錯体結晶となるものが好ましい。
【0109】
かかる観点から、ゲスト化合物(A)としては、脂肪族炭化水素、脂環式炭化水素、エーテル類、エステル類、芳香族炭化水素、ハロゲン化炭化水素、及びニトリル類からなる群から選ばれる少なくとも一種が好ましい。
・・・
【0121】
B)ゲスト化合物内包高分子金属錯体結晶の製造方法
ゲスト化合物内包高分子金属錯体結晶の製造方法は、配位性部位を2つ以上有する配位子及び中心金属としての金属イオンとを含む高分子金属錯体であって、前記配位子が前記金属イオンに配位して形成された三次元ネットワーク構造を有し、かつ、該三次元ネットワーク構造内に空隙を有する高分子金属錯体の空隙内に、結晶化溶媒(ゲスト化合物(A)を除く、以下にて同じ。)が内包されてなる結晶化溶媒内包高分子金属錯体結晶を、液体状のゲスト化合物(A)、又は、ゲスト化合物(A)を含む不活性溶媒溶液中に浸漬させる工程を有することを特徴とする。
【0122】
すなわち、上記製造方法は、(i)結晶化溶媒中で高分子金属錯体結晶を合成して結晶化溶媒内包高分子金属錯体結晶を得、次いで、(ii)得られた結晶化溶媒内包高分子金属錯体結晶を、液体状のゲスト化合物(A)、又は、ゲスト化合物(A)を含む不活性溶媒溶液中に浸漬させ、空隙内の結晶化溶媒を、ゲスト化合物(A)に置換する工程を有する。
【0123】
(i)結晶化溶媒内包高分子金属錯体結晶の合成
結晶化溶媒内包高分子金属錯体は、多座配位子及び金属イオン含有化合物等を反応させる公知の方法によって合成することができる。例えば、多座配位子の第1の溶媒の溶媒溶液に、金属イオン含有化合物の第2の溶媒の溶媒溶液を加え、このまま、0~70℃で、数時間から数日間、静置する方法が挙げられる。
・・・
【0126】
前記第1及び第2の溶媒としては、多座配位子等を溶解するものが好ましい。
具体例としては、ベンゼン、トルエン、キシレン、クロロベンゼン、1,2-ジクロロベンゼン、ニトロベンゼン等の芳香族炭化水素類;n-ペンタン、n-ヘキサン、n-ヘプタン等の脂肪族炭化水素類;シクロペンタン、シクロヘキサン、シクロヘプタン等の脂環式炭化水素類;アセトニトリル、ベンゾニトリル等のニトリル類;ジメチルスルホキシド(DMSO)等のスルホキシド類;N,N-ジメチルホルムアミド、n-メチルピロリドン等のアミド類;ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、1,2-ジメトキシエタン、1,4-ジオキサン等のエーテル類;メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール等のアルコール類;アセトン、メチルエチルケトン、シクロヘキサノン等のケトン類;エチルセロソルブ等のセロソルブ類;ジクロロメタン、クロロホルム、四塩化炭素、1,2-ジクロロエタン等のハロゲン化炭化水素類;酢酸メチル、酢酸エチル、乳酸エチル、プロピオン酸エチル等のエステル類;水;等が挙げられる。これらの溶媒は一種単独で、あるいは二種以上を組み合わせて用いることができる。
【0127】
比較的大きな高分子金属錯体の単結晶を得たい場合には、前記第1の溶媒と、第2の溶媒として、互いに相溶性を有さない(すなわち、2層分離する)ものを用いることが好ましい。具体的には、第1の溶媒として、ニトロベンゼン、ジクロロベンゼン、ニトロベンゼン、又はこれらとメタノールの混合溶媒を用い、第2の溶媒としてメタノール、エタノール、イソプロピルアルコール等のアルコール類を用いるのが好ましい。
上述したように、上記高分子金属錯体1~5については、それぞれ、上記文献に記載された方法にしたがって合成することができる。
【0128】
(ii)ゲスト化合物による置換
得られる高分子金属錯体は、三次元ネットワーク構造を有し、該三次元ネットワーク構造内に三次元的に規則正しく整列した空隙を有するが、その空隙内には、結晶化溶媒が内包されている。
この結晶化溶媒内包高分子金属錯体結晶を、液体状のゲスト化合物(A)、又は、ゲスト化合物(A)を含む不活性溶媒溶液中に浸漬させて静置し、空隙内の結晶化溶媒を、ゲスト化合物(A)と置換することによって、目的とするゲスト化合物内包高分子金属錯体結晶を得ることができる。
【0129】
ゲスト化合物(A)としては、前記と同様のものが挙げられる。
用いる不活性溶媒としては、ゲスト化合物(A)と相溶性があり、高分子金属錯体に対して、不活性、すなわち、ゲスト化合物(A)よりも高分子金属錯体の空隙内に置換されにくいものであれば特に制約はない。不活性溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール等のアルコール類が挙げられる。
なお、ゲスト化合物(A)が液体状であれば、そのまま用いることができる。
・・・
【0136】
C)結晶構造解析用試料の作製方法
結晶構造解析用試料の作製方法は、高分子金属錯体結晶の空隙内に、分子構造を決定するための有機化合物の分子が規則性をもって配列されてなる結晶構造解析用試料の作製方法であって、前記有機化合物を含む溶媒溶液に、ゲスト化合物内包高分子金属錯体結晶を浸漬させる工程を有することを特徴とする。
【0137】
〔分子構造を決定する有機化合物〕
結晶スポンジ法における分子構造を決定する有機化合物(以下、「有機化合物(α)」ということがある。)は、高分子金属錯体の空隙内に入り得る大きさのものである限り、特に限定されない。本発明においては、分子構造を決定する有機化合物は、極性基を有する親水性化合物である。
・・・
【0139】
有機化合物(α)が、合成化合物(天然物由来の化合物や農医薬品、合成高分子等)に含まれる不純物の場合、液体クロマトグラフィー等の公知の精製方法によって有機化合物(α)の純度を高めてから、結晶構造解析用試料を作製することが好ましい。液体クロマトグラフィーを用いる場合には、目的物を含む溶離液を、そのまま後述する「有機化合物の溶媒溶液」として用いることもできる。
・・・
【0142】
結晶構造解析用試料の作製方法は、100μg以下の有機化合物(α)を含む溶媒溶液に、下記式(2)から算出されるA値が、100以下、好ましくは0.1~30、より好ましくは1~5となる量のゲスト化合物内包高分子金属錯体の単結晶を浸漬させる工程を有することが好ましい。
【0143】
[図:0001435911000002.jpg]
【0144】
式中、bは溶媒溶液中の有機化合物の量を表し、aは高分子金属錯体結晶中のすべての空隙内を、比重1の物質で満たすと仮定したときに要する前記比重1の物質の量を表す。
・・・
【0148】
溶媒溶液の調製に用いる溶媒としては、高分子金属錯体の結晶を溶解せず、前記有機化合物(α)を溶解するものであって、有機化合物(α)の溶媒溶液から揮発させることにより、有機化合物(α)の溶媒溶液を濃縮することができるものであれば、特に限定されない。
かかる観点から、用いる溶媒としては、常圧(1×105Pa)での沸点が、0~250℃のものが好ましく、0~185℃のものがより好ましく、30~150℃のものがさらに好ましい。
【0149】
用いる溶媒の具体例としては、ベンゼン、トルエン、キシレン、クロロベンゼン、1,2-ジクロロベンゼン等の芳香族炭化水素類;n-ペンタン、n-ヘキサン、n-ヘプタン等の脂肪族炭化水素類;シクロペンタン、シクロヘキサン、シクロヘプタン等の脂環式炭化水素類;アセトニトリル、ベンゾニトリル等のニトリル類;ジメチルスルホキシド等のスルホキシド類;N,N-ジメチルホルムアミド、N-メチルピロリドン等のアミド類;ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、1,2-ジメトキシエタン、1,4-ジオキサン等のエーテル類;メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール等のアルコール類;アセトン、メチルエチルケトン、シクロヘキサノン等のケトン類;エチルセロソルブ等のセロソルブ類;ジクロロメタン、クロロホルム、四塩化炭素、1,2-ジクロロエタン等のハロゲン化炭化水素類;酢酸メチル、酢酸エチル、乳酸エチル、プロピオン酸エチル等のエステル類;水;等が挙げられる。これらの溶媒は一種単独で、あるいは二種以上を組み合わせて用いることができる。
これらの中でも、良質な結晶構造解析用試料が得られる観点から、用いた前記ゲスト化合物(A)を用いるのが好ましい。
【0150】
上記方法においては、有機化合物(α)を含む溶媒溶液に、前記ゲスト化合物内包高分子金属錯体結晶を浸漬させる。
・・・
【0163】
結晶構造解析用試料は、高分子金属錯体の単結晶中の空隙内に、ゲスト化合物(A)と置換された有機化合物(α)の分子が規則性をもって配列されてなるものである。
ここで、「有機化合物の分子が規則性をもって配列される」とは、有機化合物の分子が、単結晶X線構造解析によって構造を決定することができる程度に乱れなく、高分子金属錯体の空隙内に規則正しく収容されていることをいう。
・・・
【0172】
D)有機化合物の分子構造決定方法
有機化合物の分子構造決定方法は、結晶構造解析用試料の結晶構造解析を行うことにより、結晶構造解析用試料の空隙内に内包されている有機化合物の分子構造を決定することを特徴とする。
上記方法においては、X線回折、中性子線回折のいずれの方法も利用することができる。
上記方法により有機化合物の分子構造を決定する際は、従来の単結晶の代わりに、上記方法で得た結晶構造解析用試料をマウントする点を除き、従来と同様の方法を用いることができる。
【0173】
上記分子構造決定方法によれば、微量の有機化合物であっても、効率よく、結晶構造解析を行い、その分子構造を決定することができる。
また、常温で液体の有機化合物であっても、かかる有機化合物を包接する結晶構造解析用試料を用いることで、その分子構造を決定することができる。
試料作製に用いる有機化合物は、気体、液体、固体を問わず、有機溶媒に溶解させることができれば、高分子金属錯体の単結晶内に導入することができる。
1粒の高分子金属錯体の単結晶に対して必要な有機化合物の量は多くとも5μgでよく、少ない場合では50ngでも単結晶構造を得られる。
結晶スポンジ法を用いれば、医薬中の微量の不純物、香料、食品添加物、動植物中の微量成分などの迅速且つ正確な構造決定を行うことができる。また、熱分解や加溶媒分解を起こしやすい不安定な化合物に対しても、加熱したり、種々の溶媒あるいは緩衝溶液等に溶解させたりすることなく立体構造(絶対構造)が得られる。」
(カ)実施例
「【0177】
(実施例1)
(工程a)L-アラニンメチルエステル塩酸塩のアミノ基への1-ナフチルカルバモチオイル基の導入によるメチル(2S)-2-(1-ナフチルカルバモチオイルアミノ)プロパノエート(化合物1)の合成
[図:0001435911000003.jpg]
L-アラニンメチルエステル塩酸塩(100mg、0.716mmol)をアセトニトリル(1mL)に溶解した。この溶液に氷冷下トリエチルアミン(110μL、0.788 mmol)、イソチオシアンサン酸1-ナフチル(146mg、0.788mmol)を加え1時間撹拌した。この反応液を濃縮し、残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(酢酸エチル/n-ヘキサン=1/4~1/1)にて精製することで白色固体として表題化合物を得た。
・・・
【0181】
(実施例2)
(工程a)L-アラニンメチルエステル塩酸塩のアミノ基への1,1-ジフェニルアセチル基の導入によるメチル(2S)-2-[(2,2-ジフェニルアセチル)アミノ]プロパノエート(化合物2)の合成
[図:0001435911000004.jpg]
L-アラニンメチルエステル塩酸塩(100mg、0.716mmol)をジクロロメタン(2mL)に溶解した。この溶液に氷冷下トリエチルアミン(220μL、1.58mmol)を加え5分間撹拌した。この溶液に氷冷下ジフェニルアセチルクロリド(165mg、0.716mmol)を加え、90分間撹拌した。この反応液を水(2mL)にて希釈し、ジクロロメタン(2mL)で3回抽出した。抽出液を合わせ濃縮し、残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(酢酸エチル/n-ヘキサン=1/9~1/1)にて精製することで白色固体として表題化合物(178 mg)を得た。
・・・」
イ 引用発明
引用文献1の請求項1及び段落【0029】の記載に基づけば、引用文献1には、親水性化合物の極性基が求核性を有する場合の結晶構造解析用試料調製方法に係る発明として、次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
「 極性基を有する親水性有機化合物の結晶スポンジ法による構造解析のための結晶構造解析用試料調製方法であって、
親水性化合物の極性基が求核性を有し、
前記結晶スポンジ法が、有機化合物の分子構造決定方法であって、以下の工程(1)~(3)、
(1)ゲスト化合物内包高分子金属錯体結晶を提供する工程であって、
前記ゲスト化合物内包高分子金属錯体結晶が、式:[〔M(X)2〕3(L)2]n〔式中、Mは金属イオンを表し、Xは一価の陰イオンを表し、Lは、下記式(1)
[図:0001435911000005.jpg]
(式中、Arは、置換基を有していてもよい3価の芳香族基を表し、X1~X3は、それぞれ独立に、2価の有機基、またはArとY1~Y3とを直接結ぶ単結合を表し、Y1~Y3は、それぞれ独立に、配位性部位を有する1価の有機基を表す)で示される三座配位子を表し、nは任意の自然数を表す〕で示される高分子金属錯体の結晶であって、
前記三座配位子が、前記金属イオンに配位して三次元ネットワーク構造を形成し、かつ、該三次元ネットワーク構造が、その内部に空隙を有し、前記空隙に、脂肪族炭化水素;脂環式炭化水素;エーテル類;エステル類;ベンゼン、トルエン、キシレン、メシチレン、ナフタレン、アントラセン及びフェナントレンからなる群から選ばれる芳香族炭化水素;ハロゲン化炭化水素、並びにニトリル類からなる群から選ばれる少なくとも一種が、ゲスト化合物(A)として内包されており、
前記空隙における、前記ゲスト化合物(A)の存在量が、前記空隙に内包されているすべてのゲスト化合物に対して60モル%以上である、工程、
(2)前記有機化合物を含む溶媒溶液に前記ゲスト化合物内包高分子金属錯体結晶を浸漬させて、前記三次元ネットワーク構造内の空隙に、前記有機化合物の分子が内包されてなる結晶構造解析用試料を得る工程、並びに
(3)前記結晶構造解析用試料の結晶構造解析を行って、前記三次元ネットワーク構造内の空隙に内包されている有機化合物の分子構造を決定する工程、
を含む、方法であり、
前記結晶構造解析用試料調製方法が、以下の工程(a)及び(b)、
(a)前記親水性有機化合物の極性基に疎水性置換基を導入して、疎水性置換基を導入した有機化合物を得る工程、及び
(b)前記疎水性置換基を導入した有機化合物を含む溶媒溶液に前記ゲスト化合物内包高分子金属錯体結晶を浸漬させて、前記三次元ネットワーク構造内の空隙に、前記疎水性置換基を導入した有機化合物の分子が内包されてなる前記結晶構造解析用試料を得る工程、
を含み、
極性基に疎水性置換基を導入することにより、極性基の求核性を低下させて、高分子金属錯体結晶の構造を維持することができ、疎水性置換基による作用により、疎水性置換基を導入した有機化合物を高分子金属錯体の空隙に内包することができる、
結晶構造解析用試料調製方法。」
(2)引用文献2
ア 引用文献2の記載事項
原査定の拒絶の理由で引用され、本願の出願前の2018年9月7日に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった引用文献である、国際公開第2018/159692号(以下「引用文献2」という。)には、以下の記載事項がある。なお、技術的事項及び周知技術の認定に用いた箇所に下線を付した。
(ア)技術分野
「[0001] 本願発明は、分子構造を単結晶X線解析によって特定する方法に関する。」
(イ)背景技術
「[0003] かかる事情に鑑みて、本発明者らは、いわゆる結晶スポンジ法を開発し、以前に報告している(特許文献1)。結晶スポンジ法では、すでに形成された金属錯体の単結晶に分子を浸透させることで、分子を結晶化させることなくX線回折スペクトルを取得することができる。」
(ウ)課題を解決するための手段
「[0006] 本発明者らは、結晶スポンジ法とは異なり、分子を金属錯体に包接させた後に結晶化を行うことによって、分子を構造決定するのに十分なX線回折スペクトルを与える、分子包接金属錯体単結晶を効率的に得ることができることを見出し、本発明を完成させた。
[0007] 本発明は、例えば以下の項目を提供する。
(項目1)
X線または中性子線による被験分子の構造解析方法であって、
(A)前記被験分子を含む試料と、前記被験分子を包接可能な金属錯体とを混合して、被験分子-金属錯体包接体を生成するステップと、
(B)前記包接体を含む包接液を分注して、少なくとも第1結晶化液および第2結晶化液を含む複数の独立した結晶化液を調製するステップと、
(C)前記複数の独立した結晶化液において、それぞれ類似または異なる結晶化条件の下で複数の結晶を生成させるステップと、
(D)ステップ(C)で生成した前記複数の結晶をスクリーニングして、対象結晶を選択するステップと、
(E)前記対象結晶にX線または中性子線を照射して回折データを取得するステップと、(F)前記回折データを解析して前記被験分子の構造を決定するステップと
を含む、方法。
・・・」
(エ)発明を実施するための形態
「[0051] (被験分子)
本発明において、被験分子は、構造を決定しようとする対象の任意の分子であり得る。被験分子は、金属錯体に包接され得る任意の分子であり得る。被験分子は、いずれの供給源から得られたものであってもよいが、結晶化液中に含まれる溶媒分子とは異なるものである。一つの実施形態では、結晶化開始時点で、結晶化液における被験分子の重量は、結晶化液中に含まれる溶媒の重量よりも少ない。
・・・
[0068] (金属錯体)
金属錯体に含まれる配位子または金属分子は、それぞれ1つであっても複数であってもよい。なお、この金属分子は金属原子であってもよい。金属錯体は、調製の容易さを考慮すると、1種類の配位子および1種類の金属分子から形成されることが好ましい。配位子および金属分子の種類を特定した場合には、分子量および立体形状が同じである金属錯体が形成されることが好ましい。金属錯体は、分子量および分子形状が一律に定まっていることが好ましい。
・・・
[0212] 金属錯体の製造法
一般合成手順
本発明の金属錯体は、市販されているかまたは公知の方法に従って調製した出発物質および試薬を使用して下記の一般合成法および手順によって調製することができることを当業者であれば理解するであろう。
・・・
[0238] (金属錯体の性質)
本発明の金属錯体は、配位子と金属分子とが、配位結合によって自己組織化して組み上がることで形成され得る。金属錯体の構造は、被験分子の包接および結晶化に影響を及ぼし得る。本発明の金属錯体は、その内部に被験分子を包接した状態で「輸送用コンテナ」のように積み重なりながら結晶化することができる。
・・・
[0247] (金属錯体と被験分子との関係)
金属錯体:被験分子のモル比およびA値は、包接や結晶化に影響を及ぼし得る。ここで、A値は、[A値=b/a](式中、bは結晶化液中の被験分子の重量を表し、aは、使用した金属錯体が全て結晶化した場合に、結晶中のすべての空間を比重1の物質で満たすと仮定したときに要する前記比重1の物質の重量を表す。)と定義される。
[0248] 一つの実施形態では、包接液におけるA値は0.01~100であり得、好ましくは0.1~10であり得る。
[0249] 包接のステップにおける金属錯体:被験分子のモル比は1:100~100:1であり得、一つの実施形態では、1:10~10:1であり、さらなる実施形態では、1:5~1:1である。一般に、金属錯体当たりの包接被験分子の数が増えるほど、金属錯体に対する被験分子のモル比を増やすことが好ましい。
[0250] 被験分子を含む試料を金属錯体と接触させることで、包接体が形成される。
・・・
[0252] 本発明において、被験分子の金属錯体への包接のために使用される包接液としては、金属錯体とも被験分子とも反応せず、金属錯体を溶解し、添加された被験分子の少なくとも一部をその中に分散もしくは溶解させ、金属錯体が被験分子を包接するのを阻害しない任意の液体であり得る。好ましくは、本発明の包接液における溶媒は水系溶媒であり得る。本発明の包接液は、溶質を含有していても、いなくてもよい。一つの実施形態では、被験分子が少量の非水系溶媒と共に添加され、包接液における溶媒と非水系溶媒とが二相混合物を形成し得る。
[0253] 被験分子を包接させる前の金属錯体には、溶媒が包接されており、金属錯体内部の溶媒分子群は、金属錯体外の溶媒分子群から独立したクラスターを形成する。その後、金属錯体が、被験分子を包接すると、元々金属錯体内部に存在していた溶媒分子は金属錯体外の溶媒分子群のクラスターの一部となり、エネルギー(エントロピー)が解放される。被験分子の包接は、配位子および金属分子から金属錯体を形成させるのと同時に行ってもよい。
・・・
[0256] 金属錯体に包接された被験分子は、金属錯体に対して一定の配置をとることが好ましい。金属錯体中で被験分子がとり得るコンフォメーションの数が増大するほど、被験分子の構造決定が困難となり得る。
・・・
[0285] (結晶化)
本発明の方法は、金属錯体を、被験分子を包接した包接体の状態で結晶化液中で結晶化させる点に特徴を有する。分子量および立体形状が同じである規格化された金属錯体が中に被験分子を包接した状態で積み上がることで結晶化が進行し得る。生成される結晶の体積は、金属錯体の体積が加わることによって、被験分子単独で結晶化させた場合よりも大きくなり得る。逆に、生成される結晶中に存在する被験分子の量は、被験分子単独で同じ大きさの結晶を得た場合よりも小さくなり得る。理論に束縛されることを望むものではないが、配位子が剛直な部分を含むことによって、金属錯体の立体形状が維持されることで、金属錯体は、包接に必要な内部空間を確保したまま結晶として積み上がることが容易となり得る。
・・・
[0295] 本発明において、金属錯体を結晶化させるための結晶化液は、金属錯体から被験分子を放出させずに、包接体を溶解し、包接体の結晶を晶出させる任意の液体であり得る。好ましくは、本発明における結晶化液における溶媒は水系溶媒であり得る。
[0296] 包接液と結晶化液とは同じであっても異なっていてもよいが、好ましい実施形態においては包接液と結晶化液とは同じ組成の液体であり、包接液をそのまま結晶化液として使用し得る。
・・・
[0301] 理論に拘束されることを意図しないが、本発明の一つの実施形態では、被験分子を包接している金属錯体と被験分子を包接していない金属錯体とが無作為に入り混じって結晶化して、単一の結晶が形成され得る。このように形成された結晶は、被験分子の充填率が低下しているものの、依然として構造決定に利用され得る。
・・・
[0326] (回折データの取得および解析)
生成した結晶を結晶化液から回収するとき、操作を容易にするために溶媒を添加して結晶化液のかさを増加させてもよい。
[0327] 得られた結晶に関して、X線回折または中性子線回折を測定する。・・・
[0330] 得られたX線回折または中性子線回折のデータに基づいて被験分子の構造決定を行うことができる。一つの実施形態では、被験分子の立体構造を決定する。一つの実施形態では、被験分子の化学構造を決定する。一部の実施形態では、被験分子の一部の化学構造(例えば、1つまたは複数の原子についてのキラリティー、またはシス-トランス異性など)を決定する。一つの実施形態では、被験分子内の未知または不確定である部分の構造を決定する。」
イ 技術的事項
引用文献2の前記ア(ア)の段落[0001]の「本願発明は、分子構造を単結晶X線解析によって特定する方法に関する。」との記載、前記ア(ウ)の段落[0006]の「分子包接金属錯体単結晶を効率的に得ることができることを見出し、本発明を完成させた。」との記載、及び、ア(エ)の段落[0285]の「本発明の方法は、金属錯体を、被験分子を包接した包接体の状態で結晶化液中で結晶化させる点に特徴を有する。」、段落[0327]の「得られた結晶に関して、X線回折または中性子線回折を測定する。」との記載、段落[0330]の「得られたX線回折または中性子線回折のデータに基づいて被験分子の構造決定を行うことができる。」との記載に基づけば、引用文献2には、「分子構造を単結晶X線解析によって特定する方法」において、「金属錯体を、被験分子を包接した包接体の状態で結晶化液中で結晶化させ、得られた結晶に関して、X線回折または中性子線回折を測定し、得られたX線回折または中性子線回折のデータに基づいて被験分子の構造決定を行うことにより、分子包接金属錯体単結晶を効率的に得ることができること。」が記載されているといえる。
また、引用文献2の前記ア(エ)の段落[0238]の「本発明の金属錯体は、配位子と金属分子とが、配位結合によって自己組織化して組み上がることで形成され得る。」との記載、段落[0250]の「被験分子を含む試料を金属錯体と接触させることで、包接体が形成される。」との記載、及び、段落[0253]の「被験分子の包接は、配位子および金属分子から金属錯体を形成させるのと同時に行ってもよい。」との記載に基づけば、「被験分子の包接」させることと「金属錯体を形成」させることは、被験分子を包接した包接体の状態の金属錯体を得るための手順であり、引用文献2には、被験分子を包接した包接体の状態の金属錯体を得るための2つの化学反応を、「同時に行うこと」が記載されているといえる。
以上に基づけば、本願の出願前において、次の技術的事項が知られていたといえる。
「分子構造を単結晶X線解析によって特定する方法において、被験分子を包接した包接体の状態の金属錯体を得るための2つの化学反応を同時に行い、金属錯体を、被験分子を包接した包接体の状態で結晶化液中で結晶化させ、得られた結晶に関して、X線回折または中性子線回折を測定し、得られたX線回折または中性子線回折のデータに基づいて被験分子の構造決定を行うことにより、分子包接金属錯体単結晶を効率的に得ることができること。」
(3)引用文献3
ア 引用文献3の記載事項
原査定の拒絶の理由で周知技術を示す文献として引用され、本願の出願前の平成28年5月16日に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった引用文献である、特開2016-080542号公報(以下「引用文献3」という。)には、図面とともに、以下の記載事項がある。なお、周知技術の認定に用いた箇所に下線を付した。
(ア)特許請求の範囲
「【請求項1】
多糖類と、前記多糖類中のヒドロキシル基をアルデヒド基に酸化することが可能な酸化剤と、を反応させて前記多糖類を多糖類誘導体とする誘導体化工程と、
前記多糖類誘導体と、ポストラベル化試薬と、を反応させて前記多糖類誘導体を蛍光物質とするラベル化工程と、
前記蛍光物質を検出する検出工程と、
が少なくとも行われることにより、前記多糖類の平均分子量が測定される、多糖類の測定方法。
・・・
【請求項4】
前記誘導体化工程と前記ラベル化工程とは同時に行われる、請求項1から3のいずれか一項に記載の多糖類の測定方法。
・・・」
(イ)技術分野
「【0001】
本技術は、多糖類の測定方法及び測定装置に関する。」
(ウ)発明が解決しようとする課題
「【0008】
前述の通り、従来、試料中の多糖類を定量する技術について、様々な研究が行われている。しかしながら、従来技術では、測定操作が非常に煩雑であるという問題点や、得られた測定結果の正確性に欠けるという問題点が存在した。更には、多糖類自体の平均分子量を測定することができないという問題点も存在した。
【0009】
そこで、本技術では、新規な多糖類の測定方法及び測定装置を提供することを主目的とする。」
(エ)課題を解決するための手段
「【0010】
本発明者らは、従来技術における問題点を解決するために、多糖類の測定方法について鋭意研究を行った結果、多糖類を多糖類誘導体とする誘導体化工程と、前記多糖類誘導体を蛍光物質とするラベル化工程と、前記蛍光物質を検出する検出工程と、を少なくとも行うことにより、簡便かつ高感度で多糖類の平均分子量を測定することに成功し、本技術を完成させるに至った。」
(オ)発明を実施するための形態
「【0016】
1.多糖類の測定方法
本技術に係る多糖類の測定方法は、誘導体化工程と、ラベル化工程と、検出工程と、が少なくとも行われることを特徴とする。本技術に係る多糖類の測定方法を用いることにより、簡便かつ高感度で多糖類を測定することができる。また、定量性・再現性に優れた測定結果を得ることができ、更には使用者の利便性も向上する。以下、各工程について、詳細に説明する。
【0017】
(1)誘導体化工程
本技術において、誘導体化工程とは、多糖類と、前記多糖類中のヒドロキシル基をアルデヒド基に酸化することが可能な酸化剤と、を反応させて前記多糖類を多糖類誘導体とする工程である。
・・・
【0031】
(2)ラベル化工程
本技術において、ラベル化工程とは、多糖類誘導体と、ポストラベル化試薬と、を反応させて前記多糖類誘導体を蛍光物質とする工程である。
・・・
【0038】
本技術において、前述した酸化剤とポストラベル化試薬とは、別々の反応液として反応装置に順次配備することも可能であるが、誘導体化工程とラベル化工程を同時に行う場合においては、混合して一つの反応液として使用することもできる。混合して一つの反応液とした場合、過ヨウ素酸などの反応性の高い酸化剤、及び、グアニジン/ホウ酸などの多糖類誘導体と効率良く反応できるポストラベル化試薬をそれぞれ選択し、混合することが好ましい。
・・・
【0041】
更に、本技術に係る多糖類の測定方法において、誘導体化工程とラベル化工程とは、別々の工程とすることもできるが、両工程を同時に行うことが好ましい。これにより、特に、反応性が高い酸化剤(例えば、過ヨウ素酸)を用いた場合においては、即座に酸化反応が進行して多糖類誘導体を生成し、当該多糖類誘導体とポストラベル化試薬(例えば、グアニジン/ホウ酸)とが直ちに反応するため、これらの一連の反応における反応効率を向上させることができる。更には、誘導体化工程とラベル化工程とを一段階の工程で処理できるため、使用者の利便性も向上し、測定時のコストダウンにも貢献できる。
【0042】
両工程を同時に行う態様は特に限定されないが、例えば、酸化剤とポストラベル化試薬とを混合して一つの反応液として使用することができる。これにより、使用者の利便性が向上し、酸化剤とポストラベル化試薬とを一箇所に収容することもできるため、測定装置の簡素化を図ることも可能となる。なお、混合して一つの溶液とした場合の好適な条件については、前述したものと同様であるため、ここでは説明を割愛する。
・・・
【0044】
(3)検出工程
本技術において、検出工程とは、蛍光物質を検出する工程である。」
イ 周知技術
引用文献2の記載事項(エ)の段落[0253]及び引用文献3の記載事項(ア)の請求項4、記載事項(オ)の段落【0041】の記載に基づけば、本願の出願前において、次の周知技術が知られていたといえる。
「測定試料の前処理において、複数の反応を、一段階の工程で同時に処理することにより、使用者の利便性を向上すること。」
5 対比
本願発明と引用発明とを対比する。
(1)結晶構造解析用試料の調製方法
引用発明の「極性基を有する親水性有機化合物」は「極性基が求核性を有し」ている。そうすると、引用発明の「極性基を有する親水性有機化合物」は、本件発明の「求核基を有する化合物」に相当する。
そして、引用発明の「極性基を有する親水性有機化合物の結晶スポンジ法による構造解析のための結晶構造解析用試料調製方法」は、本件発明の「求核基を有する化合物の結晶スポンジ法による構造解析のための結晶構造解析用試料の調製方法」に相当する。
(2)工程(A)
引用発明は、「(a)前記親水性有機化合物の極性基に疎水性置換基を導入して、疎水性置換基を導入した有機化合物を得る工程」を含んでいる。ここで、引用発明の「極性基を有する親水性有機化合物」は「極性基が求核性を有し」ている。そうすると、引用発明の「(a)前記親水性有機化合物の極性基に疎水性置換基を導入して、疎水性置換基を導入した有機化合物を得る工程」は、本件発明の「(A)前記化合物の求核基を誘導体化する工程」に相当するといえる。
(3)工程(B)
引用発明は、「(b)前記疎水性置換基を導入した有機化合物を含む溶媒溶液に前記ゲスト化合物内包高分子金属錯体結晶を浸漬させて、前記三次元ネットワーク構造内の空隙に、前記疎水性置換基を導入した有機化合物の分子が内包されてなる前記結晶構造解析用試料を得る工程」を含んでいる。ここで、引用発明の「疎水性置換基を導入した有機化合物」は、技術的にみて、本件発明の「誘導体化した化合物」に相当する。また、引用発明の「ゲスト化合物内包高分子金属錯体結晶」は、「三次元ネットワーク構造」を形成し、三次元ネットワーク構造内に「空隙」を有している。そうすると、引用発明の「ゲスト化合物内包高分子金属錯体結晶」は、本件発明の「結晶スポンジ」に相当する。
したがって、引用発明の「(b)前記疎水性置換基を導入した有機化合物を含む溶媒溶液に前記ゲスト化合物内包高分子金属錯体結晶を浸漬」させる工程は、本件発明の「(B)誘導体化した化合物を結晶スポンジに浸漬させる工程」に相当するといえる。
(4)一致点及び相違点
以上より、本件発明と引用発明とは、
「 求核基を有する化合物の結晶スポンジ法による構造解析のための結晶構造解析用試料の調製方法であって、(A)前記化合物の求核基を誘導体化する工程と、(B)誘導体化した化合物を結晶スポンジに浸漬させる工程とを含んでなる、方法。」
である点で一致し、以下の点で相違する。
[相違点]
本件発明は、「工程(A)と工程(B)を同時に実施するもの」であり、かつ、工程(A)と工程(B)を同時に実施する場合の「溶媒が、脂肪族炭化水素類、芳香族炭化水素類、ハロゲン化炭化水素類、エーテル類、エステル類またはケトン類から選択される」のに対し、引用発明は、「(a)前記親水性有機化合物の極性基に疎水性置換基を導入して、疎水性置換基を導入した有機化合物を得る工程」と「(b)前記疎水性置換基を導入した有機化合物を含む溶媒溶液に前記ゲスト化合物内包高分子金属錯体結晶を浸漬させて、前記三次元ネットワーク構造内の空隙に、前記疎水性置換基を導入した有機化合物の分子が内包されてなる前記結晶構造解析用試料を得る工程」とを同時に実施するとしておらず、その場合の溶媒も特定していない点。
6 判断
(1)相違点について
ア 同時に実施することについて
まず、[相違点]のうち、同時に実施することについて検討すると、前記4(2)イに記載したとおり、本願の出願前において、次の技術的事項が知られていたといえる。
「分子構造を単結晶X線解析によって特定する方法において、被験分子を包接した包接体の状態の金属錯体を得るための2つの化学反応を同時に行い、金属錯体を、被験分子を包接した包接体の状態で結晶化液中で結晶化させ、得られた結晶に関して、X線回折または中性子線回折を測定し、得られたX線回折または中性子線回折のデータに基づいて被験分子の構造決定を行うことにより、分子包接金属錯体単結晶を効率的に得ることができること。」
引用発明と前記技術的事項は、いずれも、有機化合物の分子構造決定方法に関し、両者ともに、有機化合物を内包する高分子金属錯体の結晶を得ることにより、有機化合物の分子構造を決定する点で共通している。そうすると、両者は、同じ技術分野に属するものであって、共通する当業者によって知られていたものである。
また、引用発明は、「結晶スポンジ法」により化合物の分子構造の決定に用いる結晶を得るものであるところ、「結晶スポンジ法」は、サンプル量が少ない物質は結晶を作るのが難しく、そもそも結晶化するのが困難な物質も少なからず存在していたところ、化合物の単結晶化を経ずに結晶を得るものであって、結晶構造解析用試料を得るために要する時間と労力を省く手法である。他方、前記技術的事項も、被験分子の包接と、金属錯体の形成という2つの化学反応を、同時に、つまり、1つの手順で行おうとするものであり、分子構造解析試料を得るために要する時間と労力を省く手法であるといえる。そうすると、両者は、結晶構造解析用試料を得るために要する時間と労力を省くという、共通する課題を解決するためのものであるといえる。
そうすると、結晶構造解析用試料を得るために要する時間と労力を省こうとする引用発明において、共通する技術分野において知られていた前記技術的事項を採用し、結晶構造解析用試料を調整するための工程(a)及び(b)を、同時に実施することを試みることは、当業者が容易に想到し得たことである。
そして、引用発明の工程(a)及び(b)を同時に実施した場合であっても、工程(a)及び(b)を順次実施した場合と同様の反応が生じることは明らかであり、阻害要因があるということもできない。引用文献1の段落【0006】における「結晶スポンジ法では、高分子金属錯体の空隙に入れることができない化合物の構造を決定することができないという問題があった。・・・また、高分子金属錯体の構成成分が親油性のため、親水性の高い化合物も空隙に入れることができない。」との記載に基づけば、求核性を有する極性基を有する「親水性有機化合物」は、「(a)前記親水性有機化合物の極性基に疎水性置換基を導入して、疎水性置換基を導入した有機化合物を得る」という化学反応が進行するまでは、「有機化合物を含む溶媒溶液に前記ゲスト化合物内包高分子金属錯体結晶を浸漬」させても、「(b)・・・前記三次元ネットワーク構造内の空隙に、前記疎水性置換基を導入した有機化合物の分子が内包され」るという化学反応は起こりにくく、1つの手順で実施したとしても、工程(a)による疎水性置換基を導入する化学反応が進行した後に、工程(b)による疎水性置換基が導入された有機化合物の三次元ネットワーク構造内の空隙への内包する化学反応が進行するものと理解できる。
また、前記4(3)イに記載したとおり、本願の出願前において、次の周知技術が知られていたということもできる。
「測定試料の前処理において、複数の反応を、一段階の工程で同時に処理することにより、使用者の利便性を向上すること。」
引用発明も、すでに述べたとおり、結晶構造解析用試料を得るために要する時間と労力を省く手法である「結晶スポンジ法」により化合物の分子構造の決定に用いる結晶を得るものであるところ、前記周知技術と同様に、親水性有機化合物の構造解析のための試料調製について、使用者の利便性を向上させるという課題を内在しているといえる。
そうすると、引用発明における測定試料の前処理にあたる、工程(a)及び(b)について、「複数の反応を、一段階の工程で同時に処理する」という前記周知技術を採用し、使用者の利便性の向上を図ることは、当業者が容易に想到し得たものということもできる。
イ 溶媒について
次に、溶媒について検討する。
引用発明は、ゲスト化合物内包高分子金属錯体結晶が内包する、ゲスト化合物(A)について、「脂肪族炭化水素;脂環式炭化水素;エーテル類;エステル類;ベンゼン、トルエン、キシレン、メシチレン、ナフタレン、アントラセン及びフェナントレンからなる群から選ばれる芳香族炭化水素;ハロゲン化炭化水素、並びにニトリル類からなる群から選ばれる少なくとも一種」としている。
そして、引用文献1の段落【0137】に、「結晶スポンジ法における分子構造を決定する有機化合物(以下、「有機化合物(α)」ということがある。)」との記載があり、段落【0142】には、「結晶構造解析用試料の作製方法は、・・・有機化合物(α)を含む溶媒溶液に、・・・ゲスト化合物内包高分子金属錯体の単結晶を浸漬させる工程を有することが好ましい。」と記載され、段落【0148】には、「溶媒溶液の調製に用いる溶媒としては、高分子金属錯体の結晶を溶解せず、前記有機化合物(α)を溶解するものであって、有機化合物(α)の溶媒溶液から揮発させることにより、有機化合物(α)の溶媒溶液を濃縮することができるものであれば、特に限定されない。」と記載され、さらに、段落【0149】には、用いる溶媒の具体例として、「芳香族炭化水素類」、「脂肪族炭化水素類」、「脂環式炭化水素類」、「ニトリル類」、「スルホキシド類」、「アミド類」、「エーテル類」、「アルコール類」、「ケトン類」、「セロソルブ類」、「ハロゲン化炭化水素類」、「エステル類」、「水」等が挙げられている。また、引用文献1の段落【0149】には、「良質な結晶構造解析用試料が得られる観点から、用いた前記ゲスト化合物(A)を用いるのが好ましい。」と記載されている。
これらの記載に基づけば、引用文献1には、引用発明の工程(b)を実施する場合の溶媒として、ゲスト化合物(A)、つまり「脂肪族炭化水素;脂環式炭化水素;エーテル類;エステル類;ベンゼン、トルエン、キシレン、メシチレン、ナフタレン、アントラセン及びフェナントレンからなる群から選ばれる芳香族炭化水素;ハロゲン化炭化水素、並びにニトリル類からなる群から選ばれる少なくとも一種」を用いることが示唆されているといえる。
一方、引用文献1には、工程(a)を実施する場合の溶媒として、どのような範囲のものを用いるかについて何も示唆がない。しかし、工程(a)に使用する溶媒を、工程(a)において実施する化学反応に用いる成分を溶解することができ、かつ、当該化学反応を阻害しない範囲で選択することは、当業者にとって自明である。また、引用文献1の記載事項(カ)には、工程(a)において「アセトニトリル」(ニトリル類)又は「ジクロロメタン」(ハロゲン化炭化水素類)を溶媒として用いた実施例が開示されている。引用文献1の実施例において、工程(a)に用いられた溶媒は、すべて、工程(b)を実施する場合の溶媒として段落【0149】において示唆された溶媒に包含されるものである。
そうすると、工程(b)と工程(a)を同時に実施した場合、両工程における溶媒は当然共通するものとなるところ、引用文献1の段落【0149】において示唆された範囲において、高分子金属錯体の結晶を溶解せず、前記有機化合物(α)を溶解するものであって、有機化合物(α)の溶媒溶液から揮発させることにより、有機化合物(α)の溶媒溶液を濃縮することができるものであり、また、工程(a)において実施する化学反応に用いる成分を溶解することができ、かつ、当該化学反応を阻害しない溶媒を選択することは、当業者が適宜なし得ることである。
(2)効果について
本願の段落【0007】には、「本発明者らは、結晶構造解析用試料の調製手法について鋭意検討を重ねたところ、結晶スポンジ法による構造解析が困難な化合物のうち、求核性を有する化合物の求核基を誘導体化し、結晶スポンジに浸漬させることで結晶構造解析用試料の調製が可能であることを見出した。」と記載されている(下線は合議体が付した。)。また、本願の段落【0009】には、「本発明の方法によれば、結晶スポンジ法により構造解析が困難な化合物の構造(特に絶対立体配置)を簡易な手法で迅速かつ正確に決定することができる点で有利である。」と記載され、さらに段落【0025】には、「本発明の方法によれば、解析対象化合物の特性によりその化合物そのままの状態では結晶スポンジ法による結晶構造解析が困難なものについても構造決定を可能にする点で有利である。また、解析対象化合物の誘導体化と結晶スポンジへの浸漬を同時に行うことができるため、簡易な手法で迅速に作業が可能な点でも有利である。」と記載されている(下線は合議体が付した。)。これらの記載に基づけば、本件発明が奏する効果は、「そのままの状態では結晶スポンジ法により構造解析が困難な求核性を有する化合物の構造を、簡易な手法で迅速に作業が可能でありかつ正確に決定することができる」というものといえる。
一方、引用文献1の段落【0006】には、「しかしながら、結晶スポンジ法では、高分子金属錯体の空隙に入れることができない化合物の構造を決定することができないという問題があった。」と記載され、段落【0029】には、「親水性有機化合物の極性基への疎水性置換基の導入により、親水性有機化合物の脂溶性が向上するため、疎水性置換基を導入した親水性有機化合物を結晶スポンジ法で用いられる非極性有機溶媒に溶解させて、高分子金属錯体結晶の空隙に入れることができる。・・・更に、親水性化合物の極性基が求核性を有する場合には、金属と配位子との間の配位結合によって形成される高分子金属錯体結晶の構造が親水性化合物の極性基によって損なわれる可能性があるが、極性基に疎水性置換基を導入することにより、極性基の求核性を低下させて、高分子金属錯体結晶の構造を維持することができる。疎水性置換基によるこれらの作用により、疎水性置換基を導入した有機化合物を高分子金属錯体の空隙に内包することができる。」と記載され、段落【0173】には、「結晶スポンジ法を用いれば、医薬中の微量の不純物、香料、食品添加物、動植物中の微量成分などの迅速且つ正確な構造決定を行うことができる。」と記載されている(下線は合議体が付した。)。これらの記載に基づけば、引用発明は、「結晶スポンジ法では、高分子金属錯体の空隙に入れることができない極性基が求核性を有する親水性化合物に、親水性有機化合物の極性基へ疎水性置換基を導入することにより、迅速且つ正確な構造決定を行うことができる」という効果を奏すると理解できる。
また、前記4(2)イに記載した技術的事項又は前記4(3)イに記載した周知技術において、試料前処理に係る処理が、簡易な手法で迅速に作業が可能となることは明らかである。
そうすると、本件発明の奏する効果は、引用発明が奏する効果と前記技術的事項又は周知技術が奏する効果を足し合わせたものに過ぎず、当業者が予測できる範囲のものである。
したがって、本件発明の奏する効果を格別顕著なものということはできない。
(3)請求人の主張について
ア 周知技術について
請求人は、審判請求書の請求の理由において、引用文献3について、「多糖類を多糖類誘導体とする誘導体化工程」と「多糖類誘導体を蛍光物質とするラベル化工程」とを同時に実施することについての記載があるとし、「これらの工程を同時に実施することと、引用文献1の工程(a)と(b)を同時に実施することの間には何らの技術的に共通する課題はなく、「同時」の用語のみをもって分析技術一般の周知技術を示す文献として引用文献3を位置付けるのは妥当ではない。」と主張している。
しかし、引用文献3に記載された誘導体化工程とラベル化工程は、引用文献2に記載された被験分子の包接と金属錯体の形成と同様に、測定試料の前処理にあたるものであるから、引用発明の工程(a)及び(b)と、測定試料の前処理である点で共通するものである。
したがって、請求人の上記意見を採用することができない。
イ 動機付けについて
請求人は、審判請求書の請求の理由において、「引用文献1では少なくとも1時間より短い反応時間で化合物に疎水性基が導入されることは想定されておらず、疎水性基導入後に精製工程を実施している。」とし、工程(a)と工程(b)を「同時」に実施するという着想には到達し得ないと主張している。
しかし、前記(1)アにおいて既に検討したとおり、引用発明の工程(a)及び(b)を同時に実施した場合であっても、工程(a)及び(b)を順次実施した場合と同様の反応が生じることは明らかであり、疎水性基導入に要する反応時間がどのようなものであっても影響を受けるものではない。また、前記4(3)イに示すように、順次進行する複数の反応を、一段階の工程で同時に処理することは、様々な前処理において行われている周知技術といえるものであって、引用発明も工程(a)及び(b)に係る反応が順次進行するものである点で共通している。さらに、引用発明は、前記4(1)イに記載したとおりのものであって、疎水性基導入後に精製工程を必要不可欠なものということもできない。そうすると、既に前記(1)アにおいて検討したとおり、引用発明と前記技術的事項は、技術分野も課題も共通するものであるから、前記技術的事項を採用する動機があるといえる。あるいは、引用発明は使用者の利便性を向上させるという課題を内在しているから、前記周知技術を採用する動機があるといえる。
したがって、請求人の上記意見を採用することができない。
ウ 効果について
請求人は、審判請求書の請求の理由において、「実施例(例2)では、これらの化合物を誘導体化することにより結晶構造が観測できることが示されるとともに、誘導体化工程と結晶スポンジへの浸漬の同時実施が可能であることも実証されている。」と主張している。また、請求人は、「引用文献2からは、同時に実施した場合に同様の効果が得られるかまでは、当業者といえども試してみないことにはその結果を予測し得ないといえる。」、「本願発明により奏される効果は、同時実施の記載がなく同時実施を行うという課題も把握されない引用文献1からは、引用文献2および3を参酌したとしても予測し得ず、引用文献1~3と比較した有利な効果に該当する。」と主張している。
しかし、前記(2)に記載したとおり、本件発明の奏する効果は、引用発明が奏する効果と前記技術的事項又は周知技術が奏する効果を足し合わせたものに過ぎず、当業者が予測できる範囲のものである。特に、「簡易な手法で迅速に作業が可能」という効果は、純粋に作業手順に起因する効果であるから、「当業者といえども試してみないことにはその結果を予測し得ない」ものではない。
したがって、請求人の上記意見を採用することができない。
なお、本願の明細書の段落【0026】~【0052】に開示された実施例は、いずれも、誘導体化工程と結晶スポンジへの浸漬の同時実施が可能であることを実証したものと理解することができない。
まず、「例1」について検討すると、比較例1~4は、いずれも「(a)前記親水性有機化合物の極性基に疎水性置換基を導入して、疎水性置換基を導入した有機化合物を得る工程」を実施していない。次に、「例2」について検討すると、段落【0039】に、「(2)実験手順」として、「結晶スポンジ1粒をn-ヘキサン(45μL)とともにV底型1.2mLバイアルに添加した。解析対象化合物とエチルイソシアネート(東京化成工業)またはエチルイソチオシアネート(東京化成工業)とを表2に示す濃度にてジメトキシエタン中で両者を混合して溶解し、5μLを上述の結晶スポンジが入ったバイアルに添加した。バイアルに蓋をして密封し、セプタム部に注射針を刺し、50℃で1日インキュベートすることで、誘導体化反応を行うとともに溶媒を緩やかに揮発させ、サンプルを濃縮させた。1日後、結晶スポンジを取り出し、不活性オイルでコーティングした後、単結晶X線回折装置で測定した。」との記載がある。
[図:0001435911000006.jpg]
当該記載に基づくと、「(A)前記化合物の求核基を誘導体化する工程」について、例2では、「解析対象化合物」とエチルイソシアネートまたはエチルイソチオシアネートとを表2に示す用量にて用い、ジメトキシエタンを溶媒として実施していると理解できる。また、「(B)誘導体化した化合物を結晶スポンジに浸漬させる工程」について、例2では、「V底型1.2mLバイアル」中において、n-ヘキサン(45μL)を溶媒として含む結晶スポンジ1粒に、5μLの反応混合物溶液を添加することにより実施していると理解できる。
上記「例2」は、「混合して溶解」する工程と、「バイアルに添加」する工程とを順次実施しているから、「工程(A)と工程(B)を同時に実施するもの」ではない。また、技術的にみて、「解析対象化合物とエチルイソシアネート(東京化成工業)またはエチルイソチオシアネート(東京化成工業)とを表2に示す濃度にてジメトキシエタン中で両者を混合して溶解」した時点で化合物の求核基を誘導体化する反応が開始される。混合して溶解した後5μLを取り出す前の段階では、解析対象化合物とエチルイソシアネートまたはエチルイソチオシアネートとの反応が起こらず、結晶スポンジが入ったバイアルに添加した後になって初めて、上記反応が起こると理解することはできない。そうすると、「例2」は、工程(A)及び工程(B)に係る化学反応について順次実施されているといえる。さらに、段落【0040】には、「(3)結果」として、「いずれの実施例においても、結晶スポンジのフレームワークとともに、解析対象化合物とエチルイソシアネートまたはエチルイソチオシアネートの化学反応により生成した誘導体化合物(実施例1:ウレア誘導体化合物、実施例2:ウレア誘導体化合物、実施例3:チオウレア誘導体化合物)の結晶構造を観測することができた。」との記載があるものの、「迅速且つ正確な構造決定を行う」という効果について何ら言及されていない。そうすると、本願の「例2」は、請求人が「当業者といえども試してみないことにはその結果を予測し得ない」と主張する「迅速かつ正確に決定することができるという効果」や「同時に実施した場合に同様の効果が得られる」という効果を、本件発明が奏することを示していない。
また、例3についても同様のことがいえる。段落【0047】には、「イ 構造決定」として、「結晶スポンジ1粒をn-ヘキサン(45μL)とともにV底型1.2mLバイアルに添加した。図8の前半ピーク(ピーク1)の化合物が1mg/mL、エチルイソシアネートが1.5mg/mLになるようにジメトキシエタン中で両者を混合溶解し、直ちに5μLを上述の結晶スポンジが入ったバイアルに添加した(ピーク1化合物として5μg、エチルイソシアネートとして7.5μg)。」との記載があるが、「混合溶解」する工程と「バイアルに添加」する工程を順次実施しているから、「工程(A)と工程(B)を同時に実施するもの」ではない。さらに、段落【0049】には、「(2)結果」として、「実施例5では結晶スポンジのフレームワークとともにピーク1化合物とエチルイソシアネートの化学反応により生成したウレア誘導体を、実施例6では結晶スポンジのフレームワークとともにピーク2化合物とエチルイソシアネートの化学反応により生成したウレア誘導体をそれぞれ観測することができた。」との記載があるものの、「迅速且つ正確な構造決定を行う」という効果について何ら言及されていない。そうすると、本願の「例3」も、請求人が「当業者といえども試してみないことにはその結果を予測し得ない」と主張する「迅速かつ正確に決定することができるという効果」や「同時に実施した場合に同様の効果が得られる」という効果を、本件発明が奏することを示していない。
7 むすび(結論)
上記のとおりであるから、本件発明は、引用発明、引用文献2及び引用文献の記載に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。したがって、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
審決本文(J-PlatPat)
J-PlatPatの審決検索トップを開きます。番号入力で「審判番号」を選び、下の番号を貼り付けて検索してください。
J-PlatPat 審決検索を開く
2025-003012